説明

ディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法

【課題】凹み状欠点の発生を抑えることのできるディスプレイ装置用化学強化ガラス板の製造方法の提供。
【解決手段】ガラスを予熱温度に加熱する予熱工程と、続いて該ガラスを化学強化処理液に浸漬するイオン交換工程とを含むディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法であって、予熱工程における予熱温度と該ガラスの歪点とが式220℃≦(歪点−予熱温度)を満たすディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
デジタルカメラ、携帯電話およびPDAといったディスプレイ装置などのカバーガラスおよびタッチパネルディスプレイのガラス基板には、イオン交換等で化学強化処理したガラス(以下、化学強化ガラスともいう。)が用いられている。化学強化ガラスは、未強化のガラスに比べて、機械的強度が高いため、これらの用途に好適である(特許文献1〜3参照)。
【0003】
ディスプレイ装置などのカバーガラスおよびタッチパネルディスプレイのガラス基板には、高い透明性、平滑性および美観が求められている。
【0004】
ディスプレイ装置などのカバーガラスおよびタッチパネルディスプレイのガラス基板としては、ソーダライムガラスを化学強化したものが広く用いられている(特許文献4)。ソーダライムガラスは安価であり、また化学強化によってガラス表面に形成した圧縮応力層の表面圧縮応力を200MPa以上にできるという特徴があるが、圧縮応力層の厚みを30μm以上にすることが容易ではないという問題があった。
【0005】
そこで、ソーダライムガラスとは異なるSiO−Al−NaO系ガラスを化学強化したものがこのようなカバーガラスとして提案されている(特許文献5および6)。特許文献5および6のSiO−Al−NaO系ガラスには前記表面圧縮応力を200MPa以上にできるだけでなく、前記圧縮応力層の厚みを30μm以上にすることも可能であるという特徴がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭57−205343号公報
【特許文献2】特開平9−236792号公報
【特許文献3】特開2009−84076号公報
【特許文献4】特開2007−11210号公報
【特許文献5】米国特許出願公開第2008/0286548号明細書
【特許文献6】特開2010−275126号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、ディスプレイ装置用に化学強化ガラス基板を用いる場合に、美観に問題が生じる場合があった。本発明者らが、美観に問題の生じたガラス基板を解析したところ、ガラス基板の表面に極小さい凹み状の欠点(以下凹み状欠点ともいう。)が生じていることが分かった。
【0008】
したがって、本発明は、凹み状欠点の発生を抑えることのできるディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を更に鋭意検討した結果、化学強化工程に供するガラスの表面にカルシウム塩が存在していると、乾燥工程を経ることにより、ガラスの表面にカルシウムが固着し、固着したカルシウムが原因となり、化学強化工程を経ることにより、凹み状欠点が生じることを見出した。
【0010】
さらに、化学強化工程前の予熱工程での温度条件を適切に管理すれば、化学強化工程を経てもガラスにおける凹み状欠点を効果的に抑制できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
1.ガラスを予熱温度に加熱する予熱工程と、続いて該ガラスを化学強化処理液に浸漬するイオン交換工程とを含むディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法であって、
予熱工程における予熱温度と該ガラスの歪点とが下式を満たすディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
220℃≦(歪点−予熱温度)
2.前記(歪点−予熱温度)が280℃以下である前項1に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
3.イオン交換工程における化学強化処理液温度と前記ガラスの歪点とが下式を満たす前項1または2に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
120℃≦(歪点−化学強化処理液温度)
4.前記(歪点−化学強化処理液温度)が170℃以下である前項3に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
5.予熱工程における予熱温度と、イオン交換工程における化学強化処理液温度とが下式を満たす前項1〜4のいずれか1項に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
55℃≦(化学強化処理液温度−予熱温度)
6.ガラスを予熱温度に加熱する予熱工程と、続いて該ガラスを化学強化処理液に浸漬するイオン交換工程とを含むディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法であって、
イオン交換工程における化学強化処理液温度と該ガラスの歪点とが下式を満たし、且つ該ガラスを化学強化処理液に浸漬する時間が12時間以上であるディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
150℃≦(歪点−化学強化処理液温度)
7.ディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の表面に形成された圧縮応力層の表面圧縮応力が200MPa以上である前項1〜6のいずれか1項に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
8.ディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の表面に形成された圧縮応力層の厚みが30μm以上である前項1〜7のいずれか1項に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法によれば、予熱工程においてガラスの予熱温度を制御することにより、ガラスの表面に不純物として存在するカルシウム塩からカルシウムイオンの拡散した層を十分に薄くすることができる。このことにより、イオン交換工程において当該カルシウムイオン層がイオン交換の妨げとなることによる、凹み状欠点の発生を防ぎ、凹み状欠点の深さを低減することにより、ガラス基板の美観を向上することができる。
【0013】
また、本発明の製造方法によれば、好適な態様として、予熱工程においてガラスの予熱温度を制御するとともに、化学強化工程の化学処理液温度を制御することにより、凹み状欠点の発生をさらに効果的に抑制し、凹み状欠点の深さを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】化学強化ガラスの製造工程における凹み状欠点発生のメカニズムを示す図である。
【図2】凹み状欠点の深さと予熱工程前のガラスと接触させる溶液中のカルシウム濃度との相関性を示すグラフである。
【図3】カルシウムを含む溶液を滴下した後に、予熱およびイオン交換処理することによりガラス表面に生じる凹み状欠点の解析方法を示す。
【図4】カルシウムを含む溶液を滴下した後に、予熱およびイオン交換処理することによりガラス表面に生じる凹み状欠点のテクスチャ画像の結果を示す図である。
【図5】カルシウムを含む溶液を滴下した後に、予熱およびイオン交換処理することによりガラス表面に生じる凹み状欠点の深さおよび幅を示す図である。
【図6】カルシウムを含む溶液を滴下した後に、予熱およびイオン交換処理することによりガラス表面に生じる凹み状欠点のテクスチャ画像の結果を示す図である。
【図7】カルシウムを含む溶液を滴下した後に、予熱およびイオン交換処理することによりガラス表面に生じる凹み状欠点の深さおよび幅を示す図である。
【図8】カルシウムの拡散層の深さと予熱温度との相関性を示す図である。図8(a)は、予熱温度330℃[(歪点−予熱温度)が248℃]の場合を示す。図8(b)は、予熱温度350℃[(歪点−予熱温度)が228℃]の場合を示す。図8(c)は、予熱温度400℃[(歪点−予熱温度)が178℃]の場合を示す。
【図9】凹み状欠点の深さと予熱温度との相関性を示す図である。
【図10】図10は、カルシウムを含む溶液を滴下した後に、予熱およびイオン交換処理することによりガラス表面に生じた凹み状欠点の表面におけるガラスのKO、NaOおよびCaOの含有量分布を示す図(撮影倍率150倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に関して詳細に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0016】
本発明のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法は、通常、ガラスを研磨加工する研磨工程、洗浄工程、最終洗浄工程、乾燥工程および化学強化工程を順次含む。化学強化工程はイオン交換工程を必須工程として含むが、イオン交換工程の前に予熱工程を含む場合が多い。
【0017】
〔凹み状欠点発生のメカニズム〕
本発明者らは、化学強化ガラス基板の美観を損ねる原因が凹み状欠点であることを見出し、化学強化ガラス基板における凹み状欠点の原因が、予熱工程前のガラス表面に存在するカルシウム塩であることを見出した。
【0018】
カルシウム塩が付着する原因としては、(a)研磨工程で用いる研磨剤へのカルシウムの混入、(b)洗浄工程または最終洗浄工程で用いる洗浄液へのカルシウムの混入、または(c)製造工程において素手で触る等することによる、ヒトの汗に含まれるカルシウムの付着または洗浄液への混入等が挙げられる。
【0019】
本発明者らが見出した化学強化ガラス基板の製造工程における凹み状欠点発生のメカニズムは以下である(図1)。
【0020】
図1では、イオン交換工程に用いる溶融塩として硝酸カリウム溶融塩を用いた場合を例として説明している。
(1)予熱工程前:予熱工程前のガラス表面にカルシウム塩が付着し、乾燥工程を経ることにより固着する。カルシウム塩としては、例えば、CaCO、Ca(NOおよびCaSO等が挙げられる。
(2)予熱工程:予熱工程において、ガラスが加熱されることにより、ガラス表面に固着したカルシウム塩から生じたカルシウムイオンがガラス内に侵入し、カルシウムイオンの拡散層が生じる。当該カルシウムイオンの拡散層が後にイオン交換工程において、イオン交換を阻害する障壁物質となる。
(3)イオン交換工程:イオン交換工程においても、加熱した化学強化処理液にガラスを浸漬することによりガラスが加熱されて、ガラス表面に固着したカルシウム塩から生じたカルシウムイオンがさらにガラス内に侵入し、カルシウムイオンの拡散層の深さがさらに大きくなると考えられる。イオン交換工程において、ガラス中に含まれるナトリウムイオンと、溶融塩中に含まれるナトリウムイオンよりイオン半径が大きいカリウムイオンとが置換されることにより、ガラスが膨張する。一方、カルシウムイオンの拡散層による障壁物質が形成されている箇所においては、カルシウムイオンがイオン交換を阻害するため、カルシウムイオンの拡散層がイオン交換のバリア膜となり、ガラスが膨張せずに凹みが生じ、欠点となる。
【0021】
〔カルシウム濃度と凹み状欠点との相関性〕
本発明者らが凹み状欠点の深さと予熱工程前のガラスと接触させる溶液中のカルシウム濃度との相関性を解析した結果、図2に示すように比例関係にあることが分かった。凹み状欠点の深さと予熱工程前のガラスと接触させる溶液中のカルシウム濃度とが比例関係となる理由としては、以下の理由が考えられる。
【0022】
化学強化工程においてガラス基板表面に凹み状欠点ができる理由は上記したように、ガラス表面上に残留したカルシウムが、予熱工程によりイオン交換のバリア膜となるためである。ナトリウムイオンとカリウムイオンが交換する深さは、典型的には、数10〜数100μmである。一方、カルシウム濃度10ppm程度の水滴が、例えば直径5mmであると想定したときに水分が揮発した後のカルシウムバリア膜の厚みは1nmに満たない。
【0023】
したがって、カリウムイオンおよびナトリウムイオンが実際に移動する行路に対して、前記バリア膜の厚みは十分に薄いので、イオンの拡散に関わる物理パラメーターは不変であると考えることができ、実効的なパラメーターはカルシウム濃度に比例するバリア膜の厚みにのみ比例すると考えられる。
【0024】
本発明者らが、化学強化ガラス基板の凹み状欠点の深さと当該ガラス基板の美観との相関を検討したところ、さらに凹み状欠点の深さが200nmを超えるガラス基板はほぼ全て美観を損ねるが、凹み状欠点の深さが概ね200nm以下であれば美観が損なわれないことがわかった。これは、一般的な人間の目で視認できる凹み状欠点の深さが、可視光(約400nm以上)の1/2である約200nm以上であるためと考えられる。
【0025】
本発明の製造方法によれば、予熱工程においてガラスの予熱温度を制御することにより、ガラスが加熱されることによりガラス表面に固着したカルシウム塩から生じたカルシウムイオンがガラス内に侵入するのを抑制してカルシウムイオンの拡散層が生じるのを防ぎ、凹み状欠点の発生を抑制するとともに、凹み状欠点の深さを200nm以下に抑えることができる。
【0026】
本発明の製造方法においては、予熱工程において予熱温度を制御する以外は、従来の方法により、化学強化ガラスを製造することができる。
【0027】
〔化学強化前のガラスを製造する方法〕
本発明の製造方法において化学強化に供するガラスは、所望のガラス原料を連続溶融炉に投入し、ガラス原料を好ましくは1500〜1600℃で加熱溶融し、清澄した後、成形装置に供給した上で溶融ガラスを板状に成形し、徐冷することにより製造することができる。本発明の製造方法で製造するガラスの組成は特に限定されない。
【0028】
なお、ガラス基板の成形には種々の方法を採用することができる。例えば、ダウンドロー法(例えば、オーバーフローダウンドロー法、スロットダウン法およびリドロー法等)、フロート法、ロールアウト法およびプレス法等の様々な成形方法を採用することができる。
【0029】
〔研磨工程〕
研磨工程は、前記製造方法により製造したガラス基板を、研磨スラリーを供給しながら研磨パッドで研磨する工程である。該研磨スラリーには、研磨材と水を含む研磨スラリーが使用できる。なお、本発明の製造方法において、研磨工程は、必要に応じて採用する任意の工程である。
【0030】
前記研磨材としては、酸化セリウム(セリア)およびシリカが好ましい。なお、上記したようにカルシウムがガラス基板の表面に存在すると、予熱およびイオン交換処理を経ることにより凹み状欠点が生じる原因となるため、研磨剤には、カルシウムが含まれないことが好ましい。
【0031】
〔洗浄工程〕
洗浄工程は、前記研磨工程により研磨したガラス基板を、洗浄液により洗浄する工程である。洗浄液としては、中性洗剤および水が好ましく、中性洗剤で洗浄した後に水で洗浄することがより好ましい。中性洗剤としては市販されているものを用いることができる。
【0032】
また、上記したようにカルシウムがガラス基板の表面に存在すると、予熱およびイオン交換処理を経ることにより凹み状欠点の原因となるため、洗浄工程で用いる洗浄液はカルシウムが含まれないことが好ましい。
【0033】
〔最終洗浄工程〕
最終洗浄工程は、前記洗浄工程により洗浄したガラス基板を、洗浄液により洗浄する工程である。洗浄液としては、例えば、水、エタノールおよびイソプロパノールなどが挙げられる。中でも水が好ましい。
【0034】
〔乾燥工程〕
乾燥工程は、前記最終洗浄工程で洗浄したガラス基板を乾燥させる工程である。乾燥条件は、洗浄工程で用いた洗浄液、およびガラスの特性等を考慮して最適な条件を選択すればよい。なお、本発明の製造方法において、乾燥工程は、必要に応じて採用する任意の工程である。
【0035】
化学強化工程は、イオン交換工程の前の予熱工程と、イオン交換工程とを含む。
【0036】
〔予熱工程〕
予熱工程は、乾燥工程を経たガラス基板を予め設定した予熱温度に加熱する工程である。本発明においては、予熱工程における予熱温度と、予熱工程に供するガラスの歪点とが下式を満たす。
220℃≦(歪点−予熱温度)
【0037】
歪点とは、ガラスの粘性流動が事実上起り得ない温度で、徐冷域における下限温度に相当し、粘度が1014.5dPa・s{poise}に相当する温度をいう。歪点は、JIS−R3103(2001年)及びASTM−C336(1971年)に規定されているファイバーエロンゲーション法を用いて測定する。
【0038】
(歪点−予熱温度)は、220℃以上であり、230℃以上が好ましく、240℃以上がより好ましい。(歪点−予熱温度)が220℃未満では、ガラス表面に不純物として存在していたカルシウムイオンが、ガラス内に十分に深く(50nm以上)侵入してしまい、イオン交換処理を経ることにより、ガラス内に深さが200nmを超える凹み状欠点が生じ、ガラス基板の美観が損なわれる。
【0039】
また、(歪点−予熱温度)は、典型的には、280℃以下とすることが好ましい。(歪点−予熱温度)を280℃以下とすることにより、予熱が十分となり、イオン交換処理との温度差が大きすぎることなく、ヒートショックによりガラスが割れるのを防ぐことができる。
【0040】
予熱時間は、ガラスの特性、イオン交換工程に用いる溶融塩等を考慮して最適な条件を選択すればよく、通常2〜6時間とすることが好ましい。
【0041】
〔イオン交換工程〕
イオン交換工程は、溶融処理塩を溶融した化学強化処理液に予熱したガラスを浸漬させて、ガラスの表面のイオン半径が小さいアルカリイオン(例えば、ナトリウムイオン)をイオン半径の大きなアルカリイオン(例えば、カリウムイオン)に置換する工程である。例えば、ナトリウムイオンを含有するガラスを、カリウムイオンを含む溶融処理塩を溶融した化学強化処理液で処理することにより行うことができる。
【0042】
本発明においては、イオン交換工程における化学強化処理液温度と前記ガラスの歪点とが下式を満たすことが好ましい。
120℃≦(歪点−化学強化処理液温度)
【0043】
(歪点−化学強化処理液温度)を120℃以上とすることにより、ガラス表面に不純物として存在していたカルシウムイオンがガラス内部に侵入するのを防ぎ、イオン交換処理を経ることにより、ガラス内部に侵入したカルシウムイオンが凹み状欠点の原因となるのを防ぐ。
【0044】
また、(歪点−化学強化処理液温度)は、典型的には、170℃以下とすることが好ましい。(歪点−化学強化処理液温度)を170℃以下とすることにより、イオン交換が十分となり、ヒートショックによりガラスが割れるのを防ぐことができる。
【0045】
イオン交換処理を行うための溶融塩としては、例えば、硝酸カリウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、塩化ナトリウムおよび塩化カリウム等のアルカリ硫酸塩およびアルカリ塩化塩などが挙げられる。これらの溶融塩は単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0046】
本発明において、ガラス基板を化学強化処理液に浸漬させる時間は、十分な圧縮応力を付与するためには、典型的には、1時間以上が好ましく、2時間以上がより好ましい。また、長時間のイオン交換では、生産性が落ちるとともに、緩和により圧縮応力値が低下するため、12時間以下が好ましい。
【0047】
なお、ガラスを化学強化処理液に浸漬する時間が好ましくは12時間以上、より好ましくは18時間以上である場合、イオン交換工程における(歪点−化学強化処理液温度)は150℃以上とすることが好ましく、160℃以上とすることがより好ましく、170℃以上とすることがさらに好ましい。化学処理液に浸漬させる時間を12時間以上とし、(歪点−化学強化処理液温度)を150℃以上とすることにより、Ca2+イオンの拡散速度が十分に遅くなり、Na/Kの相互拡散を妨げる効果が軽微になるため、凹み状欠点の発生を抑えることができる。
【0048】
また、本発明において、予熱工程における予熱温度と、イオン交換工程における化学強化処理液温度とは下式を満たすことが好ましい。
55℃≦(化学強化処理液温度−予熱温度)
【0049】
(化学強化処理液温度−予熱温度)は55℃以上であることが好ましく、60℃以上であることがより好ましい。(化学強化処理液温度−予熱温度)を55℃以上とすることにより、凹み状欠点の発生を抑えることができる。
【0050】
また、(化学強化処理液温度−予熱温度)は、典型的には、150℃以下であることが好ましい。(化学強化処理液温度−予熱温度)を150℃以下とすることにより、イオン交換が十分となり、ヒートショックによりガラスが割れるのを防ぐことができる。
【0051】
本発明の製造方法により化学強化されたガラス基板の表面に形成された圧縮応力層の表面圧縮応力が200MPa以上であることが好ましく、300MPaであることがより好ましい。化学強化されたガラス基板の表面に形成された圧縮応力層の表面圧縮応力を200MPa以上とすることにより、ガラス基板を割れにくくすることができる。また、典型的には、1050MPa未満であることが好ましい。
【0052】
また、本発明の製造方法により化学強化されたガラス基板の表面に形成された圧縮応力層の厚みは30μm以上であることが好ましく、40μm以上であることがより好ましく、典型的には45μm以上または50μm以上であることが好ましい。圧縮応力層の厚みを30μm以上とすることにより、ガラスを割れにくくすることができる。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例によって説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【0054】
〔実施例1〕各種溶液による凹み状欠点の深さの解析
美観を損ねたディスプレイ用の化学強化ガラス基板の表面を観察したところ、美観を損ねるのは凹み状欠点が生じているためであることが分かった。さらに、凹み状欠点の深さを測定したところ、200nmを超える深さの凹み状欠点が生じることにより、美観を損ねることが分かった。また、凹み状欠点の深さが概ね100nm以下であれば、美観が損なわれることはないことが分かった。凹み状欠点が生じる原因を調べるため、ガラス基板において、各種溶液を滴下したスポットにおける凹み状欠点の深さを測定した。
【0055】
ガラス〔組成(モル%):SiO 64.5%、Al 6.0%、NaO 12.0%、KO 4.0%、MgO 11.0%、CaO 0.1%、ZrO 2.5%〕に、表1に示す各種溶液を20μl滴下し、90℃にて60分間乾燥し、400℃にて4時間予熱した後、KNOを溶融塩として用い、450℃にて7時間イオン交換処理をし、化学強化ガラスを得た。
【0056】
得られた化学強化ガラスにおける凹み状欠点の深さを、光学顕微鏡と二光束干渉対物レンズCCDカメラを組み合わせ、干渉像を垂直走査することにより、対象物の表面形状を三次元計測することにより測定した。その結果を表1に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
表1に示すように、カルシウムを含む溶液をガラス基板と接触させて、さらに予熱およびイオン交換処理をすることにより、200nmを超える深さの凹み状欠点が生じ、美観が損なわれることが分かった。
【0059】
〔実施例2〕カルシウムを含む溶液の滴下により生じる凹み状欠点およびその近傍のガラス表面組成の解析
実施例1で用いたものと同じ組成のガラス基板に、20μlのCa(NO水溶液(100ppm)を滴下し、実施例1と同様の条件で予熱およびイオン交換処理をして、ガラス表面の組成を走査型電子顕微鏡で観察し、凹み状欠点部分についてエネルギー分散型X線分光法により解析した。
【0060】
Naの含有量は凹み状欠点の外側ではNaO換算で3質量%であるのに対して、凹み状欠点部分では10質量%、Kの含有量は凹み状欠点の外側ではKO換算で20質量%であるのに対して、凹み状欠点部分では7質量%であった。この、凹み状欠点部分のNaとKの含有量はイオン交換前のガラスのNaOとKOの含有量に近い。さらに、Caの含有量は凹み状欠点の外側ではCaO換算で0.18質量%であるのに対して、凹み状欠点部分では0.22質量%であった。
【0061】
このことから、カルシウムを含む溶液とガラスとを接触させた後に予熱およびイオン交換処理をしたガラスに生じた凹み状欠点において、カルシウム塩が生成しており、NaとCaとのイオン交換が阻害されていることが分かった。
【0062】
〔実施例3〕カルシウムを含む溶液の滴下により生じる凹み状欠点の解析
(1)実施例1で用いたものと同じ組成のガラス基板に、100ppmのCa(NO水溶液を20μl滴下した後に、実施例1と同様の条件で予熱よびイオン交換処理をして、さらに3μmダイアモンド砥粒で再研磨した(図3)。その後、ガラス表面においてCa(NO水溶液を滴下した部位に生じた凹み状欠点のテクスチャ画像、並びに凹み状欠点の深さおよび幅を解析した。
【0063】
凹み状欠点のテクスチャ画像は菱化システム製MM40により解析した。また、凹み状欠点の深さは光学顕微鏡と二光束干渉対物レンズCCDカメラを組み合わせ、干渉像を垂直走査し、対象物の表面形状を三次元計測することにより測定した。凹み状欠点のテクスチャ画像の結果を図4に、凹み状欠点の深さおよび幅を図5に示す。
【0064】
(2)実施例1で用いたものと同じ組成のガラス基板に、100ppmのCa(NOを含む水溶液20μl滴下した後に、実施例1と同様の条件で予熱およびイオン交換処理をして、さらに5分間超音波洗浄した。その後、ガラス表面においてCa(NO水溶液を滴下した部位に生じた凹み状欠点の画像、並びに凹み状欠点の深さおよび幅を(1)と同様にして解析した。凹み状欠点のテクスチャ画像の結果を図6に、凹み状欠点の深さおよび幅を図7に示す。
【0065】
図4〜7に示すように、カルシウムを含む溶液を滴下したガラス表面においては、凹み状欠点が生じた。この結果から、カルシウムを含む溶液をガラス表面に接触させた後に、予熱工程およびイオン交換工程を経ることにより、凹み状欠点が生じることが分かった。なお、この凹み状欠点部のガラス組成におけるCa含有量はその他の部分に比べて多い。
【0066】
〔実施例4〕カルシウム拡散層の深さと予熱温度との相関性
実施例1で用いたものと同じ組成のガラス基板を、10000ppmのCa(NO水溶液に1時間浸漬した後、330、350、400および450℃にて4時間熱処理し、予熱工程を模擬した。
【0067】
ガラス基板の歪点をオプト企画製の硝子歪点・徐冷点自動測定装置により測定したところ、578℃であった。また、ガラス基板のTg(ガラス転移点)を測定したところ、620℃であった。
【0068】
熱処理して得られたサンプルをぬるま湯で洗浄した後、イオン交換水で洗い流し、その後に約40℃の乾燥機で約12時間乾燥した。乾燥したサンプルをX線光電子分光法で深さ方向分析を行い、表面から深さ方向でのCa2sとNa2sの光電子シグナルを1〜3nm刻みで得た。
【0069】
330、350、および400℃で熱処理したCa2sとNa2sの光電子シグナル強度とガラス表面からの深さの関係を図8に示す。なお、450℃で熱処理したサンプルは、ガラス表面が荒れていたために、X線光電子分光法による測定を正しく行うことが困難であった。
【0070】
図8に示すように、ガラスの極表面ではカルシウムイオンとナトリウムイオンがイオン交換しながらカルシウムイオンがガラス内部に拡散していることが分かった。また、ガラス表層で最大のCa量に対して、光電子の検出感度が1/10以下であるカルシウムイオンの拡散層の深さが、予熱温度330℃[(歪点−予熱温度)が248℃]では22nm、予熱温度350℃[(歪点−予熱温度)が228℃]では56nm、予熱温度400℃[(歪点−予熱温度)が178℃]では79nmであった。
【0071】
この結果から、(歪点−予熱温度)の値が小さくなるほど、カルシウムイオンの拡散層の深さが深くなることが分かった。
【0072】
予熱温度450℃[(歪点−予熱温度)が128℃]ではさらにガラスの深くまでカルシウムイオンが拡散したと考えられるが、ガラス内部へのカルシウムイオンの拡散に伴ってガラスの構造までもが変質してしまい、ガラス表面が荒れたと考えられる。
【0073】
〔実施例5〕凹み状欠点の深さと予熱温度との相関性
実施例3と同様に、Ca(NOを含む水溶液(カルシウム濃度:100ppm)をガラス基板に滴下した後、予熱(予熱温度:300、330、350および400℃)し、その後450℃で7時間のイオン交換処理をして、さらに研磨剤(2μm径のダイヤモンドスラリー)を浸透させた研磨布で擦り、ガラス表面に付着した異物を除去した。
【0074】
その後、ガラス基板上の凹み状欠点の深さを測定した。凹み状欠点の深さは実施例1と同様にして測定した。その結果を予熱温度対凹み状欠点の深さでプロットしたグラフを図9に示す。
【0075】
その結果、図9に示すように、予熱温度が大きいほど凹み状欠点の深さが深いことが明らかになった。凹み状欠点の深さが深くなったのは、実施例4で示したように、カルシウムイオンの拡散層が深くなったことと相関がある。
【0076】
図9の結果から、イオン交換工程における化学強化処理液の温度および時間によっても調整可能であるが、(歪点−予熱温度)を178℃以上とすることにより、凹み状欠点の深さを概ね500nm以下とすることができることが分かった。
【0077】
また、(歪点−予熱温度)を220℃以上とすることにより、可視光波長の1/2以下で、一般的な観察者が欠点として認識できる下限値と思われる凹み状欠点の深さを200nm以下とすることができることがわかった。また、(歪点−予熱温度)を278℃程度(予熱可能温度の下限)とすることにより、熟練観察者であっても認識できない、凹み状欠点の深さを100nm以下とすることができることが分かった。
【0078】
〔実施例6〕予熱温度および化学強化処理液の温度と凹み状欠点の深さとの相関性
実施例3と同様に、Ca(NOを含む水溶液(カルシウム濃度:100ppm)をガラス基板に滴下した後、表2に示す条件によりガラス基板の予熱およびイオン交換処理をして、さらに研磨剤(2μm径のダイヤモンドスラリー)を浸透させた研磨布で擦り、ガラス表面に付着した異物を除去した。
【0079】
その後、ガラス基板上の凹み状欠点の深さを測定した。凹み状欠点の深さは実施例1と同様にして測定した。その結果を表2に示す。
【0080】
なお、表2において、例1、2および5は実施例であり、例3、4、7および8は比較例、例6は参考例である。例8のみ、歪点温度が他のガラスより21℃低いガラスを使用した。
【0081】
【表2】

【0082】
表2に示すように、(歪点−予熱温度)が220℃以上である例1、2および5は、凹み状欠点の深さが200nm以下であった。一方、(歪点−予熱温度)が220℃未満である例3、4、7および8は、凹み状欠点の深さが200nmを超えていた。この結果から、(歪点−予熱温度)を220℃以上とすることにより、凹み状欠点の深さを200nm以下とすることができることがわかった。
【0083】
また、例2および8を比較することにより、(歪点−予熱温度)を220℃以上とするとともに、(歪点−化学強化処理液温度)を120℃以上とすることにより、凹み状欠点の深さをさらに小さくできることがわかった。
【0084】
さらに、例6に示すように化学強化処理時間が12時間以上である場合、(歪点−化学強化処理液温度)を150℃以上とすることにより、凹み状欠点の深さを効果的に低減できることがわかった。
【0085】
〔参考例〕
カルシウムを含む溶液を滴下した後に、予熱およびイオン交換処理することによりガラス表面に生じた凹み状欠点の表面におけるガラス組成の分析
実施例1と同じガラス組成を有するガラス基板に、CaClを100ppm含有する水溶液10mlを滴下し、90℃にて60分間乾燥し、450℃にて3時間予熱した後、KNOを溶融塩として用い、450℃にて7時間イオン交換処理をし、化学強化ガラスを得た。
【0086】
得られた化学強化ガラスには凹み状欠点が生じており、その欠点部分およびその近傍部分のガラス表面のKO、NaOおよびCaOの含有量(単位:質量%)をエネルギー分散型X線分光法により測定した。その結果を図10に示す。
【0087】
図10中央のハロー状部分が凹み状欠点部分である。また、図10中央やや下方に左右に点状に連なるものは分析痕である。
【0088】
図10の縦軸(右)は、ガラス組成におけるKOおよびNaOの含有量(質量%)を示し、縦軸(右)は、ガラス組成におけるCaOの含有量(質量%)を示す。また、図10の横軸は図左端からの分析位置(μm)を示し、図10右上の黒いスケールの長さは100μmである。
【0089】
図10に示すように、KO、NaO、CaOの各含有量は欠点近傍部分ではそれぞれ18〜20質量%、2質量%、0.2〜0.6質量%であったが、欠点部分ではそれぞれ11〜18質量%、3〜6質量%、0.6〜1質量%であった。
【0090】
この結果は、カルシウムを含む溶液とガラスとを接触させた後に予熱およびイオン交換処理をしたガラスに生じた凹み状欠点において、カルシウム塩が生成しており、ナトリウムイオンとカリウムイオンとのイオン交換が阻害されていることを示す。
【0091】
実施例4は加速条件的な状況下で実験を行ったが、本参考例ではそのような要素を排除して行った。その結果、イオン交換工程後であっても凹み状欠点部でのCaの痕跡が見出され、加速的な要素を排した実施条件であっても図2に示したCaの拡散が起きていたことが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラスを予熱温度に加熱する予熱工程と、続いて該ガラスを化学強化処理液に浸漬するイオン交換工程とを含むディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法であって、
予熱工程における予熱温度と該ガラスの歪点とが下式を満たすディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
220℃≦(歪点−予熱温度)
【請求項2】
前記(歪点−予熱温度)が280℃以下である請求項1に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
【請求項3】
イオン交換工程における化学強化処理液温度と前記ガラスの歪点とが下式を満たす請求項1または2に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
120℃≦(歪点−化学強化処理液温度)
【請求項4】
前記(歪点−化学強化処理液温度)が170℃以下である請求項3に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
【請求項5】
予熱工程における予熱温度と、イオン交換工程における化学強化処理液温度とが下式を満たす請求項1〜4のいずれか1項に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
55℃≦(化学強化処理液温度−予熱温度)
【請求項6】
ガラスを予熱温度に加熱する予熱工程と、続いて該ガラスを化学強化処理液に浸漬するイオン交換工程とを含むディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法であって、
イオン交換工程における化学強化処理液温度と該ガラスの歪点とが下式を満たし、且つ該ガラスを化学強化処理液に浸漬する時間が12時間以上であるディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
150℃≦(歪点−化学強化処理液温度)
【請求項7】
ディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の表面に形成された圧縮応力層の表面圧縮応力が200MPa以上である請求項1〜6のいずれか1項に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。
【請求項8】
ディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の表面に形成された圧縮応力層の厚みが30μm以上である請求項1〜7のいずれか1項に記載のディスプレイ装置用化学強化ガラス基板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−211067(P2012−211067A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−7211(P2012−7211)
【出願日】平成24年1月17日(2012.1.17)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】