説明

エタノールの精製処理方法

【課題】 難分解性有機物を含有するエタノールから、当該難分解性有機物を、簡便かつ効率よく分離・除去するエタノールの精製処理方法を提供する。
【解決手段】 難分解性有機物を含有するエタノールを精製処理する方法において、4.00×10−2MPa以下の減圧下で蒸留することを特徴とするエタノールの精製処理方法。蒸留時のエタノール濃度を60v/v%以上に調整してもよい。
【効果】 未精製エタノール中に溶解している有機化合物、特に、エタノールと共沸化合物を形成する、難分解性有機物である、環状エーテル類、中でもジオキサンを、簡便かつ効率よく分離・除去することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エタノール中に溶解している有機化合物を除去するエタノールの精製処理方法に関する。特に難分解性有機物であるジオキサンを高効率に除去するエタノールの精製処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エタノール(アルコール)は、酒類としての飲料用のみならず、化学工業、食品工業、医薬品など広く工業用に使用されている。酒類用や食品添加物用のエタノールは、醸造アルコール又は発酵アルコールとも呼ばれ、糖蜜、甘藷、穀類などの天然物原料から発酵法で製造されている。醸造アルコール以外の工業用アルコールは、エチレン原料から化学合成で製造されており、合成アルコールと呼ばれている。近年、日本における醸造アルコールの製造方法は、海外において天然物原料を発酵させた醪を比較的簡単な蒸留機で蒸留して得られたアルコール(粗留アルコールという)を輸入し、日本の高度な蒸留方式で精製し、極めて不純物の少ない高純度のエタノールを製造する方法となっている。例えば、高度の蒸留方式として、スーパーアロスパス方式の蒸留機がある(非特許文献1)。この方式は、醪塔(A塔)、分離塔(A1塔)、濃縮塔(A2塔)、抽出塔(D塔)、精留塔(B塔)、精製塔(C塔)、不純物処理塔(G塔)、減圧塔(H塔)などの多数の塔を使用して、アルデヒド類、メタノールなどの低沸点不純物、及び1−プロパノールなどのフーゼル油成分を含む中・高沸点不純物などの大部分の不純物を分離している。しかしながら、上記の蒸留方式によっても、難分解性有機物であるジオキサンは、エタノールと共沸化合物を形成するので、除去するのが困難という問題点を有している。
【0003】
一方、近年環境中に放出されている有機化合物の多くは、水系の汚染を引起しており、生活環境、自然環境の保全、保護の観点より、これら有機化合物の分離回収が求められている。
1,4−ジオキサンは、有機反応、塗料、酢酸セルロース等の溶剤、トランジスタや合成皮革の洗浄剤の調整用、あるいは染色、印刷や繊維処理時の分散・潤滑剤として、年間4,000〜5,000t程度生産され使用されているが、水に混和しやすい、水への溶解度が極めて大きい物性を有しており、化学分解性や生分解性が低いために、各種産業の工場等から水環境中に排出されると水と同じように拡散していき、長期にわたって残留していることが環境省等の調査でわかってきている。また、ごく低濃度でも長期に飲用した場合にガンを発生させる可能性が指摘されており、世界保健機構の飲料水水質ガイドラインの改訂で対象物質として追加指定されつつある。わが国でも、東京都や大阪府における水道原水の汚染事例もあって、水道法の水質基準の改訂(平成15年5月30日)に伴って基準項目として新たに加えられ、0.05mg/Lの水質基準値が定められている。
このように、水環境の保全や水道原水の安全性確保の観点からも、各種産業分野の事業所からの環境中への1,4−ジオキサン排出を早急に低減しなければならなくなっているが、1,4−ジオキサンは下水処理場での除去率が最大でも25%程度にしかならず、従来から一般に行われている加圧浮上、凝集沈殿といった物理化学的処理や活性汚泥法のような生物処理による除去が難しく、代表的な高次処理法である活性炭による吸着性も乏しい。オゾンによる分解処理でしか除去ができないというのが現状である(非特許文献2、非特許文献3)。
【0004】
難分解性有機物が含まれる排水の処理方法では、強い酸化力を持つオゾンを利用した水処理の研究や開発が行われているが、消費電力が大きいことや、運転管理の難しさなどがある。より効果的に難分解性有機物を分解するために、O/UV処理、O/H処理、O/UV/H処理のようなオゾン処理とその他の方法の組合せによる促進酸化処理技術も開発されてきているが、これらもまた消費エネルギーの大きい処理方法であるという欠点を有する。
このように、排水処理において、1,4−ジオキサンの分解、除去は検討されているが、技術上の課題は多い。
【0005】
エタノールに、例えば1,4−ジオキサンが含有されたような場合に、その除去方法は全く検討されていない。
大気圧下におけるエタノール−水−1,4−ジオキサン三成分系気液平衡データは測定されている(非特許文献4)。これによると、液組成と気液平衡比の相関から、エタノール−水−1,4−ジオキサン三成分系溶液の共沸組成はモル分率で、エタノール0.89、水0.08及び1,4−ジオキサン0.03であると推定されている。
以上のような状況にかんがみ、エタノールと共沸化合物を形成する、難分解性有機物であるジオキサンを高効率に除去するエタノールの精製処理方法の技術開発が求められている。
【0006】
【非特許文献1】醸造の事典、1988年11月10日、株式会社朝倉書店発行、(初版第1刷)、第366〜367頁
【非特許文献2】環境技術、第30巻、第8号、第592〜597頁(2001年)
【非特許文献3】月刊地球環境、第35巻、第2号、第126〜130頁(2004年)
【非特許文献4】化学工学論文集、第22巻、第2号、第378〜384頁(1996年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、エタノール中に溶解している有機化合物、すなわち、難分解性有機物、特に環状エーテル類、中でもジオキサンを、簡便かつ効率よく分離・除去するエタノールの精製処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明を概説すれば、本発明の第1の発明は、難分解性有機物を含有するエタノールを精製処理する方法において、4.00×10−2MPa以下の減圧下で蒸留するエタノールの精製処理方法に関し、第2の発明は、蒸留時のエタノール濃度を60v/v%以上に調整するエタノールの精製処理方法であり、第3の発明は、難分解性有機物が、環状エーテル類であるエタノールの精製処理方法であり、第4の発明は、環状エーテル類が、1,4−ジオキサン、1,3−ジオキサン、テトラヒドロフラン又はテトラヒドロピランから選択される1種以上であるエタノールの精製処理方法に関する。
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、難分解性有機物を含有するエタノールを精製処理する方法において、4.00×10−2MPa以下の減圧下で蒸留するという簡便な方法により、エタノール中に溶解している有機化合物、特に、エタノールと共沸化合物を形成する、難分解性有機物である、環状エーテル類、中でもジオキサンを、簡便かつ効率よく分離・除去することができることを見出し、本発明を完成させた。
【発明の効果】
【0010】
本発明のエタノールの精製処理方法を用いることにより、エタノール中に溶解している有機化合物、特に、エタノールと共沸化合物を形成する、難分解性有機物である、環状エーテル類、中でもジオキサンを、簡便かつ効率よく分離・除去することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明でいうエタノールとは、天然物原料を発酵させた醪を比較的簡単な蒸留機で蒸留して得られたアルコールのことをいう。いわゆる粗留アルコールが代表的な例として挙げられる。主に東南アジアや南北アメリカなどで生産され、日本に輸入されているものである。天然物原料として、糖蜜などの糖質原料やトウモロコシなどのデンプン質原料を用いて発酵させたものであるが、それらの原料に特に限定はない。蒸留機は、簡単な醪塔及び濃縮塔の2本塔を用いて行われることが多い。
【0012】
本発明では、難分解性有機物を含有するエタノールを精製処理する方法において、4.00×10−2MPa以下の減圧下で蒸留することが特徴である。
減圧の条件としては、低ければ低いほどよいが、4.00×10−2MPa以下、好ましくは1.33×10−2MPa以下とすることにより、難分解性有機物、特に1,4−ジオキサンを顕著に分離・除去することができる。
4.00×10−2MPa以下、好ましくは1.33×10−2MPa以下の減圧下で蒸留する工程が重要であり、例えば、スーパーアロスパス方式の蒸留機では、最初に減圧塔(H塔)に導入すればよいが、その工程の順序は任意である。難分解性有機物を含有するエタノールを通常の順序により導入していき、最後に減圧塔(H塔)に導入し、4.00×10−2MPa以下の減圧下として蒸留してもよい。各塔内に難分解性有機物が蓄積される場合もあるので、最初の工程で4.00×10−2MPa以下の減圧下として蒸留するのが好ましい。
【0013】
本発明の方法において、4.00×10−2MPa以下、好ましくは1.33×10−2MPa以下の減圧下で蒸留する場合、蒸留時のエタノール濃度を60v/v%以上に調整することも本発明において好適な条件である。
例えば、前記減圧塔(H塔)に導入する場合であれば、供給するエタノール濃度を60v/v%以上に調整して蒸留を行えばよい。
蒸留時のエタノール濃度を60v/v%以上、好ましくは80v/v%以上、より好ましくは90v/v%以上、更に好ましくは95v/v%以上に調整することにより、難分解性有機物、特に1,4−ジオキサンを簡便かつ効率よく分離・除去することができる。
このとき、塩類を添加することにより、難分解性有機物とエタノールとの比揮発度を高める塩添加効果も発揮される。塩類の代りに、糖類又はサイクロデキストリン等を添加してもよい。
【0014】
本発明では、難分解性有機物を簡便かつ効率よく分離・除去することができるが、環状エーテル類に対して有効である。環状エーテル類の中では、1,4−ジオキサン、1,3−ジオキサン、テトラヒドロフラン又はテトラヒドロピランに対して有効であるが、特に1,4−ジオキサンの分離・除去に有効であり、好ましい。
【0015】
本発明における蒸留方法に限定はなく、高純度のエタノールが得られる蒸留方法であればよい。工業的規模で行うには、例えば、前述のスーパーアロスパス方式が最適である。
【0016】
本発明方法の1例を示し、更に具体的に説明する。
図1は、スーパーアロスパス方式の連続式蒸留機の主要な部分を示した図である。
Dは濃縮されたエタノールを温水で希釈し塔頂部から不純物を除去する抽出塔、Bは抽出塔からのエタノールを濃縮しながら、コンデンサーから低沸点不純物を除去し塔中段部から高級アルコールを除去する精留塔、Cはメタノールなどの低沸点不純物を除去し、底部から濃縮された精製エタノールを取出す精製塔である。Nはフーゼル油処理塔、Hは減圧塔であり、これらの塔では高級アルコールを更に濃縮して系外に除去しエタノールを回収している。
難分解性有機物を含有するエタノールを連続式蒸留機により精製し、減圧塔であるH塔を4.00×10−2MPa以下の減圧下とし、更にH塔に導入する際のエタノール濃度を60v/v%以上、好ましくは80v/v%以上、より好ましくは90v/v%以上、更に好ましくは95v/v%以上に調整し、適宜、H塔への供給量、H塔の還流量、還流比を選択して蒸留することにより、難分解性有機物、特に1,4−ジオキサンを高効率にH塔の塔頂部から分離・除去することができる。
【0017】
以下、実施例によって本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【実施例1】
【0018】
エタノール濃度95.0v/v%の粗留アルコールを用い、1,4−ジオキサン濃度が1.5mg/Lとなるように1,4−ジオキサンを添加したサンプルを調製した。スーパーアロスパス方式の連続式蒸留機の減圧塔であるH塔を用いて蒸留試験を行った。H塔への供給量は40L/hrとし、1.23×10−2〜1.28×10−2MPa(92〜96mmHgに相当)の減圧度を維持し、H塔の還流量400L/hr、H塔の塔頂部での抜取り量1L/hr、還流比400で行った。H塔の底部からの抜取り液として精製エタノールを採取し、ガスクロマトグラフ質量分析計、ガスクロマトグラフAgilent6890N〔横河アナリティカルシステムズ(株)製〕及び質量選択型検出器Agilent5973〔横河アナリティカルシステムズ(株)製〕を用いて1,4−ジオキサンの分析を行った。1,4−ジオキサンは不検出であった(検出限界0.01mg/L)。
【実施例2】
【0019】
エタノール濃度95.0v/v%の粗留アルコールを用い、1,4−ジオキサン濃度が3.0mg/Lとなるように1,4−ジオキサンを添加したサンプルを調製した。スーパーアロスパス方式の連続式蒸留機の減圧塔であるH塔を用いて蒸留試験を行った。H塔への供給量は40L/hrとし、1.23×10−2〜1.28×10−2MPa(92〜96mmHgに相当)の減圧度を維持し、H塔の還流量400L/hr、H塔の塔頂部での抜取り量2L/hr、還流比200で行った。H塔の底部からの抜取り液として精製エタノールを採取し、ガスクロマトグラフ質量分析計、ガスクロマトグラフAgilent6890N〔横河アナリティカルシステムズ(株)製〕及び質量選択型検出器Agilent5973〔横河アナリティカルシステムズ(株)製〕を用いて1,4−ジオキサンの分析を行った。1,4−ジオキサンは不検出であった(検出限界0.01mg/L)。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明を用いることにより、工業的規模で、難分解性有機物の少ない高品質のエタノールを得ることができる。したがって、本発明は、エタノールの精製の技術分野で有用である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明方法の1例で使用する連続式蒸留機のフロー図である。
【符号の説明】
【0022】
B 精留塔
C 精製塔
D 抽出塔
H 減圧塔
N フーゼル油処理塔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
難分解性有機物を含有するエタノールを精製処理する方法において、4.00×10−2MPa以下の減圧下で蒸留することを特徴とするエタノールの精製処理方法。
【請求項2】
蒸留時のエタノール濃度を60v/v%以上に調整することを特徴とする請求項1に記載のエタノールの精製処理方法。
【請求項3】
難分解性有機物が、環状エーテル類であることを特徴とする請求項1又は2に記載のエタノールの精製処理方法。
【請求項4】
環状エーテル類が、1,4−ジオキサン、1,3−ジオキサン、テトラヒドロフラン又はテトラヒドロピランから選択される1種以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載のエタノールの精製処理方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−83129(P2006−83129A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−271531(P2004−271531)
【出願日】平成16年9月17日(2004.9.17)
【出願人】(302026508)宝酒造株式会社 (38)
【Fターム(参考)】