説明

セルラーゼ担持材料及びその利用

【課題】セルロース系材料の効率的な分解及び利用を可能とするセルラーゼ担持材料を提供する。
【解決手段】微生物と、前記微生物において外来性であって前記微生物の表面に保持される1種又は2種以上のセルラーゼと、を備える、セルラーゼ担持材料とする。微生物をセルラーゼやセルラーゼの複合体であるセルロソームを担持させるキャリアとして利用し、その表層に細胞外部からセルラーゼを吸着させ保持させることで、遺伝子組換えによらないでセルロースの効率的な分解及び利用が可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルラーゼ担持材料及びその利用に関し、詳しくは、セルラーゼを微生物の細胞表層に担持させてセルラーゼ活性を細胞表層近傍で発揮可能なセルラーゼ担持材料及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生可能な植物バイオマス資源をエネルギー資源や各種の有用な材料資源に利用することが試みられている。例えば、植物資源由来のセルロースをセルラーゼを表層提示した酵母を利用して糖化しエタノール発酵を行うことが試みられている(特許文献1、非特許文献1等)。さらに、本来的にセルロースを分解するクロストリジウム属菌を用いてセルロースやキシロースからエタノールを生産する試みもある(特許文献2、3等)。
【0003】
また、クロストリジウム・サーモセラム(Clostridium thrmocellum)に代表されるセルロース分解性嫌気性微生物の形成する高分子セルラーゼ複合体である「セルロソーム」は、結晶性セルロースを効率的に分解できることが知られている(非特許文献2)。このセルロソームを組換え大腸菌を利用して生産して酵素製剤として用いることで効率的にリグノセルロース系材料から還元糖を生成させる方法も開示されている(特許文献4等)。
【0004】
【特許文献1】国際公開第01/79483号パンフレット
【特許文献2】米国特許第4294406号明細書
【特許文献3】米国特許第4568644号明細書
【特許文献4】国際公開第97/14789号パンフレット
【非特許文献1】Fujitaら,Appl.Environ.Microbiol.70:1207−1212
【非特許文献2】粟冠ら、蛋白質 核酸 酵素,VOL44、No.10(1999)、1487−1496
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記非特許文献1及び特許文献1では、本来的にアルコール発酵する微生物を宿主として遺伝子組換えにより外来性のセルラーゼを微生物に生産させて細胞表層に提示させた微生物を用いている。したがって、遺伝子組換えを必須としており、遺伝子組換えによる細胞表層提示は、宿主となる微生物における遺伝子組換え系の確立を要する。さらに、上記特許文献2、3では、本来的にセルロースを分解する微生物を宿主としているが、当該微生物のエタノール耐性は極めて低いことが知られている。また、上記特許文献4は、セルロソームを酵素製剤として使用するに留まっており、セルロースを基質とする連続発酵生産など効率的な使用は困難である。
【0006】
そこで、本発明は、セルロース系材料の効率的な分解及び利用を可能とするセルラーゼ担持材料及びその利用を提供することを一つの目的とする。また、本発明は、遺伝子組換えによらないでセルラーゼ活性を細胞表層に発現可能なセルラーゼ担持材料及びその利用を提供することを他の一つの目的とする。さらに、本発明はセルロース系材料を効率的にエタノール等の有用物質に変換するセルラーゼ担持材料及びその利用を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、微生物をセルラーゼやセルラーゼの複合体であるセルロソームを担持させるキャリアとして利用し、その表層に細胞外部からセルラーゼを吸着させ保持させることで、遺伝子組換えによらないでセルロースの効率的な分解及び利用が可能であることを見出した。また、本発明者らは、キャリアを、エタノール生産微生物など、セルロース系材料のセルラーゼ分解産物を利用して有用物質を生産する微生物とすることでセルロースの直接的有用資源化を容易に実現できることを見出した。これらの知見に基づき、本発明によれば以下の手段が提供される。
【0008】
本発明によれば、セルラーゼ担持材料であって、微生物と、前記微生物において外来性であって前記微生物の表面に保持される1種又は2種以上のセルラーゼと、を備える、材料が提供される。本発明のセルラーゼ担持材料においては、前記2種以上のセルラーゼを、前記2種以上のセルラーゼの複合体として備えることができる。好ましくは、前記複合体は、セルロソームの少なくとも一部を含むことができる。
【0009】
本発明のセルラーゼ担持材料にあっては、前記微生物はエタノール生産微生物とすることができる。また、前記微生物として酵母を用いることができる。酵母としては、前記酵母は、ピキア属、サッカロマイセス属及びカンジダ属から選択されるいずれかを用いることができ、好ましくは、カンジダ属である。酵母としては、例えば、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)及びカンジダ・クルゼイ(Candida krusei)からなる群から選択される。
【0010】
本発明によれば、担持用セルロソームの製造方法であって、セルロソーム生産微生物を含む低張性の水性媒体を攪拌する抽出工程と、抽出工程後の前記水性媒体からセルラーゼ活性画分を回収する回収工程と、を備える、方法が提供される。本発明の製造方法においては、前記抽出工程は、前記水性媒体として非イオン性界面活性剤溶液及び両イオン性界面活性剤から選択されるいずれか又は双方の水溶液を用いる工程とすることができる。また、前記抽出工程は、前記セルロソーム生産微生物として、以下に記載のセルロソーム生産微生物又はセルロソームを形成するように人工的に改変された微生物から選択されるいずれかの微生物を用いる工程とすることができる。また、前記抽出工程は、前記セルロソーム生産微生物がクロストリジウム属菌であり、45℃以上60℃以下の前記水性媒体下で前記セルロソーム生産微生物を用いる工程とすることができる。
【0011】
本発明によれば、セルラーゼ担持材料の製造方法であって、セルラーゼ担持材料の製造方法は、1種又は2種以上のセルラーゼと微生物とを含みこれらの生理活性が維持される条件の水性媒体を攪拌する吸着工程と、前記セルラーゼが吸着された前記微生物を回収する回収工程と、を備える方法が提供される。本発明の製造方法においては、前記吸着工程は、カルシウムイオンを含有する前記水性媒体を攪拌する工程であることが好ましい。
【0012】
本発明によれば、セルロース系材料の分解方法であって、セルロース系材料を、微生物の表面に保持され当該微生物において外来性である1種又は2種以上のセルラーゼを用いて分解する工程、を備える方法が提供される。
【0013】
本発明によれば、セルロース系材料から有用物質を生産する方法であって、セルロース系材料を、微生物の表面に保持され当該微生物において外来性である1種又は2種以上のセルラーゼを用いて分解する分解工程と、前記セルロース系材料の前記セルラーゼによる分解産物を前記微生物によって有用物質に変換する変換工程と、を備える、方法が提供される。前記微生物は、エタノール生産微生物であり、前記有用物質はエタノールであることが好ましい。また、前記2種以上のセルラーゼはセルロソームの少なくとも一部を含むことが好ましい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、セルラーゼ担持材料及びその利用、すなわち、セルラーゼ担持材料及びその製法、担持用セルロソームその製法並びにセルロース系材料の分解及び有用物質生産に関している。
【0015】
本発明のセルラーゼ担持材料によれば、微生物と、当該微生物において外来性であって前記微生物の表面に保持される1種又は2種以上のセルラーゼと、を備えるため、セルラーゼを備えるある種の固相担体として用いることができる。また、表面に保持されたセルラーゼにより新たにセルロース分解能を備える微生物を提供できるほか、微生物がセルロース分解能を備えている場合には、セルロース分解能が増強された微生物を提供できる。また、遺伝子組換えを要することなくセルラーゼ活性をその表面で発揮させることができるため、微生物に対する遺伝的改変の負担が軽減された微生物となっている。
【0016】
本発明のセルラーゼ担持材料において、2種類以上のセルラーゼの複合体がセルロソームの少なくとも一部を含むときには、植物細胞壁等を含むセルロース系材料であっても効率的に分解することができ効率的にバイオマス資源を利用できるセルラーゼ担持材料となっている。
【0017】
以下、本発明の実施の形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
【0018】
(セルラーゼ担持材料)
本発明のセルラーゼ担持材料には、微生物と、微生物において外来性であって微生物の表面に保持される1種又は2種以上のセルラーゼと、が備えられている。以下、用いる微生物及びセルラーゼについて説明する。
【0019】
(微生物)
本発明のセルラーゼ担持材料は、セルラーゼのキャリア(担体)として、微生物を備えることができる。本明細書においては、「微生物」とは、原核微生物及び真核微生物の双方が含まれる。
【0020】
セルラーゼ担持材料において用いる微生物は、セルラーゼをコードする遺伝子を発現可能に有する、セルラーゼ自己生産可能な微生物(以下、セルラーゼ生産微生物という。)であってもよいし、セルラーゼを自己生産しない微生物(以下、セルラーゼ非生産微生物という。)であってもよい。
【0021】
セルラーゼ生産微生物は、例えば、公知のセルロース分解菌のほか、遺伝子組換えによってセルラーゼを生産するようになったセルラーゼ生産微生物も含まれる。セルラーゼ生産微生物としては、後述する、セルラーゼの取得源としてのセルラーゼ生産微生物又はセルラーゼ又はその改変体を形成するように人工的に改変した微生物も用いることもできる。また、セルラーゼ非生産微生物は、例えば、セルラーゼをコードする遺伝子を有していない微生物又は有効に機能していない微生物が挙げられる。セルラーゼをコードする遺伝子が有効に機能していないとは、当該遺伝子が突然変異により又は人工的に不活性化されていることをいう。例えば、不活性なセルラーゼを産生する場合が挙げられる。
【0022】
セルラーゼ生産微生物をセルラーゼ担持材料のキャリアとして用いるとき、セルラーゼ生産微生物のセルロース分解能を増強することができる。また、本材料においてセルラーゼは微生物の表層に吸着されるものであるため、常時セルラーゼ活性をその表層で発揮することができる。このため、セルラーゼ生産微生物が誘導的にセルラーゼを生産するときには、容易に遺伝子組換え等によらないで誘導前であってもセルラーゼ活性を発揮させることができる。
【0023】
また、セルラーゼ非生産微生物をキャリアとして用いるときには、遺伝子組換えによらないでセルラーゼ活性をその表層で新たに発揮させることができ、結果的にセルラーゼ非生産微生物にセルロース分解能を獲得させることできる。しかも、微生物表層にセルラーゼを吸着保持させることで常時セルラーゼ活性を付与できる。
【0024】
セルラーゼ担持材料において用いる微生物は、セルラーゼによるセルロース分解物であるD−グルコース等を資化する能力を有していなくてもよく、単にセルラーゼのキャリアとして機能するものあればよい。微生物をキャリアとすることでセルラーゼを担持した微生物をさらに別の無機材料や有機材料からなる別のキャリアに担持させることができ、これによりセルラーゼをより使い易い形態にすることができる。また、微生物をキャリアとすることで、キャリア量を容易に調節できる。
【0025】
セルラーゼ担持材料において用いる微生物は、好ましくは、セルロースの分解産物であるセロビオースや最終分解産物であるグルコースの資化能を有するか又はこれらのいずれかの資化能が高い微生物である。こうした微生物を用いるときには、微生物表層で分解産物を細胞内に取り込んで効率的に利用できる。より好ましくは、グルコースをエタノールなどのアルコール、乳酸などの有機酸等の有用物資に変換することができる微生物である。こうした微生物であるときには、セルロース系材料を効率的に有用物質に直接に変換することができる。特に、微生物がエタノール生産能を有するエタノール生産微生物であるときには、非可食性糖類であるセルロースから有用物質であるエタノールを生産することができ、同時にカーボンニュートラルな燃料を提供できる。
【0026】
エタノール生産微生物としては、本来的にエタノール生産する酵母などの微生物であってもよいし、遺伝子組換え等により人工的な遺伝的改変によるエタノール生産微生物であってもよい。こうしたエタノール生産微生物としては酵母が挙げられる。また、遺伝子組換えにより酸や塩に対して耐性が強化された酵母が挙げられる。こうした酵母の一例は、特開2004−344084に記載されるMF−121株が挙げられる。なお、この公報に記載の内容の全ては引用により本明細書の一部に組み込まれる。
【0027】
セルラーゼ担持材料に用いる微生物は、セルラーゼが吸着する表面を有する微生物である。セルラーゼが吸着する表面を有する微生物は、公知のセルロソーム生産微生物のほか、準備したセルラーゼと微生物とを混合して微生物画分におけるセルラーゼ活性を測定し、微生物画分においてセルラーゼ活性を有する微生物から適宜選択することができる。
【0028】
こうした担持能を有する微生物としては、各種微生物から選択できるが、上記酵母においては、ピキア属、サッカロマイセス属及びカンジダ属から選択されるいずれかであることが好ましい。より好ましくは、カンジダ属である。カンジダ・クルゼイ等のカンジダ属は、クロストリジウム・サーモサラム等のクロストリジウム属菌のセルロソームがよく吸着する傾向にある。なお、こうした酵母としては、例えば、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)及び上記MF−121株などのカンジダ・クルゼイ(Candida krusei)が挙げられる。
【0029】
(セルラーゼ)
本発明のセルラーゼ担持材料に用いるセルラーゼは、由来等は特に限定されないが、微生物において外来性であるセルラーゼであることが好ましい。微生物において外来性であるセルラーゼとは、微生物がセルラーゼ生産微生物であるかどうかに関係なくその微生物が生産しないセルラーゼであり、その微生物の外部から供給されるセルラーゼを意味する。したがって、キャリアとする微生物がセルラーゼ生産微生物であるときには、当該微生物が生産しないセルラーゼであればよく、担体微生物がセルラーゼ非生産微生物であるときには、全てのセルラーゼが対象となりうる。
【0030】
セルラーゼは、D−グルコースがβ−1,4結合で結合したセルロースを加水分解しD−グルコースまで分解する過程において作用する酵素をいうものとする。したがって、セルラーゼとしては、例えば、国際生化学・分子生物学連合酵素委員会においてEC3.2.1.Xの番号が与えられるセルロース分解酵素が挙げられる。この番号が与えられる酵素としては、エンドグルカナーゼ(1,4−β−D−グルカングリカノヒドラーゼ、EC3.2.1.4)、β−グルコシダーゼ(EC3.2.1.21)、1,4−β−グルコシダーゼ(EC3.2.1.74)及びエキソセロビオヒドロラーゼ(セルロース1,4−β−セロビオシダーゼ、EC3.2.1.91)が挙げられる。本発明においてモチイルセルラーゼは、1種のみであってもよいし2種以上が組み合わされていてもよい。なお、セルラーゼとしては、これらの作用以外であっても上記分解過程に寄与する酵素も含めることができる。
【0031】
セルラーゼとしては、2種類以上のセルラーゼを備えていることが好ましい。より好ましくは、エンドグルカナーゼ及びエキソセロビオヒドロラーゼのいずれか又は双方を含むことが好ましい。これらのセルラーゼは、セルロースに対して相乗的に作用し効果的に分解できると考えられるからである。これらのセルラーゼに加えて、これらのセルラーゼによるセルロースの分解産物である新たな低分子セルロースやセロビオースに作用するβ−グルコシダーゼや1,4−β−グルコシダーゼのいずれか又は双方を備えることが好ましい。
【0032】
セルラーゼの由来は特に限定されないが、セルラーゼは以下の表に示すようなセルロース分解性微生物の生産するセルラーゼ、後段で説明するセルロソーム、セルロソームを構成するセルラーゼ並びにこれらの改変体及びその一部を使用できる。改変体とは、天然のセルラーゼ又はセルロソームから取得されるセルラーゼ等の塩基配列及び/又はアミノ酸配列において少なくとも部分的に改変したものをいう。また、セルロソームの一部とは、セルロソームの一部であって、少なくとも1種のセルラーゼ活性を有するタンパク質又はタンパク質複合体をいう。セルラーゼは、以下の表に示すような各種の天然のセルラーゼ生産微生物又はセルラーゼ又はその改変体若しくはその一部を形成するように人工的に改変した微生物から取得できる。こうした改変微生物は、以下の表に由来する微生物を親株又は宿主とするものであってもよいし、酵母、糸状菌等の工業的利用に適した微生物を親株又は宿主とするものであってもよい。セルラーゼはこれら微生物の菌体外に分泌されるのが通常であり、これらの微生物の培養液からセルラーゼ活性画分を回収することでセルラーゼを容易に取得できる。
【0033】
【表2】

【0034】
(セルロソーム)
2種類以上のセルラーゼとして、セルロソームの少なくとも一部を備えていてもよい。セルロソームは、セルロース分解性嫌気性微生物が菌体外に形成するセルラーゼ複合体である。セルロソーム又はその一部を外来性のセルラーゼとして備えることで、リグノセルロース系材料等、複合的なセルロース系材料も効率的に分解することができる。また、セルロソームを介してより容易にセルロースに結合することができるようになる。
【0035】
セルロソームは、嫌気性細菌や嫌気性糸状菌によって菌体外に形成され、通常、微生物表面に結合して又は培養液中に存在している。セルロソームとしては、表2に示すセルロソームを形成する微生物を含む嫌気性微生物等、公知のセルロソーム生産微生物が生産するセルロソーム及び将来的に明らかにされるセルロソーム並びにこれらの改変体のいずれであっても用いることができる。セルロース分解能力の高さ等を考慮すると、クロストリジウム・サーモセラム等の好熱嫌気性微生物やクロストリジウム・セロリチカム等のクロストリジウム属菌の生産するセルロソーム又はその改変体が好ましい。
【0036】
セルロソームは、本来的にセルロソームを形成する微生物又はセルロソーム若しくはその改変体若しくはこれらの一部を形成するように人工的に改変された微生物から取得できる。こうした微生物としては、セルラーゼの由来についての説明において既に言及した各種微生物から選択できる。セルロソームは菌体外に分泌され、微生物の表層に結合して存在するほか培養液中にも存在する。本発明のセルラーゼ担持材料に用いるセルロソームの取得方法については後段で説明する。
【0037】
なお、2種類以上のセルラーゼは、必ずしもセルロソームとして備えられている必要はなく、独立したセルラーゼとして、また、2種類以上のセルロースが適当なリンカーによって連結された複合体や非共有結合性の相互作用によって結合された複合体の形態であってもよい。
【0038】
本発明のセルラーゼ担持材料では、上記微生物において外来性であるセルラーゼは微生物の表面に保持されている。セルラーゼが微生物の表面に保持されている形態は特に限定しない。微生物に対して外来性であるセルラーゼが微生物の表面に何らかの形態で保持されていればよい。こうしたセルラーゼやセルロソームは微生物表面において突起状に観察される。本発明によれば、セルラーゼ又はセルロソームを微生物とこれらのセルラーゼ又はセルロソームが外来性である微生物とを適当な水性媒体下で接触させることで、微生物画分においてセルラーゼ活性が発揮されるようになる。こうしたセルラーゼ活性の発現は、微生物表面へのセルラーゼ又はセルロソームの吸着などの非共有結合的作用等による。微生物表面への外来性のセルラーゼの吸着保持状態は、例えば、低張性の水性媒体下で緩やかに攪拌等により解除することができる。なお、セルロソーム生産微生物においてセルロソームの微生物の細胞表層への結合形態の解明が種々検討されている(Marco T. R et al.,J Bacteriol. 2005 Nov;187(22):7569-78.Jarette J.A.,et alProc Natl Acad Sci U S A. 2006 Jan 10;103(2):305-10. Epub 2005 Dec 29, Qi Xu et.al.,J Bacteriol. 2004 Sep;186(17):5782-9)が、本発明のセルラーゼ担持材料はこうした構造を必ずしも備えることを必要としない。
【0039】
本発明のセルラーゼ担持材料は、セルロースを効率的に分解する等のため、セルラーゼとセルロソームとを備えていても良い。例えば、クロストリジウム・サーモセラムのセルロソームの主たる分解産物はセロビオースであるため、これをさらに分解するセルラーゼであるβ1,4−グルコシダーゼを生み合わせるなどの場合が挙げられる。
【0040】
(その他の酵素)
本発明のセルラーゼ担持材料は、セルラーゼ以外の酵素を微生物の表面に備えていてもよい。例えば、キシラナーゼ、ヘミセルラーゼ等のリグノセルロース系材料中のヘミセルロースを分解する酵素を備えることで、リグノセルロース系材料中のセルロースを分解し利用できるようになる。例えば、クロストリジウム・サーモサラムのセルロソームは、キシラナーゼ、リケナーゼ及びマンナナーゼ等の活性も見出されている。
【0041】
(微生物を担持する担体)
本発明のセルラーゼ担持材料は、さらに、セルラーゼを表面に保持する微生物を保持する他の担体を備えていてもよい。こうした形態を採ることで、セルロース分解物及び変換した有用物質と菌体画分とを容易に分離できるととともに、セルラーゼを保持した微生物を容易に回収・再利用できる。微生物が保持される他の担体としては、有機材料又は無機材料の多孔質体粒子又は成形体、繊維等とすることができる。また、微生物をこれらの担体へ保持する手法は、従来公知の手法を適宜採用すればよい。
【0042】
本発明のセルラーゼ担持材料は、以上のとおりの形態で実施することができる。このため、上記したとおり、遺伝子組換えによることなく、容易に、微生物にセルロース分解能を新たに付与したり、セルロース分解能を増強したりできる。また、2種類以上のセルラーゼ、好ましくはセルロソームの少なくとも一部を備えることで、植物バイオマス資源をそのままあるいは効率的に分解し利用できる。
【0043】
(微生物表面に保持させるための担持用セルロソームの製造方法)
本発明の微生物表面に保持させるためのセルロソームの製造方法は、セルロソーム生産微生物を含む低張性の水性媒体を攪拌する抽出工程と、抽出工程後の前記水性媒体からセルラーゼ活性画分を回収する回収工程と、を備えることができる。本発明のセルロソームの製造方法によれば、セルロソームの有する微生物表面への吸着能及びセルラーゼ活性を低下させることなくセルロソームを容易に取得できる。
【0044】
(セルロソーム抽出工程)
セルロソームは、セルロソーム生産微生物を含む低張性の水性媒体を攪拌することでセルロソームが水性媒体に抽出される。セルロソーム生産微生物は、既に説明した各種のセルロソーム生産微生物を用いることができる。したがって、遺伝的手法を含む人工的な手法によりセルロソーム又はその改変体若しくはこれらの一部を形成するように改変された微生物も用いることができる。低張性の水性媒体とは、微生物に対して低張性である水性媒体である。こうした水性媒体としては、微生物に対して各種の浸透圧を備える液体を供給して微生物の状態を確認等することで低張性であると確認できた浸透圧の溶液を用いることができるほか、いわゆるイオン交換水、蒸留水及び超純水などの低張液を好ましく用いることができる。低張性であると、セルロソームが回収しやすくなる傾向があるからである。
【0045】
水性媒体は膜タンパク質可溶化作用のある非イオン性界面活性剤又は両イオン性界面活性剤を含んでいてもよい。非イオン性界面活性剤としては、Tween20(ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウレート)等を始めとする公知の各種の非イオン性界面活性剤を適宜選択して用いることができる。また、両イオン性界面活性剤も、公知のものから適宜選択すればよい。なお、タンパク質の変性作用が大きい陰イオン性及び陽イオン性界面活性剤を用いないことが好ましい。非イオン性界面活性剤及び/又は両イオン性界面活性剤の総量の水性媒体における濃度は、0.01w/v%以上0.2w/v%以下以下であることが好ましく、より好ましくは0.05w/v%以上0.1w/v%以下である。
【0046】
水性媒体は、実質的に金属イオン捕捉剤を含んでいないことが好ましい。金属イオン捕捉剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)等の有機系、典型的にはアミノカルボン酸又はその塩が挙げられる。金属イオン捕捉剤を実質的に含有しないとは、捕捉剤濃度が水性媒体中における金属イオン濃度に影響しない濃度であることをいう。金属イオン濃度、特にカルシウムイオン濃度がセルロソームの活性に影響を及ぼす場合には、セルロソームの活性を維持できるカルシウムイオン濃度を確保できるようにする。こうした金属イオン捕捉剤はこれらを含んでいないことが最も好ましいが、具体的にはセルロソーム生産微生物を含む水性媒体中の金属イオン捕捉剤の濃度が0.01w/v%以下であることが好ましく、より好ましくは0.005w/v%以下であり、0.0001w/v%以下であることがさらに好ましい。
【0047】
セルロソーム生産微生物を含有する水性媒体を攪拌する方法は、特に限定されないで、公知の方法から適切な手法を選択すればよい。例えば、水性媒体を含有する容器自体を上下又は左右等に往復動させる、当該容器を水平又は垂直に一定の円形軌跡で回転させる、容器内部に水性媒体中に攪拌子や攪拌羽根などの攪拌手段を配置させ、当該攪拌手段を回転させる、容器内部の水性媒体に窒素ガス等の不活性ガスを供給して攪拌する、容器内部の水性媒体の一部を外部循環路を介して排出及び返流させる、超音波振動を付与するなどの方法を採用することができる。
【0048】
こうした攪拌を伴う抽出時間は、攪拌の強度等にもよるが、10分以上数時間以下とすることができる。好ましくは、20分以上3時間以下程度であり、より好ましくは30分以上2時間以下である。
【0049】
なお、抽出工程では、微生物細胞を激しく破砕しない程度に水性媒体を攪拌することが好ましい。細胞をガラスビーズやホモジナイザーなどによって破砕してしまうと、タンパク質を抽出することはできるが、セルラーゼ活性は著しく低下する傾向があるからである。
【0050】
抽出工程では、温度は特に限定しないが、セルロソーム生産微生物の耐熱温度以下の温度で抽出することが好ましい。例えば、クロストリジウム・サーモセラムなどの好熱性のクロストリジウム属菌からセルロソームを抽出するときには、45℃以上60℃以下で抽出することが好ましい。
【0051】
(セルロソーム回収工程)
次に、抽出工程後の水性媒体からセルラーゼ活性画分を回収する。抽出工程により、セルロソーム生産微生物から分離して水性媒体に抽出される。セルロソーム生産微生物を含む水性媒体から遠心分離やろ過等の固液分離手段により上清等として水性媒体画分を細胞等と分離する。こうした水性媒体画分は、そのままセルラーゼ活性画分としてもよいし、あるいは透析等により濃縮したり、必要に応じてゲルろ過等のクロマトグラフィーや電気泳動等によりセルラーゼ活性画分を分離精製等してセルロソーム溶液又は粉末として取得することができる。
【0052】
なお、セルラーゼ活性画分を回収するのにあたり、公知の方法でセルラーゼ活性を測定すればよい。セルラーゼ活性は、例えば、ソモギ−ネルソン法(Somogy−Nelson法)やDinitrosaliylic acid(DNS)による方法が挙げられる。これらはいずれも当業者において周知の方法である。
【0053】
(セルラーゼ担持材料の製法)
セルラーゼ担持材料の製造方法は、1種又は2種以上のセルラーゼと微生物とを含みこれらの生理活性が維持される条件の水性媒体を攪拌する吸着工程と、前記セルラーゼが吸着された前記微生物を回収する回収工程と、を備えることができる。本製造方法によれば、微生物にその表面において容易にセルラーゼを付与することができ、新たなセルラーゼを備える固相担体を提供できる。また、容易に微生物にセルロース分解能を新たに付与したり、セルロース分解性微生物のセルロース分解能を増強したりすることができる。また、遺伝子組換えを要することなくセルラーゼ活性をその表面で発揮させることができるため、微生物に対する遺伝的改変の負担を回避するとともに改変操作を省略できる。
【0054】
なお、微生物、セルラーゼについては既に説明した態様を全て本発明の製造方法においても適用することができる。ただし、本発明のセルラーゼ担持材料の製造方法では、微生物に対して外来性であるセルラーゼを吸着するのに限定するものではない。微生物が本来的に生産するセルラーゼを微生物の外部から供給して微生物の表面に吸着保持させることも包含するものである。こうすることで、セルラーゼ(セルロソームを含む)生産微生物においてさらにセルロース分解能を高めるとともに容易に調節することができる。
【0055】
(吸着工程)
吸着工程では1種又は2種以上のセルラーゼと微生物とを含みこれらの生理活性が維持される条件の水性媒体を攪拌する。この結果、セルラーゼは微生物の表面に吸着等により保持される。セルラーゼと微生物との生理活性が維持される条件とは、セルラーゼと微生物とについてその生理活性が吸着工程後も維持される条件であればよい。例えば、これらについて適切なpH、浸透圧及び温度が確保されていればよい。pHは、セルラーゼ等及び微生物によっても異なるが、通常は、pH6以上9以下の範囲である。また、浸透圧も微生物に対しておおよそ等張性であることが好ましい。浸透圧は緩衝液や等張化剤のほか適当な塩類を使用して調節することができる。また、温度は、タンパク質の変性等を考慮すると1℃以上10℃以下であることが好ましく、より好ましくは2℃以上5℃以下である。こうした水性媒体としては、例えば、20mM〜50mM程度のトリス塩酸バッファーとしてもよい。また、0mM超20mM以下、より好ましくは5mM以上15mM以下のCaClなどのカルシウムイオンが存在する水性媒体としてもよい。さらに好ましくは、約10mMのカルシウムイオンが存在する水性媒体とする。こうしたカルシウムイオン含有水性媒体は、典型的にはCaCl2水溶液が挙げられる。こうしたイオン環境において微生物の表面へのセルラーゼやセルロソームの吸着が強くなる傾向がある。カルシウムイオン水溶液を水性媒体として用いる場合、トリスなどの緩衝作用のある他の塩を含んでいてもよいが、好ましくはこれらを含まずカルシウムイオンを形成するカルシウム塩のみの水溶液を用いる。
【0056】
水性媒体の攪拌にあたっては、担持用セルロソームの製造方法で採用した攪拌手段から適宜選択して攪拌すればよい。好ましくはより緩やかに攪拌する。攪拌により、セルラーゼ等と微生物とが効率的に接触し、セルラーゼ等と微生物の表面での相互作用によりセルラーゼ等が微生物の表面に吸着される。攪拌は、セルラーゼ等と微生物との接触回数を増加させるように行えばよい。接触回数が増加すればセルラーゼ等の微生物表面への吸着も増加する傾向がある。適切な攪拌強度等の攪拌条件は、セルラーゼと微生物とを適切な水性媒体下で各種の攪拌条件で攪拌して、得られた菌体画分のタンパク質量やセルラーゼ活性を測定することで決定することができる。なお、接触回数を増加させるには、セルラーゼ等の濃度を増加させるのも有効である。適切な攪拌強度等の条件はセルラーゼ等の濃度によっても相違する。微生物表面へのセルラーゼ等の吸着量はある段階で飽和する傾向がある。例えば、攪拌は、断続的又は連続的に、例えば、数十分から2時間程度行うこととしてもよい。
【0057】
2種以上のセルラーゼとして微生物に吸着保持させる場合、セルロソームの少なくとも一部を用いることが好ましい。セルロソームは、複合体を形成していないセルラーゼよりも微生物の表面への吸着が強くなる傾向があり、微生物の表面に効果的にセルラーゼ活性ないしセルロース分解能を付与することができる。
【0058】
(回収工程)
セルラーゼ及び/又はセルロソームが保持された前記微生物を回収するには、水性媒体を公知の固液分離手段により固液分離して菌体画分を回収すればよい。例えば、遠心分離によりペレットとしてセルラーゼ等が保持された微生物を回収することができる。
【0059】
本発明のセルラーゼ担持材料の製造方法は、以上のとおりの形態で実施することができる。このため、上記したとおり、新たなセルラーゼを備える固相担体を提供するとともに、微生物のセルロース分解能を容易に調節することができる。
【0060】
(セルロース系材料の分解方法)
本発明のセルロース系材料の分解方法は、セルロース系材料を、微生物の表面に保持され当該微生物において外来性である1種又は2種以上のセルラーゼを用いて分解する工程を備えることができる。本発明の分解方法によれば、細胞表面にセルラーゼを備える微生物を用いてセルロース系材料を分解するため、セルロース系材料を効率的に分解することができる。なお、微生物、セルラーゼ及びセルロソームについては既に説明した態様を全て本発明の製造方法においても適用することができる。
【0061】
本発明の分解方法においては、2種以上のセルラーゼとして、セルロソームの少なくとも一部を用いることが好ましい。すなわち、セルロソームの少なくとも一部が微生物の表面に保持された微生物を用いることが好ましい。セルロソームは、セルロースを効率的に分解することができるとともに、セルロースに対する良好な結合能を備えているからである。
【0062】
「セルロース系材料」とは、D−グルコースがβ−1,4結合でグリコシド結合したβ−グルカンであるセルロースを含有する材料である。「セルロース系材料」としては、セルロースを含有していればよく、どのような由来や形態であってもよい。例えば、木本植物の木質部や葉部及び草本植物の葉、茎、根等においてリグニン等を複合した状態のリグノセルロース系材料が挙げられる。こうしたリグノセルロース系材料としては、例えば、稲ワラ、麦ワラ、トウモロコシの茎葉、バガス等の農業廃棄物、収集された木、枝、枯葉等又はこれらを解繊して得られるチップ、おがくず、チップなどの製材工場廃材、間伐材や被害木などの林地残材、建設廃材等の廃棄物であってもよい。さらに、これらのリグノセルロース系材料からリグニン等を分離後の材料であってもよい。また、使用済み紙製容器、古紙、使用済みの衣服などの使用済み繊維製品、パルプ廃液であってもよい。さらに、アセトバクター・キシリナム(Acetobactor xylinum)等のセルロース生産微生物が生産するセルロース材料であってもよい。
【0063】
なお、こうした各種セルロース系材料を本発明の分解方法に適用するあたり、セルロース系材料は、セルラーゼによる分解を容易化するために適当な前処理等がなされていてもよい。例えば、セルロースを非晶質化しておくことが好ましい。セルロースの非晶質化は同時に低分子化を伴うことが多い。例えば、硫酸、塩酸、リン酸、硝酸などの無機酸による酸性条件下、セルロースを部分加水分解することにより、セルロースを非晶質化あるいは低分子化できる。この他、超臨界水、アルカリ、加圧熱水などの処理によってもセルロースの非晶質化又は低分子化を行うことができる。
【0064】
本製造方法においては用いるセルロース系材料、セルラーゼやセルロソームの種類によって、得られるセルラーゼの分解産物が相違する。したがって、必ずしもD−グルコースを最終産物とするものではなく、セロビオースを主体とする分解産物組成を有していてもよい。
【0065】
(有用物質の生産方法)
本発明のセルロース系材料から有用物質を生産する方法は、セルロース系材料を、微生物の表面に保持され当該微生物において外来性である1種又は2種以上のセルラーゼを用いて分解する分解工程と、前記セルロース系材料の前記セルラーゼによる分解産物を前記微生物によって有用物質に変換する変換工程と、を備えることができる。本発明の生産方法によれば、セルロース系材料のセルロースを微生物の表面に保持されたセルラーゼが分解するとともに、その分解産物をその微生物が資化して有用物質に変換するため、効率的にセルロース系材料を利用することができる。特に、従来セルロースを直接利用困難であった微生物であっても、セルロースを利用して有用物質に変換することができるようになる。なお、微生物、セルラーゼについては既に説明した態様を全て本発明の製造方法においても適用することができる。また、上記分解工程については、セルロース系材料の分解方法に記載した形態をそのまま適用することができる。
【0066】
本発明の生産方法においては、前記微生物としてエタノール生産微生物とすることが好ましい。エタノール生産微生物であれば、セルロース系材料から燃料として有用であるエタノールを直接生産することができる。また、本発明の生産方法においては、2種類以上のセルラーゼとしてセルロソームの少なくとも一部を含んでいることが好ましい。セルロソームによるセルロースの分解により効率的にセルロースを利用でき、結果として、有用物質を効率的に生産することができる。
【0067】
なお、分解工程〜変換工程は、利用するセルロース系材料及び微生物や変換する有用物質の種類に応じて実施すればよい。すなわち、当該有用物質を生産する微生物及び当該有用物質に応じて実施すればよい。例えば、エタノール等の有用物質への変換等のための発酵工程は、以下のようにして実施できる。培地としては、炭素源として上記セルロース系材料のほか、炭素源の一部としてセルロース又はセルロースから分解酵素により生成されるオリゴ糖類又は単糖類を添加することができる。こうすることで、特に培養開始時から培養初期において微生物に効果的に資化可能な単糖類を供給できる。なお、糖類は、分解酵素を抑制しない程度に添加され、好ましくは培養開始時から培養初期(培養開始から2〜10時間以内程度)まで一定期間にのみ糖類を添加するようにする。窒素源及び無機塩類としては、公知のものを適宜選択して利用することができる。
【0068】
なお、培養は、静置培養、振とう培養または通気攪拌培養等を用いることができる。通気条件は、嫌気条件下、微好気条件下及び好気条件等、適宜選択することができる。培養温度も、特に限定しないが、25℃〜55℃等の範囲とすることができる。また、培養時間も必要に応じて設定されるが、6〜150時間程度とすることができる。また、pHの調整は、無機あるいは有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。なお、変換工程終了後、培養液から微生物を除去してエタノール等の有用物質含有画分を回収する工程、さらにこれを濃縮する工程を実施してもよい。
【0069】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施することができる。
【実施例1】
【0070】
(担持用セルロソームの調製)
本実施例では、好熱嫌気性のセルロソーム生産微生物であるクロストリジウム・サーモセラム(Clostridium thermocellum(ATCC27405を培養し、増殖させた微生物からセルロソームを分離した。微生物の培養に用いた培地組成を以下に示す。培地の調製及び培養操作は窒素雰囲気下(N=99.99%)にて実施した。
【0071】
M培地(1000ml)
ミネラル A 100ml
ミネラル B** 10ml
ビタミン*** 10ml
イーストエキストラクト 2g
蒸留水 880ml
レサズリン 0.1%
各培養容器に規定量入れ、煮沸し、その後、氷水浴中で冷却し以下の物質を添加し、pHを7〜7.2に調製した。
塩酸システイン 0.5g
NaHCO3 6g
Na2S 0.25g
【0072】
なお、上記組成におけるミネラルA、ミネラルB及びビタミンは表3のとおりであった。
【0073】
【表3】

【0074】
上記微生物を上記培地に別途アビセル(結晶セルロース)を0.5w/v%となるように添加して培養し、培養液中のセルラーゼ活性画分(セルロソーム画分)を回収することを目的として、以下の操作を行った。なお、培養温度は55℃、攪拌は往復振とうで80rpmとした。まず、培養4日目の培養液を室温で5000rpmで15分間遠心分離して菌体を回収した。次いで、上清と等量の超純水、0.05w/v%Tween20水溶液及び1w/v%EDTA水溶液をそれぞれ添加し、45℃で200rpmで1時間振とうし、セルラーゼ抽出試料1〜3を調製した。なお、サンプリングは適宜行った。また、等量の超純水添加後に、ガラスビーズを加えてビーズ破砕処理(2500rpm、30秒オン−30秒オフを5分間繰り返した)を行い、菌体破砕してセルラーゼ抽出試料4も併せて調製し、適宜サンプリングした。
【0075】
これらの抽出試料1〜4から適宜サンプリングした試料についてセルラーゼ活性を測定した。セルラーゼ活性の測定には、Somogy−Nelson法を用いた。得られた画分に終濃度0.5w/v%となるように、リン酸膨潤セルロース(PSC)を添加し、所定の条件でインキュベーションした。また、活性測定にあたっては、インキュベーション後の遠心上清の5倍希釈液25μlに対して50μlのソモギ液(ナカライテスク株式会社製)を添加し、99℃で30分間煮沸後、50μlのネルソン液(ナカライテスク株式会社製)を添加し攪拌後、沈殿が無いことを確認して540nmの吸光度を測定した。また、適宜、ブラッドフォード法により適宜タンパク質濃度も測定した。図1に、抽出試料1〜4から得られた各種サンプルについてのセルラーゼ活性を示す。
【0076】
図1に示すように、超純水及びTween20水溶液を抽出媒体として用いた抽出試料1及び2において良好なセルラーゼ活性を得ることができた。これに対して、EDTA水溶液を用いた抽出試料3でほんの少ししか活性を見出すことができなかった。また、菌体破砕して抽出した抽出試料4では、抽出タンパク量は抽出試料1〜4中最大であったのにも関わらず(データ図示せず。)、抽出試料1及び2の4分の1程度の活性しか見出すことができなかった。
【0077】
以上のことから、セルロソーム生産微生物を超純水等のイオンが一定以上除去された低張性の水や非イオン性界面活性などの緩和な膜タンパク質溶出作用のある化合物の水溶液を用いることで、セルラーゼ活性を維持してしかも簡易にセルラーゼ、すなわち、本実施例ではセルロソームを取得できることがわかった。一方、EDTA等の金属イオン捕捉剤を用いると、セルラーゼ活性を保持したセルロソームを抽出しにくくなる傾向があること及び激しく破砕すると活性のある状態でセルロソームを抽出できないことがわかった。
【実施例2】
【0078】
(担持用セルロソームの抽出工程における温度の検討)
本実施例では、実施例1の抽出試料1において、超純水を用いたとき、4℃、30℃、45℃及び60℃の各温度で、最大2時間振とう抽出して、抽出タンパク質量を比較した。なお、タンパク質は、ブラッドフォード法により測定した。図2に、各温度での各時間の抽出タンパク質量を示す。
【0079】
図2に示すように、60℃までの温度範囲において、45℃及び60℃において良好なタンパク質抽出結果を得ることができ。以上のことから、用いる微生物の生育至適温度において好ましい抽出結果が得られることがわかった。したがって、本実施例で用いたクロストリジウム・サーモセラムについては、45℃以上60℃以下が好ましい抽出温度であることがわかった。
【実施例3】
【0080】
(微生物の表面へのセルロソームの吸着)
本実施例では、実施例1において抽出試料1として超純水で抽出したセルロソーム水溶液を用いて、エタノール生産微生物であるカンジダ・クルゼイ(Candida krusei)MF−121株(平成15年5月22日に独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに、受託番号:FERM P−19368として寄託されている。)の表面に対してセルロソームを吸着保持させた。実施例1の抽出試料1のセルロソーム水溶液2mlに、超純水、Tris−HCl水溶液及びCaCl2水溶液を加えて表4に示す終濃度となるように合計4種類の各種吸着用溶液を調製した。これらの吸着用溶液を上記微生物にOD600が100/mlとなるように添加して、4℃で1時間緩やかに振とうした。具体的には、菌体及びタンパク質溶液を15ml遠沈管に封入し、ロッキングミキサーにより攪拌した。
【表4】

【0081】
振とう後、遠心分離してペレットを1mlの吸着用溶液の調製時に用いたのと同一の水性媒体1mlで洗浄し、さらに200μlの同一の水性媒体で懸濁した。この懸濁液に、1%PSC200μlを添加し(PSC終濃度0.5w/v%)、55℃、pH5で20時間インキュベートした。その後、ソモジ−ネルソン法により還元糖量を測定した。図3に、吸着用の水性媒体の組成と還元糖量との関係を示す。また、これらの各種吸着用液から遠心分離により回収した微生物を洗浄後、超純水を加えて懸濁して室温に放置して、菌体の沈降を観察することで、微生物の凝集性へのセルロソーム吸着の効果を調べた。なお、対照として、MF−121株を、セルロソームを含まない以外は同様の各種吸着用液を用いて上記と同様にして吸着工程を実施し、回収、懸濁及び静置した。
【0082】
図3に示すように、全ての吸着用溶液において細胞画分におけるセルラーゼ活性を確認できた。なかでも、CaCl2を含有する吸着用溶液において最も良好な吸着(保持)結果を得ることができた。特に、Tris塩酸を含有しないでCaCl2のみを含有する吸着用溶液においてより良好な結果が得られた。したがって、セルラーゼやセルロソームを微生物の表面に吸着するには、カルシウムイオンの存在が有効であること及び他の緩衝能を有する塩類を含まない方が効果的であることがわかった。
【0083】
また、上述の菌体沈降観察結果によれば、いずれの吸着用液を用いたセルロソーム吸着微生物についても微生物の沈降速度が速まっていることがわかった。すなわち、セルロソームの吸着により微生物の凝集性が増すことがわかった。以上のことから、セルロソームを微生物に吸着させることで、非凝集性微生物であっても凝集性を付与できることがわかった。したがって、セルロソームを微生物に吸着させることで、取り扱い性に優れる微生物が得られることがわかった。
【実施例4】
【0084】
(セルロソームの吸着に対するカルシウムイオンの影響)
本実施例では、実施例1において抽出試料1として超純水で抽出したセルロソーム水溶液を用いて、吸着用溶液におけるCaCl2の終濃度を0mM、10mM及び20mMとする以外は実施例3と同様にしてカンジダ・クルゼイMF−121株に対して吸着工程を実施した。吸着工程後に回収した微生物の有する酵素活性(還元糖量)を反応時間を24時間とする以外は実施例3と同様にして測定した。なお、セルロソーム水溶液に替えてノボザイム製酵素製剤(NS50013)で抽出試料1と同濃度に調整したセルラーゼ水溶液を用いて上記と同様の実験を行った。図4にCaCl2濃度が0mMのときの酵素活性に対する同濃度10mM及び20mM時の酵素活性の比率をグラフ化して表す。
【0085】
図4に示すように、セルロソームは10mMCaCl2及び20mMCaCl2のとき、0mMのときに比べて高い酵素活性を示し、特に、10mMのとき最も良好な酵素活性を示した。これに対し、複合体でないセルラーゼ(ノボザイム)の場合には、CaCl2濃度で酵素活性量に差はなかった。
【0086】
以上のことから、カルシウムイオンの存在が好ましく、少なくとも0mM超20mM以下の範囲で良好な吸着工程を実施できること、さらに、より好ましくは5mM以上15mM以下のCaClなどのカルシウムイオンの存在下、最も好ましくは約10mMのカルシウムイオンの存在下で吸着工程を実施することが好ましいことがわかった。
【実施例5】
【0087】
(各種微生物へのセルロソームの吸着)
本実施例では、10mMCaClを用いてタンパク質濃度の異なるセルロソーム吸着用溶液を調製し、3種類の酵母(ピキア・パストリス(Pichia pastoris)X−33(インビトロゲン社製)、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)MT8−2(神戸大学より譲受)及びカンジダ・クルゼイMF121株)にセルロソームを吸着させた。
【0088】
セルロソーム吸着用溶液は、タンパク質濃度として0.02、0.04、0.06、0.08及び0.1mg/mlであって10mMCaCl2を含有していた。この吸着用溶液を上記各種酵母にOD600が100/mlとなるように添加して、4℃で1時間、実施例3と同様に振とうして吸着工程を実施した。さらに、市販の酵素製剤(ノボザイム社製、糸状菌T.reesei由来)を用いて同様の吸着用溶液を調製し、各種酵母に添加し振とうした。1時間振とう後、実施例3に準じて菌体画分の懸濁液を調製し、タンパク質量と還元糖量とを測定した。図5に、各種酵母における吸着タンパク質量を示し、図6に、各種酵母における還元糖量を示す。
【0089】
図5及び図6に示すように、これらの酵母には、セルロソームのほかセルラーゼも非特異的に吸着すること及びセルロソームがセルラーゼに比べてより吸着傾向が強いことがわかった。また、セルロソームは十分に活性を保った状態で吸着していこともわかった。さらに、酵母のなかでも、ピキア属酵母によく吸着することがわかった。
【0090】
以上のことから、エタノール生産微生物などの酵母の表面に、セルラーゼ及びセルロソームは非特異的に吸着するとともに、十分な活性を持って吸着保持できることがわかった。したがって、任意の微生物の表面にセルロース分解活性を付与できることがわかった。
【実施例6】
【0091】
(セルラーゼ担持材料を用いたセルロース系材料からのエタノールの直接生産)
実施例1で調製したクロストリジウム・サーモセラム由来の抽出試料1としてのセルロソーム水溶液から、終濃度20mMTris−HCl及び10mMCaCl2を含有するセルロソーム吸着用溶液(タンパク質終濃度0.049mg/ml)を調製した。
【0092】
この吸着用溶液をクロストリジウム・サーモセラム由来のセルロソームを最もよく吸着するカンジダ・クルゼイMF121株に、OD600=100/mlとなるように加えて、4℃で1時間、実施例3と同様に振とうして吸着工程を実施した。こうしてセルロソームを吸着させたカンジダ・クルゼイMF−121株を用いてエタノール生産試験を行った。なお、培地組成は、炭素源としてリン酸膨潤セルロース(PSC)(0.5w/v%)を用い、培養条件は、pH5、45℃、5日間とし、通気条件等は常法に従った。なお、対照として、セルロソーム吸着を行っていない同一菌体を用いて、同様にエタノール生産試験を行った。図7に、生産試験開始から4日経過後のエタノール生産量を示す。
【0093】
図7に示すように、セルロソームを吸着したカンジダ・クルゼイMF121によれば、リン酸膨潤セルロースを炭素源としてエタノールを生産していた。これに対して、セルロソームを吸着させていないカンジダ・クルゼイにあっては、セルロースからのエタノール生産能を見出すことはできなかった。以上のことから、微生物に対して外来性であるセルラーゼを外部から供給して微生物の表面に吸着保持させることで、セルロース分解能を有していない微生物において新たにセルロース分解能を付与できることがわかった。この手法によれば、遺伝子操作によることなく簡易に所望の微生物に対してセルロース分解能を付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】実施例1における抽出試料1〜4から得られた各種サンプルについてのセルラーゼ活性を示す図である。
【図2】実施例2の結果を示す図であり、各種セルロソーム抽出温度での時間ごとの抽出タンパク質量を示す図である。
【図3】実施例3の結果を示す図であり、セルロソーム吸着用の水性媒体の組成と還元糖量との関係を示す図である。
【図4】実施例4の結果を示す図であり、CaCl2濃度が0mMのときの酵素活性に対する同濃度10mM及び20mM時の酵素活性の比率を示すグラフ図である。
【図5】実施例5の結果を示す図であり、各種酵母における吸着タンパク質量を示図である。
【図6】実施例5の結果を示す図であり、各種酵母における還元糖量を示す図である。
【図7】実施例6の結果を示す図であり、エタノール生産試験開始から4日経過後のエタノール生産量を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルラーゼ担持材料であって、
微生物と、
前記微生物において外来性であって前記微生物の表面に保持される1種又は2種以上のセルラーゼと、
を備える、材料。
【請求項2】
前記2種以上のセルラーゼを、前記2種以上のセルラーゼの複合体として備える、請求項1に記載の材料。
【請求項3】
前記複合体はセルロソームの少なくとも一部を含む、請求項2に記載の材料。
【請求項4】
前記微生物はエタノール生産微生物である、請求項1〜3のいずれかに記載の材料。
【請求項5】
前記微生物は酵母である、請求項1〜4のいずれかに記載の材料。
【請求項6】
前記酵母は、ピキア属、サッカロマイセス属及びカンジダ属から選択されるいずれかである、請求項1〜5のいずれかに記載の材料。
【請求項7】
前記酵母は、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)及びカンジダ・クルゼイ(Candida krusei)からなる群から選択されるいずれかである、請求項5又は6に記載の材料。
【請求項8】
担持用セルロソームの製造方法であって、
セルロソーム生産微生物を含む低張性の水性媒体を攪拌する抽出工程と、
抽出工程後の前記水性媒体からセルラーゼ活性画分を回収する回収工程と、
を備える、方法。
【請求項9】
前記抽出工程は、前記水性媒体として非イオン性界面活性剤溶液及び両イオン性界面活性剤から選択されるいずれか又は双方の水溶液を用いる工程である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記抽出工程は、前記セルロソーム生産微生物として、以下の表に記載のセルロソーム生産微生物又はセルロソームを形成するように人工的に改変された微生物から選択されるいずれかの微生物を用いる工程である、請求項8又は9に記載の方法。
【表1】

【請求項11】
前記抽出工程は、前記セルロソーム生産微生物がクロストリジウム属菌であり、45℃以上60℃以下の前記水性媒体下で前記セルロソーム生産微生物を用いる工程である、請求項8〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
セルラーゼ担持材料の製造方法であって、
セルラーゼ担持材料の製造方法は、1種又は2種以上のセルラーゼと微生物とを含みこれらの生理活性が維持される条件の水性媒体を攪拌する吸着工程と、
前記セルラーゼが吸着された前記微生物を回収する回収工程と、
を備える方法。
【請求項13】
前記吸着工程は、カルシウムイオンを含有する前記水性媒体を攪拌する工程である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
セルロース系材料の分解方法であって、
セルロース系材料を、微生物の表面に保持され当該微生物において外来性である1種又は2種以上のセルラーゼを用いて分解する工程、
を備える方法。
【請求項15】
セルロース系材料から有用物質を生産する方法であって、
セルロース系材料を、微生物の表面に保持され当該微生物において外来性である1種又は2種以上のセルラーゼを用いて分解する分解工程と、
前記セルロース系材料の前記セルラーゼによる分解産物を前記微生物によって有用物質に変換する変換工程と、
を備える、方法。
【請求項16】
前記微生物はエタノール生産微生物であり、前記有用物質はエタノールである、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記2種以上のセルラーゼはセルロソームの少なくとも一部を含む、請求項15又は16に記載の方法。

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−33993(P2009−33993A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−198828(P2007−198828)
【出願日】平成19年7月31日(2007.7.31)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【Fターム(参考)】