説明

オーステナイト系ステンレス鋼及びこれを用いたプレスプレート

【課題】、銅に極めて近い熱膨張係数とプレスプレートに好適な硬さとを有する省Ni型の安価なオーステナイト系ステンレス鋼と、これを用いたプレスプレートとを提供する。
【解決手段】本発明のオーステナイト系ステンレス鋼は、C:0.06〜0.10重量%、Si:0.50〜0.75重量%、Mn:5.50〜6.50重量%、Ni:2.00〜2.50重量%、Cr:17.0〜18.0重量%、Cu:2.00〜2.50重量%、N:0.15〜0.25重量%を含有し、残部がFeと不可避不純物とからなり、圧下率70%の調質圧延を行った際に発生する加工誘起マルテンサイトの体積率が10%以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プリント配線板の製造に用いられるプレスプレートに好適なオーステナイト系ステンレス鋼と、該鋼からなるプレスプレートとに関する。
【背景技術】
【0002】
プリント配線板とりわけ多層プリント配線板の製造に用いられる「プレスプレート」とは、銅貼積層板,多層化接着用プリプレグ及び銅箔を所定の枚数ずつ積層した多層積層体を熱プレス成形する際に、熱プレス装置と多層積層体との間や多層積層体同士の間に介装される厚さ数mm程度以下の平板状治具であり、その用途特性から概ね400HV程度以上の硬さが求められている。このため、従来は、このプレスプレートに、JIS G 4313で規格されているSUS304やSUS301などのオーステナイト系ステンレス鋼を加工硬化させることによって製造された高強度ステンレス鋼が用いられてきた。
【0003】
しかしながら、近年、多層プリント配線板の高密度化に伴い、多層プリント配線板に積層される銅箔の厚みも薄くなる傾向にあり、その結果、熱プレス成形の際に多層積層体中の銅箔が破断したりシワが発生すると云った問題が顕在化してきた。これは、上記製造工程においてプレスプレートは銅箔と直接接触することになるところ、上記高強度ステンレス鋼からなるプレスプレートの熱膨張係数と銅箔の熱膨張係数との差が大きいことに起因するものである。したがって、このような問題を解決するためには、上述のような硬さを備えつつ、熱膨張係数がより銅に近い材料でプレスプレートを形成する必要がある。
【0004】
そこで、このような問題を解決し得る技術として、Siを1.0〜4.0重量%含有した特定の組成のオーステナイト系ステンレス鋼に時効処理を施すことが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
係る技術によれば、プレスプレートに必要な硬さを有すると共に、20〜100℃での平均熱膨張係数が14.5×10−6/℃以上のプレスプレートを提供することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−297601号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述の技術では、高価で且つ資源的に貴重なNiの含有量が5.0〜15.0重量%と極めて高いことから、プレスプレートに好適なオーステナイト系ステンレス鋼を経済的且つ持続的に製造するのが困難であると云う問題があった。
【0008】
また、上記技術で得られるプレスプレートの熱膨張係数の範囲は14.5×10−6/℃以上であるが、銅の熱膨張係数が17.1×10−6/℃であることを鑑みれば、上記技術で得られるプレスプレートの熱膨張係数の範囲では、プリント配線板の製造時における銅箔の破断やシワの予防に対して必ずしも十分とは云えない。
【0009】
それゆえに、本発明の主たる課題は、銅に極めて近い熱膨張係数とプレスプレートに好適な硬さとを有する省Ni型の安価なオーステナイト系ステンレス鋼と、プリント配線板製造時における銅箔の破断やシワなどのトラブルを解消することができるプレスプレートとを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者は、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、冷間加工で生じる加工誘起マルテンサイト量により鋼の熱膨張係数が変化することに着目し、以下に示す発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明における第1の発明は、
(1)C:0.06〜0.10重量%、Si:0.50〜0.75重量%、Mn:5.50〜6.50重量%、Ni:2.00〜2.50重量%、Cr:17.0〜18.0重量%、Cu:2.00〜2.50重量%、N:0.15〜0.25重量%を含有し、残部がFeと不可避不純物とからなり、
(2)圧下率70%の調質圧延を行った際に発生する加工誘起マルテンサイトの体積率が10%以下である
(3)ことを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼、である。
【0012】
また、本発明における第2の発明は、上記第1の発明のオーステナイト系ステンレス鋼において、「最終冷間加工時に圧下率40%以上の調質圧延を行い、200〜300℃の応力除去処理を施した」ことを特徴とするプレスプレート用のオーステナイト系ステンレス鋼である。
【0013】
さらに、本発明における第3の発明は、上記第1の発明のオーステナイト系ステンレス鋼に「最終冷間加工時に圧下率30%以上の調質圧延を行い、300〜600℃の時効処理を施した」ことを特徴とするプレスプレート用のオーステナイト系ステンレス鋼である。
【0014】
そして、本発明における第4の発明は、「上記第1乃至第3の発明の何れかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼からなり、硬さが400HV以上であり、室温〜200℃での平均熱膨張係数が16.7×10−6/℃以上で且つ17.2×10−6/℃以下である」ことを特徴とするプレスプレートである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高価なNiの配合割合を2.00〜2.50重量%の範囲内に抑えているので、プレスプレートに好適なオーステナイト系ステンレス鋼を経済的且つ持続的に製造することができる。
【0016】
また、圧下率70%の調質圧延を行った際に発生する加工誘起マルテンサイトの体積率を10%以下としているので、冷間加工時の加工誘起マルテンサイト生成に伴う熱膨張係数の低下を抑制することができる。
【0017】
また、このようなオーステナイト系ステンレス鋼に対して最終冷間加工時に圧下率40%以上の調質圧延を行い、200〜300℃の応力除去処理を施す、または最終冷間加工時に圧下率30%以上の調質圧延を行い300〜600℃の時効処理を施すことにより、銅に極めて近い熱膨張係数とプレスプレートに好適な硬さとを有するプレスプレートに好適なオーステナイト系ステンレス鋼を得ることができる。
【0018】
したがって、本発明によれば、銅に極めて近い熱膨張係数とプレスプレートに好適な硬さとを有する省Ni型の安価なオーステナイト系ステンレス鋼と、プリント配線板製造時における銅箔の破断やシワなどのトラブルを解消することができるプレスプレートとを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
まず、本発明に係る「オーステナイト系ステンレス鋼」(以下、単に「鋼」とも称する。)を構成する各成分及びパラメーターの限定理由について説明する。
【0020】
1)C:0.06〜0.10重量%
C(炭素)は、オーステナイト形成元素であり、オーステナイト組織を安定化させると共に、冷間加工によって生じた加工誘起マルテンサイトの硬さを向上させる成分である。しかしながら、Cの過剰添加は鋼の耐食性を劣化させるので、鋼のC含有量は0.10重量%以下とする必要がある。なお、このCの含有量の下限値については特に限定する必要はないが、上記C含有の効果を顕著に発揮させるためにはCの含有量は0.06重量%以上であることが好ましい。
【0021】
2)Si:0.50〜0.75重量%
Si(ケイ素)は、製鋼時において脱酸剤としての効果を奏する元素である。また、鋼強度を上げるのに有効な元素であるが、熱間加工性を阻害するほか、σ相の生成を助長するため、鋼のSi含有量の上限を0.75重量%とした。なお、このSiの含有量の下限値については特に限定する必要はないが、上記Si含有の効果を顕著に発揮させるためにはSiの含有量は0.50重量%以上であることが好ましい。
【0022】
3)Mn:5.50〜6.50重量%
Mn(マンガン)は、オーステナイト組織を安定化させると共に、母材の強度を上昇させる成分である。このようなMnの含有効果を得るためには5.50重量%以上のMn含有量が必要である。一方、過剰なMnの添加は、冷間加工時の加工誘起マルテンサイトの生成を阻害することから、その含有量の上限を6.50重量%とした。なお、後述するように、加工誘起マルテンサイトが生成すれば鋼の熱膨張係数が低下して銅の熱膨張係数との間で差異が生じるようになるため、冷間加工時の加工誘起マルテンサイトの生成を抑える必要があるが、その一方でプレスプレートに好適な硬さとするためには、或る程度の加工誘起マルテンサイトの生成も必要となる。したがって、このように冷間加工時の加工誘起マルテンサイトの生成を阻害しないようなMnの上限値を規定することは技術的に十分意味がある(後述するCrなどでも同様)。
【0023】
4)Ni:2.00〜2.50重量%
Ni(ニッケル)は、Mnと同様に、オーステナイト組織を安定化させる元素であり、鋼を冷間加工する際に発生する加工誘起マルテンサイトの量を調整(抑制)するために不可欠な元素である。しかし、前述のように、Niは高価で且つ貴重な元素であることから、Ni含有量の上限を2.50重量%にすると共に、その下限を2.0重量%とした。
【0024】
5)Cr:17.0〜18.0重量%
Cr(クロム)は、鋼の耐食性を高めるのにもっとも有効な、ステンレス鋼として基本的な成分のひとつであり、十分な耐食性を得るためには17.0重量%以上のCr含有量が必要である。しかし、Crを過剰に添加すると、鋼を冷間加工する際に生じる加工誘起マルテンサイトの発生温度が下がり、その生成を阻害するため、Cr含有量の上限を18.0重量%とした。
【0025】
6)Cu:2.00〜2.50重量%
Cu(銅)は、オーステナイト形成元素であり、Niの代替元素として有効である。また、このCuは、Mn、Niと共に本発明の成分系において、加工誘起マルテンサイト量を調整(抑制)するために重要な元素であるが、Cuの含有量が2.50重量%を超えると熱間加工性を低下させる虞があるため、Cu含有量の上限を2.50重量%とした。なお、このCuの含有量の下限値については特に限定する必要はないが、上記Cu含有の効果を顕著に発揮させるためにはCuの含有量は2.00重量%以上であることが好ましい。
【0026】
7)N:0.15〜0.25重量%
N(窒素)は、Cと同様にオーステナイト形成元素である。また、Nは、オーステナイト組織の安定化、金属組織の強化、および鋼の耐食性向上に有効な元素である。そして、これらの効果を得るためにN含有量が0.15重量%以上必要であるが、Nは固溶強化能が大きいことから、0.25重量%を超えるNの添加は、鋼に脆化をもたらす。したがって、N含有量の上限を0.25重量%とし、下限を0.15重量%とした。
【0027】
8)圧下率70%の調質圧延を行った際に発生する加工誘起マルテンサイトの体積率:10%以下
上述したように、冷間加工で生じる加工誘起マルテンサイト量(体積率)により鋼の熱膨張係数は変化する。すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼を冷間加工した際に生じる加工誘起マルテンサイトの生成量が多くなると鋼の硬さは上昇するものの熱膨張係数が低下して銅の熱膨張係数との間で差異が生じるようになる。
【0028】
そこで、本発明では、冷間加工時の加工誘起マルテンサイト生成に伴う鋼の熱膨張係数の低下を抑制するため、圧下率70%の調質圧延を行った際に発生する加工誘起マルテンサイトの体積率を10%以下としている。
【0029】
以上のような各成分並びにパラメーターで構成された本発明に係る鋼は、一般的なステンレス鋼製造工程により製造される。
【0030】
すなわち、溶解、鋳造、熱間圧延および冷間圧延を経た後、溶体化熱処理が行われる。そして、プレスプレートとして要求される特性を得るため、冷間加工(調質圧延)が施され、所望の硬さに調質される。
【0031】
また、本発明の「プレスプレート」は、上述のようにして得た本発明鋼を、最終冷間加工時に圧下率40%以上の調質圧延を行い、200〜300℃の応力除去処理を施すことにより冷間加工時の歪みを除去し熱膨張係数を安定化させる、または最終冷間加工時に圧下率30%以上の調質圧延を行い300〜600℃の時効処理を施すことによって冷間加工時の歪みを除去すると共に、鋼の硬さを向上させ、銅に極めて近い熱膨張係数とプレスプレートに必要な硬さとを備えたものに調整した後、これを打ち抜き等で所定の形状に成形してプレスプレートが完成する。
【0032】
なお、以上の方法で得られた鋼を用いて製造したプレスプレートの硬さは、400HV以上とするのが好ましい。一般にプレスプレートはその消耗を抑えるため、高い硬さが求められるが、実用上は400HV以上であればその目的を達成できるからである。一方、硬さの上限に関して、プレスプレートの消耗を抑えると云った観点からは、特に限定する必要はないが、硬さが高すぎるとプレスプレートの平坦度を得ることが困難となるため、その上限を475HVとするようにしてもよい。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明に係る実施例として、鋼試料の製造方法、試験の方法およびその結果について説明する。なお、本発明は当該実施例に限定されるものではない。
【0034】
1)鋼試料の製造方法
表1に示すような化学組成を有する鋼を得るために、高周波溶解炉にて38mm×90mm×150mmのインゴットを製作し、このインゴットを電気炉内で1150℃,60分間加熱し、4段圧延機で3.0mm厚まで熱間圧延して熱延板を得た。なお、表1における比較例1は、JIS G 4313で規格されている市販のSUS301であり、比較例5は市販のSUS631である。
【0035】
【表1】

【0036】
続いて、この熱延板を1100℃で6分間焼鈍し、硝弗酸に浸漬してスケールを除去し、熱延焼鈍酸洗板を得た。得られた熱延焼鈍酸洗板を素材に用い、圧下率10%(板厚2.7mm)から当該圧下率を10%毎に変化させて圧下率80%(板厚0.6mm)までの調質圧延板を作製し、下記の特性評価試験に供した。
【0037】
2)試験の方法
(1)加工誘起マルテンサイト体積率
前述の工程にて製作した圧下率10%〜80%の各調質圧延板から試験片を切り出し、フェライトスコープ(Fischer社製FERITESCOPE MP30E-S)を用いて、該試験片の表面から調質圧延後の加工誘起マルテンサイト体積率を測定した。
【0038】
(2)平均熱膨張係数
前述の工程にて製作した圧下率10%〜60%の各調質圧延板から寸法;各板厚×4.0×20.0mmの試験片を切り出し、200〜300℃×8時間の応力除去処理もしくは300〜600℃×1〜8時間の時効処理を行った後、当該試験片について真空理工社製の熱膨張測定装置DL-7000型を用いて室温(RT)から200℃までの線熱膨張を連続的に測定し、この値に基づいて平均熱膨張係数を算出した。
【0039】
(3)加工硬化特性
圧下率10%〜80%で作製した各調質圧延板それぞれから試験片を切り出し、JIS Z 2244に準拠してビッカース硬さ試験を行い、加工硬化特性を評価した。
【0040】
3)試験結果
表2に圧下率を変え熱処理を行った各試験片における加工誘起マルテンサイト体積率と平均熱膨張係数の測定結果を、また、表3に各試験片における加工硬化特性の評価結果、すなわち各圧下率におけるビッカース硬さと加工誘起マルテンサイト体積率の測定結果を示す。
【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
これらの表から明らかなように、実施例1乃至3の鋼は、銅(純銅)の熱膨張係数(17.1×10−6/℃[20〜100℃])に極めて近い平均熱膨張係数を有すると共に(表2参照)、プレスプレートに必要十分な硬さを具備していることが窺える(表3参照)。
【0044】
これに対し、応力除去もしくは時効熱処理後の加工誘起マルテンサイトの体積率が10%よりも大きな比較例の各鋼では、プレスプレートに必要な硬さは有しているものの、平均熱膨張係数に関しては実施例の鋼に比べて銅のものとの差が大きく、特に加工誘起マルテンサイト体積率の上昇に伴って平均熱膨張係数が銅のものから大きく乖離していく傾向が窺える。
【0045】
したがって、本実施例のオーステナイト系ステンレス鋼によれば、銅に極めて近い熱膨張係数とプレスプレートに好適な硬さとを有する省Ni型の安価なオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができ、また、このような鋼でプレスプレートを形成することによって、プリント配線板製造時における銅箔の破断やシワなどのトラブルを解消可能なプレスプレートを提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.06〜0.10重量%、Si:0.50〜0.75重量%、Mn:5.50〜6.50重量%、Ni:2.00〜2.50重量%、Cr:17.0〜18.0重量%、Cu:2.00〜2.50重量%、N:0.15〜0.25重量%を含有し、残部がFeと不可避不純物とからなり、
圧下率70%の調質圧延を行った際に発生する加工誘起マルテンサイトの体積率が10%以下であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼に、最終冷間加工時に圧下率40%以上の調質圧延を行い、200〜300℃の応力除去処理を施したことを特徴とするプレスプレート用のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼に、最終冷間加工時に圧下率30%以上の調質圧延を行い、300〜600℃の時効処理を施したことを特徴とするプレスプレート用のオーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れかに記載のオーステナイト系ステンレス鋼からなり、硬さが400HV以上であり、室温〜200℃での平均熱膨張係数が16.7×10−6/℃以上で且つ17.2×10−6/℃以下であることを特徴とするプレスプレート。

【公開番号】特開2013−112829(P2013−112829A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−257811(P2011−257811)
【出願日】平成23年11月25日(2011.11.25)
【出願人】(591085123)日本金属工業株式会社 (24)
【Fターム(参考)】