説明

タンパク質の解析方法

【課題】 微量タンパク質に対しても適用でき、かつ確度の高い内部配列情報取得技術の確立。
【解決手段】 解析対象とするタンパク質を、所定のアミノ酸の位置において限定的に分解して、複数のペプチド断片混合物を調製し、前記ペプチド断片混合物から、1又は複数のペプチド断片を分離・精製し、前記分離・精製されたペプチド断片のC末端アミノ酸を、化学反応により逐次的に分解して、得られる一連の生成物を含む混合物を調製し、前記逐次的分解の反応産物、及び前記逐次的分解反応を施していない未反応のペプチド断片のそれぞれの質量分析を行い、そして、前記質量分析の結果を解析し、解析対象とするタンパク質の化学構造情報を取得する。
なし

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の化学構造を解析する手法に関する。より具体的には、タンパク質をプロテアーゼなどによってペプチド断片に分解し、該ペプチドのC末端からの逐次的分解反応を行い、反応産物の分子量を質量分析法により測定し、測定された質量スペクトルに基づいて、公知タンパク質データベースの情報を利用せずに、タンパク質のC末端を含む複数の部分アミノ酸配列を決定する方法、及び得られたアミノ酸配列情報を利用した、翻訳後修飾の種類と位置の解析や、相同性検索などの、タンパク質の解析方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質のアミノ酸配列情報を取得するための解析方法は、ゲノム情報に基づき翻訳・予測されたアミノ酸配列を含む、公知データベースの情報を利用して実験結果を解析する方法と、前記公知データベースの情報を利用せずに実験結果を解析する方法 (de novo sequencing)との2通りに分けることができる。
【0003】
例えば、プロテオーム解析において広く用いられているPeptide Mass Fingerprintingでは、タンパク質をトリプシンなどのプロテアーゼで限定分解し、その産物を質量分析し、その後に公知データベースを参照し、測定された質量のパターンと一致する質量のパターンでペプチド断片を生じる、タンパク質候補を同定する。次いで、同定されたタンパク質候補のアミノ酸配列を参照することで、間接的にアミノ酸配列情報を取得している。
【0004】
しかしながら、ゲノム情報やタンパク質の情報が、網羅的に公知データベースに登録されている生物種は非常に限られている。網羅的なデータベースが整備されていない場合は、前記データベースに登録されている配列情報に依存する解析方法は適用できない。また、翻訳後修飾や選択的スプライシングなどの成熟タンパク質に関わる情報は、ゲノム情報のみからでは一般に得ることはできない。このため、タンパク質の配列に関わる情報を、タンパク質から直接取得するde novo sequencingは、重要なタンパク質解析技術となっている。該de novo sequencing方法としては、従来次の2つの方法が知られている。
【0005】
1つは、タンデム質量分析(MS/MS)に基づく方法であり、ペプチドを質量分析計内部で断片化し、ペプチドのMS/MSスペクトルから、数学的演算によりアミノ酸配列を算出する方法である。この方法では、一連のプロダクトイオンピーク群が検出されたスペクトルが得ることができれば、同じタイプのプロダクトイオンのピーク間の質量差がアミノ酸残基質量に相当するので、演算により推定アミノ酸配列を決定できる。しかしながら、ペプチド結合を開裂させるための衝突エネルギー等の制御が難しく、アミノ酸配列により切れやすい所と切れにくい所が生じたり、2箇所以上で同時に切れて生じる断片も混じってくるなどのため、一連のプロダクトイオンピーク群が検出されたスペクトルを得ることは難しい。従って、ペプチドのN末端からC末端まで、全ての配列が読み取れる場合は多くない。また、推定された配列情報の確からしさも、必ずしも十分ではない。
【0006】
他の1つの方法は、化学反応を利用して配列情報を取得する方法である。代表的な手法は、エドマン分解法を利用して、N末端アミノ酸を逐次的に分解しつつ、生成するアミノ酸誘導体を順次同定する手法である。この方法は化学反応を用いているために、正確に配列を決定できるが、質量分析法に比べて解析感度が低く、解析速度及びランニングコスト等の点でも難点がある。一方、ペプチドのC末端アミノ酸配列を解析する手段として、化学的手法によりC末端アミノ酸を逐次的に分解し、その反応産物として得られた短縮されたペプチドと元のペプチドの分子量差から、分解されたC末端アミノ酸を特定する方法が提案されている。例えば、化学的手法によりC末端アミノ酸を逐次的に分解する手段として、90℃に加熱しつつ、乾燥したペプチドにペンタフルオロプロパン酸高濃度水溶液、あるいは、ヘプタフルオロブタン酸高濃度水溶液から発生した蒸気を作用させて、前記パーフルオロアルカン酸により促進される、C末端アミノ酸の選択的な加水分解を行わせる方法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。加えて、前記パーフルオロアルカン酸高濃度水溶液に代えて、無水ペンタフルオロプロパン酸のアセトニトリル溶液、無水ヘプタフルオロブタン酸のアセトニトリル溶液を利用し、例えば、−18℃に冷却しつつ、この溶液から発生した蒸気を乾燥したペプチドに作用させて、前記パーフルオロアルカン酸無水物により促進される、C末端アミノ酸の選択的な分解を行わせる方法が提案されている(例えば、非特許文献2参照)。
【0007】
前記の乾燥したペプチドに、蒸気として供給されるパーフルオロアルカン酸、あるいは、パーフルオロアルカン酸無水物を作用させ、C末端アミノ酸の選択的な分解を行う手法では、反応式(I)で表記される脱水反応:
【0008】
【化1】

により、C末端アミノ酸から反応中間体として、オキサゾロン環構造が形成され、次いで、パーフルオロアルカン酸がこのオキサゾロン環に作用し、反応式(II)で表記される反応:
【0009】
【化2】

が進行し、結果的に、C末端アミノ酸の選択的な分解反応が達成されると報告されている。
【0010】
上記のC末端アミノ酸の選択的な分解反応は逐次的に進み、所定の処理時間が経過した時点で、元のペプチドに対して、1〜10数アミノ酸残基がそのC末端からそれぞれ除去された一連の反応産物を含む混合物が得られる。この一連の反応産物を含む混合物に対して、質量分析法を適用して、各反応産物に由来するイオン種の質量を測定すると、C末端アミノ酸配列を反映した質量差を示す一連のピークが測定できる。具体的には、各反応産物は、元のペプチドから逐次的なC末端アミノ酸分解反応で生成される結果、例えば、元のペプチドから数アミノ酸残基が除去された反応産物までの、数種の一連の反応産物群に関して、質量分析法を利用することで、対応するイオン種の質量を一括して分析することができ、かかる数アミノ酸残基分のC末端アミノ酸配列を一括して決定できる。
【0011】
また、アミノ酸配列の長いペプチドのC末端アミノ酸を逐次的に分解する際、ペプチド途中におけるペプチド結合の切断など好ましくない副次反応を抑制するために、アミノ酸配列の長いペプチドの乾燥試料に対して、予めN−アシル化処理を施し、アルカン酸無水物とパーフルオロアルカン酸少量とを組み合わせた反応試薬を利用し、穏和な条件でC末端アミノ酸の分解を行い、加水処理をした後、トリプシン消化により質量分析の対象となるペプチド断片の分子量を小さくして、長いペプチド鎖のC末端アミノ酸配列をより簡便に解析する方法についても本出願人により提案されている(例えば、特許文献1及び2参照)。かかる方法は、C末端から10アミノ酸残基程度のアミノ酸配列を高い精度で、かつ容易に決定できる汎用性に富む解析方法として有用であるが、タンパク質内部のアミノ酸配列を決定することはできなかった。
【0012】
【特許文献1】特開2003−279581号公報
【特許文献2】特許第3534191号公報
【非特許文献1】Tsugita, A. et al., Eur. J. Biochem. 206, 691-696 (1992)
【非特許文献2】Tsugita, A. et al.,Chem. Lett. 1992, 235-238; Takamoto,K. et al., Eur. J. Biochem. 228, 362-372 (1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
公知データベースの情報を参照せずに、タンパク質から直接、配列情報を取得する技術は、それに拠って、ゲノム情報のみからでは得ることができない、成熟タンパク質に関わる情報を取得することができるために、重要な解析技術である。しかしながら、上記エドマン分解法やC末端アミノ酸の逐次的分解法では、N末端又はC末端から決定できるアミノ酸残基数に限界があるため、分子量の大きなタンパク質の内部のアミノ酸配列を決定することはできない。
【0014】
一方、分子量の大きなタンパク質の内部配列を決定する手法としては、トリプシン等によりタンパク質を限定的に分解した後、液体クロマトグラフィー等により分離、精製して得られたペプチド断片に対してエドマン分解を適用する手法がある。しかしこの方法では、該ペプチド断片の単離が不十分な場合は、信頼性の高い情報を得ることはできない。更に、プロテオーム解析のように微量なタンパク質を扱って解析を行う場合には、エドマン分解法の適用に十分な量のペプチドを分離・精製することは困難である。また、MS/MSを利用した内部配列取得技術の場合、fragmentation過程の制御が困難であるために、配列情報を取得することができないことも多い。配列情報を取得できたとしても、fragmentationの反応機構が十分に解明されていないために、解析結果の信頼性が不十分な場合が多い。従って、公知データベースの情報を参照せずに信頼性の高い内部配列取得を可能とし、かつ微量タンパク質に対しても適用できる、解析技術の確立が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明はかかる課題を解決するためになされたものであって、ペプチドのC末端アミノ酸の逐次的分解という信頼性の高い化学的手法を採用すると共に、予めタンパク質をプロテアーゼなどにより、所定のアミノ酸残基の位置で限定分解しておくこと、前記限定分解産物であるペプチド混合物を液体クロマトグラフィーなどにより分離・精製すると同時に、前記分離・精製ペプチドを質量分析測定用のプレート上に分取・配列すること、分取・配列した前記ペプチド断片に対して、C末端アミノ酸の逐次的分解反応を前記プレート上で行うこと、前記C末端アミノ酸の逐次的分解反応産物の質量分析を行うこと、未反応の分離・精製ペプチドの質量分析を行うこと、及び得られた質量スペクトルについて、未反応の分離・精製ペプチドに由来するピークと、C末端アミノ酸の逐次的分解反応によって得られた一連の反応生成物に由来するピークとを比較、解析することによって、迅速かつ効率的に、信頼性の高い内部配列データを取得することができることを見出し、これらの知見に基づいて本発明を完成した。
【0016】
すなわち、本発明のタンパク質の解析方法は、
(A)解析対象とするタンパク質を、所定のアミノ酸の位置において限定的に分解して、複数のペプチド断片混合物を調製する工程と、
(B)前記ペプチド断片混合物から、1又は複数のペプチド断片を分離・精製する工程と、
(C)前記分離・精製されたペプチド断片のC末端アミノ酸を、化学反応により逐次的に分解して、得られる一連の生成物を含む混合物を調製する工程と、
(D)前記逐次的分解の反応産物、及び前記逐次的分解反応を施していない未反応のペプチド断片のそれぞれの質量分析を行う工程と、
(E)前記質量分析の結果を解析し、解析対象とするタンパク質の化学構造情報を取得する工程と、を含むことを特徴とする。
【0017】
前記工程(B)において、前記分離・精製する操作は、液体クロマトグラフィーにより複数のフラクションを分取することが好ましい。また、前記工程(B)は、前記ペプチド断片混合物を2つの画分に分ける工程と、前記それぞれの画分について、1又は複数のペプチド断片を分離・精製する工程を含み、前記工程(C)は、一方の画分の分離・精製工程から得られるペプチド断片に対して、C末端アミノ酸を、逐次的に分解して得られる一連の生成物を含む混合物を調製する工程と、他方の画分の分離・精製工程から得られるペプチド断片に対して、前記逐次的分解反応を施さずに保つ未反応ペプチド断片を調製する工程と、を含むことができる。さらに、前記工程(C)において、前記化学反応を質量分析測定用プレート上で遂行することが好ましい。
【0018】
本発明の1つの実施形態におけるタンパク質の解析方法は、前記工程(C)において、
前記プレート上の乾燥試料に対して、乾燥雰囲気下、10〜60℃の範囲に選択される温度において、アルカン酸無水物にアルカン酸を少量添加してなる混合物からなる蒸気状又は液滴状のアルカン酸無水物とアルカン酸を接触させて前記ペプチド断片N末端のアミノ基及び該ペプチドに含有されている可能性のあるリジン残基側鎖のアミノ基をN−アシル化保護する前処理工程と、
前記プレート上でN−アシル化保護されたペプチド断片の乾燥試料に対して、乾燥雰囲気下、15〜80℃の範囲に選択される温度において、アルカン酸無水物にパーフルオロアルカン酸を少量添加してなる混合物からなる蒸気状又は液滴状のアルカン酸無水物とパーフルオロアルカン酸とを接触させ、ペプチドのC末端において、
下記する一般式(III):

(式中、R1は、ペプチドのC末端アミノ酸の側鎖を表し、R2は、前記C末端アミノ酸の直前に位置するアミノ酸残基の側鎖を表す)で表記される5−オキサゾロン構造を経て、該5−オキサゾロン環の開裂に伴いC末端アミノ酸の分解を行う工程と、
前記プレート上でC末端アミノ酸が逐次的に分解された一連の反応生成物を含む乾燥試料に対して、残余する前記アルカン酸無水物とパーフルオロアルカン酸とを除去する後処理を施し、次いで、塩基性含窒素芳香環化合物又は第三アミン化合物を含有する水溶液を利用し、蒸気状又は液滴状の塩基性含窒素芳香環化合物又は第三アミン化合物と水分子を接触させて前記反応生成物ペプチドのC末端を加水分解処理する工程を、
少なくとも含んでなることを特徴とする。
【0019】
さらに好ましい実施形態として、前記工程(C)において、
前記ペプチド断片が滴下乾燥された質量分析測定用のプレートの温度を、前記各反応ステップで用いられる前記各試薬の蒸気の温度よりも低く設定することによって当該反応試薬を吸着(蒸着)させる工程と、
前記プレートの温度を、前記各反応ステップで用いられる前記各試薬の蒸気の温度よりも高く設定することによって当該反応試薬を揮発させる工程と、
を少なくとも1回繰り返すことを特徴とする。
【0020】
さらに他の1つの実施形態において、本発明のタンパク質の解析方法は、前記工程(E)において、前記C末端アミノ酸の逐次的な分解反応産物の質量スペクトルと、前記逐次的分解反応を施していない未反応のペプチド断片の質量スペクトルとを比較対照する工程と、前記対照の結果を利用して、前記ペプチド断片のC末端から逐次的に分解された一連のアミノ酸を特定する工程と、前記特定されたアミノ酸を配列させて、解析対象とするタンパク質のアミノ酸配列情報を得る工程と、を含むことを特徴とする。
【0021】
好ましい実施形態において、前記ペプチド断片のC末端から逐次的分解された一連のアミノ酸を特定する工程が、
(a)前記未反応のペプチド断片の質量スペクトルにおいて、
(a−1)最大ピークの強度と比して一定割合以上の強度を有し、かつ一定数以上の同位体ピークを伴うピーク群を選別し、
(a−2)前記ピーク群の中から単一同位体ピークを選択し、
(a−3)前記選択されたピークに相当するペプチドの質量、又は該ペプチドの1若しくは2以上のN−アシル化体の質量を算出し、
(b)前記一連の反応生成物の質量スペクトルにおいて、
(b−1)工程(a−3)で算出した質量を有するピークが存在するか否かを検索し、
(b−2)前記ピークが存在する場合に、当該ピークをC末端からの分解を受けていないペプチド断片、またはそのN−アシル化体のピーク候補に選定し、
(b−3)前記N−アシル化体のピーク候補の質量から、前記限定分解によって生じるペプチドの、最C末端のアミノ酸残基の質量を差し引いた値を算出し、
(c)前記一連の反応生成物の質量スペクトルにおいて、
(c−1)工程(b−3)で算出した値の質量を有するピークが存在するか否かを検索し、
(c−2)前記ピークが存在するとき、当該ピークを、前記ペプチド断片からC末端アミノ酸が1つ脱離して得られたピークであると特定し、
(d−1)前記特定されたピークを基点として順次C末端アミノ酸が脱離した一連の反応生成物に相当するピーク群を特定し、
当該ピーク群に基づいてC末端からのアミノ酸の逐次的分解に伴う分子量減少を算出し、そして
(d−2)算出された一連の分子量減少量に基づき、逐次的分解された一連のアミノ酸を特定する、ことを特徴とする。
【0022】
さらになお好ましい実施形態として、前記一連の反応生成物の質量スペクトルにおいて、工程(b−2)で特定したC末端からの分解を受けていないペプチド断片、またはそのN−アシル化体のピーク候補が存在し、かつ工程(b−3)で算出した値のピークが存在しないとき、当該C末端からの分解を受けていないペプチド断片が、解析対象とするタンパク質のC末端ペプチド断片である可能性があると判定し、前記判定されたピークを基点として順次C末端アミノ酸が脱離した一連の反応生成物に相当するピーク群を特定し、当該ピーク群に基づいてC末端からのアミノ酸の逐次的分解に伴う分子量減少を算出し、そして算出された一連の分子量減少量に基づき、逐次分解されたアミノ酸の配列を特定し、特定されたアミノ酸配列を解析対象タンパク質のC末端アミノ酸配列とすることを特徴とする。
【0023】
前記解析対象タンパク質の遺伝子情報が明らかな場合には、前記未反応のペプチド断片の質量スペクトルを参照することなく前記C末端アミノ酸の逐次的な分解反応産物の質量スペクトルに基づいて、解析対象とするタンパク質の化学構造情報を取得することができる。一方、アミノ酸配列情報が未知のタンパク質を解析対象とする場合は、前記未反応のペプチド断片の質量分析を行う際に、内部標準ペプチドを添加して精密測定することが好ましい。
【0024】
本発明の異なる一つの視点において、上記いずれかの方法を用いて、解析対象のタンパク質の複数の部分アミノ酸配列を決定する工程と、前記決定された複数の部分アミノ酸配列を用いて、公知タンパク質データベースに登録されているタンパク質に対して相同性検索を実行し、解析対象のタンパク質と相同なタンパク質を同定する工程と、を含むことを特徴とする、相同タンパク質の同定方法が提供される。
【0025】
さらに異なる視点において、本発明にかかるタンパク質の解析方法は、アミノ酸配列が既知の解析対象タンパク質について、上記いずれかの方法を用いて、解析対象のタンパク質由来の複数ペプチド断片の、質量と部分アミノ酸配列とを決定する工程と、前記既知のアミノ酸配列に基づき、解析対象のタンパク質を、所定のアミノ酸の位置において仮想的に限定分解した際に生じるペプチド断片の、理論的な質量を算出する工程と、前記部分アミノ酸配列から、解析対象タンパク質上での前記ペプチド断片の位置を特定する工程と、前記位置が特定されたペプチド断片について、質量分析によって測定された質量と、前記理論的質量とを比較する工程と、前記測定された質量と前記理論的質量とに、差が存在する場合には、前記位置が特定されたペプチドに対して修飾基が存在する可能性があると判定する工程と、前記修飾が存在する可能性があると判定されたペプチドについて、理論的ペプチドの質量との差分から、前記修飾基の種類を推定する工程と、前記推定された修飾基により修飾されたアミノ酸の位置は、逐次分解に伴って測定されたスペクトルから算出される質量の差分が解消される位置で判定する工程と、を含むことを特徴とする。該解析方法は、アミノ酸配列が未知のタンパク質についても、予め、ペプチドの精密質量とその部分アミノ酸配列を用いて公知のデータベースを検索し、解析対象のタンパク質を同定することによって実施することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明の方法によれば、データベース情報を利用することなく、高い信頼性で内部配列情報を取得することができる。また、ペプチドのC末端アミノ酸の逐次的分解という信頼性の高い化学的手法を採用することによって、MS/MS解析では内部配列の解析が困難であったタンパク質試料に対しても、信頼性の高い内部配列の取得が可能となる。さらに、前記質量スペクトルの解析手段に独自の方法を採用することによって、液体クロマトグラフィーによる、ペプチド断片の分離が不十分であることが原因で、従来のエドマン分解では解析が困難であったタンパク質試料に対しても、信頼性の高い内部配列情報の取得が可能となる。また、質量分析を用いて解析することにより、従来のエドマン分解による方法では解析が困難であった微量な試料に対しても、解析が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明にかかるタンパク質の解析方法の1つの実施形態を、図1のフローシートに従って説明する。本発明による方法では、タンパク質のC末端からだけでなく、内部のアミノ酸配列も取得する目的のために、まず解析対象となるタンパク質をあらかじめプロテアーゼなどで所定のアミノ酸の位置で限定分解して複数のペプチド断片を調製する。続いて、液体クロマトグラフィーにより上記ペプチド断片を1又は複数のフラクションに分離する。得られたペプチド断片は、その一部を用いて質量分析測定用のプレート上に滴下・乾燥し、該プレート上にて、化学的手段によりそのC末端のアミノ酸を逐次的に分解除去して、ペプチド鎖が短縮された一連の反応産物を調製する。このC末端アミノ酸の逐次的分解反応産物を含む試料と、液体クロマトグラフィーによって分取された未反応のペプチド断片との両方について、質量分析法により分子量を測定し、得られる質量スペクトルからアミノ酸の逐次的分解に伴う分子量減少を算出し、算出された一連の分子量減少量に基づき、逐次的分解された一連のアミノ酸を特定することによってアミノ酸配列情報を得る。ここで、未反応のペプチド断片の質量分析では、試料に内部標準ペプチドを混ぜて質量分析を行うことにより精密測定することが好ましい。以下、順に、これらの各工程について詳細に説明する。
【0028】
(タンパク質の限定分解によるペプチド断片混合物の調製)
本発明の解析対象となるタンパク質は特に限定されることなく、天然に存在する任意のタンパク質であるか、又は人工的に合成されたタンパク質でもよい。天然に存在するタンパク質としてはその生物種を問わず、如何なる生物種に由来するものであってもよい。タンパク質を構成するアミノ酸も天然に存在する20種類のアミノ酸の他、これらの光学異性体やその他の非天然型アミノ酸も含んでいてもよい。
【0029】
本発明の方法において、まず解析対象とするタンパク質を、所定のアミノ酸の位置において限定的に分解して、複数のペプチド断片を調製する。ここで用いられる限定分解方法としては、タンパク質をアミノ酸残基特異的に分解するものであれば特に限定されないが、例えば、タンパク質中のメチオニン残基のカルボキシル基側で特異的に分解する臭化シアンによる化学的方法や、所定のアミノ酸残基のカルボキシル基側で切断する酵素が好ましい。例えば、タンパク質中のリジンやアルギニンのカルボキシル基側で切断するトリプシンや、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンといった大きな疎水性の側鎖に特異的なキモトリプシン等の動物由来の消化酵素の他、種々の微生物由来のプロテアーゼを使用することができる。微生物由来のプロテアーゼとしては、例えば、黄色ブドウ球菌(Staphylocossus aureus)V8株から調製され、アスパラギン酸又はグルタミン酸のカルボキシル基側でペプチド結合を特異的に切断する、プロテアーゼV8を使用することができる。(反応条件を選択することによってグルタミン酸のカルボキシル基側のみを切断することも可能である。
【0030】
(ペプチド断片の分離・精製)
続いて、上記方法により調製されたペプチド断片混合物から、1又は複数のペプチド断片の分離・精製を行う。該分離・精製方法は当業者に公知の任意の方法を用いることができるが、例えば、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)やキャピラリー電気泳動、或いは種々のクロマトグラフィーにより分離・精製することができる。好ましい実施形態において、上記分離・精製操作は、液体クロマトグラフィーにより複数のフラクションを分取することにより行う。本発明の方法における「液体クロマトグラフィー」とは、液体を移動相とするクロマトグラフィーによる分離手法であって、固定相カラムを選択することによって加圧下で操作が可能な高速液体クロマトグラフィー(HPLC)として種々の用途に用いられている。分離機構は、分配、吸着、イオン交換、サイズ排除等の種々の機構に分類されるが、最も頻繁に使用されるカラムは逆相固定相で分配によって分離され、試料はより極性の低い固定相に保持され、極性を持つ移動相によって溶出される。例えば、ODS(オクタデシルシリル基)を備えるケイ素化合物を分離用担体とする分離カラムを用いることができる。
【0031】
近年、質量分析法で用いられるエレクトロスプレーイオン化やMALDI−TOF/MSなどの分析システムに、多くの試料を適切な状態で供給するための、すなわち、ハイスループット分析のためのクロマトグラフィー及び分取システムが開発されている。これらの中には、流速が1000μl/分以下のマイクロ液体クロマトグラフィー(マイクロLC)や、流速が1000nl/分以下のナノ液体クロマトグラフィー(ナノLC)があり、本発明の方法にも適用することができる。特に、ナノLCは、微量サンプルでかつ微少量の点状塗布(スポッティング)が可能であり、本発明の質量分析用試料として適切な試料量を提供することができる。
【0032】
(C末端アミノ酸の逐次的分解反応)
上記液体クロマトグラフィーによって分取されたそれぞれのフラクションに含まれるペプチド断片を質量分析測定用のプレート上に滴下乾燥し、該プレート上で前記ペプチド断片のC末端アミノ酸を逐次的に分解して得られる一連の生成物を含む混合物を調製する。ここで、C末端アミノ酸の逐次的分解方法は、ペプチドの乾燥試料に対して、予めN−アシル化処理を施し、アルカン酸無水物とパーフルオロアルカン酸少量とを組み合わせた反応試薬を利用し、穏和な条件でC末端アミノ酸の分解を行う方法である。該方法は、本願出願人にかかる特許出願としてすでに公開されており(上記特許文献1及び2参照)、その内容は参照により本願に組み込まれるものとする。本願発明は、このC末端アミノ酸の逐次的分解方法を質量分析測定用のプレート上において効率的に、すなわち液体クロマトグラフィー等により分離精製されたタンパク質由来の各ペプチドに対して、同時・並列的に逐次的分解法を適用することを特徴とする。本明細書において、「質量分析測定用のプレート」とは、MALDI−TOF−MS法による測定を行うために、ペプチド断片を含む試料をスポッティングするためのプレートである。ここで用いられるプレートとしては、MALDI−TOF−MS法による質量分析測定用のプレートであれば特に限定されないが、C末端アミノ酸の逐次的分解反応に用いる酸性やアルカリ性試薬に対して耐性を有する素材、例えば、白金や金メッキによって保護されたプレートを用いることが好ましい。
【0033】
このプレート上におけるC末端アミノ酸の逐次的分解反応を効率的に行うためには、十分な量の反応試薬を供給する必要があるが、過剰すぎると試薬がプレート上に結露し、場合によっては、プレート上の複数の試料が融合してMALDI−TOF−MSによる測定結果の解釈を困難にする。従って、反応試薬の供給条件を、複数の試料が融合しないように厳密に制御することが必要である。たとえば反応試薬の液滴を直接制御して、プレート上の試料に供給する方法がある。
【0034】
好ましくは、C末端アミノ酸を逐次的に分解する反応において、前記ペプチド断片の乾燥試料が分取・配列された質量分析測定用のプレートの温度と、前記アルカン酸無水物とパーフルオロアルカン酸の蒸気又は液滴の温度とを調節することにより、試薬の吸着(蒸着)及び揮発を促進して反応効率を上げることができる。試薬の吸着を促進するためには、前記プレートの温度を試薬の蒸気又は液滴の温度よりも1〜10℃、好ましくは5℃程度低く設定することにより行う。プレート表面で前記試薬の蒸気が熱を奪われ液化しやすくなるからである。一方、プレート表面の温度を試薬の蒸気又は液滴の温度よりも1〜10℃、好ましくは5℃程度高く設定すれば、反応終了後に残った試薬を迅速に揮発させることができる。プレートの温度調節は、例えば、公知のペルチェ素子等を用いた温度調節機構により容易に行うことができる。
【0035】
(質量スペクトルの測定と解析)
上記方法により得られた一連の生成物を含む混合物を用いて、質量分析法による分析を行うが、特に、MALDI−TOF−MS法により質量スペクトルを測定することが好ましい。この方法は、ペプチドサンプルを結晶マトリクス(例えば、α−シアノー4−ヒドロキシケイ皮酸)と一緒に混ぜる。この結晶マトリクスはペプチドを分散させ、レーザー光を吸収し、そのエネルギーを分析分子(ペプチド)に遷移させる役割をもつ。ペプチドは光学的に励起された結晶マトリクスからプロトンを受けてイオン化し、典型的には(M+H)+タイプのイオン化学種を生ずる。このソフトレーザー脱着過程を通してペプチドは気相に移行する。ペプチドがイオン化すると、そのイオンは、電場の中で加速されて、ディテクタで検出され、イオン化から検出までの時間が高精度に測定、計算される。イオンの飛行時間は運動量、質量対電荷比(m/z)の平方根に依存するので、質量を正確に算出することができる。
【0036】
このようにして得られた質量スペクトルは、一例として図2に示した方法により解析を行う。まず、最初の工程(a)においては、液体クロマトグラフィーによって分取された1つのフラクションに含まれる未反応のペプチド断片のスペクトルを解析する。得られたスペクトルは、例えば、図3のようなスペクトルであるが、複数のペプチド断片が含まれる可能性があるため、1又は複数のペプチドに由来するピークを選別する必要がある。この選別に際して、好ましくは強度が最大のピークと比して、5%以上の強度を有し、かつ3本以上の同位体ピークを伴うピーク群を選別し、前記ピーク群の中から単一同位体ピークを選択し、選択されたピークを解析対象とする。適切な強度比の同位体ピークの存在は、該ピークが天然のペプチドに由来するピークであることを示唆する。天然のタンパク質には種々の安定同位体が含まれており、例えば、13Cの存在比は1%程度であるが、タンパク質やペプチドのような高分子化合物の場合には質量分析により1又は複数の同位体ピークが観察されることが知られている。従って、適切な強度比で3本以上の同位体ピークを伴うピーク群はペプチド断片に由来するピークである可能性が高い。このため、3本以上の同位体ピークを伴うピーク群を選別し、前記ピーク群の中から単一同位体ピークを選択することにより、ペプチド由来のピークを精度良く選択することができる。
【0037】
解析対象とするピークが選択されれば、次に該ピークに相当するペプチドの質量、及び該ペプチドのN−アシル化体の質量を算出する。このN−アシル基は、ペプチドN末端のアミノ基ならびに、該ペプチドに含有されている可能性のあるリジン残基側鎖のアミノ基に対して保護を施すものであるが、反応試薬として、求電子的なアシル化剤であるアルカン酸無水物と、そのプロトン供与能によって、該アシル化反応の促進を図る触媒として、アルカン酸との組み合わせを利用しているためN−アシル化、ならびにO−アシル化反応が同時に進行する。具体的には、炭素数2〜4のアルカン酸、ならびに、該炭素数2〜4のアルカン酸由来の対称型酸無水物を利用するが、これらの試薬に相当するN−アシル基の分子量を用いて、1又は複数のN−アシル化体の質量を計算する。通常は、無水酢酸と酢酸の組み合わせを利用するため、1又は複数個のアセチル基の分子量(42.04Da)に相当する質量を加算する。
【0038】
次の工程(b)は、前記ペプチド断片のC末端アミノ酸を逐次的に分解して得られる一連の反応生成物の質量スペクトル(例えば図4)を解析する。まず、上記工程(a)で算出したN−アシル化ペプチド断片のピークが存在するか否かを検索する。その結果、もし見つかれば、当該ピークをC末端アミノ酸の分解を受けていないペプチドのピーク候補に選定する。もし見つからなかった場合、工程(a)で選択したピークと同じ質量を持つピークが存在するか否かを検索する。その結果、もし見つかれば、当該ピークをC末端アミノ酸の分解を受けていないペプチドのピーク候補として選定する。続いて、このピーク候補の質量から、前記プロテアーゼによって認識されるアミノ酸残基の質量を差し引いた値を算出する。この値は、前記選定されたピーク候補のペプチドからC末端アミノ酸が1つ分解除去されたペプチドの質量に相当するものである。
【0039】
次の工程(c)は、同じく前記ペプチド断片のC末端アミノ酸を逐次的に分解して得られる一連の反応生成物の質量スペクトルを解析し、上記工程(b)で算出した質量のピークが存在するか否かを検索する。もし見つかれば、当該ピークを前記ペプチド断片からC末端アミノ酸が1つ脱離して得られたピークであると特定する。該特定されたピークを基点として順次C末端アミノ酸が脱離した一連の反応生成物に相当するピーク群を特定し、当該ピーク群に基づいてC末端からのアミノ酸の逐次的分解に伴う分子量減少を算出することができる(工程(d))。一方、上記工程(b)で計算した質量のピークが存在しない場合には、上記選定されたピーク候補は、タンパク質のC末端ペプチドである可能性が高く、このピークを基点として、上記と同様の方法により順次C末端アミノ酸が脱離した一連の反応生成物に相当するピーク群を特定し、当該ピーク群に基づいてC末端からのアミノ酸の逐次的分解に伴う分子量減少を測定することができる(工程(e))。
【0040】
このようにして測定された1又は複数のペプチド断片の、一連の分子量減少量に基づき、逐次的分解された一連のアミノ酸を特定し、該特定されたアミノ酸を配列させて、解析対象とするタンパク質のアミノ酸配列情報等の化学構造情報を取得する。本発明において、「化学構造情報」とは、基本的に上記アミノ酸配列情報を含むがこれに限定されない。例えば、以下に詳細に説明するようなタンパク質の翻訳後修飾、スプライシング変異体、遺伝的な変異体タンパク質、及びユビキチン化等のタンパク質分解の調節機構の解析も可能であり、これらの情報も本発明のタンパク質の化学構造情報に含まれる。
【0041】
例えば、上記解析方法を基質特異性の異なる2種以上のプロテアーゼを用いて行えば、タンパク質の全アミノ酸配列を決定することも可能である。また、用いた限定分解手法、すなわち、プロテアーゼの特異性に基づいて、分解されたペプチド断片のC末端に存在すべきアミノ酸を含まないペプチド断片(例えば、トリプシンで分解した場合にリジンやアルギニン以外のアミノ酸をC末端に含むペプチド断片)を特定することにより、解析対象のタンパク質のC末端アミノ酸配列を決定することができる。
【0042】
本発明のタンパク質の解析方法は、アミノ酸配列が公知、及び未知のタンパク質のいずれについても好適に適用することができる。例えば、解析対象タンパク質の遺伝子情報が明らかな場合には、該遺伝子情報から類推されるアミノ酸配列情報を用いて、本発明の解析方法を簡便に行うことができる。すなわち、この場合には未反応のペプチド断片の質量スペクトルを参照することなく、上記C末端からのアミノ酸の逐次的分解反応を行ったペプチド断片の質量スペクトルとアミノ酸配列情報の比較から解析対象とするタンパク質の化学構造情報を取得することができる。一方、アミノ酸配列情報が未知のタンパク質を解析対象とする場合は、前記未反応のペプチド断片の質量分析を行う際に、内部標準ペプチドを添加して精密測定することが好ましい。内部標準ペプチドとしては、例えば、アンジオテンシンIやIIなどを用いることができる。
【0043】
本発明の他の一つの視点において、上記いずれかの方法を用いて解析対象のタンパク質の複数の部分アミノ酸配列を決定し、該部分アミノ酸配列を用いて公知データベースに登録されているタンパク質に対して相同性検索を実行して解析対象のタンパク質と相同なタンパク質を同定する方法が提供される。タンパク質の相同性(ホモロジー)の程度は、2つのタンパク質のアミノ酸配列同士を適切に整列(アライメント)したときの同一性のパーセント値で表わすことができ、当該配列間の正確な一致の出現率を意味する。同一性比較のための配列間での適切な整列は種々のアルゴリズム、例えば、BLASTアルゴリズムを用いて決定することができる(Altschul SF J Mol Biol 1990 Oct 5; 215(3):403-10)。
【0044】
(タンパク質の翻訳後修飾の解析)
本発明の方法は、また、タンパク質の、翻訳後修飾の解析にも用いることができる。例えば、この解析方法を説明するための概念図を図6に示した。試料タンパク質を、本発明の解析方法により解析して得られた一つの質量スペクトルとして、図6(a)が挙げられる。この質量スペクトルを解析した結果、例えば、C末端のリジン残基を起点として、順次トレオニン及びメチオニンの分子量に相当する4本のピークが同定できたものとする。
【0045】
ここで更に、上記ペプチド以外の複数のペプチドに関する情報から、このタンパク質がミオグロビンであると同定されたとし、部分配列MTKの該当部位の照合から、このペプチドは、[119−133]のペプチドの一部であることが推定される。このペプチドのC末端アミノ酸の逐次的分解産物の質量は、次のように予測される:
【0046】
[119−133]:HPGNFGADAQGAMTK 1586.8 Da
[119−132]:HPGNFGADAQGAMT 1397.7 Da
[119−131]:HPGNFGADAQGAM 1314.6 Da
[119−130]:HPGNFGADAQGA 1183.6 Da
[119−129]:HPGNFGADAQG 1112.6 Da
[119−128]:HPGNFGADAQ 1055.5 Da
【0047】
ここで、上記で同定した4本のピークの質量が、予測される上記質量とは一致せずに、一様にm/z軸上でΔmだけシフトしていたものとする。この場合に、上記スペクトルに、予測されるスペクトルを重ね合わせて表示すると、図6(b)のようになった場合、高質量側の3本のピークが、理論的に予測されるピークからΔmだけシフトしている。このことから、Δmの質量変化を伴う修飾の存在が推定される。また、図6(a)においてアミノ酸残基を同定できなかった2本のピークが、理論的に予測されるピークと重なっている。このことから、低分子量側の2本のピークに相当するペプチドには修飾は存在していない、すなわち、修飾残基の位置は、Δmの増加を示す4本のピークの内でm/zが最小のピークにかかるペプチドのC末端アミノ酸(ここでは、アラニン(A))であることが分かる。
【0048】
さらに、例えばΔm=14[Da]の場合は、このペプチドに対してメチル化(既知の修飾のひとつ)が生じている可能性が推定される。また、上記でアラニンが脱離した後のペプチドの質量は、すべて理論値と一致していることから、修飾が生じているのはアラニンに対してであることがわかる。従って、上記例においてアラニンに対するメチル化の可能性が推定される。このようにして、既知の修飾について、その存在と、修飾残基の位置を推定することが可能である。
【0049】
以上の推論の枠組みは、Δmに対応する修飾の種類が不明の場合においても有効である。この場合は、修飾を受けているアミノ酸に対して、Δmの質量変化を伴う、何らかの修飾が生じている可能性のみが推定される。このようにして、未知の修飾についても、その存在と、質量変化と、修飾残基の位置について推論することが可能である。同様にして、質量変化を検出することにより、スプライシング変異体、遺伝的な変異体タンパク質、及びユビキチン化等のタンパク質分解調節機構の解析も可能である。
【0050】
本発明の方法によれば、前記C末端アミノ酸の逐次的分解反応を質量分析測定用のプレート上で行うことによって、多検体の並列処理が可能となるために、ハイスループットな解析が可能となる。
【0051】
さらに本発明の方法によれば、高い確度でタンパク質の配列情報を取得することができるために、解析対象のタンパク質がデータベースに登録されていない場合でも、得られた配列情報をもとにして、相同性検索をデータベースに適用することにより、相同タンパク質として同定することができる。
【0052】
さらに本発明の方法によれば、高い確度でタンパク質の内部配列情報を取得することができるために、ペプチドの実測値と理論的質量との差異を検出することができ、それにより、遺伝情報にはない修飾基の有無と種類、さらにその位置を推定することができる。
【0053】
さらに本発明の方法によれば、タンパク質の内部配列情報を取得することができることに加え、高い精度でペプチド断片の質量を測定することができるために、これらを併せて利用したタンパク質同定手法により、タンパク質同定の同定率と同定結果の信頼性を飛躍的に高めることができる。
【0054】
また、従来のC末端配列解析手法においては、トリプシンを用いた前記限定分解は、実質的にアルギニン残基での切断に限られていたため、C末端側から一つ目のアルギニン残基が、C末端に極めて近い位置にある、あるいは、きわめて遠い位置にあるタンパク質においては、配列解析が困難な場合があった。本発明の方法によれば、用いるタンパク質の断片化手法は上記の制限を受けないために、すなわち、リジン残基での切断が可能であるために上記のようなタンパク質においても、アミノ酸配列の決定が可能となる場合もあり、また不可能な場合においても、トリプシン以外の断片化手法を採用することでC末端アミノ酸配列の決定が可能となる。
【実施例1】
【0055】
以下に、実施例を挙げて、本発明をより詳細に説明するが、本発明の範囲は、かかる実施例により何ら限定されるものではない。
【0056】
(実施例1)
本発明の1つの実施形態にかかるタンパク質の解析方法の有用性を検証する目的で、まず、153アミノ酸残基からなるヘムタンパク質、ウマ由来のミオグロビンをトリプシンで消化し、生じた複数のペプチド断片を回収、乾燥したものを液体クロマトグラフィーにより分離した。
【0057】
本実施例で解析対象として使用するウマ・ミオグロビンのグロビンペプチドのアミノ酸配列は既に判明しており(SWISSPROT accession No. P68083、配列番号1)、本発明にかかる解析方法で特定される各ペプチド断片のアミノ酸配列の特定精度を検証した。図1に、本実施例におけるタンパク質の解析方法の工程フローを示す。
【0058】
(トリプシン消化によるペプチド断片の調製)
2μgのウマ・ミオグロビンを、12.5%ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った後、クーマシー・ブリリアント・ブルー染色により目的とするグロビンペプチド鎖のバンドを特定した。このバンドを切り出し、ゲル切片を入れた容器内に、トリプシン含有水溶液を加え、ゲル担体中に担持されている状態のまま、ペプチド鎖の断片化を行った。前記トリプシン含有水溶液は、重炭酸アンモニウム緩衝液(pH8)中に、トリプシンを0.067μg/μlの濃度で含有しており、トリプシン消化は、37℃で撹拌しつつ4時間酵素反応を行った。トリプシン消化によってリジン、又はアルギニン残基のC末端側で切断された複数のペプチド断片は、ゲル担体から溶出しやすくなり、容器内のトリプシン溶液中に溶出する。かかるトリプシン消化処理工程を終えた後、ゲル中から容器内のトリプシン溶液中に溶出した断片化されたペプチドを回収し、乾燥させた。
【0059】
(液体クロマトグラフィーによる分画)
上記方法により回収乾燥した複数のペプチド断片を含む試料を、35μlの0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)、2%アセトニトリルを含む水溶液に溶解し、そこから4μlと20μlを分注し、それぞれについて液体クロマトグラフィー(LC)による分離を行った。分離条件は以下のとおりである。
HPLC装置:MAGIC2002(マイクロム・バイオリソウシス社)
カラム:マジックC18(0.2×50mm、マイクロム・バイオリソウシス社)
溶離液A:0.1%ギ酸、2%アセトニトリル水溶液
溶離液B:0.1%ギ酸、90%アセトニトリル水溶液
グラジエント:溶離液Bの濃度を5%から65%へ30分間で直線的に上昇
流速:70μl/分
カラム流速:約7μl/分(スプリッターで制御)
【0060】
(プレート上でのC末端アミノ酸の逐次的分解反応の操作)
20μlの上記サンプルをLCで分離したフラクションに含まれるペプチド断片を、質量分析用のプレートに滴下乾燥させ、以下に示すC末端アミノ酸の逐次的分解反応を行った。一方の4μlの上記サンプルをLCで分離したフラクションに含まれるペプチド断片は、質量分析用のプレートに滴下乾燥させ、C末端アミノ酸の逐次的分解反応を行わずにそのまま質量分析計による測定を行った。
【0061】
アセチル化による前処理、C末端アミノ酸の分解除去反応、及び水和反応による後処理操作は、すべてデシケータの中で行った。具体的には、デシケータの底にシャーレを設置し、そこに以下に示した各試薬を5mlずつ入れ、中皿を置いてその上に上記試料をスポットしたプレートを置いた。デシケータ内を真空ポンプにて1分間真空排気し、減圧状態としてからコックを閉じて気密状態に封止した。この気密状態のデシケータを以下に示した各温度に夫々の時間保温して、容器内の液状試薬から供給される蒸気状の試薬をプレート上の乾燥試料に接触(作用)させた。
【0062】
(1)アセチル化による前処理:酢酸を5容量%添加した無水酢酸を試薬として用い、室温にて一晩反応を行った。
(2)C末端アミノ酸の分解除去反応:トリフルオロ酢酸(TFA)を5容量%添加した無水酢酸を試薬として用い、40℃、4時間反応を行った。
(3)水和反応による後処理操作:DMAEを20容量%溶解した水溶液を用い、60℃、2時間水和反応を行った。
【0063】
なお、各反応後はかなり減圧状態となっているので、反応終了後は、まずアルゴンガスを入れて常圧に戻してからデシケータのふたを開け、夫々の試薬の交換を行った。
【0064】
(質量分析測定)
上記C末端アミノ酸の逐次的分解反応を行ったものと、該反応を行わなかったものの両方についてMALDI−TOF−MS装置(Voyager、アプライドバイオシステムズ社)を利用して質量分析を行った。
【0065】
その結果を図3〜5に示した。図3は、LCにより分離した1つのフラクションに由来する試料について、C末端アミノ酸の逐次的分解反応を行わずに測定した質量スペクトルである。一般に、LCでは1つのペプチドを単離することは難しいため、図3に示した質量スペクトルには複数の成分(ペプチド断片)が混入していることが分かる。一方、図4は、同一のフラクションに由来する試料について、C末端アミノ酸の逐次的分解反応を行った場合の質量スペクトルである。反応により、元のペプチド断片が分解されて生じた複数のピークが存在することが分かる。
これらの質量スペクトルを用いてアミノ酸配列を解析した結果を以下に説明する。
【0066】
(質量スペクトルの解析)
上記で得られた質量スペクトルの解析について以下に説明する。図2は、その解析フローを示した工程フロー図である。
【0067】
[工程(a)]解析の起点となるピークの選択
(1)図3に示した元のペプチド断片の質量スペクトルにおいて、最大ピークの5%以上の強度を有し、かつ3本以上の同位体ピークを伴うピーク群を選別し、その中から単一の同位体に由来するピークのみを選択する。
【0068】
(2)(1)で選択したピークがペプチド断片に由来するものであると仮定し、そのアセチル化体の質量を計算する。アセチル基の付加はN末端アミノ基の他に、ペプチド鎖内部に含有されるリジン残基のε−アミノ基へのN−アセチル化、同時にセリン残基やトレオニン残基に存在するヒドロキシル基、及びチロシン残基のフェノール性ヒドロキシル基へのO−アセチル化がなされる可能性がある。したがって、少なくとも、モノアセチル化体、ジアセチル化体、及びトリアセチル化体の3通りのアセチル化体を想定する必要がある。
【0069】
[工程(b)]解析の起点となるピークの特定
(3)図4に示したC末端アミノ酸の逐次的分解反応を行った場合の質量スペクトルにおいて、(1)及び(2)で選択又は計算したそれぞれのピークが存在するか否かを検索する。ここでこれらのピークが存在する場合には次に進むが、存在しない場合には(1)に戻って次のピークの選定を行う。
【0070】
(4)(3)で検索したピークの質量から、アルギニン残基とアセチルリジン残基の脱離に伴う質量差(それぞれ156.10Da、及び170.11Da)またこれらに加えて過剰な脱水反応を伴う場合の質量差(174.11Da、188.12Da)を差し引いた値を計算する。
【0071】
[工程(c)]C末端アミノ酸が1つだけ脱離したピークの特定
(5)図4に示した質量スペクトルにおいて、(4)で計算した質量と一致する質量を持つ単一同位体のピークを検索する。ここでこれらのピークが存在する場合には、C末端から1個のアミノ酸が分解、脱離したペプチド候補が存在することになり、次の工程(6)に進むが、存在しない場合にはC末端にアルギニン又はリジンが存在しないペプチド候補、すなわちC末端ペプチドである可能性があり、次の工程(7)へ進む。
【0072】
[工程(d)]タンパク質の内部由来のペプチドのアミノ酸配列決定
(6)上記(5)で検索されたピークを起点として、順次C末端アミノ酸が脱離した一連の反応生成物に相当するピーク群を特定し、当該ピーク群に基づいてC末端からのアミノ酸の逐次的分解に伴う分子量減少を算出し、かかる分子量減少に基づき逐次的分解された一連のアミノ酸配列を特定する。
【0073】
(7)上記(5)の検索によって目的とするペプチドのピーク候補が得られない場合は、当該ペプチドのC末端がリジン、又はアルギニンでないと考えられる。かかる場合は、上記(1)〜(6)において選定されたピークを除外したスペクトルに対して、再度順次C末端アミノ酸が脱離した一連の反応生成物に相当するピーク群を特定し、当該ピーク群に基づいてC末端からのアミノ酸の逐次的分解に伴う分子量減少を算出し、かかる分子量減少に基づき逐次的に分解された一連のアミノ酸配列を特定することにより、解析対象のタンパク質のC末端アミノ酸配列の解析が可能である。
【0074】
以上の手順により、ペプチド断片のC末端アミノ酸の分解反応に対応するピークペアを特定することができ、この解析手順を次のアミノ酸残基のスペクトル解析の起点とすることができる。この手法は、複数成分が混入している場合においても有効であるため、複数成分の混合がある場合においても信頼性の高い配列解析が可能となる。
【0075】
図4に示したスペクトルの解析結果をより具体的に示すために、m/z=1,000〜2,000の領域の拡大図を図5に示した。図中1〜4の番号で示した矢印は、上記(3)で検索されたピークを起点として(5)の検索で見出されたピークを示したものである。1と2は、過剰な脱水を伴うアセチルリジンの分解による分子量の減少に相当するピークペアであり、3は過剰な脱水を伴うアルギニンの分解に、4はアルギニンの分解に伴う分子量の減少に相当するピークペアである。従って、解析したフラクションには複数のペプチドの混合物が存在することが予想される。さらに詳細な解析の結果、3と4の終点のピークは、隣接するピークの酸化体のピークであることが分かり、これらの候補は除外された。従って、本実施例では1と2の2種類のペプチドの混合物であることが分かった。
【0076】
複数のフラクションについて、以上述べた方法により解析を行った結果、以下の表1に示した配列情報を取得することができた。
【0077】
【表1】

【0078】
表中、「元のペプチド断片のm/z」欄には、質量スペクトル解析手順の工程(a)で選定されたC末端アミノ酸の分解反応を受けていないペプチドに相当する質量電荷比を示し、「反応物のm/z」欄には、検出されたC末端アミノ酸の分解産物の質量電荷比を示した。これらの結果より明らかなように、5つのペプチド断片の部分配列を決定することができた。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明の1つの実施形態にかかるタンパク質のアミノ酸配列決定の工程図である。
【図2】本発明の1つの実施形態にかかる質量スペクトルの解析方法を示す工程図である。
【図3】液体クロマトグラフィーによって分離した1つのフラクションに由来するペプチド断片(C末端アミノ酸の逐次的分解反応なし)の質量スペクトルである。
【図4】液体クロマトグラフィーによって分離した1つのフラクションに由来するペプチド断片について、質量分析測定用のプレート上でC末端アミノ酸の逐次的分解反応を行って得られる一連の生成物の質量スペクトルである。
【図5】図4に示した質量スペクトルの一部領域の拡大図である。
【図6】本発明の方法によりタンパク質の翻訳後修飾の有無を解析した概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)解析対象とするタンパク質を、所定のアミノ酸の位置において限定的に分解して、複数のペプチド断片混合物を調製する工程と、
(B)前記ペプチド断片混合物から、1又は複数のペプチド断片を分離・精製する工程と、
(C)前記分離・精製されたペプチド断片のC末端アミノ酸を、化学反応により逐次的に分解して、得られる一連の生成物を含む混合物を調製する工程と、
(D)前記逐次的分解の反応産物、及び前記逐次的分解反応を施していない未反応のペプチド断片のそれぞれの質量分析を行う工程と、
(E)前記質量分析の結果を解析し、解析対象とするタンパク質の化学構造情報を取得する工程と、
を含むことを特徴とするタンパク質の解析方法。
【請求項2】
前記工程(B)において、
前記分離・精製する操作が、液体クロマトグラフィーにより複数のフラクションを分取することを特徴とする請求項1に記載の解析方法。
【請求項3】
前記工程(B)は、前記ペプチド断片混合物を2つの画分に分ける工程と、前記それぞれの画分について、1又は複数のペプチド断片を分離・精製する工程とを含み、
前記工程(C)は、一方の画分の分離・精製工程から得られるペプチド断片に対して、C末端アミノ酸を、逐次的に分解して得られる一連の生成物を含む混合物を調製する工程と、他方の画分の分離・精製工程から得られるペプチド断片に対して、前記逐次的分解反応を施さずに保つ未反応ペプチド断片を調製する工程と、を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の解析方法。
【請求項4】
前記工程(C)において、
前記化学反応を質量分析測定用プレート上で遂行すること、
を特徴とする請求項1〜3いずれか一項に記載の解析方法。
【請求項5】
前記工程(C)において、
前記プレート上の乾燥試料に対して、乾燥雰囲気下、10〜60℃の範囲に選択される温度において、アルカン酸無水物にアルカン酸を少量添加してなる混合物からなる蒸気状又は液滴状のアルカン酸無水物とアルカン酸を接触させて前記ペプチド断片N末端のアミノ基及び該ペプチドに含有されている可能性のあるリジン残基側鎖のアミノ基をN−アシル化保護する前処理工程と、
前記プレート上でN−アシル化保護されたペプチド断片の乾燥試料に対して、乾燥雰囲気下、15〜80℃の範囲に選択される温度において、アルカン酸無水物にパーフルオロアルカン酸を少量添加してなる混合物からなる蒸気状又は液滴状のアルカン酸無水物とパーフルオロアルカン酸とを接触させ、ペプチドのC末端において、
下記する一般式(III):

(式中、R1は、ペプチドのC末端アミノ酸の側鎖を表し、R2は、前記C末端アミノ酸の直前に位置するアミノ酸残基の側鎖を表す)で表記される5−オキサゾロン構造を経て、該5−オキサゾロン環の開裂に伴いC末端アミノ酸の分解を行う工程と、
前記プレート上でC末端アミノ酸が逐次的に分解された一連の反応生成物を含む乾燥試料に対して、残余する前記アルカン酸無水物とパーフルオロアルカン酸とを除去する後処理を施し、次いで、塩基性含窒素芳香環化合物又は第三アミン化合物を含有する水溶液を利用し、蒸気状又は液滴状の塩基性含窒素芳香環化合物又は第三アミン化合物と水分子を接触させて前記反応生成物ペプチドのC末端を加水分解処理する工程を、
少なくとも含んでなることを特徴とする請求項4に記載の解析方法。
【請求項6】
前記工程(C)において、
前記ペプチド断片が滴下乾燥された質量分析測定用のプレートの温度を、前記各反応ステップで用いられる前記各試薬の蒸気の温度よりも低く設定することによって当該反応試薬を吸着(蒸着)させる工程と、
前記プレートの温度を、前記各反応ステップで用いられる前記各試薬の蒸気の温度よりも高く設定することによって当該反応試薬を揮発させる工程と、
を少なくとも1回繰り返すことを特徴とする請求項5に記載の解析方法。
【請求項7】
前記アルカン酸無水物が、無水酢酸である請求項5又は6に記載の解析方法。
【請求項8】
前記パーフルオロアルカン酸が、0.3〜2.5の範囲内の酸解離定数(pKa)を有し、炭素数2〜4のパーフルオロアルカン酸である請求項5〜7のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項9】
前記5−オキサゾロン構造の形成と、該5−オキサゾロン環の開裂に伴いC末端アミノ酸の分解を行う工程において使用する前記アルカン酸無水物とパーフルオロアルカン酸との含有比率が、アルカン酸無水物100容当たり、パーフルオロアルカン酸1〜20容の範囲に選択することを特徴とする請求項5〜8のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項10】
前記工程(C)において、
小さな液滴状試薬を前記プレート上の乾燥試料に対して直接滴下・揮発を繰り返すことを特徴とする請求項5、7〜9のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項11】
前記工程(C)において、
プレート上に絶えずフレッシュな試薬蒸気を供給し続けることを特徴とする請求項5〜9のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項12】
前記C末端アミノ酸を逐次的に分解する工程において、
プレート上に絶えずフレッシュな試薬蒸気を、不活性ガスとともに供給し続けることを特徴とする請求項11に記載の解析方法。
【請求項13】
前記工程(C)において、
デシケータ底部に試薬を置き、該デシケータの中皿の上にプレートを設置し、減圧密封後所定の温度に該デシケータごと加熱することを特徴とする請求項5〜9のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項14】
前記工程(E)において、
前記C末端アミノ酸の逐次的な分解反応産物の質量スペクトルと、前記逐次的分解反応を施していない未反応のペプチド断片の質量スペクトルとを比較対照する工程と、
前記対照の結果を利用して、前記ペプチド断片のC末端から逐次的に分解された一連のアミノ酸を特定する工程と、
前記特定されたアミノ酸を配列させて、解析対象とするタンパク質のアミノ酸配列情報を得る工程と、
を含むことを特徴とする請求項1〜13のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項15】
前記ペプチド断片のC末端から逐次的分解された一連のアミノ酸を特定する工程が、
(a)前記未反応のペプチド断片の質量スペクトルにおいて、
(a−1)最大ピークの強度と比して一定割合以上の強度を有し、かつ一定数以上の同位体ピークを伴うピーク群を選別し、
(a−2)前記ピーク群の中から単一同位体ピークを選択し、
(a−3)前記選択されたピークに相当するペプチドの質量、及び該ペプチドの1若しくは2以上のN−アシル化体の質量を算出し、
(b)前記一連の反応生成物の質量スペクトルにおいて、
(b−1)工程(a−3)で算出した質量を有するピークが存在するか否かを検索し、
(b−2)前記ピークが存在する場合に、当該ピークをC末端からの分解を受けていないペプチド断片、またはそのN−アシル化体のピーク候補に選定し、
(b−3)前記N−アシル化体のピーク候補の質量から、前記限定分解によって生じるペプチドの、最C末端のアミノ酸残基の質量を差し引いた値を算出し、
(c)前記一連の反応生成物の質量スペクトルにおいて、
(c−1)工程(b−3)で算出した値の質量を有するピークが存在するか否かを検索し、
(c−2)前記ピークが存在するとき、当該ピークを、前記ペプチド断片からC末端アミノ酸が1つ脱離して得られたピークであると特定し、
(d−1)前記特定されたピークを基点として順次C末端アミノ酸が脱離した一連の反応生成物に相当するピーク群を特定し、
当該ピーク群に基づいてC末端からのアミノ酸の逐次的分解に伴う分子量減少を算出し、そして
(d−2)算出された一連の分子量減少量に基づき、逐次的分解された一連のアミノ酸を特定する、
ことを特徴とする請求項14に記載の解析方法。
【請求項16】
前記一連の反応生成物の質量スペクトルにおいて、工程(b−2)で特定したC末端からの分解を受けていないペプチド断片、またはそのN−アシル化体のピーク候補が存在し、かつ工程(b−3)で算出した値のピークが存在しないとき、当該C末端からの分解を受けていないペプチド断片が、解析対象とするタンパク質のC末端ペプチド断片である可能性があると判定し、前記判定されたピークを基点として順次C末端アミノ酸が脱離した一連の反応生成物に相当するピーク群を特定し、当該ピーク群に基づいてC末端からのアミノ酸の逐次的分解に伴う分子量減少を算出し、そして算出された一連の分子量減少量に基づき、逐次分解されたアミノ酸の配列を特定し、特定されたアミノ酸配列を解析対象タ
ンパク質のC末端アミノ酸配列とする請求項15に記載の解析方法。
【請求項17】
前記解析対象タンパク質の遺伝子情報が明らかな場合には、
前記未反応のペプチド断片の質量スペクトルを参照することなく前記C末端アミノ酸の逐次的な分解反応産物の質量スペクトルに基づいて、解析対象とするタンパク質の化学構造情報を取得することを特徴とする請求項1〜13のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項18】
前記未反応のペプチド断片の質量分析を行う際に、内部標準ペプチドを添加して精密測定することを特徴とする請求項1〜16のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項19】
前記解析対象とするタンパク質を、プロテアーゼにより前記所定のアミノ酸の位置において限定的に分解することを特徴とする請求項1〜18のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項20】
前記質量スペクトルは、MALDI−TOF−MS法により測定される請求項1〜19のいずれか一項に記載の解析方法。
【請求項21】
前記未反応のペプチド断片の質量分析を行う際に、内部標準ペプチドを添加して精密測定した前記ペプチド断片の質量に基づいて、公知タンパク質データベースを参照し、測定された精密質量のペプチド断片が由来する可能性のあるタンパク質候補を選定する工程と、
前記精密測定されたペプチド断片の少なくとも1つについて、そのC末端アミノ酸配列の一部を決定する工程と、
前記公知タンパク質データベースを参照して選定されたタンパク質候補の中から、前記アミノ酸配列を有するタンパク質候補のみを同定する工程と、
を含むことを特徴とする、請求項18に記載の解析方法。
【請求項22】
請求項1〜21のいずれか一項に記載の方法を用いて、解析対象のタンパク質の複数の部分アミノ酸配列を決定する工程と、
前記決定された複数の部分アミノ酸配列を用いて、公知タンパク質データベースに登録されているタンパク質に対して相同性検索を実行し、解析対象のタンパク質と相同なタンパク質を同定する工程と、
を含むことを特徴とする、相同タンパク質の同定方法。
【請求項23】
アミノ酸配列が既知の解析対象タンパク質について、
請求項1〜21のいずれか一項に記載の方法を用いて、解析対象のタンパク質由来の複数ペプチド断片の、質量と部分アミノ酸配列とを決定する工程と、
前記既知のアミノ酸配列に基づき、解析対象のタンパク質を、所定のアミノ酸の位置において仮想的に限定分解した際に生じるペプチド断片の、理論的な質量を算出する工程と、
前記部分アミノ酸配列から、解析対象タンパク質上での前記ペプチド断片の位置を特定する工程と、
前記位置が特定されたペプチド断片について、質量分析によって測定された質量と、前記理論的質量とを比較する工程と、
前記測定された質量と前記理論的質量とに、差が存在する場合には、前記位置が特定されたペプチド断片に対して修飾基が存在する可能性があると判定する工程と、
前記修飾が存在する可能性があると判定されたペプチド断片について、理論的質量と測定された質量との差分から、前記修飾基の種類を推定する工程と、
前記推定された修飾基により修飾されたアミノ酸の位置は、逐次分解に伴って測定されたスペクトルから算出される質量の差分が解消される位置で判定する工程と、
を含むことを特徴とする、タンパク質の解析方法。
【請求項24】
アミノ酸配列が未知の解析対象タンパク質について、
請求項21又は22に記載の方法を用いて、解析対象のタンパク質が対応する遺伝子を同定する工程と、
前記同定された遺伝子の塩基配列に基づき、解析対象のタンパク質のアミノ酸配列を予測する工程と、
前記予測されたアミノ酸配列をもつタンパク質を、所定のアミノ酸の位置において仮想的に限定分解した場合に生じる、ペプチド断片の理論的な質量を算出する工程と、
請求項1〜20のいずれか一項に記載の方法を用いて、解析対象のタンパク質由来の複数ペプチド断片の、質量と部分アミノ酸配列とを決定する工程と、
前記部分アミノ酸配列から、解析対象タンパク質上での前記ペプチドの位置を特定する工程と、
前記位置が特定されたペプチドについて、質量分析によって測定された質量と、前記理論的質量とを比較する工程と、
前記測定された質量と前記理論的質量とに、差が存在する場合には、前記位置が特定されたペプチドに対して修飾基が存在する可能性があると判定する工程と、
前記修飾が存在する可能性があると判定されたペプチド断片について、理論的ペプチドの質量との差分から、前記修飾基の種類を推定する工程と、
前記推定された修飾基により修飾されたアミノ酸の位置は、逐次分解に伴って測定されたスペクトルから算出される質量の差分が解消される位置で判定する工程と、
を含むことを特徴とする、タンパク質の解析方法。
【請求項25】
位置特異性の異なる2つ以上の限定分解手法を用いて、請求項1〜21のいずれか一項に記載の方法により個別に試料タンパク質を解析し得られた化学構造情報を用いて、タンパク質のC末端アミノ酸配列を決定する方法であって、
用いた限定分解手法から予想されるC末端アミノ酸配列を含まないペプチド断片を特定することにより、解析対象のタンパク質のC末端配列を決定する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−189277(P2006−189277A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−216(P2005−216)
【出願日】平成17年1月4日(2005.1.4)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】