説明

ハイドロゲル、その製造方法およびその用途

【課題】ヒアルロン酸等の多糖をベースとする親水性に優れたゲルにおいて細胞親和性を付与した高分子材料であり、特に細胞培養担体等の用途に好適に利用可能な高分子材料を提供すること。
【解決手段】フェノール性水酸基が導入された多糖の架橋物および線維化されたコラーゲンを含むことを特徴とするハイドロゲル。多糖としてはヒアルロン酸が好ましく、フェノール性水酸基の導入には、好ましくはチラミンを縮合させる。線維化されたコラーゲンとしては水生動物由来のものが好ましく、鮭由来のものがより好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒアルロン酸類などの多糖の架橋物と線維化コラーゲンを含むハイドロゲル、その製造方法およびそのハイドロゲルを含む細胞培養担体等の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸(HA)は細胞外マトリックスの構成成分であり、関節、硝子体、皮膚などに多く存在するグリコサミノグリカンである。高い保水力や粘性、種々の生理活性を示し、体内の水分保持、潤滑・緩衝作用、創傷治癒の促進など、様々な機能を果たしていることから、HAは生体材料への応用が研究されている。
例えば、特許文献1には、HAなどの酸性多糖に1,1−カルボニルジイミダゾール等の縮合剤を用いてチラミン等のフェノール性水酸基を有する重合性化合物を結合させた後、酵素にて処理することで重合硬化させて多糖ハイドロゲルを製造することが提案されている。
【0003】
【特許文献1】特開2005−200494号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、HAは細胞接着性が低いため、細胞培養担体への応用を考えると、細胞接着性を付与する必要がある。したがって、本発明の目的は、HAをベースとする親水性に優れたゲルにおいて細胞親和性を付与した高分子材料であり、特に細胞培養担体等の用途に好適に利用可能な高分子材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、HA等の多糖ゲルへの細胞親和性付与を検討した結果、多糖を架橋しゲル化する際に線維化コラーゲンを複合化してなる高分子材料が上記目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成させた。コラーゲンは、皮膚、靭帯、骨などに多く存在するタンパク質であり、生体適合性や様々な生理活性を有し幅広く応用されている。
また、コラーゲンの原料としては牛、豚などの動物性コラーゲンが用いられてきたが、BSE(牛海綿状脳症)問題が発生して以来、異常プリオンに代表される各種病原体の存在が否定できないという指摘から、近年は安全性の高い水生生物由来のコラーゲン(海洋性コラーゲン等)が注目されており、上記においても水生生物由来のコラーゲンを用いることが適当なケースがある。しかし、水生生物由来のコラーゲンの変性温度は動物性コラーゲンよりも低いため、生体材料として利用する場合、生理条件下で熱安定性、強度等が劣るという問題がある。本発明では、このような問題も解決し得るものである。
すなわち、本発明は下記のヒアルロン酸とコラーゲンを含むハイドロゲル、その製造方法およびそのハイドロゲルを含む細胞培養担体等の用途を提供する。
【0006】
[1]フェノール性水酸基が導入された多糖の架橋物および線維化されたコラーゲンを含むことを特徴とするハイドロゲル。
[2]フェノール基が導入された多糖が、多糖と下記一般式(1)
【化1】

(式中、Rは、水酸基、−NHR1基、またはカルボキシル基を表わし、R1は、水素原子または炭素数1〜6のアルキル基を表わし、aは、1〜10の整数であり、A1〜A5は、それぞれ独立して、水素原子、水酸基または炭素数1〜6のアルコキシ基を表わす。A1〜A5の1つまたは2つは水酸基であり、2つが水酸基である場合には両水酸基はオルト位またはパラ位の位置関係にあるものとする。)
で示されるフェノール化合物との縮合物である前記1に記載のハイドロゲル。
[3]Rが水酸基、1級アミノ基または2級アミノ基である前記2に記載のハイドロゲル。
[4]多糖と一般式(1)で示されるフェノール化合物の縮合比が1:0.003〜0.1(質量比)である前記1〜3のいずれかに記載のハイドロゲル。
[5]多糖が、ヒアルロン酸、アルギン酸またそれらの誘導体である前記1〜4のいずれかに記載のハイドロゲル。
[6]一般式(1)で示されるフェノール化合物が、チラミンである前記2に記載のハイドロゲル。
[7]線維化されたコラーゲンが水生動物由来である前記1〜6のいずれかに記載のハイドロゲル。
[8]水生動物が鮭である前記7に記載のハイドロゲル。
[9]フェノール基が導入された多糖の架橋物と線維化コラーゲンと質量比が1:0.1〜5である前記1〜8のいずれかに記載のハイドロゲル。
[10]フェノール基が導入された多糖と非線維化コラーゲンを含むコラーゲンとを、酵素存在下、架橋と線維化を行ないゲル化することを特徴とするハイドロゲルの製造方法。
[11]酵素がラッカーゼ、チロシナーゼ、カタラーゼ及びペルオキシダーゼから選ばれる前記10に記載の製造方法。
[12]前記1〜9のいずれかのハイドロゲルを含むことを特徴とする細胞培養担体。
【発明の効果】
【0007】
本発明のハイドロゲルは、ヒアルロン酸などの多糖の架橋物中に線維化されたコラーゲンが複合化されており、ヒアルロン酸に基づく細胞増殖性とコラーゲンに基づく細胞接着性に優れているので、細胞培養担体等の生体材料として有用である。また、コラーゲンとして水生生物由来のものを用いることにより、BSE等の人獣共通感染症の心配がなく安全性の高い材料として使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明においてフェノール性水酸基が導入された多糖の架橋物とは、フェノール性水酸基が導入された多糖のフェノール基部分において架橋状態を形成してなるものが挙げられる。
【0009】
本発明で用いる多糖としては、後述のフェノール化合物と縮合し、酵素の作用で架橋するものであれば特に制限はないが、フェノール性水酸基を導入するための官能基(例えばカルボン酸基またはそのエステル基等)を含んでいるものが好ましい。本発明のハイドロゲルを細胞培養担体などの生体材料として使用する場合には、多糖としてはヒアルロン酸、アルギン酸またはそれらの誘導体が好ましく、さらに好ましくはヒアルロン酸である。誘導体としては、各種変性物が挙げられ、変性される箇所及び変性基は本発明の作用効果を大きく損なうものでなければ特に制限はない。
【0010】
このような多糖へのフェノール性の導入は、多糖と縮合するための官能基及びフェノール性水酸基を有する化合物を多糖と縮合反応させることにより得ることができる。多糖と縮合するための官能基及びフェノール性水酸基を有する化合物として、例えば下記一般式(1)
【化2】

(式中、Rは、水酸基、−NHR1基、またはカルボキシル基を表わし、R1は、水素原子または炭素数1〜6のアルキル基を表わし、aは、1〜10の整数であり、A1〜A5は、それぞれ独立して、水素原子、水酸基または炭素数1〜6のアルコキシ基を表わす。A1〜A5の1つまたは2つは水酸基であり、2つが水酸基である場合には両水酸基はオルト位またはパラ位の位置関係にあるものとする。)
で示されるフェノール化合物が挙げられる。
【0011】
ここで、炭素数1〜6のアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基及びこれらの異性体基を表わし、炭素数1〜6のアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、ペンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基及びこれらの異性体基を表わす。
【0012】
Rとして好ましくは水酸基または−NHR1基であり、aとして好ましくは1〜6の整数である。A1〜A5として好ましくは、水酸基以外の基が水素原子であり、さらに好ましくは水酸基が1つであり、他が水素原子である。
【0013】
一般式(1)で示されるフェノール化合物として好ましくは、フェノール性水酸基を1つ有するものとしてチラミンおよびホモバニリン酸誘導体類が挙げられ、フェノール性水酸基を2つ有するものとしてはドーパミン、ノルアドレナリンあるいはアドレナリンなどのカテコールアミン誘導体類が挙げられる。これらの中では、チラミン誘導体類が好ましい。
【0014】
多糖と一般式(1)で示されるフェノール化合物との縮合反応条件には特に制限はなく、従来より知られた方法により行うことができる。例えば、縮合に用いる縮合剤としては、1,1−カルボニルジイミダゾール、ジシクロヘキシルカルボジイミド、3−(3−ジメチルアミノプロピル)−1−エチルカルボジイミド・塩酸塩などが挙げられる。用いる溶媒としては、例えばジメチルホルムアミドおよびジメチルスルホキシドが挙げられるが、特にジメチルホルムアミドが好ましい。ヒアルロン酸などの多糖が良く分散するからである。
【0015】
また、多糖に対して一般式(1)で示されるフェノール化合物の配合比(縮合比)は多糖1に対して0.003〜0.1(質量比)が好ましく、さらに好ましくは0.01〜0.05(質量比)である。フェノール化合物の量が少なすぎると架橋が十分に行われず、強度が低くなりすぎ、フェノール化合物の量が多すぎると得られる架橋体ゲルが硬くなり過ぎ、脆くなる。
【0016】
本発明で用いるフェノール性水酸基が導入された多糖として好ましくは、下記繰り返し単位
【化3】

を含むものが挙げられる。
【0017】
本発明のハイドロゲルに含まれる線維化コラーゲンは、線維化能を有するコラーゲンを線維化してなる。線維化能を有するコラーゲンとしては、特に限定されないが、工業的な利用という観点からは、収量の多いI型コラーゲンあるいはそれを主成分とするコラーゲンが好ましい。
また、線維化能を有するコラーゲンとしては分子構造についても特に限定されるものではない。コラーゲン分子の両末端に存在する非螺旋領域(テロペプチド)は抗原性を有するという報告があり、本発明で用いるコラーゲンはこのテロペプチドがテロペプチドが除去されていても除去されていなくてもよい。
【0018】
本発明で用いる線維化能を有するコラーゲンは、その変性について特に限定されるものではない。一度変性させたコラーゲンでも、部分的にコラーゲン螺旋構造を回復し、線維化能を回復することが知られている。本発明を達成するには、線維化能の観点から、螺旋率(%)が50以上であることが好ましい。上記螺旋率(%)とはJournal of Food Chemistry 60, p.1233(1995)に記載されている螺旋回復率(%)と同義である。すなわち、旋光度計で測定した比旋光度より求めた螺旋回復率(%)のことを示す。
【0019】
本発明で用いる線維化能を有するコラーゲンは、その由来について特に限定されるものではない。資源量およびコラーゲン収率の観点から脊椎動物の真皮に由来するコラーゲンが好ましく用いられる。中でも、BSE等の病原体を保有する可能性が家畜よりも潜在的に低い水生生物由来のコラーゲンが好ましい。具体的には魚類真皮コラーゲン、例えば、鮭皮、サメ皮、マグロ皮、タラ皮、カレイ皮等、特に好ましくは鮭皮である。
【0020】
本発明におけるコラーゲン線維とは、文献(Journal of Agricultural Food Chemistry, 48, p.2028〜2032(2000))の走査型電子顕微鏡写真に示されているような糸状構造のことを意味する。
【0021】
本発明のハイドロゲルはフェノール性水酸基が導入された多糖の架橋とコラーゲンの線維化を行うことにより製造する。好ましくはワンポットで反応させる。
【0022】
多糖の架橋には酵素を用いることができる。
酵素としてはラッカーゼ、チロシナーゼ、カタラーゼ、ペルオキシダーゼなどが挙げられる。ラッカーゼ及びチロシナーゼは、ゲルの構成要素とならない他の薬品を一切加える必要がないので、ゲル化の際に機能発現物質が変性するおそれが全くない点で優れる。ペルオキシダーゼは、過酸化水素等の酸化剤と併用することで瞬時にゲル化させることができ、医療現場などで瞬間接着剤や止血剤などに適している。これらの酵素は単独でまたは2種以上併用することができる。
【0023】
酵素の起源については特に限定されるわけではないが次のものが挙げられる。
ラッカーゼ、チロシナーゼ(フェノールオキシダーゼ)等の銅酵素類の起源は、例えばウルシ、キノコ(ツチカブリ、マッシュルーム)、カビ(Polyporus vericolor)が挙げられる。またカタラーゼ、ペルキシダーゼ等のヒドロペルオキシダーゼ類の起源は、例えばウシ肝臓、ウマ血球、ヒト血球、M. lysodeikticus、西洋ワサビ、大豆、ダイコン、カブ、甲状腺、牛乳、腸、白血球、赤血球、酵母、Caldariomyces fumago、Steptococcus faecalisが挙げられる。
これらの中では、チロシナーゼとしてはマッシュルーム由来、ペルオキシダーゼとしては西洋ワサビ由来のものが好ましい。
【0024】
本発明のハイドロゲルは、例えばフェノール性水酸基が導入された多糖と酵素を混合した緩衝溶液にコラーゲン溶液及びコラーゲンの線維化に必要な塩を配合し、好ましくは過酸化水素等の酸化剤を配合し、反応させることにより調製することができる。これによりフェノール性水酸基が導入された多糖の架橋体に線維化コラーゲンが差し込まれたようなハイブリッド複合構造を含む組織が形成される。
【0025】
コラーゲン溶液のpHは、コラーゲン原料の製造方法に応じて変わる。コラーゲンは主に、酸性水溶液もしくはたんぱく質分解酵素を含有した酸性水溶液で抽出される酸可溶化コラーゲンと、アルカリ水溶液で抽出されるアルカリ可溶化コラーゲンに分けられる。コラーゲン溶液が酸可溶化コラーゲン溶液の場合、そのpHは2.0〜6.0の間であることが好ましい。pHが2.0よりも低い場合、コラーゲン分子が加水分解を受ける場合があり好ましくない。pHが6.0よりも高い場合、コラーゲンが十分に可溶化されない場合があり好ましくない。一方、コラーゲン溶液がアルカリ可溶化コラーゲン溶液の場合、pHは5.5〜10の間であることが好ましい。pHが5.5よりも低い場合、コラーゲンが十分に可溶化されない場合があり好ましくない。pHが10よりも高い場合、コラーゲン分子が加水分解を受ける場合があり好ましくない。
【0026】
コラーゲン溶液の溶媒としては、酸性溶媒の場合、最終用途から見て安全で、工業用として広く使用されている水、あるいは塩酸、酢酸、クエン酸、フマル酸等の水溶液が望ましい。中性〜アルカリ性の場合、上記と同様の理由から、水、あるいはリン酸塩、酢酸塩、Tris等の水溶液が望ましい。
【0027】
上記酸性溶媒および中性〜アルカリ性溶媒の溶質濃度としては、用いられるコラーゲンが可溶化されるpHを溶媒に付与できれば、特に限定されるものではない。しかし、溶質濃度が高すぎると、溶質によっては目的範囲のpHを付与できない場合、コラーゲンの線維化を阻害する場合、あるいは得られるゲルの細胞接着性などの物性を阻害する場合があり好ましくない。好ましくは1.0M以下であり、より好ましくは0.50M以下である。
【0028】
コラーゲン溶液には、熱安定性の高いコラーゲンゲルを得るという本発明の効果を阻害しない範囲であれば、コラーゲンゲルの機能をさらに高めるべく種々の機能性物質を加えることができる。具体的には、細胞増殖因子などの機能性タンパク質、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ポリ乳酸、β1−3グルカン、キチン、あるいはキトサンなどの機能性多糖類が挙げられる。
【0029】
コラーゲン溶液のコラーゲン濃度としては、コラーゲンの溶解性、溶液の粘性あるいはゲルの物性の観点から0.01〜3.0(w/v)%の範囲であることが好ましい。濃度が0.01(w/v)%よりも低い場合、ゲルの強度が不足する場合があり好ましくない。濃度が3.0(w/v)%よりも高い場合、コラーゲン溶液の粘性が高すぎてゲルの製造が困難になる場合があり好ましくない。好ましくは0.05〜2.0(w/v)%の範囲である。
【0030】
コラーゲンの線維化を起こすための溶媒としては、特に限定されるものではない。しかし、細胞担体あるいは医療材料などの最終用途を考慮すれば、細胞毒性が無いかあるいは低く、工業用として広く使用されているリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、Tris等の緩衝能を有する塩水溶液を用いることが好ましい。コラーゲンの線維化に適するpHは、コラーゲンの種類によって変化するが、pH5〜9の範囲である場合が多く、その範囲で高い緩衝能を有するリン酸塩が特に好ましく用いられる。
【0031】
コラーゲン溶液と線維化を起こすための溶液とを混合する操作は、これらの溶液温度を、変性温度を大きく超えない温度に保って行なわれる。好ましくは使用するコラーゲンの変性温度+5℃以下であり、より好ましくは使用するコラーゲンの変性温度以下である。
【0032】
上記のコラーゲンの変性温度は、Journal of Food Chemistry 60, p.1233(1995)に記載されている、コラーゲン溶液を段階的に加温した場合のコラーゲン溶液の旋光度変化から決定される値である。
【0033】
本発明のハイドロゲルにおける線維化コラーゲンの量は、フェノール基が導入された多糖の架橋物1に対して0.1〜5(質量比)が好ましく、さらに好ましくは0.3〜2(質量比)である。線維化コラーゲンの量が多いとゲルの物性が低下し、線維化コラーゲンの量が少ないとゲル上で細胞の増殖作用が低下する。
【0034】
以上の方法により得られる本発明のハイドロゲルは、コラーゲン部分による強度低下がなく優れた機械強度を有しており、同時に熱安定性にも優れる。このため、変性温度の低い水生生物由来コラーゲンを使用しても、再生医療におけるマテリアル等の細胞担体あるいは医療用材料へ応用するに十分な機械強度と熱安定性を有するハイドロゲルを得ることができる。
【実施例】
【0035】
以下に本発明を実施例を挙げてさらに詳細に説明するが、本発明は下記の実施例によって限定されるものではない。
【0036】
例1:フェノール基含有ヒアルロン酸誘導体の合成
ヒアルロン酸(HA)100mg(0.23mmol)を脱イオン水40mLに溶解させ、チラミン4.0mg(0.029mmol)、N−ヒドロキシスクシンイミド(NHS)27mg(0.23mmol)を添加し溶解させた。更に、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)44mg(0.23mmol)を添加し、24時間室温で攪拌した。その後、反応溶液を減圧下に濃縮し、得られた濃縮液を透析膜(cut-off分子量 2000)に流し込み、水中で2日間(水を5回交換)透析を行った。透析膜後、反応溶液に1.0gの陽イオン交換樹脂(アンバーライトIR120B H)を添加し、12時間攪拌後、ろ過により陽イオン交換樹脂を除去した。得られた反応溶液を大過剰のエタノール中に滴下することにより再沈殿操作を行い、沈殿生成物を遠心分離により回収した。洗浄、減圧下乾燥を行うことによりフェノール基含有ヒアルロン酸誘導体(HA誘導体)を得た。
【0037】
例2:ゲルの合成
上記で得たHA誘導体をリン酸バッファー(PBS)に溶解し、2.0%(w/v)のHA溶液を準備し、各ゲルの製造に用いた。リン酸バッファーとしては、PBS−1としてNaClを含有しない0.10Mのリン酸バッファー(pH7.0)、PBS−2としてNaCl=105mM、リン酸ナトリウム=52.5mMのリン酸バッファー(pH6.8)のいずれかを使用した。
またコラーゲン溶液は以下のようにして調製した。
鱗と身をメスで除去した鮭(シロサケ、学名;Oncorhynchus Keta)の皮をおよそ3cm四方に細断した。これをクロロホルム/メタノールの等容混合溶媒で3回繰り返して脱脂を行い、メタノールで2回洗浄してクロロホルムを除去したのち、水で3回洗浄してメタノールを除去した。これ以降の工程は、全て4℃で行った。
得られた脱脂鮭皮130gを4℃の0.5M酢酸5Lに浸漬し、4日間静置した。膨潤した鮭皮を医療用ガーゼでろ過し、ろ液を10,000×gで30分遠心して不溶物を沈殿させ、1.5Lの上清を回収した。上清にペプシン粉末50mgを混合して2日間おだやかに撹拌した。得られた上記コラーゲン溶液に対し、終濃度5%になるように塩化ナトリウムを加え、ガラス棒で1分間おだやかに撹拌した後、24時間静置した。塩析により生じた白い不溶物を遠心(上記と同様の条件)して沈殿を回収し、沈殿を0.5M酢酸2Lに加え、おだやかに撹拌して溶解した。溶解まで3日間を要した。この操作を一回繰り返して、無色透明なコラーゲン溶液を得た。このコラーゲン溶液を、セルロースチューブを用いて脱イオン水に対して透析した。透析外液のpHが中性を示すまで脱イオン水を繰り返し交換して、得られた中性コラーゲン溶液を凍結乾燥し、白色のスポンジ状コラーゲンを得た。
このスポンジ状コラーゲンをシリカゲル入りデシケーターで減圧乾燥し、その精秤値を用いて0.50(w/v)%になるように4℃に予備冷却したpH3.0希塩酸に加え、おだやかに撹拌して完全に溶解した。これをコラーゲン溶液として用いた。
なお、各ゲルは、24well plate内で合成した。
(1)ヒアルロン酸ゲルの合成
2.0%のHA溶液(PBS−1)125μLにPBSを334μL、10units/mLの西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)溶液(溶媒:PBS−1)を10μL添加しよく攪拌した。その後、0.06%(v/v)の過酸化水素水溶液31μLを添加し、1〜2分攪拌させ、ヒアルロン酸ゲルを得た。
(2)ヒアルロン酸−非線維化コラーゲンハイブリッドゲルの合成
2.0%のHA溶液(PBS−1)125μLにコラーゲン溶液を334μL、10units/mLのHRP溶液(溶媒:PBS−1)を10μL添加しよく攪拌した。その後、0.06%(v/v)の過酸化水素水溶液31μLを添加し、1〜2分攪拌させ、ヒアルロン酸−非線維化コラーゲンハイブリッドゲルを得た。
(3)ヒアルロン酸−線維化コラーゲンハイブリッドゲルの合成
2.0%のHA溶液(PBS−2)125μLに、10units/mLのHRP溶液(溶媒:PBS−2)を10μL添加しよく攪拌し、その後、コラーゲン溶液334μLと0.06%(v/v)の過酸化水素水溶液31μLを素早く添加し、1〜2分攪拌させ、ヒアルロン酸−線維化コラーゲンハイブリッドゲルを得た。ゲル内のNaClおよびリン酸ナトリウムの終濃度はそれぞれ35mM、17.5mMである。
【0038】
例3:細胞増殖実験
(1)細胞培養
ゲルが入った24well plateにPBS2.0mLを添加し、数時間放置する操作を3回行い、HRP、H22を除去した。また、この操作中、ゲルにUVを照射しゲルを滅菌した。このゲルに3T3細胞を1.0×104cells/mLの密度で播種した。培地としては、ダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)にウシ胎児血清(FBS)とペニシリン−ストレプトマイシンを終濃度がそれぞれ10%、1units/mLとなるように添加したものを用いた。培地は、培養3日ごとに交換した。
【0039】
(2)SEMによるゲル表面の観察
培養1,3,5,7日後、well内にある培地を除去した。そこに2.5%のグルタルアルデヒド1mLを添加し、回転数200rpmにしたバイオシェイカー内で、1時間インキュベートすることによりゲル表面の細胞を固定化した。その後、グルタルアルデヒドを除去し、PBSで3回洗浄した。洗浄したゲルを順に30%,50%,70%,90%,100%のエタノール水溶液に15分ずつ浸漬させることで、ゲル内の水を徐々にエタノールで置換し、完全にエタノールで置換したゲルをt−ブタノールに浸漬してt−ブタノールで置換した後、ゲルを凍結乾燥しスポンジを得た。スポンジ表面に金を蒸着させ、SEMでその表面を観察した。
結果を図1〜3に示す。コラーゲンを含まないヒアルロン酸ゲルの場合には、図1に示すように細胞はゲルに全く接着しておらず、凝集体を形成していた。コラーゲンを含むものの線維化されていないコラーゲンの場合には、図2に示すように、培養1日後の観察では細胞はゲル表面にわずかしか接着しておらず、3日後には小さな細胞の凝集体が見られた。培養日数の経過とともに細胞の凝集体は増大したものの、ゲル表面に接着した細胞の量は少なかった。それに対して、本発明のゲルでは、図3に示すように、培養1日後には、多くの細胞がゲル表面に接着しており、3日後にはゲル表面に接着した細胞が増殖し、層を形成していた。5日後には広範囲にわたって細胞がゲルを被覆するようになり、7日後にはゲルのほぼ全面を被覆し、コンフルエントになっていた。
【0040】
(3)細胞数の測定
各ゲル上で増殖した細胞数を測定した。測定は、予め作成した検量線を用いて行った。検量線は以下に従い作成した。
0cells/mL,1×103cells/mL,5×103cells/mL,1×104cells/mL,2.5×104cells/mL,5×104cells/mL,7.5×104cells/mL,1×105cells/mL,2.5×105cells/mL,5×105cells/mL,1×106cells/mLの各細胞懸濁液を24 well plateに1mLずつ添加した後、CO2インキュベータ(温度:37℃,CO2濃度:5%)内で1時間インキュベートし、wellに細胞を接着させた。各wellの培地を交換した後、WST−1(テトラゾリウム塩)を100μL添加し、CO2インキュベータ内で3時間インキュベートした。その後、100mMの塩酸を100μL添加することにより反応を停止させ、新たに用意した24 well plateに反応溶液を1mLずつとり、プレートリーダによりwell内の反応溶液に450nmの光を照射し、吸光度を測定した。得られたデータを用いて検量線を作成した(横軸:細胞数、縦軸:吸光度)。
【0041】
各ゲル上の細胞数を測定する方法は以下の通りである。
各ゲルの培地を交換後、WST−1を100μL添加し、CO2インキュベータ(温度:37度,CO2濃度:5%)内で3時間インキュベートした。3時間後、100mMの塩酸を100μL添加することにより反応を停止させ、新たに用意した24 well plateに反応溶液を1mLずつとり、プレートリーダによりwell内の反応溶液に450nmの光を照射して吸光度を測定し、予め作成した検量線に基づいて相対的な細胞数を求めた。
【0042】
結果を図4に示す。コラーゲンを含まないヒアルロン酸ゲルと非線維化コラーゲンを含むゲルの場合には、細胞がほとんど増殖していないことがわかる。それに対して、本発明のゲルでは、著しい細胞の増殖がみられ、培養7日後には播種時の約120倍になった。
以上の結果より、線維化コラーゲンを含む本発明のハイドロゲルは細胞親和性が高く優れた細胞培養担体となり得ることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】コラーゲンを含まないヒアルロン酸ゲルで細胞培養を行い、培養1,3,5,7日後の状態を示す顕微鏡写真。
【図2】非線維化コラーゲンを含むヒアルロン酸ゲルで細胞培養を行い、培養1,3,5,7日後の状態を示す顕微鏡写真。
【図3】線維化コラーゲンを含むヒアルロン酸ゲルで細胞培養を行い、培養1,3,5,7日後の状態を示す顕微鏡写真。
【図4】各ゲルを用いた細胞の増殖数を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェノール性水酸基が導入された多糖の架橋物および線維化されたコラーゲンを含むことを特徴とするハイドロゲル。
【請求項2】
フェノール基が導入された多糖が、多糖と下記一般式(1)
【化1】

(式中、Rは、水酸基、−NHR1基、またはカルボキシル基を表わし、R1は、水素原子または炭素数1〜6のアルキル基を表わし、aは、1〜10の整数であり、A1〜A5は、それぞれ独立して、水素原子、水酸基または炭素数1〜6のアルコキシ基を表わす。A1〜A5の1つまたは2つは水酸基であり、2つが水酸基である場合には両水酸基はオルト位またはパラ位の位置関係にあるものとする。)
で示されるフェノール化合物との縮合物である請求項1に記載のハイドロゲル。
【請求項3】
Rが水酸基、1級アミノ基または2級アミノ基である請求項2に記載のハイドロゲル。
【請求項4】
多糖と一般式(1)で示されるフェノール化合物の縮合比が1:0.003〜0.1(質量比)である請求項1〜3のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項5】
多糖が、ヒアルロン酸、アルギン酸またそれらの誘導体である請求項1〜4のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項6】
一般式(1)で示されるフェノール化合物が、チラミンである請求項2に記載のハイドロゲル。
【請求項7】
線維化されたコラーゲンが水生動物由来である請求項1〜6のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項8】
水生動物が鮭である請求項7に記載のハイドロゲル。
【請求項9】
フェノール基が導入された多糖の架橋物と線維化コラーゲンと質量比が1:0.1〜5である請求項1〜8のいずれかに記載のハイドロゲル。
【請求項10】
フェノール基が導入された多糖と非線維化コラーゲンを含むコラーゲンとを、酵素存在下、架橋と線維化を行ないゲル化することを特徴とするハイドロゲルの製造方法。
【請求項11】
酵素がラッカーゼ、チロシナーゼ、カタラーゼ及びペルオキシダーゼから選ばれる請求項10に記載の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜9のいずれかのハイドロゲルを含むことを特徴とする細胞培養担体。

【図4】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−297360(P2007−297360A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−129086(P2006−129086)
【出願日】平成18年5月8日(2006.5.8)
【出願人】(594038025)井原水産株式会社 (10)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】