説明

ディーゼルエンジン

【課題】ピストン外周面に付着している潤滑油が掃気孔から噴き出されることを抑制することができるディーゼルエンジンを提供する。
【解決手段】シリンダボア2内を摺動するピストン3と、該シリンダボア2の周囲に設けられ、圧縮空気が供給される掃気室10と、前記シリンダボア2の壁面を周方向に貫通して複数並べて設けられ、前記ピストン3が下死点に向けて移動する爆発行程にあるときに燃焼室と前記掃気室10とを連通させる掃気孔11と、該複数の掃気孔11間にそれぞれ配された掃気リブ21と、前記シリンダボア2の壁面に開口して設けられ、前記ピストン3の摺動性を高めるための潤滑油を前記シリンダボア2内に供給するための注油口と、前記爆発行程の終期に、少なくとも前記掃気リブ21に覆われる前記ピストン3の外周面の部位に、前記潤滑油を保持するための保持溝22を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンを円滑に摺動させるために用いられる潤滑油の保持能力を向上するディーゼルエンジンに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジンのピストンが特許文献1に開示されている。このディーゼルエンジンのピストンは、ピストンの外周部に付着した油を確実に除去して、油の消費量の減少を図ろうとするものである。そのために、ピストン外周部に油溜め用の凹部を設け、この凹部とピストン内周部とを連設する油通過孔を設けている。特許文献1は、トラクタを例にして説明されている。
【0003】
このように、油(潤滑油)を効率的に利用することは、種々の分野で研究・開発されている。しかしながら、特許文献1のような機構を例えば舶用の大型ディーゼルエンジンに転用しても、油(潤滑油)の効率的な利用を図ることはできない。
【0004】
一般的に、大型舶用ディーゼルエンジンは、ユニフロータイプのエンジンであり、シリンダ下部に設けられた複数の掃気孔から圧縮空気が流入し、これが燃焼してシリンダ上部の排気ポートから排気されるものである。シリンダ内を摺動するピストンが下がるとともに、ピストン外周面が掃気孔と重なると、シリンダ内の圧力が掃気孔を介した外側よりも高いため、内側から外側に空気が噴き出す現象(ブローバック現象)が起こる。このときに、ピストン外周面に付着している潤滑油も一緒に出てしまうという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−12296号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術を考慮したものであって、ピストン外周面に付着している潤滑油が掃気孔から噴き出されることを抑制することができるディーゼルエンジンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するため、請求項1の発明では、シリンダボア内を摺動するピストンと、該シリンダボアの周囲に設けられ、圧縮空気が供給される掃気室と、前記シリンダボアの壁面を周方向に貫通して複数並べて設けられ、前記ピストンが下死点に向けて移動する爆発行程にあるときに燃焼室と前記掃気室とを連通させる掃気孔と、該複数の掃気孔間にそれぞれ配された掃気リブと、前記シリンダボアの壁面に開口して設けられ、前記ピストンの摺動性を高めるための潤滑油を前記シリンダボア内に供給するための注油口と、前記爆発行程の終期に、少なくとも前記掃気リブに覆われる前記ピストンの外周面の部位に、前記潤滑油を保持するための保持溝を備えたことを特徴とするディーゼルエンジンを提供する。
【0008】
請求項2の発明では、請求項1の発明において、前記保持溝は、前記掃気リブに覆われる範囲内にのみ形成されることを特徴としている。
請求項3の発明では、請求項1の発明において、前記保持溝は、下側にのみ屈曲し前記掃気リブに覆われる位置に形成された下向き屈曲部と、該下向き屈曲部よりも上側かつ前記掃気孔に対応する位置に形成された左右両端部とを有することを特徴としている。
【0009】
請求項4の発明では、請求項1の発明において、前記保持溝は、下側にのみ屈曲し前記掃気リブに覆われる位置に形成された下向き屈曲部と、上側にのみ屈曲し前記下向き屈曲部よりも上側かつ前記掃気孔に対応する位置に形成された上向き屈曲部とが前記ピストンの外周面の周方向に連続していることを特徴としている。
【0010】
請求項5の発明では、請求項1の発明において、前記ピストンは、周方向に連続して突出するリング状の複数のピストンリングと、最も上側に位置する前記ピストンリングよりも上側に形成された前記保持溝とを有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
請求項1の発明によれば、ピストン表面に潤滑油を保持するための保持溝を備えたため、ピストンの摺動中、当該保持溝に潤滑油を集めることができる。この保持溝は、少なくともピストンが摺動したとき(下死点近くに摺動したとき)に、ピストン外周面が掃気リブに覆われる位置に形成される。この位置においては掃気孔を介してシリンダボアの内側から外側に空気が噴き出す現象(ブローバック現象)が起こることはないため、保持溝に保持された潤滑油が掃気孔から噴き出されることを抑制できる。
【0012】
請求項2の発明によれば、保持溝は、掃気リブに覆われる範囲内にのみ形成されるため、ピストン外周面を流れる潤滑油をこの範囲内にできるだけ集めることが可能となる。したがって、保持溝に保持された潤滑油が掃気孔から噴き出されることを抑制できる。
【0013】
請求項3の発明によれば、保持溝は、左右両端が掃気孔に対応する位置(ピストンが下降したときにその表面が掃気孔から露出する位置)に形成され、下側にのみ屈曲する下向き屈曲部が掃気リブに覆われる位置に形成される。ピストンが下側に摺動する際、シリンダ内は上側の燃焼室側の圧力が高いため、保持溝に流れ込んだ潤滑油は下側にのみ屈曲した下向き屈曲部に移動する。したがって、ピストンが下降したときにその表面が掃気孔から露出する位置に付着した潤滑油を掃気リブに覆われる屈曲部に集めることができる。これにより、ピストン表面に付着した潤滑油が掃気孔から噴き出されることを抑制できる。
【0014】
請求項4の発明によれば、保持溝は、下側にのみ屈曲し掃気リブに覆われる位置に形成された下向き屈曲部と、上側にのみ屈曲し下向き屈曲部よりも上側かつ掃気孔に対応する位置に形成された上向き屈曲部とがピストン表面の周方向に連続している。ピストンが下側に摺動する際、シリンダ内は上側の燃焼室側の圧力が高いため、保持溝に流れ込んだ潤滑油は下側にのみ屈曲した下向き屈曲部に移動する。このため、ピストンが下降したときにその表面が掃気孔から露出する位置に付着した潤滑油を掃気リブに覆われる屈曲部に集めることができる。これにより、ピストン表面に付着した潤滑油が掃気孔から噴き出されることを抑制できる。
【0015】
請求項5の発明によれば、ピストンには複数のピストンリングが装着され、これらのピストンリングのうち、最も上側のピストンリングよりも上側に保持溝が形成される。潤滑油はピストンの上部に多く付着しているため、保持溝をピストン上部に設けることで、多量の潤滑油を効率よく集めて掃気孔から噴き出されることを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係るディーゼルエンジンの概略図である。
【図2】保持溝を備えたピストン周辺の概略図である。
【図3】別の保持溝を備えたピストン周辺の概略図である。
【図4】さらに別の保持溝を備えたピストン周辺の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は本発明に係るディーゼルエンジンの概略図である。
図示したように、本発明に係るディーゼルエンジン1は、主として舶用であり、シリンダボア2と、ピストン3とを備えている。シリンダボア2は略円筒形であり、通常であればピストン3の摺動性を高めたシリンダライナを鋳包んでシリンダボア2が鋳造される。ピストン3は、シリンダボア2内を上下方向に摺動する。ピストン3は、ピストンロッド5と接続され、ピストンロッド5はクロスヘッド6及びコンロッド7に接続される。コンロッド7は、クランク軸8に接続される。シリンダボア2の下側の周囲には、略密閉された掃気室10が備わる。また、シリンダボア2には、シリンダボア2の壁面を周方向に貫通して複数並べて設けられ、少なくともピストン3が下死点にあるときにピストン3上側の燃焼室(不図示)と掃気室10とを連通する掃気孔11が設けられる。また、シリンダボア2の上側には、シリンダボア2の壁面に開口し、シリンダボア2内に向けられて、ピストン3の摺動性を高めるための潤滑油を供給するための注油口12が設けられる。
【0018】
ピストン3の摺動動作は以下のようにして行われる。ターボチャージャ13にて空気が圧縮され、この圧縮空気は矢印R方向に流通し、掃気マニホルド(不図示)を通り、掃気室10に供給される。なお、掃気マニホルドと掃気室10との間は、適宜フラップ弁等の逆止弁を設けてもよい。掃気室10内の圧縮空気はピストン3が下死点に到達したときに掃気孔11からシリンダボア2内(より詳しくはピストン上側の燃焼室)に流入し、ピストン3が上昇したときにインジェクタ14から燃料が供給され、自然発火する。この爆発工程でピストン3が押し下げられるとともに、シリンダボア2上部の排気バルブ15が開放され、排気ガスがここから排気される。
【0019】
そして、再びピストン3が下死点に到達したときに掃気孔11から圧縮空気がシリンダ内に流入する。このようなピストン3の摺動動作は、ピストンロッド5を上下移動させ、これに伴いクロスヘッド6がクロスヘッドガイド9に沿って摺動する。さらに、コンロッド7の上端も上下に摺動し、コンロッド7の下端はクランク軸8廻りに回動する。そして、クランク軸8が回転する。なお、排気バルブ15の駆動用油は給油管16を通って供給される。一方、他のバルブ等を作動させる作動油は給油管17を通って供給される。また、燃料は燃料管19を通って供給される。これらの作動油や燃料は、調整ユニット18にてその圧を制御される。
【0020】
注油口12から供給された潤滑油は、ピストン3の摺動によりピストンリング(後述)とシリンダボア2の内壁面に挟まれて伸ばされる。そして、シリンダボア2の下端に設けられた廃油口(不図示)から廃油される。
【0021】
図2は保持溝を備えたピストン周辺の概略図である。
図示したように、ピストン3は、周方向に連続して突出するリング状の複数(図では4つ)のピストンリング20を備えている。実際には、ピストンリング20の外周面とシリンダボア2の内壁面が接してピストン3はシリンダボア2内を摺動する。図では、図の手前側に開口している掃気孔11を点線で描いている。上述した複数の掃気孔11の間には、それぞれ掃気リブ21が配されている。ピストン3が摺動したとき(具体的には爆発工程の終期に下死点近くに移動したとき)、このピストン外周面が掃気リブ21に覆われる位置に、潤滑油を保持するための保持溝22が形成される。したがって、ピストン3の摺動に伴って、ピストン3の外周面に付着した潤滑油は保持溝22に集められる。このため、この位置においては掃気孔11を介してシリンダの内側から外側に空気が噴き出す現象(ブローバック現象)が起こることはないので、保持溝22に保持された潤滑油が掃気孔11から噴き出されることを抑制できる。
【0022】
この保持溝22は、掃気リブ21に覆われる範囲内に形成される。図では、ピストン3の周方向に沿って断続的に複数個の保持溝22が形成され、この保持溝22の左右両端は掃気リブ21の横幅と同じ長さに形成されている。このように、保持溝22を掃気リブ21に覆われる範囲内に形成することで、ピストン3表面を流れる潤滑油をこの範囲内にできるだけ集めることが可能となる。したがって、保持溝22に保持された潤滑油が掃気孔11から噴き出されることを抑制できる。保持溝22は、ピストン3の摺動方向に複数個(図では3個)設けたほうが好ましい。これにより、より多くの潤滑油を保持溝22に保持することができる。
【0023】
また、保持溝22は最も上側のピストンリング20よりも上側に形成されている。潤滑油はピストン3の上部に多く付着しているため、保持溝22をピストン上部に設けることで、多量の潤滑油を効率よく集めて掃気孔11から噴き出されることをさらに抑制できる。なお、保持溝22はピストンの下側あるいは中間に設けてもよい。また、掃気リブ21の幅方向の長さを長くしてもよい。これにより、保持溝22の幅方向の長さも長くすることができ、より多くの潤滑油を集めることができる。この場合には、適切な掃気孔11の面積や高さを保つように設計する。
【0024】
図3は別の保持溝を備えたピストン周辺の概略図である。
図示したように、保持溝23は、下側にのみ屈曲し掃気リブ21に覆われる位置に形成された下向き屈曲部23aと、下向き屈曲部23aよりも上側かつ掃気孔11に対応する位置に形成された左右両端部23b、23cとを有している。すなわち、保持溝23は正面視において略V字状に形成されている。ピストン3が下側に摺動する際、シリンダボア2内は上側の燃焼室側の圧力が高いため、保持溝23に流れ込んだ潤滑油は、保持溝23内において左右両端部23b、23cから下向き屈曲部23aの方に移動する(図の矢印D方向)。すなわち、左右両端部23b、23cはピストン3が下降したとき(下死点付近に移動したとき)にその表面が掃気孔11から露出する位置にあるため、この位置に付着している潤滑油を掃気リブに覆われる下向き屈曲部23aに集めることができる。これにより、ピストン3の表面に付着した潤滑油が掃気孔11から噴き出されることを抑制できる。なお、保持溝23の上下方向における数は、図2で示した例と同様に、一個でも複数個でもよいが(図では2個)、多いほうが好ましい。その他の構成、作用、効果は図2の例と同様である。
【0025】
図4はさらに別の保持溝を備えたピストン周辺の概略図である。
図示したように、保持溝24は、下側にのみ屈曲し掃気リブ21に覆われる位置に形成された下向き屈曲部24aと、上側にのみ屈曲し下向き屈曲部24aよりも上側かつ掃気孔11に対応する位置に形成された上向き屈曲部24bとがピストン3表面の周方向に連続しているものである。すなわち、保持溝24は略V字が連続した波線状に形成されている。このような構成によっても、掃気孔11に露出するであろう位置に付着した潤滑油を、保持溝24内を矢印D方向に流して掃気リブ21に覆われている下向き屈曲部24aに集めることができ、ピストン3表面に付着した潤滑油が掃気孔11から噴き出されることを抑制できる。その他の構成、作用、効果は図3の例と同様である。
【符号の説明】
【0026】
1 ディーゼルエンジン
2 シリンダボア
3 ピストン
5 ピストンロッド
6 クロスヘッド
7 コンロッド
8 クランク軸
9 クロスヘッドガイド
10 掃気室
11 掃気孔
12 注油口
13 ターボチャージャ
14 インジェクタ
15 排気バルブ
16 給油管
17 給油管
18 調整ユニット
19 燃料管
20 ピストンリング
21 掃気リブ
22 保持溝
23 保持溝
23a 下向き屈曲部
23b,23c 保持溝の左右の端部
24 保持溝
24a 下向き屈曲部
24b 上向き屈曲部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダボア内を摺動するピストンと、
該シリンダボアの周囲に設けられ、圧縮空気が供給される掃気室と、
前記シリンダボアの壁面を周方向に貫通して複数並べて設けられ、前記ピストンが下死点に向けて移動する爆発行程にあるときに燃焼室と前記掃気室とを連通させる掃気孔と、
該複数の掃気孔間にそれぞれ配された掃気リブと、
前記シリンダボアの壁面に開口して設けられ、前記ピストンの摺動性を高めるための潤滑油を前記シリンダボア内に供給するための注油口と、
前記爆発行程の終期に、少なくとも前記掃気リブに覆われる前記ピストンの外周面の部位に、前記潤滑油を保持するための保持溝を備えたことを特徴とするディーゼルエンジン。
【請求項2】
前記保持溝は、前記掃気リブに覆われる範囲内のみに形成されることを特徴とする請求項1に記載のディーゼルエンジン。
【請求項3】
前記保持溝は、下側にのみ屈曲し前記掃気リブに覆われる位置に形成された下向き屈曲部と、該下向き屈曲部よりも上側かつ前記掃気孔に対応する位置に形成された左右両端部とを有することを特徴とする請求項1に記載のディーゼルエンジン。
【請求項4】
前記保持溝は、下側にのみ屈曲し前記掃気リブに覆われる位置に形成された下向き屈曲部と、上側にのみ屈曲し前記下向き屈曲部よりも上側かつ前記掃気孔に対応する位置に形成された上向き屈曲部とが前記ピストンの外周面の周方向に連続していることを特徴とする請求項1に記載のディーゼルエンジン。
【請求項5】
前記ピストンは、周方向に連続して突出するリング状の複数のピストンリングと、最も上側に位置する前記ピストンリングよりも上側に形成された前記保持溝とを有することを特徴とする請求項1に記載のディーゼルエンジン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−226384(P2011−226384A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−97031(P2010−97031)
【出願日】平成22年4月20日(2010.4.20)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】