説明

スパッタ装置

【課題】アーク放電の発生を防止し、かつ、パルスピーク電流値をできるだけ大きくしてスパッタ粒子のイオン化を促進できるスパッタ装置を提供すること。
【解決手段】複数のスパッタ蒸発源に直流パルス電力を供給する電源装置を備えたスパッタ装置において、電源装置は、1台の直流電源と、電力貯蔵部に蓄えた電力を各スパッタ蒸発源毎に分配供給するパルス分配供給手段と、前記複数のスパッタ蒸発源の少なくとも一つに設けられて当該スパッタ蒸発源に流れる電流を測定するための電流センサと、該電流センサの出力に基づいて当該スパッタ蒸発源に流れるパルスピーク電流検出値を求めるパルスピーク電流検出部と、該パルスピーク電流検出部で検出したパルスピーク電流検出値がアーク放電を発生させないためのパルスピーク電流目標値を超えないように前記直流電源の出力を制御するパルスピーク電流制御部とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数のスパッタ蒸発源に直流パルス電力を供給する電源装置を備え、成膜対象物の表面にパルススパッタリングによる成膜を行うスパッタ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
スパッタ法は物理的蒸着法の一種であり、真空容器の中において、Arなどの不活性ガスを導入しながら、被膜材料(ターゲット)を取りつけた電極を陰極としてグロー放電を発生させ、放電中で生成したイオンを放電電圧に相当する数百eVのエネルギーで陰極に衝突させ、その際に反動で放出される粒子を基板上に堆積させて成膜を行う方法である。この成膜プロセスは、ターゲット表面付近に磁場を印加したマグネトロンスパッタ法により、さらに強いグロー放電を生成することが可能で、実用的な成膜プロセスとして使われている。
【0003】
このような、スパッタ法においてしばしば指摘される問題点は、基板上に堆積する粒子のエネルギーが小さいために、形成される皮膜が充分緻密ではないという点であった。
【0004】
一般的なスパッタのグロー放電では、イオン化されたターゲット粒子(スパッタ粒子)が少ないが、何らかの方法でスパッタ粒子をイオン化できれば、緻密な膜が得られる。イオン化されたスパッタ粒子は、皮膜を形成する基板(成膜対象物)や、該基板を保持する基板ホルダに印加された負のバイアスで基板側に向かうエネルギーを与えられる。このエネルギーが膜の結合力の増加などの緻密化として働き、結果として緻密な膜を得ることができる。
【0005】
そこで、前記問題点を解決するための方法としては、各種の方法が提案されているが、その中のひとつの手段として成膜を行うための放電を非常に高い電力密度でパルス的に発生させる技術が提案されている。
【0006】
例えば、後記の特許文献1(発明者Kouznetsov)には、マグネトロンスパッタリングにおいて、ターゲットに負の電圧を印加するパルスの立上りエッジを急峻にすることにより、ターゲット前面のガスを非常に急速に完全電離状態にして実質的に均一なプラズマを形成するようにターゲットに対して直流パルスを印加することが提案されている。そして、具体的なパルスの条件として、パルス中の電力: 0.1kW−1MW、パルス幅:50μs〜1ms,より好ましくは50〜200μs,特に好ましくは100μs、パルス間隔:10ms〜1000s,好ましくは10〜50ms、パルス電圧:0.5〜5kV、が好ましい条件として開示されている。
【0007】
また、同じくKouznetsovによる後記の文献(非特許文献1)によると、ピーク電力100〜500kW(ターゲット電力密度0.6〜2.8kW/cm相当)、Ar圧力0.06〜5Paにおいて、50〜100μsのパルス幅、50Hzの繰り返し周波数において行った成膜実験の結果が報告されており、成膜対象の基板上において1A/cmという高いイオン電流量と蒸発したターゲット蒸気の約70%がイオン化しているとの結果が得られている。成膜に使われる蒸気が高い割合でイオン化していることにより、皮膜と基板との高い密着性が得られるとともに、緻密な皮膜が形成可能であるということが期待できる。
【0008】
また、後記の特許文献2には、1kW/cm以上の電力をターゲットに与えて、クロムなどのターゲット材料をスパッタし、スパッタリングされたスパッタ粒子をイオン化して基板の前処理に用いるものが示されている。
【0009】
さらに、後記の特許文献3には、対向ターゲットスパッタ装置が提案されており、ターゲットに供給する直流の電力を対向させたターゲットに囲まれた領域の体積で除した体積あたりの最大体積電力密度が83W/cm以上で、スパッタリングされたスパッタ粒子のイオン化が認められることが示されている。この場合、対向するターゲットの間隔は1cm、1枚のターゲット面積は12cm(2cm×6cm)、トータルのターゲット面積は24cmとなる。したがって、ターゲット面積あたりの電力密度に換算すると、電力密度は41.5W/cmとなる。
【0010】
このように、前記の従来技術(特許文献1〜3、非特許文献1)を総合すると、カソードの形態によって異なるが、ターゲットに電力密度41.5W/cm以上の電力を与えることで、通常のスパッタでは得られないターゲット材料のイオン化(スパッタ粒子のイオン化)を利用したプロセスに有用となることがわかる。ターゲットに電力密度0.6kW/cm以上の電力を与えることで、平板型のマグネトロンスパッタ法においても、有用なプロセスになることがわかる。
【0011】
ところで、ターゲットに直流の高電力パルスを供給する大電力の直流パルス電源を備え、前述のハイパワーパルススパッタ法(大電力パルススパッタリング)を行うスパッタ装置では、前記の大電力の直流パルス電源が、直流電圧発生機構に加え、パルス発生機構を有するため、一般の直流スパッタ電源に比べて高価であるという欠点があった。特に、生産性を高めることや、皮膜の均一性を図ることを目的として、複数のスパッタ蒸発源(ターゲットが装着される陰極)を備え、これら複数のスパッタ蒸発源に直流パルス電力を供給するようにしたスパッタ装置では、各スパッタ蒸発源毎に直流パルス電源を必要とし、装置がより高価になるという欠点があった。
【0012】
そこで、複数のスパッタ蒸発源に直流パルス電力を供給する電源装置を備え、成膜対象物(基板)にパルススパッタリングによる成膜を行うスパッタ装置において、1台の直流電圧発生機構と、該直流電圧発生機構からの電力を蓄える1台の電力貯蔵部と、前記電力貯蔵部に蓄えた電力を前記各スパッタ蒸発源に時分割パルス状に順次分配供給する複数のパルス分配供給手段とによって前記電源装置を構成し、各スパッタ蒸発源毎に直流パルス電源を設けなくてすむようにした、スパッタ装置が後記の特許文献4に開示されている。
【0013】
しかしながら、特許文献4に開示された従来のスパッタ装置では、各スパッタ蒸発源について、アーク放電の発生を防止し、かつ、パルスピーク電流値をできるだけ大きくすることでスパッタ粒子のイオン化を促進するという点において改善の余地があった。
【特許文献1】国際公開番号:WO98/40532号,発明者:Kouznetsov,発明の名称:A method and apparatus for magnetically enhanced sputtering
【非特許文献1】Kouznetsov 他、"A novel pulsed magnetron sputter technique utilizing very high target power densities",Surface and Coatings Technology 122(1999)290-293)
【特許文献2】米国特許:第7081186号
【特許文献3】特開2008−156743号公報
【特許文献4】特開2003−129234号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
そこで、本発明の課題は、複数のスパッタ蒸発源に直流パルス電力を供給する電源装置を備え、成膜対象物にパルススパッタリングによる成膜を行うスパッタ装置において、各スパッタ蒸発源に流れるパルスピーク電流値が、アーク放電を発生させないためのパルスピーク電流目標値を超えないようにし、これによって、アーク放電の発生を防止し、かつ、パルスピーク電流値をできるだけ大きくすることでスパッタ粒子のイオン化を促進することができ、アーク放電に起因する欠陥を生じることなく、確実に緻密な皮膜を形成できるようにした、スパッタ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記の課題を解決するため、本願発明では、次の技術的手段を講じている。
【0016】
請求項1の発明は、複数のスパッタ蒸発源に直流パルス電力を供給する電源装置を備え、成膜対象物の表面にパルススパッタリングによる成膜を行うスパッタ装置において、
前記電源装置は、1台の直流電源と、該直流電源からの電力を蓄える電力貯蔵部と、該電力貯蔵部に蓄えた電力を前記複数のスパッタ蒸発源毎に分配供給するパルス分配供給手段と、前記複数のスパッタ蒸発源の少なくとも一つに設けられて当該スパッタ蒸発源に流れる電流を測定するための電流センサと、該電流センサの出力に基づいて当該スパッタ蒸発源に流れるパルスピーク電流検出値を求めるパルスピーク電流検出部と、該パルスピーク電流検出部で検出したパルスピーク電流検出値がアーク放電を発生させないためのパルスピーク電流目標値を超えないように前記直流電源の出力を制御するパルスピーク電流制御部と、を備えていることを特徴とするスパッタ装置である。
【0017】
請求項2の発明は、複数のスパッタ蒸発源に直流パルス電力を供給する電源装置を備え、成膜対象物の表面にパルススパッタリングによる成膜を行うスパッタ装置において、前記電源装置は、1台の直流電源と、該直流電源からの電力を蓄える1台の電力貯蔵部と、前記電力貯蔵部の陰極側に接続され、前記電力貯蔵部に蓄えた電力を前記各スパッタ蒸発源毎に分配供給する複数のパルス分配供給手段と、前記複数のスパッタ蒸発源の各々に対応して設けられ、各スパッタ蒸発源に流れる電流を測定するための複数の電流センサと、前記各電流センサの出力に基づいて、それぞれ、各スパッタ蒸発源に流れるパルスピーク電流検出値を求めるパルスピーク電流検出部と、前記各スパッタ蒸発源について、それぞれ、アーク放電を発生させないためのパルスピーク電流目標値を設定し、前記複数のスパッタ蒸発源の全てがパルスピーク電流目標値以下となるように、前記直流電源の出力を制御するパルスピーク電流値制御部と、を備えていることを特徴とするスパッタ装置である。
【0018】
請求項3の発明は、請求項2記載のスパッタ装置において、前記各電流センサの出力に基づいて、それぞれ、各スパッタ蒸発源に流れる所定周期におけるパルス電流の平均値を求めるパルス電流平均値検出部と、前記各スパッタ蒸発源について、それぞれ、目標パルス電流平均値を設定するとともに、前記求めたパルス電流平均値が前記目標パルス電流平均値を超えないように前記各パルス分配供給手段を制御するパルス電流平均値制御部と、を備えていることを特徴とするものである。
【0019】
請求項4の発明は、請求項1、2又は3記載のスパッタ装置において、前記電力貯蔵部がコンデンサで構成され、前記パルス分配供給手段が半導体スイッチング素子で構成されていることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明のスパッタ装置は、1台の直流電源からの電力を電力貯蔵部に蓄え、パルス分配供給手段により、前記電力貯蔵部に蓄えた電力を複数のスパッタ蒸発源に分配供給するに際し、前記直流電源の出力を制御することにより、各スパッタ蒸発源に流れるパルスピーク電流値が、アーク放電を発生させないためのパルスピーク電流目標値を超えないようにしている。したがって、アーク放電の発生を防止し、かつ、パルスピーク電流値をできるだけ大きくすることでスパッタ粒子のイオン化を促進することができ、成膜対象物に、アーク放電に起因する欠陥を生じることなく、確実に緻密な皮膜を形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
【0022】
図1は本発明の一実施形態によるスパッタ装置の構成を概略的に示す図である。
【0023】
図1に示すように、スパッタ装置1は、成膜対象物(図示せず)を収容し、該成膜対象物への成膜プロセスを行う真空チャンバー3と、この真空チャンバー3に設置された複数、この例では3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cと、これらのスパッタ蒸発源4A,4B,4Cにグロー放電用の直流パルス電力を供給する電源装置2とを備えている。なお、スパッタ装置1には、この他に真空排気システム、プロセスガス導入機構等、スパッタ成膜に必要な機構が設けられているが、これらは公知であるため、図1では省略されている。
【0024】
前記電源装置2は、皮膜材料(ターゲット)を取り付けた電極である前記スパッタ蒸発源4A,4B,4Cに直流パルス電力を供給し、スパッタ蒸発源4A,4B,4Cを陰極とし、真空チャンバー3を陽極として、これらの電極間にグロー放電を発生させるためのものである。
【0025】
この電源装置2は、基本構成部として、1台の直流電源(直流電圧発生機構)10と、直流電源10からの電力を蓄える1台の電力貯蔵部としてのコンデンサ11と、このコンデンサ11の陰極側に接続され、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cの各々に対応して設けられ、コンデンサ11に蓄えた電力を各スパッタ蒸発源4A,4B,4C毎に時分割パルス状に順次分配供給する複数のパルス分配供給手段としての第1から第3の3つの半導体スイッチング素子12A,12B,12Cとを備えている。この半導体スイッチング素子12A〜12Cは、3つにする必要はなく、一体的なものとしてもよい。また、コンデンサ11は、各スパッタ蒸発源4A〜4C毎に設けてもよい。
【0026】
また、前記電源装置2は、パルス電流平均値にかかわる制御部として、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cの各々に対応して設けられ、各スパッタ蒸発源4A,4B,4Cに流れる電流を測定するための第1から第3の電流センサ13A,13B,13Cと、各電流センサ13A,13B,13Cの出力に基づいて、それぞれ、各スパッタ蒸発源4A,4B,4Cに流れる所定周期におけるパルス電流の平均値を求める第1から第3のパルス電流平均値検出部14A,14B,14Cと、各スパッタ蒸発源4A,4B,4Cについて、それぞれ、目標パルス電流平均値を設定するとともに、前記求めたパルス電流平均値がその目標パルス電流平均値を超えないように各半導体スイッチング素子12A,12B,12Cを制御するパルス電流平均値制御部15とを備えている。なお、目標パルス電流平均値と検出して求めたパルス電流平均値との偏差をなくすように制御するようにしてもよい。
【0027】
前記の電流センサ13A,13B,13Cとしては、大電流の測定が可能なホール素子型電流センサを使用している。また、直流電力を直流パルス電力に変換してパルス電流を得るためにスイッチングを行う前記半導体スイッチング素子12A,12B,12Cとしては、IGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)が好適である。この電流センサ13A〜13Cに代えて、スイッチング素子12Aと直流電源10との間に一つだけ電流センサを設けて、これをスイッチング素子の開閉とタイミングをとることで、各スパッタ蒸発源4A〜4Cに流れる電流を検出するようにしてもよい。
【0028】
さらに、前記電源装置2は、パルスピーク電流値にかかわる制御部として、各電流センサ13A,13B,13Cの出力に基づいて、それぞれ、各スパッタ蒸発源4A,4B,4Cに流れる所定周期におけるパルスピーク電流の平均値であるパルスピーク電流検出値を求める第1から第3のパルスピーク電流検出部16A,16B,16Cと、各スパッタ蒸発源4A,4B,4Cについて、それぞれ、アーク放電を発生させないためのパルスピーク電流目標値を設定し、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cのうちいずれか1つのスパッタ蒸発源についてそのパルスピーク電流検出値とパルスピーク電流目標値との差が解消されるように、かつ、残りの他のスパッタ蒸発源についてそのパルスピーク電流検出値が当該他のスパッタ蒸発源のパルスピーク電流目標値を超えないように、直流電源10の出力を制御するパルスピーク電流値制御部17とを備えている。パルスピーク電流値制御部17と前記パルス電流平均値制御部15は、パルス電流制御部18を構成している。このパルス電流平均値制御部は、各スパッタ蒸発源に投入する電力を制御するという観点から設けた方が望ましいものである。
【0029】
この実施形態では、前記のパルス電流平均値検出部14A,14B,14C、パルス電流平均値制御部15、パルスピーク電流検出部16A,16B,16C、及びパルスピーク電流値制御部17は、A/Dコンバータなどを備えたプログラムされたデジタル信号処理回路などによって構成されている。
【0030】
次に、前記のパルス電流平均値にかかわる制御部の動作について説明する。
【0031】
まず、前記第1のパルス電流平均値検出部14Aにおいて、第1のスパッタ蒸発源4Aに流れる電流を測定するための第1の電流センサ13Aの出力を、A/Dコンバータによってデジタル信号に変換してパルス電流データとし、演算処理部によって所定パルス周期毎に該所定パルス周期における前記パルス電流データの平均値を算出することにより、所定パルス周期毎に、第1のスパッタ蒸発源4Aに流れるパルス電流平均値Iを求める。
【0032】
同様に、第2のパルス電流平均値検出部14Bにおいて、第2のスパッタ蒸発源4Bに流れるパルス電流平均値Iを求め、第3のパルス電流平均値検出部14Cにおいて、第3のスパッタ蒸発源4Cに流れるパルス電流平均値をI求める。これらのパルス電流平均値I,I,Iは、前記パルス電流平均値制御部15に与えられる。
【0033】
次いで、パルス電流平均値制御部15において、第1のスパッタ蒸発源4Aについて、前記パルス電流平均値Iと目標パルス電流平均値ISAとを比較し、その比較結果に基づいて第1のスパッタ蒸発源4Aに流れるパルス電流の平均値が目標パルス電流平均値ISAとなるように、スイッチング指令信号を半導体スイッチング素子12Aに与え、半導体スイッチング素子12Aを制御する。
【0034】
この場合、パルス電流平均値制御部15は、前記スイッチング指令信号として、パルス電流のパルス幅を制御するために半導体スイッチング素子12Aのオン動作期間を増減する指令信号、もしくは、パルス電流の繰返し周波数を制御するために半導体スイッチング素子12Aのスイッチング周期(オンから次のオンまでの期間)を増減する指令信号を、前記半導体スイッチング素子12Aに与えるようにしている。
【0035】
さて、同様に、前記パルス電流平均値Iと目標パルス電流平均値ISBとを比較し、その比較結果に基づいて第2のスパッタ蒸発源4Bに流れるパルス電流の平均値が目標パルス電流平均値ISBとなるように、半導体スイッチング素子12Bを制御し、前記パルス電流平均値Iと目標パルス電流平均値ISCとを比較し、その比較結果に基づいて第3のスパッタ蒸発源4Cに流れるパルス電流の平均値が目標パルス電流平均値ISCとなるように、半導体スイッチング素子12Cを制御する。
【0036】
これにより、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cによって大面積を有する1つの成膜対象物に成膜を行うに際し、各スパッタ蒸発源4A,4B,4Cによるスパッタ量(成膜速度)を調整して、前記成膜対象物に対して所望の膜厚分布となる成膜を行うことができる。例えば、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cに装着されるターゲットが同種の場合、前記目標パルス電流平均値ISA,ISB,ISCを同一値に設定して、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cの各々に流れるパルス電流の平均値が同一になるように、半導体スイッチング素子12A,12B,12Cを制御することにより、各スパッタ蒸発源4A,4B,4Cによるスパッタ量(成膜速度)を均一にし、前記成膜対象物に対して均一な膜厚分布の成膜を行うことができる。
【0037】
なお、ハイパワーパルススパッタ(大電力パルススパッタリング)を行うスパッタ装置でのパルス出力の典型的な値は、電圧(負極性):700〜1200V、パルスピーク電流値(負極性):100〜1000A、パルス幅:10〜100μs、パルス繰返し周波数:300〜2000Hz、である。
【0038】
次に、前記のパルスピーク電流値にかかわる制御部の動作について説明する。
【0039】
まず、前記第1のパルスピーク電流検出部16Aにおいて、第1のスパッタ蒸発源4Aに流れる電流を測定するための第1の電流センサ13Aの出力を、A/Dコンバータによってデジタル信号に変換してパルス電流データとし、プログラムされた演算処理部によって前記パルス電流データの大小関係を相互比較するなどして、所定パルス周期におけるパルスピーク電流値の平均値(例えば3周期分の3つのパルスピーク電流値の平均値)であるパルスピーク電流検出値IPを求めることで、所定パルス周期毎に、第1のスパッタ蒸発源4Aにおけるパルスピーク電流検出値IPを得る。
【0040】
なお、パルスピーク電流検出値IPを得るにあたり、演算増幅器、ダイオード、コンデンサ及び抵抗で構成される公知のピーク値検出回路によって1周期毎にパルスピーク電流値を検出し、これを所定パルス周期にわたり行う。そして、得られた該パルス周期分のパルスピーク電流値の平均値を算出することにより、パルスピーク電流検出値IPを得るようにしてもよい。
【0041】
さて、同様に、第2のパルスピーク電流検出部16Bにおいて、第2のスパッタ蒸発源4Bに流れるパルスピーク電流の検出値IPを求め、第3のパルスピーク電流検出部16Cにおいて、第3のスパッタ蒸発源4Cに流れるパルスピーク電流の検出値IPを求める。これらのパルスピーク電流検出値IP,IP,IPは、前記パルスピーク電流値制御部17に与えられる。
【0042】
このパルスピーク電流値制御部17では、第1のスパッタ蒸発源4Aに対して、該スパッタ蒸発源4Aにおいてアーク放電の発生を防止するため(グロー放電からアーク放電への移行を防止するため)、パルスピーク電流目標値IPSAが設定されている。同様に、第2のスパッタ蒸発源4Bに対して、アーク放電の発生を防止するためのパルスピーク電流目標値IPSBが設定されており、また、第3のスパッタ蒸発源4Cに対して、アーク放電の発生を防止するためのパルスピーク電流目標値IPSCが設定されている。
【0043】
そして、パルスピーク電流値制御部17では、所定の周期毎に、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cの各々について、そのパルスピーク電流目標値とパルスピーク電流検出値とを比較し、これらのスパッタ蒸発源4A,4B,4Cのうち少なくとも1つのスパッタ蒸発源ではパルスピーク電流検出値がパルスピーク電流目標値と一致し、かつ、残りの他のスパッタ蒸発源ではパルスピーク電流検出値がパルスピーク電流目標値以下であるか否かを判断する。この状態が得られておれば、直流電源10の出力を増減せずに、前記所定周期後に前記判断を実行する。
【0044】
一方、例えば、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cがともに、パルスピーク電流検出値がそのパルスピーク電流目標値よりも小さい場合、この差の値が最も小さいスパッタ蒸発源について、例えば、第1のスパッタ蒸発源4Aについて、そのパルスピーク電流検出値IPとパルスピーク電流目標値IPSAとの差が解消されるように、直流電源10の出力を制御する指令信号を直流電源10に与える。
【0045】
このように、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cの各々について、パルスピーク電流検出値IP,IP,IPが、アーク放電を発生させないためのパルスピーク電流目標値IPSA,IPSB,IPSC以下となるようにし、かつ、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cのうち少なくとも1つのスパッタ蒸発源4Aに流れるパルスピーク電流検出値IPがパルスピーク電流目標値IPSAとなるようにしている。
【0046】
したがって、例えば、3台のスパッタ蒸発源4A,4B,4Cに装着されるターゲットが同種の場合、前記パルスピーク電流目標値IPSA,IPSB,IPSCを同一値に設定することにより、これらのスパッタ蒸発源4A,4B,4Cについて、アーク放電の発生を防止し、かつ、パルスピーク電流値をできるだけ大きくすることでスパッタ粒子のイオン化を促進することができ、成膜対象物に、アーク放電に起因する欠陥を生じることなく、確実に緻密な皮膜を形成することができる。ここで、少なくとも一つのパルスピーク電流検出値がパルスピーク電流目標値と一致することが望ましいが、全てがパルスピーク電流目標値以下にするようにしてもよい。
【0047】
図2は本発明のスパッタ装置における複数のスパッタ蒸発源の配置の一例を模式的に示す図である。
【0048】
図2に示すように、真空チャンバー3内に回転可能な回転ステージ5が備えられており、この回転ステージ5の上下に延びる軸心線に平行をなして、かつ、互いに所定の間隔を隔てて一列に並べられた状態で、4台のスパッタ蒸発源4A〜4Dが真空チャンバー3の外壁に設けられている。各スパッタ蒸発源4A〜4Dには円盤状のターゲットが装着されている。そして、前記回転ステージ5上に、外周面が大面積の被成膜面とされ、上下方向に延びる1つの円筒状成膜対象物Wが、この円筒状成膜対象物Wの軸心線と回転ステージ5の軸心線とを一致させた状態で載置されている。
【0049】
この場合、例えば、円筒状成膜対象物Wの高さ(長さ):100cm、各スパッタ蒸発源4A〜4Dに装着される円盤状のターゲットの直径:15.2cm(6インチ)、隣り合うターゲットの中心間距離:30cm、である。
【0050】
なお、図4に示すように、回転ステージ5として遊星軸を有して成膜対象物が自公転可能な構造のものとし、円筒状成膜対象物Wを自公転させるようにしてもよい。ここで、図2〜図4では、成膜対象物として円筒状物を図示してあるが、実施工では、円筒状成膜対象物Wで示されるような円筒状の有効成膜領域に配された工具や機械部品などが成膜対象とされる。
【0051】
このように、4台のスパッタ蒸発源4A〜4Dが、互いに間隔を隔てて一列に並べられた状態で、円筒状成膜対象物Wの長手方向全体にわたるように配設されており、大面積の被成膜面を有する円筒状成膜対象物Wが載置された回転ステージ5を回転させながら、これらのスパッタ蒸発源4A〜4Dによるスパッタリングを行うことにより、円筒状成膜対象物Wの大面積被成膜面全体にわたって均一な厚みで成膜を行うことができる。
【0052】
図3は本発明のスパッタ装置における複数のスパッタ蒸発源の配置の別の例を模式的に示す図である。
【0053】
図3に示すように、4台のスパッタ蒸発源4A〜4Dが、千鳥配置された状態で、円筒状成膜対象物Wの長手方向全体にわたるように配設されており、大面積の被成膜面を有する円筒状成膜対象物Wが載置された回転ステージ5を回転させながら、これらのスパッタ蒸発源4A〜4Dによるスパッタリングを行うことにより、円筒状成膜対象物Wの大面積被成膜面全体にわたって均一な厚みで成膜を行うことができる。
【0054】
さらに、4台のスパッタ蒸発源の配置は、斜め一列に配置してもランダムに配置してもよい。なお、前述した実施形態では複数のスパッタ蒸発源が3台と4台の例を示したが、スパッタ蒸発源の台数はこれに限定されるものでないことは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の一実施形態によるスパッタ装置の構成を概略的に示す図である。
【図2】本発明のスパッタ装置における複数のスパッタ蒸発源の配置の一例を模式的に示す図である。
【図3】本発明のスパッタ装置における複数のスパッタ蒸発源の配置の別の例を模式的に示す図である。
【図4】図2において成膜対象物を自公転させる様子を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0056】
1…スパッタ装置
2…電源装置
3…真空チャンバー
4A〜4D…スパッタ蒸発源
5…回転ステージ
10…直流電源
12A〜12C…半導体スイッチング素子(パルス分配供給手段)
11…コンデンサ(電力貯蔵部)
13A〜13C…電流センサ
14A〜14C…パルス電流平均値検出部
15…パルス電流平均値制御部
16A〜16C…パルスピーク電流検出部
17…パルスピーク電流値制御部
18…パルス電流制御部
W…円筒状成膜対象物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のスパッタ蒸発源に直流パルス電力を供給する電源装置を備え、成膜対象物の表面にパルススパッタリングによる成膜を行うスパッタ装置において、
前記電源装置は、1台の直流電源と、該直流電源からの電力を蓄える電力貯蔵部と、該電力貯蔵部に蓄えた電力を前記複数のスパッタ蒸発源毎に分配供給するパルス分配供給手段と、前記複数のスパッタ蒸発源の少なくとも一つに設けられて当該スパッタ蒸発源に流れる電流を測定するための電流センサと、該電流センサの出力に基づいて当該スパッタ蒸発源に流れるパルスピーク電流検出値を求めるパルスピーク電流検出部と、該パルスピーク電流検出部で検出したパルスピーク電流検出値がアーク放電を発生させないためのパルスピーク電流目標値を超えないように前記直流電源の出力を制御するパルスピーク電流制御部と、を備えていることを特徴とするスパッタ装置。
【請求項2】
複数のスパッタ蒸発源に直流パルス電力を供給する電源装置を備え、成膜対象物の表面にパルススパッタリングによる成膜を行うスパッタ装置において、
前記電源装置は、
1台の直流電源と、
該直流電源からの電力を蓄える1台の電力貯蔵部と、
前記電力貯蔵部の陰極側に接続され、前記電力貯蔵部に蓄えた電力を前記各スパッタ蒸発源毎に分配供給する複数のパルス分配供給手段と、
前記複数のスパッタ蒸発源の各々に対応して設けられ、各スパッタ蒸発源に流れる電流を測定するための複数の電流センサと、
前記各電流センサの出力に基づいて、それぞれ、各スパッタ蒸発源に流れるパルスピーク電流検出値を求めるパルスピーク電流検出部と、
前記各スパッタ蒸発源について、それぞれ、アーク放電を発生させないためのパルスピーク電流目標値を設定し、前記複数のスパッタ蒸発源の全てがパルスピーク電流目標値以下となるように、前記直流電源の出力を制御するパルスピーク電流値制御部と、
を備えていることを特徴とするスパッタ装置。
【請求項3】
前記各電流センサの出力に基づいて、それぞれ、各スパッタ蒸発源に流れる所定周期におけるパルス電流の平均値を求めるパルス電流平均値検出部と、前記各スパッタ蒸発源について、それぞれ、目標パルス電流平均値を設定するとともに、前記求めたパルス電流平均値が前記目標パルス電流平均値を超えないように前記各パルス分配供給手段を制御するパルス電流平均値制御部と、を備えていることを特徴とする請求項2記載のスパッタ装置。
【請求項4】
前記電力貯蔵部がコンデンサで構成され、前記パルス分配供給手段が半導体スイッチング素子で構成されていることを特徴とする請求項1、2又は3記載のスパッタ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−116578(P2010−116578A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−288504(P2008−288504)
【出願日】平成20年11月11日(2008.11.11)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】