タングステン電極材料およびタングステン電極材料の製造方法
【課題】 酸化トリウムに替わる材料を用いて、従来よりも電極寿命の向上が可能なタングステン電極材料を提供すること。
【解決手段】 本発明のタングステン電極材料は、タングステン基材と、前記タングステン基材に分散された酸化物粒子と、を有し、前記酸化物粒子は、Zr酸化物及び/又はHf酸化物と、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶している酸化物固溶体であることを特徴とするタングステン電極材料である。
【解決手段】 本発明のタングステン電極材料は、タングステン基材と、前記タングステン基材に分散された酸化物粒子と、を有し、前記酸化物粒子は、Zr酸化物及び/又はHf酸化物と、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶している酸化物固溶体であることを特徴とするタングステン電極材料である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タングステン電極材料およびタングステン電極材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、熱電子放出現象を必要とするタングステン電極(以下、「タングステン電極材料」、または「電極材料」、または、単に「電極」とも言う)において、例えば熱負荷の大きい放電ランプの陰極等に用いられる電極には、高温下における熱電子放出特性の向上を目的として酸化トリウムを含有させることが行われてきた。
【0003】
しかしながら、トリウムは放射性元素であり、その安全管理上の問題から、酸化トリウムに代替すべく熱電子放出物質の選定や組成比の最適化を図った技術が数多く提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、W、Ta、Re、またはこれらの合金に、熱電子放出物質としてIIIB金属のSc、Y、およびランタノイドLa〜LuとIVB金属のHf、Zr、Tiからなる3元系酸化物またはIVB金属のHf、Zr、TiとTi、IIA金属のBe、Mg、Ca、Sr、Baからなる3元系酸化物、これらの混合物および化合物を含有した電子放射材料が開示されている。
【0005】
該電子放射材料は、高純度タングステン粉あるいは他の耐熱合金粉と添加物粉を混合し、高圧力で棒状とし、必要な密度に高温焼結、より高密度より小径の棒状とするためスエージあるいは鍛造処理を施し、次いで電極寸法に機械加工することによって作製されることが記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、熱電子放出物質として、少なくともカソード先端部の材料が、タングステンに対して付加的に酸化ランタンLa2O3と、酸化ハフニウムHfO2及び酸化ジルコニウムZrO2のグループからなる少なくとも1種の他の酸化物とを含有するショートアーク型高圧放電ランプが開示されている。
【0007】
さらに、特許文献3には、陰極または陽極が、放電灯用電極が純度99.95%以上のタングステン、タングステンにアルカリ金属を100ppm以下(0ppmは含まず)添加したドープタングステン、またはタングステンにセリウム、ランタン、イットリウム、ストロンチウム、カルシウム、ジルコニウム、ハフニウムの酸化物のうち少なくとも1種を4重量%以下(0重量%を含まず)添加したタングステン系材料のいずれか1種以上からなり、再結晶温度が2000℃以上である放電灯用電極が開示されており、熱電子放出物質として該酸化物が挙げられている。
【0008】
該電極は、タングステン粉末に酸化セリウムを添加した粉末を、CIP処理しプレス体を得て、このプレス体を電極の最終形状に近い形状に加工を行った後、水素雰囲気中1800℃にて焼結、さらに、アルゴンガス雰囲気中2000気圧、1950℃にてHIP処理し、得られた焼結体に研削加工を行うことによって作製されている。
【0009】
また、特許文献4には、陰極が、タングステンを主成分とする高融点金属基体中に、ランタン、セリウム、イットリウム、スカンジウム、及びガドリニウムから選ばれた少なくとも1種類の金属酸化物と、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ニオブ、及びタンタルから選ばれた少なくとも1種類の金属酸化物とが共存した構造を有し、該共存物の換算粒径が15μm以上であって、該高融点金属基体の中に該共存物が複数存在する高負荷高輝度放電ランプが開示されている。
【0010】
該陰極は以下の工程により作製されることが開示されている。即ち、まず、平均粒径20μm以下のランタンの金属酸化物の粉末と、同じく平均粒径20μm以下のジルコニウムからなる金属酸化物の粉末をボールミルで混合し、プレス後大気中で約1400℃で焼結し、その後再度粉砕してランタンの金属酸化物とジルコニウムの金属酸化物とが共存した酸化物の粉末を得て、これを分級し、粒径10−20μmの粉末を得る。この粉末と99.5重量%以上の純度をもった平均粒径2−20μmのタングステン粉末を混合、プレスし、水素中で仮焼結させ、その後、さらに通電して本焼結することによって該陰極は作製される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第6051165号明細書
【特許文献2】特表2005−519435号公報
【特許文献3】特開2005−285676号公報
【特許文献4】特開2006−286236号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のとおりトリウム代替となる技術が数多く提案され、電極の寿命は一定の向上が図られてきている。
【0013】
しかしながら、近時は、より一層の電極寿命の向上が求められており、上記の技術では不十分であった。
【0014】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その技術的課題は、酸化トリウムに替わる材料を用いて、従来よりも電極寿命の向上が可能なタングステン電極材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記した課題を解決するために、本発明者は鋭意検討の結果、従来、電極の寿命(熱電子放出の経時変化や熱電子放出特性)と電極における酸化物の存在形態との相関については、技術的探求がなされていなかった点に着目し、上記の各特許文献に示されている、タングステン粉末に混合される前の酸化物混合粉末についてX線回折を行った。
【0016】
その結果、いずれの特許文献ともその酸化物混合粉末は、異なる酸化物が単に混ざりあった混合粉末であることを確認した。
【0017】
また、上記異なる酸化物が単に混ざりあった混合粉末とタングステン粉末とを混合した圧粉体を焼結した場合、どのような存在形態になるかを確かめるべく、形状を維持し融点直下で固相焼結を行うタングステンの通電焼結法を用いて追試した。
【0018】
その結果、後述の比較例で説明する通り、それぞれの酸化物がタングステン基材(以下、「タングステン材料中」と言う)に単独で存在していることを確認した。
【0019】
本発明者らは、上記の追試結果をもとにさらに検討した結果、電極寿命の一層の向上は、タングステン材料中に分散させる酸化物粒子を酸化物固溶体とし、該酸化物の高融点化を図ることによって実現できると想到した。
【0020】
また、上記従来技術それぞれにおいて、酸化物固溶体が得られない理由は、タングステン圧粉体においては、異なる酸化物同士がそれぞれ単独で分散している状態にあり、例え上記通電焼結を実施したとしても酸化物粒子の全てが物質移動を起こして固溶体を形成するのは困難なため、と判断した。
【0021】
さらに、本発明者らは上記の追試結果や検討結果などを基に、酸化物を固溶体として形成する方法と高融点化が可能となる酸化物の組み合わせを種々検討した。
【0022】
その結果、例えば、図1の(a)に示すZrO2‐Er2O3 2元系状態図によれば、同図の特に(ア)から(イ)の組成範囲では広い温度域で固溶体Cが安定な相であり、この固溶体Cの組成範囲内で組成を選定して各酸化物単体を混ぜあわせ、液相Lの領域に入る温度まで加熱溶融して均一に攪拌したあと凝固させれば所望の酸化物固溶体の粉末を得ることが理論的に可能であると考えた。
【0023】
本発明者は以上の知見をもとに、検討を重ねた結果、Zr酸化物及び/又はHf酸化物とSc、Y、ランタノイド(La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu(ただし、本発明においては放射性元素であるPmを除く(以下、「ランタノイド」という))の内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶した酸化物粒子(以下、「酸化物固溶体」とも言う)を予め作製してタングステン粉末に混合し、あるいは、タングステン粉末中に該酸化物固溶体が形成される混合粉末を予め作製し、この混合粉末をプレスし焼結することによってタングステン材料中に該酸化物固溶体を分散させるという新たな手段を創案することによって酸化トリウムに替わる材料を用いて、従来よりも電極寿命の向上が可能なタングステン電極材料を提供することが可能であることを見出し、本発明をするに至った。
【0024】
即ち、本発明の第1の態様は、タングステン基材と、前記タングステン基材に分散された酸化物粒子と、を有し、前記酸化物粒子は、Zr酸化物及び/又はHf酸化物と、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶している酸化物固溶体であることを特徴とするタングステン電極材料である。
【0025】
また、本発明の第2の態様は、第1の態様に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、Zr塩及び/またはHf塩とSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液から水酸化沈殿物を作製する工程と、前記水酸化沈殿物を乾燥して水酸化物の粉末を作製する工程と、前記水酸化物の粉末を500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理して酸化物固溶体の粉末を作製する工程と、前記酸化物固溶体の粉末をタングステン粉末に混合して混合粉末を作製する工程と、前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、前記焼結体を塑性加工(伸展ともいう)してタングステン棒材を作製する工程と、を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法である。
【0026】
また、本発明の第3の態様は、第1の態様に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、前記Zr塩及び/またはHf塩と前記Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液から水酸化沈殿物を作製する工程と、前記水酸化沈殿物を乾燥して水酸化物の粉末を作製する工程と、前記水酸化物の粉末をタングステン酸化物に混合して混合物を作製する工程と、前記混合物を水素雰囲気中500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理してタングステン粉末中に酸化物固溶体の粉末が形成されている混合粉末を作製する工程と、前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法である。
【0027】
また、本発明の第4の態様は、第1の態様に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、前記Zr塩及び/またはHf塩と前記Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液を作製する工程と、前記混合溶液をタングステン酸化物粉末に混合する工程と、前記混合物を乾燥して乾燥粉末を作製する工程と、前記乾燥粉末を水素雰囲気中500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理してタングステン粉末中に酸化物固溶体の粉末が形成されている混合粉末を作製する工程と、前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法である。
【発明の効果】
【0028】
本発明においては、酸化トリウムに替わる材料を用いて、従来よりも電極寿命の向上が可能なタングステン電極材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】(a)はZrO2‐Er2O3の2元系状態図であって、(b)はZrO2‐Sm2O3の2元系状態図である。
【図2】本発明および従来技術の電極材料の概念図である。
【図3】ZrO2とYb2O3(25モル%)の固溶体、Zr3Yb4O12(JCPDSより)、ZrO2単体とYb2O3単体(25モル%)の混合物のX線回折結果を示す図である。
【図4】(a)は図3の拡大図であって、(b)は(a)の各ピークの2θ/θと相対強度を示す図である。
【図5】本発明の工程図である。
【図6】(a)はZrO2−Er2O3酸化物固溶体の粉末のX線回折結果を示す図であって、(b)は実施例5のタングステン電極材料のX線回折結果を示す図である。
【図7】実施例1、2、6、7のタングステン電極材料のX線回折結果を示す図である。
【図8】比較例4〜8のX線回折結果を示す図である。
【図9】(a)はZrO2−Y2O3酸化物固溶体のX線回折結果を示す図であって、(b)は比較例9のX線回折結果を示す図である。
【図10】(a)はZrO2−Er2O3酸化物固溶体の粉末のX線回折結果を示す図であって、(b)は実施例3のX線回折結果を示す図、(c)は比較例14のX線回折結果を示す図である。
【図11】実施例3と比較例14のタングステン材料の中の酸化物をEDXで定量分析した結果を示す図であって、(a)は酸化物中のZrとErの質量の比率をモル比率に換算した値の標準偏差を示し、(b)は酸化物中のZrとErのカウント数に対するErの質量の比率をモル比率に換算した値を示す図であり、(c)は実施例3の電子顕微鏡写真であり、(d)は比較例14の電子顕微鏡写真である。
【図12】実施例3と比較例14のタングステン電極材料中に含まれる酸化物を構成する元素の化学結合状態を分析した特性X線強度データであって、(a)はZrの特性X線Lβ1とLβ3線の強度を示す図であり、(b)はZrの特性X線Lβ1線に対するLβ3線の強度比Lβ3/Lβ1を示す図であり、(c)は実施例3の電子顕微鏡写真であり、(d)は比較例14の電子顕微鏡写真である。
【図13】電流密度の測定例と枯渇時間の定義を示す図である。
【図14】タングステン電極材料の断面形状の観察の手順および観察例を示す図である。
【図15】実施例6に係るタングステン電極材料の断面形状を2値化した画像データである。
【図16】実施例17に係るタングステン電極材料の断面形状を2値化した画像データである。
【図17】実施例6および実施例17に係るタングステン電極材料の断面における、酸化物固溶体の中心軸と長軸のなす角度の分布を示すグラフである。
【図18】実施例6と実施例17に係るタングステン電極材料の断面における、酸化物固溶体のアスペクト比と面積の関係を示す分布図である。
【図19】実施例6と実施例20に係るタングステン電極材料の断面における、酸化物固溶体を円換算した粒径の割合(面積換算したもの)を示す帯グラフである。
【図20】実施例20に係るタングステン電極材料の断面形状を2値化した画像データである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0031】
最初に、本実施形態に係る電極材料の構成について簡単に説明する。
【0032】
本発明の電極材料は、タングステン基材と、タングステン基材に分散された酸化物粒子と、を有している。
【0033】
ここで、本発明の電極材料に分散される酸化物粒子は、熱電子放出特性に優れるSc、Y、ランタノイドの酸化物と、高融点のZr酸化物及び/又はHf酸化物とが均一に溶け合っている酸化物固溶体である。
【0034】
なお、後述するように、本発明者らは、上記タングステン電極材料中に酸化物固溶体を存在させる手段として、タングステン粉末をプレス成形する前、即ち、予めタングステン粉末に酸化物固溶体を存在させておく必要があることを実験により確認した。
【0035】
ここで、本発明の上記電極材料中に酸化物固溶体を存在させるとは、図2のAに示すように電極材料の断面組織において、タングステン結晶粒の粒界や粒内に酸化物固溶体を1種以上(同図の場合、酸化物固溶体は1種)分散されている電極材料を指すものである。
【0036】
また、本発明で言う「酸化物固溶体」とは、2種以上の酸化物が任意の組成比で均一に溶け合った固体粒子の状態を指すものである。即ち、この状態を液体で例えると、水と油のように互いに溶解度を持たず2相分離する状態(混合物)ではなく、水とエタノールのように、溶けて1相で均一な組成を示す状態(溶液)で、これが固体でいう固溶体に該当する。
【0037】
従って、本発明の酸化物固溶体とはZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物とが1相で均一に溶けた状態である。
【0038】
<本発明に用いられる酸化物の種類>
次に、本発明に用いられる酸化物の種類について説明する。
【0039】
前述のように、本発明の酸化物固溶体を得るためには、広い温度域で固溶体が安定な相である必要があり、即ち、酸化物が高融点である必要がある。
【0040】
希土類元素の酸化物の高融点化を図るための酸化物の例としてZr酸化物及び/又はHf酸化物を挙げて下記に説明する。
【0041】
図1(a)(出典:The American Ceramics Society(ACerS)and the National Institute of Standards and Technology(NIST)発行:ACerS−NIST Phase Equilibria Diagrams CD−ROM Database Version3.1、以下「非特許文献1」と称す)に、Zr酸化物やHf酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物が固溶する例として、ZrO2‐Er2O3の2元系状態図を示す。
【0042】
図1(a)の“固溶体C”の領域はZr酸化物とEr酸化物とが固溶している範囲である。“液相L”の領域はZr酸化物とEr酸化物が液体である範囲である。“C、L共存”の領域は、固溶体C(固体)と液相L(液体)が共存するのでこの領域に入れば液相が出現し融け始める。
【0043】
また、Er2O3単体の融点は、図1(a)より2370℃である。そしてZrO2とEr2O3の固溶体は、Er2O3が60モル%程度の組成で“C、L共存”領域と“固溶体C”領域の境界線、即ち液相出現の境界線がEr2O3単体の融点と同じ2370℃を示す。
【0044】
さらにEr2O3のモル%が小さくなるにつれてその境界線が高くなりEr2O3単体の融点を上回り、Er2O3が20モル%程度固溶した組成で最も境界線が高く2790℃であり、これが最も融点が高い組成である。
【0045】
図1(b)はZrO2‐Sm2O3の2元系状態図である。図1(a)と同様に“固溶体C”の領域はZr酸化物とSm酸化物との固溶体であり、“液相L”の領域は液体である範囲である。“C、L共存”の領域に入れば融け始める。
【0046】
また、Sm2O3単体の融点は、同図より2330℃である。そしてZrO2とSm2O3の固溶体は、Sm2O3が50モル%程度の組成で液相出現の境界線がSm2O3単体の融点と同じ2330℃を示す。さらにSm2O3のモル%が小さくなるにつれてその境界線が高くなりSm2O3が0モル%の組成に近づくと最高で2710℃を示す。
【0047】
このようにSc、Y、ランタノイドの酸化物単体の融点を上回る固溶体となり、さらにはZrやHfの酸化物単体より高融点になる場合がある。固溶前後のエンタルピー変化が負になる場合に酸化物固溶体は組み合わせた各酸化物単体の融点を越える。即ち高融点化は酸化物の組み合わせやその組成比率によって決まることになる。
【0048】
本発明者らは非特許文献1に示されている状態図から、酸化物単体の融点や本発明範囲の内、Zr酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物を組み合わせた固溶体において、Sc、Y、ランタノイドの酸化物単体より融点が高くなる組成範囲と高融点化の上限を読み取った。ランタノイド酸化物は最も安定な酸化数の化学式を示す。これらを表1にZr酸化物単体とHf酸化物単体の融点とともにまとめて示した。(表1ではSc、Y、ランタノイドの酸化物を希土類酸化物と示した)
【0049】
【表1】
注:範囲の0モル%は含まない。(出典:非特許文献1)
【0050】
非特許文献1によれば、Hf酸化物とSc、Y、ランタノイドの各酸化物の状態図では、Zr酸化物とSc、Y、ランタノイドの各酸化物の組み合わせと比べて、液相出現の温度は同一かそれを上回っている。
【0051】
従って、Hf酸化物とSc、Y、ランタノイドの各酸化物固溶体も上表の組成範囲であればSc、Y、ランタノイドの酸化物単体より高い融点を得ることができる。
【0052】
また、後述する実施例では、Zr酸化物及び/又はHf酸化物とLa、Sm、Er、Yb、Yの内から選ばれる1種の酸化物からなる酸化物固溶体を例示したが、例示外のZr酸化物及び/又はHf酸化物とSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の酸化物からなる酸化物固溶体についても実施例と同様に高融点が得られるので、これらの酸化物固溶体を用いてもよい。
【0053】
また、酸化物固溶体に含まれる各希土類元素の酸化数を特定するのは困難である。表1の化学式は最も安定な酸化数を示すものであるが、元素によっては他の酸化数をとる場合がある。従って、他の酸化数であっても各希土類元素の酸化物であるので、表1以外の酸化数の希土類酸化物を用いてもよい。
【0054】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体の含有量>
本発明の電極材料においては、電極材料全量に対する酸化物固溶体の含有量が0.5質量%〜5質量%であることが望ましい(残部は実質的にタングステンである)。
【0055】
これは、0.5質量%未満であると酸化物固溶体を分散させた効果が得られず、電極寿命の向上が図れない恐れがあるからであり、また、5質量%を越えると加工性が悪化し、電極が形成できなくなる恐れがあるからである。
【0056】
<本発明の電極材料内の酸化物固溶体の異方性>
本発明の電極材料においては、電極材料の軸方向の断面にて、酸化物固溶体のうち、断面の長軸方向と軸方向のなす角度が20°以内にあるものの断面積が、前記酸化物固溶体の全断面積の50%以上であることが望ましい。
【0057】
即ち、酸化物固溶体の長軸の向きが軸方向に揃っていることが望ましい。
【0058】
これは、長軸が中心軸方向を向いている酸化物固溶体は、電極として使用される断面の一部のみが電子放出面に露出することになり、電子放出を担う酸化物固溶体が、深さ方向に徐々に供給されることで電極の枯渇時間が向上すると考えられるからである。
【0059】
このような条件の電極材料は、例えば酸化物固溶体の平均粒径および加工率(加工後の面積減少率)を調整することにより得られる。具体的には、加工率と粒径は相補的な関係にあり、粒子が大きければ加工率が低くとも方向が揃いやすく、加工率が高ければ粒径が小さくても方向が揃いやすい。
【0060】
なお、ここでいう「軸方向」とは、電極材料を柱状に形成した場合の中心軸方向を意味し、「軸方向の断面」とは、中心軸に平行で、かつ中心軸を含むように電極材料を切断した場合の断面を意味する。
【0061】
さらにここでいう「長軸」とは、酸化物固溶体の断面形状の相当楕円の長軸、具体的には、当該断面形状と同面積で、かつ、一次モーメントおよび二次モーメントが等しい楕円の長軸を意味し、断面積は断面形状に穴(空隙)がある場合でも穴を含めた面積を意味する。
【0062】
ここで、上記した電極材料の軸方向の断面における酸化物固溶体の組織は例えば一般的な金属顕微鏡や酸化物の位置や形状を特定するEPMAで観察できる。
【0063】
また、EPMAで撮影した画像を例えばMedia Cybernetics社製のImage Pro Plus等の画像処理ソフトを用いて2値化し、酸化物固溶体粒子の面積をJIS H 1403記載のICP発光分光分析の定量分析結果とあわせてタングステンの面積比として規格化することにより、酸化物固溶体の大きさを評価できる。
【0064】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体のアスペクト比>
本発明の電極材料においては、電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面のアスペクト比が6以上のものの面積比率が、前記酸化物固溶体の全断面積の4%以上であることが望ましい。
【0065】
これは、アスペクト比が6以上の酸化物固溶体は、電子放出を担う酸化物固溶体が、深さ方向に徐々に供給されることで電極の枯渇時間が向上すると考えられるからである。
【0066】
このような条件の電極材料は、例えば粒径が5μm以下の酸化物固溶体粒子を除去し、加工率を20%以上とすることにより得られる。加工率と粒径は相補的な関係にあり、粒子が粗ければ加工率が低くともアスペクト比の6以上の粒子ができやすく、加工率が高ければ粒子が細かめでもアスペクト比の6以上の粒子ができやすい。
【0067】
なお、ここでいう「アスペクト比」とは、当該断面形状の相当楕円の(長軸/短軸)比のことであり、「軸方向」「軸方向の断面」「断面積」の意味は<本発明の電極材料における酸化物固溶体の形状異方性>で説明したものと同義である。
【0068】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体の粒径>
本発明の電極材料においては、電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面を円換算した粒径が5μm以下のものの合計面積が、前記酸化物固溶体全体の面積の50%未満であるのが望ましい。
【0069】
これは、粒径が5μm以下の酸化物固溶体は、熱電子放出に寄与しないと考えられるためである。なお、ここでいう「粒径」は酸化物固溶体の断面を、面積が等しい真円に換算した際の直径を意味し、「軸方向」「軸方向の断面」「断面積」の意味は<本発明の電極材料における酸化物固溶体の形状異方性>で説明したものと同義である。
【0070】
このような条件の電極材料は、例えば酸化物固溶体粉末の大きさを篩分によって制御する方法によって得ることができ、より詳しくは5μm以下の酸化物固溶体の粉末を篩分によって除去する方法、または逆に一次粒子(レーザー式粒度分布にて得られえる分布にて微粒サイズ側の頻度の高い粒度)の粉末を1μm以下とすることで凝集粒子を増やし結果として電極中の酸化物固溶体を大きくする方法、また二次粒子の粉末を3μm以下にすることで酸化物固溶体の焼結を推進し電極中の酸化物固溶体を大きくする方法などにより得られる。
【0071】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体の元素比率の偏差>
本発明の電極材料においては、酸化物固溶体中の全ての金属元素に対する希土類元素のモル比の標準偏差が0.025以下である。
【0072】
より具体的には、本発明の電極材料は、酸化物固溶体を構成する元素のうち、酸化物固溶体中の酸素を除く元素のモルの合計に対するSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luのモルの合計の比率の標準偏差σがσ≦0.025の関係を示す酸化物の固溶体を含む。
【0073】
これは、標準偏差σが0.025を上回る場合、得られた酸化物の大部分が、固溶体ではなく、従来技術のような混合物の状態で存在しており、電極の長寿命化が図れないためである。
【0074】
このような条件の電極材料は、上記した製造方法のいずれかにより得られる。
【0075】
<酸化物固溶体確認方法>
タングステン粉末に混合する前の酸化物の存在状態が、本発明の酸化物固溶体であるか、または上記従来技術の酸化物(酸化物単体や、酸化物の混合物、所定のモル比で化学量論的に化合した酸化物)であるかについては、X線回折を用いてその存在状態を識別することができる。その理由は、酸化物の存在状態によって格子定数や結晶構造などが異なり、その存在状態に応じた特有のX線回折ピークが現れるからである。
【0076】
以下、本発明の酸化物固溶体と、本発明者らが追試した従来技術の各種酸化物との違いについて説明する。
【0077】
まず、酸化物の存在状態の測定についてZr、Ybを例に説明する。
【0078】
Zr、Yb、Oから構成され、所定のモル比で化学量論的に化合した酸化物、所謂化学的に結合した酸化物とは、例えばZr3Yb4O12を指す。X線回折では、粉末X線回折ファイル(JCPDS)に示されているようにZr3Yb4O12固有のピークが観察される。
【0079】
具体例として、X線回折で求めたZrO2とYb2O3(25モル%)の固溶体のピーク、JCPDSに示されているZr3Yb4O12のピーク、X線回折で求めたZrO2単体とYb2O3単体(25モル%)の混合物のピークを合わせて図3、4に示す。
【0080】
図3において、Zr3Yb4O12のピークと、ZrO2とYb2O3(25モル%)の固溶体のピークとは一致しているようにも見受けられるが、図4(a)に示す図3の拡大図を見ると、Zr3Yb4O12の2θ=30°近傍のピークは丸数字の4、5の2つに分離している。一方、ZrO2とYb2O3(25モル%)の固溶体のピークは異なる2θで丸数字1の1つのみであるので、両者は異なる存在状態を示していると解釈することができる。
【0081】
またZrO2単体とYb2O3単体との混合物ではYb2O3のピーク2θ=29.6°のピーク(図4(a)の丸数字6、面間隔3.01オングストローム(3.01×10−10m)の(2 2 2)面のピーク)が最も高く、ZrO2のピークは2θ=28.2°で相対強度22%(図4(a)の丸数字7)、2θ=31.5°で14%(図4(a)の丸数字8)となった。
【0082】
また、ZrO2とYb2O3との固溶体では、2θ=30.0°(図4(a)の丸数字1)のピーク(面間隔d=2.98オングストローム(2.98×10−10m)の(1 1 1)面のピーク)が最も高くこれが最強線であり、固溶していないZrO2単体の相対強度は2θ=28.2°で1%未満(図4(a)の丸数字2)、2θ=31.5°でも1%未満(図4(a)の丸数字3)に過ぎなかった。即ちZrO2単体固有の2θ=28.2°、31.5°のピークは消失している。なおZrO2単体固有の2θ=28.2°、31.5°のピーク強度が最強線の10%未満であれば本発明の酸化物固溶体にあたる特性を示す。
【0083】
本発明者らが行った追試結果によれば、特許文献1に示されたタングステン粉末に混合する前の酸化物、つまりLa2Zr2O7などは、構成元素が所定のモル比で化学的に結合した状態であることが判明した。
【0084】
従って、特許文献1の方法で得られる酸化物は、後述する分類の(2)に該当する。
【0085】
また、特許文献4では酸化物の存在状態が規定されていないため、本発明者らは該実施例に基づいてLaの金属酸化物とZrの金属酸化物とが共存した酸化物の粉末を得るべく以下の内容で追試した。
【0086】
上記金属酸化物の混合比はLa2O3:ZrO2=1:2のモル比とした。これは該特許文献の請求項4「ランタン、セリウム、イットリウム、スカンジウム、及びガドリニウムから選ばれた少なくとも1種類の金属酸化物AxOyと、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ニオブ、及びタンタルから選ばれた少なくとも1種類の金属酸化物BzOtと、が存在するモル比率A/B≦1.0あること」を満たしている。該請求項でいうA/B=0.5に相当する。
【0087】
まず、市販のLaの金属酸化物(La2O3、和光純薬製、純度99質量%)とZrの金属酸化物(ZrO2、和光純薬製、純度99質量%)を上記モル比で混合し、5分間ボールミル粉砕を行った。
【0088】
次に、上記粉砕を行った粉末を98MPaの圧力でプレスして圧粉体を作製した。
【0089】
次に、得られた圧粉体を大気中1400℃で焼結し、その後再度粉砕して該金属酸化物を得た。該金属酸化物を自然冷却した後、X線回折で分析したところ、観察されたのはLa2O3とZrO2が主で、酸化物同士が所定のモル比で化学量論的に化合したLa2Zr2O7は極一部であった。即ち、加熱後もLaの金属酸化物とZrの金属酸化物とがそれぞれ単体の混合物が主であることが判明した。
【0090】
従って、特許文献4の方法で得られる酸化物(特許文献4で「共存物」と称されているもの)は、後述する分類の(2)と(3)に、また、特許文献2、3は特許文献4と同様に後述する分類の(3)に該当すること、即ち酸化物固溶体ではないことが判明した。
【0091】
以上説明のとおり、X線回折によれば本発明の酸化物固溶体のみが下記分類の(1)に該当し、特許文献1から4のいずれにも該当しないことが判明した。
【0092】
言い換えれば、特許文献1から4に示されているタングステン粉末と酸化物との混合物を加熱するだけでは、タングステン粉末中に酸化物固溶体を含んだ混合物を得るのは困難であることが判明した。
【0093】
X線回折の結果に基づき、タングステン粉末に混合する前の本発明の酸化物固溶体の粉末、及び特許文献1から4に示されているタングステン粉末に混合する前の酸化物粉末の形態を整理すると、
(1)ZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドとが固溶した酸化物固溶体(本発明の酸化物固溶体)。
(2)ZrやHfとSc、Y、ランタノイドの複合的な酸化物でこれらの元素が所定のモル比で化学結合した酸化物(所定のモル比で化学結合した酸化物とは、化学式La2Zr2O7のように2種類以上の金属元素と酸素で構成され、化学式のモル比にしたがって化学結合している酸化物を指す。以下、複合酸化物と言う)。
(3)ZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイド酸化物の混合物(以下、混合物と言う)。
の3通りに分類することができる。従って、同じ構成元素・組成比の場合でも、上記(1)はZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイド酸化物の酸化物固溶体固有のピークが現れ、(2)は複合酸化物(特許文献1に示される酸化物)固有のピークが現れ、(3)は混合物でZrやHfの酸化物のピークとSc、Y、ランタノイドの酸化物のピークが重なって現れ(特許文献2、3、4に示される酸化物)、それぞれを識別することができる。
【0094】
このように酸化物固溶体と複合酸化物と混合物とでは構成する元素やその組成比が同じだとしても異なる存在状態を呈する。
【0095】
なお、上記X線回折は理学機器株式会社製RAD−2Xを用い、Cu管球で40kV30mAの条件で測定した。
【0096】
以上のとおり、上記追試とX線回折とによって、本発明と従来技術とでは、タングステン粉末に混合する前の酸化物粉末の形態が根本的に異なっていることを確認した。
【0097】
また、特許文献1〜4に示されている酸化物を用いて作製される電極は図2のBに示されるような断面組織となる。即ち、酸化物固溶体が形成されていない粉末を用いる技術であり、酸化物の混合物を用いると、ZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物が2種以上それぞれ単独で分散している電極材料となり、複合酸化物を用いるとZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物の複合酸化物が1種以上分散している電極材料となる。同図は、酸化物2種の混合物の場合、もしくは2種の複合酸化物の場合を示す。
【0098】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体の存在状態、確認方法>
本発明の電極材料における酸化物が固溶体を呈しているか否かの状態確認も、X線回折で行うことができる。
【0099】
なお他の方法として、タングステンのみを化学的に溶解し該酸化物を分離回収の上、それをX線回折で該酸化物が固溶した状態を呈しているかの状態確認をすることも可能である。
【0100】
この他、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて該酸化物の原子やその配列を観察することで固溶しているか否かの状態を直接的に確認することができる。また後述のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)や電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて該酸化物の固溶した状態を確認することもできる。
【0101】
なお、酸化物固溶体の存在状態のX線回折、EDX測定、EPMA測定の結果は、後述する実施例と比較例の中で説明する。
【0102】
<タングステン電極材料の製造方法>
次に、本発明のタングステン電極材料の製造方法について説明する。
【0103】
本発明の酸化物固溶体が分散されている電極は、図5の(a)、(b)、(c)に示すように3通りの作製方法がある。
【0104】
図5の(a)の作製方法はタングステン粉末を用い、図5の(b)、(c)の作製方法はタングステン酸化物粉末を用いる。いずれの作製方法を用いるかは出発原料がタングステン粉末であるか、タングステン酸化物粉末であるかによって選択することができる。
【0105】
また、図5の(a)の作製方法は酸化物固溶体を予め作製して混合する方法であり、図5の(b)、(c)の作製方法は酸化物固溶体の前駆体としての混合物をタングステン酸化物に混合してその後の工程で前駆体を酸化物固溶体に変化させる、という方法である。
【0106】
以下、図5の(a)、(b)、(c)に示す製造方法毎に、その作製方法を説明する。
【0107】
<図5の(a)の製造方法による作製方法>
[水酸化物沈殿物を作製する工程]
図5の(a)の製造方法では、最初にZr水酸化物とEr水酸化物との水酸化物沈殿物を共沈法を用いて作製する。
【0108】
まず、Zr塩化物(純度99.9質量%)とEr塩化物(純度99.9質量%)とを用いて組成がZrO280モル%に対しEr2O3を20モル%となるように水に溶解(これを溶液Aとする)する。
【0109】
水に溶解する各塩化物ZrCl4とErCl3の質量比は、1モルのEr2O3には2モルのErが含まれるので、ZrとErのモルの和に対しErのモルが20%×2=40%即ち0.4倍となる質量比に定める。
【0110】
所望の酸化物固溶体の組成に対応した塩化物を溶解して溶液の濃度をZrとErの総モルで0.5mol/Lに調製を行う。
【0111】
次に、溶液Aを攪拌する。溶液Aは酸性を示す。また水酸化ナトリウム(純度99質量%)を水に溶解して0.5mol/Lの濃度に調製する(これを溶液Bとする)。溶液Bはアルカリ性を示す。攪拌している溶液Aに水溶液Bを滴下すると中和反応が起きてZrイオンとErイオンが共に水酸化物となり沈殿が生じる。
【0112】
溶液Bの滴下を続け、溶液AのpHがpH7を超えた時点で中和反応が完了する。もしくは、溶液Aの金属イオンと溶液B中のOH−イオンが全て反応するように溶液A、Bの濃度と量(体積)を定めれば良い。
【0113】
水酸化物の沈殿は沈降やろ過、遠心分離機を用いて分離することができる。水酸化物沈殿に含まれる過剰なOH−イオンや他のイオンを水洗と分離を適宜繰り返して除去した上で水酸化物の沈殿物(以下、「水酸化沈殿物」という)を得る。
【0114】
なお、作製条件は上記方法に限定されるものではない。例えば共沈法の場合、(1)塩化物の代わりに硝酸塩や硫酸塩等を用いる、(2)水酸化ナトリウム溶液の代わりにアンモニア水等の塩基性溶液を用いる、(3)溶液の濃度を濃くするなど調整する、(4)沈殿形成時の溶液の温度を高くするなど調整する、(5)溶液混合終了時のpHが高めになるよう溶液A、Bの濃度と量(体積)を定めるなど、酸化物固溶体粉末の作製方法は適正化することができる。
【0115】
また、溶液の成分の組み合わせやその組成は、高融点酸化物としてのZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物との状態図等をもとに固溶体を示す成分の組み合わせと組成であれば良く、その調製は、要求される熱電子放出特性や経済性などによって適宜変更することが可能である。
【0116】
[水酸化物の粉末を作製する工程]
次に、水酸化沈殿物を加熱して乾燥状態の粉末を作製する。水酸化沈殿物の乾燥は蒸発皿やスプレードライヤー、真空乾燥器などで100℃〜250℃程度まで加熱するなどの方法を用いることができる。なお、この粉末は湿気が僅かに残っているZrとErとの水酸化物の粉末である。なお、湿気は完全に除去されているのが好ましいが次の乾燥・焙焼工程(熱処理)でも除去される。
【0117】
[酸化物固溶体粉末を作製する工程]
次に、水酸化物の粉末を熱処理することによってZrO2とEr2O3とが固溶した酸化物固溶体粉末を作製する。
【0118】
なお熱処理の雰囲気は大気中に限らない。水酸化物を脱水できれば良く、窒素やアルゴン、真空等の雰囲気でも良い。
【0119】
上記熱処理の温度の下限は500℃である。500℃を下回ると水酸化物のまま残存してしまい、所望の酸化物固溶体粉末が得られないからである。温度の上限は酸化物固溶体の融点未満である。さらに、酸化物固溶体粉末の凝集や焼き付き、該粉末の粒度の調整、炉の能力や生産性を考慮すると、500−1500℃が好ましい。
【0120】
得られた酸化物固溶体の粉末は純度99質量%以上で、粒径はおよそ1〜10μmである。なお、酸化物固溶体粉末の粒径はレーザー回折法により測定した値である(他の実施例も同様)。
【0121】
[酸化物固溶体の粉末とタングステン粉末との混合粉末を作製する工程]
上記混合粉末は、ミキサー、乳鉢を用いた混合などタングステン製造方法として一般的な方法で混合粉末を作製することができる。
【0122】
なお、本実施例では純度99.9質量%(3N)の一般的なタングステン粉末を用いたが、さらに金属不純分が少ない高純度タングステン粉末を用いることで、タングステン基材の融点降下を防ぎ、電極の消耗を低減することができる。
【0123】
[圧粉体を作製する工程]
次に、上記混合粉末を金型プレスや静水圧プレス(CIP)などタングステン製造方法として一般的な方法でプレス成形し圧粉体(「プレス体」ともいう)とする。
【0124】
なお、プレス圧力は圧粉体の保形性や焼結体密度を考慮して一般的に用いられている98MPa〜588MPaが良い。また、プレス体の取扱の際に必要な強度を得るため等必要に応じて適宜予備焼結を施しても良い。
【0125】
[焼結体を作製する工程]
次に、上記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する。
【0126】
圧粉体を1750℃以上で焼結して相対密度95%以上の焼結体を得る。なお、焼結体の生産性を考慮すると1800℃、緻密化促進を考慮すると2000℃以上の焼結温度を採用するのが良い。
【0127】
焼結温度の上限は圧粉体の形状維持を考慮してタングステンの融点未満とする。
【0128】
なお、焼結方法は、間接加熱による焼結や直接通電加熱による焼結のいずれでも焼結可能である。一般に前者では装置の制約で2400℃以下、後者では3000℃以下である。
【0129】
なお、焼結時の雰囲気は、一般的な水素ガス還元雰囲気やアルゴン不活性雰囲気や真空の内から適宜選択が可能である。また、焼結の温度と時間は後述する本発明の実施例に記載の条件に限定されるものでなく、要求される焼結体密度や次の塑性加工の加工性などを考慮して適宜設定することができる。
【0130】
[タングステン棒材(棒状材、柱状材ともいう)を作製する工程]
次に、一般に相対密度98%以上となるように焼結体に塑性加工を施してタングステン棒材を作製する。これは、電極には機械的特性等が要求されるためである。
【0131】
塑性加工は熱間で行うスエージ加工や、ドロー加工、ロール加工等、タングステン材料の製造方法としての一般的な方法を用いることができる。
【0132】
<図5の(b)の製造方法による作製方法>
本方法は図5の(a)で用いるタングステン粉末に替えてタングステン酸化物粉末を用いる作製方法である。特に図5の(a)の作製方法と異なる点は、[酸化物固溶体の粉末を作製する工程]にある。
【0133】
以下にこの方法について説明する。
【0134】
[水酸化沈殿物を作製する工程]
まず、図5の(a)の作製方法で記載した共沈法を用いてZr水酸化物とEr水酸化物との水酸化沈殿物を作製する。
【0135】
[水酸化物の粉末を作製する工程]
次に、図5の(a)の作製方法で記載した作製方法を用いて、乾燥状態の粉末を作製する。
【0136】
[混合物を作製する工程]
次に、上記で得られた水酸化物の粉末とタングステン酸化物粉末とを混合して混合物を作製する。タングステン酸化物の純度は酸素を除くタングステンの純度が99.9質量%以上であった。粒径は1−10μm(Fsss(フィッシャー)法により測定)が好ましい。
【0137】
上記混合物は、ミキサーなどタングステン製造方法として一般的な方法で混合して作製することができる。
【0138】
[酸化物固溶体粉末を作製する工程]
次に、上記混合物を水素雰囲気中で還元処理を施すことによって、タングステン酸化物粉末はタングステン粉末になるのと並行して、酸化物固溶体の前駆体であるZrとErとの水酸化物の粉末は酸化物固溶体粉末になる。このようにタングステン粉末と該酸化物固溶体粉末の混合粉末を作製する。
【0139】
上記還元温度の下限は500℃である。500℃を下回ると水酸化物の粉末が水酸化物のまま残存してしまい所望の酸化物固溶体粉末は得られず、またタングステン酸化物が未還元となりその後の焼結ができないからである。温度の上限は酸化物固溶体の融点未満である。さらに、酸化物固溶体粉末の凝集や粒度の調整、焼き付きやタングステン酸化物の還元、炉の能力や生産性を考慮すると、800−1000℃が好ましい。
【0140】
一般にタングステン電極用のタングステン粉末の還元は800−1000℃で行なわれ、本作製方法である図5の(b)や後述する図5の(c)の工程で作製した前駆体は前記還元工程で完全に固溶体化できる。
【0141】
なお、タングステン酸化物として三酸化タングステン(WO3)、ブルーオキサイド(代表的組成式W4O11)二酸化タングステン(WO2)などを用いることも可能である。
【0142】
以下、[圧粉体を作製する工程]、[焼結体を作製する工程]、[タングステン棒材を作製する工程]は図5の(a)で記載した工程と同じである。
【0143】
<図5の(c)の製造方法による作製方法>
本方法は上記図5の(b)と同様に図5の(a)のタングステン粉末に替えてタングステン酸化物粉末を用いる作製方法である。
【0144】
以下、この方法について説明する。
【0145】
[固溶体前駆体をタングステン酸化物粉末にドープ(混合)する工程]
まず、酸化物固溶体の前駆体としてZr塩化物とEr塩化物を所定の比率で水に溶解した溶液を作製し、タングステン酸化物の粉末に混合する。
【0146】
なお、塩化物の代わりに硝酸塩や硫酸塩等を用いる、溶液の濃度を濃くする、水溶液をエチルアルコールで希釈するなどして、前記混合物を作製してもよい。
【0147】
上記混合は、タングステン製造に用いられるミキサーなどを用い一般的な方法で行う。
【0148】
次に、上記混合物を100℃〜250℃程度で加熱して混合・乾燥したタングステン酸化物粉末を作製する。
【0149】
乾燥は図5の(a)の[水酸化物の粉末を作製する工程]と同様の方法を用いる。
【0150】
なお、湿気は完全に除去されているのが好ましい。ただし次の水素還元工程でも除去される。
【0151】
[酸化物固溶体の粉末を作製する工程]
次に、上記混合物を図5の(b)の作製方法と同様に水素雰囲気中で還元処理を施すことによって、前記タングステン酸化物粉末はタングステン粉末になるのと並行して、ZrO2とEr2O3との酸化物固溶体の粉末が形成される。このようにタングステン粉末と該酸化物固溶体粉末の混合粉末を作製する。上記還元温度の下限及び上限、用いるタングステン酸化物は図5の(b)の作製方法と同様である。ただし、水素雰囲気で還元処理して得られるのはタングステンであり、ZrやErの金属単体は得られない。ZrO2とEr2O3が生成する。
【0152】
これは公知の熱力学データから明らかである。
【0153】
即ち、酸化反応の標準生成自由エネルギー(酸素1モル当たり)の値ΔG0が小さいほど酸化物を生成する方向に反応が進む。例えば1027℃における下記化学反応式のΔG0はそれぞれ
1)2H2+O2=2H2O ΔG0H2O=−352kJ/mol
2)2/3W+O2=2/3WO3 ΔG0WO3=−342kJ/mol
3)Zr+O2=ZrO2 ΔG0ZrO2=−853kJ/mol
4)4/3Er+O2=2/3Er2O3 ΔG0Er2O3=−1016kJ/mol
である。1)と2)をみると、水素はタングステンより酸化しやすいことが分かる。即ちこの温度でタングステン酸化物を水素還元できることを示している。一方1)と3)と4)を比べるとZrやErは水素より酸化しやすいことが分かる。即ち水素雰囲気でZrやErの金属単体は得られず、それらの酸化物が形成されることを示している。またZrやErに限らず、HfやSc、Y、ランタノイドも同様にΔG0は1)より小さく酸化物が形成されることになる。
【0154】
以下、[圧粉体を作製する工程]、[焼結体を作製する工程]、[タングステン棒材を作製する工程]は図5の(a)で記載した工程と同じである。
【0155】
なお、本発明の電極材料は要求される熱電子放出特性や加工性を考慮してタングステン粉末に対する酸化物固溶体粉末の混合割合は任意に変更できるものである。言い換えれば最終製品となる電極材料中の酸化物固溶体の含有量も適宜設計できる。なお、含有量の範囲は後記の比較例で述べる。
【0156】
また、上記の(a)、(b)、(c)の作製方法以外でも、タングステン粉末に酸化物固溶体の前駆体としてZr塩化物とEr塩化物を所定の比率で溶解した溶液を混合する、タングステン酸化物粉末に予め作製した酸化物固溶体粉末を混合するなど、最終的にタングステン材料中に酸化物固溶体の粒子を分散させてなるタングステン電極材料を作製することが可能である。
【実施例】
【0157】
以下、本発明のタングステン電極材料について、具体的な実施例を挙げてさらに詳しく説明する。
【0158】
まず、図5の(a)の方法で以下の実施例1〜13に示す、評価試料用タングステン電極材料を作製した。
【0159】
[実施例1]ZrO295モル%に対しLa2O3が5モル%となるように、Zr塩化物とLa塩化物(アルドリッチ製、純度99.9質量%)の重量比を定め、それらを水に溶解し0.2mol/Lの濃度に調整した。得られた水溶液を攪拌しながらその水溶液に2mol/Lアンモニア水を滴下した。水溶液がpH8になるまで滴下してZrとLaの水酸化沈殿物を得た。
【0160】
次に、水酸化沈殿物を200℃で乾燥し、乾燥した水酸化沈殿物を大気中にて1000℃で焙焼して酸化物固溶体粉末を得た。この粉末はX線回折によって、ZrO2とLa2O3との固溶体粉末であることを確認した。得られた該酸化物固溶体の粒径はおおよそ1−10μmであった。
【0161】
次に、純度99.9質量%以上で平均粒径約4μm(Fsss(フィッシャー)法により測定)の一般的なタングステン粉末に上記ZrO2−La2O3酸化物(ZrO295モル%に対してLa2O3を5モル%固溶)粉末を混合し、得られたタングステン粉末を196MPaで金型プレスして直径30mm×高さ20mmの円柱状の圧粉体を得た。該酸化物の混合量は最終的にタングステン電極材料中に1.0質量%含有する量に調整した。
【0162】
次に、1800℃の水素雰囲気で10時間の焼結を行ない本発明のタングステン電極材料を作製した。得られた円柱状のタングステン電極材料の相対密度は約95%であった。
【0163】
[実施例2]ZrO2−Sm2O320モル%の酸化物固溶体を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0164】
[実施例3]ZrO2とEr2O3とが固溶した酸化物を実施例1の作製手順で作製した。具体的には、一般的な純度99.9質量%以上で平均粒径約4μm(Fsss(フィッシャー)法により測定)のタングステン粉末にZrO2−Er2O3酸化物固溶体(ZrO278モル%に対してEr2O3を22モル%固溶)粉末を混合した。
【0165】
次に、タングステン粉末をプレス成形後、1200℃の水素雰囲気で1時間加熱し、さらに2500℃〜3000℃の水素雰囲気で1時間通電焼結して、断面が25mm×25mmで棒状のタングステン電極材料を作製した。
【0166】
[実施例4]実施例3の焼結体を上記[タングステン棒材を作製する工程]によって、棒状のタングステン電極材料を作製した。
【0167】
[実施例5]ZrO2−Er2O322モル%の酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0168】
[実施例6]ZrO2−Yb2O325モル%の酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0169】
[実施例7]ZrO2−Y2O323モル%の酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0170】
[実施例8]ZrO2、HfO2−Er2O3(Er2O3が22モル%で残りZrO2とHfO2が各39モル%)酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0171】
[実施例9]HfO2−Er2O322モル%の酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0172】
[実施例10]は、実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体粉末の含有量(質量%)を0.5%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0173】
[実施例11]は、実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体粉末の含有量(質量%)を5%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0174】
[実施例12]は、実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の希土類酸化物組成をZrO2−Er2O310モル%にした以外は実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0175】
[実施例13]は、実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の希土類酸化物組成をZrO2−Er2O340モル%にした以外は実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0176】
なお、実施例2、3、5〜9、12、13で得られた電極材料の相対密度は、実施例1と同様であった。実施例4、10、11で得られた電極材料の相対密度は約98%であった。
【0177】
次に、参考例として以下の参考例1〜3(比較例1〜3)に示す、評価試料用タングステン電極材料を作製し、さらに比較例として、以下の比較例4〜16に示す、評価試料用タングステン電極材料を作製した。
【0178】
[参考例1(比較例1)]実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の含有量を0.1質量%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0179】
なお、参考例1(比較例1)は塑性加工を施すことができた。
【0180】
[参考例2(比較例2)]実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の含有量を6質量%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0181】
その結果、参考例2(比較例2)は塑性加工を施すことができなかった。
【0182】
[参考例3(比較例3)]実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の含有量を10質量%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0183】
参考例3(比較例3)は焼結を行うことができなかった。
【0184】
次に、比較例4〜8として、特許文献1に示されている複合酸化物の中から任意に選んだ酸化物を、実施例1の作製手順を用いて、この粉末とタングステン粉末との混合粉末を196MPaで金型プレスし円柱状の圧粉体とし、次に、該明細書には焼結温度が示されていないためタングステンの焼結が可能となる1800℃水素ガス雰囲気で10時間の焼結を行ない、タングステン電極材料を作製した。
【0185】
具体的には以下の酸化物を用いた。
【0186】
[比較例4]酸化物として、CaZrO3(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0187】
以下、比較例5〜8では比較例4と同じく、特許文献1に示されている複合酸化物を用いてタングステン電極材料を作製した。
【0188】
[比較例5]酸化物として、SrZrO3(AlfaAeser製、純度99質量%)を用いた。
【0189】
[比較例6]酸化物として、BaZrO3(AlfaAeser製、純度99質量%)を用いた。
【0190】
[比較例7]酸化物として、SrHfO3(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0191】
[比較例8]酸化物として、BaHfO3(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0192】
次に、比較例9〜13として、酸化物として特許文献2,3に示されている酸化物から任意に酸化物を選定し、Zr、Hfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物の混合物や各単体を選び、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0193】
具体的には以下の酸化物を用いた。
【0194】
[比較例9] 酸化物として、ZrO2とY2O3各単体の混合物(高純度化学製、純度99質量%、ZrO277モル%に対してY2O3を23モル%)を用いた。
【0195】
[比較例10]酸化物として、HfO2とEr2O3各単体の混合物(和光純薬製、純度99質量%、HfO278モル%に対してEr2O3を22モル%)を用いた。
【0196】
[比較例11]酸化物として、ZrO2(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0197】
[比較例12]酸化物として、La2O3(和光純薬製、純度99質量%)を用いた。
【0198】
[比較例13]酸化物として、Y2O3(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0199】
次に、以下の手順で比較例14〜16を作製した。
【0200】
[比較例14]酸化物としてZrの酸化物とErの酸化物の各単体を用いた以外は実施例3と同じ作製手順でタングステン電極材料を得た。さらに具体的に述べると酸化物は市販品を用い、一般的な純度99.9質量%以上のタングステン粉末に対し市販の純度99質量%のZrO2およびEr2O3各酸化物(和光純薬製、ZrO278モル%に対してEr2O3は22モル%)粉末を混合した。
【0201】
[比較例15]特許文献4の実施例1に準じて、Laの金属酸化物とZrの金属酸化物の共存物を含有したタングステン電極材料を作製した。
【0202】
具体的には、市販品の純度99質量%のLa2O3とZrO2の酸化物各単体(和光純薬製、La2O3:ZrO2=1:2のモル比)を用いて酸化物の共存物を作製する工程を得て、タングステン粉末に、実質的に酸化物の混合物が主である該酸化物を混合して実施例3と同じ作製手順でタングステン電極材料を得ようとしたが、プレスして得た圧粉体を1200℃水素雰囲気で加熱したところ、仮焼結体が変形し、次工程の通電焼結に供することができなかった。
【0203】
[比較例16]市販されているThO2‐2.0質量%の酸化トリウム入りタングステン電極材料を用意した。
【0204】
なお、焼結や塑性加工ができなかった参考例2、3、比較例15を除き、比較例4〜14で得られた電極材料の相対密度は、実施例1と同等であった。参考例1で得られた電極材料の相対密度は約98%であった。
【0205】
<X線回折による酸化物の状態確認結果>
次に、実施例1〜13および参考例1、比較例4〜14のタングステン電極材料をX線回折し、酸化物の状態確認を行った。
【0206】
<実施例1〜13のX線回折結果>
実施例1、2、6、7のタングステン電極材料をX線回折した結果、図7に示すようにタングステンのピークと各酸化物固溶体のピーク(図7の丸数字1〜4の矢印が示すピーク、この場合(2 2 0)面のピーク)が測定された。即ち、該酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン材料中にその固溶した状態を保っていた。
【0207】
なお、同じ結晶面のピークでも2θ/θの値が異なるのは、固溶する元素や組成比によってピークを示す2θ/θの値が各々異なるためである。
【0208】
また前述の酸化物固溶体確認方法では、X線回折で得られたピークのうち最強線に着目していた。しかし酸化物固溶体を含むタングステン電極材料中のX線回折では酸化物固溶体の該最強線はタングステンのピークに近接しており検出が困難である場合があるため、最強線とは異なるピークに着目して酸化物の状態確認を行った。
【0209】
実施例3のX線回折結果を図10(b)に示す。同図中の矢印に示すように、実施例3の試料では図10の(a)の丸数字3の矢印が示すピーク(酸化物固溶体の粉末のピーク)と同じ2θ/θでZrO2−Er2O3酸化物固溶体のピークが測定された。即ち、実施例3の試料に含まれるZrO2−Er2O3酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていることが確認された。
【0210】
実施例4も図示はしていないが、実施例3と同様のX線回折結果が得られた。さらに、ZrO2−Er2O3酸化物固溶体はスエージ後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていることが確認された。
【0211】
実施例5のタングステン電極材料をX線回折すると、タングステンのピークと図6(b)の矢印に示すように、図6(a)の丸数字2のZrO2−Er2O3酸化物固溶体(粉末)のピークと同じピークが測定された。(この場合、丸数字2のピークは(2 2 0)面のピーク)即ち、ZrO2−Er2O3酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていた。
【0212】
実施例8〜13のタングステン電極材料も実施例1〜7と同様にX線回折によってタングステンのピークと各酸化物固溶体のピークが測定された。即ち、該酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていた。
【0213】
実施例1〜13のタングステン材料に含まれる酸化物固溶体の粒径は焼結後もおおよそ1〜10μmであり焼結前の粒径とほぼ同じであった。
【0214】
なお酸化物固溶体の粒径は粉末のSEM(走査型電子顕微鏡)写真や焼結体の研磨面の顕微鏡写真から測定した。
【0215】
<参考例1、比較例4〜14のX線回折結果>
参考例1をX線回折した結果、実施例1〜13と同様にタングステンのピークと各酸化物固溶体のピークが測定された。即ち、該酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていた。
【0216】
比較例4〜8をX線回折した結果、図8に示すとおり、タングステンのピークとそれぞれの複合酸化物のピークが測定された。即ち、該複合酸化物は焼結後も本発明でいう酸化物固溶体とは異なる存在状態であることが確認された。
【0217】
なお、比較例4のCaZrO3(1.4重量%)、比較例5のSrZrO3(1.7重量%)、比較例6のBaZrO3(2.1重量%)を含む試料を後述の熱電子放出測定した後、熱電子放出面の酸化物をEDXで定性分析したところ、ZrとOのみ残存していることが判明した。
【0218】
さらに比較例7のSrHfO3(2.4重量%)、比較例8のBaHfO3(2.7重量%)を含む試料を後述の熱電子放出測定した後、同様に熱電子放出面の酸化物をEDXで定性分析したところ、HfとOのみ残存していることが判明した。即ち、比較例4〜8の試料に含まれる複合酸化物または混合物の場合は加熱中にZrおよびHf以外の元素が分解蒸発してZr酸化物やHf酸化物のみが残存していた。
【0219】
従って、比較例4〜8、即ち、特許文献1で挙げられた複合酸化物は高温下で必ずしも安定でなく熱電子放出特性を長く維持できないことが分かった。また、特許文献1に関連する米国特許第6051165号明細書に記載の電子放射材料についても作製手段が同じであり上記同様に熱電子放出特性を長く維持できないと考えられる。
【0220】
次に、比較例9〜比較例14をX線回折した結果について述べる。
【0221】
まず図9(b)に比較例9のX線回折結果を示す。比較例9の酸化物は実施例7と構成元素が共通(ZrとYとO)ではあるが、ZrO2−Y2O3酸化物固溶体のピーク(図9(a)の丸数字1矢印)は観察されず、ZrO2とY2O3のピーク(図9(b)の丸数字2矢印)がそれぞれ観察された。即ち、ZrO2とY2O3の酸化物の混合物は焼結しても固溶体を形成しないことが確認され、タングステン電極材料中においても混合した状態を保っていることが分かる。
【0222】
比較例10も同様に、HfO2−Er2O3酸化物固溶体のピークは観察されず、HfO2とEr2O3のピークがそれぞれ観察された。即ち、HfO2とEr2O3のそれぞれの酸化物で添加した場合は焼結しても固溶体を形成しないことが確認され、酸化物混合物を添加してもタングステン電極材料中にその状態を保ち、混合した状態を維持することが判明した。
【0223】
比較例11から13は、酸化物単体をタングステンに混合して焼結しており、焼結後も元の酸化物が維持されていた。
【0224】
比較例14のX線回折結果を図10(c)に示す。同図から分かるとおり、比較例14の試料からはZrO2−Er2O3酸化物固溶体のピークが測定されなかった。即ち、タングステンにZrO2とEr2O3を混合して焼結しても、酸化物固溶体を形成しないことが確認された。
【0225】
このことは、先に述べたとおり、従来技術のタングステン圧粉体においては、異なる酸化物同士がそれぞれ単独で分散している状態にあり、例え通電焼結したとしても酸化物粒子の全てが物質移動を起こして固溶体を形成するのは困難、ということを裏付けるものである。
【0226】
<熱電子放出特性の評価>
放電灯などに用いられる電極材料の特性に対応する熱電子放出特性を評価するため、上記方法によって得られた実施例1〜13、参考例1、比較例4〜14、比較例16(市販品)のそれぞれのタングステン電極材料に切削加工・研磨・脱脂を施して直径8mm高さ10mmの円柱状の評価用試料を作製し、以下の測定を行った。
【0227】
本発明のタングステン電極材料の評価用試料を本出願人の特願2008−312158および特願2009−263771に開示している熱電子放出電流測定装置を用いて熱電子放出を測定した。
【0228】
具体的には、各評価用試料を真空チャンバ内に設置し、真空チャンバ内を真空雰囲気(10‐4Pa以下)に保ち、電子衝撃により評価用試料を加熱して1877℃に保持した。加熱時の温度上昇速度は15K/minとし、温度保持の際、電子源のフィラメントの加熱は5V、24Aで行った。そして電子衝撃の加速電圧を3.2kV印加して110mAの電流を流した。また、評価用試料の温度測定にはミノルタ株式会社製TR‐630A放射温度計を用いた。なお、試料温度は評価用試料の放射率1と光路上の吸収率0.92を乗じた実効放射率0.92を用いて算出した。一般に被測定物に深穴を設けるとその穴の底部の放射率は1とみなせるため、本発明の評価では、穴深さL=10、半径r=1の比L/r=10の測温穴を設けて評価用試料の放射率を1とみなした。また光路上の吸収率は真空チャンバの窓の吸収率を測定し0.92であった。
【0229】
熱電子放出はカソードとなる評価用試料と対向する電極に400Vのパルス電圧を印加して計測した。該試料の熱電子放出する面および該試料と対向し熱電子を授受する電極(以下アノードという)の面は研磨してありその面粗さはRa1.6μm以内とした。パルス電圧を印加する時間と印加しない時間の比であるパルスデューティーは1:1000とした。
【0230】
アノードを単独で設置すると印加したパルス電圧によるアノード−カソード間の電界強度が電極中央部と電極端部で不均一になるため、アノードの外周にガードリングを設けた。ガードリングは外径11mm、内径6.6mmとした。ガードリングには電極と同期したパルス電圧を印加した。また、アノード及びガードリングと評価用試料は平行に保持して0.5mmの間隔を設けた。また、アノードの位置は評価用試料の同軸上に調整した。
【0231】
カソードとなる評価用試料の熱電子放出面は直径D8.0mmあり、アノード断面は直径D6.2mmとした。カソードの評価用試料からアノード断面つまり直径D6.2mmの断面に届いた熱電子を授受し、電流値を計測した。計測にはオシロスコープを用いて、パルス電圧印加時の電流を読み取った。そして、アノードの断面積で電流値を割って電流密度を求めた。
【0232】
このようにして、本発明タングステン電極材料の評価用試料を1877℃に保持しながら熱電子放出による電流密度の経時変化を記録した。
【0233】
まず、評価用試料を1877℃に保持すると、電子放出によって、評価用試料の初期電流密度は最大0.6A/cm2程度を示す。その電流密度が保持時間の経過とともに酸化物の蒸発が進行し、電子放出が減少して電流密度は0.02A/cm2程度に収束する。各種評価用試料について電流密度が0.02A/cm2程度になった段階で評価用試料を取出しSEMで観察、及びEDXで定性分析した結果、熱電子放出面の酸化物は失われ、タングステンのみになっていることが分かった。
【0234】
この値は、純タングステンの熱電子放出の理論値に近い。純金属の熱電子放出による電流密度J(A/cm2)は次のリチャードソン・ダッシュマンの式から求められる。
【0235】
J=120T2exp(‐eφ/kT)
ただし、e=1.60×10‐19(J)、k=1.38×10‐23(J/K):ボルツマン定数、φ(eV):仕事関数、T(K):絶対温度である。
【0236】
T=2150K(1877℃)とし、純タングステンのφを一般に知られている値4.5eVとすると、この式から、電流密度理論値は約0.016A/cm2と求まり、この値は時間の経過とともに減少して収束した測定値0.02A/cm2に近く、SEMで観察、及びEDXで定性分析して熱電子放出面から酸化物が失われタングステンのみになっている測定結果と整合性があり、本測定方法は熱電子放出特性を評価する方法として適切であることが判明した。
【0237】
しかし、熱電子放出電流がこの値まで低下する時間をもって、熱電子放出特性を判断するには問題がある。それは、この0.02A/cm2という値は計器の測定下限に近く、またこの値まで低下するには長時間温度保持が必要になるからである。
【0238】
そこで、本発明では、評価用試料を1877℃に保持してから電流密度が0.1A/cm2に減少することを熱電子放出の枯渇とし、その枯渇するまでの時間(以下、枯渇時間という)をもって熱電子放出特性を評価した。図13に、電流密度の測定例とこの枯渇時間の定義を示す。この定義に基づけば図13(a)の例では時間は140分となる。また、図13(b)のように、枯渇時間が長いほど熱電子放出特性を長く維持でき電極材料として性能が優れることを示し、逆に枯渇時間が短いほど熱電子放出特性を維持できず電極材料として性能が劣ることを示す。
【0239】
上記定義に基づき実施例1〜13、参考例1、比較例4〜14、16の枯渇時間を測定した。得られた結果を表2に示す。
【0240】
【表2】
注1:実施例1〜9,12,13と比較例4〜15はタングステンに対して酸化物のモルが1.4モル%の一定量になるように質量%を調製したものである。1.4モル%は、タングステンに対してThO2が2.0質量%(比較例16)に相当する。
注2:「×」は、昇温途中で熱電子放出電流が低下して枯渇したことを示す。
「加工不可」は、焼結はできたが塑性加工ができなかったことを示す。
「焼結不可」は、焼結ができず、タングステン電極材料を得られなかったことを示す。
【0241】
表2に示すとおり、本発明の実施例1〜13の酸化物固溶体を用いた電極材料は、比較例4〜14の従来技術の電極材料及び比較例16の市販の酸化トリウム入りタングステン電極材料と比べて枯渇時間が長く、長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0242】
また、本発明の実施例7のZrO2とY2O3との酸化物固溶体を用いたタングステン電極材料は、特許文献2〜4で挙げられた酸化物の一例である比較例9のZrO2とY2O3の混合物を用いたタングステン電極材料と比べて枯渇時間が長く、上記同様に長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0243】
HfO2の場合も同様に本発明の実施例9の方が、比較例10と比べて枯渇時間が長く、上記同様に長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0244】
通電焼結で角棒状の焼結体を作製した場合においても、本発明の実施例3のZrO2とEr2O3との酸化物固溶体を用いたタングステン電極材料は、比較例14のZrO2とEr2O3の混合物を用いたタングステン材料と比べて、枯渇時間が長く、上記同様に長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0245】
また、本発明の実施例4のZrO2とEr2O3との酸化物固溶体を用いて得た棒状のタングステン電極材料も上記同様に長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0246】
実施例3、4、5のタングステン材料に含まれる酸化物はいずれも同じ固溶体の状態で同じ量であるが、枯渇時間が異なる結果となった。これは、焼結方法や塑性加工によってタングステン結晶粒や酸化物固溶体分散の状態などが異なるため枯渇時間に違いが出ると考えられる。しかしいずれも従来技術の電極材料より長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0247】
なお、実施例1〜13は比較例16の酸化トリウムの枯渇時間以上が得られており、これによれば固溶体の含有量の下限は、実施例10より0.5質量%が好ましく、また、参考例2及び実施例11から上限は塑性加工が可能となる5質量%が好ましいことが分かる。
【0248】
ただし、生産性、即ち加工性をより重視する場合は上限を3質量%以下とするのが好ましい。
【0249】
<図5(b)の製造方法による本発明の評価>
[実施例14]実施例14ではZrO2−Er2O3(22モル%)酸化物固溶体を1.4質量%含んだタングステン電極材料を図5(b)の製造方法で作製した。
【0250】
まず、実施例1で作製したZrとErの水酸化沈殿物を200℃で乾燥して、一般的なタングステン酸化物であるタングステンブルーオキサイド粉末(酸素を除くタングステンの純度が99.9質量%以上)に混合した。なお、水酸化沈殿物の質量%は、後述する焼結の後、タングステンに対して酸化物のモルが一定の1.4モル%になるよう調製した。
【0251】
次に、タングステン酸化物粉末を950℃の水素雰囲気中にて加熱して酸化物固溶体粉末を含んだタングステン粉末を得た。この粉末中の酸化物はX線回折によって、ZrO2とEr2O3との固溶体であることを確認した。
【0252】
得られたタングステン粉末を196MPaで金型プレスして直径30mm×高さ20mmの円柱状の圧粉体とした。
【0253】
次に、1800℃水素ガス雰囲気で10時間の焼結を行ない本発明のタングステン電極材料を作製した。得られたタングステン電極材料の相対密度は約95%であった。
【0254】
上記焼結されたタングステン材料中にはZrO2−Er2O3酸化物固溶体が含まれることをX線回折で確認した。
【0255】
<図5(c)の製造方法による本発明の評価>
[実施例15]実施例15ではZrO2−Er2O3(22モル%)酸化物固溶体を1.4質量%含んだタングステン電極材料を図5(c)の製造方法で作製した。
【0256】
まず、ZrO278モル%に対しEr2O3が22モル%となるように、Zr硝酸塩とEr硝酸塩(高純度化学製、純度99質量%)の重量比を定め、それらを水に溶解した。
【0257】
次に、本出願人の特開平11−152534の段落[0031]に記載のドープ法に準じてタングステンブルーオキサイドの混合物を作製し、次に該混合物を乾燥した。
【0258】
なお、タングステン酸化物と水溶液の濃度と混合量は、後述する焼結の後、タングステンに対して酸化物のモルが一定の1.4モル%になるよう調製した。
【0259】
次に、上記の乾燥したタングステン酸化物粉末を同じく特開平11−152534の段落[0033]に記載の還元条件に準じて水素雰囲気中950℃で還元して酸化物固溶体を含んだタングステン粉末を得た。この粉末中の酸化物はX線回折によって、ZrO2とEr2O3との固溶体であることを確認した。
【0260】
以下、実施例14と同様の工程でタングステン電極材料を作製した。得られたタングステン電極材料の相対密度は約95%であった。
【0261】
また上記タングステン電極材料中にZrO2−Er2O3酸化物固溶体が含まれることをX線回折で確認した。
【0262】
上記方法によって得られた実施例14、15のタングステン電極材料の枯渇時間を実施例1と同様に測定した。
【0263】
得られた結果を表3に示す。
【0264】
【表3】
【0265】
表3に示すとおり、実施例14と15は、図5(a)の製造方法で作成した実施例5(同一組成の酸化物固溶体)に比べると枯渇時間が僅かに劣る結果となった。その理由は、その製造方法の違いによって最終的にタングステン電極材料中に分散する酸化物固溶体の分散状態などが異なり、それが枯渇時間に影響を与えるためと考えられるが、しかしながら、いずれも従来技術である比較例4〜16と比べて枯渇時間が長く、長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0266】
以上、表2及び3に示す実施例1〜15について説明したとおり、熱電子放出源である酸化物を固溶体として存在させた本発明のタングステン電極材料によれば、従来技術の電極材料と比べて、熱電子放出の枯渇までの時間が長く、長時間熱電子放出特性を維持できることが明らかである。
【0267】
即ち、Zr酸化物及び/又はHf酸化物と、Sc、Y、ランタノイドの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶している酸化物固溶体とすることによって該酸化物の結合力が強くなり、その結果蒸気圧が低くなり酸化物の蒸発が低減された、即ち、酸化物の高融点化が図られたためと考えられる。
【0268】
<X線回折以外の酸化物固溶体確認方法>
タングステン電極材料中の酸化物が本発明の酸化物固溶体であるか、従来技術の酸化物の混合物であるかを確認するには、上記X線回折だけではなくEDXやEPMAを用いることができる。
【0269】
以下、EDXやEPMAを用いた酸化物固溶体確認方法について実施例を基に説明する。
【0270】
<エネルギー分散型X線分析装置(EDX)による測定>
EDXでは、酸化物を構成する元素の組成比を測定し、そのバラつきを示す標準偏差が所定の値以下であれば固溶体と判断できる。
【0271】
以下、具体的な測定方法を実施例3と比較例14を挙げて説明する。
【0272】
まず、実施例3と比較例14のタングステン材料の中の酸化物をEDXで定量分析した。
【0273】
図11(c)と図11(d)はそれぞれ実施例3、比較例14のタングステン材料の電子顕微鏡写真である。それぞれの材料中の酸化物を矢印で示した。
【0274】
これらの酸化物はZr酸化物を含む酸化物とランタノイドのEr酸化物を含む酸化物の組み合わせであり、酸化物中のZrとErの質量に対するErの質量の比率(図11(b)参照)を求め、n=5でその質量の比率をモル比に換算した比率の標準偏差を求めた(図11(a))。
【0275】
EDXは堀場製作所製EMAX−400を用いた。電子線の加速電圧を15kVとしビーム径は2nm、試料は該タングステン電極材料を結晶粒界に沿って破断してその界面に分散する酸化物粒子を分析した。
【0276】
実施例3と比較例14で挙げたZrとErの酸化物について、ZrO2に対しEr2O3が22モル%の酸化物固溶体と酸化物混合物の上記モル比の標準偏差を測定したところ、固溶体では、標準偏差0.025以下を示し混合物は0.025を上回った。
【0277】
詳しくは、実施例3のタングステン電極材料ではモル比の標準偏差が0.012であり酸化物固溶体と判明した。一方、比較例14のタングステン電極材料ではモル比の標準偏差が0.028と0.025を上回り酸化物混合物の存在が考えられ、混合物と判断できる。これらの結果はX線回折での判別結果と良く一致する。
【0278】
これは、酸化物固溶体は構成する成分の組成が均一であるので上述の標準偏差は小さく、一方、酸化物の混合物は構成する成分の組成が不均一であるので標準偏差が大きくなるということを示している。
【0279】
また、同様にn=5で酸化物中のZr、Hf、Sc、Y、ランタノイドの質量に対するSc、Y、ランタノイドの質量の比率を求め、n=5でその質量比をモル比に換算した標準偏差を求めたところ、固溶体では0.025以下を示し混合物は0.025を上回った。
【0280】
<電子線マイクロアナライザ(EPMA)による測定>
EPMAでは、酸化物を構成する元素の化学結合状態と関連のある特性X線強度を測定し、その強度比が所定の値以下であれば固溶体と判断できる。
【0281】
図12は、実施例3と比較例14のタングステン電極材料中に含まれる酸化物を構成する元素の化学結合状態を分析した特性X線強度データである。
【0282】
図12(c)と図12(d)はそれぞれ実施例3、比較例14のタングステン材料の電子顕微鏡写真である。それぞれの材料中の酸化物を矢印で示した。
【0283】
分析機器はEPMA(島津製作所製EPMA8705)を用いて行った。
【0284】
具体的には、該タングステン電極材料を研磨して分析用試料を作製した。次に、この試料研磨面の酸化物に電子ビームを入射し、特性X線を測定した。測定条件は、加速電圧15kV、試料電流20nA、ビームサイズを直径5μmとし、分光結晶はペンタエリスリトール(PET)を用いた。
【0285】
次に、タングステン電極材料中の酸化物を構成する元素の中からZrを選び、Zrの特性X線Lβ1とLβ3線の強度をn=3で測定した(図12(a)参照)。理論波長はLβ1で5.836オングストローム(5.836×10−10m)、Lβ3で5.632オングストローム(5.632×10−10m)である。その測定値からZrの特性X線Lβ1線に対するLβ3線の強度比Lβ3/Lβ1を求めた(図12(b)参照)。
【0286】
また、別に用意したタングステンを含まないZrO2に対し、Er2O3が22mol%の酸化物固溶体と酸化物混合物の上記強度比Lβ3/Lβ1を測定したところ、固溶体では、0.5以下を示し混合物は0.5を上回った。
【0287】
その結果、実施例3の酸化物はLβ3/Lβ1=0.24で酸化物固溶体と判明した。一方比較例14の酸化物は0.56であり酸化物混合物と判明した。
【0288】
これは、ZrO2とEr2O3との固溶体とZrO2とEr2O3との混合物とでは、Zrの化学結合状態が異なることを示している。
【0289】
また、n=3で酸化物中のZrの該特性X線強度比を求めたところ、固溶体では0.49以下を示し混合物は0.49を上回った。
【0290】
<電極材料内の酸化物固溶体の異方性の評価>
以下の手順で電極材料内の酸化物固溶体の異方性と枯渇時間の関係を評価した。
【0291】
まず、以下の手順で試料を作成した。
【0292】
[実施例16]酸化物固溶体の平均粒径を10μmとし、加工率を30%とした他は実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0293】
[実施例17]酸化物固溶体の平均粒径を10μmとし、加工率を50%とした他は実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0294】
次に、実施例6、実施例16、実施例17の試料を、図14に示すように、中心軸を含み、かつ中心軸に平行となるような面で切断し、断面形状をEPMAで撮影した。撮影範囲は1700μm×1280μmとした。
【0295】
次に、撮影した断面形状をMedia Cybernetics社製のImage Pro Plusを用いて2値化した。
【0296】
次に、2値化した画像データを元に酸化物固溶体粒子の面積をJIS H 1403記載のICP発光分光分析の定量分析結果とあわせてタングステンの面積比として規格化し、酸化物固溶体の相当楕円の長軸を求め、中心軸と長軸のなす角度を測定した。酸化物固溶体粒子は1700μm×1280μm(視野数は3視野)の観察面積に存在する全ての酸化物固溶体を測定し、その数は試料によって異なるが、100〜4000個の測定個数になった。
【0297】
次に、実施例6、実施例16、実施例17の試料を<熱電子放出特性の評価>で述べた装置、方法と同様の装置、方法で枯渇時間を測定した。
【0298】
実施例6、17の2値化した画像データをそれぞれ図15、図16に、中心軸と長軸のなす角度の分布のうち、実施例6および実施例17の分布を図17に示す。なお、図15および図16では矢印が中心軸方向を示している。また、図17では縦軸に相当楕円のアスペクト比、即ち(長軸/短軸)比をとっている。
【0299】
さらに、測定した枯渇時間を表4に示す。なお、表4では中心軸と長軸のなす角度が20度以内である酸化物固溶体の面積比率も記載している。
【0300】
【表4】
【0301】
図15〜図17より明らかなように、加工率が大きくなると、酸化物固溶体の中心軸と長軸のなす角度が小さいものの数が増え、長軸方向が中心軸方向に揃っていくことが分かる。
【0302】
また、表4から明らかなように、長軸方向が中心軸方向に揃っているものほど、枯渇時間が長く、特に中心軸と長軸のなす角度が20度以内である酸化物固溶体の面積比率が50%以上になると、枯渇時間が大きく上昇することが分かった。
【0303】
<酸化物固溶体のアスペクト比の評価>
以下の手順で酸化物固溶体のアスペクト比と枯渇時間の関係を評価した。
【0304】
まず、以下の手順で試料を作成した。
【0305】
[実施例18]平均粒径7μmの酸化物固溶体から篩分にて5μm以下の酸化物固溶体粒子を除去し、加工率30%とした他は実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0306】
次に、実施例6、実施例17、実施例18の試料を中心軸を含み、かつ中心軸に平行となるような面で切断し、断面形状をEPMAで撮影した。撮影範囲は1700μm×1280μmとした。
【0307】
次に、撮影した断面形状をMedia Cybernetics社製のImage Pro Plusを用いて2値化した。
【0308】
次に、2値化した画像データを元に酸化物固溶体粒子の面積をJIS H 1403記載のICP発光分光分析の定量分析結果とあわせてタングステンの面積比として規格化し、酸化物固溶体の相当楕円のアスペクト比を求めた。酸化物固溶体粒子は1700μm×1280μm(視野数は3視野)の観察面積に存在する全ての酸化物固溶体を測定し、その数は試料によって異なるが、1視野あたり100〜4000個の測定個数になった。
【0309】
次に、実施例6、実施例17、実施例18の試料を<熱電子放出特性の評価>で述べた装置、方法と同様の装置、方法で枯渇時間を測定した。
【0310】
実施例6と実施例17におけるアスペクト比と面積の関係を示す分布図を図18に、実施例6、実施例17、実施例18の試料を用いて測定した枯渇時間を表5に示す。なお、表5では、撮影範囲内におけるアスペクト比6以上の酸化物固溶体の数、個数比率、面積比率も記載している。
【0311】
【表5】
【0312】
図18および表5から明らかなように、アスペクト比6以上の酸化物固溶体が増えると、枯渇時間が長くなり、特にアスペクト比が6以上の酸化物固溶体の面積比率が4%以上になると、枯渇時間が大きく上昇することが分かった。
【0313】
また、加工率と粒径は相補的な関係にあり、粒子径が大きければ加工率が低くともアスペクト比の6以上の粒子ができやすく、加工率が高ければ粒子が小さくてもアスペクト比の6以上の粒子ができやすいことが分かった。
【0314】
なお、酸化物固溶体の粒子の大きさのみを変化させてもアスペクト比が6以上のものは得られず、また、偶発的にも発生しなかった。
【0315】
<酸化物固溶体の粒径の評価>
以下の手順で酸化物固溶体の粒径と枯渇時間の関係を評価した。
【0316】
まず、以下の手順で試料を作成した。
【0317】
[実施例19]酸化物固溶体をボールミル粉砕して粒度分布上の1次粒子を0.8μmとした他は実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0318】
[実施例20]酸化物固溶体を篩分して5μm以下の粒子を除去し、平均粒径を8μmとしたほかは実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0319】
次に、実施例6、実施例19、実施例20の試料を中心軸を含み、かつ中心軸に平行となるような面で切断し、断面形状をEPMAで撮影した。撮影範囲は1700μm×1280μmとした。
【0320】
次に、撮影した断面形状をMedia Cybernetics社製のImage Pro Plusを用いて2値化した。
【0321】
次に、2値化した画像データを元に酸化物固溶体粒子の面積をJIS H 1403記載のICP発光分光分析の定量分析結果とあわせてタングステンの面積比として規格化し、酸化物固溶体の円換算した粒径を求めた。酸化物固溶体粒子は1700μm×1280μm(視野数は3視野)の観察面積に存在する全ての酸化物固溶体を測定し、その数は試料によって異なるが、100〜4000個の測定個数になった。
【0322】
次に、実施例6、実施例19、実施例20の試料を<熱電子放出特性の評価>で述べた装置、方法と同様の装置、方法で枯渇時間を測定した。
【0323】
実施例6と実施例20の円換算した粒径の割合(面積換算したもの)を帯グラフにしたものを図19に、実施例20の2値化した画像データを図20に、実施例6、実施例19、実施例20の枯渇時間の試験結果を表6に示す。なお、表6では、各実施例における、直径5μm以下の酸化物固溶体の面積割合も記載している。
【0324】
【表6】
【0325】
図19および表6から明らかなように、実施例20は実施例6よりも直径5μm以下の酸化物固溶体の面積割合が減っている。また、このことは図15と図20からも明らかである。さらに、表6から明らかなように、直径5μm以下の酸化物固溶体の面積割合が減ると、枯渇時間が長くなり、面積割合が50%以下になると、枯渇時間が大きく上昇することが分かった。
【0326】
即ち、直径5μm以下の酸化物固溶体は熱電子放出に寄与できておらず、タングステン電極材料にした際の酸化物固溶体の粒径が重要であることが分かった。
【0327】
<酸化物固溶体の元素比率の偏差>
以下の手順で酸化物固溶体の元素比率の偏差と枯渇時間の関係を評価した。
【0328】
まず、以下の手順で試料を作成した。
【0329】
[実施例21]実施例3における酸化物固溶体の混合量を実施例3に比較して70質量%とし、そこに比較例14の混合酸化物を30質量%混合し、テスト的に固溶が不十分な酸化物とした(即ち酸化物固溶体と混合酸化物を質量比で7:3の割合で混合した)他は実施例3の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。
【0330】
次に、実施例3、実施例21、比較例14の酸化物中のZrとErの質量に対するErの質量の比率(図11(b)参照)を求め、n=5でその質量比をモル比に換算した比率の標準偏差を求めた。
【0331】
実施例3、実施例21、比較例14の枯渇時間の試験結果を表7に示す。なお、表7では、各実施例における、酸化物組成比の標準偏差も記載している。
【0332】
【表7】
【0333】
表7から明らかなように、実施例と比較例では枯渇時間に大きな差が現れた。
【0334】
この結果から、酸化物組成比の標準偏差が小さいほど枯渇時間が長くなり、また、混合酸化物を30質量%までは混合しても酸化物固溶体の特性が失われないことが分かった。
【0335】
以上が本発明の酸化物固溶体粉末を作製する方法、酸化物固溶体をタングステン材料内に存在させる作製方法、並びに、電極材料中の酸化物固溶体の分析方法に関する説明である。
【0336】
なお、本発明の電極材料は、要求される熱電子放出特性や加工性を考慮してタングステン粉末に対する酸化物固溶体粉末の混合割合は任意に変更できるものである。言い換えれば最終製品となるタングステン材料における酸化物固溶体の質量割合も適宜設計できるものである。
【0337】
従って、タングステンと酸化物固溶体との質量割合の最適範囲全てについて説明していないが、この質量割合は電極の用途毎に要求される熱電子放出特性を考慮して任意に調製されるものであり、本発明に任意の質量割合で酸化物固溶体を規定してもよい。
【0338】
本発明は、タングステン材料に酸化物固溶体を形成するという新しい手段によって、熱電子放出の経時変化や熱電子放出特性の向上を可能にした技術であり、本発明が示す高融点化が図られる酸化物としてのZr酸化物及び/又はHf酸化物に本明細書に記載されていない酸化物、例えば電極の熱負荷が小さい放電ランプに用いられるバリウム酸化物を選択してこれらの固溶体を形成すること、さらに、Zr酸化物及び/又はHf酸化物とバリウム酸化物とスカンジウム酸化物及び/又はイットリウム酸化物とからなる固溶体を形成する等、用いる酸化物の変更や数を増やして要求特性に応じた電極を作製することも当然可能である。
【0339】
また、本発明の着想は先に述べたとおり、Zr酸化物及び/又はHf酸化物のような単体で融点の高い酸化物と熱電子放出性を有する酸化物とを組み合わせて高融点化が図られた酸化物固溶体を得るものであり、Zr酸化物及び/又はHf酸化物と本明細書に記載の酸化物との組み合わせにおいて、例示以外の組み合わせや組み合わせる数を変更した酸化物固溶体であってもよい。
【0340】
また、本発明のタングステン材料は焼結体のままでも電極として用いることができる。
【0341】
そして、本発明の酸化物固溶体を含有するタングステン電極材料は円柱状や棒状の電極に限らず、用途によって、例えば角板状に成形した圧粉体を焼結し、この焼結体を電極として用いることも可能である。
【0342】
また、混合するタングステン酸化物やタングステンの粒度や純度にも特に制限はない。高温強度に優れるタングステン−レニウム合金などタングステン合金の粉末、タングステン粉末に一定量のアルミニウム、カリウム、シリコンのドープをした粉末を用いてもよい。ドープをした粉末を用いる理由は、ドープがタングステン結晶粒のアスペクト比増大やタングステン結晶粒界の安定に寄与するためである。
【産業上の利用可能性】
【0343】
本発明のタングステン電極材料は、放電ランプの陰極として利用される他、熱電子放出現象を必要とする各種ランプの電極及びフィラメント、マグネトロン用陰極、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接用電極、プラズマ溶接用電極、等にも利用可能である。
【0344】
また、タングステン材料に酸化物粒子が含まれると、タングステン粒界の転位の抑制によって高温強度・耐衝撃性の向上を得られることが一般的に知られており、高温部材への適用も可能である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、タングステン電極材料およびタングステン電極材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、熱電子放出現象を必要とするタングステン電極(以下、「タングステン電極材料」、または「電極材料」、または、単に「電極」とも言う)において、例えば熱負荷の大きい放電ランプの陰極等に用いられる電極には、高温下における熱電子放出特性の向上を目的として酸化トリウムを含有させることが行われてきた。
【0003】
しかしながら、トリウムは放射性元素であり、その安全管理上の問題から、酸化トリウムに代替すべく熱電子放出物質の選定や組成比の最適化を図った技術が数多く提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、W、Ta、Re、またはこれらの合金に、熱電子放出物質としてIIIB金属のSc、Y、およびランタノイドLa〜LuとIVB金属のHf、Zr、Tiからなる3元系酸化物またはIVB金属のHf、Zr、TiとTi、IIA金属のBe、Mg、Ca、Sr、Baからなる3元系酸化物、これらの混合物および化合物を含有した電子放射材料が開示されている。
【0005】
該電子放射材料は、高純度タングステン粉あるいは他の耐熱合金粉と添加物粉を混合し、高圧力で棒状とし、必要な密度に高温焼結、より高密度より小径の棒状とするためスエージあるいは鍛造処理を施し、次いで電極寸法に機械加工することによって作製されることが記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、熱電子放出物質として、少なくともカソード先端部の材料が、タングステンに対して付加的に酸化ランタンLa2O3と、酸化ハフニウムHfO2及び酸化ジルコニウムZrO2のグループからなる少なくとも1種の他の酸化物とを含有するショートアーク型高圧放電ランプが開示されている。
【0007】
さらに、特許文献3には、陰極または陽極が、放電灯用電極が純度99.95%以上のタングステン、タングステンにアルカリ金属を100ppm以下(0ppmは含まず)添加したドープタングステン、またはタングステンにセリウム、ランタン、イットリウム、ストロンチウム、カルシウム、ジルコニウム、ハフニウムの酸化物のうち少なくとも1種を4重量%以下(0重量%を含まず)添加したタングステン系材料のいずれか1種以上からなり、再結晶温度が2000℃以上である放電灯用電極が開示されており、熱電子放出物質として該酸化物が挙げられている。
【0008】
該電極は、タングステン粉末に酸化セリウムを添加した粉末を、CIP処理しプレス体を得て、このプレス体を電極の最終形状に近い形状に加工を行った後、水素雰囲気中1800℃にて焼結、さらに、アルゴンガス雰囲気中2000気圧、1950℃にてHIP処理し、得られた焼結体に研削加工を行うことによって作製されている。
【0009】
また、特許文献4には、陰極が、タングステンを主成分とする高融点金属基体中に、ランタン、セリウム、イットリウム、スカンジウム、及びガドリニウムから選ばれた少なくとも1種類の金属酸化物と、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ニオブ、及びタンタルから選ばれた少なくとも1種類の金属酸化物とが共存した構造を有し、該共存物の換算粒径が15μm以上であって、該高融点金属基体の中に該共存物が複数存在する高負荷高輝度放電ランプが開示されている。
【0010】
該陰極は以下の工程により作製されることが開示されている。即ち、まず、平均粒径20μm以下のランタンの金属酸化物の粉末と、同じく平均粒径20μm以下のジルコニウムからなる金属酸化物の粉末をボールミルで混合し、プレス後大気中で約1400℃で焼結し、その後再度粉砕してランタンの金属酸化物とジルコニウムの金属酸化物とが共存した酸化物の粉末を得て、これを分級し、粒径10−20μmの粉末を得る。この粉末と99.5重量%以上の純度をもった平均粒径2−20μmのタングステン粉末を混合、プレスし、水素中で仮焼結させ、その後、さらに通電して本焼結することによって該陰極は作製される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第6051165号明細書
【特許文献2】特表2005−519435号公報
【特許文献3】特開2005−285676号公報
【特許文献4】特開2006−286236号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のとおりトリウム代替となる技術が数多く提案され、電極の寿命は一定の向上が図られてきている。
【0013】
しかしながら、近時は、より一層の電極寿命の向上が求められており、上記の技術では不十分であった。
【0014】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その技術的課題は、酸化トリウムに替わる材料を用いて、従来よりも電極寿命の向上が可能なタングステン電極材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記した課題を解決するために、本発明者は鋭意検討の結果、従来、電極の寿命(熱電子放出の経時変化や熱電子放出特性)と電極における酸化物の存在形態との相関については、技術的探求がなされていなかった点に着目し、上記の各特許文献に示されている、タングステン粉末に混合される前の酸化物混合粉末についてX線回折を行った。
【0016】
その結果、いずれの特許文献ともその酸化物混合粉末は、異なる酸化物が単に混ざりあった混合粉末であることを確認した。
【0017】
また、上記異なる酸化物が単に混ざりあった混合粉末とタングステン粉末とを混合した圧粉体を焼結した場合、どのような存在形態になるかを確かめるべく、形状を維持し融点直下で固相焼結を行うタングステンの通電焼結法を用いて追試した。
【0018】
その結果、後述の比較例で説明する通り、それぞれの酸化物がタングステン基材(以下、「タングステン材料中」と言う)に単独で存在していることを確認した。
【0019】
本発明者らは、上記の追試結果をもとにさらに検討した結果、電極寿命の一層の向上は、タングステン材料中に分散させる酸化物粒子を酸化物固溶体とし、該酸化物の高融点化を図ることによって実現できると想到した。
【0020】
また、上記従来技術それぞれにおいて、酸化物固溶体が得られない理由は、タングステン圧粉体においては、異なる酸化物同士がそれぞれ単独で分散している状態にあり、例え上記通電焼結を実施したとしても酸化物粒子の全てが物質移動を起こして固溶体を形成するのは困難なため、と判断した。
【0021】
さらに、本発明者らは上記の追試結果や検討結果などを基に、酸化物を固溶体として形成する方法と高融点化が可能となる酸化物の組み合わせを種々検討した。
【0022】
その結果、例えば、図1の(a)に示すZrO2‐Er2O3 2元系状態図によれば、同図の特に(ア)から(イ)の組成範囲では広い温度域で固溶体Cが安定な相であり、この固溶体Cの組成範囲内で組成を選定して各酸化物単体を混ぜあわせ、液相Lの領域に入る温度まで加熱溶融して均一に攪拌したあと凝固させれば所望の酸化物固溶体の粉末を得ることが理論的に可能であると考えた。
【0023】
本発明者は以上の知見をもとに、検討を重ねた結果、Zr酸化物及び/又はHf酸化物とSc、Y、ランタノイド(La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu(ただし、本発明においては放射性元素であるPmを除く(以下、「ランタノイド」という))の内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶した酸化物粒子(以下、「酸化物固溶体」とも言う)を予め作製してタングステン粉末に混合し、あるいは、タングステン粉末中に該酸化物固溶体が形成される混合粉末を予め作製し、この混合粉末をプレスし焼結することによってタングステン材料中に該酸化物固溶体を分散させるという新たな手段を創案することによって酸化トリウムに替わる材料を用いて、従来よりも電極寿命の向上が可能なタングステン電極材料を提供することが可能であることを見出し、本発明をするに至った。
【0024】
即ち、本発明の第1の態様は、タングステン基材と、前記タングステン基材に分散された酸化物粒子と、を有し、前記酸化物粒子は、Zr酸化物及び/又はHf酸化物と、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶している酸化物固溶体であることを特徴とするタングステン電極材料である。
【0025】
また、本発明の第2の態様は、第1の態様に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、Zr塩及び/またはHf塩とSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液から水酸化沈殿物を作製する工程と、前記水酸化沈殿物を乾燥して水酸化物の粉末を作製する工程と、前記水酸化物の粉末を500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理して酸化物固溶体の粉末を作製する工程と、前記酸化物固溶体の粉末をタングステン粉末に混合して混合粉末を作製する工程と、前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、前記焼結体を塑性加工(伸展ともいう)してタングステン棒材を作製する工程と、を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法である。
【0026】
また、本発明の第3の態様は、第1の態様に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、前記Zr塩及び/またはHf塩と前記Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液から水酸化沈殿物を作製する工程と、前記水酸化沈殿物を乾燥して水酸化物の粉末を作製する工程と、前記水酸化物の粉末をタングステン酸化物に混合して混合物を作製する工程と、前記混合物を水素雰囲気中500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理してタングステン粉末中に酸化物固溶体の粉末が形成されている混合粉末を作製する工程と、前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法である。
【0027】
また、本発明の第4の態様は、第1の態様に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、前記Zr塩及び/またはHf塩と前記Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液を作製する工程と、前記混合溶液をタングステン酸化物粉末に混合する工程と、前記混合物を乾燥して乾燥粉末を作製する工程と、前記乾燥粉末を水素雰囲気中500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理してタングステン粉末中に酸化物固溶体の粉末が形成されている混合粉末を作製する工程と、前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法である。
【発明の効果】
【0028】
本発明においては、酸化トリウムに替わる材料を用いて、従来よりも電極寿命の向上が可能なタングステン電極材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】(a)はZrO2‐Er2O3の2元系状態図であって、(b)はZrO2‐Sm2O3の2元系状態図である。
【図2】本発明および従来技術の電極材料の概念図である。
【図3】ZrO2とYb2O3(25モル%)の固溶体、Zr3Yb4O12(JCPDSより)、ZrO2単体とYb2O3単体(25モル%)の混合物のX線回折結果を示す図である。
【図4】(a)は図3の拡大図であって、(b)は(a)の各ピークの2θ/θと相対強度を示す図である。
【図5】本発明の工程図である。
【図6】(a)はZrO2−Er2O3酸化物固溶体の粉末のX線回折結果を示す図であって、(b)は実施例5のタングステン電極材料のX線回折結果を示す図である。
【図7】実施例1、2、6、7のタングステン電極材料のX線回折結果を示す図である。
【図8】比較例4〜8のX線回折結果を示す図である。
【図9】(a)はZrO2−Y2O3酸化物固溶体のX線回折結果を示す図であって、(b)は比較例9のX線回折結果を示す図である。
【図10】(a)はZrO2−Er2O3酸化物固溶体の粉末のX線回折結果を示す図であって、(b)は実施例3のX線回折結果を示す図、(c)は比較例14のX線回折結果を示す図である。
【図11】実施例3と比較例14のタングステン材料の中の酸化物をEDXで定量分析した結果を示す図であって、(a)は酸化物中のZrとErの質量の比率をモル比率に換算した値の標準偏差を示し、(b)は酸化物中のZrとErのカウント数に対するErの質量の比率をモル比率に換算した値を示す図であり、(c)は実施例3の電子顕微鏡写真であり、(d)は比較例14の電子顕微鏡写真である。
【図12】実施例3と比較例14のタングステン電極材料中に含まれる酸化物を構成する元素の化学結合状態を分析した特性X線強度データであって、(a)はZrの特性X線Lβ1とLβ3線の強度を示す図であり、(b)はZrの特性X線Lβ1線に対するLβ3線の強度比Lβ3/Lβ1を示す図であり、(c)は実施例3の電子顕微鏡写真であり、(d)は比較例14の電子顕微鏡写真である。
【図13】電流密度の測定例と枯渇時間の定義を示す図である。
【図14】タングステン電極材料の断面形状の観察の手順および観察例を示す図である。
【図15】実施例6に係るタングステン電極材料の断面形状を2値化した画像データである。
【図16】実施例17に係るタングステン電極材料の断面形状を2値化した画像データである。
【図17】実施例6および実施例17に係るタングステン電極材料の断面における、酸化物固溶体の中心軸と長軸のなす角度の分布を示すグラフである。
【図18】実施例6と実施例17に係るタングステン電極材料の断面における、酸化物固溶体のアスペクト比と面積の関係を示す分布図である。
【図19】実施例6と実施例20に係るタングステン電極材料の断面における、酸化物固溶体を円換算した粒径の割合(面積換算したもの)を示す帯グラフである。
【図20】実施例20に係るタングステン電極材料の断面形状を2値化した画像データである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0031】
最初に、本実施形態に係る電極材料の構成について簡単に説明する。
【0032】
本発明の電極材料は、タングステン基材と、タングステン基材に分散された酸化物粒子と、を有している。
【0033】
ここで、本発明の電極材料に分散される酸化物粒子は、熱電子放出特性に優れるSc、Y、ランタノイドの酸化物と、高融点のZr酸化物及び/又はHf酸化物とが均一に溶け合っている酸化物固溶体である。
【0034】
なお、後述するように、本発明者らは、上記タングステン電極材料中に酸化物固溶体を存在させる手段として、タングステン粉末をプレス成形する前、即ち、予めタングステン粉末に酸化物固溶体を存在させておく必要があることを実験により確認した。
【0035】
ここで、本発明の上記電極材料中に酸化物固溶体を存在させるとは、図2のAに示すように電極材料の断面組織において、タングステン結晶粒の粒界や粒内に酸化物固溶体を1種以上(同図の場合、酸化物固溶体は1種)分散されている電極材料を指すものである。
【0036】
また、本発明で言う「酸化物固溶体」とは、2種以上の酸化物が任意の組成比で均一に溶け合った固体粒子の状態を指すものである。即ち、この状態を液体で例えると、水と油のように互いに溶解度を持たず2相分離する状態(混合物)ではなく、水とエタノールのように、溶けて1相で均一な組成を示す状態(溶液)で、これが固体でいう固溶体に該当する。
【0037】
従って、本発明の酸化物固溶体とはZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物とが1相で均一に溶けた状態である。
【0038】
<本発明に用いられる酸化物の種類>
次に、本発明に用いられる酸化物の種類について説明する。
【0039】
前述のように、本発明の酸化物固溶体を得るためには、広い温度域で固溶体が安定な相である必要があり、即ち、酸化物が高融点である必要がある。
【0040】
希土類元素の酸化物の高融点化を図るための酸化物の例としてZr酸化物及び/又はHf酸化物を挙げて下記に説明する。
【0041】
図1(a)(出典:The American Ceramics Society(ACerS)and the National Institute of Standards and Technology(NIST)発行:ACerS−NIST Phase Equilibria Diagrams CD−ROM Database Version3.1、以下「非特許文献1」と称す)に、Zr酸化物やHf酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物が固溶する例として、ZrO2‐Er2O3の2元系状態図を示す。
【0042】
図1(a)の“固溶体C”の領域はZr酸化物とEr酸化物とが固溶している範囲である。“液相L”の領域はZr酸化物とEr酸化物が液体である範囲である。“C、L共存”の領域は、固溶体C(固体)と液相L(液体)が共存するのでこの領域に入れば液相が出現し融け始める。
【0043】
また、Er2O3単体の融点は、図1(a)より2370℃である。そしてZrO2とEr2O3の固溶体は、Er2O3が60モル%程度の組成で“C、L共存”領域と“固溶体C”領域の境界線、即ち液相出現の境界線がEr2O3単体の融点と同じ2370℃を示す。
【0044】
さらにEr2O3のモル%が小さくなるにつれてその境界線が高くなりEr2O3単体の融点を上回り、Er2O3が20モル%程度固溶した組成で最も境界線が高く2790℃であり、これが最も融点が高い組成である。
【0045】
図1(b)はZrO2‐Sm2O3の2元系状態図である。図1(a)と同様に“固溶体C”の領域はZr酸化物とSm酸化物との固溶体であり、“液相L”の領域は液体である範囲である。“C、L共存”の領域に入れば融け始める。
【0046】
また、Sm2O3単体の融点は、同図より2330℃である。そしてZrO2とSm2O3の固溶体は、Sm2O3が50モル%程度の組成で液相出現の境界線がSm2O3単体の融点と同じ2330℃を示す。さらにSm2O3のモル%が小さくなるにつれてその境界線が高くなりSm2O3が0モル%の組成に近づくと最高で2710℃を示す。
【0047】
このようにSc、Y、ランタノイドの酸化物単体の融点を上回る固溶体となり、さらにはZrやHfの酸化物単体より高融点になる場合がある。固溶前後のエンタルピー変化が負になる場合に酸化物固溶体は組み合わせた各酸化物単体の融点を越える。即ち高融点化は酸化物の組み合わせやその組成比率によって決まることになる。
【0048】
本発明者らは非特許文献1に示されている状態図から、酸化物単体の融点や本発明範囲の内、Zr酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物を組み合わせた固溶体において、Sc、Y、ランタノイドの酸化物単体より融点が高くなる組成範囲と高融点化の上限を読み取った。ランタノイド酸化物は最も安定な酸化数の化学式を示す。これらを表1にZr酸化物単体とHf酸化物単体の融点とともにまとめて示した。(表1ではSc、Y、ランタノイドの酸化物を希土類酸化物と示した)
【0049】
【表1】
注:範囲の0モル%は含まない。(出典:非特許文献1)
【0050】
非特許文献1によれば、Hf酸化物とSc、Y、ランタノイドの各酸化物の状態図では、Zr酸化物とSc、Y、ランタノイドの各酸化物の組み合わせと比べて、液相出現の温度は同一かそれを上回っている。
【0051】
従って、Hf酸化物とSc、Y、ランタノイドの各酸化物固溶体も上表の組成範囲であればSc、Y、ランタノイドの酸化物単体より高い融点を得ることができる。
【0052】
また、後述する実施例では、Zr酸化物及び/又はHf酸化物とLa、Sm、Er、Yb、Yの内から選ばれる1種の酸化物からなる酸化物固溶体を例示したが、例示外のZr酸化物及び/又はHf酸化物とSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の酸化物からなる酸化物固溶体についても実施例と同様に高融点が得られるので、これらの酸化物固溶体を用いてもよい。
【0053】
また、酸化物固溶体に含まれる各希土類元素の酸化数を特定するのは困難である。表1の化学式は最も安定な酸化数を示すものであるが、元素によっては他の酸化数をとる場合がある。従って、他の酸化数であっても各希土類元素の酸化物であるので、表1以外の酸化数の希土類酸化物を用いてもよい。
【0054】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体の含有量>
本発明の電極材料においては、電極材料全量に対する酸化物固溶体の含有量が0.5質量%〜5質量%であることが望ましい(残部は実質的にタングステンである)。
【0055】
これは、0.5質量%未満であると酸化物固溶体を分散させた効果が得られず、電極寿命の向上が図れない恐れがあるからであり、また、5質量%を越えると加工性が悪化し、電極が形成できなくなる恐れがあるからである。
【0056】
<本発明の電極材料内の酸化物固溶体の異方性>
本発明の電極材料においては、電極材料の軸方向の断面にて、酸化物固溶体のうち、断面の長軸方向と軸方向のなす角度が20°以内にあるものの断面積が、前記酸化物固溶体の全断面積の50%以上であることが望ましい。
【0057】
即ち、酸化物固溶体の長軸の向きが軸方向に揃っていることが望ましい。
【0058】
これは、長軸が中心軸方向を向いている酸化物固溶体は、電極として使用される断面の一部のみが電子放出面に露出することになり、電子放出を担う酸化物固溶体が、深さ方向に徐々に供給されることで電極の枯渇時間が向上すると考えられるからである。
【0059】
このような条件の電極材料は、例えば酸化物固溶体の平均粒径および加工率(加工後の面積減少率)を調整することにより得られる。具体的には、加工率と粒径は相補的な関係にあり、粒子が大きければ加工率が低くとも方向が揃いやすく、加工率が高ければ粒径が小さくても方向が揃いやすい。
【0060】
なお、ここでいう「軸方向」とは、電極材料を柱状に形成した場合の中心軸方向を意味し、「軸方向の断面」とは、中心軸に平行で、かつ中心軸を含むように電極材料を切断した場合の断面を意味する。
【0061】
さらにここでいう「長軸」とは、酸化物固溶体の断面形状の相当楕円の長軸、具体的には、当該断面形状と同面積で、かつ、一次モーメントおよび二次モーメントが等しい楕円の長軸を意味し、断面積は断面形状に穴(空隙)がある場合でも穴を含めた面積を意味する。
【0062】
ここで、上記した電極材料の軸方向の断面における酸化物固溶体の組織は例えば一般的な金属顕微鏡や酸化物の位置や形状を特定するEPMAで観察できる。
【0063】
また、EPMAで撮影した画像を例えばMedia Cybernetics社製のImage Pro Plus等の画像処理ソフトを用いて2値化し、酸化物固溶体粒子の面積をJIS H 1403記載のICP発光分光分析の定量分析結果とあわせてタングステンの面積比として規格化することにより、酸化物固溶体の大きさを評価できる。
【0064】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体のアスペクト比>
本発明の電極材料においては、電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面のアスペクト比が6以上のものの面積比率が、前記酸化物固溶体の全断面積の4%以上であることが望ましい。
【0065】
これは、アスペクト比が6以上の酸化物固溶体は、電子放出を担う酸化物固溶体が、深さ方向に徐々に供給されることで電極の枯渇時間が向上すると考えられるからである。
【0066】
このような条件の電極材料は、例えば粒径が5μm以下の酸化物固溶体粒子を除去し、加工率を20%以上とすることにより得られる。加工率と粒径は相補的な関係にあり、粒子が粗ければ加工率が低くともアスペクト比の6以上の粒子ができやすく、加工率が高ければ粒子が細かめでもアスペクト比の6以上の粒子ができやすい。
【0067】
なお、ここでいう「アスペクト比」とは、当該断面形状の相当楕円の(長軸/短軸)比のことであり、「軸方向」「軸方向の断面」「断面積」の意味は<本発明の電極材料における酸化物固溶体の形状異方性>で説明したものと同義である。
【0068】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体の粒径>
本発明の電極材料においては、電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面を円換算した粒径が5μm以下のものの合計面積が、前記酸化物固溶体全体の面積の50%未満であるのが望ましい。
【0069】
これは、粒径が5μm以下の酸化物固溶体は、熱電子放出に寄与しないと考えられるためである。なお、ここでいう「粒径」は酸化物固溶体の断面を、面積が等しい真円に換算した際の直径を意味し、「軸方向」「軸方向の断面」「断面積」の意味は<本発明の電極材料における酸化物固溶体の形状異方性>で説明したものと同義である。
【0070】
このような条件の電極材料は、例えば酸化物固溶体粉末の大きさを篩分によって制御する方法によって得ることができ、より詳しくは5μm以下の酸化物固溶体の粉末を篩分によって除去する方法、または逆に一次粒子(レーザー式粒度分布にて得られえる分布にて微粒サイズ側の頻度の高い粒度)の粉末を1μm以下とすることで凝集粒子を増やし結果として電極中の酸化物固溶体を大きくする方法、また二次粒子の粉末を3μm以下にすることで酸化物固溶体の焼結を推進し電極中の酸化物固溶体を大きくする方法などにより得られる。
【0071】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体の元素比率の偏差>
本発明の電極材料においては、酸化物固溶体中の全ての金属元素に対する希土類元素のモル比の標準偏差が0.025以下である。
【0072】
より具体的には、本発明の電極材料は、酸化物固溶体を構成する元素のうち、酸化物固溶体中の酸素を除く元素のモルの合計に対するSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luのモルの合計の比率の標準偏差σがσ≦0.025の関係を示す酸化物の固溶体を含む。
【0073】
これは、標準偏差σが0.025を上回る場合、得られた酸化物の大部分が、固溶体ではなく、従来技術のような混合物の状態で存在しており、電極の長寿命化が図れないためである。
【0074】
このような条件の電極材料は、上記した製造方法のいずれかにより得られる。
【0075】
<酸化物固溶体確認方法>
タングステン粉末に混合する前の酸化物の存在状態が、本発明の酸化物固溶体であるか、または上記従来技術の酸化物(酸化物単体や、酸化物の混合物、所定のモル比で化学量論的に化合した酸化物)であるかについては、X線回折を用いてその存在状態を識別することができる。その理由は、酸化物の存在状態によって格子定数や結晶構造などが異なり、その存在状態に応じた特有のX線回折ピークが現れるからである。
【0076】
以下、本発明の酸化物固溶体と、本発明者らが追試した従来技術の各種酸化物との違いについて説明する。
【0077】
まず、酸化物の存在状態の測定についてZr、Ybを例に説明する。
【0078】
Zr、Yb、Oから構成され、所定のモル比で化学量論的に化合した酸化物、所謂化学的に結合した酸化物とは、例えばZr3Yb4O12を指す。X線回折では、粉末X線回折ファイル(JCPDS)に示されているようにZr3Yb4O12固有のピークが観察される。
【0079】
具体例として、X線回折で求めたZrO2とYb2O3(25モル%)の固溶体のピーク、JCPDSに示されているZr3Yb4O12のピーク、X線回折で求めたZrO2単体とYb2O3単体(25モル%)の混合物のピークを合わせて図3、4に示す。
【0080】
図3において、Zr3Yb4O12のピークと、ZrO2とYb2O3(25モル%)の固溶体のピークとは一致しているようにも見受けられるが、図4(a)に示す図3の拡大図を見ると、Zr3Yb4O12の2θ=30°近傍のピークは丸数字の4、5の2つに分離している。一方、ZrO2とYb2O3(25モル%)の固溶体のピークは異なる2θで丸数字1の1つのみであるので、両者は異なる存在状態を示していると解釈することができる。
【0081】
またZrO2単体とYb2O3単体との混合物ではYb2O3のピーク2θ=29.6°のピーク(図4(a)の丸数字6、面間隔3.01オングストローム(3.01×10−10m)の(2 2 2)面のピーク)が最も高く、ZrO2のピークは2θ=28.2°で相対強度22%(図4(a)の丸数字7)、2θ=31.5°で14%(図4(a)の丸数字8)となった。
【0082】
また、ZrO2とYb2O3との固溶体では、2θ=30.0°(図4(a)の丸数字1)のピーク(面間隔d=2.98オングストローム(2.98×10−10m)の(1 1 1)面のピーク)が最も高くこれが最強線であり、固溶していないZrO2単体の相対強度は2θ=28.2°で1%未満(図4(a)の丸数字2)、2θ=31.5°でも1%未満(図4(a)の丸数字3)に過ぎなかった。即ちZrO2単体固有の2θ=28.2°、31.5°のピークは消失している。なおZrO2単体固有の2θ=28.2°、31.5°のピーク強度が最強線の10%未満であれば本発明の酸化物固溶体にあたる特性を示す。
【0083】
本発明者らが行った追試結果によれば、特許文献1に示されたタングステン粉末に混合する前の酸化物、つまりLa2Zr2O7などは、構成元素が所定のモル比で化学的に結合した状態であることが判明した。
【0084】
従って、特許文献1の方法で得られる酸化物は、後述する分類の(2)に該当する。
【0085】
また、特許文献4では酸化物の存在状態が規定されていないため、本発明者らは該実施例に基づいてLaの金属酸化物とZrの金属酸化物とが共存した酸化物の粉末を得るべく以下の内容で追試した。
【0086】
上記金属酸化物の混合比はLa2O3:ZrO2=1:2のモル比とした。これは該特許文献の請求項4「ランタン、セリウム、イットリウム、スカンジウム、及びガドリニウムから選ばれた少なくとも1種類の金属酸化物AxOyと、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ニオブ、及びタンタルから選ばれた少なくとも1種類の金属酸化物BzOtと、が存在するモル比率A/B≦1.0あること」を満たしている。該請求項でいうA/B=0.5に相当する。
【0087】
まず、市販のLaの金属酸化物(La2O3、和光純薬製、純度99質量%)とZrの金属酸化物(ZrO2、和光純薬製、純度99質量%)を上記モル比で混合し、5分間ボールミル粉砕を行った。
【0088】
次に、上記粉砕を行った粉末を98MPaの圧力でプレスして圧粉体を作製した。
【0089】
次に、得られた圧粉体を大気中1400℃で焼結し、その後再度粉砕して該金属酸化物を得た。該金属酸化物を自然冷却した後、X線回折で分析したところ、観察されたのはLa2O3とZrO2が主で、酸化物同士が所定のモル比で化学量論的に化合したLa2Zr2O7は極一部であった。即ち、加熱後もLaの金属酸化物とZrの金属酸化物とがそれぞれ単体の混合物が主であることが判明した。
【0090】
従って、特許文献4の方法で得られる酸化物(特許文献4で「共存物」と称されているもの)は、後述する分類の(2)と(3)に、また、特許文献2、3は特許文献4と同様に後述する分類の(3)に該当すること、即ち酸化物固溶体ではないことが判明した。
【0091】
以上説明のとおり、X線回折によれば本発明の酸化物固溶体のみが下記分類の(1)に該当し、特許文献1から4のいずれにも該当しないことが判明した。
【0092】
言い換えれば、特許文献1から4に示されているタングステン粉末と酸化物との混合物を加熱するだけでは、タングステン粉末中に酸化物固溶体を含んだ混合物を得るのは困難であることが判明した。
【0093】
X線回折の結果に基づき、タングステン粉末に混合する前の本発明の酸化物固溶体の粉末、及び特許文献1から4に示されているタングステン粉末に混合する前の酸化物粉末の形態を整理すると、
(1)ZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドとが固溶した酸化物固溶体(本発明の酸化物固溶体)。
(2)ZrやHfとSc、Y、ランタノイドの複合的な酸化物でこれらの元素が所定のモル比で化学結合した酸化物(所定のモル比で化学結合した酸化物とは、化学式La2Zr2O7のように2種類以上の金属元素と酸素で構成され、化学式のモル比にしたがって化学結合している酸化物を指す。以下、複合酸化物と言う)。
(3)ZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイド酸化物の混合物(以下、混合物と言う)。
の3通りに分類することができる。従って、同じ構成元素・組成比の場合でも、上記(1)はZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイド酸化物の酸化物固溶体固有のピークが現れ、(2)は複合酸化物(特許文献1に示される酸化物)固有のピークが現れ、(3)は混合物でZrやHfの酸化物のピークとSc、Y、ランタノイドの酸化物のピークが重なって現れ(特許文献2、3、4に示される酸化物)、それぞれを識別することができる。
【0094】
このように酸化物固溶体と複合酸化物と混合物とでは構成する元素やその組成比が同じだとしても異なる存在状態を呈する。
【0095】
なお、上記X線回折は理学機器株式会社製RAD−2Xを用い、Cu管球で40kV30mAの条件で測定した。
【0096】
以上のとおり、上記追試とX線回折とによって、本発明と従来技術とでは、タングステン粉末に混合する前の酸化物粉末の形態が根本的に異なっていることを確認した。
【0097】
また、特許文献1〜4に示されている酸化物を用いて作製される電極は図2のBに示されるような断面組織となる。即ち、酸化物固溶体が形成されていない粉末を用いる技術であり、酸化物の混合物を用いると、ZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物が2種以上それぞれ単独で分散している電極材料となり、複合酸化物を用いるとZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物の複合酸化物が1種以上分散している電極材料となる。同図は、酸化物2種の混合物の場合、もしくは2種の複合酸化物の場合を示す。
【0098】
<本発明の電極材料における酸化物固溶体の存在状態、確認方法>
本発明の電極材料における酸化物が固溶体を呈しているか否かの状態確認も、X線回折で行うことができる。
【0099】
なお他の方法として、タングステンのみを化学的に溶解し該酸化物を分離回収の上、それをX線回折で該酸化物が固溶した状態を呈しているかの状態確認をすることも可能である。
【0100】
この他、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて該酸化物の原子やその配列を観察することで固溶しているか否かの状態を直接的に確認することができる。また後述のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)や電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて該酸化物の固溶した状態を確認することもできる。
【0101】
なお、酸化物固溶体の存在状態のX線回折、EDX測定、EPMA測定の結果は、後述する実施例と比較例の中で説明する。
【0102】
<タングステン電極材料の製造方法>
次に、本発明のタングステン電極材料の製造方法について説明する。
【0103】
本発明の酸化物固溶体が分散されている電極は、図5の(a)、(b)、(c)に示すように3通りの作製方法がある。
【0104】
図5の(a)の作製方法はタングステン粉末を用い、図5の(b)、(c)の作製方法はタングステン酸化物粉末を用いる。いずれの作製方法を用いるかは出発原料がタングステン粉末であるか、タングステン酸化物粉末であるかによって選択することができる。
【0105】
また、図5の(a)の作製方法は酸化物固溶体を予め作製して混合する方法であり、図5の(b)、(c)の作製方法は酸化物固溶体の前駆体としての混合物をタングステン酸化物に混合してその後の工程で前駆体を酸化物固溶体に変化させる、という方法である。
【0106】
以下、図5の(a)、(b)、(c)に示す製造方法毎に、その作製方法を説明する。
【0107】
<図5の(a)の製造方法による作製方法>
[水酸化物沈殿物を作製する工程]
図5の(a)の製造方法では、最初にZr水酸化物とEr水酸化物との水酸化物沈殿物を共沈法を用いて作製する。
【0108】
まず、Zr塩化物(純度99.9質量%)とEr塩化物(純度99.9質量%)とを用いて組成がZrO280モル%に対しEr2O3を20モル%となるように水に溶解(これを溶液Aとする)する。
【0109】
水に溶解する各塩化物ZrCl4とErCl3の質量比は、1モルのEr2O3には2モルのErが含まれるので、ZrとErのモルの和に対しErのモルが20%×2=40%即ち0.4倍となる質量比に定める。
【0110】
所望の酸化物固溶体の組成に対応した塩化物を溶解して溶液の濃度をZrとErの総モルで0.5mol/Lに調製を行う。
【0111】
次に、溶液Aを攪拌する。溶液Aは酸性を示す。また水酸化ナトリウム(純度99質量%)を水に溶解して0.5mol/Lの濃度に調製する(これを溶液Bとする)。溶液Bはアルカリ性を示す。攪拌している溶液Aに水溶液Bを滴下すると中和反応が起きてZrイオンとErイオンが共に水酸化物となり沈殿が生じる。
【0112】
溶液Bの滴下を続け、溶液AのpHがpH7を超えた時点で中和反応が完了する。もしくは、溶液Aの金属イオンと溶液B中のOH−イオンが全て反応するように溶液A、Bの濃度と量(体積)を定めれば良い。
【0113】
水酸化物の沈殿は沈降やろ過、遠心分離機を用いて分離することができる。水酸化物沈殿に含まれる過剰なOH−イオンや他のイオンを水洗と分離を適宜繰り返して除去した上で水酸化物の沈殿物(以下、「水酸化沈殿物」という)を得る。
【0114】
なお、作製条件は上記方法に限定されるものではない。例えば共沈法の場合、(1)塩化物の代わりに硝酸塩や硫酸塩等を用いる、(2)水酸化ナトリウム溶液の代わりにアンモニア水等の塩基性溶液を用いる、(3)溶液の濃度を濃くするなど調整する、(4)沈殿形成時の溶液の温度を高くするなど調整する、(5)溶液混合終了時のpHが高めになるよう溶液A、Bの濃度と量(体積)を定めるなど、酸化物固溶体粉末の作製方法は適正化することができる。
【0115】
また、溶液の成分の組み合わせやその組成は、高融点酸化物としてのZrやHfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物との状態図等をもとに固溶体を示す成分の組み合わせと組成であれば良く、その調製は、要求される熱電子放出特性や経済性などによって適宜変更することが可能である。
【0116】
[水酸化物の粉末を作製する工程]
次に、水酸化沈殿物を加熱して乾燥状態の粉末を作製する。水酸化沈殿物の乾燥は蒸発皿やスプレードライヤー、真空乾燥器などで100℃〜250℃程度まで加熱するなどの方法を用いることができる。なお、この粉末は湿気が僅かに残っているZrとErとの水酸化物の粉末である。なお、湿気は完全に除去されているのが好ましいが次の乾燥・焙焼工程(熱処理)でも除去される。
【0117】
[酸化物固溶体粉末を作製する工程]
次に、水酸化物の粉末を熱処理することによってZrO2とEr2O3とが固溶した酸化物固溶体粉末を作製する。
【0118】
なお熱処理の雰囲気は大気中に限らない。水酸化物を脱水できれば良く、窒素やアルゴン、真空等の雰囲気でも良い。
【0119】
上記熱処理の温度の下限は500℃である。500℃を下回ると水酸化物のまま残存してしまい、所望の酸化物固溶体粉末が得られないからである。温度の上限は酸化物固溶体の融点未満である。さらに、酸化物固溶体粉末の凝集や焼き付き、該粉末の粒度の調整、炉の能力や生産性を考慮すると、500−1500℃が好ましい。
【0120】
得られた酸化物固溶体の粉末は純度99質量%以上で、粒径はおよそ1〜10μmである。なお、酸化物固溶体粉末の粒径はレーザー回折法により測定した値である(他の実施例も同様)。
【0121】
[酸化物固溶体の粉末とタングステン粉末との混合粉末を作製する工程]
上記混合粉末は、ミキサー、乳鉢を用いた混合などタングステン製造方法として一般的な方法で混合粉末を作製することができる。
【0122】
なお、本実施例では純度99.9質量%(3N)の一般的なタングステン粉末を用いたが、さらに金属不純分が少ない高純度タングステン粉末を用いることで、タングステン基材の融点降下を防ぎ、電極の消耗を低減することができる。
【0123】
[圧粉体を作製する工程]
次に、上記混合粉末を金型プレスや静水圧プレス(CIP)などタングステン製造方法として一般的な方法でプレス成形し圧粉体(「プレス体」ともいう)とする。
【0124】
なお、プレス圧力は圧粉体の保形性や焼結体密度を考慮して一般的に用いられている98MPa〜588MPaが良い。また、プレス体の取扱の際に必要な強度を得るため等必要に応じて適宜予備焼結を施しても良い。
【0125】
[焼結体を作製する工程]
次に、上記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する。
【0126】
圧粉体を1750℃以上で焼結して相対密度95%以上の焼結体を得る。なお、焼結体の生産性を考慮すると1800℃、緻密化促進を考慮すると2000℃以上の焼結温度を採用するのが良い。
【0127】
焼結温度の上限は圧粉体の形状維持を考慮してタングステンの融点未満とする。
【0128】
なお、焼結方法は、間接加熱による焼結や直接通電加熱による焼結のいずれでも焼結可能である。一般に前者では装置の制約で2400℃以下、後者では3000℃以下である。
【0129】
なお、焼結時の雰囲気は、一般的な水素ガス還元雰囲気やアルゴン不活性雰囲気や真空の内から適宜選択が可能である。また、焼結の温度と時間は後述する本発明の実施例に記載の条件に限定されるものでなく、要求される焼結体密度や次の塑性加工の加工性などを考慮して適宜設定することができる。
【0130】
[タングステン棒材(棒状材、柱状材ともいう)を作製する工程]
次に、一般に相対密度98%以上となるように焼結体に塑性加工を施してタングステン棒材を作製する。これは、電極には機械的特性等が要求されるためである。
【0131】
塑性加工は熱間で行うスエージ加工や、ドロー加工、ロール加工等、タングステン材料の製造方法としての一般的な方法を用いることができる。
【0132】
<図5の(b)の製造方法による作製方法>
本方法は図5の(a)で用いるタングステン粉末に替えてタングステン酸化物粉末を用いる作製方法である。特に図5の(a)の作製方法と異なる点は、[酸化物固溶体の粉末を作製する工程]にある。
【0133】
以下にこの方法について説明する。
【0134】
[水酸化沈殿物を作製する工程]
まず、図5の(a)の作製方法で記載した共沈法を用いてZr水酸化物とEr水酸化物との水酸化沈殿物を作製する。
【0135】
[水酸化物の粉末を作製する工程]
次に、図5の(a)の作製方法で記載した作製方法を用いて、乾燥状態の粉末を作製する。
【0136】
[混合物を作製する工程]
次に、上記で得られた水酸化物の粉末とタングステン酸化物粉末とを混合して混合物を作製する。タングステン酸化物の純度は酸素を除くタングステンの純度が99.9質量%以上であった。粒径は1−10μm(Fsss(フィッシャー)法により測定)が好ましい。
【0137】
上記混合物は、ミキサーなどタングステン製造方法として一般的な方法で混合して作製することができる。
【0138】
[酸化物固溶体粉末を作製する工程]
次に、上記混合物を水素雰囲気中で還元処理を施すことによって、タングステン酸化物粉末はタングステン粉末になるのと並行して、酸化物固溶体の前駆体であるZrとErとの水酸化物の粉末は酸化物固溶体粉末になる。このようにタングステン粉末と該酸化物固溶体粉末の混合粉末を作製する。
【0139】
上記還元温度の下限は500℃である。500℃を下回ると水酸化物の粉末が水酸化物のまま残存してしまい所望の酸化物固溶体粉末は得られず、またタングステン酸化物が未還元となりその後の焼結ができないからである。温度の上限は酸化物固溶体の融点未満である。さらに、酸化物固溶体粉末の凝集や粒度の調整、焼き付きやタングステン酸化物の還元、炉の能力や生産性を考慮すると、800−1000℃が好ましい。
【0140】
一般にタングステン電極用のタングステン粉末の還元は800−1000℃で行なわれ、本作製方法である図5の(b)や後述する図5の(c)の工程で作製した前駆体は前記還元工程で完全に固溶体化できる。
【0141】
なお、タングステン酸化物として三酸化タングステン(WO3)、ブルーオキサイド(代表的組成式W4O11)二酸化タングステン(WO2)などを用いることも可能である。
【0142】
以下、[圧粉体を作製する工程]、[焼結体を作製する工程]、[タングステン棒材を作製する工程]は図5の(a)で記載した工程と同じである。
【0143】
<図5の(c)の製造方法による作製方法>
本方法は上記図5の(b)と同様に図5の(a)のタングステン粉末に替えてタングステン酸化物粉末を用いる作製方法である。
【0144】
以下、この方法について説明する。
【0145】
[固溶体前駆体をタングステン酸化物粉末にドープ(混合)する工程]
まず、酸化物固溶体の前駆体としてZr塩化物とEr塩化物を所定の比率で水に溶解した溶液を作製し、タングステン酸化物の粉末に混合する。
【0146】
なお、塩化物の代わりに硝酸塩や硫酸塩等を用いる、溶液の濃度を濃くする、水溶液をエチルアルコールで希釈するなどして、前記混合物を作製してもよい。
【0147】
上記混合は、タングステン製造に用いられるミキサーなどを用い一般的な方法で行う。
【0148】
次に、上記混合物を100℃〜250℃程度で加熱して混合・乾燥したタングステン酸化物粉末を作製する。
【0149】
乾燥は図5の(a)の[水酸化物の粉末を作製する工程]と同様の方法を用いる。
【0150】
なお、湿気は完全に除去されているのが好ましい。ただし次の水素還元工程でも除去される。
【0151】
[酸化物固溶体の粉末を作製する工程]
次に、上記混合物を図5の(b)の作製方法と同様に水素雰囲気中で還元処理を施すことによって、前記タングステン酸化物粉末はタングステン粉末になるのと並行して、ZrO2とEr2O3との酸化物固溶体の粉末が形成される。このようにタングステン粉末と該酸化物固溶体粉末の混合粉末を作製する。上記還元温度の下限及び上限、用いるタングステン酸化物は図5の(b)の作製方法と同様である。ただし、水素雰囲気で還元処理して得られるのはタングステンであり、ZrやErの金属単体は得られない。ZrO2とEr2O3が生成する。
【0152】
これは公知の熱力学データから明らかである。
【0153】
即ち、酸化反応の標準生成自由エネルギー(酸素1モル当たり)の値ΔG0が小さいほど酸化物を生成する方向に反応が進む。例えば1027℃における下記化学反応式のΔG0はそれぞれ
1)2H2+O2=2H2O ΔG0H2O=−352kJ/mol
2)2/3W+O2=2/3WO3 ΔG0WO3=−342kJ/mol
3)Zr+O2=ZrO2 ΔG0ZrO2=−853kJ/mol
4)4/3Er+O2=2/3Er2O3 ΔG0Er2O3=−1016kJ/mol
である。1)と2)をみると、水素はタングステンより酸化しやすいことが分かる。即ちこの温度でタングステン酸化物を水素還元できることを示している。一方1)と3)と4)を比べるとZrやErは水素より酸化しやすいことが分かる。即ち水素雰囲気でZrやErの金属単体は得られず、それらの酸化物が形成されることを示している。またZrやErに限らず、HfやSc、Y、ランタノイドも同様にΔG0は1)より小さく酸化物が形成されることになる。
【0154】
以下、[圧粉体を作製する工程]、[焼結体を作製する工程]、[タングステン棒材を作製する工程]は図5の(a)で記載した工程と同じである。
【0155】
なお、本発明の電極材料は要求される熱電子放出特性や加工性を考慮してタングステン粉末に対する酸化物固溶体粉末の混合割合は任意に変更できるものである。言い換えれば最終製品となる電極材料中の酸化物固溶体の含有量も適宜設計できる。なお、含有量の範囲は後記の比較例で述べる。
【0156】
また、上記の(a)、(b)、(c)の作製方法以外でも、タングステン粉末に酸化物固溶体の前駆体としてZr塩化物とEr塩化物を所定の比率で溶解した溶液を混合する、タングステン酸化物粉末に予め作製した酸化物固溶体粉末を混合するなど、最終的にタングステン材料中に酸化物固溶体の粒子を分散させてなるタングステン電極材料を作製することが可能である。
【実施例】
【0157】
以下、本発明のタングステン電極材料について、具体的な実施例を挙げてさらに詳しく説明する。
【0158】
まず、図5の(a)の方法で以下の実施例1〜13に示す、評価試料用タングステン電極材料を作製した。
【0159】
[実施例1]ZrO295モル%に対しLa2O3が5モル%となるように、Zr塩化物とLa塩化物(アルドリッチ製、純度99.9質量%)の重量比を定め、それらを水に溶解し0.2mol/Lの濃度に調整した。得られた水溶液を攪拌しながらその水溶液に2mol/Lアンモニア水を滴下した。水溶液がpH8になるまで滴下してZrとLaの水酸化沈殿物を得た。
【0160】
次に、水酸化沈殿物を200℃で乾燥し、乾燥した水酸化沈殿物を大気中にて1000℃で焙焼して酸化物固溶体粉末を得た。この粉末はX線回折によって、ZrO2とLa2O3との固溶体粉末であることを確認した。得られた該酸化物固溶体の粒径はおおよそ1−10μmであった。
【0161】
次に、純度99.9質量%以上で平均粒径約4μm(Fsss(フィッシャー)法により測定)の一般的なタングステン粉末に上記ZrO2−La2O3酸化物(ZrO295モル%に対してLa2O3を5モル%固溶)粉末を混合し、得られたタングステン粉末を196MPaで金型プレスして直径30mm×高さ20mmの円柱状の圧粉体を得た。該酸化物の混合量は最終的にタングステン電極材料中に1.0質量%含有する量に調整した。
【0162】
次に、1800℃の水素雰囲気で10時間の焼結を行ない本発明のタングステン電極材料を作製した。得られた円柱状のタングステン電極材料の相対密度は約95%であった。
【0163】
[実施例2]ZrO2−Sm2O320モル%の酸化物固溶体を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0164】
[実施例3]ZrO2とEr2O3とが固溶した酸化物を実施例1の作製手順で作製した。具体的には、一般的な純度99.9質量%以上で平均粒径約4μm(Fsss(フィッシャー)法により測定)のタングステン粉末にZrO2−Er2O3酸化物固溶体(ZrO278モル%に対してEr2O3を22モル%固溶)粉末を混合した。
【0165】
次に、タングステン粉末をプレス成形後、1200℃の水素雰囲気で1時間加熱し、さらに2500℃〜3000℃の水素雰囲気で1時間通電焼結して、断面が25mm×25mmで棒状のタングステン電極材料を作製した。
【0166】
[実施例4]実施例3の焼結体を上記[タングステン棒材を作製する工程]によって、棒状のタングステン電極材料を作製した。
【0167】
[実施例5]ZrO2−Er2O322モル%の酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0168】
[実施例6]ZrO2−Yb2O325モル%の酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0169】
[実施例7]ZrO2−Y2O323モル%の酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0170】
[実施例8]ZrO2、HfO2−Er2O3(Er2O3が22モル%で残りZrO2とHfO2が各39モル%)酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0171】
[実施例9]HfO2−Er2O322モル%の酸化物固溶体粉末を用いた以外は、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0172】
[実施例10]は、実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体粉末の含有量(質量%)を0.5%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0173】
[実施例11]は、実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体粉末の含有量(質量%)を5%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0174】
[実施例12]は、実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の希土類酸化物組成をZrO2−Er2O310モル%にした以外は実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0175】
[実施例13]は、実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の希土類酸化物組成をZrO2−Er2O340モル%にした以外は実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0176】
なお、実施例2、3、5〜9、12、13で得られた電極材料の相対密度は、実施例1と同様であった。実施例4、10、11で得られた電極材料の相対密度は約98%であった。
【0177】
次に、参考例として以下の参考例1〜3(比較例1〜3)に示す、評価試料用タングステン電極材料を作製し、さらに比較例として、以下の比較例4〜16に示す、評価試料用タングステン電極材料を作製した。
【0178】
[参考例1(比較例1)]実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の含有量を0.1質量%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0179】
なお、参考例1(比較例1)は塑性加工を施すことができた。
【0180】
[参考例2(比較例2)]実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の含有量を6質量%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0181】
その結果、参考例2(比較例2)は塑性加工を施すことができなかった。
【0182】
[参考例3(比較例3)]実施例3のZrO2−Er2O3酸化物固溶体の含有量を10質量%とした以外は実施例4の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0183】
参考例3(比較例3)は焼結を行うことができなかった。
【0184】
次に、比較例4〜8として、特許文献1に示されている複合酸化物の中から任意に選んだ酸化物を、実施例1の作製手順を用いて、この粉末とタングステン粉末との混合粉末を196MPaで金型プレスし円柱状の圧粉体とし、次に、該明細書には焼結温度が示されていないためタングステンの焼結が可能となる1800℃水素ガス雰囲気で10時間の焼結を行ない、タングステン電極材料を作製した。
【0185】
具体的には以下の酸化物を用いた。
【0186】
[比較例4]酸化物として、CaZrO3(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0187】
以下、比較例5〜8では比較例4と同じく、特許文献1に示されている複合酸化物を用いてタングステン電極材料を作製した。
【0188】
[比較例5]酸化物として、SrZrO3(AlfaAeser製、純度99質量%)を用いた。
【0189】
[比較例6]酸化物として、BaZrO3(AlfaAeser製、純度99質量%)を用いた。
【0190】
[比較例7]酸化物として、SrHfO3(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0191】
[比較例8]酸化物として、BaHfO3(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0192】
次に、比較例9〜13として、酸化物として特許文献2,3に示されている酸化物から任意に酸化物を選定し、Zr、Hfの酸化物とSc、Y、ランタノイドの酸化物の混合物や各単体を選び、実施例1の作製手順でタングステン電極材料を作製した。
【0193】
具体的には以下の酸化物を用いた。
【0194】
[比較例9] 酸化物として、ZrO2とY2O3各単体の混合物(高純度化学製、純度99質量%、ZrO277モル%に対してY2O3を23モル%)を用いた。
【0195】
[比較例10]酸化物として、HfO2とEr2O3各単体の混合物(和光純薬製、純度99質量%、HfO278モル%に対してEr2O3を22モル%)を用いた。
【0196】
[比較例11]酸化物として、ZrO2(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0197】
[比較例12]酸化物として、La2O3(和光純薬製、純度99質量%)を用いた。
【0198】
[比較例13]酸化物として、Y2O3(高純度化学製、純度99質量%)を用いた。
【0199】
次に、以下の手順で比較例14〜16を作製した。
【0200】
[比較例14]酸化物としてZrの酸化物とErの酸化物の各単体を用いた以外は実施例3と同じ作製手順でタングステン電極材料を得た。さらに具体的に述べると酸化物は市販品を用い、一般的な純度99.9質量%以上のタングステン粉末に対し市販の純度99質量%のZrO2およびEr2O3各酸化物(和光純薬製、ZrO278モル%に対してEr2O3は22モル%)粉末を混合した。
【0201】
[比較例15]特許文献4の実施例1に準じて、Laの金属酸化物とZrの金属酸化物の共存物を含有したタングステン電極材料を作製した。
【0202】
具体的には、市販品の純度99質量%のLa2O3とZrO2の酸化物各単体(和光純薬製、La2O3:ZrO2=1:2のモル比)を用いて酸化物の共存物を作製する工程を得て、タングステン粉末に、実質的に酸化物の混合物が主である該酸化物を混合して実施例3と同じ作製手順でタングステン電極材料を得ようとしたが、プレスして得た圧粉体を1200℃水素雰囲気で加熱したところ、仮焼結体が変形し、次工程の通電焼結に供することができなかった。
【0203】
[比較例16]市販されているThO2‐2.0質量%の酸化トリウム入りタングステン電極材料を用意した。
【0204】
なお、焼結や塑性加工ができなかった参考例2、3、比較例15を除き、比較例4〜14で得られた電極材料の相対密度は、実施例1と同等であった。参考例1で得られた電極材料の相対密度は約98%であった。
【0205】
<X線回折による酸化物の状態確認結果>
次に、実施例1〜13および参考例1、比較例4〜14のタングステン電極材料をX線回折し、酸化物の状態確認を行った。
【0206】
<実施例1〜13のX線回折結果>
実施例1、2、6、7のタングステン電極材料をX線回折した結果、図7に示すようにタングステンのピークと各酸化物固溶体のピーク(図7の丸数字1〜4の矢印が示すピーク、この場合(2 2 0)面のピーク)が測定された。即ち、該酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン材料中にその固溶した状態を保っていた。
【0207】
なお、同じ結晶面のピークでも2θ/θの値が異なるのは、固溶する元素や組成比によってピークを示す2θ/θの値が各々異なるためである。
【0208】
また前述の酸化物固溶体確認方法では、X線回折で得られたピークのうち最強線に着目していた。しかし酸化物固溶体を含むタングステン電極材料中のX線回折では酸化物固溶体の該最強線はタングステンのピークに近接しており検出が困難である場合があるため、最強線とは異なるピークに着目して酸化物の状態確認を行った。
【0209】
実施例3のX線回折結果を図10(b)に示す。同図中の矢印に示すように、実施例3の試料では図10の(a)の丸数字3の矢印が示すピーク(酸化物固溶体の粉末のピーク)と同じ2θ/θでZrO2−Er2O3酸化物固溶体のピークが測定された。即ち、実施例3の試料に含まれるZrO2−Er2O3酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていることが確認された。
【0210】
実施例4も図示はしていないが、実施例3と同様のX線回折結果が得られた。さらに、ZrO2−Er2O3酸化物固溶体はスエージ後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていることが確認された。
【0211】
実施例5のタングステン電極材料をX線回折すると、タングステンのピークと図6(b)の矢印に示すように、図6(a)の丸数字2のZrO2−Er2O3酸化物固溶体(粉末)のピークと同じピークが測定された。(この場合、丸数字2のピークは(2 2 0)面のピーク)即ち、ZrO2−Er2O3酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていた。
【0212】
実施例8〜13のタングステン電極材料も実施例1〜7と同様にX線回折によってタングステンのピークと各酸化物固溶体のピークが測定された。即ち、該酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていた。
【0213】
実施例1〜13のタングステン材料に含まれる酸化物固溶体の粒径は焼結後もおおよそ1〜10μmであり焼結前の粒径とほぼ同じであった。
【0214】
なお酸化物固溶体の粒径は粉末のSEM(走査型電子顕微鏡)写真や焼結体の研磨面の顕微鏡写真から測定した。
【0215】
<参考例1、比較例4〜14のX線回折結果>
参考例1をX線回折した結果、実施例1〜13と同様にタングステンのピークと各酸化物固溶体のピークが測定された。即ち、該酸化物固溶体は焼結後も失われずにタングステン電極材料中にその固溶した状態を保っていた。
【0216】
比較例4〜8をX線回折した結果、図8に示すとおり、タングステンのピークとそれぞれの複合酸化物のピークが測定された。即ち、該複合酸化物は焼結後も本発明でいう酸化物固溶体とは異なる存在状態であることが確認された。
【0217】
なお、比較例4のCaZrO3(1.4重量%)、比較例5のSrZrO3(1.7重量%)、比較例6のBaZrO3(2.1重量%)を含む試料を後述の熱電子放出測定した後、熱電子放出面の酸化物をEDXで定性分析したところ、ZrとOのみ残存していることが判明した。
【0218】
さらに比較例7のSrHfO3(2.4重量%)、比較例8のBaHfO3(2.7重量%)を含む試料を後述の熱電子放出測定した後、同様に熱電子放出面の酸化物をEDXで定性分析したところ、HfとOのみ残存していることが判明した。即ち、比較例4〜8の試料に含まれる複合酸化物または混合物の場合は加熱中にZrおよびHf以外の元素が分解蒸発してZr酸化物やHf酸化物のみが残存していた。
【0219】
従って、比較例4〜8、即ち、特許文献1で挙げられた複合酸化物は高温下で必ずしも安定でなく熱電子放出特性を長く維持できないことが分かった。また、特許文献1に関連する米国特許第6051165号明細書に記載の電子放射材料についても作製手段が同じであり上記同様に熱電子放出特性を長く維持できないと考えられる。
【0220】
次に、比較例9〜比較例14をX線回折した結果について述べる。
【0221】
まず図9(b)に比較例9のX線回折結果を示す。比較例9の酸化物は実施例7と構成元素が共通(ZrとYとO)ではあるが、ZrO2−Y2O3酸化物固溶体のピーク(図9(a)の丸数字1矢印)は観察されず、ZrO2とY2O3のピーク(図9(b)の丸数字2矢印)がそれぞれ観察された。即ち、ZrO2とY2O3の酸化物の混合物は焼結しても固溶体を形成しないことが確認され、タングステン電極材料中においても混合した状態を保っていることが分かる。
【0222】
比較例10も同様に、HfO2−Er2O3酸化物固溶体のピークは観察されず、HfO2とEr2O3のピークがそれぞれ観察された。即ち、HfO2とEr2O3のそれぞれの酸化物で添加した場合は焼結しても固溶体を形成しないことが確認され、酸化物混合物を添加してもタングステン電極材料中にその状態を保ち、混合した状態を維持することが判明した。
【0223】
比較例11から13は、酸化物単体をタングステンに混合して焼結しており、焼結後も元の酸化物が維持されていた。
【0224】
比較例14のX線回折結果を図10(c)に示す。同図から分かるとおり、比較例14の試料からはZrO2−Er2O3酸化物固溶体のピークが測定されなかった。即ち、タングステンにZrO2とEr2O3を混合して焼結しても、酸化物固溶体を形成しないことが確認された。
【0225】
このことは、先に述べたとおり、従来技術のタングステン圧粉体においては、異なる酸化物同士がそれぞれ単独で分散している状態にあり、例え通電焼結したとしても酸化物粒子の全てが物質移動を起こして固溶体を形成するのは困難、ということを裏付けるものである。
【0226】
<熱電子放出特性の評価>
放電灯などに用いられる電極材料の特性に対応する熱電子放出特性を評価するため、上記方法によって得られた実施例1〜13、参考例1、比較例4〜14、比較例16(市販品)のそれぞれのタングステン電極材料に切削加工・研磨・脱脂を施して直径8mm高さ10mmの円柱状の評価用試料を作製し、以下の測定を行った。
【0227】
本発明のタングステン電極材料の評価用試料を本出願人の特願2008−312158および特願2009−263771に開示している熱電子放出電流測定装置を用いて熱電子放出を測定した。
【0228】
具体的には、各評価用試料を真空チャンバ内に設置し、真空チャンバ内を真空雰囲気(10‐4Pa以下)に保ち、電子衝撃により評価用試料を加熱して1877℃に保持した。加熱時の温度上昇速度は15K/minとし、温度保持の際、電子源のフィラメントの加熱は5V、24Aで行った。そして電子衝撃の加速電圧を3.2kV印加して110mAの電流を流した。また、評価用試料の温度測定にはミノルタ株式会社製TR‐630A放射温度計を用いた。なお、試料温度は評価用試料の放射率1と光路上の吸収率0.92を乗じた実効放射率0.92を用いて算出した。一般に被測定物に深穴を設けるとその穴の底部の放射率は1とみなせるため、本発明の評価では、穴深さL=10、半径r=1の比L/r=10の測温穴を設けて評価用試料の放射率を1とみなした。また光路上の吸収率は真空チャンバの窓の吸収率を測定し0.92であった。
【0229】
熱電子放出はカソードとなる評価用試料と対向する電極に400Vのパルス電圧を印加して計測した。該試料の熱電子放出する面および該試料と対向し熱電子を授受する電極(以下アノードという)の面は研磨してありその面粗さはRa1.6μm以内とした。パルス電圧を印加する時間と印加しない時間の比であるパルスデューティーは1:1000とした。
【0230】
アノードを単独で設置すると印加したパルス電圧によるアノード−カソード間の電界強度が電極中央部と電極端部で不均一になるため、アノードの外周にガードリングを設けた。ガードリングは外径11mm、内径6.6mmとした。ガードリングには電極と同期したパルス電圧を印加した。また、アノード及びガードリングと評価用試料は平行に保持して0.5mmの間隔を設けた。また、アノードの位置は評価用試料の同軸上に調整した。
【0231】
カソードとなる評価用試料の熱電子放出面は直径D8.0mmあり、アノード断面は直径D6.2mmとした。カソードの評価用試料からアノード断面つまり直径D6.2mmの断面に届いた熱電子を授受し、電流値を計測した。計測にはオシロスコープを用いて、パルス電圧印加時の電流を読み取った。そして、アノードの断面積で電流値を割って電流密度を求めた。
【0232】
このようにして、本発明タングステン電極材料の評価用試料を1877℃に保持しながら熱電子放出による電流密度の経時変化を記録した。
【0233】
まず、評価用試料を1877℃に保持すると、電子放出によって、評価用試料の初期電流密度は最大0.6A/cm2程度を示す。その電流密度が保持時間の経過とともに酸化物の蒸発が進行し、電子放出が減少して電流密度は0.02A/cm2程度に収束する。各種評価用試料について電流密度が0.02A/cm2程度になった段階で評価用試料を取出しSEMで観察、及びEDXで定性分析した結果、熱電子放出面の酸化物は失われ、タングステンのみになっていることが分かった。
【0234】
この値は、純タングステンの熱電子放出の理論値に近い。純金属の熱電子放出による電流密度J(A/cm2)は次のリチャードソン・ダッシュマンの式から求められる。
【0235】
J=120T2exp(‐eφ/kT)
ただし、e=1.60×10‐19(J)、k=1.38×10‐23(J/K):ボルツマン定数、φ(eV):仕事関数、T(K):絶対温度である。
【0236】
T=2150K(1877℃)とし、純タングステンのφを一般に知られている値4.5eVとすると、この式から、電流密度理論値は約0.016A/cm2と求まり、この値は時間の経過とともに減少して収束した測定値0.02A/cm2に近く、SEMで観察、及びEDXで定性分析して熱電子放出面から酸化物が失われタングステンのみになっている測定結果と整合性があり、本測定方法は熱電子放出特性を評価する方法として適切であることが判明した。
【0237】
しかし、熱電子放出電流がこの値まで低下する時間をもって、熱電子放出特性を判断するには問題がある。それは、この0.02A/cm2という値は計器の測定下限に近く、またこの値まで低下するには長時間温度保持が必要になるからである。
【0238】
そこで、本発明では、評価用試料を1877℃に保持してから電流密度が0.1A/cm2に減少することを熱電子放出の枯渇とし、その枯渇するまでの時間(以下、枯渇時間という)をもって熱電子放出特性を評価した。図13に、電流密度の測定例とこの枯渇時間の定義を示す。この定義に基づけば図13(a)の例では時間は140分となる。また、図13(b)のように、枯渇時間が長いほど熱電子放出特性を長く維持でき電極材料として性能が優れることを示し、逆に枯渇時間が短いほど熱電子放出特性を維持できず電極材料として性能が劣ることを示す。
【0239】
上記定義に基づき実施例1〜13、参考例1、比較例4〜14、16の枯渇時間を測定した。得られた結果を表2に示す。
【0240】
【表2】
注1:実施例1〜9,12,13と比較例4〜15はタングステンに対して酸化物のモルが1.4モル%の一定量になるように質量%を調製したものである。1.4モル%は、タングステンに対してThO2が2.0質量%(比較例16)に相当する。
注2:「×」は、昇温途中で熱電子放出電流が低下して枯渇したことを示す。
「加工不可」は、焼結はできたが塑性加工ができなかったことを示す。
「焼結不可」は、焼結ができず、タングステン電極材料を得られなかったことを示す。
【0241】
表2に示すとおり、本発明の実施例1〜13の酸化物固溶体を用いた電極材料は、比較例4〜14の従来技術の電極材料及び比較例16の市販の酸化トリウム入りタングステン電極材料と比べて枯渇時間が長く、長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0242】
また、本発明の実施例7のZrO2とY2O3との酸化物固溶体を用いたタングステン電極材料は、特許文献2〜4で挙げられた酸化物の一例である比較例9のZrO2とY2O3の混合物を用いたタングステン電極材料と比べて枯渇時間が長く、上記同様に長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0243】
HfO2の場合も同様に本発明の実施例9の方が、比較例10と比べて枯渇時間が長く、上記同様に長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0244】
通電焼結で角棒状の焼結体を作製した場合においても、本発明の実施例3のZrO2とEr2O3との酸化物固溶体を用いたタングステン電極材料は、比較例14のZrO2とEr2O3の混合物を用いたタングステン材料と比べて、枯渇時間が長く、上記同様に長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0245】
また、本発明の実施例4のZrO2とEr2O3との酸化物固溶体を用いて得た棒状のタングステン電極材料も上記同様に長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0246】
実施例3、4、5のタングステン材料に含まれる酸化物はいずれも同じ固溶体の状態で同じ量であるが、枯渇時間が異なる結果となった。これは、焼結方法や塑性加工によってタングステン結晶粒や酸化物固溶体分散の状態などが異なるため枯渇時間に違いが出ると考えられる。しかしいずれも従来技術の電極材料より長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0247】
なお、実施例1〜13は比較例16の酸化トリウムの枯渇時間以上が得られており、これによれば固溶体の含有量の下限は、実施例10より0.5質量%が好ましく、また、参考例2及び実施例11から上限は塑性加工が可能となる5質量%が好ましいことが分かる。
【0248】
ただし、生産性、即ち加工性をより重視する場合は上限を3質量%以下とするのが好ましい。
【0249】
<図5(b)の製造方法による本発明の評価>
[実施例14]実施例14ではZrO2−Er2O3(22モル%)酸化物固溶体を1.4質量%含んだタングステン電極材料を図5(b)の製造方法で作製した。
【0250】
まず、実施例1で作製したZrとErの水酸化沈殿物を200℃で乾燥して、一般的なタングステン酸化物であるタングステンブルーオキサイド粉末(酸素を除くタングステンの純度が99.9質量%以上)に混合した。なお、水酸化沈殿物の質量%は、後述する焼結の後、タングステンに対して酸化物のモルが一定の1.4モル%になるよう調製した。
【0251】
次に、タングステン酸化物粉末を950℃の水素雰囲気中にて加熱して酸化物固溶体粉末を含んだタングステン粉末を得た。この粉末中の酸化物はX線回折によって、ZrO2とEr2O3との固溶体であることを確認した。
【0252】
得られたタングステン粉末を196MPaで金型プレスして直径30mm×高さ20mmの円柱状の圧粉体とした。
【0253】
次に、1800℃水素ガス雰囲気で10時間の焼結を行ない本発明のタングステン電極材料を作製した。得られたタングステン電極材料の相対密度は約95%であった。
【0254】
上記焼結されたタングステン材料中にはZrO2−Er2O3酸化物固溶体が含まれることをX線回折で確認した。
【0255】
<図5(c)の製造方法による本発明の評価>
[実施例15]実施例15ではZrO2−Er2O3(22モル%)酸化物固溶体を1.4質量%含んだタングステン電極材料を図5(c)の製造方法で作製した。
【0256】
まず、ZrO278モル%に対しEr2O3が22モル%となるように、Zr硝酸塩とEr硝酸塩(高純度化学製、純度99質量%)の重量比を定め、それらを水に溶解した。
【0257】
次に、本出願人の特開平11−152534の段落[0031]に記載のドープ法に準じてタングステンブルーオキサイドの混合物を作製し、次に該混合物を乾燥した。
【0258】
なお、タングステン酸化物と水溶液の濃度と混合量は、後述する焼結の後、タングステンに対して酸化物のモルが一定の1.4モル%になるよう調製した。
【0259】
次に、上記の乾燥したタングステン酸化物粉末を同じく特開平11−152534の段落[0033]に記載の還元条件に準じて水素雰囲気中950℃で還元して酸化物固溶体を含んだタングステン粉末を得た。この粉末中の酸化物はX線回折によって、ZrO2とEr2O3との固溶体であることを確認した。
【0260】
以下、実施例14と同様の工程でタングステン電極材料を作製した。得られたタングステン電極材料の相対密度は約95%であった。
【0261】
また上記タングステン電極材料中にZrO2−Er2O3酸化物固溶体が含まれることをX線回折で確認した。
【0262】
上記方法によって得られた実施例14、15のタングステン電極材料の枯渇時間を実施例1と同様に測定した。
【0263】
得られた結果を表3に示す。
【0264】
【表3】
【0265】
表3に示すとおり、実施例14と15は、図5(a)の製造方法で作成した実施例5(同一組成の酸化物固溶体)に比べると枯渇時間が僅かに劣る結果となった。その理由は、その製造方法の違いによって最終的にタングステン電極材料中に分散する酸化物固溶体の分散状態などが異なり、それが枯渇時間に影響を与えるためと考えられるが、しかしながら、いずれも従来技術である比較例4〜16と比べて枯渇時間が長く、長時間熱電子放出特性を維持することが分かる。
【0266】
以上、表2及び3に示す実施例1〜15について説明したとおり、熱電子放出源である酸化物を固溶体として存在させた本発明のタングステン電極材料によれば、従来技術の電極材料と比べて、熱電子放出の枯渇までの時間が長く、長時間熱電子放出特性を維持できることが明らかである。
【0267】
即ち、Zr酸化物及び/又はHf酸化物と、Sc、Y、ランタノイドの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶している酸化物固溶体とすることによって該酸化物の結合力が強くなり、その結果蒸気圧が低くなり酸化物の蒸発が低減された、即ち、酸化物の高融点化が図られたためと考えられる。
【0268】
<X線回折以外の酸化物固溶体確認方法>
タングステン電極材料中の酸化物が本発明の酸化物固溶体であるか、従来技術の酸化物の混合物であるかを確認するには、上記X線回折だけではなくEDXやEPMAを用いることができる。
【0269】
以下、EDXやEPMAを用いた酸化物固溶体確認方法について実施例を基に説明する。
【0270】
<エネルギー分散型X線分析装置(EDX)による測定>
EDXでは、酸化物を構成する元素の組成比を測定し、そのバラつきを示す標準偏差が所定の値以下であれば固溶体と判断できる。
【0271】
以下、具体的な測定方法を実施例3と比較例14を挙げて説明する。
【0272】
まず、実施例3と比較例14のタングステン材料の中の酸化物をEDXで定量分析した。
【0273】
図11(c)と図11(d)はそれぞれ実施例3、比較例14のタングステン材料の電子顕微鏡写真である。それぞれの材料中の酸化物を矢印で示した。
【0274】
これらの酸化物はZr酸化物を含む酸化物とランタノイドのEr酸化物を含む酸化物の組み合わせであり、酸化物中のZrとErの質量に対するErの質量の比率(図11(b)参照)を求め、n=5でその質量の比率をモル比に換算した比率の標準偏差を求めた(図11(a))。
【0275】
EDXは堀場製作所製EMAX−400を用いた。電子線の加速電圧を15kVとしビーム径は2nm、試料は該タングステン電極材料を結晶粒界に沿って破断してその界面に分散する酸化物粒子を分析した。
【0276】
実施例3と比較例14で挙げたZrとErの酸化物について、ZrO2に対しEr2O3が22モル%の酸化物固溶体と酸化物混合物の上記モル比の標準偏差を測定したところ、固溶体では、標準偏差0.025以下を示し混合物は0.025を上回った。
【0277】
詳しくは、実施例3のタングステン電極材料ではモル比の標準偏差が0.012であり酸化物固溶体と判明した。一方、比較例14のタングステン電極材料ではモル比の標準偏差が0.028と0.025を上回り酸化物混合物の存在が考えられ、混合物と判断できる。これらの結果はX線回折での判別結果と良く一致する。
【0278】
これは、酸化物固溶体は構成する成分の組成が均一であるので上述の標準偏差は小さく、一方、酸化物の混合物は構成する成分の組成が不均一であるので標準偏差が大きくなるということを示している。
【0279】
また、同様にn=5で酸化物中のZr、Hf、Sc、Y、ランタノイドの質量に対するSc、Y、ランタノイドの質量の比率を求め、n=5でその質量比をモル比に換算した標準偏差を求めたところ、固溶体では0.025以下を示し混合物は0.025を上回った。
【0280】
<電子線マイクロアナライザ(EPMA)による測定>
EPMAでは、酸化物を構成する元素の化学結合状態と関連のある特性X線強度を測定し、その強度比が所定の値以下であれば固溶体と判断できる。
【0281】
図12は、実施例3と比較例14のタングステン電極材料中に含まれる酸化物を構成する元素の化学結合状態を分析した特性X線強度データである。
【0282】
図12(c)と図12(d)はそれぞれ実施例3、比較例14のタングステン材料の電子顕微鏡写真である。それぞれの材料中の酸化物を矢印で示した。
【0283】
分析機器はEPMA(島津製作所製EPMA8705)を用いて行った。
【0284】
具体的には、該タングステン電極材料を研磨して分析用試料を作製した。次に、この試料研磨面の酸化物に電子ビームを入射し、特性X線を測定した。測定条件は、加速電圧15kV、試料電流20nA、ビームサイズを直径5μmとし、分光結晶はペンタエリスリトール(PET)を用いた。
【0285】
次に、タングステン電極材料中の酸化物を構成する元素の中からZrを選び、Zrの特性X線Lβ1とLβ3線の強度をn=3で測定した(図12(a)参照)。理論波長はLβ1で5.836オングストローム(5.836×10−10m)、Lβ3で5.632オングストローム(5.632×10−10m)である。その測定値からZrの特性X線Lβ1線に対するLβ3線の強度比Lβ3/Lβ1を求めた(図12(b)参照)。
【0286】
また、別に用意したタングステンを含まないZrO2に対し、Er2O3が22mol%の酸化物固溶体と酸化物混合物の上記強度比Lβ3/Lβ1を測定したところ、固溶体では、0.5以下を示し混合物は0.5を上回った。
【0287】
その結果、実施例3の酸化物はLβ3/Lβ1=0.24で酸化物固溶体と判明した。一方比較例14の酸化物は0.56であり酸化物混合物と判明した。
【0288】
これは、ZrO2とEr2O3との固溶体とZrO2とEr2O3との混合物とでは、Zrの化学結合状態が異なることを示している。
【0289】
また、n=3で酸化物中のZrの該特性X線強度比を求めたところ、固溶体では0.49以下を示し混合物は0.49を上回った。
【0290】
<電極材料内の酸化物固溶体の異方性の評価>
以下の手順で電極材料内の酸化物固溶体の異方性と枯渇時間の関係を評価した。
【0291】
まず、以下の手順で試料を作成した。
【0292】
[実施例16]酸化物固溶体の平均粒径を10μmとし、加工率を30%とした他は実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0293】
[実施例17]酸化物固溶体の平均粒径を10μmとし、加工率を50%とした他は実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0294】
次に、実施例6、実施例16、実施例17の試料を、図14に示すように、中心軸を含み、かつ中心軸に平行となるような面で切断し、断面形状をEPMAで撮影した。撮影範囲は1700μm×1280μmとした。
【0295】
次に、撮影した断面形状をMedia Cybernetics社製のImage Pro Plusを用いて2値化した。
【0296】
次に、2値化した画像データを元に酸化物固溶体粒子の面積をJIS H 1403記載のICP発光分光分析の定量分析結果とあわせてタングステンの面積比として規格化し、酸化物固溶体の相当楕円の長軸を求め、中心軸と長軸のなす角度を測定した。酸化物固溶体粒子は1700μm×1280μm(視野数は3視野)の観察面積に存在する全ての酸化物固溶体を測定し、その数は試料によって異なるが、100〜4000個の測定個数になった。
【0297】
次に、実施例6、実施例16、実施例17の試料を<熱電子放出特性の評価>で述べた装置、方法と同様の装置、方法で枯渇時間を測定した。
【0298】
実施例6、17の2値化した画像データをそれぞれ図15、図16に、中心軸と長軸のなす角度の分布のうち、実施例6および実施例17の分布を図17に示す。なお、図15および図16では矢印が中心軸方向を示している。また、図17では縦軸に相当楕円のアスペクト比、即ち(長軸/短軸)比をとっている。
【0299】
さらに、測定した枯渇時間を表4に示す。なお、表4では中心軸と長軸のなす角度が20度以内である酸化物固溶体の面積比率も記載している。
【0300】
【表4】
【0301】
図15〜図17より明らかなように、加工率が大きくなると、酸化物固溶体の中心軸と長軸のなす角度が小さいものの数が増え、長軸方向が中心軸方向に揃っていくことが分かる。
【0302】
また、表4から明らかなように、長軸方向が中心軸方向に揃っているものほど、枯渇時間が長く、特に中心軸と長軸のなす角度が20度以内である酸化物固溶体の面積比率が50%以上になると、枯渇時間が大きく上昇することが分かった。
【0303】
<酸化物固溶体のアスペクト比の評価>
以下の手順で酸化物固溶体のアスペクト比と枯渇時間の関係を評価した。
【0304】
まず、以下の手順で試料を作成した。
【0305】
[実施例18]平均粒径7μmの酸化物固溶体から篩分にて5μm以下の酸化物固溶体粒子を除去し、加工率30%とした他は実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0306】
次に、実施例6、実施例17、実施例18の試料を中心軸を含み、かつ中心軸に平行となるような面で切断し、断面形状をEPMAで撮影した。撮影範囲は1700μm×1280μmとした。
【0307】
次に、撮影した断面形状をMedia Cybernetics社製のImage Pro Plusを用いて2値化した。
【0308】
次に、2値化した画像データを元に酸化物固溶体粒子の面積をJIS H 1403記載のICP発光分光分析の定量分析結果とあわせてタングステンの面積比として規格化し、酸化物固溶体の相当楕円のアスペクト比を求めた。酸化物固溶体粒子は1700μm×1280μm(視野数は3視野)の観察面積に存在する全ての酸化物固溶体を測定し、その数は試料によって異なるが、1視野あたり100〜4000個の測定個数になった。
【0309】
次に、実施例6、実施例17、実施例18の試料を<熱電子放出特性の評価>で述べた装置、方法と同様の装置、方法で枯渇時間を測定した。
【0310】
実施例6と実施例17におけるアスペクト比と面積の関係を示す分布図を図18に、実施例6、実施例17、実施例18の試料を用いて測定した枯渇時間を表5に示す。なお、表5では、撮影範囲内におけるアスペクト比6以上の酸化物固溶体の数、個数比率、面積比率も記載している。
【0311】
【表5】
【0312】
図18および表5から明らかなように、アスペクト比6以上の酸化物固溶体が増えると、枯渇時間が長くなり、特にアスペクト比が6以上の酸化物固溶体の面積比率が4%以上になると、枯渇時間が大きく上昇することが分かった。
【0313】
また、加工率と粒径は相補的な関係にあり、粒子径が大きければ加工率が低くともアスペクト比の6以上の粒子ができやすく、加工率が高ければ粒子が小さくてもアスペクト比の6以上の粒子ができやすいことが分かった。
【0314】
なお、酸化物固溶体の粒子の大きさのみを変化させてもアスペクト比が6以上のものは得られず、また、偶発的にも発生しなかった。
【0315】
<酸化物固溶体の粒径の評価>
以下の手順で酸化物固溶体の粒径と枯渇時間の関係を評価した。
【0316】
まず、以下の手順で試料を作成した。
【0317】
[実施例19]酸化物固溶体をボールミル粉砕して粒度分布上の1次粒子を0.8μmとした他は実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0318】
[実施例20]酸化物固溶体を篩分して5μm以下の粒子を除去し、平均粒径を8μmとしたほかは実施例6の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。なお、加工方向は柱状体の中心軸方向とした。
【0319】
次に、実施例6、実施例19、実施例20の試料を中心軸を含み、かつ中心軸に平行となるような面で切断し、断面形状をEPMAで撮影した。撮影範囲は1700μm×1280μmとした。
【0320】
次に、撮影した断面形状をMedia Cybernetics社製のImage Pro Plusを用いて2値化した。
【0321】
次に、2値化した画像データを元に酸化物固溶体粒子の面積をJIS H 1403記載のICP発光分光分析の定量分析結果とあわせてタングステンの面積比として規格化し、酸化物固溶体の円換算した粒径を求めた。酸化物固溶体粒子は1700μm×1280μm(視野数は3視野)の観察面積に存在する全ての酸化物固溶体を測定し、その数は試料によって異なるが、100〜4000個の測定個数になった。
【0322】
次に、実施例6、実施例19、実施例20の試料を<熱電子放出特性の評価>で述べた装置、方法と同様の装置、方法で枯渇時間を測定した。
【0323】
実施例6と実施例20の円換算した粒径の割合(面積換算したもの)を帯グラフにしたものを図19に、実施例20の2値化した画像データを図20に、実施例6、実施例19、実施例20の枯渇時間の試験結果を表6に示す。なお、表6では、各実施例における、直径5μm以下の酸化物固溶体の面積割合も記載している。
【0324】
【表6】
【0325】
図19および表6から明らかなように、実施例20は実施例6よりも直径5μm以下の酸化物固溶体の面積割合が減っている。また、このことは図15と図20からも明らかである。さらに、表6から明らかなように、直径5μm以下の酸化物固溶体の面積割合が減ると、枯渇時間が長くなり、面積割合が50%以下になると、枯渇時間が大きく上昇することが分かった。
【0326】
即ち、直径5μm以下の酸化物固溶体は熱電子放出に寄与できておらず、タングステン電極材料にした際の酸化物固溶体の粒径が重要であることが分かった。
【0327】
<酸化物固溶体の元素比率の偏差>
以下の手順で酸化物固溶体の元素比率の偏差と枯渇時間の関係を評価した。
【0328】
まず、以下の手順で試料を作成した。
【0329】
[実施例21]実施例3における酸化物固溶体の混合量を実施例3に比較して70質量%とし、そこに比較例14の混合酸化物を30質量%混合し、テスト的に固溶が不十分な酸化物とした(即ち酸化物固溶体と混合酸化物を質量比で7:3の割合で混合した)他は実施例3の作製条件で柱状タングステン電極材料を作製した。
【0330】
次に、実施例3、実施例21、比較例14の酸化物中のZrとErの質量に対するErの質量の比率(図11(b)参照)を求め、n=5でその質量比をモル比に換算した比率の標準偏差を求めた。
【0331】
実施例3、実施例21、比較例14の枯渇時間の試験結果を表7に示す。なお、表7では、各実施例における、酸化物組成比の標準偏差も記載している。
【0332】
【表7】
【0333】
表7から明らかなように、実施例と比較例では枯渇時間に大きな差が現れた。
【0334】
この結果から、酸化物組成比の標準偏差が小さいほど枯渇時間が長くなり、また、混合酸化物を30質量%までは混合しても酸化物固溶体の特性が失われないことが分かった。
【0335】
以上が本発明の酸化物固溶体粉末を作製する方法、酸化物固溶体をタングステン材料内に存在させる作製方法、並びに、電極材料中の酸化物固溶体の分析方法に関する説明である。
【0336】
なお、本発明の電極材料は、要求される熱電子放出特性や加工性を考慮してタングステン粉末に対する酸化物固溶体粉末の混合割合は任意に変更できるものである。言い換えれば最終製品となるタングステン材料における酸化物固溶体の質量割合も適宜設計できるものである。
【0337】
従って、タングステンと酸化物固溶体との質量割合の最適範囲全てについて説明していないが、この質量割合は電極の用途毎に要求される熱電子放出特性を考慮して任意に調製されるものであり、本発明に任意の質量割合で酸化物固溶体を規定してもよい。
【0338】
本発明は、タングステン材料に酸化物固溶体を形成するという新しい手段によって、熱電子放出の経時変化や熱電子放出特性の向上を可能にした技術であり、本発明が示す高融点化が図られる酸化物としてのZr酸化物及び/又はHf酸化物に本明細書に記載されていない酸化物、例えば電極の熱負荷が小さい放電ランプに用いられるバリウム酸化物を選択してこれらの固溶体を形成すること、さらに、Zr酸化物及び/又はHf酸化物とバリウム酸化物とスカンジウム酸化物及び/又はイットリウム酸化物とからなる固溶体を形成する等、用いる酸化物の変更や数を増やして要求特性に応じた電極を作製することも当然可能である。
【0339】
また、本発明の着想は先に述べたとおり、Zr酸化物及び/又はHf酸化物のような単体で融点の高い酸化物と熱電子放出性を有する酸化物とを組み合わせて高融点化が図られた酸化物固溶体を得るものであり、Zr酸化物及び/又はHf酸化物と本明細書に記載の酸化物との組み合わせにおいて、例示以外の組み合わせや組み合わせる数を変更した酸化物固溶体であってもよい。
【0340】
また、本発明のタングステン材料は焼結体のままでも電極として用いることができる。
【0341】
そして、本発明の酸化物固溶体を含有するタングステン電極材料は円柱状や棒状の電極に限らず、用途によって、例えば角板状に成形した圧粉体を焼結し、この焼結体を電極として用いることも可能である。
【0342】
また、混合するタングステン酸化物やタングステンの粒度や純度にも特に制限はない。高温強度に優れるタングステン−レニウム合金などタングステン合金の粉末、タングステン粉末に一定量のアルミニウム、カリウム、シリコンのドープをした粉末を用いてもよい。ドープをした粉末を用いる理由は、ドープがタングステン結晶粒のアスペクト比増大やタングステン結晶粒界の安定に寄与するためである。
【産業上の利用可能性】
【0343】
本発明のタングステン電極材料は、放電ランプの陰極として利用される他、熱電子放出現象を必要とする各種ランプの電極及びフィラメント、マグネトロン用陰極、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接用電極、プラズマ溶接用電極、等にも利用可能である。
【0344】
また、タングステン材料に酸化物粒子が含まれると、タングステン粒界の転位の抑制によって高温強度・耐衝撃性の向上を得られることが一般的に知られており、高温部材への適用も可能である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン基材と、
前記タングステン基材に分散された酸化物粒子と、
を有し、
前記酸化物粒子は、
Zr酸化物及び/又はHf酸化物と、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶している酸化物固溶体であることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項2】
請求項1に記載のタングステン電極材料において、前記酸化物固溶体の含有量が0.5質量%〜5質量%で残部が実質的にタングステンであることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項3】
請求項1乃至2に記載のタングステン電極材料において、前記Zr酸化物及び/又はHf酸化物と前記希土類酸化物の全量に対する前記希土類酸化物の割合は65モル%以下(0を除く)であることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項4】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、
Zr塩及び/またはHf塩とSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液から水酸化沈殿物を作製する工程と、
前記水酸化沈殿物を乾燥して水酸化物の粉末を作製する工程と、
前記水酸化物の粉末を500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理して酸化物固溶体の粉末を作製する工程と、
前記酸化物固溶体の粉末をタングステン粉末に混合して混合粉末を作製する工程と、
前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、
前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、
前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、
を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、
前記Zr塩及び/またはHf塩と前記Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液から水酸化沈殿物を作製する工程と、
前記水酸化沈殿物を乾燥して水酸化物の粉末を作製する工程と、
前記水酸化物の粉末をタングステン酸化物に混合して混合物を作製する工程と、
前記混合物を水素雰囲気中500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理してタングステン粉末中に酸化物固溶体の粉末が形成されている混合粉末を作製する工程と、
前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、
前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、
前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、
を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、
前記Zr塩及び/またはHf塩と前記Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液を作製する工程と、
前記混合溶液をタングステン酸化物粉末に混合する工程と、
前記混合物を乾燥して乾燥粉末を作製する工程と、
前記乾燥粉末を水素雰囲気中500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理してタングステン粉末中に酸化物固溶体の粉末が形成されている混合粉末を作製する工程と、
前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、
前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、
前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、
を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料において、
前記タングステン電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面の長軸方向と前記軸方向のなす角度が20°以内にあるものの断面積が、前記酸化物固溶体の全断面積の50%以上であることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項8】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料において、
前記タングステン電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面のアスペクト比が6以上のものの面積比率が、前記酸化物固溶体の全断面積の4%以上であることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項9】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料において、
前記タングステン電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面を円換算した粒径が5μm以下のものの合計面積が、前記酸化物固溶体全体の面積の50%未満であること特徴とするタングステン電極材料。
【請求項10】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料において、前記酸化物固溶体を構成する元素のうち、酸化物固溶体中の酸素を除く元素のモルの合計に対するSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luのモルの合計の比率の標準偏差σがσ≦0.025の関係を示す酸化物の固溶体を含むことを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項1】
タングステン基材と、
前記タングステン基材に分散された酸化物粒子と、
を有し、
前記酸化物粒子は、
Zr酸化物及び/又はHf酸化物と、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類酸化物とが固溶している酸化物固溶体であることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項2】
請求項1に記載のタングステン電極材料において、前記酸化物固溶体の含有量が0.5質量%〜5質量%で残部が実質的にタングステンであることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項3】
請求項1乃至2に記載のタングステン電極材料において、前記Zr酸化物及び/又はHf酸化物と前記希土類酸化物の全量に対する前記希土類酸化物の割合は65モル%以下(0を除く)であることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項4】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、
Zr塩及び/またはHf塩とSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液から水酸化沈殿物を作製する工程と、
前記水酸化沈殿物を乾燥して水酸化物の粉末を作製する工程と、
前記水酸化物の粉末を500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理して酸化物固溶体の粉末を作製する工程と、
前記酸化物固溶体の粉末をタングステン粉末に混合して混合粉末を作製する工程と、
前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、
前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、
前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、
を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、
前記Zr塩及び/またはHf塩と前記Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液から水酸化沈殿物を作製する工程と、
前記水酸化沈殿物を乾燥して水酸化物の粉末を作製する工程と、
前記水酸化物の粉末をタングステン酸化物に混合して混合物を作製する工程と、
前記混合物を水素雰囲気中500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理してタングステン粉末中に酸化物固溶体の粉末が形成されている混合粉末を作製する工程と、
前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、
前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、
前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、
を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法。
【請求項6】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料の製造方法であって、
前記Zr塩及び/またはHf塩と前記Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luの内から選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素の塩とを水に溶解した溶液を作製する工程と、
前記混合溶液をタングステン酸化物粉末に混合する工程と、
前記混合物を乾燥して乾燥粉末を作製する工程と、
前記乾燥粉末を水素雰囲気中500℃以上で且つ前記酸化物固溶体の融点未満の温度で熱処理してタングステン粉末中に酸化物固溶体の粉末が形成されている混合粉末を作製する工程と、
前記混合粉末をプレスして圧粉体を作製する工程と、
前記圧粉体を非酸化雰囲気中で焼結して焼結体を作製する工程と、
前記焼結体を塑性加工してタングステン棒材を作製する工程と、
を備えてなることを特徴とするタングステン電極材料の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料において、
前記タングステン電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面の長軸方向と前記軸方向のなす角度が20°以内にあるものの断面積が、前記酸化物固溶体の全断面積の50%以上であることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項8】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料において、
前記タングステン電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面のアスペクト比が6以上のものの面積比率が、前記酸化物固溶体の全断面積の4%以上であることを特徴とするタングステン電極材料。
【請求項9】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料において、
前記タングステン電極材料の軸方向の断面にて、前記酸化物固溶体のうち、断面を円換算した粒径が5μm以下のものの合計面積が、前記酸化物固溶体全体の面積の50%未満であること特徴とするタングステン電極材料。
【請求項10】
請求項1乃至3に記載のタングステン電極材料において、前記酸化物固溶体を構成する元素のうち、酸化物固溶体中の酸素を除く元素のモルの合計に対するSc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luのモルの合計の比率の標準偏差σがσ≦0.025の関係を示す酸化物の固溶体を含むことを特徴とするタングステン電極材料。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図13】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図20】
【図11】
【図12】
【図14】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図13】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図20】
【図11】
【図12】
【図14】
【図19】
【公開番号】特開2010−159484(P2010−159484A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−274346(P2009−274346)
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【特許番号】特許第4486163号(P4486163)
【特許公報発行日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(000220103)株式会社アライドマテリアル (192)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年12月2日(2009.12.2)
【特許番号】特許第4486163号(P4486163)
【特許公報発行日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(000220103)株式会社アライドマテリアル (192)
【Fターム(参考)】
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