説明

ニチジンを成分とする抗癌剤、および該抗癌剤の感受性増強剤

【課題】ニチジンの抗癌活性の対象となる癌細胞の特徴を新たに見出し、得られた知見に基いて、ニチジンを成分とする細胞選択的な抗癌剤の提供、並びに、該抗癌剤の感受性を増強させる薬剤の提供、更に、該抗癌剤の感受性の検査方法の提供。
【解決手段】各種癌細胞株を用いて、ニチジンによる細胞毒性評価試験を行った結果、ABCA1低発現細胞株において顕著な細胞障害活性が見られた。 ニチジンを有効成分とする薬剤は、ABCA1発現低下細胞選択的な抗癌剤として有用である。更に、ABCA1発現阻害剤は、前記抗癌剤の感受性を増強させる薬剤として有用であり、前記抗癌剤と組み合わせて新規な抗癌剤として用いられる。更に、被検癌細胞について、ABCA1遺伝子の発現量を測定して、発現量が低下している場合に、被検癌細胞は抗癌剤感受性癌細胞であるものと判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニチジンを成分とするABCA1発現低下癌細胞に対する抗癌剤、および該抗癌剤の感受性増強剤に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは日本人の死因の第一位である。そのうち肺がんは男性では一位、女性では三位となるなど、致死率が高く難治性のがんとして新たな治療法・治療薬が求められている。
【0003】
ニチジンにおいては、現在臨床で用いられているイリノテカンなどと同様のトポイソメラーゼI阻害活性が報告されている。しかしその活性は非常に小さく、抗癌剤への応用に関する報告は認められていない。一方で、代表的なトポI阻害剤であるCPTとジヒドロニチジンの抗腫瘍活性を細胞レベルで比較した結果、トポI阻害活性の強さだけでは説明できない細胞毒性(抗腫瘍活性)様式の存在が示されている(特許文献1参照)。
【0004】
ABC(ATP-Binding Cassette)タンパク質は、200アミノ酸に渡って配列がよく保存されたATP結合ドメインを1機能分子あたり2つもつ膜タンパク質ファミリーであり、バクテリアからヒトまで生物界に幅広く存在する。それぞれの生物で重要な生理機能を果たしている。ヒトの染色体には49のABCタンパク質遺伝子がコードされており、それらの異常によってさまざまな疾病が引き起こされることから、ABCタンパク質が生理的に重要であることがわかる。また、バクテリアからヒトまであらゆる生物において、それぞれ数十から100以上のABCタンパク質が働いている。遺伝子ファミリーとして最も大きなもののひとつであり、生物界全体にとって重要な役割を果たしている。ABCタンパク質のひとつであるABCA1は高密度リポタンパク質(HDL)の形成に必須であり、その異常はタンジール病を引き起こす。
【0005】
ABCA1タンパク質に関しては、以下の文献に記載された種々の知見が知られている(非特許文献1〜10参照)。
しかしながら、ABCA1とニチジンとの関連性については、これまでのところ知られていない。
【特許文献1】特開2006-182747
【非特許文献1】J Anim Sci. 2006 Nov;84(11):2887-94. Identification of the bovine cholesterol efflux regulatory protein ABCA1 and its expression in various tissues. Farke C, Viturro E, Meyer HH, Albrecht C. Physiology Weihenstephan, Technical University Munich, 85354 Freising, Germany.
【非特許文献2】J Lipid Res. 2006 Sep;47(9):2055-63. Epub 2006 Jun 28. NO-1886 upregulates ATP binding cassette transporter A1 and inhibits diet-induced atherosclerosis in Chinese Bama minipigs. Zhang C, Yin W, Liao D, Huang L, Tang C, Tsutsumi K, Wang Z, Liu Y, Li Q, Hou H, Cai M, Xiao J. Institute of Cardiovascular Research, Nanhua University Medical School, Hengyang, Hunan 421001, China.
【非特許文献3】J Atheroscler Thromb. 2006 Feb;13(1):1-15. ABCA1 and biogenesis of HDL. Yokoyama S. Biochemistry, Cell Biology and Metabolism, Nagoya City University, Graduate School of Medical Sciences, Nagoya, Japan.
【非特許文献4】Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Feb 28;103(9):3112-7. Epub 2006 Feb 21. TNFalpha induces ABCA1 through NF-kappaB in macrophages and in phagocytes ingesting apoptotic cells. Gerbod-Giannone MC, Li Y, Holleboom A, Han S, Hsu LC, Tabas I, Tall AR. Division of Molecular Medicine, Department of Medicine, Columbia University, New York, NY 10032, USA.
【非特許文献5】J Pharmacol Exp Ther. 2006 Apr;317(1):395-401. Epub 2006 Jan 13. Pitavastatin effect on ATP binding cassette A1-mediated lipid efflux from macrophages: evidence for liver X receptor (LXR)-dependent and LXR-independent mechanisms of activation by cAMP. Zanotti I, Poti F, Favari E, Steffensen KR, Gustafsson JA, Bernini F. Department of Pharmacological and Biological Sciences and Applied Chemistries, School of Pharmacy, University of Parma, Italy.
【非特許文献6】Biochem Pharmacol. 2006 Feb 28;71(5):605-14. Epub 2006 Jan 18. Effects of rosiglitazone and atorvastatin on the expression of genes that control cholesterol homeostasis in differentiating monocytes. Llaverias G, Rebollo A, Pou J, Vazquez-Carrera M, Sanchez RM, Laguna JC, Alegret M. Unitat de Farmacologia, Departament de Farmacologia i Quimica Terapeutica, Facultat de Farmacia, Universitat de Barcelona, Av. Diagonal 643. 08028 Barcelona, Spain.
【非特許文献7】Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2006 Jan;26(1):163-8. Epub 2005 Oct 27. Glucocorticoid receptor regulates ATP-binding cassette transporter-A1 expression and apolipoprotein-mediated cholesterol efflux from macrophages. Ayaori M, Sawada S, Yonemura A, Iwamoto N, Ogura M, Tanaka N, Nakaya K, Kusuhara M, Nakamura H, Ohsuzu F. First Department of Internal Medicine, National Defense Medical College, 3-2 Namiki, Tokorozawa, Japan.
【非特許文献8】Vasc Med. 2005 May;10(2):109-19. ABCA1 and atherosclerosis. Soumian S, Albrecht C, Davies AH, Gibbs RG. Department of Vascular Surgery, Faculty of Medicine, Imperial College, Charing Cross Hospital, London, UK.
【非特許文献9】J Biol Chem. 2006, ABCA1 Overexpression in the Liver of LDLr-KO Mice Leads to Accumulation of Pro-Atherogenic Lipoproteins and Enhanced Atherosclerosis. Clarles W. Joyce, et al.
【非特許文献10】Journal of Lipid Research 2005, Intestinal cholesterol absorption is substantially reduced in mice deficient in both ABCA1 and ACAT2, Ryan E. Temel, et al.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これまでのところ、ニチジンの抗癌活性の詳細なメカニズムや、その対象となる癌細胞の有する特徴に関して不明な点が多い。本発明は、ニチジンの抗癌活性の対象となる癌細胞の特徴を新たに見出し、得られた知見に基いて、ニチジンを成分とする細胞選択的な抗癌剤の提供を課題とする。並びに、該抗癌剤の感受性を増強させる薬剤の提供、加えて、該抗癌剤の感受性の検査方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究を行った。本発明者は、各種癌細胞株を用いて、ニチジンによる細胞毒性評価試験を行った。その結果、ABCA1低発現細胞株において顕著な細胞障害活性が見られた。即ち、ニチジンの細胞障害活性とABCA1発現量との間で相関があることが初めて見出された。
また、リアルタイムPCRの結果から、ニチジンに対する感受性の低い細胞は、ABCA1遺伝子の発現量が増大していることが明らかとなった。
さらに、ニチジンに対して感受性の低い細胞を、ABCA1遺伝子の発現阻害剤によって処理することにより、発現阻害剤の濃度上昇に従ってニチジンに対する感受性(細胞毒性)が増加することがわかった。
【0008】
本発明者が行った実験により、ニチジンがABCA1発現低下細胞に対して選択的な抗癌活性を示すことが明らかとなった。従って、ニチジンを有効成分とする薬剤は、ABCA1発現低下細胞選択的な抗癌剤として有用であることが示された。さらに、ABCA1発現阻害剤は、前記抗癌剤の感受性を増強させる薬剤として有用であり、例えば、前記抗癌剤と組み合わせて組成物とすることにより、新規な抗癌剤として用いることができる。
また、本発明者によって見出された新たな知見に基いて、ニチジンを成分とする抗癌剤に対して感受性か否かの検査を行うことができる。即ち、被検者由来の試料について、ABCA1の発現状態を測定することにより、ニチジンを成分とする抗癌剤が有効か否かについて遺伝子診断を行うことが可能である。
【0009】
本発明は、ニチジンを有効成分とするABCA1発現低下細胞に対する抗癌剤、および、該抗癌剤の感受性を増強させる薬剤、並びに、該抗癌剤の感受性の検査方法に関し、より具体的には、
〔1〕 以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物、またはその塩を有効成分とする、ABCA1発現低下癌細胞に対する抗癌剤、
【化13】

【化14】

〔2〕 前記ABCA1発現低下癌細胞が肺腺癌細胞である、〔1〕に記載の抗癌剤、
〔3〕 以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩、およびABCA1遺伝子発現阻害物質を組み合わせて成る組成物、
【化15】

【化16】

〔4〕 〔3〕に記載の組成物を有効成分とする抗癌剤、
〔5〕 以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩、およびABCA1遺伝子発現阻害物質を構成成分として含む、癌治療用キット、
【化17】

【化18】

〔6〕 ABCA1発現阻害物質を有効成分とする、抗癌剤感受性増強剤、
〔7〕 前記抗癌剤が、以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩である、〔6〕に記載の抗癌剤感受性増強剤、
【化19】

【化20】

〔8〕 以下の工程(a)および(b)を含む、抗癌剤に感受性か否かの検査方法、
(a)被検者由来の試料について、ABCA1遺伝子の発現量を測定する工程
(b)対照と比較して、前記発現量が低下している場合に、被検者は抗癌剤に感受性であるものと判定する工程
〔9〕 以下の工程(a)および(b)を含む、抗癌剤感受性癌細胞の検査方法、
(a)被検癌細胞について、ABCA1遺伝子の発現量を測定する工程
(b)対照と比較して、前記発現量が低下している場合に、被検癌細胞は抗癌剤感受性癌細胞であるものと判定する工程
〔10〕 前記抗癌剤が、以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩である、〔8〕または〔9〕に記載の方法、
【化21】

【化22】

〔11〕 ABCA1遺伝子の発現を低下させる化合物を選択することを特徴とする、抗癌剤感受性増強剤のスクリーニング方法、
〔12〕 以下の一般式(I)または(II)で表される化合物またはその塩と、ABCA1遺伝子発現阻害物質とを混合する工程を含む、抗癌剤の製造方法、
【化23】

【化24】

を、提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
ニチジンの細胞障害性発現と膜上のABCA1タンパク質との関連性を評価した結果、ABCA1発現量の低い細胞ほどニチジンに対する感受性が高く、両者に負の相関が認められた。
本発明によりニチジン輸送への関与が示唆されたABCA1は、これまでのところ、脂質輸送に関連した報告しかみられず、薬剤耐性に関する知見は、本発明者によって初めて見出されたものである。
また、ABCA1の発現量が高く、ニチジンに対する感受性が低い癌細胞は、ABCA1発現阻害剤で処理することにより、ニチジンに対する感受性が増強することが分った。
【0011】
本発明により、ABCA1発現抑制剤を成分とする、ニチジン抗癌剤に対する感受性増強剤が提供された。該薬剤を抗癌剤と併用することにより、従来抗癌剤の効果が見られない、あるいは効果が弱い癌細胞に対しても、十分な抗癌作用を発揮させることが可能である。
【0012】
また本発明によって、ABCA1遺伝子の発現を指標とするニチジン抗癌剤に対する感受性の検査方法が提供された。該方法により、ニチジンを成分とする抗癌剤の投与対象者を選定することができる。また、被検癌細胞についてABCA1遺伝子の発現を指標とすることにより、ニチジンにより治療効果が期待できるか否かについて検査を行うことができる。即ち、ABCA1の発現量を評価することにより、適切な処方を施すテーラーメード医療を実施することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、ニチジンまたはその塩を有効成分とするABCA1発現低下癌細胞に対する抗癌剤に関する。本発明において「ニチジン」は、具体的には、ニチジン(Nitidine; NTD)、またはジヒドロニチジン(Dihydronitidine; DHN)をいう(本明細書においては、これらの化合物をまとめて「ニチジン」と記載する場合あり)。
【0014】
本発明のニチジン(NTD)、またはジヒドロニチジン(DHN)は、それぞれ以下の一般式(I)または(II)で表される化合物である。
【化25】

【化26】

なお、上記ニチジンの正式名称は以下の通りである。
ニチジン: (1,3)Benzodioxolo(5,6-c)phenanthridinium, 2,3-dimethoxy-12-methyl-
また、上記ジヒドロニチジン(DHN)の正式名称は以下の通りである。
ジヒドロニチジン: (1,3)Benzodioxolo(5,6-c)phenanthridine, 12,13-dihydro-2,3-
dimethoxy-12-methyl-
【0015】
本発明は、上記一般式(I)もしくは(II)で表される化合物、またはその塩を有効成分とするABCA1発現低下癌細胞に対する抗癌剤を提供する。
本発明においてニチジン(NTDまたはDHN)は、植物等の天然物から抽出することができ、また、化学的に合成することも可能である。
植物からのニチジンの抽出は、一般的な手法により実施することが可能である。例えば、植物中に含まれる他の成分と、ニチジンとの有機溶媒に対する親和性の差を利用する方法、溶解度の差を利用する方法、各種樹脂に対する吸着親和力の差を利用する方法等を、単独で、または組み合わせて、あるいは反復して用いることができる。具体的には、イオン交換クロマトグラフィー、非イオン性吸着樹脂を用いたクロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、活性炭、アルミナ、シリカゲル等の吸着剤によるクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等の各種液体クロマトグラフィー、あるいは、結晶化、減圧濃縮、凍結乾燥等の手段を、それぞれ単独で、または適宜組み合わせて、もしくは反復して用いることができる。また、植物は抽出効率の観点から、抽出前に予め凍結乾燥したのち粉砕しておくことが好ましい。
【0016】
また、ニチジンは、サルカケミカンに特に多く含まれるが、広く他の植物においても存在するアルカロイドであると考えられる。従って、本発明で使用されるニチジンは、ニチジンを含む植物から抽出および精製して得ることができる。抽出に利用される植物としては、特に限定されるものではないが、例えばミカン科の植物を挙げることができ、具体的には、サルカケミカン、温州ミカン、夏ミカン、ハッサク、イヨカン、ダイダイ、スダチ、カボス、ユズ、レモン、ライム、オレンジ、キンカン、カラタチ、ミヤマシキミ、ヘンルーダ、サンショウ等を挙げることができる。
【0017】
本発明において「塩」とは、本発明の化合物(一般式(I)もしくは(II)の化合物)と塩を形成し、かつ薬理学的に許容されるものであれば特に限定されず、例えば、無機酸塩、有機酸塩、無機塩基塩、有機塩基塩、酸性または塩基性アミノ酸塩などがあげられる。通常、本発明において「塩」とは、通常、薬学的に許容される塩を言う。
【0018】
無機酸塩の好ましい例としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩などがあげられ、有機酸塩の好ましい例としては、例えば酢酸塩、コハク酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩、乳酸塩、ステアリン酸塩、安息香酸塩、メタンスルホン酸塩、p−トルエンスルホン酸塩などがあげられる。
【0019】
無機塩基塩の好ましい例としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩などのアルカリ土類金属塩、アルミニウム塩、アンモニウム塩などがあげられ、有機塩基塩の好ましい例としては、例えばジエチルアミン塩、ジエタノールアミン塩、メグルミン塩、N,N'-ジベンジルエチレンジアミン塩などがあげられる。
【0020】
酸性アミノ酸塩の好ましい例としては、例えばアスパラギン酸塩、グルタミン酸塩などが挙げられ、塩基性アミノ酸塩の好ましい例としては、例えばアルギニン塩、リジン塩、オルニチン塩などがあげられる。
本発明に係る化合物の単離・精製は、抽出、濃縮、留去、結晶化、ろ過、再結晶、各種クロマトグラフィーなどの通常の化学操作を適用して行うことができる。
【0021】
本発明においては、化合物の構造式が便宜上一定の異性体を表すことがあるが、本発明には化合物の構造上生ずるすべての幾何異性体、不斉炭素に基づく光学異性体、立体異性体、互変異性体等の異性体および異性体混合物を含み、便宜上の式の記載に限定されるものではなく、いずれか一方の異性体でも混合物でもよい。従って、本発明の化合物には、分子内に不斉炭素原子を有し光学活性体およびラセミ体が存在することがありうるが、本発明においては限定されず、いずれもが含まれる。
【0022】
また、本発明に係る化合物について得られる種々の異性体(例えば幾何異性体、不斉炭素に基づく光学異性体、回転異性体、立体異性体、互変異性体等)は、通常の分離手段、例えば再結晶、ジアステレオマー塩法、酵素分割法、種々のクロマトグラフィー(例えば薄層クロマトグラフィー、カラムクロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー、等)を用いることにより精製し、単離することができる。
【0023】
また本明細書において記載された遺伝子名(もしくはタンパク質名)は、広く一般的に知られる名称であることから、当業者であれば該遺伝子の塩基配列(もしくはタンパク質のアミノ酸配列)についての情報をもとに、公共の文献データベースあるいは遺伝子データベース(例えばGenBank等)から適宜取得することができる。
本発明のABCA1遺伝子の塩基配列を配列番号:1に、該遺伝子によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:2に記載する。また、該遺伝子の配列情報等が取得可能なNCBIのアクセッション番号はNM_005502である。
【0024】
なお、ABCA1遺伝子は、塩基配列中の多型の有無等により、同一の遺伝子であっても複数のアクセッション番号が付与されている場合がある。この「多型」とは、一塩基の置換、欠失、挿入変異からなる一塩基多型(SNPs)に限定されず、連続する数塩基の置換、欠失、挿入変異も含まれる。従って、ABCA1遺伝子の塩基配列としては、必ずしも前記アクセッション番号によって取得される配列あるいは配列番号:1に記載された配列に限定されない。同様に、ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列も、配列番号:2に記載されたアミノ酸配列に特に限定されない。
【0025】
本発明の上記タンパク質は、配列番号:2に記載されたアミノ酸配列に限定されず、該アミノ酸配列において、1もしくは複数のアミノ酸残基が付加、欠失、置換、挿入されたアミノ酸配列を含むABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質の変異タンパク質もしくはホモログタンパク質であって、ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質(配列番号:2に記載されたタンパク質)と機能的に同等なタンパク質も含まれる。ここで「機能的に同等なタンパク質」とは、ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質における機能(例えば、細胞膜上トランスポーター機能など)と同様の機能を備えたタンパク質である。
【0026】
あるいはABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して、例えば90%以上、望ましくは95%以上、更に望ましくは99%以上の相同性を有するタンパク質を、ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質と機能的に同等なタンパク質として示すことができる。
また、本発明のABCA1遺伝子は特に制限されるものではないが、通常、動物由来であり、より好ましくは哺乳動物由来であり、最も好ましくはヒト由来である。
【0027】
本発明の抗癌剤は、癌細胞に対して選択的(特異的)に作用し、正常細胞には作用しないことを特徴とする。また、本発明の抗癌剤は、ABCA1の発現が低下した癌細胞(本明細書においては、「ABCA1発現低下癌細胞」と記載する)に対して、効果的に抗癌活性を発揮する特徴を有する。
【0028】
本発明において、ABCA1発現低下癌細胞とは、ABCA1遺伝子の発現が通常の細胞(正常細胞もしくは通常の癌細胞など)と比較して低下もしくは抑制された癌細胞、またはABCA1タンパク質の機能が低下もしくは抑制された癌細胞等を指す。本発明のABCA1発現低下癌細胞には、自然に生じた癌細胞に限らず、人工的にABCA1の発現が抑制された癌細胞が含まれる。
【0029】
本発明の抗癌剤の対象(標的)となる癌細胞は、ABCA1の発現が低下した癌細胞であれば特に制限されない。ABCA1発現低下癌細胞としては、例えば、肺胞上皮癌細胞(肺腺癌)等を例示することができる。
なお、任意の癌細胞について、本発明の抗癌剤の標的となり得る癌細胞であるか否かは、例えば、ABCA1遺伝子の発現を測定することによって、簡便に評価することができる。
【0030】
また、本発明の抗癌剤は、正常細胞に対しては作用せず、上述の癌細胞に対して選択的に作用する特徴を有する。また、後述するように、ABCA1発現阻害物質と組み合わせることにより、従来、ニチジン抗癌剤が有効でない癌細胞に対しても、抗癌作用を発揮させることが可能である。
本発明における「抗癌剤」は、「抗腫瘍剤」、「抗腫瘍薬剤」、「抗腫瘍医薬組成物」、「癌細胞増殖抑制剤」、「腫瘍増殖抑制剤」、「癌治療剤」、あるいは「制癌剤」等と表現することも可能である。また、本発明の薬剤は、「医薬品」、「医薬組成物」、「治療用医薬」等と表現することもできる。
【0031】
なお、本発明における「治療」には、癌の発生や進行を予め抑制し得る予防的な効果も含まれる。また、癌細胞(組織)に対して、必ずしも、完全な治療効果を有する場合に限定されず、部分的な効果もしくは改善効果を有する場合であってもよい。
本発明の抗癌剤の対象となる「癌」は、通常、悪性腫瘍とも呼ばれ、また、癌病変だけでなく、前癌病変も含まれる。また、腫瘍、ポリープ(例えば、大腸ポリープ)等も本発明の抗癌剤の対象となり得る。
【0032】
また本発明は、上記一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩、およびABCA1遺伝子発現阻害物質を組み合わせて成る組成物(以下、単に「組成物」と記載する場合あり)を提供する。
本発明の組成物は、少なくとも、上記一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩、およびABCA1遺伝子発現阻害物質が含まれていればよく、これら以外の物質が含まれていてもよい。本発明の組成物において、上記の化合物の組成割合(組成率)等は特に制限されず、上記のそれぞれの化合物が有効な程度に含有されていればよい。
【0033】
本発明の組成物は、抗癌剤として有用である。本発明は、本発明の組成物を含有する抗癌剤に関する。該抗癌剤は、特に、従来、ニチジンの抗癌作用が見られない癌細胞(例えば、ABCA1の発現が正常な細胞)に対しても、効果的な抗癌作用が期待できる。
また本発明は、上記一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩、およびABCA1遺伝子発現阻害物質が、それぞれ別々の構成要素として成るキットを提供する。本発明の好ましい態様としては、少なくとも、一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩、およびABCA1遺伝子発現阻害物質を構成成分として含む、癌治療用キットである。
【0034】
また、本発明の抗癌剤において、ABCA1発現阻害物質は、ABCA1遺伝子の発現もしくは該遺伝子によってコードされるタンパク質の機能(活性)を阻害する物質であれば特に制限されない。一例を示せば、
(a)ABCA1遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)ABCA1遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)ABCA1遺伝子の発現をRNAi効果により阻害する作用を有する核酸
(d)ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質と結合する抗体
からなる群より選択される化合物を挙げることができる。
また、ABCA1を形質膜上で不活性化させる物質(例えば、HDLを低下させる薬剤プロブコール等)は、本発明のABCA1発現阻害物質に含まれる。
【0035】
本発明における「核酸」とは、通常、RNAまたはDNAを意味する。特定の内在性遺伝子の発現を阻害する方法としては、アンチセンス技術を利用する方法が当業者によく知られている。アンチセンス核酸が標的遺伝子の発現を阻害する作用としては、以下のような複数の要因が存在する。すなわち、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が作られた部位とのハイブリッド形成による転写阻害、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエキソンとの接合点におけるハイブリッド形成によるスプライシング阻害、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行阻害、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始阻害、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳阻害、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻害、および核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現阻害などである。このようにアンチセンス核酸は、転写、スプライシングまたは翻訳など様々な過程を阻害することで、標的遺伝子の発現を阻害する(平島および井上, 新生化学実験講座2 核酸IV遺伝子の複製と発現, 日本生化学会編, 東京化学同人, 1993, 319-347.)。
【0036】
本発明で用いられるアンチセンス核酸は、上記のいずれの作用によりABCA1遺伝子の発現を阻害してもよい。一つの態様としては、ABCA1遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的と考えられる。また、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用することができる。このように、ABCA1遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含む核酸も、本発明で利用されるアンチセンス核酸に含まれる。使用されるアンチセンス核酸は、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。このようにして調製された核酸は、公知の方法を用いることで、所望の生物もしくは細胞へ導入することができる。アンチセンス核酸の配列は、導入される生物もしくは細胞が持つ内在性遺伝子またはその一部と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に抑制できる限りにおいて、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは、標的遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相補性を有する。アンチセンス核酸を用いて標的遺伝子の発現を効果的に抑制するには、アンチセンス核酸の長さは少なくとも15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。
【0037】
また、ABCA1遺伝子の発現の阻害は、リボザイム、またはリボザイムをコードするDNAを利用して行うことも可能である。リボザイムとは触媒活性を有するRNA分子を指す。リボザイムには種々の活性を有するものが存在するが、中でもRNAを切断する酵素としてのリボザイムに焦点を当てた研究により、RNAを部位特異的に切断するリボザイムの設計が可能となった。リボザイムには、グループIイントロン型やRNase Pに含まれるM1 RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子, タンパク質核酸酵素, 1990, 35, 2191.)。
【0038】
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15という配列のC15の3'側を切断するが、その活性にはU14とA9との塩基対形成が重要とされ、C15の代わりにA15またはU15でも切断され得ることが示されている(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 228, 228.)。基質結合部位が標的部位近傍のRNA配列と相補的なリボザイムを設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することができる(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 239, 285.、小泉誠および大塚栄子, タンパク質核酸酵素, 1990, 35, 2191.、Koizumi, M. et al., Nucl Acids Res, 1989, 17, 7059.)。
【0039】
また、ヘアピン型リボザイムも本発明の目的に有用である。このリボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan, JM., Nature, 1986, 323, 349.)。ヘアピン型リボザイムからも、標的特異的なRNA切断リボザイムを作出できることが示されている(Kikuchi, Y. & Sasaki, N., Nucl Acids Res, 1991, 19, 6751.、菊池洋, 化学と生物, 1992, 30, 112.)。このように、リボザイム活性を有する核酸を用いて本発明におけるABCA1遺伝子の転写産物を特異的に切断することで、該遺伝子の発現を阻害することができる。
【0040】
本発明のABCA1遺伝子の発現を阻害する物質の一態様としては、本発明のABCA1遺伝子に対してRNAi(RNA interference;RNA干渉)効果を有する二本鎖RNA(siRNA)を挙げることができる。
一般的にRNAiとは、標的遺伝子のmRNA配列と相同な配列からなるセンスRNAおよびこれと相補的な配列からなるアンチセンスRNAとからなる二本鎖RNAを細胞内に導入することにより、標的遺伝子mRNAの破壊を誘導し、標的遺伝子の発現が阻害される現象を言う。
RNAi機構の詳細については未だに不明な部分もあるが、DICERといわれる酵素(RNase III核酸分解酵素ファミリーの一種)が二本鎖RNAと接触し、二本鎖RNAがsmall interfering RNAまたはsiRNAと呼ばれる小さな断片に分解されるものと考えられている。本発明におけるRNAi効果を有する二本鎖RNAには、このsiRNAも含まれる。
なお、上記RNA分子において一方の端が閉じた構造の分子、例えば、ヘアピン構造を有するsiRNA(shRNA)も本発明に含まれる。即ち、分子内において二本鎖RNA構造を形成し得る分子もまた本発明に含まれる。
上記siRNAの態様としては、ABCA1遺伝子の発現をRNAi効果により抑制し得るRNA(siRNA)を例示することができる。
【0041】
また、二本鎖RNAの末端において、例えば、1もしくは複数のRNAが付加もしくは欠失された構造の二本鎖RNAもまた、本発明に含まれる。その場合、二本鎖を形成するRNAは、ABCA1遺伝子の部分配列と完全に同一(相同)である必要はないが、相同性を有することが好ましい。また、本発明のRNAi効果を有する二本鎖RNAは、通常、本発明のABCA1遺伝子のmRNAにおける連続する任意のRNA領域と相同な配列からなるセンスRNA、および該センスRNAに相補的な配列のアンチセンスRNAからなる二本鎖RNAである。
【0042】
本発明のsiRNAにおいて二本鎖を形成する領域のRNAの長さは、好ましくは15〜30bp程度の長さであり、より好ましくは19〜21bpの長さであり、最も好ましくは19 bpの長さであるが、必ずしもこれらの長さに限定されない。
また、そのままの長さではRNAi効果を有さないような長鎖のRNAであっても、細胞においてRNAi効果を有するsiRNAへ分解されることが期待されるため、本発明における二本鎖RNAの長さは、特に制限されない。また、本発明のABCA1遺伝子のmRNAの全長もしくはほぼ全長の領域に対応する長鎖二本鎖RNAを、例えば、予めDICERで分解させる。この分解産物には、RNAi効果を有する二本鎖RNA分子(siRNA)が含まれることが期待されるため、その分解産物を利用することが可能である。この方法によれば、RNAi効果を有することが期待されるmRNA上の領域を、特に選択しなくともよい。即ち、RNAi効果を有する本発明の遺伝子のmRNA上の領域は、必ずしも正確に規定される必要はない。
【0043】
また、通常、末端に数塩基のオーバーハングを有する二本鎖RNAは、RNAi効果が高いことから、本発明の二本鎖RNAは、末端に数塩基のオーバーハングを有していてもよい。オーバーハングを形成する塩基の長さ、および配列は特に制限されず、このオーバーハングは、DNAおよびRNAのいずれであってもよい。例えば2塩基のオーバーハングを例示することができる。TT(チミンが2個)、UU(ウラシルが2個)、その他の塩基のオーバーハングを有する二本鎖RNAも用いることができる。二本鎖RNAには、このようにオーバーハングを形成する塩基がDNAであるような分子や、標的mRNA配列と相同な配列も含まれる。
【0044】
上記「RNAi効果により抑制し得る二本鎖RNA」は、当業者であれば、該二本鎖RNAの標的となる本発明によって開示されたABCA1遺伝子の塩基配列を基に、適宜作製することができる。ABCA1遺伝子の塩基配列、即ち、配列番号:1に記載の塩基配列をもとに、該配列の転写産物であるmRNAの任意の連続するRNA領域を選択し、この領域に対応する二本鎖RNAを作製することは、当業者であれば容易に行い得る。また、該配列の転写産物であるmRNA配列から、より強いRNAi効果を有するsiRNA配列を選択することも、当業者であれば適宜実施することができる。また、siRNAは市販の核酸合成機を用いて適宜作製することも可能である。また、所望のRNAの合成については、一般の合成受託サービスを利用することが可能である。
【0045】
また本発明においてsiRNAは、必ずしも全てのヌクレオチドがリボヌクレオチド(RNA)でなくともよい。即ち、本発明においてsiRNAを構成する1もしくは複数のリボヌクレオチドは、対応するデオキシリボヌクレオチドであってもよい。この「対応する」とは、糖部分の構造は異なるものの、同一の塩基種(アデニン、グアニン、シトシン、チミン(ウラシル))であることを指す。例えば、アデニンを有するリボヌクレオチドに対応するデオキシリボヌクレオチドとは、アデニンを有するデオキシリボヌクレオチドのことを言う。また、前記「複数」とは特に制限されないが、好ましくは2〜10個程度、より好ましくは2〜5個程度の少数を指す。
また本発明は、ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質(以下ABCA1タンパク質と記載する場合がある)に結合する抗体を有効成分として含有する抗癌剤を提供する。上記抗体は、ABCA1タンパク質と結合することにより、該タンパク質の機能を阻害することが期待される。
【0046】
ABCA1タンパク質は、細胞膜上トランスポーターとしての機能を有している。従って本発明の好ましい態様において「タンパク質の機能を阻害する」とは、具体的には、本発明のタンパク質が有する細胞膜上トランスポーターの機能を阻害すること等を指す。ただし、前記機能は、本発明のタンパク質が有する機能の一例であり、例示した以外の機能を阻害する物質であっても、ABCA1発現を阻害する作用を有すると考えられる。
【0047】
ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質に結合する抗体(抗ABCA1抗体)は、当業者に公知の方法により調製することが可能である。ポリクローナル抗体であれば、例えば、次のようにして得ることができる。天然のABCA1タンパク質、あるいはGSTとの融合タンパク質として大腸菌等の微生物において発現させたリコンビナントABCA1タンパク質、またはその部分ペプチドをウサギ等の小動物に免疫し血清を得る。これを、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、ABCA1タンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することにより調製する。また、モノクローナル抗体であれば、例えば、ABCA1タンパク質若しくはその部分ペプチドをマウスなどの小動物に免疫を行い、同マウスより脾臓を摘出し、これをすりつぶして細胞を分離し、該細胞とマウスミエローマ細胞とをポリエチレングリコール等の試薬を用いて融合させ、これによりできた融合細胞(ハイブリドーマ)の中から、ABCA1タンパク質に結合する抗体を産生するクローンを選択する。次いで、得られたハイブリドーマをマウス腹腔内に移植し、同マウスより腹水を回収し、得られたモノクローナル抗体を、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、ABCA1タンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することで、調製することが可能である。
【0048】
本発明の抗体の形態には、特に制限はなく、本発明のABCA1タンパク質に結合する限り、上記ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のほかに、ヒト抗体、遺伝子組み換えによるヒト型化抗体、さらにその抗体断片や抗体修飾物も含まれる。
抗体取得の感作抗原として使用される本発明のABCA1タンパク質は、その由来となる動物種に制限されないが哺乳動物、例えばマウス、ヒト由来のタンパク質が好ましく、特にヒト由来のタンパク質が好ましい。ヒト由来のタンパク質は、本明細書に開示される遺伝子配列又はアミノ酸配列を用いて得ることができる。
【0049】
本発明において、感作抗原として使用されるタンパク質は、完全なタンパク質あるいはタンパク質の部分ペプチドであってもよい。タンパク質の部分ペプチドとしては、例えば、タンパク質のアミノ基(N)末端断片やカルボキシ(C)末端断片が挙げられる。本明細書における「抗体」とはタンパク質の全長又は断片に反応する抗体を意味する。
【0050】
また、ヒト以外の動物に抗原を免疫して上記ハイブリドーマを得る他に、ヒトリンパ球、例えばEBウィルスに感染したヒトリンパ球をin vitroでタンパク質、タンパク質発現細胞又はその溶解物で感作し、感作リンパ球をヒト由来の永久分裂能を有するミエローマ細胞、例えばU266と融合させ、タンパク質への結合活性を有する所望のヒト抗体を産生するハイブリドーマを得ることもできる。得られた抗体を人体に投与する目的(抗体治療)で使用する場合には、免疫原性を低下させるため、ヒト抗体やヒト型抗体が好ましい。
【0051】
ニチジンはABCA1発現低下細胞において強い蓄積が起こり蛍光を発することから、本発明の抗癌剤は、臨床検査薬もしくは臨床診断薬として有用である。
例えば、ニチジンの有する自家蛍光を利用して、生検で患者から取り出した腫瘍に作用させた後、その蛍光を観察することで、抗癌剤としての投与が有効かどうか決定することが可能である。即ち、ABCA1 mRNAまたはタンパク質発現量に関わらず、検査で蛍光が観察されたかどうかを指標とすることで、抗癌剤としての有効性を判定することができる。
【0052】
本発明においてABCA1発現阻害物質としては、上述の核酸や抗体以外にも、ABCA1遺伝子の発現を阻害することが知られている種々の化合物を挙げることができる。一例を示せば、高脂血症治療薬として知られるProbucolが挙げられる。ProbucolはABCA1の阻害活性を有することが報告されている(Cheng-Ai Wu et al., The Journal of Biological Chemistry, vol. 279, 30168-30174, 2004)。本発明者は、後述の実施例で示すように、ABCA1の発現量が高く、ニチジンに対して感受性が低い癌細胞(HepG2)が、Probucolで処理することによりニチジンに対する感受性が増強されることが分った。
従って、ABCA1の発現を阻害する作用を有する物質は、本発明の抗癌剤感受性増強剤として有用である。
【0053】
本発明者は、ABCA1発現阻害物質がニチジン抗癌剤に対する感受性を増強させるための薬剤として有用であることを新たに見出した。即ち、本発明は、ABCA1発現阻害物質を有効成分とする、抗癌剤感受性増強剤を提供する。
本発明の抗癌剤感受性増強剤は、好ましくは、上記一般式(I)または(II)で表される化合物、またはその塩の有する抗癌作用を増強させる機能を持つ。
上記発明においてABCA1発現阻害物質は、特に制限されないが、例えば以下の(a)〜(d)からなる群より選択される化合物である。
(a)ABCA1遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)ABCA1遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)ABCA1遺伝子の発現をRNAi効果により阻害する作用を有する核酸
(d)ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質と結合する抗体
【0054】
本発明における「抗癌剤感受性増強剤」を、例えば、抗癌剤併用剤、抗癌剤作用増強剤等と表記することも可能である。
また本発明は、被検者または被検癌細胞について、ABCA1遺伝子の発現量を測定することを特徴とする、抗癌剤に対して感受性か否かを検査する方法を提供する。
被検者について検査する場合には、例えば以下の工程(a)および(b)を含む方法が挙げられる。
(a)被検者由来の試料について、ABCA1遺伝子の発現量を測定する工程
(b)対照と比較して、前記発現量が低下している場合に、被検者は抗癌剤に感受性であるものと判定する工程
被検癌細胞について検査する場合には、例えば、以下の工程(a)および(b)を含む方法を挙げることができる。
(a)被検癌細胞について、ABCA1遺伝子の発現量を測定する工程
(b)対照と比較して、前記発現量が低下している場合に、被検癌細胞は抗癌剤感受性癌細胞であるものと判定する工程
【0055】
本発明において「抗癌剤に対して感受性か否かの検査」とは、被検者または被検癌細胞について抗癌剤が効く可能性が高いか低いかを判定するための検査が含まれる。本発明の方法においては、ABCA1遺伝子の発現量が対照と比較して低下している場合に、被検者または被検癌細胞は抗癌剤に対して感受性である、あるいは感受性の素因を有すると判定される。または、抗癌剤に対して抵抗性ではない、あるいは抵抗性の素因を有さないと判定される。
一方、ABCA1遺伝子の発現量が対照と比較して低下していない場合に、被検者または被検癌細胞は抗癌剤に対して抵抗性である、あるいは抵抗性の素因を有すると判定される。または、抗癌剤に対して感受性ではない、あるいは感受性の素因を有さないと判定される。
【0056】
本発明の方法により、癌を発症していない被検者であっても、抗癌剤が効く可能性が高いか低いかを判定することができる。また既に癌を発症した被検者の場合にも、抗癌剤が効く可能性が高いか低いかを判定することができ、治療方針の決定等に利用する事ができる。また、癌細胞についても、抗癌剤が効く可能性が高いか低いかを判定することができ、治療方針の決定等に利用することができる。
なお、本明細書で用いられる「治療」とは、通常、薬理学的なおよび/または生理学的な効果を得ることを意味する。
また本発明における被検者は、特に制限されないが、癌患者であることが好ましい。また本発明において用いられる癌細胞としては、治療の対象とする癌組織に含まれる細胞であることが好ましい。被検癌細胞の由来としては、ヒト等の哺乳動物細胞などに由来する細胞が挙げられる。
【0057】
本発明の上記方法において、「ABCA1遺伝子の発現量の測定」には、ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質の発現量を測定することが含まれる。遺伝子もしくはタンパク質の発現量の測定は、一般的な遺伝子工学技術を用いて、簡便に測定することができる。具体的には、後述する手法によって行うことができる。
また前記本発明の検査方法によって感受性か否かの検査の対象となる抗癌剤は、例えば一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩が挙げられる。
また本発明は、抗癌剤感受性増強剤のスクリーニング方法を提供する。
その一つの態様は、ABCA1遺伝子の発現量を指標とする方法である。ABCA1遺伝子の発現量を低下させる化合物、またはABCA1タンパク質の機能を阻害する化合物は、抗癌剤感受性増強剤の候補化合物となることが期待される。
【0058】
本発明は、ABCA1遺伝子の発現量、もしくは該遺伝子によってコードされるタンパク質の活性を低下させる化合物を選択することを特徴とする、抗癌剤感受性増強剤のスクリーニング方法を提供する。
本発明のスクリーニング方法の好ましい態様としては、例えば、以下の(a)〜(c)の工程を含む方法である。
(a)ABCA1遺伝子を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)前記遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
【0059】
また、別の態様としては、以下の(a)〜(c)の工程を含む方法が挙げられる。
(a)ABCA1遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞または細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)前記レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、前記発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
【0060】
上記方法に用いる被検化合物としては、特に制限はない。例えば、天然化合物、有機化合物、無機化合物、タンパク質、ペプチドなどの単一化合物、並びに、化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0061】
ABCA1遺伝子を発現する細胞への被検化合物の「接触」は、通常、ABCA1遺伝子を発現する細胞の培養液に被検化合物を添加することによって行うが、この方法に限定されない。被検化合物がタンパク質等の場合には、該タンパク質を発現するDNAベクターを、該細胞へ導入することにより、「接触」を行うことができる。
【0062】
上記方法においては、次いで、該ABCA1遺伝子の発現量を測定する。ここで「遺伝子の発現」には、転写および翻訳の双方が含まれる。遺伝子の発現量の測定は、当業者に公知の方法によって行うことができる。例えば、ABCA1遺伝子を発現する細胞からmRNAを定法に従って抽出し、このmRNAを鋳型としたノーザンハイブリダイゼーション法またはRT-PCR法を実施することによって該遺伝子の転写量の測定を行うことができる。また、ABCA1遺伝子を発現する細胞からタンパク質画分を回収し、ABCA1タンパク質の発現をSDS-PAGE等の電気泳動法で検出することにより、遺伝子の翻訳量の測定を行うこともできる。さらに、ABCA1タンパク質に対する抗体を用いて、ウェスタンブロッティング法を実施することにより該タンパク質の発現を検出することにより、遺伝子の翻訳量の測定を行うことも可能である。ABCA1タンパク質の検出に用いる抗体としては、検出可能な抗体であれば、特に制限はないが、例えばモノクローナル抗体、またはポリクローナル抗体の両方を利用することができる。
【0063】
本方法においては、次いで、被検化合物を接触させない場合(対照)と比較して、該発現量を低下させる化合物を選択する。このようにして選択された化合物は、抗癌剤感受性増強剤の候補化合物となる。
さらに別の態様としては、以下の(a)〜(c)の工程を含む方法が挙げられる。
(a)ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)前記タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、前記タンパク質の活性を低下させる化合物を選択する工程
【0064】
上記方法においては、被検化合物を接触させない場合(対照)と比較して、ABCA1の機能(活性)を低下させる化合物を選択する。このようにして選択された化合物は、抗癌剤感受性増強剤の候補化合物となる。
また、ニチジンの蓄積が見られる細胞は、ニチジンに対して感受性であることから、ニチジンの細胞内蓄積量を指標として、抗癌剤感受性増強剤の候補化合物をスクリーニングすることも可能である。一般式(I)または(II)で表される化合物またはその塩の細胞内蓄積量を増加させるような化合物は、抗癌剤感受性増強剤となることが期待される。
【0065】
また本発明は、本発明の各種方法に用いられる試薬を提供する。その一つの態様は、ABCA1遺伝子の塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズするプローブであって、少なくとも15塩基長のポリヌクレオチドを含む試薬である。
該ポリヌクレオチドは、好ましくはABCA1遺伝子の塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズするものである。ここで「ストリンジェントな条件でハイブリダイズする」とは、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下(例えば、サムブルックら, Molecular Cloning,Cold Spring Harbour Laboratory Press,New York,USA,第2版1989に記載の条件)において、他のタンパク質をコードするDNAとクロスハイブリダイゼーションを有意に生じないことを意味する。
【0066】
該ポリヌクレオチドは、上記本発明の方法におけるプローブやプライマーとして用いることができる。
上記ポリヌクレオチドをプローブとして使用する場合、該プローブは、ABCA1遺伝子の塩基配列とストリンジェントな条件でハイブリダイズするものであれば、特に制限されない。該プローブは、合成ポリヌクレオチドであってもよく、通常少なくとも15塩基長以上の鎖長を有する。
【0067】
本発明のポリヌクレオチドは、例えば市販のポリヌクレオチド合成機により作製することができる。プローブは、制限酵素処理等によって取得される二本鎖DNA断片として作製することもできる。
本発明のポリヌクレオチドをプローブとして用いる場合は、適宜標識して用いることが好ましい。標識する方法としては、T4ポリヌクレオチドキナーゼを用いて、ポリヌクレオチドの5'端を32Pでリン酸化することにより標識する方法、およびクレノウ酵素等のDNAポリメラーゼを用い、ランダムヘキサマーオリゴヌクレオチド等をプライマーとして32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を取り込ませる方法(ランダムプライム法等)を例示することができる。
【0068】
該ポリヌクレオチドをプライマーとして用いる場合、通常少なくとも15塩基長以上の鎖長を有する。プライマーは、ABCA1遺伝子を増幅しうるものであれば、特に制限されない。
本発明の試薬の他の一つの態様として、ABCA1遺伝子によってコードされるタンパク質と結合する抗体を含む試薬を挙げることができる。抗体は、検査等に用いることが可能な抗体であれば、特に制限はないが、例えばポリクローナル抗体やモノクローナル抗体が挙げられる。抗体は必要に応じて標識される。これら抗体は上述の方法によって作製することができる。
【0069】
本発明の試薬においては、有効成分であるオリゴヌクレオチドや抗体以外に、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、タンパク質安定剤(BSAやゼラチンなど)、保存剤等が必要に応じて混合されていてもよい。
また本発明は、本発明の抗癌剤の製造方法を提供する。該製造方法においては、一般式(I)または(II)で表される化合物またはその塩と、ABCA1遺伝子発現阻害物質とを混合する工程を含む方法である。
【0070】
本発明の抗癌剤は、慣用されている方法により錠剤、丸剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、粉剤、被覆錠剤、カプセル剤、シロップ剤、トローチ剤、吸入剤、坐剤、注射剤、軟膏剤、眼軟膏剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、パップ剤、ローション剤、液剤、乳剤、懸濁剤、注射剤等として製剤化することができる。
製剤化には通常用いられる賦形剤、結合剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤や、必要に応じて安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調製剤、防腐剤、抗酸化剤などを使用することができ、一般に医薬品製剤の原料として用いられる成分を配合して常法により製剤化される。
【0071】
例えば経口製剤を製造するには、本発明にかかる化合物またはその薬理学的に許容される塩と賦形剤、さらに必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤などを加えた後、常法により散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、被覆錠剤、カプセル剤等とする。これらの成分としては例えば、大豆油、牛脂、合成グリセライド等の動植物油; 流動パラフィン、スクワラン、固形パラフィン等の炭化水素; ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸イソプロピル等のエステル油; セトステアリルアルコール、ベヘニルアルコール等の高級アルコール; シリコン樹脂; シリコン油; ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ひまし油、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマー等の界面活性剤; ヒドロキシエチルセルロース、ポリアクリル酸、カルボキシビニルポリマー、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース等の水溶性高分子; エタノール、イソプロパノール等の低級アルコール; グリセリン、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ソルビトールなどの多価アルコール;グルコース、ショ糖等の糖; 無水ケイ酸、ケイ酸アルミニウムマグネシウム、ケイ酸アルミニウム等の無機粉体、精製水等があげられる。
【0072】
賦形剤としては、例えば乳糖、コーンスターチ、白糖、ブドウ糖、マンニトール、ソルビット、結晶セルロース、二酸化ケイ素、デンプン、果糖、ソルビトール、カオリン、カルメロース、キシリトール、軽質無水ケイ酸、リン酸水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、ヒドロキシプロピルセルロース、デキストリン、ポピドン等が、結合剤としては、例えばポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、メチルセルロース、エチルセルロース、アラビアゴム、トラガント、ゼラチン、シェラック、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコール・ポリオキシエチレン・ブロックポリマー、メグルミン等が、崩壊剤としては、例えば澱粉、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、クエン酸カルシウム、デキストリン、デキストラン、ペクチン、カルボキシメチルセルロース・カルシウム等が、滑沢剤としては、例えばステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ポリエチレングリコール、シリカ、硬化植物油、軽質無水ケイ酸、合成ケイ酸アルミニウム、マクロゴール、含水二酸化ケイ素、ショ糖脂肪酸エステル等が、矯味矯臭剤としては、ココア末、ハッカ脳、芳香散、ハッカ油、竜脳、桂皮末、エリスリトール、キシリトール、クエン酸、マルチトール、ステビア、ソーマチン等が用いられる。これらの錠剤・顆粒剤には糖衣、その他必要に応じて適宜コーティングしてもよい。糖衣剤としては、アラビアゴム末、酸化チタン、ゼラチン、タルク、沈降炭酸カルシウム、白糖等が、コーティング剤としては、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、メタアクリル酸コポリマー等が用いられる。また、シロップ剤や注射用製剤等の液剤を製造する際には、本発明にかかる化合物またはその薬理学的に許容される塩にpH調整剤、溶解剤、等張化剤などと、必要に応じて溶解補助剤、安定化剤などを加えて、常法により製剤化する。注射剤を調製する場合、必要に応じて、pH調製剤、緩衝剤、安定化剤、保存剤等を添加し、常法により、皮下、筋肉内、静脈内注射剤とする。注射剤は、溶液を容器に収納後、凍結乾燥等によって、固形製剤として、用時調製の製剤としてもよい。また、一投与量を容器に収納してもよく、また、投与量を同一の容器に収納してもよい。
【0073】
製剤化にあたり使用する基剤原料としては、医薬品、医薬部外品、化粧品等に通常使用される各種原料を用いることが可能である。使用する基剤原料として具体的には、例えば動植物油、鉱物油、エステル油、ワックス類、高級アルコール類、脂肪酸類、シリコン油、界面活性剤、リン脂質類、アルコール類、多価アルコール類、水溶性高分子類、粘土鉱物類、精製水等の原料が挙げられ、さらに必要に応じて、pH調整剤、抗酸化剤、キレート剤、防腐防黴剤、着色料、香料等を添加することができる。また必要に応じて分化誘導作用を有する成分、血流促進剤、殺菌剤、消炎剤、細胞賦活剤、ビタミン類、アミノ酸、保湿剤、角質溶解剤等の成分を配合することもできる。
【0074】
上記薬剤の剤型の種類としては、例えば経口剤として錠剤、粉末剤、丸剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、軟・硬カプセル剤、フィルムコーティング剤、ペレット剤、舌下剤、ペースト剤等、非経口剤として注射剤、坐剤、経皮剤、軟膏剤、硬膏剤、外用液剤等が挙げられ、当業者においては投与経路や投与対象等に応じた最適の剤型を選ぶことができる。DNAを生体内に投与する場合、レトロウイルス、アデノウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクターやリポソームなどの非ウイルスベクターを利用することができる。また、合成アンチセンス核酸や合成siRNAを生体内に投与する場合、リポソーム、高分子ミセル、カチオン性キャリアなどの非ウイルスベクターを利用することができる。投与方法としては、例えばin vivo法およびex vivo法を挙げることができる。
【0075】
本発明の薬剤の投与量は、投与対象の年齢、性別、体重、投与形態・塩の種類、疾患(癌)の具体的な種類等に応じて適宜選ぶことができる。例えば、通常成人として1日あたり、約0.01〜1000mg、好ましくは0.1〜500mg、さらに好ましくは0.1〜100mgを1日1〜数回に分けて投与することができるが、特にこれらの値に制限されない。
【実施例】
【0076】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
[実施例1] ニチジンの各種細胞に対する細胞毒性
96well plateに1x103 cells/100μl・wellとなるように各細胞をまき、約2 hr後、well底面に細胞が接着しているのを確認した後、培地で希釈した所定濃度のサンプルを添加した(24 hr、5% CO2、加湿、37℃)。市販のキット(CellTiter 96 AQueous non-radioactive cell proliferation assay,Promega)にしたがって調整した発色試薬を20μl添加した。0、30、60 min後に測定を行った。サンプル無添加を100%として細胞毒性評価を行った。
【0077】
DHNの各種細胞に対する細胞毒性評価の結果を表1に示す。
【表1】

【0078】
NTDの各種細胞に対する細胞毒性評価の結果を表2に示す。
【表2】

【0079】
上記実験から、DHNは正常組織由来の細胞に対しては低毒性であり、一方、ほとんどの腫瘍細胞に対しては高い毒性を示すことが判った。例外的にA549(肺線ガン由来)に対しては強く、VMRC-LCP(肺扁平上皮癌)に対しては低毒性を示した。
NTDに関しては最高濃度10μg/mlまでしか調べていないが、この場合の細胞生存率はいずれも80%以上であった。
正常細胞(OUMS-36T-2F、WI-38)および肺悪性中皮腫(ACC-MESO-4)においては、毒性認められず、A549細胞に対しては高い毒性を示した。そのほかの肺腺癌由来の細胞においてはある程度の毒性を示した。
【0080】
〔実施例2〕フローサイトによる細胞死検出
90 mmシャーレに5x105 cellsのA549、WI-38細胞をまき、直ちに480 ng/mlのDHNを添加した(対照は無添加)。24 hrまたは48 hr、5% CO2、加湿、37℃の条件で行った。0.05%トリプシン処理により細胞を剥離し、PBSで洗浄した。
Annexin V-FITCを添加し(終濃度50 ng/ml)、30 min、室温の後、propidium iodide(PI)を添加し(終濃度5μg/ml、5 min、室温)、フローサイトメータにより分析を行った。
結果を図1に示す。A549細胞には時間とともにアポトーシス初期(図1A右下エリア)、後期(図1B右上エリア)細胞が増加(図1、2)した。WI-38細胞では特に変化が見られなかった。
【0081】
〔実施例3〕カスパーゼ3活性
96well plateに1x103 cells/100μl・wellとなるようにA549、WI-38細胞をまき、500、250、125、63ng/ml(終濃度)のDHNを添加した。24 hr、5% CO2、加湿、37℃の後、カスパーゼ3測定キット(Caspase 3 Assay kit, Sigma Aldrich)に従い、測定した。
結果を図3に示す。DHNの添加によりA549に細胞死が誘導されるのと同時に、誘導された細胞死の大きさに応じたカスパーゼ3活性の増大が認められた。
【0082】
〔実施例4〕形態学的観察
WI-38、OUMS 36T-2F、VMRC-LCP、A549細胞をPBS(blank)、DHN(250 ng/ml)、CPT(250 ng/ml)存在下で24 hr培養した。PBSで洗浄した後、蛍光顕微鏡で観察(UV励起、蛍光観察領域420 nm以上)した。
結果を図4に示す。DHN処理したA549細胞においてのみ、細胞内に強い蛍光が認められた。蛍光は主に細胞質の小器官に蓄積している様子が観察された。CPTも同様にUV励起による蛍光を発するが、CPTの感受性の高いVMRC-LCP細胞では蛍光は観察されていない。
【0083】
〔実施例5〕形態学的観察(2)
プラスチックシャーレに細胞をまき、ほぼコンフルエントになった状態で、細胞培地中にNTDを1μg/ml(終濃度)で添加し、0 hr、1 hr、2 hr、4 hr後に観察した。また4 hr作用の後、NTD(-)培地中でさらに培養し1 hr(計5 hr)、4 hr(計8 hr)後に観察した。
細胞毒性の感受性の高い細胞ほど蛍光強度が強い傾向が認められた(図5)。反応開始1 hrという比較的早い時期から蓄積が認められ、4 hr経ってもそのほとんどが細胞内にとどまっていた。
【0084】
〔実施例6〕遺伝子発現解析
90 mmシャーレにほぼコンフルエントになった細胞からtotal RNAを抽出し、各細胞由来の5μgのtotal RNAを用いて一本鎖cDNAを合成した。
等量の合成cDNAサンプルを用いて、リアルタイムPCR法によるABCA1 mRNA発現解析を行った。使用したプライマーは5'-CCCTTCTTATACCCTAAGATGAAGC-3'(配列番号:3)および5'-AGTGCAAAAATAGATCCCATTACAG-3'(配列番号:4)である。
リアルタイムPCRの結果からNTDに対する感受性の小さい細胞は、ABCA1遺伝子の発現量が増大していることが明らかになった(表3)。
【0085】
【表3】

【0086】
〔実施例7〕ProbucolによるNTD感受性変化試験
96well plateに1x103 cells/100μl・wellとなるようにHepG2細胞をまき、100μMから0.1μMのProbucolで1 hrプレインキュベーションを行った。1μg/ml(終濃度)のNTDまたはPBSを培地中に添加した。24 hr、5% CO2、加湿、37℃の後、市販のキット(CellTiter 96 AQueous non-radioactive cell proliferation assay,Promega)にしたがって調整した発色試薬を20μl添加し、0、30、60 min後に測定した。Probucol無添加を100%として細胞毒性評価を行った。
結果を図6に示す。Probucolのみ存在した場合では、細胞毒性はほとんど認められなかった。一方、1μg/mlのNTD存在下では、Probucol濃度上昇にしたがって細胞毒性の増加が認められた。
【0087】
〔実施例8〕in vivo実験(A549細胞)
ヌードマウス(BALB/cAJcl-nu)(n=24)皮内に2x105 cells/50μl PBSのA549細胞を注射した。14日間の飼育の後、腫瘍体積(mm3;長辺(mm)x短辺(mm)x短辺(mm)x0.5)を測定し、腫瘍の確認できたマウスのうち、体積の小さいものから12匹を選び、2群(n=6)を設定した。NTD投与群とPBS投与群を設定し、それぞれNTD(0.1mg/100μl・body・day)、PBS(100μl)を腹腔内に連日投与した。15日間の投与期間を設定し、体重、腫瘍体積を測定した。
結果を図7に示す。15日間の投与期間で腫瘍体積に有意な変化が認められた。未処理群の腫瘍体積に対してNTD投与群の体積は42%に抑制された。
【0088】
〔実施例9〕in vivo実験(Lewis Lung Cancer)
マウス(C57BL/6JJcl)(n=24)皮内に2x104 cells/50μl PBSのマウス肺線ガン細胞(LLC:Lewis Lung Cancer)を注射した。7日間の飼育の後、腫瘍体積(mm3;長辺(mm)x短辺(mm)x短辺(mm)x0.5)を測定し、腫瘍の確認できたマウスのうち、体積の小さいものから12匹を選び、2群(n=6)を設定した。NTD投与群とPBS投与群を設定し、それぞれNTD(0.1mg/100μl・body・day)、PBS(100μl)を腹腔内に連日投与した。7日間の投与期間を設定し、体重、腫瘍体積を測定した。
結果を図8に示す。7日間の投与期間で腫瘍体積に有意な変化が認められた。未処理群の腫瘍体積に対してNTD投与群の体積は42%に抑制された。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】フローサイト分析の結果を示す図である。
【図2】フローサイト分析図の見方を説明した図である。
【図3】細胞死の誘導とカスパーゼ3活性の増大との関連を示す図である。図中、白丸(○)はWI-38細胞を、黒丸(●)はA549細胞を表す。
【図4】蛍光顕微鏡による各種細胞の写真である。
【図5】蛍光顕微鏡による各種細胞の写真である。
【図6】ProbucolによるNTD感受性変化試験の結果を示す図である。
【図7】NTD投与による、腫瘍体積の変化を示す図である。
【図8】NTD投与による、腫瘍体積の変化を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物、またはその塩を有効成分とする、ABCA1発現低下癌細胞に対する抗癌剤。
【化1】

【化2】

【請求項2】
前記ABCA1発現低下癌細胞が肺腺癌細胞である、請求項1に記載の抗癌剤。
【請求項3】
以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩、およびABCA1遺伝子発現阻害物質を組み合わせて成る組成物。
【化3】

【化4】

【請求項4】
請求項3に記載の組成物を有効成分とする抗癌剤。
【請求項5】
以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩、およびABCA1遺伝子発現阻害物質を構成成分として含む、癌治療用キット。
【化5】

【化6】

【請求項6】
ABCA1発現阻害物質を有効成分とする、抗癌剤感受性増強剤。
【請求項7】
前記抗癌剤が、以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩である、請求項6に記載の抗癌剤感受性増強剤。
【化7】

【化8】

【請求項8】
以下の工程(a)および(b)を含む、抗癌剤に感受性か否かの検査方法。
(a)被検者由来の試料について、ABCA1遺伝子の発現量を測定する工程
(b)対照と比較して、前記発現量が低下している場合に、被検者は抗癌剤に感受性であるものと判定する工程
【請求項9】
以下の工程(a)および(b)を含む、抗癌剤感受性癌細胞の検査方法。
(a)被検癌細胞について、ABCA1遺伝子の発現量を測定する工程
(b)対照と比較して、前記発現量が低下している場合に、被検癌細胞は抗癌剤感受性癌細胞であるものと判定する工程
【請求項10】
前記抗癌剤が、以下の一般式(I)もしくは(II)で表される化合物またはその塩である、請求項8または9に記載の方法。
【化9】

【化10】

【請求項11】
ABCA1遺伝子の発現を低下させる化合物を選択することを特徴とする、抗癌剤感受性増強剤のスクリーニング方法。
【請求項12】
以下の一般式(I)または(II)で表される化合物またはその塩と、ABCA1遺伝子発現阻害物質とを混合する工程を含む、抗癌剤の製造方法。
【化11】

【化12】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−230977(P2008−230977A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−69181(P2007−69181)
【出願日】平成19年3月16日(2007.3.16)
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【出願人】(504464966)株式会社 ハプロファーマ (6)
【Fターム(参考)】