説明

シリンダボアおよびその製造方法

【課題】歪みの発生なしに鋳巣を十分に除去することができるとともに、これにより耐久性向上を実現することができるシリンダボアおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】シリンダボア10の摺動面11およびその近傍には、鋳造時に発生した鋳巣11Aが存在している。シリンダボア10の摺動面11に塑性加工を行うことにより、鋳巣11Aを押し潰すとともに、シリンダボア10の摺動面11を平滑にする。塑性加工では、ローラバニシング法を用いることが好適である。続いて、シリンダボア10の摺動面11に、耐焼付き性の高い被膜12を形成する。被膜12としてDLC膜を用いることが好適である。被膜材料として耐焼付き性を有する材料を用いることにより、摺動面の性状の自由度を向上させることができるから、上記平滑化が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの分野で使用されるシリンダボアおよびその製造方法に係り、特に、摺動面の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
シリンダボアは、油膜を介して相対的にピストンに摺動する摺動面を有している。摺動面では、たとえば油膜確保による耐焼付き性と耐摩耗性の向上をおもな目的として、ホーニング加工によりクロスハッチ等の溝形状が形成され、溝形状の表面には被膜が形成されている。また、Ni金属中にSiC粒子を分散させるNi−SiCめっき法等の湿式めっき法を用い、被膜としてめっき膜を形成することが実用化されている。
【0003】
このような摺動面には種々の改良がなされている。たとえば特許文献1の技術では、シリンダボアの摺動面の被膜として、耐焼付き性に優れ、低フリクション性を有するDLC膜(ダイヤモンド・ライク・カーボン(Diamond-Like Carbon))を形成している。また特許文献2の技術では、シリンダボアの摺動面の被膜としてアルマイト膜を形成し、アルマイト膜を摺動面から均一に突出させるために、アルマイト膜にバニシング加工を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−69008号公報
【特許文献2】特開平10−237693号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、シリンダボアが形成されるシリンダブロックは、鋳造法で製造されることから、摺動面およびその近傍に鋳巣が散在している。被膜としてDLC膜を形成する場合、DLC膜が、鋳巣の部分に密着しないため、鋳巣を起点としてDLC膜の剥離が生じる虞があった。また、DLC膜が相手部材により押圧されて、DLC膜の一部が鋳巣の部分に陥没してクラックが発生する虞があった。また、被膜としてめっき膜を形成する場合、エンジン運転時に熱が加えられたとき、鋳巣中の水分が蒸発・膨張するため、摺動面表面を覆うめっき膜が破壊され、欠陥が生じる虞があった。
【0006】
以上のことから、シリンダボアの耐久信頼性向上のために鋳巣発生の抑制が必要である。しかしながら、シリンダブロックの製造に用いる鋳造法では、鋳巣発生を完全に防止するために、鋳造品の品質向上を図ることは非現実的である。また、比較的鋳造品質に優れるLPDC法(Low Pressure Die Casting法)を採用すると、鋳巣量の大幅低減を図ることができるものの、その低減量は、シリンダボアの耐久性向上にとって不十分である。また、LPDC法は、HPDC(High Pressure Die Casting法)比べて生産性が大幅に悪化し、高コストを招いていた。
【0007】
このような背景からシリンダブロックをHPDC法で製造し、後エ程で鋳巣除去の必要がある。そこで、被膜形成前に、シリンダブロックが容易に塑性変形する温度まで加熟し、ハンマー等でシリンダボアの摺動面を叩き、鋳巣を潰すことが考えられる。しかしながら、高い真円度が必要となるシリンダーボア等の部品に上記手法を適用した場合、歪みが発生し、製品の品質が低下する。
【0008】
したがって、本発明は、歪みの発生なしに鋳巣を十分に除去することができるとともに、これにより耐久性向上を実現することができるシリンダボアおよびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、シリンダボアの摺動面について鋭意検討を重ねた結果、摺動面に形成する被膜の材質として耐焼付き性を有する材料を用いることにより、摺動面の性状の自由度を向上させることができるとの知見を得、被膜形成前の摺動面に塑性加工を行うことにより、摺動面およびその近傍の鋳巣を押し潰すとともに、摺動面を平滑にすることができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0010】
本発明のシリンダボアの製造方法は、相手部材と摺動する摺動面を有するシリンダボアの製造方法であって、鋳造ブロックにボーリング加工を行うことにより、鋳造ブロックに摺動面を形成し、ボーリング加工後、摺動面に塑性加工を行うことにより、摺動面およびその近傍の鋳巣を押し潰すとともに、摺動面を平滑にし、塑性加工後、摺動面に耐焼付き性を有する被膜を形成することを特徴とする。
【0011】
本発明のシリンダボアの製造方法では、被膜形成前の摺動面に塑性加工を行うことにより、摺動面およびその近傍の鋳巣を押し潰すとともに、摺動面を平滑にしている。したがって、鋳巣等の欠陥を十分に除去することができるから、被膜の剥離やクラック発生等を防止することができる。その結果、耐久信頼性の向上を図ることができる。また、ハンマー等で摺動面を叩く必要がないから、歪みの発生を抑制することができ、その結果、製品の品質向上を図ることができる。
【0012】
本発明のシリンダボアの製造方法は種々の構成を用いることができる。たとえば被膜として、単位面積比で5〜50%のSiCを含有するNi−SiC膜を用いることができる。被膜中のSiCの含有割合が単位面積比で5%未満の場合、めっき膜としての靱性を得ることができなくなる。SiCの含有割合が単位面積比で50%超の場合、耐焼付け性が悪くなる。したがって、被膜中のSiCの含有割合が単位面積比で5〜50%の範囲内であることが好適である。また、耐焼付き性を有する被膜としてDLC膜(ダイヤモンド・ライク・カーボン(Diamond-Like Carbon))を用いることができる。この態様では、耐焼付き性の向上はもちろんのこと、耐摩耗性の向上およびフリクションロスの低減を図ることができる。また、DLC膜とシリンダボア表面との間に中間膜を形成してもよい。
【0013】
たとえばシリンダボアの円筒度が30μm以下に設定すると、潤滑油の消費量の低減を図ることができ、摺動面でのカジリの発生を防止することができる等、所望の性能を得ることができる。したがって、シリンダボアの円筒度を30μm以下に設定することが好適である。また、たとえばシリンダボアの円筒度を20μm以下に設定すると、製造条件を大きく変更することなく、気密性を保持させることができ、シリンダボアの更なる高性能化を図ることができる。したがって、シリンダボアの円筒度を20μm以下に設定することがより好適である。なお、円筒度は、塑性加工後のシリンダボアの孔径の最大値と最小値との差である。
【0014】
シリンダボアの円筒度を30μmあるいは20μmに設定するためには、塑性加工での塑性変形量を次のように設定することが好適である。塑性変形量は、塑性加工前のシリンダボアの径と塑性加工後のシリンダボアの径との差の最大値である。
【0015】
たとえば単気筒エンジンあるいはV型2気筒エンジンに適用する場合、シリンダボアの円筒度を30μm以下に設定するためには、塑性加工での塑性変形量を5μm〜145μmの範囲内に設定し、シリンダボアの円筒度を20μm以下に設定するためには、塑性加工での塑性変形量を5μm〜85μmの範囲内に設定することが好適である。
【0016】
直列2気筒エンジンあるいはV型4気筒エンジンに適用する場合、シリンダボアの円筒度を30μm以下に設定するためには、塑性加工での塑性変形量を5μm〜120μmの範囲内に設定し、シリンダボアの円筒度を20μm以下に設定するためには、塑性加工での塑性変形量を5μm〜65μmの範囲内に設定することが好適である。
【0017】
直列3気筒エンジンあるいはV型6気筒エンジンに適用する場合、シリンダボアの円筒度を30μm以下に設定するためには、塑性加工での塑性変形量を5μm〜125μmの範囲内に設定し、シリンダボアの円筒度を20μm以下に設定するためには、塑性加工での塑性変形量を5μm〜70μmの範囲内に設定することが好適である。
【0018】
直列4気筒エンジンあるいはV型8気筒エンジンに適用する場合、シリンダボアの円筒度を30μm以下に設定するためには、塑性加工での塑性変形量を5μm〜90μmの範囲内に設定し、シリンダボアの円筒度を20μm以下に設定するためには、塑性加工での塑性変形量を5μm〜50μmの範囲内に設定することが好適である。
【0019】
複数気筒を有する直列型エンジンあるいはV字の両側に複数気筒を配したV型エンジンでも、塑性加工での塑性変形量を5μm〜90μmの範囲内に設定することにより、最後に(V型エンジンの場合、V字のそれぞれの側で最後に)塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度を30μm以下に設定することができる。また、塑性加工での塑性変形量を5μm〜50μmの範囲内に設定することにより、最後に(V型エンジンの場合、V字のそれぞれの側で最後に)塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度を20μm以下に設定することができる。塑性加エでは、各種塑性加工手段を用いることができ、バニシングローラ法を用いることが好適である。また、たとえば面粗度Raが0.1μm以下になると、フリクションを大幅に低減させることができるから、面粗度Raを0.1μm以下に設定することが好適である。この場合、面粗度Raを0.1μm以下に設定するために、塑性加工での塑性変形量を5μm以上に設定することが好適である。
【0020】
本発明のシリンダボアは、本発明のシリンダボアの製造方法により得られるものである。すなわち、本発明のシリンダボアは、相手部材と摺動する摺動面およびその近傍では鋳巣が押し潰されるとともに、摺動面は平滑にされ、摺動面に耐焼付き性を有する被膜が形成されていることを特徴とする。本発明のシリンダボアは、本発明のシリンダボアの製造方法と同様な効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の本発明のシリンダボアあるいはその製造方法によれば、鋳巣等の欠陥を十分に除去することができるから、被膜でのクラック発生や被膜の剥離を防止することができるので、耐久信頼性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施形態に係るシリンダボアの製造方法の各工程を表し、(A)はボーリング後のシリンダボアの摺動面の状態、(B)は塑性加工後のシリンダボアの摺動面の状態、(C)は被膜形成後のシリンダボアの摺動面の状態を表す概略断面図である。
【図2】本実施形態に係るシリンダボアの製造方法ローラバニシング法を用いた塑性加工を行っている概略構成を表す断面図である。
【図3】実施例において、塑性加工前後のシリンダボアの面粗度Ra(μm)とバニシング量との関係を調べた結果を表すグラフである。
【図4】各評価における塑性加工でのバニシング量(μm)とシリンダボアの円筒度(μm)との関係を表すグラフである。
【図5】円筒度の算出の仕方を説明するための図である。
【図6】塑性加工を行った順序を説明するための図であり、(A)は3ボア評価の場合の図、(B)は4ボア評価の場合の図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。図1は、本発明の一実施形態に係るシリンダボア10の製造方法の各工程を表し、(A)はボーリング加工後のシリンダボア10の摺動面11の状態、(B)はバニシング加工が行われているシリンダボア10の摺動面11の状態、(C)は被膜12形成後のシリンダボア10の摺動面11の状態を表す概略断面図である。図1(A)〜(C)では、シリンダボア10の摺動面11およびその近傍のみを図示している。図2は、図1(B)のバニシング加工を摺動面11に行っている状態を表す断面図である。
【0024】
まず、金型を用いた鋳造により、たとえばAlからなるシリンダブロック(鋳造ブロック)を得る。次いで、シリンダブロックにボーリング加工を行うことにより、摺動面を有するシリンダボアを形成する。図1(A)に示すように、シリンダボア10の摺動面11およびその近傍には、鋳造時に発生した鋳巣11Aが存在している。
【0025】
続いて、シリンダボア10の摺動面11に塑性加工を行うことにより、鋳巣11Aを押し潰すとともに、シリンダボア10の摺動面11を平滑にする。具体的には、塑性加工では、ローラバニシング法を用いる。
【0026】
図2に示すローラバニシング法で使用されるバニシングツール100では、リテーナ102の内周面にマンドレル101が回転自在に設けられ、マンドレル101の回転により回転するローラ103がリテーナ102に所定間隔をおいて設けられている。ローラ103の一部がリテーナ102の外周面から突出している。なお、符号1は、シリンダブロックの一部である。
【0027】
シリンダボア10の内周面にバニシングツール100を適用した場合、マンドレル101を回転させると、マンドレル101の回転力がローラ103に伝達し、シリンダボア10の摺動面11が塑性変形する。これにより、シリンダボア10の摺動面11およびその近傍に存在する鋳巣11Aが押し潰されるとともに、シリンダボア10の摺動面11が平滑になる(鏡面となる)。
【0028】
ここで、摺動面11の面粗度Raを0.1μm以下とするためには、バニシング量(塑性変形量)を5μm以上に設定することが好適である。シリンダボア10の円筒度を30μm以下に設定するために、バニシング量を5〜85μmの範囲内に設定することが好適である。シリンダボア10の円筒度を20μm以下に設定するために、バニシング量を5〜50μmの範囲内に設定することが好適である。このようにバニシング量を設定することにより、シリンダブロック1が複数のシリンダボア10を有する場合でも、円筒度の各目標値を達成することができる。
【0029】
続いて、シリンダボア10の摺動面11に被膜12を形成する。被膜12の材質として、たとえば耐焼付き性の高いDLC、Ni−SiC(ニッケル−炭化ケイ素)、CrN(窒化クロム)、Au(金)、Ag(銀)、Cu(銅)を用いる。耐焼付き性の高い被膜12がない場合、たとえばAl(アルミニウム)からなるシリンダボア10とピストンの摺動により凝着が容易に生じ、焼付きが生じる虞があるが、被膜12を形成することにより、焼付きは発生しない。
【0030】
被膜としてNi−SiC膜を用いる場合、単位面積比で5〜50%のSiCを含有することが好適である。SiCの含有割合が上記範囲内の場合、めっき膜としての靱性を得ることができ、かつ耐焼付け性が良好となる。DLCは、耐焼付き性に優れ、低フリクション性を有するから、被膜12の材質として好適である。DLCを用いる場合、たとえばプラズマCVDあるいはPVD法によりDLC膜を形成する。CrNを用いる場合、たとえば蒸着によりCrN膜を形成する。
【0031】
本実施形態では、被膜形成前の摺動面11に塑性加工を行うことにより、摺動面11およびその近傍の鋳巣を押し潰すとともに、摺動面11を平滑にしている。したがって、鋳巣11A等の欠陥を十分に除去することができるから、被膜12の剥離やクラック発生等を防止することができる。その結果、耐久信頼性の向上を図ることができる。また、ハンマー等で摺動面を叩く必要がないから、歪みの発生を抑制することができ、その結果、製品の品質向上を図ることができる。
【実施例】
【0032】
以下、具体的な実施例を参照して本発明をさらに詳細に説明する。実施例では、実施形態と同様な手法を用い、鋳造により得られたシリンダブロックにボーリング加工を行うことにより、摺動面を有するシリンダボアを形成した。次いで、シリンダボアの摺動面にローラバニシング法を用いた塑性加工を行った。得られた試料について、面粗度制御の評価および円筒度の評価を行い、塑性加工の最適な条件について調べた。
【0033】
(1)実施例1(面粗度制御の評価)
実施例1では、面粗度制御の評価を行った。ボーリング加工では、略同程度の面粗度を有する複数のシリンダボアを得、そのシリンダボアの塑性加工では、バニシング量を変え、塑性加工前後のシリンダボアの面粗度Ra(μm)とバニシング量との関係を調べた。その結果を図3に示す。
【0034】
なお、実施例1では、1つのシリンダブロックにつき1つのシリンダボアのみに塑性加工を行った。図3では、バニシング量(μm)は、塑性加工前のシリンダボアの径と、バニシングツール100のツール径(マンドレル101の中心からローラ103の最外周面までの長さ)との差とした。面粗度制御の評価では、面粗度Raが0.1μm以下になると、フリクションを大幅に低下させることができるから、面粗度Raの目標値を0.1μm以下に設定し、塑性加工後の面粗度Raがその範囲内にあるときには合格とし、その範囲外にあるときは不合格とした。
【0035】
図3から判るように、バニシング量が5μm以上のとき、面粗度Raが0.1μm以下となり、目標値が達成され、所望の平滑性が得られることを確認した。この場合、塑性加工後の面粗度Raは、略一定値となり、バニシング量に関係ないことを確認した。また、塑性加工前の面粗度Raにより最適なバニシング量は変化するから、バニシング量が5μm未満の場合でも、所望の平滑性が得られる場合もあることを確認した。
【0036】
(2)実施例2(円筒度の評価)
実施例2では、円筒度の評価を行った。ボーリング加工では、略同程度の面粗度を有するシリンダボアを有するシリンダブロックを得、そのシリンダボアの塑性加工では、バニシング量を変え、塑性加工後のシリンダボアの円筒度(μm)とバニシング量(μm)との関係を得、円筒度の評価を行った。なお、バニシング量は、塑性加工前のシリンダボアの径と塑性加工後のシリンダボアの径との差の最大値とした。円筒度は、図5に示すように、塑性加工後のシリンダボアの孔径の最大値R1と最小値R2との差とした。
【0037】
具体的には、1つのシリンダブロックにつき1つのシリンダボアに塑性加工を行った形態についての円筒度評価(単ボア評価)、1つのシリンダブロックにつき2つのシリンダボアに塑性加工を行った形態についての円筒度評価(2ボア評価)、1つのシリンダブロックにつき3つのシリンダボアに塑性加工を行った形態についての円筒度評価(3ボア評価)、1つのシリンダブロックにつき4つのシリンダボアに塑性加工を行った形態についての円筒度評価(4ボア評価)を行った。それら円筒度評価について、塑性加工後のシリンダボアの円筒度(μm)とバニシング量(μm)との関係を表1および図4に示す。図4は、表1のデータに基づき作成したものである。なお、複数ボアの評価では、塑性加工後のシリンダボアの円筒度は、最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度とした。
【0038】
【表1】

【0039】
円筒度が30μm以下では、潤滑油の消費量の低減を図ることができ、摺動面でのカジリの発生を防止することができる等、所望の性能を得ることができるから、円筒度の目標値を円筒度を30μm以下(第1目標値)に設定した。また、円筒度が20μm以下では、製造条件を大きく変更することなく、気密性を保持させることができ、シリンダボアの更なる高性能化を図ることができるから、より好適な円筒度の目標値を20μm以下(第2目標値)に設定した。
【0040】
(A)単ボア評価
1つのシリンダボアを有するシリンダブロックを用い、そのシリンダボアに塑性加工を行い、塑性加工後のシリンダボアの評価を行ったから、この場合の円筒度は、隣接するシリンダボアの塑性加工による影響はなく、塑性加工自体の影響のみによるものである。
【0041】
表1および図4から判るように、バニシング量が大きくなるに従い、塑性加工後のシリンダボアの円筒度が徐々に悪化したものの、バニシング量が5μm以上145μm以下であるときに円筒度の第1目標値(30μm以下)が達成されることが判った。また、バニシング量が5μm以上85μm以下であるときに円筒度の第2目標値(20μm以下)が達成されることが判った。
【0042】
したがって、単気筒エンジンおよびV型2気筒エンジンを用いる場合、円筒度を30μm以下に設定するためには、バニシング量を5μm〜145μmの範囲内に設定することが好適であり、円筒度を20μm以下に設定するためには、バニシング量を5μm〜85μmの範囲内に設定することが好適であることを確認した。
【0043】
(B)2ボア評価
2つのシリンダボアを有するシリンダブロックを用い、それらのシリンダボアに塑性加工を行い、塑性加工後のシリンダボアの評価を行ったから、この場合の円筒度は、塑性加工自体の影響に加えて、隣接するシリンダボアの塑性加工による影響を含んだものとなる。
【0044】
表1および図4から判るように、バニシング量が大きくなるに従い、最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度は、単ボアの場合よりも悪化したが、バニシング量が5μm以上120μm以下であるときに円筒度の第1目標値(30μm以下)が達成されることが判った。また、バニシング量が5μm以上65μm以下であるときに円筒度の第2目標値(20μm以下)が達成されることが判った。
【0045】
したがって、直列2気筒エンジンおよびV型4気筒エンジンを用いる場合、円筒度を30μm以下に設定するためには、バニシング量を5μm〜120μmの範囲内に設定することが好適であり、円筒度を20μm以下に設定するためには、バニシング量を5μm〜65μmの範囲内に設定することが好適であることを確認した。
【0046】
(C)3ボア評価
3つのシリンダボアを有するシリンダブロックを用い、それらのシリンダボアに塑性加工を行い、塑性加工後のシリンダボアの評価を行ったから、この場合の円筒度は、2ボアの場合と同様、塑性加工自体の影響に加えて、隣接するシリンダボアの塑性加工による影響を含んだものとなる。
【0047】
ここで、隣接するシリンダボアの塑性加工による影響を最小限に抑制するために、塑性加工の順序について調べた結果、図6(A)に示すシリンダブロックの3つのシリンダA〜Cについて、左側から順に(すなわち、シリンダボアA、シリンダボアB、シリンダボアC、の順に)あるいは、右から順に(すなわち、シリンダボアC、シリンダボアB、シリンダボアAの順に)塑性加工を行った場合、隣接するシリンダボアの塑性加工による影響を次々と含んでしまうため、最後に塑性加工を行ったシリンダボアには、全ての塑性加工の影響が累積されてしまい、最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度が悪くなってしまった。
【0048】
そこで、図6(A)に示すシリンダブロックの3つのシリンダA〜Cについて、シリンダB、シリンダA、シリンダCの順に、あるいは、シリンダB、シリンダC、シリンダAの順に塑性加工を行うと、最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度は、上記順序で行った場合よりも、良好になることが判った。
【0049】
この順序で最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度(μm)とバニシング量(μm)との関係を表1および図4に示す。表1および図4から判るように、バニシング量が大きくなるに従い、最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度は、2ボアの場合と略同等の結果が得られた。具体的には、バニシング量が5μm以上125μm以下であるときに円筒度の第1目標値(30μm以下)が達成されることが判った。また、バニシング量が5μm以上70μm以下であるときに円筒度の第2目標値(20μm以下)が達成されることを判った。
【0050】
したがって、直列3気筒エンジンおよびV型6気筒エンジンを用いる場合、円筒度を30μm以下に設定するためには、バニシング量を5μm〜125μmの範囲内に設定することが好適であり、円筒度を20μm以下に設定するためには、バニシング量を5μm〜70μmの範囲内に設定することが好適であることを確認した。
【0051】
(D)4ボア評価
4つのシリンダボアを有するシリンダブロックを用い、隣接するシリンダボアの塑性加工による影響を最小限に抑制するために、塑性加工の順序について調べた結果、図6(B)に示すシリンダブロックの4つのシリンダA〜Dについて、左側から順に(すなわち、シリンダボアA、シリンダボアB、シリンダボアC、シリンダボアDの順に)あるいは、右から順に(すなわち、シリンダボアD、シリンダボアC、シリンダボアB、シリンダボアAの順に)塑性加工を行った場合、隣接するシリンダボアの塑性加工による影響を次々と含んでしまうため、最後に塑性加工を行ったシリンダボアには、全ての塑性加工の影響が累積されてしまい、3ボアの場合と同様、最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度が悪くなってしまった。
【0052】
そこで、図6(B)に示すシリンダブロックの3つのシリンダA〜Dについて、シリンダB、シリンダA、シリンダC、シリンダボアDの順に、あるいは、シリンダC、シリンダD、シリンダB、シリンダボアAの順に塑性加工を行うと、最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度は、上記順序で行った場合よりも、良好になることが判った。
【0053】
この順序で最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度(μm)とバニシング量(μm)との関係を表1および図4に示す。表1および図4から判るように、バニシング量が大きくなるに従い、最後に塑性加工を行ったシリンダボアの円筒度は、3ボアの場合よりも悪化したが、バニシング量が5μm以上90μm以下であるときに円筒度の第1目標値(30μm以下)が達成されることが判った。また、バニシング量が5μm以上50μm以下であるときに円筒度の第2目標値(20μm以下)が達成されることを判った。
【0054】
したがって、直列4気筒エンジンおよびV型8気筒エンジンを用いる場合、円筒度を30μm以下に設定するためには、バニシング量を5μm〜90μmの範囲内に設定することが好適であり、円筒度を20μm以下に設定するためには、バニシング量を5μm〜50μmの範囲内に設定することが好適であることを確認した。
【0055】
実施例3の3以上のボアの円筒度の評価では、それらシリンダボアについて所定の順序で塑性加工を行ったが、全てのシリンダボアの円筒度を良好とする手法としては、全てのシリンダボアの塑性加工を同時に行うことが好適であることを確認した。
【符号の説明】
【0056】
10…シリンダボア、11…摺動面、11A…鋳巣、12…被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手部材と摺動する摺動面を有するシリンダボアの製造方法において、
鋳造ブロックにボーリング加工を行うことにより、前記鋳造ブロックに前記摺動面を形成し、
前記ボーリング加工後、前記摺動面に塑性加工を行うことにより、摺動面およびその近傍の鋳巣を押し潰すとともに、前記摺動面を平滑にし、
前記塑性加工後、前記摺動面に耐焼付き性を有する被膜を形成することを特徴とするシリンダボアの製造方法。
【請求項2】
前記被膜として、単位面積比で5〜50%のSiCを含有するNi−SiC膜を用いることを特徴とする請求項1に記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項3】
前記被膜としてDLC膜を用いることを特徴とする請求項1に記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項4】
単気筒エンジンあるいはV型2気筒エンジンに適用する場合、前記塑性加工での塑性変形量を5μm〜145μmの範囲内に設定することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項5】
単気筒エンジンあるいはV型2気筒エンジンに適用する場合、前記塑性加工での塑性変形量を5μm〜85μmの範囲内に設定することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項6】
直列2気筒エンジンあるいはV型4気筒エンジンに適用する場合、前記塑性加工での塑性変形量を5μm〜120μmの範囲内に設定することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項7】
直列2気筒エンジンあるいはV型4気筒エンジンに適用する場合、前記塑性加工での塑性変形量を5μm〜65μmの範囲内に設定することを特徴とする請求項1〜3,6のいずれかに記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項8】
直列3気筒エンジンあるいはV型6気筒エンジンに適用する場合、前記塑性加工での塑性変形量を5μm〜125μmの範囲内に設定することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項9】
直列3気筒エンジンあるいはV型6気筒エンジンに適用する場合、前記塑性加工での塑性変形量を5μm〜70μmの範囲内に設定することを特徴とする請求項1〜3,8のいずれかに記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項10】
直列4気筒エンジンあるいはV型8気筒エンジンに適用する場合、前記塑性加工での塑性変形量を5μm〜90μmの範囲内に設定することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項11】
直列4気筒エンジンあるいはV型8気筒エンジンに適用する場合、前記塑性加工での塑性変形量を5μm〜50μmの範囲内に設定することを特徴とする請求項1〜3,10のいずれかに記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項12】
前記塑性加エでは、バニシングローラ法を用いることを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載のシリンダボアの製造方法。
【請求項13】
相手部材と摺動する摺動面およびその近傍では鋳巣が押し潰されるとともに、前記摺動面は平滑にされ、
前記摺動面に耐焼付き性を有する被膜が形成されていることを特徴とするシリンダボア。
【請求項14】
前記被膜は、単位面積比で5〜50%のSiCを含有するNi−SiC膜であることを特徴とする請求項13に記載のシリンダボア。
【請求項15】
前記被膜は、DLC膜であることを特徴とする請求項13に記載のシリンダボア。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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