説明

クラッチのバックトルク低減機構

【課題】過大なバックトルクが掛かることを防止しつつ、押しがけが可能なバックトルク低減機構を提供する。
【解決手段】外部の回転動力により回転するドライブプレート23と、ドライブプレート23の回転動力をカウンターシャフト467に伝達するドリブンプレート25と、ドライブプレート23とドリブンプレート25とを付勢して接触させるプレッシャーディスク28と、バックトルクがかかると軸線方向に変位してプレッシャーディスク28を押圧しドライブプレート23とドリブンプレート25との付勢を低減する第二のカム32を備えるカム機構と、第二のカム32の変位を規制するガバナープレート33とを備え、ガバナープレート33は、回転数が所定の値未満であるとカム機構30がプレッシャーディスク28を押圧しない状態に維持し、回転数が所定の値以上である場合にはカム機構30がプレッシャーディスク28を押圧可能な状態に切り替わる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラッチのバックトルク低減機構に関する。詳しくは、四輪自動車や自動二輪車などのクラッチのバックトルク低減機構であって、変速機の側からエンジンの側に過大なバックトルクが掛かることを防止できるクラッチのバックトルク低減機構に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な自動二輪車や四輪自動車には、エンジンと変速機との間に、動力の伝達を断続するクラッチが設けられる。このようなクラッチには、変速機の側からエンジンの側に過大なバックトルクが掛かることを防止できるバックトルク低減機構を備えるものがある(たとえば、特許文献1〜6参照)。
【0003】
特許文献1〜4には、減速時において、クラッチのドライブプレートとドリブンプレートとを付勢する力を解放する構成が記載されている。しかしながら、これらの構成では、エンジンを始動させる方法として、車両を押して動かしながらクラッチをつないでエンジンのクランクシャフトを回転させる方法(いわゆる「押しがけ」)ができないことがある。このため、セルフスタータ機構が動作しないときなどに、エンジンを始動させることができなくなることがある。
【0004】
特許文献4,5には、始動時におけるトルクカムの作動を鋼球によって抑制する構成が開示されている。しかしながら、特許文献4,5に記載の構成は、次のような問題が生じると考えられる。鋼球は、エンジンの回転変動などによって相手部品との衝突を繰り返す。このため、機能を維持するためには、バックトルク低減機能を大型化して強度を確保するか、頻繁な部品の交換が必要となる。さらに、鋼球を用いる構成は、部品の交換時において鋼球の脱落などに注意を払う必要があり、作業性に劣るという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭61−96222号公報
【特許文献2】特開昭61−149618号公報
【特許文献3】特許第3378097号公報
【特許文献4】特開2006−64157号公報
【特許文献5】特許第3699303号公報
【特許文献6】特許第3703444号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記実情に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、変速機の側からエンジンのクランクシャフトの側に過大なバックトルクが掛かることを防止しつつ、いわゆる「押しがけ」が可能なバックトルク低減機構を提供すること、または、いわゆる「押しがけ」が可能でるとともに、小型かつ軽量で強度が高いバックトルク低減機構を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明は、外部からの回転動力が伝達されるクラッチハウジングと、前記クラッチハウジングと一体に回転可能でかつ前記クラッチハウジングに対して軸線方向に変位可能な複数のドライブプレートと、変速主軸に設けられ前記クラッチハウジングの内側に配設されるクラッチスリーブハブと、前記クラッチスリーブハブと一体に回転可能でかつ前記クラッチスリーブハブに対して軸線方向に変位可能であり、前記複数のドライブプレートと交互に重なり合う複数のドリブンプレートと、前記複数のドライブプレートと前記複数のドリブンプレートとを軸線方向に付勢して接触させるプレッシャーディスクと、前記プレッシャーディスクに前記複数のドライブプレートと前記複数のドリブンプレートとを軸線方向に付勢するための付勢力を与える第一の付勢部材と、第一のカムと第二のカムとを含み、前記変速主軸にバックトルクがかかった場合に前記第一の付勢部材による前記複数のドライブプレートと前記ドリブンプレートとを付勢する付勢力を低減する向きに前記プレッシャーディスクを押圧可能なカム機構と、前記カム機構の前記第一のカムと前記第二のカムとを接近させる第二の付勢部材と、を備えるバックトルク低減機構であって、前記変速主軸の軸線方向に関して前記クラッチスリーブハブの前記プレッシャーディスクと同じ側に、前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧可能な状態と押圧しない状態とを切り替える切替部材が設けられることを特徴とする。
【0008】
前記切替部材は、前記プレッシャーディスクに取り付けられることを特徴とする。
【0009】
前記切替部材は前記プレッシャーディスクに対して揺動可能に取付けられ、前記切替部材が前記プレッシャーディスクに対して揺動することにより、前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧可能な状態と押圧しない状態とを切り替えることを特徴とする。
【0010】
前記切替部材を前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧できない状態に付勢する第三の付勢部材をさらに備え、前記切替部材は、前記プレッシャーディスクの回転により生じる遠心力によって、前記第三の付勢部材の付勢力に抗して前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧しない状態から押圧可能な状態に切り替わることを特徴とする。
【0011】
前記切替部材は、前記変速主軸の回転数が所定の値未満である場合には、前記第三の付勢部材の付勢力によって前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧しない状態に維持され、前記変速主軸の回転数が所定の値以上である場合には、前記第三の付勢部材の付勢力に抗して前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧可能な状態に切り替わることを特徴とする。
【0012】
前記切替部材には、一方向に揺動すると前記クラッチスリーブハブと前記プレッシャーディスクとの間に介在し、他の一方向の揺動すると前記クラッチスリーブハブと前記プレッシャーディスクとの間から抜け出す被押圧部が形成され、
前記切替部材は、前記変速主軸の回転数が所定の値以上である場合には、遠心力によって前記一方向に揺動して前記被押圧部が前記クラッチスリーブハブと前記プレッシャーディスクとの間に介在し、前記変速主軸の回転数が所定の値未満である場合には、前記第三の付勢部材によって前記他の一方向に揺動して前記被押圧部が前記クラッチスリーブハブと前記プレッシャーディスクとの間から抜け出すことを特徴とする。
【0013】
前記第二のカムには、前記クラッチスリーブハブを前記プレッシャーディスクの側に貫通し、前記切替部材を介して前記プレッシャーディスクを押圧可能なピン部材が設けられることを特徴とする。
【0014】
前記切替部材には、前記変速主軸の軸線方向の厚さ寸法が徐々に変化する傾斜面が形成され、前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧可能な状態においては、前記ピン部材の先端部が前記傾斜面に対向することを特徴とする。
【0015】
前記切替部材には、前記変速主軸の軸線方向に貫通する貫通孔が形成され、前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧しない状態においては、前記ピン部材の先端部が前記貫通孔に対向することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、変速主軸の回転数が所定の値以上であると、バックトルク低減機構は変速主軸から伝達されるバックトルクを低減する。一方、変速主軸の回転数が所定の値未満であると、バックトルク低減機構は、変速主軸から伝達されるバックトルクを低減しない。したがって、変速主軸の回転数が所定の値以上となるアイドリング中や走行中においては、後輪からエンジンのクランクシャフトに伝達されるバックトルクが低減されるかまたはゼロにされる。一方、いわゆる「押しがけ」をする場合には、バックトルクをエンジンのクランクシャフトに伝達してエンジンを始動させることができる。このように、変速機の側からエンジンの側に過大なバックトルクがかかることを防止しつつ、いわゆる「押しがけ」が可能となる。
【0017】
さらに、本発明によれば、エンジンが回転変動した場合やバックトルクがかかった場合に、衝突などを繰り返す部分の接触面積を大きく確保することが容易な構成にできる。したがって、バックトルク低減機構を大型化することなく、または小型化しつつ耐久性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、本発明の実施形態にかかるバックトルク低減機構を有するクラッチが搭載された自動二輪車の構成を、模式的に示した側面図である。
【図2】図2は、本発明の実施形態にかかるバックトルク低減機構を備えるクラッチが搭載された自動二輪車のエンジンユニットの構成を模式的に示した断面図である。
【図3】図3は、本発明の実施形態にかかるバックトルク低減機構を備えるクラッチの構成を、模式的に示した断面図である。
【図4】図4は、カム機構に含まれる第一のカムの構成を模式的に示した外観斜視図である。
【図5】図5は、カム機構に含まれる第二のカムの構成を模式的に示した外観斜視図であってB側から見た図である。
【図6】図6は、ガバナープレートおよびプレッシャーディスクの構成を模式的に示した外観斜視図である。
【図7】図7は、ガバナープレートおよび第三の付勢部材の構成を模式的に示した外観斜視図である。
【図8】図8は、本バックトルク低減機構にバックトルクがかかっていない状態を示した図である。
【図9】図9は、カウンターシャフトの回転数が所定の値未満の場合における本バックトルク低減機構の動作を模式的に示した図である。
【図10】図10は、カウンターシャフトの回転数が所定の値以上の場合における本バックトルク低減機構の動作を模式的に示した図である。
【図11】図11は、カウンターシャフトの回転数が所定の値未満の場合におけるガバナープレートの動作と、ガバナープレートとピン部材の位置関係を示した図である。
【図12】図12は、カウンターシャフトの回転数が所定の値以上の場合におけるガバナープレートの動作と、ガバナープレートとピン部材の位置関係を示した図である。
【図13】図13は、本発明の他の実施形態にかかるバックトルク低減機構の構成を模式的に示す図であり、バックトルクを低減できる状態を示す図である。
【図14】図14は、本発明の他の実施形態にかかるバックトルク低減機構の構成を模式的に示す図であり、バックトルクを低減しない状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。以下の説明においては、本発明の実施形態にかかるバックトルク低減機構が、自動二輪車のクラッチに組み込まれる構成を示す。説明の便宜上、本発明の実施形態にかかるバックトルク低減機構を、「本バックトルク低減機構」と称し、本バックトルク低減機構が組み込まれるクラッチを「本クラッチ」と称し、本クラッチを有する自動二輪車を、「本自動二輪車」と称する。また、本バックトルク低減機構、本クラッチおよび本自動二輪車の「上」「下」「右」「左」「前」「後」の各向きは、本自動二輪車に搭乗する運転者の向きを基準とする。
【0020】
まず、本自動二輪車1の全体構成について、図1を参照して説明する。図1は、本自動二輪車1の構成を、模式的に示した側面図である。図1に示すように、本自動二輪車1は、車体フレーム11と、操舵装置12と、後輪懸架装置13と、エンジンユニット4と、排気装置14とを含む。
【0021】
車体フレーム11は、ヘッドパイプ111と、左右一対のメインチューブ112と、ボディフレーム113と、ダウンチューブ114とを含む。ヘッドパイプ111は、後傾する管状の部分を有する。左右一対のメインチューブ112は、ヘッドパイプ111の後部から、それぞれ、後方斜め右下と後方斜め左下に向かって伸びる部分を有する。ボディフレーム113は、左右一対のメインチューブ112の後方に設けられる部分である。ダウンチューブ114は、ヘッドパイプ111の後部から左右一対のメインチューブ112の下方に向かって伸びる部分と、この部分の下端から後方に伸びてボディフレーム113に結合する部分とを有する。ボディフレーム113の上部にはシートレール(図1においては隠れて見えない)が設けられる。そして、ボディフレーム113の上側には、着座シート51が、シートレールを介して取り付けられる。
【0022】
操舵装置12は、ステアリングシャフト(図においては隠れて見えない)と、ハンドル121と、左右一対のフロントフォーク122と、前輪123とを含む。操舵装置12は、車体フレーム11の前部に、車体フレーム11に対して回転可能に配置される。ステアリングシャフトは、ヘッドパイプ111に回転可能に支持される。ハンドル121は、ステアリングシャフトの上端に設けられる。左右一対のフロントフォーク122は、それぞれ、ステアリングシャフトの左右に配置される。前輪123は、左右一対のフロントフォーク122の下端に、回転自在に配置される。また、ハンドル121は、左右のハンドルグリップ124を有する。右側のハンドルグリップ124には、スロットルグリップと、前輪のブレーキレバーとが設けられる。左側のハンドルグリップ124には、本クラッチ2を操作するためのクラッチレバー125が設けられる。このほかハンドル121には、灯火類やクラクションなどを操作するためのスイッチ類が設けられる。
【0023】
エンジンユニット4は、車体フレーム11のメインチューブ112とダウンチューブ114とボディフレーム113とにより形成される空間に配置される。エンジンユニット4は、シリンダアセンブリ41と、クランクケースアセンブリ46とを含む。クランクケースアセンブリ46の内部には、エンジンのクランクシャフト461と、変速機469のカウンターシャフト467(本発明の変速主軸に相当する)およびドリブンシャフト468とが配設される。さらにクランクケースアセンブリ46には、本クラッチ2が組み付けられる。クランクケースアセンブリ46の左側後部には、ドリブンシャフト468(図1においては隠れて見えない。図2参照)の左端が突出しており、ドリブンシャフト468の左端には、ドライブチェーンスプロケット470(図1においては隠れて見えない。図2参照)が設けられる。
【0024】
後輪懸架装置13は、スイングアーム131と、ショックアブソーバ(図においては隠れて見えない)と、後輪132とを含み、車体フレーム11のボディフレーム113の後部に設けられる。スイングアーム131の前端は、ボディフレーム113に対して上下方向に揺動可能に連結される。ショックアブソーバは、スイングアーム131とボディフレーム113との間に設けられ、スイングアーム131からボディフレーム113に伝達する振動や衝撃などを吸収や緩和する。後輪132は、スイングアーム131の後端に回転自在に支持される。後輪132の左側には、後輪132と一体に回転するドリブンチェーンスプロケット133が設けられる。そして、エンジンユニット4のドライブチェーンスプロケット470と、後輪132のドリブンチェーンスプロケット133とにはチェーン52が巻き掛けられ、回転動力を伝達可能に連結される。
【0025】
排気装置14は、消音器141と排気管142とを含む。消音器141は、エンジンユニット4の斜め後方であって、後輪132の側方に配置される。排気管142の一方の端部は、エンジンユニット4のシリンダアセンブリ41のエグゾーストポートに接続される。他方の端部は、消音器141の前側に接続される。そして、排気管142は、エンジンユニット4のシリンダアセンブリ41の前側から前方に向かい、シリンダアセンブリ41の前方で後方に向かって湾曲し、シリンダアセンブリ41の側方を通過し、消音器141の前側に到達する。
【0026】
エンジンユニット4の上方には、燃料タンク53が配置される。さらに、本自動二輪車1の外部には、フロントサイドカバー54やリアサイドカバー55が取り付けられる。
【0027】
次に、本自動二輪車1に搭載されるエンジンユニット4の全体構成について、図2を参照して説明する。図2は、エンジンユニット4の内部構造を示した断面模式図である。なお、図2は、説明のための模式図であり、現実の特定の切断面で切断した図ではない。図2に示すように、エンジンユニット4は、シリンダアセンブリ41と、クランクケースアセンブリ46と、本クラッチ2とを含む。
【0028】
シリンダアセンブリ41は、シリンダブロック411と、シリンダヘッド412と、シリンダヘッドカバー413とを含む。シリンダブロック411の頂部には、燃焼室414が形成される。そして、シリンダブロック411の内部には、ピストン415が往復動可能に配置される。ピストン415と後述するクランクシャフト461とは、コネクションロッド416により連結される。そして、ピストン415の運動は、コネクションロッド416によってクランクシャフト461に伝達される。シリンダブロック411の上側には、シリンダヘッド412が配置される。シリンダヘッド412には、燃焼室414とシリンダブロック411の外部とを連通するインテークポート419およびエグゾーストポート420が形成される。さらに、シリンダヘッド412の内部には、インテークポート419の開閉を制御する吸気バルブ(図略)と、エグゾーストポート420の開閉を制御する排気バルブ(図略)とが配置される。吸気バルブは吸気側カム(図略)により駆動され、排気バルブは排気側カム(図略)により駆動される。シリンダヘッドカバー413は、シリンダヘッド412の蓋となる部材であり、シリンダヘッド412の上側に配設される。
【0029】
なお、図2には単気筒エンジンを示すが、本自動二輪車1に適用されるエンジンの種類は限定されるものではない。本自動二輪車1には、単気筒エンジンが適用される構成であってもよく、多気筒エンジンが適用される構成であってもよい。また、水冷式エンジンが適用される構成であってもよく、空冷式エンジンが適用される構成であってもよい。なお、水冷式エンジンが適用される場合には、本自動二輪車1には、冷却水を冷却するラジエータと、冷却水を循環させるポンプとがさらに設けられる。
【0030】
クランクケースアセンブリ46は、クランクケースの右半体と左半体とを含む。そして、クランクケースの右半体と左半体とが結合して、クランクケースアセンブリ46の筐体を構成する。クランクケースアセンブリ46の内部には、前側にクランク室462が形成され、後側にミッション室463が形成される。クランク室462の内部には、クランクシャフト461が回転可能に配置される。ミッション室463の内部には、変速主軸としてのカウンターシャフト467とドリブンシャフト468とが回転可能に配置され、変速機469が構成される。
【0031】
クランクケースアセンブリ46の右端部には、本クラッチ2が配置される。そして、クランクケースアセンブリ46の右側面には、本クラッチ2を覆うクラッチカバー305が取り付けられる。クランクケースアセンブリ46の左端部には、発電機であるマグネト466が設けられる。そして、クランクケースアセンブリ46の左側面には、マグネト466を覆うマグネトカバー465が取り付けられる。さらにクランクケースアセンブリ46の左側には、エンジンを始動させる始動装置(図2においては省略)が設けられる。
【0032】
次いで、本クラッチ2の構成について、図3を参照して説明する。図3は、本クラッチ2の内部構造を示した断面図であり、図2の部分拡大図である。なお、図3は、説明のための模式図であり、現実の特定の切断面で切断した図ではない。
【0033】
本クラッチ2は、本自動二輪車1のエンジンユニット4に設けられ、エンジンのクランクシャフト461と、変速機469の変速主軸としてのカウンターシャフト467との間で、回転動力の伝達を断続することができる。さらに、本クラッチ2は、本バックトルク低減機構3を備える。本バックトルク低減機構3は、変速機469のカウンターシャフト467からエンジンのクランクシャフト461へ伝達されるバックトルクを低減できる。なお、以下の説明において、本クラッチ2、本バックトルク低減機構3およびこれらを構成する各部材の「軸線方向」、「半径方向」、「円周方向」は、いずれも、変速主軸としてのカウンターシャフト467の軸線方向、半径方向、円周方向(=回転方向)を基準とする。また、説明の便宜上、カウンターシャフト467の軸線方向のうち、本クラッチ2が設けられる側(=一端側、右側)を「A側」と称し、その反対側(=他端側、左側)を「B側」と称する。
【0034】
図3に示すように、本クラッチ2は、変速機469のカウンターシャフト467のA側の端部近傍に設けられる。本クラッチ2は、プライマリドリブンギア21と、クラッチハウジング22と、プッシュロッド26と、クラッチスリーブハブ24と、クラッチプレートとしてのドライブプレート23およびドリブンプレート25と、押圧部材27と、本バックトルク低減機構3とを含む。
【0035】
プライマリドリブンギア21は、本クラッチ2の外部(本発明の実施形態においてはクランクシャフト461)から回転が伝達される歯車である。具体的には、プライマリドリブンギア21は、エンジンのクランクシャフト461に設けられるプライマリドライブギア418と噛み合っている。そして、プライマリドリブンギア21は、エンジンのクランクシャフト461の回転動力が伝達されて回転する。
【0036】
クラッチハウジング22は、ダンパ機構を介して、プライマリドリブンギア21に同軸に結合しており、基本的にはプライマリドリブンギア21と一体に回転する。そして、クラッチハウジング22は、外部(=クランクシャフト461)からプライマリドリブンギア21を介して回転動力が伝達される。クラッチハウジング22は、内部が略空洞で軸線方向の一方(=A側)が開口する略カップ状の構造を有する。そして、クラッチハウジング22は、カップの底面に相当する側がプライマリドリブンギア21の側(=B側)に向けて配置される。クラッチハウジング22の内側(=内周側)には、クラッチプレートの一部としての複数のドライブプレート23が、軸線方向に沿って所定の間隔をおいて並べられるように取り付けられる。ドライブプレート23は、略リング状の板状の部材である。これら複数のドライブプレート23は、クラッチハウジング22と一体に回転するが、軸線方向にはクラッチハウジング22に対して変位可能である。
【0037】
プライマリドリブンギア21とクラッチハウジング22とを結合するダンパ機構は、所定の数の圧縮コイルバネ203を有する。圧縮コイルバネ203は、プライマリドリブンギア21とクラッチハウジング22とに跨るように設けられており、プライマリドリブンギア21およびクラッチハウジング22の円周方向に沿って弾性圧縮変形できる。このため、プライマリドリブンギア21とクラッチハウジング22とは、基本的には一体に回転するが、圧縮コイルバネ203が弾性圧縮変形することにより、回転方向に相対的に変位できる。また、プライマリドリブンギア21とクラッチハウジング22とは、ベアリング201を介してカウンターシャフト467に支持されている。このため、プライマリドリブンギア21とクラッチハウジング22とは、カウンターシャフト467に対して相対的に回転できる。
【0038】
クラッチスリーブハブ24は、クラッチハウジング22から伝達された回転動力を、カウンターシャフト467に伝達する。クラッチスリーブハブ24とカウンターシャフト467の間には、本バックトルク低減機構3が設けられる。換言すると、クラッチスリーブハブ24とカウンターシャフト467とは、本バックトルク低減機構3を介して結合する。本バックトルク低減機構3の詳細については後述する。クラッチスリーブハブ24は、カウンターシャフト467のA側の端部近傍であって、クラッチハウジング22の内側に配設される。クラッチスリーブハブ24は、本体部241とインナー242とを有する。本体部241は、円筒状に形成される。本体部241の外周には、クラッチプレートの他の一部としての複数のドリブンプレート25が、軸線方向に沿って所定の間隔をおいて設けられる。ドリブンプレート25は、クラッチスリーブハブ24と一体に回転するが、クラッチスリーブハブ24に対して軸線方向に変位可能である。ドリブンプレート25は、略リング状で板状の部材である。そして、クラッチハウジング22に設けられる複数のドライブプレート23と、クラッチスリーブハブ24に設けられる複数のドリブンプレート25とは、交互に重なり合う(換言すると、軸線方向に交互に入り組む)。本体部241の内周のB側端部近傍には、インナー242が取り付けられる。インナー242は、円筒状に形成される軸受部243と、軸受部243のA側端から半径方向外側に向かって延出する平板状のフランジ部244とを有する。軸受部243の外周面には、軸線方向に延伸するスプラインが形成される。このスプラインは、第二のカム32の軸孔324(後述)に形成されるスプラインと係合する。フランジ部244には、第二のカム32に設けられるピン部材325(後述)を貫通可能であって軸線方向に貫通する貫通孔245が形成される。そして、フランジ部244がネジ302などによって本体部241に固定されており、本体部241とインナー242とは一体に回転する。
【0039】
クラッチハウジング22のA側の端部には、クラッチハウジング22の開口部を覆うように、プレッシャーディスク28が設けられる。さらに、プレッシャーディスク28とクラッチスリーブハブ24との間に跨るように、第一の付勢部材202が設けられる。第一の付勢部材202には、たとえば、圧縮変形可能なコイルバネが適用される。そして、プレッシャーディスク28は、第一の付勢部材202の付勢力によって、ドライブプレート23とドリブンプレート25とを軸線方向のB側に押圧し、互いに軸線方向に圧力がかかった状態で接触させる。プレッシャーディスク28のB側の端面には、切替部材としての所定の数のガバナープレート8が、揺動可能に取付けられる。切替部材としてのガバナープレート8は、本バックトルク低減機構3を構成する部材であり、本バックトルク低減機構3がバックトルクを低減する状態と低減しない状態とを切り替える。なお、ガバナープレート8の構成と、プレッシャーディスク28におけるガバナープレート8に関する構成については後述する。
【0040】
カウンターシャフト467は中空軸であり、その内部には、プッシュロッド26が軸線方向に往復動可能に配設される。カウンターシャフト467およびプッシュロッド26のA側の端部近傍には、押圧部材27が軸線方向に往復動可能に設けられる。押圧部材27は、軸線方向のA側に移動してプレッシャーディスク28をA側に押圧することができる。
【0041】
プッシュロッド26のB側の端部近傍には、プッシュロッド26を軸線方向に移動させるための機構が設けられる(図略)。たとえば、プッシュロッド26のB側の端部近傍には、レリーズレバーとカムとが設けられるレリーズロッドが、回転可能に設けられる。そして、レリーズロッドが回転することにより、カムがレリーズロッドと一体に回転してプッシュロッド26のB側の端部をA側に向かって押圧することができる。押されたプッシュロッド26は、カウンターシャフト467の内部をA側に向かってに移動する。レリーズロッドには、レリーズレバーが設けられており、このレリーズレバーとクラッチレバー125(図1参照)とが、クラッチケーブルによって連結される。そして、クラッチレバー125が操作されると、クラッチケーブルによってレリーズレバーが操作され、レリーズロッドが回転し、プッシュロッド26がA側に移動する。
【0042】
本クラッチ2の基本的な動作は、次のとおりである。クラッチレバー125が操作されていない状態では、プレッシャーディスク28が、第一の付勢部材202の付勢力によって、クラッチスリーブハブ24をB側に押圧する(図2および図3においては左側に押圧する)。このため、クラッチハウジング22に設けられるドライブプレート23と、クラッチスリーブハブ24に設けられるドリブンプレート25とが、軸線方向に互いに圧力がかかった状態で接触する。したがって、プライマリドリブンギア21からクラッチハウジング22に伝達された回転動力は、ドライブプレート23と、ドリブンプレート25と、クラッチスリーブハブ24とを介して、カウンターシャフト467に伝達される。すなわち、いわゆる「クラッチがつながった」状態となる。また、この状態においては、カウンターシャフト467にかかったバックトルクは、低減されることなくプライマリドリブンギア21に伝達される。
【0043】
クラッチレバー125が操作されると、プッシュロッド26を軸線方向に移動させるための機構が、プッシュロッド26をA側に移動させる(図2と図3においては、右側に移動させる)。そして、押圧部材27がプッシュロッド26に押されてA側に移動してプレッシャーディスク28をA側に向かって押圧する。このため、プレッシャーディスク28は、第一の付勢部材202の付勢力に抗してA側に移動する。そうすると、プレッシャーディスク28がドライブプレート23およびドリブンプレート25に加えている付勢力(=B側へ押す力)が弱くなるかまたはなくなる。このため、ドライブプレート23とドリブンプレート25との間の圧力が弱くなるかまたはなくなり、これらの間で伝達される回転動力が弱くなるか、またはこれらの間で回転動力が伝達されなくなる。すなわち、いわゆる「半クラッチ」の状態または「クラッチが切れた」状態となる。
【0044】
このように本クラッチ2は、プレッシャーディスク28がドライブプレート23とドリブンプレート25に付勢力を与える状態と与えない状態との間を交互に移行することができる。そして、これによって、カウンターシャフト467へ伝達する回転動力を断続することができる。なお、前記構成は本クラッチ2の一例であり、本クラッチ2の具体的な構成は前記構成に限定されるものではない。本クラッチ2は、プレッシャーディスク28が軸線方向に移動することによって、「クラッチがつながった」状態と「クラッチが切れた」状態とを切り替えることができる構成であればよい。また、本実施形態においては、本クラッチ2が複数のクラッチプレートを有する多板式クラッチである構成を示すが、本クラッチ2は多板式クラッチに限定されない。
【0045】
次いで、本バックトルク低減機構3について、図3〜7を参照して説明する。本バックトルク低減機構3は、カウンターシャフト467の回転数が所定の値以上である場合には、カウンターシャフト467からクランクシャフト461へ伝達されるバックトルクを低減またはゼロにし、回転数が所定の値未満である場合には、バックトルクを低減しないかまたはゼロにしない。図3は、本クラッチ2(本バックトルク低減機構3を含む)の構成を模式的に示した断面図である。図3に示すように、本バックトルク低減機構3は、カム機構30と、ガバナープレート8と、ピン部材325とを有する。カム機構30は、ドライブカムである第一のカム31と、ドリブンカムである第二のカム32と、第一のカム31と第二のカム32との間に介在する鋼球34と、第二のカム32に設けられるピン部材325とを有する。
【0046】
図4は、カム機構30の第一のカム31の構成を模式的に示した外観斜視図である。図4中の上側がA側であり、下側がB側である。第一のカム31は、カウンターシャフト467にバックトルクが掛かった場合に、鋼球34を介して第二のカム32を押圧して軸線方向のA側に変位させる部材である。第一のカム31は、円筒状に形成される軸受部313と、軸受部313の軸線方向のB側端部近傍において半径方向外側に向かって突起する所定の数の突起部314とを有する。所定の数の突起部314は、円周方向に沿って所定の間隔で形成される。そして、突起部314の円周方向の一方の端部には、カム面311が形成される。カム面311は、軸線に直角な面および軸線に対して所定の角度をもって傾斜する傾斜面であり、A側を向く面である。このように、第一のカム31には、所定の数のカム面311が形成される。一方、突起部314の円周方向の他方の端部は、係合面312が形成される。係合面312は、軸線方向に略平行な略平面である。軸受部313には、変速機469のカウンターシャフト467を挿通可能な軸孔315が形成される。軸孔315は、軸線方向に貫通する貫通孔である。軸孔315の内周面には、軸線方向に延伸するスプラインが形成される。第一のカム31は、カウンターシャフト467の外周面に取り付けられて一体に回転する。
【0047】
図5は、カム機構30の第二のカム32の構成を模式的に示した外観斜視図である。第二のカム32は円環状の部材である。第二のカム32のB側の端面には、B側に向かって突起する所定の数の突起部323が、円周方向に沿って所定の間隔で形成される。突起部323の円周方向の一方の端部には、カム面321が形成される。カム面321は、軸線方向および軸線方向に直角な面に対して所定の角度をもって傾斜する傾斜面であり、B側を向く面である。このように、第二のカム32のB側の端面には、所定の数のカム面321が形成される。突起部323の円周方向の他方の端面には、係合面322が形成される。係合面322は、軸線方向に略平行な略平面である。第二のカム32のA側の端面には、ピン部材325が設けられる。ピン部材325は、A側に向かって突起するピン状または棒状の部材である。ピン部材325は、ガバナープレート8を介して、プレッシャーディスク28をA側に押圧することができる。そして、ピン部材325は、第二のカム32のA側の面からの突出寸法(換言すると、軸線方向長さ)を変更可能な構成を有する。たとえば、ピン部材325のB側の端部近傍に雄ネジが形成されるとともに、第二のカム32のA側の端面に雌ネジが形成される。そして、ピン部材325に形成される雄ネジが、第二のカム32に形成される雌ネジに締結される。このような構成であれば、ピン部材325を回転させることによって、第二のカム32のA側の面からの突出寸法を変更できる。
【0048】
第二のカム32には、軸線方向に貫通する軸孔324が形成される。軸孔324の内周面には、軸線方向に延伸するスプラインが形成される。軸孔324はクラッチスリーブハブ24のインナー242の軸受部243を挿通することができる。そして、第二のカム32は、クラッチスリーブハブ24のインナー242の軸受部243の外周に取り付けられてスプラインによって結合する。このため、第二のカム32は、クラッチスリーブハブ24と一体に回転するが、クラッチスリーブハブ24に対して軸線方向に変位できる。
【0049】
図6は、切替部材としてのガバナープレート8と、ガバナープレート8が取り付けられるプレッシャーディスク28との構成を、模式的に示した分解斜視図である。図6に示すように、プレッシャーディスク28のB側の面には、切替部材としての所定の数のガバナープレート8が、ネジ802などによって揺動可能に取付けられる。プレッシャーディスク28のB側の端面には、受け面281とネジ孔282とが形成される。受け面281は、第二のカム32に設けられるピン部材325からの押圧力を、ガバナープレート8を介して受ける面である。受け面281は、たとえば、平面状に形成される。ネジ孔282は、ガバナープレート8を揺動可能に取付けるためのネジ802を締結するために形成される。
【0050】
図7は、ガバナープレート8と第三の付勢部材801の構成を模式的に示した外観斜視図である。図7に示すように、切替部材としてのガバナープレート8は、平板状の部材であり、軸孔81と逃がし孔82と被押圧部83とウェイト部84とが形成される。軸孔81は、軸線方向に貫通する貫通孔であり、ガバナープレート8をプレッシャーディスク28に揺動可能に取付けるためのネジ802が挿通される。逃がし孔82は、ピン部材325の先端部(=A側の端部)を挿通可能で軸線方向に貫通する貫通孔であり、軸孔81から離間した位置に形成される。逃がし孔82の内径は、ピン部材325の先端部を挿通可能なように、ピン部材325の外径よりも大きい。被押圧部83は、ピン部材325がガバナープレート8を介してプレッシャーディスク28を押圧する際に、ピン部材325の先端部が接触する部分である。逃がし孔82と被押圧部83とは、軸孔81を中心とする円弧Cの円周方向に沿って隣接するように形成される。被押圧部83のB側の面は傾斜面であり、逃がし孔82から円弧Cの円周方向に沿って離れるにしたがって、B側に張り出す高さが徐々に大きくなる。たとえば、被押圧部83は、逃がし孔82から円弧Cの円周方向に離れるにしたがって徐々に厚くなる(=軸線方向寸法が徐々に大きくなる)。なお、ガバナープレート8は、軸孔81を中心として揺動するため、この円弧Cの円周方向がガバナープレート8の揺動方向(=変位方向)となる。すなわち、ガバナープレート8には、逃がし孔82と被押圧部83とが揺動方向に沿って並べて形成される。そして、被押圧部83のB側の面は傾斜面であって、揺動方向に沿ってB側に張り出す高さが徐々に変化する。ウェイト部84は、プレッシャーディスク28が回転した場合に、ガバナープレート8にかかる遠心力を調整するために設けられる部分である。ウェイト部84は、ガバナープレート8がプレッシャーディスク28に取り付けられた状態において、プレッシャーディスク28の半径方向の外側の位置に形成される。たとえば、ウェイト部84は、プレッシャーディスク28の半径方向外側に位置する辺に沿って形成される。
【0051】
プレッシャーディスク28に取り付けられたガバナープレート8は、軸孔81を中心として、ウェイト部84が略半径方向に往復動するような態様で揺動できる。そして、ガバナープレート8が揺動すると、逃がし孔82と被押圧部83の一方が、選択的にプレッシャーディスク28の受け面281のB側に重畳する。具体的には、ガバナープレート8が揺動範囲の一方の端部であって、ウェイト部84が半径方向の最も内側に位置する側の端部に位置すると、受け面281上には逃がし孔82が位置する。一方、ガバナープレート8が揺動範囲の他の一方の端部であって、ウェイト部84が半径方向の最も外側に位置する側の端部に位置すると、受け面281上には、被押圧部83のB側に張り出す高さが最も大きい部分が位置する。そして、第三の付勢部材801は、ガバナープレート8を、揺動範囲の一方の端部であって、ウェイト部84が半径方向の最も内側に位置する側に位置するように付勢する。このため、ガバナープレート8は、第三の付勢部材801による付勢力以外の力が作用していない状態では、第三の付勢部材801の付勢力によって、ウェイト部84が半径方向の最も内側に位置し、プレッシャーディスク28の受け面281上に逃がし孔82が位置する状態に保持される。第三の付勢部材801には、たとえば弾性変形可能なトグルスプリングが適用できる。
【0052】
なお、第一のカム31および第二のカム32に形成されるカム面311,321の数(すなわち突起部314,323の数)や、突起部314,323の間隔や、カム面311,321の傾斜の角度は、特に限定されるものではない。第一のカム31と第二のカム32とが同軸に配置された状態において、第一のカム31に形成される突起部314と、第二のカム32に形成される突起部323とが互いに入り組むことができる構成であればよい。そして、その状態で、第一のカム31のカム面311と第二のカム32のカム面とが対向し、第一のカム31の係合面312と第二のカム32の係合面322とが対向する構成であればよい。すなわち、第一のカム31と第二のカム32に形成されるカム面311,321どうしが対向するとともに、係合面312,322どうしが対向する構成であればよい。また、図5や図6などにおいては、第二のカム32に3本のピン部材325が設けられ、プレッシャーディスク28に3個のガバナープレート8が設けられる構成を示したが、ピン部材325とガバナープレート8は同数であればよく、具体的な個数はされない。
【0053】
次に、本バックトルク低減機構3の組み付け構成を、図3を参照して説明する。
【0054】
カウンターシャフト467のA側の端部近傍に、第一のカム31が取り付けられる。カウンターシャフト467と第一のカム31とは、軸線方向に延伸するスプラインにより結合し、一体に回転する。クラッチスリーブハブ24のインナー242の軸受部243の外周に、第二のカム32が取り付けられる。第二のカム32に設けられるピン部材325の先端部は、インナー242のフランジ部244に形成される貫通孔245を貫通し、インナー242のフランジ部244のA側に突出する。第二のカム32とクラッチスリーブハブ24のインナー242の軸受部243とは、軸線方向に延伸するスプラインにより結合する。このため、第二のカム32は、クラッチスリーブハブ24と一体に回転するが、クラッチスリーブハブ24に対して軸線方向に変位できる。そして、第二のカム32が取り付けられたクラッチスリーブハブ24が、第一のカム31の軸受部313の外周にベアリング301などを介して取り付けられる。このため、カウンターシャフト467および第一のカム31と、クラッチスリーブハブ24および第二のカム32とは、円周方向に相対的に変位できる。
【0055】
第二のカム32およびクラッチスリーブハブ24が配置されると、第一のカム31に形成される突起部314と、第二のカム32に形成される突起部323とが互いに入り組む。そして、第一のカム31のカム面311と第二のカム32のカム面321とが対向する。第一のカム31のカム面311と、第二のカム32のカム面321との間には、鋼球34が介在する。また、第一のカム31の係合面312と第二のカム32の係合面322とが対向する。
【0056】
カウンターシャフト467の端部にはナット303が締結される。このため、第一のカム31とクラッチスリーブハブ24とは、ナット303により軸線方向の移動が規制され、軸線方向に相対的に変位できない。第二のカム32とクラッチスリーブハブ24との間には、第二の付勢部材36が設けられる。第二の付勢部材36は、第二のカム32を第一のカム31の側に付勢して接近させる部材であり、たとえば皿バネが適用される。そして、第二のカム32は、軸線方向のA側に押圧する力が掛かると、第二の付勢部材36の付勢力に抗してA側に変位できる。
【0057】
プレッシャーディスク28のB側の面には、ガバナープレート8が揺動可能に取付けられるとともに、第三の付勢部材801が取り付けられる。ガバナープレート8および第三の付勢部材801の取付け構造は前記のとおりである。そして、ガバナープレート8および第三の付勢部材801が取り付けられたプレッシャーディスク28が、クラッチハウジング22およびクラッチスリーブハブ24のA側に取り付けられる。クラッチスリーブハブ24とプレッシャーディスク28との間には、第一の付勢部材202が設けられる。第一の付勢部材202は、プレッシャーディスク28をB側に向かって付勢する部材である。このため、クラッチハウジング22に設けられるドライブプレート23と、クラッチスリーブハブ24に設けられるドリブンプレート25とは、第一の付勢部材202の付勢力によって接触して回転動力を伝達可能な状態に保持される。第一の付勢部材202には、たとえばコイルバネが適用される。
【0058】
このように、第一のカム31と第二のカム32とを含むカム機構30は、クラッチスリーブハブ24(厳密には、クラッチスリーブハブ24のインナー242のフランジ部244)を挟んで、プレッシャーディスク28の反対側に設けられる(特に、図3参照)。すなわち、クラッチスリーブハブ24のA側にプレッシャーディスク28が設けられ、B側に第一のカム31と第二のカム32とを含むカム機構30が設けられる。そして、切替部材としてのガバナープレート8は、クラッチスリーブハブ24のA側であって、プレッシャーディスク28と同じ側に設けられる。そして、第二のカム32は、第一のカム31とクラッチスリーブハブ24との間に配置される。
【0059】
プレッシャーディスク28が取り付けられると、ピン部材325の先端部とプレッシャーディスク28の受け面281とが離間して対向し、それらの間にガバナープレート8の一部分が介在する。具体的には、ガバナープレート8が揺動範囲の一方の端部に位置すると、ガバナープレート8の逃がし孔82は受け面281上に位置し、ピン部材325の先端部はガバナープレート8に形成される逃がし孔82に対向する。一方、ガバナープレート8が揺動範囲の他方の端部に位置すると、ガバナープレート8の被押圧部83が受け面281上に位置し、ピン部材325の先端部は、ガバナープレート8に形成される被押圧部83に離間して対向する。ピン部材325とガバナープレート8との位置関係の詳細については後述する。ピン部材325の先端部とガバナープレート8に形成される被押圧部83との間の距離は、本バックトルク低減機構3により低減するバックトルクの大きさに応じて適宜設定される。そして、この距離は、ピン部材325の突出寸法を変更することにより適宜変更できる。
【0060】
次に、本バックトルク低減機構3の動作について、図8〜図12を参照して説明する。図8は、本バックトルク低減機構3にバックトルクがかかっていない状態を示した図である。図9は、カウンターシャフト467の回転数が所定の値未満でバックトルクがかかった場合における本バックトルク低減機構3の動作を模式的に示した図である。図10は、カウンターシャフト467の回転数が所定の値以上でバックトルクがかかった場合における本バックトルク低減機構3の動作を模式的に示した図である。なお、図示の便宜上、図8〜図10においては、図中の下部の第一のカム31および第二のカム32を示す部分と、図中の上部のガバナープレート8およびピン部材325の先端部を示す部分とで、視点を異ならせてある。図11は、カウンターシャフト467の回転数が所定の値未満(回転していない場合を含む)の場合におけるガバナープレート8の動作と、ガバナープレート8とピン部材325の位置関係を示した図である。図12は、カウンターシャフト467の回転数が所定の値以上の場合におけるガバナープレート8の動作と、ガバナープレート8とピン部材325の位置関係を示した図である。それぞれ、図11(a)と図12(a)は、B側から見た斜視図であり、図11(b)と図12(b)はB側から見た部分平面図である。
【0061】
本自動二輪車1の力行時など、エンジンから変速機に回転動力が伝達されていると、第二のカム32から第一のカム31に向かってトルクがかかる。一方、本自動二輪車1の減速時など、バックトルクがかかると、第一のカム31から第二のカム32に向かってトルクがかかる。ここで、第一のカム31と第二のカム32に形成されるカム面311,312と係合面312,322と、カウンターシャフト467の回転の向きとの関係について、図8〜図10を参照して説明する。カウンターシャフト467が正転(本自動二輪車1が前進する場合の回転の向きをいう)している場合には、第二のカム32のカム面321は、これに対向する第一のカム31のカム面311に対して回転方向の前方に位置する。第一のカム31の係合面312は、これに対向する第二のカム32の係合面322の回転方向の前方に位置する。そして、カウンターシャフト467が正転している場合において、第二のカム32の側から第一のカム31の側にトルクがかかると、第二のカム32が第一のカム31に対して位相進みの態様で相対的に変位しようとする。このため、第二のカム32の係合面322が第一のカム31の係合面312を進行方向前方に向かって押圧し、第二のカム32から第一のカム31にトルクが伝達される。これに対して、バックトルクがかかると、第一のカム31が第二のカム32に対して位相進みの態様で相対的に変位しようとする。このため、第一のカム31のカム面311が、第二のカム32のカム面321を、鋼球34を介して押圧する。そして、第一のカム31から第二のカム32に向かってトルクが伝達される。
【0062】
図8に示すように、本バックトルク低減機構3にバックトルクがかかっていないと、第二のカム32は第二の付勢部材36の付勢力によって、軸線方向の可動範囲の最も第一のカム31に近い側の位置に保持される。この状態においては、ピン部材325の先端部とガバナープレート8とが離間している。また、ガバナープレート8は、揺動することによって、ピン部材325の先端部がガバナープレート8に形成される逃がし孔82に対向する状態と、被押圧部83に対向する状態とに切り替わることができる。図8においては、逃がし孔82がピン部材325の先端部に対向している位置を実線で示し、被押圧部83に対向している位置を破線で示す。バックトルクがかからないと、ピン部材325の先端部はガバナープレート8とプレッシャーディスク28のいずれにも当接しない。このため、プレッシャーディスク28は、A側に向かって押圧されない。したがって、プレッシャーディスク28は、第一の付勢部材202の付勢力によって、ドライブプレート23とドリブンプレート25とをB側に向かって付勢して互いに接触させ、回転動力を伝達可能な状態に維持する。すなわち、本クラッチ2は、「クラッチが繋がっている」状態に維持される。
【0063】
図9と図10に示すように、本バックトルク低減機構3にバックトルクがかかると、第一のカム31は第二のカム32に対して、回転方向の前方に変位しようとする。このため、第一のカム31のカム面311は、第二のカム32のカム面321に接近し、鋼球34を介して第二のカム32のカム面321を押圧する。第一のカム31および第二のカム32のカム面311,321は、軸線に対して所定の角度をもって傾斜する傾斜面である。このため、第二のカム32のカム面321には、軸線方向のA側へ押圧される分力がかかる。第二のカム32は、スプラインによってクラッチスリーブハブ24のインナー242の軸受部243に係合している。このため、第二のカム32は、クラッチスリーブハブ24に対して円周方向には変位できないが、軸線方向には変位できる。したがって、本バックトルク低減機構3にバックトルクがかかると、ピン部材325が、第二のカム32と一体的に軸線方向のA側に移動する。
【0064】
図9と図11に示すように、カウンターシャフト467の回転数が所定の値未満であると(回転していない場合も含む)、ガバナープレート8は、第三の付勢部材801の付勢力によって、逃がし孔82が受け面281に重畳する位置に保持される。この状態では、ピン部材325の先端部は、ガバナープレート8に形成される逃がし孔82に入り込み、ガバナープレート8とプレッシャーディスク28のいずれにも接触しない。すなわち、カム機構30は、プレッシャーディスク28を押圧しない状態にある。このため、プレッシャーディスク28にはA側に押圧される力が掛からない。したがって、本クラッチ2は、「クラッチが繋がっている」状態に維持され、バックトルクは低減されない。一方、図10と図12に示すように、カウンターシャフト467の回転数が所定の値以上であると、ガバナープレート8は、遠心力によって第三の付勢部材801の付勢力に抗して変位し(=揺動し)、被押圧部83が受け面281に重畳する位置に移動する。この状態においては、ピン部材325は、ガバナープレート8の被押圧部83に接触し、ガバナープレート8を介してプレッシャーディスク28をA側に押圧することができる。すなわち、カム機構30のピン部材325は、プレッシャーディスク28を押圧可能な状態にある。そして、プレッシャーディスク28がA側に押圧されると、ドライブプレート23とドリブンプレート25との接触圧力が小さくなるかまたは無くなるため、本クラッチ2は、「半クラッチ」の状態または「クラッチが切れた」状態になる。したがって、バックトルクは低減またはゼロにされる。このように、本バックトルク低減機構3は、カウンターシャフト467の回転数が所定の値未満である場合にはバックトルクを低減せず、所定の値以上である場合にはバックトルクを低減する。
【0065】
このように、切替部材としてのガバナープレート8は、プレッシャーディスク28に対して揺動することにより、カム機構30のピン部材325がプレッシャーディスク28を押圧可能な状態と押圧しない状態とに切り替わることができる。また、第三の付勢部材801は、切替部材としてのガバナープレート8を、カム機構30がプレッシャーディスク28を押圧しない状態に付勢する。ここで、ピン部材325の先端部がガバナープレート8の逃がし孔82に対向する状態が、「カム機構30がプレッシャーディスク28を押圧しない状態」であり、ガバナープレート8の被押圧部83に対向する状態が、「カム機構30がプレッシャーディスク28を押圧可能な状態」である。そして、切替部材としてのガバナープレート8は、プレッシャーディスク28の回転により生じる遠心力によって、第三の付勢部材801の付勢力に抗して、カム機構30がプレッシャーディスク28を押圧しない状態から押圧可能な状態に切り替わる。特に、変速主軸としてのカウンターシャフト467の回転数が所定の値未満である場合には、切替部材としてのガバナープレート8は、第三の付勢部材801の付勢力によって、カム機構30がプレッシャーディスク28を押圧しない状態に維持される。一方、回転数が所定の値以上である場合には、切替部材としてのガバナープレート8は、第三の付勢部材801の付勢力に抗してカム機構30がプレッシャーディスク28を押圧可能な状態に切り替わる。
【0066】
カウンターシャフト467の回転数の「所定の値」は、ガバナープレート8が遠心力によって第三の付勢部材801の付勢力に抗して変位する回転数をいう。換言すると、「所定の値」は、ガバナープレート8にかかる遠心力(=慣性力)が、第三の付勢部材801による付勢力よりも大きくなる回転数をいう。そして、ガバナープレート8にかかる遠心力が、第三の付勢部材801の付勢力よりも大きくなると、ガバナープレート8は、第三の付勢部材801の付勢力に抗して変位する。特に、ウェイト部84が半径方向に往復動するように揺動できるから、ガバナープレート8は、ウェイト部84にかかる遠心力によって、ウェイト部84が半径方向外側に移動するように変位する。したがって、この「所定の値」は、ガバナープレート8の寸法や形状や質量や、第三の付勢部材801の付勢力を変更することにより適宜設定できる。特に、ウェイト部84の質量や軸孔81からの距離を変更することにより、適宜設定できる。なお、ウェイト部84の質量を大きくすると、ガバナープレート8にかかる遠心力を大きくできる。また、ウェイト部84と軸孔81との距離を大きくすると、ガバナープレート8にかかるモーメントを大きくできる。したがって、ガバナープレート8の動作の確実性の向上を図ることができる。
【0067】
さらに、本バックトルク低減機構3は、カウンターシャフト467とクラッチスリーブハブ24の回転数に応じて、バックトルクの低減の程度を変化させる。具体的には、次のとおりである。ガバナープレート8にかかる遠心力は、クラッチスリーブハブ24やプレッシャーディスク28の回転数に応じて変化する。また、第三の付勢部材801の付勢力は、ガバナープレート8の変位量(すなわち、第三の付勢部材801の変形量)に応じて変化する。そして、クラッチスリーブハブ24が回転すると、ガバナープレート8は、遠心力と第三の付勢部材801の付勢力とが釣り合う位置に変位する。ガバナープレート8に形成される被押圧部83は、逃がし孔82から揺動方向に沿って遠ざかるにしたがって、軸線方向の厚さが厚くなり、B側へ張り出す寸法が徐々に大きくなるような傾斜面に形成される。このため、ガバナープレート8の変位が大きくなるにしたがって、ピン部材325の先端部と被押圧部83との間の距離が小さくなる。ピン部材325の変位量が同じである場合には、ピン部材325の先端部と被押圧部83との間の距離が小さくなるにしたがって、ピン部材325がガバナープレート8を介してプレッシャーディスク28を押圧をA側に押圧する押圧量が大きくなる。このため、バックトルクの低減の程度が大きくなる。このように、本バックトルク低減機構3によるバックトルクの低減の程度は、カウンターシャフト467とプレッシャーディスク28の回転数が高くなるにしたがって大きくなる。
【0068】
また、バックトルクの低減の程度は、ピン部材325とガバナープレート8との間の距離を変更することによっても適宜設定できる。すなわち、この距離を大きくすることによって、バックトルクの低減の程度を小さくでき、この距離を小さくすることによって、バックトルクの低減の程度を大きくできる。ピン部材325のB側の端部には雄ネジが形成されており、この雄ネジが第二のカム32に形成される雌ネジに締結されている。このため、ピン部材325を回転させることによって、ピン部材325の先端部とガバナープレート8との間の距離を容易に変更できる。
【0069】
なお、クラッチスリーブハブ24からカウンターシャフト467に向かって動力が伝達されている場合には、第二のカム32が第一のカム31に対して位相進みとなる態様で変位しようとする。そして、第一のカム31の係合面312と第二のカム32の係合面322とが接近して接触する。このため、クラッチスリーブハブ24の回転は、第二のカム32を介して第一のカム31に伝達される。第一のカム31と第二のカム32の係合面312,322は、軸線方向に平行な面であるため、第二のカム32には軸線方向の分力が掛かからない。このため、第二のカム32およびピン部材325は軸線方向に移動しないから、ピン部材325はプレッシャーディスク28を押圧しない。このように、クラッチスリーブハブ24の側からカウンターシャフト467の側への回転動力は、低減されることなくそのまま伝達される。
【0070】
本バックトルク低減機構3の作用効果をまとめると、次のとおりである。
【0071】
カウンターシャフト467の回転数が所定の値以上であると、本バックトルク低減機構3はバックトルクを低減またはゼロにする。このため、走行中においては、後輪132からエンジンのクランクシャフト461に伝達されるバックトルクが低減されるか、またはバックトルクがゼロになる。例えば、走行中において、急激なシフトダウンなどが行われると、エンジンブレーキが衝撃的にかかり、大きなバックトルクが瞬間的に発生する。このような場合に、本バックトルク低減機構3は、バックトルクを低減するかまたはゼロにして、クランクシャフト461に過大なバックトルクが掛かることを防止する。この結果、たとえば、エンジンブレーキが衝撃的にかかることが防止され、減速時における本自動二輪車1の挙動が安定する。そして、本バックトルク低減機構3は、カウンターシャフト467とプレッシャーディスク28の回転数が高いほど、バックトルクの低減の程度を大きくできる。このため、高速走行中における本自動二輪車1の挙動を、より安定させることができる。
【0072】
一方、変速機469のカウンターシャフト467の回転数が所定の値未満であると、変速機469のカウンターシャフト467からエンジンのクランクシャフト461へのバックトルクは低減されない。したがって、いわゆる「押しがけ」などによってエンジンを始動させることができる。
【0073】
このように、本バックトルク低減機構3は、走行中には、バックトルクを低減して本自動二輪車1の挙動を安定させることができる。一方、「押しがけ」をする場合には、本バックトルク低減機構3は、バックトルクをエンジンのクランクシャフト461に伝達してエンジンを始動させることができる。特に、カウンターシャフト467の回転数の「所定の値」として、エンジンがアイドリング回転をしている場合の回転数が適用されると、「押しがけ」をする際には、バックトルクを低減しないからエンジンを始動させることができる。そして、エンジンが始動してアイドリング回転している状態または走行している状態となれば、バックトルクが低減されるかまたはゼロになる。
【0074】
なお、カウンターシャフト467の回転数の「所定の値」具体的な値は、特に限定されるものではない。「押しがけ」をする際に必要なカウンターシャフト467の回転数と、アイドリング回転中または走行中のカウンターシャフト467の回転数に応じて適宜設定される。そして、「この所定の値」は、ガバナープレート8の質量と第三の付勢部材801の付勢力の一方または両方を設定することにより、適宜設定できる。特に、ガバナープレート8のウェイト部84の位置や質量を適宜設定することにより、ガバナープレート8にかかる遠心力の大きさを設定できる。
【0075】
ガバナープレート8のウェイト部84が、プレッシャーディスク28の半径方向外側に位置する構成であると、ガバナープレート8のウェイト部84とプレッシャーディスク28の回転中心との距離を大きくして、ガバナープレート8のウェイト部84の回転半径を大きくできる。このため、ガバナープレート8にかかる遠心力を大きくできるから、ガバナープレート8の動作の確実性の向上を図ることができる。
【0076】
ピン部材325とガバナープレート8との間の距離が変更可能であるため、バックトルクの低減の程度の変更が容易である。本バックトルク低減機構3によるバックトルクの低減の程度は、ピン部材325がガバナープレート8を介してプレッシャーディスク28をA側に押圧する力の大きさに応じて定まる。そして、ピン部材325がガバナープレート8を介してプレッシャーディスク28を押圧する力は、ピン部材325の先端とガバナープレート8との間の距離に応じて相違する。具体的には、ピン部材325とガバナープレート8との間の距離が大きくなるにしたがって、ピン部材325がガバナープレート8を介してプレッシャーディスク28を押圧し始めるバックトルクが大きくなる。このため、ピン部材325とガバナープレート8との間の距離を変更することにより、バックトルクの低減の程度を変更できる。そして、ピン部材325とガバナープレート8との間の距離は、ピン部材325の突出寸法を変更することによって変更できる。ここで、ピン部材325のB側の端部に形成される雄ネジが第二のカム32に形成される雌ネジに締結される構成であると、ピン部材325を回転させることによって、容易に突出寸法を変更できる。
【0077】
本バックトルク低減機構3は、バックトルクを低減する動作において、衝突などを繰り返す部分の接触面積を大きく確保することが容易な構成にできる。したがって、本バックトルク低減機構3は、強度向上のために大型化する必要がない。または、本バックトルク低減機構3は、小型化しつつ耐久性の向上を図ることができる。
【0078】
なお、本発明の実施形態においては、第一のカム31のカム面311と第二のカム32のカム面321との間に鋼球34が介在する構成を示したが、鋼球34が介在しない構成であってもよい。すなわち、第一のカム31のカム面311と第二のカム32のカム面321とが直接的に接触してバックトルクを伝達する構成であってもよい。このような構成であっても、前記実施形態と同様の動作をすることができ、同様の作用効果を奏することができる。
【0079】
次に、本発明の他の実施形態について、図13と図14を参照して説明する。なお、前記実施形態と共通する構成については、同じ符号を付して示し、説明は省略する。図13と図14は、本発明の他の実施形態にかかるバックトルク低減機構3’と、このバックトルク低減機構3’が適用されるクラッチ2の構成を模式的に示す図である。そして、図13はバックトルクを低減できる状態を示し、図14はバックトルクを低減しない状態を示す。また、図13(a)と図14(a)は、カウンターシャフト467の軸線に平行な面で切断した断面図であり、図13(b)と図14(b)はカウンターシャフト467の軸線に直角な面で切断した断面図である。前記実施形態においては、ガバナープレート8によって、ピン部材325がプレッシャーディスク28を押圧できる状態とできない状態とに切り替えられる。これに対して他の実施形態においては、ガバナープレート8’によって、クラッチスリーブハブ24がプレッシャーディスク28を押圧できる状態とできない状態とに切り替えられる。そして、クラッチスリーブハブ24がプレッシャーディスク28を押圧できる状態に切り替わると、他の実施形態にかかるバックトルク低減機構3’はバックトルクを低減できる。一方、押圧できない状態に切り替わると、他の実施形態にかかるバックトルク低減機構3’はバックトルクを低減しない。なお、他の実施形態にかかるバックトルク低減機構3’は、前記実施形態のピン部材325に相当する部材を有さない。
【0080】
クラッチスリーブハブ24のインナー242は、カウンターシャフト467に一体に設けられる。クラッチスリーブハブ24の本体部241は、インナー242およびカウンターシャフト467に対して軸線方向に変位可能に設けられる。そして、クラッチスリーブハブ24の本体部241とインナー242との間に、カム機構30が設けられる。カム機構30は、第一のカム31と第二のカム32と鋼球34とを有する。そして、クラッチスリーブハブ24の本体部241は、第四の付勢手段204により、インナー242の側(=B側)に付勢される。
【0081】
プレッシャーディスク28は、ドライブプレート23とドリブンプレート25とをB側に付勢する。そして、ドライブプレート23とドリブンプレート25とは、B側に付勢されると、互いに付勢して接触した状態に維持される。一方、プレッシャーディスク28によるB側への付勢力が低減または解消すると、ドライブプレート23とドリブンプレート25との付勢力が低減または解消する。そして、いわゆる「半クラッチ」または「クラッチが切れた状態」となる。
【0082】
ガバナープレート8’は、バックトルクを低減できる状態と低減しない状態とを切り替える部材である。ガバナープレート8’は、プレッシャーディスク28のB側に、ピンやネジ802などによって取付けられる。そして、ガバナープレート8’は、ピンやネジ802などを中心として、カウンターシャフト467の軸線に直角な面内を搖動可能である。図13と図14の矢印は、ガバナープレート8’の揺動可能な方向を模式的に示す。ガバナープレート8’には、被押圧部83’が形成される。被押圧部83’は、他の部分に比較して肉厚(=軸線方向寸法)および質量が大きい部分であり、ピンやネジ802などの揺動中心から離れた位置に形成される。この被押圧部83’は、前記実施形態にかかるバックトルク低減機構3のガバナープレート8の被押圧部83に相当するとともに、ウェイト部84としての機能も有する。そして、図13に示すように、ガバナープレート8’が一方向(図中の矢印の上側)に揺動すると、被押圧部83’が半径方向外側に移動して、クラッチスリーブハブ24の本体部241のA側の端面とプレッシャーディスク28のB側の面との間に入り込む。一方、ガバナープレート8’が他の方向(図中の矢印の下側)に揺動すると、被押圧部83’が半径方向内側に移動し、クラッチスリーブハブ24の本体部241のA側の端面とプレッシャーディスク28のB側の面との間から抜け出る。このように、ガバナープレート8’が揺動することによって、被押圧部83’は、クラッチスリーブハブ24の本体部241のA側の端面とプレッシャーディスク28のB側の面との間に介在する状態としない状態とに切り替わる。なお、ガバナープレート8’は、第三の付勢部材801によって半径方向内側に付勢されている。このため、外力が加わらない状態においては、被押圧部83’は、クラッチスリーブハブ24の本体部241のA側の端面とプレッシャーディスク28のB側の面との間から抜け出ている状態に維持される。
【0083】
このような構成を有するバックトルク低減機構3’の動作は、次のとおりである。
【0084】
プレッシャーディスク28の回転数(=カウンターシャフト467の回転数)が所定の値以上であると、図13に示すように、遠心力によってガバナープレート8’が揺動し、被押圧部83’が半径方向外側に変位する。そして、ガバナープレート8’の被押圧部83’が、クラッチスリーブハブ24の本体部241のA側の端面とプレッシャーディスク28との間に入り込む。この状態で、カウンターシャフト467にバックトルクがかると、カム機構30がクラッチスリーブハブ24の本体部241をプレッシャーディスク28の側(=A側)に押圧する。そうすると、クラッチスリーブハブ24の本体部241のA側の端面が、ガバナープレート8’を介して、プレッシャーディスク28をA側に押圧する。そうすると、プレッシャーディスク28からドライブプレート23とドリブンプレート25とに与えられる付勢力は、緩和または解消される。このため、ドリブンプレート25の側からドライブプレート23の側に伝達されるバックトルクが低減されるか、またはバックトルクが伝達されなくなる。
【0085】
一方、プレッシャーディスク28の回転数が所定の値未満であると、図14に示すように、ガバナープレート8’の被押圧部83’は、第三の付勢部材801の付勢力によって、半径方向内側に位置する状態に維持される。このため、ガバナープレート8’の被押圧部83’は、クラッチスリーブハブ24の本体部241のA側の端面とプレッシャーディスク28との間に介在しない状態に維持される。この状態では、カウンターシャフト467にバックトルクがかかると、カム機構30が、クラッチスリーブハブ24の本体部241をプレッシャーディスク28の側に押圧する。しかしながら、クラッチスリーブハブ24の本体部241は、A側に移動しても、ガバナープレート8’およびプレッシャーディスク28に接触しない。このように、クラッチスリーブハブ24の本体部241は、ガバナープレート8’およびプレッシャーディスク28を押圧しない。このため、プレッシャーディスク28は、ドライブプレート23とドリブンプレート25とに付勢力を与える状態に維持される。したがって、バックトルクは低減されることなく伝達される。
【0086】
このように、切替部材としてのガバナープレート8’に形成される被押圧部83’は、一方向(=半径方向外側)に揺動するとクラッチスリーブハブ24の本体部241とプレッシャーディスク28との間に介在する。これに対して、他の一方向(=半径方向内側)に揺動すると、クラッチスリーブハブ24の本体部241とプレッシャーディスク28との間から抜け出す。そして、ガバナープレート8’は、カウンターシャフト467の回転数が所定の値以上である場合には、遠心力によって一方向に揺動し、被押圧部83’がクラッチスリーブハブ24’とプレッシャーディスク28との間に介在する状態に切り替わる。一方、カウンターシャフト467の回転数が所定の値未満である場合には、ガバナープレート8’は、第三の付勢部材801によって他の一方向に揺動し、被押圧部83’は、クラッチスリーブハブ24’とプレッシャーディスク28との間から抜け出る状態に切り替わる。
【0087】
他の実施形態にかかるバックトルク低減機構3’によれば、前記実施形態にかかるバックトルク低減機構3と同様の効果を奏することができる。そして、他の実施形態にかかるバックトルク低減機構3’においては、前記実施形態にかかるバックトルク低減機構3のピン部材325に相当する部材が不要になる。したがって、部品点数の削減や構成の簡素化を図ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0088】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、前記実施形態は、本発明を実施するにあたっての具体例を示したに過ぎない。本発明の技術的範囲は、前記実施形態に限定されるものではない。本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能であり、それらも本発明の技術的範囲に含まれる。たとえば、本実施形態においては、ロードタイプの自動二輪車を示したが、ロードタイプの自動二輪車に限定されない。本発明は、オフロードタイプの自動二輪車など、種類を問わずに適用できる。また、本発明は、自動二輪車に限らず、四輪自動車のクラッチにも適用できる。さらに、前記実施形態においては、本クラッチとして多板式クラッチを示したが、クラッチの種類も限定されるものではない。
【符号の説明】
【0089】
22:クラッチハウジング、23:ドライブプレート、24:クラッチスリーブハブ、25:ドリブンプレート、28:プレッシャーディスク、202第一の付勢部材としてのコイルバネ、31:第一のカム、32:第二のカム、36:第二の付勢部材、8:ガバナープレート、325:ピン部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部からの回転動力が伝達されるクラッチハウジングと、
前記クラッチハウジングと一体に回転可能でかつ前記クラッチハウジングに対して軸線方向に変位可能な複数のドライブプレートと、
変速主軸に設けられ前記クラッチハウジングの内側に配設されるクラッチスリーブハブと、
前記クラッチスリーブハブと一体に回転可能でかつ前記クラッチスリーブハブに対して軸線方向に変位可能であり、前記複数のドライブプレートと交互に重なり合う複数のドリブンプレートと、
前記複数のドライブプレートと前記複数のドリブンプレートとを軸線方向に付勢して接触させるプレッシャーディスクと、
前記プレッシャーディスクに前記複数のドライブプレートと前記複数のドリブンプレートとを軸線方向に付勢するための付勢力を与える第一の付勢部材と、
第一のカムと第二のカムとを含み、前記変速主軸にバックトルクがかかった場合に前記第一の付勢部材による前記複数のドライブプレートと前記ドリブンプレートとを付勢する付勢力を低減する向きに前記プレッシャーディスクを押圧可能なカム機構と、
前記カム機構の前記第一のカムと前記第二のカムとを接近させる第二の付勢部材と、
を備えるバックトルク低減機構であって、
前記変速主軸の軸線方向に関して前記クラッチスリーブハブの前記プレッシャーディスクと同じ側に、前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧可能な状態と押圧しない状態とを切り替える切替部材が設けられることを特徴とするクラッチのバックトルク低減機構。
【請求項2】
前記切替部材は、前記プレッシャーディスクに取り付けられることを特徴とする請求項1に記載のクラッチのバックトルク低減機構。
【請求項3】
前記切替部材は前記プレッシャーディスクに対して揺動可能に取付けられ、前記切替部材が前記プレッシャーディスクに対して揺動することにより、前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧可能な状態と押圧しない状態とを切り替えることを特徴とする請求項2に記載のクラッチのバックトルク低減機構。
【請求項4】
前記切替部材を前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧できない状態に付勢する第三の付勢部材をさらに備え、
前記切替部材は、前記プレッシャーディスクの回転により生じる遠心力によって、前記第三の付勢部材の付勢力に抗して前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧しない状態から押圧可能な状態に切り替わることを特徴とする請求項3に記載のクラッチのバックトルク低減機構。
【請求項5】
前記切替部材は、前記変速主軸の回転数が所定の値未満である場合には、前記第三の付勢部材の付勢力によって前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧しない状態に維持され、前記変速主軸の回転数が所定の値以上である場合には、前記第三の付勢部材の付勢力に抗して前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧可能な状態に切り替わることを特徴とする請求項4に記載のクラッチのバックトルク低減機構。
【請求項6】
前記切替部材には、一方向に揺動すると前記クラッチスリーブハブと前記プレッシャーディスクとの間に介在し、他の一方向に揺動すると前記クラッチスリーブハブと前記プレッシャーディスクとの間から抜け出す被押圧部が形成され、
前記切替部材は、前記変速主軸の回転数が所定の値以上である場合には、遠心力によって前記一方向に揺動して前記被押圧部が前記クラッチスリーブハブと前記プレッシャーディスクとの間に介在し、前記変速主軸の回転数が所定の値未満である場合には、前記第三の付勢部材によって前記他の一方向に揺動して前記被押圧部が前記クラッチスリーブハブと前記プレッシャーディスクとの間から抜け出すことを特徴とする請求項5に記載のクラッチのバックトルク低減機構。
【請求項7】
前記第二のカムには、前記クラッチスリーブハブを前記プレッシャーディスクの側に貫通し、前記切替部材を介して前記プレッシャーディスクを押圧可能なピン部材が設けられることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載のクラッチのバックトルク低減機構。
【請求項8】
前記切替部材には、前記変速主軸の軸線方向に張り出す寸法が徐々に変化する傾斜面が形成され、前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧可能な状態においては、前記ピン部材の先端部が前記傾斜面に対向することを特徴とする請求項7に記載のクラッチのバックトルク低減機構。
【請求項9】
前記切替部材には、前記変速主軸の軸線方向に貫通する貫通孔が形成され、前記カム機構が前記プレッシャーディスクを押圧しない状態においては、前記ピン部材の先端部が前記貫通孔に対向することを特徴とする請求項7に記載のクラッチのバックトルク低減機構。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−44422(P2013−44422A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184917(P2011−184917)
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(000002082)スズキ株式会社 (3,196)
【Fターム(参考)】