説明

ガストリン産生抑制剤

【課題】近年、罹患率が急激に増加している逆流性食道炎やバレット食道癌等の病因のひとつとして、胃酸過多(過酸症)がある。また、過酸症や胃潰瘍の治療薬としてプロトンポンプ・インヒビター等の胃酸分泌抑制剤が使用されているが副作用をもつこと等から、安全且つ適当な胃酸分泌抑制剤がない。
【解決手段】胃酸分泌を促すホルモンであるガストリンの産生を、トール・ライク・レセプター(Toll like receptor)のリガンド(人工的に合成した化合物、酵母又はグラム陽性菌又はグラム陰性菌の菌体又はその成分等)を投与することで抑制する方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】

【技術分野】
【0001】
本発明は、トール・ライク・レセプター(Toll−like receptor、以下TLRと省略)に結合する物質(リガンド)(人工的に合成した化合物、酵母又はグラム陽性菌又はグラム陰性菌の菌体又はその成分等)を生体へ投与することで、胃液中の酸濃度の減少及びピー・エイチ(pH)の強酸性への傾きの抑制、ならびにガストリンの産生を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
TLRは哺乳動物では10種類以上の存在が確認されている細胞膜表面分子で、主に生体を防御する免疫機構における樹状細胞やマクロファージの細胞上に発現しており、細菌やウィルスなどの抗原を認識するレセプターとしての機能を持つことが知られている(特許文献1、特許文献2)。TLR−2は、主にグラム陽性菌の細胞膜表面に存在するペプチドグリカンや、グラム陰性菌の細胞膜表面に存在するリポ多糖(LPS)を認識するレセプターとされている(非特許文献1)。また、動物実験などに使用されているTLR−2のリガンドとして、真菌である酵母より精製したザイモサン(以下Zymosanと表記する、非特許文献2)や、人工的に合成したリポプロテインであるパム・スリー(以下Pam3−Cysと表記する、化学名:パルミトイル−Cys(RS)−2,3−ジ(パルミトイルオキシ)−プロピル)−OH,N−α−パルミトイル−S−[2,3−ビス(パルミトイルオキシ)−(2RS)−プロピル]−L−システイン、図1参照))やファイブロブラスト・スティミュレイティング・リポペプチド−1(以下FSL−1と表記する、図2参照)などがある。
近年、小腸において腸粘膜上皮細胞上にTLR−4およびTLR−9などが発現していることが確認され、腸粘膜上皮細胞で産生されるホルモンであるコレシストキニンの分泌がTLR−4又はTLR−9に対するリガンド(LPS、シー・ピー・ジー・デオキシリボ核酸(CpG−DNA))の投与によって上昇することが示された(非特許文献3)。
胃幽門部の粘膜細胞で産生されるガストリンは、胃液中の酸濃度の上昇およびpHを強酸性へと傾ける効果を有するホルモンである(非特許文献4)。つまり、ガストリンの産生を抑制することで、胃液中の酸濃度の減少及びpHの強酸性への傾きを抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−514648
【特許文献2】特開2008−540510
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Smith MF,et al.The Journal of Biological Chemistry.278:32552−32560.2003
【非特許文献2】Complement Technology,Handbook of Experimental Immunology−4the edition.Chapter39.Blackwell,1986
【非特許文献3】Palazzo M,et al.Journal of Immunology.178:4296−4303.2007
【非特許文献4】Schubert ML,Peura DA.Gastroenterology.134:1842−1860.2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
胃液中の酸濃度が高い、つまりは過酸症の状態にあると、胃液が食道に逆流した際に食道の上皮細胞が傷害され炎症が起こる。軽度の場合には胸やけの症状を呈し、重症化すると逆流性食道炎を患う。さらに、これが進行すると食道組織の変性・癌化が起こり、バレット食道癌などに発展する。また近年、本国での食文化が欧米化してきたことなどによって、胃噴門部と食道の境に存在する括約筋の働きが弱まり、胃酸が逆流しやすくなっていることがある。実状として、欧米諸国ではバレット食道癌の罹患率が極めて高く、本国においても近年、逆流性食道炎やバレット食道癌の罹患率が増加傾向にある。
ヘリコバクター・ピロリ菌保菌者がその除菌を行うと、胃液中の酸濃度が上昇すること、さらに逆流性食道炎の罹患率が高まることが報告されている(非特許文献5)。しかし、近年、ヘリコバクター・ピロリ菌は胃癌の発症原因となることなどから、日本ヘリコバクター学会が提唱するよう、ヘリコバクター・ピロリ菌感染患者はそれを除菌することが望ましいとされ、臨床の現場ではヘリコバクター・ピロリ菌の感染検査及び感染患者においては除菌することが盛んに行われている。
また、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化性潰瘍などに対する治療薬として、胃酸の分泌を阻害するプロトンポンプ・インヒビター(以後、PPIと略記する)を継続的に使用するが、この副作用としてガストリンの産生過多が知られている。またこれによって胃粘膜細胞の過剰な増殖や巨大化、胃組織の肥大化などが動物実験では実証されており、ヒトへの臨床試験でも同様のことが示唆される結果がある。さらには消化性潰瘍などの寛解によってPPIの使用を中止した際に、ガストリン過多状態にあることから胃酸の過剰分泌が起こるなどの症状が知られている(非特許文献4)。
以上の問題を解決するため、ガストリンの産生を抑制する方法を開発することが重要である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献5】Labenz J,et al.Gastroenterology,112:1442−1447,1997
【課題を解決するための手段】
【0007】
課題を解決する本発明は、TLRのリガンド(人工的に合成した化合物、真菌又は細菌の菌体又はその成分等)を投与することで、ガストリンの産生を抑制する方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、TLR−2リガンドの投与によって、ガストリンの産生を抑制することで、胃酸の産生を抑制し、過酸症の予防ならびに治療、また逆流性食道炎やバレット食道癌の予防、さらには、胃酸抑制剤の副作用を緩和する等の効果がある。
【0009】
本発明は、一部には以下の実験結果に基づいているが、投与に使用するPam3−Cys、Zymosan、ペプチドグリカン及びヘリコバクター・ピロリ菌の死菌体に限定されるものではなく、TLRのリガンドによるもの(例えば、図1及び図2に示した化合物とその変異体などを含む。例えば、真菌や細菌の菌体とその成分を含む)である。
【0010】
試験例1.胃組織内におけるTLR−2の発現
1)胃組織切片の作製
8週齢のジャーム・フリー(GF)Balb/cマウス(東海大学医学部、アイソレーター内で飼育管理)を屠殺後、胃を摘出し、10%ホルマリン(和光純薬)・リン酸緩衝液(PBS)に浸し、室温にて一晩置き固定した。次に、固定された胃組織をエタノールに浸し、キシレンに浸した後、パラフィンを用いて包埋した。これをミクロトームにて2μmの厚さで薄切し、シランコーティーングスライドグラス(MUTO PURE CHEMICALS社)に貼り付け、62℃下で一晩乾燥させ作製した。
【0011】
2)胃組織におけるTLR−2の免疫染色
作製した切片をキシレン及びエタノール処理にて脱パラフィンを行った後、ターゲット・レトリーバル・ソリューション(Thrget retrieval solution,Dako社)を用い98℃下10分間でマイクロウェーブを行い抗原を賦活化した。その組織切片に一次抗体としてマウス・モノクローナル・抗TLR−2抗体(mouse monoclonal anti Toll like receptoer2antibody,SeroTech社)を4℃下で一晩反応させた後、二次抗体としてゴート・抗マウス・アイジージー・アレクサ594修飾抗体(Goat anti mouse IgG Alexa594antibody,Molecular Probe社)を室温下で2時間反応させ、核を染色する薬剤であるダピ(DAPI)を含む退色封入剤を用いて封入した。
【0012】
3)蛍光顕微鏡での観察
染色した組織切片を蛍光顕微鏡BZ−9000(Keyence社)にて観察、撮影した。その結果を図3に示す。胃粘膜組織中の細胞がDAPIによって核が染色されており、それらの細胞中に抗TLR−2抗体によって染色された細胞の存在が認められた。すなわち、胃粘膜上皮細胞上にTLR−2が発現していることを示した。
【0013】
次に本発明の実施例を記載するが、本発明は以下の実施例の投与物に限定されるものではない。
【0014】
試験例2.TLR−2リガンドの投与によるガストリン産生の抑制
1)投与マウスの作製
上記で示したGF−Balb/cマウスに対して、Pam3−Cys(Sigma社)又はZymosan(Saccharomyces cerevisiae由来、Sigma社)又はペプチドグリカン(グラム陽性菌であるStaphylococcus aureus由来、Sigma社)1mgをPBS0.5mLに懸濁させたもの、あるいはグラム陰性菌であるヘリコバクター・ピロリ菌の死菌体(熱処理により死菌化)1x10生菌単位相等をPBS0.5mLに懸濁させたものを10日間連続で経口投与した。それぞれの投与群は5匹ずつで行った。各投与群の対照群としてPBSのみを等量10日間連続で経口投与したものを作製した。
【0015】
2)胃組織切片の作製
10日間連続投与の処理を行った24時間後にマウスを屠殺し、上記の方法と同様に組織切片を作製した。
【0016】
3)胃組織におけるガストリンの免疫染色
上記の方法と同様に、脱パラフィン、抗原の賦活化を行った。次に、その組織切片に一次抗体としてラビット・ポリクローナル・抗ガストリン抗体(Rabbit polyclonal anti gastrin antibody,Dako社)を4℃下で一晩反応させた後、二次抗体としてゴート・抗ラビット・アイジージー・アレクサ488修飾抗体(Goat anti rabbit IgG Alexa488 antibody,Molecular Probe社)を室温下で2時間反応させ、ダピ(DAPI)を含む退色封入剤を用いて封入した。
【0017】
4)蛍光顕微鏡での観察
上記と同様に、染色した組織切片を蛍光顕微鏡BZ−9000(Keyence社)にて観察、撮影した。その結果のうち、Pam3−Cys投与群と対照のPBS投与群の2群を図4に示す。胃粘膜組織中の細胞が抗ガストリン抗体によって染色されていることを認めた。また、Pam3−Cys投与群とPBS投与群を比較すると、Pam3−Cys投与群においてガストリン陽性細胞の数が減少していることが認められた。またこの減少はZymosan投与群及びペプチドグリカン投与群及びヘリコバクター・ピロリ死菌投与群にも同様に認められた。すなわち、TLR−2リガンドの投与によってガストリンの産生を抑制していることが示唆された。
【0018】
5)ガストリン陽性細胞数の統計学的解析
Pam3−Cys投与群、Zymosan投与群、ペプチドグリカン投与群及びヘリコバクター・ピロリ死菌投与群とPBS投与群を比較して、ガストリン陽性細胞が減少していることを統計学的に証明するため、組織写真中の胃幽門部における粘膜層の長さをアキシオヴィジョン(AxioVision,Zeiss社)にて計測し、その中のガストリン陽性細胞数を目視にて計測、単位長(1mm)あたりのガストリン陽性細胞数(個)に換算した。得られた数値を統計解析ソフトウェアであるエス・ピー・エス・エス(SPSS社)によるマンホイットニー・ユー・テストで解析した結果をPam3−Cys投与群とPBS投与群の2群間で図5に、Zymosan投与群と対照のPBS群の2群を図6に、ペプチドグリカン投与群と対照のPBS群の2群を図7に、ヘリコバクター・ピロリ死菌投与群と対照のPBS群の2群を図8に示す。Pam3−Cys投与群ではPBS投与群より平均で約50%の有意な減少を認め、Zymosan投与群ではPBS投与群より平均で約40%の有意な減少を認めた。またこの有意な減少はペプチドグリカン投与群及びヘリコバクター・ピロリ死菌投与群でも同様に認められた。すなわち、TLR−2リガンドを投与することでガストリンの産生を抑制することが示された。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】Pam3−Cysとその変異体の構造
【図2】FSL−1とその変異体の構造
【図3】胃組織中におけるTLR−2の発現 白色に見えるものが核又はTLR−2
【図4】蛍光顕微鏡を用いた免疫染色による胃組織中のガストリン陽性細胞像とTLR−2リガンド投与によるガストリン陽性細胞数の減少 白色に見えるものがガストリン発現細胞
【図5】Pam3−Cysの投与によるガストリン産生の抑制
【図6】Zymosanの投与によるガストリン産生の抑制
【図7】ペプチドグリカンの投与によるガストリン産生の抑制
【図8】ヘリコバクター・ピロリの死菌体の投与によるガストリン産生の抑制
【発明を実施するための形態】
【実施例1】
【0020】
TLR−2リガンドであるPam3−Cys(Sigma社) 500mgを滅菌した生理食塩水250mLに懸濁した。それを生体(本実験ではマウス)に体重1kgにつき2mLで経口投与し、それを1日1回10日間連続で行った。
【実施例2】
酵母(Saccharomyces cerevisiae)をサブロー培地(日水製薬)を用いて培養し、遠心分離にて集菌した。集菌した酵母に等量のPBSを加えオートクレーブ(121℃、15分間)することで死菌処理をした。得られた菌体をPBSでよく洗浄した後、2−メルカプトエタノールとヨードアセトアミドで順次還元・アルキル化を行ない、その後PBSでよく洗浄しZymosanを作製した(非特許文献2参照)。得られたZymosan1gに対して滅菌した生理食塩水500mLを加え懸濁した。その懸濁液を生体(本実験ではマウス)に体重1kgにつき2mLで経口投与し、それを1日1回10日間連続で行った。
【産業上の利用可能性】
【0021】
以上記載したとおり、TLRのリガンドを投与することで、ガストリンの産生を抑制することが示された。すなわち、TLRのリガンドを摂取することでの胃液中の酸濃度の制御ならびにpHの安定化を可能にする医薬品や機能性食品、健康食品などへの利用、またPPIに代表される胃酸分泌抑制剤の副作用を緩和する医薬品などに利用することが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
胃酸又はガストリンの産生を抑制する方法であって、トール・ライク・レセプター(Toll like receptor)に結合する物質(リガンド)である次のA)からC)のいずれかを投与する過程を包含する方法
A)化合物(例えばPam3−Cys)とその変異体
B)酵母等の真菌の菌体又はその成分(例えばZymosan)
C)グラム陽性菌又はグラム陰性菌の菌体又はその成分(例えばペプチドグリカンや死菌体)
【請求項2】
請求項1の化合物又は菌体又は菌体成分を含有し、胃酸又はガストリンの産生を抑制する作用の医薬品又は健康食品等各種製品

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−158577(P2012−158577A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−31354(P2011−31354)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【出願人】(593206894)スノーデン株式会社 (10)
【Fターム(参考)】