説明

ガス栓、及びガス栓用せんの製造方法

【課題】ガス栓本体に収容した鋳鉄製のせん(2)を回動させることにより、ガス流路(1a)を開閉するガス栓において、せん(2)の頂面(24)の防錆を確実にすると共に、鋳鉄素地表面(53)の不純物の遊離や皮膜の剥離を防止すること。
【解決手段】切削加工によって頂面(24)及び操作軸部22が形成された鋳鉄製のせん(2)の表面全域に、エポキシ樹脂のカチオン電着塗装を施して、エポキシ樹脂皮膜(55)を形成する。せん摺動面(21)に最終仕上げ加工を行って、せん摺動面(21)のエポキシ樹脂皮膜(55)を削り取り、高精度に仕上げられた鋳鉄素地表面(53)を露出させる。この鋳鉄素地表面にリン酸塩皮膜処理を施することにより、せん摺動面(21)にリン酸塩皮膜(5)を形成すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はガス栓、特に、鋳鉄鋳物製のガス栓本体及びせんの摺動面に表面処理が施されてなるガス栓、及びそれに用いるせんの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ガス栓は、図3に示すように、ガス流路(1a)に連通するせん収容部(10)が形成されているガス栓本体(1)と、前記ガス流路(1a)に挿通するガス通過孔(20)が形成され且つ前記せん収容部(10)内に、回動自在に収容されているせん(2)と、せん(2)の上面の操作軸部(22)に対して相対回動阻止状態に接続されて、前記せん(2)を回動操作する操作ハンドル(3)とから構成されている。
【0003】
尚、せん収容部(10)は、図面における上方開放端に向かって拡径する形状に形成されており、せん(2)は、せん収容部(10)にちょうど嵌まり合うテーパ形状に形成されており、せん収容部(10)の内周面及びせん(2)の外周面は、それぞれ、操作ハンドル(3)の操作によってせん(2)が回動する際に、相互に擦れ合う本体摺動面(11)及びせん摺動面(21)となっている。
【0004】
実公平4−7405号には、鋳鉄製のガス栓に関し、本体摺動面(11)又はせん摺動面(21)のどちらか一方に、リン酸マンガン系皮膜(5)が形成されると共に、このリン酸マンガン系皮膜(5)の上にさらにスズ皮膜(50)が形成されてなるガス栓が開示されている。鋳鉄素地表面に、リン酸マンガン系皮膜(5)及びスズ皮膜(50)が形成されることにより、本体摺動面(11)とせん摺動面(21)との間における摩擦抵抗が減少し、ガス栓の反復耐久性が向上する。又、本体摺動面(11)とせん摺動面(21)との初期なじみ性を向上させると共に、両者間に塗布されるグリス(G)の吸収性及び保持性が向上することから、潤滑性を向上させることができると同時に、シール性も向上する。
【特許文献1】実公平4−7405号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、リン酸マンガン処理は耐食性に問題があり、特に、鋳鉄素地表面に、凹凸があったり、鋳物砂や鉄酸化皮膜等の不純物が付着していたりすると、リン酸マンガン系皮膜(5)が均一に形成されにくく、リン酸マンガン系皮膜(5)の一部が剥離したり、付着しなかったりすることがある。鋳鉄の素地が露出している箇所が長期に渡って外気と接触すると、素地から錆びが発生する。
【0006】
本体摺動面(11)とせん摺動面(21)間は、グリス(G)によって外気が遮断されているため、この部分から錆びは発生することはないが、せん(2)の操作軸部(22)を含む上面は外気と接触するため、この部分に鋳鉄の素地が露出すると共に、ガス栓本体(1)と操作ハンドル(3)との隙間から湿気や水滴等の水分が浸入して、せん(2)の上面に至るといった現象が長期間継続されると、前記素地部分に錆びを発生させてしまう。せん(2)の上面や操作軸部(22)に発生した錆びがせん摺動面(21)側へ広がった場合、操作ハンドル(3)によるせん(2)の操作性や、ガス栓本体(1)の気密性に支障を来たす問題がある。
【0007】
特に、鋳鉄製のせん(2)の場合、一般に、せん(2)を貫通するように形成されているガス通過孔(20)は切削加工されず、小さな凹凸が残る鋳物素地のままであるため、均一なリン酸マンガン系皮膜(5)を安定した状態で形成することが難しい。このため、前記リン酸マンガン系皮膜(5)が剥離したり、鋳鉄素地表面の不純物等が遊離することがあり、これら剥離した皮膜や不純物が、本体摺動面(11)又はせん摺動面(21)に付着した場合、ガス漏れの原因になったり、ガス栓よりも下流側へ流れると、下流側配管やガスメータやガス機器等に悪影響を与えたりする不都合が生じる。
【0008】
リン酸マンガン系皮膜(5)を安定した状態で形成するためには、鋳物素地表面の不純物を完全に取り除く必要があり、これには、長時間の脱脂工程が必要となるため、生産性が悪い。
【0009】
又、ガス通過孔(20)の周壁を構成している凹凸の残る鋳鉄素地表面に、リン酸マンガン系皮膜(5)を剥離しないように形成するためには、リン酸マンガン系皮膜(5)の膜厚を厚くすることが考えられる。しかしながら、リン酸マンガン系皮膜(5)は全体に均一に形成されるものであるから、ガス通過孔(20)の周壁への膜厚を厚く設定すると、せん摺動面(21)に形成される膜厚も厚くなってしまう。これでは、高精度に切削加工されているせん摺動面(21)の精度を低下させてしまうこととなり、その結果、ガス栓本体(1)の気密性や操作ハンドル(3)の操作性能を劣化させてしまう。
【0010】
本発明は、『ガス栓本体と、前記ガス栓本体のせん収容部内に回動自在に収容されてガス流路を開閉するテーパ形状の摺動面を有するせんと、前記せんの頂面に連設されている操作軸部に相対回動阻止状態に接続されていると共に前記せん収容部の開放部に回動自在に外嵌している操作ハンドルからなるガス栓』において、前記せんの頂面の防錆を確実にすると共に、鋳鉄素地表面の不純物の遊離や皮膜の剥離を防止することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)請求項1に係る発明のガス栓は、『前記せんは鋳鉄製とし、
切削加工によって前記頂面及び前記操作軸部が形成された前記せんの表面全域に、エポキシ樹脂のカチオン電着塗装により、エポキシ樹脂皮膜を形成し、
前記せん摺動面に最終仕上げ加工を実施することにより、前記せん摺動面に形成した前記エポキシ樹脂皮膜を削り取り、前記せん摺動面を高精度に仕上げられた鋳鉄素地表面とした後、
前記鋳鉄素地表面にリン酸塩皮膜処理を実施することにより、前記せん摺動面にリン酸塩皮膜を形成すること』を特徴とするものである。
上記技術的手段は次のように作用する。
鋳鉄製のせんの頂面及び操作軸部は、切削仕上げ加工により所定の寸法・精度を有する最終形状に仕上げられる。
【0012】
そして、前記切削仕上げ加工後のせんに対し、エポキシ樹脂のカチオン電着塗装を施して、せん摺動面及びガス貫通孔の周壁を含むせんの表面全域にエポキシ樹脂皮膜を形成する。この状態で、せんは表面全域がエポキシ皮膜で覆われているので移動、保管等に伴う次工程までの防錆処理が不要となる。その後、エポキシ樹脂皮膜が形成されたせん摺動面に切削加工によって最終仕上げ加工を実施する。最終仕上げ加工が施されることによって、せん摺動面に形成されていたエポキシ樹脂皮膜は削り取られ、せん摺動面には、最終仕上げ加工によって高精度に仕上げられた鋳鉄素地表面が露出する。カチオン電着塗装は、つきまわりが優れているので形成されたエポキシ皮膜は均一で密着強度が強く、最終仕上げ加工時および最終仕上げ加工後の鋳鉄素地とエポキシ樹脂皮膜の境界面におけるエポキシ皮膜の剥離がない。この状態のせんにリン酸塩皮膜処理を実施すると、鋳鉄素地表面が露出している前記せん摺動面にのみリン酸塩皮膜が形成される。尚、エポキシ樹脂皮膜は、リン酸塩皮膜処理に反応せず、侵食されることはない。
【0013】
(2)請求項1に記載のガス栓において、リン酸塩皮膜処理が実施されるせんの表面全域のうち、前記せん摺動面以外の面には、エポキシ樹脂皮膜がコーティングされてあり、未加工状態の鋳鉄素地表面が露出している部分は存在しないから、凹凸の残る鋳鉄素地表面に安定したリン酸塩皮膜を形成するために、リン酸塩皮膜の膜厚を厚く設定することを考慮する必要がない。言い換えれば、リン酸塩皮膜は、前記せん摺動面の、高精度に仕上げ加工された鋳鉄素地表面にのみ形成すればよいから、請求項2に係る発明のガス栓のように、リン酸塩皮膜の膜厚を、せん摺動面の加工精度を維持可能な薄さである『3μmから10μm程度とする』ことが可能となり、リン酸塩皮膜処理に要する時間を短かくできる。
【0014】
(3)又、請求項3のものでは、請求項1又は請求項2に記載のガス栓において、『前記エポキシ樹脂皮膜の膜厚は、10μmから30μm程度とする』ものであり、せんと操作ハンドルの係合に悪影響を与えるといったことがない。
【0015】
(4)請求項4のものは、上記各請求項に記載のガス栓において、『前記せん摺動面に形成する前記リン酸塩皮膜はリン酸マンガン系皮膜である』ようにしたものである。
【0016】
(5)請求項4に記載のガス栓において、請求項5に係る発明のガス栓のように、『前記せん摺動面に形成したリン酸マンガン系皮膜の表面をスズと置換する』ものでは、せんの耐久性がさらに向上する。
【0017】
(6)請求項6に係る発明は、『操作軸部、頂面、テーパ状のせん摺動面、通過孔を有する鋳鉄製のガス栓用せんの製造方法』に関するもので、前述した課題と同様な課題を解決するために、
『切削加工によって前記頂面及び前記操作軸部が形成された前記せんの表面全域に、エポキシ樹脂のカチオン電着塗装により、エポキシ樹脂皮膜を形成し、
前記せん摺動面に最終仕上げ加工を実施することにより、前記せん摺動面に形成した前記エポキシ樹脂皮膜を削り取り、前記せん摺動面を高精度に仕上げられた鋳鉄素地表面とした後、
前記鋳鉄素地表面にリン酸塩皮膜処理を実施することにより、前記せん摺動面にリン酸塩皮膜を形成することにより製造される』ことを特徴とするもので、上記各工程を経ることによって、上記請求項1に記載されているガス栓が製造され、上記請求項1と同じ作用が生じる。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、請求項1に係る発明によれば、せん摺動面にはリン酸塩皮膜が形成され、それ以外の前記せんの表面全域には、エポキシ樹脂皮膜が形成されているから、せんの表面において鋳鉄素地が露出する部分はない。よって、せんの頂面に、外気接触や水分付着が長期に渡って継続しても、前記頂面や操作軸部に錆びが発生することがなく、前記せんの表面全域は優れた耐食性を得ることができる。
エポキシ樹脂皮膜は、せん摺動面の鋳鉄素地表面にリン酸塩皮膜を形成するリン酸塩皮膜処理の際に、リン酸塩の化成処理に反応して溶解する等、侵食されることはないから、エポキシ樹脂皮膜が形成されている部分の防錆効果を劣化させる不都合はない。
【0019】
エポキシ樹脂皮膜は、切削加工されずに鋳鉄素地のままのガス通過孔の周壁にも均一でムラなく、安定した状態で形成することができるから、前記鋳鉄素地表面の不純物を長時間の脱脂工程により完全に取り除く必要がなく、脱脂工程にかける時間を短縮することができる。又、前記エポキシ樹脂皮膜は鋳鉄素地表面から容易に剥離されることなく、鋳鉄素地表面上の不純物等も、前記エポキシ樹脂皮膜のコーティングにより剥離されることがないため、前記皮膜や不純物が、本体摺動面やせん摺動面に付着してガス漏れの原因となったり、ガス栓よりも下流側へ流れて、ガス栓よりも下流側の配管やガスメータやガス機器等に悪影響を及ぼしたりする不都合を確実に防止することができる。さらに、ガス通過孔の周面を構成している前記鋳鉄素地表面に、エポキシ樹脂皮膜が均一に形成されることにより、前記鋳鉄素地表面は滑らかな表面となるため、ガス通過孔を挿通するガスの流路抵抗が少なくなる。
【0020】
また、請求項2に係る発明によれば、最終仕上げ加工によって、高精度に仕上げられた鋳鉄素地表面であるせん摺動面にのみ、リン酸塩皮膜が形成されるから、リン酸塩皮膜の膜厚を、本体摺動面に対するせん摺動面の加工精度を低下させることなく、ガス栓の気密性、操作性を維持するのに十分な薄膜に設定することができる。
また、請求項3に係る発明のように、エポキシ樹脂皮膜の膜厚は、カチオン電着塗装による標準膜厚である10μmから30μm程度に設定することにより十分な防錆効果が得られると共にエポキシ樹脂皮膜が剥離することもない。
【0021】
また、請求項4に係る発明によれば、リン酸マンガン系皮膜の特性を生かして、前記せん摺動面と本体摺動面との摩擦抵抗を減少させ、潤滑作用を大きくすることができると共に、又、油の吸収性、保持性が良いので、グリスの付きもよく、摺動面相互の焼き付き、カジリ等を防ぐことができる。
また、請求項5に係る発明によれば、リン酸マンガン系皮膜の表面をスズと置換することによってリン酸スズ皮膜を形成され、せんの反復耐久性がさらに向上する。
請求項6に係る発明によれば、請求項1に係る発明のガス栓用のせんを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下に、本発明を実施するための最良の形態について添付図面を参照しながら説明する。
本願発明の実施の形態におけるガス栓としては、図3に示したような、鋳鉄製のガス栓本体(1)とせん(2)と操作ハンドル(3)とを具備する構成のものが採用可能であり、主に、ガスメータのメータ本体の上流側のガス配管に接続されるガス栓として使用される。
【0023】
従来の背景技術において説明したように、ガス栓本体(1)は、図1に示すように、上方に開放すると共にテーパ形状のせん(2)が略密嵌状態に収容されるせん収容部(10)と、その上方開放端に連続する筒状部(12)とを備えた構成となっており、せん収容部(10)の両側方には、ネジ筒部からなるガス流路(1a)が同軸上に連通している。
【0024】
筒状部(12)の内周面には、図3に示したような操作ハンドル(3)を抜止め状態に連結させる為の円弧状のフランジ部(13)が内方に部分的に内方に向かって突設されている。
せん(2)は、図2に示すように、せん収容部(10)内に丁度収容される大きさの上方に向かって拡径するテーパ形状体であり、ガス流路(1a)の連通口に対応する位置には両者を連通させるためのガス通過孔(20)が貫通している。
【0025】
又、せん(2)の上面には、操作ハンドル(3)に相対回動阻止状態に連結させるために先端が略直方体状に形成された操作軸部(22)が突設されてあり、操作軸部(22)の基端部を囲むように、コイルバネ(4)(図3参照)を受けるための環状凹部(23)が形成されている。
このせん(2)を、操作ハンドル(3)の操作によって、せん収容部(10)内で90度回動させることにより、ガス流路(1a)は開閉する。
【0026】
尚、操作ハンドル(3)は、図3に示すように、筒状部(12)に外嵌してその上方開放部を閉塞し且つせん(2)の操作軸部(22)に相対回動阻止状態に係合する連結部(30)と、前記連結部の側方に延長形成されているハンドル部(31)とから構成されている。
【0027】
ハンドル部(31)を持って所定の方向に回動させると、固定状態にあるガス栓本体(1)に対して、せん(2)は、操作ハンドル(3)の回動に伴って、せん収容部(10)の内周面内に、せん(2)の外周面を摺接させながら、せん収容部(10)内で回動する。前記せん(2)の外周面はせん摺動面(21)として機能し、せん収容部(10)の内周面は本体摺動面(11)として機能する。
【0028】
次にガス栓本体(1)及びせん(2)の製造について説明する。
まず、図1に基づいて、ガス栓本体(1)の製造について説明する。
ガス栓本体(1)は、鋳造工程で、鋳鉄により鋳造され、その後の本体加工工程で、切削加工によって、筒状部(12)の内周面や、ガス流路(1a)のネジ筒部等が、所定の形状、寸法、及び精度に仕上げられる。
【0029】
本体加工工程によって仕上がり状態に切削加工されたガス栓本体(1)全体に、めっき処理工程で電気亜鉛めっき処理を施し、ガス栓本体(1)の内外表面全域に亜鉛めっき皮膜(51)を形成する。
その後、化成処理工程にて、亜鉛めっき皮膜(51)の上に、化成皮膜処理として、三価クローメート皮膜(52)を形成する。
【0030】
その後、切削加工工程にて、本体摺動面(11)に、仕上げ加工を施す。これにより、本体摺動面(11)は高精度に仕上げられる。
こうして、本体摺動面(11)以外の表面全域に、亜鉛めっき皮膜(51)及び三価クローメート皮膜(52)のめっき処理が施されると共に、本体摺動面(11)には、高精度に切削加工された鋳鉄素地表面(53)が露出する態様のガス栓本体(1)が完成する。
【0031】
次に、図2に基づいて、せん(2)の製造について説明する。
せん(2)も、鋳造工程にて鋳鉄で所定の形状に鋳造され、次の切削加工工程にて、せん(2)の頂面(24)や環状凹部(23)や操作軸部(22)を、所定の形状、寸法、及び精度に仕上げる。この切削加工工程においては、せん摺動面(21)及びガス貫通孔(20)内は非加工状態である。
【0032】
前記切削加工工程の後、エポキシ樹脂のカチオン電着塗装工程にて、前記切削加工によって仕上げられた前記頂面(24)、環状凹部(23)及び操作軸部(22)と、非加工状態にあるガス貫通孔(20)及びせん摺動面(21)を含むせん(2)の表面全域にエポキシ樹脂皮膜(55)が形成される。尚、エポキシ樹脂皮膜(55)の膜厚は、10〜30μmで、全体に均一に塗装される。
【0033】
その後の最終仕上げ加工工程にて、せん摺動面(21)が所定の精度に仕上げられる。このとき、前記カチオン電着塗装工程にてせん摺動面(21)に形成されたエポキシ樹脂皮膜(55)は全て削り取られて、せん摺動面(21)には、高精度に仕上げられた鋳鉄素地表面(53)が露出する。
【0034】
そして、次の、皮膜形成工程にて、せん摺動面(21)の鋳鉄素地表面(53)に、リン酸マンガン皮膜処理を行って、リン酸マンガン皮膜(5)を形成すると共に、さらに、その表面をスズと置換してリン酸スズ皮膜(50)を形成して、せん(2)が完成する。
【0035】
せん摺動面(21)以外のせん(2)の表面には、エポキシ樹脂皮膜(55)が形成されているが、その上から、せん(2)全体に、リン酸マンガン皮膜処理を行っても、エポキシ樹脂皮膜(55)はリン酸マンガンによる化成処理には反応せず、エポキシ樹脂皮膜(55)が溶解したり侵食されたりすることはない。よって、エポキシ樹脂皮膜(55)の形成域はそのままで、リン酸マンガン皮膜(5)は、せん摺動面(21)にのみ形成される。
【0036】
尚、皮膜形成工程前のせん(2)において、せん摺動面(21)に露出している鋳鉄素地表面(53)は、最終仕上げ加工工程にて、高精度に仕上げられているから、リン酸マンガン皮膜(5)の膜厚としては、せん摺動面(21)の精度を維持できる3〜10μm程度の薄膜とすることができる。
【0037】
完成品としてのガス栓本体(1)のせん収容部(10)内にせん(2)を収容するには、本体摺動面(11)とせん摺動面(21)との間に、図3に示すように、潤滑・気密用のグリス(G)を塗布し、せん(2)を、筒状部(12)の上方開放部からせん収容部(10)内に挿入すれば良い。その後、せん(2)の環状凹部(23)にコイルバネ(4)を装着し、その上から操作ハンドル(3)を、ガス栓本体(1)のフランジ部(13)に取り付ければ、ガス栓が完成する。
尚、詳述しないが、操作ハンドル(3)も鋳鉄により鍛造され、切削加工された後に、上記ガス栓本体(1)と同様な、所定のめっき処理が施される。
【0038】
実公平4−7405号の開示の発明では、本体摺動面(11)とせん摺動面(21)のどちらか一方に、リン酸マンガン皮膜(5)とスズ皮膜(50)を形成し、両者間にグリス(G)を塗布することにより、せん(2)のせん収容部(10)に対する潤滑性、シール性に優れたガス栓を提供しているが、本願発明のものでは、せん摺動面(21)を除く、せん(2)の表面全域にエポキシ樹脂皮膜(55)を形成することにより、せん(2)の頂面(24)に外気が接触し且つ水分が付着しても、操作軸部(22)及び環状凹部(23)を含む頂面(24)に錆びが発生することがなく、防錆効果が確実となる。
【0039】
又、エポキシ樹脂皮膜(55)は、鋳鉄素地表面(53)の不純物を完全に取り除かなくても、切削加工されないガス通過孔(20)の周面に均一にムラなく形成されるから、長時間の脱脂工程が不要となり、製造時間を短縮できると共に、細かい凹凸の残るガス通過孔(20)の周面もエポキシ樹脂皮膜(55)によって滑らかにコーティングされることとなるから、ガス通過孔(20)を通過するガスの流路抵抗を小さくできる。さらに、エポキシ樹脂皮膜(55)が剥離したり、不純物が遊離したりすることがないから、これら不純物がガス栓のガス漏れの原因となったり、ガス流路やガス機器等に悪影響を与える不都合もない。
【0040】
尚、従来の、電気亜鉛めっきを施した上に、リン酸塩皮膜を形成する化成処理を行うと、前記亜鉛めっきが溶解し侵食されるため、適用することはできないが、本願で実施したカチオン電着塗装により形成したエポキシ樹脂皮膜(55)は、リン酸マンガン皮膜を形成する化成処理によって侵食されることがないので、せん(2)の表面全域に形成されているエポキシ樹脂皮膜(55)の防錆効果を劣化させることなく、せん摺動面(21)と本体摺動面(11)との摩擦抵抗を減少させ、潤滑作用を大きくすることができる。摺動面相互のなじみ合わせが良くなり、グリスの性能を十分発揮させることができ、長期にわたってせん(2)の円滑な操作が可能になる上に、気密性及び防錆効果も確実となる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の実施の形態のガス栓に採用されるガス栓のガス栓本体の断面図。
【図2】本発明の実施の形態のガス栓のせんの製造工程を示す説明図。
【図3】従来のガス栓の説明図。
【符号の説明】
【0042】
(1) ・・・・・・・・ガス栓本体
(10)・・・・・・・・せん収容部
(11)・・・・・・・・本体摺動面
(1a)・・・・・・・・ガス流路
(2) ・・・・・・・・せん
(20)・・・・・・・・ガス通過孔
(21)・・・・・・・・せん摺動面
(22)・・・・・・・・操作軸部
(24)・・・・・・・・頂面
(3) ・・・・・・・・操作ハンドル
(5) ・・・・・・・・リン酸塩皮膜(リン酸マンガン系皮膜)
(53)・・・・・・・・鋳鉄素地表面
(55)・・・・・・・・エポキシ樹脂皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス栓本体と、前記ガス栓本体のせん収容部内に回動自在に収容されてガス流路を開閉するテーパ形状のせん摺動面を有するせんと、前記せんの頂面に連設されている操作軸部に相対回動阻止状態に接続されていると共に前記せん収容部の開放部に回動自在に外嵌している操作ハンドルからなるガス栓において、
前記せんは鋳鉄製とし、
切削加工によって前記頂面及び前記操作軸部が形成された前記せんの表面全域に、エポキシ樹脂のカチオン電着塗装により、エポキシ樹脂皮膜を形成し、
前記せん摺動面に最終仕上げ加工を実施することにより、前記せん摺動面に形成した前記エポキシ樹脂皮膜を削り取り、前記せん摺動面を高精度に仕上げられた鋳鉄素地表面とした後、
前記鋳鉄素地表面にリン酸塩皮膜処理を実施することにより、前記せん摺動面にリン酸塩皮膜を形成することを特徴とするガス栓。
【請求項2】
請求項1に記載のガス栓において、前記リン酸塩皮膜の膜厚は、3μmから10μm程度とすることを特徴とするガス栓。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のガス栓において、前記エポキシ樹脂皮膜の膜厚は、10μmから30μm程度とすることを特徴とするガス栓。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載のガス栓において、前記せん摺動面に形成する前記リン酸塩皮膜はリン酸マンガン系皮膜であることを特徴とするガス栓。
【請求項5】
請求項4に記載のガス栓において、前記せん摺動面に形成したリン酸マンガン系皮膜の表面をスズと置換することを特徴とするガス栓。
【請求項6】
操作軸部、頂面、テーパ形状のせん摺動面、通過孔を有する鋳鉄製のガス栓用せんの製造方法において、
切削加工によって前記頂面及び前記操作軸部が形成された前記せんの表面全域に、エポキシ樹脂のカチオン電着塗装により、エポキシ樹脂皮膜を形成し、
前記せん摺動面に最終仕上げ加工を実施することにより、前記せん摺動面に形成した前記エポキシ樹脂皮膜を削り取り、前記せん摺動面を高精度に仕上げられた鋳鉄素地表面とした後、
前記鋳鉄素地表面にリン酸塩皮膜処理を実施することにより、前記せん摺動面にリン酸塩皮膜を形成することを特徴とするガス栓用せんの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−133422(P2009−133422A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−310480(P2007−310480)
【出願日】平成19年11月30日(2007.11.30)
【出願人】(000151977)株式会社藤井合金製作所 (66)
【Fターム(参考)】