説明

スパッタリングターゲットおよびその製造方法

【課題】スパッタリングによる透明電極膜の安定な形成等の観点から品質の確実な向上を図りながらスパッタリングターゲットを製造する方法等を提供する。
【解決手段】ターゲットホルダーに対して酸化亜鉛を主成分とする粉末原料が溶射されることにより、ターゲット材が形成される。この際、加速エネルギーx[g/min/mm]および熱エネルギーy[kJ/kg]の組み合わせが、x−y平面において所定の領域に収まるように調節される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、太陽電池等において採用されている透明電極膜をスパッタリング法で形成するためのスパッタリングターゲットおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレスまたは銅などの円筒状のターゲットホルダーに対して、亜鉛およびガリウムの酸化物を含むセラミックス粉末を溶射することによりターゲットを製造する方法が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−269638号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、セラミックス粉末の溶射条件によっては、溶射膜としてのターゲット材の品質が、スパッタリングによる透明電極膜の安定な形成等の観点から好ましくない程度に低下する可能性がある。
【0005】
そこで、本発明は、スパッタリングによる透明電極膜の安定な形成等の観点から品質の確実な向上を図りながらスパッタリングターゲットを製造する方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するための本発明のスパッタリングターゲットの製造方法は、ターゲットホルダーと、前記ターゲットホルダーの表面を被覆するターゲット材とを有するスパッタリングターゲットの製造方法であって、酸化亜鉛を主成分とする原料粉末の加速エネルギーx[g/min/mm]および熱エネルギーy[kJ/kg]の組み合わせを、x−y平面において(1)x=3.8(32.5≦y≦59.0)、(2)y=−2.63x+69.0(3.8≦x≦15.0)、(3)x=15.0(15.0≦y≦29.5)および(4)y=−1.56x+37.4(3.8≦x≦15.0)により近似される線分によって囲まれた第1領域に収まるように調節しながら、前記ターゲットホルダーに対して前記原料粉末を溶射することにより、前記ターゲット材を形成することを特徴とする。
【0007】
前記原料粉末の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせを、x−y平面において(1’)x=3.8(39.0≦y≦59.0)、(2’)y=−2.63x+69.0(3.8≦x≦15.0)、(3’)x=15.0(21.0≦y≦29.5)および(4’)y=−1.67x+45.3(3.8≦x≦15.0)により近似される線分によって囲まれた第2領域に収まるように調節することが好ましい。
【0008】
本発明の方法によれば、スパッタリングによる透明電極膜の形成を容易にする等の観点から適当な相対密度および体積抵抗率を有する、酸化亜鉛を主成分とするターゲット材を備えたスパッタリングターゲットを製造することができる。
【0009】
本発明のスパッタリングターゲットは、ターゲットホルダーと、前記ターゲットホルダーの表面を被覆するターゲット材とを有するスパッタリングターゲットであって、前記ターゲット材が酸化亜鉛を主成分とするセラミックスの溶射膜よりなり、前記ターゲット材の相対密度が80〜95[%]の範囲に含まれ、体積抵抗率が9.E−01[Ω・cm]以下であることを特徴とする。
【0010】
本発明のスパッタリングターゲットは、スパッタリングによる透明電極膜の形成を容易にする等の観点から適当な相対密度および体積抵抗率を有する、酸化亜鉛を主成分とするターゲット材を備えている。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のスパッタリングターゲットの製造条件に関する説明図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
ステンレスまたは銅などの金属製の円筒状の基材またはターゲットホルダー(バッキングチューブ)の表面が砥粒を用いたサンドブラストにより表面粗さがRa0.5[μm]以上になるような粗面状態に加工される。ターゲットホルダーの表面は酸化亜鉛との熱膨張差の緩衝層となるアンダーコートにより被覆されていない。ターゲットホルダーは平板状のもの(バッキングプレート)であってもよい。
【0013】
原料粉末は、たとえばZnO粉末(平均粒径1[μm]以下。)およびAl23粉末(平均粒径1[μm]以下。)が水を媒体としてボールミル等によって湿式混合され、これにより得られたスラリーがスプレイドライヤー等によって乾燥される。造粒されることにより準備される。原料におけるAl23粉末の含有量は5[wt%]以下、好ましくは1〜3[wt%]に調節される。
【0014】
得られた混合粉末が大気雰囲気下、仮焼温度1000〜1500[℃]で、1時間以上
にわたって仮焼され、当該仮焼粉末が分級して粒度がそろえられる。これにより、原料粉末の粒径が10〜200[μm]の粒子径とされた。ZnO粉末は、基材に付着するまでの時間が1[s]もかからないので、短時間でAl23と反応する必要があるため、比表面積が2[m/g]以上であることが望ましい。
【0015】
ターゲットホルダーの表面に対して、ZnO−Al23の粉末が大気雰囲気下でプラズマ溶射される。
【0016】
溶射ガンと基材との距離はたとえば100[mm]以下、好ましくは50[mm]以下に設定される。また、溶射膜が基材から剥離することを防止するため、基材は水冷方式または空冷方式にしたがって冷却される。水冷の場合、円筒状のターゲットホルダーの中に水を流し、流出側の水温が50[℃]以下となるように水量および水温が調節される。
【0017】
プラズマ溶射に際して、原料粉末の加速エネルギーx[g/min/mm]および熱エネルギーy[kJ/kg]の組み合わせがx−y平面における「第1領域」に収まるように調節された。
【0018】
加速エネルギーxは、単位時間に投入したプラズマガス量(質量)を溶射ガン先端のプラズマガスを放出するノズルの穴径で除した値により表わされ、プラズマガスの流量の多少、プラズマガスの種類およびプラズマガスノズルの穴径に応じて増減する。
【0019】
また、熱エネルギーyはプラズマを発生させている電力を単位時間に投入したプラズマガス量(質量)で除した数値により表わされ、プラズマガスの種類、プラズマ出力に応じても増減する。
【0020】
第1領域は、図1に実線で示され、式(1)〜(4)のそれぞれにより近似される4本の線分L1〜L4によって囲まれている。
【0021】
x=3.8(32.5≦y≦59.0) ‥(1)。
【0022】
y=−2.63x+69.0(3.8≦x≦15.0) ‥(2)。
【0023】
x=15.0(15.0≦y≦29.5) ‥(3)。
【0024】
y=−1.56x+37.4(3.8≦x≦15.0) ‥(4)。
【0025】
第1領域に代えて、式(1’)〜(4’)によって近似される、図1に破線で示されている線分L1’〜L4’により画定される第2領域に収まるように、原料粉末の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせが採用されてもよい。
【0026】
x=3.8(39.0≦y≦59.0) ‥(1’)。
【0027】
y=−2.63x+69.0(3.8≦x≦15.0) ‥(2’)。
【0028】
x=15.0(21.0≦y≦29.5) ‥(3’)。
【0029】
y=−1.67x+45.3(3.8≦x≦15.0) ‥(4’)。
【0030】
線分L1〜L4または線分L1’〜L4’は、第1領域または第2領域を次のような領域S1〜S4から区分するために定義される。
【0031】
熱エネルギーyが高い一方、加速エネルギーxが低い領域S1では、AZO原料が昇華しやすくなる。このため、ターゲットホルダーに衝突する溶射粒子または液滴が溶射膜表面に形成されている細かい凹部に入り込むことができず、気孔が多い低密度の溶射膜が形成されてしまう。また、この領域S1では、熱エネルギーyに比較してプラズマガス流量が少ないため、プラズマが発生しても失火しやすく、安定な成膜が困難である。
【0032】
加速エネルギーxおよび熱エネルギーyがともに高い領域S2では、きわめて短時間であれば緻密な膜(ターゲット材)が成形されうるものの、溶射ノズルの先端の損傷等、プラズマ溶射装置の損傷が発生する可能性がある。溶射ノズルの先端の損傷等が生じずに、所望の厚さ(たとえば6[mm]以上)の溶射膜が得られるという観点から、領域S2から第1領域および第2領域を区分するための、式(2)(2’)により表わされる境界線分が適宜変更されてもよい。
【0033】
加速エネルギーxが高い一方で熱エネルギーyが低い領域S3では、原料粉末の溶融が不十分である。このため、基材に対する原料の付着率が著しく低く、付着したとしても著しく多孔質な溶射膜しか形成されえない。また、この領域S3では、プラズマが発生しにくい。
【0034】
加速エネルギーxおよび熱エネルギーyがともに低い領域S4では、原料粉末の溶融がより不十分である。このため、基材に対する原料の付着率が著しく低く、付着したとしても著しく多孔質な溶射膜しか形成されえない。また、この領域では、プラズマが不安定になりやすく、長時間にわたるプラズマ溶射の継続は困難である。
【0035】
前記方法により、AZO(Al23−ZnO)セラミックス層よりなるターゲット材を有するスパッタリングターゲットが製造された。溶射環境が前記のように調節されることにより、相対密度が80〜95[%]であり、体積抵抗率が9.E−01[Ω・cm]以下のターゲット材が形成される。
【0036】
原料粉末が金属基材に付着すると急速に冷却されるため、密度が低い方が溶射によるターゲット材の形成中に当該ターゲットに割れが発生しにくい。このため、ターゲット材の相対密度が95[%]以下になるように溶射環境が調節されている。この割れは、ターゲット材の厚さを増すほど発生しやすくなる。
【0037】
スパッタリングにおいてターゲットは消耗するため一定量減ると交換される。交換の頻度は少ない方が好ましいことから、ターゲットの厚さは6[mm]以上とされることが多い。この観点から、特に6[mm]以上の厚さのターゲットを溶射により製作する際には相対密度が95[%]以下となるようにすることが望まれる。
【0038】
その一方、過度に低密度のターゲット材を備えているターゲットが用いられた場合、ターゲット材に多く存在するポア(気孔)の周囲に溜まる電荷が多くなる、この結果としてスパッタリングによる成膜中にアーキングが多発するという問題が生じる。アーキングは膜に異物が混入する一因となる。このため、ターゲット材の相対密度が80[%]以上になるように溶射環境が調節されている。
【0039】
ターゲット材の厚さ(溶射膜厚さ)は、このターゲット材が抵抗体となってスパッタリングに際してプラズマの発生難易度、ひいては透明電極膜の形成難易度に大きく影響する。このため、ターゲット材の体積抵抗率が9.E−01[Ωcm]以下になるように溶射環境が調節されている。「Q.E−0P」という記載は「Q×10−P」という数値を意味している。溶射膜(ターゲット材)の体積抵抗率は、当該溶射膜が棒状に切り出された上で、4端子法にしたがって測定された。
【0040】
ターゲット材は、相対密度が80〜95[%]であり、ポアを有しているため、表面粗さによっては、スパッタリングによる透明電極膜の形成中にアーキングが発生しやすい。そこで、研削加工によりターゲット材の表面粗さRaが3[μm]以下に調節されることが好ましい。
【0041】
(実施例)
前記方法により、原料粉末としてAZO粉末が用いられ、実施例1〜13のスパッタリングターゲットが製造された。実施例1〜9のそれぞれのスパッタリングターゲットの製造条件としての溶射の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせが、第1領域または第2領域に収まるように調節された。加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせを示すプロットが、図1において丸付き数字により示されている。丸の中の数字は実施例の番数を表わしている。図1から、実施例1〜9が第1領域および第2領域に含まれており、実施例10〜13が第1領域に含まれているものの第2領域から外れていることがわかる。
【0042】
表1には、各実施例のターゲット材(溶射膜)の相対密度および体積抵抗率のそれぞれの測定結果が示されている。
【表1】

【0043】
図1および表1から、エネルギー組み合わせが第1領域に収まるように溶射環境が調節されることにより、相対密度が80〜95[%]の範囲にあり、かつ、体積抵抗率が7.E−03〜9.E−01[Ω/cm]の範囲にあるようなターゲットが製造されうることがわかる(実施例1〜13参照)。
【0044】
さらに、エネルギー組み合わせが第2領域に収まるように溶射環境が調節されることにより、相対密度が85〜95[%]の範囲にあり、かつ、体積抵抗率が7.E−03〜3.E−01[Ω/cm]の範囲にあるようなターゲットが製造されうることがわかる(実施例1〜9参照)。
【0045】
第1領域の境界線の近似式(1)〜(4)は、十分な厚さ(たとえば6[mm]以上)を有し、相対密度が80〜95[%]の範囲にあり、かつ、体積抵抗率が9.E−01[Ω/cm]以下の範囲にある第1の実施例群のうち、最も外側に位置する測定データに基づいて求められる。近似式(1)は、実施例1および実施例10のそれぞれに相当する2点を結ぶ1次式により表現されている。近似式(2)は、実施例1および実施例5のそれぞれに相当する2点を結ぶ1次式により表現されている。近似式(3)は、実施例5および実施例13のそれぞれに相当する2点を結ぶ1次式により表現されている。近似式(4)は、実施例10および実施例13のそれぞれに相当する2点を結ぶ1次式により表現されている。
【0046】
第2領域の境界線の近似式(1’)〜(4’)は、十分な厚さ(たとえば6[mm]以上)を有し、相対密度が85〜95[%]の範囲にあり、かつ、体積抵抗率が3.E−01[Ω/cm]以下の範囲にある第2の実施例群のうち、最も外側に位置する測定データに基づいて求められる。たとえば、近似式(4’)は、実施例6および実施例8のそれぞれに相当する2点を結ぶ1次式により表現されている。
【0047】
近似式は、複数の実施例のそれぞれに相当する複数の点に基づき、最小二乗法等にしたがって求められる2次以上の高次式により表わされてもよい。たとえば、近似式(1)が実施例1〜5のそれぞれに相当する5点に基づき、最小二乗法等にしたがって求められる2次以上の高次式により表わされてもよい。測定結果が良好であったプロットがすべて第1領域または第2領域に含まれるように、最小二乗法等により求められた境界線分がy方向およびx方向のうち少なくとも一方にずらされてもよい。
【0048】
(比較例)
溶射の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせが、第1領域から外れるように調節された。これ以外は、実施例1と同様の条件下で、比較例1〜11のスパッタリングターゲットが製造された。比較例1〜11のそれぞれのセラミックス溶射部材の製造条件としての加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせを示すプロットが、図1において菱形付き数字により示されている。菱形の中の数字は比較例の番数を表わしている。
【0049】
表2には、各比較例のターゲット材(溶射膜)の相対密度および体積抵抗率のそれぞれの測定結果が示されている。
【表2】

【0050】
図1および表2から、エネルギー組み合わせが第1領域から外れ、領域S1に含まれるように溶射環境が調節されることにより、実施例と比較して、体積抵抗率は低いものの、相対密度が75〜78[%]という低い範囲にあるターゲットが製造されることがわかる(比較例1〜3参照)。エネルギー組み合わせが第1領域から外れ、領域S2に含まれるように溶射環境が調節されることにより、実施例と比較して、相対密度および体積抵抗率において遜色がないターゲットが製造されるが、溶射膜が十分な厚さ(たとえば6[mm])になる前に、溶射ガンが破損してしまい、十分な厚さの溶射膜が得られなかった(比較例4,5参照)。エネルギー組み合わせが第1領域から外れ、領域S3またはS4に含まれるように溶射環境が調節されることにより、実施例と比較して、相対密度が73〜79[%]という低い範囲にあり、かつ、体積抵抗率が1.E+00〜6.E+00[Ω・cm]という高い範囲にあるターゲットが製造されることがわかる(比較例6〜11参照)。
【0051】
(本発明の作用効果)
本発明の方法によれば、スパッタリングによる透明電極膜の形成を容易にする等の観点から適当な相対密度および体積抵抗率を有する、酸化亜鉛を主成分とするターゲット材を備えたスパッタリングターゲットを製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲットホルダーと、前記ターゲットホルダーの表面を被覆するターゲット材とを有するスパッタリングターゲットの製造方法であって、
酸化亜鉛を主成分とする原料粉末の加速エネルギーx[g/min/mm]および熱エネルギーy[kJ/kg]の組み合わせを、x−y平面において(1)x=3.8(32.5≦y≦59.0)、(2)y=−2.63x+69.0(3.8≦x≦15.0)、(3)x=15.0(15.0≦y≦29.5)および(4)y=−1.56x+37.4(3.8≦x≦15.0)により近似される線分によって囲まれた第1領域に収まるように調節しながら、前記ターゲットホルダーに対して前記原料粉末を溶射することにより、前記ターゲット材を形成することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法において、
前記原料粉末の加速エネルギーxおよび熱エネルギーyの組み合わせを、x−y平面において(1’)x=3.8(39.0≦y≦59.0)、(2’)y=−2.63x+69.0(3.8≦x≦15.0)、(3’)x=15.0(21.0≦y≦29.5)および(4’)y=−1.67x+45.3(3.8≦x≦15.0)により近似される線分によって囲まれた第2領域に収まるように調節することを特徴とする方法。
【請求項3】
ターゲットホルダーと、前記ターゲットホルダーの表面を被覆するターゲット材とを有するスパッタリングターゲットであって、
前記ターゲット材が酸化亜鉛を主成分とするセラミックスの溶射膜よりなり、前記ターゲット材の相対密度が80〜95[%]の範囲に含まれ、体積抵抗率が9.E−01[Ω・cm]以下であることを特徴とするスパッタリングターゲット。

【図1】
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【公開番号】特開2012−149321(P2012−149321A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−10198(P2011−10198)
【出願日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)
【出願人】(391005824)株式会社日本セラテック (200)
【Fターム(参考)】