説明

シクロアルキルベンゼン類の製造方法

【課題】 光・電子材料、医・農薬等に関わる機能性化学品として有用なシクロアルキル芳香族化合物を効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】 ベンゼン、ビフェニル及びテルフェニルから選ばれる炭化水素環を有するベンゼン化合物と、シクロアルカノール又はシクロアルケンを、マイクロ波照射下、ゼオライト触媒存在下で反応させ、シクロアルキル芳香族化合物を製造する。ゼオライト触媒としては、モルデナイト型、ZSM−5型、ベータ型等のものを使用でき、シリカ/アルミナ比が2〜800のものを使用することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シクロアルキルベンゼン類の効率的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ベンゼン、ビフェニル、テルフェニル等のベンゼン環を有するシクロアルキルベンゼン類は、光・電子材料、医・農薬等に関わる機能性化学品あるいはそれらの合成中間体等として利用価値が高い。たとえば、シクロヘキシル基を有するシクロヘキシルビフェニル等は液晶性を有していることから、ディスプレイ材料を中心とした光・電子材料用の機能性化学品として利用できる(たとえば特許文献1、2)。
それらシクロアルキルベンゼン類の主要な製法としては、たとえば、(A)シクロアルカノールまたはシクロアルケンを、塩化アルミニウム、ポリリン酸、トリフルオロメタンスルホン酸スカンジウム(III)、塩化金(III)/ヘキサフルオロアンチモン酸銀等の酸性触媒存在下でベンゼン化合物と反応させる方法(たとえば非特許文献1〜4)、(B)シクロアルキルグリニャール試薬を金属触媒存在下でハロゲン化ベンゼン化合物と反応させる方法(たとえば非特許文献5、6)等が知られていた。
【0003】
しかしながら、従来法(A)、(B)ではそれぞれに問題点があった。
たとえば、従来法(A)では、(1)水や湿気と反応しやすい塩化アルミニウム触媒等が必要である、(2)反応後の酸触媒の分離・回収が困難である、(3)ベンゼン化合物との反応における位置選択性が低く、パラ体だけでなくその位置異性体であるオルト体等が相当量生成する(たとえばアニソールの反応ではパラ体:オルト体=2:1〜1:2程度)等の問題があり、また、従来法(B)でも、(1)水や湿気と反応しやすく取り扱い困難なグリニャール試薬を使用する必要がある、(2)反応後にマグネシウム塩等の廃棄物が大量に生じる等の問題があった。
【0004】
一方、芳香族化合物をアルキル化する方法としては、ゼオライト触媒存在下で、芳香族化合物を、ハロゲン化炭化水素、アルケン又はアルコールと反応させる方法が知られている。
たとえば、シリカ/アルミナ比が5のY型ゼオライト触媒等の存在下、臭化シクロヘキサンやシクロヘキセンを用いて、ナフタレン化合物の2,6−ジアルキル化反応を行う方法が報告されている(たとえば非特許文献7)。
また、シリカ/アルミナ比が240のモルデナイト型ゼオライト触媒(東ソー社製、HSZ−690HOA)等の存在下、ナフタレンと2−プロパノール又はtert−ブタノールとの反応をマイクロ波照射下で行うことにより、アルキル基として非環状のアルキル基を有する2,6−ジアルキルナフタレンを製造できることが知られている(特許文献3)。
しかしながら、それらの報告例では、ナフタレン以外の芳香族化合物についての説明や実施例は一切なく、ナフタレン以外の芳香族化合物の反応で、どのような触媒や反応条件が適しているか等については、何ら知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−71992号公報
【特許文献2】特開平9−203021号公報
【特許文献3】特開2009−263264号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Chem.Abstr.,53,9113i(1957)
【非特許文献2】J.Am.Chem.Soc.,76,4550(1954)
【非特許文献3】Chem.Commun.,1695(2000)
【非特許文献4】J.Organomet.Chem.,694,494(2009)
【非特許文献5】J.Am.Chem.Soc.,126,3686(2004)
【非特許文献6】J.Am.Chem.Soc.,130,8773(2008)
【非特許文献7】J.Org.Chem.,57,5040(1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、上記問題点を回避して、シクロアルキルベンゼン類をより効率的に製造することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、ベンゼン環を有する化合物とシクロアルカノールまたはシクロアルケンとの反応が、マイクロ波照射下、特定のゼオライト触媒存在下でスムーズに進行し、シクロアルキルベンゼン類が収率よく得られるという新規な事実を見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、この出願は以下の発明を提供するものである。
【0009】
〈1〉下記一般式(I)
RH (I)
(式中、Rは、ベンゼン、ビフェニル及びテルフェニルから選ばれる炭化水素環から水素原子を除いて得られる1価の基を示し、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていてもよい。)
で表される、ベンゼン環を有する化合物(以下、単に「ベンゼン化合物」という。)と、下記一般式(IIA)
【0010】
【化1】

(式中、nは1〜14の整数を示し、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていてもよい。)
で表されるシクロアルカノール、又は、下記一般式(IIB)
【0011】
【化2】

(式中、mは1〜14の整数を示し、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていてもよい。)
で表されるシクロアルケンを、マイクロ波照射下、ゼオライト触媒存在下で反応させることを特徴とする下記一般式(III)
【0012】
【化3】

(式中、Rは前記と同じ意味であり、pは、式(IIA)との反応ではnであり、式(IIB)との反応ではmである。また、環上の水素原子の一部が式(IIA)または式(IIB)に由来する反応に関与しない基で置換されていてもよい。)
で表される化合物(以下、「シクロアルキル芳香族化合物」という。)の製造方法。
〈2〉前記のゼオライト触媒として、モルデナイト型、ZSM−5型、ベータ型、Y型のゼオライトを使用することを特徴とする〈1〉に記載の製造方法。
〈3〉前記のゼオライトとして、シリカ/アルミナ比が2〜800のものを使用することを特徴とする〈1〉又は〈2〉に記載の製造方法。
〈4〉〈1〉〜〈3〉のいずれかの製造方法で得られた、下記一般式(IV)で表されるシクロアルキル芳香族化合物。
【0013】
【化4】

(式中、R’は1,4−ベンゾジオキサン−6−イル基又は2,3−ジヒドロベンゾフラン−5−イル基で、qは4である。)
【発明の効果】
【0014】
本発明の製造方法を用いることにより、取り扱い容易な原料と触媒を用いて、大量の廃棄物を排出せずに、シクロアルキルベンゼン類を従来の方法に比べより短時間で効率よく製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の製造方法は、ベンゼン化合物とシクロアルカノール又はシクロアルケンを、ゼオライト触媒の存在下で反応させることを特徴とする。
本発明において、原料として使用するベンゼン化合物は、下記一般式(I)
RH (I)
で表される化合物である。
【0016】
一般式(I)において、Rは、ベンゼン、ビフェニル及びテルフェニルから選ばれる炭化水素環から水素原子を除いて得られる1価の基を示す。
また、Rはその環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていてもよく、それらの基の具体例としては、メチル基、イソプロピル基、ブチル基、ヘキシル基、シクロヘキシル基、デシル基、テトラデシル基等のような炭素数が1〜18のアルキル基、メトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、ヘキシルオキシ基、オクチルオキシ基、ドデシルオキシ基、オクタデシルオキシ基のような炭素数が1〜18のアルコキシ基、フッ素原子、塩素原子、臭素原子のようなハロゲン原子の他に、環上の2つの炭素原子を結合させる2価の基であるオキシエチレン基やオキシエチレンオキシ基等を挙げることができる。
したがって、一般式(I)のベンゼン化合物の具体例としては、ベンゼン、トルエン、アニソール、エトキシベンゼン、ブトキシベンゼン、メチルアニソール、フルオロアニソール、クロロアニソール、ブロモアニソール、2,3−ジヒドロベンゾフラン、1,4−ベンゾジオキサン、ビフェニル、4−tert−ブチルビフェニル、4−メトキシビフェニル、4−オクタデシルオキシビフェニル、p−テルフェニル、m−テルフェニル等が挙げられる。
【0017】
一方、上記一般式(I)と反応させるシクロアルカノール又はシクロアルケンはそれぞれ、下記一般式(IIA)又は下記一般式(IIB)で表されるものである。
【0018】
【化1】

【0019】
【化2】

【0020】
一般式(IIA)のシクロアルカノールにおいて、nは1〜14の整数を示す。また、環上の水素原子の一部は、反応に関与しない基で置換されていてもよい。それらの基の具体例としては、メチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、tert−ブチル基、アミル基、ヘキシル基、シクロヘキシル基、デシル基、テトラデシル基等のような炭素数が1〜18のアルキル基、メトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、ヘキシルオキシ基、オクチルオキシ基、テトラデシルオキシ基のような炭素数が1〜18のアルコキシ基、フッ素原子等が挙げられる。
したがって、それらの基等を有するシクロアルカノールの具体例としては、シクロプロパノール、シクロブタノール、シクロペンタノール、シクロヘキサノール、4−メチルシクロヘキサノール、4−プロピルシクロヘキサノール、4−ブチルシクロヘキサノール、4−tert−ブチルシクロヘキサノール、4−アミルシクロヘキサノール、4−シクロヘキシルシクロヘキサノール、シクロヘプタノール、シクロオクタノール、シクロデカノール、シクロドデカノール、シクロテトラデカノール等を挙げることができる。
【0021】
一方、一般式(IIB)のシクロアルケンにおいて、mは1〜14の整数を示す。また、環上の水素原子の一部は、反応に関与しない基で置換されていてもよい。それらの基の具体例としては、上記一般式(IIA)の場合と同様のものが挙げられる。
したがって、それらの基等を有するシクロアルケンの具体例としては、シクロプロペン、1−メチルシクロプロペン、シクロブテン、シクロペンテン、シクロヘキセン、1−メチル−1−シクロヘキセン、4−メチル−1−シクロヘキセン、シクロヘプテン、シクロオクテン、シクロデセン、シクロドデセン、シクロテトラデセン等を挙げることができる。
【0022】
シクロアルカノール又はシクロアルケンに対するベンゼン化合物のモル比は任意に選ぶことができるが、シクロアルカノール又はシクロアルケンに対するシクロアルキル芳香族化合物の収率を考慮すれば、通常0.4以上300以下であり、より好ましくは0.5以上200以下であり、さらに好ましくは0.5以上150以下である。
【0023】
本発明によれば、上記一般式(I)のベンゼン化合物と、上記一般式(IIA)で表されるシクロアルカノール又は上記一般式(IIB)で表されるシクロアルケンとを反応させることにより、下記一般式(III)
【0024】
【化3】

で表されるシクロアルキル芳香族化合物を製造できる。
式中、Rは前記と同じ意味であり、pは、式(IIA)との反応ではnであり、式(IIB)との反応ではmである。
また、環上の水素原子の一部が式(IIA)または式(IIB)に由来する反応に関与しない基で置換されていてもよい。
一般式(III)中のRの具体例としては、上記一般式(I)で例示したもの等を挙げることができる。
【0025】
また本発明の方法により、下記一般式(IV)で表される新規なシクロアルキル芳香族化合物を提供できる。
【0026】
【化4】

(式中、R’は1,4−ベンゾジオキサン−6−イル基又は2,3−ジヒドロベンゾフラン−5−イル基で、qは4である。)
【0027】
一般式(IV)のシクロアルキル芳香族化合物は、たとえば、1,4−ベンゾジオキサン又は2,3−ジヒドロベンゾフランとシクロヘキサノールとを反応させて製造できる。
一般式(IV)のシクロアルキル芳香族化合物は、シクロヘキシル環を有する光電子材料と類似の構造を有しており、光・電子材料等の機能性材料あるいはその合成中間体として有用である。
【0028】
本発明の製造法では、上記一般式(I)のベンゼン化合物のベンゼン環が反応性の異なる複数の反応点を有する場合、シクロアルカノール又はシクロアルケンは、最も電子密度が高く立体障害が少ない環内炭素原子と優先的に反応する。
たとえば、アルコキシ置換基を有するベンゼン環では、シクロアルカノール又はシクロアルケンはアルコキシ基に対してパラ位の炭素と優先的に反応して、パラ体を主生成物として与える。さらに、2,3−ジヒドロベンゾフランのような芳香族化合物では、アルコキシ基に対してパラ位の炭素原子とアルキル基に対してパラ位の炭素原子が存在するが、電子供与性がより高いと考えられるアルコキシ基に対してパラ位の炭素原子が優先的に反応する。
【0029】
以上のように、本発明の反応は、求電子置換反応で一般的に見られる位置選択性を示すが、触媒の構造も位置選択性に大きく影響する。本発明で用いるゼオライト触媒は規則的細孔を有し、細孔の形状や孔径等に基づく形状選択性を示すために、芳香環の位置選択的反応に対してとくに有利である。たとえば、一置換ベンゼンであるアニソールを原料に用いた場合には、立体障害が最も小さいパラ体生成物を他の位置異性体に対して有利に製造することができ、触媒を適切に選択すれば、パラ体をオルト体等の位置異性体に対して10倍以上の比で製造することができる。
【0030】
本発明では、プロトン性水素原子あるいは金属カチオン(アルミニウム、チタン、ガリウム、鉄、セリウム、スカンジウム等)を有するゼオライトを触媒として使用できる。
【0031】
ゼオライトの種類としては、Y型、ベータ型、モルデナイト型、ZSM−5型、フェリエライト型又はSAPO型等の基本骨格を有する各種のゼオライトが使用可能である。
その中で好ましいのは、Y型、ベータ型、モルデナイト型、ZSM−5型で、より好ましいのは、ベータ型、モルデナイト型、ZSM−5型である。
【0032】
また、シクロアルカノール又はシクロアルケンの環の大きさに応じて、好ましい触媒の種類が変化する。
すなわち、ベータ型、モルデナイト型、ZSM−5型では、触媒の細孔径の大きさは、ベータ型(12員環細孔)>モルデナイト型(12員環と8員環細孔)>ZSM−5型(10員環細孔)の順序と考えられるが(たとえば、小野嘉夫、八嶋建明編集、「ゼオライトの科学と工学」、講談社(2000);p.4〜8)、生成物の収率・選択率の点では、シクロアルカノール又はシクロアルケンの環の大きさが、5員環以下である場合にはZSM−5型又はモルデナイト型が好ましく、ZSM−5型がより好ましい。また、6員環である場合にはモルデナイト型、ベータ型、Y型が好ましく、モルデナイト型がより好ましい。さらに、7〜10環ではモルデナイト型、ベータ型が好ましく、10員環以上ではベータ型が好ましい傾向を示す。
【0033】
また、アニソール等、ベンゼンの一置換体を原料とする場合、生成物であるシクロアルキルベンゼン類にはパラ体、オルト体等の位置異性体が存在するが、その位置選択性にも触媒の細孔径の大きさが影響を及ぼす。
たとえば、シクロアルカノール又はシクロアルケンの環の大きさが5員環である場合、細孔径の小さいZSM−5型はモルデナイト型の触媒よりも高い収率・選択率でパラ体を与えることができる。一方、シクロアルカノール又はシクロアルケンの環の大きさが6員環である場合には、細孔径の小さいモルデナイト型は、ベータ型、Y型の触媒よりも高い収率・選択率でパラ体を与えることができる。
【0034】
上記のゼオライトにおいては、プロトン性水素原子を有するブレンステッド酸型のものや金属カチオンを有するルイス酸型のものなど、各種のゼオライトを使用できる。この中で、プロトン性水素原子を有するプロトン型のものは、H−Y型、H−SDUSY型、H−SUSY型、H−ベータ型、H−モルデナイト型、H−ZSM−5型、H−フェリエライト型等で表される。また、アンモニウム型のものである、NH−Y型、NH−VUSY型、NH−ベータ型、NH−モルデナイト型、NH−ZSM−5型、NH−フェリエライト型等のゼオライトを焼成して、プロトン型に変換したものを使用することもできる。なお、上記プロトン型及びアンモニウム型のゼオライトで、H−SDUSY型、H−SUSY型、NH−VUSY型で表したものは、いずれもY型の基本骨格を有するものである。
【0035】
さらに、ゼオライトのシリカ/アルミナ比については、原料の種類等の反応条件に応じて各種の比を選択できるが、好ましくは2〜800であり、より好ましくは10〜600であり、さらに好ましくは20〜300であり、とくに好ましくは30〜200である。
【0036】
それらゼオライトとしては、市販品を含む各種のものを使用できる。市販品の具体例を示すと、Y型ゼオライトとしては、ゼオリスト社より市販されている、CBV760、CBV780、CBV720、CBV712及びCBV600等、東ソー社より市販されているHSZ−360HOA及びHSZ−320HOA等が挙げられる。また、ベータ型ゼオライトとしては、ゼオリスト社より市販されている、CP811C、CP814N、CP7119、CP814E、CP7105、CP814C、CP811TL、CP814T、CP814Q、CP811Q、CP811E−75、CP811E及びCP811C−300等、東ソー社より市販されている、HSZ−980HOA、HSZ−940HOA及びHSZ−930HOA等、UOP社より市販されているUOP−Beta等が挙げられ、モルデナイト型ゼオライトとしては、ゼオリスト社より市販されているCBV21A及びCBV90A等、東ソー社より市販されている、HSZ−660HOA、HSZ−620HOA及びHSZ−690HOA等が挙げられる。さらに、ZSM−5型ゼオライトとしては、ゼオリスト社より市販されている、CBV28014、CBV8014、CBV5524G及びCBV8020等、東ソー社より市販されている、HSZ−870NHA、HSZ−860HOA及びHSZ−850HOA等が挙げられ、フェリエライト型ゼオライトとしては、ゼオリスト社より市販されているCP914及びCP914C等が挙げられる。
【0037】
原料に対する触媒量は任意に決めることができるが、重量比では、通常は0.0001〜100程度で、好ましくは0.001〜70程度、さらに好ましくは0.001〜50程度である。
【0038】
本発明の反応は、反応温度や反応圧力に応じて、液相又は気相状態で行うことができる。また、反応装置の形態としては、バッチ型、フロー型等、従来知られている各種形態で行うことができる。反応温度は、20℃以上、好ましくは20〜400℃、より好ましくは、20〜350℃である。さらに、反応圧力は、通常0.1〜100気圧で、好ましくは0.1〜80気圧、より好ましくは0.1〜60気圧である。反応時間は、反応温度、触媒量、反応装置の形態等に依存するが、1〜400分、好ましくは1〜320分、より好ましくは1〜240分程度である。
【0039】
また、反応を液相系で行う場合、溶媒の有無にかかわらず実施できるが、溶媒を用いる場合には、デカリン(デカヒドロナフタレン)、デカン等の炭化水素、クロロベンゼン、1,2−又は1,3−ジクロロベンゼン、1,2,3−又は1,2,4−トリクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素、ジブチルエーテル等のエーテル等、原料と反応するものを除いた各種の溶媒が使用可能で、2種以上混合して用いることもできる。また、反応を気相で行う場合には、窒素等の不活性ガスを混合して反応を行うこともできる。
【0040】
マイクロ波照射を用いる本反応系では、原料としてシクロアルカノールを用いる場合、それらの原料や共生成物である水が大きい誘電損失係数を有し、マイクロ波を効率よく吸収するため、反応が促進される。また、ゼオライト触媒も比較的大きい誘電損失係数を有しマイクロ波を吸収するため、マイクロ波照射下では触媒表面からの水の脱着や固体酸触媒の活性点での反応が促進される。
さらに、本反応ではマイクロ波を吸収して発熱する加熱材(サセプター)を反応系に添加することができる。加熱材の種類としては、活性炭、黒鉛、炭化ケイ素、炭化チタン等、従来公知の各種のものを使用できる。また、先に記載した触媒と加熱材の粉末を混合して、セピオライト、ホルマイト等の適当なバインダーを利用して焼成加工した成形触媒を用いることもできる。
【0041】
マイクロ波照射反応では、接触式又は非接触式の温度センサーを備えた各種の市販装置等を使用できる。また、マイクロ波照射の出力、キャビティの種類(マルチモード、シングルモード)、照射の形態(連続的、断続的)等は、反応のスケールや種類等に応じて任意に決めることができる。マイクロ波の周波数としては、通常、0.3〜30GHzである。
具体的な周波数帯としては、ISM周波数帯(産業、科学、医療の分野で使用できる電波法での周波数帯)として知られる、2.45GHz帯、5.8GHz帯等を利用できる。
【0042】
本発明の反応では、触媒として固体のゼオライト触媒を使用しているため、反応後の触媒の分離・回収は、濾過、遠心分離等の方法により容易に行うことができる。また、生成したシクロアルキル芳香族化合物の精製も、再結晶、蒸留、カラムクロマトグラフィー等の有機化学上通常用いられる手段により容易に達せられる。
【実施例】
【0043】
次に、本発明を実施例及び参考例によりさらに具体的に説明するが、本発明はそれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
アニソール(Ia) 5.0mmol、シクロヘキサノール(IIAa) 1.0mmol、H−モルデナイト型ゼオライト CBV90A(ゼオリスト社製) 100mg、1,2−ジクロロベンゼン 1mLの混合物を反応管に入れ、放射温度計を備えたマイクロ波照射装置(CEM社製、Discover、シングルモード型、2.45GHz、マイクロ波最大出力 300W)を用いて、攪拌しながら190℃で10分反応させた。生成物についてガスクロマトグラフ分析およびガスクロマトグラフ質量分析を行った結果、4−シクロヘキシルアニソール(IIIa)が78.0%の収率で生成したことがわかった(表1参照)。
【0044】
(実施例2〜27)
反応条件(原料、触媒等)を変えて、実施例1と同様に反応及び分析を行い、生成物の収率を測定した結果を表1に示す。
【0045】
【表1(1)】

【0046】
【表1(2)】

【0047】
(参考例1)
実施例2においてマイクロ波照射装置の代わりにオイルバス加熱装置(理工科学産業社製、MH−5E)を用いて反応及び分析を行った。
その結果、IIIaの収率は17.5%であり、その値はマイクロ波照射装置の反応で得られた実施例2の収率61.3%よりも低かった(表1参照)。
このことは、マイクロ波照射を用いた本発明の反応が、同じ反応温度・時間でのオイルバスによる通常加熱の反応に比べ、IIIaをより高い収率で効率的に製造できることを示している。
【0048】
また、アニソール(Ia)とシクロヘキサノール(IIAa)との反応例である実施例2、5及び6では、それぞれ、モルデナイト型、ベータ型及びY型の触媒を使用することによって、パラ体である4−シクロヘキシルアニソール(IIIa)が、それぞれ、61.3%、47.0%及び33.6%の収率で生成したが、IIIaのオルト体である2−シクロヘキシルアニソールも、それぞれ、5.3%、15.8%及び53.7%の収率で生成した(表2参照)。それらの値より、実施例2、5及び6におけるパラ体/オルト体の比は、11.6、3.0及び0.63と見積もられた。
この結果は、シクロアルカノールの環の大きさが6員環である場合、パラ体のIIIaの収率及びパラ体に対する選択率(パラ体/オルト体の比)は、モルデナイト型>ベータ型>Y型で順序で、細孔径の小さいモルデナイト型の触媒が、最も高い収率・選択率でパラ体のシクロアルキル化生成物を与えられることを示すものである。
【0049】
【表2】

【0050】
さらに、本反応では、ゼオライト型触媒のシリカ/アルミナ比も重要である。
たとえば、実施例2及び実施例4で使用したモルデナイト型触媒の場合、シリカ/アルミナ比はそれぞれ90及び240であり、また、IIIaの収率はそれぞれ61.3%及び34.4%であった。
この結果は、モルデナイト型触媒では、シリカ/アルミナ比が90の触媒の方が240の触媒よりも高い収率で目的物を与える傾向があることを示している。
【0051】
(実施例28)
アニソール(Ia) 20mmol、シクロヘキサノール(IIAa) 4.0mmol、1,2−ジクロロベンゼン 2mL、H−モルデナイト型ゼオライト CBV90A(ゼオリスト社製) 300mgの混合物を反応管に入れ、放射温度計を備えたマイクロ波反応装置(Biotage社製、Initiator、シングルモード型、2.45GHz、マイクロ波最大出力 400W)を用いて攪拌しながら190℃で45分間反応させた。遠心分離器で固体を上澄み液と分離し、アセトン(5mL)とトルエン(5mL×2回)で固体を洗浄した。上澄み液と洗浄液を合わせて、減圧下で濃縮し、カラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン/酢酸エチル=15/1)で生成物を分離した結果、4−シクロヘキシルアニソール(IIIa)が白色固体として2.4mmol(収率61%)得られた。
【0052】
(実施例29)
アニソール(Ia) 50mmol、シクロペンタノール(IIAa) 2.0mmol、1,2−ジクロロベンゼン 4mL、H−ZSM−5型ゼオライト CBV5525G(ゼオリスト社製) 500mgの混合物を反応管に入れ、放射温度計を備えたマイクロ波反応装置(Biotage社製、Initiator、シングルモード型、2.45GHz、マイクロ波最大出力 400W)を用いて攪拌しながら220℃で120分間反応させた。遠心分離器で固体を上澄み液と分離し、アセトン(20mL)とトルエン(20mL)で固体を洗浄した。上澄み液と洗浄液を合わせて、減圧下で濃縮し、カラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン/酢酸エチル=15/1)で生成物を分離した結果、4−シクロペンチルアニソール(IIIa)が無色液体として1.2mmol(収率61%)得られた。
【0053】
(実施例30)
1,4−ベンゾジオキサン(Ib) 40mmol、シクロヘキサノール(IIAa) 2.0mmol、1,2−ジクロロベンゼン 5mL、H−モルデナイト型ゼオライト CBV90A(ゼオリスト社製) 500mgの混合物を反応管に入れ、放射温度計を備えたマイクロ波反応装置(Biotage社製、Initiator、シングルモード型、2.45GHz、マイクロ波最大出力 400W)を用いて攪拌しながら240℃で120分間反応させた。遠心分離器で固体を上澄み液と分離し、アセトン(20mL)とトルエン(20mL)で固体を洗浄した。上澄み液と洗浄液を合わせて、減圧下で濃縮し、カラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン/酢酸エチル=10/1)で生成物を分離した結果、6−シクロヘキシル−1,4−ベンゾジオキサン(IIIb)が無色液体として1.3mmol(収率64%)得られた。
【0054】
IIIbは文献未載の化合物であり、そのスペクトルデータ等は下記の通りであった。
1H-NMR(CDCl3):δ1.17-1.28(m,1H,シクロヘキシルH),1.29-1.42(m,4H,シクロヘキシルH),1.68-1.76(m,1H,シクロヘキシルH),1.77-1.88(m,4H,シクロヘキシルH),2.35-2.43(m,1H,CH-C6H4),4.21-4.26(m,4H,OCH2CH2O),6.68(dd,J=8.4,2.2 Hz,1H,芳香環H),6.72(d,J=2.2Hz,1H,芳香環H),6.78(d,J=8.4Hz,1H,芳香環H).
13C-NMR(CDCl3):δ26.1,26.9,34.6,43.8,64.3,64.5,115.3,116.9,119.7,141.5,141.7,143.2.
IR(KBr):ν1590,1508,1448,1430,1302,1284,1256,1202,1153,1070,1053,922,888,862,810cm-1.
GC-MS(EI,70eV):m/z(相対強度)218(M+,88),175(100),162(19),149(42),103(13),91(14),78(17),77(13).
【0055】
(実施例31)
2,3−ジヒドロベンゾフラン(Ic) 40mmol、シクロヘキサノール(IIAa) 2.0mmol、1,2−ジクロロベンゼン 5mL、H−モルデナイト型ゼオライト CBV90A(ゼオリスト社製) 500mgの混合物を反応管に入れ、放射温度計を備えたマイクロ波反応装置(Biotage社製、Initiator、シングルモード型、2.45GHz、マイクロ波最大出力 400W)を用いて攪拌しながら240℃で120分間反応させた。遠心分離器で固体を上澄み液と分離し、アセトン(20mL)とトルエン(20mL)で固体を洗浄した。上澄み液と洗浄液を合わせて、減圧下で濃縮し、カラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン/トルエン=1/1)で生成物を分離した結果、5−シクロヘキシル−2,3−ジヒドロベンゾフラン(IIIc)が無色液体として1.2mmol(収率60%)得られた。
【0056】
IIIcは文献未載の化合物であり、そのスペクトルデータ等は下記の通りであった。
1H-NMR(CDCl3):δ1.18-1.28(m,1H,シクロヘキシルH),1.32-1.42(m,4H,シクロヘキシルH),1.69-1.76(m,1H,シクロヘキシルH),1.78-1.88(m,4H,シクロヘキシルH),2.38-2.47(m,1H,CH-C6H4),3.17(t,J=8.8Hz,2H,CH2CH2O),4.53(t,J=8.8Hz,2H,CH2O),6.70(d,J=8.1Hz,1H,芳香環H),6.93(dd,J=8.1,1.1Hz,1H,芳香環H),7.04(d,J=1.1Hz,1H,芳香環H).
13C-NMR(CDCl3):δ26.2,27.0,29.9,34.9,44.1,71.1,108.8,123.2,126.2,126.7,140.4,158.1.
IR(KBr):ν1493,1447,1244,1225,1100,984,946,814cm-1.
GC-MS(EI,70eV):m/z(相対強度)
202(M+,60),159(100),146(23),133(47),131(16),117(16),115(19),91(19),77(10).
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の方法により、光・電子材料、医・農薬等に関わる機能性化学品あるいはそれらの合成中間体等として有用なシクロアルキル芳香族化合物を、より効率的かつ安全に製造できるため、本発明の利用価値は高く、その工業的意義は多大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)
RH (I)
(式中、Rは、ベンゼン、ビフェニル及びテルフェニルから選ばれる炭化水素環から水素原子を除いて得られる1価の基を示し、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていてもよい。)
で表されるベンゼン化合物と下記一般式(IIA)
【化1】

(式中、nは1〜14の整数を示し、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていてもよい。)
で表されるシクロアルカノール、又は、下記一般式(IIB)
【化2】

(式中、mは1〜14の整数を示し、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていてもよい。)
で表されるシクロアルケンを、マイクロ波照射下、ゼオライト触媒存在下で反応させることを特徴とする下記一般式(III)
【化3】

(式中、Rは前記と同じ意味であり、pは、式(IIA)との反応ではnであり、式(IIB)との反応ではmである。また、環上の水素原子の一部が式(IIA)または式(IIB)に由来する反応に関与しない基で置換されていてもよい。)
で表されるシクロアルキル芳香族化合物の製造方法。
【請求項2】
前記のゼオライト触媒として、モルデナイト型、ZSM−5型、ベータ型、Y型のゼオライトを使用することを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記のゼオライトとして、シリカ/アルミナ比が2〜800のものを使用することを特徴とする請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法で得られた、下記一般式(IV)で表されるシクロアルキル芳香族化合物。
【化4】

(式中、R’は1,4−ベンゾジオキサン−6−イル基又は2,3−ジヒドロベンゾフラン−5−イル基で、qは4である。)

【公開番号】特開2012−97015(P2012−97015A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−244988(P2010−244988)
【出願日】平成22年11月1日(2010.11.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「革新的マイクロ反応場利用部材技術開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】