説明

バナジウム酸化物薄膜パターン及びその作製方法

【課題】バナジウム酸化物薄膜パターン、その作製方法及びその部材を提供する。
【解決手段】APTS(3−Aminopropyltriethoxysilane,HNCSi(OCH)等を用いて、基表面にAPTS−SAM等を作製し、該APTS−SAMに、フォトマスクを介して、真空紫外光照射を行い、露光領域を、アミノ基終端シランからシラノール基へと変性し、このアミノ基終端シラン表面とシラノール基表面を有するパターン化自己組織化単分子膜を、バナジウム酸化物のパターニングのためのテンプレートとして、液相でバナジウム酸化物を析出させてなるバナジウム酸化物薄膜パターン、その作製方法及びバナジウム酸化物系デバイス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バナジウム酸化物薄膜乃至バナジウム酸化物薄膜パターン及びそれらの作製方法に関するものであり、更に詳しくは、本発明は、自己組織化単分子膜をテンプレートとし、アミノ基終端シラン領域上に形成されたバナジウム酸化物薄膜乃至バナジウム酸化物薄膜パターン、その作製方法及びそのデバイス製品に関するものである。
【0002】
本発明のバナジウム酸化物薄膜乃至バナジウム酸化物薄膜パターンは、基板との界面において、APTS−SAMのアミノ基又はアミノ基由来のN原子を有することを特徴としている。本発明は、例えば、熱応答性遮熱ガラス(スマートウィンドウ)、温度センサー等として好適に利用できるバナジウム酸化物薄膜乃至バナジウム酸化物薄膜パターン及びその製品を提供するものである。
【背景技術】
【0003】
バナジウム酸化物(VOx)は、触媒[非特許文献1]、スイッチングデバイス向け素子[非特許文献2]、帯電防止コーティング[非特許文献3]、温度センサー[非特許文献4]、リチウムイオン電池の陰極[非特許文献5−6]、エレクトロクロミックディスプレーデバイスの対極[非特許文献7]などとして、高い注目を集めている。
【0004】
特に、バナジウム酸化物は、遷移温度(転移温度、Tt)において、低温の単斜晶から高温の正方晶への半導体−金属相転移により、光学特性及び電気特性が劇的に変化する特性を有している[非特許文献8−9]。
【0005】
バナジウム酸化物(VO)は、遷移温度が室温に近い68℃付近であることから、熱応答性遮熱ガラス(スマートウィンドウ)[非特許文献10−12]、温度センサー[非特許文献4]、非冷却赤外線ボロメーター(非冷却赤外線検知器)[非特許文献13]、ホログラフィックストレージシステム(感光効率の高い材料を用いたデータ記録媒体)[非特許文献14]、オプティカルファイバースイッチングデバイス(光学繊維スイッチングデバイス)[非特許文献15]、超高速スイッチングデバイス[非特許文献16]、フォトニッククリスタル[非特許文献17]などへの有力材料として期待されている。
【0006】
そのため、マグネトロンスパッタリング[非特許文献8,18−19]、電子線蒸着[非特許文献20−21]、化学気相堆積法[非特許文献22−25]、ゾルゲル法[非特許文献2−3,7]、パルスレーザー堆積法[非特許文献26]など、様々な手法によるバナジウム酸化物及び関連物質の合成が報告されている。
【0007】
また、具体例として、バナジウム酸化物(VOx)は、触媒、スイッチングデバイス向け素子、帯電防止コーティング、温度センサー、リチウムイオン電池の陰極、エレクトロクロミックディスプレーデバイスの対極などとして高い注目を集めている。特に、バナジウム酸化物は、遷移温度(転移温度、Tt)において、低温の単斜晶から高温の正方晶への半導体−金属相転移により、光学特性及び電気特性が劇的に変化する特性を有している。
【0008】
このように、バナジウム酸化物(VO)は、遷移温度が室温に近い68℃付近であることから、熱応答性遮熱ガラス(スマートウィンドウ)、温度センサー、非冷却赤外線ボロメーター(非冷却赤外線検知器)、ホログラフィックストレージシステム(感光効率の高い材料を用いたデータ記録媒体)、オプティカルファイバースイッチングデバイス(光学繊維スイッチングデバイス)、超高速スイッチングデバイス、フォトニッククリスタルなどへの有力材料として期待されている。そのため、マグネトロンスパッタリング、電子線蒸着、化学気相堆積法、ゾルゲル法、パルスレーザー堆積法など、様々な手法によるバナジウム酸化物及び関連物質の合成が報告されている。
【0009】
最近、低耐熱性ポリマーや透明導電膜上へのデバイス構築の観点から、水溶液プロセスが注目されている。水溶液プロセスは、低消費エネルギー、低CO排出、焼結のための有機バインダーの不使用、環境調和型プロセスの点においても、大きな利点を有している。また、マイクロデバイス作製のためには、薄膜の微細加工が強く求められている。
【0010】
しかし、バナジウム酸化物の高い特性は、薄膜のマイクロパターン形成時のエッチングにより、大きく劣化してしまう。そのため、エッチングプロセスを経ない薄膜のマイクロパターニング技術が必要とされている。
【0011】
このように、バナジウム酸化物に関する従来技術における問題点(課題)として、低耐熱性基材へのコーティングができない、大面積化が困難、複雑形状基材へのコーティングが困難、設備投資・製造コストが高い、などの問題点があった。また、マイクロデバイス作製のためには、薄膜の微細加工が強く求められている。しかし、バナジウム酸化物の高い特性は、薄膜のマイクロパターン形成時のエッチングにより、大きく劣化してしまう。そのため、エッチングプロセスを経ない薄膜のマイクロパターニング技術の開発が必要とされていた。更に、低消費エネルギー、低CO排出、焼結のための有機バインダーの不使用、環境調和型プロセスへの移行の要請が増している。
【0012】
【非特許文献1】1.Zhu,Z.P.;Liu,Z.Y.;Niu,H.X.;Liu,S.J.;Hu,T.D.;Liu,T.;Xie,Y.N.,Journal of Catalysis 2001,197,(1),6−16
【非特許文献2】2.Bullot,J.;Gallais,O.;Gauthier,M.;Livage,J.,Applied Physics Letters 1980,36,(12),986−988
【非特許文献3】3.Livage,J.;Beteille,F.;Roux,C.;Chatry,M.;Davidson,P.,Acta Materialia 1998,46,(3),743−750
【非特許文献4】4.Kim,B.J.;Lee,Y.W.;Chae,B.G.;Yun,S.J.;Oh,S.Y.;Kim,H.T.;Lim,Y.S.,Applied Physics Letters 2007,90,(2)
【非特許文献5】5.Schmitt,T.;Augustsson,A.;Nordgren,J.;Duda,L.C.;Howing,J.;Gustafsson,T.;Schwingenschlogl,U.;Eyert,V.,Applied Physics Letters 2005,86,(6)
【非特許文献6】6.Munshi,M.Z.A.;Smyrl,W.H.;Schmidtke,C.,Chemistry of Materials 1990,2,(5),530−534
【非特許文献7】7.Livage,J.,Chemistry of Materials 1991,3,(4),578−593
【非特許文献8】8.Shigesato,Y.;Enomoto,M.;Odaka,H.,Japanese Journal of Applied Physics Part 1−Regular Papers Short Notes & Review Papers 2000,39,(10),6016−6024
【非特許文献9】9.Imada,M.;Fujimori,A.;Tokura,Y.,Reviews of Modern Physics 1998,70,(4),1039−1263
【非特許文献10】10.Babulanam,S.M.;Eriksson,T.S.;Niklasson,G.A.;Granqvist,C.G.,Solar Energy Materials 1987,16,(5),347−363
【非特許文献11】11.Jorgenson,G.V.;Lee,J.C.,Solar Energy Materials 1986,14,(3−5),205−214
【非特許文献12】12.Manning,T.D.;Parkin,I.P.,Journal of Materials Chemistry 2004,14,(16),2554−2559
【非特許文献13】13.Jerominek,H.;Picard,F.;Vincent,D.,Optical Engineering 1993,32,(9),2092−2099
【非特許文献14】14.Bugayev,A.A.;Gupta,M.C.,Optics Letters 2003,28,(16),1463−1465オプティカルファイバースイッチングデバイス(光学繊維スイッチングデバイス)、
【非特許文献15】15.Lee,C.E.;Atkins,R.A.;Gibler,W.N.;Taylor,H.F.,Applied Optics 1989,28,(21),4511−4512
【非特許文献16】16.Cavalleri,A.;Toth,C.;Siders,C.W.;Squier,J.A.;Raksi,F.;Forget,P.;Kieffer,J.C.,Physical Review Letters 2001,8723,(23)
【非特許文献17】17.Xiao,D.;Kim,K.W.;Zavada,J.M.,Journal of Applied Physics 2005,97,(10)
【非特許文献18】18.Kato,K.;Song,P.K.;Odaka,H.;Shigesato,Y.,Japanese Journal of Applied Physics Part 1−Regular Papers Short Notes & Review Papers 2003,42,(10),6523−6531
【非特許文献19】19.Theil,J.A.;Kusano,E.;Rockett,A.,Thin Solid Films 1997,298,(1−2),122−129
【非特許文献20】20.Ramana,C.V.;Hussain,O.M.;Naidu,B.S.;Reddy,P.J.,Thin Solid Films 1997,305,(1−2),219−226
【非特許文献21】21.Ramana,C.V.;Hussain,O.M.,Advanced Materials for Optics and Electronics 1997,7,(5),225−231
【非特許文献22】22.Manning,T.D.;Parkin,I.P.;Clark,R.J.H.;Sheel,D.;Pemble,M.E.;Vernadou,D.,Journal of Materials Chemistry 2002,12,(10),2936−2939
【非特許文献23】23.Manning,T.D.;Parkin,I.P.;Pemble,M.E.;Sheel,D.;Vernardou,D.,Chemistry of Materials 2004,16,(4),744−749
【非特許文献24】24.Sahana,M.B.;Shivashankar,S.A.,Journal of Materials Research 2004,19,(10),2859−2870
【非特許文献25】25.Barreca,D.;Armelao,L.;Caccavale,F.;Di Noto,V.;Gregori,A.;Rizzi,G.A.;Tondello,E.,Chemistry of Materials 2000,12,(1),98−103
【非特許文献26】26.Ramana,C.V.;Smith,R.J.;Hussain,O.M.;Chusuei,C.C.;Julien,C.M.,Chemistry of Materials 2005,17,(5),1213−1219
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、エッチングプロセスを経ないバナジウム酸化物薄膜のマイクロパターニング技術を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、自己組織化単分子膜を用いることにより、基板上へバナジウム酸化物膜乃至そのパターン化形成が可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、上記従来の事情に鑑みてなされたものであり、バナジウム酸化物薄膜乃至バナジウム酸化物薄膜パターンを提供し、かつ、これらの作製方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)基板上にバナジウム含有固体を析出する溶液反応系で析出させたバナジウム酸化物薄膜であって、該バナジウム酸化物が基板のアミノ基終端シラン領域に形成されていることを特徴とするバナジウム酸化物薄膜。
(2)バナジウム酸化物薄膜が、基板のアミノ基終端シラン領域に選択的に形成されており、バナジウム酸化物薄膜パターンとなっている、前記(1)に記載のバナジウム酸化物薄膜。
(3)基板が、ガラス、シリコン、金属、セラミックス、又はポリマーの基板である、前記(1)又は(2)に記載のバナジウム酸化物薄膜。
(4)基板が、平板状、粒子、繊維、又は複雑形状の形態を有している、前記(1)から(3)のいずれかに記載のバナジウム酸化物薄膜。
(5)基板が、該基板上に、アミノ基とシラノール基とシラノール基でパターン化された自己組織化単分子膜を形成させた基板である、前記(2)に記載のバナジウム酸化物薄膜。
(6)基板上に形成させたバナジウム酸化物薄膜を製造する方法であって、1)基板上にアミノ基終端シラン表面とシラノール基表面を有するパターン化自己組織化単分子膜を作製し、2)該パターン化自己組織化単分子膜をバナジウム含有固体を析出する溶液反応系に浸漬し、バナジウム酸化物を液相で析出させる、ことを特徴とするバナジウム酸化物薄膜の製造方法。
(7)反応系の温度、原料濃度、添加剤及び/又はpHを調整することによりバナジウム酸化物を液相で析出させる、前記(6)に記載のバナジウム酸化物薄膜の製造方法。
(8)上記自己組織化単分子膜の代わりに、pH5において正のゼータ電位を有する基板表面を用いる、前記(6)に記載のバナジウム酸化物薄膜の製造方法。
(9)溶液反応系として、水溶液反応、排水溶液反応又は水熱反応の反応系を用いる、前記(6)に記載のバナジウム酸化物薄膜の製造方法。
(10)前記(1)から(5)のいずれかに記載のバナジウム酸化物薄乃至バナジウム酸化物薄膜パターン膜を構成要素として含むことを特徴とするバナジウム酸化物系デバイス。
【0015】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、基板上にバナジウム含有固体を析出する溶液反応系で析出させたバナジウム酸化物薄膜であって、基板のアミノ基終端シラン領域に形成されていることを特徴とするものである。また、本発明は、上記バナジウム酸化物薄膜において、バナジウム酸化物薄膜が、基板のアミノ基終端シラン領域に選択的に形成されており、バナジウム酸化物薄膜パターンとなっていること、基板が、該基板上に、アミノ基とシラノール基とシラノール基でパターン化された自己組織化単分子膜を形成させた基板であること、を好ましい実施の態様としている。
【0016】
また、本発明は、基板上に形成させたバナジウム酸化物薄膜を製造する方法であって、基板上にアミノ基終端シラン表面とシラノール基表面を有するパターン化自己組織化単分子膜を作製し、該パターン化自己組織化単分子膜をバナジウム含有固体を析出する溶液反応系に浸漬し、バナジウム酸化物を液相で析出させる、ことを特徴とするものである。本発明では、反応系の温度、原料濃度、添加剤及び/又はpHを調整することによりバナジウム酸化物を液相で析出させること、を好ましい実施の態様としている。
【0017】
更に、本発明は、バナジウム酸化物系デバイスであって、上記のバナジウム酸化物薄膜乃至バナジウム酸化物薄膜パターンを構成要素として含むことを特徴とするものである。本発明では、自己組織化単分子膜を用いることにより、ガラス等の基板上へのバナジウム酸化物膜のパターン化形成を実現した。
【0018】
本発明では、エッチングプロセスを用いることなく、薄膜パターンを形成している。そのため、エッチングに伴う特性劣化も回避することができる。また、原料を全て薄膜形成に使用することができる。作製したバナジウム酸化物膜は、可視光領域及び近赤外光領域において、昇温に伴う透過率の減少(サーモクロミック特性)を有している。
【0019】
また、水溶液プロセスを用いて薄膜のパターン化形成を実現しているため、PETやポリイミドなどの上への薄膜形成も可能であり、例えば、ポリマーウィンドウにサーモクロミック特性を持たせて、スマートウィンドウとして使用することも可能である。また、ポリマー基板の使用により、デバイスの低コスト化・軽量化・フレキシブル化(曲げ性の付与)も可能である。
【0020】
本発明は、自己組織化単分子膜を用いて、バナジウム酸化物薄膜パターンを合成することを最も主要な特徴としている。自己組織化単分子膜には、pH5において正のゼータ電位を有するAPTS−SAM自己組織化単分子膜を用いることができる。また、自己組織化単分子膜の代わりに、pH5において正のゼータ電位を有する基板表面を用いることができる。
【0021】
自己組織化単分子膜には、APTS(3−Aminopropyltriethoxysilane、アミノプロピルトリエトキシシラン)以外に、例えば、アミノブチルトリエトキシシラン(4−Aminobutyltriethoxysilane)、アミノエチルアミノプロピルトリメトキシシラン(N−(2−Aminoetyl)−3−aminopropyltrimethoxysilane)、アミノエチルアミノプロピルメチルジメトキシシラン(N−(2−Aminoetyl)−3−aminopropylmetyldimethoxysilane)等のアミノ基を末端に有する分子を用いることができる。
【0022】
アミノ基とシラノール基でパターン化された自己組織化単分子膜の代わりに、pH5において正のゼータ電位を有する領域及び負のゼータ電位を有する領域にパターン化された基板を用いることができる。アミノ基とシラノール基でパターン化された自己組織化単分子膜の代わりに、親水性と疎水性表面や、平滑表面と凹凸表面などの、2種類の異なる表面の組み合わせを用いることができる。
【0023】
本発明では、好適には、VOSO・HOを含む水溶液を用いることができるが、該VOSO・HOを含む水溶液の代わりに、他のバナジウム含有溶液を用いることができる。pH調整には、好適には、NaOHを用いることができるが、NaOHの代わりに、他のpH調整溶液等を用いることができる。また、NaOHを使用せずに、パターン化することができる。
【0024】
本発明では、バナジウム含有固体が析出する水溶液を用いることが好適であるが、バナジウム含有固体が析出する反応系であれば、有機溶液等の、非水溶液反応系や、水熱反応等も用いることができる。
【0025】
また、反応液の温度も、原料濃度、添加剤、pH等に合わせて、水溶液の凝固点以上かつ沸点以下(およそ0−99℃)の範囲で適宜調整することができる。
【0026】
基板としては、ガラスが好適に用いられるが、ガラス以外に、シリコン基板、金属、セラミックス、ポリマー等の種々の基板を用いることができる。また、平板状基板以外に、粒子基材、繊維基材、複雑形状基材等も適宜用いることができる。
【0027】
本発明では、自己組織化単分子膜を用いることにより、酸化バナジウム結晶薄膜の液相パターニングを実現した。この手法では、まず、APTS−SAMをガラス基板上に形成し、フォトマスクを介して真空紫外光を照射することで、露光領域をアミノ基終端シランからシラノール基表面へと変性する。その後、パターン化SAM基板を、VOSO・HO及びNaOHの溶解した水溶液に浸漬させる。
【0028】
水溶液中で生成したバナジウム酸化物粒子は、pH5の初期の水溶液中では、負のゼータ電位を有する。これらの粒子を、pH5にて正のゼータ電位を有するアミノ基終端シラン表面に、静電相互作用を用いて付着させる。更に、付着粒子が、水溶液中において成長することにより、アミノ基終端シラン表面にバナジウム酸化物の薄膜を形成させる。
【0029】
本発明では、結晶粒子の領域選択的付着及び結晶成長の制御により、バナジウム酸化物薄膜の液相パターニングが実現されている。形成した薄膜は、透明な黄緑色を呈しており、XRDパターンは、H7.2413に帰属される。また、薄膜の近赤外領域の透過率は、室温25℃から70℃へ昇温することにより、約10%(相対比15%)減少する。これは、VO等に見られるサーモクロミック特性であり、遮熱ガラスや温度センサーへの応用可能性を示している。
【0030】
本発明の応用分野として、例えば、スマートウィンドウ、温度センサー、リチウムイオン電池の陰極、触媒、スイッチングデバイス向け素子、帯電防止コーティング、エレクトロクロミックディスプレーデバイスの対極非冷却赤外線ボロメーター(非冷却赤外線検知器)、ホログラフィックストレージシステム(感光効率の高い材料を用いたデータ記録媒体)、オプティカルファイバースイッチングデバイス(光学繊維スイッチングデバイス)、超高速スイッチングデバイス、フォトニッククリスタル等が例示される。
【発明の効果】
【0031】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)エッチング工程を経ることなく、バナジウム酸化物薄膜パターンを合成することができる。
(2)また、エッチングダメージによるバナジウム酸化物の特性劣化を抑えることができる。
(3)エッチングによるバナジウムの廃棄を回避することができる。
(4)また、未反応のバナジウムイオンは溶液中に残存するため、新しい基材を浸漬することにより、連続して成膜することが可能である。
(5)したがって、原料バナジウムをすべてバナジウム酸化物形成に使用することができる。
(6)更に、液相からの析出反応を用いているため、複雑形状基材や粒子や繊維へのバナジウム酸化物コーティングも容易に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0033】
本実施例では、自己組織化単分子膜を用いて、ガラス基板上に、バナジウム酸化物薄膜パターンを作製した。
(1)自己組織化単分子膜の作製
本実施例では、自己組織化単分子膜を用いたバナジウム酸化物薄膜の作製を試みた。ガラス(Glass)基板(HIOKI #1737, Corning Co.)を、アセトン、エタノール、イオン交換水の順にて、それぞれ5分間ずつ超音波洗浄した。
【0034】
その後、UVオゾンクリーナー(184.9nm及び253.7nm)(low−pressure mercury lamp 200W,PL21−200,SEN Lights Co.)を用いて、真空紫外光を10分間照射することにより、ガラス基板表面の吸着有機物を除去した。
【0035】
次に、ガラス基板表面をAPTS−SAMで修飾した(Surface modification with APTS−SAM)。APTS(3−Aminopropyltriethoxysilane,HNCSi(OCH)を、無水トルエンに1vol%溶解させ、これに、グローブボックス(Glove box,VAC Co.)内の窒素雰囲気下において、ガラス基板を2時間浸漬し、ガラス表面に、APTS−SAMを作製した(図1)。
【0036】
(2)自己組織化単分子膜のパターン化
APTS−SAMに、フォトマスク(Test−chart−No.1−N type,quartz substrate,1.524mm thickness,Toppan Printing Co.,Ltd.)を介して、真空紫外線照射(UV irradiation)を行い、露光領域を、アミノ基終端シランからシラノール基へと変性した(図1)。
【0037】
この、アミノ基終端シラン表面とシラノール基表面を有するパターン化自己組織化単分子膜(Patterned APTS−SAM)を、バナジウム酸化物のパターニングのためのテンプレートとした。アミノ基終端シラン表面は、約48°の水に対する接触角を示すのに対し、露光によりシラノール基へと変性した表面は、接触角5°以下の親水性を示した。この接触角の変化は、真空紫外光照射により、APTS−SAMが親水性のシラノール基へと変性されたことを示している。
【0038】
(3)バナジウム酸化物の析出
VOSO・HOを、濃度0.02Mとなるように、25℃の水に溶解した。水溶液中において、バナジウムは、バナジルイオンと呼ばれるVO2+のイオンで存在する。オイルバスを用いて、水溶液を70℃に加熱し、NaOHを添加して、pHを5に調整した。
【0039】
水溶液上部に、縦向きでパターン化自己組織化単分子膜を浸漬し、70℃にて6時間保持してバナジウム酸化物の析出(Liquid Phare Crystal Deposition)を行い、バナジウム酸化物の液相パターニング(Liquid Phase Patterning of Vanadium Oxide)を試みた(図1)。
【実施例2】
【0040】
(1)評価方法
本実施例では、上記実施例1の方法を適用して、水溶液中において生成した粒子、APTS自己組織化単分子膜及び真空紫外光露光を行ったAPTS自己組織化単分子膜のゼータ電位を、レーザーゼータ電位計(ELS−7300K,Otsuka Electronics Co.,Ltd.)にて測定した。
【0041】
薄膜のマイクロパターンは、光学顕微鏡(BX51WI Microscope,Olympus Optical Co.,Ltd.)及び電子顕微鏡(FE−SEM;JSM−6335F,JEOL Ltd.)にて観察した。
【0042】
結晶構造は、X線回折装置(CuKα線、XRD;RAD−1C,Rigaku)を用いて評価した。25℃及び70℃での薄膜の透過率は、紫外・可視・近赤外分光器(UV/VIS/NIR spectrophotometer,V−570,JASCO.)を用いて測定した。
【0043】
その際、サンプルは、アルミニウム製のサンプルホルダーに固定し、サンプルホルダーに固定した電気ヒーターを用いて、70℃に加熱した。薄膜の温度は、熱電対を用いて測定した。
【0044】
(2)結果
上記バナジウム酸化物の液相パターニングにより、水溶液中で生成した微小粒子の、pH5でのゼータ電位は、負であった。APTS自己組織化単分子膜は、アミノ基のプロトン化(−NH to −NH)により、pH5においては、正のゼータ電位を示し、シラノール基は、脱プロトン化(−Si−OH to −Si−O)により、負のゼータ電位を示した。
【0045】
負のゼータ電位を有する粒子と、正のゼータ電位を有するアミノ基との間の静電相互作用を用いることにより、初期に形成した微小粒子を、アミノ基領域に、領域選択的に付着させることを試みた。マイクロサイズでの液相パターニングに先立ち、6時間の浸漬により、広いAPTS自己組織化単分子膜領域への薄膜形成を行った(図1)。左上部領域は、薄膜の形成していないガラス表面であり、無色透明である。
【0046】
一方、APTS自己組織化単分子膜上に形成した薄膜領域は、透明な黄緑色を呈していた(図1)。6時間の浸漬後、パターン化APTS自己組織化単分子膜を光学顕微鏡にて観察したところ、アミノ基終端シラン領域にのみ、領域選択的に、薄膜が形成していた。図2に、バナジウム酸化物薄膜パターンの光学顕微鏡写真を示す。この析出薄膜により、幅40μmの平行線が20μmの間隔を開けて形成されており、それらは、250μm以上の長さを有していた(図2)。
【実施例3】
【0047】
(1)薄膜表面の形態
本実施例では、上記実施例1で作製した薄膜の表面の詳細な形態を、走査型電子顕微鏡を用いて観察した。白金コーティング前のサンプルは、アミノ基領域に対して、シラノール基領域が強く白色を呈しており、これは、電子線照射により、シラノール基領域のガラス表面が強く帯電したためと考えられる。このことは、ガラスとバナジウム酸化物の表面状態の違いを示している。
【0048】
帯電防止のため、パターン化薄膜に、3nmの白金コーティングを施し、再び観察した。図3に、バナジウム酸化物薄膜パターンの電子顕微鏡写真(a)を示す。図3の(b−d)は、バナジウム酸化物薄膜表面の拡大写真を示す。シラノール基領域に対して、アミノ基領域は僅かに白色を示しており、これは、アミノ基領域への薄膜形成によるものと考えられる(図3a)。
【0049】
高倍率での観察により、薄膜中に、幅100−200nm、長さ約1000nmの針状析出物が観察された(図3b)。また、薄膜表面は、面内直径2−10nmのナノサイズの突起物で覆われていた(図3c)。
【0050】
(2)結晶構造
図4に、バナジウム酸化物薄膜のXRDパターンを示す。APTS自己組織化単分子膜上に形成した薄膜のXRD測定からは、複数の回折線が観察され、それらは、H7.2413(JCPDS No.37−0172)の(001),(200),(002),(110),(003),(31−1)及び(60−1)に帰属された。このH7.2413は、VOと同様に、単斜晶の結晶構造を有する。
【0051】
(3)バナジウム酸化物薄膜のサーモクロミック特性
バナジウム酸化物薄膜の可視光・近赤外光透過スペクトルを測定した。図5に、25℃及び70℃におけるバナジウム酸化物薄膜の可視光・近赤外光透過スペクトルを示す。APTS自己組織化単分子膜上に形成されたバナジウム酸化物薄膜は、25℃において、波長400nmにて約20%、波長700nmにて約46%の可視光透過率を示した。
【0052】
これらは、70℃への昇温により、波長400nmにて約18%、波長700nmにて約40%へと減少した。また、25℃における近赤外領域の透過率は、波長1000nmにて約51%、波長2500nmにて約62%であり、これらは、70℃への昇温により、波長1000nmにて約44%、波長2500nmにて約53%へと、およそ10%(相対比では、15%)減少した。
【0053】
70℃への昇温における透過率の減少は、サーモクロミック特性によるものと考えられる。この透過率変化は、半導体−金属転移、すなわち、VOに見られるように、単斜晶から正方晶への結晶構造変化に起因するものと考えられる。
【0054】
可視光及び近赤外光領域の透過率は、25℃への降温により、再び初期の透過率へと上昇し、サーモクロミック特性の可逆性を示した。図6に、バナジウム酸化物薄膜のバンドギャップを評価した結果を示す。直接遷移であるVOと同様に、形成した薄膜の直接遷移を仮定し、バンドギャップを見積もったところ、約3.7eVであった。このバンドギャップは、薄膜が透明な半導体であることを示唆している。このことは、薄膜の各種評価及びサーモクロミック特性と矛盾しない。
【0055】
自己組織化単分子膜を用いることにより、バナジウム酸化物薄膜の液相パターニングを実現した。水溶液中において、アミノ基領域でバナジウム酸化物の結晶化が進行し、薄膜を形成した。この薄膜は、透明な黄緑色を呈し、表面は2−10nmのナノサイズの突起物で覆われていた。XRDにより、薄膜は、H7.2413に帰属された。
【0056】
近赤外光領域での薄膜の透過率は、25℃から70℃への昇温により、およそ10%減少した。このサーモクロミック特性は、可逆変化であり、スマートウィンドウや温度センサーへの可能性を示している。本発明により、次世代デバイス技術に対する、自己組織化プロセス及び水溶液プロセスの高いポテンシャルが示された。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】自己組織化単分子膜を用いたバナジウム酸化物薄膜の液相パターニングの模式図を示す。
【図2】バナジウム酸化物薄膜パターンの光学顕微鏡写真を示す。
【図3】バナジウム酸化物薄膜パターンの電子顕微鏡写真(a)を示す。(b−d)は、バナジウム酸化物薄膜表面の拡大写真である。
【図4】バナジウム酸化物薄膜のXRDパターンを示す。
【図5】25℃及び70℃におけるバナジウム酸化物薄膜の可視光・近赤外光透過スペクトルを示す。
【図6】バナジウム酸化物薄膜のバンドギャップの評価結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上にバナジウム含有固体を析出する溶液反応系で析出させたバナジウム酸化物薄膜であって、該バナジウム酸化物が基板のアミノ基終端シラン領域に形成されていることを特徴とするバナジウム酸化物薄膜。
【請求項2】
バナジウム酸化物薄膜が、基板のアミノ基終端シラン領域に選択的に形成されており、バナジウム酸化物薄膜パターンとなっている、請求項1に記載のバナジウム酸化物薄膜。
【請求項3】
基板が、ガラス、シリコン、金属、セラミックス、又はポリマーの基板である、請求項1又は2に記載のバナジウム酸化物薄膜。
【請求項4】
基板が、平板状、粒子、繊維、又は複雑形状の形態を有している、請求項1から3のいずれかに記載のバナジウム酸化物薄膜。
【請求項5】
基板が、該基板上に、アミノ基とシラノール基とシラノール基でパターン化された自己組織化単分子膜を形成させた基板である、請求項2に記載のバナジウム酸化物薄膜。
【請求項6】
基板上に形成させたバナジウム酸化物薄膜を製造する方法であって、1)基板上にアミノ基終端シラン表面とシラノール基表面を有するパターン化自己組織化単分子膜を作製し、2)該パターン化自己組織化単分子膜をバナジウム含有固体を析出する溶液反応系に浸漬し、バナジウム酸化物を液相で析出させる、ことを特徴とするバナジウム酸化物薄膜の製造方法。
【請求項7】
反応系の温度、原料濃度、添加剤及び/又はpHを調整することによりバナジウム酸化物を液相で析出させる、請求項6に記載のバナジウム酸化物薄膜の製造方法。
【請求項8】
上記自己組織化単分子膜の代わりに、pH5において正のゼータ電位を有する基板表面を用いる、請求項6に記載のバナジウム酸化物薄膜の製造方法。
【請求項9】
溶液反応系として、水溶液反応、排水溶液反応又は水熱反応の反応系を用いる、請求項6に記載のバナジウム酸化物薄膜の製造方法。
【請求項10】
請求項1から5のいずれかに記載のバナジウム酸化物薄膜乃至バナジウム酸化物薄膜パターンを構成要素として含むことを特徴とするバナジウム酸化物系デバイス。

【図4】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−67622(P2009−67622A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−236341(P2007−236341)
【出願日】平成19年9月12日(2007.9.12)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】