説明

キトサン誘導体及び架橋キトサン

【課題】副作用等の原因となる未反応物質を含まず、安全性及び生体適合性が高く医用材料として用いられる架橋キトサンを提供すること。
【解決手段】キトサンと、下記一般式(1)の化合物とが共有結合により結合したキトサン誘導体。HOOC−(CR−NH−COCH=CH−Ph(1)
[RおよびRはそれぞれ独立に水素原子または低級アルキル基を、Phはフェニル基または炭素数1〜4の低級アルキル基もしくはアルコキシ基、アミノ基または水酸基で置換されたフェニル基を、nは2〜18の整数を表す。]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キトサン誘導体及び架橋キトサンに関する。詳しくは、生体適合性が良好で、医用材料として有用な架橋キトサンに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高分子化合物への電子線およびγ線等(以下、これらをイオン化放射線と総称することがある)の照射は、タイヤや電線のゴムの架橋に用いられてきた。また該イオン化放射線は、医療器材の滅菌にも用いられてきた。イオン化放射線による架橋反応は主に合成高分子を素材として用いられてきた。生体由来の高分子をアルデヒド化合物、エポキシ化合物、ジビニルスルフォン化合物等で化学的に架橋し、生体高分子の生理活性作用を生体内で持続させたり、フィルムや粉体にして癒着防止等を目的とする医用材料とする試みがあった(特開昭60−130601、特開昭63−503551)。
【0003】
しかし、生成した架橋多糖は原料の多糖よりさらに高分子であり、網目構造を持つため未反応物や触媒の除去は困難であり、生体内に投与したり、移植したときに副作用が生じる可能性が高く実用的ではなかった。また、多糖誘導体にイオン化放射線を照射して架橋させる方法を用いる例としては、架橋ヘパリンで被覆された抗血栓性医療材料を得るために、担体と、ヘパリンの水酸基にアクリル酸もしくはメタアクリル酸又はこれらの誘導体をエステル結合させた誘導体とを接触させ、電子線を照射することで、該ヘパリン誘導体を架橋する方法が知られている(特公昭61−57788号公報)。
【0004】
しかし、アクリル酸等は、毒性が強く、医療用材料としては安全性や生体適合性に問題があった。さらに、光架橋反応性の化合物を多糖に結合し、紫外線を照射して架橋する方法が知られているが、紫外線照射時間が比較的長く(数分間以上)その間高温になるため熱に弱い糖類には適さなかった。また溶液中での架橋は困難である上、被照射物の形態も比較的薄いフィルムに限られていた(人口臓器,22(2),p376−379(1993))。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、第1に、副作用等の原因となる未反応物質を含まず、安全性及び生体適合性が高く医用材料として用いられる架橋キトサンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、以下の構成によりその課題を解決することに成功した。すなわち本発明は、以下を提供することを目的とする。
1)キトサンと、下記一般式(1)の化合物とが共有結合により結合したキトサン誘導体。
HOOC−(CR−NH−COCH=CH−Ph (1)
[式(1)中、RおよびRはそれぞれ独立に水素原子または低級アルキル基を、Phはフェニル基または炭素数1〜4の低級アルキル基もしくはアルコキシ基、アミノ基または水酸基で置換されたフェニル基を、nは2〜18の整数を表す。]
2)RおよびRが水素原子、nが5である上記1)記載のキトサン誘導体。
3)上記1)または2)に記載のキトサン誘導体の一般式(1)に含まれる炭素−炭素2重結合同士が開裂、結合してシクロブタン環を形成してなる架橋キトサン。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、イオン化放射線反応性であるキトサン誘導体にイオン化放射線を照射することにより二次元および/または三次元架橋構造を有し安全性、生体適合性、生分解吸収性が高く、医用材料として用いられる架橋キトサンを提供することができる。また、キトサンの分子量、キトサン誘導体のDS、架橋率、ゲル化率等を選定、制御することにより所望の物性を有する架橋キトサンからなる医用材料を提供することができるので、種々の医療分野における応用性は極めて広い。
【0008】
本発明の架橋キトサンは、多糖であるキトサンとイオン化放射線反応性化合物である一般式(1)の化合物(以下、化合物(1)ともいう)とを共有結合してなるイオン化放射線反応性多糖であるキトサン誘導体に、イオン化放射線を照射することにより、該反応性多糖であるキトサン誘導体に共有結合された該反応性化合物残基どうしの架橋反応をおこさせることにより、架橋多糖である架橋キトサンを製造することができる。
以下、本発明を詳細に説明する。本発明においてイオン化放射線とは、ケイ皮酸またはこの誘導体の二量体化(架橋)に使われる炭素−炭素2重結合どうしが二量化しうる電子線およびγ線等を意味する。本発明に用いられるキトサン誘導体は、キトサンと化合物(1)とが共有結合しているものであり、キトサンのアミノ基又は水酸基に、アミド結合、エステル結合を介して化合物(1)がキトサンと結合したものを挙げることができる。特に、キトサンと化合物(1)とをアミド結合したキトサン誘導体が好ましい。これらは、既知の多糖の化学修飾反応を用いて製造することができる。その際、多糖の低分子化を伴わない方法が好ましい。
【0009】
キトサン誘導体を製造するには、単一のキトサンに対して一種又は複数種の化合物(1)を共有結合させるか、または、複数種のキトサン分子に対して単一もしくは複数種の化合物(1)を共有結合させてもよい。更に、本発明においては、前者のキトサン誘導体および後者のキトサン誘導体をそれぞれ単独でもしくは混合した後、イオン化放射線照射による架橋反応に付して架橋キトサンを製造することができる。
【0010】
本発明に用いられるキトサンとしては、生体適合性のキトサンが好ましい。本明細書において、生体適合性とは生体に対して安全かつ無毒である性質を意味し、好ましくはさらに、生体となじみやすい性質も有することを意味する。
【0011】
キトサンは、天然物起源のものが使用されるが、必要により化学的もしくは酵素的に合成あるいは半合成法により調製したものであってもよく、これらのものの官能基を修飾したものであってもよい。但し、キトサンは、化合物(1)をキトサンに結合するために必要な官能基が、修飾されずに残っていなければならない。これらは目的に応じて選択し、単独または2種以上混合して使用することもできる。
【0012】
また、キトサンの分子量に制限はないがその分子量は大きいほど、架橋が効果的である。例えば、高分子量キトサンでは、キトサンに結合する化合物(1)が少なくても、十分な架橋が得られる。分子量の範囲としては、下限は5千、好ましくは3万であり、上限は1000万である。
【0013】
本発明において用いられる好ましい化合物(1)としては、毒性が低く、医用材料として用いても副作用の少ない化合物を挙げることができる。
【0014】
本発明において、キトサンに対する化合物(1)の結合量を、キトサンの構成単糖1モル当たりの化合物(1)の結合モル数(degree of substitution;以下、DS)で表す。例えば、グルコースのみからなる多糖のグリコシド結合に関与しない全ての水酸基にイオン化放射線反応性化合物を共有結合するとDSは3である。
【0015】
キトサン誘導体のDSは、反応条件を調節することによって任意に調節することができる。例えば、反応時においてキトサンに対する化合物(1)のモル比を増加させる、加熱する、適当な触媒を添加する、または反応時間を延長する等の手段を適宜に組み合わせることによってDSを高めることができる。好ましいDSの範囲としては、目的によって異なるが、生体適合性の架橋キトサンを得る場合は、好ましくは前記の理論上のDSの最大値の0.01%〜10%を挙げることができる。
【0016】
キトサン誘導体の代表的な製造法を、以下に具体的に挙げる。なお、本発明はこれに限定されるものではない。
【0017】
1)水酸基を有するキトサンにカルボキシル基を有する化合物(1)を結合する場合、化合物(1)のカルボキシル基を酸塩化物や酸無水物として活性化した後、キトサンの水酸基と適当な溶媒中でエステル結合させる方法。この場合、溶媒にピリジン又はアシル化触媒(例えば、4−ジメチルアミノピリジン等)を添加して反応率を上げることができる。
【0018】
2)アミノ基を有するキトサンにカルボキシル基を有する化合物(1)を結合する場合、化合物(1)のカルボキシル基を酸塩化物、酸無水物または活性エステルとして活性化した後、キトサンのアミノ基と適当な溶媒中でアミド結合させる方法。この場合、溶媒にピリジン又はアシル化触媒(例えば、4−ジメチルアミノピリジン等)を添加して反応効率を上げることができる。
【0019】
キトサンと化合物(1)との反応後の処理法および精製法としては、キトサンの分離、精製および化学修飾法に通常採用されている、アルコール沈澱法、フィルター上での洗浄、遠心分離、塩析、透析、ゲル濾過、イオン交換法、減圧乾燥、凍結乾燥等の方法を適宜選択、組み合わせる方法が挙げられる。
【0020】
本発明に用いられるキトサン誘導体は、水又は有機溶媒に可溶であるので精製が容易である。架橋反応に先だって、キトサン誘導体の溶液を調製し、この溶液を精製することができ、このように精製された該キトサン誘導体にイオン化放射線を照射して、架橋することができるので、使用する試薬、水、容器に注意を払うことで、未反応物、触媒、混入微生物および発熱性物質等が実質的に含まれない架橋キトサンを容易に製造することができる。
【0021】
これらのキトサン誘導体にイオン化放射線を照射することにより、化合物(1)残基に含まれる炭素−炭素2重結合どうしが開裂、結合を行い、シクロブタン環を形成する。この結果、少なくとも該キトサン誘導体分子間が架橋することで、三次元網目構造をもつ架橋キトサンを製造することができる。この際、架橋率(該キトサン誘導体が架橋した割合)は、該キトサン誘導体のDSの増加とともに、また照射時間、照射線量の増加とともに高くなるが、イオン化放射線の照射条件を制御することによって、その増減を制御することも可能である。
【0022】
該架橋率は後述のゲル化率を指標として推察することができる。キトサン誘導体は、イオン化放射線を照射する前に、所望の形状(例えば、膜状、管状、粒状等)に成形することができる。この場合、例えば該キトサン誘導体を均一に溶解する溶媒、例えば水(好ましくは、精製水)、緩衝液(リン酸塩緩衝液、炭酸塩緩衝液等)又は有機溶媒(ジメチルホルムアミドやジメチルスルホキシド等)に該キトサン誘導体を約0.1〜90重量%溶解させ、平板上、または容器中、容器表面等に溶液、ゲルとして存在させるか、あるいはさらにこれを常温での通風、キトサン誘導体に影響を与えない程度の加温(例えば、40〜50℃)、凍結乾燥、減圧乾燥等の方法で乾燥させる方法が挙げられる。
【0023】
また、医用材料の表面又は内部にキトサン誘導体を存在させ、イオン化放射線を照射する場合は、医用材料(例えば、ガーゼ、包帯、編織布、紙、不織布、綿状体、糸状体、フィルム、多孔性スポンジ、ゴム、プラスチック、金属等の支持体、又は人工臓器等)に上記のように調製したキトサン誘導体の溶液またはゲルを塗布、コーティング、付着、埋没、あるいはしみこませたりさせておくこともできる。医用材料としては、材質、形状に特に制限はない。
【0024】
さらに上記のようなキトサン誘導体の溶液に、生理活性物質(例えば、ヘパリン、デルマタン硫酸、ヘパラン硫酸、制癌剤、抗炎症剤、抗菌剤、サイトカイン、ホルモン、成長因子、創傷治癒促進剤(特開昭60−222425号公報)、組織プラスミノーゲン活性化因子、スーパーオキシドジスムターゼ、ウロキナーゼ等の酵素類等)を混合した後、溶液のまま、又はさらに上記のような成形、塗布等をおこなった後に、イオン化放射線を照射して架橋することで生理活性物質の包埋が可能である。この方法によれば、生理活性物質が高分子の場合であっても、架橋キトサンの表層だけでなく深層にも包埋させることができるので、生理活性物質、特に高分子の生理活性物質を徐放させることのできる、生理活性物質が包含されてなる架橋キトサンを得ることができる。
【0025】
このようにして得られた、生理活性物質を含む架橋キトサンは、公知の製剤技術によって、医薬品製剤として使用することもできる。イオン化放射線の照射条件は、キトサン誘導体の種類(原料としたキトサン、化合物(1)、DS等)や、得られる架橋キトサン、生理活性物質が包含されてなる架橋キトサン、架橋キトサンを含む医用材料の用途等を考慮して最適の架橋率、ゲル化率を得るように適宜選択する。
【0026】
照射線量としては、一般的に0.001〜10Mrad(メガラッド)の範囲を挙げることができる。好ましくは、0.01〜2Mradの範囲、さらに好ましくは、0.01〜0.5Mradの範囲を挙げることができる。
【0027】
必要に応じて照射線量を調節したり、繰り返し照射を行うことも可能である。照射時間は通常、0.01〜10秒、好ましくは0.1〜1秒と極めて短く、温度上昇がすくないので得られる架橋キトサンの糖鎖の低分子化を効果的に防止することができると共に反応系の殺菌効果も優れているという利点もある。照射時の温度は、任意の温度をとることができるが、一般に常温状態が有利である。反応の雰囲気については特に制限はなく、空気中、不活性ガス中、減圧下などいずれの雰囲気においても架橋をおこなうことができる。
【0028】
また照射の際の、キトサン誘導体の形態は、架橋可能な形態であれば限定されず、例えば薄いフィルム、厚めのシート、ゲル又は溶液等の形態が挙げられ、また、これらは透明であっても着色していてもよい。特に、本発明に使用されるイオン化放射線は従来シンナモイル基を有するキトサンを架橋するために用いられていた紫外線とは異なりエネルギー(透過力)が高いので、キトサン誘導体の厚いシートや該反応性キトサンのゲルや溶液の架橋反応に好適に使用することができる。シートの厚みとしては、0.01〜10mm、好ましくは0.05〜2mm程度が例示され、溶液としては、例えば水溶液として0.1〜90重量%程度のものが例示される。該キトサン誘導体の種類によって、好ましい水溶液としての濃度を選択することができる。
【0029】
イオン化放射線としては、架橋させるのに照射時間が短くてよく、照射の際の温度上昇がほとんどない点、被照射物に与える影響(キトサンの低分子化等)が小さい点等から電子線が好ましい。電子線照射装置としては、イオンプラズマ型電子線照射装置、連続ビーム走査型電子線照射装置等を挙げることができる。
【0030】
用途に応じて原料のキトサンの種類、分子量、結合する化合物(1)の種類、DS等を選定あるいは制御してキトサン誘導体を製造し、さらに該キトサン誘導体に照射するイオン化放射線の照射条件を選定あるいは制御することにより所望の架橋率、ひいては所望の物性(例えば、力学的強度、保水性、親水性または疎水性、潤滑性、薬物放出速度等)および生物学的性質(例えば生分解性、生体吸収性、生体内または生体外での長期安定性、細胞接着性、生理活性(抗血栓性等)等)、を有する架橋キトサンを製造することができる。
【0031】
例えば、DSが高いキトサン誘導体は、イオン化放射線照射によって、容易に架橋し、架橋率が高く、密な三次元網目構造の架橋キトサンとなる。そして、三次元構造が粗いものに比べ一般的に高強度で、膨潤率〔(膨潤時の重さ−乾燥時の重さ)/乾燥時の重さ〕が低い。また、スペーサーを含むキトサン誘導体は、スペーサーを含まないものに比べ低いDSで架橋が可能であり、膨潤率が高い架橋キトサンが得られる。
【0032】
また、架橋率を変動させることによって生物学的機能をコントロールすることができる。例えば、キトサンおよび化合物(1)の種類によってその傾向は異なるが、内皮細胞のような細胞は、疎水性、DS、架橋率が増加すると、架橋キトサンに接着しやすい傾向にある。この性質を利用し、キトサンおよび化合物(1)の種類を選択し、DSおよび/または架橋率をコントロールした、異なる細胞接着の性質を有する架橋キトサンを人工血管の内膜(内腔面)と外膜にコーティングすることによって内膜と外膜に異なる機能を付与することができる。すなわち、例えば、内膜を細胞非接着性とすることによって血栓の生成を防止し、一方、外膜には細胞接着性を付与して繊維芽細胞を接着させ、血液非透過性とすることができる。
【0033】
さらに架橋キトサンは、イオン化放射線照射前の形状のまま、あるいはさらに破砕等を行うことで所望の形状(膜状、管状、粒状、ゲル状等)に成形することができる。本発明で得られる、架橋キトサンおよび架橋キトサンを含む改質された医用材料は、生体適合性が良好であるので、人工臓器(例えば人工血管、人工心臓、人工皮膚等)を構成する材料のほか、創傷被覆材、欠損部補填材、癒着防止材、生理活性物質徐放デバイスを構成する材料、ハイブリッド人工臓器を作成する際に内皮細胞、上皮細胞、平滑筋細胞を接着、増殖させるために有用な人工細胞外マトリックス、コンタクトレンズまたは人工基底膜の素材、診断・治療に用いる医療器具等に用いることができる。
【0034】
また、生理活性物質が包含されてなる架橋キトサンは、包埋された生理活性物質の徐放化が可能な材料または医薬製剤として用いることができる。以下、代表的用途についてより具体的に説明する。
〔癒着防止材〕
本発明で得られる架橋キトサンは、外科手術の際に手術痕の癒着を防止し、回復を早めるための癒着防止材として使用することができる。
【0035】
例えば、架橋キトサンの膜(フィルム)で、腹壁または腹腔内臓器(肝臓等)を被覆し、腹膜損傷部(腹膜欠損部)を保護することによって癒着を防止し、創傷治癒を促進し、創傷治癒速度に応じて該膜を分解、吸収させることができる。また膜内に抗炎症剤、創傷治癒促進剤等を含有、徐放させることにより前記の効果を高めさせることも可能である。
【0036】
本発明の製造法で得られる架橋キトサンを癒着防止材として使用する際には、膜の割れなどがない適度な強度を有し、組織(細胞)非接着性で、創傷治癒速度に応じた生分解性を示し、分解後には生体に吸収されても毒性を示さない機能を有していることが望ましい。これら機能は、キトサン誘導体の種類(キトサンの種類、化合物(1)の種類、DSの選択)、及びイオン化放射線照射時のイオン化放射線照射条件を選択することにより制御できる。
【0037】
〔薬剤徐放化(コントロール・リリース)〕
本発明の製造法で得られる生理活性物質が包含されてなる架橋キトサンは、その三次元網目構造中に生理活性物質(以下、薬剤ということがある)を包埋させ、薬剤を徐放化させるための材料(担体)として使用することができる。すなわち、薬剤の種類と利用の態様に応じた期間中、薬剤が放出される環境において要求される一定範囲の薬剤濃度を維持しつつ、該薬剤を放出させることができる。
【0038】
薬剤の徐放速度の制御は、キトサン誘導体の種類の選択(キトサンの種類、化合物(1)の種類、DSの選択)、及びイオン化放射線照射時のイオン化放射線照射条件、具体的にはイオン化放射線線量等を調節することにより行い得る。この場合、通常、薬剤の分子量が大きくなればなる程、また薬剤と架橋キトサンとが静電的または疎水的に引き合う力が大きい程、放出速度は遅くなるが、薬剤と前記キトサン誘導体の各化学構造(分子量、荷電状態(親水性あるいは疎水性の度合)など)の組合せを選択あるいは剤型を工夫することにより、所望の放出速度に制御することができる。
【0039】
薬剤が架橋キトサンに包埋された薬剤徐放性材料または製剤は、薬剤の種類と利用の態様に応じた任意の形態に加工することができる。例えば、膜(フィルム、コーティング)、ゼリー、ゲル、クリーム、懸濁液、マイクロカプセル、錠剤、顆粒、粉末等に加工することができる。また、ガーゼ、包帯、編織物、紙、綿、不織布、フィルム、多孔性スポンジ等の支持体に薬剤を含むキトサン誘導体の溶液またはゲルを染み込ませたり塗布した後、必要に応じて乾燥し、イオン化放射線を照射して架橋キトサンとして利用に供してもよい。さらに、薬剤を含むキトサン誘導体を人工臓器(人工血管、人工心臓等)などの構造物の表面、内腔面に塗布して架橋させてもよい。
【0040】
本発明の架橋キトサンに薬剤を包埋させるには、例えば約0.1〜90重量%のキトサン誘導体を含む水溶液または有機溶媒(例、ジメチルフォルムアミド)溶液に約0.001〜80%となるように薬剤を溶解または懸濁させ、必要に応じて各種添加剤を添加し、成形し、必要に応じて乾燥させた後、イオン化放射線を照射する。架橋後、そのまま、または必要に応じて粉砕して固体、半固体または懸濁液状の薬剤徐放性材料を得ることができる。
【0041】
本発明で得られる薬剤を包含する架橋キトサンは医薬品製剤として使用することができる。この場合、薬剤を含む架橋キトサンをそのまま、または必要に応じて薬学的に許容される保存剤、安定化剤、無痛化剤、分散剤、成形性を調節するための添加剤、溶解補助剤等とともに用いて公知の製剤技術によって任意の剤形とすることができる。例えば、薬剤を含む架橋キトサンを、そのままフィルム化したり、他の支持体を用いて固定し、経皮吸収剤、眼内投与剤(例、角膜創傷治癒促進剤)、生体内埋込用剤、体腔内挿入用剤(例、座剤)とすることもできる。これらは創傷用ドレッシング、薬剤放出パッチ類(ばんそう膏など)、避妊用具等として用いることができる。
【0042】
薬剤を含む架橋キトサンを医薬品製剤として使用する場合に用いられる薬剤として、有効血中濃度あるいは有効局所濃度を維持するために通常頻回投与を余儀なくされる薬剤であり、架橋キトサンの網目構造に保持されてコントロール・リリースされる薬剤である場合、特に有効であるが、特に限定されない。具体的には下記の薬物が例として挙げられる。
【0043】
1.インドメタシン、メフェナム酸、アセメタシン、アルクロフェナック、イブプロフェン、塩酸チアラミド、フェンブエン、メピリゾール、サリチル酸等の解熱鎮痛消炎剤、
2.メトトレキサート、フルオロウラシル、硫酸ビンクリスチン、マイトマイシンC、アクチノマイシンC、塩酸ダウノルビシン等の抗悪性腫瘍剤、
3.アセグルタミドアルミニウム、L−グルタミン、P−(トランス−4−アミノメチルシクロヘキサンカルボニル)−フェニルプロピオン酸塩酸塩、塩酸セトラキサート、スルピリド、ゲファルナート、シメチジン等の抗潰瘍剤、
4.キモトリプシン、ストレプトキナーゼ、塩化リゾチーム、ブロメライン、ウロキナーゼ等の酵素製剤、
5.塩酸クロニジン、塩酸ブニトロロール、塩酸ブラゾシン、カプトプリル、硫酸ベタニジン、酒石酸メトプロロール、メチルドバ等の血圧降下剤、
6.塩酸フラボキサート等の泌尿器官用剤、
7.ヘパリン、ジクロマール、ワーファリン等の血液凝固阻止剤、
8.クロフィブラート、シンフィブラート、エラスターゼ、ニコモール等の動脈硬化用剤、
9.塩酸ニカルジピン、塩酸ニモジピン、チトクロームC、ニコチン酸トコフェロール等の循環器官用剤、
10.ヒドロコルチゾン、プレドニゾロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等のステロイド剤、
11.成長因子、コラーゲン等の創傷治癒促進剤(特開昭60−222425参照)、
その他生理活性を有するポリペプチド、ホルモン剤、抗結核剤、止血剤、糖尿病治療剤、血管拡張剤、不整脈治療剤、強心剤、抗アレルギー剤、抗うつ剤、抗てんかん剤、筋弛緩剤、鎮咳去たん剤、抗生物質等が挙げられる。
【0044】
本発明の薬剤徐放性材料を人工臓器(人工血管、人工心臓等)などの構造物の構成部分(表面等)として使用する医用材料として使用することができる。この場合、特に血液と接触する表面を構成する医用材料として使用し、抗血栓性を付与するために抗凝固性物質(ヘパリン、ヘパラン硫酸、トロンボモジュリン等)、線溶賦活作用物質(組織プラスミノーゲンアクチベータ、ウロキナーゼ等)、抗血小板作用物質を架橋キトサンに包埋させ、これらの物質をコントロール・リリースさせることができる。
【0045】
〔人工細胞外マトリックス、人工基底膜〕
キトサン誘導体とコラーゲン、ゼラチン、フィブロネクチン等の細胞接着性蛋白質を混合して架橋し架橋キトサンとするか、これらの蛋白質を架橋キトサンに化学的に結合したものを、細胞(内皮細胞、上皮細胞、平滑筋細胞等)を接着、増殖させるための人工細胞外マトリックスまたは人工基底膜(特開平1−124465、特開昭61−128974、特開昭62−270162号公報等)として利用することができる。これらはハイブリッド(型)人工臓器(人工血管、人工皮膚等)に応用することができる。
【実施例】
【0046】
以下に実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0047】
実施例1
シンナモイル−6−アミノヘキサン酸を使用したキトサン誘導体の調製及びその電子線照射による架橋キトサンの調製
(1)キトサン誘導体
6−アミノヘキサン酸1.31g(10mmol)を水2mlに溶解させ、4M水酸化ナトリウム水溶液2.5ml(10mmol)を加えた。氷冷下ケイ皮酸クロリド1.58ml(11mmol)/ジオキサン溶液2mlと4M水酸化ナトリウム3ml(12mmol)を3回に分け、反応液が酸性にならない様にゆっくり滴下した。室温で一昼夜攪拌した後、ジオキサンを減圧留去し、酢酸エチルを加え、分液洗浄した。水相にクエン酸を加え酸性とし、酢酸エチルで3回抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥した後、ろ過し、ろ液を減圧濃縮し白色固体を得た。得られた固体はエタノール−エーテル−ヘキサンで再結晶し、白色結晶として2.00g(収率77%)の化合物(1)であるシンナモイル−6−アミノヘキサン酸を得た。
【0048】
この化合物のカルボキシル基をジメチルホルムアミド(DMF)中でジメチルホスフィノチオイルとの混合酸無水物とした。キトサン(生化学工業、脱アセチル化度70〜90%)(290g)の懸濁水溶液にトリエチルアミン(0.2mmol)を加え、さらに上記混合酸無水物を加えた。室温にて2時間攪拌後、反応液に酢酸ナトリウム飽和のエタノールを加えて生じた沈澱を集め、ガラスフィルター上でエタノールで充分洗浄し、乾燥後標記化合物を得た。収量:230mg
【0049】
(2)架橋キトサン膜の調製
上記キトサン誘導体の酢酸水溶液(230mg/200ml)を4cm×7cmのプラスチック製の角型シャーレ上に乗せ無菌の40℃温風で1晩乾燥させた。得られた無色の厚さ50μmの透明なフィルムに、イオンプラズマ型電子線照射装置で0.25Mradの電子線を照射した。
【0050】
照射の結果、未照射ではもろく水に溶けにくいものであったフィルムが、完全に水不溶性でしなやかなフィルムとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
キトサンと、下記一般式(1)の化合物とが共有結合により結合したキトサン誘導体。
HOOC−(CR−NH−COCH=CH−Ph (1)
[式(1)中、RおよびRはそれぞれ独立に水素原子または低級アルキル基を、Phはフェニル基または炭素数1〜4の低級アルキル基もしくはアルコキシ基、アミノ基または水酸基で置換されたフェニル基を、nは2〜18の整数を表す。]
【請求項2】
およびRが水素原子、nが5である請求項1記載のキトサン誘導体。
【請求項3】
請求項1または2に記載のキトサン誘導体の一般式(1)に含まれる炭素−炭素2重結合同士が開裂、結合してシクロブタン環を形成してなる架橋キトサン。

【公開番号】特開2007−146178(P2007−146178A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−23160(P2007−23160)
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【分割の表示】特願平7−128795の分割
【原出願日】平成7年5月1日(1995.5.1)
【出願人】(000195524)生化学工業株式会社 (143)
【Fターム(参考)】