グルコース吸収抑制剤
【課題】天然物由来の安全で,温和な効力を有するグルコース吸収抑制剤,及び,該グルコース吸収抑制剤を含有する血糖値上昇予防又は治療薬,或いは,血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いはペットフードを提供すること。
【解決手段】
マルチフロリンAを有効成分とするモモの葉またはモモの花をアルコール又は熱水で抽出して得た抽出液を,60%メタノール/ジクロロメタンで分画し,60%メタノール側に抽出される精製画分を採取することにより調製することができる。また,更に,シリカカラム及び/又はODSカラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離し,精製画分を採取することにより,更に精製することができる。
【解決手段】
マルチフロリンAを有効成分とするモモの葉またはモモの花をアルコール又は熱水で抽出して得た抽出液を,60%メタノール/ジクロロメタンで分画し,60%メタノール側に抽出される精製画分を採取することにより調製することができる。また,更に,シリカカラム及び/又はODSカラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離し,精製画分を採取することにより,更に精製することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,モモ葉由来のグルコース吸収抑制剤,特に,モモの葉またはモモの花から精製・分離したマルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤,及び該グルコース吸収抑制剤を含有する血糖値上昇予防又は治療薬,或いは,血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いはペットフードに関する。
【背景技術】
【0002】
肥満や糖尿病等は,食生活のような生活習慣,環境因子によりその発症が大きく影響されることから,生活習慣病とも呼ばれている。近年,日本では食べ過ぎ等の食生活が原因となるII型糖尿病が増加の一途をたどっている。糖尿病には,インスリン依存性糖尿病(I型糖尿病)とインスリン非依存型糖尿病(II型糖尿病)の2タイプがあるが,その90%は後者のタイプである。インスリン非依存型糖尿病における高血糖の原因として,食後の急峻な血糖上昇に対応し,瞬時に分泌されるべきインスリン早期相の欠如と食後高血糖の持続により誘導される内因性基礎インスリン分泌低下が挙げられる。
【0003】
食後高血糖の是正は経口血糖値降下剤やインスリンを用いても困難なことがあり,消化系における糖質の急速な吸収を防ぐ方法が有望である。消化系における糖質の吸収としては,小腸中のα−グルコシダーゼが関与しており,これらの酵素を阻害することにより,食後の血糖値上昇が抑制され,更にそれに続くインスリン値の上昇も抑制されることが明らかにされている。また,消化系における糖質の吸収を防ぐ方法として,腸管等の消化管にけるグルコース等の吸収を抑制する方法も知られている。さらに,腎尿細管においてグルコースの再吸収を抑制する方法も知られている。
【0004】
昨今,糖尿病の予防,改善のために,血糖値上昇抑制のために各種の方法が提案され,多くの血糖値上昇抑制剤が開示されている。それらの血糖値上昇抑制剤として,植物或いは植物抽出物を有効成分とする血糖値上昇抑制剤も多く知られている。例えば,植物由来として,茶水溶性多糖成分のテアラクトンを有効成分とする抗糖尿病剤(特開平4−124139号公報)が,バナバ葉の熱水抽出画分を有効成分とする抗糖尿病剤(特許平7−228539号公報)が,センブリより抽出単離したキサントン類の血糖降下剤(特開平7−206673号公報)が開示されている。
【0005】
また,アキノワスレグサ,イタドリ,オオイタビ,オオゴチョウ,カタバミ,クマツヅラ,サツマイモ,ジュズダマ,ツルグミ,ツルソバ,トウアズキ,トウガン,ニガニガグサ,ノカラムシ,ノビル,パパイヤ,ビョウヤナギ,モクセンナ,ヤマモモの乾燥粉末或いは抽出物からなる血糖値上昇抑制剤(特開2004−75638号公報)が,或いは,桑葉抽出物(特開2004−217532号公報,特開2006−273797号公報),コケモモ抽出物,ブドウ種子抽出物(特表2005−515962号公報),アセロラ抽出物(特開2005−82509号公報),バカス,熊笹,トウモロコシの茎からなる血糖値上昇抑制剤がそれぞれ開示されている。
【0006】
更に,枇杷種子の粉砕物(特開2005−325029号公報),オオベニゴウカンの葉抽出物(特開2006−232750号公報),ライチ種子抽出物(特開2007−70266号公報),モミジの成分(特開2007−186486号公報),茶の葉及び枇杷(特開2007−230985号公報),フェヌグリーク種子の部分加水分解物(特開2007−269685号公報),トウカエデ,チドリノキ(特開2007−320948号公報),シソ乾燥物,抽出物(特開2008−88087号公報)からなる血糖値上昇抑制剤がそれぞれ開示されている。
【0007】
本発明の化合物であるマルチフロリンAは,モモの花に含まれる成分として知られている。また,本発明の化合物と分子量は若干異なるが類似した構造を持つ化合物としてマルチフロリンBまたはベンケイソウ科石蓮属の石蓮花の含有成分の化合物10がある。他にもフラボノイド配糖体のルチン,ヘスペリジン,ナリンギンなどがある。バラ科プルナス属の植物の抽出物を有効成分として含有する過剰食欲抑制剤が開示されており,この抽出物にマルチフロチンBが含まれていることが述べられている。また,その実施例において,この抽出物の血糖値改善作用が確認されている(特開2007−55942号公報)。ベンケイソウ科石蓮属の石蓮花の含有成分の少なくとも1種を有効成分として含有する糖吸収抑制用組成物が開示されている。有効成分の1種として化合物10が報告されている(特開2006−241054号公報)。バイオフラボノイドを含有する血糖降下剤が開示されており,含有するバイオフラボノイドとしてヘスペリジン,ルチン,ナリンギンが報告されている(特開2002−524480号公報)。ヘスペリジン,ナリンギン等のフラバノン類を有効成分として含有する前駆脂肪細胞分化促進用組成物が開示されており,血糖低下作用があるとしている(特許第3069686号)。
【0008】
上記のように,これまで植物或いは植物抽出物からなる各種の血糖値上昇抑制剤が開示されているが,モモの葉またはモモの花等から抽出,精製・分離された特定のマルチフロリンAのような成分からなる血糖値上昇抑制剤は開示されていない。
【0009】
また,本発明の化合物であるマルチフロリンAには通便作用が報告されている(非特許文献)。しかしながらマルチフロリンAをグルコース吸収抑制に用いることについては,報告されていない。
【0010】
【特許文献1】特開平4−124139号公報。
【特許文献2】特開平7−206673号公報。
【特許文献3】特開平7−228539号公報。
【特許文献4】特開2004−75638号公報。
【特許文献5】特開2004−217532号公報。
【特許文献6】特開2005−82509号公報。
【特許文献7】特開2005−325029号公報。
【特許文献8】特表2005−515962公報。
【特許文献9】特開2006−232750号公報。
【特許文献10】特開2006−273797号公報。
【特許文献11】特開2007−70266号公報。
【特許文献12】特開2007−186486号公報。
【特許文献13】特開2007−228964号公報。
【特許文献14】特開2007−230985号公報。
【特許文献15】特開2007−269685号公報。
【特許文献16】特開2007320948号公報。
【特許文献17】特開2008−88087号公報。
【非特許文献1】薬学雑誌Vol.97,No.1,Page.109−111,1977。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は,天然物由来の安全で,温和な効力を有するグルコース吸収阻害剤,及び,該グルコース吸阻害剤を含有する血糖値上昇予防又は,治療薬,或いは,血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いは,ペットフードを提供することにある。
【発明が解決するための手段】
【0012】
本発明者らは,先に,バラ科の下位分類の1つで,サクラ,ウメ,モモなどが属するサクラ亜科(学名 Prunoideae)の花木類の中で,血糖値上昇抑制効果を有するものがあることを見い出し,特に,モモ(Prunus persica)の葉のメタノール抽出物が顕著な血糖値上昇抑制作用を有することを見い出し,該抽出物を有効成分とする血糖値上昇抑制剤等について,特許出願を行なった(特開2007−35481号優先権特願2008−33747号)。そして更に,モモの葉の血糖値上昇を抑制する物質について,鋭意検討する中で,モモの葉の血糖値上昇を抑制する物質の1つとしてマルチフロリンAを精製・単離することに成功し,該物質が腸管でのグルコース吸収阻害を有することを確認し,本発明を完成するに至った。また,モモの花を原料とした場合にも該成分が含まれていることを示し,メタノール以外にエタノールや熱水で抽出した場合にも,さらに原料を乾燥させた場合も乾燥させない場合にも,十分にその効果が認められることを示した。
【0013】
すなわち,本発明は,マルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤からなる。本発明の,マルチフロリンAは,下記一般式(1)で表される。
【0014】
【化1】
【0015】
本発明のグルコース吸収抑制剤の有効成分であるマルチフロリンAは,モモの葉又はモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を抽出して得られるマルチフロリンA精製画分を採取することにより調製できる。また,モモの葉又はモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を抽出して得られるマルチフロリンA精製画分を90%メタノールで抽出して得られるマルチフロリンA精製画分を採取することにより調製できる。また,モモの葉又はモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を90%メタノールで抽出し,60%メタノール/ジクロロメタンで分画し,60%メタノール側に抽出されるマルチフロリンA精製画分を採取することにより調製することができる。更に,シリカカラム及び/又はODSカラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離し,マルチフロリンA精製画分を採取することにより,更に精製されたマルチフロリンAを調製することができる。
【0016】
本発明のマルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤は,腸管または腎尿細管におけるグルコースの吸収を抑制し,該グルコース吸収抑制剤を添加,含有させることにより,血糖値上昇予防または治療薬を,或いは,血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いはペットフードを提供することができる。
【0017】
すなわち具体的には本発明は,(1)マルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤や,(2)有効成分のマルチフロリンAが,モモの葉またはモモの花をアルコール又は熱水で抽出した抽出物であることを特徴とする上記(1)記載のグルコース吸収抑制剤や,(3)マルチフロリンA精製画分が,モモの葉またはモモの花を原料としてアルコール抽出または熱水抽出した抽出物を,90%メタノールで抽出して得られるマルチフロリンA精製画分であることを特徴とする上記(1)記載のグルコース吸収抑制剤や,(4)マルチフロリンA精製画分が,モモの葉またはモモの花を原料としてアルコール抽出または熱水抽出した抽出物を,60%メタノールで抽出して得たものを,シリカカラム及び/またはODSカラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離した精製画分であることを特徴とする上記(1)記載のグルコース吸収抑制剤や,(5)グルコース吸収抑制が,腸管または腎尿細管におけるグルコースの吸収を抑止するものであることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤からなる。
【0018】
また本発明は,(6)上記(1)〜(5)のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を含有することと特徴とする血糖値上昇予防または治療薬や,(7)上記(1)〜(5)のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を添加したことを特徴とする血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品や,(8)上記(1)〜(5)のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を添加したことを特徴とする血糖値上昇抑制機能を付与したペットフードや,(9)糖尿病,肥満予防・改善,メタボリックシンドロームの予防・改善,ダイエット等の用途を示す表示がされた飲食品,または医薬部外品,医薬品。(10)モモの葉または花を原料としたアルコール抽出または熱水抽出した抽出液からグルコース吸収抑制有効成分を採取することを特徴とする上記(2)〜(4)記載のグルコース吸収抑制剤有効成分の調製方法からなる。
【発明の効果】
【0019】
本発明のグルコース吸収抑制剤の有効成分であるマルチフロリンAは,本来,モモの葉または花の一成分であるため,毒性はなく,また,植物のような天然由来の有効成分として,穏やかなかつ顕著なグルコース吸収抑制作用を奏する。したがって,本発明は,天然物由来の安全で,温和かつ顕著な効力を有するグルコース吸収抑制剤を提供するとともに,該グルコース吸収抑制剤を含有する血糖値上昇予防又は治療薬,或いは,血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いは,ペットフードを提供し、人間又は動物の糖尿病のような生活習慣病の予防,改善のための有力な対処法を提供することができる。
【0020】
本発明は,モモの葉またはモモの花由来のマルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤,及び,該グルコース吸収抑制剤を含有する血糖値上昇予防又は治療薬,或いは,グルコース吸収抑制剤を添加した血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いは,ペットフードからなる。
【0021】
本発明のグルコース吸収抑制剤の有効成分であるマルチフロリンAを調製するには,フラボノイド類および糖類からの合成法により製造することもできるが,グルコース吸収抑制剤の有効成分としての用途の目的からは,モモの葉またはモモの花からの抽出・精製することによる調製方法が特に好ましい。モモの葉またはモモの花から抽出・精製により,本発明のグルコース吸収抑制剤の有効成分であるマルチフロリンAを調製するには,まず,モモの葉またはモモの花からの抽出液を調製する。モモは,葉部および花部,或いは植物全体をそのまま用いてもよく,これらを乾燥した乾燥体,若しくは乾燥後粉砕した粉末を用いることもできる。また,これらを水抽出,熱水抽出,酸性下での抽出,アルカリ性下での抽出,メタノール,エタノール,アセトン,酢酸エチル,ヘキサン等各種の有機溶媒を用いて,抽出した抽出物を用いることもできるが,その後の処理等の関連から,エタノールで抽出した抽出物を用いることが好ましい。
【0022】
モモの葉またはモモの花から抽出した本発明の有効成分を含有する抽出液から,本発明の有効成分であるマルチフロリンAの精製画分を精製・分離して採取するには,例えば,モモの葉のメタノール抽出液またはモモの花の熱水抽出液を,おのおの60%メタノール/ジクロロメタンで分画し,60%メタノール側に抽出されるマルチフロリンA精製画分を採取する。該画分は,更に,シリカカラム及び/又はODS(Octadecylsilane)カラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離し,マルチフロリンA精製画分を採取することができる。
【0023】
モモの葉またはモモの花から,精製・分離したマルチフロリンA精製画分を用いて,血糖値上昇抑制剤,或いは,血糖値上昇予防又は治療薬を製造するには,上記の方法で製造した精製画分を情報に従って公知の医薬用無毒性担体と組み合わせて製剤化すればよい。本発明に関わる血糖値上昇抑制剤は,種々の剤型での投与が可能であるが,経口投与剤として製剤化される。例えば,経口投与剤としては錠剤,顆粒剤,散剤,カプセル剤,ソフトカプセル剤などの固形剤,溶液剤,懸濁剤,乳化剤等の液剤,凍結乾燥剤等が挙げられ,これらの製剤は製剤上の常套手段により調製することができる。
【0024】
上記医薬用無毒性担体としては,例えば,グルコース,乳糖,ショ糖,でんぷん,マンニトール,デキストリン,脂肪酸グリセリド,ポリエチレングリコール,ヒドロキシエチルでんぷん,エチレングリコール,ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル,アミノ酸,アルブミン,水,生理食塩水などが挙げられる。また,必要に応じて安定化剤,滑沢剤,湿潤剤,乳化剤,結合剤等の慣用の添加剤を適宜添加することができる。本発明に関わる血糖値上昇抑制剤において,有効成分であるマルチフロリンAの投与量は,患者の年齢,体重,症状,疾患の程度,投与スケジュール,製剤形態等により,適宜選択,決定されるが,例えば,一日当たり生薬当価量として0.1〜100g/kg体重程度とされ,一日数回に分けて投与してもよい。
【0025】
また,本発明に関わるモモの葉またはモモの花由来の有効成分は,毒性を有することは報告されていないことから,血糖値上昇抑制を目的とした飲食品として摂取することもできる。本発明の有効成分を添加した血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品は,特定保健用食品,栄養機能食品,又は健康食品等として位置付けることができる。機能性食品としては,例えば,本発明の有効成分に適当な所剤を添加した後,慣用の手段を用いて,食用に適した状態,例えば,顆粒状,粒状,錠剤,カプセル剤,ソフトカプセル剤,ペースト状等に形成したものを用いることができる。この飲食品はそのまま食用に供してもよく,また種々の食品(例えばハム,ソーセージ,かまぼこ,ちくわ,パン,バター,粉乳,菓子など)に添加して使用したり,水,酒類,果汁,牛乳,清涼飲料水等の飲物に添加して使用してもよい。かかる食品の形態における本発明の有効成分の摂取量は,年齢,体重,症状,疾患の程度,食品の形態等により適宜選択・決定されるが,例えば,一日当たり生葉等価量として0.1〜100g/kg体重程度とされ,一日数回に分けて投与してもよい。
【0026】
また,本発明に関わるモモの葉またはモモの花由来の有効成分は,動物用にペットフードとして用いることもでき,摂取量はペットの種類,年齢,体重,症状,疾患の程度,食品の形態等により適宜選択されるが,食品に準拠して投与すればよい。
【0027】
以下,実施例により本発明を具体的に説明するが,本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
[モモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離]
モモの葉エキスに有意な血糖値上昇抑制作用があることから,該血糖値上昇抑制作用を有する活性成分の抽出分離を,活性成分の抽出分離は,図1のフローに従って行なった。すなわち,モモの葉のメタノール(MeOH)抽出エキス(18.0g)を1.5Lの蒸留水(Water)に溶解させ,等量の酢酸エチル(EtOAc)を加え,Water[1]画分とEtOAc画分に分配した。この操作を3回繰り返した。酢酸エチル画分をエバポレーターで減圧濃縮後,同様の操作により,更に90%メタノール画分とn−Hex画分(n−ヘキサン)画分に分配した。全ての画分をエバポレーターで減圧濃縮後,凍結乾燥し,重量を測定した。これらの分配操作により,Water[1]画分12.6g,90%MeOH画分4.8g,n−Hex画分0.6gの3つの画分を得た。3つの画分のうち、90%MeOH画分のみが、グルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示したことから,さらにこの90%MeOH画分4.8gを1Lの60%MeOH溶液に溶解させて,ジクロロメタン(CH2Cl2)を加えて分配する操作により,60%MeOH画分(1.5g)とCH2Cl2画分(3.3g)の2つの画分を得た。2つの画分のうち、60%MeOH画分のみが、グルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示した。
【0029】
上記で得られたモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分を含有する60%MeOH画分を精製・分離して,該グルコース吸収阻害活性成分の構造について分析した(図1)。60%MeOH画分の精製・分離のフローを上記に続いて図1に示す。すなわち,上記で得られたモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分を含有する60%MeOH画分を,ODS(Octadecylsilane)カラム(ODSゲル30g,Water/MeOH=1/1(3Vol.)→MeOH(3Vol.))クロマトグラフィーにより,15個の画分(Fr.)に分画したところ,5〜9番目を合わせた画分(Fr.5−9)がグルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示した。この画分(Fr.5−9)を,ODSカラム(ODSゲル20g,Water/MeOH=2/1(3Vol.)→MeOH(3Vol.))クロマトグラフィーにより,8個の画分に分画したところ,4〜7番目を合わせた画分(Fr.4−7)がグルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示した。さらに,この画分(Fr.4−7)をプレパックシリカゲルカラム(Sep−Pac,3cc,CHCl3/MeOH=10/1(3Vol.))クロマトグラフィーにより,3個の画分に分画したところ,2番目の画分(Fr.2)がグルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示した。最終的に,この画分を高速液体クロマトグラフィーシステムを用いたODSカラム(HG−5,直径20mm,60%MeOH→MeOH)クロマトグラフィーにより分画し,単一の成分に分離した。単一成分であることは,得られた画分を濃縮して,薄層クロマトグラフィーにより単一スポットを示すことで確認した。
【0030】
[モモ葉の粗抽出物の血糖値上昇抑制作用の確認]
上記モモ葉エキス(粗抽出物)について,糖負荷による血糖値上昇の抑制作用を確認するとともに,予想されるメカニズムとして,腸管におけるグルコース吸収阻害作用について試験した。
【0031】
(グルコース負荷試験)
上記モモ葉エキス(粗抽出物)について,グルコース負荷試験を行なった結果を,図2に示す。グルコース(1,000mg/kg)とサンプル水溶液または蒸留水を混合させたものをマウスに強制経口投与し,経時的に採血して血糖値を測定した。図に示されるように,モモ葉エキス(1,000mg/kg)投与群では糖負荷後30分時に対照群(Control)に対して有意に血糖値上昇抑制が示された。このことから,モモ葉エキス粗抽出物には血糖値上昇を抑制する活性成分が含有されていることが示された。
【0032】
(腸管におけるグルコース吸収阻害試験)
腸管におけるグルコース吸収阻害試験の概要を図2に示す。腸管におけるグルコース吸収阻害試験にマウスを用いた。マウスの腸管を結紮して腸管から血中へのグルコース吸収に及ぼす影響を測定した。操作は,(1)供試試料(糖を含む)の胃底部からの投与,(2)マウスの腸管結紮,(3)供試試料投与30分後に尾採血,(4)生理食塩水で内容物を洗浄,(5)腸管内グルコース濃度測定,の手順で行なった。この試験では,糖としてグルコースを用いた。糖(グルコース1,000mg/kg)負荷後30分間に上昇した血糖値を測定し,腸管内のグルコース残存%(腸管に投与したグルコースを100%とした時に血中に吸収されずに腸管内に残ったグルコース量%)を測定した。この結果から,供試試料の腸管におけるグルコース吸収阻害作用を調べた。
【0033】
(腸管におけるグルコース吸収阻害試験の結果)
上記モモ葉エキス(粗抽出物)について,腸管におけるグルコース吸収阻害試験を実施した結果を,図3に示す。図に示されるように,モモ葉エキス(1,000mg/kg)投与群では糖負荷後30分時に対照群(Control)に対して有意に血糖値上昇抑制を示した。このことより,モモ葉エキスは腸管におけるグルコース吸収を抑制することで,グルコース負荷時の血糖値上昇を抑制していることが示された。
【0034】
[モモ葉エキスの分離画分の血糖値上昇抑制作用の確認]
上記モモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離によって,分離途中で得られたWater[1]画分,90%MeOH画分,n−Hex画分の3つの画分,および次の段階で90%MeOH画分を分離することにより得られた60%MeOH画分及びCH2Cl2画分の2つの画分について,各々の段階でグルコース負荷(1,000mg/kg)による血糖値上昇の抑制作用を確認するために試験した。
【0035】
(モモ葉エキスの分離画分のグルコース負荷試験の結果)
上記モモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の分離において得られたWater[1]画分,90%MeOH画分,n−Hex画分の3つの画分について,グルコース負荷試験を行なった結果を,図4に示す。図に示されるように,90%MeOH画分のみにおいて,糖負荷後30分時に対照群に対して有意な血糖値上昇抑制作用を示した。このことから,この画分に血糖値上昇を抑制する活性成分が含有されていることが示された。
【0036】
上記の次の分画段階で得られた60%MeOH画分及びCH2Cl2画分について,グルコース負荷試験を行なった結果を,図5に示す。図に示されるように,60%MeOH画分が,糖負荷後30分時に対照群に対して有意な血糖値上昇抑制作用を示した。このことから,この画分に血糖値上昇を抑制する活性成分が含有されていることが示された。
【0037】
[モモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の同定]
上記の分離操作により60%MeOH画分から分離されたグルコース吸収阻害活性成分は,TLC上で,単一スポットとして確認されたため,NMRによる分析(1H NMR;13C NMR;DEPT;COSY;HMQC;HMBC)を行なった。1H NMRによる分析の結果を,図6に示す。1H NMRスペクトルにおいて,特徴的なシグナルとして,δH0.9ppmに二重線で現れるメチル基と考えられるシグナル,δH2.0ppm付近に一重線で現れるメチル基と考えられるシグナル,δH3から5ppm付近に酸素と隣り合った炭素に結合する水素と考えられるシグナル(合計で13H分と計算された),低磁場(δH6から8ppm付近)にオレフィンプロトンと考えられる6H分のシグナルが観測された。また,13C NMRスペクトルによる分析の結果を,図7に示す。13C NMRスペクトル,DEPTスペクトル及びHMQCスペクトルより,2個のカルボニル炭素(δC179.8,173.2),14個のオレフィン炭素(δC159.6,136.5,158.8,100.4,163.5,95.3,161.8,106.0,123.0,132.3,132.3,116.9,116.9,161.8),8個のオキシメチン炭素(δC72.2,72.4,83.7,70.9,76.3,78.4,72.1,75.6)1個のオキシメチレン炭素(δC65.2),2個のアセタール炭素(δC103.6,106.3),2個のメチル炭素(δC18.2,21.2)の存在が示唆された。
【0038】
また,COSYスペクトル,HMBCスペクトルにより,ポリフェノールの一種であるケンフェロール骨格およびグルコースおよびラムノースの3つの部分構造が明らかとなった。更に詳細な解析により,これらの部分構造の結合をケンフェロールの3位にラムノースとグルコースが連続して一般式(1)のように結合したものであることが示された。この化合物は赤茶色粉末状物として得られ,メタノールに可溶である。高分解能質量分析(ESIMS)より,[m/z659.1588(M+Na)+]に分子イオンピークが確認されたことから,分子式はC29H32O16であると決定された。以上の分析結果から,この化合物はマルチフロリンAであると同定された。
【0039】
(精製成分マルチフロリンAの血糖値上昇抑制作用の確認)
上記により精製・同定したモモ葉エキス中のグルコース吸収阻害活性成分マルチフロリンAについて,グルコース負荷試験を行った結果を図8に示した。図に示したようにマルチフロリンAは濃度依存的にグルコース負荷30分後の血糖値上昇を抑制して,0.5mg/kg以上の濃度において,対照群に対して有意な上昇抑制作用を示した。
【0040】
(モモ葉エキスの安全性確認)
モモ葉抽出物の毒性の有無を確認するために,マウスに高用量の粗抽出物を単回経口投与(2,500mg/kg,5,000mg/kg)して,経過を観察した(各群2匹)。投与4時間以内の観察ではマウスの行動や状態にとくに異常は見られず,下痢などの症状も観察されなかった。さらに7日間の継続飼育中にも異常を示した個体や死亡した個体は見られなかったことから,モモ葉抽出物による生体への悪影響は見当たらず,安全であることが確認された。
【実施例2】
【0041】
[モモ花エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離]
モモの花エキスにも該グルコース吸収阻害活性成分が含まれていることを,モモの花投与によるグルコース負荷試験を確認したことから,該血糖値上昇抑制作用を有する活性成分の抽出分離を,図9のフローに従って行なった。すなわち,モモの花の熱水抽出エキス(100%)から上記で示したモモ葉エキスの分離精製に準じる操作により,該グルコース吸収阻害活性成分を含む60%MeOH画分を得た。この画分にはグルコース負荷試験により,血糖値上昇抑制作用があることを確認した。さらにこの60%MeOH画分を,ODSカラム(ODSゲル20g,Water/MeOH=2/1(3Vol.)→MeOH(3Vol.))クロマトグラフィーおよび,高速液体クロマトグラフィーシステムを用いたODSカラム(HG−5,直径20mm,60%MeOH→MeOH)クロマトグラフィーにより分画し,単一の成分に分離した。モモ花熱水抽出物から得られたこの成分(収率:0.76%,図9)についてNMRなどのスペクトルを解析したころ,上記でモモ葉エキスから得られたマルチフロリンA(収率:0.02%,図1)と同一であることが明らかとなった。
【0042】
(抽出処理法を変化させたモモ花エキスによるグルコース負荷試験の結果)
上記モモ花の熱水抽出物は該グルコース吸収抑制活性成分マルチフロリンAが比較的多く含まれていることから,次に示した5種類の抽出処理法による活性の変化を調べた。すなわち,メタノール抽出,エタノール抽出,乾燥せずに熱水抽出,100℃で乾燥させた後に熱水抽出,200℃で乾燥させた後に熱水抽出の5種類で比較を行なった結果を図10に示した。図に示したとおり,いずれの抽出法においてもモモ葉な抽出物は顕著な血糖値上昇抑制作用を示したことから,活性成分は通常用いられる溶媒,乾燥,熱にも安定であり,原料であるモモの花又はモモの葉が,加工処理によっても該グルコース吸収抑制活性を保持できることが示された。
【0043】
(モモ葉由来成分およびモモ葉由来成分のグルコース負荷試験の結果)
モモ葉由来の該グルコース吸収抑制活性成分とモモ花の由来グルコース吸収抑制活性成分は,各種分析によりどちらも同一のマルチフロリンAであることを示したが,その活性についてグルコース負荷試験により確認した結果を図11に示した。図に示した通り,両方の成分ともに同じ濃度で同程度の活性を有することが示された。これによって,モモの葉にもモモの花にも含まれているマルチフロリンAが,グルコース吸収阻害活性を示す活性本体であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の実施例におけるモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離において,活性成分の抽出分離のフローおよびを示す図である。
【図2】本発明の実施例における,粗抽出物のグルコース負荷試験の結果を示す図である。
【図3】本発明の実施例における供試試料の腸管におけるグルコース吸収阻害試験において,該グルコース吸収阻害試験の概要を示す図である。
【図4】本発明の実施例における,90%MeOH画分のグルコース負荷試験の結果を示す図である。
【図5】本発明の実施例における,60%MeOH画分のグルコース負荷試験の結果を示す図である。
【図6】本発明の実施例におけるモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の同定において,分離されたグルコース吸収阻害活性成分の1H NMRによる分析の結果を示す図である。
【図7】本発明の実施例におけるモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の同定において,分離されたグルコース吸収阻害活性成分の13C NMRによる分析の結果を示す図である。
【図8】本発明の実施例における,精製成分マルチフロリンAのグルコース負荷試験の結果および濃度依存性を示す図である。
【図9】本発明の実施例におけるモモ花エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離において,活性成分の抽出分離のフローおよびを示す図である。
【図10】本発明の実施例における,モモ花エキスの処理方法の違った抽出物のグルコース負荷試験の結果を示す図である。
【図11】本発明の実施例におけるモモ葉エキスから精製したマルチフロリンAとモモ花エキスから精製したマルチフロリンAとのグルコース吸収阻害活性の比較を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は,モモ葉由来のグルコース吸収抑制剤,特に,モモの葉またはモモの花から精製・分離したマルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤,及び該グルコース吸収抑制剤を含有する血糖値上昇予防又は治療薬,或いは,血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いはペットフードに関する。
【背景技術】
【0002】
肥満や糖尿病等は,食生活のような生活習慣,環境因子によりその発症が大きく影響されることから,生活習慣病とも呼ばれている。近年,日本では食べ過ぎ等の食生活が原因となるII型糖尿病が増加の一途をたどっている。糖尿病には,インスリン依存性糖尿病(I型糖尿病)とインスリン非依存型糖尿病(II型糖尿病)の2タイプがあるが,その90%は後者のタイプである。インスリン非依存型糖尿病における高血糖の原因として,食後の急峻な血糖上昇に対応し,瞬時に分泌されるべきインスリン早期相の欠如と食後高血糖の持続により誘導される内因性基礎インスリン分泌低下が挙げられる。
【0003】
食後高血糖の是正は経口血糖値降下剤やインスリンを用いても困難なことがあり,消化系における糖質の急速な吸収を防ぐ方法が有望である。消化系における糖質の吸収としては,小腸中のα−グルコシダーゼが関与しており,これらの酵素を阻害することにより,食後の血糖値上昇が抑制され,更にそれに続くインスリン値の上昇も抑制されることが明らかにされている。また,消化系における糖質の吸収を防ぐ方法として,腸管等の消化管にけるグルコース等の吸収を抑制する方法も知られている。さらに,腎尿細管においてグルコースの再吸収を抑制する方法も知られている。
【0004】
昨今,糖尿病の予防,改善のために,血糖値上昇抑制のために各種の方法が提案され,多くの血糖値上昇抑制剤が開示されている。それらの血糖値上昇抑制剤として,植物或いは植物抽出物を有効成分とする血糖値上昇抑制剤も多く知られている。例えば,植物由来として,茶水溶性多糖成分のテアラクトンを有効成分とする抗糖尿病剤(特開平4−124139号公報)が,バナバ葉の熱水抽出画分を有効成分とする抗糖尿病剤(特許平7−228539号公報)が,センブリより抽出単離したキサントン類の血糖降下剤(特開平7−206673号公報)が開示されている。
【0005】
また,アキノワスレグサ,イタドリ,オオイタビ,オオゴチョウ,カタバミ,クマツヅラ,サツマイモ,ジュズダマ,ツルグミ,ツルソバ,トウアズキ,トウガン,ニガニガグサ,ノカラムシ,ノビル,パパイヤ,ビョウヤナギ,モクセンナ,ヤマモモの乾燥粉末或いは抽出物からなる血糖値上昇抑制剤(特開2004−75638号公報)が,或いは,桑葉抽出物(特開2004−217532号公報,特開2006−273797号公報),コケモモ抽出物,ブドウ種子抽出物(特表2005−515962号公報),アセロラ抽出物(特開2005−82509号公報),バカス,熊笹,トウモロコシの茎からなる血糖値上昇抑制剤がそれぞれ開示されている。
【0006】
更に,枇杷種子の粉砕物(特開2005−325029号公報),オオベニゴウカンの葉抽出物(特開2006−232750号公報),ライチ種子抽出物(特開2007−70266号公報),モミジの成分(特開2007−186486号公報),茶の葉及び枇杷(特開2007−230985号公報),フェヌグリーク種子の部分加水分解物(特開2007−269685号公報),トウカエデ,チドリノキ(特開2007−320948号公報),シソ乾燥物,抽出物(特開2008−88087号公報)からなる血糖値上昇抑制剤がそれぞれ開示されている。
【0007】
本発明の化合物であるマルチフロリンAは,モモの花に含まれる成分として知られている。また,本発明の化合物と分子量は若干異なるが類似した構造を持つ化合物としてマルチフロリンBまたはベンケイソウ科石蓮属の石蓮花の含有成分の化合物10がある。他にもフラボノイド配糖体のルチン,ヘスペリジン,ナリンギンなどがある。バラ科プルナス属の植物の抽出物を有効成分として含有する過剰食欲抑制剤が開示されており,この抽出物にマルチフロチンBが含まれていることが述べられている。また,その実施例において,この抽出物の血糖値改善作用が確認されている(特開2007−55942号公報)。ベンケイソウ科石蓮属の石蓮花の含有成分の少なくとも1種を有効成分として含有する糖吸収抑制用組成物が開示されている。有効成分の1種として化合物10が報告されている(特開2006−241054号公報)。バイオフラボノイドを含有する血糖降下剤が開示されており,含有するバイオフラボノイドとしてヘスペリジン,ルチン,ナリンギンが報告されている(特開2002−524480号公報)。ヘスペリジン,ナリンギン等のフラバノン類を有効成分として含有する前駆脂肪細胞分化促進用組成物が開示されており,血糖低下作用があるとしている(特許第3069686号)。
【0008】
上記のように,これまで植物或いは植物抽出物からなる各種の血糖値上昇抑制剤が開示されているが,モモの葉またはモモの花等から抽出,精製・分離された特定のマルチフロリンAのような成分からなる血糖値上昇抑制剤は開示されていない。
【0009】
また,本発明の化合物であるマルチフロリンAには通便作用が報告されている(非特許文献)。しかしながらマルチフロリンAをグルコース吸収抑制に用いることについては,報告されていない。
【0010】
【特許文献1】特開平4−124139号公報。
【特許文献2】特開平7−206673号公報。
【特許文献3】特開平7−228539号公報。
【特許文献4】特開2004−75638号公報。
【特許文献5】特開2004−217532号公報。
【特許文献6】特開2005−82509号公報。
【特許文献7】特開2005−325029号公報。
【特許文献8】特表2005−515962公報。
【特許文献9】特開2006−232750号公報。
【特許文献10】特開2006−273797号公報。
【特許文献11】特開2007−70266号公報。
【特許文献12】特開2007−186486号公報。
【特許文献13】特開2007−228964号公報。
【特許文献14】特開2007−230985号公報。
【特許文献15】特開2007−269685号公報。
【特許文献16】特開2007320948号公報。
【特許文献17】特開2008−88087号公報。
【非特許文献1】薬学雑誌Vol.97,No.1,Page.109−111,1977。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は,天然物由来の安全で,温和な効力を有するグルコース吸収阻害剤,及び,該グルコース吸阻害剤を含有する血糖値上昇予防又は,治療薬,或いは,血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いは,ペットフードを提供することにある。
【発明が解決するための手段】
【0012】
本発明者らは,先に,バラ科の下位分類の1つで,サクラ,ウメ,モモなどが属するサクラ亜科(学名 Prunoideae)の花木類の中で,血糖値上昇抑制効果を有するものがあることを見い出し,特に,モモ(Prunus persica)の葉のメタノール抽出物が顕著な血糖値上昇抑制作用を有することを見い出し,該抽出物を有効成分とする血糖値上昇抑制剤等について,特許出願を行なった(特開2007−35481号優先権特願2008−33747号)。そして更に,モモの葉の血糖値上昇を抑制する物質について,鋭意検討する中で,モモの葉の血糖値上昇を抑制する物質の1つとしてマルチフロリンAを精製・単離することに成功し,該物質が腸管でのグルコース吸収阻害を有することを確認し,本発明を完成するに至った。また,モモの花を原料とした場合にも該成分が含まれていることを示し,メタノール以外にエタノールや熱水で抽出した場合にも,さらに原料を乾燥させた場合も乾燥させない場合にも,十分にその効果が認められることを示した。
【0013】
すなわち,本発明は,マルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤からなる。本発明の,マルチフロリンAは,下記一般式(1)で表される。
【0014】
【化1】
【0015】
本発明のグルコース吸収抑制剤の有効成分であるマルチフロリンAは,モモの葉又はモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を抽出して得られるマルチフロリンA精製画分を採取することにより調製できる。また,モモの葉又はモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を抽出して得られるマルチフロリンA精製画分を90%メタノールで抽出して得られるマルチフロリンA精製画分を採取することにより調製できる。また,モモの葉又はモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を90%メタノールで抽出し,60%メタノール/ジクロロメタンで分画し,60%メタノール側に抽出されるマルチフロリンA精製画分を採取することにより調製することができる。更に,シリカカラム及び/又はODSカラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離し,マルチフロリンA精製画分を採取することにより,更に精製されたマルチフロリンAを調製することができる。
【0016】
本発明のマルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤は,腸管または腎尿細管におけるグルコースの吸収を抑制し,該グルコース吸収抑制剤を添加,含有させることにより,血糖値上昇予防または治療薬を,或いは,血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いはペットフードを提供することができる。
【0017】
すなわち具体的には本発明は,(1)マルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤や,(2)有効成分のマルチフロリンAが,モモの葉またはモモの花をアルコール又は熱水で抽出した抽出物であることを特徴とする上記(1)記載のグルコース吸収抑制剤や,(3)マルチフロリンA精製画分が,モモの葉またはモモの花を原料としてアルコール抽出または熱水抽出した抽出物を,90%メタノールで抽出して得られるマルチフロリンA精製画分であることを特徴とする上記(1)記載のグルコース吸収抑制剤や,(4)マルチフロリンA精製画分が,モモの葉またはモモの花を原料としてアルコール抽出または熱水抽出した抽出物を,60%メタノールで抽出して得たものを,シリカカラム及び/またはODSカラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離した精製画分であることを特徴とする上記(1)記載のグルコース吸収抑制剤や,(5)グルコース吸収抑制が,腸管または腎尿細管におけるグルコースの吸収を抑止するものであることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤からなる。
【0018】
また本発明は,(6)上記(1)〜(5)のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を含有することと特徴とする血糖値上昇予防または治療薬や,(7)上記(1)〜(5)のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を添加したことを特徴とする血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品や,(8)上記(1)〜(5)のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を添加したことを特徴とする血糖値上昇抑制機能を付与したペットフードや,(9)糖尿病,肥満予防・改善,メタボリックシンドロームの予防・改善,ダイエット等の用途を示す表示がされた飲食品,または医薬部外品,医薬品。(10)モモの葉または花を原料としたアルコール抽出または熱水抽出した抽出液からグルコース吸収抑制有効成分を採取することを特徴とする上記(2)〜(4)記載のグルコース吸収抑制剤有効成分の調製方法からなる。
【発明の効果】
【0019】
本発明のグルコース吸収抑制剤の有効成分であるマルチフロリンAは,本来,モモの葉または花の一成分であるため,毒性はなく,また,植物のような天然由来の有効成分として,穏やかなかつ顕著なグルコース吸収抑制作用を奏する。したがって,本発明は,天然物由来の安全で,温和かつ顕著な効力を有するグルコース吸収抑制剤を提供するとともに,該グルコース吸収抑制剤を含有する血糖値上昇予防又は治療薬,或いは,血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いは,ペットフードを提供し、人間又は動物の糖尿病のような生活習慣病の予防,改善のための有力な対処法を提供することができる。
【0020】
本発明は,モモの葉またはモモの花由来のマルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤,及び,該グルコース吸収抑制剤を含有する血糖値上昇予防又は治療薬,或いは,グルコース吸収抑制剤を添加した血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品,或いは,ペットフードからなる。
【0021】
本発明のグルコース吸収抑制剤の有効成分であるマルチフロリンAを調製するには,フラボノイド類および糖類からの合成法により製造することもできるが,グルコース吸収抑制剤の有効成分としての用途の目的からは,モモの葉またはモモの花からの抽出・精製することによる調製方法が特に好ましい。モモの葉またはモモの花から抽出・精製により,本発明のグルコース吸収抑制剤の有効成分であるマルチフロリンAを調製するには,まず,モモの葉またはモモの花からの抽出液を調製する。モモは,葉部および花部,或いは植物全体をそのまま用いてもよく,これらを乾燥した乾燥体,若しくは乾燥後粉砕した粉末を用いることもできる。また,これらを水抽出,熱水抽出,酸性下での抽出,アルカリ性下での抽出,メタノール,エタノール,アセトン,酢酸エチル,ヘキサン等各種の有機溶媒を用いて,抽出した抽出物を用いることもできるが,その後の処理等の関連から,エタノールで抽出した抽出物を用いることが好ましい。
【0022】
モモの葉またはモモの花から抽出した本発明の有効成分を含有する抽出液から,本発明の有効成分であるマルチフロリンAの精製画分を精製・分離して採取するには,例えば,モモの葉のメタノール抽出液またはモモの花の熱水抽出液を,おのおの60%メタノール/ジクロロメタンで分画し,60%メタノール側に抽出されるマルチフロリンA精製画分を採取する。該画分は,更に,シリカカラム及び/又はODS(Octadecylsilane)カラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離し,マルチフロリンA精製画分を採取することができる。
【0023】
モモの葉またはモモの花から,精製・分離したマルチフロリンA精製画分を用いて,血糖値上昇抑制剤,或いは,血糖値上昇予防又は治療薬を製造するには,上記の方法で製造した精製画分を情報に従って公知の医薬用無毒性担体と組み合わせて製剤化すればよい。本発明に関わる血糖値上昇抑制剤は,種々の剤型での投与が可能であるが,経口投与剤として製剤化される。例えば,経口投与剤としては錠剤,顆粒剤,散剤,カプセル剤,ソフトカプセル剤などの固形剤,溶液剤,懸濁剤,乳化剤等の液剤,凍結乾燥剤等が挙げられ,これらの製剤は製剤上の常套手段により調製することができる。
【0024】
上記医薬用無毒性担体としては,例えば,グルコース,乳糖,ショ糖,でんぷん,マンニトール,デキストリン,脂肪酸グリセリド,ポリエチレングリコール,ヒドロキシエチルでんぷん,エチレングリコール,ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル,アミノ酸,アルブミン,水,生理食塩水などが挙げられる。また,必要に応じて安定化剤,滑沢剤,湿潤剤,乳化剤,結合剤等の慣用の添加剤を適宜添加することができる。本発明に関わる血糖値上昇抑制剤において,有効成分であるマルチフロリンAの投与量は,患者の年齢,体重,症状,疾患の程度,投与スケジュール,製剤形態等により,適宜選択,決定されるが,例えば,一日当たり生薬当価量として0.1〜100g/kg体重程度とされ,一日数回に分けて投与してもよい。
【0025】
また,本発明に関わるモモの葉またはモモの花由来の有効成分は,毒性を有することは報告されていないことから,血糖値上昇抑制を目的とした飲食品として摂取することもできる。本発明の有効成分を添加した血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品は,特定保健用食品,栄養機能食品,又は健康食品等として位置付けることができる。機能性食品としては,例えば,本発明の有効成分に適当な所剤を添加した後,慣用の手段を用いて,食用に適した状態,例えば,顆粒状,粒状,錠剤,カプセル剤,ソフトカプセル剤,ペースト状等に形成したものを用いることができる。この飲食品はそのまま食用に供してもよく,また種々の食品(例えばハム,ソーセージ,かまぼこ,ちくわ,パン,バター,粉乳,菓子など)に添加して使用したり,水,酒類,果汁,牛乳,清涼飲料水等の飲物に添加して使用してもよい。かかる食品の形態における本発明の有効成分の摂取量は,年齢,体重,症状,疾患の程度,食品の形態等により適宜選択・決定されるが,例えば,一日当たり生葉等価量として0.1〜100g/kg体重程度とされ,一日数回に分けて投与してもよい。
【0026】
また,本発明に関わるモモの葉またはモモの花由来の有効成分は,動物用にペットフードとして用いることもでき,摂取量はペットの種類,年齢,体重,症状,疾患の程度,食品の形態等により適宜選択されるが,食品に準拠して投与すればよい。
【0027】
以下,実施例により本発明を具体的に説明するが,本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
[モモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離]
モモの葉エキスに有意な血糖値上昇抑制作用があることから,該血糖値上昇抑制作用を有する活性成分の抽出分離を,活性成分の抽出分離は,図1のフローに従って行なった。すなわち,モモの葉のメタノール(MeOH)抽出エキス(18.0g)を1.5Lの蒸留水(Water)に溶解させ,等量の酢酸エチル(EtOAc)を加え,Water[1]画分とEtOAc画分に分配した。この操作を3回繰り返した。酢酸エチル画分をエバポレーターで減圧濃縮後,同様の操作により,更に90%メタノール画分とn−Hex画分(n−ヘキサン)画分に分配した。全ての画分をエバポレーターで減圧濃縮後,凍結乾燥し,重量を測定した。これらの分配操作により,Water[1]画分12.6g,90%MeOH画分4.8g,n−Hex画分0.6gの3つの画分を得た。3つの画分のうち、90%MeOH画分のみが、グルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示したことから,さらにこの90%MeOH画分4.8gを1Lの60%MeOH溶液に溶解させて,ジクロロメタン(CH2Cl2)を加えて分配する操作により,60%MeOH画分(1.5g)とCH2Cl2画分(3.3g)の2つの画分を得た。2つの画分のうち、60%MeOH画分のみが、グルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示した。
【0029】
上記で得られたモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分を含有する60%MeOH画分を精製・分離して,該グルコース吸収阻害活性成分の構造について分析した(図1)。60%MeOH画分の精製・分離のフローを上記に続いて図1に示す。すなわち,上記で得られたモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分を含有する60%MeOH画分を,ODS(Octadecylsilane)カラム(ODSゲル30g,Water/MeOH=1/1(3Vol.)→MeOH(3Vol.))クロマトグラフィーにより,15個の画分(Fr.)に分画したところ,5〜9番目を合わせた画分(Fr.5−9)がグルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示した。この画分(Fr.5−9)を,ODSカラム(ODSゲル20g,Water/MeOH=2/1(3Vol.)→MeOH(3Vol.))クロマトグラフィーにより,8個の画分に分画したところ,4〜7番目を合わせた画分(Fr.4−7)がグルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示した。さらに,この画分(Fr.4−7)をプレパックシリカゲルカラム(Sep−Pac,3cc,CHCl3/MeOH=10/1(3Vol.))クロマトグラフィーにより,3個の画分に分画したところ,2番目の画分(Fr.2)がグルコースを負荷したマウスにおいて血糖値上昇抑制作用を示した。最終的に,この画分を高速液体クロマトグラフィーシステムを用いたODSカラム(HG−5,直径20mm,60%MeOH→MeOH)クロマトグラフィーにより分画し,単一の成分に分離した。単一成分であることは,得られた画分を濃縮して,薄層クロマトグラフィーにより単一スポットを示すことで確認した。
【0030】
[モモ葉の粗抽出物の血糖値上昇抑制作用の確認]
上記モモ葉エキス(粗抽出物)について,糖負荷による血糖値上昇の抑制作用を確認するとともに,予想されるメカニズムとして,腸管におけるグルコース吸収阻害作用について試験した。
【0031】
(グルコース負荷試験)
上記モモ葉エキス(粗抽出物)について,グルコース負荷試験を行なった結果を,図2に示す。グルコース(1,000mg/kg)とサンプル水溶液または蒸留水を混合させたものをマウスに強制経口投与し,経時的に採血して血糖値を測定した。図に示されるように,モモ葉エキス(1,000mg/kg)投与群では糖負荷後30分時に対照群(Control)に対して有意に血糖値上昇抑制が示された。このことから,モモ葉エキス粗抽出物には血糖値上昇を抑制する活性成分が含有されていることが示された。
【0032】
(腸管におけるグルコース吸収阻害試験)
腸管におけるグルコース吸収阻害試験の概要を図2に示す。腸管におけるグルコース吸収阻害試験にマウスを用いた。マウスの腸管を結紮して腸管から血中へのグルコース吸収に及ぼす影響を測定した。操作は,(1)供試試料(糖を含む)の胃底部からの投与,(2)マウスの腸管結紮,(3)供試試料投与30分後に尾採血,(4)生理食塩水で内容物を洗浄,(5)腸管内グルコース濃度測定,の手順で行なった。この試験では,糖としてグルコースを用いた。糖(グルコース1,000mg/kg)負荷後30分間に上昇した血糖値を測定し,腸管内のグルコース残存%(腸管に投与したグルコースを100%とした時に血中に吸収されずに腸管内に残ったグルコース量%)を測定した。この結果から,供試試料の腸管におけるグルコース吸収阻害作用を調べた。
【0033】
(腸管におけるグルコース吸収阻害試験の結果)
上記モモ葉エキス(粗抽出物)について,腸管におけるグルコース吸収阻害試験を実施した結果を,図3に示す。図に示されるように,モモ葉エキス(1,000mg/kg)投与群では糖負荷後30分時に対照群(Control)に対して有意に血糖値上昇抑制を示した。このことより,モモ葉エキスは腸管におけるグルコース吸収を抑制することで,グルコース負荷時の血糖値上昇を抑制していることが示された。
【0034】
[モモ葉エキスの分離画分の血糖値上昇抑制作用の確認]
上記モモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離によって,分離途中で得られたWater[1]画分,90%MeOH画分,n−Hex画分の3つの画分,および次の段階で90%MeOH画分を分離することにより得られた60%MeOH画分及びCH2Cl2画分の2つの画分について,各々の段階でグルコース負荷(1,000mg/kg)による血糖値上昇の抑制作用を確認するために試験した。
【0035】
(モモ葉エキスの分離画分のグルコース負荷試験の結果)
上記モモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の分離において得られたWater[1]画分,90%MeOH画分,n−Hex画分の3つの画分について,グルコース負荷試験を行なった結果を,図4に示す。図に示されるように,90%MeOH画分のみにおいて,糖負荷後30分時に対照群に対して有意な血糖値上昇抑制作用を示した。このことから,この画分に血糖値上昇を抑制する活性成分が含有されていることが示された。
【0036】
上記の次の分画段階で得られた60%MeOH画分及びCH2Cl2画分について,グルコース負荷試験を行なった結果を,図5に示す。図に示されるように,60%MeOH画分が,糖負荷後30分時に対照群に対して有意な血糖値上昇抑制作用を示した。このことから,この画分に血糖値上昇を抑制する活性成分が含有されていることが示された。
【0037】
[モモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の同定]
上記の分離操作により60%MeOH画分から分離されたグルコース吸収阻害活性成分は,TLC上で,単一スポットとして確認されたため,NMRによる分析(1H NMR;13C NMR;DEPT;COSY;HMQC;HMBC)を行なった。1H NMRによる分析の結果を,図6に示す。1H NMRスペクトルにおいて,特徴的なシグナルとして,δH0.9ppmに二重線で現れるメチル基と考えられるシグナル,δH2.0ppm付近に一重線で現れるメチル基と考えられるシグナル,δH3から5ppm付近に酸素と隣り合った炭素に結合する水素と考えられるシグナル(合計で13H分と計算された),低磁場(δH6から8ppm付近)にオレフィンプロトンと考えられる6H分のシグナルが観測された。また,13C NMRスペクトルによる分析の結果を,図7に示す。13C NMRスペクトル,DEPTスペクトル及びHMQCスペクトルより,2個のカルボニル炭素(δC179.8,173.2),14個のオレフィン炭素(δC159.6,136.5,158.8,100.4,163.5,95.3,161.8,106.0,123.0,132.3,132.3,116.9,116.9,161.8),8個のオキシメチン炭素(δC72.2,72.4,83.7,70.9,76.3,78.4,72.1,75.6)1個のオキシメチレン炭素(δC65.2),2個のアセタール炭素(δC103.6,106.3),2個のメチル炭素(δC18.2,21.2)の存在が示唆された。
【0038】
また,COSYスペクトル,HMBCスペクトルにより,ポリフェノールの一種であるケンフェロール骨格およびグルコースおよびラムノースの3つの部分構造が明らかとなった。更に詳細な解析により,これらの部分構造の結合をケンフェロールの3位にラムノースとグルコースが連続して一般式(1)のように結合したものであることが示された。この化合物は赤茶色粉末状物として得られ,メタノールに可溶である。高分解能質量分析(ESIMS)より,[m/z659.1588(M+Na)+]に分子イオンピークが確認されたことから,分子式はC29H32O16であると決定された。以上の分析結果から,この化合物はマルチフロリンAであると同定された。
【0039】
(精製成分マルチフロリンAの血糖値上昇抑制作用の確認)
上記により精製・同定したモモ葉エキス中のグルコース吸収阻害活性成分マルチフロリンAについて,グルコース負荷試験を行った結果を図8に示した。図に示したようにマルチフロリンAは濃度依存的にグルコース負荷30分後の血糖値上昇を抑制して,0.5mg/kg以上の濃度において,対照群に対して有意な上昇抑制作用を示した。
【0040】
(モモ葉エキスの安全性確認)
モモ葉抽出物の毒性の有無を確認するために,マウスに高用量の粗抽出物を単回経口投与(2,500mg/kg,5,000mg/kg)して,経過を観察した(各群2匹)。投与4時間以内の観察ではマウスの行動や状態にとくに異常は見られず,下痢などの症状も観察されなかった。さらに7日間の継続飼育中にも異常を示した個体や死亡した個体は見られなかったことから,モモ葉抽出物による生体への悪影響は見当たらず,安全であることが確認された。
【実施例2】
【0041】
[モモ花エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離]
モモの花エキスにも該グルコース吸収阻害活性成分が含まれていることを,モモの花投与によるグルコース負荷試験を確認したことから,該血糖値上昇抑制作用を有する活性成分の抽出分離を,図9のフローに従って行なった。すなわち,モモの花の熱水抽出エキス(100%)から上記で示したモモ葉エキスの分離精製に準じる操作により,該グルコース吸収阻害活性成分を含む60%MeOH画分を得た。この画分にはグルコース負荷試験により,血糖値上昇抑制作用があることを確認した。さらにこの60%MeOH画分を,ODSカラム(ODSゲル20g,Water/MeOH=2/1(3Vol.)→MeOH(3Vol.))クロマトグラフィーおよび,高速液体クロマトグラフィーシステムを用いたODSカラム(HG−5,直径20mm,60%MeOH→MeOH)クロマトグラフィーにより分画し,単一の成分に分離した。モモ花熱水抽出物から得られたこの成分(収率:0.76%,図9)についてNMRなどのスペクトルを解析したころ,上記でモモ葉エキスから得られたマルチフロリンA(収率:0.02%,図1)と同一であることが明らかとなった。
【0042】
(抽出処理法を変化させたモモ花エキスによるグルコース負荷試験の結果)
上記モモ花の熱水抽出物は該グルコース吸収抑制活性成分マルチフロリンAが比較的多く含まれていることから,次に示した5種類の抽出処理法による活性の変化を調べた。すなわち,メタノール抽出,エタノール抽出,乾燥せずに熱水抽出,100℃で乾燥させた後に熱水抽出,200℃で乾燥させた後に熱水抽出の5種類で比較を行なった結果を図10に示した。図に示したとおり,いずれの抽出法においてもモモ葉な抽出物は顕著な血糖値上昇抑制作用を示したことから,活性成分は通常用いられる溶媒,乾燥,熱にも安定であり,原料であるモモの花又はモモの葉が,加工処理によっても該グルコース吸収抑制活性を保持できることが示された。
【0043】
(モモ葉由来成分およびモモ葉由来成分のグルコース負荷試験の結果)
モモ葉由来の該グルコース吸収抑制活性成分とモモ花の由来グルコース吸収抑制活性成分は,各種分析によりどちらも同一のマルチフロリンAであることを示したが,その活性についてグルコース負荷試験により確認した結果を図11に示した。図に示した通り,両方の成分ともに同じ濃度で同程度の活性を有することが示された。これによって,モモの葉にもモモの花にも含まれているマルチフロリンAが,グルコース吸収阻害活性を示す活性本体であることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の実施例におけるモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離において,活性成分の抽出分離のフローおよびを示す図である。
【図2】本発明の実施例における,粗抽出物のグルコース負荷試験の結果を示す図である。
【図3】本発明の実施例における供試試料の腸管におけるグルコース吸収阻害試験において,該グルコース吸収阻害試験の概要を示す図である。
【図4】本発明の実施例における,90%MeOH画分のグルコース負荷試験の結果を示す図である。
【図5】本発明の実施例における,60%MeOH画分のグルコース負荷試験の結果を示す図である。
【図6】本発明の実施例におけるモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の同定において,分離されたグルコース吸収阻害活性成分の1H NMRによる分析の結果を示す図である。
【図7】本発明の実施例におけるモモ葉エキスのグルコース吸収阻害活性成分の同定において,分離されたグルコース吸収阻害活性成分の13C NMRによる分析の結果を示す図である。
【図8】本発明の実施例における,精製成分マルチフロリンAのグルコース負荷試験の結果および濃度依存性を示す図である。
【図9】本発明の実施例におけるモモ花エキスのグルコース吸収阻害活性成分の抽出分離において,活性成分の抽出分離のフローおよびを示す図である。
【図10】本発明の実施例における,モモ花エキスの処理方法の違った抽出物のグルコース負荷試験の結果を示す図である。
【図11】本発明の実施例におけるモモ葉エキスから精製したマルチフロリンAとモモ花エキスから精製したマルチフロリンAとのグルコース吸収阻害活性の比較を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤。
【請求項2】
有効成分のマルチフロリンAが,モモの葉やモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出で抽出して得られるマルチフロリンA含有組成物であるとこと特徴とする請求項1記載のグルコース吸収抑制剤。
【請求項3】
マルチフロリンA精製画分が,モモの葉やモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を90%メタノールで抽出して得られるマルチフロリンA精製画分であることを特徴とする請求項1記載のグルコース吸収抑制剤。
【請求項4】
マルチフロリンA精製画分が,モモの葉やモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を60%メタノール/ジクロロメタン分画し,60%メタノール側に抽出された得たものを,シリカカラム及び/またはODSカラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離した精製画分であることを特徴とする請求項1記載のグルコース吸収抑制剤。
【請求項5】
グルコース吸収抑制剤が,腸管におけるグルコースの吸収,又は腎尿細管におけるグルコース吸収を抑制するものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を含有することを特徴とする血糖値上昇予防又は治療薬。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を添加したことを特徴とする血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を添加したことを特徴とする血糖値上昇抑制機能を付与したペットフード。
【請求項9】
糖尿病,肥満予防・改善,メタボリックシンドロームの予防・改善,ダイエット等の用途を示す表示がされた飲食品,又は医薬部外品,医薬品。
【請求項10】
モモの葉又はモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物からグルコース吸収抑制有効成分を採取することを特徴とする請求項2〜4のいずれか記載の調製方法。
【請求項1】
マルチフロリンAを有効成分とするグルコース吸収抑制剤。
【請求項2】
有効成分のマルチフロリンAが,モモの葉やモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出で抽出して得られるマルチフロリンA含有組成物であるとこと特徴とする請求項1記載のグルコース吸収抑制剤。
【請求項3】
マルチフロリンA精製画分が,モモの葉やモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を90%メタノールで抽出して得られるマルチフロリンA精製画分であることを特徴とする請求項1記載のグルコース吸収抑制剤。
【請求項4】
マルチフロリンA精製画分が,モモの葉やモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物を60%メタノール/ジクロロメタン分画し,60%メタノール側に抽出された得たものを,シリカカラム及び/またはODSカラムによるカラムクロマトグラフィーにより精製・分離した精製画分であることを特徴とする請求項1記載のグルコース吸収抑制剤。
【請求項5】
グルコース吸収抑制剤が,腸管におけるグルコースの吸収,又は腎尿細管におけるグルコース吸収を抑制するものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を含有することを特徴とする血糖値上昇予防又は治療薬。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を添加したことを特徴とする血糖値上昇抑制機能を付与した飲食品。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか記載のグルコース吸収抑制剤を添加したことを特徴とする血糖値上昇抑制機能を付与したペットフード。
【請求項9】
糖尿病,肥満予防・改善,メタボリックシンドロームの予防・改善,ダイエット等の用途を示す表示がされた飲食品,又は医薬部外品,医薬品。
【請求項10】
モモの葉又はモモの花を原料としたアルコール又は熱水抽出物からグルコース吸収抑制有効成分を採取することを特徴とする請求項2〜4のいずれか記載の調製方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−270096(P2010−270096A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−137671(P2009−137671)
【出願日】平成21年5月19日(2009.5.19)
【出願人】(507391465)
【出願人】(509160948)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年5月19日(2009.5.19)
【出願人】(507391465)
【出願人】(509160948)
【Fターム(参考)】
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