説明

クラッタ抑圧装置とレーダ装置

【課題】広帯域レーダのレンジプロファイルから固定クラッタを効果的に抑圧するクラッタ抑圧装置の提供。
【解決手段】レーダの検出パルスの反射波のレンジプロファイルが受信されると、区間閾値判定手段12は各レンジプロファイルをセルに区画し、各セルのセル内における反射波の強度の平均値が所定の閾値Thを超えたか否かを判定する。生起確率算出手段13は、所定数の検出パルスについて、セル毎に閾値Thを超えた回数を計数し、当該計数値から、各セルにおいて、一定時間内に反射波の強度の平均値が閾値Thを超える生起確率を算出する。加重積分処理手段14は、所定数のレンジプロファイルについてセルごとに、当該セルに対する生起確率を重み係数として加重積分することによって、積分レンジプロファイルを出力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両などの移動体に搭載される広帯域又は超広帯域レーダ(以後、広帯域レーダ)において、反射物からの信号応答であるレンジプロファイル(受信信号強度分布)の信号軌跡から、人工建造物等の固定クラッタ(固定物からの不要反射波)を抑圧するクラッタ抑圧装置及びそれを用いて複数の移動目標物を検知し、各目標物を特定するレーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋭角なビーム幅をもつ車載レーダでは、例えばFM−CW方式が採用されているが、同時送受信のアイソレーションなどにより数十から数百m遠方の前方監視に限られている。近年、前方だけでなく後側方などの自車両周辺を監視する近距離・広角レーダが注目されているが、ビーム幅が広いため固定クラッタの影響が大きく、その中から複数車両を検知識別することは難しい。
【0003】
レーダの受信信号から車両などの目標物を検出するためには、まず人工建造物からのクラッタを充分に抑圧しておく必要がある。クラッタ抑圧が不十分な場合には、不要反射物を目標物と誤検知してしまうからである。
【0004】
そこで、距離分解能を改善することによって各レンジビン(距離方向での分解能セル)を小さくし、目標対クラッタ比を改善するために、広帯域又は超広帯域レーダが採用されている。
【0005】
固定物からのクラッタ抑圧には、ドプラ周波数を利用する方法としてパルス積分やMTIが広く用いられている。図12は、従来のパルス積分法を用いたレーダのクラッタ抑圧装置のブロック図である。パルス積分法は、短パルスを繰り返し送信し、対象物からの反射波またはレンジプロファイル(レンジビン単位の信号応答)をパルス毎に積分することによってクラッタを抑圧する方法である。図12において、クラッタ抑圧機能を備えたレーダ装置100は、基準信号発生器101、送受切替器102、アンテナ103、パルス積分処理部104、識別処理部105を備えている。
【0006】
基準信号発生器101は、短パルス信号を繰り返し送信する。送受切替器102は、基準信号発生器101からパルス信号が出力されるとき、そのパルス信号をアンテナ103に出力し、アンテナ103からレーダパルスを出力し、その後、対象物からの反射波がアンテナ103で受信されると、各受信パルスのレンジプロファイルデータを時系列上に配列し、レンジプロファイルマップを構築する。このマップには各反射波が時系列上に配列しており、観測時間が数百msecまたはそれ以下であればその軌跡は直線的である。そこでハフ変換などにより線形推定することによって各反射物の軌跡から相対速度を検出することができ、これにより固定クラッタと各目標車両の分離・識別を行う。
【0007】
各車両からの反射信号が検出されると受信信号はパルス積分処理部104へ出力され、各軌跡に沿ってパルス積分処理部された信号は識別処理部105へ出力する。識別処理部105は、積分された各反射波のレンジプロファイルから目標車両を識別する。
【0008】
通常、レーダ搭載車両に対し、建物や構造物などの固定物の相対速度は、例えば、前方の走行車両の相対速度よりも大きくなる。従って、レンジプロファイルマップでは、前方走行車両からの反射波の位置はあまり変化しないのに対して、固定物からの反射波の位置は自車の走行速度に応じて大きく変化する。そこで、走行車両からの反射波をパルス繰り返し周期で積分することにより、車両からの反射波が増幅されるが、固定物からの反射波は増幅されない。従って、パルス積分によってドプラ速度が異なる固定クラッタを時間軸上で抑圧することができる。
【0009】
また、他の方法として、目標物のドプラ周波数を推定し、ノッチフィルタによって固定クラッタのみを周波数軸上で除去する方法や、アレイアンテナを用いて狭アンテナビームを制御することによって固定クラッタを空間上で除去する方法も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】米国特許第4730189号明細書
【特許文献2】特開平10−227851号公報
【特許文献3】特開平7−244152号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、広帯域レーダでは、上記従来のパルス積分法の適用が難しい。これは、高距離分解能のため各レンジビン内の不要反射波(クラッタ)が互いに干渉せず、レンジビン毎に独立して受信されるためである。そのため広角レーダなど、広いアンテナビーム幅を持つ場合では、人工建造物からの不要反射波の中には車両よりも大きなスパイク状のクラッタが含まれることが多い。
【0012】
通常、レーダパルスは数百μsec〜数msecのパルス繰り返し周期で発信され、パルス積分は10〜20回の積算により行われる。積算回数(積分時間)を増やすと、その間に各レンジプロファイルが変化してしまうため、積算回数は比較的少数に制限される。従って、積算するレンジプロファイルの各レンジビンに1回でも非常に大きなクラッタが含まれていた場合、パルス積分では十分に抑圧することができないことになる。例えば、防音壁など人工建造物からの反射波は、車両よりも数〜十倍大きな反射波となり、このような固定クラッタは、パルス積分で十分に抑圧することができない。
【0013】
図13(a)は、広帯域レーダにより計測した路上(走行車両と路側の人工建造物)からの反射波の受信信号強度分布(レンジプロファイル)である。図13(b)は、図13(a)の受信信号をパルス積分処理したレンジプロファイルである。図13(b)から、パルス積分処理により固定クラッタはかなり抑圧されていることが分かるが、依然としてスパイク状のクラッタが残存している。従って、パルス積分処理したレンジプロファイルを閾値判定するだけでは、車両と残存する固定クラッタとを分離識別することは困難である。
【0014】
そこで、本発明の目的は、広帯域レーダにおいて受信されるレンジプロファイルの信号軌跡から、固定クラッタを効果的に抑圧し、及びそれを用いて複数の移動目標物を検知し、各目標物を特定するレーダ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係るクラッタ抑圧装置の第1の構成は、
一定の繰り返し周期で送信パルスを発信するパルス送信器と、前記送信パルスの反射波を受信しその反射波のレンジプロファイルを出力する受信器と、を備えたレーダ装置において、前記反射波のレンジプロファイルにおけるクラッタを抑圧するクラッタ抑圧装置であって、
前記各送信パルスに対する前記反射波のレンジプロファイルを所定の距離区間のレンジビンに区画し、それぞれの前記レンジビンごとに、そのレンジビン内における反射波の強度が所定の閾値を超えたか否かを判定する区間閾値判定手段と、
所定の数の前記送信パルスについて、それぞれの前記レンジビンごとに、前記区間閾値判定手段が、当該レンジビン内における反射波の強度が前記所定の閾値を超えたと判定する回数を計数し、当該計数値から、前記各レンジビンにおいて、一定時間(一定の送信パルス数)内に前記反射波の強度が前記所定の閾値を超える確率である生起確率を算出する生起確率算出手段と、
所定数の前記レンジプロファイルについてそれぞれの前記レンジビンごとに、当該レンジビンに対する前記生起確率を重み係数として荷重積分することによって、積分レンジプロファイルを出力する荷重積分処理手段と、を備えたことを特徴とする。
【0016】
これにより、受信器で受信された反射波のレンジプロファイルを、距離区間のレンジビンに区画し、各レンジビンにおいて、そのレンジビン内の反射波の強度が所定の閾値を超える確率を重み係数として、レンジプロファイルを荷重積分することによって、突発的に発生する非常に大きな固定クラッタは生起確率が小さいために抑圧される。従って、積分レンジプロファイルにおいては固定クラッタが効果的に抑圧され、クラッタと目標物の分離識別が容易となる。
【0017】
ここで、「レンジプロファイル」とは、距離方向における反射物からの受信信号強度分布またはその一連のレンジビン毎の振幅値のデータをいう。レンジプロファイルは、1つの送信パルスに対して1つ得られる。レンジプロファイルは多数のレンジビン毎の信号の集合からなる。「レンジビン」とは、レーダの受信信号を距離分解能の単位をいう。生起確率算出手段において閾値判定を行うための「所定の閾値」については、実測によって固定クラッタの抑圧効果が最も大きくなる値に適宜設定される。また、荷重積分処理手段が積算するレンジプロファイルの「所定数」についても、適宜設定することができ、通常は10〜15程度とされる。
【0018】
また、本発明に係るクラッタ抑圧装置の第2の構成は、前記第1の構成において、
前記受信器が出力する時間的に連続した前記各レンジプロファイルをハフ変換し、前記各レンジプロファイルに含まれるそれぞれの反射波の軌跡直線を抽出するハフ変換処理部を備え、
前記荷重積分処理手段は、前記ハフ変換処理部で抽出された各反射波の軌跡直線のそれぞれに対して積分レンジプロファイルを生成するものであり、
前記ハフ変換処理部は、抽出された各反射波の軌跡直線に対して前記荷重積分処理手段が積分レンジプロファイルを生成する場合、当該反射波の軌跡直線が同一のセルとなるように、前記各レンジプロファイルを平行移動したレンジプロファイルを出力することを特徴とする。
【0019】
また、本発明に係るレーダ装置は、
一定の繰り返し周期で送信パルスを発信するパルス送信器と、
前記送信パルスの反射波を受信しそのレンジプロファイルを出力する受信器と、
請求項1又は2に記載のクラッタ抑圧装置と、
前記クラッタ抑圧装置が出力するクラッタが抑圧された積分レンジプロファイルに基づき、目標物を検知識別し、各目標物を特定する目標物検知識別装置と、を備えたことを特徴とする。また検出した目標物からのレンジプロファイルはそれまで検出した追尾中の目標物の特徴プロファイルと相関検出(プロファイルマッチング)することによって特定する。
【発明の効果】
【0020】
以上のように、本発明のクラッタ抑圧装置によれば、固定クラッタの生起確率が小さいことを利用して、レンジプロファイルをセルに分割し、各セルにおける閾値以上の反射波の生起確率を重み係数として、レンジプロファイルを荷重積分することによって、広帯域レーダにおいて受信されるレンジプロファイルから、固定クラッタを効果的に抑圧し、各目標物を検知および特定することを容易にすることが可能となる。
【0021】
また、本発明によれば、上述のようなクラッタ抑圧方式を使用することによって、複数の目標物を高精度で検知および特定するレーダ装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係るクラッタ抑圧方式を備えたレーダ装置の構成を表すブロック図である。
【図2】受信器4が出力するレンジプロファイルの一例である。
【図3】一定の時間毎に続けて生成されるレンジプロファイルの一例である。
【図4】各セルについて得られた生起確率wの実測例である。
【図5】図3のレンジプロファイルから荷重積分により得られた積分レンジプロファイルの実測例である。
【図6】特徴プロファイル抽出処理部20における閾値判定による目標物のプロファイルの抽出の例を示す図である。
【図7】各目標物の種類毎の特徴プロファイル(a)〜(c)と、図6で抽出された各プロファイルと各特徴プロファイルとの相関係数(マッチング率)を計算した例(d)である。
【図8】本発明に係るクラッタ抑圧方式を備えたレーダ装置の構成を表すブロック図である。
【図9】複数の目標物(Target #1〜#3)が、レーダ装置を搭載した自車の前方を異なる相対速度で走行している場合のレンジプロファイルの例である。
【図10】図9のレンジプロファイルからハフ変換処理部11により抽出された目標物及びクラッタの軌跡直線である。
【図11】レンジプロファイル上における各目標物の軌跡曲線を表す図である。
【図12】従来のパルス積分法を用いたレーダのクラッタ抑圧装置のブロック図である。
【図13】(a)広帯域レーダにより計測した路上(車両と人口建造物)からの反射波の受信信号強度分布(レンジプロファイル)、(b)(a)の受信信号をパルス積分処理したレンジプロファイルである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照しながら説明する。
【実施例1】
【0024】
図1は、本発明に係るクラッタ抑圧装置を備えたレーダ装置の構成を表すブロック図である。図1(a)はレーダ装置全体の構成、図1(b)はクラッタ抑圧装置の内部構成、図1(c)は目標物検知識別装置の内部構成を表す。図1において、レーダ装置は、送信器1、送受切替器2、アンテナ3、受信器4、クラッタ抑圧装置5、目標物検知識別装置6、判定処理部7、及び表示部8を備えている。
【0025】
送信器1は、一定の時間間隔で連続して、物体を検出するためのレーダパルスである送信パルスを発信する。本実施例においては、レーダパルスとしては、例えば、24GHz帯または79GHz帯の電磁波パルスを使用することができる。かかる広帯域レーダは、数〜数十cm程度の高距離分解能を有し、目標物からの信号やクラッタは独立している。
【0026】
送受切替器2は、送信器1からパルス信号が出力されるとき、そのパルス信号をアンテナ3に出力してアンテナ3から送信パルスを出力し、その後、各送信パルスが対象物で反射された反射波がアンテナ3で受信されると、受信信号を受信器4へ出力するように切り替える。アンテナ3は、送信パルスの発信とその反射波の受信を行うアンテナである。受信器4は、アンテナ3で受信される送信パルスの反射波を一定の時間間隔でサンプリングし、レンジプロファイルを出力する。
【0027】
クラッタ抑圧装置5は、受信器4が出力するレンジプロファイルに基づき、クラッタを抑圧した積分レンジプロファイルを生成し出力する。
【0028】
目標物検知識別装置6は、クラッタ抑圧装置5が出力する積分レンジプロファイルから目標物を検知・識別する処理を行い、目標物が検出された場合にその検出情報を出力する。判定処理部7は、目標物検知識別装置6が出力する検出情報に基づき、目標物の種類を判定し、表示部8に表示する。表示部8は、ディスプレイ等の表示装置である。
【0029】
上記クラッタ抑圧装置5は、区間閾値判定部12、生起確率算出部13、及び荷重積分処理部14を備えている(図1(b)参照)。
【0030】
区間閾値判定部12は、受信器4が出力する各送信パルスに対する反射波のレンジプロファイルを所定の距離区間のレンジビンに区画し、それぞれのレンジビンごとに、そのレンジビン内における反射波の強度が所定の閾値を超えたか否かを判定する。
【0031】
生起確率算出部13は、時間的に続いた所定の数のレンジプロファイルについて、それぞれのレンジビンごとに、区間閾値判定部12が、当該レンジビン内における反射波の強度が所定の閾値を超えたと判定する回数を計数し、当該計数値から、各レンジビンにおいて、一定時間内に反射波の強度が所定の閾値を超える確率である生起確率を算出する。
【0032】
荷重積分処理部14は、所定数のレンジプロファイルについてそれぞれのレンジビンごとに、当該レンジビンに対する生起確率を重み係数として荷重積分することによって、積分レンジプロファイルを出力する。
【0033】
また、上記目標物検知識別装置6は、特徴プロファイル抽出処理部20、メモリ21、及びプロファイルマッチング処理部22を備えている(図1(c)参照)。
【0034】
特徴プロファイル抽出処理部20は、クラッタ抑圧装置5から出力される積分レンジプロファイルを閾値判定することにより、目標物のプロファイルの抽出を行う。
【0035】
メモリ21には、目標物の種類に応じて、その目標物の種類に特徴的なプロファイルである特徴プロファイルが記憶されている。
【0036】
プロファイルマッチング処理部22は、特徴プロファイル抽出処理部20が抽出した各目標物のプロファイルと、前記メモリ21に記憶された各特徴プロファイルとの相関係数を算出する。判定処理部7は、この相関係数に基づいて、目標物の種類を判定する。
【0037】
以上のように構成された本実施例のクラッタ抑圧装置を備えたレーダ装置について、以下その動作を説明する。
【0038】
まず、送信器1は、一定の時間間隔で連続して、物体を検出するための送信パルスを発信する。送信パルスは、アンテナ3の前方の物体で反射され、その反射波がアンテナ3で受信される。受信された反射波は、送受切替器2を介して受信器4に入力され、受信器4は、この反射波を一定の時間間隔でサンプリングすることによってレンジプロファイルを生成し出力する。
【0039】
図2は、受信器4が出力するレンジプロファイルの一例である。図2において、横軸が距離(Range)を表し、縦軸が受信された反射波の強度(Received power)を表す。横軸の最小の量子化単位がレンジビンに相当する。送信パルスは、一定の時間間隔で連続して発信されるため、レンジプロファイルも一定時間毎に生成される。
【0040】
図3は、一定の時間毎に続けて生成されるレンジプロファイルの一例である。時間が進む毎にアンテナ3の前方の物体の相対位置は変化するため、レンジプロファイルも時間の経過とともに変化している。図3において、時間の経過とともにほぼ一定の距離に位置するピークは、目標物からの反射を表す。また、時間の経過とともに斜めに移動するピークは、クラッタを表す。図3の例では、3つの目標物(Target #1〜#3)が含まれている。各レンジプロファイルにおいて、目標物の反射波の強度に対してクラッタの強度はほぼ同程度かそれ以上であることが分かる。
【0041】
次に、区間閾値判定部12は、レンジプロファイルを所定の距離区間のレンジビンに区画し、それぞれのレンジビンごとに、そのレンジビン内における反射波の強度が所定の閾値を超えたか否かを判定する。例えば、図2の例の場合、レンジプロファイルを図2のグラフの下に示したような等間隔のM個の区間に区画し、それぞれの区画をレンジビンi(i=1,…,M)とする。そして、区間閾値判定部12は、それぞれのレンジビンiについて、そのレンジビンi内にあるレンジビンの強度xが所定の閾値Thを超えたか否かを判定する。この場合の閾値Thは、目標物と雑音の区別が十分に可能なように実験的に設定される。例えば、固定クラッタを含む雑音の振幅強度から統計分布を推定し、その分布に基づき誤警報率を設定し、その値を閾値とするといった方法で設定することができる。
【0042】
次に、生起確率算出部13は、図3のように時間的に続いた所定の数N(例えば、N=10〜15)のレンジプロファイルについて、それぞれのレンジビンi(i=1,…,M)ごとに、区間閾値判定部12が、当該レンジビン内における反射波の強度xが閾値Thを超えたと判定する回数nを計数する。そして、当該計数値nから、各レンジビンiにおいて、一定時間内に反射波の強度xが閾値Thを超える確率である生起確率w=n/N(i=1,…,M)を算出する。図4は、各レンジビンについて得られた生起確率wの実測例である。
【0043】
次に、荷重積分処理部14は、N個のレンジプロファイルについてそれぞれのレンジビンi(i=1,…,M)ごとに、当該レンジビンiに対する生起確率wを重み係数として荷重積分することによって、積分レンジプロファイルを出力する。すなわち、時間的に続いた所定の数Nのある時刻jにおけるレンジビンiの反射強度をxi,jとすると、積分レンジプロファイルにおけるレンジビンiの強度Xは、次式(1)により表される。
【0044】
【数1】

【0045】
図5は、図3のレンジプロファイルから荷重積分により得られた積分レンジプロファイルの実測例である。図5より、目標物のプロファイルは増幅され、固定クラッタのプロファイルはほぼ抑圧されていることが分かる。これにより、クラッタと目標物の分離識別が容易となる。
【0046】
次に、特徴プロファイル抽出処理部20は、荷重積分処理部14が出力する積分レンジプロファイルから目標物のプロファイルの抽出を行う。この抽出は、区間閾値判定部12で設定した閾値判定によって行われる。図6にその例を示す。図6において、特徴プロファイル抽出処理部20は、積分レンジプロファイルから一定の閾値を超えるプロファイルを抽出する。この場合、3つの目標物Target#1〜#3(この場合、目標物は車両)のプロファイルが抽出されている。
【0047】
次に、プロファイルマッチング処理部22は、特徴プロファイル抽出処理部20が抽出した各目標物のプロファイルと、前記メモリ21に記憶された各特徴プロファイルとの相関係数(マッチング率)を算出する。
【0048】
図7は、各目標物の種類毎の特徴プロファイル(a)〜(c)である。また、表1は、図6で抽出された各プロファイルと図7の各特徴プロファイルとの相関係数(マッチング率)を計算した例である。図7の例では、特徴プロファイルは目標物である車両の車種(セダン、ワンボックス、SUV等)に対応して用意されている。それぞれの車種毎に車両の形状に特徴があり、反射率の特徴として現れるため、車種毎に特徴プロファイルが異なる。これらの準備された特徴プロファイルと特徴プロファイル抽出処理部20が抽出した各目標物Target#1〜#3のプロファイルとの相関係数を計算することで、表1に示したようなマッチング率のデータが得られる。
【0049】
【表1】

【0050】
最後に、判定処理部7は、プロファイルマッチング処理部22により算出された相関係数(マッチング率)を参照して、マッチング率が最大の種類をその目標物の種類であると判定し、判定結果を表示部8に表示する。
【0051】
以上のように、本実施例のクラッタ抑圧方式(装置)では、レンジプロファイルに於ける固定クラッタ成分が、送信パルス毎に独立であることを利用して、レンジビン毎の生起確率を荷重値としてレンジプロファイルを時間軸上で荷重値をかけてパルス積分することで、従来のパルス積分法では十分に抑圧できないような大きなスパイク状のクラッタも抑圧することが可能となる。そして、これは路上実験を行うことによっても確認された。
【0052】
また、本実施例のレーダ装置は、上記クラッタ抑圧方式(装置)を利用することによってクラッタと目標物との分離識別を効果的に行うことが可能となり、識別精度の高い移動体検知を行うことが可能となる。
【0053】
なお、本実施例では、適した一例として車載用のレーダ装置について説明したが、本発明のレーダ装置は、車載用に限られず、様々な用途、例えば移動ロボットや船舶における目標物の検出等にも適用することが可能である。
【実施例2】
【0054】
図8は、本発明の実施例2に係るクラッタ抑圧装置5の構成を表すブロック図である。図8において、図1と同様の構成部分については同符号を付して説明は省略する。尚、クラッタ抑圧装置5を備えたレーダ装置の全体構成は、図1(a)と同様であるとする。
【0055】
本実施例においては、クラッタ抑圧装置5が、区間閾値判定部12の前段にハフ変換処理部11を新たに備えたことを特徴としている。
【0056】
図9は、複数の目標物(Target #1〜#3)が、レーダ装置を搭載した自車の前方を異なる相対速度で走行している場合のレンジプロファイルの例である。この場合、それぞれの目標物の自車との相対速度が相違するため、レンジプロファイル上では各目標物の位置が時間とともに変化する。しかし、その変化は短時間であればほぼ直線で近似される。また、クラッタは、目標物とは異なり、その位置は時間的に大きく変化をする。
【0057】
そこで、ハフ変換処理部11は、受信器4が出力する時間的に連続した各レンジプロファイルをハフ変換し、各レンジプロファイルに含まれるそれぞれの目標物の軌跡直線を抽出する。図10に、図9のレンジプロファイルからハフ変換処理部11により抽出された目標物及びクラッタの軌跡直線を示す。ハフ変換処理部11は、この軌跡直線の傾きから、それぞれの目標物とクラッタのドップラー速度を算出する。そして、自車の走行速度とほぼ同じドップラー速度の軌跡直線は、固定クラッタであると識別し、除外する。その結果、残った軌跡直線が目標物(Target #1〜#3)の軌跡直線である。
【0058】
次に、ハフ変換処理部11は、抽出された各目標物の軌跡直線に対して、当該目標物の軌跡直線が同一のレンジビンに位置するように、各レンジプロファイルを平行移動したレンジプロファイルを出力する。例えば、目標物Target #1の抽出を行う場合には、ハフ変換処理部11は、図11に示した目標物Target #1の軌跡直線L1の傾きが0となるように、各レンジプロファイルを平行移動したレンジプロファイルを出力する。これによって、目標物Target #1のドップラー速度がキャンセルされ、目標物Target #1の抽出を精度よく行うことが可能となる。同様に、目標物Target #2,Target #3に対しても各レンジプロファイルを平行移動したレンジプロファイルを出力する。
【0059】
荷重積分処理手段14は、ハフ変換処理部11で抽出された各目標物の軌跡直線のそれぞれに対対応して、積分レンジプロファイルを生成する。以下の処理は、実施例1と同様である。
【0060】
以上のように、本実施例のクラッタ抑圧装置5は、ハフ変換処理部11により各目標物のドップラー速度をキャンセルすることにより、それぞれの目標物のプロファイルをより精度良く抽出することが可能となり、目標物の識別精度を向上させることが可能となる。
【符号の説明】
【0061】
1 送信器
2 送受切替器
3 アンテナ
4 受信器
5 クラッタ抑圧装置
6 目標物検知識別装置
7 判定処理部
8 表示部
11 ハフ変換処理部
12 区間閾値判定部
13 生起確率算出部
14 加重積分処理部
20 特徴プロファイル抽出処理部
21 メモリ
22 プロファイルマッチング処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一定の繰り返し周期で送信パルスを発信するパルス送信器と、前記送信パルスの反射波を受信しそのレンジプロファイルを出力する受信器と、を備えたレーダ装置において、前記反射波のレンジプロファイルにおけるクラッタを抑圧するクラッタ抑圧装置であって、
前記各送信パルスに対する前記反射波のレンジプロファイルを所定の距離区間のレンジビンに区画し、それぞれの前記レンジビンごとに、そのレンジビン内における反射波の強度の平均値が所定の閾値を超えたか否かを判定する区間閾値判定手段と、
所定の数の前記送信パルスについて、それぞれの前記レンジビンごとに、前記区間閾値判定手段が、当該レンジビン内における反射波の強度の平均値が前記所定の閾値を超えたと判定する回数を計数し、当該計数値から、前記各レンジビンにおいて、一定時間内に前記反射波の強度が前記所定の閾値を超える確率である生起確率を算出する生起確率算出手段と、
所定数の前記レンジプロファイルについてそれぞれの前記レンジビンごとに、当該レンジビンに対する前記生起確率を重み係数として荷重積分することによって、積分レンジプロファイルを出力する荷重積分処理手段と、
を備えたクラッタ抑圧装置。
【請求項2】
前記受信器が出力する時間的に連続した前記各レンジプロファイルをハフ変換し、前記各レンジプロファイルに含まれるそれぞれの目標物の軌跡直線を抽出するハフ変換処理部を備え、
前記荷重積分処理手段は、前記ハフ変換処理部で抽出された各目標物の軌跡直線のそれぞれに対して積分レンジプロファイルを生成するものであり、
前記ハフ変換処理部は、抽出された各目標物の軌跡直線に対して前記荷重積分処理手段が積分レンジプロファイルを生成する場合、当該目標物の軌跡直線が同一のレンジビンとなるように、前記各レンジプロファイルを平行移動したレンジプロファイルを出力すること
を特徴とする請求項1記載のクラッタ抑圧装置。
【請求項3】
一定の繰り返し周期で送信パルスを発信するパルス送信器と、
前記送信パルスの反射波を受信しそのレンジプロファイルを出力する受信器と、
請求項1又は2に記載のクラッタ抑圧装置と、
前記クラッタ抑圧装置が出力するクラッタが抑圧された積分レンジプロファイルに基づき、目標物を検知識別し、各目標物を特定する目標物検知識別装置と、
を備えたレーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2011−257204(P2011−257204A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−130625(P2010−130625)
【出願日】平成22年6月8日(2010.6.8)
【出願人】(802000031)財団法人北九州産業学術推進機構 (187)
【Fターム(参考)】