説明

ガスシールドアーク溶接用ワイヤ及びガスシールドアーク溶接方法

【課題】 鋼材が200乃至300℃と高温の状態でも、スラグを容易に除去することができるガスシールドアーク溶接用ワイヤ及びガスシールドアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】 ワイヤ全質量あたり、C:0.12質量%以下、Si:0.6乃至1.5質量%、Mn:0.8乃至1.8質量%、S:0.007乃至0.040質量%及びTi:0.03乃至0.18質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成で、直径が0.9乃至1.6mmのワイヤを使用し、ワイヤ突き出し長さを20乃至25mm、溶接電流を190乃至350A、溶接電圧を22乃至39Vとし、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で下向き溶接し、酸化物換算で、スラグ全質量あたり、SiO:37質量%以上、MnO:46質量%以下、TiO:12質量%以下を含有し、下記数式で表されるAが0.50以上である組成のスラグを生成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材を、炭酸ガス又はアルゴンと炭酸ガスとの混合ガスをシールドガスとしてガスシールドアーク溶接する際に使用されるガスシールドアーク溶接用ワイヤ及びこのワイヤを使用したガスシールドアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シールドガスとして炭酸ガス又はアルゴン(Ar)と炭酸ガスとの混合ガスを使用したガスシールドアーク溶接においては、シールド雰囲気に含まれる酸素がアーク熱により解離し、更に溶融金属に含まれる合金成分と反応して金属酸化物を生成する。この金属酸化物が溶融プール表面で集合し、凝集したものがスラグである。ガスシールドアーク溶接におけるスラグ発生量は、ワイヤ成分、シールドガスの種類及び溶接条件等に影響される。例えば、シールドガスに関しては、炭酸ガスを使用するとスラグ発生量が多くなり、Ar等の不活性ガスの含有量が増加するとスラグ発生量は減少する。また、多層盛溶接のように層を重ねる溶接方法においては、スラグの量も累積し、これがアーク発生不良、アーク安定性の悪化及び溶接金属の内部欠陥発生の原因となる。このため、過剰に発生したスラグは、適宜除去しなければならない。
【0003】
一般に、スラグ除去作業は、ワイヤブラシ、ハンマー及び空気圧を利用したエアハンマー等によって行われるが、剥離しにくいスラグを除去する場合は、使用する機材が大掛かりになり、作業者の負担及び作業時間が増加するという問題点がある。また、スラグは、被溶接材である鋼材の温度が低い状態の方が除去しやすく、一方、鋼材が厚板であったり、溶接時のパス間温度が高い場合は、除去しにくくなる傾向がある。そこで、鋼材の温度が高温の状態で剥離作業を行っても、剥離性が優れた溶接ワイヤ及び溶接方法が求められている。
【0004】
従来、厚板の溶接には、比較的高い電流による高能率溶接が多用されている。このような用途には、一般に、高電流溶接でアークを安定化させるために、Tiが添加された溶接ワイヤが使用されている。このTi添加ワイヤを使用すると、液滴移行が安定してスパッタの発生は抑制されるが、その一方でスラグ発生量が増加すると共に、スラグが強固になり、その剥離作業が困難になるという問題点がある。このような理由から、溶接作業現場においては、スラグ除去作業の負荷を軽減するため、Ti添加ワイヤのスラグ剥離性の改善に対する要求が潜在的に大きい。
【0005】
そこで、本願発明者等は、シールドガスとしてCOガスを使用した場合に好適で、溶接作業性及び溶接金属の機械的性能を低下させることなく、溶接スラグの発生量を低減すると共にスラグ剥離性を向上させるため、C:0.03乃至0.10質量%、Si:0.60乃至1.20質量%、Mn:1.20乃至1.60質量%、S:0.010乃至0.025質量%、Ti:0.08乃至0.20質量%及びCr:0.020乃至0.100質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、前記Siの含有量を質量%で[Si]、前記Mnの含有量を質量%で[Mn]としたとき、数式A=[Si]/[Mn]によって算出されるAが0.40乃至0.90である組成のガスシールドアーク溶接用ワイヤを提案している(特許文献1参照)。
【0006】
また、従来、炭酸ガスアーク溶接で発生するスラグ剥離性を向上させると共に、スパッタ量を低下させるために、C:0.1質量%以下、Si:0.5乃至1.0質量%、Mn:1.2乃至2.0質量%、Ti:0.06乃至0.15質量%、Bi:0.015乃至0.15質量%、Se:0.0020乃至0.0040質量%、S:0.02乃至0.03質量%、O:0.010乃至0.025質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成としたガスシールドアーク溶接用ワイヤも開示されている(特許文献2参照)。
【0007】
【特許文献1】特開平11−320178号公報
【特許文献2】特開平9−52193号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前述の特許文献1及び2に記載の溶接ワイヤは、鋼材の温度が十分に低下した後でのスラグ剥離性は良好であるが、溶接直後、即ち、鋼材が200乃至300℃程度と高温の状態では、スラグを剥離することが困難であるという問題点がある。
【0009】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、鋼材が200乃至300℃と高温の状態でも、スラグを容易に除去することができるガスシールドアーク溶接用ワイヤ及びガスシールドアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願第1発明に係るガスシールドアーク溶接用ワイヤは、炭酸ガス又はアルゴンと炭酸ガスとの混合ガスをシールドガスとして、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材をガスシールドアーク溶接する際に使用するワイヤにおいて、ワイヤ全質量あたり、C:0.12質量%以下、Si:0.6乃至1.5質量%、Mn:0.8乃至1.8質量%、S:0.007乃至0.040質量%及びTi:0.03乃至0.18質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、直径が0.9乃至1.6mmであり、ワイヤ突き出し長さを20乃至25mm、溶接電流を190乃至350A、溶接電圧を22乃至39Vとし、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で、下向き溶接を行ったとき、酸化物換算で、SiO:37質量%以上、MnO:46質量%以下、TiO:12質量%以下を含有し、SiO含有量(質量%)を[SiO]、MnO含有量(質量%)を[MnO]、TiO含有量(質量%)を[TiO]としたとき、下記数式1で表されるAが0.50以上である組成のスラグが生成することを特徴とする。
【0011】
【数1】

【0012】
本発明においては、ワイヤ成分を、炭酸ガス又は炭酸ガスとArとの混合ガスをシールドガスとして、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材をガスシールドアーク溶接する場合に最適な組成としているため、ワイヤの直径を0.9乃至1.6mmとして、ワイヤ突き出し長さを20乃至25mm、溶接電流を190乃至350A、溶接電圧を22乃至39Vとし、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で、下向き溶接を行ったとき、酸化物換算で、SiO:37質量%以上、MnO:46%以下、TiO:12質量%以下を含有し、上記数式1で表されるAが0.50以上である組成のスラグを生成することができる。この組成範囲のスラグは、剥離性が優れているため、鋼材が200乃至300℃と高温の状態でも、スラグを容易に除去することができる。
【0013】
このガスシールドアーク溶接用ワイヤは、更に、Zr及び/又はAlを含有してもその効果は失なわれず、その場合、ワイヤ全質量あたり、Ti、Zr及びAlの総含有量が0.25質量%以下とすることが好ましい。この場合に、Zrを含有するときは、前記数値Aは下記数式2により求められるものである。
【0014】
【数2】

【0015】
また、Ni、Cr及びMoからなる群から選択された少なくとも1種の元素を含有していてもよく、その場合、ワイヤ全質量あたり、Ni、Cr及びMoの総含有量が0.60質量%以下であることが好ましい。
【0016】
本願第2発明に係るガスシールドアーク溶接方法は、炭酸ガス又はアルゴンと炭酸ガスとの混合ガスをシールドガスとして、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材を溶接するガスシールドアーク溶接方法において、ワイヤ全質量あたり、C:0.12質量%以下、Si:0.6乃至1.5質量%、Mn:0.8乃至1.8質量%、S:0.007乃至0.040質量%及びTi:0.03乃至0.18質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、直径が0.9乃至1.6mmであるワイヤを使用し、ワイヤ突き出し長さを20乃至25mm、溶接電流を190乃至350A、溶接電圧を22乃至39Vとし、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で下向き溶接して、酸化物換算で、SiO:37質量%以上、MnO:46質量%以下、TiO:12質量%以下を含有し、SiO含有量(質量%)を[SiO]、MnO含有量(質量%)を[MnO]、TiO含有量(質量%)を[TiO]としたとき、上記数式1で表されるAが0.50以上である組成のスラグを生成することを特徴とする。
【0017】
本発明においては、炭酸ガス又は炭酸ガスとArとの混合ガスをシールドガスとして、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材をガスシールドアーク溶接する場合に最適な組成のワイヤを使用し、ワイヤの直径を0.9乃至1.6mm、ワイヤ突き出し長さを20乃至25mm、溶接電流を190乃至350A、溶接電圧を22乃至39Vとし、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で、下向き溶接しているため、酸化物換算で、SiO:37質量%以上、MnO:46%以下、TiO:12質量%以下を含有し、上記数式2で表されるAが0.50以上である組成で、剥離性が優れたスラグを生成することができる。その結果、鋼材が200乃至300℃と高温の状態でも、スラグを容易に除去することができる。
【0018】
このガスシールドアーク溶接方法においては、前記ワイヤが、更に、Zr及び/又はAlを含有してもよく、その場合、ワイヤ全質量あたり、Ti、Zr及びAlの総含有量が0.25質量%以下とすることが好ましい。また、この場合に、Zrを含有するときは、前記数値Aは数式2により求められるものである。また、前記ワイヤは、更に、Ni、Cr及びMoからなる群から選択された少なくとも1種の元素を含有していてもよく、その場合、ワイヤ全質量あたり、Ni、Cr及びMoの総含有量が0.60質量%以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ワイヤ成分を、炭酸ガス又は炭酸ガスとArとの混合ガスをシールドガスとして、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材をガスシールドアーク溶接する場合に最適な組成とし、生成するスラグを剥離性が優れた組成としているため、鋼材が200乃至300℃と高温の状態でも、容易にスラグを除去することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態に係るガスシールドアーク溶接用ワイヤについて具体的に説明する。本願発明者等は、上述の問題点を解決するため、スラグの化学成分に着目し、スラグ剥離現象について鋭意実験研究を行った結果、スラグの化学成分がスラグ剥離性に影響し、その支配要因になっていることを見出した。この知見に基づき、スラグ剥離性を良好となる最適なスラグ成分及び、このようなスラグを生成するためのワイヤ成分を最適化し、本発明に至った。
【0021】
即ち、本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤは、炭酸ガス又はアルゴンと炭酸ガスとの混合ガスをシールドガスとして、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材をガスシールドアーク溶接する際に使用するワイヤであり、その組成は、C:0.12質量%以下、Si:0.6乃至1.5質量%、Mn:0.8乃至1.8質量%、S:0.007乃至0.040質量%、Ti:0.03乃至0.18質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である。また、本発明のワイヤは、上記各成分に加えて、更に、Zr、Al、Ni、Cr及びMoからなる群から選択された少なくとも1種の元素を含有していてもよく、その場合、Ti、Zr及びAlの総含有量を0.25質量%以下とし、Ni、Cr及びMoの総含有量を0.60質量%以下とすることが好ましい。
【0022】
以下、本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤにおける各成分の添加理由及び数値限定理由について説明する。
【0023】
C:0.12質量%以下
炭素(C)は、溶融金属において脱酸元素として作用すると共に、溶接金属の強度確保に有効な元素である。しかしながら、ワイヤ全質量あたりのC含有量が0.12質量%を超えると、溶接時のスパッタ量が増加し、溶接作業性が劣化する。よって、ワイヤ全質量あたり、C含有量は0.12質量%以下とする。
【0024】
Si:0.6乃至1.5質量%
珪素(Si)は酸化されやすいため、優れた脱酸元素であり、溶接金属中の酸素を大幅に低減する効果があるが、その一方で酸素と結合してスラグの主要成分となる元素でもある。また、Siは、ビード形状、ビードと母材とのなじみを改善し、スラグの分散状態にも影響を及ぼし、スラグを溶接金属から剥離しやすくする効果がある。しかしながら、ワイヤ全質量あたりのSi含有量が0.6質量%未満である場合、脱酸効果が低下し、ブローホール等の内部欠陥が発生しやすくなる。一方、ワイヤ全質量あたりのSi含有量が1.5質量%を超えると、溶接金属の機械的性質、特に靱性が劣化する。よって、ワイヤ全質量あたり、Si含有量は0.6乃至1.5質量%とする。
【0025】
Mn:0.8乃至1.8質量%
マンガン(Mn)は、Siと同様に、脱酸を促進する元素であると共に酸素と結合してスラグの主要成分となる元素である。また、Mnには、溶融金属のミクロ組織を著しく改善し、溶接金属の強度及び靱性を向上させる効果がある。しかしながら、ワイヤ全質量あたりのMn含有量が0.8質量%未満である場合、脱酸効果が低減し、ブローホール等の内部欠陥が発生すると共に、溶接金属の靱性が低下する。一方、ワイヤ全質量あたりのMn含有量が1.8質量%を超えると、スラグが強固になり、スラグ剥離性が劣化する。よって、ワイヤ全質量あたり、Mn含有量は0.8乃至1.8質量%とする。
【0026】
S:0.007乃至0.040質量%
硫黄(S)は、溶接中に界面活性成分として作用し、溶滴の表面張力を下げ、溶滴を小さくすると共に、溶融金属の表面エネルギーを低下させ、スラグの凝集を促進する効果がある。また、Sには、凝集後のスラグと溶接金属界面との結合を弱めると共に、スラグを脆くし、スラグ剥離性を向上させる効果もある。その一方で、ワイヤにSが過剰に添加されていると、高電流の炭酸ガス溶接では、溶滴の安定移行が阻害され、スパッタの発生量が増加する。また、スラグが過度に凝集すると、スラグ剥離性に悪影響を与えるため、ワイヤ中のS含有量は適切な範囲に調節する必要がある。具体的には、ワイヤ全質量あたり、S含有量が0.007質量%未満である場合、十分なスラグ剥離促進効果が得られない。一方、ワイヤ全質量あたり、S含有量が0.040質量%を超えると、アーク安定性が悪化し、スパッタ発生量が増加する。よって、ワイヤ全質量あたり、S含有量は0.007乃至0.040質量%とする。
【0027】
Ti:0.03乃至0.18質量%
チタン(Ti)は、強力に脱酸を促進する元素であると共に、スラグを構成する主要成分でもある。また、Tiには、溶滴表面の表面張力及び粘性を高めて、溶滴移行を安定化させる効果があることから、高電流の炭酸ガス溶接に使用されるワイヤに添加される。しかしながら、Tiを添加すると、スラグが硬く、強固になり、スラグ量が増加し、その結果スラグ剥離性が劣化する。具体的には、ワイヤ全質量あたり、Ti含有量が0.03質量%未満である場合、本発明の主要な適用対象である厚板の溶接及び多層盛り溶接等の溶着量が多い溶接方法においては、比較的高い電流を使用する場合に、アークが不安定となりスパッタ発生量が著しく増加する。一方、ワイヤ全質量あたり、Ti含有量が0.18質量%を超えると、スラグが硬く強固になると共にスラグ量が増えるため、スラグ剥離性が著しく劣化する。よって、ワイヤ全質量あたり、Ti含有量は0.03乃至0.18質量%とする。
【0028】
また、本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤは、上記各成分に加えて、更に、必要に応じて、ジルコニウム(Zr)、アルミニウム(Al)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)及びモリブデン(Mo)からなる群から選択された少なくとも1種の元素を含有していてもよい。Zr及びAlは強力な脱酸材として働き、溶接金属の清浄度及び機械的性質を改善する。また、Ni、Cr及びMoは、溶接金属の焼入れ性を高めるため、溶接金属の機械的性質を改善する。但し、Ti、Zr、Alは、スラグの主成分となるため、これらの総和が0.25%を超えると、スラグ過多となり、スラグ剥離不良及びアーク不安定となる。また、Ni、Cr及びMoは、これらの総含有量が0.60%を超えると、溶接金属の強度が母材に比べ過大となるため、好ましくはない。よって、Zr及び/又はAlが添加されている場合は、Ti、Zr及びAlの総含有量を0.25質量%以下とすることが好ましく、また、Ni、Cr及び/又はMoが添加されている場合は、Ni、Cr及びMoの総含有量を0.60質量%以下とすることが好ましい。
【0029】
なお、本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤに含まれる不可避的不純物としては、P、Cu、Nb、V、W等がある。但し、Cuはワイヤの銅メッキとして含まれることもあるが、本発明の効果であるスラグ剥離性には影響しない。
【0030】
次に、本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤを使用したガスシールドアーク溶接方法について説明する。本発明のワイヤは、直径が0.9乃至1.6mmであり、炭酸ガス又は炭酸ガスとArとの混合ガスをシールドガスとし、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材をガスシールドアーク溶接する際に使用される。そして、例えば、溶接電流を190乃至350A、溶接電圧を22乃至39V、ワイヤ突き出し長さを20乃至25mmとし、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で、下向き溶接することにより、酸化物換算で、SiO:37質量%以上、Mn:46質量%以下、TiO:12質量%以下を含有し、SiO含有量(質量%)を[SiO]、MnO含有量(質量%)を[MnO]、TiO含有量(質量%)を[TiO]としたとき、前記数式1で表される数値Aが0.50以上である組成のスラグが生成する。但し、Zr及び/又はAlを更に含有する場合は、Ti、Zr及びAlの総含有量が0.25質量%以下である。このとき、Zrを含有する場合は、前記数値Aは前記数式2で求められる。
【0031】
ここで示すスラグ成分の含有量は「酸化物換算含有量」であり、溶接によって得られたスラグを溶解し、湿式分析等の方法によりスラグを構成する酸化物の金属成分の含有量を求め、この金属成分含有量を酸化物含有量に換算した値である。その際、スラグ中の金属元素の価数を知る必要があるが、現実的には各金属元素の厳密な価数を得ることは困難である。そこで、酸化物含有量を簡便に求めるため、本発明においては、SiはSiOに、MnはMnOに、FeはFeOに、TiはTiOに、ZrはZrOに、AlはAlに、CrはCrに、SはS(単体)に、BiはBiに、夫々一義的に換算している。なお、湿式分析法に替えて、十分に校正を行った蛍光分析等の簡易分析方法を適用することもできる。
【0032】
以下、本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤを使用したガスシールドアーク溶接によって生成するスラグの各成分の数値限定理由について説明する。
【0033】
SiO:37質量%以上
SiOを適度に含有するスラグは、ガラス質となるため脆くなり、また、凝集しやすくなるため広がり難くなる。このように、SiOには、スラグ剥離性を改善する効果がある。しかしながら、スラグ全質量あたり、SiO含有量が37質量%未満の場合、スラグが硬くなると共に、スラグが薄くなり、広い範囲に分布するため、スラグを剥離することが困難になる。
【0034】
MnO:46質量%以下
MnOは、スラグを硬くすると共に、スラグと溶接金属との結合を強固にし、スラグの剥離を困難にする成分である。具体的には、スラグ全質量あたり、MnO含有量が46質量%を超えると、スラグが硬くなり、更に、高電流溶接ではビード表面に焼付きが生じるため、スラグ剥離性が劣化し、スラグの剥離が極めて困難になる。
【0035】
TiO:12質量%以下
TiOは、スラグ量に大きく影響すると共に、スラグを硬くし、スラグの剥離を困難にする成分である。具体的には、スラグ全質量あたり、TiO含有量が12質量%を超えると、スラグ自体が硬くなると共に、スラグ発生量が増加し、スラグが硬く更に厚くなるため、スラグを破壊することが困難になり、スラグ剥離性が劣化する。
【0036】
数値A:0.50以上
スラグの硬さ及び脆さは、スラグに含まれる成分の個々の含有量だけでなく、スラグ全体の成分バランスにも影響される。特に溶接直後であって、鋼材(母材)が200乃至300℃の高温状態でのスラグ剥離性は、スラグが安定したガラス状態をとるとき、良好である。その好適な成分は、TiO(Zrを含むときはZrO)、MnOを減じ、SiOを増加させることによって得られるということを、本発明者等は見出し、上記数式1又は2で表現したものである。そこで、本発明者等は、スラグ成分のバランスについて鋭意実験研究を行い、SiO含有量[SiO](質量%)と、MnO含有量[MnO](質量%)及びTiO含有量[TiO](質量%)との比、即ち、上記数式1又は2で表されるAを0.50以上とすることにより、スラグ剥離性が向上することを見出した。一方、Aが0.50未満の場合は、スラグが硬くなり、スラグ剥離性が劣化する。
【0037】
なお、本発明のワイヤを使用したガスシールドアーク溶接により生成するスラグには、上記成分の酸化物以外にFeを主成分とする金属粒子等が含まれている。これらの残部のうち、例えばFeの一部は、金属鉄の微粒子がスラグに残留したものであると考えられる。しかしながら、このような酸化物以外の成分はいずれも含有量が少ないため、本発明では酸化物として扱っている。従って、本発明のワイヤを使用してガスシールドアーク溶接することにより生成するスラグにおける上記以外の成分、即ち、残部は、殆どFeOである。
【0038】
本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤにおいては、ワイヤ成分を、炭酸ガス又は炭酸ガスとArとの混合ガスをシールドガスとして、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材をガスシールドアーク溶接する場合に最適な組成としているため、ワイヤの直径を0.9乃至1.6mmとして、ワイヤ突き出し長さを20乃至25mm、溶接電流を190乃至350A、溶接電圧を22乃至39Vとし、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で、下向き溶接を行ったとき、酸化物換算で、SiO:37質量%以上、MnO:46%以下、TiO:12質量%以下を含有し、MnO含有量[MnO](質量%)及びTiO含有量[TiO](質量%)との比であるAが0.50以上である組成のスラグを生成することができる。これにより、鋼材が200乃至300℃と高温の状態でも、スラグを容易に除去することができる。
【0039】
なお、シールドガスとして炭酸ガス及びその混合ガスを使用する場合は、溶接ワイヤ表面に、例えばワイヤ全質量あたり0.2質量%程度の銅(Cu)めっきが施されていることがあるが、Cuはスラグ剥離性になんら問題を与えないことが判明しており、本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤにおいても、表面にCuめっきが施されていてもその効果は変わらない。更に、本発明のガスシールドアーク溶接用ワイヤは、表面にCuめっき層が設けられていなくても良好な効果を得ることができる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明の実施例の効果について、本発明の範囲から外れる比較例と比較して説明する。本実施例においては、先ず、ワイヤとしたときに下記表1に示す組成となるように各成分を調整した原料を、150kgVIF(真空不活性溶解炉)により真空溶製した後、熱間鍛造により長さ方向に垂直な断面が縦155mm、横155mmになるようにし、更に、この長さ方向に垂直な断面が縦5.5mm、横5.5mmになるようにし熱間圧延した。その後、この圧延材を、冷間加工によって直径が2.4mmになるように伸線加工し、更に、ワイヤ表面にCuめっきを施し、直径が、1.2mmになるまで伸線加工して、実施例1乃至11及び比較例1乃至9のワイヤを作製した。その際、各ワイヤ表面のCuめっき層の成分はCu及び不可避的不純物とし、その量はワイヤ全質量あたり、0.2質量%となるようにした。なお、下記表1に示す値は、このCuめっき層を含むワイヤ全質量あたりの各成分の含有量である。
【0041】
【表1】

【0042】
次に、縦300mm、横125mm、厚さ25mmのSM490鋼板を、その表面に形成された酸化膜(黒皮)をグラインダで除去した上で、実施例1乃至11及び比較例1乃至9のワイヤを使用して、シールドガスを炭酸ガスとし、溶接電流を320A、溶接電圧を35V、ワイヤ突き出し長さを20mm、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で、溶接姿勢を下向きにして、6層6パスのガスシールドアーク溶接を行った。その際、5層5パス目で中断し、5層目のビード表面でスラグの剥離性を評価した。
【0043】
なお、スラグ剥離性は、鋼板の温度が250℃まで低下した時点で、剥離しているスラグを刷毛で取り除き、その後、ビード外観の目視による確認と写真撮影とを行った。そして、ビード外観写真から、スラグ剥離率、即ち、ビード全体の面積(ピクセル数)Xに対するビード表面が見えている領域の面積(ピクセル数)Yの割合(=Y/X)としての数値を求めた。その結果、スラグ剥離率が30%以上のものを良好とした。また、6層6パス終了後に、ビード表面のスラグを採取し、湿式分析法により、生成したスラグの成分分析を行った。その結果を下記表2にまとめて示す。
【0044】
【表2】

【0045】
上記表2に示すように、本発明の範囲内である実施例1乃至11のワイヤはいずれもスラグ剥離率が30%以上であり、鋼材が高温の状態でもスラグ剥離性が優れていた。但し、実施例10のワイヤは、Ti、Al及びZrの総含有量が0.25質量%を超えていたため、アークの安定性がやや劣った。また、実施例11のワイヤは、Ni、Cr及びMoの総含有量が0.60質量%を超えていたため、強度が高くなりすぎ、実用的ではない。
【0046】
一方、比較例1のワイヤは、Si含有量が本発明の範囲よりも少ないため、スラグ中のSiO含有量が本発明の範囲よりも少なく、Aの値も本発明の範囲よりも小さくなり、その結果、スラグ剥離性が著しく劣化した。比較例2のワイヤは、Si含有量が本発明の範囲よりも多いため、スラグ剥離率が30%未満であり、更に、溶接作業性も不良であった。比較例3のワイヤは、C含有量が本発明の範囲を超えているため、スラグ剥離性が著しく劣化し、更にスパッタ量が増加して溶接作業性が低下した。比較例4のワイヤは、Mn含有量が本発明の範囲よりも少ないため、スラグ剥離率が30%未満であり、更に、ブローホールが発生した。比較例5のワイヤは、Mn含有量が本発明の範囲を超えているため、スラグ中のMnO含有量が本発明の範囲を超え、スラグ剥離性が著しく劣化した。
【0047】
比較例6のワイヤは、S含有量が本発明の範囲を超えているため、スラグ剥離率が30%未満であった。比較例7のワイヤは、Ti含有量が本発明の範囲よりも少ないため、スラグ剥離率は50%以上であったが、溶接作業性が不良であった。比較例8のワイヤは、Ti含有量が本発明の範囲を超えているため、スラグ中のTiO含有量が本発明の範囲を超えると共にAの値が本発明の範囲よりも小さくなり、その結果、スラグ剥離性が著しく劣化した。比較例9のワイヤは、S含有量が本発明の範囲よりも少ないため、スラグが焼き付き、剥離性が劣る結果となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸ガス又はアルゴンと炭酸ガスとの混合ガスをシールドガスとして、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材をガスシールドアーク溶接する際に使用するワイヤにおいて、ワイヤ全質量あたり、C:0.12質量%以下、Si:0.6乃至1.5質量%、Mn:0.8乃至1.8質量%、S:0.007乃至0.040質量%及びTi:0.03乃至0.18質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、直径が0.9乃至1.6mmであり、ワイヤ突き出し長さを20乃至25mm、溶接電流を190乃至350A、溶接電圧を22乃至39Vとし、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で、下向き溶接を行ったとき、酸化物換算で、SiO:37質量%以上、MnO:46質量%以下、TiO:12質量%以下を含有し、SiO含有量(質量%)を[SiO]、MnO含有量(質量%)を[MnO]、TiO含有量(質量%)を[TiO]としたとき、下記数式で表される数値Aが0.50以上である組成のスラグが生成することを特徴とするガスシールドアーク溶接用ワイヤ。

【請求項2】
更に、Zr及び/又はAlを含有し、ワイヤ全質量あたり、Ti、Zr及びAlの総含有量が0.25質量%以下であると共に、Zrを含有する場合は、前記数値Aは下記数式により求められるものであることを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。

【請求項3】
更に、Ni、Cr及びMoからなる群から選択された少なくとも1種の元素を含有し、ワイヤ全質量あたり、Ni、Cr及びMoの総含有量が0.60質量%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のガスシールドアーク溶接用ワイヤ。
【請求項4】
炭酸ガス又はアルゴンと炭酸ガスとの混合ガスをシールドガスとして、軟鋼又は490乃至590MPa級高張力鋼からなる鋼材を溶接するガスシールドアーク溶接方法において、ワイヤ全質量あたり、C:0.12質量%以下、Si:0.6乃至1.5質量%、Mn:0.8乃至1.8質量%、S:0.007乃至0.040質量%及びTi:0.03乃至0.18質量%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、直径が0.9乃至1.6mmであるワイヤを使用し、ワイヤ突き出し長さを20乃至25mm、溶接電流を190乃至350A、溶接電圧を22乃至39Vとし、ワイヤをプラス極とした直流逆極性で下向き溶接して、酸化物換算で、SiO:37質量%以上、MnO:46質量%以下、TiO:12質量%以下を含有し、SiO含有量(質量%)を[SiO]、MnO含有量(質量%)を[MnO]、TiO含有量(質量%)を[TiO]としたとき、下記数式で表されるAが0.50以上である組成のスラグを生成することを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。

【請求項5】
前記ワイヤは、更に、Zr及び/又はAlを含有し、ワイヤ全質量あたり、Ti、Zr及びAlの総含有量が0.25質量%以下であると共に、Zrを含有する場合は、前記数値Aは下記数式により求められるものであることを特徴とする請求項4に記載のガスシールドアーク溶接方法。

【請求項6】
前記ワイヤは、更に、Ni、Cr及びMoからなる群から選択された少なくとも1種の元素を含有し、ワイヤ全質量あたり、Ni、Cr及びMoの総含有量が0.60質量%以下であることを特徴とする請求項4又は5に記載のガスシールドアーク溶接方法。

【公開番号】特開2007−75833(P2007−75833A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−263911(P2005−263911)
【出願日】平成17年9月12日(2005.9.12)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】