説明

バイオフィルム抑制剤

【課題】
本発明は、歯周病関連細菌の一種であるEikenella corrodensによって形成されるバイオフィルムの生成を抑制する薬剤を提供する。
【解決手段】
上記課題の解決する薬剤として、Eikenella corrodensによって形成されるカテキンの一種であるエピガロカテキン−3−ガレート又は、その薬理学上許容可能な誘導体を有効成分とする、バイオフィルム抑制剤である。また、本発明は、エピガロカテキン−3−ガレート又はその薬理学上許容可能な誘導体とN−アセチルガラクトサミン又はその薬理学上許容可能な誘導体との混合物よりなるバイオフィルム抑制剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯周病関連細菌が口腔内に形成するバイオフィルムの抑制に関するものであり、より詳しくは、歯周病関連細菌の一種Eikenella corrodensが口腔内に形成するバイオフィルムを抑制する物質及びこれを用いた歯科用等薬剤に関する。更には、Eikenella corrodens感染による疾患の予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
歯周病は口腔内に「歯周病菌」と総称される細菌が感染し、デンタルプラーク(歯垢)と呼ばれる構造を形成して炎症などを引き起こす疾患である。デンタルプラークの実体は細菌が細胞外に分泌する種々の物質(タンパク質、多糖類など)からなるバイオフィルムであり、この中にある細菌は貧食細胞や抗体などから守られ、また内部で毒素を放出し歯周組織を破壊するなどの挙動を示すことが知られている。歯周病は一種類の細菌が起こすのでは無く、複数種の細菌が複合的に感染して引き起こされるのが特徴であり、主要な菌種としてはActinobacillus actinomycetemcomitans,Porphyromonas gingivalisなどが知られている。またEikenella corrodensも、日和見感染的に増殖する歯周病関連菌として知られている。
【0003】
歯周病の予防には、毎日の歯磨きで口腔内細菌にデンタルプラークの形成を行わせない様にする事が最も重要であるが、デンタルプラークの形成を抑制するような物質を見いだし、これを効果的に用いることもまた有効である。こうした観点から、たばこ抽出物、ポリフェノールオキシダーゼとアスパラギナーゼ、オリーブオイル、塩化セチルピリジニウム、塩化ベンザルコニウムなどの殺菌剤、ラクトフェリンとエピガロカテキンガレートを歯垢や歯周病の予防に用いる方法が開示されている(特許文献1−5)。
【0004】
この中でも特に、カテキンに代表される茶ポリフェノールについては、抗菌活性が見いだされて以降様々な方面で利用されている。デンタルプラークもまた細菌の作用によって形成されるものであるため、茶(Cameria sinensis)から抽出されたカテキン類、すなわちカテキン、ガロカテキン、エピカテキン、エピガロカテキンを歯周病や歯垢、歯石予防用に用いる発明が開示されている(特許文献6−11)。しかしながらこれらの発明は、カテキンの持つ抗菌活性や細菌の付着阻害活性を利用するものであり、また対象とする細菌はStreptococcus mutansやPorphyromonas gingivalisなど歯周病のいわば主要菌種と見られる細菌であった。
【0005】
しかしながら、カテキン、エピカテキン、エピガロカテキンなど、茶葉から抽出されるカテキン類はビーカーテストなどにおいてStreptococcus mutansやPorphyromonas gingivalisなどの歯周病関連細菌に対しては殺菌力を示すが、実際にヒトの口腔内においては期待される程の強力な効果は見られなかった。
【0006】
そこで、更なる歯周病予防或いは歯周病の治療薬剤の開発が望まれていた。
【特許文献1】特許第3284042号 歯周病の予防用或いは治療用組成物
【特許文献2】特表2003−519167 微生物による接着を阻害するための方法及び組成物
【特許文献3】特表2004−511506 口腔内のバクテリアによるプラークおよび/またはバクテリアを除去または低減するための口内衛生製品の調製におけるオリーブオイルの用途
【特許文献4】特表2005−533864 ラクトフェリンを含む組成物
【特許文献5】特開2000−256155 口腔用組成物
【特許文献6】特公平7−25670 抗歯周病剤
【特許文献7】特公平8−13738 歯垢除去剤及び歯石沈着防止剤
【特許文献8】WO2003/094878 ガロカテキンガレート含有組成物
【特許文献9】特開平5−944 歯周病原因菌付着阻害用組成物
【特許文献10】特開平6−56687 歯垢除去剤及び歯石沈着防止剤
【特許文献11】特開2004−315414 歯石形成抑制剤
【非特許文献1】Azakami H.et al.2006.Biosci.Biotechnol.Biochem.70:441−446.
【非特許文献2】Rezai−Zadeh K.et al.2005.J.Neurosci.25(38):8807−14.
【非特許文献3】Yamada M.et al.2002.J.Med.Microbiol.51(12):1080−89.
【非特許文献4】Djordjevic D.et al.2002.Appl.Environ.Microbiol.68:2950−58.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の現状に鑑み、本発明者らは、ヒトの口腔内で、より有効に歯周病を抑制する薬剤の開発を目的とし、まずヒト口腔内で歯垢や歯石が形成されるメカニズムを研究した結果、主としてEikenella corrodens(以下、E.corrodensともいう)が、バイオフィルム形成の初期段階に関与し(非特許文献1)、その後バイオフィルムによって保護された状態下に、Streptococcus mutansやPorphyromonas gingivalisなどの主要歯周病菌が繁殖し、強固な歯垢や歯石を形成することを見出した。
【0008】
そこで、本発明者らは、まずE.corrodensの作用を抑制する方法を検討した。
【0009】
その結果、驚くべきことに、カテキン類の中でも特異的にエピガロカテキン−3−ガレートがE.corrodensの活性を阻害し、口腔中でのバイオフィルムの生成を抑制する効果を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで本発明は、次の態様からなる。
(1)本発明の第1の態様は、エピガロカテキン−3−ガレート又はその薬理学上許容可能な誘導体を有効成分とするEikenella corrodensの活性阻害剤である。
(2)本発明の第2の態様は、上記第1の態様におけるエピガロカテキン−3−ガレートの薬理学上許容可能な誘導体がエピガロカテキン−3−ガレートの塩又はエステルである第1の態様に記載のEikenella corrodensの活性阻害剤である。
(3)本発明の第3の態様は、前記第1の態様又は第2の態様に記載のEikenella corrodensの活性阻害剤を有効成分とする口腔内でのバイオフィルム生成抑制剤である。
(4)本発明の第4の態様は、エピガロカテキン−3−ガレート又はその薬理学上許容可能な誘導体を0.4mMから5mMの範囲で含有する上記第3の態様に記載のバイオフィルム生成抑制剤である。
(5)本発明の第5の態様は、上記第3の態様又は第4の態様に記載のバイオフィルム生成抑制剤を有効成分とする歯科用薬剤である。
(6)本発明の第6の態様は、上記第1の態様又は第2の態様に記載のEikenella corrodensの活性阻害剤を有効成分とする細菌性心内膜炎の治療及び予防用薬剤である。
【発明の効果】
【0011】
本発明を利用することにより、歯周病細菌の一種であるE.corrodensに起因して形成されるバイオフィルムを効果的に抑制することが可能となり、延いてはその他の歯周病細菌の増殖を容易に抑制することができ、デンタルプラークの予防となる。またE.corrodensは、歯科治療過程などで体内にも感染することが知られ、細菌性の心内膜炎や冠状動脈疾患との関連が指摘されており、本発明の提供するE.corrodensの活性阻害剤は同菌の感染に起因するこれらの疾患を予防または治療するためにも利用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の最大のポイントは、E.corrodensの活性を阻害するため、エピガロカテキン−3−ガレート及び/又はエピガロカテキン−3−ガレートの薬理学上許容可能な誘導体(以下、これらを総称してEGCGともいう)が特異的に効果を有すること、具体的には、口腔内でのバイオフィルムの形成を抑制することを見出した点にある。
【0013】
EGCGは、他のカテキン類と共に茶葉に多く含まれていることは知られている。
【0014】
そして、従来茶葉から抽出されるカテキン類が、歯周病予防又は治療剤として、用いられることも知られている。
【0015】
しかし、従来茶葉抽出カテキン類は、抽出物自体混合物の状態で用いられることが多く、特に茶葉抽出カテキン誘導体混合物の中から、EGCGを単離して用いられることはほとんどなかったのである。
【0016】
そのため、EGCGの持つ特異的な作用効果は全く知られていなかった。
【0017】
その理由の一つとして、本発明者らの知見によると後述する実施例及び比較例に示すとおり、所謂カテキン(3−オキシフラバン)を用いた場合には、逆にE.corrodensによるバイオフィルムの生成を抑制するどころか、かえって助長する傾向さえ見られるのである。
【0018】
このため、従来EGCGがバイオフィルムの生成を抑制するという特異な作用効果が見逃されていたものと思われる。
【0019】
そこで、本願の明細書及び特許請求の範囲において「エピガロカテキン−3−ガレート」という表現は、エピガロカテキン−3−ガレート(すなわちトリヒドロキシ安息香酸のカテキンエステル)、その塩或いはエステルその他の誘導体以外のカテキン類を含まないものを意味すると定義される。
【0020】
本発明の特徴は、EGCGを有効成分とするE.corrodensの活性を阻害する薬剤である。EGCGは、下記一般式(1)に示す構造を有する化合物である。
【0021】
【化1】

本発明において用いられるエピガロカテキン−3−ガレートの薬理学上許容可能な誘導体とは次の構造式(2)の骨格を持ち、且つ薬理学上許容可能な化合物である。
【0022】
【化2】

構造式(2)において、カテキンが有する水酸基の水素の一部が塩基で置換された構造の塩や、水酸基が酸と結合したエステル等が本発明の対象となる。
【0023】
EGCGは、化学的に合成可能な化合物であるが、主として歯科薬剤として経口的に用いられることに鑑み、これを多く含む茶(Cameria sinensis)の葉などから抽出し、精製して用いるのが好ましい。
【0024】
茶葉から抽出されたカテキン類からのEGCGの分離精製方法は何等特定されない。公知の方法、例えば減圧蒸留やクロマトカラムによる分離方法等が採用される。
【0025】
本発明のバイオフィルム抑制剤に含まれるEGCGの有効濃度としては、一般にあまり低濃度では効果がなく、少なくとも0.4mM以上で用いるのが好ましい。より好ましくは0.45mM以上で用いる。なお、あまりに高濃度で用いても、一定の効果以上は期定できないし、かえって効果が下がる傾向さえ示すため、上限としては5mM程度で用いることが推奨される。中でも0.45〜1mMの範囲とするのが好ましい。
【0026】
本発明者らは、これまでに次の一般式(3)で示すアミノ糖の一種であるN−アセチル−D−ガラクトサミン(GaLNAcという)がE.corrodensによるバイオフィルムの形成を抑制することを見出しており、濃度1mMから10mMの範囲内のGalNAcが40%程度のバイオフィルム形成阻害作用を示すと報告している(非特許文献1)。GalNAcは、E.corrodensの持つGalNac特異的レクチン様物質(EcLS)と結合することで、EcLSが仲介している菌体とヒト組織との結合(非特許文献3)或いはE.corrodensと他種の歯周病関連細菌との相互作用を阻害すると考えられており、本発明におけるEGCGの作用とは別種の効果であると考えられることから、これを本発明の補助成分として利用することもまた有効である。
【0027】
【化3】

本発明の提供するバイオフィルム抑制剤は、主として経口的な利用法、すなわち歯科用薬剤や練り歯磨き、うがい薬やチューインガムの内容物等の形で利用可能であるが、歯周病関連菌が抜歯などの出血時に血液を通じて感染し、心内膜などに感染巣を形成して細菌性の心内膜炎を引き起こす事が知られるようになり、その感染巣にE.corrodensが見られる事から、本発明のE.corrodensの活性阻害剤を注射薬等の形で利用することもまた可能である。注射薬に適用した場合の安全性については、非特許文献2で示された様に、エピガロカテキン−3−ガレートをマウスに注射してもそれ自体では害が無いことが明らかとなっており、ヒトに適用した場合の安全性確認が必要としても、本発明の注射薬としての利用もまた可能であると考えられる。
【0028】
以下に本発明の実施例を示すが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0029】
(E.corrodensの培養)
Eikenella corrodensは、Farsyth DentalCenter(Boston,MA)より分与された1073株を用いた。培養液はTryptic soy broth(TSB;2mg/ml KNO3、5μg/mlヘミン含有)を用い、37℃で培養した。
(バイオフィルム形成の定量化のためのAdherence assay)
E.corrodensによるバイオフィルム形成態の定量化はDjoscienceらの方法(非特許文献4)に従った。すなわち、ポリスチレン製96穴プレート(BD Bioscience,USA.平底タイプ)を用い、E.corrodensを含むTSB培養液を各穴に分注し、更にプレートの各穴には、12穴ずつ次表に示す薬剤をそれぞれ加え、37℃で36時間培養した。
【0030】
その後、プレートをPhosphate−buffered saline(PBS)で4回軽く洗い、残った(バイオフィルムを形成してプレートに付着した)細胞をメタノールで固定してクリスタルバイオレットで染色した。分光光度計を用い、着色したバイオフィルムの光学的密度を、595nmの吸収(OD595)を測定することによって測定した。以上の一連の操作を3回繰り返し行い、各実験データの平均値を求めた。
【0031】
【表1】

(結果)
結果を図1に示す。
【0032】
図1の縦軸はバイオフィルムの形成量(OD595換算値)を示す。グラフのError Barは、標準誤差(SEM)をあらわす。
【0033】
図1より、比較例1(A)の薬剤無添加(対照)と比較して、本願発明の実施例3(C)はバイオフィルムの形成が1/4以下と明らかな有意差を示している。また、カテキンとEGCGとを併せ用いた場合(B)は、驚くべきことにバイオフィルムが、対照の約1.4倍以上となるのである。
【0034】
また、EGCGの濃度については、0.5mM近辺で最良の効果を示す。
【0035】
EGCGにGalNAcを混合した場合は、EGCG単独の場合より更に効果が期待されるものと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明の提供するバイオフィルム抑制剤は、歯周病関連細菌の一種Eikenella corrodensによるバイオフィルム形成を効果的に抑制可能なものであり、予防歯科の重要性が認識されている今日において、口腔衛生産業等に利用する事が可能である。
【0037】
更に、本発明はEGCGと併せてGalNAc或いは他の歯周病予防剤、例えばポリフェノールオキシダーゼ、アスパラキネーゼオリーブオイル、塩化セチルピリジニウム、ラクトフェリンなど、所謂カテキン以外の歯周病予防又は治療用薬剤と混用することにより、更に有力なデンタルプラークの予防又は治療剤となると予想される。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】はEGCG添加によるバイオフィルム形成の抑制効果を示す。グラフ縦軸はバイオフィルムの形成量(OD595換算)を示し、本発明のバイオフィルム抑制剤と対照(無添加)、比較例を比較した。また、バイオフィルム抑制剤の濃度による影響を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エピガロカテキン−3−ガレート又はその薬理学上許容可能な誘導体を有効成分とするEikenella corrodensの活性阻害剤。
【請求項2】
エピガロカテキン−3−ガレートの薬理学上許容可能な誘導体がエピガロカテキン−3−ガレートの塩又はエステルである、請求項1に記載のEikenella corrodensの活性阻害剤。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のEikenella corrodensの活性阻害剤を有効成分とする口腔内でのバイオフィルム生成抑制剤。
【請求項4】
エピガロカテキン−3−ガレート又はその薬理学上許容可能な誘導体を0.4mMから5mMの範囲で含有する請求項3に記載のバイオフィルム生成抑制剤。
【請求項5】
請求項3又は請求項4に記載のバイオフィルム生成抑制剤を有効成分とする歯科用薬剤。
【請求項6】
請求項1又は請求項2に記載のEikenella corrodensの活性阻害剤を有効成分とする細菌性心内膜炎の治療及び予防用薬剤。

【図1】
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【公開番号】特開2008−13458(P2008−13458A)
【公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−184392(P2006−184392)
【出願日】平成18年7月4日(2006.7.4)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】