説明

ゴム物品補強用ブラスめっき鋼線及びゴム物品補強用スチールコード

【課題】ブラスめっき鋼線とゴムとの接着性を確実に向上させることのできるゴム物品補強用ブラスめっき鋼線とその製造方法を提供する。
【解決手段】ブラスめっき鋼線10のブラスめっき層11の組成を、銅55〜66重量%、亜鉛34〜45重量%とするとともに、上記ブラスめっき層11を非結晶質性部11aと結晶質性部11bとが積層された積層構造部分13を備えた構造とし、かつ、上記積層構造部分13の非結晶質性部11aの表面が上記ブラスめっき層11の表面全体に占める面積割合Aが20%以上とし、上記積層構造部分13の非結晶質性部11aの上記積層構造部分13全体に占める体積割合Bを20%以上60%以下とした。また、複数本のブラスめっき鋼線を撚り合わせて作製されるスチールコードの最外層のシースフィラメントの少なくとも一部に上記ゴム物品補強用ブラスめっき鋼線10を用いた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、タイヤ補強用スチールコードの素線等に用いられる、表面にブラスめっき層が設けられたゴム物品補強用ブラスめっき鋼線とこのブラスめっき鋼線を用いて作製されるゴム物品補強用スチールコードとに関するもので、特に、建設用タイヤなどに適応されるスチールコードの素線等に用いられる、長時間加硫後の耐熱劣化性能に優れたブラスめっき鋼線に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ラジアルタイヤのベルトやカーカス用ボディプライ、及び、各工業用ベルト部材などのゴム物品においては、表面にブラスめっきを施したスチールワイヤまたはこれを複数本撚り合わせて成るスチールコードをゴムで被覆したものを用いることで、補強効果を得るようにしている。補強効果を得るためには、スチールコードとゴムの接着性能を十分に確保する必要がある。そのため、ゴム物品用スチールコードには、初期接着性能が求められている。
一方、タイヤ、特に重荷重車両用タイヤ及び建設車両用タイヤでは長時間加硫(詳細には、加硫度の積和が24以上になるような加硫)を行うため、初期接着性能だけでなく過加硫時の接着性能を高めることが求められている。
加硫度の積和Sは加硫反応の程度を表す数値で、加硫中のタイヤの温度をT、加硫開始からの経過時間をtとすると、加硫度の積和Sは下記の式を用いて算出される。
【数1】

なお、Eは活性化エネルギー、Rは気体定数、T0は基準温度である。
加硫度の積和Sは加硫時間tが長いほど大きく、また、加硫温度Tが高いほど大きい(例えば、特許文献1参照)。
また、建設車両用タイヤにおいては、タイヤ寿命が延びるにつれ、タイヤに要求されるシビアリティが上昇し、走行中のタイヤ温度の上昇に伴って起こるスチールコードとそのコーティングゴムとの接着不良による故障が無視できなくなる。
そこで、ゴム物品用スチールコードには、初期接着性能、過加硫時の接着性能、耐熱接着性能の全てを高めることが求められている。
【0003】
ブラスめっき鋼線とゴムとの接着性能を改善する方法としては、従来、めっき成分に鉄やニッケルなどの合金元素を添加して、その表面層を合金化する方法(例えば、特許文献2,3参照)や、ブラスめっきを施した鋼線にプラズマ照射を行って表面処理する方法(例えば、特許文献4参照)や、めっき層最表面の酸素比率を限定する方法(例えば、特許文献5参照)、あるいは、伸線加工後にブラスト処理を行う方法(例えば、特許文献6参照)などが知られている。
また、ブラスめっき層の表面側に、20nm以下の粒径の結晶粒から成る非結晶質性部を設け、上記非結晶質性部により初期接着性能を確保するとともに、上記非結晶質性部の内層側の20nmを超える粒径の結晶粒から成る結晶質性部により、接着耐久性能を確保する方法が提案されている(例えば、特許文献7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭59−62131号公報
【特許文献2】特開平8−209386号公報
【特許文献3】特開2002−13081号公報
【特許文献4】特開2003−160895号公報
【特許文献5】特開2004−68102号公報
【特許文献6】特開平5−278147号公報
【特許文献7】特開2006−283270号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記特許文献1〜6で提案されている方法では、いずれも、接着性能にある程度の改善は見られるものの、十分な初期接着性能と接着耐久性能とをともに満足できるものではなかった。
一方、特許文献7で提案されている方法では、初期接着性能及び接着耐久性能については向上しているものの、一般的な伸線加工を施されためっき鋼線の製造方法に比べて潤滑性能を下げているため、一般的な伸線加工を施されためっき鋼線に比べてめっき鋼線の断線が起こり易いといった問題点があった。このようなめっき鋼線を、重荷重車両用タイヤのスチールコードによく用いられている層撚り構造や建設車両用タイヤのスチールコードによく用いられている複撚り構造に適用した場合には、スチールコードの断線の頻度が高くなってしまい大きな問題となる。
【0006】
本発明は上記従来の問題点に鑑みてなされたもので、ブラスめっき鋼線とゴムとの接着性能に優れたゴム物品補強用ブラスめっき鋼線とこのブラスめっき鋼線を用いた断線率の低いゴム物品補強用スチールコードを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願の請求項1に記載の発明は、加硫度の積和が24以上になるような加硫を必要とする重荷重車両用タイヤに用いられる、表面にブラスめっき層を有するゴム物品補強用ブラスめっき鋼線であって、上記ブラスめっき層は、粒径が20nm以下の結晶粒から成る非結晶質性部と粒径が20nmを超える結晶粒から成る結晶質性部とを有し、表面側が非結晶質性部で内側が結晶質性部である非結晶質性部と結晶質性部とが積層された積層構造部分を備え、上記積層構造部分の非結晶質性部の表面が上記ブラスめっき層の表面全体に占める面積割合が20%以上であり、上記積層構造部分の非結晶質性部の上記積層構造部分全体に占める体積割合が20%以上60%以下であり、かつ、上記ブラスめっき層の組成が、銅55〜66重量%、亜鉛34〜45重量%であることを特徴とする。
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のゴム物品補強用ブラスめっき鋼線であって、上記非結晶質性部の表面が上記ブラスめっき層の表面全体に占める面積割合が80%以上であることを特徴とする。
請求項3に記載の発明は、請求項1または請求項2に記載のゴム物品補強用ブラスめっき鋼線であって、上記積層構造部分の上記ブラスめっき層全体に占める体積割合が50%以上であることを特徴とする。
【0008】
また、請求項4に記載の発明は、複数本のブラスめっき鋼線を撚り合わせて作製される層撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコードであって、上記スチールコードの最外層のシースフィラメントの少なくとも一部が、請求項1〜請求項3のいずれかに記載のゴム物品補強用ブラスめっき鋼線から成ることを特徴とする。
請求項5に記載の発明は、複数本のブラスめっき鋼線を撚り合わせて作製される複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコードであって、上記スチールコードの最外層のシースストランドの最外層のシースフィラメントの少なくとも一部が、請求項1〜請求項3のいずれかに記載のゴム物品補強用ブラスめっき鋼線から成ることを特徴とする。
なお、層撚り構造のスチールコードは、例えば、図2(a),(b)に示すように、1本または複数本のコアフィラメントの周りに、複数本のシースフィラメントを1層ないし2層撚り合わせて作製される。また、複撚り構造のスチールコードは、例えば、図3(a),(b)に示すように、層撚り構造のスチールコードをストランドとして複数本準備し、これらのストランドを、1×nの単撚り構造、あるいは、1+nの層撚り構造に撚り合わせて作製される。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、鋼線の表面に、組成が銅55〜66重量%、亜鉛34〜45重量%であるブラスめっき層を形成するとともに、このブラスめっき層に結晶粒径が20nm以下の結晶粒から成る非結晶質性部を設け、上記ブラスめっき層に表面側が非結晶質性部で内側が結晶質性部である積層構造部分を形成したので、ブラスめっき鋼線とゴムとの接着性能を確実に向上させることができる。このとき、上記積層構造部分の非結晶質性部の表面が上記ブラスめっき層の表面全体に占める面積割合を20%以上とし、上記積層構造部分の非結晶質性部の上記積層構造部分全体に占める体積割合を20%以上60%以下とすることが肝要で、これにより、加硫度の積和が24以上の厳しい条件下での加硫処理を行った場合でも、初期接着性能、過加硫時の接着性能、耐熱接着性能の全てに優れたゴム物品補強用ブラスめっき鋼線を製造することができる。なお、上記非結晶質性部は、結晶質のブラスめっきを施した鋼線の極表面層のみを強加工するなどして形成される。
また、上記非結晶質性部の表面が上記ブラスめっき層の表面全体に占める面積割合を80%以上とすることで、ブラスめっき鋼線とゴムとの間に強固な接着層を速やかに形成することができるようにしたので、良好な初期接着性能を得ることができる。
また、上記積層構造部分の上記ブラスめっき層全体に占める体積割合を50%以上とすることで、初期接着反応における結晶質性部での銅の消費を抑制することができるので、良好な接着耐久性能を得ることができる。
また、このようなゴム物品補強用ブラスめっき鋼線を、複数本のブラスめっき鋼線を撚り合わせて作製される層撚り構造もしくは複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコードの最外層のシースフィラメントの少なくとも一部に用いたので、初期接着性能、過加硫時の接着性能、耐熱接着性能の全てに優れるとともに、断線率の低いゴム物品補強用スチールコードを得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の実施の形態に係るゴム物品補強用ブラスめっき鋼線の断面を示す模式図である。
【図2】層撚り構造を有するスチールコードを示す図である。
【図3】複撚り構造を有するスチールコードを示す図である。
【図4】実施例に用いた層撚り構造を有するスチールコードを用いて作製したスチールトリートの仕様と試験結果を示す表である。
【図5】実施例に用いた複撚り構造を有するスチールコードを用いて作製したスチールトリートの仕様と試験結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について、図面に基づき説明する。
図1は、本実施の形態に係るゴム物品補強用ブラスめっき鋼線(以下、ブラスめっき鋼線という)10の断面を示す模式図である。本例のブラスめっき鋼線は、例えば、加硫度の積和が24以上になるような加硫を必要とする重荷重車両用タイヤに用いられる。
同図において、11はブラスめっき層、12はブラスめっき鋼線10の下地層である鋼線で、上記鋼線12の周面に上記ブラスめっき層11が形成される。このブラスめっき層11の組成は、Cu55〜66重量%、Zn34〜45重量%である。
上記ブラスめっき層11は、表面側の非結晶質性部11aと内側の結晶質性部11bとから成る積層構造部分13を備えている。非結晶質性部11aは、結晶粒径が20nm以下の結晶粒または結晶粒が判別できない非結晶質性部がその大部分を占める実質的に非結晶質である部分である。一方、結晶質性部11bは、結晶粒径が20nmを超える結晶粒から成る。例えば、後方散乱電子線パターンをとると、結晶質性部11bでは、Cuの結晶方位に対応する明確な菊池パターンが得られるが、非結晶質性部11aでは明確な結晶構造を有しないため、明確な菊池パターンが得られない。
ブラスめっき層11の最表面には非結晶質性部11aと結晶質性部11bとが存在するが、本例のブラスめっき鋼線10では、上記非結晶質性部11aの表面が当該ブラスめっき層11の表面全体に占める面積割合を80%以上としている。
また、上記ブラスめっき層11では、上記積層構造部分13が当該ブラスめっき層11全体に占める体積割合を50%以上としている。
更に、上記積層構造部分13の非結晶質性部11aの表面が上記ブラスめっき層11の表面全体に占める面積割合は20%以上で、上記積層構造部分13の非結晶質性部11aの上記積層構造部分13全体に占める体積割合は20%以上60%以下である。
【0012】
ブラスめっき層11の非結晶質性部11aは、格子欠陥濃度がきわめて高いので活性度が高く、Cu原子の拡散速度が速い。タイヤを製造する際の加硫工程においては、ゴムと接触下で上記ブラスめっき鋼線10が加熱されるが、本発明のブラスめっき鋼線10をタイヤ補強用スチールコードの素線として用いた場合には、上記非結晶質性部11aがゴムと接触するので、ブラスめっき鋼線10とゴムとの接着反応が速やかに進行する。このため、ブラスめっき鋼線10とゴムとの接着層が速やかに形成されるので、初期接着性能が向上する。このとき、活性度の高い非結晶質性部11aの表面の面積が上記ブラスめっき層の表面全体の面積に占める割合(面積割合)を80%以上とすれば、ブラスめっき鋼線10とゴムとの接着層を速やかに形成することができるので、初期接着性能を確実に向上させることができる。
また、ブラスめっき鋼線10を補強用のスチールコードとして建設車両用タイヤを製造する場合、加硫時間が一般の乗用車用タイヤよりも加硫度の積和Sが大きくなる条件で加硫されるが、本発明のブラスめっき鋼線10は、上記非結晶質性部11aの内側に、非結晶質性部11aよりも活性度が低く、Cuの拡散速度が遅い結晶質性部11bを有する積層構造部分13を備えているので、Cuの供給過多による接着層の肥大化を防止することができる。上記接着層の肥大化は接着層の脆弱化に繋がり、耐久接着性能を低下させる原因となる。本発明のブラスめっき鋼線10を用いた補強用のスチールコードは、加硫時間が長時間になっても接着層が肥大化しないので、接着層の脆弱化を防ぐことができる。したがって、強固な接着層を形成することができ、耐久接着性能を向上させることができる。
一方、ブラスめっき層11が活性度の高い非結晶質性部11aのみで構成されている場合、劣悪な湿熱劣化環境においては、ブラスめっき/スチール界面が脆弱化し易く、破壊の起点となり易い。本例では、表面側が非結晶質性部11aで内側が結晶質性部11bである積層構造部分13を備えることで、耐久接着性能を向上させるようにしている。すなわち、本例のブラスめっき鋼線10は、ゴムとの接着反応が速やかに進行する非結晶質性部11aと、ゴムとの接着反応は緩やかに進行する結晶質性部11bとを有しているので、タイヤ等のゴム物品の使用時における水分や熱による反応が進行してもCuが早期に枯渇しない。したがって、初期接着性能と接着耐久性能とをともに向上させることができる。このとき、積層構造部分13の上記ブラスめっき層11全体に占める体積割合を50%以上とすれば、Cuの供給過多による接着層の肥大化を防止することができるとともに、Cuの早期枯渇を防ぐことができるので、接着耐久性能を確保することができる。
【0013】
また、本例のブラスめっき鋼線10では、上記積層構造部分13の非結晶質性部11aの表面の面積が上記ブラスめっき層11の表面全体の面積に占める面積割合Aを20%以上としている。これは、上記面積割合Aが20%未満の場合には、Cuの供給が少なくCu原子がゴム中に十分拡散しないため、初期接着性能が得られないためである。
また、本例のブラスめっき鋼線10では、上記積層構造部分13の非結晶質性部11aの上記積層構造部分13全体に占める体積割合Bを20%以上60%以下としている。体積割合Bを20%未満とした場合には、非結晶質性部11aと結晶質性部11bとを積層した効果が得られないため、初期接着性能だけでなく、過加硫時の接着性能、及び、耐熱接着性能も得られない。一方、体積割合Bが80%を超えると加硫時にCu原子の拡散が進み、そのため、タイヤ発熱時においてはCuが枯渇してしまうので、十分な耐熱接着性能が得られない。また、体積割合Bが60%より大きく80%以下である場合には、長時間の加硫によって結晶質性部11bのCu成分が接着層に多く供給されるので、タイヤ使用時の発熱による接着層の劣化を十分に防ぐことができない。
これに対して、上記体積割合Bを20%以上60%以下とすると、
―初期接着時における非結晶質性部からのCuの拡散
―過加硫時における結晶質性部と非結晶質性部からのCuの供給
―走行時の熱劣化時における結晶質性部と非結晶質性部からのCuの供給
の3つがバランスよく機能する。これは、長時間の加硫後にも結晶質性部11bのCu成分が十分に残っているため、タイヤ使用時の発熱があってもCuを十分に供給することができるからである。
【0014】
図2(a)は、本発明による層撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード20の一例を示す図で、図2(b)は、従来の層撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード60の一例を示す図である。ゴム物品補強用スチールコード20,60は、いずれも3本のコアフィラメント21sから成るストランドコア21の周りに9本のシースフィラメント22sを撚り合わせて成る第1のシース層22と、この第1のシース層22の外側に設けられた、15本のシースフィラメント23sを撚り合わせて成る第2のシース層23とを備えた(3+9+15)のコード構造を有するスチールコードである。なお、符号24はラッピングフィラメントである。
従来の層撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード60では、全てのフィラメント21s,22s,23sに従来のブラスめっき鋼線50を用いているのに対し、本発明によるゴム物品補強用スチールコード20は、最外層のシース層である第2のシース層23を構成するシースフィラメント23sとして本願発明によるブラスめっき鋼線10を用いるので、初期接着性能、過加硫時の接着性能、耐熱接着性能の全てを向上させることができるとともに、断線率を低下させることができる。
また、図3(a)は、本発明による複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード30の一例を示す図で、このゴム物品補強用スチールコード30は、(3+9+15)のコード構造を有する従来のゴム物品補強用スチールコード60をストランドとしたコアストランド31と、このコアストランド31の周りに設けられた、上記本発明によるゴム物品補強用スチールコード20をストランドとした6本のシースストランド32とラッピングフィラメント34とを備えた7×(3+9+15)のコード構造を有するスチールコードである。また、図3(b)は、従来の複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード70の一例を示す図で、この従来の複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード70では、全てのストランド31,32に上記従来のゴム物品補強用スチールコード60が用いられている。
本発明による複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード30では、最外層のシースストランド32を構成するゴム物品補強用スチールコード20の最外層のシースフィラメント23sとして、本願発明によるブラスめっき鋼線10が用いられているので、上記複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード30についても、初期接着性能、過加硫時の接着性能、耐熱接着性能の全てを向上させることができるとともに、断線率を低下させることができる。
【0015】
このように、本実施の形態によれば、加硫度の積和が24以上になるような加硫を必要とする重荷重車両用タイヤに用いられるゴム物品補強用ブラスめっき鋼線10のブラスめっき層11の組成を、Cu55〜66重量%、Zn34〜45重量%とするとともに、上記ブラスめっき層11を、表面側の、粒径が20nm以下の結晶粒から成る非結晶質性部11aと、内側の、粒径が20nmを超える結晶粒から成り内部に結晶質性部11bとが積層された積層構造部分13を備えた構造とし、かつ、上記積層構造部分13の非結晶質性部11aの表面が上記ブラスめっき層11の表面全体に占める面積割合Aを20%以上とし、上記積層構造部分13の非結晶質性部11aの上記積層構造部分13全体に占める体積割合Bを20%以上60%以下としたので、厳しい条件下での加硫処理を行った場合でも、初期接着性能、過加硫時の接着性能、耐熱接着性能を向上させることができるとともに、断線率を低下させることができる。
また、上記ゴム物品補強用ブラスめっき鋼線10を、複数本のブラスめっき鋼線を撚り合わせて作製される層撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード20の最外層のシース層である第2のシース層23のシースフィラメント23sや、複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード30の最外層シースストランド32の最外層のシースフィラメント23sの少なくとも一部に用いたので、初期接着性能、過加硫時の接着性能、耐熱接着性能の全てに優れるとともに、断線率の低いゴム物品補強用スチールコードを得ることができる。
【0016】
なお、上記実施の形態では、ゴム物品補強用スチールコードの例として、コード構造が(3+9+15)のゴム物品補強用スチールコード20、及び、コード構造が7×(3+9+15)のゴム物品補強用スチールコード30について説明したが、本発明はこれに限るものではなく、他のコード構造を有するゴム物品補強用スチールコードにも適用可能である。
また、上記例では、ゴム物品補強用スチールコード20の最外層のシースストランド32のシースフィラメント23sの全てに本願発明によるブラスめっき鋼線10を用いたが、全てのシースフィラメント23sを上記ブラスめっき鋼線10とする必要はなく、少なくとも一部、好ましくは、50%以上が上記ブラスめっき鋼線10であれば、本発明の効果を十分に発揮させることができる。上記シースフィラメント23sの中の上記ブラスめっき鋼線10の割合が50%に満たない場合には、過加硫時及び熱劣化時におけるCuの供給量が少なくなり、本発明の効果が十分に発揮されないので、ゴムとの接着性が低下する。したがって、上記シースフィラメント23sの50%以上を上記ブラスめっき鋼線10とすることが好ましい。
また、複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード30についても、最外層のシースストランド32には、最外層のシース層23のシースフィラメント23sの50%以上が上記ブラスめっき鋼線10であるゴム物品補強用スチールコード20を用いることが好ましい。
【実施例】
【0017】
スチールワイヤの周面にブラスめっき(Cu;63重量%、Zn;37重量%)を施したスチールワイヤを用いて、図2に示すような、コード構造が(3+9+15)の層撚り構造を有するスチールコードと、図3に示すような、コード構造が7×(3+9+15)の複撚り構造を有するスチールコードとを作製した後、これらのスチールコードにトリートゴムを被覆してスチールトリートを作製した。
スチールトリートは、下記のコード間隔で、コード間で平行に配置して作製した。
コード間隔〜図2の構造……10本/インチ
図3の構造…… 4本/インチ
従来例1のスチールトリートに用いられているスチールコードは層撚り構造を有するスチールコードで、全てのフィラメントに、積層構造部分の非結晶質性部の表面がブラスめっき層の表面全体に占める面積割合Aが60%、積層構造部分の非結晶質性部の積層構造部分全体に占める体積割合Bが15%である従来のブラスめっき鋼線を用いて作製したものである(図2(b)参照)。
本発明1のスチールトリートに用いられているスチールコードは層撚り構造を有するスチールコードで、最外層のシースフィラメントの全てに面積割合Aが98%、体積割合Bが45%である本発明によるブラスめっき鋼線を用い、その他のフィラメントに従来のブラスめっき鋼線を用いて作製したものである(図2(a)参照)。
本発明2のスチールトリートは、最外層のシースフィラメントのうちの50%のシースフィラメントに本発明によるブラスめっき鋼線を用いた以外は本発明1と同じである。
本発明3のスチールトリートは、最外層のシースフィラメントのうちの30%のシースフィラメントに本発明によるブラスめっき鋼線を用いた以外は本発明1と同じである。
また、従来例2のスチールトリートに用いられているスチールコードは複撚り構造を有するスチールコードで、全てのフィラメントに、面積割合Aが60%、体積割合Bが15%である従来のブラスめっき鋼線を用いて作製したものである(図3(b)参照)。
本発明4のスチールトリートに用いられているスチールコードは複撚り構造を有するスチールコードで、最外層のシースストランドの最外層のシースフィラメントの全てに面積割合Aが98%、体積割合Bが45%である本発明によるブラスめっき鋼線を用い、その他のフィラメントには従来のブラスめっき鋼線を用いて作製したものである(図3(a)参照)。
本発明5のスチールトリートは、最外層のシースストランドの最外層のシースフィラメントのうちの50%のシースフィラメントに本発明によるブラスめっき鋼線を用いた以外は本発明4と同じである。
本発明6のスチールトリートは、最外層のシースストランドの最外層のシースフィラメントのうちの30%のシースフィラメントに本発明によるブラスめっき鋼線を用いた以外は本発明4と同じである。
【0018】
上記従来例1,2のスチールトリート及び本発明1〜6のスチールトリートを用いて、以下の条件でゴムとの接着性の試験を行い、初期接着性能、過加硫時の接着性能、耐熱接着性能を調査した結果を図4,5の表にまとめた。
初期接着性能の評価には、145℃×60分の加硫を行ったものを用いた。
過加硫時の接着性能の評価には、145℃×300分の加硫を行ったものを用いた。
耐熱接着性能の評価には、145℃×300分の加硫を行ったサンプルを更に100℃の高温環境に20日間放置したものを用いた。
接着性の評価は、JIS G3510(1992)を参考にし、規定されたゴム接着試験を行い、試験後のスチールコードに付着しているゴム量を測定し、このゴム量を各接着性の指標とした。指標が100より小さいとゴム付着量が少ない。
また、スチールコードの断線率についても評価し、その結果を図4,5の表に併せて記載した。断線率は伸線1トンあたりの断線回数を測定することで評価した。なお、断線率(INDEX)は、本発明1〜3については、従来例1の結果を100とし、本発明4〜6については、従来例2の結果を100とした。INDEXが100より大きいと断線しやすい。
図4の表から明らかなように、本発明1〜3の層撚り構造を有するスチールトリートは、従来例1の層撚り構造を有するスチールトリートに比較して、初期接着性能は同等であり、過加硫時の接着性能及び耐熱接着性能については向上していることがわかった。また、断線率についても、従来例1に比較して改善されていることが確認された。また、本発明1〜3を比較すると、最外層のシースフィラメントに占める本発明のブラスめっき鋼線の割合が多いほど、耐熱接着性能と断線率の改善効果が大きいことから、過加硫時及び熱劣化時におけるCuの供給量を確保するためには、最外層のシースフィラメントに占める本発明のブラスめっき鋼線の割合が大きい方が有利であることがわかった。
また、図5の表から明らかなように、本発明4〜6の複撚り構造を有するスチールトリートについても、従来例2の複撚り構造を有するスチールトリートに比較して過加硫時の接着性能、耐熱接着性能、及び、断線率が改善されていることがわかった。また、スチールコードが層撚り構造であっても複撚り構造であっても、最外層のシースフィラメントに占める本発明のブラスめっき鋼線の割合が多いほど、過加硫時及び熱劣化時におけるCuの供給量を確保することができ、耐熱接着性能と断線率の改善効果が向上することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明によれば、ブラスめっき鋼線とゴムとの接着性能を確実に向上させることができるので、タイヤ等のゴム物品補強用ブラスめっき鋼線を用いたゴム製品の信頼性と耐久性とを格段に向上させることができる。
【符号の説明】
【0020】
10 ゴム物品補強用ブラスめっき鋼線、11 ブラスめっき層、
11a 非結晶質性部、11b 結晶質性部、12 鋼線、13 積層構造部分、
20 層撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード、21 ストランドコア、
21s コアフィラメント、22 第1のシース層、22s シースフィラメント、
23 第2のシース層、23s シースフィラメント、24 ラッピングフィラメント、
30 複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード、31 コアストランド、
32 シースストランド、34 ラッピングフィラメント、
50 従来のブラスめっき鋼線、
60 従来の複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード、
70 従来の層撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコード。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加硫度の積和が24以上になるような加硫を必要とする重荷重車両用タイヤに用いられる、表面にブラスめっき層を有するゴム物品補強用ブラスめっき鋼線であって、
上記ブラスめっき層は、粒径が20nm以下の結晶粒から成る非結晶質性部と粒径が20nmを超える結晶粒から成る結晶質性部とを有し、
表面側が非結晶質性部で内側が結晶質性部である非結晶質性部と結晶質性部とが積層された積層構造部分を備え、
上記積層構造部分の非結晶質性部の表面が上記ブラスめっき層の表面全体に占める面積割合が20%以上であり、
上記積層構造部分の非結晶質性部の上記積層構造部分全体に占める体積割合が20%以上60%以下であり、かつ、上記ブラスめっき層の組成が、銅55〜66重量%、亜鉛34〜45重量%であることを特徴とするゴム物品補強用ブラスめっき鋼線。
【請求項2】
上記非結晶質性部の表面が上記ブラスめっき層の表面全体に占める面積割合が80%以上であることを特徴とする請求項1に記載のゴム物品補強用ブラスめっき鋼線。
【請求項3】
上記積層構造部分の上記ブラスめっき層全体に占める体積割合が50%以上であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のゴム物品補強用ブラスめっき鋼線。
【請求項4】
複数本のブラスめっき鋼線を撚り合わせて作製される層撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコードであって、上記スチールコードの最外層のシースフィラメントの少なくとも一部が、請求項1〜請求項3のいずれかに記載のゴム物品補強用ブラスめっき鋼線から成ることを特徴とするゴム物品補強用スチールコード。
【請求項5】
複数本のブラスめっき鋼線を撚り合わせて作製される複撚り構造を有するゴム物品補強用スチールコードであって、上記スチールコードの最外層のシースストランドの最外層のシースフィラメントの少なくとも一部が、請求項1〜請求項3のいずれかに記載のゴム物品補強用ブラスめっき鋼線から成ることを特徴とするゴム物品補強用スチールコード。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−159515(P2010−159515A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−2580(P2009−2580)
【出願日】平成21年1月8日(2009.1.8)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】