説明

ヒトJagged1遺伝子の発現を指標とした、Th17アジュバント活性及び該活性の阻害の評価方法、ならびにTh17アジュバント活性を有する物質及び該活性を阻害する物質のスクリーニング方法

【課題】 特定物質が有するTh17アジュバント活性を効率的に評価することができる方法、Th17アジュバント活性を有する物質を効率的にスクリーニングする方法、並びに、これらTh17アジュバント活性の評価系を利用した、Th17アジュバント活性の阻害を評価することができる方法、及びTh17アジュバント活性を阻害する化合物をスクリーニングする方法、を提供すること。
【解決手段】 ヒト由来の未熟樹状細胞を特定物質で刺激し、該刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を解析することにより、短期間で簡便に、前記特定物質が有するTh17アジュバント活性を評価し、また、Th17アジュバント活性を有する物質をスクリーニングすることが可能であることを見出した。さらに、これらTh17アジュバント活性の評価系を利用して、短期間で簡便に、Th17アジュバント活性の阻害を評価し、また、Th17アジュバント活性を阻害する化合物をスクリーニングすることが可能であることを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定物質が有するTh17アジュバント活性と該活性の阻害の評価方法、およびTh17アジュバント活性を有する物質と該活性を阻害する物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境要因と免疫応答のインターフェイスとして樹状細胞(Dendritic cells:DC)が重要な役割を演じていることが、明らかとなりつつある。樹状細胞とは、造血幹細胞起源の単球から分化した細胞で、マクロファージ、B細胞と共に主要な抗原提示細胞(antigen-presenting cells:APC)として知られている。樹状細胞は、ナイーブT細胞に抗原を提示して、該ナイーブT細胞の一次応答を誘導できる唯一のプロフェッショナル抗原提示細胞(professional APC)として機能しており、特にヘルパーT細胞(Th細胞)への分化誘導には、樹状細胞による抗原提示が必須とされている。樹状細胞による抗原提示は、食作用により取り込まれたタンパク質抗原がペプチドへと断片化され、該ペプチド(抗原ペプチド)がMHCクラスI分子、MHCクラスII分子と結合し、該樹状細胞表面に輸送されることにより行われる。
【0003】
一方、上記のような抗原提示に関与するタンパク質抗原とは異なり、抗原非特異的に樹状細胞の抗原提示機能を増加させ、免疫応答を増強するタンパク質抗原以外の活性物質も知られている。このような物質をアジュバントと呼ぶ。アジュバントは、未熟樹状細胞(immature DC:iDC)表面上の特定の受容体と結合する。そのシグナルが細胞内に伝達されることにより当該未熟樹状細胞は活性化され、成熟樹状細胞(mature DC:mDC)へと分化する(例えば、非特許文献1参照)。成熟樹状細胞にはいくつかのタイプが知られており、それぞれがナイーブCD4陽性T細胞に対して異なる分化誘導活性を有している。一般にTh1(T helper 1)細胞を誘導する成熟樹状細胞をDC1、Th2(T helper 2)細胞を誘導する成熟樹状細胞をDC2、Tr(T regulatory)細胞を誘導する成熟樹状細胞をDCrと呼ぶ。そして、未熟樹状細胞をDC1に分化させる活性を有するアジュバントをTh1アジュバント、DC2に分化させる活性を有するアジュバントをTh2アジュバント、DCrに分化させる活性を有するアジュバントをTrアジュバントと言う。Th1アジュバントとしては、主として細菌によって産生されるリポ多糖(Lipopolysaccharides:LPS)等が、Th2アジュバントとしては、住血吸虫由来のリン脂質であるフォスファチジルセリン(Phosphatidylserine)等が、Trアジュバントとしては、リソ・フォスファチジルセリン(Lysophosphatidylserine)等が知られている(例えば、非特許文献2参照)。
【0004】
Th1細胞とTh2細胞は、互いに異なるサイトカインを産生することで、異なる免疫応答反応を制御している。すなわち、Th1細胞がIFN-γ、TNF-β等のサイトカインを産生し、主として細胞内寄生性微生物やウィルスに対する感染防御を制御するのに対して、Th2細胞は、IL-4、IL-5、IL-6、IL-10、IL-13等のサイトカインを産生し、細胞外寄生性微生物に対する感染防御や、アレルゲンに対する防御機能を制御している。Th1細胞及びTh2細胞は、それぞれが産生するサイトカインによってお互いの機能を制御しており、相互のバランスによって免疫応答反応が制御されている(例えば、非特許文献3参照)。
【0005】
従来から、Th1/Th2バランスの異常は様々な免疫関連疾患の発症に関与すると考えられてきた。例えば、Th1細胞へのバランス偏向は、慢性炎症性疾患である関節リウマチや、臓器特異的自己免疫疾患(例えば、多発性硬化症、1型糖尿病、炎症性腸疾患、糸球体腎炎、肝炎、肝障害、自己免疫性溶血性貧血、白血球減少症、血小板減少症、脱髄疾患、橋本甲状腺炎、悪性貧血、乾癬)などに関与すると考えられ、また、Th2細胞へのバランス偏向は、アレルギー性疾患や、多くの全身性自己免疫疾患に関与すると考えられてきた。
【0006】
一方、近年、複数の論文により、新たなTh亜分画であるTh17が報告された。この細胞はもっぱらIL-17を産生することにより、自己免疫性炎症の増悪に関与しているとされている。また、特に、多発性硬化症は、このTh17への偏向に起因する疑いが強いと考えられている(非特許文献4)。Th17は、Th1とは相互抑制的に、Th2とは相互増強的に作用する。
【0007】
このようにTh1/Th2/Th17バランスは、免疫応答反応や疾患と密接に関係している。したがって、アジュバントが、ナイーブCD4陽性T細胞をTh1細胞、Th2細胞、Th17細胞のいずれに分化誘導する活性を有するか、すなわちTh1アジュバント活性、Th2アジュバント活性、Th17アジュバント活性のいずれを有するかは、免疫応答反応において、さらには免疫疾患の治療においても重要となってくる。
【0008】
我々の生活を取り巻く環境物質や化学物質等の特定物質の中には、アジュバントとしての免疫応答修飾活性を有するものが多数存在する。実際、それらの特定物質のうちいくつかに関しては、花粉症、気管支喘息、アトピー性皮膚炎等のアレルギー疾患の原因因子であることが知られており、現在でも人間の健康的な生活を脅かしている。したがって、特定物質が有する免疫応答修飾活性(アジュバント活性)を評価することは、前記特定物質の人体に与える影響を予測する上でも重要であり、また前記特定物質を含む工業製品等の安全性や、前記特定物質を含む薬剤等の有効性を確認する上でも極めて重要である。
【0009】
従来、このような特定物質が有する免疫応答修飾活性を評価する方法としては、マウスやウサギ等の実験動物に、評価対象である特定物質を直接接種してその動向を調べるという方法、具体的には、投与された実験動物の体内で産生されるサイトカインの種類や量、抗体産生量等を指標として、免疫応答の増強を調べるという方法が一般的である。しかしながら、従来の実験動物を用いた方法では、結果を得るまでに2ヶ月という長時間を要する点、また一検体で一つの特定物質しか評価できないため、多数の特定物質を同時に評価することはコスト面においても効率面においても不利である点、さらに、得られた結果が必ずしもヒトに対する活性と一致乃至相関しない点等の様々な問題点があった。また、近年、動物保護法等の法的規制が国際的に広がる中で、実験動物を用いた方法に替わる評価方法が望まれてきた。
【0010】
このような状況に鑑み、本発明者らは、末梢血単核球や培養細胞を利用することで、特定物質のTh1アジュバント活性及びTh2アジュバント活性をin vitroにおいて効率的に評価しうる方法を開発した(特許文献1)。しかしながら、Th17アジュバント活性の評価に関しては、効率的に評価する方法がいまだ開発されていないのが現状である。
【特許文献1】国際公開第2006/054415号パンフレット
【非特許文献1】Takeda K, Akira S. Toll receptors and pathogen resistance. Cell Microbiol 2003; 5: 143-153.
【非特許文献2】van der Kleij D et al. A novel host-parasite lipid cross-talk. J Biol Chem. 2002; 277(50): 48122-48129.
【非特許文献3】久保允人著「Th1反応とTh2反応による感染防御と疾患」小安重夫偏,免疫学がわかる2000.pp74-80.羊土社
【非特許文献4】Batten,M. et al. Interleukin 27 limits autoimmune encephalomyelitis by suppressing the development of interleukin 17-producing T cells. Nat Immunol. 2006; 7: 929−936.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来における問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、環境物質や化学物質等の特定物質が有するTh17アジュバント活性を、in vitroで、効率的に評価することができる方法を提供することを目的とする。また、このような評価により、Th17アジュバント活性を有する物質を、in vitroで、効率的にスクリーニングすることができる方法を提供することをも目的とする。さらに、このようなTh17アジュバント活性の評価系を利用して、Th17アジュバント活性の阻害を評価する方法及びTh17アジュバント活性を阻害する化合物をスクリーニングする方法を提供することをも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するため、本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、Th17アジュバントで刺激したヒト由来の未熟樹状細胞において、有意にJagged1遺伝子の発現が上昇することを見出した。マウス由来の細胞においては、Jagged1遺伝子の発現が、Th17細胞分化を制御していないことが報告されているが(Wassim E. et al. Jagged1 and Delta1 Differentially Regulate the Outcome of Experimental Autoimmune Encephalomyelitis. The Journal of Immunology. 2007; 179: 5990-5998)、本発明者らによるこの知見は、マウス細胞における知見とは異なり、ヒトにおいては、Jagged1遺伝子の発現が、Th17細胞分化を制御していることを示唆するものである。本発明者らによるこの知見に基づけば、特定物質が有するTh17アジュバント活性を、前記特定物質で刺激したヒト由来の未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を指標とすることにより、効率的に評価することができ、そしてこのような評価系を利用することにより、Th17アジュバント活性を有する物質を効率的にスクリーニングすることが可能である。さらに、このようなTh17アジュバント活性の評価系を利用して、Th17アジュバント活性の阻害活性の評価すること、及びTh17アジュバント活性を阻害する化合物をスクリーニングすることをも可能である。
【0013】
すなわち、本発明は、従来のマウス細胞における知見からは予想できない、ヒト細胞における新規知見に基づくものであり、より詳しくは、以下の通りである。
【0014】
<1>特定物質のTh17アジュバント活性を評価する方法であって、ヒト由来の未熟樹状細胞を該特定物質で刺激し、該刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程を含む方法である。
【0015】
<2>Th17アジュバント活性を有する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)ヒト由来の未熟樹状細胞を特定物質で刺激し、該刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程、および
(b)該特定物質で未熟樹状細胞を刺激していない対照と比較して、Jagged1遺伝子の発現を促進する物質を選択する工程、を含む方法である。
【0016】
<3> 特定物質のTh17アジュバント活性の阻害を評価する方法であって、ヒト由来の未熟樹状細胞をTh17アジュバント及び該特定物質で刺激し、該刺激を受けた該未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程を含む方法である。
【0017】
<4> Th17アジュバント活性を阻害する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)ヒト由来の未熟樹状細胞をTh17アジュバント及び特定物質で刺激し、該刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程、および
(b)該特定物質の非存在下で、Th17アジュバントで該未熟樹状細胞を刺激した対照と比較して、Jagged1遺伝子の発現を低下させる物質を選択する工程、を含む方法である。
【0018】
<5>未熟樹状細胞が、ヒト由来の抗原提示細胞株を分化誘導することにより調製されるものである、<1>から<4>のいずれかに記載の方法である。
【0019】
<6>抗原提示細胞株がTHP-1細胞株またはKG-1細胞株である、<5>に記載の方法である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によると、効率的に環境物質や化学物質等の特定物質が有するTh17アジュバント活性を評価することができる。そして、この評価に基づき、Th17アジュバント活性を有する物質を効率的にスクリーニングすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明のTh17アジュバント活性を評価する方法は、ヒト由来の未熟樹状細胞を特定物質で刺激し、該刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程を含み、必要に応じて適宜選択したその他の処理等を含む。
【0022】
本発明において用いる前記特定物質としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。例えば、環境ホルモン、排気ガス、及びトナー等に含まれる微粒子、細菌等の微生物、ダニ等の動物、花粉等の植物体の一部、ハウスダスト等の環境物質、並びに工業製品、建築用材品、医薬品、飲食品、化粧品、家電製品、及び衣料品等に含まれる化学物質などが挙げられるが、これらに制限されるものではない。医薬品候補の探索においては、例えば、精製若しくは粗精製タンパク質、ペプチド、非ペプチド性化合物、合成低分子化合物、天然化合物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物などが挙げられる。
【0023】
また、本発明において用いる前記未熟樹状細胞は、ヒト由来の抗原提示細胞株を未熟樹状細胞に分化誘導することにより調製したものであることが、本発明の評価方法を短期間で簡便に実施する上で好ましい。マウス由来の細胞においては、Jagged1遺伝子の発現が、Th17細胞分化を制御していないことが報告されており(Wassim E. et al. Jagged1 and Delta1 Differentially Regulate the Outcome of Experimental Autoimmune Encephalomyelitis. The Journal of Immunology. 2007; 179: 5990-5998)、本発明における使用には適さない。前記ヒト由来の抗原提示細胞株としては、例えば、THP-1細胞、KG-1細胞が挙げられる。これら細胞は、本発明の方法を約2日間で実施することを可能にする点で特に好ましい。THP-1細胞やKG-1細胞を未熟樹状細胞に分化誘導する方法としては、例えば、フォルボール12-ミリスチン酸13-酢酸(PMA)等の分化誘導成分で刺激して培養する方法が挙げられる。前記THP-1細胞やKG-1細胞を未熟樹状細胞に分化誘導する培地としては、例えば、IMDM、DMEM、RPMI-1640等の培地に、滅菌処理済、非働化済のFCS等の血清を5〜20%程度含む通常細胞培養液に、200U/mL程度のGM-CSF及び10ng/mL程度のTNF-αを添加したものであってもよい。また、前記通常細胞培養液に10-50ng/mL程度のフォルボール12-ミリスチン酸13-酢酸(PMA)を単独で、又はそれに100ng/mL程度のカルシウムイオノフォアであるイオノマイシン、若しくは10ng/mL程度のTNF-αを添加したものであってもよい。また、これらの培地にさらに100mM L-グルタミンを加えてもよい。前記培地をTHP-1細胞やKG-1細胞から未熟樹状細胞への分化誘導液として、37℃、5%CO2濃度下で2日間程度培養し、前記THP-1細胞やKG-1細胞を未熟樹状細胞へと分化させる。この培養期間中に、前記未熟樹状細胞への分化誘導液の交換を適宜行ってもよい。その他、末梢血由来のCD4陽性細胞をIL-4とGM-CSFで5〜7日間程度培養し、未熟樹状細胞へと分化させることもできる。
【0024】
本発明においては、このようにして分化誘導させた未熟樹状細胞に、評価対象である前記特定物質を加えて培養し、その後、前記特定物質の刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する。ここで、前記特定物質は、水に容易に溶解する水溶性物質である場合と、有機溶媒に溶解する難水溶性物質である場合と、前記いずれにも容易に溶解しない不溶性固形物質である場合とがあるが、前記未熟樹状細胞に対する刺激は、このような前記特定物質の性質に応じて、公知の手法で行うことができる(前記特許文献1参照のこと)。
【0025】
本発明においてTh17アジュバント活性の評価に用いられる「Jagged1遺伝子」は、Notchリガンドの5つのアイソフォームの一つである。代表的なヒト由来のJagged1遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列をそれぞれ配列番号:1と2に示す。本発明におけるJagged1遺伝子の発現は、転写レベルにおける発現、及び翻訳レベルにおける発現のいずれを検出してもよい。mRNAレベルの発現量は、例えば、RT-PCR等の方法で定量することができ、また、タンパク質レベルの発現量は、ウェスタンブロッティング法等の方法で定量することができる。
【0026】
Jagged1遺伝子の発現を検出した結果、該特定物質で未熟樹状細胞を刺激していない対照と比較して、Jagged1遺伝子の発現が促進していれば、該特定物質は、Th17アジュバント活性を有すると評価される。Jagged1遺伝子の発現の促進は、インターナルコントロールとしてアクチン遺伝子を用い、「Jagged1遺伝子の発現量/アクチン遺伝子の発現量」を指標に評価することもできる。例えば、「Jagged1遺伝子の発現量/アクチン遺伝子の発現量」が、通常、対照刺激の1.3倍以上あれば、Th17アジュバント活性があると評価することができ、1.5倍以上であれば、より強いTh17アジュバント活性があると評価することができる。逆に、通常、1.1倍以下であると、Th17アジュバント活性がないと評価することができる。
【0027】
本発明のTh17アジュバント活性を有する物質をスクリーニングする方法においては、種々の物質において、上記の手法により、Th17アジュバント活性を評価し、その中から、特定物質で未熟樹状細胞を刺激していない対照と比較して、Jagged1遺伝子の発現を促進する物質を選択する。選択される物質は、通常、「Jagged1遺伝子の発現量/アクチン遺伝子の発現量」が、対象刺激の場合と比較して、1.3倍以上、好ましくは1.5倍以上である。この数値が高ければ、選択した物質は、より強いTh17アジュバント活性を保持していると考えられる。
【0028】
なお、本発明において同定された物質が、実際に、Th17アジュバント活性を有するか否かは、同定された物質で前記未熟樹状細胞を刺激し、その後、該刺激を受けた細胞を、ナイーブCD4陽性T細胞と供に培養し、ナイーブCD4陽性T細胞から分化誘導されたTh細胞のタイプがTh17細胞であるか否か(あるいはTh17細胞の頻度)を分析することにより、確認することができる。ここで、「ナイーブCD4陽性T細胞」とは、抗原と一度も遭遇したことがなく、プロフェッショナル抗原提示細胞による抗原提示を受けた際にヘルパーT細胞に分化しうるCD4陽性T細胞を意味する。サイトカイン環境などの相違により、Th1細胞、Th2細胞、Th17細胞のいずれのT細胞へ分化するかが決定づけられる。Th17細胞は、ヘルパーT細胞のうち、IL-6、TGF-βなどのサイトカインの存在下でナイーブT細胞から分化し、分化後はいIL-17を産生するという特徴を有する。Th17細胞が産生されたか否かは、例えば、IL-17遺伝子やRORC遺伝子の発現(転写レベル及び翻訳レベル)により検出することが可能である。これら発現は、転写レベルであれば、例えば、RT-PCRにより検出することができ、翻訳レベルであれば、例えば、ELISAやFACSや電気泳動により検出することができる。また、他の細胞(例えば、NK細胞、NKT細胞、肥満細胞、表皮細胞、マクロファージ、線維芽細胞など)との相互作用や、この相互作用による他の細胞の変化(例えば、細胞死、増殖、蛋白発現の変化、寿命の延長など)により、Th17細胞としての活性が生じているかを検出することも可能である。
【0029】
本発明においては、さらに、上記のTh17アジュバント活性の評価系を利用した、特定物質のTh17アジュバント活性の阻害を評価する方法及びTh17アジュバント活性を阻害する物質をスクリーニングする方法を提供する。
【0030】
特定物質のTh17アジュバント活性の阻害を評価する方法は、ヒト由来の未熟樹状細胞をTh17アジュバント及び該特定物質で刺激し、該刺激を受けた該未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程を含む。また、Th17アジュバント活性を阻害する物質をスクリーニングする方法においては、(a)ヒト由来の未熟樹状細胞をTh17アジュバント及び特定物質で刺激し、該刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程、および(b)該特定物質の非存在下で、Th17アジュバントで該未熟樹状細胞を刺激した対照と比較して、Jagged1遺伝子の発現を低下させる物質を選択する工程、を含む。
【0031】
これら方法においは、ヒト由来の未熟樹状細胞をTh17アジュバント及び該特定物質で刺激し、該特定物質が、Th17アジュバントの作用であるJagged1遺伝子の発現の促進を阻害すれば、該特定物質にTh17アジュバントの阻害活性があると評価される。ここで「Th17アジュバント」としては、該活性がある限り特に制限はないが、例えば、curdlan、laminarin及びzymosanが挙げられる。また、「阻害」とは、完全な阻害であっても、部分的な阻害(抑制)であってもよい。ヒト由来の未熟樹状細胞に対し、Th17アジュバントと特定物質を作用させる順は、目的に応じて適宜選択することができ、目的に応じて同時に作用させてもよい。
【0032】
上記本発明の方法において同定された、Th17アジュバント活性を阻害する物質は、Th17の過剰反応に起因する疾患や、Th17と相互増強的に作用するTh2の過剰反応に起因する疾患の予防や治療への応用が考えられる。ここで、Th2過剰反応またはTh17過剰反応とは、ヘルパーT細胞におけるTh1、Th2、Th17のバランスが、それぞれ、異常にTh2またはTh17に偏向した状態のことをいい、これら過剰反応に起因する疾患としては、従来から、例えば、アレルギー性疾患や多くの全身性自己免疫疾患などが知られている。また、近年、本発明者らによって、従来Th1過剰反応に起因すると考えられていた多発性硬化症等の疾患が、実際はTh2またはTh17の過剰反応に起因する疾患であることが示された(特願2006-211881参照)。したがって、前記Th2またはTh17の過剰反応に起因する疾患としては、従来からTh2またはTh17の過剰反応に起因する疾患として知られているアレルギー性疾患や多くの全身性自己免疫疾患に加え、更に、従来はTh1過剰反応に起因するとされていた、多発性硬化症や関節リウマチ等の疾患も挙げることができる。対象疾患としては、例えば、多発性硬化症、関節リウマチ、自己免疫性筋炎、気管支喘息、アトピー性皮膚炎、慢性GVHD、1型糖尿病、糸球体腎炎などを例示することができる。
【実施例】
【0033】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0034】
[実施例1] Th17アジュバント活性の指標となる樹状細胞におけるマーカーの同定
THP-1細胞をPMA 10-50ng/mlで2日間刺激後、細胞を回収した。回収した細胞に対し、Th17アジュバントであるcurdlan、laminarin及びzymosanを、それぞれ10μg/mlで、3時間刺激し、Trizol reagent (Invitrogen社)を用いて、細胞からmRNAを抽出した。SuperScriptII RnaseH- reverse transcriptase (Invitrogen社)を用いて抽出したmRNAからcDNAを作成した。Jagged1遺伝子を増幅するためのプライマーとして、F 5'-TCGCTGTATCTGTCCACCTG(配列番号:3)及びR 5'-AGTCACTGGCACGGTTGTAG(配列番号:4)を用い、ポリメラーゼとしては、AmpliTaq Gold DNA polymerase (Applied Biosystems社)を用いて、PCRを行った(30サイクル、アニーリング温度は57度)。PCR産物は、1.5%アガロースゲル上で電気泳動を行い、バンドを観察した。その結果、PMA誘導THP-1細胞内のJagged1 mRNA発現はcurdlan、laminarin及びzymosan刺激により増強した(図1A)。また、このバンドを画像解析ソフトImageJにて数値化し、Jagged1/β-actin比を比較検討した。その結果、インターナルコントロールであるβ-actin mRNA発現量により補正しても、Jagged1 mRNA発現量はcurdlan、laminarin及びzymosan刺激により増強していた(図1B)。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の評価方法においては、in vitroで未熟樹状細胞を特定物質で刺激し、該刺激を受けた未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出することにより、短期間で簡便かつ安価にTh17アジュバント活性の評価を行なうことができる。また、このような評価に基づいて、Th17アジュバント活性を有する物質をスクリーニングすることができる。従って、ヒトに対してアジュバントとしての免疫応答修飾活性を持ち得る環境ホルモン、排気ガス、及びトナー等に含まれる微粒子、細菌等の微生物、ダニ等の動物、花粉等の植物体の一部、ハウスダスト等の環境物質、並びに工業製品、建築用材品、医薬品、飲食品、化粧品、家電製品、及び衣料品等の安全性を効率的に評価する方法として、また、このようなアジュバント活性を有する物質をスクリーニングする方法として有用である。さらに、これらTh17アジュバント活性の評価系を利用して、短期間で簡便かつ安価に、Th17アジュバント活性の阻害を評価し、また、Th17アジュバント活性を阻害する化合物をスクリーニングすることが可能である。Th17アジュバント活性を阻害する物質は、Th17の過剰反応に起因する疾患や、Th17と相互増強的に作用するTh2の過剰反応に起因する疾患の予防や治療への応用が考えられる。一連の作業をシステム化し、ルーチンにすることにより、さらに効率的に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1A】図1Aは、Th17アジュバント(curdlan、laminarin、zymosan)で刺激した樹状細胞にJagged1遺伝子の発現を検出した電気泳動写真である。インターナルコントロールとしてβ-actinを用いた。
【図1B】図1Bは、図1Aの電気泳動写真におけるバンドを画像解析ソフトにて数値化し、Jagged1/β-actin比を比較検討した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定物質のTh17アジュバント活性を評価する方法であって、ヒト由来の未熟樹状細胞を該特定物質で刺激し、該刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程を含む方法。
【請求項2】
Th17アジュバント活性を有する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)ヒト由来の未熟樹状細胞を特定物質で刺激し、該刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程、および
(b)該特定物質で未熟樹状細胞を刺激していない対照と比較して、Jagged1遺伝子の発現を促進する物質を選択する工程、を含む方法。
【請求項3】
特定物質のTh17アジュバント活性の阻害を評価する方法であって、ヒト由来の未熟樹状細胞をTh17アジュバント及び該特定物質で刺激し、該刺激を受けた該未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程を含む方法。
【請求項4】
Th17アジュバント活性を阻害する物質をスクリーニングする方法であって、
(a)ヒト由来の未熟樹状細胞をTh17アジュバント及び特定物質で刺激し、該刺激を受けた前記未熟樹状細胞におけるJagged1遺伝子の発現を検出する工程、および
(b)該特定物質の非存在下で、Th17アジュバントで該未熟樹状細胞を刺激した対照と比較して、Jagged1遺伝子の発現を低下させる物質を選択する工程、を含む方法。
【請求項5】
未熟樹状細胞が、ヒト由来の抗原提示細胞株を分化誘導することにより調製されるものである、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
抗原提示細胞株がTHP-1細胞株またはKG-1細胞株である、請求項5に記載の方法。

【図1B】
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【図1A】
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【公開番号】特開2010−4794(P2010−4794A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−167267(P2008−167267)
【出願日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【出願人】(506265750)有限会社イムノ (5)
【出願人】(504013775)学校法人 埼玉医科大学 (39)
【Fターム(参考)】