説明

グリッパ及びマニピュレーションシステム

【課題】取り扱う対象物の変形を抑制すること。
【解決手段】グリッパ1は、基部6と、基部6に取り付けられる温度調整手段2と、温度調整手段2に取り付けられる対象物保持部4と、対象物保持部4に設けられる温度応答性ポリマー5と、温度応答性ポリマー5の温度を検出する温度検出手段3とを含む。温度応答性ポリマーは、温度に応答して構造を変化させる高分子材料であり、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)が用いられる。温度調整手段2は、温度応答性ポリマー5の温度を変化させることにより、グリッパ1が保持する対象物を対象物保持部4に保持し、又は前記対象物を対象物保持部4から解放する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕微鏡の観測下で微小な対象物を保持・解放して操作を行うグリッパ及びマニピュレーションシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
顕微鏡の観測下で微小な機械部品や細胞等といった微小な対象物に対して操作を行うため、対象物を把持するグリッパが用いられている。例えば、特許文献1には、把持対象物を把持する領域に熱電対を設けたマイクログリッパが開示されている。また、特許文献2には、把持対象を把持する領域の少なくとも一部を加熱する発熱抵抗体を備えたマイクログリッパが開示されている。
【0003】
また、特許文献3には、配管内に流体が充填されるマイクロピペットと、前記流体に接触するダイヤフラムを介して配置される圧電素子と、該圧電素子を駆動する駆動電源とを備え、前記圧電素子の駆動により前記マイクロピペット内の流体を駆動するマイクロマニピュレーション装置が開示されている。
【0004】
また、特許文献3には、上述したマイクロマニピュレーション装置を用いて、固定された卵細胞にマイクロピペットを接触させる工程と、前記マイクロピペットに連通する流体に接触するダイヤフラムを介して配置される圧電素子の駆動により前記マイクロピペット内の流体の吸引を行い、前記細胞の透明帯の微小部分を弱体化又は開孔する工程と、該弱体化又は開孔された卵細胞の透明帯の微小部分に前記マイクロピペットを挿入する工程とを施す細胞操作方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平8−192381号公報
【特許文献2】特開平8−192382号公報
【特許文献3】特開平8−290377号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1、2に開示された技術は、対象物を把持するため、対象物を変形させることがある。特許文献1、2に開示された技術では、変形させることが好ましくない対象物を取り扱う場合には改善の余地がある。なお、特許文献1、2に開示された技術は、把持対象物の温度を測定したり、把持対象物を加熱したりする目的で、把持対象物を把持する領域に熱電対や発熱抵抗体を設けるもので、把持対象物を保持したり、解放したりするために熱電対や発熱抵抗体を設けるものではない。
【0007】
また、特許文献3に開示された技術は、マイクロピペットを介して精子や細胞の核等の物質を卵細胞内に注入するため、マイクロピペット内の余分な物質が卵細胞内に注入されるおそれがある。本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、取り扱う対象物の変形を抑制すること、細胞等への余計な物質の混入を低減することのうち少なくとも一つを達成することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係るグリッパは、対象物を保持する対象物保持部に設けられる温度応答性ポリマーと、当該温度応答性ポリマーの温度を変化させることにより、前記対象物を前記対象物保持部に保持し、又は前記対象物を前記対象物保持部から解放する温度調整手段と、を含むことを特徴とする。
【0009】
本発明の好ましい態様としては、前記グリッパにおいて、前記温度応答性ポリマーの温度を求めるための温度検出手段を備えることが望ましい。
【0010】
本発明の好ましい態様としては、前記グリッパにおいて、前記温度調整手段はヒータであることが望ましい。
【0011】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明に係るマニピュレーションシステムは、前記グリッパと、当該グリッパが取り付けられるマニピュレータと、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、取り扱う対象物の変形を抑制すること、余計な物質の混入を低減することのうち少なくとも一つを達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、本実施形態に係るグリッパが取り付けられるマニピュレーションシステムの構成図である。
【図2】図2は、本実施形態に係るグリッパ及びグリッパシステムを示す構成図である。
【図3】図3は、本実施形態に係るグリッパ及びグリッパシステムの説明図である。
【図4】図4は、本実施形態に係るグリッパの拡大図である。
【図5−1】図5−1は、本実施形態に係るグリッパを用いた体外受精の作業手順を示す模式図である。
【図5−2】図5−2は、本実施形態に係るグリッパを用いた体外受精の作業手順を示す模式図である。
【図5−3】図5−3は、本実施形態に係るグリッパを用いた体外受精の作業手順を示す模式図である。
【図6】図6は、本実施形態の第1変形例に係るグリッパの構成を示す模式図である。
【図7】図7は、本実施形態の第2変形例に係るグリッパの構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、下記の説明により本発明が限定されるものではない。また、下記の説明における構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のもの、いわゆる均等の範囲のものが含まれる。
【0015】
(実施形態)
図1は、本実施形態に係るグリッパが取り付けられるマニピュレーションシステムの構成図である。図2は、本実施形態に係るグリッパ及びグリッパシステムを示す構成図である。図1に示すマニピュレーションシステム100は、テーブル34にホールド用マニピュレータ20H及びインジェクション用マニピュレータ20Iが取り付けられる。図2に示すように、本実施形態に係るグリッパ1は、例えば、ホールド用マニピュレータ20Hやインジェクション用マニピュレータ20Iに取り付けられて、図1に示すテーブル34に載置されるベース33内の対象物(例えば、卵細胞)を把持する。
【0016】
図2に示すように、マニピュレーションシステム100は、ホールド用マニピュレータ20H及びインジェクション用マニピュレータ20Iと、顕微鏡ユニット30と、グリッパシステム101とを含んでいる。本実施形態において、ホールド用マニピュレータ20H及びインジェクション用マニピュレータ20Iは、直交3軸系のマニピュレータである。ホールド用マニピュレータ20H及びインジェクション用マニピュレータ20Iは、XY軸ステージ21と、Z軸ステージ22と、X軸駆動装置23と、Y軸駆動装置24と、Z軸駆動装置25と、ホールド用マニピュレータ20H及びインジェクション用マニピュレータ20Iにグリッパ1やインジェクションピペット等を取り付けるアタッチメント26とを有する。アタッチメント26は、Z軸ステージ22に取り付けられる。本実施形態では、インジェクション用マニピュレータ20Iのアタッチメント26にグリッパ1を取り付け、ホールド用マニピュレータ20Hのアタッチメント26に細胞保持具28を取り付ける。
【0017】
X軸駆動装置23及びY軸駆動装置24及びZ軸駆動装置25は、制御装置50によって制御され、アタッチメント26に取り付けられるグリッパ1の位置が制御される。XY軸ステージ21及びZ軸ステージ22は、X軸駆動装置23及びY軸駆動装置24及びZ軸駆動装置25によって移動して、図1に示すテーブル34上の三次元空間内でグリッパ1を移動させる。なお、ホールド用マニピュレータ20H及びインジェクション用マニピュレータ20Iは、本実施形態の構成に限定されるものではない。
【0018】
顕微鏡ユニット30は、カメラ31、顕微鏡32を有する。顕微鏡32は、ベース33内の対象物を拡大する。カメラ31は顕微鏡32に取り付けられており、例えば、CCDやCMOS等の撮像素子で構成される。カメラ31は、顕微鏡32で拡大された対象物を撮像する。カメラ31は、制御装置50に接続されており、撮像した対象物の画像は、制御装置50に取り込まれて、グリッパ1が対象物を把持するときの制御に用いられたり、制御装置50に接続される表示装置(例えば、ディスプレイ)60に表示されたりする。
【0019】
制御装置50には、ホールド用マニピュレータ20Hやインジェクション用マニピュレータ20Iを操作したり、グリッパ1を操作したりするためのジョイスティック61が接続されている。作業者は、ジョイスティック61を操作することで、ホールド用マニピュレータ20Hやインジェクション用マニピュレータ20IのXY軸ステージ21やZ軸ステージ22を移動させたり、グリッパ1に対象物を保持させたり、グリッパ1が保持した対象物を解放させたりする。
【0020】
図3は、本実施形態に係るグリッパ及びグリッパシステムの説明図である。図4は、本実施形態に係るグリッパの拡大図である。本実施形態において、グリッパ1は、例えば体外受精(特に家畜や実験用動物等の体外受精)に用いられるものであり、図2に示すインジェクション用マニピュレータ20Iのアタッチメント26に取り付けられて、卵細胞90の透明帯91に予め穿孔された孔93から、卵細胞の細胞質92に精子94を付着させたり挿入したりする。
【0021】
グリッパ1は、対象物(本実施形態では精子94)を保持する対象物保持部4に設けられる温度応答性ポリマー5と、温度応答性ポリマー5の温度を変化させることにより、対象物を対象物保持部4に保持し、又は対象物を対象物保持部4から解放する温度調整手段2と、を含む。また、本実施形態において、グリッパ1には、温度応答性ポリマー5の温度を求めるために用いられる温度検出手段3を備える。温度検出手段3は、例えば、熱電対やサーミスタであり、対象物保持部4(本実施形態では、対象物保持部4の先端部分4T)に設けられる。
【0022】
対象物保持部4は温度調整手段2に取り付けられ、温度調整手段2は、棒状又は板状の部材である基部6に取り付けられる。基部6及び対象物保持部4は、例えば、ガラス、シリコン、金属(タングステンや白金、金、チタン、チタン合金等)で構成する。基部6は、温度調整手段2が取り付けられる対象物保持部4と一体としてもよい。アタッチメント26は、図2に示すインジェクション用マニピュレータ20Iが備えるものであり、制御装置50によって図2に示す図2に示すインジェクション用マニピュレータ20Iが操作されることで、アタッチメント26の中心軸と平行な方向(図3の矢印L1、L2で示す方向)に移動する。
【0023】
対象物保持部4の表面に塗布される温度応答性ポリマー5は、温度に応答して構造を変化させる高分子材料であり、化学構造からはポリマーに分類され、物理状態からはゲルに分類される。温度応答性ポリマー5は、温度に応じて水和、脱水和して、表面の化学的性質が親水性、疎水性に変化したり、膨潤−脱膨潤変化をしたり、体積変化をしたりする。本実施形態では、温度応答性ポリマー5として、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を用いるが、本実施形態に適用可能な温度応答性ポリマー5はこれに限定されるものではない。
【0024】
ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は、水の存在下においてある温度(相転移温度)以下では水和し、それ以上では脱水和するものであり、相転移温度以下においては表面が親水性で、相転移温度以上では表面が疎水性である。温度応答性ポリマー5にポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を用いる場合、温度応答性ポリマー5の温度が相転移温度以上になると温度応答性ポリマー5の表面が疎水性となる。一方、温度応答性ポリマー5の温度を相転移温度以下になると温度応答性ポリマー5の表面が親水性となる。このように、本実施形態では、グリッパ1の対象物保持部4に設けられた温度応答性ポリマー5の温度を温度調整手段2によって調整することにより、温度応答性ポリマー5の表面への対象物(例えば細胞や染色体等)の保持・解放を制御する。その結果、グリッパ1は、対象物を把持しないで保持・解放を実現できるので、取り扱う対象物の変形を抑制できる。
【0025】
温度応答性ポリマー5にポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を用いる場合、温度調整手段2によって温度応答性ポリマー5の温度を上昇させると、対象物が温度応答性ポリマー5の表面が疎水性になる。一方、温度調整手段2によって温度応答性ポリマー5の温度を低下させると、温度応答性ポリマー5の表面が親水性になる。
【0026】
本実施形態において、温度調整手段2にはヒータを用い、温度応答性ポリマー5の温度を上昇させる場合には、温度調整手段2によって温度応答性ポリマー5を加熱する。そして、温度応答性ポリマー5の温度を低下させる場合には、温度調整手段2による加熱を調整(制御)して温度応答性ポリマー5から放熱させることにより、温度応答性ポリマー5の温度を低下させる。ここで、ヒータは、電気エネルギを熱エネルギに変換するエネルギ変換手段であり、例えば、発熱抵抗体や、誘電加熱装置等が用いられる。
【0027】
温度調整手段2は、温度調整手段用ドライバ62によって加熱される。温度応答性ポリマー5の温度を上昇させる場合、制御装置50は、温度調整手段用ドライバ62に加熱指令を送信する。温度調整手段用ドライバ62は、加熱指令に基づき、例えば電気エネルギを温度調整手段2に与え、これによって温度調整手段2を発熱させて温度応答性ポリマー5の温度を上昇させる。温度応答性ポリマー5の温度を低下させる場合、制御装置50は、温度調整手段用ドライバ62に送信していた加熱指令を調整(制御)する。これによって、温度調整手段用ドライバ62は、温度調整手段2への電気エネルギの供給が制御され、その結果、温度応答性ポリマー5の温度が低下する。
【0028】
本実施形態では、制御装置50が温度検出手段3を用いて温度応答性ポリマー5の温度を求め、その温度を用いて温度応答性ポリマー5の温度が目標温度になるように温度調整手段2の発熱量を制御(フィードバック制御)する。例えば、制御装置50は、温度応答性ポリマー5の目標温度と、温度検出手段3を用いて求めた温度との偏差が0になるように、温度調整手段2の発熱量を制御する。ここで、本実施形態では、温度検出手段3は対象物保持部4の温度を検出しており、温度応答性ポリマー5の温度を直接検出するものではない。このため、厳密には、温度検出手段3が検出した温度と、温度応答性ポリマー5の実際の温度とは異なる。したがって、実験や解析によって、温度検出手段3が検出した温度と、温度応答性ポリマー5の実際の温度との関係を求めておき、制御装置50は、この関係を用いて温度検出手段3が計測した温度を補正して、温度応答性ポリマー5の温度とすることが好ましい。
【0029】
温度応答性ポリマー5の目標温度を、温度応答性ポリマー5の転移温度とする。この場合、温度応答性ポリマー5の温度が目標温度になると、温度応答性ポリマー5の表面は疎水性となる。温度応答性ポリマー5の温度が目標温度を下回ると、温度応答性ポリマー5の表面は親水性となる。
【0030】
このように、本実施形態では、温度調整手段2によって、温度応答性ポリマー5の温度を目標温度及び目標温度よりも低い温度に切り替えることで、温度応答性ポリマー5の表面を疎水性と親水性とに切り替え、これによって、対象物の保持と解放とを切り替える。なお、温度応答性ポリマー5の表面に確実に対象物を吸着させるため、目標温度は、温度応答性ポリマー5の転移温度に所定の温度α(例えば、1℃〜3℃)を加算した値とすることが好ましい。ここで、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)の転移温度は、30℃〜34℃の範囲であり、一例としては32℃のものがある。
【0031】
本実施形態において、グリッパ1の保持・解放動作は、制御装置50によって制御される。制御装置50には、温度調整手段用ドライバ62が接続されており、制御装置50からの加熱指令により、温度調整手段用ドライバ62が温度調整手段2を駆動する。また、制御装置50には、表示装置60、及びグリッパ1や図2に示すインジェクション用マニピュレータ20I等の操作手段であるジョイスティック61が接続されている。
【0032】
ジョイスティック61は、作業者が操作するマニピュレータ操作用レバー61RM及びグリッパ操作用レバー61RGを備える。このような構成により、ジョイスティック61によって、グリッパ1及びマニピュレータ(例えば、インジェクション用マニピュレータ20I)の両方を一つのジョイスティック61で操作できる。マニピュレータ操作用レバー61RMを矢印A1の方向に操作すると、図2に示すインジェクション用マニピュレータ20Iのアタッチメント26が図3の矢印L1方向へ移動して、卵細胞90へ近づく。また、マニピュレータ操作用レバー61RMを矢印A2の方向に操作すると、図2に示すインジェクション用マニピュレータ20Iのアタッチメント26が図3の矢印L2方向へ移動して、卵細胞90から遠ざかる。グリッパ操作用レバー61RGを矢印Hの方向に操作するとグリッパ1は対象物を保持し、グリッパ操作用レバー61RGを矢印Rの方向に操作するとグリッパ1は対象物を解放する。
【0033】
制御装置50はマイクロコンピュータであり、処理部50Pと、記憶部50Mと、入出力部50IOとを含む。入出力部50IOには、温度調整手段用ドライバ62、温度検出手段3、ジョイスティック61が接続される。処理部50Pは、CPU(Central Processing Unit)と半導体メモリとを組み合わせて構成されており、グリッパシステム101やマニピュレーションシステム100に対する種々の制御を実行する。記憶部50Mは、例えば、半導体を利用した記憶素子や磁気記憶装置、あるいは光磁気記憶装置等であり、グリッパシステム101やマニピュレーションシステム100の制御に必要なコンピュータプログラムや制御データ等が保存される。
【0034】
処理部50Pは、制御条件判定部51と、温度制御部52と、マニピュレータ制御部53とを備える。制御条件判定部51は、グリッパシステム101やマニピュレーションシステム100に対する種々の制御において、制御の条件を判定する。温度制御部52は、温度調整手段用ドライバ62を制御して、温度調整手段2の温度を調整する。マニピュレータ制御部53は、ジョイスティック61からの入力信号に基づき、図2に示すインジェクション用マニピュレータ20Iやホールド用マニピュレータ20Hの動作を制御する。
【0035】
本実施形態において、制御条件判定部51の機能、及び温度制御部52の機能、及びマニピュレータ制御部53の機能は、処理部50Pがこれらの機能を実現するコンピュータプログラムを記憶部50Mから読み出して実行することにより実現される。次に、グリッパシステム101及びグリッパ1を用いて、卵細胞90に精子を体外受精させる例を説明する。
【0036】
図5−1〜図5−3は、本実施形態に係るグリッパを用いた体外受精の作業手順を示す模式図である。次の説明では、グリッパ1を、卵細胞体外受精用精子保持ツールとして用いる。体外受精は、卵細胞90の透明帯91に孔93を穿孔しておき、精子94を保持させたグリッパ1の対象物保持部4を93から進入させて、細胞質92に精子94を着床させる。本実施形態において、体外受精の作業は、図2に示すマニピュレーションシステム100を用いて、ベース33上の卵細胞90及び精子94を顕微鏡32で観測しながら行われる。
【0037】
図5−1に示すように、卵細胞90には、グリッパ1が進入するための孔93が穿孔されている。孔93は、卵細胞90の透明帯91の一部を、レーザや加熱した電極等によって取り除くことにより形成される。この孔93から精子94を卵細胞90の細胞質92へ挿入するにあたって、グリッパ1の対象物保持部4に精子94を保持させる。このため、作業者は、図3に示すジョイスティック61のグリッパ操作用レバー61RGを、図3の矢印Hの方向(保持方向)に操作する。
【0038】
すると、制御装置50の処理部50Pに設けられる温度制御部52は、温度調整手段用ドライバ62に加熱指令を送信する。温度調整手段用ドライバ62は、送信された加熱指令にしたがって温度調整手段2を発熱させて、温度応答性ポリマー5の温度を上昇させる。このとき、温度制御部52は、温度検出手段3が検出した温度に基づき、対象物保持部4に設けられる温度応答性ポリマー5の温度(実温度)を求める。そして、温度制御部52は、上述した温度応答性ポリマー5の目標温度と、温度制御部52が求めた温度応答性ポリマー5の実温度との偏差が0になるように、温度調整手段2の発熱量を制御する。
【0039】
温度制御部52が温度応答性ポリマー5の実温度が目標温度に到達したと判定したら、温度制御部52は、その情報を制御装置50の処理部50Pに設けられる制御条件判定部51へ送信する。この情報を取得した制御条件判定部51は、精子94をグリッパ1の対象物保持部4に保持できると判定し、その情報を、保持可能情報として、例えば表示装置60に表示させる。なお、保持可能情報は、例えば、ライトを点灯あるいは点滅させることにより報知したり、音声によって報知したりしてもよい(以下同様)。作業者は、保持可能情報を確認して、ベース33上の精子94をグリッパ1の対象物保持部4に設けられる温度応答性ポリマー5に接触させ、温度応答性ポリマー5に精子を吸着させる。これによって、精子94を対象物保持部4に保持させる。
【0040】
次に、精子94を保持したグリッパ1を卵細胞90の細胞質92へ挿入するため、卵細胞90の透明帯91に穿孔された孔93へ、グリッパ1の対象物保持部4を進入させる。作業者は、ジョイスティック61のマニピュレータ操作用レバー61RMを図3の矢印A1の方向に操作する。この操作によってジョイスティック61から送信される信号に基づき、制御装置50の処理部50Pに設けられるマニピュレータ制御部53は、図2に示すインジェクション用マニピュレータ20Iを駆動する。これによって、マニピュレータ制御部53は、インジェクション用マニピュレータ20Iのアタッチメント26に取り付けられたグリッパ1を卵細胞90に接近させ(図5−1の矢印L1方向)、透明帯91の孔93を通ってグリッパ1の対象物保持部4を透明帯91の内部に進入させる。
【0041】
そして、図5−2に示すように、精子94が透明帯91の内部に入った状態で、作業者は、ジョイスティック61のマニピュレータ操作用レバー61RMを停止位置に戻す。この操作によってジョイスティック61から送信される信号に基づき、制御装置50の処理部50Pに設けられるマニピュレータ制御部53は、図2に示すインジェクション用マニピュレータ20Iを停止させ、これによって、グリッパ1を停止させる。なお、対象物保持部4に保持された精子94が卵細胞90の細胞質92と接触した状態で、グリッパ1の移動を停止させることが好ましい。
【0042】
作業者は、精子94が透明帯91の内部に入ったことを確認したら、グリッパ1の対象物保持部4から精子94を解放する。この場合、作業者は、図3に示すジョイスティック61のグリッパ操作用レバー61RGを、図3の矢印Rの方向(解放方向)に操作する。すると、温度制御部52は、温度調整手段用ドライバ62に発信していた加熱指令を制御する。これによって、温度調整手段2には自身の発熱に用いるエネルギ(本実施形態では電気エネルギ)が制御される。
【0043】
このとき、温度制御部52は、温度検出手段3が検出した温度に基づき、対象物保持部4に設けられる温度応答性ポリマー5の温度(実温度)を求める。制御条件判定部51は、温度応答性ポリマー5の実温度を取得し、予め定められ、記憶部50Mに格納されている対象物解放温度と比較する。対象物解放温度は、温度応答性ポリマー5の表面が親水性に変化して、温度応答性ポリマー5の表面吸着されていた対象物(精子94)が脱離する温度である。対象物解放温度は、温度応答性ポリマー5の相転移温度としてもよいが、相転移温度よりも所定の温度(例えば2℃〜5℃)低い温度とすることが好ましい。これによって、温度応答性ポリマー5の表面を確実に親水性として、温度応答性ポリマー5の表面に吸着されていた精子94を確実に解放できる。
【0044】
制御条件判定部51が、実温度が対象物解放温度になったと判定したら、制御条件判定部51は、精子94はグリッパ1の対象物保持部4から解放可能と判定し、その情報を、解放可能情報として、例えば表示装置60に表示させる。作業者は、ジョイスティック61のマニピュレータ操作用レバー61RMを図3の矢印A2の方向に操作する。この操作によってジョイスティック61から送信される信号に基づき、マニピュレータ制御部53は、図2に示すインジェクション用マニピュレータ20Iを駆動する。
【0045】
これによって、マニピュレータ制御部53は、インジェクション用マニピュレータ20Iのアタッチメント26に取り付けられたグリッパ1を卵細胞90から遠ざかる方向に移動させ(図5−3の矢印L2方向)、透明帯91内部からグリッパ1の対象物保持部4を待避させる。上述した操作により、体外受精の作業は終了する。上記例では、一つのグリッパ1を用いるが、複数のグリッパ1を用いて体外受精の作業をしてもよい。また、上記例では、グリッパ1に精子94を保持して細胞質92に付着させているが、グリッパ1を用いて細胞質92に穿孔して精子94を細胞質92へ注入してもよい。
【0046】
本実施形態では、対象物をグリッパ1に保持するため、温度応答性ポリマー5を用いる。卵細胞の中にガラスキャピラリを挿入して精子を注入するICSI(intracytoplasmic sperm Injection:細胞質内精子注入)用いて体外受精させる場合は、次の問題点がある。まず、キャピラリ内に水銀等の比重の大きい物質を注入し、圧電アクチュエータを駆動して卵細胞の透明体に穿孔しなければならないが、比重の大きい物質がキャピラリ内を円滑に動くように、PVP(Polyvinylpyrrolidone:ポリビニルピロリドン)をガラスキャピラリの内壁に表面処理しなければならず、精子がPVPに接してしまう。また、精子をキャピラリ内に保持し、卵細胞内に注入するため、余分な物質(例えば、キャピラリ内に保持された培地)が卵細胞内に注入されるおそれがある。さらに、ICSIでは、キャピラリの操作に熟練を要する。
【0047】
また、レーザ等で卵細胞の透明帯に穿孔して、精子が卵細胞の内部へ入りやすいようにして、受精操作を補助する体外受精方法もあるが、この方法では、受精は、細胞の質に起因する受精能に頼らなければならない。これを回避するため、キャピラリを用いて精子を卵細胞内に注入する場合には、余分な物質が卵細胞内に注入されるおそれは回避できない。
【0048】
本実施形態のグリッパ1及びグリッパシステム101を体外受精に適用すれば、精子94は温度応答性ポリマー5に接触するのみなので、培地やPVPや試薬類等、余計な物質が卵細胞90内に注入されるおそれを最小限に抑えることができる。また、温度制御により精子をグリッパ1に保持させ、グリッパ1から解放させるので、ICSIと比較して容易に作業できる。
【0049】
図6、本実施形態の第1変形例に係るグリッパの構成を示す模式図である。本変形例に係るグリッパ1aは、上述したグリッパ1と略同様であるが、温度応答性ポリマー5の内側の対象物保持部4に温度調整手段2と温度検出手段3とを配置する点が異なる。これによって、温度応答性ポリマー5と温度調整手段2との距離を接近させることができるので、温度応答性ポリマー5の温度応答が速くなる。また、温度応答性ポリマー5と温度検出手段3との距離を接近させることができるので、温度応答性ポリマー5の温度の検出精度が向上する。
【0050】
図7は、本実施形態の第2変形例に係るグリッパの構成を示す模式図である。本変形例に係るグリッパ1bは、上述したグリッパ1と略同様であるが、温度調整手段2を、ヒータ2Hと冷却手段である冷却素子2Cとで構成する点が異なる。冷却素子2Cとしては、例えば、ペルチェ素子を用いる。
【0051】
ヒータ2H及び冷却素子2Cは、棒状の基部6に取り付けられており、図3に示す制御装置50、より具体的には、制御装置50の処理部50Pが備える温度制御部52によって制御される。温度制御部52は、グリッパ1bの対象物保持部4に設けられる温度応答性ポリマー5に対象物を付着させ、グリッパ1bに対象物を保持させる際にヒータ2Hを発熱させて、温度応答性ポリマー5を加熱する。また、温度制御部52は、グリッパ1bの対象物保持部4に設けられる温度応答性ポリマー5から対象物を脱離させ、グリッパ1bから対象物を解放させる際に冷却素子2Cで温度応答性ポリマー5を冷却する。これによって、グリッパ1bは、上述したグリッパ1やグリッパ1bと比較して、迅速に温度応答性ポリマー5の温度を目標温度(相転移温度)よりも低くすることができる。その結果、迅速に対象物をグリッパ1bから解放できるので、作業効率が向上する。
【0052】
本実施形態及びその変形例では、グリッパの保持部に温度応答性ポリマーを設けることで、電場や磁場等の物理的な影響や雰囲気のpH変化等の化学的な影響はほとんど発生しない。このため、温度応答性ポリマーを用いる場合、特に、細胞や染色体等に代表される生体に関する微小な対象物を取り扱う場合に好適である。
【0053】
本実施形態及びその変形例では、グリッパの保持部に温度応答性ポリマーを設けたが、グリッパの保持部に設けて対象物を保持・解放する物質はこれに限定されるものではない。例えば、例えば、電気応答性ポリマー(電極の刺激により表面の特性が変化するポリマー)、光応答性ポリマー、pH応答性ポリマー等をグリッパの保持部に設けて、対象物の保持・解放をしてもよい。上述した電気応答性ポリマー、光応答性ポリマー、pH応答性ポリマー等は、上述した物理的な影響や化学的な影響を受けにくい微小な機械材料や電子材料等を取り扱う際に適用できる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
以上のように、本発明に係るグリッパは、顕微鏡の観測下で微小な対象物を保持・解放して操作を行うことに有用である。
【符号の説明】
【0055】
1、1a、1b グリッパ
2 温度調整手段
2C 冷却素子
2H ヒータ
3 温度検出手段
4 対象物保持部
4T 先端部分
5 温度応答性ポリマー
6 基部
20H ホールド用マニピュレータ
20I インジェクション用マニピュレータ
26 アタッチメント
28 細胞保持具
30 顕微鏡ユニット
31 カメラ
32 顕微鏡
33 ベース
34 テーブル
50 制御装置
50IO 入出力部
50M 記憶部
50P 処理部
51 制御条件判定部
52 温度制御部
53 マニピュレータ制御部
60 表示装置
61 ジョイスティック
62 温度調整手段用ドライバ
90 卵細胞
94 精子
100 マニピュレーションシステム
101 グリッパシステム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物を保持する対象物保持部に設けられる温度応答性ポリマーと、
当該温度応答性ポリマーの温度を変化させることにより、前記対象物を前記対象物保持部に保持し、又は前記対象物を前記対象物保持部から解放する温度調整手段と、
を含むことを特徴とするグリッパ。
【請求項2】
前記温度応答性ポリマーの温度を求めるための温度検出手段を備える請求項1に記載のグリッパ。
【請求項3】
前記温度調整手段はヒータである請求項2に記載のグリッパ。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のグリッパと、
当該グリッパが取り付けられるマニピュレータと、
を含むマニピュレーションシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図5−3】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−162620(P2010−162620A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−4829(P2009−4829)
【出願日】平成21年1月13日(2009.1.13)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】