説明

ドラムの内歯をプレス成形する方法及びそのプレス装置

【課題】ワークの内歯の加工精度を向上させることを目的とする。
【解決手段】本発明のプレス装置は、有底円筒状のワーク(10)の筒内にワーク(10)の開放端側から嵌合する、外周面(21)にスプライン状の複数の歯形(22)を有するパンチ(20)と、パンチ(20)を圧入する加工孔(35)を有するダイス(30)であって、ダイス(30)の内周面(31)のうちパンチ(20)挿入側はパンチ(20)の凸部(23)と凹部(24)とに対してそれぞれ凹部(34)と凸部(33)とが対向するスプライン状の歯形形状であり、パンチ(20)挿入側と反対側は円柱状壁面であるダイス(30)と、パンチ(20)及びダイス(30)の一方を他方へ向けて押圧するプレス部とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス加工によってクラッチドラムの内周面にスプライン状の歯形を成形する方法及びそのプレス装置に関する。
【背景技術】
【0002】
クラッチドラムには、内周面に多板クラッチを構成する複数のドライブプレートを収装するためのスプライン状の複数の内歯が形成されており、この内歯をプレス加工によって成形することが知られている。すなわち、有底円筒状のワークをワークに内嵌するスプライン状の外歯を有するパンチによってダイスに圧入することで、ワークの内周面にパンチの外歯に対応する内歯を成形する。
【0003】
さらにドラムの内歯の加工精度を上げる方法として特許文献1には、ダイスの内面の軸方向上部に凹凸形状を設けることが記載されている。この凹凸形状は、パンチの外歯の凸部に対して凸が、凹部に対して凹が配置されるように設けられる。これにより、ワークがダイスに圧入されるプレス加工時に、初め、ワークの内周にはパンチの外歯に対応する凹凸が成形され、外周にはダイスの凹凸形状に対応する凹凸が成形される。パンチをさらに圧入すると、ダイスの内面の凹凸形状がない位置までワークが圧入されるのに応じて、ダイスの凹部に入り込んだワークの肉がダイスによって押し戻され、パンチの凹部に充填される。
【特許文献1】特開2003−171539公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし上記従来の技術では、プレス加工時に、一旦ダイスの凹部に入り込んだワークの肉がダイスに押し戻されてパンチの凹部へと充填されるとき、この肉がパンチの凹部の歯幅方向中央に最初に当接し、これにより肉の塑性流動が止まるので、パンチの凹部、すなわちワークの内歯の歯先両側のR部に肉が充填されにくくなる。したがって、ドラムの内歯の加工精度が不十分となる。
【0005】
本発明は、ドラムの内歯の加工精度を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のプレス装置は、有底円筒状のワークの筒内にワークの開放端側から嵌合する、外周面にスプライン状の複数の歯形を有するパンチと、パンチを圧入する加工孔を有するダイスであって、ダイスの内周面のうちパンチ挿入側はパンチの凸部と凹部とに対してそれぞれ凹部と凸部とが対向するスプライン状の歯形形状であり、パンチ挿入側と反対側は円柱状壁面であるダイスと、パンチ及びダイスの一方を他方へ向けて押圧するプレス部とを備える。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ワークをダイスに圧入するとき、ワークの内周面にパンチによって歯形が成形されると同時に一旦外周面にもダイスによって歯形が成型され、その後さらに圧入するとワークの外周面の凸部の肉が内周面の凸部へと押圧しながら充填される。このとき、一旦外周面に成形される凸部は内周面の凸部とワークの周方向に沿って互い違いに配置されるように成形されるので、外周面の凸部の肉が内周面の凸部へと充填されるとき、内周面の凸部に対して凸部の両側から充填される。よって、ワークの肉がワークの内歯の歯先両側のR部に先行して充填されるので、肉の充填率を向上させてワークの内歯の成形精度を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下では図面を参照して本発明の実施の形態について詳しく説明する。本実施形態ではスプライン状の複数の内歯を有するドラムをプレス成形によって製造する。図1は、本実施形態におけるプレス成形において使用するパンチ及びダイスと、当該パンチとダイスとの間に圧入されるドラムの基となるワークを示す模式図である。図1(a)はパンチの外周面の一部を示し、図1(b)はワークを示し、図1(c)はダイスの内周面の一部を示す。ワーク10は有底円筒形状であり、内周部11にパンチ20が嵌合するとともに、パンチ20がダイス30に嵌挿されることでダイス30の内周部31に嵌合する。パンチ20は円柱形状であり、ワーク10の内周面11と当接する外周面21には、スプライン状の複数の歯形22がパンチ20の全周にわたって形成される。この歯形22の凹部24はプレス加工によってワーク10の肉が入り込みワークの内歯12を形成するものであり、その形状は所望の内歯形状に合わせて設定される。
【0009】
ダイス30はワーク10及びパンチ20を収容するように中心に加工孔35を有し、ダイス30の内径はワーク10の内径より大径でワーク10の外径より小径となるように設定される。また、ダイス30の内周面31上部には、ワーク10の圧入を容易にするテーパ部36が形成される。さらにダイス30の内周面31上方であってテーパ部36の下方側には、スプライン状の複数の歯形32がダイス30の全周にわたって設けられる。歯形32より下方側は凹凸形状のない円柱状壁面となっている。
【0010】
パンチ20の歯形22及びダイス30の歯形32は、パンチ20がダイス30に挿入されたとき、歯形22の凸部23及び歯形32の凸部33がそれぞれワーク10の周方向に沿って互い違いに配置されるように、すなわち歯形22の凸部23と歯形32の凹部34、歯形22の凹部24と歯形32の凸部33が互いに対向するように設けられる。
【0011】
パンチ20に嵌合されたワーク10は、図示しないプレス部によってパンチ20が軸方向下方へ押圧されることでダイス30に圧入される。このとき、ダイス30の内径はワーク10の外径より小径であるので、ワーク10は縮径しながら軸方向上方へとしごかれ、ダイス30の歯形32の凸部33とパンチ20の歯形22の凸部23との間がプレス成形後のワーク10の肉厚となる。
【0012】
次に、図2〜図10を参照しながら本実施形態におけるドラムの内歯を成形する方法について説明する。図2〜図5は本実施形態におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。図6〜図9は従来例におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。図2〜図9においてそれぞれ(a)はパンチ及びダイスの中心軸で切断した断面を示し、(b)は(a)のA−A断面を示し、(c)は(a)のB−B断面を示す。すなわち、(a)は(b)、(c)におけるC−C断面を示す。また、図2〜図9の(b)、(c)における点線はワークの加工前の外周面と内周面を示す線である。さらに、図10はワークの肉の流動について示す概略図であり、(a)は従来例、(b)は本実施形態の場合の肉の流動を示す。
【0013】
パンチ20とダイス30とは同軸上に設けられており、ダイス30は固定され、パンチ20は軸方向に移動可能である。有底円筒状のワーク10がパンチ20の外周部21に嵌設され、パンチ20が軸方向下方へ押圧されることでワーク10はダイス30のテーパ部36にガイドされながらダイス30の内周部31へと圧入される。
【0014】
なお、図2(a)〜図5(a)に示すパンチ20及びダイス30の断面において、図面左側はパンチ20の凹部24に対してダイス30の凸部33が対向する様子を示し、図面右側はパンチ20の凸部23に対してダイス30の凹部34が対向する様子を示す。図2の(b)及び(c)に示すように図2の段階ではワーク10の肉厚はまだ変形しておらず、ワーク10はパンチ20の凸部23に当接している。
【0015】
パンチ20が軸方向下方へと押圧されると、図3に示すようにワーク10がダイス30に圧入される。ワーク10の肉はダイス30の凸部33によって中心軸方向へ押圧され、ダイス30の凸部33に対向するパンチ20の凹部24へと押し出されるとともに、外径が縮径しながら軸方向上方にしごかれる。また、ダイス30の凹部34にあるワーク10の肉はパンチ20の凸部23に当接したまま変形しない。
【0016】
パンチ20がさらに軸方向下方へと押圧されると、図4に示すようにワーク10の肉がパンチ20の凹部24へと充填される。図3に示す状態から図4に示す状態へと変化する際に、ダイス30の凹部34はパンチ20が下方へと進むにつれて徐々に浅くなる。したがって、ダイス30の凹部34にあるワーク10の肉はダイス30の凹部34の底部37と当接し、中心軸方向へと押圧されてダイス30の凹部34に対向するパンチ20の凹部24へと押し出されるとともに、外径が縮径しながら軸方向上方へとしごかれる。このとき、隣接するダイス30の凹部34の間にパンチ20の凹部24が対向しているので、ダイス30の凹部34内にあるワーク10の肉がパンチ20の凹部24の両側からパンチ20の凹部24に流入する。これにより、パンチ20の凹部24内にワーク10の肉が完全に充填される。
【0017】
その後、パンチ20がさらに軸方向下方へと押圧されると、図5に示すようにワーク10全体がダイス30の内周部31に収容され、プレス成形が終了する。
【0018】
ここで、本実施形態におけるワーク10の内歯12を成形する方法の作用について従来例における成形方法と比較しながら説明する。従来例ではパンチ80の凸部83及びダイス90の凸部93がそれぞれワーク70の周方向に沿って互い違いにではなく、パンチ80の凸部83とダイス90の凸部93、パンチ80の凹部84とダイス90の凹部94が互いに対向するように配置される。
【0019】
したがって、本実施形態とは異なり図6(a)〜図9(a)に示すパンチ80及びダイス90の断面において、図面左側はパンチ80の凸部83に対してダイス90の凸部93が対向する様子を示し、図面右側はパンチ80の凹部84に対してダイス90の凹部94が対向する様子を示している。図6の(b)及び(c)に示すように図6の段階ではワーク70の肉厚は変形せず、ワーク70はパンチ80の凸部83に当接している。
【0020】
パンチ80が軸方向下方へと押圧されると、図7に示すようにワーク70がダイス90に圧入される。するとワーク70の外周部73はダイス90の凸部93によって中心軸方向へ押圧され、ワーク70の内周部71はダイス90の凸部93に対向するパンチ80の凸部83に当接しているので、ワーク70は外径が縮径しながら軸方向上方にしごかれる。また、ダイス90の凹部94にあるワーク70の肉はダイス90から押圧されることはないが、前述のしごきによって上昇した肉の圧力によって一部がパンチ80の凹部84に押し出される。
【0021】
パンチ80がさらに軸方向下方へと押圧されると、図8に示すようにワーク70の肉がパンチ80の凹部84へと充填される。図7に示す状態から図8に示す状態へと変化する際に、ダイス90の凹部94はパンチ80が下方へと進むにつれて徐々に浅くなる。したがって、図6に示すようにダイス90の凹部94にあるワーク70の肉はダイス90の凹部94の底部97と当接し、中心軸方向へと押圧されてダイス90の凹部94に対向するパンチ80の凹部84へと押し出され、パンチ80の凹部84にワーク70の肉が充填される。しかし、押し出されたワーク70の肉は図8(b)及び(c)に示すように、パンチ80の凹部84の底部87中央に当接して肉の塑性流動が止まるので、パンチ80の凹部84の底部87両側のR部88には肉が充填されない。
【0022】
その後、パンチ80がさらに軸方向下方へと押圧されると、図9に示すようにワーク70全体がダイス90の内周部91に収容され、ワーク70の内歯72の成形が不十分なままプレス成形が終了する。
【0023】
すなわち、従来例では図10(a)に示すように、ダイス90の凹部94の底部97によって押し出されたワーク70の肉はパンチ80の凹部84の底部87中央に最初に当接するので、この時点で肉の塑性流動が停止し、これによりパンチ80の凹部84の底部87両側のR部88に肉が充填されにくくなる。すなわち、ワーク70の内歯72の歯先両側のR部78が欠けることとなり、歯型形状の精度が低下する。
【0024】
これに対して、本実施形態では図10(b)に示すように、ダイス30の凹部34とパンチ20の凹部24とが対向せず、隣接するダイス30の凹部34の間にパンチ20の凹部24が対向するので、ダイス30の凹部34内にあるワーク10の肉はパンチ20の凹部24に対して両側から流入する。これにより、ワーク10の肉はパンチ20の凹部24の底部27両側のR部28に先行して充填され、パンチ20の凹部24内にワーク10の肉が完全に充填される。
【0025】
以上のように本実施形態では、ワーク10をダイス30に圧入するとき、ワーク10の内周面11にパンチ20によって歯形12が成形されると同時に一旦外周面13にもダイス30によって歯形14が成型され、その後さらに圧入するとワーク10の外周面13の凸部16の肉が内周面11の凸部15へと押圧しながら充填される。このとき、一旦外周面13に成形される凸部16は内周面11の凸部15とワーク10の周方向に沿って互い違いに配置されるように成形されるので、外周面13の凸部16の肉が内周面11の凸部15へと充填されるとき、内周面11の凸部15に対して凸部15の両側から充填される。よって、ワーク10の肉がワーク10の内周面11の歯先両側のR部28に先行して充填されるので、肉の充填率を向上させてワーク10の内歯12の成形精度を向上させることができる(請求項1、2に対応)。
【0026】
以上説明した実施形態に限定されることなく、その技術的思想の範囲内において種々の変形や変更が可能である。
【0027】
例えば図11に示すように、パンチ20の一部であってスプライン状の歯形22を設けた部位より上方側に拡径部41を設けてもよい。これにより、ワーク10をダイス30に圧入しながらワーク10の上端17を拡径部41によって下方へと押圧することができる。したがってワーク10の肉の圧力が上昇してパンチ20の凹部24への充填がより確実に達成される。また、ワーク10がダイス30へと入りやすくなる上に、ワーク10を軸方向上方へとしごく際のワーク10のちぎれを防止することができる。
【0028】
また図12に示すように、前記拡径部41の代わりにパンチ20の外径とほぼ同一の内径を有するリング状のガスクッション51を設けてもよい。ガスクッション51はエアシリンダによって軸方向上方への圧力を緩衝し、プレス成形時であってワーク10がダイス30との抵抗によって軸方向上方へとしごかれる際に、ワーク10の上端17が軸方向上方へ伸長することを制限することができる。これにより、ワーク10の肉の圧力が上昇してパンチ20の凹部84への充填がより確実に達成される。また、ワーク10がダイス30へと入りやすくなる上に、ワーク10を軸方向上方へとしごく際のワーク10のちぎれを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本実施形態におけるパンチ、ダイス及びワークを示す模式図である。
【図2】本実施形態におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。
【図3】本実施形態におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。
【図4】本実施形態におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。
【図5】本実施形態におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。
【図6】従来例におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。
【図7】従来例におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。
【図8】従来例におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。
【図9】従来例におけるドラムの内歯を成形する過程を示す概略図である。
【図10】ワークの肉の流動について示す概略図である。
【図11】別実施形態におけるパンチの構成を示す概略図である。
【図12】別実施形態におけるパンチの構成を示す概略図である。
【符号の説明】
【0030】
10 ワーク
11 ワークの内周面
12 ワークの内周面の歯形
13 ワークの外周面
14 ワークの外周面の歯形
15 ワークの内周面の凸部
16 ワークの外周面の凸部
20 パンチ
21 パンチの外周面
22 パンチの外周面の歯形
23 パンチの歯形の凸部
30 ダイス
31 ダイスの内周面
32 ダイスの歯形
33 ダイスの歯形の凸部
35 加工孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有底円筒状のワークの筒内に前記ワークの開放端側から嵌合する、外周面にスプライン状の複数の歯形を有するパンチと、
前記パンチを圧入する加工孔を有するダイスであって、前記ダイスの内周面のうち前記パンチ挿入側は前記パンチの凸部と凹部とに対してそれぞれ凹部と凸部とが対向するスプライン状の歯形形状であり、前記パンチ挿入側と反対側は円柱状壁面であるダイスと、
前記パンチ及び前記ダイスの一方を他方へ向けて押圧するプレス部とを備えることを特徴とするプレス装置。
【請求項2】
パンチを有底円筒状のワークの筒内に前記ワークの開放端側から嵌合し、前記パンチをダイスの加工孔に圧入することで、前記ワークの内周面にスプライン状の複数の歯形をプレス成形する方法において、
前記ワークが前記パンチに嵌合した状態で前記パンチを前記ダイスに圧入しながら、前記ワークの内周面及び外周面にそれぞれスプライン状の複数の歯形を、前記内周面及び前記外周面の凸部がそれぞれ前記ワークの周方向に沿って互い違いに配置されるように成形し、
前記パンチをさらに圧入しながら、前記外周面の凸部の肉を前記内周面の凸部へと前記内周面の凸部の両側から押圧して充填することを特徴とする方法。

【図1】
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【図11】
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【図12】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−46670(P2010−46670A)
【公開日】平成22年3月4日(2010.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−210401(P2008−210401)
【出願日】平成20年8月19日(2008.8.19)
【出願人】(000231350)ジヤトコ株式会社 (899)
【Fターム(参考)】