説明

セルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法、及び糖又はアルコール又は有機酸の製造方法

【課題】セルロース系バイオマスをイオン液体と混合して、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類を低分子化する方法において、その低分子化速度を制御する方法を提供することを目的とする。また、当該制御方法を用いた糖又はアルコール又は有機酸の製造方法を提供する。
【解決手段】空気とは異なる分圧比の雰囲気下で、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合することを特徴とする。空気に比べて酸素分圧が高い雰囲気下では、低分子化速度を速くすることができ、空気に比べて、窒素分圧又は二酸化炭素分圧が高い雰囲気下、又は減圧状態下では、低分子化速度を遅くすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース系バイオマスをイオン性液体と混合して、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類を低分子化する方法において、その低分子化速度を制御する方法に関する。また、当該制御方法を用いた糖又はアルコール又は有機酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース系バイオマスは、主にセルロース、ヘミセルロース、リグニンによって構成されている。特に、グルコースやキシロースの高分子体であるセルロースやヘミセルロースは、再生可能な炭水化物資源であり、これらを原料として、エタノールや乳酸などに代表されるアルコールや有機酸を製造することが可能であるため、石油代替資源として注目されている。
【0003】
セルロース系バイオマスからアルコールや有機酸を製造するためには、セルロース系バイオマスに含まれるセルロースやヘミセルロースを構成単糖にまで加水分解(糖化)し、発酵によって単糖をアルコールや有機酸に変換する。セルロースやヘミセルロースを構成単糖まで加水分解(糖化)する方法として、特許文献1、2に記載のようなイオン液体を用いる方法が、最近注目を集めている。これらの方法をセルロース系バイオマスに適用することで、セルロース系バイオマスに含まれるセルロースやヘミセルロースといった多糖類を低分子化することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】特開2009−79220号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、セルロース系バイオマスをイオン液体で処理する手法においては、セルロース及び/又はヘミセルロースの低分子化速度を制御する方法が知られていなかった。そこで、本発明は、上述したような実情に鑑みて、セルロース系バイオマスをイオン液体と混合して、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類を低分子化する方法において、その低分子化速度を制御する方法を提供することを目的とする。また、当該制御方法を用いた糖又はアルコール又は有機酸の製造方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合する雰囲気を変化させることにより、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度が変化することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は以下を包含する。
本発明に係るセルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法は、空気とは異なる分圧比の雰囲気下で、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合することを特徴とする。
【0008】
本発明に係るセルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法において、前記雰囲気は、空気に比べて酸素分圧が高い、もしくは低いことが好ましい。また、前記雰囲気は、空気に比べて窒素分圧又は二酸化炭素分圧が高いことも好ましい。前記雰囲気が大気圧に比べて減圧状態であることも好ましい。酸素分圧が低く、窒素分圧又は二酸化炭素分圧が高い雰囲気、減圧状態であることも好ましい。
【0009】
また、本発明に係るセルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法において、前記イオン液体は、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム塩であることが好ましく、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドであることがより好ましい。
【0010】
一方、本発明に係る糖の製造方法は、空気に比べて酸素分圧の低い雰囲気下で、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合する前処理工程と、前記前処理工程で得られた液体成分と固体成分とを分離する固液分離工程と、前記固液分離工程で分離された固体成分を酵素処理によって糖化する糖化工程とを含む。ここで、前記雰囲気は、更に、空気に比べて窒素分圧が高いことが好ましい。
【0011】
また、本発明に係るアルコール又は有機酸の製造方法は、空気に比べて酸素分圧の低い雰囲気下で、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合する前処理工程と、前記前処理工程で得られた液体成分と固体成分とを分離する固液分離工程と、前記固液分離工程で分離された固体成分を酵素処理によって糖化する糖化工程と、前記糖化工程で得られた糖成分を発酵する発酵工程とを含む。ここで、前記雰囲気は、更に、空気に比べて窒素分圧が高いことが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るセルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法により、今まで制御することのできなかった、イオン液体とセルロース系バイオマスを混合した場合の、セルロース及び/又はヘミセルロースの低分子化速度を、簡単に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】様々な雰囲気下でセルロース系バイオマスとイオン液体とを混合処理した時の処理開始3時間後の可溶成分をHPLC分析した結果。
【図2】様々な雰囲気下でセルロース系バイオマスとイオン液体とを混合処理した時の処理開始24時間後の可溶成分をHPLC分析した結果。
【図3】様々な雰囲気下でセルロース系バイオマスとイオン液体とを混合処理した時の処理開始24時間後の可溶成分をGPC分析した結果。
【図4】様々な雰囲気下でセルロース系バイオマスとイオン液体とを混合処理した時の処理開始3時間後の不溶成分をX線解析した結果。
【図5】様々な雰囲気下でセルロース系バイオマスとイオン液体とを混合処理した時の処理開始24時間後の不溶成分に含まれるヘミセルロース及びセルロースの低分子成分の合成量を比較したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るセルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法、及び糖又はアルコール又は有機酸の製造方法を、詳細に説明する。
【0015】
本発明における、セルロース系バイオマスとは、セルロース繊維の結晶構造とヘミセルロース及びリグニンとの複合体を含むバイオマスを意味する。特に、セルロース繊維の結晶構造及びヘミセルロースをセルロース系バイオマスに含まれる多糖類として扱う。セルロース系バイオマスには、間伐材、建築廃材、産業廃棄物、生活廃棄物、農産廃棄物、製材廃材及び林地残材及び古紙等の廃棄物が含まれる。また、セルロース系バイオマスとしては、段ボール、古紙、古新聞、雑誌、パルプ及びパルプスラッジ等も含む。さらに、セルロース系バイオマスとしては、おが屑や鉋屑等の製材廃材、林地残材又は古紙等を粉砕、圧縮し、成型したペレットをも含む。セルロース系バイオマスは、いかなる形状で使用しても良いが、イオン液体が作用しやすくなることにより、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化が促進されるので、微細化して使用することが好ましい。
【0016】
本発明においては、セルロース系バイオマスを低分子化するために、イオン液体とセルロース系バイオマスを混合する。このとき、セルロース系バイオマスを低分子化させるのに適用可能なイオン液体としては、特に限定されず、イミダゾリウム系イオン液体、ピリジン系イオン液体、脂環族アミン系イオン液体及び脂肪族アミン系イオン液体を使用することができる。これらイオン液体として使用する化合物としては、セルロース系バイオマスに含まれるセルロース及び/又はヘミセルロースの低分子化度を考慮して適宜選択することができる。セルロース及び/又はヘミセルロースの低分子化度という観点からは、イミダゾリウム化合物から構成されるイミダゾリウム系イオン液体を使用することが好ましい。特に、イミダゾリウム化合物としては、1,3−ジアルキルイミダゾリウム塩を使用することがより好ましい。1,3−ジアルキルイミダゾリウム塩のなかでも、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを使用することが最も好ましい。
【0017】
なお、イミダゾリウム化合物としては、1,3−ジアルキルイミダゾリウム塩及び1,2,3−トリアルキルイミダゾリウム塩を挙げることができる。具体的に1,3−ジアルキルイミダゾリウム塩としては、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムブロマイド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム(L)−乳酸塩、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸塩、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸塩、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホン酸塩、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム(L)−乳酸塩、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムブロマイド、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸塩、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホン酸塩、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸塩、1−デシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ドデシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−テトラデシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ヘキサデシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−オクタデシル−3−メチルイミダゾリウムクロライドなどが挙げられる。1,2,3−トリアルキルイミダゾリウム塩としては、1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムブロマイドや1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムクロライド、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムブロマイド、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムクロライド、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホン酸塩、1−ヘキシル−2,3−ジメチルイミダゾリウムブロマイド、1−ヘキシル−2,3−ジメチルイミダゾリウムクロライド、1−ヘキシル−2,3−ジメチルイミダゾリウムトラフルオロホウ酸塩、1−ヘキシル−2,3−ジメチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホン酸塩などが挙げられる。
【0018】
また、ピリジニウム系イオン液体としては、エチルピリジニウム塩、ブチルピリジニウム塩、ヘキシルピリジニウム塩等が挙げられる。具体的には、エチルピリジニウム塩としては、1−エチルピリジニウムブロマイド及び1−エチルピリジニウムクロライドを挙げることができる。ブチルピリジニウム塩としては、1−ブチルピリジニウムブロマイド、1−ブチルピリジニウムクロライド、1−ブチルピリジニウムヘキサフルオロリン酸塩、1−ブチルピリジニウムテトラフルオロホウ酸塩及び1−ブチルピリジニウムトリフルオロメタンスルホン酸塩等が挙げられる。ヘキシルピリジニウム塩としては、1−ヘキシルピリジニウムブロマイド、1−ヘキシルピリジニウムクロライド、1−ヘキシルピリジニウムヘキサフルオロリン酸塩、1−ヘキシルピリジニウムテトラフルオロホウ酸塩及び1−ヘキシルピリジニウムトリフルオロメタンスルホン酸塩等を挙げることができる。
【0019】
さらに、脂環族アミン系イオン液体としては、N,N,N−トリメチル−N−プロピルアンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、N−メチル−N−プロピルピペリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、N,N−ジエチル−N−メチル−N−(2−メトキシエチル)アンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド及びN,N−ジエチル−N−メチル−N−(2−メトキシエチル)アンモニウムテトラフルオロホウ酸塩等を挙げることができる。
【0020】
また、上述したようにイミダゾリウム系イオン液体、ピリジン系イオン液体、脂環族アミン系イオン液体及び脂肪族アミン系イオン液体において、アニオンは無機アニオン及び有機アニオンのいずれであってもよい。無機アニオンとしては、例えばCl-、Br-、I-、NO3-、BF4-、PF6-、AlCl4-を挙げることができる。また、有機アニオンとしては、CH3SO3-、CH3CH(OH)COO-、乳酸イオン、CH3COO-、CH3OSO3-、CF3SO3-、(CF3SO2)2N-、(C2F5SO2)2N-等を挙げることができる。特に、アニオンとしてはCl-を含むイオン液体或いはCH3COO-を含むイオン液体を使用することが好ましい。Cl-を含むイオン液体或いはCH3COO-を含むイオン液体はセルロース系バイオマスに含まれるセルロース及び/又はヘミセルロースの溶解速度が非常に速いためである。
【0021】
本発明に係るセルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法は、セルロース系バイオマスとイオン液体を空気とは異なる分圧比の雰囲気下で混合することを特徴とする。
【0022】
ここで、空気とは異なる分圧比とは、換言すれば、窒素、酸素、二酸化炭素及びアルゴンなどの微量気体からなる空気の組成比(モル比)と異なる組成比(モル比)と同義である。
【0023】
また、多糖類の低分子化速度とは、当該多糖類を構成するオリゴ糖や単糖等の可溶性成分が単位時間あたりに生成される量として算出することができる。セルロース系バイオマスをイオン液体に混合すると、当該バイオマスに含まれる結晶性セルロースが非晶化するとともに、非晶化したセルロース及びヘミセルロースの分子鎖が徐々に切断されて低分子化し、イオン液体に可溶なオリゴ糖や単糖まで分解される。さらに、分解されたオリゴ糖や単糖は、イオン液体中で放置されると、低分子化反応がさらに進行して、最終的には5−HMFやフルフラール等の発酵を阻害する過分解物となる。
【0024】
酸素の分圧が空気よりも高いと、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度は速くなる。低分子化速度を速めると、セルロース系バイオマスに含まれるセルロース及びヘミセルロースを短時間で低分子化させることができる。よって、イオン液体とセルロース系バイオマスの混合時間を短時間に設定することができ、全てのセルロース及びヘミセルロースを構成単糖まで低分子化させるための作業効率を高めることができる。また、イオン液体中で発酵が可能となれば、低コストで高効率なアルコール又は有機酸の製造方法となる可能性もある。
【0025】
酸素の分圧を空気よりも高くする場合には、例えば、酸素分圧(酸素体積比、モル比)を30%〜100%とすることが好ましく、70%〜100%とすることが最も好ましい。酸素分圧が30%を下回る場合には、低分子化速度が有意に向上しないおそれがある
一方、酸素の分圧が空気よりも低いと、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度は遅くなる。また、窒素の分圧や二酸化炭素の分圧が空気よりも高い場合、大気圧に比べて減圧状態の場合も、多糖類の低分子化速度は遅くなる。低分子化速度を遅くすると、セルロース及びヘミセルロースの低分子成分をイオン液体中に溶解してしまわない程度の分子量で、固体のまま維持することが容易となる。すなわち、セルロース及びヘミセルロースがオリゴ糖や単糖といった可溶性成分とならない状態を維持することができる。固体のまま維持されたセルロース及びヘミセルロースの低分子成分は、固液分離作業によって、イオン液体から固体として分離することができる。つまり、固液分離作業によって、イオン液体は液体成分として、低分子化したセルロース及びヘミセルロースは固体成分として回収される。回収されたイオン液体には、セルロース及びヘミセルロース由来の可溶性成分を含んでいないので、そのままイオン液体を再利用した場合にも、セルロース及びヘミセルロースの過分解成分が生じることがなくなる。また、固体成分に含まれる、セルロース及びヘミセルロースは低分子化されているので、セルラーゼなどの加水分解酵素が作用しやすく、セルロース系バイオマスを酵素処理することによって糖を製造する場合、糖化効率が上昇する。糖化効率が上昇することにより、生成された糖からアルコール又は有機酸を製造すると、アルコール又は有機酸の製造効率も上昇する。
【0026】
酸素の分圧を空気よりも低くする場合には、例えば、酸素分圧(酸素体積比、モル比)を0%〜10%とすることが好ましく、0%〜3%とすることが最も好ましい。酸素分圧が10%を上回る場合には、低分子化速度が有意に遅延しないおそれがある。
【0027】
また、窒素の分圧を空気よりも高くする場合には、例えば、窒素分圧(酸素体積比、モル比)を80%〜100%とすることが好ましく、95%〜100%とすることが最も好ましい。窒素分圧が80%を下回る場合には、低分子化速度が有意に遅延しないおそれがある。同様に、二酸化炭素の分圧を空気よりも高くする場合には、例えば、二酸化炭素分圧(酸素体積比、モル比)を5%〜100%とすることが好ましく、90%〜100%とすることが最も好ましい。二酸化炭素分圧が5%を下回る場合には、低分子化速度が有意に遅延しないおそれがある。
【0028】
大気圧よりも減圧状態にする場合には、例えば、気圧を0.01気圧〜0.8気圧とすることが好ましく、0.01気圧〜0.5気圧とすることが最も好ましい。気圧が0.8気圧を上回る場合には、低分子化速度が有意に遅延しないおそれがある。
【0029】
なお、セルロース系バイオマスとイオン液体との混合は、単にセルロース系バイオマスとイオン液体が接触するだけでも良いし、必要に応じて、攪拌、超音波照射及びボルテックスなどを行ってもよい。また、固液分離作業は、濾過や遠心分離といった従来公知の方法を用いればよい。
【0030】
また、本発明において、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合して低分子化処理を行う際の温度は、特に限定されないが、短時間で低分子か処理を行うためには、60℃〜150℃で処理することが好ましく、80℃〜120℃で処理することが最も好ましい。60℃以下での処理では、十分に低分子化することができないといった問題が生じるおそれがあり、150℃以上では、低分子加速度を制御できないといった問題が生じるおそれがある。
【0031】
本発明の低分子化制御方法は、上記したように、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類を酵素処理によって糖化することで得られる単糖類及びオリゴ糖類を製造する際に、前処理工程として適用することが可能である。酵素処理による糖化によって、セルロースはグルコースなどの単糖に加水分解され、ヘミセルロースはキシロース、アラビノース、マンノースなどの単糖に加水分解される。酵素処理に用いる酵素は、セルロースやヘミセルロースを加水分解できる、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ(キシラーゼ、アラビナーゼ、マンナナーゼ)など、従来公知の酵素を適宜使用する。また、酵素は、化学的に合成されたもの又は微生物の生産物を精製したものを混合するのでも良いし、目的酵素を合成する微生物を混合するのでも良い。
【0032】
また、上記したようにして得られた糖を発酵することによってアルコールや有機酸を製造することも可能である。アルコールとしては、エタノール、プロパノール、ブタノール及びグリセリン等を、有機酸としては、乳酸、酢酸、クエン酸、蓚酸、コハク酸、β−ヒドロキシ酪酸及び3−ヒドロキシプロピオン酸等を製造することができる。
【0033】
発酵に使用する微生物としては、糖化工程で得られた単糖類やオリゴ糖類などの糖成分を利用して目的生産物を製造することができれば何ら限定されない。例えば、エタノールを目的生産物とする場合には、サッカロミセス セルビシエ(Saccharomyces cerevisiae)及びシゾサッカロミセス ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)などが挙げられる。また、エタノールを目的生産物とする場合には、単糖類やオリゴ糖を基質としてエタノールを生合成するのに必要な遺伝子群を導入した大腸菌等の細菌を使用することもできる。また、乳酸を目的生産物とする場合には、従来公知の乳酸生産菌、例えば、Lactobacillus属に属する細菌を例示することができる。また、単糖類やオリゴ糖を基質として乳酸を生合成するのに必要な遺伝子群を導入した大腸菌や酵母等を使用することもできる。
【0034】
本発明のアルコール又は有機酸の製造方法に係る糖化工程と発酵工程は、別々の槽で行って、糖化工程が終わったものを発酵槽に移して発酵工程を行うようにしても良いが、同じ槽の中で、糖化と発酵を同時に行う同時糖化発酵工程とすることも含む。
【0035】
発酵工程の終了後、アルコールや有機酸などの目的生産物を従来公知の手法によって、回収・生成することができる。例えば、エタノールを目的生産物とする場合、蒸留、浸透気化膜等を適用することができる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0037】
[実施例1]
本実施例では、イオン液体として1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを使用し、セルロース系バイオマスに含まれるセルロース及びヘミセルロースを低分子化する実験を各種雰囲気下で行った。
【0038】
具体的には、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド3gを密封した丸底フラスコに入れ、120℃に加熱した状態で、酸素、窒素、二酸化炭素、擬似空気又は、水分を含んだそれぞれの気体を10ml/分の速度で供給しながら、90mgの絶乾ベイスギ木粉を投入し、攪拌処理した。処理開始3時間後及び24時間後に、可溶成分と不溶成分に吸収ろ過によって分離した。同様にして、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド3gを密封した丸底フラスコに入れ、120℃に加熱した状態で、減圧ポンプを用いて0.01気圧まで減圧しながら、90mgの絶乾ベイスギ木粉を投入し、攪拌処理した。処理開始3時間後及び24時間後に、可溶成分と不溶成分に吸収ろ過によって分離した。
【0039】
それぞれの可溶成分を125μlサンプリングし、これを125μlのジメチルスルホキシドと混合した後、ろ過し、得られたろ液についてGPC分析を行った。分析条件は以下の通りである。
サンプル流入量:10μl
カラム :Shodex SB−803HQ
溶離液 :ジメチルスルホキシド
検出器 :示唆屈折検出器およびフォトダイオードアレイ
カラム温度 :60℃
【0040】
処理開始3時間後の結果を図1に、処理開始24時間後の結果を図2に示した。
3時間後の段階で、水分を含んだ酸素及び酸素雰囲気下で処理を行ったものは、それ以外の雰囲気下で処理を行ったものに比べて、ピークが低分子の方向にシフトしていることがわかる。同じような傾向は24時間後でも見られる。
【0041】
二酸化炭素、水分を含んだ二酸化炭素雰囲気下、窒素、水分を含んだ窒素、及び減圧状態で処理を行ったものは、擬似空気雰囲気下で処理を行ったものに比べて、ピークが高分子の方向にシフトしていることがわかる。つまり、酸素雰囲気下では、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類は低分子化速度が速まり、二酸化炭素及び窒素雰囲気下、及び減圧状態下では、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類は低分子化速度が遅くなることが分かる。それぞれの気体において、水分を含んだものと含んでいないものの結果は大きく異ならないので、水分の有無は低分子化速度に大きな影響を与えないことも分かる。
【0042】
[実施例2]
実施例1と同様にして分離した、それぞれ可溶成分を10μlサンプリングし、これを90μlの蒸留水と混合した後、ろ過し、得られたろ液についてHPLC分析を行った。分析条件は、以下の通りである。
【0043】
サンプル流入量:10μl
カラム :Aminex HPX−87
溶離液 :蒸留水
流束 :0.6ml/min
検出器 :示唆屈折検出器およびフォトダイオードアレイ
カラム温度 :85℃
処理開始24時間後の結果を図3に示した。
【0044】
水分を含んだ擬似空気及び擬似空気雰囲気下で処理を行ったものでは、セルロースの単糖であるグルコースが最も多く含まれており、セルロースのオリゴマーやセロビオースも含まれており、若干グルコースが更に低分子化された過分解物である、5−HMFが含まれているのが分かる。それに対し、水分を含んだ酸素及び酸素雰囲気下では、オリゴマーやセロビオース、グルコースは検出されず、過分解物の5−HMFだけが検出されており、低分子化速度が速いことが分かる。つまり、同じ分子量に低分子化する場合には、酸素雰囲気下では、空気雰囲気下に比べて、処理時間を短くすることが可能である。
【0045】
水分を含んだ二酸化炭素及び二酸化炭素雰囲気下、水分を含んだ窒素及び窒素雰囲気下減圧状態下で処理を行ったものでは、24時間経過しても、セルロースのオリゴマーが検出される程度で、セロビオースやグルコースは検出されておらず、低分子化速度が遅くなることが分かる。また、この結果からも、それぞれの気体において、水分を含んだものと含んでいないものの結果に大きな違いはないので、水分の有無は低分子化速度に大きな影響を与えないことが分かる。
【0046】
[実施例3]
実施例1と同様にして分離した、それぞれの不溶成分を、ジメチルスルホキシド(DMSO)で十分に洗浄後、さらに十分な蒸留水にて洗浄を行った。得られた残渣をX線回析装置(装置名:RINT2000(リガク社製)を使用して、電圧40kv及び電流30mAの条件にてX線回析を行った。処理開始3時間後のX線回析の結果を図4に示す。未処理のものでは結晶セルロースを示す2θ=22.6の位置にピークが見られたが、イオン液体処理したものでは、どの雰囲気下で処理したものも、2θ=22.6の位置にピークが見られず、ブロードな回折結果となった。これにより、どの雰囲気下で処理したものも、セルロースの結晶構造が非晶化されていることが分かる。
【0047】
[実施例4]
実施例1と同様にして分離した、それぞれの不溶成分を、ジメチルスルホキシド(DMSO)で十分に洗浄後、さらに十分な蒸留水にて洗浄を行った。得られた残渣を全て硫酸に投入し、該硫酸を成分分析して、キシロース含量及びグルコース含量から、セルロース及びヘミセルロースの低分子成分を定量した。なお、水分を含んだ擬似空気雰囲気下の不溶成分中に含まれていたセルロース及びヘミセルロースの低分子成分の合計含量を1として、相対値で求めた。処理開始24時間後の不溶成分中に含まれるセルロースとヘミセルロースの低分子成分の合計含量を図5のグラフで示した。
【0048】
図5に示すように、水分を含んだ二酸化炭素及び二酸化炭素雰囲気下、水分を含んだ窒素及び窒素雰囲気下、減圧状態で処理したものでは、水分を含んだ擬似空気及び擬似空気雰囲気下で処理したものに比べて、不溶成分にセルロース及びヘミセルロースの低分子成分が多く含まれることが分かる。つまり、二酸化炭素雰囲気下、窒素雰囲気下、減圧状態で、セルロース系バイオマスにイオン液体を処理すると、セルロース、ヘミセルロースの低分子化速度が遅くなり、固体成分として、セルロース及びヘミセルロースの低分子成分を回収できることが分かる。
【0049】
また、水分を含んだ酸素及び酸素雰囲気下で処理したものの不溶成分では、セルロース及びヘミセルロースの低分子成分を全く含有しておらず、低分子化速度が速くなることにより、セルロース系バイオマスに含まれるセルロース及びヘミセルロースは全て、イオン液体に可溶する程度まで低分子化が進行したことが分かる。
【0050】
実施例1〜4の結果を総合的に判断すると、イオン液体とセルロース系バイオマスを混合する雰囲気を変化させることで、セルロース系バイオマスに含まれるセルロースやヘミセルロースのような多糖類を低分子化する速度を制御することができ、特に、空気より窒素分圧や二酸化炭素分圧が高い雰囲気下、又は減圧状態下にすると、低分子化速度が遅くなり、セルロース及びヘミセルロースの低分子成分を固体状態のまま維持することが可能となることが分かる。また、逆に、低分子化速度を速めたい場合には、酸素分圧が空気よりも高い雰囲気下でイオン液体とセルロース系バイオマスを混合すると良いことも分かる。
【0051】
また、実施例3の結果からは、本発明の低分子化速度制御方法によって、低分子化速度を遅くすることによって、可溶化せずに残った固体成分(不溶成分)では、セルロースが非晶化していることが分かる。また、実施例4の結果から、不溶成分には、セルロース及びヘミセルロースの低分子成分が十分に存在していることも分かる。一般的にセルロースが酵素の作用を受けやすくするためには、結晶構造を非晶化することが有効であることが知られている。よって、本発明の低分子化速度制御方法によって、低分子化速度を遅くすることによって得られるセルロース及びヘミセルロースが含まれる固体成分は、未処理のものに比べて酵素の作用を受けやすくなっていると考えられる。つまり、本発明の低分子化速度制御方法によって、低分子化速度を遅くする工程は、酵素加水分解(糖化)処理の前処理工程とすることができる、といえる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
空気とは異なる分圧比の雰囲気下で、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合することを特徴とする、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法。
【請求項2】
前記雰囲気は、空気に比べて酸素分圧が高いことを特徴とする請求項1に記載のセルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法。
【請求項3】
前記雰囲気は、空気に比べて酸素分圧が低いことを特徴とする請求項1に記載のセルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法。
【請求項4】
前記雰囲気は、空気に比べて窒素分圧が高いことを特徴とする請求項1又は3に記載のセルロース系バイオマスに含まれる多糖類の低分子化速度制御方法。
【請求項5】
前記雰囲気は、空気に比べて二酸化炭素分圧が高いことを特徴とする請求項1又は3に記載のセルロース系バイオマスの低分子化速度制御方法。
【請求項6】
前記雰囲気は、大気圧に比べて減圧状態であることを特徴とする請求項1又は3に記載のセルロース系バイオマスの低分子化速度制御方法。
【請求項7】
前記イオン液体が、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム塩であることを特徴とする請求項1ないし6いずれか一項に記載のセルロース系バイオマスの低分子化速度制御方法。
【請求項8】
前記1−エチル−3−メチルイミダゾリウム塩が、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドであることを特徴とする請求項7に記載のセルロース系バイオマスの低分子化速度制御方法。
【請求項9】
空気に比べて酸素分圧の低い雰囲気下で、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合する前処理工程と、
前記前処理工程で得られた液体成分と固体成分とを分離する固液分離工程と、
前記固液分離工程で分離された固体成分を酵素処理によって糖化する糖化工程と、を含む、糖の製造方法。
【請求項10】
前記雰囲気が、更に、空気に比べて窒素分圧が高いことを特徴とする請求項9に記載の糖の製造方法。
【請求項11】
空気に比べて酸素分圧の低い雰囲気下で、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合する前処理工程と、
前記前処理工程で得られた液体成分と固体成分とを分離する固液分離工程と、
前記固液分離工程で分離された固体成分を酵素処理によって糖化する糖化工程と、
前記糖化工程で得られた糖成分を発酵する発酵工程を含む、アルコール又は有機酸の製造方法。
【請求項12】
前記雰囲気が、更に、空気に比べて窒素分圧が高いことを特徴とする請求項11に記載のアルコール又は有機酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−45256(P2011−45256A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−194226(P2009−194226)
【出願日】平成21年8月25日(2009.8.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 刊行物 :第59回日本木材学会大会 研究発表要旨集 発行日 :平成21年2月28日 発行所 :日本木材学会 該当頁 :165頁
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】