説明

ハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法

【課題】様々な基板の上に結晶性を制御した状態でハイドロキシアパタイトの薄膜が形成できるようにする。
【解決手段】第1工程S101で、ハイドロキシアパタイトの焼結体からなるターゲットおよびH2Oガスを含むスパッタガスを用いたスパッタ法で、基板101の上に薄膜102を形成する。基板101は、例えば、シリコン基板であればよい。次に、第2工程S102で、酸素が存在する雰囲気で薄膜102を加熱して結晶化する。例えば、酸素ガスの雰囲気中、または、大気中で加熱を行えばよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、様々な基板の上にハイドロキシアパタイトの薄膜を形成するハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ハイドロキシアパタイト[Ca10(PO46(OH)2]は、生体親和性を有する無機材料である。例えば、骨はコラーゲン線維の上にc軸配向したアパタイトナノ結晶が自己組織化して配列したものである。ハイドロキシアパタイトの結晶構造は六方晶であり、融点は1650℃である。単結晶のc面は疎水性であるが、a面は親水性という特徴を有している。ハイドロキシアパタイトと同様なCa,P,O,Hなどの元素で構成される材料として、生体アパタイトやリン酸カルシウム[β−Ca3(PO42]などがある。生体組織部位に応じて、これらの材料が混合され、優先配向により、弾性定数,変形挙動,耐環境性,生体親和性などが微妙に変化することを利用し、生物における骨の多様な形態が実現している。
【0003】
ハイドロキシアパタイトは、医用工学やバイオサイエンスなどへの発展的応用が探索されている。今後のバイオサイエンスの主要な材料となるためには、他の材料といかにうまく組み合わせていくかが、鍵を握っていると言っても過言ではない。この意味で、ハイドロキシアパタイトの形態および物性の精密な制御が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】C. M. Cotell et al. , "Pulsed Laser Deposition of Hydroxylapatite Thin Films on Ti-6Al-4V", J. Appl. Biomater. vol.3, pp.87-93, 1992.
【非特許文献2】R. K. Singh et al. , "Excimer laser deposition of hydroxyapatite", Biometerials, vol.15, no.7, pp.522-528, 1994.
【非特許文献3】K. Yamashita et al. , "Preparation of Apatite Thin Films through rf-Sputtering from Calcium Phosphate Glasses", J. Am. Ceram. Soc. , vol.77, no.9, pp.2401-2407, 1994
【非特許文献4】K.van Dijk et al. , "Influence of annealing temperature on RF magnetron aputtered calcium phosphate coatings", Biometerials, vol.17, pp.405-410, 1996.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えば、人工歯根は主に純チタン製であるが、骨との強い結合力が得られないため、表面にアパタイトの膜を形成する方法が検討されている。このような膜の形成では、ハイドロキシアパタイトのペーストが用いられている。しかし、ハイドロキシアパタイトのペーストを用いて形成した膜では、異種材料との接着性や結晶性が良好でないという問題があった。さらに、ペーストを用いて形成した膜は、高温で分解しやすく、溶け易いといった欠点も指摘されている。このために、様々なハイドロキシアパタイトの成膜方法が試されている。
【0006】
特に、ハイドロキシアパタイトのより薄い膜(薄膜)が形成できれば、半導体プロセスを用いた加工ができるという利点がある。しかし結晶のユニットが大きいこともあって、良質な結晶状態の薄膜を得るまでには至っていないのが現状である。結晶工学的な手法を使うアプローチでは、パルスレーザー堆積(PLD)法を用いた研究が先行している(非特許文献1,2参照)。PLD成膜は、アブレーション時にPO4の結合が壊れずこのまま蒸発しやすく、また、ターゲットの組成が保たれて薄膜が形成される長所がある。しかし成膜可能な面積が小さすぎ、製造には不向きである。一方、大面積化が可能なスパッタ法では研究報告例はそれ程多くない(非特許文献3,4参照)。
【0007】
さらに、上述したような薄膜形成技術により、様々な基板上にハイドロキシアパタイト膜を形成したとしても、サファイア基板のようなハイドロキシアパタイトと格子整合するエピタキシャル基板を使わない限り、形成される薄膜の結晶は通常ランダム配向になる。このような背景から、例えばシリコンのような半導体プロセスで通常使われる基板上に、スパッタ法を用いて、結晶性に優れるハイドロキシアパタイト膜を、方位を揃えて形成する技術が望まれていた。結晶方位の精密制御は、ハイドロキシアパタイトと生体物質や生命体との間の相互作用の制御につながり、ハイドロキシアパタイトの持つ機能を最大限に発揮させ、新たなバイオセンサの開発にも直結する課題である。
【0008】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、様々な基板の上に結晶性を制御した状態でハイドロキシアパタイトの薄膜が形成できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法は、ハイドロキシアパタイトの焼結体からなるターゲットおよびH2Oガスを含むスパッタガスを用いたスパッタ法で、基板の上に薄膜を形成する第1工程と、酸素が存在する雰囲気で薄膜を加熱して結晶化する第2工程とを少なくとも備える。なお、スパッタ法は、電子サイクロトロン共鳴スパッタ法であればよい。
【0010】
上記ハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法において、第2工程では、700℃〜900℃の範囲で加熱を行えばよい。また、第2工程では、550℃〜600℃の範囲で、3時間以上加熱を行うようにしてもよい。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したことにより、本発明によれば、様々な基板の上に結晶性を制御した状態でハイドロキシアパタイトの薄膜が形成できるようになるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、本発明の実施の形態におけるハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法を説明するための説明図である。
【図2】図2は、ECRスパッタ装置の構成を示す構成図である。
【図3】図3は、本発明の実施の形態における製造方法で複数の温度条件で作製した各試料のX線回折パタンを示す特性図である。
【図4】図4は、図3にX線回折パタンを示した各試料のハイドロキシアパタイト薄膜についての赤外透過スペクトルを示す特性図である。
【図5】図5は、H2O分圧を9.4×10-4Pa、および5.3×10-3Paとして成膜した各ハイドロキシアパタイト薄膜を、酸素雰囲気中で700℃において1時間加熱して得られた各試料のX線回折パタンを示す特性図である。
【図6】図6は、H2O分圧を3.3×10-3Paとして成膜したハイドロキシアパタイト非晶質薄膜を、酸素雰囲気中で550℃において10時間加熱して得られた試料のX線回折パタンを示す特性図である。
【図7】図7は、ハイドロキシアパタイト非晶質薄膜を酸素雰囲気中で600℃において、1時間加熱(1h)、2時間加熱(2h)、および3時間加熱(3h)して得られた各試料のX線回折パタンを示す特性図である。
【図8】図8は、550℃で10時間および600℃で3時間かけて結晶化した各試料の赤外透過スペクトルを示す特性図である。
【図9】図9は、H2O分圧3.3×10-3Paで成膜したas−depo非晶質薄膜と、酸素雰囲気中で、上記非晶質薄膜を600℃で1時間加熱した試料、および550℃において10時間加熱した試料について測定した赤外透過スペクトルから、シリコン基板の赤外透過スペクトルを差し引いた差スペクトルを示す特性図である。
【図10】図10は、H2O分圧3.3×10-3Paで成膜したハイドロキシアパタイト非晶質薄膜を、900℃において真空中、大気中、酸素ガス雰囲気中で1時間加熱して得られた各試料のX線回折パタンを比較した結果を示す特性図である。
【図11】図11は、ハイドロキシアパタイト非晶質薄膜を、800℃および900℃の条件で、真空中で1時間加熱して得られた膜の赤外透過スペクトルから、シリコン基板の赤外透過スペクトルを差し引いた差スペクトルを示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態におけるハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法を説明するための説明図である。この製造方法は、第1工程S101で、ハイドロキシアパタイトの焼結体からなるターゲットおよびH2Oガスを含むスパッタガスを用いたスパッタ法で、基板101の上に薄膜102を形成する。基板101は、例えば、シリコン基板であればよい。次に、第2工程S102で、酸素が存在する雰囲気で薄膜102を加熱して結晶化する。例えば、酸素ガスの雰囲気中、または、大気中で加熱を行えばよい。
【0014】
ここで、第1工程では、電子サイクロトロン共鳴(ECR)スパッタ法を用いるとよい。ECRスパッタ法を用いることにより、10-2Pa台という低ガス圧下の成膜が可能であり、良質な薄膜が得られることが多くの材料について実証されている。ECRプラズマはリモートプラズマであり、円筒型ターゲットと組み合わせることにより、陰イオン入射による薄膜へのプラズマダメージが少ない。
【0015】
また、ECRスパッタ法の成膜速度はあまり高くないが、成膜時間を要するために、成膜中にプラズマが照射される時間が長い。これにより、プラズマがハイドロキシアパタイトの薄膜と基板の間の原子拡散を促進し、基板とハイドロキシアパタイト薄膜との間に接着層を挟まなくても、優れた密着性が得られるといった最大の特徴を有している。これは他のスパッタ法やPLD法にはないメリットである。さらに、ECRスパッタ法を実現する装置では、PLD法では不可能な、8インチ基板までの大面積成膜が可能であり、生産目的にも向いている。
【0016】
次に、H2Oガスを含むスパッタガスを用いることについて説明する。ハイドロキシアパタイトには、OH基が構成要素として含まれているが、ハイドロキシアパタイトターゲットをスパッタすると、質量の小さいOHは空間的に広い範囲に散らばり、これらの全てが基板へ到達することはない。このため、薄膜中に取り込ませるOH基を補うことが必要になる。H2とO2ガスの混合ガスを用いると、H2、O2の各々の分解が必要となり、両者の流量比も制御しなければならない。これに対し、H2O分子は、OHとHへ分解するだけですぐにOH基を生成するため、反応ガスとして優れている。
【0017】
従来はアルゴンガス雰囲気中にてスパッタしたハイドロキシアパタイト薄膜を、H2O蒸気を含むガス中でアニールして結晶化させていた。これに対し、本実施の形態においては、まず、スパッタ法による成膜の段階で十分な量のOH基およびH2O分子を膜中に含有させている。これは、溶液中において時間をかけて低速でハイドロキシアパタイト結晶を育成するのと類似の環境を、スパッタ法で成膜したハイドロキシアパタイト薄膜内に実現していることになる。また、本実施の形態によれば、結晶化の際の温度を変えることで、結晶化速度を制御し、優先配向をc軸配向にするか、あるいはランダム配向にするかを選択することが可能である。
【0018】
次に、ECRスパッタ法を用いたハイドロキシアパタイト薄膜(試料)の形成についてECRスパッタ装置の構成とともに説明する。
【0019】
ECRスパッタ装置は、図2に示すように、成膜室201と、成膜室201に連通するプラズマ生成室203とを備える。プラズマ生成室203には、マイクロ波供給源204により例えば2.45GHzのマイクロ波が供給可能とされている。また、プラズマ生成室203の周囲には、例えば、0.0875T(テスラ)の磁場をプラズマ生成室203内に発生させる磁気コイル205が備えられている。
【0020】
また、成膜室201には、プラズマ生成室203の出口近傍を取り巻くリング状のターゲット202が配置されている。ターゲット202は、例えば、ハイドロキシアパタイトの粉末を焼結した焼結体から構成され、所定のターゲットバイアス(高周波電力)が印加可能とされている。また、成膜室201内に載置される基板101は、ヒータ206により加熱可能とされている。
【0021】
上述したように構成されたECRスパッタ装置の成膜室201の内部に、ターゲット202と所定の間隔を開けて基板101を載置した後、よく知られた排気機構(不図示)により、成膜室201の内部を所定の圧力にまで真空排気する。例えば、成膜室201の内部を、10-4〜10-5Pa台の高真空状態の圧力に減圧する。なお、基板101としては、自然酸化膜をフッ酸で除去したSi(001)ウエハを用いる。
【0022】
次に、ECRスパッタ装置の処理室、例えばプラズマ生成室203に、アルゴンなどの不活性ガスを導入して所定の真空度(圧力)とし、この状態で、磁気コイル205により2.45GHzのマイクロ波(500W程度)と0.0875Tの磁場とを供給して電子サイクロトロン共鳴条件とすることで、プラズマ生成室203内にECRプラズマを形成させる。この状態で、成膜室201に、バリアブルリークバルブ(不図示)を通してH2Oガスを導入する。H2Oガスの導入により内部圧力が10-4Paから10-3Pa台となるように設定した。
【0023】
上述したことにより生成されたECRプラズマは、ECRスパッタ装置の磁気コイルの発散磁場により、プラズマ生成室203から、これに連通する成膜室201の側に放出される。この状態で、プラズマ生成室203の出口に配置されたターゲット202に、例えば、13.56MHz・500Wの高周波電力(ターゲットバイアス)を供給(印加)する。このことにより、生成されているECRプラズマにより発生した粒子が、ターゲット202に衝突してスパッタリング現象が起こり、ターゲット202を構成している粒子が飛び出す状態となる。また、成膜室201に導入されているH2OよりOHおよびHが生成される。
【0024】
以上のようにしてECRプラズマを生成してスパッタ状態にすることで、ターゲット202よりスパッタされている粒子が、基板101の上に堆積し、基板101の上に薄膜102(ハイドロキシアパタイト薄膜)が形成される。また、OHおよびHが、基板101の上に堆積する膜中に取り込まれるようになる。なお、成膜中に基板101は加熱しないが、プラズマが照射されることにより、基板温度は70℃程度にまで上昇した。成膜時のH2Oガス圧によって多少変わるが、膜厚0.8−1μmのハイドロキシアパタイト薄膜を形成した。
【0025】
また、結晶化のための加熱は、酸素雰囲気中および大気中で行う。また、成膜時のH2Oガス分圧および結晶化のための加熱の温度を変化させて複数の試料を作製する。なお、比較のため、真空中で加熱を行った比較試料も作製した。なお、加熱は、成膜室201内部でヒータ206により行えばよい。例えば、プラズマを生成しない状態で、成膜室201内に酸素を導入すれば、酸素雰囲気における加熱が行える。形成された薄膜は、平滑な表面を持ち、いずれの成膜/アニール条件においても、クラックが入ることも、剥離することもなかった。
【0026】
図3は、上述した本実施の形態における製造方法で作製した各試料のX線回折パタンを示す特性図である。ここでは、H2Oの分圧を3.3×10-3Paとしたスパッタ法で成膜したハイドロキシアパタイトの非晶質薄膜を、酸素雰囲気中で、温度条件600℃、700℃、800℃、900℃において1時間加熱(アニール)して形成した試料におけるハイドロキシアパタイト薄膜のX線回折パタンを示している。2θ=33°の強いピークはSi(002)反射に対応している。
【0027】
ハイドロキシアパタイトは軽元素からなる物質のため、得られる回折強度はごく弱い。文献と同様、特定の強いピークは観測されず、(002)、(211)、(202)、(310)、(222)、(213)などのランダム配向したハイドロキシアパタイト結晶子からの回折ピークが見られる。特に、(211)の強度が最も強いことは、通常のハイドロキシアパタイト結晶の特徴である。(300)ピークは、Si(200)反射と重なっている。
【0028】
図3にX線回折パタンを示した各試料のハイドロキシアパタイト薄膜についての赤外透過スペクトルを図4に示す。比較のために、スパッタ成膜した後に加熱していない膜(as-depo)とシリコン基板(Si substrate)のスペクトルも示す。シリコン基板のスペクトルを参照することにより、このスペクトルとは違ったピークが、ハイドロキシアパタイト由来のものと特定できる。ハイドロキシアパタイト薄膜からは、PO43-ユニットのP−O結合の非対称伸縮モードがν3=1020cm-1に、対称伸縮モードがν1=950cm-1に、変角振動モードがν4=575−610cm-1に見られている。
【0029】
加熱していない膜の950−1100cm-1にかけての吸収はブロードで、結晶化していないことを反映している。
【0030】
600℃あるいは700℃で加熱した場合には、ν2=1600cm-1にOHの変角振動による吸収が観測されている。一方、800℃、900℃と高温で加熱した場合には、ν2=1600cm-1のOHの変角振動による吸収が弱くなっている。図3に示したX線回折パタンからは、加熱温度による結晶性の顕著な違いは認められないことから、800℃と900℃の場合は、結晶格子は形成されていても、OHの抜けが生じたものになっている公算が高い。さらに900℃で加熱すると、2500cm-1から低波数側へ行くに従って、全体として透過率が下がっていることが分かる。これは薄膜が全体的に還元状態になっていることを示唆している。またPO43-による吸収も潰れていて、PO4よりもPO2やPOなどが多く含まれていることを示唆している。
【0031】
ハイドロキシアパタイト薄膜を成膜する際のH2O分圧を変えると、膜中に取り込まれるOHやHの量が変わり、これが加熱後の結晶の配向性に影響する。図5は、H2O分圧を9.4×10-4Pa、および5.3×10-3Paとして成膜した各ハイドロキシアパタイト非晶質薄膜を、酸素雰囲気中で700℃において1時間加熱して得られた試料(ハイドロキシアパタイト薄膜)のX線回折パタンである。H2O分圧が低い条件では、(211)ピークが強いが、H2O分圧が高い条件では、(002)ピークが(211)ピークと同程度の高さになっている。
【0032】
図6は、H2O分圧を3.3×10-3Paとして成膜したハイドロキシアパタイト非晶質薄膜を、酸素雰囲気中で550℃において10時間加熱して得られた試料(ハイドロキシアパタイト薄膜)のX線回折パタンである。500℃の加熱では、ハイドロキシアパタイト薄膜は結晶化しなかったので、結晶化温度の下限は550℃であることが判明した。図6の(002)ピークの強度は、図3および図5の結果に比較すると30〜50倍に強くなっており、(002)方向へ強く配向していることが分かる。このような(002)優先配向は、600℃において長時間加熱した場合にも確認された。
【0033】
図7は、ハイドロキシアパタイト非晶質薄膜を酸素雰囲気中で600℃において、1時間加熱(1h)、2時間加熱(2h)、および3時間加熱(3h)して得られた試料(ハイドロキシアパタイト薄膜)のX線回折パタンである。2時間までは、図3の結果に似たランダム配向の回折パタンであるが、3時間加熱することで、急に(002)ピークが強くなっている。このことは、(002)配向の結晶核ができるまでにある程度の時間を必要とするが、一旦(002)面ができると、この面への結晶成長は速いことを意味している。
【0034】
しかし700℃以上の加熱温度では、長時間加熱したとしても、このようなc軸優先配向にはならない。これは、700℃という高温においては、加熱の初期段階において膜中に含まれているOHやH2Oが脱離するためと考えられる。あるいは、700℃では結晶化が速く進むために、ランダム配向になってしまうが、550℃という低温では、結晶化の速度が低いため、じっくりと時間をかけてc軸方向へ優先配向したハイドロキシアパタイト結晶膜が育成されるものと解釈できる。
【0035】
550℃で10時間および600℃で3時間かけて結晶化した試料(ハイドロキシアパタイト薄膜)の赤外透過スペクトルを図8に示す。図8に示すように、OHの吸収も明瞭に観測されている。この結果からは、図4に示した600℃および700℃加熱の試料の赤外透過スペクトルとの違いは分からない。しかし(002)方向へ強く配向した結晶薄膜には、十分多くのOHが含まれていることは確実である。
【0036】
2O分圧3.3×10-3Paで成膜したas−depo非晶質薄膜と、この非晶質薄膜を600℃で1時間加熱した試料、および550℃において10時間加熱した試料について測定した赤外透過スペクトルから、シリコン基板の赤外透過スペクトルを引くことで、図9に示す差スペクトルを得た。これは、シリコン基板の吸収の効果を除いた、ハイドロキシアパタイト試料自体の光吸収特性を示すものである。as−depo膜の場合は、他のスペクトルに比べて、PO43-によるν3=1020cm-1の吸収ピークがブロードであり、ν1=950cm-1の吸収も広がっている。さらにν4=575−610cm-1の吸収ピークも2つに分裂しておらず、微細構造が明確でない。これはハイドロキシアパタイト薄膜が非晶質であることに起因し、化学結合の長さや結合角が揃っていないことに原因がある。
【0037】
一方、600℃で1時間加熱した試料と550℃において10時間加熱した試料については、どの吸収ピークも鋭く、しかも1600cm-1にOHの吸収が見えている。510cm-1における吸収は、O=P−Oユニットの変角振動であり、これも明瞭に観測されている。
【0038】
以上の結果から、(002)配向のハイドロキシアパタイト結晶膜を得るためには、十分なH2Oガス圧のもとで成膜した後、550℃以上、600℃以下の温度範囲において、例えば10時間加熱するなどのように、時間をかけて加熱すればよいことが明らかとなった。
【0039】
これまでは、酸素ガス雰囲気中で加熱を行った結果を述べたが、H2O分圧3.3×10-3Paで成膜したハイドロキシアパタイト非晶質薄膜を、900℃において真空中、大気中、酸素ガス雰囲気中で1時間加熱して得られた各試料(ハイドロキシアパタイト薄膜)のX線回折パタンを比較した結果が図10である。大気中と酸素ガス雰囲気中とでは、(002)、(211)ピークの強度はおおよそ同じであり、加熱時の雰囲気に酸素ガスが含まれていれば同じ結果を与えることを示している。
【0040】
一方、真空中で加熱した場合には、ハイドロキシアパタイトの(002)、(211)ピークともに強くなり、結晶化が進んでいることを示している。ところが一方で、2θ=13°の位置に、Ca3(PO42からのものと思われるピークも出現している。これは、ハイドロキシアパタイトからOHが抜けることで生成したものと考えられる。よって真空中において900℃で加熱すると、ハイドロキシアパタイト以外にCa3(PO42も混じった結晶が得られることになる。
【0041】
ハイドロキシアパタイト非晶質薄膜を、800℃および900℃の条件で、真空中で1時間加熱して得られた膜(ハイドロキシアパタイト薄膜)の赤外透過スペクトルと、シリコン基板のスペクトルとの差をとることにより得られた、膜の吸収スペクトルを図11に示す。図9の550℃あるいは600℃加熱の試料と比較すると、1400cm-1にP−O-に帰属される吸収、1450cm-1あたりにP−O−Hの伸縮振動、2870cm-1にP−OHの伸縮振動の吸収ピークが新たに発生しているのが特徴である。このことは、PO43-ユニットの一部が壊れ、POHの形になっていることを示唆している。特に900℃加熱の場合には、470cm-1のP−OHの吸収も大幅に強くなっている。これらの実験事実から、真空中で高温加熱すると結晶化は速いものの、分解も進行しやすくなるということが分かる。
【0042】
以上に説明したように、本発明によれば、スパッタ成膜時のH2Oガス分圧および酸素を含む雰囲気での加熱温度などを制御することで、基板の上に結晶性を制御した状態でハイドロキシアパタイトの薄膜が形成できるようになる。この結果、本発明によれば、多くの材料にハイドロキシアパタイト薄膜を形成して生体適合性を付与することが可能であり、医学と工学の融合分野におけるハイドロキシアパタイト薄膜の広範囲な利用に結びつくことが期待される。他の成膜手法では膜の剥離やクラックの生成が起きるなどの問題点が指摘されているが、本発明によれば、密着性のよいハイドロキシアパタイト薄膜が形成できる。さらにハイドロキシアパタイト薄膜の結晶方位をc軸あるいはランダム配向と選択し、面の特性を活用した生体センサなどへの適用が可能となる。
【0043】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。
【符号の説明】
【0044】
101…基板、102…薄膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハイドロキシアパタイトの焼結体からなるターゲットおよびH2Oガスを含むスパッタガスを用いたスパッタ法で、基板の上に薄膜を形成する第1工程と、
酸素が存在する雰囲気で前記薄膜を加熱して結晶化する第2工程と
を少なくとも備えることを特徴とするハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載のハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法において、
前記スパッタ法は、電子サイクロトロン共鳴スパッタ法であることを特徴とするハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2記載のハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法において、
前記第2工程では、700℃〜900℃の範囲で加熱を行うことを特徴とするハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2記載のハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法において、
前記第2工程では、550℃〜600℃の範囲で、3時間以上加熱を行うことを特徴とするハイドロキシアパタイト薄膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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