説明

ヒト成体幹細胞のインスリン分泌細胞への分化誘導方法

【課題】ヒトの1型糖尿病を治療できる細胞治療剤を開発するために、成体幹細胞を利用したインスリン分泌細胞への分化誘導方法を提供する。
【解決手段】目の皮下脂肪組織から分離した幹細胞をインスリン分泌効率が優れたインスリン分泌に分化を誘導する方法において、培養液内のブドウ糖濃度を高濃度から低濃度に順次的に処理し、培養液にB27補充剤、線維芽細胞成長因子−2、上皮細胞成長因子、ニコチンアミド、グルカゴン様ペプチド、アクチビンA、インスリン様成長因子、βセルリンのようなサイトカインと成長因子を2段階または4段階で処理する培養法を使用することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成体幹細胞のインスリン分泌細胞への分化誘導方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1型糖尿病はインスリン依存型糖尿病であり、インスリンを分泌する膵臓のβ細胞が自己免疫反応により破壊されて、体内インスリンの不足により由来する疾病である。インスリンは我々の体で血液内にある糖の恒常性(ホメオスタシス)を維持する作用をし、インスリンが生産できない場合、血液内の糖の濃度が高くなり、腎臓、神経、網膜などのような様々な臓器の機能を損傷させる合併症を誘発する。1型糖尿病の治療には、持続的にインスリン注射を打つか、他の人の膵臓やβ細胞の移植を受けるなどの方法があるが、前者の場合、根本的な治療法とはならず、一生注射しなければならないという苦痛を伴い、その効果もやはり持続的ではない。更に、後者の場合も他人の膵臓を移植する手術が必要であるため、組織の使用において多くの制限を持っており、再発する自己免疫反応により、移植された細胞が再び破壊されるという限界を持っている。最近多くの研究が幹細胞を利用した細胞治療剤の開発に重点をおいており、代表的な幹細胞としては、胚芽幹細胞と成体幹細胞を挙げることができる。胚芽幹細胞は体外でインスリンを分泌する細胞に分化が可能であり、この細胞を糖尿のネズミに移植した場合、高血糖を治療することができるという研究報告がされている[非特許文献1及び2]。しかし、胚芽幹細胞は、臨床適用において移植した場合、癌が発生し得るという大きな短所を持っている[非特許文献3]。
【0003】
現在まで外胚葉起源前駆細胞からインスリンを発現する細胞に分化が可能であるという報告[非特許文献4]と、膵管細胞から由来する上皮細胞が膵臓の島のような構造に分化が可能であったという報告[非特許文献5]がされている。しかし、前者の場合、神経球細胞株を使用して分化を誘導して、ウシのインスリンを培養液に添加したため、その効率性の立証が困難であり、後者の場合、管組織から得ることができる幹細胞の量が極めて制限的であるという短所がある。特に、胚芽幹細胞の場合、インスリンが含まれている培養液で分化を誘導する場合、分泌されたインスリンは培養液にあるインスリンを吸収して再び出すという報告があり、この事実はこのような細胞がインスリンが分泌されるときに共に分離されるC−ペプチドを分泌しないということが立証された[非特許文献6及び7]。従って、最近多くの研究が培養液にインスリンを添加せずに分化を誘導する方法を試みており、現在まで下記表1のように、最近インスリン様成長因子やβセルリンを分化培養液に添加して分化を誘導したという報告もある。しかし、胚芽幹細胞の場合、先に言及したように、倫理的問題と癌が発生し得るため、治療の目的として使用することは困難であり、皮膚から由来する線維芽細胞を利用して万能性幹細胞を誘導したり、中間葉幹細胞を利用して分化を試みているが、インスリンとC−ペプチドの分泌量が著しく低い。
【0004】
【表1】

1) Jiang J, Au M, Lu K, Eshpeter A, Korbutt G, Fisk G, Majumdar AS (2007) Generation of insulin-producing islet-like clusters from human embryonic stem cells Stem Cells 25, 1940-1953
2) Tateishi K, He J, Taranova O, Liang G, D'Alessio AC, Zhang Y(2008) Generation of insulin-secreting islet-like clusters from human skin fibroblasts.J Biol Chem. doi/10.1074/jbc.M806597200
3) Li L, Li F, Qi H, Feng G, Yuan K, Deng H, Zhou H. (2008) Coexpression of Pdx1 and betacellulin in mesenchymal stem cells could promote the differentiation of nestin-positive epithelium-like progenitors and pancreatic islet-like spheroids.Stem Cells Dev.17, 815-823
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Fujikawa T, Oh SH, Pi L, Hatch HM, Shupe T, Petersen BE (2005) Teratoma formation leads to failure of treatment for type I diabetes using embryonic stem cell-derived insulin-producing cells. Am J Pathol 166, 1781-1791
【非特許文献2】D'Amour KA, Bang AG, Eliazer S, Kelly OG, Agulnick AD, Smart NG, Moorman MA, Kroon E, Carpenter MK, Baetge EE (2006) Production of pancreatic hormone-expressing endocrine cells from human embryonic stem cells. Nat Biotechnol 24,1392-1401
【非特許文献3】Kroon E, Martinson LA, Kadoya K, Bang AG, Kelly OG, Eliazer S, Young H, Richardson M, Smart NG, Cunningham J, Agulnick AD, D'Amour KA, Carpenter MK, Baetge EE (2008) Pancreatic endoderm derived from human embryonic stem cells generates glucose-responsive insulin-secreting cells in vivo. Nat Biotechnol 26, 397-398
【非特許文献4】Hori Y, Gu X, Xie X, and Kim SK. (2005) Differentiation of insulin-producing cells form human neural progenitor cells. PLOS. Med. 2, 103
【非特許文献5】Bonner-Weir S, Taneja M, Weir GC, .Tatarkiewicz K, Song KH, Sharma A and O'Neil JJ (2000) In vitro cultivation of human islets from expanded ductal tissue. Prod Natl Acad Sci 97, 7999-8004
【非特許文献6】Rajagopal J, Anderson WJ, Kume S, Martinez OI, and Melton DA (2003) Insulin staining of ES cell progeny from insulin uptake. Science 299, 363
【非特許文献7】Hansson M, Tonning A, Frandsen U, Petri A, Rajagopal J, Englund MC, Heller RS, Hakansson J, Fleckner J, Skold HN, melton K, Semb H, and Serup P (2004) Artifactual insulin release from differentiated embryonic stem cells. Diabetes 53, 2603-2609
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明の発明者は、ヒトの1型糖尿病を治療できる細胞治療剤を開発するために、ヒトの成体幹細胞を材料として体外培養時に培養液内のブドウ糖の濃度を異にして順次的に処理し、β細胞への分化に効果的であると知られた様々なサイトカインと成長因子を選択して処理することにより、高い効率でインスリンを分泌することができる細胞への分化を誘導する方法を開発することで本発明を完成するに至った。
【0007】
従って、本発明の目的は、ヒトの成体幹細胞を利用してインスリン分泌細胞への分化誘導方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は大きく2種類の実験に分けて見ることができ、1番目の実験はインスリン様成長因子を添加して分化に効果的であるかを調べた結果であり、2番目の実験はアクチビンAの代りにβセルリンが分化に及ぼす影響を調べた結果である。
【0009】
まず、第1の発明は、
ヒトの成体幹細胞を体外でインスリン分泌細胞への分化を誘導する際、
20〜30mMのブドウ糖濃度を有する高ブドウ糖培養液に、5〜20%のウシ胎仔血清、1〜10nMのアクチビンA、5〜20nMのグルカゴン様ペプチド及び10〜30ng/mLの線維芽細胞成長因子−2を添加して4〜10日間、第1段階培養した後、
4〜7mMのブドウ糖濃度を有する低ブドウ糖培養液に、5〜20%のウシ胎仔血清、5〜20mMのニコチンアミド、1〜10nMのアクチビンA、5〜20nMのグルカゴン様ペプチド及び10〜100ng/mLのインスリン様成長因子を添加して10〜20日間、第2段階培養するインスリン分泌細胞への分化誘導方法をその特徴とする。
【0010】
本発明を更に詳しく説明すると、ヒトの成体幹細胞の一種である目の皮下脂肪組織から分離した幹細胞を分化誘導培養液で培養させるが、培養液内のブドウ糖濃度を高濃度から低濃度に処理し、培養液に線維芽細胞成長因子−2、ニコチンアミド、グルカゴン様ペプチド、アクチビンA、インスリン様成長因子のようなサイトカインと成長因子を添加することにより、1型糖尿病治療のためのインスリン分泌細胞へ分化させる方法に関するものである。
【0011】
本発明は2段階培養法を使用して、3群に分けてその効果を試験した。
第1の群(対照群)は、第1段階でブドウ糖の濃度が20〜30mMである培養液に、ニコチンアミド、アクチビンA、グルカゴン様ペプチド(NAG)を4〜10日間処理し、第2段階でブドウ糖濃度が4〜7mMである培養液に同一濃度のサイトカインを処理して10〜20日間培養[NAG群]するが、これは大韓民国特許出願2007−44663号(2007年5月、以下、特許文献1)に公開した培養条件である。
第2の群は、第1段階ではブドウ糖の濃度が20〜30mMである培養液にウシ胎仔血清、アクチビンA、線維芽細胞成長因子−2、グルカゴン様ペプチドなどのサイトカインと成長因子を混合して4〜10日間処理し、第2段階ではブドウ糖の濃度が4〜7mMである培養液にウシ胎仔血清、ニコチンアミド、アクチビンA、グルカゴン様ペプチド、インスリン様成長因子−1のようなサイトカインと成長因子を混合して10〜20日間処理する[NAGI1群]。
最後に、第3の群は、第2の群と第1段階は同様に処理し、第2段階ではインスリン様成長因子−1の代りにインスリン様成長因子−2を処理して[NAGI2]、分化を誘導した。
【0012】
更に、第2の方法は、
分化に効果的であると知られたBTC(βセルリン)と血清補充剤のうちの1種であるB27補充剤を使用してインスリン分泌効率性が高い分化条件を開発した(実施例17)。
【0013】
ブドウ糖の濃度が20〜30mMである培養液(高濃度ブドウ糖培養液)にB27補充剤、線維芽細胞成長因子−2、上皮細胞成長因子を添加して1〜7日間培養した後、同一濃度のブドウ糖の培養液に、ウシ胎仔血清、アクチビンA、線維芽細胞成長因子−2、グルカゴン様ペプチド−1が添加された培養液で1〜7日間培養する。
【0014】
次の段階では、ブドウ糖の濃度が4〜7mMである培養液(低濃度ブドウ糖培養液)にウシ胎仔血清、アクチビンA、線維芽細胞成長因子−2、グルカゴン様ペプチド−1のようなサイトカインと成長因子を混合して1〜7日間培養した後、最終段階で4〜7mMである培養液にウシ胎仔血清、ニコチンアミド、グルカゴン様ペプチド−1、βセルリンを添加して10〜20日間培養する4段階培養法を含む。
【0015】
このとき、前記培養液はDMEM(ダルベッコ変法イーグル培地)またはDMEM/F12(DMEMとNutrient mixture F−12の1:1混合培養液)であるものが好ましい。
【0016】
本発明によるインスリン分泌細胞の分化誘導過程を詳しく説明すると次の通りである。
【0017】
目の皮下脂肪由来の幹細胞は、成形外科的施術で得られる目の皮下部位及び頬部位の脂肪を各々タイプIのコラゲナーゼで30分間37℃で反応させた後、遠心分離して細胞沈殿層を得てウシ胎仔血清が添加された培養液で培養する。
【0018】
得られた幹細胞を15〜30日間分化誘導培養液で培養するが、コラーゲンが塗布されている培養皿で、最初の4〜10日間は高ブドウ糖培養液に5〜20%のウシ胎仔血清、5〜20nMのグルカゴン様ペプチド、1〜10nMのアクチビンA、10〜30ng/mLの線維芽細胞成長因子−2を添加して培養する。4〜10日後、低ブドウ糖培養液に5〜20%のウシ胎仔血清、5〜20mMのニコチンアミド、5〜20nMのグルカゴン様ペプチド、1〜10nMのアクチビンA、10〜100ng/mLのインスリン様成長因子を添加する培養液に10〜20日間培養する。
【0019】
15〜30日間培養した後、低濃度のブドウ糖培養液にウシ血清アルブミン(BSA)を添加し知恵10〜15時間処理する。10〜15時間後、高濃度のブドウ糖培養液に2時間露出させた後、培養液を得てインスリン酵素免疫化学法を通してインスリンとC−ペプチドがどれだけ分泌されたかを調べた。その結果、本発明で発見した分化条件が分化を誘導しなかった群(対照群)よりインスリンとC−ペプチドの分泌量が増加し、既存の特許文献1のNAG群と比較してみたとき、インスリン様ペプチド−1を添加した群(NAGI1群)には効果がなかったが、インスリン様ペプチド−2を添加した群(NAGI2群)ではインスリンが約8倍、C−ペプチドは約6倍も増加した。また、効果が最も良かった群であるインスリン様ペプチド−2を添加して培養した細胞を得て、遺伝子発現様相を調べた結果、膵臓β細胞の特異的遺伝子として知られたND(Neuro D1)、PC(prohormone convertase)1/3、PC2、NGN(neurogenin)3、Glut(Glucose trasporter)1、Glut2、pax4、pdx1などのような遺伝子が第1段階培養液で分化を誘導した後、発現し始め、nkx6−1、インスリンは第2段階培養液で分化を誘導した後、発現された。この細胞を利用して細胞免疫化学染色法を行った結果、細胞内のCK19、プロインスリン、インスリン、C−ペプチドタンパク質が全て発現し、β細胞に特異的な染色法で知られた、ジチゾン染色にも強力に染色された。
【0020】
結論的に本発明で使用したインスリン分泌細胞への分化方法は、培養液にインスリンを添加せずに2段階培養法を利用して、第1段階では高濃度のブドウ糖濃度に線維芽細胞成長因子−2、アクチビンA、グルカゴン様ペプチドを添加して分化を誘導した後、低濃度のブドウ糖濃度にニコチンアミド、アクチビンA、グルカゴン様ペプチド、インスリン様成長因子−2を処理して培養する培養法を明らかにし、本培養法は特許文献1のNAG群より効果的にインスリンを分泌することができる方法と言える。
【0021】
一方、2番目の実験結果である次のような培養法も効果的であるインスリン分泌方法として本発明に含まれる。
【0022】
20〜30mMのブドウ糖濃度を有する高ブドウ糖培養液に、0.5X〜4X B27補充剤、10〜30ng/mLの線維芽細胞成長因子−2、10〜30ng/mLの上皮細胞成長因子を添加して1〜7日間培養した後、同一のブドウ糖濃度に5〜20%のウシ胎仔血清、1〜10nMのアクチビンA、5〜20nMのグルカゴン様ペプチド及び10〜30ng/mLの線維芽細胞成長因子−2を添加して1〜7日間培養し、
4〜7mMのブドウ糖濃度を有する低ブドウ糖培養液に、5〜20%のウシ胎仔血清、1〜10nMのアクチビンA、5〜15nMのグルカゴン様ペプチド及び10〜30ng/mLの線維芽細胞成長因子−2を添加して1〜7日間培養した後、同一濃度のブドウ糖培養液に、5〜20%のウシ胎仔血清、1〜20nMのニコチンアミド、1〜10ng/mLのβセルリン、5〜20nMのグルカゴン様ペプチドを添加して10〜20日間培養する。
【0023】
前記のように、βセルリンを添加した培養群(BTC)はインスリンが約6倍、C−ペプチドは約6倍増加した。
【0024】
従って、3日間ウシ胎仔血清の代りにB27補充剤を添加した後、アクチビンAの代りにβセルリンを添加する方法もやはり、NAG群より効果的にインスリンを分泌することができる方法と言える。
【発明の効果】
【0025】
本発明はヒトの成体幹細胞から由来する幹細胞をインスリン分泌細胞に分化させるための培養液組成とこの培養液を利用した分化方法に関し、これは特許文献1のNAG群よりインスリンとC−ペプチドの分泌量が7〜8倍程度優れているという点で1型糖尿病を治療することができる細胞治療剤としての効能が非常に優れることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】ヒトの目の皮下脂肪由来の幹細胞を利用して3週間インスリン分泌細胞への分化を誘導した後の細胞の形状である。
【図2】ヒトの目の皮下脂肪由来の幹細胞を利用して3週間インスリン分泌細胞への分化を誘導し、25mMブドウ糖が添加された培養液に2時間露出させた後、この培養液を得てインスリンに対する酵素免疫化学測定を行った結果を示すグラフである。
【図3】ヒトの目の皮下脂肪由来の幹細胞を利用して3週間インスリン分泌細胞への分化を誘導し、25mMブドウ糖が添加された培養液に2時間露出させた後、この培養液を得てC−ペプチドに対する酵素免疫化学測定を行った結果を示すグラフである。
【図4】ヒトの目の皮下脂肪由来の幹細胞を利用して3週間インスリン分泌細胞への分化を誘導し、インスリンとプロインスリン、CK19、C−ペプチドに対する抗体を使用して免疫細胞化学的な方法で細胞内のタンパク質の存在可否を調べたものである。
【図5】ヒトの目の皮下脂肪由来の幹細胞を利用して3週間インスリン分泌細胞への分化を誘導し、同細胞のβ細胞特異遺伝子の発現の様相を調べた図である。
【図6】ヒトの目の皮下脂肪由来の幹細胞を利用して3週間インスリン分泌細胞への分化を誘導し、インスリンを分泌するβ細胞のみを選択的に染色するジチゾン染色を行ったものである。
【図7】ヒトの目の皮下脂肪由来の幹細胞を利用して3週間インスリン分泌細胞への分化を誘導し、25mMブドウ糖が添加された培養液に2時間露出させた後、この培養液を得てインスリンに対する酵素免疫化学測定を行った結果を示すグラフである。
【図8】ヒトの目の皮下脂肪由来の幹細胞を利用して3週間インスリン分泌細胞への分化を誘導し、25mMブドウ糖が添加された培養液に2時間露出させた後、この培養液を得てC−ペプチドに対する酵素免疫化学測定を行った結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、下記実施例を基に本発明を詳細に記述するが、本発明の範囲をこれら実施例により限定するわけではない。
【0028】
実施例1:幹細胞の分離
成形外科的施術で得られるヒトの目の皮下脂肪を患者の同意の下、寄贈してもらい、0.075%のタイプ1のコラゲナーゼ溶液で30分間37℃で反応させた後、ウシ胎仔血清が添加された培養液をコラゲナーゼと同量で処理して、酵素の活性を中性化させた。遠心分離して細胞沈殿層を得て培養液で2度洗浄した後、10%ウシ胎仔血清が添加された培養液(DMEM−LG)で培養した。
【0029】
実施例2:幹細胞の培養
得られた幹細胞を21日間分化誘導培養液で培養した。即ち、コラーゲンがコーティングされている48−ウェル培養皿に5×103cells/ウェルの濃度で細胞を入れた後、最初の7日間は25mMブドウ糖が添加された培養液(高ブドウ糖培養液、DMEM−HG)に10%ウシ胎仔血清、4nMアクチビンA、10nMグルカゴン様ペプチド、20ng/mL線維芽細胞成長因子−2を添加して培養した。1週間後、5.5mMブドウ糖濃度を有する低ブドウ糖培養液(DMEM−LG)に10%ウシ胎仔血清、10mMニコチンアミド、4nMアクチビンA、10nMグルカゴン様ペプチド、50ng/mLインスリン様成長因子−1またはインスリン様成長因子−2を添加して14日間培養した。培養液は3〜4日間隔で換えてやった。3週間の培養後、インスリンを分泌する細胞に分化されたかを次のような方法で確認した。
【0030】
実施例3:分化後の細胞の形状の変化
ヒトの目の皮下脂肪から幹細胞を分離して培養した後、細胞の形状変化を顕微鏡で観察した結果、成長因子やサイトカインが全く添加されなかった増殖培養液で培養した目の皮下脂肪組織由来の幹細胞は本来の形を維持していたが、ニコチンアミドとアクチビンA、グルカゴン様ペプチドまたはインスリン様成長因子−1、−2などのサイトカインを処理した群では、細胞の形状が丸く変化したことを観察することができた(図1)。特に、分化を誘導した後、3週目になると、細胞の形状が丸く変わり細胞の塊が形成されるのが観察された。
【0031】
実施例4:インスリン及びC−ペプチドの分泌確認
前記3週間培養した後、低ブドウ糖培養液に0.5%ウシ血清アルブミンを添加して12時間処理した。その後、高ブドウ糖培養液に2時間露出させ、培養液を得てインスリン酵素免疫化学測定法を利用してインスリンの分泌量を測定した(図2)。更に、インスリンが分泌される時に共に分離されて分泌されるC−ペプチドを免疫化学測定法を利用して測定した(図3)。インスリンとC−ペプチド酵素免疫化学測定法はスウェーデンのMercodia社のキットを使用し、ヒトのインスリンとC−ペプチドがコーティングされている96−ウェルプレートに濃度が知られている標準溶液と前記で得た培養液を各々25mLずつ入れた後、インスリンとC−ペプチド抗体を入れて1時間反応させた。その後、TMB基質溶液を入れ30分間反応させた後、吸光度を測定してインスリンとC−ペプチドの量を測定した。
その結果、分化を誘導しなかった細胞に比べ、本発明で開発した2段階培養法を使用して分化を誘導した群でインスリンとC−ペプチドが分泌され、特にインスリン様ペプチド−2が添加された群(NAGI2群)ではNAG郡に比べてインスリンは約8倍、C−ペプチドは約6倍の量が分泌された。
【0032】
実施例5:インスリン分泌細胞の特異タンパク質の発現
ヒトの目の皮下脂肪組織から由来した幹細胞を酵素免疫化学測定法により最も効果的な培養法として知られているインスリン様ペプチド−2が添加された培養液を使用してインスリン分泌細胞に分化誘導した後、CK19、インスリン、C−ペプチドそしてプロインスリン、細胞の外に分泌される前、完全なインスリンに分離されなかったタンパク質の細胞内発現程度を免疫細胞化学法を利用して調査した(図4)。免疫細胞化学法は、3週間分化を誘導した後、高濃度のブドウ糖に2時間露出させた細胞を4%パラホルムアルデヒドを利用して4℃で90分固定し、リン酸緩衝液で3度洗浄した。細胞内に存在する内因性ペルオキシダーゼを除去するために、10分間3%過酸化水素で処理し、再びバックグラウンド信号を遮断するために、2%のウシ血清アルブミンが添加されたリン酸緩衝液で室温で60分間反応させた。その後、各々ヒトのCK19(1:400)、C−ペプチド(1:500)、インスリン(1:500)そしてプロインスリン(1:500)タンパク質に特異的に反応する1次抗体が希釈されたリン酸緩衝液を利用して4℃で反応させた。陰性対照群の場合、1次抗体の代りにリン酸緩衝液のみを入れた。12時間後、ビオチンが結合された2次抗体と過酸化水素が結合されたストレプトアビジンを各々20分ずつ処理した後、3,3'−ジアミノベンジジン(DAB)を使用して発色させた。その結果、ニコチンアミドとアクチビンA、グルカゴン様ペプチド、インスリンそしてプロインスリンタンパク質全てが細胞内で明らかに発現が増加することを観察した(図4)。
【0033】
実施例6:インスリン分泌細胞の特異遺伝子の発現
ヒトの目の皮下脂肪から由来する幹細胞をインスリン様ペプチド−2が添加された培養液で分化を誘導した後、7日、14日、21日目に細胞を得て分化された細胞がインスリン分泌細胞の特異的な遺伝子が発現されるかを調べるために、逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応方法を利用して調査した。
【0034】
まず、分化された細胞から総リボ核酸を分離した。試験管に入った細胞に1mLのトリゾール溶液を入れてよく混ぜた後、200μLのクロロホルムを添加してよく混ぜた。15分間室温で放置した後、14,000rpmで15分間遠心分離した後、最上層の上澄液を新しいチューブに移した。ここに500μLのイソプロパノールを添加した後、よく混ぜた後、14,000rpmで10分間遠心分離した。上澄液を捨て、1mLの75%エタノールを入れてよく混ぜた後、14,000rpmで10分間遠心分離した。上澄液を捨て、残った75%エタノールをよく乾かした後、滅菌された3次蒸留水を入れて65℃で5分間放置してRNAを溶出させた。溶出されたRNAを紫外線分光光度計を利用して260nmの波長で吸光度を測定した後、リボ核酸7.5μgに1x反応緩衝液、1mMのヌクレオチド(dNTP)、0.5mg/mLのオリゴdT、20Uのリボ核酸分解酵素抑制剤、そして20UのM−MuLV逆転写酵素を添加し、滅菌された3次蒸留水で総量を50μLに調節した溶液を42℃で60分間反応させた。
【0035】
ポリメラーゼ連鎖反応は下記表2で表されるように、各々の遺伝子に対する合成された相補的ジオキシリボ核酸(cDNA)に1x好熱菌ジオキシリボ核酸ポリメラーゼのための緩衝液(Taq buffer)、2mMの塩化マグネシウム、0.25U好熱菌ジオキシリボ核酸ポリメラーゼそして10pmolのプライマーが混合された溶液の中で重合反応を行った。
【0036】
最初、94℃で5分間の初期変性段階を経た後、94℃で30秒間変性段階を経て、各遺伝子による温度条件で30秒間安定状態であるアニーリング段階を経て、72℃で40秒間総35回の延長段階を実施して増幅した。最後に、72℃で6分間後期延長を行ってPCR産物を得て、このうち15μLの逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)産物を6xローディング緩衝液(0.25%ブロモフェノール・ブルー、0.25%キシレンシアノール、40%サッカロース)と混ぜた後、2%アガロースゲルにローディングして100Vで30分間電気泳動した。電気泳動が終わったゲルをエチジウムブロマイド染色した後、紫外線透写機(ビルバー・ルーマット社、仏)で染色の様相を調査した。対照群としてグリセロアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)の発現量を調べ、これと比較して各々の遺伝子の発現量を相対的に比較した。実験は3回繰り返し、その結果を比較分析した。
【0037】
下記表2は逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法(RT−PCR)を利用してインスリン分泌細胞の特異遺伝子の発現可否を調べるために使用されるプライマーの名称及びヌクレオチドの順序と逆転写ポリメラーゼ連鎖反応法により得られる産物の大きさの目録である。
【0038】
【表2】

【0039】

【0040】
前記のような方法で分析した結果、膵臓の発達において重要な作用をおこなう転写因子として知られたneuroD、islet1のような遺伝子と膵臓の内分泌細胞のうちβ細胞を除外した他の細胞が分泌するタンパク質であるグルカゴン、ソマトスタチン(SST)、膵臓ポリペプチド(PP)は分化をさせなった細胞でも発現することが観察された。しかし、分化を誘導した場合、7日目からPC2、PC1/3、Glp1R、NGN3、Glut1、Glut2、pax4、pdx1などのような遺伝子が発現し始め、Nkx6−1とインスリンは14日目から発現し始め、21日目の発現量が著しく増加した(図5)。
【0041】
実施例7:ジチゾン染色
インスリンは細胞内で亜鉛イオン(Zn++)と共に六量体を形成するが、ジチゾンはこの亜鉛イオンに結合して細胞を染色する物質として、膵臓のβ細胞に対する特異的な染色法として知られている。従って、インスリン様ペプチド−2が添加された培養液に培養した細胞をジチゾン染色した。染色法はジチゾン粉末50mgをジメチル・スルホキシド(DMSO)5mLに溶かした後、10μLのジチゾン溶液を1mLの培養液に溶かして使用した。使用前に0.2μmのナイロンフィルターを通して濾過して使用し、培養皿に染色溶液を落とした後、37℃で15分間反応させた後、リン酸緩衝液で3度洗浄した後、光学顕微鏡で染色程度を確認した。これを利用して染色した結果、分化された細胞ははっきり染色されており、特に細胞が丸く固まった部分で染色が濃く表れた(図6)。
【0042】
上で見るように、人の目の皮下脂肪由来の幹細胞をまず第1段階、即ち、高濃度のブドウ糖、アクチビンA、線維芽細胞成長因子−2、グルカゴン様ペプチド−1と共に処理した後、第2段階、即ち、低濃度のブドウ糖、ニコチンアミド、アクチビンA、グルカゴン様ペプチド−1、インスリン様成長因子−2を共に処理する方法にて分化を誘導した結果、高濃度のブドウ糖に反応して多量のインスリンとC−ペプチドを分泌した。また、インスリン、C−ペプチド、プロインスリンタンパク質だけでなくβ細胞特有の遺伝子も発現し、ジチゾン染色によりはっきりと染色された。従って、本発明で開発した培養方法は、目の皮下脂肪の幹細胞を非常に効果的にインスリンを分泌するβ細胞へと分化させた。
【0043】
実施例8:幹細胞の培養
得られた幹細胞を21日間分化誘導培養液で培養した。即ち、コラーゲンがコーティングされている48−ウェル培養皿に5×103cells/ウェルの濃度で細胞を入れた後、最初の3日間は25mMブドウ糖が添加された培養液(高ブドウ糖培養液、DMEM−HG)に1XのB27補充剤、20mg/mLの線維芽細胞成長因子−2、そして20ng/mL上皮細胞成長因子を添加して3日間培養した後、同一濃度のブドウ糖に10%ウシ胎仔血清、4nMのアクチビンA、20ng/mLの線維芽細胞成長因子−2、そして10nMのグルカゴン様ペプチド−1が添加された培養液に4日間培養した。1週間後、5.5mMブドウ糖濃度を有する低ブドウ糖培養液(DMEM−LG)に10%ウシ胎仔血清、4mMアクチビンA、20ng/mLの線維芽細胞成長因子−2、そして10nMのグルカゴン様ペプチド−1が添加された培養液に3日間培養した後、同一濃度のブドウ糖の培養液に10mMのニコチンアミド、10nMのグルカゴン様ペプチド、10ng/mLのβセルリンを添加して10日間培養した。
培養液は3〜4日間隔で換えてやった。3週間の培養後、インスリンを分泌する細胞に分化されたかを次のような方法で確認した。
【0044】
実施例9:インスリン及びC−ペプチドの分泌確認
前記3週間培養した後、低ブドウ糖培養液に0.5%ウシ血清アルブミンを添加して12時間処理した。その後、高ブドウ糖培養液に2時間露出させ、培養液を得てインスリン酵素免疫化学測定法を利用してインスリンの分泌量を測定した(図7)。更に、インスリンが分泌される時に共に分離されて分泌されるC−ペプチドを免疫化学測定法を利用して測定した(図8)。インスリンとC−ペプチド酵素免疫化学測定法はスウェーデンのMercodia社のキットを使用し、ヒトのインスリンとC−ペプチドがコーティングされている96−ウェルプレートに濃度が知られている標準溶液と前記で得た培養液を各々25mLずつ入れた後、インスリンとC−ペプチド抗体を入れて1時間反応させた。その後、TMB基質溶液を入れ30分間反応させた後、吸光度を測定してインスリンとC−ペプチドの量を測定した。その結果、分化を誘導しなかった細胞に比べ、前記実施例8の培養法を使用して分化を誘導した群でインスリンとC−ペプチドが分泌され、NAG群に比べてインスリンは約6倍、C−ペプチドは約6倍の量が分泌された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの成体幹細胞を体外でインスリン分泌細胞への分化を誘導する際、
20〜30mMのブドウ糖濃度を有する高ブドウ糖培養液に、5〜20%のウシ胎仔血清、1〜10nMのアクチビンA、5〜20nMのグルカゴン様ペプチド及び10〜30ng/mLの線維芽細胞成長因子−2を添加して4〜10日間、第1段階培養した後、
4〜7mMのブドウ糖濃度を有する低ブドウ糖培養液に、5〜20%のウシ胎仔血清、5〜20mMのニコチンアミド、1〜10nMのアクチビンA、5〜20nMのグルカゴン様ペプチド及び10〜100ng/mLのインスリン様成長因子を添加して10〜20日間、第2段階培養することを特徴とするインスリン分泌細胞への分化誘導方法。
【請求項2】
前記インスリン様成長因子はインスリン様成長因子−2であることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ヒトの成体幹細胞を体外でインスリン分泌細胞への分化を誘導する際、
20〜30mMのブドウ糖濃度を有する高ブドウ糖培養液に、B27補充剤、10〜30ng/mLの線維芽細胞成長因子−2、10〜30ng/mLの上皮細胞成長因子を添加して1〜7日間培養した後、同一濃度のブドウ糖の培養液に、5〜20%のウシ胎仔血清、1〜10nMのアクチビンA、5〜20nMのグルカゴン様ペプチド−1及び10〜30ng/mLの線維芽細胞成長因子−2を添加して1〜7日間培養する段階と、
4〜7mMのブドウ糖濃度を有する低ブドウ糖培養液に、5〜20%のウシ胎仔血清、1〜10nMのアクチビンA、5〜20nMのグルカゴン様ペプチド及び10〜30ng/mLの線維芽細胞成長因子−2を添加して1〜7日間培養した後、同一濃度のブドウ糖の培養液に、5〜20%のウシ胎仔血清、5〜20mMのニコチンアミド、1〜10ng/mLのβセルリン、5〜15nMのグルカゴン様ペプチドを添加して10〜20日間培養する段階と、を含むことを特徴とするインスリン分泌細胞への分化誘導方法。

【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図1】
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【図4】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−99069(P2010−99069A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−240252(P2009−240252)
【出願日】平成21年10月19日(2009.10.19)
【出願人】(509289630)
【Fターム(参考)】