説明

シアニン色素

近赤外領域における吸光特性及び耐光性並びに溶解性に優れた有機色素化合物を提供することによって、上記したごとき分野において、吸光剤として選択し得る有機色素化合物の幅を拡げることを課題とし、同一分子内において、二価基により連結された複数のシアニン色素骨格と、対イオンとしての有機金属錯体とを有し、かつ、波長700nmより長波長の光を実質的に吸収するシアニン色素提供することによって前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、近赤外線を吸収する、新規なシアニン色素に関するものである。
【背景技術】
【0002】
情報化時代の到来に伴い、近赤外線を吸収する有機色素化合物の需要が急増している。その用途は、今や、半導体受光素子やプラズマディスプレーなどのフィルター用材におけるがごとく、有機色素化合物が近赤外線を遮断する性質を専ら利用する用途から、有機色素化合物を介して近赤外線のエネルギーを積極的に利用する、例えば、レーザーを光源とする光記録媒体、光カード、製版、熱転写記録、感熱記録をはじめとする情報記録の分野へ拡がることとなった。
【0003】
斯かる用途へ適用される有機色素化合物が備えるべき特性としては、近赤外領域における吸光特性が良いこと、人工光、自然光などの環境光に対する耐光性が大きいこと、そして、溶剤への溶解性が良いことなどが挙げられる。これまでに提案された代表的な有機色素化合物としては、例えば、アントラキノン系色素、フタロシアニン系色素、シアニン色素などが挙げられるけれども(例えば、特開平11−116611号公報、特開2002−202592号公報及び特開2003−167343号公報を参照)、このうち、アントラキノン系色素は、耐光性こそ良好であるものの、吸光特性に難があり、また、フタロシアニン系色素は、吸光特性、耐光性ともに良好であるものの、溶剤への溶解性に難があるとされている。シアニン色素は、吸光特性、溶解性ともに良好であるものの、従来公知のシアニン色素は耐光性が著しく小さいという問題があった。
【0004】
斯かる状況に鑑み、この発明は、近赤外領域における吸光特性及び耐光性並びに溶解性に優れた有機色素化合物を提供することによって、上記したごとき分野において、有機吸光材料として選択し得る有機色素化合物の幅を拡げることを課題とする。
【発明の開示】
【0005】
本発明者が、従来、耐光性に劣るとされてきたシアニン色素に着目し、鋭意研究し、検索したところ、同一分子内において、二価基により連結された複数のシアニン色素骨格と、対イオンとしての有機金属錯体とを有し、かつ、波長700nmより長波長の光を実質的に吸収するシアニン色素に到達した。斯かるシアニン色素は、波長700nmより長波長の光、とりわけ、近赤外線を実質的に吸収することに加えて、近赤外領域における人工光、自然光などの環境光に対する耐光性が大きく、しかも、諸種の有機溶剤に対して実用上支障のない溶解性を発揮することから、近赤外線を吸収することによって、これを遮断したり、近赤外線のエネルギーを利用する有機吸光材料として、斯かる性質を具備する有機色素化合物を必要とする多種多様の分野において有利に用い得るものであることを見出した。
【0006】
すなわち、この発明は、同一分子内において、二価基により連結された複数のシアニン色素骨格と、対イオンとしての有機金属錯体とを有し、かつ、波長700nmより長波長の光を実質的に吸収するシアニン色素を提供することによって前記課題を解決するものである。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】薄膜状態におけるこの発明によるシアニン色素の光透過率スペクトルである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
既述したとおり、この発明は、同一分子内において、二価基により連結された複数のシアニン色素骨格と、対イオンとしての有機金属錯体とを有し、かつ、波長700nmより長波長の光を実質的に吸収するシアニン色素に関するものである。
【0009】
シアニン色素骨格とは、周知のとおり、一般式1で表される原子団を有し、ポリメチン鎖の両端に位置する窒素原子が、いずれも、互いに同じか異なる複素環Z及びZを構成する原子の一つになっている有機色素化合物の骨格を意味する(例えば、大木道則ほか編、『化学大辞典』、914乃至915頁、1989年10月20日、株式会社東京化学同人発行を参照)。
【0010】
一般式1:
【化1】

【0011】
この発明においては、一般式1におけるmは2以上の整数を表し、波長700nmより長波長、とりわけ、近赤外領域における吸光特性の点で、通常、3が最も好ましい。したがって、この発明によるシアニン色素においては、複数のシアニン色素骨格のうちの少なくとも一つが、mが3である、ヘプタメチンシアニン色素骨格とするのが好ましい。
【0012】
この発明でいう有機金属錯体とは、金属原子を中心原子とする有機金属錯体の一価又は多価の陰イオンであって、この発明によるシアニン色素の分子内において、正に荷電するシアニン色素骨格へイオン結合するものを意味する。斯かる有機金属錯体としては、例えば、スカンジウム、イットリウム、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、ニオブ、タンタル、クロム、モリブデン、タングステン、マンガン、テクネチウム、レニウム、鉄、ルテニウム、オスミウム、コバルト、ロジウム、イリジウム、ニッケル、パラジウム、白金、銅、銀、金、カドミウム、水銀などの周期律表における第3乃至11族の遷移元素を中心原子とする、例えば、アゾ系、チオカテコールキレート系、チオビスフェノレートキレート系、ビスジチオール−α−ジケトン系、ビスフェニルジチオール系のものが挙げられる。シアニン色素の用途にもよるけれども、製造コストと取扱い易さの点では、コバルト、ニッケル又は銅を中心原子とする有機金属錯体が好ましく、また、生体へ直接接触する可能性がある物品へ適用するシアニン色素においては、安全性の点で、銅を中心原子とする有機金属錯体を用いるのが望ましい。
【0013】
この発明でいう二価基とは、上記したごときシアニン色素骨格同士を連結する、二つの結合部位を有する置換基を意味する。個々の二価基としては、例えば、メチレン基、エチレン基、ビニレン基、トリメチレン基、プロピレン基、プロペニレン基、テトラメチレン基、ペンタメチレン基、ヘキサメチレン基などの脂肪族炭化水素基、シクロペンチレン基、シクロヘキセニレン基、シクロヘキサジエニレン基などの脂環式炭化水素基、o−フェニレン基、m−フェニレン基、p−フェニレン基、ナフチレン基などの芳香族炭化水素基、オキシ基、カルボニル基などの酸素を含む特性基、メチレンジオキシ基、エチレンジオキシ基などのエーテル基、オキサリル基、マロニル基、スクシニル基、グルタリル基、アジポイル基、スペロイル基、o−フタロイル基、m−フタロイル基、p−フタロイル基などのアシル基、チオ基、チオカルボニル基などの硫黄を含む特性基、イミノ基、アゾ基などの窒素を含む特性基、さらには、それらの組合わせによるものが挙げられる。このうち、シアニン色素の合成し易さと、有機溶剤に対するシアニン色素の溶解性の点で、二価基の鎖長が炭素原子などの構成原子の数に換算して10個未満、詳細には、3乃至8個のものが好ましい。なお、斯かる二価基は、この発明の目的を逸脱しない範囲で、その水素原子の1又は複数が、例えば、アミノ基、カルボキシ基、シアノ基、ニトロ基、ハロゲン基、ヒドロキシ基などによって置換されていてもよい。
【0014】
シアニン色素骨格同士を連結すべく、斯かる二価基がシアニン色素骨格へ結合する位置としては、シアニン色素骨格が本来有する望ましい吸光特性や溶解性を実質的に損なわないかぎり、特に制限がない。合成し易さという観点からは、二価基における結合部位の一つが一般式1における窒素原子へ結合してなるシアニン色素が好ましい。斯かるシアニン色素のより具体的な例としては、例えば、同一分子内に、一般式2又は3で表される原子団を有するものが挙げられる。
【0015】
一般式2:
【化2】

【0016】
一般式3:
【化3】

【0017】
一般式2及び3において、Xは炭素原子か、あるいは、例えば、窒素原子、酸素原子、硫黄原子、セレン原子、テルル原子などの周期律表における第15又は16族のヘテロ原子を表す。このうち、合成し易さと取扱い易さの点で、Xが炭素原子、窒素原子、酸素原子又は硫黄原子のいずれかであるものが好ましい。Zはベンゼン環又はナフタレン環のいずれかであり、また、R乃至Rは、それぞれ独立に、水素原子か、あるいは、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert−ペンチル基などの脂肪族炭化水素基を表し、Xがヘテロ原子である場合、R及び/又はRは存在しないこととなる。L及びLは、前記したごとき、互いに同じか異なる二価基を、mは2以上の整数を、Yは、上記したごとき、有機金属錯体による一価又は多価の陰イオンを、そして、nはその有機金属錯体による陰イオンの荷電数を表す。なお、同一分子内において、一般式2又は3で表される原子団を有するシアニン色素において、シアニン色素骨格を構成する、いわゆる、ポリメチン鎖は置換基及び/又は環状構造を有していてもよい。
【0018】
ポリメチン鎖における置換基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、イソプロペニル基、1−プロペニル基、2−プロペニル基、2−プロピニル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、2−ブテニル基、1,3−ブタジエニル基、ペンチル基、2−ペンテニル基、2−ペンテン−4−イニル基などの脂肪族炭化水素基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロペンテニル基、シクロヘキシル基、シクロヘキセニル基などの脂環式炭化水素基、フェニル基、ナフチル基などの芳香族炭化水素基、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基などのハロゲン基、ジメチルアミノ基、ジエチルアミノ基、ジプロピルアミノ基、ジイソプロピルアミノ基、ジペンチルアミノ基、ジシクロヘキシルアミノ基、N,N−ジフェニルアミノ基などのアミノ基、ピペリジノ基、モルホリノ基などの複素環基、さらには、それらの組合わせによる置換基が挙げられる。ポリメチン鎖における環状構造としては、例えば、環状構造がエチレン性二重結合などの不飽和結合を少なくとも一つ有し、かつ、その不飽和結合がポリメチン鎖の一部として電子共鳴する、例えば、シクロペンテン環、シクロペンタジエン環、シクロヘキセン環、シクロヘキサジエン環、シクロヘプテン環、シクロオクテン環、シクロオクタジエン環、ベンゼン環などが挙げられ、これらは、いずれも、上記したごとき、ポリメチン鎖におけると同様の置換基を有していてもよい。なお、複数のシアニン色素骨格同士を連結すべく、二価基を結合させる上記した以外の位置としては、例えば、ポリメチン鎖におけるメソ位や、一般式2及び3におけるZのベンゼン環又はナフタレン環が挙げられる。
【0019】
この発明によるシアニン色素の具体例としては、例えば、化学式1乃至23で表されるものが挙げられる。これらは、いずれも、波長700nmより長波長の光を実質的に吸収し、その多くが波長800nm付近の近赤外領域に吸収極大を有し、吸収極大波長における分子吸光係数(以下、吸収極大波長における分子吸光係数を「ε」と略記することがある。)も1×10以上、通常、2×10と著しく大きいことから、近赤外線を効率良く吸収する。
【0020】
化学式1:
【化4】

【0021】
化学式2:
【化5】

【0022】
化学式3:
【化6】

【0023】
化学式4:
【化7】

【0024】
化学式5:
【化8】

【0025】
化学式6:
【化9】

【0026】
化学式7:
【化10】

【0027】
化学式8:
【化11】

【0028】
化学式9:
【化12】

【0029】
化学式10:
【化13】

【0030】
化学式11:
【化14】

【0031】
化学式12:
【化15】

【0032】
化学式13:
【化16】

【0033】
化学式14:
【化17】

【0034】
化学式15:
【化18】

【0035】
化学式16:
【化19】

【0036】
化学式17:
【化20】

【0037】
化学式18:
【化21】

【0038】
化学式19:
【化22】

【0039】
化学式20:
【化23】

【0040】
化学式21:
【化24】

【0041】
化学式22:
【化25】

【0042】
化学式23:
【化26】

【0043】
この発明によるシアニン色素は諸種の方法により合成できるけれども、経済性を重視するのであれば、活性メチン基と適宜の脱離基との求核置換反応を利用する方法が好適である。この方法によって一般式2又は3で表される原子団を有するシアニン色素を合成する場合には、例えば、一般式2又は3に対応するZ並びにR及びRを有する一般式4で表される原子団を有する化合物と、一般式2又は3に対応するZ及びR乃至Rを有する一般式5で表される原子団を有する化合物とを反応させるか、あるいは、一般式4で表される原子団を有する化合物と、一般式2又は3に対応するポリメチン鎖を与える一般式6で表される化合物とを反応させることによって、この発明によるシアニン色素を所望量得ることができる。なお、一般式5におけるMは、例えば、フェニルアミノ基などの適宜の脱離基を、また、一般式6におけるnは、一般式2及び3におけるmから1を減じた整数を表す。
【0044】
一般式4:
【化27】

【0045】
一般式5:
【化28】

【0046】
一般式6:
【化29】

【0047】
合成に当たっては、反応容器に一般式4で表される原子団を有する化合物と、一般式5で表される原子団を有する化合物か、あるいは、一般式6で表される化合物とをそれぞれ適量とり、必要に応じて、適宜溶剤に溶解し、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、アンモニア、トリエチルアミン、ピペリジン、ピリジン、ピロリジン、アニリン、N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジエチルアニリンなどの塩基性化合物、塩酸、硫酸、硝酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、p−トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸などの酸性化合物、塩化アルミニウム、塩化亜鉛、塩化錫、四塩化チタンなどのルイス酸性化合物を加えた後、加熱環流などにより加熱・撹拌しながら周囲温度か周囲温度を上回る温度で反応させる。
【0048】
溶剤としては、例えば、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、オクタン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの炭化水素類、四塩化炭素、クロロホルム、1,2−ジクロロベンゼン、1,2−ジブロモベンゼン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、クロロベンゼン、ブロモベンゼン、α−ジクロロベンゼンなどのハロゲン化物、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、イソブチルアルコール、イソペンチルアルコール、シクロヘキサノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、2−メトキシエタノール、2−エトキシエタノール、フェノール、ベンジルアルコール、クレゾール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、グリセリンなどのアルコール類及びフェノール類、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、テトラヒドロピラン、1,4−ジオキサン、アニソール、1,2−ジメトキシエタン、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジシクロヘキシル−18−クラウン−6などのエーテル類、酢酸、無水酢酸、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸、無水プロピオン酸、酢酸エチル、炭酸ブチル、炭酸エチレン、炭酸プロピレン、ホルムアミド、N−メチルホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N−メチルアセトアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ヘキサメチル燐酸トリアミドなどの酸及び酸誘導体、アセトニトリル、プロピオニトリル、スクシノニトリル、ベンゾニトリルなどのニトリル類、ニトロメタン、ニトロベンゼンなどのニトロ化合物、ジメチルスルホキシド、スルホランなどの含硫化合物、水などが挙げられ、必要に応じて、これらは組み合わせて用いられる。
【0049】
溶剤を用いる場合、一般に、溶剤の量が多くなると反応の効率が低下し、反対に、少なくなると、均一に加熱・撹拌するのが困難になったり、副反応が起こり易くなる。したがって、溶剤の量を重量比で原料化合物全体の100倍まで、通常、5乃至50倍にするのが望ましい。原料化合物の種類や反応条件などにもよるけれども、反応は10時間以内、通常、0.5乃至5時間で完結する。反応の進行は、例えば、薄層クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィーなどの汎用の方法によってモニターすることができる。この発明によるシアニン色素は、この方法によるか、この方法に準じて所望量を製造することができる。なお、一般式4乃至6で表される化合物は、いずれも、斯界における汎用の方法によって得ることができ、市販品がある場合には、必要に応じて、これを精製して用いればよい。また、原料化合物の種類や反応条件によって、有機金属錯体による陰イオン以外の陰イオンを対イオンとするシアニン色素が生成した場合には、これを通常のイオン交換反応へ供することによって、所期の有機金属錯体を対イオンとするこの発明のシアニン色素を得ることができる。
【0050】
斯くして得られるシアニン色素は、通常、使用に先立って、例えば、溶解、分液、傾斜、濾過、抽出、濃縮、薄層クロマトグラフィー、カラムクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、蒸留、昇華、結晶化などの類縁化合物を精製するための汎用の方法により精製され、必要に応じて、これらの方法は組み合わせて適用される。シアニン色素の種類や用途にもよるけれども、シアニン色素は、通常、使用に先立って、例えば、蒸留、結晶化及び/又は昇華などの方法により高度に精製しておくのが望ましい。
【0051】
この発明によるシアニン色素は、既述したとおり、700nmより長波長の光を実質的に吸収し、その多くは、800nm付近の近赤外領域に吸収極大を有し、吸収極大波長における分子吸光係数も大きいことから、近赤外線を効率良く吸収する。しかも、この発明のシアニン色素は、従来公知の類縁化合物と比較して、近赤外領域における人工光、自然光などの環境光に対する耐光性が著しく大きいうえに、例えば、情報記録、情報表示、太陽光発電などの分野で頻用される、例えば、アミド系、アルコール系、ケトン系、エーテル系、エステル系、炭化水素系、ニトリル系、ハロゲン系の有機溶剤に対して実用上支障のない溶解性を発揮する。これらの性質ゆえに、この発明のシアニン色素は、近赤外線を吸収することによって、これを遮断したり、近赤外線のエネルギーを利用する有機吸光材料として、例えば、情報記録、情報表示、太陽光発電、電気機械器具、電気通信器具、光学器具、衣料、建寝装用品、保健用品、農業資材をはじめとする多種多様の分野において極めて有用である。
【0052】
すなわち、この発明によるシアニン色素は、情報記録の分野において、赤外線レーザーなどによる近赤外線を吸収し、光カード、製版、熱転写記録、感熱記録などに用いられる重合性化合物や重合開始剤などを増感することによって、重合を促進するための増感剤又は光熱交換剤として有用である。同じく情報記録の分野において、この発明によるシアニン色素は、情報の書込、読取に波長780nm付近のレーザーを光源とするCD−Rなどの光記録媒体の記録層用材や、短波長のレーザーを光源とする、例えば、DVD−Rやブルーレイ・ディスクなどの高密度光記録媒体において、熱線が光記録媒体の記録層などへ到達し、記録した情報の読取を妨げたり、記録した情報そのものが消失したりするのを防止する遮光剤又は熱線遮断剤としても有用である。増感剤としての別の用途としては、例えば、太陽光発電の分野において、この発明によるシアニン色素を色素増感型湿式太陽電池の半導体電極へ担持せしめるときには、近赤外線に対する半導体電極の感度が向上し、太陽電池の光電変換効率を著明に改善することができる。この発明によるシアニン色素は耐光性が大きいことから、この発明によるシアニン色素を光増感剤とする太陽電池は、長期間用いても、光増感剤に起因する起電力の低下を招来し難い実益がある。
【0053】
情報表示の分野においては、この発明のシアニン色素は、近赤外領域における吸光特性と耐光性が良好なことから、テレビ受像機の表示部へ取り付けて用いる前面部材の近赤外線吸収剤として極めて有用である。周知のとおり、高品位テレビ放送の開始に伴って、プラズマディスプレー方式のテレビ受像機の需要が急増しているところ、プラズマディスプレーは、原理上、近赤外線の輻射が避けられず、これが赤色発光に混じって、色純度の良い、鮮やかな赤色表示が得られなくなったり、赤外線リモコンやコードレスホンの誤動作を招来するという問題がある。この問題を解決するために、従来、プラズマディスプレーの表示部へ近赤外線吸収剤を用いる前面部材を取り付ける方法が提案され、アントラキノン系色素をはじめとする多種多様の有機色素化合物が近赤外線吸収剤として用いられているけれども、その多くが耐光性が充分でなく、長期間用いると前面部材の遮光能が減弱し易いという問題があった。この発明によるシアニン色素は、近赤外線吸収剤として情報表示機器へ取り付けて用いる前面部材へ適用すると、情報表示機器から輻射される近赤外線を選択的にして安定に遮断するので、コントラストと色再現性に優れた高画質の映像が長期間に亙って得られ、しかも、赤外線リモコンやコードレスホンが近赤外線によって誤動作することもない。この発明によるシアニン色素を適用し得る情報表示機器としては、例えば、ブラウン管を用いる直視型テレビ、プラズマディスプレー、電界発光ディスプレーなどを用いる発光型パネル方式のテレビ、液晶ディスプレーを用いる非発光型パネル方式のテレビ、液晶プロジェクターが内蔵されたリアプロジェクション方式のテレビが挙げられる。
【0054】
電気通信器具、電気機械器具、光学機器の分野においては、この発明によるシアニン色素をフィルター用材として、例えば、撮像管、半導体受光素子、光ファイバーなどへ適用するときには、近赤外線に由来する雑音や、輻射される熱線により周囲の温度が上昇するのを低減したり、視感度を所望のレベルに調節することができる実益がある。フィルター用材としての別の用途としては、農業資材の分野において、例えば、温室用のガラス板や、シート若しくはフィルム状の基材に形成したビニルハウス用プラスチック製基材へ塗布することによって、観賞植物、食用植物などの有用植物へ到達する光の波長分布を調節し、植物の生育を制御することができる。
【0055】
以上の諸用途に加えて、この発明によるシアニン色素と、必要に応じて、紫外領域、可視領域及び/又は赤外領域の光を吸収する他の材料の1又は複数とともに、遮光剤、熱線遮断剤、断熱剤、保温蓄熱剤などとして衣料一般、とりわけ、保温蓄熱繊維や、赤外線による偵察に対して偽装性能を有する繊維を用いる衣料や、衣料以外の、例えば、ドレープ、レース、ケースメント、プリント、ベネシャンブラインド、ロールスクリーン、シャッター、のれん、毛布、布団、布団地、布団カバー、シーツ、座布団、枕、枕カバー、クッション、マット、カーペット、寝袋、窓ガラス、建造物、車輌、電車、船舶、航空機などの内外装材、ウインドガラスなどの建寝装用品、紙おむつ、おむつカバー、眼鏡、モノクル、ローネットなどの保健用品、靴の中敷き、靴の内張り地、鞄地、風呂敷、傘地、パラソル、ぬいぐるみ、照明装置、サングラス、サンバイザー、サンルーフ、電子レンジ、オーブンなどの覗き窓、さらには、これらの物品を包装、充填又は収容するための包装用材、充填用材、容器などに用いるときに、不必要な温度変化や、近赤外線が病因となる眼精疲労、視細胞の老化、白内障をはじめとする生物や物品の障害や不都合を防止したり、低減することができるだけではなく、物品の色度、色調、色彩、風合などを整えたり、物品から反射したり透過する光を所望の色バランスに整えることができる実益がある。なお、この発明のシアニン色素は、近赤外線を吸収する従来公知の有機色素化合物と同様に、改竄防止用インキ、改竄偽造防止用バーコードインキ、近赤外線吸収インキ、近赤外線吸収塗料、写真やフィルムの位置決め用マーキング剤、プラスチックをリサイクルする際の仕分け用染色剤、PETボトルを成形加工する際のプレヒーティング助剤、さらには、熱に感受性があるとされている腫瘍一般を治療するための医薬品の有効成分などとしても有用である。
【0056】
以下、この発明の実施の形態につき、実施例を挙げて説明する。
【実施例1】
【0057】
[シアニン色素]
反応容器にメタノールを10mlとり、化学式24で表される化合物2.0g、化学式25で表される化合物1.5g、無水酢酸5ml及びトリエチルアミン5mlを加えた後、撹拌しながら65乃至70℃で30分間加熱することによって反応させた。反応混合物を冷却し、析出した結晶をアセトンにより再結晶したところ、化学式26で表される化合物の紫色結晶が0.95g得られた。
【0058】
化学式24:
【化30】

【0059】
化学式25:
【化31】

【0060】
化学式26:
【化32】

【0061】
化学式26で表される化合物の結晶を0.65gとり、適量のアセトニトリル/クロロホルム混液に溶解する一方、化学式27で表される化合物0.70gを同様の混液に溶解した後、各溶液を別々に濾過し、混合し、撹拌しながら60℃で15分間反応させた。反応混合物から溶剤を留去した後、エタノールで再結晶したところ、化学式1で表されるこの発明によるシアニン色素の青色結晶が0.81g得られた。
【0062】
化学式27:
【化33】

【0063】
結晶の一部をとり、常法により分解点を測定したところ、本例のシアニン色素の分解点は231℃であった。さらに、常法により塩化メチレン溶液における可視吸収スペクトルを測定したところ、本例のシアニン色素は波長801nm付近に吸収極大(ε=4.59×10)を示した。
【0064】
近赤外線を効率良く吸収する本例のシアニン色素は、例えば、情報記録、情報表示、太陽光発電、電気機械器具、電気通信器具、光学器具、衣料、建寝装用品、保健用品、農業資材をはじめとする諸分野において、近赤外線を吸収することによって、近赤外線を遮断したり、近赤外線のエネルギーを利用する有機吸光材料として有用である。
【実施例2】
【0065】
[シアニン色素]
化学式24及び25で表される化合物に代えて、それぞれ、化学式28及び化学式29で表される化合物を用いた以外は実施例1におけると同様に反応させたところ、化学式30で表される化合物の紫色結晶が得られた。
【0066】
化学式28:
【化34】

【0067】
化学式29:
【化35】

【0068】
化学式30:
【化36】

【0069】
次いで、化学式26で表される化合物に代えて化学式30で表される化合物を用いた以外は実施例1におけると同様に反応させたところ、化学式2で表されるこの発明によるシアニン色素の緑色結晶が得られた。
結晶の一部をとり、常法により分解点を測定したところ、本例のシアニン色素の分解点は238℃であった。さらに、常法により塩化メチレン溶液における可視吸収スペクトルを測定したところ、本例のシアニン色素は波長796nm付近に吸収極大(ε=3.50×10)を示した。薄膜状態における本例のシアニン色素の光透過率スペクトルを図1に示す。図1のスペクトルは、本例のシアニン色素が波長800nm付近の近赤外領域に吸収極大を有し、近赤外線を効率的に吸収することを物語っている。
【0070】
近赤外線を効率良く吸収する本例のシアニン色素は、例えば、情報記録、情報表示、太陽光発電、電気機械器具、電気通信器具、光学器具、衣料、建寝装用品、保健用品、農業資材をはじめとする諸分野において、近赤外線を吸収することによって、近赤外線を遮断したり、近赤外線のエネルギーを利用する有機吸光材料として有用である。
【実施例3】
【0071】
[シアニン色素]
反応容器にアセトニトリルを20mlとり、化学式25で表される化合物5.0g、化学式31で表される化合物の塩酸塩2.2g、無水酢酸1ml及びトリエチルアミン1.3mlを加え、撹拌しながら48乃至50℃で36分間反応させた後、冷却しながら反応混合物にメタノールを加えた。析出した結晶をメタノール/クロロホルム混液に溶解し、撹拌しながら六弗化燐酸アンモニウムのメタノール溶液を加えたところ、化学式32で表される化合物の輝茶色結晶が得られた。
【0072】
化学式31:
【化37】

【0073】
化学式32:
【化38】

【0074】
次いで、化学式26で表される化合物に代えて化学式32で表される化合物を用いた以外は実施例1におけると同様に反応させたところ、化学式10で表されるこの発明によるシアニン色素の暗緑色結晶が得られた。
【0075】
結晶の一部をとり、常法により分解点を測定したところ、本例のシアニン色素の分解点は255℃であった。さらに、常法により塩化メチレン溶液における可視吸収スペクトルを測定したところ、本例のシアニン色素は波長801nm付近に吸収極大(ε=3.01×10)を示した。
【0076】
近赤外線を効率良く吸収する本例のシアニン色素は、例えば、情報記録、情報表示、太陽光発電、電気機械器具、電気通信器具、光学器具、衣料、建寝装用品、保健用品、農業資材をはじめとする諸分野において、近赤外線を吸収することによって、近赤外線を遮断したり、近赤外線のエネルギーを利用する有機吸光材料として有用である。
【実施例4】
【0077】
[シアニン色素]
化学式25及び31で表される化合物に代えて、それぞれ、化学式29で表される化合物と、化学式33で表される化合物の塩酸塩とを用いた以外は実施例3における同様に反応させたところ、化学式34で表される化合物の輝茶色結晶が得られた。
【0078】
化学式33:
【化39】

【0079】
化学式34:
【化40】

【0080】
次いで、化学式26で表される化合物に代えて化学式34で表される化合物を用いた以外は実施例1におけると同様に反応させたところ、化学式11で表されるこの発明によるシアニン色素の暗緑色結晶が得られた。
【0081】
結晶の一部をとり、常法により分解点を測定したところ、本例のシアニン色素の分解点は248℃であった。さらに、常法により塩化メチレン溶液における可視吸収スペクトルを測定したところ、本例のシアニン色素は波長816nm付近に吸収極大(ε=2.48×10)を示した。
【0082】
近赤外線を効率良く吸収する本例のシアニン色素は、例えば、情報記録、情報表示、太陽光発電、電気機械器具、電気通信器具、光学器具、衣料、建寝装用品、保健用品、農業資材をはじめとする諸分野において、近赤外線を吸収することによって、近赤外線を遮断したり、近赤外線のエネルギーを利用する有機吸光材料として有用である。
【0083】
この発明によるシアニン色素は、構造によって仕込条件や収率に若干の違いあるものの、例えば、上記した以外の化学式1乃至23で表されるものを含めて、いずれも、実施例1乃至4の方法によるか、あるいは、それらの方法に準じて所望量を得ることができる。ちなみに、実施例1乃至4のシアニン色素は、情報記録、情報表示、太陽光発電などの分野において頻用される、例えば、アミド系、ケトン系、ニトリル系、ハロゲン系などの有機溶剤に対して実用上支障のない溶解性を発揮する(25℃において、溶剤100gに対して0.5g以上溶解)。
【0084】
実験例〈シアニン色素の耐光性〉
ポリメチルメタクリレート(平均分子量15,000ダルトン)20質量部に対して、メチルエチルケトン100質量部を加え、さらに、化学式2又は11で表されるこの発明によるシアニン色素のいずれかを0.6質量%になるように加えた後、超音波を印加して溶解した。溶液を濾過した後、スピンコート法によりアクリル板の片面に均一に流延し、風燥させた後、直ちに、分光光度計により波長780nmにおけるシアニン色素薄膜の光透過率を測定した。
【0085】
次いで、市販の近赤外線半導体レーザー装置(商品名『LDU33−780−6型』、シグマ光機株式会社製造、発振波長780nm)をアクリル板から10cm隔てた位置に固定し、シアニン色素を含有する薄膜におけるレーザー強度を5mW/cmに設定した状態で200時間レーザー照射した後、直ちに、上記と同様にして波長780nmにおける薄膜の吸光度を測定した。そして、レーザー照射直前における吸光度に対するレーザー照射直後における吸光度の百分率(%)を計算し、これを色素残存率として、シアニン色素の耐光性を判定する目安とした。併行して、化学式30、化学式35及び化学式36で表される類縁化合物についても同様にして耐光性を調べた。結果を表1に示す。
【0086】
化学式35:
【化41】

【0087】
化学式36:
【化42】

【0088】
【表1】

【0089】
表1の結果に見られるとおり、同一分子内にシアニン色素骨格を一つ有する、化学式36で表される類縁化合物も、シアニン色素骨格を二つ有する、化学式30で表される類縁化合物も、対イオンが六弗化燐酸イオンであるかぎり、色素残存率は30%前後に止まった。同一分子内にシアニン色素骨格を一つだけ有する、化学式35で表される類縁化合物は、対イオンとして有機金属錯体の陰イオンを有することから、化学式30及び36で表される類縁化合物と比較すると、62%という、有意に高い色素残存率を示したものの、依然、実用上充分であると判断できるほどではなかった。これに対して、同一分子内にシアニン色素骨格を二つ有し、かつ、有機金属錯体の陰イオンを対イオンとする化学式2及び11で表されるこの発明のシアニン色素は、いずれも、同様にしてレーザーを照射したときの色素残存率が90%超と著しく大きく、これらのシアニン色素は、斯かる条件下で実質的に分解しないことが判明した。
【0090】
これらの実験結果は、この発明にしたがって、複数のシアニン色素骨格同士を二価基により連結するとともに、対イオンとして、有機金属錯体の陰イオンを配することによって、従来、近赤外領域における耐光性に劣るとされていたシアニン色素の耐光性を著明に改善し得ることを物語っている。
【産業上の利用可能性】
【0091】
この発明は、文献未記載の、全く新規なシアニン色素の創製に基づくものである。この発明によるシアニン色素は、波長700nmより長波長の光、とりわけ、近赤外線を実質的に吸収することに加えて、近赤外領域における人工光、自然光などの環境光に対する耐光性が大きいうえに、諸種の有機溶剤に対して実用上支障のない溶解性を発揮することから、近赤外線を吸収することによって、これを遮断したり、近赤外線のエネルギーを利用する有機吸光材料として、例えば、情報記録、情報表示、太陽光発電、電気機械器具、電気通信器具、光学器具、衣料、建寝装用品、保健用品、農業資材をはじめとする多種多様の分野において極めて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一分子内において、二価基により連結された複数のシアニン色素骨格と、対イオンとしての有機金属錯体とを有し、かつ、波長700nmより長波長の光を実質的に吸収するシアニン色素。
【請求項2】
波長780nmにおいて、5mW/cmのレーザーを200時間照射しても実質的に分解しない請求の範囲第1項に記載のシアニン色素。

【図1】
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【国際公開番号】WO2005/007753
【国際公開日】平成17年1月27日(2005.1.27)
【発行日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511886(P2005−511886)
【国際出願番号】PCT/JP2004/010334
【国際出願日】平成16年7月21日(2004.7.21)
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【Fターム(参考)】