説明

パンタグラフの摺り板の局所的凹部検知方法及び装置

【課題】 パンタグラフが通過するときのトロリ線の計測を介して、パンタグラフにおける摺り板の損傷凹部を検知する方法及び装置を提供する。
【解決手段】 パンタグラフの摺り板の局所的凹部検知装置は、トロリ線1の水平方向の変位を測定するポテンショメータ30と、測定された水平方向変位を処理・判定する手段35と、を備える。段付摩耗などの局所的凹部によって挙動が変化するトロリ線の水平方向の変位を測定し、測定値の時刻歴波形のうち、一定の時間幅をもって移動する窓に入った波形に関する標準偏差を求め、この標準偏差が所定の閾値を超えたことをもってトロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に段付摩耗などの局所的凹部が生じていると判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パンタグラフの摺り板に発生する段付摩耗や欠け、部分欠落などの局所的凹部を検知する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電気鉄道のパンタグラフの摺り板は、トロリ線と摺動しながら集電している。トロリ線はあるピッチと幅をもって水平方向にジグザグに架設されており、摺り板とトロリ線との摺動位置を摺り板摺動面の長手方向、すなわち線路に垂直な水平方向に分散させている。このようにして、摺り板に局部摩耗が起こらないようにしている。
【0003】
しかしながら摺り板には、この摺動時に、異常なアークの発生など何らかの原因による局所的な欠損や異常な摺動による局部摩耗などが発生する場合がある。このような欠損や摩耗が進むと、摺り板の表面に局所的な凹部が形成される。摺り板の表面に局部摩耗の凹部が存在すると、トロリ線が嵌り込んで、トロリ線のスムーズな左右移動を阻害し、この状態が継続すると、この凹部が、摺り板の他の部分よりも一段低くなった溝(段付摩耗)に発達するおそれがある。
【0004】
このような段付摩耗は、摺り板の破損やトロリ線の切断など、事故につながる危険がある。また、摺り板の部分的な欠けや、分割されている摺り板の一部欠落などが発生した場合にも、上述の段付摩耗と同様の危険がある。なお、これら局所的欠損、局部摩耗、段付摩耗、部分的欠け、一部欠落などの損傷凹部に限らず、何らかの原因により局所的な凹部が形成されたときには、同じ危険が生じる。
したがって、各列車の各パンタグラフについて、このような損傷凹部、あるいは局所的な凹部を検出して対処することが求められる。このためには、パンタグラフの摺り板に存在する局所的な凹部を簡単に検出する損傷凹部検知方法及び装置が必要になる。
【0005】
特許文献1には、走行する列車のパンタグラフ摺り板の厚さを測定する測定装置が開示されている。開示された測定装置は、走行列車を検出すると、CCDカメラでパンタグラフ摺り板の側面を撮影し、取得した画像を画像処理して摺り板エッジと舟体摺り板境界面とを判定し、摺り板厚みを算出するものである。
ただし、太陽光の影響や摺り板の汚れなどによって、舟体と摺り板の境界を判定し損ねる可能性がある。また、舟体との境界面を基準とするので、舟体は平面を有する必要がある。さらに、走行中に撮像した画像について画像処理して判定するので、車両走行速度に制約がある。
【0006】
また、特許文献2には、電車通過時のトロリ線の振動特性に基づいてトロリ線の異常を検出する方法が開示されている。開示された異常検出方法は、架線されているトロリ線の振動が伝わる、たとえば吊具に振動検出センサを設置して、センサ出力を振動特性解析器で解析して振動数を検出し、コンピュータで予め設定された異常のデータと照会してトロリ線の異常の有無を判定する。
【0007】
開示された異常検出方法は、トロリ線の固有振動が、摩耗による断面積の減少や温度変化による引張り強度の変化などの影響を受けることに基づくもので、従来方法では難しかった検知線断線以前の摩耗異常や過温度上昇によるのび異常をも検出することができるようになった。
しかし、開示された異常検出方法は、トロリ線の固有振動測定を用いるが、測定対象はトロリ線自体の異常であって、測定点を通過する車両のパンタグラフ摺り板に関する測定ができるわけではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平09−265524号公報
【特許文献2】特開2003−189404号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであって、パンタグラフが通過するときのトロリ線の計測を介して、パンタグラフにおける摺り板の損傷凹部を検知する方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るパンタグラフの摺り板の損傷凹部検知方法は、パンタグラフが通過するときのトロリ線の振動を測定し、測定値の時刻歴波形について、一定の時間幅をもって移動する窓に入った波形に関する標準偏差、すなわち移動標準偏差を求め、この移動標準偏差が所定の閾値を超えたことをもってトロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に損傷凹部が生じていると判定することを特徴とする。
【0011】
パンタグラフの摺り板に段付摩耗部などの損傷凹部が生じた場合、あるいはさらに一般的に、摺り板の摺動面に局所的な凹部が存在する場合、トロリ線はその凹部に嵌り込む。トロリ線が凹部に嵌り込むと、トロリ線は線路に沿って線路に垂直な水平方向にジグザグになるように配設されているので、車両の進行につれて凹部内を線路に垂直な水平方向に移動する。後に詳細に説明するように、トロリ線が凹部の端まで移動すると、トロリ線は凹部の側壁に押し付けられた後、非摩耗部(平坦部)へ乗り上げるように移行する。この際、トロリ線が凹部の側壁に押圧されていた状態から解放されるので、弦が弾かれたような状態となり、トロリ線は線路に垂直な水平方向に大きく振動する。
【0012】
そこで、トロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を時刻歴波形として測定し、信号処理して移動標準偏差を求める。移動標準偏差は、一定の時間幅において波形の平均値からの偏差の二乗を積算した値の平方根の変化であるため、振動する時刻歴波形の振幅の変化を表すものとなる。したがって、移動標準偏差を評価することによりトロリ線の水平振動の大きさを知ることができる。そこで、移動標準偏差に基づいて、摺り板に段付摩耗などの局所的凹部が発生していることを検知する。
【0013】
なお、トロリ線の剛性は水平方向より上下方向に大きいため、固有振動の基本周波数は上下方向の方が高い。そこで、本発明においては、トロリ線の水平方向変位の時刻歴波形信号を、トロリ線左右振動の低次の固有振動数成分を透過し、かつ、上下振動の固有振動数成分を抑制するように設定されたバンドパスフィルタあるいはローパスフィルタに通し、フィルタを通過した波形信号について、一定の時間幅の波形に関する移動標準偏差を求めることが好ましい。
【0014】
このようなフィルタを設けることにより、トロリ線の上下振動から誘起される水平振動や、トロリ線の各種定数(線密度、張力、引留構造、ハンガ間隔、支柱間隔など)によって発生する高次の水平固有振動を遮断できるので、損傷凹部の検出精度を高めることができる。
【0015】
本発明のパンタグラフ摺り板の損傷凹部検知装置は、トロリ線の水平方向の変位を測定するセンサと、測定された変位について処理・判定する手段と、を備え、処理・判定手段において、変位の時刻歴波形について、一定の時間幅をもって移動する窓に入った波形に関する移動標準偏差を求め、この移動標準偏差が所定の閾値を超えたことをもってトロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に損傷凹部が生じていると判定することを特徴とする。
【0016】
本発明においては、さらに、トロリ線水平振動の低次の固有周波数成分を透過し、かつ、上下振動の固有振動数成分を抑制するように設定されたバンドパスフィルタあるいはローパスフィルタを備えることが好ましい。
なお、線路に垂直な水平方向からセンシングワイヤを伸ばして先端をトロリ線を支持するイヤと接続しトロリ線の水平振動を検知するようにしたポテンショメータを、トロリ線の水平変位を測定するセンサとして利用することができる。
【発明の効果】
【0017】
摺り板に段付摩耗などの損傷凹部が発生した場合、あるいは、摺り板の摺動面に局所的な凹部が存在する場合、トロリ線に水平方向のジグザグが設けられているとすると、摺り板の損傷凹部などの局所的な凹部をトロリ線が水平方向に横切る際に、トロリ線は水平方向に振動する。本発明によれば、トロリ線の水平方向の変位を計測・処理して得た移動標準偏差を判定することにより、所定のトロリ線を通過する車両のパンタグラフ摺り板に損傷凹部などの局所的な凹部が発生したことを検知できる。これにより、損傷凹部などの局所的な凹部の発生を速やかに検知でき、事故や故障を未然に防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態に係る損傷凹部検知装置を模式的に示す図である。
【図2】トロリ線の配設状態の一例を示す図であり、図2(A)は平面図、図2(B)は側面図である。
【図3】パンタグラフの構造の一例を示す図である。
【図4】段付摩耗が発生した摺り板において、トロリ線が凹部から平坦部へ移行する状態を示す図である。
【図5】水平振動の計測結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1には、図の左右斜め方向に水平に延びるトロリ線1が図示されている。トロリ線1には、パンタグラフの摺り板21が下方から押し付けられながら摺動する。また、このトロリ線1を支えるため、線路に沿って立てられた支柱2が図示されている。支柱2には、線路と直交する方向に延びるアーム3が碍子4を介して取り付けられており、このアーム3には吊架線5が懸けられている。トロリ線1は、この吊架線5に所定の間隔で設けられたハンガ6によって吊り下げられている。トロリ線1は、ハンガ6の下端部に設けられたイヤ7で両側から挟むようにして支持されている。
【0020】
また、トロリ線1は、図2に示すように、平面内において、所定の位置で屈曲するように曲線引き金具(図示せず)によって支持されており、全体としてレール方向において線路に垂直な水平方向にジグザグになるように配線されている。一般に、水平方向の偏位幅Wは400〜500mm程度であり、ジグザグの周期は80〜300m程度である。
【0021】
図3を参照しつつパンタグラフや摺り板の構造の概要を説明する。
パンタグラフは、電車車両20の屋根に碍子23を介して設置された台枠24に搭載されている。パンタグラフは、トロリ線1に押し付けられる舟体25と、この舟体25を台枠24に昇降可能に支持する枠組26を有する。舟体25は、枠組26の上端に取り付けられた舟支え28に復元バネ27により支持されている。舟体25の上面には、摺り板21が支持されている。摺り板21は、復元バネ27の弾性力でトロリ線1に押し付けられながら、トロリ線1を摺動する。
【0022】
次に、図4を参照して、摺り板に段付摩耗などの損傷凹部が発生している場合のトロリ線の挙動を説明する。以下では、損傷凹部の一つとして段付摩耗を例にとって説明する。
この図はトロリ線に垂直な面で切断した断面図であり、摺り板21に段付摩耗部(凹部)21bが生じ、その凹部21b内にトロリ線1が嵌り込んでいる状態を示す。前述の様に、線路に沿って延設されているトロリ線1は線路に垂直な水平方向にジグザグになるように配設されているので、車両の進行に従って凹部21b内を水平の1方向に移動する。この際、トロリ線1が凹部21bの端まで移動すると、トロリ線1は凹部21bの側壁に押し付けられる。さらに同方向へ移動すると、ついには、トロリ線1が凹部21bから非摩耗部(平坦部)21aへ乗り上げるように移行する。この際、トロリ線1が凹部21bの側壁に押圧されていた状態から一挙に解放されるので、弦が弾かれたような状態となり、トロリ線1は水平方向に大きく振動する(図5を参照しつつ後述する)。
そこで、トロリ線の水平振動の大きさを測定することにより、段付摩耗の発生が検知できる。
【0023】
再度図1を参照して説明する。
本発明では、トロリ線1の水平振動を計測するために、一本の支柱2にポテンショメータ(測定センサ)30を取り付ける。ポテンショメータ30とは、回転角を電圧値に変換するセンサである。
たとえば、ポテンショメータ30はワイヤ伸張タイプのストロークセンサであって、回転軸に取り付けられ常時引っ張り力が作用するセンシングワイヤを備え、センシングワイヤを伸ばしてワイヤ先端を被測定物に繋ぐと、被測定物の変位がセンシングワイヤの巻き取り量に変換され、巻き取り量が出力電圧に変換されて、変位測定ができる。なお、このタイプのポテンショメータでは、センシングワイヤの展張方向に垂直な方向の変位に対してほとんど感度を有しない。
【0024】
ポテンショメータ30を移動する物体に取り付けると、物体の移動が回転軸に伝えられ、その回転角の変化によって抵抗値が変化し、抵抗値の変化を電圧に変換することで物体の移動量を測定することができる。
ポテンショメータ30の本体は、トロリ線1を挟持するイヤ7とセンシングワイヤである絶縁ワイヤ31を介して接続されている。絶縁ワイヤ31の繰り出し量は、トロリ線1の水平方向の変位に対応する。これにより、トロリ線1の線路に垂直な水平方向の移動量がポテンショメータ30に伝えられ、ポテンショメータ30のセンシングワイヤの繰り出し量からトロリ線1の水平変位が測定される。
ポテンショメータ30の出力は、有線33又は無線によってデータ処理装置35に送られる。
【0025】
図4に示した、トロリ線1が摺り板21の凹部21bから平坦部21aへ移行した場合には、前述の様にトロリ線1は水平方向に振動する。詳しくは後述するが、たとえば、図5(A)に例示したトロリ線水平変位のグラフでは、時間90秒付近から変位量が徐々にプラス方向に上昇し、ある時点で急激にマイナス方向に振れた後、徐々に減衰しながら変位ゼロに接近する。この変位量の変化は絶縁ワイヤ31を介してポテンショメータ30で計測されて、処理判定装置35に送られる。処理判定装置35ではこの変位量計測値を以下のように処理することにより、トロリ線の水平変位量に基づいて損傷凹部の有無を判定する。
【0026】
トロリ線の水平方向の変位をトロリ線の水平振動に係る低次の固有周波数に対して十分高いサンプリング周波数で計測し、その時刻歴波形のうち、一定の時間幅Tの移動窓に含まれる波形に対して標準偏差を算定して移動標準偏差を求め、この移動標準偏差が所定の閾値を超えた場合に、摺り板に段付摩耗が発生していると判定する。
標準偏差は、時間幅Tに含まれる測定値と時間幅T間の平均値の差を二乗して積算し時間幅で割って求めるものであるから、時間幅Tに含まれる波形における振幅平均値に対応する。
【0027】
したがって、水平振動の振動幅が大きくなれば標準偏差が大きくなるので、標準偏差に基づいてトロリ線が激しく振動したところを検知することができる。また、この標準偏差は、トロリ線が凹部通過で励振された後、比較的遅くまで残留する固有振動成分における往復運動を確実に検出することができる。
また、時間幅Tより長い周期の変動は、標準偏差算定の過程で平均値との偏差を算定することにより相殺され、評価の対象にならない。したがって、時間幅Tを適宜に選択することにより、低周波数のノイズ成分を除去することができる。
【0028】
一定の時間幅Tに対する波形y(t)の移動標準偏差(S(t))は次式で表わされる。
【数1】

【数2】

【0029】
なお、計測された水平変位の時刻歴波形に対してバンドパスフィルタもしくはローパスフィルタと通過させることもできる。このフィルタは、トロリ線の水平振動における低次の固有振動数成分を透過させ、かつ、上下振動の固有振動数を抑制するように設計されたものを使用する。このフィルタでろ波された波形の、一定時間幅Tに対する移動標準偏差を求め、この値が所定の閾値を超えた場合に摺り板に段付摩耗などの局所的な凹部が発生していると判定する。
【0030】
特に車両の走行速度が速い場合には、このようなフィルタ処理が有効である。車両の走行速度が速い場合は、正常な摺り板であってもトロリ線の上下振動が発生する。そして、この上下振動によりトロリ線の水平振動が誘起されノイズとなるので、この成分をフィルタで遮断することによって段付摩耗等の損傷凹部の検出精度を高めることができる。また、トロリ線の各種定数(線密度、張力、引留構造、ハンガ間隔、支柱間隔など)によって発生する、水平方向のより高次の固有振動数成分を遮断することもできる。
【0031】
トロリ線の上下振動成分は架線の構成により異なるので、測定に使用するトロリ線について実地試験により予め求めておいて、解析対象になる変位波形信号から上下振動に誘発される水平振動のノイズ成分を除去するように、フィルタを設定するようにしてもよい。
【0032】
また、バンドパスフィルタもしくはローパスフィルタは、トロリ線の固有振動を選択的に残し、他の振動成分を減衰させるように設定されたものであってもよい。
トロリ線は、摺り板の凹部で弾かれた後には、摺り板の摺動面に擦られるが、基本的にはトロリ線のジグザグのスパンを画定する2本のアーム3を支点とする弦として、スパン間距離とトロリ線の剛性で決まる固有振動数で振動する。
したがって、この固有振動数成分を透過するフィルタを適用して、上下振動などのノイズ成分を除去した測定信号について解析することができる。
【0033】
次に図5を参照して計測例を説明する。
この例では、段付摩耗と同様の凹部を形成した摺り板を搭載した試験車両を使用し、この凹部をトロリ線が線路に垂直な水平方向に摺動するような状況下で試験車両を走行させた。そして、前述の方法でポテンショメータと処理判定装置を用いてトロリ線の水平振動を計測した。ポテンショメータとしては、この例では、DP-500C(株式会社東京測器研究所社製)を使用し、サンプリング周波数は2kHzである。
【0034】
図5は観測結果の一例を示したものである。
左上のグラフ(A)は、ポテンショメータで計測された水平変位量の変化を示すグラフである。縦軸は変位量(mm)、横軸は時間(秒)を表す。
右上のグラフ(B)は、グラフ(A)の測定データ(水平変位量)の時間幅T(2.4秒)に対する移動標準偏差を示すグラフである。縦軸は移動標準偏差、横軸は時間(秒)である。
左下のグラフ(C)は、グラフ(A)の測定データ(水平変位量)に対してバンドパスフィルタ(0.4〜1Hz)に通した後のグラフである。縦軸は変位量(mm)、横軸は時間(秒)である。
右下のグラフ(D)は、グラフ(C)の測定データ(水平変位量)の時間幅T(2.4秒)に対する移動標準偏差を示すグラフである。縦軸は移動標準偏差、横軸は時間(秒)である。
【0035】
左上のグラフ(A)から分かるように、変位量の計測値は、横軸に示す時刻90秒付近から徐々にプラス方向に大きくなり、時刻105秒付近でいったん急激にマイナス方向に振れた後、振動しながら、徐々に減衰して変位ゼロに接近している。このプラス方向最大値からマイナス方向に急激に振れた時点で、トロリ線が凹部から平坦部に乗り上がって移行している。
【0036】
そして、この計測値の移動標準偏差である右上のグラフ(B)から分かるように、移動標準偏差は時刻104秒付近にピークを有する。つまり、トロリ線が凹部から平坦部に移行した辺りでピークとなっている。
この結果から、一例として、トロリ線の水平変位量の時間幅T(この例では2.4秒)に対する移動標準偏差がたとえば0.4[mm]を超えた場合に、摺り板に段付摩耗などの局所的凹部が発生していると判定できる。
【0037】
一方、バンドパスフィルタを通過させた変位量は、左下のグラフ(C)から分かるように、時刻90秒付近からのトロリ線の水平変位量増大期においてもゼロ付近で振動しているが、振動時刻104秒付近から急激に大きくプラスマイナス方向に振動し始め、その後徐々に減衰している。そして、この変位量の移動標準偏差である右下のグラフ(D)から分かるように、移動標準偏差は、右上のグラフと同様に、時刻104秒付近にピークを有する。
この結果から、一例として、トロリ線水平変位量の測定値の時刻歴波形をバンドパスフィルタ(0.4〜1Hz)に通して得られる波形の時間幅T(この例では2.4秒)に対する移動標準偏差がたとえば0.2[mm]を超えた場合に、摺り板に段付摩耗などの局所的凹部が発生していると判定できる。
【0038】
ポテンショメータは、所定の計測区域内に1ヶ所設けても、複数ヵ所に設けてもよい。
【符号の説明】
【0039】
1 トロリ線 2 支柱
3 アーム 4 碍子
5 吊架線 6 ハンガ
7 イヤ
20 電車車両 21 摺り板
23 碍子 24 台枠
25 舟体 26 枠組
27 復元バネ 28 舟支え
30 ポテンショメータ 31 絶縁ワイヤ
33 信号線 35 データ処理装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を測定し、
測定値の時刻歴波形のうち、一定の時間幅の移動窓に含まれる波形に対して標準偏差を求め、
該標準偏差が所定の閾値を超えたことをもって前記トロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に局所的凹部が生じていると判定することを特徴とするパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知方法。
【請求項2】
トロリ線の水平方向の変位の時刻歴波形を、トロリ線水平振動の低次の固有振動数成分を透過し、かつ、上下振動の固有振動数成分を抑制するように設定されたバンドパスフィルタあるいはローパスフィルタに通し、
該フィルタを通過した、一定の時間幅の移動窓に含まれる波形に対して標準偏差を求めることを特徴とする請求項1に記載のパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知方法。
【請求項3】
トロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を測定するセンサと、
測定された変位を処理・判定する手段と、
を備え、
前記処理・判定手段において、前記変位の時刻歴波形のうち、一定の時間幅の移動窓に含まれる波形に対して標準偏差を求め、
該標準偏差が所定の閾値を超えたことをもって前記トロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に局所的凹部が生じていると判定することを特徴とするパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知装置。
【請求項4】
さらに、前記トロリ線水平振動の低次の固有振動数成分を透過し、かつ、上下振動の固有振動数成分を抑制するように設定されたバンドパスフィルタあるいはローパスフィルタを備えることを特徴とする請求項3に記載のパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知装置。
【請求項5】
前記センサは、常時引っ張り力が作用するセンシングワイヤを備え、センシングワイヤの先端を被測定物に繋ぐと、被測定物の変位がセンシングワイヤの巻き取り量に変換され、巻き取り量が出力電圧に変換されて変位測定ができる、ワイヤ伸張タイプのポテンショメータであることを特徴とする請求項3または4に記載のパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−244663(P2011−244663A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−117041(P2010−117041)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【出願人】(390021577)東海旅客鉄道株式会社 (413)
【Fターム(参考)】