説明

セラミックス、酸化物被膜及び摺動構造

【課題】水等の酸化源を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、被摩擦面に、耐摩耗性に優れており且つ摩擦時における相手材の摩耗を抑制することができる酸化物被膜が形成可能なセラミックス等を提供する。
【解決手段】本セラミックスは、組成式[MαSi6−βAlβδ8−β]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、0.6≦δ≦4、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表されるものであり、水等の酸化源を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、被摩擦面に、組成式[MαSi6−βAlβγ]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、10.5≦γ≦12.2、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表される酸化物被膜を形成可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス、酸化物被膜及び摺動構造に関する。更に詳しくは、本発明は、水等の酸化源を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、被摩擦面に、耐摩耗性に優れており且つ摩擦時における相手材の摩耗を抑制することができる酸化物被膜を形成可能なセラミックス、及びその酸化物被膜、並びにそのセラミックスからなるセラミックス部材を備える摺動構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車のディーゼルエンジン等の内燃機関に燃料を供給するための燃料供給用部品、例えば、燃料噴射ポンプ等は、高い潤滑性を備え、優れた摺動特性を有し、摩耗し難いことが必要とされている。優れた摺動特性を有し、摩耗し難い部品としては、例えば、摺動面に、窒化ケイ素等の窒化物セラミックスを用いた部品が知られている。
しかしながら、近年では、燃焼効率の向上及び低公害化の推進という観点から、ディーゼルエンジン等の内燃機関においては、燃料噴射圧力が増加する傾向にあり、摺動部における耐焼き付き性や耐摩耗性の改善が必要とされており、窒化物セラミックスよりも、耐摩耗特性(トライボロジー特性)に優れる部材が求められている。
【0003】
このような、トライボロジー特性により優れる部材としては、例えば、Si6−zAl8−zの組成式で表され、0.1≦z≦3.5を満たすβサイアロンを主成分とする焼結体を用いた摺動部材等が検討されている(特許文献1〜3等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−7226号公報
【特許文献2】特開2008−175385号公報
【特許文献3】特開2008−180364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1〜3の部材は、窒化ケイ素を用いた場合よりも、部材の摩耗低減に寄与することが確認されているものの、不純物として燃料に含有される水分量と、部材の耐摩耗性との相関については、何ら検討されておらず、通常、微量の水が含有される炭化水素系燃料中で、燃料供給用部品の摺動による摩耗の低減が十分になされるか否か等については全く不明である。また、市販の軽油等においては、金属部材同士を摩擦させた際に有効に働く潤滑性向上剤等、様々な添加剤が含まれているが、このような添加剤が酸化源となり、窒化ケイ素の摩耗を促進させることが知られている。
一方、焼結助剤成分を含むセラミックス中のAlの含有量が、そのセラミックスからなるセラミックス部材の被摩擦面に形成される酸化物被膜にどのような効果を与えるかについては、全く検討されていない。更に、そのような被膜が、セラミックス部材及び軸受鋼等の相手材の摩耗特性にどのような効果を及ぼすかについても全く明らかにされていないのが現状である。
【0006】
本発明は前記実情に鑑みてなされたものであり、水等の酸化源を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、被摩擦面に、耐摩耗性に優れており且つ摩擦時における相手材の摩耗を抑制することができる酸化物被膜を形成可能なセラミックス、及びその酸化物被膜、並びにそのセラミックスからなるセラミックス部材を備える摺動構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、炭化水素系燃料中における窒化ケイ素等からなる窒化物セラミックス部材と、軸受鋼等を加工してなる金属部材とを摺動させた場合、炭化水素系燃料に不純物として含有される酸化源(水)により窒化物セラミックス部材が酸化して酸化物が形成され、更に、その酸化物と金属部材の酸化との間で反応が起こり、金属部材から鉄成分等の移着が生じた後、窒化物セラミックスから酸化物層の脱落が起こり、摩耗が進行し、且つ金属部材側内部で剪断破壊が起こり、酸化物層と一緒に摩耗してしまうことを確認した。
一方、炭化水素系燃料中において、Al含有量の多い特定組成のセラミックスからなるサイアロン系セラミックス部材と、軸受鋼等を加工してなる金属部材とを摺動させた場合に、炭化水素系燃料に含有される酸化源(水)により、良好な耐摩耗特性(トライボロジー特性)を示し、且つ密着性に優れる酸化物被膜が、セラミックス部材の被摩擦面に、その場形成されることを見いだした。更に、被摩擦面に形成される酸化物被膜の組成は、セラミックス部材の組成に由来しており、一定量以上のAlを含むサイアロン系セラミックスにおいて、前記酸化物被膜が形成されることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は以下のとおりである。
[1]酸化源を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、被摩擦面に、組成式[MαSi6−βAlβγ]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、10.5≦γ≦12.2、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表される酸化物被膜を形成可能であることを特徴とするセラミックス。
[2]組成式[MαSi6−βAlβδ8−β]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、0.6≦δ≦4、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表される前記[1]に記載のセラミックス。
[3]組成式[Si6−zAl8−z](0.6≦z≦3)で表されるβ−サイアロン粉末と、金属酸化物からなる焼結助剤と、を焼成することにより得られ、
前記β−サイアロン粉末及び前記焼結助剤の合計を100質量%とした場合に、該焼結助剤の配合量が0〜15質量%である前記[1]又は[2]に記載のセラミックス。
[4]組成式[MαSi6−βAlβγ]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、10.5≦γ≦12.2、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表されることを特徴とする酸化物被膜。
[5]セラミックス部材と、摺動相手材とが、互いに摺動する摺動構造において、
前記セラミックス部材と前記摺動相手材の各々の摺動面の間に、酸化源を含有する炭化水素系燃料が介在しており、
且つ、前記セラミックス部材は、前記[1]乃至[3]のうちのいずれかに記載のセラミックスからなることを特徴とする摺動構造。
[6]前記摺動相手材が、鉄又は鉄基合金からなる金属部材である前記[5]に記載の摺動構造。
[7]前記炭化水素系燃料中における前記酸化源が水であり、
前記水の含有量が、該炭化水素系燃料を100質量%とした場合に、1.5×10−3〜3×10−1質量%である前記[5]又は[6]に記載の摺動構造。
【発明の効果】
【0009】
本発明のセラミックスは、酸化源(水等)を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、被摩擦面に、耐摩耗性に優れ且つ摩擦時における相手材の摩耗を抑制することができる特定組成の酸化物被膜(トライボフィルム)を形成可能であるため、摺動構造等の耐摩耗性等が要求される用途において好適に用いることができる。
本発明の酸化物被膜は、特定の組成式により表されるものであり、耐摩耗性に優れ且つ低相手攻撃性であるため、耐摩耗性等が要求される用途において好適に用いることができる。
本発明の摺動構造によれば、セラミックス部材と摺動相手材とが各々の摺動面の間に、酸化源を含有する炭化水素系燃料が介在した状態で互いに摺動して摩擦が生じた際、燃料中に含まれる微量な水等の酸化源による酸化によって、セラミックス部材の被摩擦面に特定組成の酸化物被膜がその場形成される。この酸化物被膜は、低摩耗性及び低相手攻撃性であり良好なトライボロジー特性を有しているとともに、密着性に優れるため、セラミックス部材及び摺動相手材のいずれの部材の摩耗量を十分に低減させることができる。そのため、従来使用されている窒化ケイ素焼結体等からなるセラミック部材を用いた場合よりも、耐摩耗性及び低相手攻撃性等のトライボロジー特性を向上させることができる。
また、前記酸化源が水であり、この水の含有量が、1.5×10−3〜3×10−1質量%である場合、セラミックス部材及び摺動相手材のそれぞれの摩耗をより十分に低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】摺動試験装置及び摺動試験方法を説明するための模式図である。
【図2】ケロシンに含有される水分量と、セラミックス部材の比摩耗量との相関を説明するためのグラフである。
【図3】ケロシンに含有される水分量と、金属部材の比摩耗量との相関を説明するためのグラフである。
【図4】O濃度とArイオンスパッタ時間との相関を説明するためのグラフである。
【図5】O濃度とArイオンスパッタ時間との相関を説明するためのグラフである。
【図6】Al濃度比とArイオンスパッタ時間との相関を説明するためのグラフである。
【図7】セラミック部材の材種とセラミックス部材の比摩耗量との相関を説明するためのグラフである。
【図8】セラミック部材の材種と金属部材の比摩耗量との相関を説明するためのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
[1]セラミックス
本発明のセラミックスは、酸化源を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、被摩擦面に、組成式[MαSi6−βAlβγ]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、10.5≦γ≦12.2、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表される酸化物被膜を形成可能であることを特徴とする。
【0012】
(1−1)酸化物被膜
前記組成式[MαSi6−βAlβγ]で表される酸化物被膜における金属元素Mとしては、2〜4族の金属元素等が挙げられる。具体的には、例えば、Y、Mg、Ca、La、Yb、Lu、Zr、Hf等が挙げられる。
尚、金属元素Mは1種のみ含有されていてもよいし、2種以上含有されていてもよい。
【0013】
前記組成式[MαSi6−βAlβγ]における前記αは、0≦α≦1.2の範囲を満たすものであり、0≦α≦1であることが好ましく、より好ましくは0≦α≦0.8である。αの値が、0≦α≦1.2を満たす場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性を示す被膜として働く。
前記βは、0.6≦β≦3の範囲を満たすものであり、0.8≦β≦2.8であることが好ましく、より好ましくは0.8≦β≦2.5である。βの値が、0.6≦β≦3を満たす場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性を示す被膜として働く。
前記γは、10.5≦γ≦12.2の範囲を満たすものであり、10.6≦γ≦12.1であることが好ましく、より好ましくは10.75≦γ≦12である。γの値が、10.5≦γ≦12.2を満たす場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性を示す被膜として働く。
【0014】
また、前記組成式[MαSi6−βAlβγ]における前記[β/(α+6)]は、0.085≦β≦0.5の範囲を満たすものであり、0.12≦β/(α+6)≦0.45であることが好ましく、より好ましくは0.12≦β/(α+6)≦0.4である。[β/(α+6)]の値が、0.085≦β≦0.5を満たす場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性を示す被膜となる。
【0015】
前記酸化物被膜の厚みは特に限定されないが、50〜1000nmであることが好ましく、より好ましくは50〜500nm、更に好ましくは50〜250nmである。この厚みが、50〜1000nmである場合には、セラミックスとの密着性に優れており、且つ十分な耐摩耗性を得ることができる。更には、摩擦時における相手材の摩耗を十分に抑制することができる。即ち、十分に低相手攻撃性となる。
【0016】
(1−2)セラミックス
本発明のセラミックスは、酸化源を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、前記酸化物被膜が被摩擦面に形成される限り特に限定されない。
ここで、「酸化源を含有する炭化水素系燃料中における摩擦」とは、後段の実施例の[2]摺動試験(1)における摺動条件(酸化源;水)を意味する。尚、炭化水素系燃料(ケロシン)中の水分濃度は35〜1000ppm(特に35ppm)とする。
【0017】
前記セラミックスの具体例としては、例えば、組成式[MαSi6−βAlβδ8−β]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、0.6≦δ≦4、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表されるセラミックス(以下、「サイアロン系セラミックス」ともいう。)を挙げることができる。
【0018】
また、前記組成式[MαSi6−βAlβδ8−β]における金属元素Mとしては、2〜4族の金属元素等が挙げられる。具体的には、例えば、Y、Mg、Ca、La、Yb、Lu、Zr、Hf等が挙げられる。
この金属元素Mは1種のみ含有されていてもよいし、2種以上含有されていてもよい。
尚、金属元素Mは、通常、サイアロン系セラミックス製造時に用いられる金属酸化物からなる焼結助剤由来の成分である。
【0019】
前記組成式[MαSi6−βAlββ+δ8−β]における前記αは、0≦α≦1.2の範囲を満たすものであり、0≦α≦1であることが好ましく、より好ましくは0≦α≦0.8である。αの値が、0≦α≦1.2を満たす場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性を示す。
前記βは、0.6≦β≦3の範囲を満たすものであり、0.8≦β≦2.8であることが好ましく、より好ましくは0.8≦β≦2.5である。βの値が、0.6≦β≦3を満たす場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性を示す。
前記δは、0.6≦δ≦4の範囲を満たすものであり、0.8≦δ≦3.8であることが好ましく、より好ましくは0.8≦δ≦3.5である。δの値が、0.6≦δ≦4を満たす場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性を示す。
【0020】
また、前記組成式[MαSi6−βAlβδ8−β]における前記[β/(α+6)]は、0.085≦β≦0.5の範囲を満たすものであり、0.12≦β/(α+6)≦0.45であることが好ましく、より好ましくは0.12≦β/(α+6)≦0.4である。[β/(α+6)]の値が、0.085≦β≦0.5を満たす場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性を示す。
【0021】
また、前記サイアロン系セラミックスは、組成式[Si6−zAl8−z](0.6≦z≦3)で表されるβ−サイアロンを主成分とし、残部が焼結助剤からなる焼結体であることが好ましい。尚、残部には、製造工程上含有されてしまうのが不可避な元素(不可避不純物)が含まれる場合がある。
ここで「主成分」とは、サイアロン系セラミックスを100質量%とした場合に、β−サイアロンがマトリックスとして85質量%以上、特に90質量%以上含有されていることを意味する。
【0022】
前記組成式[Si6−zAl8−z]におけるzは、0.6≦z≦3の範囲を満たすものであり、0.8≦z≦2.8であることが好ましく、より好ましくは0.8≦z≦2.5である。zの値が、0.6≦z≦3を満たす場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性を示す。
【0023】
また、前記サイアロン系セラミックスを製造する方法は特に限定されないが、例えば、組成式[Si6−zAl8−z]で表されるβ−サイアロン粉末と、金属酸化物からなる焼結助剤と、を焼成することにより、所定形状のサイアロン系セラミックスを得ることができる。
【0024】
前記β−サイアロン粉末は、市販品を用いてもよいし、Si、Al、AlN等の原料粉末から製造したものを用いてもよい。
【0025】
前記焼結助剤としては、例えば、Y、MgO、Al、SiO、CaO、La、Yb、Lu、ZrO、HfO等の粉末を用いることができる。
これらの焼結助剤は、1種単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0026】
前記焼結助剤の配合量は、前記β−サイアロン粉末及び焼結助剤の合計を100質量%とした場合に、0〜15質量%であることが好ましく、より好ましくは0〜12質量%、更に好ましくは2〜10質量%である。この配合量が0〜15質量%である場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性の焼結体を得ることができる。
【0027】
前記焼成の際における焼成条件は特に限定されず、原料粉末の粒径、焼結助剤の種類及び粒径等により、適宜設定することができる。
焼成温度は、例えば、1500〜1900℃であることが好ましく、より好ましくは1550〜1800℃である。この焼成温度が、1500〜1900℃である場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性の焼結体を得ることができる。
また、焼成時間は、例えば、0.5〜24時間であることが好ましく、より好ましくは1〜10時間である。この焼成温度が、0.5〜24時間である場合、金属部材等の摺動相手材と摺動させた際に、十分な耐摩耗性を有し、且つ低相手攻撃性の焼結体を得ることができる。
更に、焼成雰囲気は、例えば、不活性ガス雰囲気、還元雰囲気、真空中等とすることができる。
【0028】
本発明におけるサイアロン系セラミックスは、炭化水素系燃料中における摩擦により、耐摩耗性に優れ且つ低相手攻撃性の酸化物被膜が被摩擦面に形成されるため、摺動部材、例えば、後段にて説明する摺動構造におけるセラミックス部材として好適に用いることができる。
【0029】
[2]酸化物被膜
本発明の酸化物被膜は、組成式[MαSi6−βAlβγ]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、10.5≦γ≦12.2、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表されることを特徴とする。
尚、前記組成式[MαSi6−βAlβγ]については、前述の[1]セラミックスにおける(1−1)酸化物被膜の説明をそのまま適用することができる。
【0030】
本発明における酸化物被膜の厚みは特に限定されないが、50〜1000nmであることが好ましく、より好ましくは50〜500nm、更に好ましくは50〜250nmである。この厚みが、50〜1000nmである場合には、十分な耐摩耗性を得ることができる。更には、摩擦時における相手材の摩耗を十分に抑制することができる。即ち、十分に低相手攻撃性となる。
【0031】
本発明の酸化物被膜は、耐摩耗性に優れており、且つ低相手攻撃性であるため、耐摩耗性等が要求される用途において好適に用いることができる。例えば、この酸化物被膜を、公知のセラミックス製部材等の表面に配設することにより、その部材の摩耗特性を改善することができる。
【0032】
[3]摺動構造
本発明の摺動構造は、セラミックス部材と、摺動相手材とが、互いに摺動する摺動構造であって、セラミックス部材と摺動相手材の各々の摺動面の間に、酸化源を含有する炭化水素系燃料が介在しており、且つ、セラミックス部材は、サイアロン系セラミックスからなることを特徴とする。
この摺動構造では、セラミックス部材と摺動相手材とが各々の摺動面の間に、酸化源を含有する炭化水素系燃料が介在した状態で互いに摺動して摩擦が生じるときに、燃料中に含まれる微量な水等(酸化源)による酸化によって、セラミックス部材の被摩擦面に特定組成の酸化物被膜(トライボフィルム)がその場形成される。被摩擦面に形成される酸化物被膜は、低摩耗性及び低相手攻撃性であり良好なトライボロジー特性を有しているとともに、密着性に優れるため、セラミックス部材及び摺動相手材のいずれの部材の摩耗量を十分に低減させることができる。そのため、従来使用されている窒化ケイ素焼結体からなるセラミック部材を用いた場合よりも、トライボロジー特性(耐摩耗性及び低相手攻撃性等)をより向上させることができる。
【0033】
前記セラミックス部材を構成する前記「サイアロン系セラミックス」及びそのセラミックスの被摩擦面に形成される前記「酸化物被膜」については、それぞれ、前述の各説明をそのまま適用することができる。
【0034】
前記摺動相手材は、金属、セラミックス等を所定形状に加工してなる部材であり、前記セラミックス部材と互いに摺動することになる部材である。
この摺動相手材は、前記セラミックス部材との摺動に耐えられる優れた耐摩耗性及び十分な強度等を有していることが好ましい。
金属からなる摺動相手材を構成する金属は特に限定されないが、例えば、鉄、鉄基合金、ニッケル基合金、コバルト基合金、アルミニウム基合金、マグネシウム基合金等が挙げられる。本発明においては、特に、この摺動相手材として、鉄又は鉄基合金からなる金属部材を用いるものとすることができる。
前記鉄基合金としては、鉄に少量のニッケル、クロム等が配合されたステンレス鋼、鉄に少量の炭素、ケイ素等が配合された炭素鋼、鉄に少量の炭素、ケイ素、クロム等が配合された軸受鋼等が挙げられる。本発明の摺動構造では、摺動相手材が過酷な摺動に曝される軸受鋼等を加工してなる金属部材である場合でも、優れた耐摩耗性が発現され、セラミックス部材及び摺動相手材のいずれの部材の摩耗量も低減させることができる。
【0035】
また、セラミックスからなる摺動相手材を構成するセラミックスは特に限定されないが、例えば、窒化ケイ素、サイアロン、炭化ケイ素、アルミナ、ジルコニア、シリカ、酸化クロム及び酸化モリブデン等が挙げられる。また、これらのセラミックスには、炭化チタン及び窒化チタン等を分散させ、配合させることもできる。
これらのセラミックスのなかでも、優れた耐摩耗性及び十分な強度等を有する、窒化ケイ素、サイアロン、炭化ケイ素等であることが好ましく、窒化ケイ素及びサイアロンのうちの少なくとも一方を主成分とすることがより好ましい。更に、これらの特定のセラミックスが用いられる場合、焼結助剤を除くセラミックスの全量が窒化ケイ素及び/又はサイアロンであってもよく、他のセラミックスが含有されていてもよい。尚、ここで「主成分」とは、窒化ケイ素及び/又はサイアロンと、他のセラミックスとの合計を100質量%とした場合に、窒化ケイ素及び/又はサイアロンが90質量%以上、特に95質量%以上含有されていることを意味する。
【0036】
前記炭化水素系燃料は特に限定されないが、例えば、炭素と水素とを有し、少なくともパラフィン系炭化水素、オレフィン系炭化水素、アセチレン系炭化水素、芳香族系炭化水素を含有する燃料であり、バイオ燃料等の他の燃料が混合されていてもよい。尚、これらの炭化水素は、直鎖構造、分枝構造のいずれの構造を有していてもよい。
この炭化水素系燃料としては、具体的には、例えば、ガソリン、軽油(ケロシン)、灯油等の、自動車のエンジン、ジェットエンジン、温風ヒータ等の家庭用品等に用いられる燃料が挙げられる。これらの燃料は、いずれもパラフィン系炭化水素を主成分(炭化水素系燃料を100質量%とした場合に、パラフィン系炭化水素を50質量%以上、特に80質量%以上含有する。)とする燃料である。本発明の摺動構造では、特に、前記パラフィン系炭化水素を主成分として含有する燃料を介在させることによって、耐摩耗性をより向上させることができる。
【0037】
前記炭化水素系燃料に含有される酸化源としては、例えば、水;潤滑性向上剤に含まれるエステル、高級脂肪酸、高級アルコール;低温流動性向上剤に含まれるエチレン−酢酸ビニール共重合体;バイオ燃料由来のエタノール、エチルターシャリーブチルエーテル、脂肪酸エチルエステル等が挙げられる。
【0038】
本発明の摺動構造においては、前記炭化水素系燃料に含まれる酸化源は水とすることができる。
前記炭化水素系燃料に含有される水の含有量は、1.5×10−3〜3×10−1質量%であることが好ましく、より好ましくは2×10−3〜2×10−1質量%、更に好ましくは2×10−3〜1.2×10−1質量%である。この炭化水素系燃料の水分含有量が1.5×10−3〜3×10−1質量%である場合、前記酸化物被膜が、セラミックス部材の被摩擦面に確実に形成されるため、セラミックス部材及び摺動相手材ともに十分な耐摩耗性を有する摺動構造とすることができる。
【0039】
本発明の摺動構造は特に限定されず、炭化水素系燃料を介して摺動する各種の摺動部材を有する摺動構造、例えば、内燃機関に炭化水素系燃料を供給する燃料供給用部品を有する摺動構造が挙げられる。この燃料供給用部品としては、例えば、自動車、航空機、船舶等の内燃機関、特に軽油(ケロシン)を燃料とするディーゼルエンジンに燃料を供給する部品、より具体的には、ピストンリング及びシリンダライナ、カム及びタペット、ローラ及びローラブッシュ等の燃料噴射ポンプの部材、噴射弁及びノズル本体等の燃料噴射ノズルの部材等が挙げられる。自動車、航空機、船舶等の内燃機関では、近年、低硫黄化にともなって、硫黄分の除去とともに、潤滑成分も同時に除去されてしまうため、より優れた耐摩耗性、低相手攻撃性等が必要とされており、現状、窒化ケイ素等からなる摺動部材が用いられているが、本発明の摺動構造であれば、より一層優れた燃料供給用部品とすることができる。
【0040】
また、自動車、航空機等の燃料として用いられる硫黄分0.05質量%以下の規格に適合した軽油(ケロシン)であっても、高圧で燃料を噴射することができる部材として、窒化ケイ素等からなる摺動部材が用いられているが、本発明の摺動構造を摺動面に備える燃料噴射ポンプ等の摺動部材であれば、将来、より高圧で燃料が噴射される場合にも十分に対応可能である。
【実施例】
【0041】
以下、実施例を挙げて、本発明の実施の形態を更に具体的に説明する。但し、本発明は、これらの実施例に何ら制約されるものではない。
【0042】
[1]サイアロン系セラミックス(実施例1)及び窒化ケイ素セラミックス(比較例1)の製造
(1−1)サイアロン系セラミックスの製造
<実施例1>
β−サイアロン粉末(イスマンJ社製、商品名「S1−NF」)90質量%と、焼結助剤としてY粉末(第一希元素社製、商品名「NR」)5質量%、及びMgO粉末(関東科学社製、純度99.99%)5質量%と、エタノールに分散させ、その後、ボールミルにより湿式混合した。次いで、エタノールを減圧乾燥により除去し、その後、整粒して混合粉末を得た。次いで、この混合粉末を使用し、温度1600℃、圧力40MPaで、窒素雰囲気下、1時間保持し、ホットプレス焼成してサイアロン系セラミックスを得た。
そして、得られたサイアロン系セラミックスについて、脱水重量ICP発光分光併用法、加圧酸分解−ICP発光分光法、不活性ガス溶融−熱伝導度法、不活性ガス溶融−赤外線吸収法を用いて元素分析を行った結果、Y0.14Mg0.39SiAl1.6で表されるサイアロン系セラミックスであることが確認できた。この測定結果における各元素の含有割合(atom%)、及び、[β/(α+6)]の値を表1に示す。
また、得られたサイアロン系セラミックスについて、JIS R 1634−1998により、かさ密度(g/cm)を測定した。更に、JIS R 1607−1990により、ビッカース硬さを測定した。これらの結果を表2に示す。
【0043】
(1−2)窒化ケイ素セラミックスの製造
<比較例1>
Si粉末(宇部興産社製、商品名「E10」)88質量%と、焼結助剤として前記Y粉末5質量%、前記MgO粉末5質量%、及びAl粉末(住友化学社製、商品名「AKP−50」)2質量%と、エタノールに分散させ、その後、ボールミルにより湿式混合した。次いで、エタノールを減圧乾燥により除去し、その後、整粒して混合粉末を得た。次いで、この混合粉末を使用し、温度1600℃、圧力40MPaで、窒素雰囲気下、1時間保持し、ホットプレス焼成して窒化ケイ素セラミックスを得た。
そして、得られた窒化ケイ素セラミックスについて、実施例1と同様にして元素分析を行った。この測定結果における各元素の含有割合(atom%)を表1に併記する。
また、得られた窒化ケイ素セラミックスについて、実施例1と同様にして、かさ密度、及びビッカース硬さを測定した。これらの結果を表2に併記する。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【0046】
[2]摺動試験(1)
セラミックス部材として、実施例1及び比較例1の各セラミックス材料を用いて成形したプレート試験片を使用し、摺動相手材として、軸受鋼(SUJ2)を用いて成形したディスク試験片を使用し、この複合部材と摺動相手材との間に、水(酸化源)の含有量の異なる炭化水素系燃料を介在させて摺動させ、水の含有量が耐摩耗性に及ぼす影響を評価した。
【0047】
(2−1)プレート試験片の作製
実施例1のサイアロン系セラミックス及び比較例1の窒化ケイ素セラミックスを、切削加工により、縦10mm、横15mm、厚さ4mmのプレート状に加工することによって、プレート試験片を作製した。
【0048】
(2−2)金属部材(摺動相手材)を用いたディスク試験片の作製
プレート試験片複(セラミックス部材)と摺動させる相手材である金属部材として、軸受鋼(SUJ2)を、外径40mm、内径20mm、厚さ4mmのディスク状に研削加工し、外周面を摺動面とするディスク試験片を作製した。
【0049】
(2−3)炭化水素系燃料
市販の軽油等の炭化水素系燃料には様々な添加剤が含まれることから、その影響を排除し、燃料中に含まれる水分(酸化源)の影響を正確に評価するため、炭化水素系燃料としては、ケロシン(軽油主成分のモデル燃料)を用いた。
また、このケロシンは、水分濃度を5ppm(5×10−4質量%)、35ppm(3.5×10−3質量%)、100ppm(1×10−2質量%)、300ppm(3×10−2質量%)、1000ppm(1×10−1質量%)と変化させて、供試燃料とした。尚、購入したケロシンには最初から不純物として35ppm程度の水が含まれている。従って、水分濃度5ppmのケロシンについては、モレキュラーシーブ3Aを用いて、市販ケロシンから水分を除去することにより調整した。この5ppmという値はモレキュラーシーブ処理したケロシンの分析結果である。また、水分濃度100〜1000pmのケロシンについては、超純水(水道水をMILLIPORE社製Elix5にて一時処理した後、同社製Milli−Q Academicにより処理して調整)を所定量添加することにより調整した。
【0050】
(2−4)摩擦摩耗特性の測定及びその評価
図1のような摺動試験装置(この図1における横方向への矢印は、荷重が加わり、押圧される方向を表す。)を使用し、水の含有量が調整されたケロシンが投入された密閉容器11内で、前記(2−1)で作製したプレート試験片2と、前記(2−2)で作製したディスク試験片3とがケロシンに浸漬された状態で、回転するディスク試験片3の外周面に各プレート試験片2の一方の平面(摺動面)を押し付け、ディスク試験片3を回転させることによって、摩擦摩耗特性を評価した。尚、ケロシンは、アルゴン曝気により溶存酸素を除去したうえで試験に供した。
【0051】
摺動試験条件は、試験温度200℃、押付荷重78.4N、摺動速度0.84m/秒、摺動距離50kmとした。このような条件で摺動させ、摩耗体積、摺動試験前後のディスク試験片の質量変化、及び回転軸のトルク値を測定し、下記の式によって、各セラミックス部材の比摩耗量、金属部材の比摩耗量、及び摩擦係数を算出した。尚、試験終了前5kmの摺動における平均値を前記トルク値として用いた。
セラミックス部材(プレート試験片)の比摩耗量(mm/N)=摩耗体積(mm)/[押付け荷重(N)×摺動距離(mm)](尚、摩耗体積は、プレート試験片の摺動面の摩耗痕形状より算出した数値であり、使用した試験片2個の測定値の平均である。)
金属部材(ディスク試験片)の比摩耗量(mm/N)=[試験前重量(g)−試験後重量(g)]/[ディスク試験片の密度(g/cm)×押付け荷重(N)×摺動距離(m)]
摩擦係数=回転軸のトルク値(Nm)/[押付荷重(N)×ディスク試験片の外径(mm)](尚、この摩擦係数は試験終了前5kmの摺動における平均値である。)
【0052】
これらの結果を図2及び図3に記載する。尚、図2は、ケロシンに含有される水分量と、セラミックス部材の比摩耗量との相関を示し、図3は、ケロシンに含有される水分量と、金属部材の比摩耗量との相関を示す。また、これらの図における「ym−SiAlON」はセラミックス部材として実施例1の焼結体を用いた例を示し、「Si」は、セラミックス部材として比較例1の焼結体を用いた例を示す。
【0053】
図2によれば、水分濃度に依らず、実施例1の焼結体からなるプレート試験片(ym−SiAlON)は、比較例1の焼結体からなるプレート試験片(Si)よりも低摩耗であった。両試験片とも、水分濃度の増加とともに、比摩耗量が増加する傾向にあったが、実施例1の焼結体からなるプレート試験片の方が、その増加率が低い傾向にあった。
また、図3によれば、水分濃度5ppmにおいては、比較例1の焼結体からなるプレート試験片(Si)を用いた場合の方が、実施例1の焼結体からなるプレート試験片(ym−SiAlON)を用いた場合よりも、ディスク比摩耗量が低かった。但し、それ以上の水分濃度においては、実施例1の焼結体からなるプレート試験片(ym−SiAlON)を用いた場合の方が、ディスク比摩耗量がより低かった。
尚、摩擦係数は、プレート試験片を構成するセラミックスの種類、及びケロシン中の水分濃度に依らず、ほぼ一定で推移していた。
【0054】
[3]X線光電子分光(XPS)分析及びその評価
前記[2]の摺動試験に用いた各プレート試験片(実施例1及び比較例1の各焼結体からなる試験片)の摩擦面について、XPSによる深さ分析を行い、摩擦面表面、及び深さ方向の構成元素、存在量、その化学結合状態を明らかにし、摩擦面の状態及びそこで生じている反応を推定した。
【0055】
(3−1)分析方法
前処理として、前記摺動試験[2]後の各プレート試験片を脱水アセトン中で超音波洗浄し、各プレート試験片に付着していた試験液を除去した。
その後、洗浄した各サンプルについて、XPS(アルバック・ファイ社製)を用いて測定を行った。尚、この測定は、Arイオンエッチングと測定を繰り返すことにより、各サンプルの摩擦面の深さ方向について分析を行った。また、Arイオンエッチングは、加速電圧2kVで実施し、その際のエッチングレートは、シリコンの酸化膜換算で4nm/minである。
そして、図4に、実施例1の焼結体からなるサンプル(ym−SiAlON)におけるO濃度とArイオンスパッタ時間との相関を示す。また、図5に、比較例1の焼結体からなるサンプル(Si)におけるO濃度とArイオンスパッタ時間との相関を示す。更に、図6に、XPSの分析結果から求めた、水分濃度1000ppmで摺動試験を実施した、実施例1の焼結体からなるサンプルにおける、Al濃度比[(Al濃度)/(Al濃度+Si濃度+Y濃度+Mg濃度)]とArイオンスパッタ時間との相関を示す。
【0056】
図4及び図5によれば、実施例1の焼結体からなるサンプル(ym−SiAlON)、比較例1の焼結体からなるサンプル(Si)ともに、表面近傍にO濃度が高い層が形成されていることが分かる。この結果より、いずれのサンプルともに、燃料中に含まれる微量の水が酸化源となり、摩耗に寄与していることが示唆された。また、比較例1の焼結体からなるサンプル(Si)よりも、実施例1の焼結体からなるサンプル(ym−SiAlON)の方が、O濃度の減少が飽和するまでの時間が長く、被摩擦面に厚い酸化物被膜が生成していることが分かった。この結果から、実施例1の焼結体からなるサンプル(ym−SiAlON)上に生成した酸化物被膜は除去されがたく、耐摩耗性の被膜として働いていることが分かった。
一方、比較例1の焼結体からなるプレート試験片(Si)においても燃料中に含まれる微量の水によって酸化が起こるが、この酸化物被膜は機械的に弱く、摩擦によって容易に除去(剥離)されるため、摩耗低減に寄与しないことが分かった。
【0057】
また、図6によれば、Arイオンスパッタ時間に依らず、Al濃度比は一定であり、実施例1の焼結体からなるプレート試験片上に生成した酸化物被膜は、下地の焼結体(プレート試験片)と同様のAl濃度を持ったまま生成していることが分かった。
【0058】
以上のことから、実施例1の焼結体においては、水を含有するケロシン中における摩擦により、被摩擦面に、密着性に優れ且つその焼結体の組成に由来するAl濃度の高い厚い酸化物被膜が生成することによって、良好なトライボロジー特性を示すことが分かった。
一方、比較例1の焼結体においては、被摩擦面に、Al濃度の低い薄い酸化物被膜が生成されるが、その後の摩擦によって簡単に除去されてしまうために、トライボロシー特性に劣っていると考えられる。
【0059】
[4]摺動試験(2)
(4−1)サイアロン系セラミックスの製造
<実施例2>
前記β−サイアロン粉末95質量%と、焼結助剤として前記Y粉末5質量%と、をエタノールに分散させ、その後、ボールミルにより湿式混合した。次いで、エタノールを減圧乾燥により除去し、その後、整粒して混合粉末を得た。次いで、この混合粉末を使用し、温度1700℃、圧力40MPaで、窒素雰囲気下、1時間保持し、ホットプレス焼成してサイアロン系セラミックスを得た。
そして、得られたサイアロン系セラミックスについて、前記[1]の実施例1と同様にして元素分析を行った結果、Y0.13SiAl1.2で表されるサイアロン系セラミックスであることが確認できた。この測定結果における各元素の含有割合(atom%)、及び[β/(α+6)]の値を表3に示す。
また、得られたサイアロン系セラミックスについて、前記[1]の実施例1と同様にして、かさ密度、及びビッカース硬さを測定した。これらの結果を表4に示す。
【0060】
<実施例3>
前記β−サイアロン粉末88質量%と、焼結助剤として前記Y粉末5質量%、前記MgO粉末5質量%、及び前記Al粉末2質量%と、をエタノールに分散させ、その後、ボールミルにより湿式混合した。次いで、エタノールを減圧乾燥により除去し、その後、整粒して混合粉末を得た。次いで、この混合粉末を使用し、温度1650℃、圧力40MPaで、窒素雰囲気下、1時間保持し、ホットプレス焼成してサイアロン系セラミックスを得た。
そして、得られたサイアロン系セラミックスについて、前記[1]の実施例1と同様にして元素分析を行った結果、Y0.14Mg0.39Si4.9Al1.11.766.86で表されるサイアロン系セラミックスであることが確認できた。この測定結果における各元素の含有割合(atom%)、及び[β/(α+6)]の値を表3に併記する。
また、得られたサイアロン系セラミックスについて、前記[1]の実施例1と同様にして、かさ密度、及びビッカース硬さを測定した。これらの結果を表4に併記する。
【0061】
【表3】

【0062】
【表4】

【0063】
(4−2)摺動試験
セラミックス部材として、実施例2及び実施例3の各セラミックス材料を用いて成形したプレート試験片を使用し、炭化水素系燃料として、35ppm(3.5×10−3質量%)のケロシンを用いたこと以外は、前記[2]摺動試験(1)と同様にして、摺動試験を行った。
これらの結果を図7及び図8に記載する。ここで、図7は、セラミック部材(プレート試験片)の材種とセラミックス部材(プレート試験片)の比摩耗量との相関を示し、図8は、セラミック部材(プレート試験片)の材種と金属部材(ディスク試験片)の比摩耗量との相関を示す。
尚、これらの図におけるは「y−SiAlON」及び「yma−SiAlON」は、それぞれ、実施例2及び実施例3から得られたプレート試験片を意味する。また、これらの図には、前記実施例1の焼結体からなるプレート試験片(ym−SiAlON)及び比較例1の焼結体からなるプレート試験片(Si)を用いた場合の結果についても併記した。
【0064】
図7によれば、実施例2及び実施例3の各焼結体からなる各プレート試験片(「y−SiAlON」及び「yma−SiAlON」)は、実施例1の焼結体からなるプレート試験片(ym−SiAlON)と同様に、比較例1の焼結体からなるプレート試験片(Si)よりも低摩耗であった。
また、図8によれば、実施例2及び実施例3の各焼結体からなる各プレート試験片(「y−SiAlON」及び「yma−SiAlON」)を用いた場合には、実施例1の焼結体からなるプレート試験片(ym−SiAlON)を用いた場合と同様に、比較例1の焼結体からなるプレート試験片(Si)を用いた場合よりもディスク比摩耗量が低かった。
以上のことから、焼結助剤が実施例1と異なる、実施例2及び実施例3の各焼結体からなる各プレート試験片(「y−SiAlON」及び「yma−SiAlON」)においても、燃料中に含まれる微量の水(酸化源)によって酸化が起こり、耐摩耗性に優れる酸化物被膜が試験片の表面に生成し、これが、自身及び相手材の摩耗を低減していることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のセラミックス(サイアロン系セラミックス)は、水を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、被摩擦面に、耐摩耗性に優れており且つ摩擦時における相手材の摩耗を抑制することができる酸化物被膜が形成されるため、自動車のディーゼルエンジン等の内燃機関に燃料を供給するための燃料供給用部品等(例えば、ピストンリング及びシリンダライナ、カム及びタペット、ローラ及びローラブッシュ等の燃料噴射ポンプの部材、噴射弁及びノズル本体等の燃料噴射ノズルの部材等)に好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0066】
11;密閉容器、12;回転軸、13;押圧棒、14;磁気カップリング、15;負荷器(押棒)、2;プレート試験片(セラミックス部材)、3;ディスク試験片(金属部材)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化源を含有する炭化水素系燃料中における摩擦により、被摩擦面に、組成式[MαSi6−βAlβγ]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、10.5≦γ≦12.2、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表される酸化物被膜を形成可能であることを特徴とするセラミックス。
【請求項2】
組成式[MαSi6−βAlβδ8−β]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、0.6≦δ≦4、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表される請求項1に記載のセラミックス。
【請求項3】
組成式[Si6−zAl8−z](0.6≦z≦3)で表されるβ−サイアロン粉末と、金属酸化物からなる焼結助剤と、を焼成することにより得られ、
前記β−サイアロン粉末及び前記焼結助剤の合計を100質量%とした場合に、該焼結助剤の配合量が0〜15質量%である請求項1又は2に記載のセラミックス。
【請求項4】
組成式[MαSi6−βAlβγ]〔M;任意の1種又は2種以上の金属元素、0≦α≦1.2、0.6≦β≦3、10.5≦γ≦12.2、0.085≦β/(α+6)≦0.5〕で表されることを特徴とする酸化物被膜。
【請求項5】
セラミックス部材と、摺動相手材とが、互いに摺動する摺動構造において、
前記セラミックス部材と前記摺動相手材の各々の摺動面の間に、酸化源を含有する炭化水素系燃料が介在しており、
且つ、前記セラミックス部材は、請求項1乃至3のうちのいずれか1項に記載のセラミックスからなることを特徴とする摺動構造。
【請求項6】
前記摺動相手材が、鉄又は鉄基合金からなる金属部材である請求項5に記載の摺動構造。
【請求項7】
前記炭化水素系燃料中における前記酸化源が水であり、
前記水の含有量が、該炭化水素系燃料を100質量%とした場合に、1.5×10−3〜3×10−1質量%である請求項5又は6に記載の摺動構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−285323(P2010−285323A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−141523(P2009−141523)
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000173522)財団法人ファインセラミックスセンター (147)
【Fターム(参考)】