説明

ピストンリング

【課題】エンジンの熱負荷の高い環境で使用することが可能な、耐スカッフ性、耐摩耗性に優れた高熱伝導性ピストンリングを提供する。また、さらに低フリクションにより燃費の向上に寄与するピストンリングを提供する。
【解決手段】イオンプレーティング成膜条件を最適化することにより、皮膜の被覆面のX線回折測定における (220)面組織係数が1.1〜1.8であり、且つ(111)面組織係数及び(200)面組織係数よりも大きいTiN皮膜をピストンリング外周面に10〜60μmの膜厚に被覆する。また、TiNの優れた熱伝導率を損なわずに低フリクションの優れた摺動特性を得るために、TiN皮膜の上にさらに非晶質硬質炭素皮膜を被覆する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車エンジン用ピストンリングに関し、特に耐スカッフ性、耐摩耗性に優れた高熱伝導性ピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンの高出力化や排気ガス規制対応に伴う使用環境の過酷化により、イオンプレーティングにより製造され、耐スカッフ性及び耐摩耗性に優れた硬質窒化クロムを被覆したピストンリングが使用されるようになって久しい。ピストンリングは、エンジンという過酷な環境で使用され且つ長寿命を要求される部品であるため、被覆される硬質材料には10〜60μmの皮膜厚さが求められる。窒化クロムは、Crの蒸気圧が金属の中では比較的高いため、要求される皮膜厚さまで比較的容易にコーティングすることができるという利点があり、ピストンリングの業界では便利に利用されてきた。
【0003】
このような窒化クロムには、一般的には、硬いが欠けやすいという課題があり、結晶方位、組織制御、空隙率(空孔率)制御、あるいは第三元素の添加等、様々な改良がなされてきた。しかし、特に近年、CrNの熱伝導率をさらに向上させたいという課題に直面している。その背景として、近年のエンジン仕様の高圧縮比、高負荷化の傾向から、燃焼室温度の高温化とノッキングの発生という新たな課題、また、ピストンがアルミニウム合金(以下「アルミ」という。)製の場合にも、アルミの軟化によるリング溝の摩耗やピストンリングへのアルミ凝着の発生という課題が生じており、それらの対応に、ピストンの熱を冷却されたシリンダ壁へピストンリングを経て逃れさせるという、いわゆる、ピストンリングの熱伝導機能を高度に利用したいという要求がある。ところが、現実にはCrNの低熱伝導率がそのピストンリングの熱伝導機能を阻害してしまう。CrNの熱伝導率は、非特許文献1に0.0261〜0.0307 cal/cm・sec・deg(SI単位に換算すると10.9〜12.9 W/m・Kとなる)という報告もある一方、非特許文献2には、パルス光熱反射法を用いた約3μmのCrN薄膜の熱伝導率(室温)約2 W/m・Kという報告もある。熱伝導率の測定には、面内を測定する方法と膜厚方向で測定する方法があるが、とくに膜厚方向の場合,数十μm程度の表面皮膜自体の熱伝導率を測定することは難しいといわれている。しかし、いずれにせよ、代表的なピストンリング用鋼材であるSUS440B材やSUS420J2材の20〜30 W/m・Kと比較してもかなり低い値であり、熱伝導機能を阻害する大きな要因と考えられる。
【0004】
一方、窒化チタン(TiN)もピストンリング用硬質皮膜として提案され、実際、一部のピストンリングに使用されている。TiNの熱伝導率は、非特許文献1によると0.07 cal/cm・sec・deg(室温)(SI単位に換算すると29.3 W/m・K)であり、非特許文献2では、11.9 W/m・Kとされており、CrNの3〜6倍ほど高いが、逆に皮膜内部の圧縮残留応力が非常に高く、膜厚を厚くすると皮膜にクラックや欠けが発生し、又は皮膜の剥離等が生じ、現実にはピストンリングに要求される皮膜厚さまで被覆できないのが実情である。特許文献1には、TiNを柱状晶組織に組織制御して皮膜の残留応力を小さくし、最大80μmまで成膜することが可能であることが記載され、また、被覆面に平行に(111)面あるいは(200)面の優先方位を持つことが特に耐スカッフ性の観点から好ましいことが開示されている。
【0005】
さらに、特許文献2には、TiN膜の(111)面のみの強度比を高めても十分な耐摩耗性が得られない場合があることに鑑み、X線回折における(111)面強度比を大きくすると共に、(220)面強度比を小さくするほど耐摩耗性に優れることが開示されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1及び2に開示されているように、TiNの最密充填面である(111)面を被覆面に平行に配向させることが耐スカッフ性及び耐摩耗性の向上に有効ではあるものの、そのような配向を持たせて成膜すると、現実には前述したように、TiN皮膜内の残留応力が大きくなって、実際にピストンリングとして使用することが困難な状況になる。例えば、TiNを30μmの膜厚まで成膜できたとしても、実際にピストンリングとして使用する段階では、皮膜の剥離等が起きてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−230342号公報
【特許文献2】特開2009−299142号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】沖 猛雄、表面技術、Vol. 41、No. 5、1990、p. 462-470。
【非特許文献2】X. Z. Ding, et al., SIM Tech technical reports、Vol. 11、No. 2、2010、p. 81-85。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、エンジンの熱負荷の高い環境で使用することが可能な、耐スカッフ性、耐摩耗性に優れた高熱伝導性ピストンリングを提供することを課題とする。また、さらに低フリクションにより燃費の向上に寄与するピストンリングを提供することも課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、イオンプレーティングを用い、ピストンリング外周面にTiN皮膜を10〜60μm程度の膜厚に被覆するため、さらに皮膜の剥離やクラックや欠けの発生を抑えるため、すなわち、皮膜内の残留応力が低くなる皮膜組織について鋭意研究した結果、TiN皮膜のイオンプレーティング成膜条件を最適化することにより、皮膜組織を柱状晶に、且つ(111)面又は(200)面に配向成長しないように制御することにより、10〜60μmの膜厚に被覆しても皮膜内の残留応力を低く抑えることができることに想到した。
【0011】
すなわち、本発明のピストンリングは、外周摺動面にTiN皮膜が10〜60μm被覆されたピストンリングであって、前記TiN皮膜の被覆面のX線回折測定におけるTiN(220)面組織係数が1.1〜1.8であり、且つTiN(111)面組織係数及びTiN(200)面組織係数よりも大きいことを特徴とする。上記範囲内でも、耐摩耗性を重視する場合はTiN(111)面の回折強度が最大であることが好ましく、また、皮膜の耐クラック性又は耐剥離性を重視する場合はTiN(220)面の回折強度が最大であることが好ましい。
【0012】
TiNの優れた熱伝導率を損なわずに低フリクションの優れた摺動特性を得るためには、TiN被膜の上に、さらに非晶質硬質炭素皮膜が被覆されることが好ましい。非晶質硬質炭素皮膜は実質的に水素を含まないことがより好ましい。また、非晶質硬質炭素皮膜の膜厚は0.5〜10μmであることが好ましい。
【0013】
ピストンの熱をシリンダ壁に効率的に逃がすためには、ピストンリングの外周面に被覆する皮膜の熱伝導率だけではなく、ピストンリング母材の熱伝導率もできるだけ高いことが望ましい。ピストンリング母材としては、基本的に合金元素の少ないことが好ましく、具体的には、質量%でC:0.50〜0.60、Si:1.20〜1.60、Mn:0.50〜0.90、Cr:0.50〜0.90、残部がFe及び不可避的不純物からなるJIS SUP12相当組成を有していることが好ましく、さらに、Si含有量を低く抑え、V含有量を少量加えた、C:0.45〜0.55、Si:0.15〜0.35、Mn:0.65〜0.95、Cr:0.80〜1.10、V:0.15〜0.25、残部がFe及び不可避的不純物からなるJIS SUP10相当の組成を有していることがより好ましい。SUP10相当組成の母材の場合、耐熱ヘタリ性の観点で、前記母材は焼戻しマルテンサイトマトリックス中に平均粒径0.1〜1.5μmの球状化セメンタイトが分散していることが好ましい。
【0014】
さらに、ピストンがアルミ製の場合のピストンリングへの凝着を防止するため、あるいはピストンリングの母材の熱伝導率がTiN皮膜の熱伝導率よりも低い場合には、ピストンリングの外周面に加え、上下側面の少なくとも一方にもTiN皮膜又はTiN皮膜の上にさらに非晶質硬質炭素皮膜を被覆することが好ましい。特に燃焼室側側面に被覆することが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の耐スカッフ性及び耐摩耗性に優れたピストンリングは、ピストンリングに広く適用されている皮膜材料であるCrNよりも遥かに高い熱伝導率のTiNを被覆しているため、ピストンヘッドの熱を冷却されたシリンダ壁に効率良く逃すことができ、またTiN皮膜を10〜60μmの膜厚まで被覆しても耐スカッフ性や耐摩耗性を維持したまま残留応力を低く抑え、皮膜の剥離、さらにはクラックや欠けの発生を抑制するため、ピストンリングに要求される機能を発揮することが可能となる。すなわち、熱伝導機能を効果的に発揮できるピストンリングとして有効に使用できる。よって、高圧縮比エンジンのような熱負荷の高い環境での使用においても、点火時期を遅らすような調整をすることなくノッキングを抑制でき、高熱効率を維持できる。また同様に、アルミピストンのリング溝の温度を下げることもでき、アルミ凝着やリング溝摩耗を抑制することができる。さらに、低フリクションの優れた摺動特性を発揮させるために、摺動部最表面に摩擦係数の小さい非晶質硬質炭素皮膜を被覆した場合は、フリクションが低減され、燃費の向上を図ることができる。特に、エンジン油環境下では水素フリーの非晶質硬質炭素皮膜の使用により、さらにフリクション低減を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明(実施例1)で得られたX線回折パターンを示す。
【図2】本発明(実施例1)で得られた皮膜の被覆面に垂直な断面の走査電子顕微鏡写真を示す。
【図3】ピストンリングのツイスト試験における応力の負荷方向とツイスト角度αの定義を示す((a)負荷方向、(b)ツイスト角度α)。
【図4】スカッフ試験装置の概要を示す。
【図5】摩耗試験装置の概要を示す。
【図6】本発明(実施例3)で得られたX線回折パターンを示す。
【図7】浮動ライナー式フリクション測定用エンジンの構造を示した概略図である。
【図8】本発明(実施例13)で用いたピストンリング線材の走査電子顕微鏡写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のピストンリングは、外周摺動面にTiN皮膜が10〜60μm被覆されたピストンリングであって、前記TiN皮膜の被覆面のX線回折測定におけるTiN(220)面組織係数が1.1〜1.8であり、且つTiN(111)面組織係数及びTiN(200)面組織係数よりも大きいことを特徴とする。ここで、組織係数(Texture Coefficient)は、一般に、
組織係数=I(hkl)/I0(hkl)[1/nΣ(I(hkl)/I0(hkl))]-1…(1)
により定義され、I(hkl)は測定された(hkl)面のX線回折強度(測定されたX線回折強度の最大のものを100として換算している)、I0(hkl)はJCPDSファイル番号38-1420に記載されている標準X線回折強度である。ファイル番号38-1420には(111)、(200)、(220)、(311)、(222)、(400)、(331)、(420)、(422)、(511)の10種類の(hkl)面の標準X線回折強度が載っているが、本発明では、簡単のため、(111)、(200)、(220)の3種類の(hkl)面のみのX線回折強度を用いて定義する。したがって、本発明においては、
組織係数=I(hkl)/I0(hkl)[1/3(I(111)/I0(111)+I(200)/I0(200)+I(220)/I0(220))]-1…(2)
と定義する。ちなみに、I0(111)は72、I0(200)は100、I0(220)は45である。
【0018】
組織係数1は配向のないランダム組織であり、(2)式による本発明の定義では、組織係数が3に近づくほど配向の程度が強くなることを意味している。本発明では、TiN(220)面組織係数は1.1以上の数値とする。また、(220)面への配向が強すぎることのないよう、TiN(220)面組織係数は1.8以下とする。TiN(220)面組織係数は好ましくは1.2〜1.7とし、さらに好ましくは1.35〜1.65とする。上記範囲内でも、耐摩耗性を重視する場合はTiN(111)面の回折強度が最大であることが好ましく、また、皮膜の耐クラック性又は耐剥離性を重視する場合はTiN(220)面の回折強度が最大であることが好ましい。TiN(220)面組織係数が1.1〜1.8であり、且つTiN(111)面組織係数及びTiN(200)面組織係数よりも大きいことにより、(111)面又は(200)面への配向、特に(200)面への配向が抑えられるため、皮膜内の残留応力が低く抑えられ、10〜60μmの膜厚まで成膜しても皮膜の剥離やクラックや欠けの発生なくピストンリングとして使用することが可能となる。
【0019】
本発明では、TiN皮膜はアークイオンプレーティングにより形成する。アークイオンプレーティングは、真空容器中に窒素(N2)ガスを導入し、蒸発源の金属Ti陰極(ターゲット)表面にアークを発生させ、金属Tiを瞬時に溶解、窒素プラズマ(N*)中でイオン化し、ピストンリングに印加した負のバイアス電圧によってTi3+イオンあるいはN*と反応したTiNとして被覆面に引き込むことで、薄膜を形成することを特徴とする方法である。アークイオンプレーティングでは、高いエネルギー密度により、金属Tiの高イオン化率を達成できる。よって、高い成膜速度が得られ、ピストンリングに要求される10〜60μmの成膜が工業的に可能となる。また、皮膜の結晶組織は、特許文献1及び2によれば、炉内圧とバイアス電圧により調整可能であり、炉内圧を高くし、バイアス電圧を低くすると柱状組織になり、逆に炉内圧を低くし、バイアス電圧を高くすると粒状組織が得られることが教示されている。しかし、イオンプレーティングの成膜環境は非常に複雑であり、一概にそういえないのが現実である。例えば、装置を変更すれば、同じアーク電流、炉内圧、バイアス電圧を選択したとしても、同じ組織が得られる保証が全くないのが実情である。もちろん、基材の材質、結晶構造、温度、表面状態等も関係するが、炉内の構造(被処理物とターゲットの配置等)も比較的大きな影響を及ぼしており、成膜条件は装置毎に設定されなければならない。
【0020】
本発明において使用した装置では、窒素雰囲気圧1〜5Pa、アーク電流90〜200Aの場合、負のバイアス電圧を10V以上にするとTiNの(111)面が優先配向し、負のバイアス電圧をそれより小さくするとTiNの(111)面が配向の程度が小さくなり、(220)面の配向が優先するようになる。
【0021】
本発明のピストンリングは、TiN皮膜の上にさらに非晶質硬質炭素皮膜を被覆することが可能であり、その場合、非晶質硬質炭素皮膜の低フリクション特性に基づき、燃費向上をも図ることができる。非晶質硬質炭素皮膜は、プラズマCVDやアークイオンプレーティング等の公知の方法により、TiN皮膜を形成した上に直接被覆することができる。形成された非晶質硬質炭素皮膜は、ta-C(Tetrahedral Amorphous Carbon)であり、ダイヤモンド結合(sp3)を主体としており、いわゆる水素フリーのダイヤモンドライクカーボン(DLC)と呼ばれるものである。この皮膜は非晶質硬質炭素皮膜の中でも特に高硬度で耐摩耗性に優れている。また、非晶質硬質炭素皮膜の熱伝導率は密度や非晶質性等にも依存するが、ダイヤモンド結合(sp3)を主体とする非晶質硬質炭素皮膜は熱伝導率が高い。さらに、水素フリーの非晶質硬質炭素皮膜は自動車ガソリンエンジン用オイル潤滑下で低フリクションを示すので、エンジン内でのピストンの往復運動における上下死点及びその近傍でのフリクションを大幅に低減することができる。TiN皮膜上に形成する非晶質硬質炭素皮膜の膜厚は0.5〜10μmが好ましく、0.5〜8μmがより好ましい。
【0022】
本発明のピストンリングは、CrN被覆ピストンリングよりも熱伝導率が高いことを特徴とする。TiN固有の熱伝導率がCrNの熱伝導率よりも高いことによるが、ピストンリングの熱伝導機能を十分発揮するためには、ピストンリング母材の熱伝導率も高いことが好ましい。金属においては、熱伝導率は主に結晶粒内の自由電子の運動に支配されるため、固溶元素の少ないほど熱伝導率は向上する。しかし、実際には、合金元素量が少なくなると、耐熱ヘタリ性に劣り、熱負荷の高い環境ではピストンリングとしての使用に供せなくなる。よって、本発明に供するピストンリング母材は、少ない合金元素量でありながら、耐熱ヘタリ性にも優れた鋼材とすることが好ましい。具体的には、Siを増やし、Crを少量添加したSUP12相当材が好ましく、あるいはCrとVをそれぞれ少量添加したSUP10相当材が熱伝導率の観点ではさらに好ましい。SUP10相当材の場合、耐熱ヘタリ性を改善する観点で、焼戻しマルテンサイトマトリックス中に平均粒径0.1〜1.5μmの球状化セメンタイトが分散するように組織調整することが好ましい。
【0023】
前記球状化セメンタイトは、オイルテンパー処理するバネ鋼では残留セメンタイトとして知られているものであるが、ピストンリングに使用した場合、優れた耐熱ヘタリ性を実現している事実からは、オイルテンパー後のマトリックス中に残った球状化セメンタイトの存在によって、結晶格子に歪みをつくるため、300℃でも転位を動きにくくするものと考えられる。球状化セメンタイトの大きさは平均粒径0.5〜1.0μmがさらに好ましい。また、球状化セメンタイトの分散量は、顕微鏡組織観察面において、1〜6面積%とすることが好ましい。さらにこの範囲の分散量であれば、熱伝導率が35 W/m・K以上となり、熱ヘタリ率(JIS B 8032-5に基づく接線張力減退度)も4%以下となり好ましい。SUP12相当材の熱伝導率は31 W/m・K程度であり、上記35 W/m・K程度の熱伝導率は、優れた熱伝導率を示す従来の片状黒鉛鋳鉄ピストンリングの熱伝導率に匹敵する。
【0024】
前記SUP10相当材において、焼戻しマルテンサイトマトリックス中に平均粒径0.1〜1.5μmの球状化セメンタイトを分散させるには、質量%で、C:0.45〜0.55、Si:0.15〜0.35、Mn:0.65〜0.95、Cr:0.80〜1.10、V:0.15〜0.25、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成の鋼材(SUP10)を溶製後、熱間圧延により線材とし、線材から通常はパテンチング−酸洗−伸線−パテンチング−酸洗−伸線−オイルテンパー(オイル焼入−焼戻)からなる一連の処理を経て所定の断面形状の線材としているところ、一部のパテンチングの処理の代わりに球状化焼鈍を行うことにより調製される。パテンチング処理とは、ライン熱処理において連続的に恒温変態又は冷却変態させて微細なパーライト組織にする熱処理法であり、具体的にはほぼ900から600℃の温度範囲で行われる。また、本発明において、このパテンチング処理の代わりに行われる焼鈍工程は、Fe-C状態図のAC1点以下の温度600〜720℃の温度で30〜240分間行うのが好ましい。球状化焼鈍によって形成された所定の粒径の球状化セメンタイトは、その後の熱処理の影響を受け、またその後の伸線に影響するため、最後のオイルテンパー処理の直前に行うことが好ましい。従って、二回目のパテンチング処理の代わりに球状化焼鈍を行うことが好ましいが、その場合、球状化焼鈍はバッチ処理にせざるを得ず、すなわち従来の製造ラインの連続処理の途中にバッチ処理を挟むことになり生産性を落とさざるを得ない。生産性を優先し、一回目のパテンチング処理の代わりに行ってもよいが、球状化セメンタイトの粒径が所定の範囲に入るよう注意が必要である。オイルテンパー処理は、いわゆる油焼入−焼戻処理であるが、球状化炭化物が全て溶け込まないような、すなわち好ましい面積率となるような温度と時間に設定する必要がある。本発明では、焼入工程は820〜980℃の温度で数十秒〜数分(例えば、30秒〜3分)の加熱をした後に行い、焼戻工程は、400〜500℃の温度で数十秒〜数分(例えば、30秒〜3分)程度行うのが好ましい。各熱処理温度と時間については、熱処理炉のサイズ、処理物の断面積により異なるため、球状化セメンタイトの粒径、面積率が好ましい範囲にはいるよう適宜調整する必要がある。
【0025】
ピストンがアルミ製の場合、燃焼室温度の高温化は、アルミを軟化し、リング溝の摩耗やピストンリングへのアルミの凝着を引き起こす。この対策には、ピストンリングの上下側面の少なくとも一方、好ましくは燃焼室側側面に、二硫化モリブデン等の固体潤滑材を含む皮膜を形成することが行われているが、この固体潤滑材皮膜に代わってTiN皮膜又はTiN皮膜の上にさらに非晶質硬質炭素皮膜を適用することができる。側面に適用する皮膜の厚さは、1〜10μmで十分であり、外周面の皮膜と同じ肉厚にする必要はない。また、ピストンリングの母材がTiN皮膜よりも熱伝導率の低いステンレス系の高合金鋼の場合にも、ピストンの熱をシリンダ壁へピストンリングを経て逃れさせるためには、外周面に加え上下側面の少なくとも一方、好ましくは燃焼室側側面にもTiN皮膜又はTiN皮膜の上にさらに非晶質硬質炭素皮膜を被覆することが好ましい。
【実施例】
【0026】
実施例1
基材として20mm×20mm×5mmのSUP12相当材を用意し、表面をショットブラストにより数μmの表面粗さ(Ry)に調整、ターゲットとして純度99.9%の金属チタンを使用するアークイオンプレーティング装置(神戸製鋼所製AIP-050)内にセットした。装置内を1.0×10-2Paまで真空引きした後、Arガスを1.0Paまで導入、-600〜-1,000Vのバイアス電圧を印加してボンバードメント処理により基材面を清浄化した。ここで、Arガスは99.99%の純度のものを用いた。その後、純度99.999%のN2ガスを4Paまで導入し、アーク電流150V、バイアス電圧−8Vで、3時間、イオンプレーティング処理を行った。このとき、基材の温度は約300℃であった。得られたTiN被覆基材については、適当なサイズ(例えば、10mm×10mm×5mm)のサンプルを切り出し、表面及び断面を鏡面研磨した。
【0027】
[1] X線回折測定
X線回折強度は、鏡面研磨した被覆面に平行な表面について、管電圧40kV、管電流30mAのCu-Kα線を使用して2θがTiNの(111)面、(200)面及び(220)面の回折線位置をカバーする2θ=35〜70°の範囲で測定した。三つの回折強度のうちの最大強度を100として、(111)面、(200)面及び(220)面の各回折強度を換算し、式(2)により各結晶面の組織係数を求めた。図1に実施例1で得られたX線回折パターンを示す。各結晶面の強度比は、(111):(200):(220)=84.7:42.4:100で、(111)面の組織係数は0.92、(200)面の組織係数は0.33、(220)面の組織係数は1.74であった。
【0028】
[2] 硬さ試験
TiN皮膜の硬さ試験は、被覆面に平行な鏡面研磨した表面について、マイクロビッカース硬さ試験機を使用し試験力0.9807Nで行った。実施例1のTiN皮膜硬さは1486HVであった。
【0029】
[3] 膜厚測定
膜厚測定は、被覆面に垂直な鏡面研磨した断面について、走査電子顕微鏡(SEM)による写真から、皮膜の基材面から表面までの長さを測定し、試料の膜厚とした。図2にSEM写真を示す。実施例1の膜厚は20μmであった。また、皮膜(暗灰色)は柱状晶組織を示していることが観察された。
【0030】
[4] 皮膜の熱伝導率測定
レーザーフラッシュ法は、バルク材料の熱伝導率測定法として標準的であるが、本発明のような100μm以下の膜厚の試料では、熱的平衡状態になるまでの時間が短いため、測定精度の点から適さない。そこで、本発明のような皮膜の熱伝導率を測定するには、面内と膜厚方向での違いが生じることも考えられるが、測定精度の観点から、ホットディスク法のような“非定常面熱源法”を用いることが望ましいと考えた。使用した熱伝導率測定装置は、京都電子工業製ホットディスク熱物性装置TPA-501である。ホットディスク法は、ニッケルの二重スパイラル構造を有するポリイミド被覆センサー(厚さ0.06mm)を2つの試料で挟み込み、センサーに一定電流を流して一定発熱させ、センサーの温度上昇(温度変化)から電気抵抗の変化を導き出し、熱伝導率を算出する方法である。試料としては、熱伝導率既知の基板材(SUS304材、48mmx48mmx0.2mm)の両面に、実施例1と同じ条件で、処理時間を調節し、厚さ50μmの皮膜を形成させたものを2枚準備した。本ホットディスク法は、ある程度の皮膜厚さを必要とするレーザーフラッシュ法に比べて、解析用ソフト「TPA-SLAB高熱伝導率薄板状試料測定」を用いることで、薄板状の試料も測定可能となり、基板材を薄くすることで膜厚の薄い皮膜を測定することができるので都合が良い。なお、ホットディスク法は試料の面内方向の熱伝導率を計測している。皮膜自体の熱伝導率を求めるには、厚さ方向における基板厚さと皮膜厚さの比率と、熱伝導率が既知である基板の影響を差し引くことによって、皮膜の熱伝導率が推定計算できる。実施例1のTiN皮膜の推定熱伝導率は20.9W/m・Kであった。因みにCrN皮膜の熱伝導率は約5 W/m・Kであり、TiN皮膜の熱伝導率が約4倍高い結果となった。
【0031】
[5] ツイスト試験
イオンプレーティングによるTiN被覆ピストンリングは、皮膜内部の圧縮残留応力が非常に高く、膜厚を厚くすると、皮膜の剥離が生じ易くピストンリングとして使用することができない。皮膜の残留応力は、X線回折では高角側ピークにおいて2θが高角側にシフトすることを利用して測定することができるが、本発明では、皮膜の残留応力の測定の代わりに、より実際的な評価法としてピストンリングのツイスト試験を行った。ツイスト試験は図3の(a)に示すように基材と皮膜に剪断応力がかかるようにピストンリングの合口部11をそれぞれ反対方向に開くことで合口反対側12に捻りを加え、図3の(b)に示すピストンリングのイオンプレーティング皮膜が剥離する捻り角度、すなわち、ツイスト角度αを測定するものである。
【0032】
SUP12相当材の線材から呼称径(d)96.0mm、厚さ(a1)3.8mm、幅(h1)2.5mmの矩形断面のピストンリングを作製し、このピストンリングを50本重ね、イオンプレーティング装置にセットし、実施例1と同じ条件で約20μmの皮膜を形成した。ツイスト試験の結果、ツイスト角度180°まで開いても皮膜の剥離は生じなかった。このことから、実施例1と同じ条件で形成した皮膜中の残留応力は、ピストンリングとして使用できるレベルまで低下しているものと理解できる。
【0033】
[6] スカッフ試験
SKD61材からなる45mm×5mm×3.5mmの棒状基材を用意し、3.5mm幅面の両端からそれぞれ5mmずつ残した35mm長の中央部を深さ1mm切削除去し、棒状基材両端が5mm×3.5mmの両端ピン形状(図4参照)とし、さらにピン先端を棒状基材の軸に平行な軸の20Rの円筒面に曲面加工した。この20R曲面に、実施例1の皮膜を厚さ約20μm形成した。スカッフ試験は、図4に試験装置要部の概要を示す縦型ピンオンディスク方式の摩擦摩耗試験機を用いて行った。皮膜を形成したピン22を、対向するSUJ2材の60mmφ×10mmの研磨仕上げをした円盤21に接触させ、円盤21を回転させる機構を有する試験機である。ピン近くの摺動部に、モーターオイル#30を80℃で5cc/分で給油(図示しない)しながら、円盤21を摺動速度8m/秒で回転させ、ピン25に所定の押付荷重Pをかけて、且つピン22に発生する摩擦力をロードセルにて監視した。初期荷重100Nから、20Nステップ、各荷重30秒保持させ、階段状に荷重を高くした。摩擦力が急激に増大する押付荷重Pをスカッフ発生荷重とした。試験後、マイクロスコープを用いピン部の摺動面積を測定し、スカッフ発生荷重を摺動面積で除してスカッフ発生面圧とした。このスカッフ発生面圧をもって耐スカッフ性の良否を判断するものである。実施例1におけるスカッフ発生面圧は284MPaであった。
【0034】
[7] 摩耗試験
SKD61材からなる5mm×5mm×20mmの基材を用意し、長手方向の一方の先端をR10mmの曲面とした試験片に加工し、実施例1の皮膜を試験片31の先端に厚さ約20μm形成した。摩耗試験は、図5にその概要を示す摩耗試験装置を用い、皮膜を形成した試験片31の先端R部を、ドラム状に加工したFC250材を相手材32として、その外周部に曲面同士が線接触するように合わせ、試験片31に490Nの荷重を加え、0.5m/秒の速度で回転して4時間行った。潤滑油33はモーターオイル#30を2cc/分で給油し、相手材32の表面温度は180℃に加熱した。試験結果は、皮膜の摩耗は摩耗深さで、相手材の摩耗は断面プロファイルの観察による断面の摩耗面積で評価した。実施例1における皮膜摩耗深さは3.4μm、相手材摩耗量は0.010×10-4cm2であった。
【0035】
実施例2〜5、比較例1及び2
アーク電流、窒素雰囲気圧、バイアス電圧、処理時間の成膜条件を表1に示すように変更した以外は実施例1と同じ条件で、20mm×20mm×5mmのSUP12材、48mm×48mm×0.2mmのSUS304材熱伝導率測定試験片、呼称径(d)96.0mm、厚さ(a1)3.8mm、幅(h1)2.5mmの矩形断面のSUP12材ピストンリング、45mm×5mm×3.5mmの両端ピン形状でピン先端20Rの円筒面をもつSKD61棒状基材、及び5mm×5mm×20mmで先端をR10mmの曲面としたSKD61材摩耗試験片にイオンプレーティング処理を行った。得られたTiN被覆基材を用いて、実施例1と同様に、X線回折測定、硬さ試験、膜厚測定、熱伝導率測定、ツイスト試験、スカッフ試験、摩耗試験を行い、その結果を表2〜表4に示す。表2〜表4には、実施例1の成膜条件及び各種試験の結果も一緒に示す。なお、熱伝導率測定試験片への成膜については、処理時間を調整し、すべての条件で、約50μmの皮膜を形成した。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
【表3】

【0039】
【表4】

【0040】
実施例1〜5では、TiN(220)面の組織係数が1.18〜1.75で、いずれもTiN(111)面の組織係数及びTiN(200)面の組織係数よりも大きく、膜厚が20〜54μmと厚くなっても密着性を示すツイスト角度が最大の180°を示した。また、硬さ1335〜1818HV、熱伝導率16.6〜21.4W/m・K、スカッフ発生面圧278〜308MPa、耐摩耗性の皮膜摩耗深さ2.8〜3.6μmであった。耐スカッフ性と耐摩耗性の観点では、(111)面が最大ピークとなる実施例3及び4の場合のほうが、(220)面が最大ピークとなる実施例1、2及び5の場合よりも優れていた。(111)面が最大ピークとなる実施例3のX線回折パターンを図6に示す。一方、比較例1のTiN(220)の組織係数が1.8を超える場合は、硬さが低く、比較例2のTiN(111)面の組織係数がTiN(200)面の組織係数とTiN(220)面の組織係数より大きい場合は、硬さや熱伝導率、耐スカッフ性や耐摩耗性においては優れていたものの、30μm程度の膜厚まで被覆すると、ツイスト角度が低下し、皮膜の密着性に劣るという結果になった。
【0041】
実施例6及び7
SUP12材の線材を用いてピストンリングを成形し、実施例6は実施例1と同じ条件、及び実施例7は実施例3と同じ条件で、それぞれ約20μm及び30μmのTiN皮膜を被覆し、所定の工程を経て、最終的に呼称径(d)73.0mm、厚さ(a1)2.3mm、幅(h1)1.0mmの矩形断面のピストンリングを製作した。1300ccのL型4気筒ガソリンエンジンを用いて、実施例6及び7のピストンリングをトップリングとして、各2気筒ずつ装着し、4500 rpm、全負荷の条件で48時間のエンジン試験を行った。また、セカンドリングとオイルリングは対応する既存のリングを使用した。試験中、特にノッキングを起こすこともなく運転することができた。
【0042】
実施例8〜10
呼称径(d)96.0mm、厚さ(a1)3.8mm、幅(h1)2.5mmの矩形断面のSUP12材ピストンリングに実施例1と同じ条件で約20μmのTiN皮膜を被覆した。実施例9及び10については、その皮膜表面上にさらに水素を含まない実質的に炭素のみからなる非晶質硬質炭素皮膜を、アークイオンプレーティングによりそれぞれ約1μm及び約7μm成膜した。ここで、水素を含まない実質的に炭素のみからなる非晶質硬質炭素皮膜とは水素含有量が5 at%以下の皮膜であり、Siなどの金属が添加された水素含有の非晶質硬質炭素皮膜に比べ、炭素のダイヤモンド結合性が高いため高硬度で耐摩耗性に優れている。なお、非晶質硬質炭素皮膜中に含有される水素は、HFS(Hydrogen Forward Scattering)法により測定することができる。得られたTiN被覆ピストンリング及びC/TiN被覆ピストンリングを浮動ライナー式フリクション測定用エンジンに組み込み、摩擦損失を摩擦平均有効圧力(Friction Mean Effective Pressure:FMEP)により評価した。このとき、ピストンリングと摺動する相手材には鋳鉄シリンダライナを用い、面粗度は算術平均粗さ(Ra)で0.2μmのものを使用し、ピストンリング外周摺動面の表面粗さは、Ra 0.04μmとした。また、セカンドリング及びオイルリングは、実施例6及び7のときと同様の既存のリングを使用した。図7は、評価に用いた浮動ライナー式フリクション測定用エンジンの構造について示したものである。シリンダライナー53に結合された荷重測定用センサー54によりピストン52に装着されたピストンリング51が上下方向に摺動する際にシリンダライナー53に加わる摩擦力を測定する。浮動ライナー式フリクション測定用エンジンにて摩擦損失を測定する際の試験条件は、エンジン回転数:1,500rpm,負荷:15N・m,潤滑油温度:90℃,冷却水温度:100℃とした。TiN皮膜のみの場合のFMEP(実施例8)を100としたときの実施例9及び10で測定されたFMEPを表5に示す。その結果、TiN皮膜上に非晶質硬質炭素皮膜を成膜することによって,FMEPが8〜10%減少した。なお、トップリング、セカンドリング及びオイルリングの張力は、それぞれ、6、5及び20Nに設定した。
【0043】
【表5】

【0044】
実施例11及び12
SUP12材の線材を用いてピストンリングを成形し、実施例11は実施例9と同じ条件、及び実施例12は実施例10と同じ条件で、それぞれ約20μmのTiN皮膜を被覆し、さらに約1μm及び約7μmの非晶質硬質炭素皮膜を被覆した。所定の工程を経て、最終的に呼称径(d)73.0mm、厚さ(a1)2.3mm、幅(h1)1.0mmの矩形断面のピストンリングを製作した。実施例6及び7のピストンリングについて行ったのと同じ条件でエンジン試験を行った結果、特にノッキングを起こすこともなく運転することができた。
【0045】
実施例13及び14
直径8mmφに圧延したSUP10材から、加熱(900℃)−パテンチング(600℃)−酸洗−伸線−加熱(900℃)−パテンチング(600℃)−酸洗−伸線−オイルテンパーからなる伸線工程において、二回目のパテンチング処理の代わりに700℃、60分の焼鈍工程を導入して、最終的に厚さ2.3mm、幅1.0mmの断面形状が矩形の線材を準備した。ここで、オイルテンパー処理としては、930℃、45秒の加熱後、60℃のオイル中に焼入する焼入工程と、470℃、60秒の焼戻工程からなる処理を行った。図8に線材の走査電子顕微鏡による顕微鏡組織を示すが、焼戻マルテンサイト中に分散する白色の微細な球状セメンタイト41が観察される。また、この組織を拡大し、画像解析により球状セメンタイトの平均粒径と面積率を測定した結果、平均粒径は0.8μm、面積率は2.4%であった。上記線材から、実施例6及び7と同じように、ピストンリングを成形し、実施例13は実施例1と同じ条件、及び実施例14は実施例3と同じ条件で、それぞれ約20μm及び30μmのTiN皮膜を被覆し、所定の工程を経て、最終的に呼び径(d)73.0mm、厚さ(a1)2.3mm、幅(h1)1.0mmの矩形断面のピストンリングを製作した。実施例6及び7のピストンリングについて行ったのと同じ条件でエンジン試験を行った結果、特にノッキングを起こすこともなく運転することができた。
【0046】
[8] ピストンリング線材の熱伝導率測定
ピストンリング線材の熱伝導率は、実施例6及び13について、レーザーフラッシュ法により測定した。実施例6のSUP12相当材の熱伝導率は31W/m・Kであり、実施例13のSUP10相当材の熱伝導率は38W/m・Kであった。
【符号の説明】
【0047】
11 合口部
12 合口反対側
21 円盤
22 ピン部
31 摩耗試験片
32 相手材
33 潤滑油
41 球状化セメンタイト
51 ピストンリング
52 ピストン
53 シリンダライナー
54 荷重測定用センサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周摺動面にTiN皮膜が10〜60μm被覆されたピストンリングであって、前記TiN皮膜の被覆面のX線回折測定におけるTiN(220)面組織係数が1.1〜1.8であり、且つTiN(111)面組織係数及びTiN(200)面組織係数よりも大きいことを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
請求項1に記載のピストンリングの前記TiN皮膜の上に、さらに非晶質硬質炭素皮膜が被覆されたことを特徴とするピストンリング。
【請求項3】
請求項2に記載のピストンリングにおいて、前記非晶質硬質炭素皮膜が実質的に水素を含まないことを特徴とするピストンリング。
【請求項4】
請求項2又は3に記載のピストンリングにおいて、前記非晶質硬質炭素皮膜が0.5〜10μmの膜厚であることを特徴とするピストンリング。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載のピストンリングにおいて、前記ピストンリングの母材が、質量%で、C:0.50〜0.60、Si:1.20〜1.60、Mn:0.50〜0.90、Cr:0.50〜0.90、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有していることを特徴とするピストンリング。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載のピストンリングにおいて、前記ピストンリングの母材が、質量%で、C:0.45〜0.55、Si:0.15〜0.35、Mn:0.65〜0.95、Cr:0.80〜1.10、V:0.15〜0.25、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有していることを特徴とするピストンリング。
【請求項7】
請求項6に記載のピストンリングにおいて、前記ピストンリングの母材が、焼戻マルテンサイトマトリックス中に平均粒径0.1〜1.5μmの球状化セメンタイトが分散していることを特徴とするピストンリング。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−29190(P2013−29190A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−237563(P2011−237563)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000139023)株式会社リケン (101)
【Fターム(参考)】