説明

ドコサヘキサエン酸(DHA)の生産性の高い新規ラビリンチュラ類微生物およびその利用

【課題】これまでに無い新規な性質を有し、DHAの供給源として、従来とは異なる形態での利用が可能なラビリンチュラ類微生物と、その代表的な利用技術とを提供する。
【解決手段】本発明にかかる新規微生物は、ドコサヘキサエン酸(DHA)の生産能を有する新規ラビリンチュラ類微生物であり、ヤブレツボカビ類微生物12B株(thraustochytrid strain 12B、受託番号NITE P−68)である。この12B株は、既知の種とは形態学的・生理学的性質、および18S rRNA遺伝子の塩基配列が異なるため、既存のいずれの属にも属さない新しい種であると考えられる。この12B株を用いることにより、DHAおよびDHAを含有する組成物を効率的に製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多価不飽和脂肪酸の一種であるドコサヘキサエン酸(DHA)の生産性に優れた新規ラビリンチュラ類微生物とその代表的な利用技術とに関するものであり、例えば、米ヌカ等の固形または半固形状の培地に接種しても十分な培養が可能であり、培養後に得られる固形または半固形培地を、そのままDHA含有組成物またはその原料として利用することが可能な新規ラビリンチュラ類微生物と、これを用いたDHAおよびDHA含有組成物の製造方法とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ドコサヘキサエン酸(DHA)は、記憶改善作用や視力低下抑制作用等、種々の作用を有すると期待されており、栄養的価値が高い。そのためDHAは、各種食品の添加物として用いられたり、いわゆるサプリメント等の健康補助食品または健康食品として製品化されたりしている。また、医薬品への応用も期待される。
【0003】
現在、上記DHAの最も主要な供給源としては魚油が挙げられる。しかしながら、魚油をDHAの供給源とするには次のような課題が存在する。まず、(1)魚油には独自の臭気(いわゆる魚臭さ)があるため、食品への添加した場合等、この臭気が製品としての品質や価値を損なう場合がある。(2)魚油中に含まれる各種長鎖高度不飽和脂肪酸は構造が類似しているため、高濃度のDHAを得ることが困難である。(3)魚油は漁獲高が変動することが避けられないために、油脂原料の供給源として安定性に欠ける上、海洋汚染による油脂原料そのものの汚染の可能性が大きい。
【0004】
そこで最近では、DHAの供給源として各種の微生物を用いることが広く試みられている。このような微生物の中でも、ラビリンチュラ類と呼ばれる非光合成性の単細胞微生物が最も有用であると考えられている。
【0005】
ラビリンチュラ類は、狭義のラビリンチュラ類とヤブレツボカビ類とに大別される。以前は、狭義のラビリンチュラ類は原生動物界や菌界の生物等として認識される等しており、ヤブレツボカビ類は菌界のツボカビ類やミズカビ類等に分類されたりしていたが、最近では、クロミスタ界と呼ばれる新しい界に分類されることが一般的である。ただし、狭義のラビリンチュラ類とヤブレツボカビ類とがどの分類階級で分割されることが適当であるのかについては、研究者によって見解が異なっている。このように、ラビリンチュラ類(広義)は、最近になって研究が進んできた生物であって、分類も確立したとは言いがたい状況にある(非特許文献1参照)。
【0006】
上記ラビリンチュラ類をDHAの供給源として用いる技術は、すでに、アメリカ合衆国等では実用化されており、DHA含有脂質の原料や、高DHA含有飼料等が製品化されている。具体的には、例えば、トラウストキトリウム属、シゾキトリウム属の生育技術(特許文献1参照)、トロウストチトリアレ類、トロウストチトリアレ類から抽出されるω−3HUFA(高度不飽和脂肪酸)の利用技術(特許文献2参照)等が挙げられる。
【0007】
一方、日本国内においても、ラビリンチュラ類をDHAの供給源として用いる技術は種々開発されている。具体的には、例えば、ラビリンチュラ属の微生物であるS3−2株を利用する技術(特許文献3・4参照)、シゾキトリウム属の微生物であるSR21株およびその利用技術(特許文献5〜7参照)等が挙げられる。
【0008】
ところで、公知のラビリンチュラ類微生物には海洋から発見されたものがほとんどであるため、その培養には、ある程度の塩化ナトリウム濃度が必要となる。言い換えれば、公知のラビリンチュラ類微生物においては、一般的には、その増殖に際して、培地中の塩化ナトリウム濃度を比較的高くする必要がある。そこで、ラビリンチュラ類微生物のこの性質を利用することにより、例えば、食品廃棄物を発酵処理して動物飼料とする技術が知られている(特許文献8)。
【0009】
この技術では、特許文献3・4に開示されているS3−2株を用いて、残飯を培地代わりとして培養する。残飯等の食品廃棄物は塩分や油脂を多く含んでいるが、これらの成分は通常微生物処理が困難とされている。これに対して残飯を培地として用い、かつ、残飯中の塩化ナトリウム濃度を所定濃度以上に調節すれば、S3−2株を増殖させることができるとともに、DHAも生産される。その結果、この技術によれば、S3−2株で処理した残飯は、DHAを含む動物飼料として利用することが可能であるとされる。
【特許文献1】特表平8−502405号公報(平成8年(1996)3月19日公表、国際公開番号:WO94/08467、平成6年(1994)4月28日国際公開、特許3127161号公報、平成12年(2000)11月2日登録)
【特許文献2】特表平8−509355号公報(平成8年(1996)10月8日公表、国際公開番号:WO91/07498、平成3年(1991)5月30日国際公開)
【特許文献3】特開2001−275656(平成13年(2001)10月9日公開、特許第3425622号公報、平成15年(2003)5月9日登録)
【特許文献4】特開2003−000292(平成15年(2003)1月7日公開)
【特許文献5】特開平9−000284号公報(平成9年(1997)1月7日公開、特許第2764572号、平成10年(1998)4月3日登録)
【特許文献6】特開平10−072590号公報(平成10年(1998)3月17日公開)
【特許文献7】特開平10−310556号公報(平成10年(1998)11月24日公開)
【特許文献8】特開2004−298798号公報(平成16年(2004)10月28日公開)
【非特許文献1】海洋と生物132(vol. 23 no. 1),4-17,2001
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、ラビリンチュラ類をDHAの供給源とする技術は一部実用化されており、また、実用化を目指して、DHAを生産する微生物が数多く単離されて、その性質が調べられている。しかしながら、DHA含量が非常に高く、かつ低価格での培養が可能で、魚油に替わるDHAの安価な供給源としての微生物、特にラビリンチュラ類の微生物については、実用化されているものは未だ少ない状況にある。
【0011】
また、特許文献1・2には、DHA含有飼料に関する技術も一部開示されているが、ラビリンチュラ類微生物をDHA含有飼料の製造に利用する技術も実用化には至っているものは数少ない。
【0012】
さらに、上記特許文献1の技術は、低塩化物濃度でのトラウストキトリウム属、シゾキトリウム属の培養を主目的としており、上記属の微生物の大量培養には有効であると考えられる。しかしながら、当該特許文献1の技術は、実際には、トラウストキトリウム属やシゾキトリウム属の特定株をモデルとして確立されたものであるので、上記属に属さないラビリンチュラ類だけでなく、上記属に属するラビリンチュラ類であっても、その培養には必ずしも適さない場合も多いと考えられる。
【0013】
また、特許文献8の技術はS3−2株を利用して、残飯等の有機質食品廃棄物を動物飼料等に転用することを図っているが、その実用性は十分ではない。まず、特許文献8では、培地(残飯等の有機食品廃棄物)の塩化ナトリウム濃度を少なくとも0.6質量%に調整することを開示しているが、さらに、培地の水分量を「62〜75%」に調整することも開示している。有機質食品廃棄物の種類にもよるが、本発明者の検討によれば、基本的には、固形分に添加する水分量が概ね60%(v/w)を超えると固形分から水分が遊離し流動性を増していくことが分かっている。また、この文献に開示される実施例では、予め基本平板培地(寒天培地)にS3−2株を植菌して前培養してから、弁当残飯に人工海水を混合したものを塗布して本培養している。
【0014】
つまり、この文献では、寒天培地上で微生物を予め前培養しておいて、この上に、水分量の多い残飯を塗布して後培養することを開示するのみであり、残飯そのものに微生物を接種して培養しているのではない。このような培養手法では、微生物は常に寒天培地の影響を受けるため、増殖しやすいと考えられる。
【0015】
このように、特許文献8に開示される技術では、残飯等の有機質食品廃棄物のみを培地としてS3−2株が増殖できるか否かが不明であるので、この技術を用いて工業的に有機質食品廃棄物を処理して動物飼料を生産することが可能であるかは不明である。また、残飯への加水率が相対的に高いので、動物飼料への利用のためには水分を減らす処理(乾燥処理等)が必要になる上に、廃棄物処理という視点からは、被処理物(残飯等の有機食品廃棄物)の体積が相対的に増大するため効率性も高いとはいえない。これらの点も実用性の上からは不利であると考えられる。
【0016】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、これまでに無い新規な性質を有し、DHAの供給源として、従来とは異なる形態での利用が可能なラビリンチュラ類微生物と、その代表的な利用技術とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、従来よりも高いレベルでDHAを生産する能力を有するヤブレツボカビ様の新規微生物を、沖縄県の河川水中から採取した葉から単離することに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0018】
すなわち、本発明にかかる新規ラビリンチュラ類微生物は、DHAの生産能を有する新規ラビリンチュラ類微生物12B株(受託番号NITE P−68)である。このラビリンチュラ類微生物は配列番号1に示す18S rRNA遺伝子を有している。また、本発明にかかるDHA含有組成物の製造方法は、培地に上記12B株を接種して培養する培養工程を含むことを特徴としている。
【0019】
上記培養工程で用いられる培地は、液体、固形、または形状保持性を有する半固形の何れかの形状を有していればよい。また、上記培養工程では、培地の形状が固形である場合に、当該培地に添加する水分量の下限を45%(v/w)以上とすることが好ましく、水分量の上限を60%(v/w)以下とすることが好ましい。特に好ましくは45〜50%の範囲内である。
【0020】
さらに、上記培養工程では、静置培養または振盪培養の何れかを適宜選択することができる。また、上記培養工程では、上記培地として食品または飼料を用い、これに対して、上記ラビリンチュラ類微生物12B株を接種して培養することにより、当該食品または飼料にDHAを含有させることができる。特に、上記食品または飼料として、米ヌカを用いることができる。
【0021】
上記DHA含有組成物の製造方法においては、培養後に得られる食品または飼料をさらに加工する加工工程を含んでいてもよい。また、上記培養により得られる微生物細胞、および、培養後の培地の少なくとも一方を、DHA源として用い、当該DHA源からDHA含有脂質を抽出する脂質抽出工程を含んでいてもよい。さらに、上記DHA含有脂質からDHAを分離するDHA分離工程と、分離したDHAを食品または飼料、あるいはこれらの原料に添加するDHA配合工程とを含んでいてもよい。上記DHA含有組成物の具体例としては、例えば、DHA含有油脂またはDHA含有リン脂質を挙げることができる。
【0022】
また、本発明には、培地に上記12B株を接種して培養し、得られる微生物細胞、および、培養後の培地の少なくとも一方から、DHAを取得するDHAの製造方法(生産方法)も含まれる。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、以上のように、DHAを産生する新規微生物として取得されたラビリンチュラ類12B株とその利用技術である。この新規微生物は、形態学的・生理学的性質、およびrRNA遺伝子の塩基配列の違い等から、新しい種であると判断され、従来知られている類似微生物よりも生育速度が大きく、培養液1リットル当りの細胞の収量やDHAの生産量も高いので、DHA供給微生物としてより効率的に利用することができる。
【0024】
しかも、この新規微生物は、例えば米ヌカを含む培地(柔らかな固形状態)でも増殖が可能であるという特性を有している。そのため、固形物をベースとした培地での培養を行うことにより、直接家畜の飼料、ペットフードなどとして利用することが可能となる。このように、DHAを家畜へ投与すれば、当該家畜の健康保全に役立つだけではなく、食肉や鶏卵などにDHAを取り込ませることができる。その結果、DHAやこれを用いた食品等の製造に有用だけでなく、例えば上記畜産製品においても、より付加価値の高い製品を製造することが可能であるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0026】
(1)本発明にかかる新規微生物
本発明にかかる新規微生物は、ドコサヘキサエン酸(DHA)の生産能を有する新規ラビリンチュラ類微生物12B株である。この12B株は、クロミスタ界(Kingdom Chromista)、不等毛門(Phylum Heterokonta)に属し、ラビリンチュラ鋼(Class Labyrinthulea)、ラビリンチュラ目(Order Labyrinthulida)に属すると考えられる。科(Family)以下の分類群に関しては、生理形態的性質に基づく分類と18S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分類に整合性が乏しく、現在統一した見解が得られていないために、12B株の帰属に関しては不明である。現時点で、今受け入れられている科以下の分類群に12B株を強いて当てはめれば、その生理形態的性質と18S rRNA遺伝子の塩基配列を考慮すると、ヤブレツボカビ科(Family Thraustochytriaceae)に属すると考えられる。つまり、当該12B株は、より具体的には、ヤブレツボカビ類微生物12B株(thraustochytrid strain 12B)と考えられる。ただし、12B株の帰属は確定していないので、この表現は一時的なものである。
【0027】
上記12B株は、日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8(郵便番号292−0818)に所在する、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託された。受領日(寄託日)は平成17年1月24日であり、受領番号はNITE AP−68であり、受託番号はNITE P−68である。
【0028】
ラビリンチュラ類微生物としては、数多くの種がこれまでに見出されているが、本発明にかかるラビリンチュラ類微生物12B株は、後述する実施例に示すように、既知の種とは形態学的性質、生理学的性質、並びに18S rRNA遺伝子の塩基配列の違いから、公知の属に属さない全く新しい種であると考えられる。
【0029】
具体的には、本発明にかかる12B株は、亜熱帯汽水域のマングローブの落葉に由来する単細胞性真核微生物である。栄養細胞から外質ネットを形成し、栄養細胞は遊走子嚢に変化したのちに多数の遊走子を放出する時期がある。本発明にかかる12B株は、これらの形態学的性質に加えて、(i) DHAを高い割合で合成し、オイルボディーとして細胞内に蓄積する、(ii) 18S rRNA遺伝子の塩基配列が広義のラビリンチュラ類と高い相同性を有する、等の生理学的および分子生物学的性質から、広義のラビリンチュラ類微生物とみなすことができる。
【0030】
一方で、本発明にかかる12B株を既知のラビリンチュラ類、すなわちラビリンチュラ科のラビリンチュラ(Labyrinthula)属、ヤブレツボカビ科のラビリンチュロイド(Labyrinthuloides)属、コラロキトリウム(Corallochytrium)属、アプラノキトリウム(Aplanochytrium)属、アルトルニア(Althornia)属、ジャポノキトリウム(Japonochytrium)属、ウルケニア(Ulkenia)属、トラウストキトリウム(Thraustochytrium)属、およびシゾキトリウム(Schizochytrium)属の各属と比較すると、外質ネット内の滑走運動を行わないという点でラビリンチュラ属と、胞嚢(apophysis)を生じないという点でジャポノキトリウム属とは異なっている。また、本発明にかかる12B株は、1個の栄養細胞の複数部位から外質ネットを生じる点において、栄養細胞の一箇所から多数の外質ネットを生じるラビリンチュロイド属、ウルケニア属、トラウストキトリウム属と異なっている。
【0031】
さらに、本発明にかかる12B株は、膜で囲まれた1個の桑実状の栄養細胞から多数の外質ネットを生じる場合がある点において、シゾキトリウム属を含む既知のいずれのラビリンチュラ類とも異なっている。加えて、本発明にかかる12B株は、食作用または細胞融合とも考えられる特異な性質を有している。後述の実施例における〔12B株の増殖過程の観察〕の項、および図10(a)〜(d)に示すように、本発明にかかる12B株においては、ブドウ状細胞群から1つの大きな細胞になったものの中には近接する細胞を食作用により取り込む現象が見られる。なお、食作用や細胞融合は、公知のラビリンチュラ類では報告がない。さらに12B株の18S rRNA遺伝子には4つの領域で塩基配列の多型がみられるが、この性質も従来知られているラビリンチュラ類では報告されていない特異な性質である。以上の結果から本発明にかかる12B株は、広義のラビリンチュラ類微生物とみなすことができるものの、既存のいずれの属にも属さない新しい種であると考えられる。
【0032】
ここで、これまで報告されているラビリンチュラ類微生物のうち、本発明にかかる12B株にDHA生産性において近似すると考えられるシゾキトリウム属およびトラウストキトリウム属に属する株について、DHAの生産性をまとめて表1に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
これまで報告されているビリンチュラ類微生物の中では、シゾキトリウム・リマシナムSR21株(Schizochytrium limacinum SR21)(特許文献5〜7参照)が最も高いDHAの生産性を示している。そこで、本発明にかかる12B株と上記SR21株との諸性質を比較すると、次の表2に示すようになる。
【0035】
【表2】

【0036】
また、本発明にかかる12B株と上記SR21株とにおけるDHAの生産性を比較すると、次の表3に示すようになる。
【0037】
【表3】

【0038】
培養法がフラスコとジャーファーメンターとでは大きく異なるので、培養法別に比較すると、SR21株のフラスコ培養では、DHAの生産性は、4,200mg/L/5日(840mg/L/日)であるのに対して、12B株のフラスコ培養では、6294mg/L/2日(3,147mg/L/日)となり、12B株が時間(日)当り約3.7倍という高い収量を示す。また、SR21株のジャーファーメンター培養では、13,300mg/L/4日という高いDHA生産性を示すが、これは、3,325g/L/日である。これに対して、12B株のジャーファーメンター培養では、5,390mg/L/日であり、ジャーファーメンター培養でもSR21株は12B株に比べてDHA生産性に劣る。
【0039】
なお、12B株は、培養上では、実質的にS. cerevisiae等の酵母類(単細胞の真核生物)と同様の取り扱いが可能であるため、工業的には、公知の発酵技術の延長線上にて利用することが可能である。さらに、上記食作用(細胞融合)を12B株の品種改良に利用することも期待できる。
【0040】
このように、本発明にかかる12B株を用い、より迅速に高いDHA生産量を得ることができるとともに、工業的な実用性も優れたものとなっている。
【0041】
(2)本発明にかかるDHAの製造方法、およびDHA含有組成物の製造方法
本発明では、DHAの生産に上記12B株を用いてもよいし、DHAを含有する組成物の製造に12B株を用いてもよい。すなわち、本発明にかかるDHAの製造方法(生産方法)、およびDHA含有組成物の製造方法は、上記12B株を用いる方法であればよく、具体的な工程や条件は特に限定されるものではない。
【0042】
本発明にかかるDHA含有組成物の製造方法では、培地に上記12B株を接種して培養する培養工程を含んでいればよく、それ以外の工程としてはどのような工程を含んでいてもよい。なお、培養工程で液体培地を用いた場合、得られる培養後の液体培地、すなわち培養された12B株細胞を含む液体培地を「培養液」と表現する。
【0043】
上記培養工程で用いられる培地の種類は特に限定されるものではなく、12B株が生育可能な培地であれば公知のどのような培地を用いてもよい。培地の形状としては、液体、固形、または形状保持性を有する半固形の何れかの形状であればよい。培地の成分も特に限定されるものではなく、炭素源(C源)、窒素源(N源)、ミネラル等の成分を含有しておればよい。
【0044】
上記炭素源としては、後述する実施例に示すように、単糖としてD−グルコース、D−マンノース、D−ガラクトース等を、二糖以上のオリゴ糖類としてD−フルクトース等を利用することができる。また、グリセロールも利用することができる。窒素源やミネラル成分も特に限定されるものではなく、後述する実施例に示すように、ペプトンや酵母エキス(Yeast Extract)等の公知の培地成分を用いればよい。
【0045】
特に本発明では、後述する実施例(〔12B株の米ヌカ培地での増殖とDHA生産〕の項)に示すように、培地として米ヌカ等の固形物を用いることができる。米ヌカは、ウシ等の家畜や家禽の飼料として広く利用されている。それゆえ、飼料用の米ヌカにDHAを含有させることができれば、家畜・家禽用飼料として付加価値を上げることができる。また、後述する実施例に示すように、12B株はブドウ糖等の糖類を栄養源とできるだけでなく、米ヌカのみを栄養源として増殖することが可能である。したがって、米ヌカを培地として12B株を接種し培養することにより、DHA含有米ヌカを直接的に製造することができる。
【0046】
ここで、12B株は、固形成分から遊離した水分を含まない状態の培地(水分の全てが固形成分に吸い込まれている状態の培地)であっても培養することが可能である。言い換えれば、本発明にかかるDHA含有組成物の製造方法では、培養工程において、固形培養(または固体培養)を採用することができる。
【0047】
後述する実施例では、12B株の米ヌカ培地での培養において、通常の液体培養よりも流動性を低めた状態で12B株の増殖(DHAの生産)を検討したが、このとき、米ヌカに対する水分含量(米ヌカに添加する水分量)が45〜66.7%(v/w)の範囲内であれば、12B株は十分に増殖しDHAを生産することが可能である(もちろん水分量が66.7%を超えても十分有効に培養できる)。
【0048】
また、米ヌカの場合、水分含量が60%以下であれば、米ヌカとなじんでいない水分(固形成分から遊離した水分)は観察されない。そこで、本発明では、米ヌカを固形物の基準として採用し、固形物に対する水分含量が60%(v/w)以下のものを培地として用いた培養を「固形培養(または固体培養)」と定義する。
【0049】
なお、本明細書では、固形培養に対する液体培養は、通常の液体培地のように、液体としての十分な流動性を有する培地で培養することを指す。また、半固形培養は、水分含量が60%を超え、かつ、形状保持性を有する程度の粘性を有する培地(半固形培地)で培養することを指すものとする。本発明にかかる12B株は、固形培養、半固形培養、液体培養の何れであっても十分有効に増殖することができる。したがって、上記培養工程では、培地成分の種類や培養条件等によって、上記固形培養、半固形培養、液体培養の何れを選択してもよい。
【0050】
また、米ヌカ等の固形物を培地として用いる際の具体的な条件は特に限定されるものではないが、まず、後述する実施例に示すように、米ヌカに12B株を接種した後、静置培養よりも振盪培養する方がDHAの生産性が高いため好ましい。それゆえDHAの生産効率を向上する観点から見れば、培養工程では、振盪培養を採用することが好ましい。ただし、後述する実施例に示すように、静置培養した場合でも量や比率は低いもののDHAは検出される。12B株の培養においては、固形物、半固形物、液体に関わらず、培地中のDHA含量を12B株の増殖の指標とすることができる。12B株は振盪しない状態でもある程度増殖してDHAを生産することが可能である。それゆえ、本発明では、培養工程として振盪せずに静置培養を採用することもできる。
【0051】
また、固形物に添加する水分、すなわち固形培養における培地の水分含量についても特に限定されるものではないが、その下限は、ある程度のDHAの生産効率を得たい場合には45%(v/w)以上であればよい。一方、上限は特に限定されるものではなく、固形培養、半固形培養または液体培養の何れを採用するかによって適宜設定すればよい。固形培養を採用する場合には、水分含量の上限は60%(v/w)以下であればよく、50%(v/w)であることが好ましい。
【0052】
水分含量が50%(v/w)であれば、水分が遊離していない固形状であるので、そのまま飼料等に利用することができる。また、水分含量をより低下させて乾燥物とすることも容易である。さらに、50%(v/w)程度の水分含量を確保できれば、DHAの生産効率の大幅な低減を回避することができる。それゆえ、有効なDHAの生産効率を達成するとともに乾燥工程を省いたり簡素化したりできる観点から水分含量は45〜50%(v/w)の範囲内であることが好ましい。
【0053】
さらに、後述する実施例に示すように、12B株を米ヌカ培養するにおいて、米ヌカに海水を添加せずに塩化ナトリウム等の海水成分を含まない水(便宜上、「真水」と称する)を添加した場合であっても、十分な量のDHAが生産される。それゆえ、培養工程では、添加する水分は海水に限定されるものではなく、固形物の種類に応じて適宜、真水を添加することができる。
【0054】
このように、本発明では、上記培養工程において、培地として米ヌカ等の飼料(あるいは食品そのもの)を用い、これに対して、上記12B株を接種して培養することが可能である。これにより、当該飼料または食品にDHAを含有させることができる。培地として利用可能な飼料または食品としては、上記米ヌカ以外に、例えば、小麦フスマ、小麦ヌカ等のヌカ類の他、コーングルテンフィード、コーングルテンミール、デンプン粕、糖蜜、ビートパルプ等の農産物製造粕類、醤油粕、ビール粕等の加工食品製造廃棄物等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
【0055】
加えて、12B株は、上記農産物製造粕類や加工食品製造廃棄物以外にも、米ヌカに類似する成分を有する固形物も培地として利用することが可能である。米ヌカは米油の原料としても用いられるように脂質を多く含む(一般に、15〜20重量%程度)が、12B株はこのような脂質を多く含む培地であっても培養が可能である。したがって、本発明において、固形培養に用いられる固形分は米ヌカに限定されるものではなく、例えば、家庭や食堂・レストラン等から生ごみとして排出される残飯等も用いることができる。
【0056】
また、上記のように、培養工程において、飼料または食品を培地として用いた場合(固形培養に限定されない)、培養後に得られる飼料または食品(培養後に得られる培地、12B株の細胞も含む)をそのまま用いてもよいが、これらを加工してもよい。例えば、上記米ヌカの場合、培養後に得られるDHA含有米ヌカをそのまま飼料として用いてもよいが、加熱等により12B株を殺菌したり、DHA含有米ヌカを粒子状に固める加工を行ったりしてもよい。このように、本発明にかかるDHA含有組成物の製造方法では、上記培養後に得られる飼料または食品をさらに加工する加工工程を含んでいてもよい。
【0057】
また、本発明にかかるDHA含有組成物の製造方法では、液体培養等により得られる12B株の細胞、12B株を除いた培養後の培地、またはその両方をDHA源として用い、これらからDHA含有脂質を抽出し、これをDHA含有組成物として用いてもよいし、他の食品や飼料等に配合して用いることもできる。すなわち、本発明にかかるDHA含有組成物の製造方法では、DHA含有脂質を抽出する脂質抽出工程を含んでいてもよい。12B株の細胞や培地等からDHA含有脂質を抽出する方法は特に限定されるものではなく、従来公知の方法を好適に用いることができる。また、抽出したDHA含有脂質からDHAを分離するDHA分離工程を含んでいてもよい。DHA含有脂質からDHAを分離する方法も特に限定されるものではなく、従来公知の方法を好適に用いることができる。
【0058】
本発明では、12B株における全脂肪酸中のDHAの含有量は、他のラビリンチュラ類微生物に比べても高いものとなっている。そのため、細胞または培地から抽出した粗製の脂質には、高い割合でDHAが含有されている。それゆえ、このような粗製の脂質(DHA含有脂質)をそのまま用いてもよいし、さらに、公知の方法で精製することにより、より純度の高いDHAを取得してもよい。いずれにしても、粗製の脂質中に含まれるDHA含量が高いため、本発明では、効率的なDHA利用が可能となる。このように、本発明では、DHA含有粗製物だけではなく、DHAの生産そのものも容易化することができる。
【0059】
抽出されたDHA含有脂質または精製されたDHAは、そのまま食品、食品添加物、飼料用添加物、医薬品等に用いることができるが、他の食品や飼料、医薬品、あるいはこれらの原料に添加して配合してもよい。すなわち、本発明にかかるDHA含有組成物の製造方法には、DHA配合工程が含まれていてもよい。
【0060】
DHAまたはDHA含有脂質を配合する対象は、特に限定されるものではなく、公知の食品や飼料、医薬品等を挙げることができる。具体的には、食品としては例えば、ビスケット、クッキー、ケーキ、キャンデー、チョコレート、チューインガム、和菓子等の菓子類;パン、麺類、ごはん、豆腐もしくはその加工品;清酒、薬用酒等の発酵食品;みりん、食酢、醤油、味噌、ドレッシング等の調味料;ヨーグルト、ハム、ベーコン、ソーセージ、マヨネーズ等の畜農食品;かまぼこ、揚げ天、はんぺん等の水産食品;果汁飲料、清涼飲料、スポーツ飲料、アルコール飲料、茶などの飲料等の形態が挙げられるが、特に限定されるものではない。なお、DHAは脂質であるため、飲料等といった水分の多い食品へ添加する場合には、公知の乳化剤等を併用することができる。
【0061】
また、本発明では、サプリメントにDHAを配合してもよい。サプリメントの形状は特に限定されるものではなく、液体製剤であってもよいし、固形製剤であってもよいし、それ以外の形状であってもよい。また、サプリメントに含有される他の成分も特に限定されるものではなく、製剤技術分野において通常使用し得る公知の添加剤等を挙げることができる。このような添加剤としては、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、矯味剤、安定化剤等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
【0062】
さらに、本発明では、上記食品を、自然流動食、半消化態栄養食もしくは成分栄養食、またはドリンク剤等の加工形態としたり、例えば、医師の食事箋に基づく栄養士の管理の下に、病院給食の調理の際に、任意の食品に対して添加・配合し、その場で調製した食品の形態で患者に与えたりすることもできる。
【0063】
また、本発明では、粗製のDHA含有脂質からDHAを高純度に精製することが容易であるため、目的に応じて、薬学的組成物すなわち医薬品として用いることもできる。医薬品の形態等は特に限定されるものではなく、上記サプリメントと同様であればよい。
【0064】
ここで、上記したように、上記DHA含有脂質はそのままDHA含有組成物として用いることができるが、当該DHA含有脂質としては、油脂(脂肪)のような単純脂質だけでなく、リン脂質のような複合脂質または極性脂質も含まれる。脂質は、一般に、脂肪(油脂またはトリアシルグリセロール)等の単純脂質、脂肪酸、ステロール等の誘導脂質、リン脂質、糖脂質等の複合脂質とに大別することができる。ここで、上記12B株から抽出される脂質の大部分、具体的には90〜95重量%は脂肪であるが、リン脂質も含有されるので、12B株細胞は、脂肪等の単純脂質の抽出素材だけでなく、リン脂質等の複合脂質または極性脂質の抽出素材としても利用することができる。
【0065】
特に、12B株細胞から得られるリン脂質画分には脂肪画分よりも多くのDHAが含まれている上に、リン脂質は、例えば抗ガン作用等、脂肪には見られない機能を有していることも知られている。したがって、DHA含有リン脂質は、DHA含有油脂(DHA含有脂肪)とは異なる有用な組成物として利用することができる。
【0066】
上記DHA含有脂質の製造方法は、上述したDHA含有組成物の製造方法に従えばよく、特に限定されるものではない。すなわち、上記抽出工程で得られたDHA含有脂質から従来公知の方法で油脂(脂肪)画分を分離すればDHA含有油脂とすることができ、同じく上記DHA含有脂質からリン脂質画分を分離すればDHA含有リン脂質とすることができる。
【0067】
(3)本発明の利用
本発明の利用分野は特に限定されるものではなく、DHAを効率的に生産したり、DHA含有粗製物を効率的に製造したりする分野に広く利用することができる。特に、上記のように、サプリメント等の食品、飼料、医薬品等の製造や、これらの原料としてのDHAの製造に好適に用いることができる。
【0068】
具体的な用途としては、単離したDHAを、上記のように食品やサプリメント等に用いることが可能であり、細胞そのものも食品や飼料等として用いることが可能である。また、家畜や家禽、ペット等のヒト以外の動物に対するサプリメントとしても用いることができる。この場合、飼料やペットフードにDHAまたは粗製のDHA含有脂質を配合してもよいし、別途製剤化して、必要に応じて飼料やペットフードに配合してもよい。また、12B株の細胞は乾燥して用いることが好ましい。これにより細胞から水分が除去されるので、単位重量当たりのDHA含有量を増やすことができるとともに、飼料やペットフードへの加工もしやすくなる。乾燥方法は特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いればよい。
【0069】
特に、本発明では、12B株を、米ヌカなどをベースとした固形培地、半固形培地で培養することが可能である。それゆえ、DHA含有米ヌカを直接的にほぼ1段階で製造することが可能になる。また、米ヌカに限らず、他の固形分(前述した他の穀物のヌカ類、農産物製造粕類、加工食品製造廃棄物、残飯等)を処理することで、DHA含有飼料を簡素なプロセスで製造できるだけでなく、廃棄物を高付加価値の飼料に再利用することも可能である。さらに、得られたDHA含有飼料を他の飼料に配合したり、他の成分を添加したりすることで、適宜、用途に応じた飼料を製造することも可能となる。このように、DHA含有飼料やペットフードをより安価に製造することが可能になるため、飼料・ペットフード用途に好適に利用することができる。
【実施例】
【0070】
本発明について、実施例および図1〜10に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。なお、以下の実施例では、重量%は単に「%」と記載する。また、以下の実施例にて用いた培地は次のようにして調製した。
【0071】
〔培地〕
以下の実施例で用いたBy+培地、および、F培地は、表4に示す組成となるように各成分を秤量し、これら成分を蒸留水に添加して、均一に溶解または分散するまで攪拌し、オートクレーブにより滅菌して調製した。なお、寒天培地の場合は1%濃度となるようにアガーを加えた。
【0072】
【表4】

【0073】
〔DHA生産微生物の単離〕
DHA生産微生物を単離する試料として、沖縄県西表島シーラ川河口近くのマングローブ林床(汽水域)から採集した落葉を用いた。落葉に付着している微生物をできるだけ多数培養するため、落葉を直接、ペニシリンGおよびストレプトマイシン(各50μM)を含むBy+寒天培地上に置き、28℃で数日間培養した。
【0074】
寒天プレート上に多数のコロニーの出現を確認した後、寒天プレートにBy+液体培地15mlを加え、コロニー全てを懸濁した。この懸濁液(約13ml)を滅菌した50mlフラスコに移し、28℃、180rpmで振盪培養した。数日間培養して、培養液の一部を新しい液体培地に接種し、同じ条件で数日間培養した。増殖の確認できた培養液を新しい培養液に移し、さらに培養を続けるという操作を6回くりかえした。
【0075】
培養液の一部を19,000×gの遠心に供し、細胞を集めた。細胞(沈殿物)の一部にメタノール性2M HClを加え、100℃、1時間メタノリシスを行った。この処理によって得られた脂肪酸メチルエステルを3mlのn−ヘキサンにより抽出した。脂肪酸メチルエステルは濃縮後、ガスクロマトグラフィにより分析し、DHAと考えられるピークの有無を確認した。さらに、継代して培養を重ね、それぞれの培養液から細胞を回収してそれぞれの脂肪酸組成を調べた。この操作を繰返すことによりDHAの存在比が大きくなっていく微生物集団(培養液)を選び出した。
【0076】
DHA含量の最も大きい培養液をBy+寒天培地上に塗沫する操作(ストリーキング)を4〜5回繰返し行い、微生物を単離した。以上の操作の結果、DHAの含量が全脂肪酸の40%以上を占める高DHA生産微生物12B株を単離した。12B株の寒天培地上のコロニーは滑らかで、白色を呈した。2週間以上の培養でコロニーの色は微かなピンク色に変わった。
【0077】
〔12B株の同定:形態学的性質〕
12B株は単細胞性であり、ペニシリンGおよびストレプトマイシン存在下での生育が可能であることから単細胞性真核生物であると結論した。さらに、マングローブの林床に由来する試料から単離されたこと、DHA含量が非常に高いことから不等毛類(Heteroconta)に属するヤブレツボカビ類(thraustochytrid)であることが予想された。
【0078】
同定を行うために12B株をスライドグラス上で培養し、その細胞を経時的に光学顕微鏡により観察した。まず、12B株の前培養をBy+寒天平板培地を用い28℃で行った。スライドグラス上にビニールテープで作った1cm四方のチャンバーを滅菌海水中で満たし、これに前培養した12Bの細胞を接種して室温で培養した。培養開始後、光学顕微鏡で細胞を観察したところ数種類の形態が見られた。12B株の光学顕微鏡写真像を図1〜図3に示す。
【0079】
図1(a)は12B株の単独の栄養細胞であり、栄養細胞から伸びている数本の外質ネットが確認できる。一方で、他のラビリンチュラ類に見られる多数の細胞からなる細胞塊の一部の細胞から多数の外質ネットを伸ばしているという細胞は観察されなかった。一方、図1(b)に示すように、12B株の膜で囲まれた一つの細胞が膜内で分裂をして桑の実状の細胞塊になり、その細胞が分岐した6~8本の外質ネットを伸ばしている状態が観察された。このような細胞はこれまでいずれのラビリンチュラ類においても報告されていない。
【0080】
図2(a)・(b)に示すように、12B株は遊走子を含む遊走子嚢を形成する。12B株はその液体培養の対数期において、多数の遊走子が観察される。また、光学顕微鏡により12B株が2本の長さの異なる遊走子を持つことが観察されるが、図3に示すように、写真撮影しても短い鞭毛は明確な像を示さなかった。
【0081】
上記12B株の細胞内構造をより詳細に観察するために、上記12B株の透過型電子顕微鏡写真を図4〜図5に示す。図4(a)・(b)では、12B株の細胞内構造を示しており、真核生物に特徴的な細胞小器官が観察される。また、図4(a)・(b)に示すように、12B株には、油滴塊(オイルボディー/リピッドボディー)と思われる電子密度の高い部分が観察されるが、図4(a)に示すように、この油滴塊が少数見られるものと、図4(b)に示すように非常に広範囲に見られるものとが存在する。図5では、特に12B株細胞における細胞壁を示している。同図から明らかなように、薄い鱗片が層状に重なった細胞壁の存在が確認できる。
【0082】
〔12B株の同定:生理学的性質〕
上記12B株を10mLのF培地(pH7.5)を入れた50mLの三角フラスコに接種し、28℃、180rpmの条件で2日間振盪培養した。一定時間毎に約50〜100μLの培養液を無菌的に採取し、その一部を用いて600nmの吸光度を測定し、12B株の増殖の程度を評価した。残りの培養液は遠心分離に供し、得られた細胞を10mLの1%塩化ナトリウムおよび蒸留水で各1回洗浄した。得られた細胞は凍結乾燥し、秤量した。凍結乾燥した細胞の一定量(10mg)を用い、上記〔DHA生産微生物の単離〕の項で説明したようにメタノリシスし、得られた脂肪酸メチルエステルをガスクロマトグラフ分析に供し、脂肪酸組成を分析した。
【0083】
上記12B株の増殖曲線を図6に示す。縦軸が600nmの吸光度であり、横軸が培養時間(単位:hour)である。この増殖曲線から、12B株の増殖速度は0.37/hであり、これは12.8分裂/日となる。この値は従来報告されているヤブレツボカビ類の最も高い増殖速度9.4分裂/日(USP 5,130,242参照)の1.4倍であった。
【0084】
上記12B株における培養後2日目の脂肪酸組成を表5に示す。なお、表5では、12B株の脂肪酸組成と、これまで報告されている2種のヤブレツボカビ類の微生物(Aki 他, 2003)における脂肪酸組成と比較して示す。
【0085】
【表5】

【0086】
表5の結果から明らかなように、12B株におけるDHA、エイコサペンタエン酸(EPA)、およびドコサペンタエン酸(DPA)の含量はそれぞれ40.6%、0.7%、および8.5%であり、12B株から得られる脂肪酸は、DHAに富み、EPA含量が非常に低い脂肪酸ことがわかった。また、12B株から得られる脂肪酸のDHA含量は、公知の2種の微生物:KH105およびSR21両株のそれよりも高かった。さらに、12B株の全n−3多価不飽和脂肪酸に占めるDHAの割合は81.5%であった。
【0087】
次に、12B株における各種糖およびグリセロールの利用性を調べた。その結果を表6に示す。なお、表6において比較として挙げているKH105株、SR21株、S. aggregatum2株の結果は、表1に参照として挙げた文献に基づく。
【0088】
【表6】

【0089】
表6の結果から明らかなように、12B株においては、D−グルコース、D−フルクトース、D−マンノース、D−ガラクトース、およびグリセロールの利用性が認められたが、L−アラビノース、マルトース、セルビロース、可溶性デンプンは利用しなかった。この性質はSR21株とまったく同一であった。
【0090】
〔12B株の同定:分子生物学的性質〕
By+培地を用いて液体培養をした12B株を対数増殖期において回収し、セチルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)法を用いて全ゲノムDNAを抽出した。得られたゲノムDNAを鋳型とし、次の表7に示す18S rRNA遺伝子に特異的なオリゴプライマーを用いてPCRを行い、18S rRNA遺伝子を増幅した。これにより、18S rRNA遺伝子の塩基配列をほぼ決定した。その塩基配列を配列番号1に示す。
【0091】
【表7】

【0092】
配列番号1に示す1727bpの塩基配列をFASTAにより検索した結果、トラウストキトリウム属(Thraustochytrium)A5−20株およびシゾキトリウム・リマシナム(Schizochytrium limacinum)SR21株の相同する塩基配列とそれぞれ96.3%、および97.6%の一致性(identity)を示した。この結果に基づき、12B株を含む類縁生物の18S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統樹を図7に示す。
【0093】
ここで、12B株の18S rRNA遺伝子の塩基配列を決定する過程で、当該分子が多型性を有することを見出した。
【0094】
まず、上記方法で行ったPCR産物のアガロース電気泳動の結果を図8に示す。当該PCR産物はアガロース電気泳動上で1.8kbpのサイズを持つ単一のバンドを示す。このPCR産物を鋳型とし、次の表8に示す3組のオリゴプライマーにより断片A〜Cの3つの部分に分けて直接法により塩基配列の決定を試みた。
【0095】
【表8】

【0096】
ところが、断片Aおよび断片Cでは塩基のシグナルが重複し、配列を決定することができなかった。そこで、断片CをTAクローニングして5個のクローンを得て、これらクローンの塩基配列を決定し、塩基配列の多型性を確認した。その結果を表9に示す。
【0097】
【表9】

【0098】
表9の結果から、断片Cは部分配列の異なる少なくとも3種類の配列があることがわかった。そこで、断片Cに含まれる一部分を、新たに設計したオリゴプライマーによりPCRで増幅した後、そのPCR産物を変性剤濃度勾配電気泳動法(DGGE)により解析した。その結果、図9に示すように、複数のDNAバンドが観察された。この結果からも12B株の18S rRNA遺伝子の塩基配列は多型性を有することが証明された。
【0099】
〔12B株の増殖過程の観察〕
上記のように本発明にかかる12B株は、外質ネット、不等鞭毛、鱗片状細胞壁といった形態学的性質を有することから、8属が含まれる広義のラビリンチュラ類と判断されるが、その一方で、既知のラビリンチュラ類には報告されていない性質、すなわち、細胞の形態が桑の実状を呈すること、その18S rRNA遺伝子の塩基配列が複数箇所で多型を示すことがあきらかとなった。
【0100】
加えて12B株について、ビデオ撮影することによりその増殖過程を詳細に観察したところ、公知のラビリンチュラ類では全く知られていない食作用または細胞融合と見られる特異な性質を有していることが明らかとなった。
【0101】
まず、ビデオ撮影装置下でスライドガラスにビニールテープを貼ることによって1cm四方のチャンバーを作製した。次に、By+培地を用いて12B株を30℃で17−19時間振盪培養した。この培養液に滅菌した爪楊枝の先端をつけて少量の細胞を採取し、これを同一の培地を入れたスライドグラス上の上記チャンバーに接種した。このチャンバーをカバーグラスで覆い、接種後速やかに室温条件でビデオ撮影を行った。
【0102】
12B株は培養開始約12時間後に食作用と見られる行動を示した。ビデオの視界には活発に泳ぎ回る遊走細胞と動きの乏しいブドウ状の細胞群が認められた。このブドウ状の細胞群は互いに解離し、単一の遊走細胞となる場合と、細胞群が融合し1つの大きな細胞を形成する場合とがあることが分かった。
【0103】
さらに、図10(a)〜(d)に示すように、ブドウ状細胞から1つの大きな細胞になったものの中には、近接する細胞を食作用により取り込む現象が見られた。図中の大きな矢印は大きな細胞、小さな矢印は遊走細胞を示し、各図中の左上には観察時間を記す。時系列は図10(a)〜(d)の順となっている。この図に示す過程から明らかなように遊走細胞は大きな細胞によって取り込まれている。したがって12B株は、ラビリンチュラ類としては、その現象が知られていない食作用(または細胞融合)という特異な性質を有することが認められた。
【0104】
このように、12B株は、細胞が桑の実状を呈する時期があること、18S rRNA遺伝子上で塩基配列の多型性を持つことと併せて、上記食作用を有していることから、公知のラビリンチュラ類8属の何れにも属さない、新規なものであることが示唆される。
【0105】
〔12B株のDHAの生産性:pHの影響〕
上記12B株によるDHA生産性の向上(改善)を目的として、培養液のpHを4〜8の間で変化させることにより、細胞収量およびDHA生産性に対する影響を調べた。その結果を表10に示す。なお、培地としてはF培地を用い、pH以外の培養条件は〔12B株の同定:生理学的性質〕の項における培養条件に従った。
【0106】
【表10】

【0107】
表10に示すように、12B株の培養においては、培養液1L当りの細胞乾燥重量はpHが高いほど高く、pH8で23g/Lであるのに対してpH4では14g/Lであった。また、DHAの生産量もpH8で最高値(6,294mg/L)を示した。これらの結果から、12B株の培養には、中性から弱アルカリ性条件が適していることが分かる。公知の微生物のうち、SR21株は、酸性条件、特にpH4において最もDHA含量が高いため、pHの影響については、12B株とSR21株とは対照的な性質を有していることが明らかとなった。
【0108】
〔12B株のDHAの生産性:グルコース濃度の影響〕
炭素源としてグルコース(ブドウ糖)を用いるとラビリンチュラ類の細胞収量が増加することが知られている。そこで、F培地中のグルコース濃度を5〜15%の範囲内で変化させることにより、その細胞収量およびDHA生産性に対する影響を調べた。その結果を表11に示す。なお、培養条件は〔12B株の同定:生理学的性質〕の項における培養条件に従った。
【0109】
【表11】

【0110】
表11に示すように、12B株は、グルコース濃度が8%の時に最大のDHA収量(1.46g/L/日)を得た。また、このときの増殖速度は0.47/h(16.3分裂/日)であった。
【0111】
〔12B株のDHAの生産性:海水濃度の影響〕
12B株の培養において海水濃度の影響を見るために、F培地における海水濃度を0〜100%の範囲内で変化させ、その細胞収量およびDHA生産性に対する影響を調べた。その結果を表12に示す。なお、培養条件は〔12B株の同定:生理学的性質〕の項における培養条件に従った。
【0112】
【表12】

【0113】
表12に示すように、12B株は、海水濃度が50%の時に最も高いDHA含量(2600mg/L)を示した。一方、12B株は海水無添加でも増殖が可能であり、DHAの生産も見られた(370mg/L)。
【0114】
〔12B株のDHAの生産性:培地に含まれる塩化ナトリウムの影響〕
上記のように、12B株の培養においては、海水濃度がDHAの生産性に影響を与えることが明らかとなった。そこで、海水に含有される塩の主成分である塩化ナトリウムの影響を調べた。具体的には、F培地のグルコース濃度を8%とするとともに、海水に代えて塩化ナトリウムを用いて、塩化ナトリウムの濃度を0〜1.5%の間で変化させることにより、細胞収量およびDHA生産性に対する影響を調べた。その結果を表13に示す。なお、他の培養条件は、50mLフラスコを用いて10mLの培地で、培養温度30℃、振盪条件180rpm、培養時間2日間(48時間)とした。
【0115】
【表13】

【0116】
表13に示すように、12B株は、塩化ナトリウム濃度が高い方が、DHA生産量および細胞収量を高くできることが分かる。
【0117】
〔ジャーファーメンターによる12B株の培養〕
ジャーファーメンターは、空気(酸素)の供給量を任意に変えることができるため、これを用いた培養では、一般的にフラスコで振盪培養する場合に比べて、微生物の増殖性(細胞の生産性)が高い。そこで、12B株をジャーファーメンターで培養し、細胞の生産性を確認した。
【0118】
ジャーファーメンターとしては、3Lの培養槽を備えているものを用いた。この培養槽に、グルコース濃度8%のF培地(pH8)を2L仕込み、培養温度30℃、酸素供給量1L/分、攪拌速度300〜500rpmの条件で12B株を培養した。培養開始から24時間経過した後のDHAの収量は5.39g/Lであった。
【0119】
〔12B株の米ヌカ培地での増殖とDHA生産〕
米ヌカはウシ等の家畜や家禽の飼料として広く利用されている。それゆえ、飼料用の米ヌカにDHAを含有させることができれば、家畜・家禽用飼料として付加価値を上げることができる。そこで、米ヌカを培地に用いて12B株を培養することにより、DHA含有米ヌカの直接的な製造を試みた。
【0120】
[i] 培地として米ヌカを用いることが可能か否かの検討
まず、50mLフラスコに米ヌカ2gを加え、これをベースにした3種類の培地X、Y、およびZを調製した。その組成を表14に示す。なお、表14中の真水とは、海水成分を含まない水(この場合、蒸留水)を指し、培地中の水分含量は60%となる。また、下記の[ii]・[iii]の培養実験の対比に関し、水分含量のパーセントについては、培地重量に対する水分量であるとともに、海水の溶質の重量は誤差範囲と見なせるので、海水・真水に関わらず水1ml当たり1gとして、「重量%(%(w/w)、本実施例中では、単に「%」と略記)」も「%(v/w)」も等価と見なす。
【0121】
【表14】

【0122】
次に、F培地を用いて28℃で25時間培養した12B株の前培養液150μL(600nmの吸光度:13)を培地X、Y、Zに接種し、よく混合した上で、28℃で4日間振盪培養した(振盪条件:180rpm)。また、培地Zを用いた培養については、28℃、4日間の静置培養も行った。培養後、12B株を含む培地全体をメタノリシスに供し、得られた脂肪酸メチルエステルをガスクロマトグラフィによって分析した。その結果を表15に示す。
【0123】
【表15】

【0124】
表15に示すように、培地から回収される全脂肪酸中のDHAの割合は、1〜2%の範囲内であり、米ヌカ1g当りのDHA含量(単位:mg DHA/g 米ヌカ)は約1〜4mgであり、何れの値も培地Zを用いた時が最も高かった。なお、12B株を接種しなかった各培地のゼロタイムでのDHA含量は検出限界以下であった。
【0125】
培地Yよりも培地Zで培養した方がDHAの含量が高くなる理由としては、12B株がブドウ糖よりも米ヌカそのものを効率的に利用している可能性が見出される。培地Xは米ヌカと海水だけからなる培地であるが、DHAが検出された(0.9mg DHA/g 米ヌカ)。培地Zを用いて静置培養してもDHAが検出されたが、その全脂肪酸中のDHAの割合、DHAの収量とも振盪培養した場合に劣った。
【0126】
[ii] 米ヌカを培地として用いる際の水分含量の検討
米ヌカに対して、水分含量が45〜66.7%(全培地に占める水分の割合(v/w))になるように水分(ブドウ糖を含むF培地と前培養液)を加えて、30℃で7日間培養し、米ヌカに含まれるDHAを定量した。培地ごとの水分含量、海水濃度、NaCl濃度、ゼロタイム(培養開始時)および培養7日後におけるDHAの増加量を表16に示す。
【0127】
なお、ゼロタイムのDHA含量は、接種に用いた前培養液(0.3ml)中のDHA量から計算によっても求めることができる。具体的には、前培養液の接種による持ちこみDHAは1.33mg DHA/0.3mlであるが、計算値は表16に示すように培地に用いている米ヌカの重量により0.36mg DHA/g 米ヌカから0.89mg DHA/g 米ヌカの範囲で変動する。そこで、表16の「DHA含量」の項では、「ゼロタイム」および「DHAの増加率」の項において、上記計算値、および、当該計算値を1.0としたときの培養7日後におけるDHA量の増加率をそれぞれカッコ内に併記した。また、前培養液の海水濃度は50%(v/v)とした。さらに、「塩濃度」の項における「水分中のNaCl濃度」および「培地中のNaCl濃度」の項では、海水のNaCl濃度を3.3%(w/v)として計算した。また、表中の「%」は全て「%(w/v)」を意味する。
【0128】
【表16】

【0129】
表16に示すように、米ヌカに対する水分含量が45〜66.7%(v/w)の範囲内であれば、水分含量が多いほど米ヌカ中のDHA含量(mg DHA/g 米ヌカ)は高くなる。ただし、水分含量45%(v/w)であってもDHA含量は6mg DHA/g 米ヌカの値を示した。なお、米ヌカ中のDHA含量の増加は米ヌカ固形培地中での12B株の増殖を示している。
【0130】
ここで、水分含量が45〜66.7%(v/w)の範囲内で米ヌカの性状を確認すると、水分含量が60%(v/w)以下であれば、全ての水分が米ヌカに吸収されているように見受けられ、米ヌカとなじんでいない水分は観察されなかった。そこで、本発明では、固形物(米ヌカ)に対する水分含量が60%(v/w)以下のものを培地として用いた培養を「固形培養(または固体培養)」と定義する。
【0131】
[iii] 米ヌカのみの培地に加える塩化ナトリウムの影響についての検討
前記[ii]の培養では、水分としてブドウ糖を含むF培地を加えた。しかしながら、固形培地のコスト、培養後の家畜による米ヌカそのものの炭素源および窒素源としての利用性を考慮すると、F培地は加えず、水分を加えるのみで固形培養が可能であることが望ましい。さらに、海水を使用しない、あるいはNaClを添加しないことも同様の効果があると考えられる。
【0132】
そこで、F培地に由来する栄養源や海水の影響を排除するために、添加する水分含量を海水だけ、または海水成分を含まない水(真水)だけとした米ヌカ固形培地を調製し、12B株の増殖とそれに伴うDHAの生産性について検討した。なお、水分含量は海水および真水に関わらず50%(v/w)に固定した。培地ごとの水分含量、海水濃度、NaCl濃度、ゼロタイム及び培養7日後のDHA含量を表17に示す。
【0133】
なお、本培養実験では、海水は原液すなわち濃度100%のものを用いたので、表17中の「水分」の項における「海水」の項に記載した量(体積)は、海水濃度100%の体積である。また、[ii]の培養と同じくゼロタイムのDHA含量は、接種に用いた前培養液中のDHA量から計算によっても求めることができる(具体的には、0.93mg DHA/0.3mlなので、計算値では0.31mg DHA/g 米ヌカ)となる。そこで、表17の「DHA含量」の項では、「ゼロタイム」の項において上記計算値をカッコ内に併記するとともに、「DHAの増加率」の項では、持ちこみDHA量を基にした増加率をカッコ内に併記している。さらに、[ii]の培養と同じく前培養液の海水濃度は50%(v/v)とし、「塩濃度」の項における「水分中のNaCl濃度」および「培地中のNaCl濃度」の項では、海水のNaCl濃度を3.3%(w/v)として計算した。また、表中の「%」は全て「%(w/v)」を意味する。
【0134】
【表17】

【0135】
表17に示すように、水分濃度が50%(v/w)海水である米ヌカ固形培地では、7日間の培養により7.3mgDHA/g米ヌカの収量が得られた。これにより、12B株は米ヌカだけを栄養源として増殖が可能であることが明らかとなった。さらに、海水を添加しない場合(水分濃度が真水50%(v/w)の場合、ただし前培養液中に含まれる海水および栄養物は加えていることになる)でも3.8mgDHA/g米ヌカの収量が得られた。
【0136】
ここで、千葉県畜産センター養鶏試験場 飼養技術研究室の資料(「魚油を利用した高付加価値鶏卵を開発!!」、[online]、平成4年(1992)、千葉県 ちばの農林水産業農業改良課 試験研究情報 アクティブ・インフォメーション、[平成18年1月24日検索]、インターネット <URL : http://www.agri.pref.chiba.jp/nourinsui/07kairyo/gijyutu/active_info/92_yokei.html>)によれば、4%魚油(DHA含量を19.7%とする)を配合した鶏用飼料のDHA含量が0.8%程度となっている。それゆえ、12B株を用いて上記50%海水の米ヌカ固形培地で培養することでも、4%魚油を配合した場合にほぼ匹敵するDHA含量を得られることになる。
【0137】
一方、市販されている犬用の粉ミルクであるゴールデンドッグミルク((株)森乳サンワールド)はDHA配合がうたわれているが、その含量は20mg DHA/100g(0.02%(w/w))であり、同様に市販されている、DHAを強化したとされる幼犬用固形飼料(Hill's Science Diet;日本ヒルズサイエンスダイエット(株))の場合は、0.1%(w/w)以上のDHA含量(製品の栄養成分表の記載はminimum 0.1% DHA(英文表記))であることから、本発明のDHA含有米ヌカは50%真水のみを使用した固形培養であっても0.38%(w/w)のDHAを含むことから十分にDHAが強化されていることになる。したがって、本発明のDHA含有米ヌカはそのままでも、あるいはこれを他の飼料と混合することによっても、十分に高いDHA含量を有する飼料として用いることができる。
【0138】
さらに、上記DHA含有米ヌカは水分含量が50%であり、水分が遊離していない固形状であるので、このままでも飼料として利用できるし、水分含量を10−20%にまで低下させた乾燥物としても利用できる。
【0139】
なお本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0140】
以上のように、本発明では、公知のものと比較して、単位培養液当たり、および単位時間当たりのDHA生産量が格段に高いラビリンチュラ類微生物12B株を単離し、その微生物学的性格付けを行った。その結果、当該12B株は、広義のラビリンチュラ類微生物とみなすことができるものの、既存のいずれの属にも属さない新しい種であると考えられた。また、当該12B株を用いれば、DHAを効率的に生産できるとともに、例えば米ヌカ等の固形成分を培地として用いることができるため、新規な培養方法の開発も可能となった。そのため、本発明は、微生物を用いたDHAの生産に代表される発酵産業の分野に利用することができるだけでなく、さらには、DHAを含有する食品または食品素材産業、DHAを含有する飼料を用いた畜産産業等、幅広い分野に応用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0141】
【図1】(a)は、本発明にかかる新規ラビリンチュラ類微生物12B株について、単独の栄養細胞の光学顕微鏡像を示す図であり、(b)は、同12B株における膜で囲まれた桑の実状となっている細胞塊の光学顕微鏡像を示す図である。
【図2】(a)・(b)は、上記12B株が形成する遊走子嚢の光学顕微鏡像を示す図である。
【図3】上記12B株の遊走子の光学顕微鏡像を示す図である。
【図4】(a)・(b)は、上記12B株の透過型電子顕微鏡像を示す図である。
【図5】上記12B株細胞における細胞壁近傍の透過型電子顕微鏡像を示す図である。
【図6】上記12B株を振盪培養した際の増殖曲線を示すグラフである。
【図7】上記12B株および関連微生物における、18S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく系統樹を示す図である。
【図8】上記12B株における18S rRNA遺伝子のPCR産物をアガロースゲル電気泳動にかけた結果を示す図である。
【図9】上記12B株における18S rRNA遺伝子の断片CのPCR産物を変性剤濃度勾配電気泳動法(DGGE)にかけた結果を示す図である。
【図10】(a)〜(d)は、上記12B株の増殖過程において、大きな細胞が遊走細胞を取り込んでいく過程(食作用または細胞融合)を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドコサヘキサエン酸の生産能を有する新規ラビリンチュラ類微生物12B株(受託番号NITE P−68)。
【請求項2】
配列番号1に示す18S rRNA遺伝子を有する請求項1に記載のラビリンチュラ類微生物。
【請求項3】
ドコサヘキサエン酸(DHA)を含有する組成物の製造方法であって、
培地にラビリンチュラ類微生物12B株(受託番号NITE P−68)を接種して培養する培養工程を含むことを特徴とするDHA含有組成物の製造方法。
【請求項4】
上記培養工程で用いられる培地は、液体、固形、または形状保持性を有する半固形の何れかの形状を有していることを特徴とする請求項3に記載のDHA含有組成物の製造方法。
【請求項5】
上記培養工程では、培地の形状が固形である場合に、当該培地に添加する水分量の下限を45%(v/w)以上とすることを特徴とする請求項4に記載のDHA含有組成物の製造方法。
【請求項6】
上記培養工程では、培地の形状が固形である場合に、当該培地に添加する水分量の上限を60%(v/w)以下とすることを特徴とする請求項4または5に記載のDHA。
【請求項7】
上記培養工程では、静置培養または振盪培養の何れかが選択されることを特徴とする請求項3ないし6の何れか1項に記載のDHA含有組成物の製造方法。
【請求項8】
上記培養工程では、上記培地として食品または飼料を用い、これに対して、上記ラビリンチュラ類微生物12B株を接種して培養することにより、当該食品または飼料にDHAを含有させることを特徴とする請求項3ないし7の何れか1項に記載のDHA含有組成物の製造方法。
【請求項9】
上記食品または飼料が、米ヌカであることを特徴とする請求項8に記載のDHA含有組成物の製造方法。
【請求項10】
上記ドコサヘキサエン酸含有組成物が、DHA含有油脂またはDHA含有リン脂質であることを特徴とする請求項3ないし9の何れか1項に記載のDHA含有組成物の製造方法。
【請求項11】
培地にラビリンチュラ類微生物12B株(受託番号NITE P−68)を接種して培養し、得られる微生物細胞、および、培養後の培地の少なくとも一方から、ドコサヘキサエン酸(DHA)を取得することを特徴とするDHAの製造方法。

【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−230403(P2006−230403A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−22187(P2006−22187)
【出願日】平成18年1月31日(2006.1.31)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(503259406)株式会社ロム (3)
【Fターム(参考)】