説明

ニューロテンシン受容体3に由来するペプチドおよび精神疾患の治療におけるその使用

本発明は、ニューロテンシン受容体3(NTSR3)に由来するペプチド、および精神疾患の治療におけるその使用に関する。本発明は詳細には、医薬品(例えば抗鬱薬)の製造のためのかかるペプチドの使用に関する。本発明のペプチドはその配列が添付の配列番号2であることを特徴とする。本発明は製薬業の分野、特には精神疾患の治療に使用される薬物開発の領域に使用される。本発明は新規な抗鬱薬の開発に特に使用される。また、本発明は痛みおよび炎症の治療に使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニューロテンシン受容体3(NTSR3)に由来するペプチド、および精神疾患の治療におけるその使用に関する。本発明は詳細には、医薬品(例えば抗鬱薬)の製造のためのかかるペプチドの使用に関する。
【0002】
本発明は製薬業の分野、特には精神疾患の治療に使用される薬物開発の領域に応用される。
本発明は新規な抗鬱薬の開発に特に応用される。また、本発明は痛みの治療に応用される。
【0003】
以下の説明では、括弧間の参照数字(x)は、実施例の最後の参考文献一覧を指す。
【背景技術】
【0004】
精神疾患は現実の公衆衛生の問題である。最新の研究によると鬱病の高い罹患率が確認されており、一生涯にわたって、女性の20%および男性の10%は非特許文献1に記載されているような鬱病症状の発現を有しているか、または有すると予想される。そのような数字は明らかに顕著になっており、鬱病の主な併発症である自殺を考慮した場合にも、非特許文献2に記載されているようにフランス等の国では年間の死亡者が12000人に達する。
【0005】
鬱病はしばしば無能力になる非常に流行している疾患である。鬱病は工業先進国の人口の20%以下に影響を及ぼす可能性がある。その起源は多様かつ多数である。鬱病は心理と患者の行動および生理的状態との両方に影響を及ぼす。鬱病の治療もまた多数あり、使用される医薬品の作用機序は明確には確立されていない。
【0006】
世界保健機構(WHO)は、単極性鬱病が2020年には障害者の第2の原因になるだろうと予測している。鬱病に罹患している個人および家族が示すのと同様、この病気には重要な社会負担がある。鬱病は、既に仕事を休職する主な理由の1つとなっており、経済的負担は年間300億ユーロを超える。医療従事者に利用可能な治療薬の蓄積にもかかわらず、特定のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)およびSNRI(セロトニンノルエピネフリン再取り込み阻害剤)では、鬱病の人口の30%は治療を受けていない。さらに、抗鬱薬の作用の遅延は約3〜6週間であり、重大な副作用がある場合が多い。
【0007】
一般に、鬱病患者の15%が自殺で死亡していると推測されている。非特許文献3に記載されているように、ほとんどの患者では、鬱病は遺伝的素因と、素取れるまたは情緒的トラウマ等の環境要因との間の相互作用による。
【0008】
鬱病はよくある疾患であり、抗鬱薬(AD)の市場は巨大である(少なくとも100億ユーロ/年)。
しかしながら、これらの抗鬱薬は症例の約70%で患者の状態を改善するが、疾患の完全寛解に至るのはたった30〜40%でしかない。さらにほとんど、治療された患者のほぼ3分の1は既存の治療に耐性を示す。したがって、これらの状況から、非特許文献の鬱病の機序を考慮することが可能な、新規な治療薬を考える必要がある。
【0009】
医療従事者に利用可能な治療薬の蓄積では、アミトリプチリンおよびイミプラミンを含む三環系抗うつ薬(TCA)が初めに発見され、次にモノアミン酸化酵素阻害剤(MAO
I)が発見され、フェネルジンおよびパルギリン等の不可逆的かつ非選択的な薬が発見された。望ましくない効果、特にTCAの心臓毒性(特に過剰投与の場合)およびMAOIの高血圧の発症(食品中のチラミンとの相互作用、「チーズ効果」として有名)は、同じ治療効果を有するが受容性により優れた新規な分子の研究を推進した。
【0010】
その後、ノルエピネフリン(NE)またはセロトニン(5−ヒドロキシトリプタミンすなわち5−HT)の回復の特異的阻害剤に関し、選択性の概念が現われた。かかる阻害剤分子に対する第III相臨床試験により、特に過剰投与の場合に、第一世代の抗鬱薬と透過な有効性とより優れた安全性が実証された。
【0011】
非特許文献4および非特許文献5に記載されているように、選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)および選択的ノルエピネフリン再取り込み阻害剤(SNRI)は、現在最も使用されている分子である。ADは、このようにモノアミン作用系の伝達の促進に最も繁く関与している。
【0012】
セロトニン、ノルエピネフリンおよびドーパミンが関与していることは疑いないが、現在、ADにより生じたモノアミンのレベルの変化および結果として乗じた適応プロセス、特には特定の受容体の感度の変化は、それ自体のみで抗鬱薬の作用機序を説明することができないと考えられている。
【0013】
したがって、ADが効果を現わすまでの3〜6週間の遅延を、製品の最初の投与で生じるシナプスレベルのモノアミンの増大と相関させるのは難しい。ほぼ半世紀の間、鬱病の原因とその治療に関する仮説の数は絶えず増加している。
【0014】
例えば、高濃度のグルココルチコイドは一般に、非特許文献6に記載されているようにBDNF(「脳由来神経栄養因子」)の合成、グルタミン酸の過剰分泌、および/またはグルコース取込みの減少を介して、気分のネガティブな影響と、海馬での構造の変化とに関与している。
【0015】
これらの知見によれば、グルココルチコイドおよびグルココルチコイド受容体アンタゴニストの合成の阻害剤は、非特許文献7に記載されているようなAD型の効果を発揮する。
【0016】
特にサブスタンスP(特にはNK1)またはCRF(副腎皮質刺激ホルモン放出因子)受容体に作用するアンタゴニストや、NMDA受容体アンタゴニストが開発されており、特定の効果を奏している(非特許文献8〜10参照)。
【0017】
ストレス状況下および鬱病モデルで行なわれた種々の最近の研究は、非特許文献11〜13に記載されているように、大鬱病性障害の病因に神経新生を関連付けている。電気ショック療法を含むすべての慢性AD治療は、海馬の顆粒層のニューロンの起源である始原細胞の増殖を刺激することが実証された。
【0018】
ADが、CREB、Bcl2またはMAPキナーゼ等の細胞の生存および成長に関与する種々の因子の発現を調節することも知られている。しかしながら、気分障害の生理病理状態におけるかかる新しく形成されたニューロンの機能の重要性は、未だ論争中である。(非特許文献14参照)
上記から、鬱病が多元的生理病理状態の複合病であることは明らかである。従って、この病理状態の治療は未だ課題である。
【0019】
40年超の間、鬱病の研究および有効な薬物治療の開発は、モノアミン作動仮説により
支配されていた。モノアミン作動性神経伝達物質(セロトニン、ノルエピネフリンおよびドーパミン)は疑いなく関与しているが、鬱病の生理病理状態およびADの作用機序に関する仮説の数は増加し続けている。
【0020】
抗鬱薬の既知の副作用は、その作用様式と関係する。例えば、抗鬱薬は頻脈、体重増加、性欲減少、発汗、食欲減退、ならびに神経学的変化(例えば頭痛)の発現、脳血管発作(CVA)、および癲癇性発作を誘発する場合がある。
【0021】
現在使用中の抗鬱薬は、口腔乾燥症、目のかすみ、および腸の不調(下痢または便秘)を含む一連の望ましくない作用を生じさせる。多くの副作用(例えば嘔気)は一時的であるが、一部にはより永続的(例えば性的作用)であるように思われ、治療薬の長期遵守に影響を及ぼす危険性がある。そのため、鬱病で最近同定された受容体またはチャネルに作用する、新規な分子を発見することは重大である。
【0022】
鬱病の分子機構には、特定のタンパク質(受容体およびチャネル)が関与している。これは元々ソルチリンと呼ばれていたニューロテンシン受容体3(NTSR3)およびマウスでの不活性化により鬱病耐性の表現型が生じるTREK−1バックグラウンドカリウムチャネル(非特許文献15)で特に当てはまる。これらのチャネルと有効に相互作用する分子は現在まで同定されていない。
【0023】
したがって、精神障害(特に鬱病)の治療に使用可能な新規な分子−より効果が高く、許容性に優れ、かつ迅速に作用する分子−が実際に必要とされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0024】
【非特許文献1】Wong, M. & Licinio, J. "Research and treatment approaches to depression" Nat Rev Neurosci. 2, 343-351 (2001)
【非特許文献2】Moller HJ. "Suicide, suicidality and suicide prevention in affective disorders" Acta Psychiatr Scand 418 (suppl): 73-80 (2003)
【非特許文献3】Nestler E., Barrot M., DiLeone R.J., Eisch A.J., Gold S.J., Monteggia, L.M. "Neurobiology of depression" Neuron 34, 13-25 (2002)
【非特許文献4】Baghai TC, Volz HP, Moller HJ. "Drug treatment of depression in the 2000s: An overview of achievements in the last 10 years and future possibilities" World J Biol Psychiatry; 7: 198-222 (2006)
【非特許文献5】Weilburg JB. "An overview of SSRI and SNRI therapies for depression" Manag Care, 13 (6 Suppl Depression): 25-33 (2004)
【非特許文献6】Manji HK, Gottesman II, Gould TD. "Signal transduction and genes-to-behaviors pathways in psychiatric diseases" Sci STKE; 207: pe49 (2003)
【非特許文献7】Reus VI, Wolkowitz OM. "Antiglucocorticoid drugs in the treatment of depression" Expert Opin Investig Drugs; 10: 1789-1796 (2001)
【非特許文献8】Griebel G, Simiand J, Steinberg R, et al. "4-(2−C hloro-4-methoxy-5-methylphenyl)-N-[(1S)-2-cyclopropyl-1-(3-fluoro-4-methylphenyl)ethyl]5-methyl-N-(2-propynyl)-1,3-thiazol-2-amine hydrochloride (SSR125543A), a potent and selective corticotrophin-releasing factor (1) receptor antagonist. II. Characterization in rodent models of stress-related disorders" J Pharmacol Exp Ther; 301: 333-345 (2002)
【非特許文献9】Kramer MS, Cutler N, Feighner J, et al. "Distinct mechanism for antidepressant activity by blockade of central substance P receptors" Science; 281: 1640-1645 (1998)
【非特許文献10】Skolnick P. "Antidepressants for the new millennium" Eur J Pharmacol; 375: 31-40 (1999)
【非特許文献11】Kempermann G, Kronenberg G. "Depressed new neurons: Adult hippocampal neurogenesis and a cellular plasticity hypothesis of major depression" Biol Psychiatry; 54: 499-503 (2003)
【非特許文献12】Malberg JE, Schecter LE. Increasing hippocampal neurogenesis: a novel mechanism for antidepressant drugs" Curr Pharm Des; 11: 145-155 (2005)
【非特許文献13】Duman, R. & Monteggia, L. "A neurotrophic model for stress-related mood disorders" Biol Psychiatry; 9: 1116-1127 (2006)
【非特許文献14】Henn FA, Vollmayr B. "Neurogenesis and depression: etiology or epiphenomenon?" Biol Psychiatry, 56: 146-50 (2004)
【非特許文献15】Heurteaux, Lucas, Guy, El Yacoubi, Thummler, Peng, Noble, Blondeau, Widmann et al. "Deletion of TREK-1, a background potassium channel, results in a depression-resistant phenotype" Nature Neurosci., 9, 1134-1141 (2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の目的は、上記必要性に取り組み、先行技術の欠点を解決することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
NTSR3の成熟は、プロペプチドと呼ばれるペプチドを放出し、このプロペプチドが同じタイプの受容体のリガンドになる。興味深いことに、このプロペプチドは、TREK−1チャネルの活動を遮断することも可能である。
【0027】
実際、NTSR3は前駆物質(proNTR3−ソルチリン)の形で合成される。前駆物質の成熟は、フリンによってもたらされ、以下の配列の44個のアミノ酸からなるペプチド(プロペプチド)を放出する:

QDRLDAPPPPAAPLPRWSGPIGVSWGLRAAAAGGAFPRGGRWRR (配列番号1)

このペプチドは、成熟(NTSR3)受容体にも結合可能である。構造と機能の関係に関する研究により、このペプチドの17個のアミノ酸部分がすべての受容体結合活性を担っていることが分かっている。そのペプチド部分とは以下の通りである:

APLPRWSGPIGVSWGLR (配列番号2)

この配列番号2の配列は、上記の主たるペプチド中の下線部分に相当する。下記に記載する実験に使用されたのは、このペプチドである(これを本願発明者らはプロペプチドと称する)。
【0028】
したがって、本発明は、配列番号2のペプチドもしくは該ペプチドの断片、またはニューロテンシン受容体3(NTSR3)のリガンドである該ペプチドの誘導体に関する。それは。このペプチドの「断片」および「誘導体」は、例えばアミノ酸をその等価物に置換するかまたは結果としてその活性を変更させずにペプチドを短くすることにより、当業者が添付の配列番号1または2から容易に得ることが可能なものである。
【0029】
これらの「断片」または「誘導体」は、本発明のペプチドが有するニューロテンシン受容体3(NTSR3)のリガンド特性を保存するものである。以下の説明では、本発明のペプチドを「ペプチド」または「プロペプチド」とも称する。「誘導体または断片」は本
発明のペプチドのアナログと見なすことも可能である。
【0030】
本ペプチドの生体内半減期はまだ確立されていないが、ペプチドの安定性または生体内利用率(バイオアベイラビリティ)を改善するために、本願発明者らは、各アミノ酸に対し、および各アミノ酸間の結合の性質に対し、既に改変を想定している。改変は例えば以下の通りである:
−少なくとも1つのアミノ酸の、同じファミリー(芳香性アミノ酸、疎水性アミノ酸、塩基性アミノ酸等)からの別のアミノ酸への置換;
−天然アミノ酸(Lアミノ酸)の、D形の同じアミノ酸による置換;
−2つのアミノ酸間のペプチド結合の、疑似ペプチド結合による置換。
【0031】
実際、これらの改変は、ペプチダーゼおよびプロテアーゼによるタンパク質分解の攻撃に強いペプチドを生成する。
本発明は、上記ペプチドまたはペプチド断片もしくはペプチド誘導体をコードする核酸配列にも関する。ソルチリンSORT 1のメッセンジャーRNAのGenBank受入番号:マウス、NM_019972:ヒト、NM_002959。このペプチド配列は、例えば添付の配列表の配列番号2を有する配列である。かかる配列は、本発明のペプチド、ペプチド断片、またはペプチド誘導体をコードする任意の適切な配列であってよい。この配列は、トランスフェクションにより本発明のペプチドもしくは断片または誘導体を作製するために好ましくは使用される。
【0032】
本発明は、本発明の核酸配列を含むベクターにも関する。ベクターは、細胞により、遺伝子組換え技術で、本発明のペプチドもしくはペプチド断片またはペプチド誘導体を製造するために宿主細胞を形質転換するのに適した任意のベクターであってよい。ベクターは、pIRESならびにpIRES2およびその派生物、pcDNA3およびその派生物、ならびにpGEXおよびその派生物を含むグループから選択されたベクターから得られ得る。
【0033】
したがって、本発明は、本発明のペプチドもしくはペプチド断片またはペプチド誘導体、本発明の核酸配列、および/または本発明のベクターを有する宿主細胞にも関する。宿主細胞は、形質転換されるか、または本発明のペプチドもしくはペプチド断片またはペプチド誘導体を製造するのに適した任意の細胞であってよい。宿主細胞は、例えばCOS−7細胞、HEK 293およびその派生物、ならびにN1E115およびその関連細胞であってよい。
【0034】
したがって、本発明は、本発明のペプチドもしくはペプチド断片またはペプチド誘導体
誘導体を生産する方法であって、
−本発明の核酸で宿主細胞をトランスフェクトするか、または本発明のベクターで宿主細胞を形質転換する工程、
−配列番号2のペプチドもしくは該ペプチドの断片または該ペプチドの誘導体の発現を許容する条件で、前記宿主細胞を培養する工程、および
−配列番号2のペプチドもしくは該ペプチドの断片または該ペプチドの誘導体を回収する工程
からなる方法にも関する。
【0035】
本発明のペプチドもしくは該ペプチドの断片または該ペプチドの誘導体を製造するのに使用できるトランスフェクションの技術および形質転換の技術は、当業者に周知である。例えばKrieger DE, Erickson BW, Merrifield RB. "Affinity purification of synthetic peptides" Proc Natl Acad Sci USA; 73: 3160-3164 (1976)(16)に記載。
【0036】
本発明によれば、ペプチドの製造の好ましい方法は、例えば固相での化学合成である。当業者に周知のいかなる技術を使用することも可能である。例えば、ペプチドは、Krieger DE, Erickson BW, Merrifield RB. "Affinity purification of synthetic peptides" Proc Natl Acad Sci USA; 73: 3160-3164 (1976)(16)の固相法により合成可能である。
【0037】
本発明の分子は、新しいクラスの抗鬱薬の開発における新規な経路および精神疾患の新規な治療戦略を切り開く。
したがって、本発明は、医薬品としての本発明のペプチドもしくはその断片または該ペプチドの誘導体の使用方法にも関する。
【0038】
特に、本発明は、精神障害の治療の治療を意図した医薬品の製造のための、例えば抗鬱薬および/または鎮痛薬の製造のための、ペプチドもしくはその断片または該ペプチド誘導体の使用方法にも関する。
【0039】
本発明のペプチドもしくはその断片またはその誘導体は、上記に定義したように、新しいタイプの抗鬱薬を構成する天然産物であり、精神障害の治療に現在使用されている医薬品の望ましくない副作用をすべて回避することを可能にする。先行技術で使用されている医薬品の副作用は、それ自体の化学的性質から生じている。先行技術のこれらの医薬品は、細胞の原形質膜を受動的に横切る特性をしばしば有する分子であり、これは細胞内のエフェクターとの非特異的相互作用につながる。本発明のペプチドまたは本発明のペプチドの疑似ペプチド特性により、かかる問題を回避することが可能となる。
【0040】
さらに、TREK−1カリウムチャネルに対する本発明のペプチドの直接作用は、従来の抗鬱薬の作用のしばしば長期になる遅延を低減させ得る(上記の先行技術を参照)。
さらに、TREK−1チャネルは、伸張、浸透圧、および温度に対する感度が高い。本願発明者は、TREK−1が痛みの認識に関与する分子の1つであることを実証した。TREK−1は、脊髄の後根神経節の小感覚ニューロンに多く発現しており、ペプチド作動性ニューロンと非ペプチド作動性ニューロンの両方で存在し、TRPV1(温熱性痛覚過敏に関係するカプサイシン活性化非選択的イオンチャネル)と共に存在している。KO(「ノックアウト」)マウスは、痛みの感覚と熱に対してより敏感である。この表現型は、熱により敏感な多モードのC線維に局在化している。また、KOマウスは低閾値の機械的刺激により敏感であり、炎症の状態では熱および機械に対する知覚過敏が増加する。かかる研究は、Alloui A, Zimmermann K, Mamet J, Duprat F, No・ J, Chemin J, Guy N, Blondeau N, Voilley N, Rubat-Coudert C, Borsotto M, Romey G, Heurteaux C, Reeh P, Eschalier A, Lazdunski M. "TREK-1, a K+ channel involved in polymodal pain perception" EMBO J; 25: 2368-2376 (2006)(17)に記載されており、新規な鎮痛薬の開発
のための非常に興味深い標的としてTREK−1チャネルを指定している。従って、かかるTREK−1チャネルに対して活性な分子であればいかなるものも、侵害受容の領域で重要な治療効果を有する可能性がある。
【0041】
さらに、NTSR3は炎症に関係する。本願発明者は、NTSR3が、ミクログリア細胞由来の炎症性サイトカインの移動および放出に対するニューロテンシン(NT)の効果の原因であることを実証した(Martin S, Vincent JP, Mazella J. "Involvement of the
neurotensin receptor-3 in the neurotensin-induced migration of human microglia"
J Neurosci. 23: 1198-1205 (2003) (18)およびMartin S, Dicou E, Vincent JP, Mazella J. "Neurotensin and the neurotensin receptor-3 in microglial cells" J Neurosci Res.; 81: 322-326 (2005)(19)参照)。
【0042】
本発明のペプチドは、NTの効果に拮抗する特性を有する。従って、NTの炎症性作用
を遮断可能な分子であればいかなるものも、大脳の炎症領域に重要な治療効果を有し得る。
【0043】
他の利点は、添付の図面を参照して、限定ではなく例示の目的で与えられた以下の実施例を読めば当業者には明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】NTSR3受容体有りまたは無しで、抗TREK−1抗体により免疫沈降させた、TREK−1チャネルでトランスフェクトされたCOS−7細胞の膜抽出物から準備されたウェスタンブロットを示す。NTSR3/ソルチリン受容体は抗ソルチリン抗体により明らかにされる。
【図2】TREK−1チャネル活性の阻害の測定の実験結果を示す曲線を示す。グラフAでは、電流密度I(pA/pF)を横軸に示し、mVで表わされる印加電圧(V)を縦軸に示す。挿入部分で、プロットは種々の電圧における電流の振幅を表わす。対照:標準状態、AA:10μMのアラキドン酸による電流の活性化、AA+PE:100nMのPEの存在下での10μMのアラキドン酸による電流の活性化。グラフBでは、10μMのアラキドン酸により活性化されたTREK−1電流の阻害率を横軸に示し(0mVで測定された阻害%)、nMで表わされるPEの濃度を縦軸に示す。これらの図では、pA=ピコアンペアおよびpF=ピコファラドである。
【図3】3つの異なる注射方法、および異なる注射物質に関して行なわれた強制的な水泳試験の実験結果のヒストグラムを示す。これは断念の試験である。3つのグラフにおいて、動物が動かない時間(単位:秒−sec)を横軸に示し、異なる試験物質を縦軸に示す。
【図4】異なる注射物質に関する断念CSMT(条件付き運動性抑制)およびTST(尾懸垂試験)の試験の実験結果のヒストグラムを示す。CMSTグラフで、ある箱から別の箱までの通過の数および動物が直立した回数を横軸で示し、異なる試験物質を縦軸で示す。TSTグラフにおいて、動物が運動できない時間(単位:秒−sec)を横軸に示し、異なる試験物質を縦軸に示す。
【図5】2週間注射された、生理食塩水の存在下、フルオキセチンの存在下、または本発明のペプチドの存在下での、神経新生の測定のグラフを示す。横軸:BrdU標識に陽性の細胞数。縦軸:試験した物質。
【図6】痛みに対する感度の試験のヒストグラムを示す(左:ホットプレート試験;右:テイルフリック試験)。ヒストグラムAおよびBで、縦軸はマウスが反応した時間(秒)であり、横軸は注射によりマウスに投与された溶液である。
【図7】マウスにおける癲癇性発作のヒストグラムを示す。ヒストグラムで、縦軸はマウスの数を示し、横軸は癲癇の段階を示す。測定は、100μlの生理食塩溶液または100μlの10-5Mペプチド溶液(「PE 10-5M」)で処理されたマウスでの30mg/kg カイニン酸の注射の関数として行なわれる。
【図8】マウスにおいて局所的虚血(脳血管障害のモデル)により引き起こされた梗塞のサイズを定量するヒストグラムを示す。ヒストグラムにおいて、縦軸は梗塞の体積を示し、横軸は、注射された溶液:生理食塩水の溶液(「PHYS SALINE」)またはプロペプチドの溶液(「PE 10-5M)」)のいずれかである。
【図9】15日間毎日注射されたマウスにおける最後の処理後の6時間および72時間目の飲料水および餌の摂取量を示すヒストグラム。ヒストグラムにおいて、縦軸が重量(グラム)を示し、横軸は注射される溶液を示す:生理食塩水(「PHYS SALINE」)または10-5Mの濃度のプロペプチド溶液(「PE 10-5M」)。
【図10】4日間の治療後のマウスでの神経新生のヒストグラムを示す。ヒストグラムにおいて、縦軸が、ブロモデオキシウリジン(BrdU)に陽性の細胞数を示し、横軸は、注射された溶液を示す:生理食塩水(「PHYS SALINE」)または10-5Mの濃度のプロペプチド溶液(「PE 10-5M)または3mg/kg(「FLUOXETINE(3mg/kg)」)の濃度のフルオキセチンを含み溶液。
【発明を実施するための形態】
【0045】
実施例
本願発明者は、本発明のプロペプチドによるTREK−1チャネルの活動の阻害を実証する電気生理学的試験と、プロペプチドの抗鬱性特性を有効にすることを目的とする種々のいわゆる行動学的試験とを試みた。実際、C.Heurteaux博士の率いるチームは、マウスでは、TREK−1チャネル遺伝子(TREK−1−/−またはKO−TREK−1)のノックアウトが、鬱病に関係していることが認められる行動学的試験により測定された耐鬱病性の表現型を動物に与えることを実証した。従って、TREK−1を阻害するか、またはTREK−1−/−型の行動を再現することが可能な任意の分子を、抗鬱薬として見なすことが可能である。
【0046】
本願発明者は、マウス脳幹部分に対するTREK−1とソルチリンの間の同時局在化の実験も実行した。
実施例1:TREK−1の試験
Catherine Heurteauxの率いるチームは、TREK−1カリウムチャネルが鬱病の治療の標的となり得ること、およびかかるチャネルのアンタゴニストがよく効く抗鬱薬の特性を有し得ることを実証した。
【0047】
TREK−1は、5−HT(セロトニン)受容体等のGqタンパク質経路を活性化する受容体を介してcAMPレベルを調節する神経伝達物質により制御される。TREK−1が欠失すると、5−HT神経伝達が有効に増加する抗鬱の表現型が生じる。KO−TREK−1マウスは従来の抗鬱薬で処理された未処理マウスの行動と似た行動を呈する(15)。これらのデータは、現在存在しないTREK−1チャネルのブロッカーが、新しい世代の抗鬱薬につながる可能性があることを示唆している。したがって、TREK−1チャネルの往来、アドレス指定、および機能に影響しうるすべてを同定することが重要である。それは、かかる特性を調節するパートナーを発見するという問題である。
【0048】
本願発明者は、優れた候補が、ソルチリンとも呼ばれるニューロテンシン受容体3(NTSR3)であることを本明細書で実証する。この多機能タンパク質(NTSR3/ソルチリン)は、実際、受容体または同時受容体の役割を果たすことが可能であり、NTSR3/ソルチリンの前駆物質の成熟中に放出されるニューロテンシン、リポタンパク質リパーゼおよびプロペプチド等のいくつかのリガンドを有する。このプロペプチドはニューロテンシンの作用の特異的拮抗薬であり、NTSR3/ソルチリンも、細胞表面での他のタンパク質のアドレス指定に役割を果たす。
【0049】
NTSR3/ソルチリンがTREK−1チャネルの往来に役割を果たすか否かを確かめるために、本願発明者は2つのタンパク質間の相互作用を検知する目的で実験を行なった。これについて、本願発明者は2つのタンパク質NTSR3/ソルチリンおよびTREK−1によるCOS−7細胞のトランスフェクションを行なった。
【0050】
結果は、抗TREK−1抗体による細胞抽出物の免疫沈降がNTSR3/ソルチリンを共沈させることを示す(図1)。さらに、本願発明者は、電気生理学実験によりTREK−1とNTSR3/ソルチリンの間の機能的相互作用を実証した:アラキドン酸によるTREK−1の活性化は、NTSR3/ソルチリンの特異的かつ選択的阻害剤であるプロペプチドにより阻止される(図2)。
【0051】
図1に示されるゲルを得るために、TREK−1およびNTSR3/ソルチリンでトランスフェクトしたCOS−7細胞を溶解させた。上精をプロテインAセファロースの存在
下で抗TREK−1抗体(IP:α−TREK−1)と4℃で16時間培養した。
【0052】
このように沈殿したタンパク質をSDS−PAGEゲルに配置し、次に、ニトロセルロースに移す。NTSR3/ソルチリンタンパク質は抗NTSR3/ソルチリン抗体により検知される。
【0053】
実施例2:TREK−1チャネルの活動に対するプロペプチドの作用
プロペプチドの作用を測定するためのすべての実験を、COS−7細胞(アフリカミドリザルのサバンナモンキー(Cercopithecus aethiops)の腎臓繊維芽細胞に由来する細胞系統)で行なった。これらの細胞を、1μgのpIRES−EGFP−TREK−1プラスミドでDEAEデキストラン方法により細胞をトランスフェクトする24時間前に、直径35mmの皿に20 000個の細胞の密度で蒔く。電流の測定値をトランスフェクション後の48〜72時間目に得た。
【0054】
COS−7細胞の培養。COS−7細胞(ATCC参照番号:CRL−1651)を、5%CO2の存在下で37℃でDMEM培地(Gibco)/10%ウシ胎仔血清(FC
S、ICN社)で培養する。
【0055】
DEAEデキストランを使用したトランスフェクション。1日目、COS−7細胞を、2mlの培養培地を含む直径35mmの皿に20 000個の細胞で蒔く。2日目、培地を除去し、細胞を1μgのpIRES−EGFP−TREK−1プラスミドおよび100μgのDEAE−デキストラン(Sigma社)を含む200μlのPBS(Gibco社)で覆い、その後、37℃/5%CO2に配置した。30分間のインキュベーション後
、2mlの培地DMEM/10% NuSerum/80μM クロロキンを添加する。3時間後、培地を2mlのDMEM/10% FCSと取り替え、細胞を電気生理学的方法による測定前の48〜72時間培養する。
【0056】
電気生理学的測定:すべての測定値は室温つまり21〜22℃で得られる。プラスミドでトランスフェクトした細胞を、480nmでの励起後にEGFPにより放射された蛍光から検知する。
【0057】
細胞全体のパッチクランプ技術を使用して、TREK−1チャネルの活動を測定した。使用した装置はRK 400パッチクランプ増幅器(Axon Instruments社、アメリカ合衆国所在)である。1.3〜8MΩの抵抗を有するパッチピペットはホウケイ酸ガラスの毛細管から製造されており、155mM KCl、3mM MgCl2
5mM EGTA、10mM HEPES/KOHpH7.2溶液で充填される。
【0058】
細胞培養培地を、150mM NaCl、5mM KCl、3mM MgCl2、1m
M CaCl2、10mM テトラエチル塩化アンモニウムを含む10 HEPES/NaOH(pH7.4)、3mM 4−アミノピリジンからなる溶液と取り替える。細胞をこの溶液で連続的に潅流する。測定される細胞の細胞膜の残留電位は−80mVに固定する。
【0059】
電圧の変化が、連続的ランプ(−100から+50mVまで)でも、または10mVの電位のジャンプ(−100から+40mV、1つのジャンプ当たり1.5秒)でも得られる。
【0060】
得られたデータをPclampソフトウェアで分析した。図2Bに記載された電流は0mVで得られたものであり、表わされた結果は平均値±標準偏差である。IC50値はシグモイド関数での実験データのプロットにより得た。
【0061】
その後、チャネルの活性を上述したように細胞全体の構成でのパッチクランプ技術により測定する。
基準状態では、つまりアラキドン酸(TREK−1チャネルのよく効く活性薬であることが知られている)による活性化がない状態では、100μMのプロペプチドは0mVで測定したチャネル活性の25%を阻害する(23pA/pFに対して31pA/pF)。
【0062】
チャネルが10μM アラキドン酸で活性化された状態では(130pA/pFに対して31pA/pF)、100μMのプロペプチドは0mVで測定したチャネル活性の67%を阻害する(56pA/pFに対して130pA/pF)。
【0063】
同じ実験条件では、0mVで測定したTREK−1チャネル活性の阻害の用量反応曲線が構築され、これが図2Bに示される。図2Bは70.7nMの半数効果濃度(IC50)を示している。
【0064】
実施例3:行動学的試験
本願発明者は、物質の抗鬱活性を決定するための古典的試験と見なされている3種類の行動学的実験を行なった(Nestler E.J., Gould E., Manji H., Buncan M., Duman R.S.,
Greshenfeld H.K., Hen, R. et al. "Preclinical models: status of basic research in depression" Biol Psychiatry. 15, 503-528 (2002)(20)およびCryan, J. & Holmes, A. "The ascent of mouse: advances in modeling human depression and anxiety" Nat Rev Drug Discov. 4, 775-790 (2005)(21))。本発明のプロペプチドの効果を、それを溶解させる食塩水および臨床で最も使用されている抗鬱薬の1つであるフルオキセチンのそれと比較した。使用されるマウス系統はC57Black/J系統である。TREK−1-/-マウスもこれらの種々の試験で測定した。
【0065】
プロペプチドを10-5M、10-6M、10-7Mおよび10-8Mの所望の濃度となるよう0.9%NaCl食塩水に溶解させる。使用した技術に依存して異なる量を注射する:
−脳室内注射:5μl
−静脈内注射:100μl
−腹腔内注射:100μl
脳室内(ICV)注射の場合、10μlのHamilton注射器(Fisher Bioblock社)(商標)を使用する。静脈内(IV)注射または腹腔内(IP)注射の場合、0.45×12mmの針を使用する。
【0066】
A.強制的水泳試験(FST)(Cryan&Holmes、2005(21))
試験物質の注射の30分後の実験は、22℃で11cmの水を入れた直径15cmおよび高さ30cmの容器に6分間マウスを浸すことと、最後の4分間の不動時間を測定することとから成る。抗鬱薬で処理したマウスの不動時間は対照マウスより短い。本願発明者は、ペプチドおよび食塩水の種々の注射経路を試験した:脳室内(ICV)、静脈内(IV)、または腹腔内(IP)。フルオキセチンの投与に対してはIP注射のみを使用した。生理食塩水の注射による対照試験を行なった。
【0067】
これらの試験の結果を図3のFST試験に示す。値±SEMを対照条件(生理食塩水)と統計学的に比較する。***p<0.001、2要因分散分析試験=事後分析試験が後続
する差異分析試験)。
【0068】
投与経路にかかわらず、本発明のプロペプチドの効果はフルオキセチンにより生じた効果に匹敵する。プロペプチドで処理したマウスはKO−TREK−1マウスと同じ行動をする。
【0069】
次の2つの試験では、本発明のプロペプチドを動物一匹当たり1μMで100μlの割合で静脈内(IV)経路で投与した。
B.尾懸垂試験(TST)
(Cryan,J.&Holmes,A.(2005)(21)およびRipoll, N., David, D., Dailly, E., Hascoet, M. & Bourin, M. "Antidepressant-like effects in various mice strains in the tail suspension" Behav Brain Res. 143(2:193-200 (2003)(22)参照)
マウスへの試験物質の注射の30分後の実験は、粘着性リボンでマウスを尾部で懸垂することと、6分間不動時間を測定することとから成る。
【0070】
図4(TST)のグラフに示されるように、抗鬱薬で処理したマウスの不動時間は対照マウスよりも短い。
この実験では、再び、本発明のプロペプチドの効果がフルオキセチンにより生じた効果に匹敵し、プロペプチドで処理したマウスはTREK−1-/-マウスと同じ行動をする(
図4、TST)。
【0071】
プロペプチドを、10-5M、10-6M、10-7Mおよび10-8Mの所望の濃度となるよう0.9%NaCl食塩水に溶解させる。使用した技術に依存して異なる量を注射する:
−脳室内注射:5μl
−静脈内注射:100μl
−腹腔内注射:100μl
脳室内(ICV)注射の場合、10μlのHamilton注射器(Fisher Bioblock社)(商標)を使用する。静脈内(IV)注射または腹腔内(IP)注射の場合、0.45×12mmの針を使用する。
【0072】
C.条件付き運動抑制試験(CMST)(Dauge, V., Sebret, A., Beslot, F., Matsui, T., & Roques B. "Behavioral profile of CCK2 receptor-deficient mice" Neuropsychopharmacol; 25: 690-698 (2001)(23)参照)。
【0073】
実験は、1日目にマウスを条件付けすることと、2日目に物質の効果を測定することとから成る。
1日目に、床が電気刺激装置に接続された金属鉄格子である箱に各マウスを入れる。条件付けは、電気ショック(1.8mA、200ms)と後続する12秒の潜伏期とから構成された30シーケンスの生成から成る(合計条件付け時間:6分)。その後、マウスをケージに戻し、24時間回復させる。
【0074】
2日目に、マウスに種々の試験物質を注射し、次に30分後に、条件付けに使用した箱に戻した。この箱では、床が6つの同じ箱に分割されている。電気ショックは伝えない。
測定は、マウスが箱を変更した回数または直立した回数を6分間手作業で数えることから成る。
【0075】
未処理のショックを受けたマウス(生理食塩水)はほとんど移動せず(「不動」)、処理したショックを受けたマウスは、未処理のショックを受けたマウスに比べてかなりの運動性を回復し:フルオキセチン(3mg/kgの注射の割合)では5倍大きく、本発明のプロペプチドでは7倍大きかった。
【0076】
この試験の実験結果を図4に示す。TREK−1-/-マウスは対照よりも6倍の大きな
運動性を有する(図4のCSMT)。
これらの実験結果はすべて、本発明のプロペプチドがフルオキセチンと少なくとも同程
度か、「条件付き運動性抑制」試験の場合にはそれよりも大きな抗鬱薬特性を有することを明らかに実証している。
【0077】
さらに、本発明のプロペプチドが、大槽内経路だけでなく静脈内経路または腹腔内経路によっても作用するという事実は、本発明のペプチドが血液脳関門(BBB)を容易に横切ってその効果を及ぼすことを示している。この特性は臨床試験の場合に容易に置換される慢性治療薬の可能性を開いている。
【0078】
実施例4:神経新生に対するプロペプチドの効果
抗鬱薬による治療は海馬の神経新生を増加させることが知られている(Santarelli, L., Saxe, M, Gross, C, Surget, A, Battaglia, F, Dulawa, S, Weisstaub, N, Lee, J, Duman, R, Arancio, O, Belzung, C, Hen, R et al. "Requirement of hippocampal neurogenesis for the behavioral effects of antidepressants" Science, 301: 805-809 (2003)(24))。この細胞増殖は、マーカーである5−ブロモ−2−デオキシウリジン(
BrdU)を組込み、かつ成熟ニューロンに変形される「先祖」細胞の増加から測定される。BrdUは免疫組織化学により検知される。
【0079】
1日目に、動物に300μlの10mM BrdU水溶液を腹腔内注射し、その後ケージに戻した。
2日目に、動物を安楽死させ、組織を4% パラホルムアルデヒドの冷溶液の心臓内潅流により固定する。脳を敵手巣し、−20℃で凍結させる。
【0080】
一連の40μm切片を、ビブラトーム(Leica社)を使用して、海馬の構造全体を網羅するように調製する。6つの切片ののうちの1つを、モノクローナルマウス抗BrdU抗体(Becton Dickinson社)によるBrdU取り込みの測定のために保持する。この一次抗体は、ビオチンおよびアビジンペルオキシダーゼに結合する二次抗体により顕在化される。ペルオキシダーゼ活性をDABの加水分解により目で見えるようにする。このように標識付けされた細胞を各切片について数える。
【0081】
各群、食塩水、プロペプチドまたはフルオキセチンに対し、各切片のBrdU標識された細胞の数を合計され、全体構造を表わすように6を乗算する。各群はそれぞれ3匹のマウスから構成され、表された結果は3匹の動物の平均値である。
【0082】
得られた結果を、図5にヒストグラムで示す。このグラフは神経新生の測定を示す。生理食塩水(「PHYS SALINE」)および10μMプロペプチド(「PE 10-5M」)を2週間注射した。また、フルオキセチンも飲料水に入れて80mg/l溶液を、フルオキセチンの効能を得るのに必要であることが分かっている期間2週間投与した。**p<0.01、*p<0.05。
【0083】
これらの結果は、プロペプチドが、フルオキセチンによって引き起こされる神経新生に匹敵する多くの神経新生を誘発することを明白に実証している。プロペプチドで得られた測定値と、フルオキセチンで得られた測定値との間に有意差はない(事後分析試験が後続する1要因分散分析試験)。
【0084】
実施例5:痛みに対するプロペプチドの効果
本発明のペプチドは、TREK−1チャネルの活性を阻害する。考えられる主な副作用は、TREK−1チャネル活性の遮断により引き起こされる副作用である。実際、C.Heurteauxが率いるチームによる研究(Heurteaux C., Guy, N., Laigle, C., Blondeau, N., Duprat, F., Mazzuca, M., Lang-Lazdunski, L., Widmann, C. et al. "TREK-1, a K(+) channel involved in neuroprotection and general anesthesia" EMBO J, 2
3: 2684-2695 (2004) (25)およびAlloui A, Zimmermann K, Mamet J, Duprat F, Noel J, Chemin J, Guy N, Blondeau N, Voilley N, Rubat-Coudert C, Borsotto M, Romey G, Heurteaux C, Reeh P, Eschalier A, Lazdunski M. "TREK-1, a K+ channel involved
in polymodal pain perception" EMBO J; 25: 2368-2376 (2006)(17))によると、
TREK−1チャネルをノックアウトしたマウス(TREK−1-/-)が以下の通りであ
ることが示された:
−野生マウスよりも痛みに対して敏感である(Alloui A, Zimmermann K, Mamet J, Duprat F, Noel J, Chemin J, Guy N, Blondeau N, Voilley N, Rubat-Coudert C, Borsotto
M, Romey G, Heurteaux C, Reeh P, Eschalier A, Lazdunski M. "TREK-1, a K+ channel involved in polymodal pain perception" EMBO J; 25: 2368-2376 (2006)(17)。
【0085】
−αリノレン酸等の多価不飽和脂肪酸の神経保護効果が、脳虚血の場合にノックアウトマウスで消失した。
−カイニン酸の注射により誘発される癲癇性発作は、TREK−1-/-マウスでははる
かに十度で、死に至ることが非常に多かった(Heurteaux C., Guy, N., Laigle, C., Blondeau, N., Duprat, F., Mazzuca, M., Lang-Lazdunski, L., Widmann, C. et al. "TREK-1, a K(+) channel involved in neuroprotection and general anesthesia" EMBO J, 23: 2684-2695 (2004)(25)。
【0086】
痛みに対する感度は2つの試験、すなわちホットプレート試験と「テイルフリック」試験で測定した。
1.ホットプレート
この試験は、所定温度に維持したプレート上にマウスを置いた時に、マウスが自身の後足を舐めた時間を測定することから成る。50℃と56℃の2つの温度を使用した。
【0087】
使用したマウスはC57BL6/Jマウスであった。各群はそれぞれ10匹のマウスから構成された。
第1群の「未処理」マウスは注射を受けず、第2の群のマウスは、100μlの生理食塩水の静脈注射を受け(「PHYS SALINE」)、最後に第3の群は、100μlの本発明のペプチドを含む溶液の注射を10-6Mの濃度で受けた(「PE 10-6M」)。
【0088】
その後、熱に対する感度をマウスの3つの群で測定し、得られた結果を比較した。
測定値は注射の30分後に得た。
結果を図6Aに示す。
【0089】
これらの結果は、50℃では動物の3つの群の間で統計学的差がないことを明白に実証している:未処理:19.4+/−1.6秒、生理食塩水注射:21.3+/−2.1秒、およびPE注射:21.1+/−1.5秒秒。56℃では、未処理:5.3+/ −1.6秒、生理食塩水注射:3.8+/−0.7秒およびPE注射:4.6+/−0.9秒。
【0090】
統計学的差は、事後分析試験が後続する1要因分散分析試験を使用して測定した。
この実施例は、本発明のペプチドが痛覚過敏を引き起こさないことを明白に実証している。
【0091】
2.2.「テイルフリック」試験
この試験は、48℃の湯浴にマウスの尾を浸し、湯浴から尾を引っ込めるのにかかる時間を測定することから成る。任意の注射の前に、マウスに馴化試験を行なった。馴化試験は、任意の処理前に(12秒未満の反応時間を得る)、群が均質になるよう各動物の尾を
2回湯浴に浸すことから成る。その後、マウスに100μlの生理食塩水(「PHYS SALINE」)または100μlの配列番号2のペプチドを10-6Mの濃度で(「PE
10-6M」)注射した。
【0092】
使用したマウスはC57BL6/Jマウスであった。各群はそれぞれ10匹のマウスから構成された。
測定値は注射の30分後に得た。図6Bに示した結果は、マウスの2つの群間に有意差がないことを示している:生理食塩水:7.0+/−0.6秒およびPE:8.3+/ −0.7秒。
【0093】
差はステューデントt検定を使用して評価した。この試験により2つの群間に有意差がないことが確認された。
上記ホットプレート試験および「テイルフリック試験」は、配列番号2のペプチドの注射が痛覚過敏を引き起こさないことを明白に実証している。
【0094】
実施例6:癲癇に対するプロペプチドの効果
この実験では、使用したマウスはC57BL6/Jであり、1つの実験群当たり10匹のマウスとした:「生理食塩水」群(100μlの生理食塩水の腹腔内注射を受けた)および「PE 10-5M」群(100μlの本発明のペプチドを含む溶液を10-5Mの濃度で受けた)。各実験群で、100μlの30mg/kgの割合のカイニン酸の腹腔内注射により癲癇性発作を引き起こした。癲癇性発作の段階についての観察をカイニン酸注射の90分後に行なった。これはマウスの行動の観察に基づいた。
【0095】
癲癇性発作の異なる段階はTsirka S.E., Gualandris, A., Amaral, D.G., Strickland,
S. "Excitotoxin-induced neuronal degeneration and seizure are mediated by tissue plasminogen activator", Nature, 377: 340-344 (1995)(26)の文献に示されてい
る。
【0096】
癲癇の攻撃の強さについて記述するために6つの段階が定義されている:
段階1:不動
段階2:頭および襟首の動き
段階3:片側の慢性的活動
段階4:両側の慢性的活動
段階5:全身の痙攣
段階6:動物の死
図7に示した結果は、「生理食塩水」群では5匹が段階5に達したのに対し、ペプチドを注射した動物では2匹しか段階5に達しないため、本発明のペプチドはカイニン酸誘発性の発作を悪化させないだけでなく、逆に有益な効果があることを示す。さらに、死んだただ1匹の動物は「生理食塩水」群にいた。
【0097】
統計分析を、事後分析試験が後続する2要因分散分析試験を使用して行った。
したがって、この実施例は、プロペプチドが癲癇性発作を誘発せず、逆に癲癇に対して保護効果を有することを明白に実証している。
【0098】
実施例7:脳血管発作(CVA)の危険に対するプロペプチドの効果
CVAを誘発するために使用したモデルは、糸を用いた中大脳動脈の閉塞から成る局所虚血モデルである。(Heurteaux C., Laigle, C., Blondeau, N., Jarretou, G., Lazdunski, M. "Alpha-linolenic acid and riluzole treatment confer cerebral protection and improve survival after focal brain ischemia" Neuroscience, 137: 241-251 (2006)(27))。この局所虚血により誘発された梗塞のサイズを、クレシルバイオレットで
脳切片を染色した後で測定した。梗塞は、Heurteauxら、2006(27)に記載された方法
に従って画像解析システム(Olympus DP Soft社)で梗塞領域の輪郭をトレースすることにより測定される。C57BL6/Jマウス(1実験群当たり10匹のマウスの割合)の脳を、10-5Mの濃度の100μlの配列番号2のぺプチドを含む溶液(「PE 10-5M」群)または生理食塩水の溶液(「PHYS SALINE」群)の腹腔内注射で毎日一週間処理する。値は2つの群間で比較した。
【0099】
図8に示した結果は、動物の2つの群間に有意差がないことを明白に実証している。
差はステューデントt検定を使用して評価した。この試験により2つの群間に有意差がないことが確認された。
【0100】
この実施例は、局所虚血によって誘発された梗塞のサイズにペプチドが有意な効果を有しないことを明白に実証している。したがって、この実施例は、配列番号2のペプチドがニューロン損傷の増加を引き起こさず、かつ脳血管発作の危険を増大させないことを明白に実証している。
【0101】
実施例8:餌摂取に対するプロペプチドの影響
餌および飲料水の摂取量も測定した。C57BL6/Jマウス(1群当たりn=10)の2つの実験群を使用した:第1の群は、100μlの生理食塩水を15日間腹腔内注射で毎日受け取り(「PHYS SALINE」)、第2の群は100μlの配列番号2のペプチドを含む溶液を10-5Mの濃度で15日間腹腔内注射で毎日受け取った(「PE 10-5M」)。
【0102】
これらの測定値を長期処理の終了後の6時間目および72時間目に得た。餌の摂取量または飲料水の摂取量に関し、処理動物と未処理動物の間に有意差はない(図9)。
差はステューデントt検定を使用して評価した。この試験により2つの群間の餌および
飲料水の摂取量に有意差がないことが確認された。
【0103】
この実施例は、配列番号2のペプチドが動物の餌の摂取に有意な効果がないことを明白に実証している。
実施例9:プロペプチドの作用の遅延の測定
現在一般に使用されている多くの抗鬱薬とは対照的に、本発明のペプチドの作用の効能は非常に迅速である。実際、抗鬱薬の効能を実証する実験的方法の1つは、新しい神経の新生(Santarelli, L., Saxe, M, Gross, C, Surget, A, Battaglia, F, Dulawa, S, Weisstaub, N, Lee, J, Duman, R, Arancio, O, Belzung, C, Hen, R et al. "Requirement of hippocampal neurogenesis for the behavioral effects of antidepressants" Science, 301: 805-809 (2003)(24))の測定である。実際、フルオキセチン等の抗鬱薬は
約2週後に神経新生を誘発する。この神経新生は、抗鬱薬の作用機序の重要な要素である。臨床では、鬱病が海馬の錐状体細胞の萎縮(Sheline, Y.I., Wang, P.W., Gado, M.H.,
Csernansky, J.G., Vannier, M.W. "Hippocampal atrophy in recurrent major depression" Proc Natl Acad Sci placecountry-regionUSA. 93: 3908-3913 (1996)(28))と、海馬歯状回における神経新生の相当な減少(Gould, E., Tanapat, P., McEwen, B.S., Flugge, G., Fuchs, E. "Proliferation of granule cell precursors in the dentate gyrus of adult monkeys is diminished by stress" Proc Natl Acad Sci USA, 95: 3168-3171 (1998)(29))とに関係していることが実証されている。
【0104】
実験プロトコルは、4日間の処理期間を除き、Santarelliらの研究(Santarelli et al., "Requirement of hippocampal neurogenesis for the behavioral effects of antidepressants" Science, 301: 805-809 (2003)(24))のmaterials and methods(補足)に記載されたものとする。
【0105】
図10の結果は、神経新生の誘発におけるペプチドの作用の非常な速さを示している。ペプチド(「PE 10-5M」)で、神経新生に有意な増加がある。フルオキセチン(「フルオキセチン、3mg/kg」)により誘発された神経新生は、4日間の期間に生理食塩水(「PHYS SALINE」)の注射により誘発された神経新生と同一である。
【0106】
増加を、事後分析試験が後続する1要因分散分析試験を使用して評価した。ポストホック試験が後続する1つの要因分散分析試験を使用して評価された。この試験により、「生理食塩水」群に比べて、フルオキセチンによってではなく本発明のペプチドによって誘発される神経新生に有意な増加があることが確認された。
【0107】
したがって、上記実施例は、精神疾患および炎症性現象ならびに/もしくは疼痛現象の治療に本発明のペプチドを使用可能であることを明白に実証している。さらに、本発明のペプチドは、先行技術の抗鬱薬の既知の副作用を引き起こさず、先行技術の抗鬱薬よりも作用の遅延が短い(つまり作用が大幅に迅速である)。
【0108】
参考文献一覧
【0109】

【表1】




【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2のペプチド、該ペプチドの断片、またはニューロテンシン受容体3(NTSR3)のリガンドである該ペプチドの誘導体。
【請求項2】
請求項1に記載のペプチドもしくはペプチドの断片、またはペプチドの誘導体をコードする核酸配列。
【請求項3】
請求項2に記載の核酸配列を含むベクター。
【請求項4】
請求項1に記載のペプチドもしくはペプチドの断片、またはペプチドの誘導体と、
請求項2に記載の核酸配列と、
請求項3に記載のベクターと、
のうちの少なくともいずれか一つを含む宿主細胞。
【請求項5】
請求項1に記載のペプチドもしくはペプチドの断片、またはペプチドの誘導体を生産する方法であって、
−請求項2に記載の核酸で宿主細胞をトランスフェクトするか、または請求項3に記載のベクターで宿主細胞を形質転換する工程、
−請求項1に記載のペプチドもしくはペプチドの断片、またはペプチドの誘導体の発現を許容する条件で、前記宿主細胞を培養する工程、および
−前記ペプチドもしくはペプチドの断片、またはペプチドの誘導体を回収する工程
からなる方法。
【請求項6】
精神障害と、炎症性現象および疼痛性現象のうちの少なくとも一方の現象との治療を意図した医薬品の製造のための請求項1に記載のペプチドもしくはペプチドの断片、またはペプチドの誘導体の使用方法。
【請求項7】
抗鬱薬の製造のための請求項6に記載の使用方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2011−505864(P2011−505864A)
【公表日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−538844(P2010−538844)
【出願日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際出願番号】PCT/FR2008/001784
【国際公開番号】WO2009/103898
【国際公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(505045610)サントル ナショナル ドゥ ラ ルシェルシュ スィヤンティフィック(セーエヌエルエス) (41)
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE(CNRS)
【出願人】(510171911)ユニヴェルシテ ドゥ ニース ソフィア アンティポリス (1)
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITE DE NICE SOPHIA ANTIPOLIS
【Fターム(参考)】