説明

タンデム型飛行時間型質量分析装置

【課題】プロダクトイオンの運動エネルギーの圧縮を可能とするタンデム型飛行時間型質量分析装置を提供する。
【解決手段】第1の飛行時間型質量分析装置と第2の飛行時間型質量分析装置の間に、両
飛行時間型質量分析装置のイオン軌道を連結し、イオンの運動エネルギーを圧縮する反射場から成るインターフェイスを設けた。2台の飛行時間型質量分析装置のうち、少なくとも一方は、らせん軌道型飛行時間型質量分析装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量化合物の定量分析、定性一斉分析、および試料イオンの構造解析分野に用いられるタンデム型飛行時間型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
[飛行時間型質量分析計(TOFMS)]
TOFMSは、一定量のエネルギーを与えてイオンを加速・飛行させ、検出器に到達するまでに要する時間からイオンの質量電荷比を求める質量分析装置である。TOFMSでは、イオンを一定のパルス電圧Vaで加速する。このとき、イオンの速度vは、エネルギー保存則から、
mv2/2 = qeVa ………(1)
v = √(2qeV/m) ………(2)
と表わされる(ただしm:イオンの質量、q:イオンの電荷、e:素電荷)。
【0003】
一定距離Lの後に置いた検出器には、飛行時間Tで到達する。
【0004】
T = L/v = L√(m/2qeV) ………(3)
式(3)により、飛行時間Tがイオンの質量mによって異なることを利用して、質量を分離する装置がTOFMSである。図1に直線型TOFMSの一例を示す。また、イオン源と検出器の間に反射場を置くことにより、エネルギー収束性の向上と飛行距離の延長を可能にする反射型TOFMSも広く利用されている。図2に反射型TOFMSの一例を示す。
【0005】
[らせん軌道TOFMS]
TOFMSの質量分解能は、総飛行時間をT、ピーク幅をΔTとすると、
質量分解能 = T/2ΔT ………(4)
で定義される。すなわち、ピーク幅ΔTを一定にして、総飛行時間Tを延ばすことができれば、質量分解能を向上させられる。しかし、従来の直線型、反射型のTOFMSでは、総飛行時間Tを延ばすこと、すなわち総飛行距離を延ばすことは装置の大型化に直結する。装置の大型化を避け、かつ高質量分解能を実現するために開発された装置が、多重周回型TOFMS(非特許文献1)である。この装置は、円筒電場にマツダプレートを組み合わせたトロイダル電場を4個用い、8の字型の周回軌道を多重周回させることにより、総飛行時間Tを延ばすことができる。この装置では、初期位置、初期角度、初期運動エネルギーによる検出面での空間的な広がりと時間的な広がりを1次の項まで収束させることに成功している。
【0006】
しかし、閉軌道を多重周回するTOFMSには、「追い越し」の問題が存在する。これは閉軌道を多重周回するため、軽いイオン(速度大きい)が重いイオン(速度小さい)を追い越してしまうことにより起こる。このため、検出面に軽いイオンから順に到着するというTOFMSの基本概念が通用しなくなる。
【0007】
この問題を解決するために考案されたのが、らせん軌道型TOFMSである。らせん軌道型TOFMSは、閉軌道の始点と終点を閉軌道面に対して垂直方向にずらすことを特徴としている。これを実現するためには、イオンをはじめから斜めに入射する方法(特許文献1)や、デフレクタを用いて閉軌道の始点と終点を垂直方向にずらす方法(特許文献2)、積層トロイダル電場を用いる方法(特許文献3)がある。
【0008】
また、同様のコンセプトとして、追い越しの起こる多重反射型TOFMSの軌道をジグザグ型にしたTOFMSも考案されている(特許文献4)。
【0009】
[MS/MS測定とTOF/TOF]
一般的な質量分析では、イオン源で生成したイオンを質量分析計で質量分離した後検出し、マススペクトルを取得する。このとき得られる情報は質量のみである。以下、この測定をMS測定と呼ぶ。これに対し、イオン源で生成した特定のイオン(プリカーサイオン)を自発的または強制的に開裂させ、生成したプロダクトイオンを質量分離した後検出し、プロダクトイオンスペクトルを取得するMS/MS測定がある。この測定ではプリカーサイオンの質量と複数の経路で生成するプロダクトイオンの質量情報が得られるため、プリカーサイオンの構造情報を得ることができる(図3)。
【0010】
TOFMSを2台直列接続したMS/MS測定を行なえる装置は、一般的にTOF/TOFと呼ばれる。従来のTOF/TOF装置は、直線型TOFMS(第1TOFMS)と反射型TOFMS(第2TOFMS)で構成される(図4)。2台のTOFMSの間には、プリカーサイオンを選択するためのイオンゲートが設けられ、イオンゲート付近に第1TOFMSの時間収束点が配置される。
【0011】
プリカーサイオンは、自発的に開裂するか、第1TOFMSもしくは、第2TOFMSの反射場以前に配置された衝突室にて強制的に開裂させられるかする。開裂生成したプロダクトイオンの運動エネルギーは、プロダクトの質量に比例して配分され、
p = Ui × zi/zp × m/M ………(5)
となる。ただしUpはプロダクトイオンの運動エネルギー、Uiはプリカーサイオンの運動エネルギー、zpはプロダクトイオンの価数、ziはプリカーサイオンの価数、mはプロダクトの質量、Mはプリカーサイオンの質量である。反射場を含む第2TOFMSでは、質量および運動エネルギーにより飛行時間が異なるため、プロダクトイオンを質量分析することができる。
【0012】
TOF/TOFは、主に1価イオンが生成するMALDIイオン源を採用した装置に使用されている。その理由のひとつには、プリカーサイオンが多価イオンで、zi/zp×m/M>1を満たす場合、Uiまでのイオンを反射させることを想定したイオンミラーでは分析できないプロダクトイオンが存在してしまうためである。
【0013】
[TOF/TOFにおける運動エネルギーの圧縮]
TOF/TOFは、式(5)から分かるように幅広い運動エネルギーをもつプロダクトイオンが分析対象となる。これを可能とする第2TOFMSのイオン光学系にはいくつかのタイプが存在する。いくつかのものには、減速や再加速などを利用して第2TOFMSで解析するプロダクトイオンの運動エネルギーの分布を圧縮する方法が取られている。ここで運動エネルギーの圧縮率Rを次のように定義する。
【0014】
R = 1 − Uc/(Uc+Upa) ………(6)
ただし、Ucは衝突室に入射前のプリカーサイオンの運動エネルギー、Upaは再加速により得る運動エネルギーである。プリカーサイオンが1価イオンの場合、プロダクトイオンの運動エネルギーUproは、Upa<Upro≦Uc+Upaとなる。
【0015】
さて、次に公知技術であるTOF/TOFのタイプ別特徴を示す。
1.特許文献5、6は、運動エネルギーの圧縮を行なわない。そのため、幅広い運動エネルギー収束性を実現できる曲線型イオンミラーを利用する。
2.特許文献7は、衝突室の直前でプリカーサイオンを一度減速機構により減速させ、衝突解離させた後、再加速機構で再び加速を行なう。圧縮率は95%程度である。運動エネルギー圧縮率が高いため、反射場の運動エネルギー収束性は低くても良い。
3.特許文献8は、リフト機構と再加速機構を用いる。運動エネルギー圧縮率は60〜70%と比較的高いため、反射場の運動エネルギー収束性はある程度低くても良い。
4.特許文献9のように、再加速機構と中程度の運動エネルギー収束性を持つ反射場(直線+放物線)を用いる場合、イオンミラーの運動エネルギー収束性が高いため、再加速電圧は比較的フレキシブルである。
【0016】
【特許文献1】特開2000−243345号公報
【特許文献2】特開2003−86129号公報
【特許文献3】特開2006−12782号公報
【特許文献4】特表2007−526596号公報
【特許文献5】特開昭60−119067号公報
【特許文献6】国際公開第95/33279号パンフレット
【特許文献7】米国特許第6348688号公報
【特許文献8】米国特許第6300627号公報
【特許文献9】特開2006−196216号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、らせん軌道TOFMSを利用したTOF/TOFの2つの課題について解決方法を提供している。第1の発明は、第1TOFMSに複数の扇形電場を利用したらせん軌道TOFMS、第2TOFMSにリフレクトロン型TOFMSを採用した場合に効果を発揮する。
【0018】
第1TOFMSと第2TOFMSの検出器を兼用する場合(図5、6で検出器2がない場合)、第1TOFMSの収束点は第2TOFMSの始点と一致させる必要がある。らせん軌道TOFMSの部分が1周回ごとに収束するイオン光学系である場合、イオン源での加速法による時間収束点の位置はサンプルプレートから50cm以上離れることになり、時間収束性の低下や時間収束性の質量依存性を生むこととなる。
【0019】
また、第1TOFMSと第2TOFMSの検出器を別々とし(図5、6の検出器1と2を使用する場合)、第1TOFMSの検出器をらせん軌道中に配置する場合、遅延引き出し法による時間収束性の低下や時間収束性の質量依存性は低減できるものの、第2TOFMS始点までの距離が50cm程度発生するので、MSモードとMS/MSモードでイオン源での加速法の条件設定を大きく変更しなければならない。
【0020】
また、どちらの場合も、第1TOFMSの扇形電場4の最終層通過後から衝突室までの距離が長くなり、イオン透過率の面で不利となる。
【0021】
第1の発明ではこの問題を解決するために、第1TOFMSの終端と衝突室との間に反射場を用いたイオン偏向手段(インターフェイス)を配置し、第1TOFMSと衝突室終点までの距離を短縮する方法を提案している。また、インターフェイスの入口と出口での電位を変更可能とし、衝突室に導入するイオンの運動エネルギーを調整可能とする方法を提案している。
【0022】
これにより、(1)らせん軌道TOFMSを第1TOFMSに利用する場合に、MS測定とMS/MS測定の収束点の差を小さくできる、(2)再加速による運動エネルギーの圧縮技術との組み合わせが容易になる、(3)衝突エネルギーを自由に変更することができる、という利益を享受することができる。
【0023】
また、第2の発明は、第2TOFMSにらせん軌道TOFMSを採用した場合に効果を発揮する。この場合、第1TOFMSは原理上どのようなTOFMSであっても良い。らせん軌道TOFMSは、扇形電場が運動エネルギーフィルターの機能を持つため、運動エネルギーの分布が大きい場合、TOF/TOFの第2TOFMSとして利用することができない。そこで、第1の発明で説明するインターフェイスの運動エネルギー可変機構を用いて、イオンを減速し、衝突室で衝突解離させた後再加速することで、運動エネルギーを大幅に圧縮し、通過できる運動エネルギー幅の小さい扇形電場を利用したらせん軌道型の第2TOFMSでも分析可能とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0024】
この目的を達成するため、本発明にかかるタンデム型飛行時間型質量分析装置は、
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
加速されたイオンを複数の扇形電場で構成されたらせん軌道に沿って飛行させて、質量電荷比ごとにイオンを質量分離させるらせん軌道型の第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置の出口近傍に置かれ、特定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、選択されたイオンを開裂させるためにガスを充填させた衝突室と、
該衝突室の後段に配置され、開裂したイオンを質量電荷比ごとに質量分離させる第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
から成るタンデム型飛行時間型質量分析装置において、
前記第1の飛行時間型質量分析装置と前記第2の飛行時間型質量分析装置の間に、両飛行時間型質量分析装置のイオン軌道を連結する、反射場を含むイオン偏向手段を設けたことを特徴としている。
【0025】
また、前記イオン偏向手段の入射点と出射点で電位を異ならせることにより、後段の衝突室に入射する際のイオンの運動エネルギーを制御可能にしたことを特徴としている。
【0026】
また、前記衝突室と前記第2の飛行時間型質量分析装置との間に、イオンが入射および出射できるように構成された導電性の箱を設け、イオンがこの箱に入射したときと、イオンがこの箱から出射したときとで、箱の電位を異ならせることにより、前記衝突室と前記第2の飛行時間型質量分析装置の始点との間に生じたポテンシャルの差を補完するようにしたことを特徴としている。
【0027】
また、前記イオン偏向手段の出射点と前記衝突室との間に、イオンが入射および出射できるように構成された導電性の箱を設け、イオンがこの箱に入射したときと、イオンがこの箱から出射したときとで、箱の電位を異ならせることにより、前記イオン偏向手段の出射点と前記衝突室との間に生じたポテンシャルの差を補完するようにしたことを特徴としている。
【0028】
また、前記衝突室の電位が接地電位であることを特徴としている。
【0029】
また、前記イオン偏向手段の前段に、イオン軌道上とイオン軌道外を移動可能に構成された検出器を配置することを特徴としている。
【0030】
また、前記イオン偏向手段をイオンが通過可能とし、その後段に検出器を配置することを特徴としている。
【0031】
また、前記イオン偏向手段による偏向角度が80〜100°の間であることを特徴としている。
【0032】
また、サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
加速されたイオンを飛行させて、質量電荷比ごとにイオンを質量分離させる第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置の出口近傍に置かれ、特定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、選択されたイオンを開裂させるためにガスを充填させた衝突室と、
該衝突室の後段に配置され、開裂したイオンを複数の扇形電場で構成されたらせん軌道に沿って飛行させて、質量電荷比ごとにイオンを質量分離させるらせん軌道型の第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
から成るタンデム型飛行時間型質量分析装置において、
前記第1の飛行時間型質量分析装置と前記第2の飛行時間型質量分析装置の間、より好ましくは、らせん軌道の周回軌道の一部と定義されるらせん軌道の入射部分に、両飛行時間型質量分析装置のイオン軌道を連結する、反射場を含むイオン偏向手段を設けたことを特徴としている。
【0033】
また、前記イオン偏向手段の入射点と出射点で電位を異ならせることにより、後段の衝突室に入射する際のイオンの運動エネルギーを制御可能にしたことを特徴としている。
【0034】
また、前記衝突室と前記第2の飛行時間型質量分析装置との間に、イオンが入射および出射できるように構成された導電性の箱を設け、イオンがこの箱に入射したときと、イオンがこの箱から出射したときとで、箱の電位を異ならせることにより、前記衝突室と前記第2の飛行時間型質量分析装置の始点との間に生じたポテンシャルの差を補完するようにしたことを特徴としている。
【0035】
また、前記イオン偏向手段の出射点と前記衝突室との間に、イオンが入射および出射できるように構成された導電性の箱を設け、イオンがこの箱に入射したときと、イオンがこの箱から出射したときとで、箱の電位を異ならせることにより、前記イオン偏向手段の出射点と前記衝突室との間に生じたポテンシャルの差を補完するようにしたことを特徴としている。
【0036】
また、前記衝突室の電位が接地電位であることを特徴としている。
【0037】
また、前記イオン偏向手段による偏向角度が80〜100°の間であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0038】
本発明のタンデム型飛行時間型質量分析装置によれば、
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
加速されたイオンを複数の扇形電場で構成されたらせん軌道に沿って飛行させて、質量電荷比ごとにイオンを質量分離させるらせん軌道型の第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置の出口近傍に置かれ、特定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、選択されたイオンを開裂させるためにガスを充填させた衝突室と、
該衝突室の後段に配置され、開裂したイオンを質量電荷比ごとに質量分離させる第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
から成るタンデム型飛行時間型質量分析装置において、
前記第1の飛行時間型質量分析装置と前記第2の飛行時間型質量分析装置の間に、両飛行時間型質量分析装置のイオン軌道を連結する、反射場を含むイオン偏向手段を設けたので、
プロダクトイオンの運動エネルギーの圧縮を可能とするタンデム型飛行時間型質量分析装置を提供することが可能になった。
【0039】
また、サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
加速されたイオンを飛行させて、質量電荷比ごとにイオンを質量分離させる第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置の出口近傍に置かれ、特定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、選択されたイオンを開裂させるためにガスを充填させた衝突室と、
該衝突室の後段に配置され、開裂したイオンを複数の扇形電場で構成されたらせん軌道に沿って飛行させて、質量電荷比ごとにイオンを質量分離させるらせん軌道型の第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
から成るタンデム型飛行時間型質量分析装置において、
前記第1の飛行時間型質量分析装置と前記第2の飛行時間型質量分析装置の間、より好ましくは、らせん軌道の周回軌道の一部と定義されるらせん軌道の入射部分に、両飛行時間型質量分析装置のイオン軌道を連結する、反射場を含むイオン偏向手段を設けたので、
プロダクトイオンの運動エネルギーの圧縮を可能とするタンデム型飛行時間型質量分析装置を提供することが可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。以下の記述では、実施例1〜5が第1の発明に属する。実施例6は第2の発明に属する。また、プリカーサイオンは正の電荷を持つ1価イオンとする。
【0041】
[実施例1]
図7〜9は本発明にかかる第1の実施の形態例を示す図である。図7は装置をZ方向に見た図、図8は図7の矢印方向(Y方向)から見た図である。図において、11はイオン源、12〜15はZ方向に多層に積層されて8の字形のらせん軌道を形作る扇形電場、16はプリカーサイオンを選択するイオンゲート、17はらせん軌道TOFMS(以下第1TOFMS)と第2TOFMSの間を接続するインターフェイス(反射場)、18はイオンを開裂させる衝突室、19は衝突室17で開裂したイオンが入射される第2TOFMSである。尚、プリカーサイオンを選択するためのイオンゲートは、第1TOFMS中に配置されているが、衝突室18までの空間であれば、必ずしも第1TOFMSの中である必要はない。
【0042】
本実施例は次のように動作する。まず、イオン源11にてサンプルをイオン化し、パルス電圧にて加速する。衝突室18で開裂させるイオン(プリカーサイオン)は、第1TOFMSにて質量分離され、イオンゲート16で選択される。
【0043】
第1TOFMSを通過したプリカーサイオンは、インターフェイス部分である反射場17に入射し、ほぼ垂直方向に軌道を変えられて反射される。このときのインターフェイスによるイオンの偏向角度は80〜100°の間である。その後、プリカーサイオンは衝突室18に進入し、その一部は衝突解離してフラグメントイオンを生成する。プリカーサイオンとフラグメントイオンは、第2TOFMSに入射して質量分析される。
【0044】
この場合、第2TOFMSに入射するプロダクトイオンの運動エネルギー分布は、0<Upro<eVa(ただしイオン源でのイオンの加速電圧)と広いので、従来技術で述べたタイプ1あるいはタイプ4との組み合わせが良い。
【0045】
[実施例2]
本実施例は、構成は実施例1と同じである。そこで違いのあるインターフェイス部のみ図10に示す。また、図11に各地点でのポテンシャルを図示する。
【0046】
本実施例は、実施例1のインターフェイス(イオンの偏向角80〜100°)を改良し、衝突室に入射するプロダクトイオンの運動エネルギーを制御可能としたものである。動作のほとんどは、実施例1と同じであるが、実施例2ではインターフェイスへの入射地点でのポテンシャルVinをインターフェイスからの出射地点でのポテンシャルVoutよりも低い電位に設定し(Vout>Vin)、両者に差を設けている。
【0047】
これにより、出射地点でのプリカーサイオンの運動エネルギーは、VoutとVinに差を設けない実施例1の場合の運動エネルギーeVaに較べて、eVa−e(Vout−Vin)となり、e(Vout−Vin)の分だけプリカーサイオンの運動エネルギーを低減させ、イオンの飛行速度を減速させることができる(ただしeは素電荷)。
【0048】
例えば、実際のMALDIイオン源の系では、イオンの加速電圧Vaに20kV程度を印加している。加速されたイオンの運動エネルギーは20keVに達する。このイオンが本実施例のインターフェイスを通過すると、500eV〜2keVに運動エネルギーを低減させることができ、低速度で後段の衝突室にイオンを導入することができる。
【0049】
衝突室内でのイオンの衝突解離は、衝突室に導入される際にプリカーサイオンが持っている運動エネルギーの大きさに応じて解離メカニズムが変わり、得られるプロダクトイオンに変化を生じる。したがって、本実施例のように、インターフェイスへの入射地点のポテンシャルVinの値とインターフェイスからの出射地点のポテンシャルVoutの値をさまざまに制御すれば、衝突解離に関する多彩な情報を得ることが可能になる。
【0050】
さて、選択されたプリカーサイオンは、ポテンシャルVout中に配置された衝突室に入射し、衝突室にて開裂してプロダクトイオンを生成する。例えばポテンシャルVinを接地電位とする場合、ポテンシャルVout上のプロダクトイオンの運動エネルギーUproはeVout<Upro<eVaとなる。
【0051】
第2TOFMSに再加速機構を配置し、第2TOFMSの検出器を配置する電位を接地電位とすれば、圧縮率R=(Vout−Vin)/(Va−Vin)の運動エネルギー圧縮が実現でき、再加速との組み合わせが行ないやすい。前述の従来技術の中では、タイプ2、またはタイプ4の第2TOFMSとの組み合わせが良い。
【0052】
また、前述のように、本実施例ではVoutの電位を調整することで衝突室へのイオンの入射エネルギーを変更することができ、プリカーサイオンが衝突解離する際の運動エネルギー依存性を測定することができるが、VoutをVinに近づけると圧縮率が小さくなり、イオンの運動エネルギー分布が広がるので、第2TOFMSの運動エネルギー収束性に注意を払う必要がある。
【0053】
[実施例3]
本実施例は、実施例2を改良したものである。実施例2では、Voutと第2TOFMSの始点電位V2は一致させなければならないので、Voutを変更すると、第2TOFMSのイオン光学系の特性が変化する。イオン光学系の設計への配慮を考えると、Voutによって第2TOFMSのイオン光学系が変化しない方が良い。
【0054】
この課題を解決するために、図12、13では衝突室18と第2TOFMS19の間にポテンシャルリフト20を導入している。ポテンシャルリフトとは特許第3354427号公報に開示されている技術で、イオンの飛行空間内にイオンが入射および出射できるように構成された導電性の箱を設け、イオンがこの箱に入射したときと、イオンがこの箱から出射したときとで、箱の電位を異ならせるものである。
【0055】
ポテンシャルリフト20は、VoutとV2の差を補完するために機能する。プリカーサイオンと衝突解離で生成したプロダクトイオン群の飛行速度はほぼ同じである。そのため、衝突室出射後のポテンシャルリフト20への両イオンの入射は同じ時刻となる。
【0056】
ポテンシャルリフト20は、始めVoutに設定され、プリカーサイオンとプロダクトイオン群が入射したと同時にV2へとスイッチングされる。このスイッチングのタイミングは、プリカーサイオンとプロダクトイオン群がポテンシャルリフトを通過する前に設定されなければならない。
【0057】
[実施例4]
本実施例は、実施例3と類似しているが、ポテンシャルリフト20を衝突室18の前段に配置している点が異なっている。この構成の利点として、衝突室18を任意の電位(通常は接地電位)に配置することができる。
【0058】
この場合、第2TOFMS19は、全体的にイオンの加速電圧Vaの極性とは逆極性にフローティングされる。
【0059】
[実施例5]
本実施例は、実施例1〜4に第1TOFMS単独使用によるMS測定用の検出器を付加するものである。
【0060】
図16中のAで示す地点に検出器を配置する場合は、MS測定のモードからMS/MS測定のモードに切り換えたときに、イオンがインターフェイス部に到達できるようにするため、イオンの飛行の障害となる検出器をイオン軌道から外すための検出器移動機構が必要である。この検出器移動機構については、国際公開WO2005/114702号公報の図14、15、およびその説明の中に開示されている。
【0061】
一方、図16中のBで示す地点に検出器を配置する場合は、MS測定時にはインターフェイスの全電圧を第1TOFMSの自由空間の電位と同じとし、インターフェイス部をイオンが無事通過できるよう、図5、6の反射電極をメッシュ電極とする必要がある。
【0062】
[実施例6]
本実施例は、第2TOFMSにらせん軌道型TOFMSを採用するものである。尚、第1TOFMSはイオン源、イオン加速部、イオンゲートを含むものであれば、どのようなTOFMSであっても良い。
【0063】
第1TOFMSを通過したプリカーサイオンは、インターフェイスを経由し、衝突室に導入される。インターフェイスは、第2TOFMSの再加速と併せて、運動エネルギーの圧縮が可能な、前述の実施例2、3、4で説明したものを利用する。図17では実施例2のインターフェイスを例として掲げている。
【0064】
インターフェイスの置かれる位置は、第2TOFMSのらせん軌道の前段であり、より好ましくは、らせん軌道の周回軌道の一部と定義されるらせん軌道の入射部分(図18中の※印で示したハッチングの部分)である。このようならせん軌道の入射部分にインターフェイスを設ければ、インターフェイスを設けたことに伴うイオン光学系側の手直しがほとんど不要になる。
【0065】
このとき、圧縮率は全てのプロダクトイオンが扇形電場を通過できる必要がある。例えば、扇形電場を通過できる運動エネルギー幅がプリカーサイオンの5%程度であれば、95%の圧縮が必要となる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
飛行時間型質量分析装置のタンデム測定に広く利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】従来の飛行時間型質量分析装置の一例を示す図である。
【図2】従来の飛行時間型質量分析装置の別の例を示す図である。
【図3】従来のMS/MS測定による構造解析の一例を示す図である。
【図4】従来のTOF/TOF装置の一例を示す図である。
【図5】従来のTOF/TOF装置の別の例を示す平面図である。
【図6】従来のTOF/TOF装置の別の例を示す正面図である。
【図7】本発明にかかるTOF/TOF装置の一実施例を示す平面図である。
【図8】本発明にかかるTOF/TOF装置の一実施例を示す正面図である。
【図9】本発明にかかるTOF/TOF装置のインターフェイスの一実施例を示す図である。
【図10】本発明にかかるTOF/TOF装置のインターフェイスの変形例を示す図である。
【図11】本発明にかかるTOF/TOF装置のポテンシャル分布の一例を示す図である。
【図12】本発明にかかるTOF/TOF装置の別の実施例を示す図である。
【図13】本発明にかかるTOF/TOF装置のポテンシャル分布の別の例を示す図である。
【図14】本発明にかかるTOF/TOF装置の別の実施例を示す図である。
【図15】本発明にかかるTOF/TOF装置のポテンシャル分布の別の例を示す図である。
【図16】本発明にかかるTOF/TOF装置の別の実施例を示す図である。
【図17】本発明にかかるTOF/TOF装置の別の実施例を示す図である。
【図18】本発明にかかるインターフェイスの設置位置の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0068】
11:イオン源、12:扇形電場1、13:扇形電場2、14:扇形電場3、15:扇形電場4、16:イオンゲート、17:インターフェイス、18:衝突室、19:第2TOFMS、20:ポテンシャルリフト

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
加速されたイオンを複数の扇形電場で構成されたらせん軌道に沿って飛行させて、質量電荷比ごとにイオンを質量分離させるらせん軌道型の第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置の出口近傍に置かれ、特定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、選択されたイオンを開裂させるためにガスを充填させた衝突室と、
該衝突室の後段に配置され、開裂したイオンを質量電荷比ごとに質量分離させる第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
から成るタンデム型飛行時間型質量分析装置において、
前記第1の飛行時間型質量分析装置と前記第2の飛行時間型質量分析装置の間に、両飛行時間型質量分析装置のイオン軌道を連結する、反射場を含むイオン偏向手段を設けたことを特徴とするタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
前記イオン偏向手段の入射点と出射点で電位を異ならせることにより、後段の衝突室に入射する際のイオンの運動エネルギーを制御可能にしたことを特徴とする請求項1記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項3】
前記衝突室と前記第2の飛行時間型質量分析装置との間に、イオンが入射および出射できるように構成された導電性の箱を設け、イオンがこの箱に入射したときと、イオンがこの箱から出射したときとで、箱の電位を異ならせることにより、前記衝突室と前記第2の飛行時間型質量分析装置の始点との間に生じたポテンシャルの差を補完するようにしたことを特徴とする請求項2記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
前記イオン偏向手段の出射点と前記衝突室との間に、イオンが入射および出射できるように構成された導電性の箱を設け、イオンがこの箱に入射したときと、イオンがこの箱から出射したときとで、箱の電位を異ならせることにより、前記イオン偏向手段の出射点と前記衝突室との間に生じたポテンシャルの差を補完するようにしたことを特徴とする請求項2記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
前記衝突室の電位が接地電位であることを特徴とする請求項4記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項6】
前記イオン偏向手段の前段に、イオン軌道上とイオン軌道外を移動可能に構成された検出器を配置することを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項に記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項7】
前記イオン偏向手段をイオンが通過可能とし、その後段に検出器を配置することを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項に記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項8】
前記イオン偏向手段による偏向角度が80〜100°の間であることを特徴とする請求項1ないし7のいずれか1項に記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項9】
サンプルをイオン化するイオン源と、
生成したイオンをパルス的に加速する加速手段と、
加速されたイオンを飛行させて、質量電荷比ごとにイオンを質量分離させる第1の飛行時間型質量分析装置と、
該第1の飛行時間型質量分析装置の出口近傍に置かれ、特定の質量電荷比を持つイオンのみを選択するイオンゲートと、
該イオンゲートの後段に配置され、選択されたイオンを開裂させるためにガスを充填させた衝突室と、
該衝突室の後段に配置され、開裂したイオンを複数の扇形電場で構成されたらせん軌道に沿って飛行させて、質量電荷比ごとにイオンを質量分離させるらせん軌道型の第2の飛行時間型質量分析装置と、
該第2の飛行時間型質量分析装置を通過したイオンを検出する検出器と
から成るタンデム型飛行時間型質量分析装置において、
前記第1の飛行時間型質量分析装置と前記第2の飛行時間型質量分析装置の間、より好ましくは、らせん軌道の周回軌道の一部と定義されるらせん軌道の入射部分に、両飛行時間型質量分析装置のイオン軌道を連結する、反射場を含むイオン偏向手段を設けたことを特徴とするタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項10】
前記イオン偏向手段の入射点と出射点で電位を異ならせることにより、後段の衝突室に入射する際のイオンの運動エネルギーを制御可能にしたことを特徴とする請求項9記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項11】
前記衝突室と前記第2の飛行時間型質量分析装置との間に、イオンが入射および出射できるように構成された導電性の箱を設け、イオンがこの箱に入射したときと、イオンがこの箱から出射したときとで、箱の電位を異ならせることにより、前記衝突室と前記第2の飛行時間型質量分析装置の始点との間に生じたポテンシャルの差を補完するようにしたことを特徴とする請求項10記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項12】
前記イオン偏向手段の出射点と前記衝突室との間に、イオンが入射および出射できるように構成された導電性の箱を設け、イオンがこの箱に入射したときと、イオンがこの箱から出射したときとで、箱の電位を異ならせることにより、前記イオン偏向手段の出射点と前記衝突室との間に生じたポテンシャルの差を補完するようにしたことを特徴とする請求項10記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項13】
前記衝突室の電位が接地電位であることを特徴とする請求項12記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。
【請求項14】
前記イオン偏向手段による偏向角度が80〜100°の間であることを特徴とする請求項9ないし13のいずれか1項に記載のタンデム型飛行時間型質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2009−230948(P2009−230948A)
【公開日】平成21年10月8日(2009.10.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−72742(P2008−72742)
【出願日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】