説明

グリセリンの脱水反応によるアクロレイン及びアクリル酸の製造用触媒と、その製造法

【課題】グリセリンの有効化学原料への変換プロセス。アクロレイン及びアクリル酸を高収率で製造することができる、グリセリンの脱水反応によるアクロレイン及びアクリル酸製造用触媒。
【解決手段方法】リンとバナジウムを必須の構成元素とするリン−バナジウム系複合酸化物を主成分とするグリセリン脱水触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規な脱水触媒に関するものである。
本発明は特に、気相または液相中でグリセリンを接触脱水反応してアクロレイン及びアクリル酸を製造するための新規な触媒と、その製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸、特にアクロレインやアクリル酸の製造はプロピレンを出発原料とし、触媒を用いて気相酸化する方法が一般的な工業的製造法として採用されている。
しかし、近年、地球温暖化や石油枯渇の観点から、化石資源に依存せず、バイオ資源から燃料や有機製品を製造する方法が求められている。その1つが、バイオエタノールと油脂の転換によるバイオディーゼルであり、その生産量は年間2000万トンを超えるといわれている。これは植物油から製造されるため、化石燃料の代替燃料となる上に、二酸化炭素の排出量が少ない点でも注目され、需要の増大が見込まれている。このバイオディーゼルを製造する際に副生成物としてその生産量の1/10の量ともなるグリセリンが生成する。このグリセリンは医薬品、化粧品、食料品などの添加物として利用されているが、最近、需給バランスが崩れ、大量のグリセリンが産業廃棄物として処分されている。よって、近年、グリセリンの新規用途の開発や需要拡大に繋がる合成反応の研究が活発化している。
【0003】
グリセリンの3炭素骨格を維持したままの化学原料への変換プロセスを中心に説明すると、脱水反応と酸化反応に大別できる。ここでは脱水反応によるアクロレインの製造方法について説明し、酸化反応については説明しない。
【0004】
アクロレインの製造方法は既に種々提案されている。例えば、下記特許文献1では、リン酸を珪藻土などの担体に担持した触媒を、高沸点を有する有機溶媒中に分散させ、グリセリンを滴下させて液相脱水反応させることにより、アクロレインが72%の収率で得られた例が記載されている。
【0005】
しかし、この方法では、多量の炭化物が発生し、得られた炭化物と触媒と生成物との混合液の処理が必要となり、工業的に有利な技術とは言い難い。
【特許文献1】米国特許第2558520号明細書
【0006】
下記特許文献2では、グリセリンを溶媒に分散させ、KHSO4やK2SO4などH0が‐5.6から+3.3の酸性固体触媒存在下でグリセリンを液相脱水反応させ、アクロレインを製造する方法が開示されている。
【0007】
しかし、この方法でも炭化物が10%以上生成し、工業的に十分とは言い難く、改良の余地がある。
【特許文献2】特開2006-290815号公報
【0008】
グリセリンを液相または気相接触反応させてアクロレインを製造する際にはH0が+2以下の固体酸触媒が有効である。その例として下記特許文献3に記載の燐酸を担持したα‐Al2O3触媒を用いた方法がある。
【0009】
この特許では気相中300℃で75%のアクロレイン収率が得られているが、触媒の寿命に問題があり、ヒドロキシアセトンなどの副生成物が時間の変化と共に増大し、選択率も十分なものとは言い難かった。
【特許文献3】特開平6-211724号公報
【0010】
下記特許文献4では、固体酸触媒としてヘテロポリ酸の存在下でグリセリンを気相脱水してアクロレインを製造する方法が開示されている。
【0011】
ヘテロポリ酸は6族元素から成り、ケイタングステン酸、リンタングステン酸、リンモリブデン酸などが挙げられている。これらのヘテロポリ酸を2元細孔シリカ担体に担持させて86%のアクロレイン収率が得られている。しかしながら、この脱水反応はグリセリンのキャリアガスとして窒素のみを流し、酸化ガスフリーのため、炭素析出量が極めて大きくなり、活性および選択性の経時安定性が懸念される。
【特許文献4】WO2007/058221号公報
【0012】
これに対し、下記特許文献5および特許文献6ではグリセリンの気相反応中に酸素を導入することで触媒劣化を抑制している。この特許ではH0が−9以上−18以下の酸強度を有する触媒を用いる。
【0013】
実施例には燐酸/ジルコニア、Nafion/シリカ、硫酸/ジルコニア、タングステン/ジルコニアなど種々の固体酸触媒が記載されており、その中でもタングステン/ジルコニアを使用することで最高74%のアクロレイン収率が得られている。
【特許文献5】国際特許第WO2006/087083号公報
【特許文献6】国際特許第WO2006/087084号公報
【0014】
一方、当該発明に関するリン−バナジウム系複合酸化物触媒は、炭素数4の炭化水素(n−ブタン、1−ブテン、2−ブテン、1,3−ブタジエン等)の気相接触酸化反応による無水マレイン酸の製造に有効な触媒であることは広く知られている。特に反応性に乏しいn−ブタンの場合には、(VO)227(ピロリン酸ジバナジル)で表される結晶状化合物が活性の高い構造であり、触媒成分として用いられている(非特許文献1)。この触媒の有効成分である(VO)227を得るには、例えば、V25(五酸化バナジウム)とH3PO4(リン酸)を有機溶媒中、例えば2−メチル−1−プロパノール等のアルコール中で反応させ、ピロリン酸ジバナジルの前駆体であるVOHPO4・1/2H2Oを析出させた後、これを適切な条件で焼成し脱水する。この触媒の活性や選択性を更に向上させる試みとして、例えばリン−バナジウム系複合酸化物に助触媒を加える試みは数多くなされている。例えば、非特許文献2には助触媒成分の添加例がまとめられている。
【非特許文献1】E.Bordes,P.Courtine,J.Catal.,57,236-252,(1979)
【非特許文献2】BurnettらCatal Today, 1, 537 (1987)
【0015】
また、特許文献7にはマグネシウム、カルシウム等の金属元素をリン−バナジウム系複合酸化物の表面に促進剤として沈着させる方法が開示されている。
【特許文献7】特開昭54−30114号公報
【0016】
また、特許文献8には、バナジウム−リン系化合物からなるリング状触媒が開示され、活性を向上させる添加金属として、銅、銀、亜鉛等の金属元素が挙げられている。
【特許文献8】特開昭57−24643号公報
【0017】
また、特許文献9には、酸素と還元性ガスによるバナジウム−リン系触媒の活性化方法が開示され、助触媒成分としてアルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類が挙げられている。
【特許文献9】特開昭58−114735号公報
【0018】
また、特許文献10には、触媒前駆体を含む有機スラリーに水を加えて2相分離し、前駆体を回収する技術が開示され、助触媒成分としてアルカリ金属、アルカリ土類金属、ランタニドが挙げられている。
【特許文献10】特開昭59−12759号公報
【0019】
また、特許文献11には、特定のX線回折スペクトルを示す結晶性バナジウム−リン化合物、リン酸バナジル水溶液、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、およびバリウムからなる群から選ばれた少なくとも1種以上の元素の化合物、およびシリカを混合、乾燥する触媒の製造法が開示されている。
【特許文献11】特開昭59−145046号公報
【0020】
また、特許文献12には、五酸化バナジウムをMgアセチルアセトナートまたはZrアセチルアセトナートの共存下、リン酸と反応させて前駆体を調製する方法が開示されている。
【特許文献12】特開平4−271841号公報
【0021】
また、特許文献13には、五価のリン化合物と五価のバナジウム化合物を炭素数3〜6の脂肪族アルコールとベンジルアルコールの混合物中で反応させる際に助触媒としてシュウ酸鉄・二水和物を混合する前駆体調製法が開示されている。
【特許文献13】特開平7−171398号公報
【0022】
また、特許文献14には、五酸化バナジウムとリン酸とを反応させる際に、有機ケイ素化合物であるアルキルシラノールを添加する触媒調製法が示されている。
【特許文献14】特開平9−52049号公報
【0023】
また、特許文献15には、触媒前駆体VOHPO4・1/2H2Oの層間にあるH+をCo等2価の金属カチオンと交換した金属イオン交換リン−バナジウム系化合物であるVOM0.5PO4の調製法が示されている。
【特許文献15】特開平10−87308号公報
【0024】
以上のように、リン−バナジウム系複合酸化物は助触媒の添加やその調製法など、炭素数4の炭化水素からジカルボン酸無水物を高収率で得る触媒としては数多く報告され、既に工業化されているが、グリセリンを脱水反応し、アクロレインおよびアクリル酸を製造する触媒としては報告されていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の目的は新規な脱水触媒、特に、石油に由来しないグリセリンを原料に用いてアクロレイン及びアクリル酸を高収率で製造することができる新規な触媒を提供することにある。
本発明の一つの目的は、グリセリンを脱水反応させてアクロレイン及びアクリル酸を高収率に製造することができるグリセリン脱水反応触媒を提供することにある。
本発明の他の目的は、上記触媒の製造法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明者等は上記課題を解決すべく、鋭意検討を行った結果、リンとバナジウムを必須の構成元素とするリン−バナジウム系複合酸化物を用いることにより、グリセリンを脱水反応させてアクロレイン及びアクリル酸が高収率で得られることを見出し、本発明を完成した。
【0027】
本発明は以下の(1)〜(9)の特徴を単独または組み合わせて有する。
(1)リンとバナジウムを必須の構成元素とするリン−バナジウム系複合酸化物を主成分とする、グリセリンを接触脱水反応してアクロレインおよびアクリル酸を製造するのに用いるグリセリン脱水用の触媒。
(2)
リン−バナジウム系複合酸化物の組成が下記式(I)で表される上記(1)記載のグリセリン脱水用の触媒
VPabc・nH2O (I)
(Vを1としたとき、式中のaは0.5≦a≦1.5、bは0<b≦1、cは各元素の酸化状態によって決まる値を示す。式中のMは水素原子または周期表の第1族から第16族に属する元素から選ばれる1種以上の元素を表す。nは任意の正数である。)
(3)
リン−バナジウム系複合酸化物前駆体が、焼成により少なくとも一部が(VO)227となりうる物質である上記(1)または(2)に記載の触媒
(4)
上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載のリン−バナジウム系複合酸化物を担体に担持した担持触媒
(5)
バナジウム化合物、リン化合物を水性溶媒または有機溶媒中で反応させ、リン−バナジウム系複合酸化物前躯体を得て、乾燥、焼成することを特徴とする上記(1)〜(3)いずれか一項に記載のリン−バナジウム系複合酸化物触媒の製造方法
(6)
焼成を空気、不活性ガス、空気と不活性ガスとの混合ガス、還元ガスと空気との混合ガス、またはスチームを含有するいずれかの雰囲気下に行う上記(5)に記載の方法
(7)
焼成を150〜700℃で0.5〜500時間行なう上記(5)または(6)に記載の方法
(8)
上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の触媒および/または上記(4)に記載の担持触媒の、グリセリンの接触脱水反応によるアクロレイン及びアクリル酸製造での使用
に関する。
【発明の効果】
【0028】
本発明のグリセリンを接触脱水反応して、アクロレイン及びアクリル酸を製造する触媒は、高活性かつ高選択性を有する。また、一般的に当該反応に使用される代表的な固体酸触媒と比較して、プロピオンアルデヒドやプロピオン酸の生成量が低い。プロピオンアルデヒドやプロピオン酸は、沸点がそれぞれ49℃、141℃と目的生成物であるアクロレインおよびアクリル酸の沸点である53℃及び141℃に非常に近いため、精製工程において困難を要するという点でも本発明は工業的に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明のグリセリン脱水触媒は、グリセリンを脱水してアクロレイン及びアクリル酸を製造する際に用いられる触媒であって、リン−バナジウム系複合酸化物を主成分とする。リン−バナジウム系複合酸化物は、上述したように通常V25とH3PO4を反応させ析出するVOHPO4・1/2H2O結晶を前駆体とする。
前駆体の製造法は多数報告されているが何れの方法でもよく、特に下記三つの方法が好ましい製法として挙げられる。リン−バナジウム系複合酸化物は、金属元素としてリン及びバナジウムを含有する複合酸化物であれば、第1〜16族の元素として有用な金属を含有していてもよいが、ここではリンとバナジウムのみで構成されるリン−バナジウム複合酸化物の製法について示す。
(a)五酸化バナジウムを2−メチル−1−プロパノール等の還元性有機溶媒中で加熱還流し還元する前、または還元した後にリン酸を添加し、次いでこれを加熱還流してリン酸水素バナジル半水和物VOHPO4・1/2H2Oを得る(特公昭57−8761号)。
(b)五酸化バナジウムを塩酸またはヒドラジンなどの無機還元剤で還元する前、または還元した後、リン酸を添加して加熱還流または水熱条件下で処理して得る。(特開昭57−32110号)
(c)VOPO4・0.5H2Oを2−メチル−1−プロパノールや2−プロパノール等の還元性有機溶媒中で、加熱還流して得る。(「Catalysis Today」33(1997年)161-171、Chem.Mater.2002,14,3882-3888)
【0030】
以下、本発明の好ましい態様である上記(a)、(b)および(c)の手法について詳細に説明する。
【0031】
前駆体を調製する際のバナジウム源としては、リン−バナジウム系複合酸化物の製造に一般的に用いられているバナジウム化合物であればいずれも使用することができる。具体例としては五酸化バナジウム、メタバナジン酸塩、オキシハロゲン化バナジウムなどの5価、4価または3価バナジウム化合物を挙げることができる。これらのうち五酸化バナジウムが好適に用いられる。
【0032】
リン源としては、バナジウム源と同様に、リン−バナジウム系複合酸化物の製造に一般に用いられているリン化合物を使用することができる。具体例としては、オルトリン酸、ピロリン酸、亜リン酸、ポリリン酸、五酸化リンなどを挙げることができる。これらのうち、オルトリン酸が好適に用いられる。オルトリン酸を使用する場合、市販の85%リン酸でも良いが、アクロレイン及びアクリル酸の収率の高い触媒を得るためには実質的に無水のリン酸を使用することが望ましい。ここで実質的に無水とはオルトリン酸H3PO4として表されるリン酸の重量含量が、95%以上、好ましくは98%以上であることをいう。
【0033】
バナジウム化合物とリン化合物の混合比(P/Vモル比)は通常、0.5〜1.5、好ましくは1.0〜1.3である。
【0034】
本発明の触媒は、リンとバナジウムを必須の構成元素とするリン−バナジウム系複合酸化物を主成分とする、グリセリンを接触脱水反応してアクロレイン及びアクリル酸を製造するのに用いるグリセリン脱水用の触媒であり、そのリン−バナジウム系複合酸化物の組成が下記式(I)で表されるグリセリン脱水用触媒である:
VPabc・nH2O (I)
(Vを1としたとき、式中のaは0.5≦a≦1.5。式中のMは水素または周期表の第1族から第16族に属する元素から選ばれる1種以上の元素を表す。式中のbは0<b≦1、cおよびnは任意の正数である。)
【0035】
ここで、周期表の第1族から第16族に属する元素としては、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、スカンジウム、イットリウム、ランタニド、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、クロム、マンガン、レニウム、鉄、ルテニウム、オスミウム、コバルト、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、金、亜鉛、ガリウム、タリウム、ゲルマニウム、スズ、鉛、ビスマス、テルル等を挙げることができる。このとき用いられる周期表の第1族から第16族に属する元素の化合物として金属塩とオニウム塩が挙げられる。ここで、オニウム塩としてはアミン塩、アンモニウム塩、ホスホニウム塩、スルホニウム塩を挙げることができる。また金属塩またはオニウム塩の原料としては、金属またはオニウムの硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、酢酸塩、酸化物、ハロゲン化物、水酸化物などが挙げられるがこれに限定されるものではない。このとき添加量は、リン−バナジウム系複合酸化物に対する金属塩中の金属またはオニウム塩中のオニウムイオンの重量%で0.001重量%〜60重量%、好ましくは0.01重量%〜30重量%である。
【0036】
使用する溶媒は、有機溶媒、水性溶媒等特に限定はないが、加熱によりバナジウムを還元することができるものが好ましい。有機溶媒としては、アルコール性水酸基を有するものが好適であり、具体的には2−プロパノール、2−メチル−1−プロパノールのような炭素数3〜5の脂肪族アルコール、ベンジルアルコールのような芳香族アルコール等が挙げられる。なお、水溶性溶媒としては、塩酸水溶液、硝酸水溶液、ヒドラジン水溶液、シュウ酸水溶液等の加熱によりバナジウムを還元できる化合物の水溶液を使用する。溶媒は混合物として使用することもでき、例えば、2−プロパノールまたは2−メチル−1−プロパノールに比較的に還元力の強いベンジルアルコールを添加して用いたり、還元ヒドラジン水溶液とシュウ酸水溶液とを混合して用いたりすることもできる。また、非水溶性溶媒と水溶性溶媒を混合して使用することもできる。溶媒の使用量は、反応媒体として使用できる量であれば特に限定しない。例えば、2−メチル−1−プロパノールを使用する場合は、2−メチル−1−プロパノール:バナジウム化合物のモル比で通常10:0.1〜1:1、好ましくは5:0.1〜1:0.1である。
【0037】
反応は、溶媒中にバナジウム化合物を添加し、これを加熱しバナジウムを還元する。リン化合物および第1〜第16族に属する元素から構成される化合物の反応系への添加は、バナジウムの還元をある程度進めた後でもよいし、初めから添加し、バナジウムを還元させながらリン化合物と反応させてもよい。バナジウムの還元は例えば、前記炭素数3〜5の脂肪族アルコール、ベンジルアルコールのような芳香族アルコール中で加熱して行う。反応(バナジウムの還元工程とリン化合物反応工程)の温度は、用いる溶媒の種類にもよるが通常80〜200℃である。反応時間はリン化合物の添加後、通常1〜20時間である。
【0038】
反応終了後、活性構造として主にVOHPO4・1/2H2Oの結晶構造を有するスラリーまたはこれに他の金属を添加したスラリーまたは担体に担持したスラリーが析出し、蒸発乾固、噴霧乾燥、遠心分離、濾過等によって前駆体を単離する。なお、単離した前駆体はアセトン等の揮発性有機溶媒で洗浄し、再度適当な手段で乾燥してもよい。
【0039】
前記のようにして得られた前駆体は、このままでまたは活性化処理を施すことで、目的とする反応の活性を発現させることが可能であり、本発明の触媒として使用できる。更に、前躯体を焼成し、更に活性化処理を行うことにより、(VO)2P2O7を主成分とするリン−バナジウム系複合金属酸化物の割合が増加し好ましい。
【0040】
焼成は窒素、アルゴン等の不活性ガス、空気、または炭化水素などの還元ガスを含有する空気混合ガス、または前記いずれかのガス中にスチームを含有する混合ガス等の雰囲気下に行う。焼成炉として、マッフル炉、ロータリーキルン、流動床焼成炉等の装置が挙げられるが、何れの装置でもよく特に限定しない。また、反応時に使用する反応管内で焼成してもよい。
焼成温度は通常150〜700℃、好ましくは300〜600℃、特に好ましくは350〜550℃である。焼成時間は0.5〜500時間が好ましい。
【0041】
前駆体または前躯体焼成後の活性化処理は、グリセリン、ブタン、1−ブテン、2−ブテン、1,3−ブタジエン等炭素数3以上の炭化水素を1〜70vol%、好ましくは5〜40vol%含有する空気またはさらにスチームを含有する混合ガスを流通下に加温して行う。活性化処理温度は150〜700℃、好ましくは300〜600℃、より好ましくは350〜550℃の範囲である。活性化処理温度への昇温、また反応温度への昇温および降温速度は特に制限はない。活性化処理における圧力は、常圧もしくは0.05〜10kg/cm2Gの範囲である。空間速度(GHSV)はリン−バナジウム系複合酸化物触媒の体積で換算して、好ましくは100〜10000hr-1、より好ましくは300〜5000hr-1の範囲で行う。活性化処理時間は0.5〜500時間が好ましい。
【0042】
本発明のグリセリン脱水触媒は、グリセリンを脱水してアクロレイン及びアクリル酸を製造する際に用いられるグリセリン脱水触媒であって、前記リン−バナジウム系複合酸化物を担体に担持してもよい(本発明の担持触媒)。用いられる担体としては、シリカ、珪藻土、アルミナ、シリカアルミナ、シリカマグネシア、ジルコニア、チタニア、マグネシア、ゼオライト、炭化ケイ素、炭化物などが挙げられる。この中から1種の担体に担持してもよい。また2種以上の複合体や混合物からなる担体に担持してもよい。担持することにより、活性物質を有効に利用することができ、また活性成分のシンタリングを抑制できるため、寿命の改善にもなる。担持量としては、担体に対するリンーバナジウム系複合酸化物の重量%で5重量%〜200重量%、好ましくは10〜150重量%である。
【0043】
触媒の形状としては、特に制限はなく不定形な顆粒や粉末でもよいが、気相反応に限っては、必要により成形助剤を併用して球体、ペレット、円筒体、中空円筒体、棒などに成型したり、触媒を担体その他の補助成分と共に、必要により成形助剤を併用して、これらの形状に成形したりして使用することもできる。成形した触媒の大きさは、球状を例にとると、粒径1〜10mmのものは固定床触媒として、粒径1mm未満のものは流動床触媒として使用するのに適している。
【0044】
本発明のグリセリンの脱水反応は、気相または液相どちらでもよいが、好ましくは気相の方である。気相反応を行うときは、固定床、流動床、循環流動床、移動床など様々な型の反応器が存在する。この中でも特に固定床が好ましい。
触媒を再生するときは反応器から分離させてもよい。系外で再生するときは、触媒を取り出し、空気または酸素含有ガス中で燃焼する。液相反応を行うときは、固体触媒用の一般的な液相反応器で行うことができる。グリセリン(290℃)とアクロレイン及びアクリル酸の沸点差が大きいため、生成したアクロレインを連続的に蒸留する上では、比較的低い温度で運転することが好ましい。
【0045】
本発明のグリセリン気相脱水反応によりアクロレイン及びアクリル酸の製造方法において、反応温度は200℃から450℃であることが好ましい。グリセリンの沸点が高いため、200℃未満ではグリセリンや反応生成物による重合や炭化により触媒寿命が短くなるおそれがあり、450℃を超えると並行反応や逐次反応が増加し、アクロレイン及びアクリル酸選択率が低下するおそれがある。より好ましくは250℃から350℃である。圧力は特に限定しないが、2気圧以下が好ましい。より好ましくは1気圧以下である。高圧では気化したグリセリンが再液化するおそれがある。さらに、高圧では炭素析出が促進され、触媒の寿命が短くなる可能性がある。
【0046】
反応時、触媒に対する原料ガスの供給量としては、空間速度GHSVとして100〜10000h-1が好ましく、100h-1以下では逐次反応により選択率が低下するおそれがあり、10000h-1以上では転化率が低下するおそれがある。
【0047】
液相反応では150℃から350℃が好ましい。低温では転化率が低下するが逆に選択率が向上する。圧力は特に制限しないが、場合により3気圧から70気圧で加圧することがある。
【0048】
原料となるグリセリンはグリセリン水溶液として容易に入手できる。グリセリン水溶液は5重量%から90重量%の濃度範囲となることが好ましい。より好ましくは10重量%から50重量%である。グリセリン濃度が高すぎると、グリセリンエーテルが生成したり、生成した不飽和アルデヒドや不飽和カルボン酸とグリセリンとが反応するため、あまり好ましくない。さらにグリセリンを気化するために膨大なエネルギーを要することとなる。
【実施例】
【0049】
以下実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はその趣旨を超えない限り、以下の実施例により限定されるものではない。なお、実施例において、%は重量%を意味する。
【0050】
実施例1
Chem.Mater.2002,14, 3882-3888、Applied catalysis A:General 297(2006)73-80(北海道大学 奥原敏夫等)に記載されている剥離還元法によって調製したVOHPO4・1/2H2Oのリン−バナジウム系複合酸化物を用いた。すなわち、五酸化バナジウムと85%リン酸とを388Kで16時間還流撹拌し、得られた沈殿物をろ過後、アセトン洗浄し、室温で乾燥させた。XRDおよびIRからこれはVOPO4・2H2O構造を有する化合物であることがわかった。次に得られたVOPO4・2H2Oを2−ブタノール中で加熱撹拌し、VOPO4・2H2O層に2−ブタノールをインターカレーションさせ、VOPO4・2H2O層を剥離させた。次に、このスラリーに2−プロパノールを添加し、24時間還流撹拌し、ろ過、アセトン洗浄後、室温で乾燥させ、青白色の粉末を得た。最後に、得られた粉末を窒素雰囲気下、550℃で4h焼成した。
【0051】
つづいて、得られた上記触媒は常圧固定床流通式反応装置を用い、反応評価を行った。触媒粉末を加圧成型後、粉砕して篩いに通し、50〜80meshの顆粒を調製した。この触媒顆粒を2cc分、SUS反応管(直径10mm)に充填し、40重量%のグリセリン水溶液をポンプを介して、300℃に加熱した気化器に搬送し、ガス化した後、気体状のグリセリンを酸素およびスチームと共に直接触媒に流通させた。このとき触媒を有する反応器は280℃に加熱した。供給ガスの各成分組成は、グリセリン:酸素:水=10mol%:10mol%:79mol%、GHSVは330h-1である。
【0052】
生成物はコンデンサーで凝縮液として回収しGC-MS(島津製GC-17A+GC/MS-QP5050A、GL Science製TC-WAXカラム)により定量分析を行った。このガスクロマトグラフにより各生成物をファクター補正し、グリセリン供給量とグリセリン残量および各生成物の絶対量を求め、次の式により原料の転化率(グリセリン転化率)、生成物の選択率(アクロレイン、アクリル酸、プロピオンアルデヒドおよびプロピオン酸の選択率)および生成物の収率(アクロレイン、アクリル酸、プロピオンアルデヒドおよびプロピオン酸の収率)を算出した。結果を表1に示す。
原料の転化率(%)=(反応した原料のモル数/供給した原料のモル数)×100
生成物の選択率(%)=(生成した目的物のモル数/反応した原料のモル数)×100
生成物の収率(%)=(生成した目的物のモル数/供給した原料のモル数)×100
【0053】
【表1】

【0054】
実施例2
特公昭57−8761を参考にVOHPO4・1/2H2O前躯体を調製した。即ち、2−メチル−1−プロパノール1000mlに五酸化バナジウム(V2O5</sub>)100.0gを懸濁させ、105℃で3時間還流下攪拌を続け、V2O5を還元した。98%オルトリン酸粉末132.0gに2−メチル−1−プロパノール250mlを加え、100℃において攪拌溶解した。
上記2−メチル−1−プロパノール中で加熱還流したバナジウムの黄土色溶液に、100℃のオルトリン酸溶液(98%オルトリン酸粉末132.0g/2−メチル−1−プロパノール250ml)を徐々に添加し、105℃において攪拌、還流を続けた。3時間後還流を止めて、室温まで冷却した。次いで生成した触媒前駆体の青白色スラリーを濾別し、アセトンで6回洗浄し、乾燥機で140℃において一晩乾燥した。青白色のリン−バナジウム系複合酸化物粉末を得た。
【0055】
つづいて、得られた上記触媒は常圧固定床流通式反応装置を用い、反応評価を行った。触媒粉末を加圧成型後、粉砕して篩いに通し、9〜12meshの顆粒を調製した。この触媒顆粒を10cc分、SUS反応管(直径10mm)に充填し、20重量%のグリセリン水溶液をポンプを介して、21g/hの流量で300℃に加熱した気化器に搬送し、ガス化した後、気体状のグリセリンを空気と共に直接触媒に流通させた。このとき触媒を有する反応器は300℃から340℃に加熱した。供給ガスの各成分組成は、グリセリン:酸素:窒素:水=4.2mol%:2.2mol%:8.1mol%:85.5mol%、GHSVは2445h-1である。
【0056】
生成物はコンデンサーで凝縮液として回収しガスクロマトグラフ(Agilent製GC-7890、DB-WAXカラム)により定量分析を行った。このガスクロマトグラフにより各生成物をファクター補正し、グリセリン供給量とグリセリン残量および各生成物の絶対量を求め、次の式により原料の転化率(グリセリン転化率)、生成物の選択率(アクロレイン、アクリル酸、プロピオンアルデヒドおよびプロピオン酸の選択率)および生成物の収率(アクロレイン、アクリル酸、プロピオンアルデヒドおよびプロピオン酸の収率)を算出した。結果を表2に示す。
原料の転化率(%)=(反応した原料のモル数/供給した原料のモル数)×100
生成物の選択率(%)=(生成した目的物のモル数/反応した原料のモル数)×100
生成物の収率(%)=(生成した目的物のモル数/供給した原料のモル数)×100
【0057】
実施例3
実施例2において、得られた青白色の乾燥後粉末をマッフル炉で空気雰囲気下、500℃で3時間焼成し、薄緑色のリン−バナジウム系複合酸化物粉末を得た。
この粉末を使用し、反応評価を実施例2と同様に行った結果を表2に示す。
【0058】
【表2】

【0059】
比較例
リン−バナジウム系複合酸化物との比較のために、固体酸の一種としてリン酸アルミナ(1wt%PO4/99wt%Al23)を評価した。リン酸アルミナは特開2005−213225を参考に次の方法で調製した。即ち、スノーテックスO(日産化学工業製)2gにリン酸4gを入れ混合し、これにα−アルミナを194g入れて、さらに水200mlを添加し、80℃において撹拌混合した。得られた白色スラリーをロータリーエバポレーターを用いて80℃において減圧乾燥した。次に100℃で6h、常圧乾燥した。反応評価は、実施例2と同じ反応条件で行った。
【表3】

【0060】
上記の実施例と比較例により、以下の点が明瞭である。
(1)グリセリンの脱水反応によりアクロレイン及びアクリル酸を製造するに際し、本発明のリン−バナジウム複合酸化物を用いた結果、アクロレイン及びアクリル酸合計収率が最高約80.3%と良好な性能を示した。
(2)また、精製分離が困難となるプロピオンアルデヒドまたはプロピオン酸の収率が他の固体酸と比較して低く、調製時のアルコール種または反応条件を変えることで0%を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リンとバナジウムを必須の構成元素とするリン−バナジウム系複合酸化物またはその前駆体を主成分とする、グリセリンを接触脱水反応してアクロレイン及びアクリル酸を製造するのに用いるグリセリン脱水用の触媒。
【請求項2】
リン−バナジウム系複合酸化物の組成が下記式(I)で表される請求項1記載のグリセリン脱水用の触媒。
VPabc・nH2O (I)
(Vを1としたとき、式中のaは0.5≦a≦1.5、bは0<b≦1、cは各元素の酸化状態によって決まる値を示す。式中のMは水素原子または周期表の第1族から第16族に属する元素から選ばれる1種以上の元素を表す。nは任意の正数である。)
【請求項3】
リン−バナジウム系複合酸化物前駆体が、焼成により少なくとも一部が(VO)227となりうる物質である請求項1または2に記載の触媒。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載のリン−バナジウム系複合酸化物を担体に担持した担持触媒。
【請求項5】
バナジウム化合物、リン化合物を水性溶媒または有機溶媒中で反応させ、リン−バナジウム系複合酸化物前躯体を得て、乾燥、焼成することを特徴とする請求項1〜3いずれか一項に記載のリン−バナジウム系複合酸化物触媒の製造方法。
【請求項6】
焼成を空気、不活性ガス、空気と不活性ガスとの混合ガス、還元ガスと空気との混合ガス、またはスチームを含有するいずれかの雰囲気下に行う請求項5に記載の方法。
【請求項7】
焼成を150〜700℃で0.5〜500時間行なう請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の触媒および/または請求項4に記載の担持触媒の、グリセリンの接触脱水反応によるアクロレイン及びアクリル酸製造での使用。

【公開番号】特開2010−99596(P2010−99596A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−273889(P2008−273889)
【出願日】平成20年10月24日(2008.10.24)
【出願人】(505005522)アルケマ フランス (335)
【出願人】(000004086)日本化薬株式会社 (921)
【Fターム(参考)】