説明

ピアス式電子銃におけるカソード支持構造

【課題】ピアス式電子銃の円盤状のカソード2を、カソード2より大径の外周リング21に3本以上の支持ロッド22を介して支持させるカソード支持構造において、カソード及び支持ロッドの熱膨張により支持ロッドの座屈を生ずることを防止できると共に、カソードからの熱引けを効果的に抑制できるようにする。
【解決手段】各支持ロッド22を、カソード2と外周リング21との間に、支持ロッド22の軸線が該軸線と外周リング21の内周面との交点とカソード2の中心とを結ぶ直線Lに対しカソード2の周方向一方に傾むくように配置する。また、支持ロッド22の軸線に合致する直線とこの直線に平行でカソード2の中心を通る直線とをカソード2の軸線に直交する平面に射影したときの2直線間の距離を偏心量δとして、δが全ての支持ロッド22で等しくなるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピアス式電子銃の円盤状のカソードを、カソードより大径の外周リングに3本以上の支持ロッドを介して支持させるカソード支持構造に関する。
【背景技術】
【0002】
ピアス式電子銃は、蒸着装置や溶解炉や熱処理炉の加熱源として幅広く使われている。ピアス式電子銃の主要な構成要素は、図1に示す如く、フィラメント1、カソード2、ウエルネルト3及びアノード4である(例えば、特許文献1参照)。カソード2は、円盤状であって、裏面からフィラメント1により加熱され、表面から熱電子を放出する。ウエルネルト3は、カソード2と同電位で、アノード4との間に電子がアノード4の中心に向かうような電界を形成する。アノード4はカソード2に対し正の電位にあり、カソード2から放出される熱電子を加速する。そして、アノード4の中心に形成した孔4aを電子ビームが通過する。
【0003】
従来、このようなピアス式電子銃におけるカソード支持構造として、図2に示すものが知られている。このものでは、カソード2を、カソード2より大径の外周リング21に4本の支持ロッド22を介して支持させている。より詳細には、カソード2に、外周面に開口する径方向の凹孔23を90°間隔で4個形成するとともに、外周リング21に、径方向に貫通する透孔24を90°間隔で4個形成し、各支持ロッド22を各透孔24に挿通して、その先端部を各凹孔23に挿入することにより、カソード2を外周リング21に支持させている。
【0004】
ここで、外周リング21はウエルネルト3に接触しており、カソード2がウエルネルト3と同電位に保たれる。また、ウエルネルト3は、図外の支持部品を介して最終的には冷却機構と連結されている。そのため、カソード2からウエルネルト3への支持ロッド22及び外周リング21を介しての熱引けを生じてしまう。この熱引けを抑制するため、支持ロッド22として断面積の小さなものを用いている。
【0005】
然し、カソード2からウエルネルト3への熱引けを抑制すると、カソード2が例えば2500℃に加熱されたときに外周リング21の温度が例えば1000℃になり、カソード2の熱膨張の方が外周リング21の熱膨張より大きくなって、カソード2と外周リング21との間の径方向距離が短くなる。しかも、支持ロッド22自体が熱膨張するため、支持ロッド22は圧縮応力を受ける。圧縮応力がある限界を超えると、支持ロッド22が座屈し、この座屈でカソード2が不規則に変位してしまう。そして、カソード2の変位により電子ビームが本来の軌道を逸脱し、アノードや電子銃内壁に電子ビームが衝突して、電子銃に深刻な損傷を与えてしまう。
【0006】
そこで、従来は、座屈を防止するために、透孔24の孔径を支持ロッド22の径に対してかなり緩めの嵌め合い公差を持つように設定し、支持ロッド22及びカソード2の熱膨張により支持ロッド22が外周リング21に対し動くようにしている。然し、電気的な接触は確保する必要があるため、最も融点の高いタングステンで支持ロッド22を形成しても、2500℃の高温では支持ロッド22が孔内面の接触個所で外周リング21に溶着してしまう。そのため、座屈を完全に防止することはできない。
【特許文献1】WO−20080/050670−A1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の点に鑑み、支持ロッドの座屈を防止できると共に、カソードからの熱引けを効果的に抑制できるようにしたピアス式電子銃におけるカソード支持構造を提供することをその課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、ピアス式電子銃の円盤状のカソードを、カソードより大径の外周リングに3本以上の支持ロッドを介して支持させるカソード支持構造において、各支持ロッドは、カソードと外周リングとの間に、支持ロッドの軸線が該軸線と外周リングの内周面との交点とカソードの中心とを結ぶ直線に対しカソードの周方向一方に傾むくように配置されることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、カソード及び支持ロッドの熱膨張によりカソードが周方向一方に回転する。そして、熱膨張がカソードの回転で吸収されるため、支持ロッドは圧縮応力を殆ど受けず、座屈を生じない。また、座屈の心配がないため、支持ロッドを上記従来例のものより細くすることができ、更に、支持ロッドの軸線をカソードの周方向に傾斜させることで、カソードと外周リングとの間に位置するロッド部分の長さが長くなり、カソードからの熱引けが効果的に抑制される。
【0010】
また、本発明においては、支持ロッドの軸線に合致する直線とこの直線に平行でカソードの中心を通る直線とをカソードの軸線に直交する平面に射影したときの2直線間の距離を偏心量として、全ての支持ロッドが等しい偏心量を持つことが望ましい。これによれば、熱膨張でカソードが回転しても中心位置は変化せず、電子ビームの軌道を正規位置に維持できる。
【0011】
更に、本発明において、各支持ロッドは、該各支持ロッドの軸線がカソードの軸線に直交する平面に含まれるように配置されることが望ましい。これによれば、支持ロッドの熱膨張でカソードが軸方向変位したり傾くことを防止できる。
【0012】
また、本発明においては、外周リングに対し支持ロッドが動かなくても、支持ロッドの座屈を生じない。そのため、各支持ロッドを外周リングに固定して、電気的な接触をしっかりと確保することができる。また、支持ロッドを外周リングに固定すれば、支持ロッドを介しての外周リングへの熱伝導、即ち、外周リングの温度分布が一義的に決まり、外周リングの設計がしやすくなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
図3は、図1に示すピアス式電子銃に適用される本発明の第1実施形態のカソード支持構造を示している。尚、図2に示した従来例と同様の部材、部位には上記と同一の符号を付している。
【0014】
第1実施形態では、円盤状のカソード2がそれより大径の外周リング21に従来例と同様に4本の支持ロッド22を介して支持されているが、各支持ロッド22の配置が従来例とは異なる。即ち、第1実施形態では、各支持ロッド22を、カソード2と外周リング21との間に、支持ロッド22の軸線が該軸線と外周リング21の内周面との交点とカソード2の中心とを結ぶ直線Lに対しカソード2の周方向一方(図3(a)の反時計方向)に傾むくように配置されている。
【0015】
尚、各支持ロッド22は、外周リング21に形成した各透孔24に挿通され、その先端部がカソード2に形成した各凹孔23に挿入されている。そして、支持ロッド22の軸線が上記直線Lに対しカソード2の周方向一方に傾くように、凹孔23及び透孔24をカソード2及び外周リング21の径方向に対し傾斜させて形成している。更に、外周リング21の外周面に、透孔24に平行な座繰り面25を形成して、座繰り面25に透孔24に達するねじ孔を形成している。そして、ねじ孔にビス26を螺入して、支持ロッド22を外周リング21に固定している。
【0016】
また、支持ロッド22の軸線に合致する直線とこの直線に平行でカソード2の中心を通る直線とをカソード2の軸線に直交する平面に射影したときの2直線間の距離を偏心量δとして、全ての支持ロッド22の偏心量δを互いに等しくしている。また、各支持ロッド22は、図3(b)に示す如く、各支持ロッド22の軸線がカソード2の軸線に直交する平面に含まれるように配置されている。
【0017】
以上のカソード支持構造によれば、カソード2及び支持ロッド22が熱膨張したとき、図4に示す如く、カソード2が周方向一方(反時計方向)に回転する。ここで、カソード2の外周面と支持ロッド22の軸線との交点における回転角をΔθ、支持ロッド22のカソード2と外周リング21との間の部分の熱膨張による伸びをaとして、Δθ≒a/δになる。そして、δは全ての支持ロッド22で等しいため、Δθも全て等しくなり、カソード2が回転しても中心位置は変化しない。更に、各支持ロッド22の軸線がカソード2の軸線に直交する平面に含まれるため、支持ロッド22の熱膨張でカソード2が軸方向変位したり傾くことを防止できる。その結果、電子ビームの軌道は正規位置に維持される。
【0018】
また、カソード2の回転で熱膨張が吸収されるため、支持ロッド22は圧縮応力を殆ど受けず、座屈を生じない。このことを確かめるため、コンピュータによる座屈解析を行った。計算条件は、カソード2及び支持ロッド22の材質をタングステン、外周リング21の材質をモリブデン、カソード2の径をφ20mm、外周リング21の内径と外径を夫々φ36mm、φ50mm、支持ロッド22の径をφ1.2mm、カソード2の温度を2500℃、外周リング21の温度を1000℃とした。そして、偏心量δが夫々0、1mm、3mm、5mm、7mm、9mmである場合、即ち、カソード2の半径をr(=10mm)として、δ/rが0、0.1、0.3、0.5、0.7、0.9である場合の支持ロッド22が受ける圧縮応力を求めた。
【0019】
座屈を生じる最小応力を支持ロッド22が受ける圧縮応力で除した比は、δ/r=0の場合に0.92、δ/r=0.1の場合に1.13、δ/r=0.3の場合に2.92、δ/r=0.5の場合に6.61、δ/r=0.7の場合に13.4、δ/r=0.9の場合に25.4になった。この比が1より大きければ座屈は生じない。従って、偏心量δを0.1r以上にすることで座屈を防止できることが分かる。
【0020】
また、座屈の心配がないため、支持ロッド22を上記従来例のものより細くすることができる。更に、支持ロッド22の軸線を上記直線Lに対しカソードの周方向に傾斜させることで、カソード2と外周リング21との間に位置する支持ロッド22の部分の長さが長くなる。このように支持ロッド22を細く長くすることができるため、カソード2からの支持ロッド22を介しての熱引けが効果的に抑制される。
【0021】
更に、熱引けを抑制する上で従来困難であった外周リング21の内径とカソード2の外径との径差の縮小が可能になり、カソード2の設計の自由度が増す。
【0022】
また、座屈の心配がないため、支持ロッド22を外周リング21に固定して、電気的な接触をしっかりと確保することができる。また、支持ロッド22を外周リング21に固定すれば、支持ロッド22を介しての外周リング21への熱伝導、即ち、外周リング21の温度分布が一義的に決まり、外周リング21の設計がしやすくなる。
【0023】
ところで、上記第1実施形態では、全ての支持ロッド22の軸線がカソード2の軸線に直交する同一平面に含まれているが、図5に示す第2実施形態の如く、各支持ロッド22の軸線がカソード2の軸線に直交する互いに異なる平面に含まれていてもよい。この場合、各支持ロッド22の熱膨張でカソード2に傾きを生ずることが懸念されるが、実際には、支持ロッド22の熱膨張がカソード2の回転で吸収されるため、カソード2が傾くことはない。
【0024】
また、上記第1実施形態では、カソード2を外周リング21に4本の支持ロッド22を介して支持しているが、支持ロッド22の本数は、図6に示す第3実施形態の如く3本であっても、また、図7に示す第4実施形態の如く5本であってもよい。即ち、支持ロッド22の本数は3本以上であれば特に制限はない。
【0025】
また、第1実施形態、第3実施形態及び第4実施形態では、複数の支持ロッド22をその軸線を含む直線が成す図形が正多角形(正四角形、正三角形及び正五角形)になるように配置しているが、全ての支持ロッド22の偏心量δが同一である限り、上記図形は正多角形でなくてもよい。例えば、図8に示す第5実施形態の如く、4本の支持ロッド22をその軸線を含む直線が成す図形が平行四辺形になるように配置してもよい。
【0026】
ところで、上記実施形態では、カソード2の外周面に、支持ロッド22の先端部を挿入する凹孔23をかなりの傾斜角を付けて穿孔することが必要になり、ドリルが滑って凹孔23の加工が難しくなる。そのため、図9に示す第6実施形態の如く、カソード2の外周に支持ロッド22の本数分の突起2aを突設し、各突起2aに形成した孔23´に支持ロッド22の先端部を挿入してもよい。これによれば、突起2aの側面に対する孔23´の傾斜角が小さくなり、孔23´の加工が容易になる。
【0027】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば、上記実施形態では、外周リング21に形成した透孔24に支持ロッド22を挿通しているが、外周リング21を軸方向一方のリング半部と他方のリング半部とに2分割し、両リング半部間に支持ロッド22を挟み込んで固定することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】ピアス式電子銃を示す模式的断面図。
【図2】従来のカソード支持構造を示す平面図。
【図3】(a)本発明の第1実施形態のカソード支持構造を示す平面図、(b)図3(a)のb−b線で切断した断面図。
【図4】第1実施形態のカソード支持構造の熱膨張時の状態を示す平面図。
【図5】第2実施形態のカソード支持構造の図3(b)に相当する断面図。
【図6】第3実施形態のカソード支持構造の平面図。
【図7】第4実施形態のカソード支持構造の平面図。
【図8】第5実施形態のカソード支持構造の平面図。
【図9】第6実施形態のカソード支持構造の平面図。
【符号の説明】
【0029】
2…カソード、21…外周リング、22…支持ロッド、L…支持ロッドの軸線と外周リングの内周面との交点とカソードの中心とを結ぶ直線、δ…偏心量。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピアス式電子銃の円盤状のカソードを、カソードより大径の外周リングに3本以上の支持ロッドを介して支持させるカソード支持構造において、
各支持ロッドは、カソードと外周リングとの間に、支持ロッドの軸線が該軸線と外周リングの内周面との交点とカソードの中心とを結ぶ直線に対しカソードの周方向一方に傾むくように配置されることを特徴とするピアス式電子銃におけるカソード支持構造。
【請求項2】
前記支持ロッドの軸線に合致する直線とこの直線に平行で前記カソードの中心を通る直線とをカソードの軸線に直交する平面に射影したときの2直線間の距離を偏心量として、全ての支持ロッドが等しい偏心量を持つことを特徴とする請求項1記載のピアス式電子銃におけるカソード支持構造。
【請求項3】
前記各支持ロッドは、該各支持ロッドの軸線が前記カソードの軸線に直交する平面に含まれるように配置されることを特徴とする請求項1又は2記載のピアス式電子銃におけるカソード支持構造。
【請求項4】
前記各支持ロッドは前記外周リングに固定されることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項記載のピアス式電子銃におけるカソード支持構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−135105(P2010−135105A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−307562(P2008−307562)
【出願日】平成20年12月2日(2008.12.2)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】