説明

コヒーレント光時分割多重信号の復調方式

【課題】光パルスの振幅及び位相を同時に変調し時分割多重により高速化した超高速コヒーレント光時分割多重信号から、多値信号を高いS/Nで検出可能な復調方式を実現する。
【解決手段】受信部は局部発振器、伝送後の光パルス信号と局発光との位相を同期させる光位相同期回路、高速光パルスを1/N倍に多重分離する光多重分離回路、ならびにコヒーレント光信号を復調・検波するためのホモダインもしくはヘテロダイン検波回路を備え、前記局部発振器としてCW光源を用いることで、コヒーレント光時分割多重パルス信号を光多重分離した後、分散性媒質および光位相変調器を用いて該光パルスをCW光に変換する。さらに局発光にもCW光を用いてコヒーレント検波を行なう。これにより多値信号を高いS/Nで復調する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光パルスの振幅及び位相に同時に情報を乗せ時分割多重により高速伝送を行なう超高速コヒーレント光時分割多重伝送において、受信した光パルスから高いS/Nの多値信号を検出するための復調方式に関するものである。
【背景技術】
【0002】
最近の光通信では、光の振幅のみならず位相をも情報伝送に用いるコヒーレント多値伝送方式に高い関心が寄せられている。この伝送方式においては、1つのシンボルで2ビット以上の情報を伝送できるため、低いシンボルレートで高速伝送が可能となる。その結果周波数利用効率の拡大、波長分散や偏波分散に対する耐力の向上、ならびに省電力化などの特徴を実現することが出来る。
【0003】
その一方で、コヒーレント光信号の変復調に用いられるディジタル信号処理装置の処理限界、特にA/D、D/A変換の速度限界により、コヒーレント光伝送システムのシンボルレートは現状では10Gsymbol/s程度が上限である。これを克服するために、従来用いられてきたコヒーレントCW光のかわりに、コヒーレントRZ(Return-to-Zero)光パルスの振幅と位相を多値変調し、これを光領域で時間多重することにより、電子デバイスの処理限界を超えるコヒーレント光伝送を実現する方法が提案されている(非特許文献1〜3)。
【0004】
従来用いられてきたコヒーレント光時分割多重伝送系の概略構成の一例を図1に示す。送信側ではコヒーレントRZ光パルスの振幅と位相をシンボルレートRで多値変調し、光時分割多重によりシンボルレートをN倍に拡大している。ここで多値変調の多値度が2であれば、伝送速度はN×M×Rとなる。偏波多重を組み合わせるとさらに2倍の伝送速度を達成することが出来る。
【0005】
受信側では、伝送後のコヒーレント光信号に対し局発信号を用いてコヒーレント検波を行なう。コヒーレント検波には、位相が同期した局発光と伝送信号とのホモダインもしくはヘテロダイン検波を行なう方法と、非同期局発光を用いる方法とがある。前者の方法では図1に示すようにパイロットトーンと呼ばれる基準光信号を介して送信信号と局発信号の間の位相を同期させるために光位相同期回路が用いられる。後者の方法では、電気信号に変換後、ディジタル信号処理によって位相誤差の推定を行なう。
【0006】
これまでに実現されているコヒーレント光時分割多重伝送においては、局発光として繰り返しがRの光パルス列を用いている。本局発パルス光の繰り返しはクロック抽出回路により伝送後の信号から抽出したクロック信号と同期している。この局発パルス光とシンボルレートN×Rの信号光パルスをコヒーレント検波することにより、コヒーレント信号の復調・検出のみならず、シンボルレートN×RからRへの多重分離を同時に実現することが出来る。従来のOOK(On-Off Keying),DPSK(Differential Phase Shift Keying),DQPSK(Differential Qudrature Phase Shift Keying)信号などに対する直接検波もしくは遅延検波においては、信号を受信する前にあらかじめ光多重分離回路によりシンボルレートを1/Nに低速化しておく必要があるのに対し、本伝送においてはコヒーレント検波回路が多重分離の機能をも有することから光多重分離回路を必要としない利点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特願2010−38885号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】C. Zhang, Y. Mori, K. Igarashi, K. Katoh, and K. Kikuchi, “Demodulation of 1.28-Tbit/s polarization-multiplexed 16-QAM signals on a single carrier with digital coherent receiver,” in Proc. Optical Fiber Communication Conf. (OFC 2009), San Diego, CA, Mar. 2009, Paper OTuG3.
【非特許文献2】C. Schmidt-Langhorst, R. Ludwig, D.-D. Grob, L. Molle, M. Seimetz, R. Freund, and C. Schubert, “Generation and coherent time-division demultiplexing of up to 5.1 Tb/s single-channel 8-PSK and 16-QAM signals,” in Proc. Optical Fiber Communication Conf. (OFC 2009), San Diego, CA, Mar. 2009, Postdeadline paper PDPC6.
【非特許文献3】K. Kasai, T. Omiya, P. Guan, M. Yoshida, T. Hirooka, and M. Nakazawa, “Single-Channel 400-Gb/s OTDM-32 RZ/QAM Coherent Transmission Over 225 km Using an Optical Phase-Locked Loop Technique,” IEEE Photon. Technol. Lett., vol. 22, no. 8, pp. 562-564, April 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら現状の問題点として、復調回路における電子デバイスの帯域によりデータ信号の復調帯域は数十GHzに制限される。その結果電子デバイスによる復調帯域の制限はS/N(信号電力対雑音電力比)の劣化ならびに波形歪を引き起こし、多値度の高いコヒーレントRZ光信号の高精度な復調を困難とする欠点があった。特にRZパルス信号では帯域が広いためこの劣化が著しい。
【0010】
さらに、ヘテロダインもしくはホモダイン検波器に入力可能な光パワーには上限がある。したがって、コヒーレント検波回路に入力するパワーを一定とした場合、多重度Nの増加に伴い、局発光パルス1つあたりの光パワーは減少してしまい、高いS/Nでのコヒーレント検波が困難となる。その結果、多重度の拡大が制限され高速化の障害となってしまうという問題があった。
【0011】
本発明はこれらの問題点を解決するためのものであり、高いS/Nで超高速コヒーレント光パルス信号の検出が可能な復調回路を新たに提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
かかる目的を達成するために、本発明によるコヒーレント時分割多重信号の復調方式では、従来のコヒーレント検波系において、高速光パルスを1/N倍に多重分離する光多重分離回路を新たに備え、且つ局発光としてCW光を用いることを特徴とする。
【0013】
さらに、該光多重分離回路により多重分離された光パルスをCW光に変換し、該CW信号光とCW局発光とのコヒーレント検波を行なう。この光パルスからCW光への変換は、光パルスを分散性媒質により分散させた後、光位相変調器により光パルスに適切な逆周波数チャープを与えることにより実現することが出来る。その際特に光位相変調器のチャープ率Kが分散性媒質の分散量Dに対してD=1/Kの関係を満たすよう設定することにより、パルス波形を逆フーリエ変換の関係で周波数スペクトルに変換することが出来る。即ち、線スペクトル的な成分に変換することができる。このチャープ率Kを十分大きくとると、変換後のスペクトル幅を狭くすることが出来、即ちCWへの理想的な変換が可能となる。これらによりS/Nの高い復調が可能となる。
【発明の効果】
【0014】
CW局発光とCWに変換されたコヒーレント光信号とのコヒーレント検波を行なうことにより、従来の局発パルス光を用いた方式と比較して高いS/Nで多値信号を復調することが可能となる。その結果、S/Nを犠牲にすることなく多重度Nを拡大することが出来、コヒーレント光時分割多重伝送の高速化を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】コヒーレント光時分割多重伝送の一般的な構成である。
【図2】本発明の実施例によるコヒーレント光時分割多重伝送の復調回路の構成である。
【図3】パルス→CW変換回路の構成である。
【図4】IF帯データ信号スペクトルであり、(a)は、信号光、局発光共にパルスを用いた場合であり、(b)は、信号光をパルスからCWへ変換しかつ局発光もCWを用いた場合。
【図5】パルス→CW変換に用いる強チャープ印加用の光位相変調器の構成である(1)。
【図6】パルス→CW変換に用いる強チャープ印加用の光位相変調器の構成である(2)。
【図7】パルス→CW変換実験系の構成である。
【図8】変換前のパルス信号であり、(a)は、光スペクトルであり、(b)は、時間波形である。
【図9】変換後のパルス信号であり、(a)は、光スペクトルであり、(b)は、時間波形である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施形態の一例を図2に示す。伝送後のコヒーレント光時分割多重パルス信号(シンボルレートN×R)は、まず該光パルス信号に同期したクロック信号(周波数R)を用いて光多重分離回路16によって1/N倍のシンボルレートに多重分離される。光多重分離回路には例えば電界吸収型(EA:Electro-Absorption)光変調器等を用いることが出来る。シンボルレートN×Rの光信号から周波数Rのクロック信号を抽出するには、電圧制御オシレータ(VCO:Voltage-Controlled Oscillator)ならびにVCOの周波数と信号のタイミングを比較するための位相比較器で構成されるPLL回路等が用いられる。
【0017】
多重分離された光パルスはパルス→CW変換回路17を用いてCW光に変換される。パルスからCWへの変換には前記光多重分離に用いたものと同じクロック信号を使用する。パルス→CW変換回路としては、後で詳述するように、分散媒質と光位相変調器の組み合わせが用いられる。
【0018】
これと並行して、前記光パルス信号と同時に光ファイバ伝送路を伝送した基準光信号(パイロットトーン)を用いて、局発CW光源の位相を光位相同期回路9を介して該基準光信号の位相と同期させる。光位相同期回路は、局発光の位相と基準光信号の位相を比較する位相比較器ならびにその誤差信号を局発光源の周波数可変機構にフィードバックするための負帰還回路により構成される。位相同期を用いずに非同期のまま信号処理で位相補償を行っても良い。
【0019】
CW光に変換されたコヒーレント光信号は該信号に位相同期した局発CW光とともにヘテロダインもしくはホモダイン検波回路14に入力され、コヒーレント検波により中間周波数(IF:Intermediate Frequency)に変換された多値信号が出力される。コヒーレント検波回路には例えば90度光ハイブリッド回路ならびに平衡光検出器が用いられる。IF信号は最後にデコーダ15によって復調される。デコーダではA/D変換器によってIF信号をディジタル信号に変換し、FPGA(Field Programmable Gate Array)もしくはソフトウェアを用いたディジタル信号処理により復調を行なう。
【0020】
ここで本復調方式に用いられるパルス→CW変換回路の構成と動作原理について詳細に述べる。パルス→CW変換回路の構成の一例を図3に示す。光パルスはまず分散性媒質17aにより群速度分散を与えられ、その後光位相変調器17bによりクロック周波数Rで光位相変調(周波数チャープ)が印加される。分散性媒質としてはシングルモードファイバ、回折格子、あるいはファイバブラッググレーティングなどが用いられる。また光位相変調器にはLiNbOもしくはInP半導体変調器などを用いることが出来る。
【0021】
ここで信号光がパルス、局発光もパルスの場合のIF帯データスペクトル(図4(a))と信号光をパルス→CW変換を用い、かつ局発光もCWを用いた場合のIF帯データスペクトル(図4(b))を示す。(a)と(b)を比較すると復調帯域内での信号成分は(b)の方が大きく、S/Nの高い復調が可能であることが判る。(a)では信号光が高周波まで広がっているためS/Nが悪い。
【0022】
パルス→CW変換回路の動作原理は数式を用いて以下のように説明することが出来る。本回路に入力される光パルスの時間波形をuin(t)、その周波数スペクトルをUin(ω)とおく。uin(t)とUin(ω)はフーリエ変換
【数1】

の関係で結ばれている。分散性媒質の分散量をD=βL(β:2次分散、L:長さ)とすると、分散性媒質を通過した光パルスのスペクトルおよび波形は、
【数2】

【数3】

と表される。この光パルスに対し光位相変調器によりφ=Kt/2の位相変調を印加すると、時間領域では、
【数4】

と書けることから、周波数領域では畳み込み積分を用いて
【数5】

と表される。したがって式(2)および(5)より、
【数6】

が得られる。ここでDとKがD=1/Kの関係を満たすとき、式(6)は、
【数7】

と書くことが出る。式(7)の積分は、−ω/Kをtとみなすと、Uin(ω)の逆フーリエ変換に対応している。すなわち式(7)は、
【数8】

と表すことが出来る。式(8)は、出力される信号のスペクトルを見るとその形状は入力信号の波形に比例し、時間tがt=−ω/Kの尺度で周波数ωに変換されていることがわかる。
【0023】
具体例として、ガウス型の光パルス
【数9】

を入力する場合を考える。パルス→CW変換回路の出力における信号のスペクトルは式(8)を用いて
【数10】

と表される。このスペクトルの半値全幅Δνは
【数11】

で与えられる。すなわち、Kを十分大きくとることによりスペクトル幅を狭窄化することが出来、これにより信号をCW光に近づけることが可能となる。さらにその結果として、式(10)からもわかる通り、中心周波数ω=0におけるスペクトル強度|Uout(ω=0)|もK倍に増大し、局発CW光とのコヒーレント検波においてビート信号のS/NをK倍に増大できることがわかる。
【0024】
例えばパルス幅Δτ=10psのガウス型パルス(T=Δt/(2√(ln2))=6ps)を考えると、そのスペクトル幅はΔν=73.5GHzである。例えば光位相変調器を用いてチャープ率K=2ps−2のチャープを印加するとそのスペクトル幅は36.75GHzまで狭窄化される。1台の光位相変調器を一方向で用いる通常の位相変調器構成でこのような強いチャープの実現が困難であれば、図5に示すような光位相変調器の折り返し構成、もしくは図6に示すような折り返し構成の光位相変調器を複数台縦続接続する構成を用いればよい(特許文献1)。
【0025】
次にパルス→CW変換実験の一例を示す。図7は実験系の構成を示すブロック図である。コヒーレントCW光源1より出力されるCW信号光は、クロック周波数Rで駆動される光位相変調器17bと分散性媒質25によりパルス信号に整形される。次に本パルス信号は分散性媒質25とは符号が反転した分散特性を有する。分散性媒質17aとクロック周波数Rで駆動される光位相変調器17bによりCW信号変換される。ここで両光位相変調器を駆動するクロック信号間にはπの位相差が付加されている。図8、9は変換前後の光信号のスペクトル波形と時間波形である。本変換回路によって光スペクトルは狭窄化され、パルス波形はCW信号に変換されていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
以上詳細に説明したように、コヒーレント光時分割多重パルス伝送において、コヒーレント光信号を光多重分離した後CW光に変換し、さらに局発光としてCW光を用いてコヒーレント検波を行なうことにより、従来の局発パルス光を用いた方式と比較して高いS/Nで多値信号を復調することが可能となる。その結果、S/Nを犠牲にすることなく多重度を拡大することが出来るため、超高速コヒーレント光時分割多重伝送を実現することが出来る。
【符号の説明】
【0027】
1 コヒーレントCW光源
2 光パルス生成回路
2a 光コム発生器
2b 光フィルタ
3 変調器
4 光時分割多重回路
5 偏波多重回路
6 パイロットトーン生成回路
7 光ファイバ伝送路
8 パイロットトーン抽出用光フィルタ
9 光位相同期回路
10 偏波多重分離回路
11 クロック抽出回路
12 光パルス生成回路
13 局発CW光源
14 ヘテロダイン/ホモダイン検波回路
15 デコーダ
16 光多重分離回路
17 パルス→CW変換回路
17a 分散性媒質
17b 光位相変調器
18 光サーキュレータ
19 光位相変調器
20 位相シフタ
21 電気増幅器
22 アイソレータ
23 光遅延回路
24 反射ミラー
25 分散性媒質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
振幅と位相を多値変調した光パルスを光時分割多重によりN倍のシンボルレートに高速化して伝送するコヒーレント光時分割多重パルス伝送システムにおいて、受信部は局部発振器、伝送後の光パルス信号と局発光との位相を同期させる光位相同期回路、高速光パルスを1/N倍に多重分離する光多重分離回路、ならびにコヒーレント光信号を復調・検波するためのホモダインもしくはヘテロダイン検波回路を備え、前記局部発振器としてCW光源を用いることを特徴とするコヒーレント光時分割多重信号の復調方式。
【請求項2】
光位相同期回路の代わりに光パルス信号と局発光の位相同期をソフトウェアにより行うことを特徴とする請求項1に記載のコヒーレント光時分割多重信号の復調方式。
【請求項3】
光多重分離回路により多重分離された光パルスをCW(連続)光に変換し、該CW信号光とCW局発光とのコヒーレント検波によりS/Nの高い多値信号を復調することを特徴とする請求項1または2に記載のコヒーレント光時分割多重信号の復調方式。
【請求項4】
光パルスを分散性媒質により平滑化させた後光位相変調器により光パルスに適切な周波数チャープを与えることにより光パルスをCW光に変換することを特徴とする請求項3に記載のコヒーレント光時分割多重信号の復調方式。
【請求項5】
分散性媒質の分散量Dと光位相変調器のチャープ率KはD=1/Kの関係を有することを特徴とする請求項4に記載のコヒーレント光時分割多重信号の復調方式。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−100128(P2012−100128A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−247011(P2010−247011)
【出願日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】