説明

エレクトロガスアーク溶接方法

【課題】板厚50mm以上の厚肉鋼板の溶接に好適なエレクトロガスアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】溶着量増加用のホットワイヤを溶融池に直接供給する。溶接装置は、溶接電源と溶接ワイヤ送給装置、電極トーチ、および溶接ワイヤで構成され、溶接電源の片極が電極トーチに、他極は被溶接部材に接続されている。溶着量を増大させるためのホットワイヤ供給機構として、通電加熱電源、ホットワイヤ送給装置、通電トーチ、およびホットワイヤからなる構成が溶接装置と独立して配置されている。アークを発生させ、溶融池を形成せしめる溶接ワイヤと被溶接部材の開先面の間に、ホットワイヤ送給装置、通電トーチを通して供給されるホットワイヤを送給するように配置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロガスアーク溶接方法に関し、特に板厚50mm以上の厚肉鋼板の溶接に好適なものに関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロガスアーク溶接は鋼板の立向突合せ溶接方法の一つで、図9に示すように被溶接材1の開先の表面側に摺動銅板2を、裏面側にセラミックスや銅製の裏当材3を配置し、摺動銅板2と被溶接材1および裏当材3で囲まれる開先に上方から電極ワイヤ4を送給してガスシールドアーク溶接を行う溶接方法である。
【0003】
エレクトロガスアーク溶接は、他の溶接法に比べ高能率溶接が達成されることから、船舶、石油貯蔵タンク及び橋梁等の幅広い分野で採用されている。特に船舶分野では、コンテナ船のシャーストレーキ及びハッチコーミング部等のような、板厚が50mm以上の極厚板の溶接に対しても適用されている。
【0004】
また、被溶接材が更に厚肉化し、単一の電極ワイヤでは溶着量が不足する、もしくは溶接効率を更に高める必要がある、融合不良等の溶接欠陥を防止する、等の必要性が生じた場合は、板厚方向に複数本の電極ワイヤを配置し、これらの片方もしくは両方を板厚方向に摺動させる、多電極エレクトロガスアーク溶接方法が、その装置、溶接材料も含めて提案されている。(例えば、特許文献1〜3)。
【特許文献1】特開平10−118771号公報
【特許文献2】特開平11−197884号公報
【特許文献3】特開2000−94185号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の船舶の大型化傾向は著しく、それに伴い、特に前述したような部材に適用される鋼板の板厚は増加の一途を辿っている。
【0006】
一方、エレクトロガスアーク溶接法の溶接入熱は、電極ワイヤから投入される、電流と電圧の積で求まる投入熱量を溶接速度で除することによって得られるため、投入熱量が一定である場合においては、被溶接部材の板厚が増加するとともに溶接速度が低下し、溶接入熱が増加し、継手性能、特に溶接熱影響部靭性や継手強度といった重要な諸特性が低下する。
【0007】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、厚鋼板の立向溶接において、従来のエレクトロガスアーク溶接と同等以上の溶接作業性を維持しつつ、溶接速度を大幅に増加させることにより実質的な溶接入熱を低減し、被溶接部材の板厚が増加するような場合においても良好な溶接継手特性が得られるエレクトロガスアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の課題は以下の手段により達成可能である。
1.2つの被溶接板が対向して形成される上下に延びる開先に対し、表面側に上方に摺
動する摺動銅板を当て、裏面側に固定された裏当材を当てると共に、前記開先内に溶
接ワイヤを配置しこれを立向突合せ溶接するエレクトロガスアーク溶接方法において、アークを発生させる溶接ワイヤとは独立した溶着量増加用のホットワイヤを溶融池に直接供給することを特徴とするエレクトロガスアーク溶接方法。
2.1に記載の溶接方法において、開先内に溶接ワイヤが複数本配置されることを特徴とするエレクトロガスアーク溶接方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によればエレクトロガスアーク溶接において、アークを発生させ溶融池を形成せしめる溶接ワイヤの他に、独立してホットワイヤを添加し、単位時間当たりの溶着量を増大させることにより、溶接速度の上昇、ひいては、実質的な溶接入熱を低減させることが可能となるので、極厚鋼板の溶接においても溶接能率を向上させるばかりでなく、溶接入熱が低減されることにより、継手特性劣化を大幅に軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、溶接ワイヤの溶融によって形成される溶融池の保有する熱量の一部を、溶接ワイヤとは独立して添加されるホットワイヤの溶融に効率的に利用することにより、単位時間当たりの溶着量を増大させ、溶接速度を上昇せしめることを特徴とする。以下、図面を用いて本発明を説明する。
【0011】
図1は本発明の一実施例に係わる装置の構成を説明する図で、図において1は被溶接部材である鋼板、2は被溶接部材表面に配置され、溶接の進行とともに上昇する摺動銅板、4は溶接電源、5は溶接ワイヤ送給装置、6は電極トーチ、7は溶接ワイヤ、8は通電加熱電源、9はホットワイヤ送給装置、10は通電トーチ、11はホットワイヤを示す。図2に開先部における溶接ワイヤ7、ホットワイヤ11の位置関係を示す。図2において3は被溶接部材裏面に固定配置される裏当て材を示す。
【0012】
アークを発生させ溶融池を形成せしめる溶接装置は、溶接電源4と溶接ワイヤ送給装置5、電極トーチ6、および溶接ワイヤ7によって構成され、溶接電源の片極が電極トーチ6に、他極は被溶接部材1に接続されている。
【0013】
さらに、溶着量を増大させるためのホットワイヤ供給機構として、通電加熱電源8、ホットワイヤ送給装置9、通電トーチ10、およびホットワイヤ11からなる構成が溶接装置と独立して配置されている。
【0014】
本発明では、アークを発生させ、溶融池を形成せしめる溶接ワイヤ7と被溶接部材1の開先面1aの間に、ホットワイヤ送給装置9、通電トーチ10を通して供給されるホットワイヤ11を送給するように配置する。
【0015】
被溶接部材1が極厚鋼板の場合、その表裏面を十分に溶け込ませるため、溶接ワイヤ7を板厚方向に振幅aで揺動させても良い。
【0016】
その場合、ホットワイヤ11は揺動する溶接ワイヤ7と干渉しないように被溶接部材1の開先面の任意の空間に固定配置する。開先内に十分な空間があれば、溶接ワイヤ7と同様に板厚方向に揺動させても良い。
【0017】
図3は本発明の他の実施例に係わる装置構成を説明する図で、溶融池を形成せしめる溶接ワイヤを板厚方向に2本配置した場合を示し、図において図1と同じ符号が付与されたものは同じものを指す。図4に開先部における2本の溶接ワイヤとホットワイヤの位置関係を示す。
【0018】
第2溶接電源12と第2溶接ワイヤ送給装置13、第2電極トーチ14、および第2溶接ワイヤ15が図1に示した構成に新たに追加されている。本実施例では、溶接ワイヤとホットワイヤの配置は図4で示されるように、溶接ワイヤ7と第2溶接ワイヤ15が被溶接部材の板厚方向に配置される。
【0019】
図3に示す装置構成は、被溶接部材1の板厚が例えば70mm以上と極めて大きく、1本の溶接ワイヤの揺動による溶接では被溶接部材の表裏面まで十分な溶融池が形成されない場合に好適で、溶接ワイヤ7と第2溶接ワイヤ15は板厚方向に任意に揺動させても本発明の効果を何ら損なうものではない。
【0020】
尚、本発明において、溶接ワイヤおよびホットワイヤには、他に支障がない限りにおいてソリッドワイヤあるいはフラックス入りワイヤのいずれかを適用することが可能である。以下、本発明の実施例について、比較例と対比して説明する。
【実施例1】
【0021】
実施例1では、被溶接部材(鋼板)に板厚65mmのYP390N/mm2級鋼板を、溶接ワイヤ7およびホットワイヤ11には直径1.6mmのフラックス入りワイヤ(JIS Z3319 YFEG−22C相当)をそれぞれ用いた。また、溶融池を形成せしめるための溶接ワイヤ7の溶接条件は、溶接電流400A、溶接電圧45Vで一定としている。
【0022】
図5に、実施例1の開先形状ならびに溶接ワイヤ、ホットワイヤの送給位置を模式的に示す。開先角度を20°、被溶接部材裏面側のギャップを10mmに固定し、溶接ワイヤ7は開先の中央位置を狙い位置とし、被溶接部材板厚方向に45mmの揺動を加えている。
【0023】
また、ホットワイヤ11は上記溶接ワイヤの揺動を妨げることがないように、揺動ラインから離れた位置にその先端が来るように固定配置されている。
【0024】
本発明では、ホットワイヤを送給する前に、それを溶解せしめる十分な溶融池が形成されていることが必要であるため、溶接開始時はホットワイヤ11の送給は行わず、被溶接部材の板厚方向に十分に溶融池が形成されたことを確認後、ホットワイヤを送給する。
【0025】
図6はホットワイヤの送給量を0〜20m/minに変化させた場合の、溶接ワイヤから供給される投入熱量と溶接速度から計算される溶接入熱と、ホットワイヤ送給量との関係を示したものであり、ホットワイヤ送給量0mの場合が、従来のホットワイヤを用いないエレクトロガスアーク溶接法に該当する。
【0026】
図から明らかなように、ホットワイヤ送給量が0の場合、その溶接入熱は約500kJ/cmで、ホットワイヤ添加量の増大に連れてその溶接入熱は低下する傾向が見られ、本発明で目的としていたエレクトロガスアーク溶接における溶接入熱の低減が達成されていることがわかる。
【0027】
しかしながら本実施例では送給量が16m/minを越えた場合においては、ホットワイヤの先端が溶融池底面に達して送給不能になり、安定的な溶接が達成されなかった。これは、送給速度が余りにも速いために、ホットワイヤが溶融池内で十分に溶解するための時間が得られなかったためで、被溶接部材の板厚ならびに溶接ワイヤからの投入熱量に応じた適切なホットワイヤ送給速度を選定する必要がある。
【実施例2】
【0028】
実施例2では、被溶接部材(鋼板)に板厚80mmのYP390N/mm級鋼板を、溶接ワイヤ7、第2溶接ワイヤ15、ならびにホットワイヤ11には直径1.6mmのフラックス入りワイヤ(JIS Z3319 YFEG−22C相当)をそれぞれ用いた。
【0029】
また、溶融池を形成せしめるための溶接条件として、溶接ワイヤ7の溶接条件は、溶接電流400A、溶接電圧42V、第2溶接ワイヤ15の溶接条件は、溶接電流400A、溶接電圧40Vで一定とした。
【0030】
図7は実施例2の開先形状ならびに溶接ワイヤ、ホットワイヤの送給位置を模式的に示した図である。実施例1と同様に開先角度を20°、被溶接部材裏面側のギャップを10mmに固定し、溶接ワイヤ7および第2溶接ワイヤ15を開先の中央位置に板厚方向に並べて配置した。
【0031】
いずれの溶接ワイヤも揺動は加えていない。ホットワイヤ11は両溶接ワイヤの配置を妨げることのないよう、開先中央位置から離れた位置にその先端が来るように固定配置されている。
【0032】
図8はホットワイヤの送給量を0〜20m/minに変化させた場合の、溶接ワイヤから供給される投入熱量と溶接速度から計算される溶接入熱と、ホットワイヤ送給量との関係を示したものであり、ホットワイヤ送給量0mでの試験例が、従来のホットワイヤを用いない2電極エレクトロガスアーク溶接法に該当する。
【0033】
ホットワイヤ送給量が0の場合、その溶接入熱は約650kJ/cmであるが、ホットワイヤ添加量の増大に伴ってその溶接入熱は低下する。本実施例では実施例1に比較して溶接ワイヤから投入される熱量が2倍になっていることから、ホットワイヤの送給量を一定として実施例1と比較した場合、低減される溶接入熱の絶対値は小さくなる。
【0034】
しかしながら板厚80mmのような超極厚材の溶接においてもホットワイヤの添加による溶接入熱の低減効果は明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の一実施例に係る省入熱エレクトロガスアーク溶接方法の装置構成を示す模式図。
【図2】図1に示す本発明の一実施例に係る省入熱エレクトロガスアーク溶接方法の、開先断面における溶接ワイヤとホットワイヤの配置を示す模式図。
【図3】本発明の他の実施例に係る省入熱エレクトロガスアーク溶接方法の装置構成を示す模式図。
【図4】図3に示す本発明の一実施例に係る省入熱エレクトロガスアーク溶接方法の、開先断面における溶接ワイヤとホットワイヤの配置を示す模式図。
【図5】実施例1に適用した、溶接ワイヤならびにホットワイヤ添加位置を示す模式図。
【図6】実施例1で得られた、ホットワイヤ添加速度と溶接入熱の関係を示す図。
【図7】実施例2に適用した、溶接ワイヤならびにホットワイヤ添加位置を示す模式図。
【図8】実施例2で得られた、ホットワイヤ添加速度と溶接入熱の関係を示す図。
【図9】エレクトロガスアーク溶接法を模式的に示した説明図。
【符号の説明】
【0036】
1 鋼板
1a 開先面
2 摺動銅板
3 裏当て材
4 溶接電源
5 溶接ワイヤ送給装置
6 電極トーチ
7 溶接ワイヤ
8 通電加熱電源
9 ホットワイヤ送給装置
10 通電トーチ
11 ホットワイヤ
12 第2溶接電源
13 第2溶接ワイヤ送給装置
14 第2電極トーチ
15 第2溶接ワイヤ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの被溶接板が対向して形成される上下に延びる開先に対し、表面側に上方に摺
動する摺動銅板を当て、裏面側に固定された裏当材を当てると共に、前記開先内に溶
接ワイヤを配置しこれを立向突合せ溶接するエレクトロガスアーク溶接方法において、アークを発生させる溶接ワイヤとは独立した溶着量増加用のホットワイヤを溶融池に直接供給することを特徴とするエレクトロガスアーク溶接方法。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接方法において、開先内に溶接ワイヤが複数本配置されることを特徴とするエレクトロガスアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−237263(P2007−237263A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−65102(P2006−65102)
【出願日】平成18年3月10日(2006.3.10)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】