グリース潤滑ボールねじ
【課題】従来のものより防塵及びグリース保持性能に優れたリップシールを装着したボールねじを提供すること。
【解決手段】ボールナット2の軸方向両端部に、ねじ軸1の軸直角断面形状に倣い且つ該ねじ軸の外周面に摺接するように形成された内周形状を有するリップシール4を装着したグリース潤滑ボールねじにおいて、リップシール4内周側の軸方向断面形状を、ねじ軸1の外周面(ねじ溝1a及びねじ外径部(ランド部)1b)に当接する円弧部4cと、この円弧部4cに接し且つねじ軸1に軸直角の直線部4dと、円弧部4cに接する傾斜部4eとから形成するとともに、傾斜部4e同士が対向するように、リップシール4を2枚重ね合わせてボールナット2の端面に装着した。
【解決手段】ボールナット2の軸方向両端部に、ねじ軸1の軸直角断面形状に倣い且つ該ねじ軸の外周面に摺接するように形成された内周形状を有するリップシール4を装着したグリース潤滑ボールねじにおいて、リップシール4内周側の軸方向断面形状を、ねじ軸1の外周面(ねじ溝1a及びねじ外径部(ランド部)1b)に当接する円弧部4cと、この円弧部4cに接し且つねじ軸1に軸直角の直線部4dと、円弧部4cに接する傾斜部4eとから形成するとともに、傾斜部4e同士が対向するように、リップシール4を2枚重ね合わせてボールナット2の端面に装着した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械、産業機械、電動式射出成形機及び電動プレス等に用いられるボールねじに関し、特に、ボールナットの軸方向両端部にリップシールを装着したグリース潤滑ボールねじに関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械等に用いられるボールねじは、一般に、外周面に螺旋状のねじ溝を有するねじ軸と、ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝を内周面に有すると共にボール循環案内部材(リターンチューブ、こま、エンドキャップ又はガイドプレート)が装着されたボールナットと、両ねじ溝間及びボール循環案内部材内に循環可能に介挿された複数個のボールとからなる(例えば、非特許文献1又は2参照。)。
このようなボールねじでは、通常、ボールナットの軸方向両端部にラビリンスタイプのプラスチックシール(以下、「ラビリンスシール」という。)が嵌着されるとともに、特別な給油装置及び配管を必要としないグリース潤滑が用いられている(例えば、上掲の非特許文献1及び特許文献1参照。)。
【非特許文献1】本出願人編集,「Tsubaki Nakashima 直動製品総合カタログ No.90」,第2版,平成16年12月1日,p.A3−A4,A40−A41
【非特許文献2】井澤實著,「ボールねじ応用技術」,初版1刷,株式会社工業調査会,1993年5月20日,p.19−21
【特許文献1】特開2000−161462号公報(第2頁の段落0003,図19−20)
【0003】
なお、
(1)近時、環境への負荷の少ない潤滑法が好まれる傾向にある。環境への負荷の少ない潤滑法は同時に低コストであることが多いので、グリース潤滑の採用がさらに増加しつつある。
(2)ねじ軸及びボールナットの材質として、一般に、高周波焼入鋼(例えば、AISI4150H)又は浸炭鋼(例えば、SCM415H)が用いられ、表面硬さはHRC58〜62とされている。また、軸方向荷重を支承するボールとして、玉軸受用鋼球(JIS B 1501)が用いられている。
【0004】
しかし、ラビリンスシールは、ねじ軸の外周面(ねじ溝及びねじ外径部(ランド部)との間に僅かのすきまがあるため、防塵効果には限度があった。また、下記のように、チャネリングによってグリースがすきまを通過してボールナット端部から漏出し、この漏出したグリースがねじ軸の回転により周囲に飛散して環境を汚染するという問題があった。しかも、周囲に飛散したグリースの回収及び再利用は困難であった。
【0005】
なお、
(1)「チャネリング」とは、一般に、転動体(ボール又はころ)が転走面を転がる際にグリースをかき分けていき、余分なグリースを外に出してしまうことをいい、グリース潤滑特有の現象である。このため、グリースの抵抗による摩擦が減るからオイル潤滑より低トルクを実現でき、かつ、温度上昇も小さくなる。そして、これは、EHL(弾性流体潤滑)における潤滑油不足(グリース膜厚が薄くなる状態)に相当する。
(2)グリースは、オイルのようなニュートン流体の潤滑剤とは異なり、主成分の基油が増稠剤の三次元網目状構造体の中に分散した半固体状の非ニュートン性潤滑剤である。基油はグリースの約70%以上を占めて潤滑作用を担い、残りの殆どの部分を占める増稠剤がグリースの半固体状の性質を保つ。従って、グリースは重力程度では流動せず、或る程度以上の負荷(ボールねじの場合、転動しながら公転するボールによるせん断)が加わることにより網目状構造が崩れ、軟化するとともに流動する。そして、無負荷になると、再び元の状態に戻る。
【0006】
次に、図12を参照して、ボールねじのグリース漏出機構を説明する。
ねじ軸100のねじ溝101に遊嵌する突条104が形成されたラビリンスシール103が、ボールナット(図示せず。)の端部に嵌着されている。ボールナット内に封入されたグリースGは、その大半が、ねじ軸100及びボールナットの螺旋状の両ねじ溝(ボールナットのねじ溝は図示せず。)間を転動しながら公転するボール(図示せず。)によって、ボールナット内のシール103側の空間部分106へ押し出されていく(上記のチャネリング)。また同時に、シール側面105が、押し出されたグリースGに対向していく。そして、シール側面105に押し付けられたグリースGは、シール103とねじ軸外周面(ねじ溝101及びねじ外径部(ランド部)102)との間のすきま107を通過してボールナットの端部から漏出していく。漏出し尽くすと(但し、グリースGは補給されていないものとする。)、空間部分106に残存したグリースGは、ボールナット端部から漏出したグリースGと同様に、ねじ軸100の回転により飛散してボールナットの内周面及びこの内周面近傍のシール側面105に付着する。このとき、すきま107に残存しているグリースGがねじ溝101を介してボールに転写されるから、上記の潤滑油不足は緩和される。
【0007】
なお、グリースをボールナット内に充填すると、チャネリングの際のグリース抵抗によってボールねじの動摩擦トルクが増大して異常に発熱する。また、上記のように、グリースの大半がボールナットの端部から漏出する。このため、グリースの封入量は、ボールナットの空間容積の1/3〜1/2が目安とされている。
【0008】
このような不都合を解消するための手段の一として、ラビリンスシールより防塵性能(及びグリース保持性能)に優れたリップシールをボールナットの端部に嵌着したボールねじが提案されている(例えば、特許文献2又は3参照。)。
両特許文献に記載されたリップシールは、耐摩耗性に優れたナイロンその他の弾性変形可能なプラスチック製薄板からなる。そして、その内周形状は、ねじ軸の外周面(ねじ溝及びねじ外径部(ランド部))に摺接するように、ねじ軸の軸直角断面形状に倣い且つそれより小径に形成されている。
【特許文献2】実願昭59−52450号(実開昭60−164158号)のマイクロフィルム
【特許文献3】実用新案登録第2570983号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、提案されているリップシールの内周側軸方向断面形状は角形とされているため、次のような問題があった。
図13乃至図15は、それぞれ、リップシール108がねじ軸100のねじ外径部(ランド部)102、ねじ溝101のボール(図示せず。)との接触点近傍及びねじ溝101の底頂部に当接する状態を示す(但し、リップシール108が変形していない状態を示す。)。
各図から分かるように、
(1)リップシール108は、当接する部位の形状に沿うように撓みにくいから、内周形状とねじ軸100の軸直角断面形状の位相を一致させにくい。また、リップシール108がねじ溝101に摺接するとき、摩耗して当接する部位の形状に倣うまでエッジ当たりになる。このため、ねじ軸外周面の密封、すなわち、防塵及びグリース保持が不十分になる。
(2)リップシール108と当接部位(特に、ねじ外径部102及びねじ溝101の底頂部)との接触面積が大きいから、ねじ軸100が高速回転すると発熱が大きくなる。プラスチックは伝熱性が低いため、熱を持つと分子が活発化して凝着性が高まり摩擦が増加する性質がある。このため、リップシール108が摩耗してシール面圧の低下をもたらし、防塵及びグリース保持性能が劣化する。また、リップシール108の内周側軸方向断面形状を角形としているから、摺接するねじ軸外周面との間にグリース膜厚が形成されにくい。
なお、ボール(図示せず。)とボール転走面(ねじ溝101及びボールナットのねじ溝(図示せず。))との間が前記の潤滑油不足になり、しかも、連続運転を行うと、グリースGが劣化してグリース膜厚が枯渇、すなわち、焼付く虞がある。
【0010】
本発明は、上記のような問題に着目してなされたものであり、従来のものより防塵及びグリース保持性能に優れたリップシールを装着したボールねじを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、ボールナットの軸方向両端部に、ねじ軸の軸直角断面形状に倣い且つ該ねじ軸の外周面に摺接するように形成された内周形状を有するリップシールを装着したグリース潤滑ボールねじにおいて、前記リップシール内周側の軸方向断面形状を、前記ねじ軸の外周面に当接する円弧部と、該円弧部に接し且つ前記ねじ軸に軸直角の直線部と、前記円弧部に接する傾斜部とから形成するとともに、該傾斜部同士が対向するように、前記リップシールを2枚重ね合わせたことを特徴とする。
【0012】
請求項2の発明は、請求項1において、前記ねじ軸のねじ溝肩部の角を丸めたものである。
【0013】
請求項3の発明は、請求項1又は2において、前記リップシールの軸方向内側にラビリンスシールを設けたものである。
【0014】
請求項4の発明は、請求項3において、前記ラビリンスシールの突条切通し端部の一方を肉取りして前記ねじ軸の軸線に対して前記ねじ軸のリード角方向に傾斜した切欠面を設け、該切欠面側が前記ボールナットのねじ溝の切通し端部側に位置するようにしたものである。
【0015】
請求項5の発明は、請求項1又は2において、前記リップシールの軸方向内側に接触型フェルトシールを設けたものである。
【0016】
請求項6の発明は、前記フェルトシールに前記グリースの基油を含浸させたものである。
【0017】
請求項7の発明は、請求項1〜6のいずれかにおいて、前記ボールナット内に介挿されるボール同士の間にスペーサを介在させたものである。
【0018】
請求項8の発明は、請求項7において、前記ボールを窒化けい素製セラミックスボールとしたものである。
【発明の効果】
【0019】
請求項1の発明によれば
(1)リップシール内周形状とねじ軸の軸直角断面形状の位相を一致させやすく、かつ、リップシールの傾斜部同士が対向するように2枚のリップシールを重ね合わせたから、防塵及びグリース保持性能が向上する。
(2)対向する傾斜部同士が形成する空間にグリースを貯留することができる。そして、このグリースによって、リップシールの円弧部とねじ軸外周面との間にグリース膜厚が形成されるから、シール寿命が向上する。
【0020】
請求項2の発明によれば、リップシール内周形状の傷みが緩和されるから、シール寿命が向上する。
【0021】
請求項3の発明によれば、ラビリンスシールとねじ軸外周面との間のすきまに貯留されたグリースがねじ軸のねじ溝を介してボールに転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0022】
請求項4の発明によれば、ラビリンスシールの突条切通し端部の切欠面がストッパになって、ねじ軸のねじ溝と相補う形状のグリース帯体が形成される。そして、この帯体のグリースとすきまに貯留されたグリースがねじ軸のねじ溝を介してボールに転写されるから、潤滑油不足がさらに緩和される。
【0023】
請求項5の発明によれば、フェルトシールの空隙に保持されたグリースがねじ軸のねじ溝を介してボールに転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0024】
請求項6の発明によれば、フェルトシールに含浸させたグリースの基油がねじ軸のねじ溝を介してボールに転写されるから、潤滑油不足がさらに緩和される。
【0025】
請求項7の発明によれば、スペーサに設けた軸方向貫通孔がグリースの溜り部になり、この溜り部のグリースがボールに常に転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0026】
請求項8の発明によれば、鋼球と両ねじ溝が金属接触する場合のような触凝着摩耗が発生しにくいから、グリースが汚れず劣化しない。このため、グリース寿命が延びるから、潤滑油不足の状態において、鋼球を用いたときよりボールねじの寿命が長くなる。また、グリース寿命が延びるから、ボールナット内へのグリース封入量を従来のものより少なくでき、グリースがボールナットの端部から漏出する虞がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明の第1の実施の形態を示す軸方向断面図である。なお、例示のものは、総有効巻数(1回路における有効巻数×回路数)が1.5×2巻のリターンチューブ式ボールねじであるが、これに限定されるものではない。
ねじ軸1の外周面には、螺旋状のねじ溝1aが形成されている。ねじ軸が挿通されるボールナット2の内周面には、ねじ溝1aに対向するねじ溝2aが形成されている。また、ボールナット2には、ほぼコ字状のリターンチューブ7がクランプ部材(図示せず。)によって着脱可能に装着されている。このリターンチューブ7内と両ねじ溝1a,2a間とからなる1回路毎に、複数個のボール3が介挿されている。ボールナット2の軸方向両端面には、リップシール4が2枚重ね合わされ、小ねじ8によって装着されている。グリースGは、2回路の中間に位置するようにしたグリースニップル6からボールナット2内に一定量(前記の理由から、ボールナット2の空間容積の1/3〜1/2)封入され、左右の回路へ均等に振分けられる。
【0028】
なお、
(1)リップシール4をボールナット2の端面に装着するようにした理由は、従来のボールナットと互換性があるようにするためである。すなわち、ボールナット2の軸方向両端部の凹部5は従来のラビリンスシール(ラビリンスタイプのプラスチックシール)を嵌着するためのものであるが、この実施の形態の場合、前記のチャネリング(段落0005参照。)によって押出されたグリースGの溜り部になる。但し、端面に装着することに限定されるものではなく、凹部5の軸方向外側にリップシール4が嵌合する凹部(図示せず。)を設け、リップシール4をボールナット2に内蔵するようにしてもよい。
(2)符号1b,1c,9及び10は、それぞれ、ねじ外径部(ランド部)、ねじ溝肩部、ねじ軸1の軸線、及び2枚のリップシール間に介挿される金属ワッシャを示す。
【0029】
リップシール4について説明する。
図2乃至図4は、それぞれ、リップシール4の正面図、図2のリップシール4を3−3線で切断して矢印方向から見た軸方向断面図、及び図2の背面図である。また、図5は、図3のリップシール4内周側の拡大図である。
リップシール4は、耐摩耗性及び可撓性を有するゴム(例えば、高飽和ニトリルゴム)製のシール本体4aと、鋼製の芯金4bとからなる。シール本体4aの内周側は、円弧部4cと、この円弧部4cに接し且つねじ軸1に軸直角の直線部4dと、円弧部4cに接する傾斜部4eとから形成されている。円弧部4c頂点の内周形状、すなわち、リップシール4の内周形状は、ねじ軸1の外周面(ねじ溝1a及びねじ外径部1b)に摺接するように、ねじ軸1の軸直角断面形状に倣い且つそれより小径に形成されている。具体的には、ねじ溝1aに摺接するほぼ円弧部4fとねじ外径部1bに摺接する円弧部4gとからなる。
また、芯金4bには、長孔4hが3等配に貫設されている。このため、2枚のリップシール4を重ね合わせてボールナット2の端面に装着する際、小ねじ8に対する長孔4hの位置を調整することにより、各リップシール4の位置を正確に調整することができる。
【0030】
なお、
(1)円弧部4aは、ねじ溝1aの各位置に当接するときの干渉の程度を考慮して、その大きさが設定されている。また、リップシール4は、内周形状のしめ代ろが所定の値になるように、金型を用いて製作される。
(2)リップシール4は、ゴム弾性とプラスチックの特長である高機能性及び良成形加工性を兼ね備えたポリエステルエラストマー又はポリビニルクロライドから一体成型してもよい。
【0031】
そして、リップシール4は、図1及び図6に示すように、傾斜部4e同士が対向するように、2枚重ね合わせてボールナット2の端面に装着される。このとき、リップシール4の内周形状とねじ軸1の軸直角断面形状の位相が一致するように、各リップシール4の位置が調整される。なお、従来のリップシールより位相を一致させやすいことは言うまでもない。
このような配列にすることにより、
(1)シール本体4aの直線部4dは横方向の外力に対して撓みにくいから、ボールナット2側のリップシール4はボールナット2からグリースGを漏出させにくい。また、他方のリップシール4も外部からの異物を侵入させにくい。
(2)傾斜部4e同士が形成する空間15に、グリースGを貯留することができる。このグリースGによって、円弧部4cと摺接するねじ軸1の外周面との間にグリース膜厚(図示せず。)が形成されるから、シール寿命が向上する。
【0032】
図2及び図4に戻って、ほぼ円弧部4fと円弧部4gとの境界は角張っている。また、図1及び図6に示すように、ねじ溝肩部1cも角張っている(実際のねじ溝肩部には面取りが施されているが、角張っている)。そうすると、ボールねじ運転時、ねじ軸1は左右に回転し、且つ、リップシール4はボールナット2と共に往復動するのみで回転しないから、ほぼ円弧部4fと円弧部4gとの境界は鋭利なねじ溝肩部1cによって常に削られる。このため、リップシール4の内周形状が傷んでシール寿命が短くなる。
そこで、図7に示すように、ねじ溝肩部1cの角を丸めるようにすれば、リップシール4の内周形状の傷みが緩和されるから、シール寿命が向上する。
なお、ねじ溝肩部1cの角は、例えば、次のような方法で丸められる。
(1)図7に示すものと相補う形状に成形した砥石を用いて、ねじ溝1aと同時研削する。又は、
(2)サンドペーパー又はPB砥石等を用いる。
【0033】
図8は、本発明の第2の実施の形態を示す軸方向断面図である。なお、この第2の実施の形態は上記の第1の実施の形態の変形態様であるため、第1の実施の形態と同一又は相当部分には同一の符号を付して、その説明は省略する。
図1に示した第1の実施の形態は、従来のものより防塵及びグリース保持性能に優れている。しかし、凹部5に溜まったグリースGは、ねじ軸1の回転により飛散してボールナット2の内周面及びこの内周面近傍の芯金4bに付着する。このため、ボール3とボール転走面(両ねじ溝1a,2a)との間が前記の潤滑油不足(段落0005参照。)になり、しかも、連続運転を行うとグリースGが劣化してグリース膜厚が枯渇、すなわち、焼付く虞がある。
そこで、第2の実施の形態では、ねじ溝1aに遊嵌する突条11aが形成されたラビリンスシール11(従来のラビリンスシール)を凹部5内に嵌着するようにしている。
このようにすると、図12に示したものと同様に、ラビリンスシール11とねじ軸1の外周面(ねじ溝1a及びねじ外径部1b)との間のすきま12にグリースGが貯留される。そして、このグリースGがねじ溝1aを介してボール3に転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0034】
また、ラビリンスシール11は、図9に示すように、突条11aの切通し端部の一方を肉取りして、ねじ軸1の軸線9に対してねじ溝1aのリード角(図示せず。)方向に角度θ(θ≧リード角)だけ傾斜した切欠面11bを設けたものが好ましい。
この切欠面11bを設けたラビリンスシール11を、切欠面11b側がボールナット2のねじ溝2aの切通し端部側に位置するように嵌着することにより、図10に示すように、切欠面11bがストッパになってねじ溝1aと相補う形状のグリースGの帯体13が形成される。
そして、この帯体13のグリースGとすきま12に貯留されたグリースGが、ねじ溝1aを介してボール3に転写されるから、潤滑油不足がさらに緩和される。
【0035】
上記のラビリンスシール11の替わりに、公知の接触型フェルトシール(例えば、前記の非特許文献のA−41頁参照。)を用いてもよい。このようにすると、フェルトシールの空隙に保持されたグリースGがねじ溝1aを介してボール3に転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
また、予め、グリースGの基油をフェルトシールに含浸させておけば、この基油がねじ溝1aを介してボール3に転写されるから、潤滑油不足がさらに緩和される。
なお、接触型フェルトシールは、ねじ軸1の外周面(ねじ溝1a及びねじ外径部1b)に軽接触(しめ代ろがほぼ0mmの状態)するように形成される。このようにする理由は、フェルトシールの摺動抵抗が大きいと、4枚のリップシール4の摺動抵抗と相俟って、ねじ軸1の発熱が大きくなるからである。
【0036】
前記の第1及び第2の実施の形態において、隣合うボール3同士の間に公知のスペーサ14を介在させることが好ましい(例えば、前記の非特許文献のA−13頁参照。)。
このようにすると、図11に示すように、スペーサ14に設けた軸方向貫通孔14aがグリースGの溜り部となり、この溜り部14aのグリースGが常にボール3に転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0037】
次に、ボール3として、通常、前記の玉軸受用鋼球が用いられている。しかし、鋼球3と両ねじ溝1a,2aが金属接触すると、凝着摩耗によりグリースGが汚れて劣化するという問題がある。
そこで、鋼球の替わりに、軸受鋼(SUJ2)と同等以上の転がり疲れ寿命と耐荷重性を有する窒化けい素製セラミックスボール(以下、「セラミックスボール」という。)を用いると、凝着摩耗しにくいからグリースGが汚れず劣化しない。このため、グリースGの寿命が延びるから、潤滑油不足の状態において、鋼球を用いたときよりボールねじの寿命が長くなる。また、グリース寿命が延びるから、ボールナット2内へのグリースGの封入量を少なくでき、グリースGがボールナット2の端部から漏出する虞がない。
なお、ボールねじを揺動運転すると、隣合うボール3同士が押合い(図示せず。)、ボールねじの動摩擦トルクが変動し且つ増大する。ボール3がセラミックスボールの場合、押合いによりセラミックスボール3に脆性破壊型摩耗が生じる。そこで、隣合うボール3同士の間に前記のスペーサ4を介在させることにより、脆性破壊型摩耗が生じないようにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の第1の実施の形態の軸方向断面図。
【図2】図1のリップシールの正面図。
【図3】図2のリップシールを3−3線で切断して矢印方向から見た軸方向断面図。
【図4】図2のリップシールの背面図。
【図5】図3のリップシール内周側の拡大図。
【図6】図2のリップシールの2枚重ね合わせ配列の説明図。
【図7】図1のねじ軸のねじ溝肩部の角を丸めた軸方向断面図。
【図8】本発明の第2の実施の形態の軸方向断面図。
【図9】図8のラビリンスシールの突条切通し端部の切欠面を示す斜視図。
【図10】図9の切欠面がストッパになって、ねじ軸のねじ溝と相補う形状のグリースの帯体が形成されていることを示す斜視図。
【図11】図8のボール同士の間にスペーサを介在させた模式図。
【図12】ラビリンスシールを嵌着した従来のボールねじのグリース漏出機構の説明図。
【図13】従来のリップシールがねじ軸外径部に当接する状態を示す説明図。
【図14】従来のリップシールがねじ溝のボールとの接触点近傍に当接する状態を示す説明図。
【図15】従来のリップシールがねじ溝底頂部に当接する状態を示す説明図。
【符号の説明】
【0039】
1 ねじ軸
1a ねじ溝
1b ねじ外径部(ランド部)
1c ねじ溝肩部
2 ボールナット
3 ボール
4 リップシール
4c 円弧部
4d 直線部
4e 傾斜部
11 ラビリンスシール
11a 突条
11b 切欠面
14 スペーサ
G グリース
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械、産業機械、電動式射出成形機及び電動プレス等に用いられるボールねじに関し、特に、ボールナットの軸方向両端部にリップシールを装着したグリース潤滑ボールねじに関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械等に用いられるボールねじは、一般に、外周面に螺旋状のねじ溝を有するねじ軸と、ねじ軸のねじ溝に対向するねじ溝を内周面に有すると共にボール循環案内部材(リターンチューブ、こま、エンドキャップ又はガイドプレート)が装着されたボールナットと、両ねじ溝間及びボール循環案内部材内に循環可能に介挿された複数個のボールとからなる(例えば、非特許文献1又は2参照。)。
このようなボールねじでは、通常、ボールナットの軸方向両端部にラビリンスタイプのプラスチックシール(以下、「ラビリンスシール」という。)が嵌着されるとともに、特別な給油装置及び配管を必要としないグリース潤滑が用いられている(例えば、上掲の非特許文献1及び特許文献1参照。)。
【非特許文献1】本出願人編集,「Tsubaki Nakashima 直動製品総合カタログ No.90」,第2版,平成16年12月1日,p.A3−A4,A40−A41
【非特許文献2】井澤實著,「ボールねじ応用技術」,初版1刷,株式会社工業調査会,1993年5月20日,p.19−21
【特許文献1】特開2000−161462号公報(第2頁の段落0003,図19−20)
【0003】
なお、
(1)近時、環境への負荷の少ない潤滑法が好まれる傾向にある。環境への負荷の少ない潤滑法は同時に低コストであることが多いので、グリース潤滑の採用がさらに増加しつつある。
(2)ねじ軸及びボールナットの材質として、一般に、高周波焼入鋼(例えば、AISI4150H)又は浸炭鋼(例えば、SCM415H)が用いられ、表面硬さはHRC58〜62とされている。また、軸方向荷重を支承するボールとして、玉軸受用鋼球(JIS B 1501)が用いられている。
【0004】
しかし、ラビリンスシールは、ねじ軸の外周面(ねじ溝及びねじ外径部(ランド部)との間に僅かのすきまがあるため、防塵効果には限度があった。また、下記のように、チャネリングによってグリースがすきまを通過してボールナット端部から漏出し、この漏出したグリースがねじ軸の回転により周囲に飛散して環境を汚染するという問題があった。しかも、周囲に飛散したグリースの回収及び再利用は困難であった。
【0005】
なお、
(1)「チャネリング」とは、一般に、転動体(ボール又はころ)が転走面を転がる際にグリースをかき分けていき、余分なグリースを外に出してしまうことをいい、グリース潤滑特有の現象である。このため、グリースの抵抗による摩擦が減るからオイル潤滑より低トルクを実現でき、かつ、温度上昇も小さくなる。そして、これは、EHL(弾性流体潤滑)における潤滑油不足(グリース膜厚が薄くなる状態)に相当する。
(2)グリースは、オイルのようなニュートン流体の潤滑剤とは異なり、主成分の基油が増稠剤の三次元網目状構造体の中に分散した半固体状の非ニュートン性潤滑剤である。基油はグリースの約70%以上を占めて潤滑作用を担い、残りの殆どの部分を占める増稠剤がグリースの半固体状の性質を保つ。従って、グリースは重力程度では流動せず、或る程度以上の負荷(ボールねじの場合、転動しながら公転するボールによるせん断)が加わることにより網目状構造が崩れ、軟化するとともに流動する。そして、無負荷になると、再び元の状態に戻る。
【0006】
次に、図12を参照して、ボールねじのグリース漏出機構を説明する。
ねじ軸100のねじ溝101に遊嵌する突条104が形成されたラビリンスシール103が、ボールナット(図示せず。)の端部に嵌着されている。ボールナット内に封入されたグリースGは、その大半が、ねじ軸100及びボールナットの螺旋状の両ねじ溝(ボールナットのねじ溝は図示せず。)間を転動しながら公転するボール(図示せず。)によって、ボールナット内のシール103側の空間部分106へ押し出されていく(上記のチャネリング)。また同時に、シール側面105が、押し出されたグリースGに対向していく。そして、シール側面105に押し付けられたグリースGは、シール103とねじ軸外周面(ねじ溝101及びねじ外径部(ランド部)102)との間のすきま107を通過してボールナットの端部から漏出していく。漏出し尽くすと(但し、グリースGは補給されていないものとする。)、空間部分106に残存したグリースGは、ボールナット端部から漏出したグリースGと同様に、ねじ軸100の回転により飛散してボールナットの内周面及びこの内周面近傍のシール側面105に付着する。このとき、すきま107に残存しているグリースGがねじ溝101を介してボールに転写されるから、上記の潤滑油不足は緩和される。
【0007】
なお、グリースをボールナット内に充填すると、チャネリングの際のグリース抵抗によってボールねじの動摩擦トルクが増大して異常に発熱する。また、上記のように、グリースの大半がボールナットの端部から漏出する。このため、グリースの封入量は、ボールナットの空間容積の1/3〜1/2が目安とされている。
【0008】
このような不都合を解消するための手段の一として、ラビリンスシールより防塵性能(及びグリース保持性能)に優れたリップシールをボールナットの端部に嵌着したボールねじが提案されている(例えば、特許文献2又は3参照。)。
両特許文献に記載されたリップシールは、耐摩耗性に優れたナイロンその他の弾性変形可能なプラスチック製薄板からなる。そして、その内周形状は、ねじ軸の外周面(ねじ溝及びねじ外径部(ランド部))に摺接するように、ねじ軸の軸直角断面形状に倣い且つそれより小径に形成されている。
【特許文献2】実願昭59−52450号(実開昭60−164158号)のマイクロフィルム
【特許文献3】実用新案登録第2570983号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、提案されているリップシールの内周側軸方向断面形状は角形とされているため、次のような問題があった。
図13乃至図15は、それぞれ、リップシール108がねじ軸100のねじ外径部(ランド部)102、ねじ溝101のボール(図示せず。)との接触点近傍及びねじ溝101の底頂部に当接する状態を示す(但し、リップシール108が変形していない状態を示す。)。
各図から分かるように、
(1)リップシール108は、当接する部位の形状に沿うように撓みにくいから、内周形状とねじ軸100の軸直角断面形状の位相を一致させにくい。また、リップシール108がねじ溝101に摺接するとき、摩耗して当接する部位の形状に倣うまでエッジ当たりになる。このため、ねじ軸外周面の密封、すなわち、防塵及びグリース保持が不十分になる。
(2)リップシール108と当接部位(特に、ねじ外径部102及びねじ溝101の底頂部)との接触面積が大きいから、ねじ軸100が高速回転すると発熱が大きくなる。プラスチックは伝熱性が低いため、熱を持つと分子が活発化して凝着性が高まり摩擦が増加する性質がある。このため、リップシール108が摩耗してシール面圧の低下をもたらし、防塵及びグリース保持性能が劣化する。また、リップシール108の内周側軸方向断面形状を角形としているから、摺接するねじ軸外周面との間にグリース膜厚が形成されにくい。
なお、ボール(図示せず。)とボール転走面(ねじ溝101及びボールナットのねじ溝(図示せず。))との間が前記の潤滑油不足になり、しかも、連続運転を行うと、グリースGが劣化してグリース膜厚が枯渇、すなわち、焼付く虞がある。
【0010】
本発明は、上記のような問題に着目してなされたものであり、従来のものより防塵及びグリース保持性能に優れたリップシールを装着したボールねじを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、ボールナットの軸方向両端部に、ねじ軸の軸直角断面形状に倣い且つ該ねじ軸の外周面に摺接するように形成された内周形状を有するリップシールを装着したグリース潤滑ボールねじにおいて、前記リップシール内周側の軸方向断面形状を、前記ねじ軸の外周面に当接する円弧部と、該円弧部に接し且つ前記ねじ軸に軸直角の直線部と、前記円弧部に接する傾斜部とから形成するとともに、該傾斜部同士が対向するように、前記リップシールを2枚重ね合わせたことを特徴とする。
【0012】
請求項2の発明は、請求項1において、前記ねじ軸のねじ溝肩部の角を丸めたものである。
【0013】
請求項3の発明は、請求項1又は2において、前記リップシールの軸方向内側にラビリンスシールを設けたものである。
【0014】
請求項4の発明は、請求項3において、前記ラビリンスシールの突条切通し端部の一方を肉取りして前記ねじ軸の軸線に対して前記ねじ軸のリード角方向に傾斜した切欠面を設け、該切欠面側が前記ボールナットのねじ溝の切通し端部側に位置するようにしたものである。
【0015】
請求項5の発明は、請求項1又は2において、前記リップシールの軸方向内側に接触型フェルトシールを設けたものである。
【0016】
請求項6の発明は、前記フェルトシールに前記グリースの基油を含浸させたものである。
【0017】
請求項7の発明は、請求項1〜6のいずれかにおいて、前記ボールナット内に介挿されるボール同士の間にスペーサを介在させたものである。
【0018】
請求項8の発明は、請求項7において、前記ボールを窒化けい素製セラミックスボールとしたものである。
【発明の効果】
【0019】
請求項1の発明によれば
(1)リップシール内周形状とねじ軸の軸直角断面形状の位相を一致させやすく、かつ、リップシールの傾斜部同士が対向するように2枚のリップシールを重ね合わせたから、防塵及びグリース保持性能が向上する。
(2)対向する傾斜部同士が形成する空間にグリースを貯留することができる。そして、このグリースによって、リップシールの円弧部とねじ軸外周面との間にグリース膜厚が形成されるから、シール寿命が向上する。
【0020】
請求項2の発明によれば、リップシール内周形状の傷みが緩和されるから、シール寿命が向上する。
【0021】
請求項3の発明によれば、ラビリンスシールとねじ軸外周面との間のすきまに貯留されたグリースがねじ軸のねじ溝を介してボールに転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0022】
請求項4の発明によれば、ラビリンスシールの突条切通し端部の切欠面がストッパになって、ねじ軸のねじ溝と相補う形状のグリース帯体が形成される。そして、この帯体のグリースとすきまに貯留されたグリースがねじ軸のねじ溝を介してボールに転写されるから、潤滑油不足がさらに緩和される。
【0023】
請求項5の発明によれば、フェルトシールの空隙に保持されたグリースがねじ軸のねじ溝を介してボールに転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0024】
請求項6の発明によれば、フェルトシールに含浸させたグリースの基油がねじ軸のねじ溝を介してボールに転写されるから、潤滑油不足がさらに緩和される。
【0025】
請求項7の発明によれば、スペーサに設けた軸方向貫通孔がグリースの溜り部になり、この溜り部のグリースがボールに常に転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0026】
請求項8の発明によれば、鋼球と両ねじ溝が金属接触する場合のような触凝着摩耗が発生しにくいから、グリースが汚れず劣化しない。このため、グリース寿命が延びるから、潤滑油不足の状態において、鋼球を用いたときよりボールねじの寿命が長くなる。また、グリース寿命が延びるから、ボールナット内へのグリース封入量を従来のものより少なくでき、グリースがボールナットの端部から漏出する虞がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明の第1の実施の形態を示す軸方向断面図である。なお、例示のものは、総有効巻数(1回路における有効巻数×回路数)が1.5×2巻のリターンチューブ式ボールねじであるが、これに限定されるものではない。
ねじ軸1の外周面には、螺旋状のねじ溝1aが形成されている。ねじ軸が挿通されるボールナット2の内周面には、ねじ溝1aに対向するねじ溝2aが形成されている。また、ボールナット2には、ほぼコ字状のリターンチューブ7がクランプ部材(図示せず。)によって着脱可能に装着されている。このリターンチューブ7内と両ねじ溝1a,2a間とからなる1回路毎に、複数個のボール3が介挿されている。ボールナット2の軸方向両端面には、リップシール4が2枚重ね合わされ、小ねじ8によって装着されている。グリースGは、2回路の中間に位置するようにしたグリースニップル6からボールナット2内に一定量(前記の理由から、ボールナット2の空間容積の1/3〜1/2)封入され、左右の回路へ均等に振分けられる。
【0028】
なお、
(1)リップシール4をボールナット2の端面に装着するようにした理由は、従来のボールナットと互換性があるようにするためである。すなわち、ボールナット2の軸方向両端部の凹部5は従来のラビリンスシール(ラビリンスタイプのプラスチックシール)を嵌着するためのものであるが、この実施の形態の場合、前記のチャネリング(段落0005参照。)によって押出されたグリースGの溜り部になる。但し、端面に装着することに限定されるものではなく、凹部5の軸方向外側にリップシール4が嵌合する凹部(図示せず。)を設け、リップシール4をボールナット2に内蔵するようにしてもよい。
(2)符号1b,1c,9及び10は、それぞれ、ねじ外径部(ランド部)、ねじ溝肩部、ねじ軸1の軸線、及び2枚のリップシール間に介挿される金属ワッシャを示す。
【0029】
リップシール4について説明する。
図2乃至図4は、それぞれ、リップシール4の正面図、図2のリップシール4を3−3線で切断して矢印方向から見た軸方向断面図、及び図2の背面図である。また、図5は、図3のリップシール4内周側の拡大図である。
リップシール4は、耐摩耗性及び可撓性を有するゴム(例えば、高飽和ニトリルゴム)製のシール本体4aと、鋼製の芯金4bとからなる。シール本体4aの内周側は、円弧部4cと、この円弧部4cに接し且つねじ軸1に軸直角の直線部4dと、円弧部4cに接する傾斜部4eとから形成されている。円弧部4c頂点の内周形状、すなわち、リップシール4の内周形状は、ねじ軸1の外周面(ねじ溝1a及びねじ外径部1b)に摺接するように、ねじ軸1の軸直角断面形状に倣い且つそれより小径に形成されている。具体的には、ねじ溝1aに摺接するほぼ円弧部4fとねじ外径部1bに摺接する円弧部4gとからなる。
また、芯金4bには、長孔4hが3等配に貫設されている。このため、2枚のリップシール4を重ね合わせてボールナット2の端面に装着する際、小ねじ8に対する長孔4hの位置を調整することにより、各リップシール4の位置を正確に調整することができる。
【0030】
なお、
(1)円弧部4aは、ねじ溝1aの各位置に当接するときの干渉の程度を考慮して、その大きさが設定されている。また、リップシール4は、内周形状のしめ代ろが所定の値になるように、金型を用いて製作される。
(2)リップシール4は、ゴム弾性とプラスチックの特長である高機能性及び良成形加工性を兼ね備えたポリエステルエラストマー又はポリビニルクロライドから一体成型してもよい。
【0031】
そして、リップシール4は、図1及び図6に示すように、傾斜部4e同士が対向するように、2枚重ね合わせてボールナット2の端面に装着される。このとき、リップシール4の内周形状とねじ軸1の軸直角断面形状の位相が一致するように、各リップシール4の位置が調整される。なお、従来のリップシールより位相を一致させやすいことは言うまでもない。
このような配列にすることにより、
(1)シール本体4aの直線部4dは横方向の外力に対して撓みにくいから、ボールナット2側のリップシール4はボールナット2からグリースGを漏出させにくい。また、他方のリップシール4も外部からの異物を侵入させにくい。
(2)傾斜部4e同士が形成する空間15に、グリースGを貯留することができる。このグリースGによって、円弧部4cと摺接するねじ軸1の外周面との間にグリース膜厚(図示せず。)が形成されるから、シール寿命が向上する。
【0032】
図2及び図4に戻って、ほぼ円弧部4fと円弧部4gとの境界は角張っている。また、図1及び図6に示すように、ねじ溝肩部1cも角張っている(実際のねじ溝肩部には面取りが施されているが、角張っている)。そうすると、ボールねじ運転時、ねじ軸1は左右に回転し、且つ、リップシール4はボールナット2と共に往復動するのみで回転しないから、ほぼ円弧部4fと円弧部4gとの境界は鋭利なねじ溝肩部1cによって常に削られる。このため、リップシール4の内周形状が傷んでシール寿命が短くなる。
そこで、図7に示すように、ねじ溝肩部1cの角を丸めるようにすれば、リップシール4の内周形状の傷みが緩和されるから、シール寿命が向上する。
なお、ねじ溝肩部1cの角は、例えば、次のような方法で丸められる。
(1)図7に示すものと相補う形状に成形した砥石を用いて、ねじ溝1aと同時研削する。又は、
(2)サンドペーパー又はPB砥石等を用いる。
【0033】
図8は、本発明の第2の実施の形態を示す軸方向断面図である。なお、この第2の実施の形態は上記の第1の実施の形態の変形態様であるため、第1の実施の形態と同一又は相当部分には同一の符号を付して、その説明は省略する。
図1に示した第1の実施の形態は、従来のものより防塵及びグリース保持性能に優れている。しかし、凹部5に溜まったグリースGは、ねじ軸1の回転により飛散してボールナット2の内周面及びこの内周面近傍の芯金4bに付着する。このため、ボール3とボール転走面(両ねじ溝1a,2a)との間が前記の潤滑油不足(段落0005参照。)になり、しかも、連続運転を行うとグリースGが劣化してグリース膜厚が枯渇、すなわち、焼付く虞がある。
そこで、第2の実施の形態では、ねじ溝1aに遊嵌する突条11aが形成されたラビリンスシール11(従来のラビリンスシール)を凹部5内に嵌着するようにしている。
このようにすると、図12に示したものと同様に、ラビリンスシール11とねじ軸1の外周面(ねじ溝1a及びねじ外径部1b)との間のすきま12にグリースGが貯留される。そして、このグリースGがねじ溝1aを介してボール3に転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0034】
また、ラビリンスシール11は、図9に示すように、突条11aの切通し端部の一方を肉取りして、ねじ軸1の軸線9に対してねじ溝1aのリード角(図示せず。)方向に角度θ(θ≧リード角)だけ傾斜した切欠面11bを設けたものが好ましい。
この切欠面11bを設けたラビリンスシール11を、切欠面11b側がボールナット2のねじ溝2aの切通し端部側に位置するように嵌着することにより、図10に示すように、切欠面11bがストッパになってねじ溝1aと相補う形状のグリースGの帯体13が形成される。
そして、この帯体13のグリースGとすきま12に貯留されたグリースGが、ねじ溝1aを介してボール3に転写されるから、潤滑油不足がさらに緩和される。
【0035】
上記のラビリンスシール11の替わりに、公知の接触型フェルトシール(例えば、前記の非特許文献のA−41頁参照。)を用いてもよい。このようにすると、フェルトシールの空隙に保持されたグリースGがねじ溝1aを介してボール3に転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
また、予め、グリースGの基油をフェルトシールに含浸させておけば、この基油がねじ溝1aを介してボール3に転写されるから、潤滑油不足がさらに緩和される。
なお、接触型フェルトシールは、ねじ軸1の外周面(ねじ溝1a及びねじ外径部1b)に軽接触(しめ代ろがほぼ0mmの状態)するように形成される。このようにする理由は、フェルトシールの摺動抵抗が大きいと、4枚のリップシール4の摺動抵抗と相俟って、ねじ軸1の発熱が大きくなるからである。
【0036】
前記の第1及び第2の実施の形態において、隣合うボール3同士の間に公知のスペーサ14を介在させることが好ましい(例えば、前記の非特許文献のA−13頁参照。)。
このようにすると、図11に示すように、スペーサ14に設けた軸方向貫通孔14aがグリースGの溜り部となり、この溜り部14aのグリースGが常にボール3に転写されるから、潤滑油不足が緩和される。
【0037】
次に、ボール3として、通常、前記の玉軸受用鋼球が用いられている。しかし、鋼球3と両ねじ溝1a,2aが金属接触すると、凝着摩耗によりグリースGが汚れて劣化するという問題がある。
そこで、鋼球の替わりに、軸受鋼(SUJ2)と同等以上の転がり疲れ寿命と耐荷重性を有する窒化けい素製セラミックスボール(以下、「セラミックスボール」という。)を用いると、凝着摩耗しにくいからグリースGが汚れず劣化しない。このため、グリースGの寿命が延びるから、潤滑油不足の状態において、鋼球を用いたときよりボールねじの寿命が長くなる。また、グリース寿命が延びるから、ボールナット2内へのグリースGの封入量を少なくでき、グリースGがボールナット2の端部から漏出する虞がない。
なお、ボールねじを揺動運転すると、隣合うボール3同士が押合い(図示せず。)、ボールねじの動摩擦トルクが変動し且つ増大する。ボール3がセラミックスボールの場合、押合いによりセラミックスボール3に脆性破壊型摩耗が生じる。そこで、隣合うボール3同士の間に前記のスペーサ4を介在させることにより、脆性破壊型摩耗が生じないようにすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の第1の実施の形態の軸方向断面図。
【図2】図1のリップシールの正面図。
【図3】図2のリップシールを3−3線で切断して矢印方向から見た軸方向断面図。
【図4】図2のリップシールの背面図。
【図5】図3のリップシール内周側の拡大図。
【図6】図2のリップシールの2枚重ね合わせ配列の説明図。
【図7】図1のねじ軸のねじ溝肩部の角を丸めた軸方向断面図。
【図8】本発明の第2の実施の形態の軸方向断面図。
【図9】図8のラビリンスシールの突条切通し端部の切欠面を示す斜視図。
【図10】図9の切欠面がストッパになって、ねじ軸のねじ溝と相補う形状のグリースの帯体が形成されていることを示す斜視図。
【図11】図8のボール同士の間にスペーサを介在させた模式図。
【図12】ラビリンスシールを嵌着した従来のボールねじのグリース漏出機構の説明図。
【図13】従来のリップシールがねじ軸外径部に当接する状態を示す説明図。
【図14】従来のリップシールがねじ溝のボールとの接触点近傍に当接する状態を示す説明図。
【図15】従来のリップシールがねじ溝底頂部に当接する状態を示す説明図。
【符号の説明】
【0039】
1 ねじ軸
1a ねじ溝
1b ねじ外径部(ランド部)
1c ねじ溝肩部
2 ボールナット
3 ボール
4 リップシール
4c 円弧部
4d 直線部
4e 傾斜部
11 ラビリンスシール
11a 突条
11b 切欠面
14 スペーサ
G グリース
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボールナットの軸方向両端部に、ねじ軸の軸直角断面形状に倣い且つ該ねじ軸の外周面に摺接するように形成された内周形状を有するリップシールを装着したグリース潤滑ボールねじにおいて、
前記リップシール内周側の軸方向断面形状を、前記ねじ軸の外周面に当接する円弧部と、該円弧部に接し且つ前記ねじ軸に軸直角の直線部と、前記円弧部に接する傾斜部とから形成するとともに、
該傾斜部同士が対向するように、前記リップシールを2枚重ね合わせたことを特徴とする、
グリース潤滑ボールねじ。
【請求項2】
前記ねじ軸のねじ溝肩部の角を丸めた、請求項1のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項3】
前記リップシールの軸方向内側にラビリンスシールを設けた、請求項1又は2のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項4】
前記ラビリンスシールの突条切通し端部の一方を肉取りして前記ねじ軸の軸線に対して前記ねじ溝のリード角方向に傾斜した切欠面を設け、該切欠面側が前記ボールナットのねじ溝の切通し端部側に位置するようにした、請求項3のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項5】
前記リップシールの軸方向内側に接触型フェルトシールを設けた、請求項1又は2のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項6】
前記フェルトシールに前記グリースの基油を含浸させた、請求項5のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項7】
前記ボールナット内に介挿されたボール同士の間にスペーサを介在させた、請求項1から6のいずれかのグリース潤滑ボールねじ。
【請求項8】
前記ボールが窒化けい素製セラミックスボールである、請求項7のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項1】
ボールナットの軸方向両端部に、ねじ軸の軸直角断面形状に倣い且つ該ねじ軸の外周面に摺接するように形成された内周形状を有するリップシールを装着したグリース潤滑ボールねじにおいて、
前記リップシール内周側の軸方向断面形状を、前記ねじ軸の外周面に当接する円弧部と、該円弧部に接し且つ前記ねじ軸に軸直角の直線部と、前記円弧部に接する傾斜部とから形成するとともに、
該傾斜部同士が対向するように、前記リップシールを2枚重ね合わせたことを特徴とする、
グリース潤滑ボールねじ。
【請求項2】
前記ねじ軸のねじ溝肩部の角を丸めた、請求項1のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項3】
前記リップシールの軸方向内側にラビリンスシールを設けた、請求項1又は2のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項4】
前記ラビリンスシールの突条切通し端部の一方を肉取りして前記ねじ軸の軸線に対して前記ねじ溝のリード角方向に傾斜した切欠面を設け、該切欠面側が前記ボールナットのねじ溝の切通し端部側に位置するようにした、請求項3のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項5】
前記リップシールの軸方向内側に接触型フェルトシールを設けた、請求項1又は2のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項6】
前記フェルトシールに前記グリースの基油を含浸させた、請求項5のグリース潤滑ボールねじ。
【請求項7】
前記ボールナット内に介挿されたボール同士の間にスペーサを介在させた、請求項1から6のいずれかのグリース潤滑ボールねじ。
【請求項8】
前記ボールが窒化けい素製セラミックスボールである、請求項7のグリース潤滑ボールねじ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2006−300192(P2006−300192A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−121927(P2005−121927)
【出願日】平成17年4月20日(2005.4.20)
【出願人】(000150822)株式会社ツバキ・ナカシマ (6)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年4月20日(2005.4.20)
【出願人】(000150822)株式会社ツバキ・ナカシマ (6)
【Fターム(参考)】
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