説明

シリカガラスルツボ及びその製造方法

【課題】製造工程でのルツボの取り違えを防止することができるシリカガラスルツボの製造方法を提供する。
【解決手段】シリカガラスルツボの外形を規定するモールドの内面にシリカ粉を堆積させてシリカ粉層を形成するシリカ粉層形成工程と、前記モールド内で前記シリカ粉層をアーク加熱により溶融させると共に前記シリカガラス層と前記モールドの間に未溶融シリカ粉層が残留するようにアーク加熱を終了するアーク加熱工程と、取り出した前記シリカガラスルツボの外面にある未溶融シリカ粉層を除去するホーニング工程とを備え、前記ホーニング工程の前に、1又は複数の溝線で構成された識別子を前記シリカガラスルツボの外面にマーキングするマーキング工程をさらに備える。前記溝線は、前記ホーニング工程後の深さが0.2〜0.5mmであり、前記溝線の開口部での幅が0.8mm以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリカガラスルツボ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン単結晶は、一般に、シリカガラスルツボ内で高純度の多結晶シリコンを溶融させてシリコン融液を得て、このシリコン融液に種結晶の端部を浸けて回転させながら引き上げることによって製造する。
シリカガラスルツボは、一般に、回転モールドの内面にシリカ粉を堆積させ、このシリカ粉を溶融させるアーク溶融工程の後、ルツボの外面に対して高圧水を噴射することによってルツボの外面に付着した未溶融シリカ粉を除去するホーニング工程、ルツボの高さが所定の値になるようにルツボ開口端部をある幅で切断するリムカット工程、洗浄工程、乾燥工程、検査工程、HF洗浄工程などの多くの工程を経て、出荷される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】実用新案登録第2533643号公報
【特許文献2】特開平11−209136号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
各ユーザーは、独自の要望を有しており、そのため、ルツボの製造ラインでは、仕様が互いに異なる非常に多くの種類のルツボが製造されることになるが、特に、仕様の違いが外観上区別できない場合には、製造工程中に仕様が異なるルツボを取り違える可能性があるという問題がある。
【0005】
ルツボの取り違えを防ぐ方法としては、特許文献1のように、ダイアモンドエアツールなどを用いてルツボの外表面に、ルツボのグレードを示す識別印を研削する方法がある。特許文献1では、ルツボの外表面に形成した凹部の数でルツボのグレードを識別しているが、このような方法では、数種類のルツボの識別は可能であっても、識別すべきルツボの種類が多くなるに従って凹部の数が多くなので、多種多用な仕様のルツボの識別に特許文献1の技術を採用することは、製造効率の観点から実現が極めて困難である。
【0006】
また、特許文献2には、YAGレーザーマーカーを用いて石英ガラス部材にマーキングを行う方法が記載されており、レーザーマーカーによるマーキングは比較的高速である上、バーコード、文字、標章、符号、算用数字等の各種記号のマーキングが可能であるので、仕様が互いに異なる多くの種類の石英ガラス部材の識別に適している。しかし、特許文献2の方法は、石英ガラス部材の所定部に炭素等からなる敷板を密着させた状態で石英ガラス部材を透過させてYAGレーザーを照射することによって、炭素等を石英ガラス部材に焼き付けることによって、マーキングを行うものであるが、この方法をルツボに適用した場合、ルツボをシリコン単結晶の引き上げに使用する際に剥離した炭素等がシリコン融液中に混入する恐れがあるという問題があり、また、石英ガラス部材を透過させてYAGレーザーを照射するには、ルツボの内側から外側に向けてYAGレーザーを照射する必要があるが、マーキングの度にレーザーマーカーをルツボの内側に移動させるには多大な手間が必要である。従って、特許文献2の技術をルツボのマーキングに利用することは極めて困難である。
【0007】
このように、従来技術の何れも、仕様が互いに異なる非常に多くの種類のルツボの識別には利用することができず、製造工程でのルツボの取り違えの防止は、作業者の注意力に依存しているのが現状である。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、製造工程でのルツボの取り違えを防止することができるシリカガラスルツボの製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、シリカガラスルツボの外形を規定するモールドの内面にシリカ粉を堆積させてシリカ粉層を形成するシリカ粉層形成工程と、前記モールド内で前記シリカ粉層をアーク加熱により溶融させてシリカガラス層にすることによってシリカガラスルツボを形成すると共に前記シリカガラス層と前記モールドの間に未溶融シリカ粉層が残留するようにアーク加熱を終了するアーク加熱工程と、前記モールドから前記シリカガラスルツボを取り出す取り出し工程と、前記シリカガラスルツボの外面にある未溶融シリカ粉層を除去するホーニング工程とを備え、前記取り出し工程の後であって前記ホーニング工程の前に、1又は複数の溝線で構成された識別子を前記シリカガラスルツボの外面にマーキングするマーキング工程をさらに備え、前記溝線は、前記ホーニング工程後の深さが0.2〜0.5mmであり、前記溝線の開口部での幅が0.8mm以上である、シリカガラスルツボの製造方法が提供される。
【0010】
本発明者らは製造工程でのルツボの取り違えを防止すべく鋭意検討を行ったところ、まず、取り出し工程の後であってホーニング工程の前に、識別子のマーキングを行うことを思いついた。取り出し工程直後のシリカガラスルツボには、未溶融のシリカ粉がルツボ外面に付着しているのでマーキングには不向きであり、ホーニング工程において未溶融シリカ粉を除去した後に識別子のマーキングを行うことが一般的である考えられるところ、本発明者らは、この一般常識に反して、ホーニング工程の前において、未溶融シリカ粉がシリカガラスルツボの外面に付着した状態で識別子のマーキングを行うことを思いついた。ホーニング工程の後にマーキングを行う場合には、アーク加熱工程からマーキング工程までに間に1又は複数の工程が存在しており、この間、シリカガラスルツボは識別子が付されないまま、移動させられるので、ルツボの取り違えが発生しやすいが、本発明のように、取り出し工程の後であってホーニング工程の前に、識別子のマーキングを行う場合には、ルツボをモールドから取り出した直後に別の場所に移動させる前に識別子をマーキングすることができるので、ルツボの取り違えが発生しにくい。
【0011】
さらに、本発明者らは、1又は複数の溝線で構成された識別子をマーキングすることを思いついた。「識別子」とは、ルツボの種類の識別に利用できる記号であり、例えば、文字、数字、バーコードである。本発明では、1又は複数の溝線で構成された識別子を用いるので、多種多用な種類の識別子の生成が容易であり、多種多用な種類のルツボを容易に識別することができる。
【0012】
また、本発明では、識別子の線は、ホーニング工程後の深さが0.2〜0.5mmであり、溝線の開口部での幅が0.8mm以上である。識別子の線の深さ及び線の太さがこのような範囲であることも本発明の重要なポイントである。ホーニング工程では未溶融シリカ粉層が除去されかつ溝線内に水が入りこむので、溝線の視認が困難になる。本発明者が検討を行ったところ、ホーニング工程後の深さが0.2mm未満であったり、幅が0.8mm未満である場合には線溝の視認が困難であり、従って、識別子の視認が困難になることが分かった。線溝の深さは深いほど、線溝の視認は容易になるが、線溝が0.5mmよりも深い場合には、ルツボの割れが発生しやすくなることが分かった。
【0013】
以上より、本発明によれば、製造工程でのルツボの取り違えを防止する
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態にかかるシリカガラスルツボの製造工程を示すフローチャートである。
【図2】本発明の一実施形態にかかるシリカ粉層形成工程を説明するための断面図である。
【図3】本発明の一実施形態にかかるアーク加熱工程を説明するための断面図である。
【図4】本発明の一実施形態にかかる取り出し工程を説明するための断面図である。
【図5】本発明の一実施形態にかかる識別子の構成を示す図である。
【図6】本発明の一実施形態にかかる溝線の構成を示す断面図であり、図6(a)はホーニング工程前の状態を示し、図6(b)はホーニング工程後の状態を示す。
【図7】本発明の一実施形態にかかる溝線の別の構成を示す断面図であり、図7(a)はホーニング工程前の状態を示し、図7(b)はホーニング工程後の状態を示す。
【図8】本発明の一実施形態にかかる、レーザーマーカーを用いた識別子をマーキング方法を示す図である。
【図9】本発明の一実施形態にかかる、複数の幅方向位置でレーザー走査を行う方法を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図1〜図9を用いて、本発明の一実施形態について説明する。
本実施形態のシリカガラスルツボの製造方法は、シリカガラスルツボ14の外形を規定するモールド1の内面にシリカ粉を堆積させてシリカ粉層3を形成するシリカ粉層形成工程と、モールド1内でシリカ粉層3をアーク加熱により溶融させてシリカガラス層13にすることによってシリカガラスルツボ14を形成すると共にシリカガラス層13とモールド1の間に未溶融シリカ粉層15が残留するようにアーク加熱を終了するアーク加熱工程と、モールド1からシリカガラスルツボ14を取り出す取り出し工程と、シリカガラスルツボ14の外面にある未溶融シリカ粉層15aを除去するホーニング工程とを備え、前記取り出し工程の後であって前記ホーニング工程の前に、1又は複数の溝線16で構成された識別子をシリカガラスルツボ14の外面にマーキングするマーキング工程をさらに備え、溝線16は、前記ホーニング工程後の深さD2が0.2〜0.5mmであり、溝線16の開口部での幅W2が0.8mm以上である。また、前記ホーニング工程の後には、シリカガラスルツボ14の開口端部をある幅で切除するリムカット工程と、シリカガラスルツボ14の洗浄及び乾燥を行う洗浄・乾燥工程と、シリカガラスルツボ14の検査を行う検査工程を任意的に備える。また、検査工程において異物が発見された場合に、その異物を研削により除去する研削工程と、前記研削後のシリカガラスルツボ14をアーク加熱する再アーク加熱工程も任意的に備える。
以下、図1に示すフローチャートを用いて、各工程について説明する。
【0016】
1.シリカ粉層形成工程(ステップS1)
シリカ粉層形成工程(ステップS1)では、図2に示すように、シリカガラスルツボの外形を規定するモールド1の内面にシリカ粉を堆積させてシリカ粉層3を形成する。モールド1は、軸7を中心に回転可能になっており、シリカ粉は、モールド1を回転させながらモールド1内に供給される。また、モールド1には、多数の通気孔5が設けられており、シリカ粉層3をアーク加熱により溶融させる際に、通気孔5を通じてシリカ粉層3が減圧される。
【0017】
シリカガラスルツボの外形は、例えば、曲率が比較的大きい湾曲部と、上面に開口した縁部を有する円筒状の側部と、直線または曲率が比較的小さい曲線からなるすり鉢状の底部を有する形状である。本実施形態において、湾曲部とは、側部と底部を連接する部分で、湾曲部の曲線の接線がシリカガラスルツボの側部と重なる点から、底部と共通接線を有する点までの部分のことを意味する。
【0018】
シリカ粉は、天然シリカ粉であっても合成シリカ粉であってもよい。天然シリカ粉は、α−石英を主成分とする天然鉱物を粉砕して粉状にすることによって製造することができる。合成シリカ粉は、四塩化珪素 (SiCl)の気相酸化(乾式合成法)や、シリコンアルコキシド(Si(OR))の加水分解(ゾル・ゲル法)などの化学合成による手法によって製造することができる。シリカ粉層3は、一例では、最初に、天然シリカ粉を堆積させ、その後に、合成シリカ粉を堆積させることによって形成することができる。天然シリカ粉から形成される天然シリカガラスは、粘度が比較的大きく、合成シリカ粉から形成される合成シリカガラスは、純度が非常に高いので、外側の天然シリカ粉層と内側の合成シリカ粉層でシリカ粉層3を構成することによって、内面の純度が高く強度が高いルツボの製造が可能になる。
【0019】
シリカ粉の平均粒径は、例えば、200〜600μmである。平均粒径が小さすぎると、シリカ粉層形成時やアーク溶融時にシリカ粉が舞いやすく、平均粒径が大きすぎると、シリカ粉層表面が凸凹になりやすいからである。
【0020】
ところで、「粒度」とは、一般に、JIS Z 8901「試験用粉体及び試験用粒子」の用語の定義の項にあるように、ふるい分け法によって測定した試験用ふるいの目開きで表したもの,沈降法によるストークス相当径で表したもの,顕微鏡法による円相当径で表したもの及び光散乱法による球相当,並びに電気抵抗試験方法による球相当値で表したものを示す(粒子径ともいう)が、本明細書においては、粒度分布の測定は、レーザー光を光源としたレーザー回折・散乱式測定法を用いる。
原理は、粒子に光を照射した時、各粒子径により散乱される散乱光量とパターンが異なることを利用する(ミー散乱)。レーザー光を粒子に照射した場合、粒子径が大きな場合は全周方向に散乱強度が強く、特に前方の散乱光強度が強く検出される。また、粒子径が小さくなるに従い、全体的に散乱光強度が弱くなり、強い前方散乱光が弱く検出される。このため粒子径が大きな粒子の場合、粒子によって散乱された光のうち、前方散乱光を凸レンズで集めるとその焦点面上に回折像を生じる。その回折光の明るさと大きさは、粒子の大きさ(粒径)によって決まる。従ってこれらの散乱光情報を利用すれば容易に粒子径が得られる。一方、粒子径が小さくなると、前方散乱光の強度が減少し、前方に設置した検出器では検出が困難であるが、側方および後方の散乱光の散乱パターンが粒子径によって異なることから、これらを測定すれば粒子径を求めることができる。以上の測定結果と得られた光の散乱パターンと同等な散乱パターンを示す球形粒子を比較し、粒度分布として出力する。従って、得られる粒径とは、例えば、1μm直径の球と同じ回折・散乱光のパターンを示す被測定粒子の径は、その形状に関わらず、1 μm直径として判定される。従って、他の測定方法では、目視や画像解析では、ランダムに配向した粒子を一定軸方向の長さについて測定する「定方向径」や、粒子の投影面積に等しい理想形状(通常は円)の粒子の大きさを求める「相当径」、この他に粒子の長軸と短軸の比率を表すアスペクト比とは異なる。そして、「平均粒径」とは、得られた粒度分布における積算値50%での粒径を意味する。
【0021】
2.アーク加熱工程(ステップS2)
次に、アーク加熱工程(ステップS2)では、図3に示すように、モールド1内でシリカ粉層3をアーク加熱により溶融(アーク溶融)させてシリカガラス層13にすることによってシリカガラスルツボ14を形成すると共にシリカガラス層13とモールド1の間に未溶融シリカ粉層15が残留するようにアーク加熱を終了する。アーク溶融は、軸7を中心にモールド1を回転させながら電極(通常は炭素電極)8間でアーク放電10させることによって行うことができる。アーク溶融時にはシリカ粉層3又はシリカガラス層13の内表面の温度が2000〜2600℃となるように加熱することが好ましい。アーク溶融の温度が低すぎると、シリカ粉層3がガラス化されにくく、温度が高すぎるとエネルギーの無駄が大きいからである。
シリカ粉層の溶融時には、通気孔5を通じてモールド1側からシリカ粉層3を−50以上〜−95kPa未満の圧力で減圧することによって、気泡を実質的に有さない(気泡含有率が0.5%未満の)透明シリカガラス層(以下、「透明層」と称する)11を作製することができる。また、透明層を形成した後に、減圧の圧力を+10kPa〜−20kPa未満にすることによって、透明層の外側に、気泡含有率が0.5%以上50%未満の気泡含有シリカガラス層(以下、「気泡含有層」と称する)12を形成することができる。本明細書において、気泡含有率とは、ルツボの一定体積(w1)に対する気泡占有体積(w2)の比(w2/w1)を意味する。
シリカ粉層3は、アーク加熱によって内面から順にガラス化される。従って、シリカ粉層3の内面側が溶融されてガラス化されても、モールド1に接している部分は、未溶融シリカ粉層15のままになっている。シリカ粉層3の厚さ方向の全体をガラス化させると、モールド1からルツボを取り出すのが非常に困難になるので、外側に未溶融シリカ粉層15が残っている状態でアーク加熱を終了する。
【0022】
3.取り出し工程(ステップS3)
次に、取り出し工程(ステップS3)では、図4に示すように、モールド1からシリカガラスルツボ14を取り出す。シリカガラスルツボ14は、例えば、モールド1を上下反転させることによってモールド1から取り出すことができる。モールド1から取り出したシリカガラスルツボ14の表面には、未溶融のシリカ粉層が付着して未溶融シリカ粉層15aが形成されている。アーク加熱工程後にモールド1内に残っている未溶融シリカ粉層15の大部分は、シリカガラスルツボ14には付着しないので、シリカガラスルツボ14の外面の未溶融シリカ粉層15aの厚さは、アーク加熱工程後にモールド1内に残っている未溶融シリカ粉層15の厚さよりもかなり薄く、諸条件によって変化しうるが、厚さ0.5μm程度である。
【0023】
4.マーキング工程(ステップS4)
次に、マーキング工程(ステップS4)では、1又は複数の溝線で構成された識別子をシリカガラスルツボの外面にマーキングする。「識別子」とは、ルツボの種類の識別に利用できる記号であり、例えば、文字、数字、バーコードである。識別子の例としては、図5に示すようなA,Bなどの英文字が挙げられる。複数文字で1つの識別子を構成してもよく、1つの文字で1つの識別子を構成してもよい。溝線は、直線であっても曲線であってもよい。「A」の場合、識別子は、例えば、(1)〜(3)で示す3つの直線状の溝線で構成される。「B」の場合、識別子は、例えば、(1)で示す直線状の溝線と、(2)及び(3)で示す2つの曲線状の溝線で構成される。1又は複数の溝線で識別子を構成する場合、多種多用な種類の識別子の生成が容易であり、多種多用な種類のルツボを容易に識別することができる。
【0024】
図6(a)は、溝線の長さ方向に垂直な断面図であり、内面側から順にシリカガラス層13及び未溶融シリカ粉層15aで構成されている。シリカガラス層13は、内面側から順に透明層11及び気泡含有層12で構成されている。溝線16は、未溶融シリカ粉層15aを貫通してシリカガラス層13に到達するように形成されている。後述するホーニング工程では、図6(b)に示すように、未溶融シリカ粉層15aが除去されるので、シリカガラス層13に形成された溝線16のみが残される。未溶融シリカ粉層15aが除去された後の状態で溝線16が視認できる必要があるので、マーキング工程では、ホーニング工程後の溝線16の深さD2が0.2〜0.5mmとなり、溝線16の開口部での幅W2が0.8mm以上となるように形成する必要がある。従って、例えば、未溶融シリカ粉層15の厚さが0.5μmである場合には、ホーニング工程前の溝線16の深さD1が0.7〜1.0mmとなるように形成する。ホーニング工程前の溝線16の開口部での幅W1は、溝線16の形状によって変わるが、例えば、1.2〜4mm程度とする。
【0025】
識別子の線の深さ及び線の太さがこのような範囲であることは、本発明の重要なポイントの一つである。ホーニング工程では未溶融シリカ粉層15aが除去されかつ溝線16内に水が入りこむので、溝線16の視認が困難になる。本発明者が検討を行ったところ、ホーニング工程後の深さが0.2mm未満であったり、幅が0.8mm未満である場合には線溝16の視認が困難であり、従って、識別子の視認が困難になることが分かった。線溝16の深さは深いほど、線溝16の視認は容易になるが、線溝16が0.5mmよりも深い場合には、ルツボの割れが発生しやすくなることが分かった。また、ホーニング工程後の線溝16の開口部での幅W2は2mmであることが好ましい。幅が2mmを超える場合には、線幅が太すぎて隣接する溝線16が重なりやすくなって、識別子の認識が困難になる場合があるからである。
【0026】
溝線16の断面形状は、図6(a)及び(b)に示すように略V字状であってもよいが、本発明者らによる実験によれば、溝線16の断面形状が略V字状である場合には、後述する再アーク加熱工程においてルツボが割れやすいという問題があることが分かった。そこで、この問題を解消すべく鋭意検討を行ったところ、溝線16の断面形状を図7(a)及び(b)に示すように台形を逆さにした形状(以下、「逆台形状」と称する)にした場合には、再アーク加熱工程においてルツボが割れやすいという問題が解消されることが分かった。また、溝線16をこのような形状にした場合、シリコン単結晶の引き上げ時のルツボ割れも防ぐことができる。
溝線16は、好ましくは、溝線16の底部での幅B2が溝線16の開口部での幅W2の30〜95%になるように溝線16を形成する。B2/W2は、具体的には例えば、30,40,50,60,70,80,90,95%であり、ここで例示した何れか2つの間の範囲内であってもよい。
【0027】
識別子のマーキングを行う位置は、特に限定されないが、シリコン単結晶の引き上げに悪影響を与えないように、シリコン融液からできるだけ離れた位置に設けることが好ましく、例えば、シリカガラスルツボ14の開口端部から30mm以内の位置に設けることが好ましい。また、リムカット工程が行われる場合には、識別子は、リムカット後にシリカガラスルツボ14の開口端部となる位置からシリカガラスルツボ14の底部方向の30mm以内の位置にマーキングすることが好ましい。
【0028】
識別子のマーキングの方法は、限定されないが、一例では、図8に示すように、レーザーマーカー17から照射されたレーザー19の焦点をシリカガラスルツボ14の外表面に合わせた状態でレーザー19の焦点を溝線16の長さ方向に移動させるようにレーザー走査を行うことによって行う。溝線16の長さ方向とは、図6では、矢印で示した方向である。レーザーの種類は、シリカガラスによって吸収される波長を有するものであれば限定されないが、一例では、炭酸ガスレーザーである。炭酸ガスレーザーとは、励起されて反転分布状態になっている炭酸ガスからの誘導放出によって生成されるレーザーである。炭酸ガスレーザーは、一般に、9.3?10.6μmの波長を有しており、シリカガラスに吸収されやすいので、シリカガラスルツボ表面へのマーキングに好適に用いられる。
【0029】
レーザーマーカー17は、一例では、支柱21に取り付けられ、ケーブル23を介してコントローラ25によって制御される。コントローラ25は、レーザー19の三次元位置を制御することができるので、シリカガラスルツボ14の外面のような曲面形状を有する照射対象に対しても、スポット径を一定としつつ、外面に沿って自在に照射することができる。また、コントローラ25は、レーザー19の出力、走査位置、走査速度などの諸条件の制御が可能である。レーザーマーカー17とシリカガラスルツボ14の間の距離Dは、レーザーマーカー17のワークディスタンスに応じて適宜設定すればよい。
【0030】
レーザー19の強度は、焦点スポットの中心において最も強く、中心から離れるにつれて弱くなる。従って、幅方向位置を変えずに溝線16の長さ方向に沿ってレーザー19の焦点を移動させることによってマーキングを行うと、図6(a)に示すように略V字状の溝線16が形成される。上述したように、このような略V字状の溝線16は、再アーク加熱工程においてルツボの割れを引き起こす場合があるので、好ましくない。そこで、図7(a)に示すような逆台形状の溝線16を形成すべく鋭意検討を行ったところ、図9(a)の矢印で示すように、レーザー19の焦点の幅方向の位置をずらすことによって複数の幅方向位置でレーザー19の走査を行うことによって、図9(b)に示すように、逆台形状の溝線16を形成することが可能であることが分かった。幅方向位置の数は、例えば3〜10であり、好ましくは5〜7である。この数が少なすぎると、逆台形状の溝線16が形成されにくく、この数が多すぎると、マーキングに時間がかかりすぎる。
各幅方向位置でのレーザー走査の回数は、特に限定されないが、例えば、1〜10回であり、好ましくは3〜7回であり、さらに好ましくは4〜6回である。少ない回数で所望の深さ及び幅の線溝16を形成しようとすると、一度にルツボに加えられる熱量が大きくなりすぎて、ルツボの熱歪が発生して、ルツボの割れにつながりやすい。また、レーザー走査の回数が多すぎると、1回当たりにルツボに加えられる熱量が少なくなりすぎて、線溝16が形成されにくい。
【0031】
マーキングの際のレーザー19の出力は、特に限定されず、印字状態を見ながら適宜調節すればよいが例えば、15〜40Wである。レーザー出力が低すぎると、線溝16が形成されないか又は形成に時間がかかりすぎ、レーザー出力が高すぎると熱歪によってルツボの割れが生じやすくなるからである。レーザー19は連続出力であってもパルス出力であってもよいが、パルス出力の場合、線溝16が点線状になり、点と点の間での歪が大きくなるので連続出力が好ましい。レーザー走査の速度は、例えば5〜30mmであるが、適切なマーキングが行えるよう、レーザー出力とのバランスを考慮して適宜設定すればよい。
【0032】
5.ホーニング工程(ステップS5)
次に、ホーニング工程(ステップS5)では、シリカガラスルツボ14の外面にある未溶融シリカ粉層15aを除去する。これによって、線溝16は、図6(b)及び図7(b)に示すように、シリカガラス層13に形成されている部分のみが残される。ホーニング工程では、例えば、シリカガラスルツボ14の外面に向けて水(高圧水)を噴射することによって未溶融シリカ粉層15aを除去する。ホーニング工程では、線溝16のうち未溶融シリカ粉層15aに形成されている部分が除去され、かつ線溝16内に水が入り込むので、線溝16の視認性が悪化する。従って、マーキング工程では、ホーニング工程で未溶融シリカ粉層15aを除去した後にでも線溝16が視認可能なように線溝16を形成する必要があり、ホーニング工程後の深さが0.2〜0.5mmであり、前記溝線の開口部での幅が0.8mm以上であるように線溝16を形成する。噴射する水の圧力は、未溶融シリカ粉層15aの除去が可能な圧力であれば限定されず、例えば、0.1〜10MPaであり、具体的には例えば0.1,0.2,0.5,1,2,4,5,10MPaであり、ここで例示した何れか2つの範囲内であってもよい。
【0033】
6.リムカット工程(ステップS6)
次に、ホーニング工程(ステップS6)では、シリカガラスルツボ14の開口端部をある幅で切除する。これによってルツボの高さを所望の値にすることができる。
【0034】
7.洗浄・乾燥工程(ステップS7)
次に、洗浄・乾燥工程(ステップS7)では、シリカガラスルツボ14を水などを用いて洗浄し、乾燥させる。
【0035】
8.検査工程(ステップS8)
次に、検査工程(ステップS8)では、シリカガラスルツボ14の寸法が仕様に合っているかどうかを確認したり、シリカガラスルツボ14内に異物が存在していないかなどの検査を行う。この検査に合格したものは、袋詰めされて出荷される。袋詰めの前にHF洗浄とその後の乾燥を行ってもよい。
【0036】
9.研削工程(ステップS9)
検査工程においてシリカガラスルツボ14内に異物が存在していて不合格になったシリカガラスルツボ14については、研削によって異物を除去する研削工程(ステップS9)を行う。この工程によって異物が除去されるが、研削の際にルツボ内面にキズが発生し、このキズがシリコン単結晶引き上げに悪影響を及ぼす可能性があるので、再アーク加熱工程で除去する。
【0037】
10.再アーク加熱工程(ステップS10)
再アーク加熱工程(ステップS10)では、研削工程後のルツボに対して短時間のアーク加熱を行うことによって、ルツボの表面を溶融させ、研削工程で生じたキズを消失させる。溝線16が図6(b)に示すような略V字状である場合、再アーク加熱工程において、ルツボの割れが発生しやすいが、溝線16が図7(b)に示すような逆台形状である場合、再アーク加熱工程において、ルツボの割れが発生しにくいので、逆台形状が好ましい。
【0038】
以上のように、本実施形態によれば、取り出し工程の後であってホーニング工程の前に、識別子のマーキングを行っているので、製造工程でのルツボの取り違えを防止することができる。また、複数種類の仕様のルツボを使用する顧客は、ルツボの種類が容易に識別可能であることを希望するが、本実施形態のルツボは、溝線の深さが0.2〜0.5mmであり、溝線の開口部での幅が0.8mm以上である識別子を有しているので、識別子の視認性が良く、ルツボの種類が容易に識別可能である。
【実施例】
【0039】
開口径が610mmのモールドの内面に15mmの厚さでシリカ粉を堆積させ、モールド側から減圧を行いながらアーク加熱によってシリカ粉を溶融させることによって、内側から順に透明層及び気泡含有層を有するシリカガラスルツボを作製した。次に、このシリカガラスルツボをモールドから取り出し、外面に未溶融シリカ粉が付着している状態で、最大出力が30Wの炭酸ガスレーザーマーカーを用いて、表1に示す条件で、識別子「ABC」のマーキングを行った。レーザー出力の%の値は、最大出力に対する値である。
次に、高圧水をシリカガラスルツボの外面に噴射することによって未溶融シリカ粉を除去するホーニング工程を行った。この工程の直後に、識別子が視認可能であるかどうかを確認した。はっきりと識別できるものを「◎」、若干視認性が悪いが視認が可能であるものを「○」、視認が非常に困難であるものを「×」として評価を行った。
次に、ホーニング工程後のルツボに対して、再アーク加熱工程を行った。その際に、ルツボが砕けてしまったものを「×」、識別子のマーキングの周辺に小さなヒビが入ったものを「○」、識別子のマーキングの周辺にヒビが入らなかったものを「◎」として評価を行った。
結果を表1に示す。
【0040】
【表1】

【0041】
表1を参照すると、ホーニング工程後の溝線の深さが0.2〜0.5mmであり、幅が0.8mmである実施例1〜4は、視認性が良好であり、かつ再アーク加熱工程での割れやすさの評価の良好な結果であった。但し、深さが0.2mmである場合は、視認性が若干劣っていたので、深さは0.3mm以上が好ましいことが分かった。また、溝線の形状が略V字状の場合は、割れやすさ評価の結果が若干悪かったので、溝線の形状は逆台形状が好ましいことが分かった。
また、溝線の形状が逆台形状であっても、比較例1のように、溝線の深さが深すぎる場合には、割れやすさ評価が悪化することが分かった。さらに、比較例2のように、溝線の形状がV字状の場合には、割れやすさ評価がさらに悪化することが分かった。
また、比較例3のように溝線の深さが0.2mmよりも浅い場合や、比較例4のように溝線の幅が0.8mmよりも細い場合は、識別子の視認性が非常に悪くなることが分かった。
【符号の説明】
【0042】
1:モールド、3:シリカ粉層、5:通気孔、7:軸、8:電極、10:アーク放電、11:透明シリカガラス層、12:気泡含有シリカガラス層、13:シリカガラス層、14:シリカガラスルツボ、15:未溶融シリカ粉層、15a:未溶融シリカ粉層、16:溝線、17:レーザーマーカー、19:レーザー、21:支柱、23:ケーブル、25:コントローラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリカガラスルツボの外形を規定するモールドの内面にシリカ粉を堆積させてシリカ粉層を形成するシリカ粉層形成工程と、
前記モールド内で前記シリカ粉層をアーク加熱により溶融させてシリカガラス層にすることによってシリカガラスルツボを形成すると共に前記シリカガラス層と前記モールドの間に未溶融シリカ粉層が残留するようにアーク加熱を終了するアーク加熱工程と、
前記モールドから前記シリカガラスルツボを取り出す取り出し工程と、
前記シリカガラスルツボの外面にある未溶融シリカ粉層を除去するホーニング工程とを備え、
前記取り出し工程の後であって前記ホーニング工程の前に、1又は複数の溝線で構成された識別子を前記シリカガラスルツボの外面にマーキングするマーキング工程をさらに備え、前記溝線は、前記ホーニング工程後の深さが0.2〜0.5mmであり、前記溝線の開口部での幅が0.8mm以上である、シリカガラスルツボの製造方法。
【請求項2】
前記溝線の開口部での幅は、2mm以下である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記マーキングは、レーザーの焦点を前記シリカガラスルツボの外表面に合わせた状態で前記レーザーの焦点を前記溝線の長さ方向に移動させるようにレーザー走査を行うことによって行う請求項1又は請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記レーザーは、炭酸ガスレーザーである請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記レーザー走査は、各溝線をマーキングする際に、前記焦点の幅方向の位置をずらすことによって複数の幅方向位置で行う請求項3又は請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記幅方向位置は、3〜10箇所である請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記レーザー走査は、各幅方向位置で3〜7回行う請求項5又は請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記溝線は、逆台形状である請求項1〜請求項7の何れか1つに記載の方法。
【請求項9】
前記溝線は、前記溝線の底部での幅が、前記溝線の開口部での幅の30〜95%である請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記ホーニング工程の後に前記シリカガラスルツボの検査を行う検査工程と、
前記検査において異物が発見された場合に、その異物を研削により除去する研削工程と、
前記研削後のシリカガラスルツボをアーク加熱する再アーク加熱工程をさらに備える請求項1〜請求項9の何れか1つに記載の方法。
【請求項11】
前記ホーニング工程の後に前記シリカガラスルツボの開口端部をある幅で切除するリムカット工程をさらに備え、
前記識別子は、前記リムカット後に前記シリカガラスルツボの開口端部となる位置から前記シリカガラスルツボの底部方向の30mm以内の位置にマーキングする請求項1〜請求項10の何れか1つに記載の方法。
【請求項12】
1又は複数の溝線で構成された識別子を外面に備え、前記溝線は、0.2〜0.5mmであり、前記溝線の開口部での幅が0.8mm以上であるシリカガラスルツボ。
【請求項13】
前記溝線の開口部での幅は、2mm以下である請求項12に記載のシリカガラスルツボ。
【請求項14】
前記溝線は、逆台形状である請求項12又は請求項13に記載のシリカガラスルツボ。
【請求項15】
前記溝線は、前記溝線の底部での幅が、前記溝線の開口部での幅の30〜95%である請求項14に記載のシリカガラスルツボ。
【請求項16】
前記識別子は、前記シリカガラスルツボの開口端部から30mm以内の位置に設けられる請求項12〜請求項15の何れか1つに記載のシリカガラスルツボ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−140299(P2012−140299A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−294593(P2010−294593)
【出願日】平成22年12月29日(2010.12.29)
【出願人】(592176044)ジャパンスーパークォーツ株式会社 (90)
【Fターム(参考)】