説明

グリース組成物

【課題】この発明は,防錆性,極圧性,耐水性及び耐熱性等の優れた諸性能を有し,特に,難燃性に優れた特性を有するグリース組成物を提供することである。
【解決手段】このグリース組成物は,潤滑基油に,少なくともリチウム石けん,カルシウム複合石けん及びカルシウムスルフォネートを配合したものであり,カルシウムスルフォネートとしては8〜48重量%配合されている。このグリース組成物は,防錆性,極圧性,耐水性及び耐熱性等の優れた諸性能を有し,しかも難燃性に優れたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,各種の産業機械などにおいて,耐熱性,防錆性,耐荷重性が要求される軸受,機械装置の摺動部に使用されるグリース組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,製鉄設備等の各種の設備では,潤滑環境についての要望が非常に厳しく,潤滑用のグリース組成物には,優れた防錆性,極圧性,耐水性,耐熱性等の各種の性能が要求されている。更に,潤滑グリースを用いた機械装置が設置され,作動される環境が,高温環境である場合に,機械装置の軸受から漏洩したグリースに機械装置や処理物の高温のスケールが飛散すると,グリースが着火してしまい,火災が起きてしまうことがある。このような理由から,グリース組成物として上記のような優れた諸性能を有し,且つ高温のスケールが混入しても,着火し難い難燃性に優れたものが求められている。
【0003】
従来,グリース組成物に難燃性を付加させるため,添加剤としてカリウム又はカルシウムの酸化物,炭酸塩,炭酸水素塩,硫酸塩を用いたグリース組成物が知られている。該グリース組成物は,潤滑ベース油と,リチウム石ケン,カルシウム石ケン,若しくはナトリウム石ケン又はこれらの混合物から選ばれた増粘剤と,グリース組成物を基にして1から7重量%の酸化カルシウム,並びに炭酸カリウム,炭酸水素カリウム及び硫酸カリウムから選ばれたグリース組成物を基にして1から7重量%のカリウム化合物を含む混合物の難燃添加剤とを含有している(例えば,特許文献1参照)。
【0004】
また,グリースとして,着火後に自己消火性を示すものが知られている。該自己消火性グリース組成物は,軟膏缶燃焼試験で自己消火時間が5分間以内の自己消火性を有しており,グリース組成物の液体成分の引火点が270℃以上である。上記自己消火性グリース組成物は,堆積した潤滑グリース組成物が高温に晒されたり高温のスケールが飛散した場合にも着火し難い難燃性に優れた潤滑グリース組成物であって,特に,大規模集中給脂方式に使用できる(例えば,特許文献2参照)。
【特許文献1】特許第2999553号
【特許文献2】特開2004−67843号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら,従来のグリース組成物は,グリースに着火し難い難燃性を持たせるには,炭酸カリウム等の粉体の添加剤をグリースに配合するため,集中給脂方式での配管でプラッキングが起こってしまう恐れがあった。また,すべり軸受では,添加剤の粉体によって部品の摩耗が促進され,設備寿命を短くする恐れがあった。また,自己消火性を示す潤滑グリースでも,自己消火性が十分でなく着火を防ぐことはできず,特に,極圧性を持たせるため極圧添加剤等を添加すると,着火し易くなるという問題があった。更に,前述したような優れた諸性能のいくつかを有するグリースでは,熱いスケール等が飛散した場合の難燃性に問題があった。即ち,優れた難燃性,又は自己消火性を有するグリースでは,防錆性,極圧性,耐水性,耐熱性等の諸性能を満足することができず,これらの諸性能を具備したグリースでは,熱いスケール等が飛散した場合の難燃性を満足することができなかった。
【0006】
この発明の目的は,上記課題を解決するものであり,難燃性について鋭意検討した結果,潤滑基油に少なくともリチウム石けん,カルシウム複合石けん及びカルシウムスルフォネートを配合することにより,難燃性がアップすることが確認でき,それらの物質が上記従来技術の問題点を解決するのに好適な組成物であることを見い出し,そこで,潤滑基油にリチウム石けん,カルシウム複合石けん及びカルシウムスルフォネートを配合することにより,防錆性,極圧性,耐水性及び耐熱性等の優れた諸性能を有し,特に,難燃性に優れたことを特徴とするグリース組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明は,基油として,鉱油,合成油,又はそれらの混合物を用い,リチウム石けんとカルシウム複合石けんとの混合物,及び一般式で下記に表記されるカルシウムスルフォネートを8〜48重量%含有したことを特徴とするグリース組成物に関する。
(R−SO3 2 Ca・nCaCO3 ────── (1)
但し,R:炭素数6〜28の炭化水素基, n:6〜50の整数
【0008】
このグリース組成物において,前記リチウム石けん及び/又は前記カルシウム複合石けんは,炭素数が2〜22の飽和又は不飽和の脂肪酸,それらの誘導体,及びほう酸化合物から選択される少なくとも1種と,水酸化リチウム又は水酸化カルシウムとの反応生成物から構成されているものである。
【発明の効果】
【0009】
この発明によるグリース組成物は,上記のように構成したので,優れた防錆性,極圧性,耐水性及び耐熱性を有するばかりでなく,優れた難燃性を有することによって,潤滑環境の厳しいアプリケーションに適用することが可能になり,高温の物質,例えば,高温スケールが潤滑グリース中に飛散しても,着火し難く,作業現場の安全性をも向上することができる。更に,このグリース組成物は,低温性能の良好な基油を用いることで,良好な低温性をも有する難燃性に優れた性状のものとすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
この発明によるグリース組成物は,上記従来技術の問題点を解決し,優れた防錆性,極圧性,耐水性及び耐熱性を有し,しかも難燃性に優れたものである。このグリース組成物は,潤滑基油に少なくともリチウム石けん,カルシウム複合石けん及びカルシウムスルフォネートを配合したものであり,このグリース組成物が有する各成分について次に説明する。
【0011】
このグリース組成物におけるリチウム石けんは,脂肪酸と水酸化リチウムとのけん化反応物である。用いられる脂肪酸は,炭素数が2〜22の飽和又は不飽和の脂肪酸及びそれらの誘導体から選択される少なくとも1種から成るものである。例えば,これらを満足するリチウム石けんとしては,ステアリン酸リチウムが例示できる。
【0012】
このグリース組成物におけるカルシウム複合石けんは,2種以上の脂肪酸と水酸化カルシウムとのけん化反応物である。用いられる脂肪酸は,炭素数が2〜22の飽和又は不飽和の脂肪酸及びそれらの誘導体,或いは,ホウ酸化合物から選択される少なくとも2種から成るものである。例えば,これらを満足するカルシウム複合石けんとしては,ステアリン酸カルシウムと酢酸カルシウムとの複合石けんが例示できる。
【0013】
このグリース組成物におけるカルシウムスルフォネートは,中性であるアルキル,又はアルキルベンゼンスルフォン酸カルシウムを処理して,50〜500mgKOH/gという高い全塩基価(測定方法:JIS K2501)を付与したものであり,過塩基性カルシウムスルフォネートとも呼ばれる。これは次の一般式(1)で表される。
(R−SO3 2 Ca・nCaCO3 ────── (1)
但し,R:炭素数6〜28の炭化水素基, n:6〜50の整数
このグリース組成物におけるカルシウムスルフォネート中には,炭酸カルシウムを含有しているが,鱗片状の結晶を有することが望ましい。このグリース組成物に用いるカルシウムスルフォネートは,キャリヤーオイルとの混合物である。該キャリヤーオイルとしては,鉱油,ポリαオレフィンなどを用いることができる。
【0014】
このグリース組成物における基油について,基油の動粘度範囲としては,40℃で10〜2000mm2 /sであるが,特に,40℃で15〜500mm2 /sのものが望ましい。このグリース組成物に用いる合成油は,鉱油,合成炭化水素油,エステル系油,フェニルエーテル系油,グリコール系油,シリコーン系油,フッ素系油から選択される少なくとも1種から成るものである。基油としては,必要とされる諸性能に応じて,該性能に適合する適切な基油を選定することができ,例えば,本発明品に低温性能をも付与する場合には,基油として,精製鉱油や合成炭化水素等を用いることが望ましい。
【0015】
このグリース組成物には,各種の添加剤を配合することができ,必要に応じて,既知の固体添加剤,酸化防止剤,油性剤,極圧剤,防錆剤,界面活性剤等の種々の添加剤を添加することができる。
【0016】
以下,この発明を,実施例1〜7及び比較例1〜3により具体的に説明する。
加工例,実施例及び比較例における評価試験方法は以下の通りである。
(1)ちょう度試験方法
JIS K2220 5.3による。
(2)滴点試験方法
JIS K2220 5.4による。
(3)塩水噴霧試験方法
JIS K2246 5.35準拠(35℃,5%塩水,72時間噴霧)による。
(4)高速四球耐荷重能
ASTM D 2596による。
(5)10%含水シェルロール試験
ASTM D 1831による。
試験試料として,純水5重量部と試験グリース45重量部との混合物を用い,
80℃で24時間のシェルロール試験を行う。
(6)着火試験方法
本願発明の難燃性の評価方法を以下に示す。
内径40mm,深さ36mmのるつぼにグリース組成物15gを入れる。
縦10mm,横15mm,高さ10mmの鉄の直方体を予め900℃に加熱し,これをグリース組成物を入れたるつぼの中へ入れる。この時のグリース組成物の着火有無を確認する。
(7)低温トルク試験方法
JIS K2220 5. 14による。
【0017】
各実施例1〜8,比較例4で用いた基油,増ちょう剤及び添加剤は,以下の通りである。
増ちょう剤A:リチウム石けん
増ちょう剤B:カルシウム複合石けん
カルシウムスルフォネートA:ブルックフィールド粘度(#6スピンドル,25℃,
10rpm,ASTM D−2196)110,000mm2 /s,
全塩基価300mgKOH/g,鱗片状の炭酸カルシウムを含有し,キャリヤーオイルに鉱油を用いたもの
カルシウムスルフォネートB:ブルックフィールド粘度(#6スピンドル,25℃,
10rpm,ASTM D−2196)108,000mm2 /s,
全塩基価270mgKOH/g,鱗片状の炭酸カルシウムを含有し,キャリヤーオイルにポリαオレフィンを用いたもの
基油A:パラフィン系鉱油,40℃の動粘度138mm2 /s
基油B:ポリαオレフィン:40℃の動粘度30mm2 /s
極圧剤:硫黄系極圧剤
【0018】
比較例1〜3は,基油に鉱油を使用した。以下に示す市販グリースを用いた。
比較例1:市販リチウムグリース
比較例2:市販カルシウムコンプレックスグリース
比較例3:市販アルミニウムコンプレックスグリース
【0019】
比較例4は,表1に示す基油,増ちょう剤及び添加剤を表1に示す量で使用してグリース組成物を製造し,その物性を評価した。比較例1〜4の結果を表1に示す。
【0020】
【表1】

【0021】
表1から分かるように,着火試験では,比較例1〜4の全てが着火した。滴点は,比較例3が242℃であり,その他は190℃以下であった。塩水噴霧試験では,比較例1と比較例3がC級,比較例2と比較例4はE級であった。高速四球耐荷重能の融着荷重では,比較例3が2450N,その他は1960Nであった。10%含水シェルロール試験では,いずれの比較例においても,試験前後のちょう度差が+30以上であった。
【0022】
基油にポリαオレフィンを使用した比較例4のみ低温トルク試験を実施し,起動トルク108mN・m,回転トルクが62mN・mであった。
【0023】
実施例1〜4を表2に示す。基油,増ちょう剤及び添加剤を表2に示す量で使用してグリース組成物を製造し,その物性を評価した。実施例1〜4の結果を表2に示す。
また,実施例5〜8を表3に示す。基油,増ちょう剤及び添加剤を表3に示す量で使用してグリース組成物を製造し,その物性を評価した。実施例5〜8の結果を表3に示す。
【0024】
【表2】

【0025】
【表3】

【0026】
表2及び表3から分かるように,着火試験では,実施例1〜8の全てが着火しなかった。滴点は,実施例1が266℃であり,その他の実施例は270℃以上であった。塩水噴霧試験では,全ての実施例がA級であった。高速四球耐荷重能の融着荷重では,実施例1が3920N,実施例2が4900N,その他の実施例は4900N以上であり,高い極圧性を示した。10%含水シェルロール試験では,試験前後のちょう度差が+5〜−11であった。
【0027】
基油にポリαオレフィンを使用した実施例6〜8のみ低温トルク試験を実施した。キャリヤーオイルにポリαオレフィンを用いたカルシウムスルフォネートBを使用した実施例7,8では,起動トルク117〜108mN・m,回転トルクが77mN・mであった。
【産業上の利用可能性】
【0028】
この発明によるグリース組成物は,各種産業機械,自動車,家電製品,精密機器,医療機器などにおいて,防錆性,極圧性,耐水性,耐熱性及び難燃性等の性状が要求される軸受或いは摺動部分に使用して好ましいものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油として,鉱油,合成油,又はそれらの混合物を用い,リチウム石けんとカルシウム複合石けんとの混合物,及び一般式で下記に表記されるカルシウムスルフォネートを8〜48重量%含有したことを特徴とするグリース組成物。
(R−SO3 2 Ca・nCaCO3 ────── (1)
但し,R:炭素数6〜28の炭化水素基, n:6〜50の整数
【請求項2】
前記リチウム石けん及び/又は前記カルシウム複合石けんは,炭素数が2〜22の飽和又は不飽和の脂肪酸,それらの誘導体,及びほう酸化合物から選択される少なくとも1種と,水酸化リチウム又は水酸化カルシウムとの反応生成物から構成されていることを特徴とする請求項1に記載のグリース組成物。

【公開番号】特開2009−161706(P2009−161706A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−2882(P2008−2882)
【出願日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【出願人】(390022275)株式会社日本礦油 (25)
【Fターム(参考)】