説明

ナノチューブをベースとする生体分子の電子検知

タンパク質−タンパク質結合を検知するために、カーボンナノチューブを導電性チャネルとして組み込んだナノスケールの電界効果トランジスタデバイスが使用される。ナノチューブデバイスに電子供与性ポリマーの被膜を施し、ポリマーにレセプター化合物を結合させる。レセプター化合物は、特定の生体分子(1個以上の生体分子)に結合するように構成されている。ポリマー被膜とレセプター化合物で被覆されたデバイスは、p型の電界効果トランスデューサとして作動させることができる。たとえば、レセプターによって結びつけられた生体分子にさらすと、負電圧におけるコンダクタンスが著しく低下し、これによって電子信号による応答が確実に発生する。

【発明の詳細な説明】
【発明の開示】
【0001】
(発明の背景)
(発明の分野)
本発明は、ナノチューブベースのセンサーによる生体分子の検知に関する。
【0002】
(関連技術の説明)
現在の生物学的検知法は一般に、本質的に複雑な光学的検知原理に基づいており、検体の実際のかみ合いと信号発生との間の多くのステップ、多種類の試剤、多くの調製ステップ、信号の増幅、複雑なデータ解析、および/または比較的大きなサンプルサイズを必要とする。
【0003】
ナノワイヤとナノチューブは、サイズが小さいこと、表面積が大きいこと、および電子輸送がほぼ一次元性であることから、化学種と生物学的種の電子検知のための有望な手段である(1)。コンポーネント半導性の(component semiconducting)単層カーボンナノチューブ(NT)から製造される電界効果トランジスタ(FET)が、センサーとしての可能性に関して広範に研究されている。これらデバイスの多くの特性が明確にされており、デバイスの検知挙動を説明すべく、さまざまなメカニズムが提唱されている。カーボンナノチューブを組み込んだデバイスは種々のガス(たとえば、酸素やアンモニア)に対して感受性があることが見いだされ、こうした知見から、このようなデバイスが高感度化学センサーとして作動しうるという考えが確立されるようになった。
【0004】
電界効果トランジスタ(“FET”)と抵抗器とを含めた単層ナノチューブ(“SWNT”)デバイスは、メタン/水素ガス混合物と共に鉄含有触媒ナノ粒子から900℃で化学蒸着することによってシリコン基板もしくは他の基板上に成長させたナノチューブを使用して製造することができる。他の触媒物質やガス混合物を使用して基板上にナノチューブを成長させることもでき、また他の電極材料やナノ構造体が、Gabrielらによる米国特許出願第10/099,664号と米国特許出願第10/177,929号(これらの特許出願を参照により本明細書に含める)に説明されている。現時点では、実用的なナノ構造デバイスを組み立てるための技術はまだ初期段階にある。ナノチューブ構造体は、センサーデバイスやトランジスタとして使用する上で将来性を示しているけれども、現在の技術はいろいろな点で制約を受けている。
【0005】
たとえば、生体分子(タンパク質等)を検知するためには、ナノチューブセンサーや他のナノ構造センサーという小さなサイズと感度を利用するのが望ましい。しかしながら、このタイプの有用なセンサーは、特定のタイプの分子標的に対して選択的且つ確実に応答しなければならない。たとえば、サンプル中の他のタンパク質の存在には応答しないで、特定のタンパク質を選択的に感知するのが望ましい。タンパク質とDNAとを含めた生体分子の、ナノチューブに対する共有化学結合の例が当業界に知られているが、特定のタンパク質または他の大きな生体分子の有用な検知をこのようにして行うことができる、ということが納得のいくようには実証されていない。一つには、共有化学結合はカーボンナノチューブの物理的特性を損なうという欠点を有しており、したがってこうしたタイプの構造物は実用的なセンサーとしての有用性が低くなるからである。さらに、カーボンナノチューブは疎水性であり、生体分子との反応において通常は非選択性である。
【0006】
したがって、生体適合性があって、特定の生体分子標的に対して高度の感受性を示すようなナノチューブ検知デバイスを提供するのが望ましい。
(発明の概要)
本発明の実施態様によれば、タンパク質−タンパク質相互作用の検知を可能にすると共に、非特異的な結合を少なくするか又はなくすようなナノチューブセンサー構造物が提供される。このセンサーをナノ構造の電界効果トランジスタとして操作して、特定のタンパク質や他の生体分子の存在を検知することができる。さらに、検知デバイスの製造法と操作法が提供される。
【0007】
本発明のナノ構造デバイスは、基板(たとえばシリコン基板)に沿って配置されたナノチューブ(たとえばカーボンナノチューブ)を含んでよい。ナノチューブは、電気端子としての、あるいはソースおよびドレインとしての機能を果たす2つの導体素子にまたがってよい。パッシベーション層(たとえば一酸化ケイ素の)を導体素子上とナノチューブの一部上に付着させ、導体素子間のナノチューブの一部を露出したままにする。ナノチューブを薄いポリマー層〔たとえば、ポリ(エチレンイミン)(“PEI”)とポリ(エチレングリコール)(PEG)を含む〕で被覆することができる。こうした構成においては、デバイスは、n型FET(米国特許出願第10/656,898号に詳細に説明されている)として操作することができる。有利なことに、ポリマー層は親水性で生体適合性であり、したがってナノチューブデバイスは、タンパク質等の大きな生体分子に対して本質的に非反応性となる。
【0008】
特定の生体分子に対して反応するように構成されたバイオレセプター層をポリマー層上に結びつけることができる。たとえば、ビオチンはストレプタビジンに選択的に結合することが知られている。バイオレセプター層は、ポリマー層に結びつくように構成されていなければならない。たとえば、ビオチン−N−ヒドロキシスクシンイミドエステルの溶液がPEI中の第一アミンと反応し、これによりビオチン分子がポリマー層に結びつく。バイオレセプター層は、ポリマー層に結びつけられた別個のバイオレセプター分子で構成される単分子層を含んでよい。
【0009】
このようにして得られるデバイスは、サンプル環境での標的生体分子の存在に応じて変化するトランスコンダクタンスを示す。たとえば、結びつけられたビオチン分子で構成されるバイオレセプター層がストレプタビジンに選択的に結合し、このため、負のゲート電圧でのトランスコンダクタンスが測定可能な程度に減少する。したがって本デバイスは、ストレプタビジンに対するセンサーとして使用することができる。他の生体分子を検知するために、所望の標的に結合するように構成された別のバイオレセプター層を本デバイスに設けることができる。
【0010】
本発明の生体分子センサーに対するより深い理解、ならびに本発明の生体分子センサーのさらなる利点と目的の具現化は、好ましい実施態様についての下記の詳細な説明を考察することによって当業者にもたらされるであろう。簡潔に記載されている添付の図面が参照される。
【0011】
(好ましい実施態様の詳細な説明)
本発明は、生体分子を選択的に検知するための、従来技術の制約を解消したナノチューブセンサーを提供する。これらの進歩は、ビオチン−ストレプタビジンの適切に特性決定されたリガンド−レセプター結合に対して選択的に感受性を示すことが明らかになっている本発明のナノチューブセンサーによって実証された。
【0012】
一般には、本発明は、タンパク質−タンパク質相互作用の検出を可能にし、そしてさらに非特異的な結合を少なくするか又はなくすようなセンサー構造物を提供する。親水性のポリマー被膜層で被覆された本質的に疎水性のNT−FETがトランスデューサとして使用される。ポリマー層が有する親水性により、非特異的なタンパク質結合(この結合に対しては疎水性環境が好ましい)に対するナノチューブの親和性が低下する。下記にて説明する代表的な実施態様においては、ビオチンがポリマーに共有結合的に結びつけられる。使用時、結びついたビオチンと補体タンパク質であるストレプタビジンとの結合、およびストレプタビジン−ビオチン複合体の形成が電子的に検知可能となる。ストレプタビジン−ビオチン複合体は、広範に研究されているように、タンパク質相互作用に対するモデルシステムとして役立つことがあり、この結合は広く理解されている。しかしながら、これによって本発明が限定されることはない。
【0013】
図1は、カーボンナノチューブ102をトランスデューサとして使用するセンサー100を概略的に示している。ナノチューブ102が親水性のポリマー被膜104で被覆され、ポリマー被膜にバイオレセプター分子106が化学結合によって結びつけられる。バイオレセプター106は、生体分子標的107への結合において選択性を示すように選定することができる。種々のレセプター/標的の組み合わせが知られており、あるいはこうした組み合わせを見出すこともできる。1つの実施態様においては、レセプター106はビオチンであり、標的107はストレプタビジンである。分子106と同一または異なったタイプの追加のバイオレセプター分子を、ポリマー層104にさらに結びつけることができる。複数種のこうしたバイオレセプター分子(図示せず)を、ポリマー層の表面上に配置することができる。ナノチューブ102を、ゲート112上のソース電極108とドレイン電極110に連結することができる。当業界に公知のパッシベーション層114(たとえばSiO2)がゲート基板112(シリコンや他の材料を含んでよい)を覆ってもよい。
【0014】
センサー構造物のポリマー層104を介しての官能化は幾つかの利点を有する。第一に、ポリマーを使用して、ナノチューブの側壁に分子レセプター分子(molecular receptor molecules)結びつけており、これによりナノチューブへの生体分子の、共有結合による化学的結びつきが避けられる。第二に、ポリマー被膜はナノチューブFETデバイスの特性を変化させることが明らかになっており、したがってコーティングプロセスを容易にモニターすることができる。特に、NTFETをポリエチレンイミン(PEI)で被覆すると、デバイス特性がp型からn型にシフトするので有利である。第三に、ポリマー被膜は、タンパク質の非特異的な結合を防ぐ上で有用である。
【0015】
本発明のセンサーデバイスのトランスコンダクタンスに及ぼす、ポリマー被膜、バイオレセプターの結合、そしてその後のバイオレセプターによる生体分子の捕捉の影響は下記のように理解することができる(しかしながら、これによって本発明が限定されることはない)。ポリ(エチレンイミン)(PEI)でコーティングすると、電子供与性のNH2基によりn型のドーピングが起こる。PEIが、このような方法において使用できるポリマー化合物の唯一の例というわけではなく、他の例としては、ポリ(エタノールアミン)、ポリ(エチレングリコール)、およびポリテトラヒドロフランビス(3−アミノプロピル)−末端ポリマーなどがある。バイオレセプター(たとえばビオチン)のPEIへの結びつきは一級NH2基への共有結合によるものであり、したがってPEIの全体的な電子供与機能が低下し、デバイスからの電子の除去を示すことと一致したトランスコンダクタンス・プロフィール(a transconductance profile)を引き起こす、と考えられる。ビオチンとの結合に際しては一級NH2部位だけが関与するので、被覆前に観察されたp型コンダクタンスは完全には回復されない。ストレプタビジン−ビオチン結合が起こると、被膜を局所的にかき乱す形状的な変化が起こり、これによって電荷移動の効率が低下し、デバイスのトランスコンダクタンスが変化する、と仮定するのが妥当である。PEI層または他のポリマー層の、一級NH2基を介しての機能化は、オリゴヌクレオチドだけでなくタンパク質に対しても適用できる、という点に注目する価値がある。
【0016】
層104は、望ましい電気的特性をもたらすことのほかに、その親水性のゆえに、タンパク質結合に対するナノチューブの親和性を低下させ、これによりデバイスの選択性が向上する。バイオセンサー用途や生体医用デバイス用途のために、表面への望ましくない化学種の結合を防ぐべく種々のポリマー被膜と自己組織化単分子層が使用されており、こうしたポリマー被膜と単分子層はさらに、本発明と共に使用するのに適している。コーティング用の入手しやすい種々のポリマーの中では、ポリ(エチレングリコール)が最も有効な材料の1つであり、広く使用されている。
【0017】
ナノチューブを導電性チャネル(conducting channel)として組み込んだデバイス100に類似したFETデバイスを製造するための代表的な方法200が図2に示されている。工程202においては、シリコンをドーピングした200nmの二酸化ケイ素上に、鉄ナノ粒子からメタン/水素ガス混合物と共に900℃にて化学蒸着(CVD)させることによって成長させたナノチューブを使用してp型NTFETを製造することができる。厚さ5nmの金の層でキャップした厚さ35nmのチタンフィルムからナノチューブの上部に、ソースとドレインとの間に0.5〜0.75μmの間隙を設けた状態で導線をパターン付けすることができる。複数のナノチューブをソース電極とドレイン電極に連結することができ、このとき個々のチューブの特性が金属性から半導性へと変わってよい。したがって、ある範囲のデバイス変調(device modulations)〔“オン”のソース−ドレイン電流と“オフ”のソース−ドレイン電流(それぞれ、−10Vのゲート電圧および+10Vのゲート電圧にて測定)との比として表示される〕を観察することができる。このようなデバイスは、適切なポリマー層で機能化する前においてはp型トランジスタの挙動を示す。上記プロセスから得られる典型的なデバイスは、0.5〜0.75μmの間隙によって隔離された幅0.5μmの対になった導線を有してよく、そしてこれらの間隙は、一対の導線の10μm長さに沿って1本〜約5本のナノチューブによって埋めることができる。他の多くの配置構成も適切であることは言うまでもない。
【0018】
工程204においては、NTFETのためのデバイス特性を決定することができる。本明細書で使用している“デバイス特性(device characteristic)”とは、+10V〜−10Vまでのゲート電圧にて測定した場合の、ソース−ドレイン電流(Isd)の、ゲート電圧(Vg)の関数(Isd(Vg))としての依存性を表わしている。NTFETデバイスを特性決定するのに、他のいかなる適切な方法も使用することができる。このデバイス特性は、引き続き行われるデバイスの電気的応答のキャリブレーション用ベースラインとして使用することができる。
【0019】
デバイス特性を決定した後、工程206において機能化用ポリマー層(a polymer functionalization layer)をデバイス上に付着させることができる。たとえば、デバイスをポリ(エチレンイミン)(PEI、平均分子量約25000、アルドリッチ社)の10重量%水溶液やポリ(エチレングリコール)(PEG、平均分子量10000、アルドリッチ社)の10重量%水溶液中に一晩浸漬し、次いで水ですすぎ洗いすることができる。市販のポリエチレンイミン(PEI)を使用することができる。本物質はかなり枝分かれしており、分子量が約25000であって約500のモノマー残基を含有する。PEIのアミノ基の約25%が一級であり、約50%が二級であり、そして25%が三級である。コーティングプロセスの後、ポリマー物質の薄層(たとえば<10nm)でデバイスを被覆しなければならない。最終的なポリマー被膜は原子間力顕微鏡法によって観察することができる。
【0020】
工程208においては、所望の生体分子レセプターをポリマー層に結合させることができる。ビオチンが所望のレセプターである場合は、ビオチン−N−ヒドロキシスクシンイミドエステル(シグマ社)の15mM濃度DMF溶液中に室温にて浸漬することによって、ポリマー被覆されたデバイスをビオチニル化することができる。本化合物は、周囲条件下にてPEI中の一級アミンと容易に反応し、後述するようなデバイス特性の変化をもたらす。一晩浸漬した後、溶液中からデバイスを取り出し、DMFと脱イオン水ですすぎ洗いし、窒素気流にてブロー乾燥し、そして減圧乾燥する。図3Aは、ポリマー被膜にビオチンを結びつけることができる化学スキームを示している。図3Bは、ビオチニル化反応の前における、およびそれぞれ反応の1時間後と18時間後における、PEIで被覆されたデバイスに対する典型的なトランスコンダクタンス曲線を示している。
【0021】
デバイス特性は、乾燥後において、本明細書に記載のように調べることができる。本発明のデバイスはさらに、緩衝液中や他の液体中においても応答を示すけれども、ここに記載の例では、種々の化学的・生物学的修飾によってもたらされるデバイス特性の変化を示すよう機能しなければならない。緩衝液環境においては、こうした直接的な応答は幾分不明瞭になることがある。
【0022】
実施例による結果を以下に記載する。上記の説明にしたがって作製したビオチニル化ポリマー被覆デバイスを、乾燥後に、0.01Mのリン酸塩緩衝生理食塩水(pH7.2、シグマ社)中に2.5μMのストレプタビジンを溶解して得られる溶液に室温にて15分さらした。次いでデバイスを脱イオン水で充分にすすぎ洗いし、窒素でブロー乾燥した。
【0023】
金ナノ粒子で標識付けされたストレプタビジンにさらした後の、デバイスのうちの1つの原子間力顕微鏡(AFM)画像は、ストレプタビジンの存在を示した。画像によると、ナノチューブのビオチニル化されたPEIポリマー被膜にストレプタビジンが効果的に結びついていることがわかった。長さ約800nmのナノチューブと約80個のストレプタビジン分子で構成されるデバイスの画像から、ナノチューブ導電性チャネルと直接的に相互作用していることが推測された。
【0024】
化学修飾前のセンサーのデバイス特性は、周囲環境においてp型であった(酸素への曝露によるものと推定される)。デバイスをPEIポリマーとPEGポリマーとの混合物で被覆すると、図4に示すようにn型のデバイス特性になった。18時間のビオチニル化反応後におけるデバイスの電子特性も図4に示す。PEIで被覆する前に観察されたp型コンダクタンスがビオチンによる機能化後に完全には回復されない、という点に留意しなければならない。
【0025】
ビオチニル化ポリマー被覆デバイスをストレプタビジン溶液にさらしたことの結果、および対照標準実験(別のデバイスに対して行った)の結果を図5に示す。ストレプタビジンにさらした後、そしてそれに引き続くストレプタビジン−ビオチン結合の後において、負のゲート電圧に対してソース−ドレイン電流の著しい減少が起きていることが明らかであり、デバイス特性は、負もしくは正のゲート電圧のほうには殆どシフトしていない。
【0026】
偽陽性(false positives)を避ける上での、また特定のタンパク質結合を検知する上での本発明のデバイス構造物の有効性を実証するために幾つかの対照標準実験を行った。最初に、被覆されていないNTFETデバイスをストレプタビジンにさらした。デバイス特性の変化から(図6に示すように)、ストレプタビジンがデバイスに結びついたことがわかる。しかしながらこの場合、最も重要な結果は、負のゲート電圧のほうへのデバイス特性のシフトにある、という点に留意しなければならない。これとは対照的に、デバイスをポリマー被覆したが、ビオチニル化していない場合は、ストレプタビジンにさらしても変化が起こらなかった(図7に示す)。このことは、ストレプタビジンとナノチューブとの直接的で非特異的な相互作用を防ぐ上でのポリマー被膜の有効性を示している。最後に、過剰のビオチンとの複合体化によってビオチンの結合部位がブロックされている状態でストレプタビジンが結びついても、ビオチニル化ポリマー被覆デバイスのデバイス特性は、図8に示すように実質的に変化しなかった。
【0027】
デバイスの電子特性(device electronics)に及ぼす生体分子の影響に関して幾つかの結論を導き出すことができる。第一に、裸の未被覆デバイスをストレプタビジンにさらすとトランスコンダクタンスが負のゲート電圧のほうにシフトし、これによってデバイスはよりp型ではなくなり、このときトランスコンダクタンスの大きさはほとんど低下しない。このことから、ナノチューブ−ストレプタビジン結合の主要な作用が、電子をナノチューブに供与するストレプタビジンとの電荷移動反応である、ということがわかる。ビオチン−ストレプタビジン結合は、電流を低下させるという別の作用も有する。同時に、図5に示すようにデバイス特性は負のゲート電圧に対してのみ変化し、このとき正のゲート電圧区域におけるトランスコンダクタンスは影響を受けない。
【0028】
興味あることに、電荷キャリヤーを付着させたデバイスにおいても類似の作用を観察することができる。観察されるこのような作用は、正に(負に)帯電したイオン性物質の、負に(正に)帯電した表面による局在化(非局在化)によるものである。このようなメカニズムは、開示されているナノチューブデバイスの場合にも有効であり、生物反応の電子的修飾(electronic modification)を可能にすることがある。
【0029】
NTFETデバイスの改良に関して、NTFETデバイスはさらに、単一のタンパク質検知とモニタリングを達成できるほどに充分に感受性にすることができる。図5から推測されるように、トランスコンダクタンスの全体的な変化は、約10倍程度にてノイズレベルを超えている。上記デバイスのAFM画像によれば、カーボンナノチューブの極めて近くに約10個のタンパク質分子が存在する。これら2つの数値を組み合わせると、我々の電流検知レベルから、10のオーダーのストレプタビジン分子が存在するものと推定される。
【0030】
我々が行った実験から、ストレプタビジンと共にインキュベートした未被覆のナノチューブに対してもほぼ同等の検知感度を推測することができる(この点に対する結果が表6に示されている)。この結果は、活性エレメントがナノワイヤ(実質的により大きな断面を有するチャネル)である場合のデバイスにおいて観察される比較的穏やかな変化とは対照的である。
【0031】
したがって、ナノチューブをベースとしたトランスデューサを中心的なセンサーエレメントとして組み込んだ標識なしの電子検知(label-free electronic sensing)は、生体分子の検知において極めて有用な他の特徴をもたらすことがある。このようなセンサーは、小形で反応が速く、ほとんど電力を必要とせず、したがってほとんど熱を発生しない。アクティブな検知エリア(active sensing area)は、個別のタンパク質もしくはウイルス、および一般にはわずかなサンプル体積に対して適合するような大きさに調整されており、全ての電流が検知箇所を通過するときに極めて高感度である。重要なことに、デバイスは、個別の分子に対して特異的にすることができ、また場合によっては、化学的・生物学的な機能化を使用することによって、異なった分子に対する応答を調節することができる。特定のオリゴヌクレオチドを直接的に検知することは、どうやら、一般にはさらに困難のようであり、したがって個々のタンパク質を検知する場合の知見より有用な知見を下記に示す。サンプル中のオリゴヌクレオチドは一般には、配列に基づいて高度のバリエーションを示し、特に重要な化学種は2つの観点から極めて少ない場合が多い。なぜならサンプルは、重要な化学種のうちの1つに極めて類似した多くのオリゴヌクレオチド種の集団を、かなり高い濃度で含有することがあるからである。
【0032】
本発明の原理と実施は、そのうちに、細胞ベースの電子検知(生物系の電子的応答を測定すること)を開発すること、ならびに細胞生理学、医療スクリーニング、および診断を目的としたインビボ用途のためにナノスケールのデバイスを使用することに寄与するものと思われる。センサーデバイスは本発明の原理にしたがって作製することができ、センサーのエレメント間に電圧をかけることによって生体分子が不動化されるときに、検知エレメント上に表面電荷を生成させることができる。このような表面電荷は帯電した生体分子と相互作用するはずであり、生体分子の選択的な電子検知、または分子レベルでの生物学的反応の電気的操作に対するさらなる可能性をもたらす。したがって、本発明のデバイスのこのような態様での操作は、さらなる研究を進めていくに値する。
【0033】
生体分子を選択的に検知するためのナノチューブセンサーの好ましい実施態様、および前記ナノチューブセンサーの製造法について説明してきたが、本システムの特定の利点が達成されている、ということは当業者にとって明らかである。理解しておかなければならないことは、本発明の範囲と精神を逸脱することなく、本発明の種々の改良形、適合形、および代替実施態様が可能である、という点である。たとえば、ビオチン−ストレプタビジンデバイスが開示されているが、理解しておかなければならないことは、上記した本発明の概念は、他のレセプター/生体分子の組み合わせを利用しているデバイスに対しても同様に適用可能である、という点である。本発明は、以下に記載の特許請求の範囲によってさらに規定される。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の生体分子センサーとして構成されたナノチューブ電界効果トランジスタ(NTFET)の概略図である。
【図2】本発明のナノチューブバイオセンサーの製造法の典型的な工程を示した流れ図である。
【図3A】ナノチューブ上のPEI/PEGポリマー層にビオチンを結合させるための化学スキームの概略図である。
【図3B】ネイティブのPEI/PEG−被覆NTFETデバイスのトランスコンダクタンスと、ビオチン−N−ヒドロキシスクシンイミドエステルと反応させて1時間後および18時間後におけるそのトランスコンダクタンスとを比較している図である。
【図4】裸のNTFETのトランスコンダクタンスと、PEI/PEGポリマー層で被覆されたNTFETのトランスコンダクタンスと、ビオチニル化PEI/PEGポリマー層で被覆されたNTFETのトランスコンダクタンスとを比較している図である。
【図5】ビオチニル化PEI/PEGで被覆されたNTFETデバイスの、ストレプタビジンが存在する場合と存在しない場合におけるトランスコンダクタンスを比較している図である。
【図6】裸のNTFETデバイスの、ストレプタビジンが存在する場合と存在しない場合におけるトランスコンダクタンスを比較している図である。
【図7】ビオチンレセプターを含まないPEI/PEG被覆NTFETデバイスの、ストレプタビジンが存在する場合と存在しない場合におけるトランスコンダクタンスを比較している図である。
【図8】ビオチニル化PEI/PEG被覆NTFETデバイスの、ビオチンと複合体化(これによってビオチンの結合部位がブロックされる)したストレプタビジンが存在する場合と存在しない場合におけるトランスコンダクタンスを比較している図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性ポリマーで被覆されたナノチューブ;および
生体分子に結合するよう構成されている、前記親水性ポリマーに結びつけられた分子レセプター化合物;
を含むナノチューブセンサー。
【請求項2】
生体分子がタンパク質である、請求項1記載のナノチューブセンサー。
【請求項3】
生体分子がオリゴヌクレオチドである、請求項1記載のナノチューブセンサー。
【請求項4】
分子レセプター化合物が生体分子の一部分を含む、請求項1記載のナノチューブセンサー。
【請求項5】
分子レセプター化合物がビオチンを含む、請求項1記載のナノチューブセンサー。
【請求項6】
ナノチューブに連結されたソース電極、およびナノチューブに連結されたドレイン電極をさらに含む、請求項1記載のナノチューブセンサー。
【請求項7】
ソース電極に連結された複数のナノチューブ、およびドレイン電極に連結された複数のナノチューブをさらに含む、請求項6記載のナノチューブセンサー。
【請求項8】
NTFETを作製する工程;
NTFETのナノチューブを親水性ポリマー層で被覆する工程;および
親水性ポリマー層にバイオレセプター化合物を結びつける工程;
を含む、ナノチューブバイオセンサーの製造法。
【請求項9】
前記作製工程の後にNTFETのデバイス特性を決定する工程をさらに含む、請求項8記載の製造法。
【請求項10】
ナノチューブスパンニング対向電極を基板上に構築することをさらに含む、請求項8記載の製造法。
【請求項11】
前記被覆工程が、NTFETをポリマー溶液中に浸漬すること;ポリマー溶液をNTFET上にスピンキャストすること;またはポリマー溶液をNTFET上にドロップキャストすること;から選択されるプロセスをさらに含む、請求項8記載の製造法。
【請求項12】
前記結びつける工程が、バイオレセプター化合物を親水性ポリマー層に共有結合させることをさらに含む、請求項8記載の製造法。
【請求項13】
前記結びつける工程が、バイオレセプター化合物の分子を親水性ポリマー層のアミン基に結合させることをさらに含む、請求項8記載の製造法。
【請求項14】
生体化合物に結合するよう構成されている電子供与性化合物が結びつけられた親水性ポリマーで被覆されたナノ構造デバイスを含むセンサーを使用して生体化合物を検知する方法であって、
ナノ構造デバイスをサンプルにさらすステップ;および
ナノ構造デバイスの両端のトランスコンダクタンス値に基づいて生体分子の検知を信号で知らせるステップ;
を含む前記方法。
【請求項15】
前記信号で知らせるステップが、デバイス特性の変化を信号で知らせるステップをさらに含む、請求項14記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公表番号】特表2006−505806(P2006−505806A)
【公表日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−507121(P2005−507121)
【出願日】平成15年11月7日(2003.11.7)
【国際出願番号】PCT/US2003/035635
【国際公開番号】WO2004/044586
【国際公開日】平成16年5月27日(2004.5.27)
【出願人】(504468470)ナノミックス・インコーポレーテッド (12)
【Fターム(参考)】