説明

パルス圧縮レーダ装置

【課題】送信パルス幅が幅狭のパルス圧縮レーダ装置において、送信波形を整形するための特別の回路を設けることなく、送受信系での信号歪みによる影響を避けて、レンジサイドローブを低減すること。
【解決手段】パルス圧縮信号に基づいて、レンジ方向に関して物標信号の前後に現れるレンジサイドローブの振幅を予測し、予測されたレンジサイドローブの振幅をパルス圧縮信号から減算して、レンジサイドローブを低減するレンジサイドローブ除去手段を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧縮比を要求し、遠距離まで探知するパルス圧縮レーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
パルス圧縮レーダ装置は、通常のパルスレーダ装置よりも長く、かつ、周波数変調されたパルス信号を送信することにより、小さな尖頭電力でありながら大出力レーダ装置に相当する探知性能を実現するレーダ装置である。パルス圧縮処理は、送信信号に基づく基準信号と受信信号の相関演算によって行われる。相関演算は時間軸処理、または、周波数軸処理によって計算される。
【0003】
時間軸処理は、基準信号と受信信号の時間軸における積和演算による処理方法である。周波数軸処理は、基準信号と受信信号をフーリエ変換によって周波軸のデータに変換し、各周波数成分ごとにそれらフーリエ変換結果の積を計算し、その結果を逆フーリエ変換によって時間軸のデータに戻す手法である。送信パルスが長くなると、時間軸処理では積和演算の演算数が膨大になるが、周波数軸処理ではフーリエ変換は高速フーリエ変換による高速化が可能なため、時間軸処理に比べ演算量が少なく実現できる。
【0004】
しかし、一般に送信信号の包絡線が矩形状になるように、送信パルスをパルス始端において急激に立ち上げ、また、パルス終端において急激に立ち下げた場合、その送信パルスの両端では一瞬、送受信系の通過帯域を逸脱する高周波数成分が現れるため、送受信系通過時の帯域制限によって送・受信信号が歪んでしまう。その歪みがレンジサイドローブの原因となる。そのレンジサイドローブは信号振幅で規格化したとき、−40dB程度の振幅をもち、巨大な物標による反射の場合、レンジサイドローブは雑音よりも20dB以上大きな振幅をもつこともある。そのような場合には、レーダ装置の指示機上ではレンジサイドローブもはっきりと表示されてしまう。
【0005】
このようなレンジサイドローブの原因が、送信信号の両端における歪みであることに注目して、送信信号の振幅を制御することによってレンジサイドローブを低減することが非特許文献1に記載されている。
【非特許文献1】K. Nagagawa、H. Hanado、K. Fukutani、T. Iguchi、“Development of a C-Band Pulse Compression Weather Radar、” 32nd Conference on Radar Meteorology (AMS)、No. P12R.11、Oct.、2005.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、送信パルスの幅が例えば数マイクロ秒程度の短い幅しか持たないレーダ装置の場合には、望みどおりの関数形で安定した窓関数演算(振幅制御)をすることが困難である。
【0007】
そこで、周波数軸処理でのパルス圧縮処理において、送信信号に基づく基準信号のフーリエ変換結果を直接使用する代わりに、そのフーリエ変換結果を用いて2次的に導かれる圧縮係数を使用することによってレンジサイドローブを小さくするようにしたパルス圧縮レーダ装置が、本出願の発明者などにより提案されている(特願2007−006785号;以下、先願発明、という)。
【0008】
この先願発明によって、原理的にはレンジサイドローブを低減することができるのだが、現実的なパルス圧縮レーダ装置では、送受信経路で信号が歪むため、理想的な結果とはならないことがある。送受信経路での歪みによって、パルス圧縮処理において相関の狂いが生じる場合には、レンジ方向(距離方向)で見たとき、物標信号の前後に想定されたレベルよりも大きいレンジサイドローブが現れてしまう。
【0009】
本発明は、以上の問題点に鑑みて、送信パルス幅が幅狭、例えば数マイクロ秒以下のパルス圧縮レーダ装置において、送信波形を整形するための特別の回路を設けることなく、送受信系での信号歪みによる影響を避けて、レンジサイドローブを低減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載のパルス圧縮レーダ装置は、変調を掛けたパルス状の送信信号を外部に送信し、外部で反射された反射信号を受信信号として受信するとともに、送信信号に基づく基準信号と受信信号との相関処理を行ってパルス圧縮された振幅信号(以下、パルス圧縮信号、という)を得るパルス圧縮レーダ装置において、
レンジ方向に関して物標信号の前後に現れるレンジサイドローブの振幅をパルス圧縮信号に基づいて予測し、予測されたレンジサイドローブの振幅をパルス圧縮信号から減算して、レンジサイドローブを低減するレンジサイドローブ除去手段を有することを特徴とする。
【0011】
請求項2に記載のパルス圧縮レーダ装置は、請求項1に記載のパルス圧縮レーダ装置において、前記レンジサイドローブ除去手段は、
中央に1個の注目セル、該注目セルの両側にそれぞれ第1所定数個(Ng/2)のガードセル群、該ガードセル群の前記注目セルの反対側にそれぞれ第2所定数個(Nr/2)の参照セル群を持つシフトレジスタと、
前記シフトレジスタに一方向から標本化クロックに同期した入力タイミングでパルス圧縮信号を入力し、入力されたパルス圧縮信号を該シフトレジスタ内を上流側から下流側へシフトさせる入力・シフト手段と、
各入力タイミングに同期して前記参照セル群の各セル内に存在するパルス圧縮信号の和を算出する総和演算手段と、
前記総和演算手段のパルス圧縮信号和に、予め設定された係数を乗じて予測サイドローブ振幅を得る乗算手段と、
前記標本化クロックに同期して、前記注目セルに存在するパルス圧縮信号から、前記乗算手段の予測サイドローブ振幅を減算して減算値を得る減算手段と、を有することを特徴とする。
【0012】
請求項3に記載のパルス圧縮レーダ装置は、請求項2に記載のパルス圧縮レーダ装置において、さらに、前記減算手段からの減算値が正値である場合はその減算値を出力し、負値である場合にはその減算値に代えて零値を出力する選択出力手段を有することを特徴とする。
【0013】
請求項4に記載のパルス圧縮レーダ装置は、請求項2に記載のパルス圧縮レーダ装置において、前記総和演算手段は、
前記注目セルに対して前記シフトレジスタの上流側の参照セル群の最も前記一方向側の参照セルのパルス圧縮信号と総和レジスタに保存された総和値とを加算する第1加算器と、該第1加算器の加算値から前記注目セルに対して前記シフトレジスタの上流側のガードセル群の最も前記一方向側のガードセルのパルス圧縮信号を減算する第2加算器と、該第2加算器の加算値と前記注目セルに対して前記シフトレジスタの下流側の参照セル群の最も前記一方向側の参照セルのパルス圧縮信号とを加算する第3加算器と、該第3加算器の加算値から前記注目セルに対して前記シフトレジスタの下流側の参照セル群の前記一方向とは最も逆側の参照セルを通過したパルス圧縮信号を減算する第4加算器とを有し、
前記第4加算器の加算値であるパルス圧縮信号和を出力するとともに、前記総和レジスタに総和値として保存することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明のパルス圧縮レーダ装置によれば、大きな反射電力をもつ受信信号をパルス圧縮した際に生じるレンジサイドローブの振幅を予測しながら除去することができる。それによって、大型船や近距離の海岸線のにじみをなくし、輪郭がはっきりしたレーダ装置映像を得ることができる。
【0015】
また、送信信号の振幅を制御する回路を特に用いなくてもレンジサイドローブを補正し、鮮明なレーダ装置映像を得ることができる。また、振幅制御したパルス圧縮レーダ装置であっても、パルス圧縮後の物標振幅が雑音より極めて大きい場合には、レンジサイドローブを抑えきれず同様の問題が発生するが、そのような場合に対しても、本発明によって鮮明なレーダ装置映像を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明は、変調を掛けたパルス状の送信信号を外部に送信し、外部で反射された反射信号を受信信号として受信するとともに、送信信号に基づく基準信号と受信信号との相関処理を行ってパルス圧縮された振幅信号(以下、パルス圧縮信号、という)を得るパルス圧縮レーダ装置において、レンジ方向に関して物標信号の前後に現れるレンジサイドローブの振幅をパルス圧縮信号に基づいて予測し、予測されたレンジサイドローブの振幅をパルス圧縮信号から減算して、レンジサイドローブを低減するものである。
【0017】
まず、レンジサイドローブに関してわかっている性質として、レンジサイドローブが現れる場所とその長さ、および、レンジサイドローブの振幅がある。レンジサイドローブはレンジ方向に見たとき、物標信号の前後に現れ、それぞれ、パルス幅とほぼ等しい時間に相当する距離にわたって現れる。レンジサイドローブの振幅は、パルス幅に依存する。物標信号の振幅で規格化したレンジサイドローブの振幅は、パルス幅が短いときに大きくなり、パルス幅を長くすると小さくなる。例えば、送信信号の包絡線が矩形状の場合、5マイクロ秒程度のパルス幅では−35〜−40dBのレンジサイドローブが現れ、10マイクロ秒程度のパルス幅では−40〜−45dBのレンジサイドローブが現れる。これは、パルス幅が長い場合には送信パルス両端での歪みの寄与率が小さくなることと対応している。また、レンジサイドローブの位置や長さ、振幅は、送信信号の周波数偏移幅には基本的には依存しない。
【0018】
これらの性質は、発明者がパルス圧縮レーダ装置の評価過程において発見した性質であり、数値的なシミュレーションにおいても実証されている事実である。
【0019】
このように、レンジサイドローブの出現位置と振幅は、送信信号の設定(例、パルス幅)に依存しているため、容易に予想できる。予想された位置に存在する振幅情報から、予想されたレンジサイドローブの振幅だけ振幅値を減算すればレンジサイドローブを除去することができる。そのような処理は、レンジサイドローブ除去の概念を示す図1の方法によって実現することができる。図1の左側の図はパルス圧縮によって得られたパルス圧縮信号の振幅である。この図の横軸はレンジを表し、縦軸は各レンジに対応する受信振幅である。この図ではレンジサイドローブを強調して描いているが、実際のレンジサイドローブの振幅は物標信号振幅の0.03倍以下の大きさ(平均の大きさは、例えば、その数分の1〜数十分の1)である。船舶レーダなどにおいて、タンカーなどの大きな物標や堤防などの構造物の場合には、そのサイドローブレベルがノイズフロアよりも大きくなるから、それらが表示器の画面上に表示されることになる。
【0020】
処理に関しては、中央に1個の注目セルをもち、その両側に複数のガードセル、さらにその両外側に複数の補正セルをもつ処理ウィンドウを定義する。ガードセル数は両側のそれぞれがパルス圧縮後の距離分解能の2倍程度、補正セル数は両側のそれぞれがパルス幅に相当するセル数とすることでよい。
【0021】
具体的な例としては、パルス幅が8マイクロ秒、チャープ(例、直線周波数変調)の周波数偏移幅が8MHz、標本化周波数が40MHzならば、ガードセルは注目セルの両側に10個ずつ、補正セルはさらにその外側に320個ずつ必要になる。その処理ウィンドウをレンジが小さい方から大きい方へ1つずつ移動させながら、補正セルが対応するレンジの振幅値を補正する。ガードセルが対応するレンジには手を加えない。すべての補正セルの振幅値は、注目セルに規定の係数 (例えば、パルス幅相当のセル数の逆数) を乗じて得られる積を減じる。その減じた結果が負の値になる場合、結果をゼロで置き換える。その規定の係数は、想定されるレンジサイドローブの振幅によって決まる値、すなわち、送信するパルス幅によって決まる値である。そのような理由でこの規定値を装置が固定的に与えることでよい。なお、この既定値を微調整できるように実装していてもよい。このレンジサイドローブ除去の処理を行った結果が図1の右側に示されており、物標信号が残り、レンジサイドローブが除去された様子が示されている。
【0022】
この方法は、注目セルが物標信号であるかどうかを判定しないまま補正セルの振幅値を補正している。つまり、物標信号の振幅も、レンジサイドローブによって減算されてしまうことになる。物標信号の振幅が減算されてしまうような処理ウィンドウの範囲を模式的に表すと図2のようになる。図2は、物標信号に影響を及ぼす処理ウインドウの範囲を示している。その図2を見ると、結局、物標信号の振幅は、レンジサイドローブ振幅の総和に規定の係数を乗じた量だけ減算される。この規定の係数は、例えば、パルス幅に相当するセル数の逆数でよい。実際には、レンジサイドローブ振幅の総和に、1よりも十分小さな規定値 (例えば、パルス幅に相当するセル数の逆数) を乗じて得られる積は、物標信号の振幅よりも十分小さい値となる。結局、この積がパルス圧縮信号の振幅を削り取りとる減算量であるが、その値は物標の振幅に対して十分小さな値なので特に問題は生じない。
【0023】
図3は、図1のレンジサイドローブ除去を実現する第1実施例を示すフローチャートである。この図3の処理は、パルス圧縮後のパルス圧縮信号の振幅をシフトレジスタなどの記憶手段に格納した図4のような配列に対するデータ処理である。この配列に格納されている注目セルであるi番目の振幅データをA[i] とする。また、図3と図4では振幅データ配列の長さをLと仮定している。図3,図4での記号は次の通り;A[]・・・サイドローブ除去処理をする振幅データを格納した配列、L・・・配列A[]の長さ、i・・・注目セルの現在位置、α・・・注目セルに格納されている振幅値 (すなわち、A[i])、s・・・サイドローブ除去のための減算量、j・・・補正セルの現在位置、Ng・・・ガードセルの数 (左右それぞれNg/2個ずつ)、Nr・・・補正セルの数 (左右それぞれNr/2個ずつ)。
【0024】
図3のフローチャートによると、注目セルの位置iを1つずつずらしながら次のような処理をする。
【0025】
注目セルの値A[i]を取り出して注目データαとする。この値αに規定の係数(規定値)を乗じて積sを得る。その積値sが、サイドローブ除去で用いる減算量sとなる。
【0026】
注目セル位置iに対するすべての補正セルjに対して振幅を減算をする。即ち、全ての補正セルj;j=i−(Nr+Ng)/2,・・・,i−Ng/2−1、及び
j=i+Ng/2+1、・・・,i+(Nr+Ng)/2
例えば、補正セル位置kについて、A[k] ←max(A[k]−s,0)を実行する。ここで、関数max(a,b)は与えられた2つの引数のうち大きな方の値を出力する。つまり、この振幅減算は、もとの振幅から減算量sを減算し、その結果が負の数になった場合、結果を0にする処理をしている。
【0027】
この処理を実行するに当たり、注目セルの位置iが配列の端に近い状態 (すなわち、iが0またはL−1に近い値のとき)では、処理セルが配列の有効範囲を超えてしまうため、当然、その対策は必要である。例えば、処理セルが配列の有効範囲を超えるとき、処理をしないように条件をつけてもよいし、また、図4のように予備セルを設けていれば条件付けしなくてもサイドローブ除去処理はできる。
【0028】
図5は、図1のレンジサイドローブ除去を実現する第2実施例を示すサイドローブ除去回路100である。図3の実施例1による処理では、1つのレンジに対する振幅が決定されるまでに、何度も振幅データが書き換えられる。特にこれをハードウェアとして実装する場合には、図3のフローチャートに見られる2階層のループを構成する必要があるため回路規模が大きくなる。
【0029】
図5のサイドローブ除去回路100は、中央に1個の注目セル11、この注目セルの両側にそれぞれ第1所定数個(Ng/2)のガードセル群12,13、このガードセル群の注目セルの反対側にそれぞれ第2所定数個(Nr/2)の参照セル群14,15を持つシフトレジスタ10と、シフトレジスタ10に一方向(図では左側)から標本化クロックに同期した入力タイミングでパルス圧縮信号を入力し、入力されたパルス圧縮信号を該シフトレジスタ内を上流側(注目セル11から見て、参照セル群14側)から下流側(注目セル11から見て、参照セル群15側)へシフトさせる入力・シフト手段(図示省略)と、各入力タイミングに同期して参照セル群14,15の各セル内に存在するパルス圧縮信号の和を算出する総和演算手段(総和演算部)20と、総和演算手段20のパルス圧縮信号和に、予め設定された係数を乗じて予測サイドローブ振幅を得る乗算手段30と、標本化クロックに同期して、注目セルに存在するパルス圧縮信号から、乗算手段30の予測サイドローブ振幅を減算して減算値を得る減算手段40と、減算手段40からの減算値が正値である場合はその減算値を出力し、負値である場合にはその減算値に代えて零値を出力する選択出力手段(max)50を有している。
【0030】
図5のサイドローブ除去回路100では、1個の注目セル11と、その両側にそれぞれNg/2個のガードセル12,13、さらにその外側にそれぞれNr/2個の参照セル14,15によって構成されるシフトレジスタ10を用いている。そのシフトレジスタ19には、標本化クロックに同期して、パルス圧縮によって得られた各レンジに対応する振幅値がシフトレジスタ10の左側から入力される。入力された振幅値は、標本化クロックに同期して、左(上流側)から右(下流側)のセルへ一つずつ移動していく。
【0031】
図5のサイドローブ除去回路100では、図1の注目セルと補正セルの関係を入れ替え、参照セルと注目セルによって実現している。図5の参照セルは図1における注目セルに相当し、図5の注目セルが図1の補正セルに相当している。ある特定のレンジに注目した場合、図1の方法では処理ウィンドウ中の補正セルが当該レンジを通過する間、振幅の補正を受け続けることに対し、図5の方法では注目セル11が当該レンジを通過する時点でしか補正されない。補正回数が1回とはいえ、図5の方法における注目セル11の補正量は全参照セルが保持している値の総和から得られるため、図5の方法は図 1とほぼ同様の補正結果を得るアルゴリズムであることがわかる。
【0032】
図5の方法の特徴としては、参照セルのどこかに物標信号のメインローブが含まれていれば、参照セルが保持している値の総和が大きくなるため、注目セルはその総和に応じた補正を受ける。逆に参照セルに物標信号のメインローブが含まれなければ、参照セルが保持する値の総和は小さくなり、補正量も十分小さくなる。図1の方法では送信パルス幅が長い場合に補正セル数を多くしていたが、図5の方法も、同様に、送信パルスが長い場合には参照セル数を多くすべきである。具体的には、片側の参照セル数Nr/2は送信パルス幅に相当するセル数にすればよい。送信パルス幅がTであり、標本化周波数がfsであるなら、Nr/2=T*fs、とする。例えば、パルス幅が8マイクロ秒、標本化周波数が40MHzならば、参照セルはガードセルの外側にそれぞれ320セルずつ必要となる。
【0033】
また、ガードセルについては、注目セルが物標信号のメインローブの頂点であるとき、そのメインローブの一部が参照セルに含まれないように選ぶべきである。なぜなら、同一のメインローブが注目セルと参照セルにまたがってしまった場合、メインローブ自身が大きく補正される状態に陥るからである。送信するチャープ信号の周波数偏移幅をBとしたとき、パルス圧縮結果におけるメインローブの4dB減衰幅によって定義されるレンジ分解能は、1/B、程度である。注目セルがメインローブの頂点である場合、同一メインローブの一部が参照セルに含まれないようにするには、片側のガードセルをレンジ分解能の2倍程度とればよい。よって、片側のガードセル数は、Ng/2=2fs/B、となる。例えば、チャープの周波数偏移幅を8MHz、標本化周波数を40MHzとした場合、片側のガードセル数は10個となる。
【0034】
また、図5の構成に含まれる総和演算部20は、図6に示されるように、4個の加算器と1個の総和レジスタで実現することができる。即ち、注目セル11に対してシフトレジスタ10の上流側の参照セル群14の最も一方向側の参照セルのパルス圧縮信号と総和レジスタ25に保存された総和値とを加算する第1加算器21と、この第1加算器21の加算値から注目セル11に対してシフトレジスタ10の上流側のガードセル群12の最も一方向側のガードセルのパルス圧縮信号を減算する第2加算器12と、この第2加算器12の加算値と注目セル11に対してシフトレジスタ10の下流側の参照セル群15の最も一方向側の参照セルのパルス圧縮信号とを加算する第3加算器23と、この第3加算器23の加算値から注目セル11に対してシフトレジスタ10の下流側の参照セル群15の一方向とは最も逆側の参照セルを通過したパルス圧縮信号を減算する第4加算器24とを有し、第4加算器24の加算値であるパルス圧縮信号和を、出力するとともに、総和レジスタ25に総和値として保存する。なお、参照セル群15の一方向とは最も逆側の参照セルを通過したパルス圧縮信号を記憶するためのセル16を追加しても良い。
【0035】
この図6では、参照セルの総和は随時、総和レジスタ25に保存しておき、標本化クロックに同期して参照セルに入ってくる値を加算し、参照セルから出て行く値を減算することで総和レジスタ25を更新する。レーダ装置の電源投入時の初期状態として、シフトレジスタ10のすべてのセル11〜15、および、総和レジスタ25がゼロであるように初期化していれば、加算器4個とレジスタ1個あれば総和演算が実現できる。
【0036】
以上に説明したレンジサイドローブ除去手段(レンジサイドローブ除去回路)はパルス圧縮レーダ装置の信号処理として実装される技術である。本発明のパルス圧縮レーダ装置は、一般のパルスレーダ装置よりパルス幅が長く、かつ、周波数変調したパルスを送信し、受信信号と送信信号に基づく基準信号との相関を求めることによって、小さな送信電力ながら大出力のパルスレーダ装置に相当する探知性能を得るレーダ装置である。本発明のサイドローブ除去手段を組み込んだパルス圧縮レーダ装置をブロック図で描くと図7のようになる。
【0037】
図7において、送信信号は信号発生器101で生成される。信号発生器101はディジタルシンセサイザを用いれば、単なる周波数変調信号だけでなく位相も自由に制御することができる。生成された信号は周波数混合器102によって局部発振器103の発振周波数と混合され、高周波に変換される。周波数変換された高周波信号は電力増幅器104によって増幅され、サーキュレータ105を通って、アンテナ106から送信される。送信された信号は物標によって反射し、アンテナ106で受信される。受信された信号はサーキュレータ105を通り、低雑音増幅器107で受信され、さらに、周波数混合器108によって局部発振器103の発振周波数と混合され、基本周波数帯に変換される。周波数変換された受信信号はAD変換器109によって標本化され、直交検波器110以降でディジタル信号処理される。
【0038】
まず、直交検波器110では、受信信号を互いに位相が90度ずれた2つの信号に分離する。分離された2つの信号は、以降の処理では、一方の信号を複素数の実部、もう一方を複素数の虚部とする一つの複素信号として取り扱う。これら2つのうち、どちらを実部にしてもよいが、習慣的には位相が進んでいる方を実部とすることが多い。また、図7では複素信号は二重矢尻の矢印で表現されている。直交検波された複素信号はパルス圧縮回路111でパルス圧縮をされるが、そのときに用いる圧縮係数は、信号発生器101によって生成する送信信号もしくはそれに基づいて圧縮係数生成器112で生成された係数である。また、パルス圧縮回路111でのパルス圧縮は時間軸における積和演算であってもよいし、周波数軸におけるフーリエ変換の項別積による実現方法でもよい。パルス圧縮の結果は、実部と虚部の自乗和の平方根を絶対値化回路113で計算することによって、各レンジに対応する受信振幅に変換される。この受信振幅が図 1に示したレンジサイドローブをもつため、既に説明したような本発明のレンジサイドローブ除去回路100に入力される。レンジサイドローブが除去された信号は対数変換器114で対数変換され、その結果がDA変換器115によってアナログ信号に変換され、レーダ指示器に伝送される。
【0039】
図8に、本発明のパルス圧縮レーダ装置で、港に停泊した船舶から海を観測した場合の受信信号を信号処理した結果[パルス圧縮後の振幅と減算量]を示している。このパルス圧縮レーダのレーダ諸元は、送信パルス幅;4.8マイクロ秒、チャープの周波数偏移幅;16MHz、標本化周波数;40MHz、である。
【0040】
その実際のレーダ画面を見ると、本発明のレンジサイドローブ除去を行わない場合には、必ずといっていいほど船舶の前後にレンジサイドローブが映っており、さらに、防波堤の前後にもレンジサイドローブが現れ、映像がにじんだようになっている。
【0041】
一方、本発明のレンジサイドローブ除去を行った場合には、船舶の前後に存在したレンジサイドローブが消え、防波堤の前後に存在したレンジサイドローブも消え、その輪郭線がはっきりと確認できるようになった。この処理に関して、ガードセル数Ng=16、参照セル数Nr=392、減算量を計算するための係数は0.77×10-3 (=0.3/Nr)とした。
【0042】
図8(a)は受信信号を信号処理した結果のうち、防波堤と船舶の方向を見た場合の振幅例を示す図であり、図8(b)は陸上の物標の方向を見た場合の振幅例を示している。
【0043】
これらの図8(a)、(b)で、実線がパルス圧縮による振幅 (すなわち、本発明を実施しない場合の振幅) を表し、破線が本発明によって計算された振幅の減算量を表す。図のの横軸がレンジ、縦軸は振幅を対数スケールで表した量である。
【0044】
まず、図8(a) について、レンジ730のピークは防波堤であり、その他3つのピークは船舶である。これらピークには、それよりも35dB〜40dB低いレンジサイドローブが前後に付随している。それに対して、計算された振幅の減算量はレンジサイドローブより大きなレベルとなっており、且つ、物標が存在するレンジでは減算量が低下し、物標振幅が削られる量が抑えられている。本発明のサイドローブレンジ除去の処理をした場合、減算量より小さな信号がゼロとなる。
【0045】
図8(b)について、陸上の物標の振幅である。アルゴリズムの性質上、突出したピークの付近では減算量が大きくなるため、いささか余分に減算している感もあるが、それ以外の場所では減算量がそれほど大きくなることもないので、陸上の映像を著しく消してしまうこともない。
【0046】
本発明では、大きな反射電力をもつ受信信号をパルス圧縮した際に生じるレンジタイムサイドローブの振幅を予測しながら除去することができる。それによって、大型船や近距離の海岸線のにじみをなくし、輪郭がはっきりしたレーダ装置映像を得ることができる。
【0047】
レンジサイドローブを本質的に抑えるのならば、送信波形の振幅を制御する手段が有効であるが、本発明は、送信信号の振幅を制御する回路を特に用いなくてもレンジサイドローブを補正し、鮮明なレーダ装置映像を得ることができる。
【0048】
また、振幅制御したパルス圧縮レーダ装置であっても、パルス圧縮後の物標振幅が雑音より極めて 大きい場合 (60dB以上)には、レンジサイドローブを抑えきれず同様の問題が発生するが、そのような場合に対しても、本発明を補足的に使用することによって鮮明なレーダ装置映像を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】レンジサイドローブ除去の概念を説明する図
【図2】物標信号に影響を及ぼす処理ウインドウの範囲を説明する図
【図3】サイドローブ除去のフローチャート
【図4】サイドローブ除去のための振幅データ配列の例
【図5】シフトレジスタを用いたレンジサイドローブ除去回路の構成を示す図
【図6】シフトレジスタを用いたレンジサイドローブ除去回路の他の構成を示す図
【図7】本発明のパルス圧縮レーダ装置の構成を示す図
【図8】船舶から海を観測した場合の受信信号を信号処理した結果を示す図
【符号の説明】
【0050】
100 レンジサイドローブ除去回路
10 シフトレジスタ
11 注目セル
12,13 ガードセル
14,15 参照セル
20 総和演算部
21〜24加算器
25 総和レジスタ
30 乗算手段
40 減算手段
50 選択出力手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
変調を掛けたパルス状の送信信号を外部に送信し、外部で反射された反射信号を受信信号として受信するとともに、送信信号に基づく基準信号と受信信号との相関処理を行ってパルス圧縮された振幅信号(以下、パルス圧縮信号、という)を得るパルス圧縮レーダ装置において、
レンジ方向に関して物標信号の前後に現れるレンジサイドローブの振幅をパルス圧縮信号に基づいて予測し、予測されたレンジサイドローブの振幅をパルス圧縮信号から減算して、レンジサイドローブを低減するレンジサイドローブ除去手段を有することを特徴とするパルス圧縮レーダ装置。
【請求項2】
前記レンジサイドローブ除去手段は、
中央に1個の注目セル、該注目セルの両側にそれぞれ第1所定数個のガードセル群、該ガードセル群の前記注目セルの反対側にそれぞれ第2所定数個の参照セル群を持つシフトレジスタと、
前記シフトレジスタに一方向から標本化クロックに同期した入力タイミングでパルス圧縮信号を入力し、入力されたパルス圧縮信号を該シフトレジスタ内を上流側から下流側へシフトさせる入力・シフト手段と、
各入力タイミングに同期して前記参照セル群の各セル内に存在するパルス圧縮信号の和を算出する総和演算手段と、
前記総和演算手段のパルス圧縮信号和に、予め設定された係数を乗じて予測サイドローブ振幅を得る乗算手段と、
前記標本化クロックに同期して、前記注目セルに存在するパルス圧縮信号から、前記乗算手段の予測サイドローブ振幅を減算して減算値を得る減算手段と、を有することを特徴とする、請求項1に記載のパルス圧縮レーダ装置。
【請求項3】
さらに、前記減算手段からの減算値が正値である場合はその減算値を出力し、負値である場合にはその減算値に代えて零値を出力する選択出力手段を有することを特徴とする、請求項2に記載のパルス圧縮レーダ装置。
【請求項4】
前記総和演算手段は、
前記注目セルに対して前記シフトレジスタの上流側の参照セル群の最も前記一方向側の参照セルのパルス圧縮信号と総和レジスタに保存された総和値とを加算する第1加算器と、該第1加算器の加算値から前記注目セルに対して前記シフトレジスタの上流側のガードセル群の最も前記一方向側のガードセルのパルス圧縮信号を減算する第2加算器と、該第2加算器の加算値と前記注目セルに対して前記シフトレジスタの下流側の参照セル群の最も前記一方向側の参照セルのパルス圧縮信号とを加算する第3加算器と、該第3加算器の加算値から前記注目セルに対して前記シフトレジスタの下流側の参照セル群の前記一方向とは最も逆側の参照セルを通過したパルス圧縮信号を減算する第4加算器とを有し、
前記第4加算器の加算値であるパルス圧縮信号和を出力するとともに、前記総和レジスタに総和値として保存することを特徴とする、請求項2に記載のパルス圧縮レーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−128278(P2009−128278A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−305624(P2007−305624)
【出願日】平成19年11月27日(2007.11.27)
【出願人】(000004330)日本無線株式会社 (1,186)
【Fターム(参考)】