説明

セルロース系バイオマスの処理方法、セルロース系バイオマスからの糖又はアルコール又は有機酸の製造方法

【課題】セルロース及び/又はヘミセルロースをイオン液体により十分に緩和することで糖化効率を向上する、セルロース系バイオマスの処理方法の提供。
【解決手段】セルロース系バイオマスをイオン液体、アルカリおよび融点が100℃以上のイミダゾリウム塩を含む溶液に浸漬する工程により、セルロース及び/又はヘミセルロースをイオン液体により十分に緩和する工程、処理後のセルロース系バイオマスにセルラーゼを作用させて糖を得る工程と、得られた糖成分を発酵することでアルコール又は有機酸を得る工程とを含む、アルコール又は有機酸の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース系バイオマスをイオン性液体と混合して、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類を低分子化する処理方法、また当該方法を用いた糖又はアルコール又は有機酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース系バイオマスは、主にセルロース、ヘミセルロース、リグニンによって構成されている。特に、グルコースやキシロースの高分子体であるセルロースやヘミセルロースは、再生可能な炭水化物資源であり、これらを原料として、エタノールや乳酸などに代表されるアルコールや有機酸を製造することが可能であるため、石油代替資源として注目されている。
【0003】
セルロース系バイオマスからアルコールや有機酸を製造するためには、セルロース系バイオマスに含まれるセルロースやヘミセルロースを構成単糖にまで加水分解(糖化)し、発酵によって単糖をアルコールや有機酸に変換する。セルロースやヘミセルロースを構成単糖まで加水分解(糖化)する方法として、特許文献1、2に記載のようなイオン液体を用いる方法が、最近注目を集めている。これらの方法をセルロース系バイオマスに適用することで、セルロース系バイオマスに含まれるセルロースやヘミセルロースといった多糖類を低分子化することができる。
【0004】
特に、特許文献3には、リグノセルロース含有の出発材料を、イオン性液体を含む液状処理媒体で処理し、処理された材料を酵素的加水分解することで出発原料を糖化する方法が開示されている。また、特許文献4には、リグノセルロース系バイオマスを、イオン液体を含む混合処理液に浸漬する際に、当該混合処理液に無機酸、有機酸、アルカリ、酸化剤などからなる群から選択される少なくとも1種の脱リグニン反応触媒を添加することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】特開2009−79220号公報
【特許文献3】WO2008−090156
【特許文献4】特開2010−084104号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、セルロース系バイオマスをイオン液体で処理する手法においては、イオン液体によるセルロース及び/又はヘミセルロースの緩和が不十分であり、最終的に糖化率を向上できないといった問題があった。そこで、本発明は、セルロース及び/又はヘミセルロースをイオン液体により十分に緩和することができるセルロース系バイオマスの処理方法を提供し、当該処理方法により糖化効率に優れたセルロース系バイオマスからの糖又はアルコール又は有機酸の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、セルロース系バイオマスとイオン液体を混合する際にアルカリを添加することで、セルロース系バイオマスに含まれるセルロース及び/又はヘミセルロースを十分に緩和することができ、その後の糖化処理における糖化効率を向上できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は以下を包含する。
本発明に係るセルロース系バイオマスの処理方法は、セルロース系バイオマスをイオン液体及びアルカリを含む溶液に浸漬する工程を含む。
【0009】
一方、本発明に係る糖の製造方法は、セルロース系バイオマスをイオン液体及びアルカリを含む溶液に浸漬する緩和工程と、前記緩和工程で得られた液体成分と固体成分とを分離する固液分離工程と、前記固液分離工程で分離された固体成分を酵素処理によって糖化する糖化工程とを含む。
【0010】
また、本発明に係るアルコール又は有機酸の製造方法は、セルロース系バイオマスをイオン液体及びアルカリを含む溶液に浸漬する緩和工程と、前記緩和工程で得られた液体成分と固体成分とを分離する固液分離工程と、前記固液分離工程で分離された固体成分を酵素処理によって糖化する糖化工程と、前記糖化工程で得られた糖成分を発酵する発酵工程とを含む。
【0011】
ここで、本発明において、上記溶液には、イオン液体の他に融点が100℃以上のイミダゾリウム塩が含まれていても良い。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、セルロース系バイオマスに含まれるセルロース及び/又はヘミセルロースを十分に緩和することができるため、当該バイオマスに含まれるセルロース及び/又はヘミセルロースの糖化効率を大幅に向上することができる。このため、本発明によれば、セルロース系バイオマスを利用して糖や有機酸を効率良く製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1の実験結果を示す特性図である。
【図2】実施例2の実験結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るセルロース系バイオマスの処理方法、当該処理方法を用いた糖又はアルコール又は有機酸の製造方法を詳細に説明する。
【0015】
本発明においては、イオン液体とアルカリとを含有する溶液にセルロース系バイオマスを混合する。
【0016】
セルロース系バイオマス
本発明における、セルロース系バイオマスとは、セルロース繊維の結晶構造とヘミセルロース及びリグニンとの複合体を含むバイオマスを意味する。特に、セルロース繊維の結晶構造及びヘミセルロースをセルロース系バイオマスに含まれる多糖類として扱う。セルロース系バイオマスには、間伐材、建築廃材、産業廃棄物、生活廃棄物、農産廃棄物、製材廃材及び林地残材及び古紙等の廃棄物が含まれる。また、セルロース系バイオマスとしては、段ボール、古紙、古新聞、雑誌、パルプ及びパルプスラッジ等も含む。さらに、セルロース系バイオマスとしては、おが屑や鉋屑等の製材廃材、林地残材又は古紙等を粉砕、圧縮し、成型したペレットをも含む。セルロース系バイオマスは、いかなる形状で使用しても良いが、イオン液体が作用しやすくなることにより、セルロース系バイオマスに含まれるセルロース及び/又はヘミセルロースといった多糖類の緩和が促進されるので、微細化して使用することが好ましい。
【0017】
アルカリ
アルカリとは、水に溶解して塩基性を示す物質を総称する意味である。すなわち、本発明において、アルカリとしては、特に限定されず、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物(塩)を挙げることができる。混合液に含まれるアルカリとしては、KOH、K2CO3、NaOH、Na2CO3等のカリウムやナトリウムを含むアルカリ性化合物及びアンモニアを挙げることができる。
【0018】
上記溶液中のアルカリ濃度が低いと、セルロース系バイオマスの糖化率を十分に向上できない虞がある。一方、上記溶液中のアルカリ濃度が高すぎると、セルロース系バイオマスを過分解する虞がある。また、セルロース系バイオマスを当該溶液で処理した後、酵素を利用して糖化処理を行う場合、溶液中のアルカリ濃度が高すぎると糖化処理に使用する酵素の活性を阻害し、糖化率を向上できない虞がある。
【0019】
イオン液体
セルロース系バイオマスを低分子化させるのに適用可能なイオン液体としては、特に限定されず、イミダゾリウム系イオン液体、ピリジン系イオン液体、脂環族アミン系イオン液体及び脂肪族アミン系イオン液体を使用することができる。これらイオン液体として使用する化合物としては、セルロース系バイオマスに含まれるセルロース及び/又はヘミセルロースの低分子化度を考慮して適宜選択することができる。セルロース及び/又はヘミセルロースの低分子化度という観点からは、イミダゾリウム化合物から構成されるイミダゾリウム系イオン液体を使用することが好ましい。特に、イミダゾリウム化合物としては、1,3−ジアルキルイミダゾリウム塩を使用することがより好ましい。1,3−ジアルキルイミダゾリウム塩のなかでも、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライドを使用することが最も好ましい。
【0020】
なお、イミダゾリウム化合物としては、1,3−ジアルキルイミダゾリウム塩及び1,2,3−トリアルキルイミダゾリウム塩を挙げることができる。具体的に1,3−ジアルキルイミダゾリウム塩としては、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムブロマイド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム(L)−乳酸塩、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸塩、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸塩、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホン酸塩、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム(L)−乳酸塩、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムブロマイド、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸塩、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホン酸塩、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウムヘキサフルオロリン酸塩、1−デシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ドデシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−テトラデシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−ヘキサデシル−3−メチルイミダゾリウムクロライド、1−オクタデシル−3−メチルイミダゾリウムクロライドなどが挙げられる。1,2,3−トリアルキルイミダゾリウム塩としては、1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムブロマイドや1−エチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムクロライド、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムブロマイド、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムクロライド、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホン酸塩、1−ヘキシル−2,3−ジメチルイミダゾリウムブロマイド、1−ヘキシル−2,3−ジメチルイミダゾリウムクロライド、1−ヘキシル−2,3−ジメチルイミダゾリウムトラフルオロホウ酸塩、1−ヘキシル−2,3−ジメチルイミダゾリウムトリフルオロメタンスルホン酸塩などが挙げられる。
【0021】
また、ピリジニウム系イオン液体としては、エチルピリジニウム塩、ブチルピリジニウム塩、ヘキシルピリジニウム塩等が挙げられる。具体的には、エチルピリジニウム塩としては、1−エチルピリジニウムブロマイド及び1−エチルピリジニウムクロライドを挙げることができる。ブチルピリジニウム塩としては、1−ブチルピリジニウムブロマイド、1−ブチルピリジニウムクロライド、1−ブチルピリジニウムヘキサフルオロリン酸塩、1−ブチルピリジニウムテトラフルオロホウ酸塩及び1−ブチルピリジニウムトリフルオロメタンスルホン酸塩等が挙げられる。ヘキシルピリジニウム塩としては、1−ヘキシルピリジニウムブロマイド、1−ヘキシルピリジニウムクロライド、1−ヘキシルピリジニウムヘキサフルオロリン酸塩、1−ヘキシルピリジニウムテトラフルオロホウ酸塩及び1−ヘキシルピリジニウムトリフルオロメタンスルホン酸塩等を挙げることができる。
【0022】
さらに、脂環族アミン系イオン液体としては、N,N,N−トリメチル−N−プロピルアンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、N−メチル−N−プロピルピペリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド、N,N−ジエチル−N−メチル−N−(2−メトキシエチル)アンモニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド及びN,N−ジエチル−N−メチル−N−(2−メトキシエチル)アンモニウムテトラフルオロホウ酸塩等を挙げることができる。
【0023】
また、上述したようにイミダゾリウム系イオン液体、ピリジン系イオン液体、脂環族アミン系イオン液体及び脂肪族アミン系イオン液体において、アニオンは無機アニオン及び有機アニオンのいずれであってもよい。無機アニオンとしては、例えばCl-、Br-、I-、NO3-、BF4-、PF6-、AlCl4-を挙げることができる。また、有機アニオンとしては、CH3SO3-、CH3CH(OH)COO-、乳酸イオン、CH3COO-、CH3OSO3-、CF3SO3-、(CF3SO2)2N-、(C2F5SO2)2N-等を挙げることができる。特に、アニオンとしてはCl-を含むイオン液体或いはCH3COO-を含むイオン液体を使用することが好ましい。Cl-を含むイオン液体或いはCH3COO-を含むイオン液体はセルロース系バイオマスに含まれるセルロース及び/又はヘミセルロースの溶解速度が非常に速いためである。
【0024】
融点が100℃以上のイミダゾリウム塩
また、イオン液体とアルカリとを含有する溶液は、上述したイオン液体以外に、「融点が100℃以上のイミダゾリウム塩」を含有しても良い。「融点が100℃以上のイミダゾリウム塩」とは、イミダゾール環を有するカチオンとアニオンから構成される塩であって、融点が100℃以上であり、イオン液体ではないものを意味する。
【0025】
融点が100℃以上のイミダゾリウム塩を構成するカチオンは、以下の式で表すことができる:
【化1】

[式中、RとRは、それぞれ独立してメチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル及びデシル等のC1−10アルキル基;シクロプロピル、メチルシクロプロピル、シクロヘキシル、2,6−ジメチルシクロヘキシル、2,6−ジエチルシクロヘキシル、2,4,6−トリメチルシクロヘキシル、2,4,6−トリエチルシクロヘキシル及びシクロデシル等の置換若しくは非置換のC3−10シクロアルキル基;アリル基等のC2−10アルケニル基;並びにフェニル、2,6−ジメチルフェニル、2,6−ジイソプロピルフェニル、2,4,6−トリメチルフェニル、トリル及びナフチル等の芳香族炭化水素基からなる群から選択される]。
【0026】
好ましくは、RとRは、それぞれ独立して、C1−6アルキル基(メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル及びヘキシル等)、置換若しくは非置換のシクロヘキシル基(シクロヘキシル、2,6−ジメチルシクロヘキシル及び2,4,6−トリメチルシクロヘキシルなど)、アリル基、並びに置換若しくは非置換のフェニル基(フェニル、2,6−ジメチルフェニル、2,6−ジイソプロピルフェニル及び2,4,6−トリメチルフェニル等)からなる群から選択される。より好ましくはRとRは同一の置換基である。
【0027】
融点が100℃以上のイミダゾリウム塩を構成するアニオンは、無機アニオン及び有機アニオンのいずれであってもよい。無機アニオンとしては、例えばCl-、Br-、I-、NO3-、BF4-、PF6-、AlCl4-を挙げることができる。有機アニオンとしては、例えば酢酸アニオン、リン酸アニオン、乳酸アニオン、メタンスルホン酸アニオン、トリフルオロメタンスルホン酸アニオン、ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドアニオン、ビス(ペンタフルオロエタンスルホニル)イミドアニオンを挙げることができる。好ましくは、融点が100℃以上のイミダゾリウム塩を構成するアニオンは、Cl-、Br-、I-、酢酸アニオン及びリン酸アニオンからなる群から選択される。
【0028】
本発明において好ましい融点が100℃以上のイミダゾリウム塩の具体例としては、1,3−ジメチルイミダゾリウムクロリド、1,3−ジメチルイミダゾリウムジメチルホスフェート、1,3−ジシクロヘキシルイミダゾリウムクロリド、1,3−ビス(2,4,6−トリメチルフェニル)イミダゾリウムクロリド、1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニルエチル)イミダゾリウムクロリドなどを挙げることができる。
【0029】
処理工程
なお、セルロース系バイオマスを上述した溶液で処理するとは、当該セルロース系バイオマスを上記溶液に浸漬する処理でも良いし、当該セルロース系バイオマスが上記溶液に浸漬した状態で必要に応じて、攪拌、超音波照射及びボルテックスなどを行ってもよい。
【0030】
また、本発明において、セルロース系バイオマスを上記溶液で処理する際の温度は、特に限定されないが、60℃〜150℃で処理することが好ましく、80℃〜120℃で処理することが最も好ましい。60℃以下での処理では、十分に糖化効率を向上できないといった問題が生じる虞があり、150℃以上では、セルロース系バイオマスを過分解する虞及びコスト高となる虞がある。
【0031】
本発明の処理方法は、上記したように、セルロース系バイオマスに含まれる多糖類を酵素処理によって糖化する工程の前工程として適用することが可能である。すなわち、本発明の処理方法を経ることでセルロース系バイオマスは緩和した状態となり、その後の糖化が進行しやすい状態となる。その結果、本発明の処理方法を行うことで、セルロース系バイオマスの糖化率が大幅に向上・改善される事となる。なお、上述した処理工程の後、濾過や遠心分離といった従来公知の方法によりセルロース系バイオマスと溶液とを分離しても良い。
【0032】
糖化工程
糖化工程とは、酵素処理による糖化によって、セルロースはグルコースなどの単糖に加水分解され、ヘミセルロースはキシロース、アラビノース、マンノースなどの単糖に加水分解される工程を意味する。酵素処理に用いる酵素は、セルロースやヘミセルロースを加水分解できる、セルラーゼ、ヘミセルラーゼ(キシラーゼ、アラビナーゼ、マンナナーゼ)など、従来公知の酵素を適宜使用する。また、酵素は、化学的に合成されたもの又は微生物の生産物を精製したものを混合するのでも良いし、目的酵素を合成する微生物を混合するのでも良い。
【0033】
本発明で用いるセルラーゼは、好ましくはTrichoderma属の種(特にTrichoderma reeseiおよびTrichoderma viride)由来のセルラーゼ、Aspergillus属の種(特にAspergillus niger)由来のセルラーゼ、Pyrococcus属の種(特にPyrococcus horikoshii)由来のセルラーゼ、Humicola属の種(特にHumicola insolens)由来のセルラーゼ、Phanerochaete属の種(特にPhanerochaete chrysosporium)由来のセルラーゼ、およびそれらの2種以上の混合物からなる群から選択される。
【0034】
本発明の処理溶液により処理されたセルロース系バイオマスは、セルロースやヘミセルロースがアルカリ及びイオン液体を含む溶液により十分に緩和されてセルラーゼによる糖化を受けやすい状態となっている。そのため、イオン液体のみからなる処理溶液に浸漬し、セルラーゼを作用させた場合と比較してより高い糖化率を達成することができる。
【0035】
アルコール及び/又は有機酸製造工程
上記の糖化工程で得られた糖成分を利用したいわゆる発酵によって、アルコールや有機酸を製造することができる。アルコールとしては、エタノール、プロパノール、ブタノール及びグリセリン等を、有機酸としては、乳酸、酢酸、クエン酸、蓚酸、コハク酸、β−ヒドロキシ酪酸及び3−ヒドロキシプロピオン酸等を製造することができる。
【0036】
発酵に使用する微生物としては、糖化工程で得られた単糖類やオリゴ糖類などの糖成分を利用して目的生産物を製造することができれば何ら限定されない。例えば、エタノールを目的生産物とする場合には、サッカロミセス セルビシエ(Saccharomyces cerevisiae)及びシゾサッカロミセス ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)などが挙げられる。また、エタノールを目的生産物とする場合には、単糖類やオリゴ糖を基質としてエタノールを生合成するのに必要な遺伝子群を導入した大腸菌等の細菌を使用することもできる。また、乳酸を目的生産物とする場合には、従来公知の乳酸生産菌、例えば、Lactobacillus属に属する細菌を例示することができる。また、単糖類やオリゴ糖を基質として乳酸を生合成するのに必要な遺伝子群を導入した大腸菌や酵母等を使用することもできる。
【0037】
本発明のアルコール又は有機酸の製造方法に係る糖化工程と発酵工程は、別々の槽で行って、糖化工程が終わったものを発酵槽に移して発酵工程を行うようにしても良いが、同じ槽の中で、糖化と発酵を同時に行う同時糖化発酵工程とすることも含む。
【0038】
発酵工程の終了後、アルコールや有機酸などの目的生産物を従来公知の手法によって、回収・生成することができる。例えば、エタノールを目的生産物とする場合、蒸留、浸透気化膜等を適用することができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0040】
[実施例1]
本実施例では、イオン液体として1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムアセテート(以下、[Bmim][Ac]と称す)(Solbionic社)を使用した。このイオン液体の構造式を以下に示す。
【0041】
【化2】

【0042】
[Bmim][Ac]1.0gをバイアル瓶に採取し、水酸化ナトリウムを添加してセルロース系バイオマスを浸漬するための溶液を調整した。本実施例では、溶液中の水酸化ナトリウム濃度が、2.5mM、25mM、250mMとなるように溶液を準備した。
【0043】
セルロース系バイオマスの処理
本実施例では、セルロース系バイオマスとしてカッターミルで破砕処理された平均粒径150mmのユーカリ粉末を使用した。本実施例では、上述のように調整した溶液に、50mgのユーカリ粉末を加えた。その後、セルロース系バイオマスを溶液に浸漬した状態を120℃にて30分間、静置条件下で保持した。処理後、9mlの滅菌水にて洗浄し、その後フィルターを利用してセルロース系バイオマスを滅菌水で数回洗浄して処理溶液を洗い流した。
【0044】
セルラーゼによる糖化反応
滅菌水で洗浄した処理後のセルロース系バイオマスを再びバイアル瓶に採取し、これに10mMクエン酸緩衝液(pH5.5)を9.9mL添加し、次いでセルラーゼ混合溶液0.1mLを添加した。この試料を40℃に維持して糖化反応させた。72時間後にサンプリングして、溶液中のグルコース濃度を測定した。
【0045】
セルラーゼ混合溶液としては、Trichoderma reesei ATCC 26921由来のNovozyme Celluclast(Sigma-Aldrich社)とAspergillus niger由来のNovozyme 188(Sigma-Aldrich社)を5:1の割合で混合したものを6FPU/gバイオマスとなるようにしたものを用いた。グルコース濃度の測定には、バイオセンサBF-5(王子計測機器社)を用い、操作の詳細は付属のプロトコールに従った。
【0046】
得られたグルコース濃度(%)をもとに、各バイオマス中に含有されるセルロース中のグルコースユニット数を100とした場合の糖への変換効率を、以下の計算式に従って算出した。なお、セルロース中のグルコースユニット数はバイオマス試料の成分分析結果に基づいて求めた。
【0047】
【数1】

【0048】
グルコースの変換効率を算出した結果を図1に示す。図1から判るように、イオン液体に所定濃度のアルカリを加えることで、糖化処理後のグルコースの変換効率が有意に向上している。本実施例では、アルカリとして水酸化ナトリウムを使用しているが、この場合には水酸化ナトリウム濃度を2.5mM若しくは25mMとした時にグルコースの変換効率が向上している。
【0049】
[実施例2]
本実施例では、セルロース系バイオマスを浸漬するための溶液に「融点が100℃以上のイミダゾリウム塩」として1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾリウムクロリドを1mg添加した以外は、実施例1と同様にしてセルロース系バイオマスを処理し、その後、糖化処理を行った。1,3−ビス(2,6−ジイソプロピルフェニル)イミダゾリウムクロリドの構造式を以下に示す。
【0050】
【化3】

【0051】
グルコースの変換効率を算出した結果を図2に示す。実施例1の結果(図1)と比較すると、イオン液体に所定濃度のアルカリを加え、更に「融点が100℃以上のイミダゾリウム塩」を加えることで、糖化処理後のグルコースの変換効率が更に向上することが判る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース系バイオマスを、イオン液体及びアルカリを含む溶液に浸漬する工程を有するセルロース系バイオマスの処理方法。
【請求項2】
上記溶液は、融点が100℃以上のイミダゾリウム塩を更に含むことを特徴とする請求項1記載のセルロース系バイオマスの処理方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の処理方法を適用してセルロース系バイオマスをイオン液体及びアルカリを含む溶液に浸漬する工程と、
処理後のセルロース系バイオマスにセルラーゼを作用させて糖を得る工程とを含む、セルロース系バイオマスからの糖の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2記載の処理方法を適用してセルロース系バイオマスをイオン液体及びアルカリを含む溶液に浸漬する工程と、
処理後のセルロース系バイオマスにセルラーゼを作用させて糖を得る工程と、
得られた糖成分を発酵することでアルコール又は有機酸を得る工程とを含む、アルコール又は有機酸の製造方法。
【請求項5】
上記糖を得る工程と上記アルコール又は有機酸を得る工程は、同時に実施されることを特徴とする請求項4記載のアルコール又は有機酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−152163(P2012−152163A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−15368(P2011−15368)
【出願日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】