説明

エナンチオ選択性複合膜の製造方法

本発明は、光学異性体の分離に有用なエナンチオ選択性複合膜と、その製造方法とを提供する。本発明は、圧力駆動分離処理に基づく、鏡像異性体をそれらの混合物から分離して光学的に純粋な異性体を得るための膜をさらに提供する。また、本発明は、アミノ酸のラセミ混合物を光学分割して光学的に純粋なアミノ酸を得るための、膜に基づく方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【発明の概要】
【0001】
発明の分野
本発明は、アミノ酸のそれらの水溶液からの分離のためおよびラセミ混合物の光学分割のためのエナンチオ選択性複合膜の製造方法に関する。本発明は、特に、アミノ酸の光学異性体の分離に有用なエナンチオ選択性複合ナノろ過膜の製造方法に関する。
【0002】
本発明のエナンチオ選択性複合膜は、光学的に純粋な異性体を得るための鏡像異性体のそれらの混合物からの分離に有用である。本発明のエナンチオ選択性複合膜は、光学的に純粋な鏡像異性体を得るための、圧力駆動膜処理たとえば逆浸透、ナノろ過などにおけるアミノ酸およびキラル化合物のラセミ混合物の光学分割に有用でありうる。
【0003】
発明の背景
立体異性体は、空間内でのそれらの原子の配置のみが互いに異なる分子である。立体異性体はジアステレオマーまたは鏡像異性体に大まかに分類され;後者は互いの鏡像であるそれらを包含し、前者は鏡像ではないそれらである。光学異性体としても知られている鏡像異性体(鏡像)は、同一の物理的および化学的性質を有する。それゆえに、鏡像異性体の混合物は、たいていの場合、普通の分離方法、たとえば分別蒸留(沸点が同一である)、溶媒が光学活性でなければ通常の結晶化(同じ溶解性のため)、吸着剤が光学活性でなければ通常のクロマトグラフィー(なぜならそれらは通常の吸着剤に等しく保持されるからである)では分離できない。鏡像異性体を分離する問題は、通常の合成技術がたいていの場合鏡像異性体の混合物を生成するという事実によってさらに深刻となる。したがって、鏡像異性体の混合物の分離は分析化学における最も挑戦的な問題である。
【0004】
鏡像異性体の分離は、有機化合物、たとえばアミノ酸、薬品、農薬、殺虫剤などにとって非常に重要である。なぜなら、ほとんどが光学活性であり、光学異性体(鏡像異性体)のペアとして存在しているからである。多くのキラル薬品の鏡像異性体は、それらの生物学的性質および薬理学的性質の違いを顕著に示す。一方の鏡像異性体が薬物活性を有している場合でも、他方が非活性、それどころか有害である場合がある。たとえば、(S)−ベラパミルはカルシウムチャネル遮断薬として有効であるが、(R)−ベラパミルは心臓の副作用を起こす;β−遮断薬であるプロパラノロールのl−鏡像異性体はd体よりも約100倍活性である;サリドマイドの(R)(+)−鏡像異性体は睡眠作用があるが、その(S)(−)−鏡像異性体は催奇作用があり、このサリドマイドの薬理作用の違いは、妊娠中に服用した女性の新生児の重篤な奇形(1960年代の「サリドマイドの悲劇」)の原因であることが分かっているなどである。それゆえに、「米国食品医薬品局」は近年、キラル薬品の市販を管理する新たな規制を出した。この新たな規制に準拠すると、キラル薬品の各鏡像異性体の薬理学的性質を、治療効能および安全性について別々に試験しなければならない。
【0005】
鏡像異性体を分離するための種々の方法、たとえばジアステレオマー分割、酵素触媒反応、クロマトグラフィー法、液体膜の塗布、分子認識技術、および包接錯体形成技術が知られている。優先結晶化、ジアステレオマー分割、酵素触媒反応などは、鏡像異性体を補助的なキラル試薬と結合させて、それらを、任意の通常の分離技術で分離できるジアステレオマーに変換することを含む。ジアステレオマー分割に関して述べることができるが、これは"CRC Handbook of Optical Resolutions via Diasteromeric Salt Formation" Kozma D., 2002 ISBN: 0849300193に記載されている。ジアステレオマー分割の主な欠点は、高価でありうるし多くの場合回収できない光学的に純粋な誘導体化試薬(キラル試薬または溶媒)を大量に必要とすることにある。
【0006】
クロマトグラフィー技術(GC、HPLC、CEなど)について述べることができるが、これらは"Chiral Separation Techniques - A Practical Approach" Second Edition, Edited by G. Subramanian ISBN 3-527-29875-4に記載されており、ここで、クロマトグラフィー法は、適切なキラルセレクタを固定相に組み込む(キラル固定相)か、カラム充填材の表面にコーティングする(キラルコーティング固定相)ことを必要とする。キラル固定相を有するエナンチオ選択性キラルカラムは費用がかかりかつ有限な可使寿命を有する。それゆえに、分離のコストはかなり高い。
【0007】
鏡像異性体分離のための分子認識現象について述べることができるが、これは"Chiral Separation Techniques - A Practical Approach" Second Edition, Edited by G. Subramanian ISBN 3-527-29875-4に報告されている。分式認識に基づく種々のキラル固定相、錯体などが開発されてきた。
【0008】
「Molecularly imprinted polymers grafted on solid supports」という題の米国特許第6759488号を参照できるが、ここでは、鏡像異性体の分離が分子認識現象に基づいている。MIP技術の欠点は、分子的にインプリントする膜を製造するのに架橋性モノマーしか使用できないことにある。
【0009】
「Supported chiral liquid membrane for the separation of enantiomers」という題の米国特許第5,080,795号を参照できるが、ここでは、キラルキャリアを含有する担持キラル液体膜が、2種類の鏡像異性体の一方と錯体を形成し、それを他方から分離させる。この膜の主な欠点は、乏しい安定性と、経時的なエナンチオ選択性の減少とにある。
【0010】
「Liquid membrane separation of enantiomers」という題の米国特許第6,485,650号を参照できるが、ここでは、ラセミ混合物を含有した供給流体によるキャリアと相間移動試薬とを含有した担持液体膜モジュールでの鏡像異性体の分離方法が、鏡像異性体を液体膜に移動させ、その後この液体膜をスウィープ流体に接触させることを記載している。その後、鏡像異性体をスウィープ流体から回収する。この膜モジュールは、供給流体およびスウィープ流体が近接するが液体膜の反対側に接し、供給流体およびスウィープ流体が液体膜の長さに沿う実質的に連続した界面接点を有するように構成されている。この液−液抽出技術の欠点は低い生産性と膜の界面における2種類の溶液の混合の危険とにある。
【0011】
「Interfacially synthesized reverse osmosis membrane」という題の米国特許第4,277,344号を参照できるが、ここでは、芳香族ポリアミド膜が、少なくとも2つの一級アミン基を有する芳香族ポリアミドと少なくとも3つのハロゲン化アシル基を有するハロゲン化芳香族アシルとの界面反応生成物である。この特許によると、多孔質ポリスルフォン担体を、水に溶かしたm−フェニレンジアミンでコーティングする。過剰なm−フェニレンジアミン溶液をコーティングした担体から除去したあと、コーティングした担体を「FREON」 TF溶媒(トリクロロトリフルオロエタン)に溶かしたトリメシン酸塩化物で被覆する。界面反応のための接触時間は10秒間であり、反応は実質的に1秒で完了する。次に、得られたポリスルフォン/ポリアミド複合膜を風乾させる。この膜は、良好な流束および塩の阻止を示すことを主張している。しかしながら、膜の性能を向上させるために、種々のタイプの添加剤が、界面重縮合反応で使用する溶液に組み込まれている。この膜の欠点は、エナンチオ選択性でないことである。
【0012】
「Silicone-derived solvent stable membranes」という題の米国特許第5,205,934号を参照できるが、ここでは、担体上、好ましくはポリアクリロニトリル担体上に固定化されたシリコーンの相を含む複合ナノろ過膜の製造方法が記載されている。これらの複合膜は、溶媒安定性であることが主張されており、有機金属触媒錯体などの高分子量の溶質の有機溶媒からの分離にとっての有用性を有することが主張されている。この膜は、エナンチオ選択性を持たない。
【0013】
「Process for the separation of enantiomers and enantiopure reagent」という題の米国特許第6,743,373号を参照できるが、ここで、鏡像異性体を含む混合物を、塩基性媒体中で、鏡像的に純粋なアミノ酸に基づく試薬と反応させ、得られたシアステレオマーの混合物に分離作業を施す。このプロセスの欠点は、鏡像異性体の分離のためには、鏡像異性体は少なくとも1つのフリーな有機官能基を有していなければならず、試薬は活性基をもつアミノ酸の少なくとも1つのアミノ基を含み、イソシアナート基の活性前駆体を形成し、ここでは、アミノ酸の少なくとも1つのカルボキシル基が置換される。
【0014】
上で詳述した従来技術に記載されたエナンチオ選択性ポリマー膜は、キラルポリマーたとえば多糖類およびその誘導体、ポリα−アミノ酸、ポリアセチレン誘導体などから作られる、不斉でありかつ緻密な膜である。これらのポリマーのほとんどは本来的に結晶性であり、膜形成能力を持たない。それゆえに、このようなポリマーから作られた膜は、脆く、ひいては扱いが難しい。乏しい機械的性質は、それらの使用を透析モードの分離に限っていた。透析モードの分離では、駆動力は、溶質の濃度勾配のみであり、それゆえに、これらの膜は非常に低い透過速度を呈した。他のタイプの鏡像異性体分離膜は、グラフトされた鏡像異性体認識分子、すなわちアミノ酸、蛋白質、オリゴペプチドなどを有する、非キラルなポリマーから作られる。これらの膜は優れた機械的性質を有するが、透過中、認識部位が急速に飽和し、ポリマーマトリック中に固定され、それにより、この膜の選択性が時間と共に急激に減少する。
【0015】
種々の特許に記載されているように、複合膜は、多孔質担体膜を多官能性アミンの水溶液でコーティングし、次に有機溶媒中の多官能性ハロゲン化アシルの溶液でコーティングして、多官能性アミンと多官能性ハロゲン化アシルとの界面重縮合反応によってポリアミドの薄膜識別層を製造することによって、典型的に製造される。
【0016】
本発明に関する進歩性は以下のとおりである:i)複合膜の認識層が、キラルなアミノ酸および多官能性アミンと多官能性アシル塩化物との界面重合反応の結果得られた、(ii)界面的な方法によるキラルなエナンチオ選択性層の製造が必要とするキラル化合物は非常に少量であり、均質でキラルな環境を有する非常に大きな膜を製造できる、(iii)この方法が、ラセミ混合物の分離に必須な光学的に純粋なキラル試薬の必要性を最小にする、および(iv)この方法は、高い流束および高い選択性をもたらす限外ろ過層上に担持されたエナンチオ選択性薄膜の形態にあるポリマー膜に、キラルなミクロ環境をもたらす。
【0017】
発明の目的
本発明の主たる目的は、圧力駆動膜処理、たとえば逆浸透、ナノろ過などによる鏡像異性体分離のための自己支持性および選択透過性の膜の製造方法を提供することにある。
【0018】
本発明のもう1つの目的は、非エナンチオ選択性であり、そのため鏡像異性体分離を行わないピペラジンおよびトリメシン酸塩化物をベースにして、複合膜を提供することにある。
【0019】
本発明のもう1つの目的は、高い安定性およびエナンチオ選択性の経時的な不変性を提供することにある。
【0020】
本発明のさらにもう1つの目的は、キラル分子の鏡像異性体の分離のためのエナンチオ選択性複合ナノろ過膜の製造方法を提供することにある。
【0021】
本発明のさらにもう1つの目的は、ラセミ混合物を光学的に純粋な異性体に光学分割するための、膜に基づく方法を提供することにある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は、エナンチオ選択性複合膜のエナンチオ選択性層の化学構造についてのATR−FTIRスペクトルを示している。
【0023】
発明の概要
したがって、本発明は、鏡像異性体をそれらの混合物から分離して光学的に純粋な異性体を得るのに有用なエナンチオ選択性複合膜の製造方法を提供し、この方法は:
(a)湿式転相(phase inversion)法によって製造した限外ろ過(UF)膜を準備することと;
(b)工程(a)で得た限外ろ過膜を、1−2%水溶液のアミノ酸またはアミノ酸の混合物、多官能性アミンおよび酸受容体を含む混合物で、1ないし5分間の期間にわたってディップコーティングし、pHを10ないし13の範囲に維持することと;
(c)コーティングしたUF膜を工程(b)で得た混合物から取り出し、過剰な溶液を5ないし30分間かけてUF膜から除去することと;
(d)工程(c)で得たコーティングした膜を、ハロゲン化トリアシルの0.1−1%ヘキサン溶液中に、1ないし5分間の期間にわたって再度浸漬させ、過剰な溶液を1ないし5分間かけて除去することと;
(e)工程(d)で得た膜を1ないし4時間の期間をかけて乾燥させることと;
(f)工程(e)で得た膜を、1ないし15分間の期間にわたって70℃ないし100℃の範囲内にある温度で加熱し、その後冷まし、1ないし2時間かけて風乾させることと;
(g)工程(f)で得た膜を脱イオン水に24時間まで浸して、限外ろ過膜に接したエナンチオ選択性層を含むエナンチオ選択性複合膜を得て、それをアミノ酸のそれらの水溶液からの分離について試験することと
を含む。
【0024】
本発明の1つの実施形態では、使用する複合膜のエナンチオ選択性層は、エナンチオ選択性であり、厚さが400ないし1600Åの範囲内にある。
【0025】
本発明のもう1つの実施形態では、使用するアミノ酸またはアミノ酸の混合物は、少なくとも2つの一級アミノ基からなる群より選択される。
【0026】
もう1つの実施形態では、使用する複合膜のエナンチオ選択性層は、少なくとも1個のキラル炭素原子を有する架橋ポリアミドポリマーからなる。
【0027】
もう1つの実施形態では、使用する多官能性アミンはメタフェニレンジアミン、ピペリジンから選択され、使用する酸受容体はトリエチルアミンまたはNaOHから選択される。
【0028】
さらにもう1つの実施形態では、使用する多官能性ハロゲン化トリアシルは、トリメシン酸塩化物である。
【0029】
もう1つの実施形態では、使用する限外ろ過膜は、ポリスルフォン、ポリエーテルスルフォン、およびポリフッ化ビニリジエンから選択され、厚さが20−60μmの範囲内にある。
【0030】
さらにもう1つの実施形態では、エナンチオ選択性複合膜は、50−70%のアルギニンおよび80−90%のリシンを水溶液から分離する。
【0031】
さらにもう1つの実施形態では、エナンチオ選択性の複合膜を使用する、アミノ酸のラセミ混合物の鏡像異性体分離方法であって、前記方法は、逆浸透膜試験ユニットにおいて、345KPaないし862KPaの範囲内にある膜間圧力差で、0.1ないし1%の範囲内にあるアミノ酸の水溶液および/または緩衝液を供給物として毎分300ないし800mlの範囲内にある流量で使用し、20−30℃で行う。
【0032】
さらにもう1つの実施形態では、透過液中のアミノ酸の濃度を紫外可視分光光度計によって測定し、透過液中のdおよびl−鏡像異性体の比を、PDA検出器を取り付けたHPLCにおいて、キラルカラムを使用することによって評価した。
【0033】
発明の詳細な説明
本発明のエナンチオ選択性薄膜複合膜は、微孔質担体に、塩基性アミノ酸(2つの一級アミノ基を有するアミノ酸、すなわちアルギニン、リシンなど)または塩基性アミノ酸の混合物、多官能性アミン(たとえばメタフェニレンジアミン、ピペラジン、好ましくはピペラジン)および酸受容体(トリエチルアミン、NaOH、好ましくはNaOH)と、次に多官能性ハロゲン化アシル(1以上の反応性を有する)(好ましくはトリメシン酸塩化物)とを段階的にコーティングすることにより製造される。コーティング工程は、特定の順序である必要はないが、好ましくは、アミノ酸またはアミノ酸の混合物、多官能性アミンおよび酸受容体を最初にコーティングし、それに続いて、多官能性ハロゲン化アシルのコーティングを行う。アミノ酸またはアミノ酸の混合物および多官能性アミンは水溶液からコーティングし、多官能性ハロゲン化アシルは有機溶液からコーティングする。
【0034】
まず、限外ろ過膜を、ポリマー材料たとえばポリスルフォン、ポリエーテルスルフォン、ポリフッ化ビニリジエンなど、好ましくはポリスルフォンから転相技術によって製造する。この技術では、非プロトン性溶媒たとえばジメチルホルムアミド、N,Nジメチルアセトアミドなどに溶けた12ないし18重量%の所望の濃度(より正確には18重量%)の上述のポリマーの溶液を、ポリエステルの不織布(担体)に均一な厚さで塗布し、次に、10ないし40秒の規定時間後、この担体をジメチルホルムアミドの2%水溶液を入れた凝固浴槽中に浸漬させる。膜を脱イオン水で数回洗浄する。
【0035】
このようにして製造した限外ろ過膜を、1−2%の水溶液のアミノ酸またはアミノ酸の混合物(アルギニン)、多官能性アミン、好ましくはピペラジン(アルギニンおよびピペラジンの比は50−50%)および酸受容体すなわちトリエチルアミン、NaOHなど、好ましくはNaOHを反応させることによる界面重合技術によって、エナンチオ選択性薄膜をその場で限外ろ過膜のエナンチオ選択性層上に製造することによる、本発明のエナンチオ選択性複合ナノろ過膜の製造のために使用する。水溶液のpHは、0.1−1%のトリメシン酸塩化物のヘキサン溶液を用いて、10−13、好ましくは12に維持する。
【0036】
エナンチオ選択性層を限外ろ過膜のエナンチオ選択性層上に製造するために、それを、水溶液のアミノ酸またはアミノ酸の混合物、多官能性アミン、好ましくはピペラジン(アルギニンおよびピペラジンの比は50−50%)および酸受容体、すなわちトリエチルアミンおよびNaOHで、1−5分間、正確には3分間にわたって、まずディップコートする。コーティングしたUF膜を溶液から取り出し、過剰な溶液を約5−30分間、正確には15分間かけてUF膜から除去し、所望量のモノマーを維持する。
【0037】
次に、UF膜を0.1−1%、正確には0.5%のトリメシン酸塩化物のヘキサン溶液に約1−5分間、正確には3分間の期間にわたってディップコーティングする。コーティングして得られたUF膜をトリメシン酸塩化物溶液混合物から取り出し、膜を1−5分間、正確には5分間かけて液抜きをしてトリメシン酸塩化物の過剰溶液を除去する。次に、膜を1−4時間、正確には4時間にかけて風乾させ、次に、70−100℃の温度、正確には90℃で1−15分間にわたって、正確には10分間にわたって加熱することによって硬化させる。次に、得られた膜を冷まし、2時間かけて風乾させ、次に、24時間まで水に浸して、所望のエナンチオ選択性複合膜を得る。
【0038】
図1:エナンチオ選択性複合膜を、ATR−FTIR分光光度計により、そのエナンチオ選択性層の化学構造について特性評価した。コーティング前およびコーティング後でのポリスルフォン膜のATR−FTIRスペクトルを、Perkin-Elmer分光計(Perkin-Elmer Spectrum GX, ATR-FTIR)において、ゲルマニウム結晶を使用し、45°の名目入射角で、100スキャンの速度で、2cm-1の分解能で記録した。ポリスルフォン膜(A)およびそれをポリ(ピペラジンコアルギニントリメサミド)膜でその場でコーティングした後(B)のATR−FTIRスペクトルを以下に示す。1487−90cm-1および1584cm-1のピークはポリスルフォン担体に特徴的なものである。1472−1644cm-1の領域での吸収帯の出現は、C=O、C=N伸縮振動に起因しうるものである。コーティングされた膜のスペクトル中の1667cm-1でのピークは、アミドの生成を表している。1731cm-1(イミド環C=O)、1369cm-1(C−N−C、平面でのイミド)および747cm-1(C−N−C、面外変角)に特性吸収がある。
【0039】
これらの膜を、アミノ酸、好ましくはアルギニン、リシン、アラニンなどのそれらの水溶液および緩衝液からの分離ならびにアミノ酸のラセミ混合物の鏡像異性体分離について、逆浸透膜試験ユニット上で、345−862KPaの範囲内にある膜間圧力差、正確には552KPaで、0.1−1%の範囲内にあるアミノ酸の水溶液および緩衝液を原水として1分間あたり300−800mlの範囲内にある流量、正確には1分間当たり500mlで使用し、25℃の温度で試験した。透過液中のアミノ酸の濃度は、紫外可視分光光度計によって290nmで測定し、鏡像過剰率(ee%)を測定するための透過液中のdおよびl−鏡像異性体の比は、PDA検出器を備えたHPLCで、合衆国のDiacel Chemical Industriesによって供給されているChiral column Chromapack(+)を使用して評価した。
【0040】
鏡像異性体は、同一の分子式および化学構造を有するがそれらの立体配置のみが異なるキラルな分子である。立体配置の違いは、多くのキラルな化合物の生物学的および薬理学的活性が完全に異なるので、多くの意味を持つ。それゆえに、光学的に純粋な形態でのこれら化合物の使用が切迫している。鏡像異性体の分離は難問を示す。様々な技術に基づく鏡像異性体の分離のための多くの技術が当技術において知られている。全ての鏡像異性体分離技術は、ペアになった鏡像異性体を同定するために、ラセミ混合物の近傍のキラルなミクロ環境に基づいている。
【0041】
ホモキラルな環境の存在は、ペアになった鏡像異性体を識別するのに必須である。本発明の膜の新規性は、限外ろ過膜上に担持されたエナンチオ選択性層薄膜の形態にあるポリマー膜にキラルなミクロ環境をもたらし、より高い流束およびより高い選択性をもたらすことにある。
【0042】
本発明の複合膜は、限外ろ過膜上にその場で製造されたエナンチオ選択性層のキラル識別層を有する。エナンチオ選択性層識別層は、キラルなアミノ酸および多官能性アミンと多官能性アシル塩化物との界面的重合反応の結果得られた。キラルなエナンチオ選択性層の界面的な方法による製造は、必要なキラル化合物が非常に少量であり、ホモキラルな環境を有する非常に大きな膜を製造することができる。かくして、ラセミ混合物の分離に必須な光学的に純粋なキラル試薬の必要性を最小にする。
【0043】
以下の例は、説明として示しているので、本発明の範囲を限定するように解釈されるべきでない。
【0044】
例1
ポリスルフォンUF膜にアルギニンおよびピペラジン(50:50)の1%水溶液を3分間にわたって含浸させ、1NのNaOHを添加することによって溶液のpHを12に維持し、過剰な溶液を15分間かけて除去し、次に膜をトリメシン酸塩化物の0.5%ヘキサン溶液に2分間にわたって浸漬し、過剰な溶液を2分間かけて除去し、次にこの膜を4時間かけて空気中で乾燥させて、エナンチオ選択性複合膜を製造した。この膜を5分間かけて90℃の温度で熱硬化させ、25℃の温度まで冷まし、2時間かけて風乾させ、その後脱イオン水に24時間まで浸した。この膜を、アルギニンに対する分離およびエナンチオ選択性について、標準状態で、ラセミのアルギニンの0.1%水溶液を供給物として毎分500mlの流量で552KPaで使用して試験した。膜は、636l/m2/日の透過速度および75%のアルギニンの阻止を示した。d−アルギニンに対するエナンチオ選択性は65%であることが観察された。
【0045】
例2
ポリスルフォンUF膜にアルギニンおよびピペラジン(50:50)の1%水溶液を3分間にわたって含浸させ、1NのNaOHを添加することによって溶液のpHを12に維持し、過剰な溶液を15分間かけて除去し、次に膜をトリメシン酸塩化物の1%ヘキサン溶液に2分間にわたって浸漬し、過剰な溶液を5分間かけて除去し、次にこの膜を4時間かけて空気中で乾燥させて、エナンチオ選択性複合膜を製造した。この膜を5分間かけて90℃の温度で熱硬化させ、25℃の温度まで冷まし、2時間かけて風乾させ、その後脱イオン水に24時間まで浸した。この膜を、アルギニンに対する分離およびエナンチオ選択性について、標準状態で、ラセミのアルギニンの0.1%水溶液を供給物として毎分500mlの流量で552KPaで使用して試験した。膜は、6時間後に734l/m2/日の透過速度および66%のアルギニンの阻止を示した。dアルギニンに対するエナンチオ選択性は50であった。
【0046】
例3
ポリスルフォンUF膜にピペラジンの1%水溶液を3分間にわたって含浸させ、1NのNaOHを添加することによって溶液のpHを12に維持し、過剰な溶液を15分間かけて除去し、次に膜をトリメシン酸塩化物の0.5%ヘキサン溶液に2分間にわたって浸漬し、過剰な溶液を5分間かけて除去し、次にこの膜を4時間かけて空気中で乾燥させて、エナンチオ選択性複合膜を製造した。この膜を5分間かけて90℃の温度で熱硬化させ、25℃の温度まで冷まし、2時間かけて風乾させ、その後脱イオン水に24時間まで浸した。この膜を、アルギニンに対する分離およびエナンチオ選択性について、標準状態で、ラセミのアルギニンの0.1%水溶液を供給物として毎分500mlの流量で552KPaで使用して試験した。膜は、1125l/m2/日の透過速度および60%のアルギニンの阻止を示した。膜はdアルギニンに対するエナンチオ選択性を示さなかった。
【0047】
例4
ポリスルフォンUF膜に、1NのNaOHを添加することによってpHを12としたアルギニンの1%水溶液を3分間にわたって含浸させ、過剰な溶液を15分かけて除去し、次に膜をトリメシン酸塩化物の0.5%ヘキサン溶液に2分間にわたって浸漬し、過剰な溶液を2分間かけて除去し、次に膜を4時間かけて空気中で乾燥させて、エナンチオ選択性複合膜を製造した。この膜を5分間かけて90℃の温度で熱硬化させ、25℃の温度まで冷まし、2時間かけて風乾させ、その後脱イオン水に24時間まで浸した。この膜を、アルギニンに対する分離およびエナンチオ選択性について、標準状態で、ラセミのアルギニンの0.1%水溶液を供給物として毎分500mlの流量で552KPaで使用して試験した。膜は1125l/m2/日の透過速度および48%のアルギニンの阻止を示し、および膜はd−アルギニンに対する50%のエナンチオ選択性を示した。
【0048】
例5
ポリスルフォンUF膜に12pHのリシンおよびピペラジン(50:50)の1%水溶液を5分間にわたって含浸させ、過剰な溶液を15分間かけて除去し、次に膜をトリメシン酸塩化物の0.5%ヘキサン溶液に5分間にわたって浸漬し、過剰な溶液を5分間かけて除去し、次に膜を4時間かけて空気中で乾燥させて、エナンチオ選択性複合膜を製造した。この膜を5分間かけて90℃の温度で熱硬化させ、25℃の温度まで冷まし;2時間かけて風乾させ、その後脱イオン水に24時間まで浸した。この膜を、標準状態で、ラセミのリシンの0.1%水溶液を供給物として毎分500mlの流量で552KPaで使用して試験した。膜は587.19l/m2/日の透過速度および83%のリシンの排除を示した。膜はdリシンに対する90%のエナンチオ選択性を呈した。
【0049】
例6
例1で製造したエナンチオ選択性複合膜を、標準状態で、ラセミのリシンの0.1%水溶液を供給物として毎分500mlの流量で552KPaで使用して試験した。この膜は293.54l/m2/日の透過速度、46%のリシンの阻止を示し、d−リシンに対するエナンチオ選択性は60%であった。
【0050】
例7
例1で製造したエナンチオ選択性複合膜を、標準条件で、ラセミアラニンの0.05%水溶液を供給物として毎分500mlの流量および552KPaで使用して試験した。この膜は342.30l/m2/日の流束および72%のリシン阻止を示した。d−アラニンに対するエナンチオ選択性は56%であった。
【0051】
本発明の主な利点
1)従来技術に記載されたエナンチオ選択性ポリマー膜は、不斉でありかつ緻密な膜であり、キラルポリマーたとえば、多糖類およびその誘導体、ポリα−アミノ酸、ポリアセチレン誘導体などから製造される。ほとんどの膜が脆く、乏しい機械的性質を有し、そのため膜を扱うのが難しく、その結果、それらの使用は透析モードの分離に限られる。透析モードの分離では、駆動力が膜を横切る溶質の濃度であり、そのため、膜は非常に低い投下速度を呈する。優れた機械的性質を有する膜は、最初はエナンチオ選択性を呈するが、認識部位の飽和により、選択性は時間と共に急激に低下する。
2)本発明の複合膜は、従来技術に記載された膜の上述した欠点を回避する。
3)本発明の複合膜は、鏡像異性体分離を商業規模で実施するのに使用できる。
4)本発明の複合膜は、膜間圧力差に依存するが、6−24ガロン/フィート2/日の透過速度を呈する。
5)本発明の複合膜は、圧力駆動分離処理において、345ないし862KPaの範囲内にある圧力で使用できる。膜間圧力差が高ければ、流量が高くなり、それにより生産性が向上する。
6)本発明の複合膜は、安定でありかつ機械的に優れており、それにより、それは処理および変換されてモジュラー形態になる。
7)従来技術に記載された鏡像異性体分離は、多くの場合バッチプロセスであり、連続的なものであっても、対規模な連続分離には適用できなかった。本発明の膜を使用する鏡像異性体分離は連続的な方法であり、大規模な連続分離に適合できる。
8)本発明の鏡像異性体分離方法は、大規模なアミノ酸のそれらの水溶液および混合物からの分離を可能にする妥当な期間で、高い移動速度と分離度とを呈する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鏡像異性体をそれらの混合物から分離して光学的に純粋な異性体を得るのに有用なエナンチオ選択性複合膜の製造方法であって:
(a)湿式転相法によって製造した限外ろ過(UF)膜を準備する工程と;
(b)工程(a)で得た限外ろ過膜を、1−2%水溶液のアミノ酸またはアミノ酸の混合物、多官能性アミンおよび酸受容体を含む混合物で、1ないし5分間の期間にわたってディップコーティングし、pHを10ないし13の範囲に維持する工程と;
(c)コーティングしたUF膜を工程(b)で得た前記混合物から取り出し、過剰な溶液を5ないし30分間かけてUF膜から除去する工程と;
(d)工程(c)で得た前記コーティングした膜を、ハロゲン化トリアシルの0.1−1%ヘキサン溶液中に、1ないし5分間の期間にわたって再度浸漬させ、過剰な溶液を1ないし5分間かけて除去する工程と;
(e)工程(d)で得た膜を1ないし4時間の期間をかけて乾燥させる工程と;
(f)工程(e)で得た膜を、1ないし15分間の期間にわたって70℃ないし100℃の範囲内にある温度で加熱し、その後冷まし、1ないし2時間かけて風乾させる工程と;
(g)工程(f)で得た膜を脱イオン水に24時間まで浸して、前記限外ろ過膜に接したエナンチオ選択性層を含むエナンチオ選択性複合膜を得て、それをアミノ酸のそれらの水溶液からの分離について試験する工程と
を含む方法。
【請求項2】
前記複合膜の前記エナンチオ選択性層は、400ないし1600Åの範囲内にある厚さを有する請求項1に記載の方法。
【請求項3】
使用するアミノ酸またはアミノ酸の混合物は、少なくとも2つの一級アミノ基からなる群より選択される請求項1に記載の方法。
【請求項4】
複合膜の前記エナンチオ選択性層は、少なくとも1個のキラル炭素原子を有する架橋ポリアミドポリマーからなる請求項1に記載の方法。
【請求項5】
使用する多官能性アミンはメタフェニレンジアミン、ピペリジンから選択され、使用する酸受容体はトリエチルアミンまたはNaOHから選択される請求項1(b)に記載の方法。
【請求項6】
使用する多官能性ハロゲン化トリアシルは、トリメシン酸塩化物である請求項1(d)に記載の方法。
【請求項7】
複合膜の製造に使用する前記限外ろ過膜は、20−60μmの範囲内にある厚さを有する、ポリスルフォン、ポリエーテルスルフォン、およびポリフッ化ビニリジエンから選択される請求項1に記載の方法。
【請求項8】
エナンチオ選択性複合膜は、50−70%のアルギニンおよび80−90%のリシンを水溶液から分離する請求項1に記載の方法。
【請求項9】
請求項1に記載の方法によって得られるエナンチオ選択性の複合膜を使用する、アミノ酸のラセミ混合物の鏡像異性体分離方法であって、逆浸透膜試験ユニットにおいて、345KPaないし862KPaの範囲内にある膜間圧力差で、0.1ないし1%の範囲内にあるアミノ酸の水溶液および/または緩衝液を供給物として毎分300ないし800mlの範囲内にある流量で使用して行う方法。
【請求項10】
透過液中のアミノ酸の濃度を紫外可視分光光度計によって測定し、透過液中のdおよびl−鏡像異性体の比を、PDA検出器を取り付けたHPLCにおいて、キラルカラムを使用することによって評価した請求項9に記載の方法。

【図1】
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【公表番号】特表2012−521869(P2012−521869A)
【公表日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−501507(P2012−501507)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際出願番号】PCT/IN2010/000188
【国際公開番号】WO2010/109490
【国際公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(596020691)カウンスィル オブ サイエンティフィック アンド インダストリアル リサーチ (42)
【氏名又は名称原語表記】COUNCIL OF SCIENTIFIC & INDUSTRIAL RESEARCH
【Fターム(参考)】