説明

ピッチ繊維の製造方法

【課題】中間体である繊維状炭素前駆体の段階で折損による繊維長の減少を起こすことなく、繊維長が長く分岐の無い極細炭素繊維が得られるピッチ繊維を製造する方法を提供する。
【解決手段】以下(1)〜(2)の工程を含むピッチ繊維の製造方法。
(1)熱可塑性樹脂100質量部と、ピッチ1〜150質量部からなる混合物から前駆体繊維を形成する工程
(2)ヨウ素を0.01〜30質量%含有する溶液にて該前駆体繊維を処理することにより、該前駆体繊維中の熱可塑性樹脂を除去してピッチ繊維を得る工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はピッチ繊維の製造方法に関する。更に詳しくは、極細炭素繊維、具体的には繊維径が1μm未満である炭素繊維の原料として有用な、ピッチ繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
極細炭素繊維は高強度、高弾性率、高導電性、軽量等の優れた特性を有している事から、高性能複合材料のフィラーとして使用されている。その用途は、従来からの機械的強度向上を目的とした補強用フィラーに留まらず、炭素材料に備わった高導電性を生かし、電磁波シールド材、静電防止材用の導電性樹脂フィラーとして、あるいは樹脂への静電塗料のためのフィラーとしての用途が期待されている。また炭素材料としての化学的安定性、熱的安定性と微細構造との特徴を生かし、フラットディスプレー等の電界電子放出材料としての用途も期待されている。
【0003】
このような、高性能複合材料用としての極細炭素繊維の製造法として、気相法、および樹脂組成物の溶融紡糸から製造する方法の2つが報告されている。
気相法を用いた製造法としては、例えばベンゼン等の有機化合物を原料とし、触媒としてフェロセン等の有機遷移金属化合物をキャリアーガスとともに高温の反応炉に導入し、基盤上に生成させる方法(例えば、特許文献1を参照。)、浮遊状態で気相法により炭素繊維を生成させる方法(例えば、特許文献2を参照。)、あるいは反応炉壁に成長させる方法(例えば、特許文献3を参照。)等が開示されている。しかし、これらの方法で得られる極細炭素繊維は高強度、高弾性率を有するものの、繊維の分岐が多く、補強用フィラーとしては性能が非常に低いといった問題があった。また、コスト高になるといった問題もあった。
【0004】
一方、樹脂組成物の溶融紡糸から炭素繊維を製造する方法としては、熱可塑性樹脂と熱可塑性炭素前駆体からなる混合物から前駆体繊維を形成した後、溶剤を用いて熱可塑性樹脂を除去して繊維状炭素前駆体を形成し、これを炭素化して製造する方法(例えば、特許文献4を参照)が開示されている。
該方法の場合、分岐構造の少ない極細炭素繊維が得られるが、繊維状炭素前駆体が溶剤処理工程で折損し得られる極細炭素繊維長が短くなってしまうという問題があった。
【0005】
【特許文献1】特開昭60−27700号公報
【特許文献2】特開昭60−54998号公報
【特許文献3】特許第2778434号公報
【特許文献4】特開2005−248371号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、上記従来技術が有していた問題を解決し、中間体である繊維状炭素前駆体の段階で折損による繊維長の減少を起こすことなく、繊維長が長く分岐の無い極細炭素繊維が得られるピッチ繊維を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記従来技術に鑑み鋭意検討を重ねた結果、熱可塑性樹脂とピッチとの混合物から前駆体繊維を形成し、該前駆体繊維から熱可塑性樹脂を溶剤で処理して除去する際、ヨウ素を含む溶液を該溶剤として用いることにより、上記の問題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下の構成を要旨とするものである。
【0008】
1. 以下(1)〜(2)の工程を含むピッチ繊維の製造方法。
(1)熱可塑性樹脂100質量部と、ピッチ1〜150質量部からなる混合物から前駆体繊維を形成する工程
(2)ヨウ素を0.01〜30質量%含有する溶液にて該前駆体繊維を処理することにより、該前駆体繊維中の熱可塑性樹脂を除去してピッチ繊維を得る工程
2. 下記式(I)で表される熱可塑性樹脂を用いることを特徴とする上記1項記載のピッチ繊維の製造方法。
【化1】

3. 上記1項記載の工程(2)の処理を、50〜250℃で行うことを特徴とする、上記1項または2項に記載のピッチ繊維の製造方法。
4. 上記2項記載の式(I)で表される熱可塑性樹脂が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ−4−メチルペンテン−1からなる群から選ばれる少なくとも1種以上である、上記2項または3項に記載のピッチ繊維の製造方法。
5. ヨウ素を含有する溶液が、シクロヘキサン、ヘキサン、トルエン、キシレン、デカリンから選ばれる1種類以上の溶媒にヨウ素を溶解したものである、上記1項〜4項のいずれか1項に記載のピッチ繊維の製造方法。
6. ヨウ素を含有する溶液で処理を行い、熱可塑性樹脂を除去した後、凍結乾燥を用いて溶液を除去することを特徴とする、上記1項〜5項のいずれか1項に記載のピッチ繊維の製造方法。
7. 上記1項〜6項のいずれか1項に記載の製造方法によって得られるピッチ繊維。
8. 上記7項記載のピッチ繊維を更に不融化処理に付して繊維状炭素前駆体を形成した後、該繊維状炭素前駆体を炭素化または黒鉛化する工程を経る、炭素繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の製造方法によれば、従来知られていたよりも繊維長が大きい極細炭素繊維の作製に有益な極細ピッチ繊維を得ることができる。これによって得られる極細炭素繊維は、繊維長が長いため、複合材料やインキ、ペーストなどに使用するとき、分散性に優れ、優れた導電特性を与える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のピッチ繊維の製造方法は(1)熱可塑性樹脂100質量部と、ピッチ1〜150質量部からなる混合物から前駆体繊維を形成する工程、(2)ヨウ素を0.01〜30質量%含有する溶液にて該前駆体繊維を処理することにより、該前駆体繊維中の熱可塑性樹脂を除去してピッチ繊維を得る工程、を含むことを特徴とする。
【0011】
以下に、本発明で使用する(i)熱可塑性樹脂、(ii)ピッチ、(iii)熱可塑性樹脂とピッチから混合物を製造する方法、(iv)混合物から前駆体繊維を製造する方法について説明する。
【0012】
(i)熱可塑性樹脂
本発明で使用する熱可塑性樹脂は、工程(2)で容易に除去される必要がある。
このような熱可塑性樹脂として、ポリオレフィン、ポリメタクリレート、ポリメチルメタクリレート等のポリアクリレート系ポリマー、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリエステルカーボネート、ポリサルホン、ポリイミド、ポリエーテルイミド等が好ましく使用される。これらの中でも、熱可塑性炭素前駆体と容易に混合しうる熱可塑性樹脂として、例えば下記式(I)で表されるポリオレフィン系の熱可塑性樹脂が好ましく使用される。
【0013】
【化2】

【0014】
上記式(I)で表される化合物の具体的な例としては、ポリ−4−メチルペンテン−1やポリ−4−メチルペンテン−1の共重合体、例えばポリ−4−メチルペンテン−1にビニル系モノマーが共重合したポリマーなどや、ポリエチレン、ポリプロピレンを例示することができ、ポリエチレンとしては、高圧法低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、直鎖状低密度ポリエチレンなどのエチレンの単独重合体またはエチレンとα−オレフィンとの共重合体;エチレン・酢酸ビニル共重合体などのエチレンと他のビニル系単量体との共重合体等が挙げられる。
【0015】
エチレンと共重合されるα−オレフィンとしては、例えば、プロピレン、1−ブテン、1−ヘキセン、1−オクテンなどが挙げられる。他のビニル系単量体としては、例えば、酢酸ビニル等のビニルエステル、アクリル酸およびメタクリル酸、並びにこれら不飽和カルボン酸と炭素数1〜4の脂肪族アルコール類とのエステル化物が挙げられる。
【0016】
また、本発明の熱可塑性樹脂は熱可塑性炭素前駆体と容易に溶融混練できるという点から、非晶性の場合、ガラス転移温度が250℃以下、結晶性の場合、結晶融点が300℃以下であることが好ましい。
【0017】
(ii)ピッチ
本発明の製造方法に用いられるピッチは、熱可塑性であり、400℃以下の温度で流動性を示すことが好ましい。ピッチとしては、メソフェーズピッチ、等方性ピッチいずれも用いることが出来るが、得られる炭素繊維において高強度、高弾性率が期待されるメソフェーズピッチが好ましい。なお、メソフェーズピッチとは溶融状態において光学的異方性相(液晶相)を形成しうる化合物を指す。メソフェーズピッチの原料としては石炭や石油の蒸留残渣を使用してもよく、有機化合物を使用しても良いが、不融化や炭素化もしくは黒鉛化のしやすさから、ナフタレン等の芳香族炭化水素を原料としたメソフェーズピッチを用いるのが好ましい。ピッチは熱可塑性樹脂100質量部に対し1〜150質量部、好ましくは5〜100質量部を使用しうる。
【0018】
(iii)熱可塑性樹脂とピッチとからなる混合物の製造
本発明で使用する混合物は、熱可塑性樹脂とピッチから製造される。本発明で使用する混合物は、ピッチの熱可塑性樹脂中への分散径が0.01〜50μmとなるのが好ましい。
【0019】
ピッチの熱可塑性樹脂中への分散径が0.01μmより小さいと、得られるピッチ繊維の繊維径が小さすぎるため、炭素繊維を作製する工程で簡単に折れてしまい、好ましくない。また、分散径が50μmより大きいと、ピッチ繊維の繊維径が大きくなり、好ましくない。ピッチの分散径のより好ましい範囲は0.01〜30μmである。また、熱可塑性樹脂とピッチからなる混合物を、300℃で3分間保持した後、熱可塑性炭素前駆体の熱可塑性樹脂中への分散径が0.01〜50μmであることが好ましい。
【0020】
一般に、熱可塑性樹脂とピッチとの溶融混練で得た混合物を、溶融状態で保持しておくと時間と共にピッチが凝集するが、ピッチの凝集により、分散径が50μmを超えると、繊維径の小さなピッチ繊維を製造することが困難となることがある。
【0021】
ピッチの凝集速度の程度は、使用する熱可塑性樹脂とピッチとの種類により変動するが、より好ましくは300℃で5分以上、更に好ましくは300℃で10分以上、0.01〜50μmの分散径を維持していることが好ましい。なお、混合物中でピッチは島相を形成し、球状あるいは楕円状となるが、本発明で言う分散径とは混合物中でピッチの球形の直径または楕円体の長軸径を意味する。
【0022】
ピッチの使用量は、熱可塑性樹脂100質量部に対して1〜150質量部、好ましくは5〜100質量部である。ピッチの使用量が150質量部を超えると所望の分散径を有するピッチが得られず、1質量部未満であると目的とするピッチ繊維を安価に製造する事ができない等の問題が生じるため好ましくない。
【0023】
熱可塑性樹脂とピッチとから混合物を製造する方法は、溶融状態における混練が好ましい。熱可塑性樹脂とピッチの溶融混練は公知の方法を必要に応じて用いる事ができ、例えば一軸式溶融混練押出機、二軸式溶融混練押出機、ミキシングロール、バンバリーミキサー等が挙げられる。これらの中で上記ピッチを熱可塑性樹脂に良好にミクロ分散させるという目的から、同方向回転型二軸式溶融混練押出機が好ましく使用される。
【0024】
溶融混練温度としては100℃〜420℃で行うのが好ましい。溶融混練温度が100℃未満であると、ピッチが溶融状態にならず、熱可塑性樹脂とのミクロ分散が困難であるため好ましくない。一方、420℃を超える場合、熱可塑性樹脂とピッチの分解が進行するため好ましくない。溶融混練温度のより好ましい範囲は150℃〜390℃である。また、溶融混練の時間としては0.5〜20分間、好ましくは1〜15分間である。溶融混練の時間が0.5分間未満の場合、ピッチのミクロ分散が困難であるため好ましくない。一方、20分間を超える場合、ピッチ繊維の生産性が著しく低下し好ましくない。
【0025】
本発明の製造方法では、熱可塑性樹脂とピッチから溶融混練により混合物を製造する際に、酸素ガス含有量10体積%未満のガス雰囲気下で溶融混練することが好ましい。本発明で使用するピッチは酸素と反応することで溶融混練時に変性不融化してしまい、熱可塑性樹脂中へのミクロ分散を阻害することがある。このため、不活性ガスを流通させながら溶融混練を行い、できるだけ酸素ガス含有量を低下させることが好ましい。
【0026】
より好ましい溶融混練時の酸素ガス含有量は5体積%未満、更には1体積%未満である。上記の方法を実施することで、ピッチ繊維を製造するための、熱可塑性樹脂とピッチとの混合物を製造することができる。
【0027】
(iv)繊維を製造する方法
本発明のピッチ繊維は、上述の熱可塑性樹脂とピッチとからなる混合物から製造することができる。即ち、本発明の炭素繊維は、(iv−1)熱可塑性樹脂100質量部とピッチ1〜150質量部からなる混合物から前駆体繊維を形成する工程、(iv−2)ヨウ素を0.01〜30質量%含有する溶液にて該前駆体繊維を処理することにより、該前駆体繊維中の熱可塑性樹脂を除去してピッチ繊維を得る工程を経ることで製造される。各工程について、以下に詳細に説明する。
【0028】
(iv−1)熱可塑性樹脂100質量部とピッチ1〜150質量部からなる混合物から前駆体繊維を形成する工程
本発明の製造方法では、熱可塑性樹脂とピッチの溶融混練で得た混合物から前駆体繊維を形成する。繊維を製造する方法としては、熱可塑性樹脂とピッチとからなる混合物を紡糸口金より溶融紡糸することにより得る方法などを例示することができる。溶融紡糸する際の紡糸温度としては150℃〜420℃、好ましくは180℃〜400℃である。紡糸引取り速度としては1m/分〜2000m/分である事が好ましい。
【0029】
また、別法として熱可塑性樹脂とピッチの溶融混練で得た混合物から、メルトブロー法により前駆体繊維を形成する方法も例示することができる。メルトブローの条件としては、吐出ダイ温度が150〜420℃、ガス温度が150〜420℃の範囲が好適に用いられる。メルトブローの気体噴出速度は、前駆体繊維の繊維径に影響するが、気体噴出速度は、通常2000〜100m/sであり、より好ましくは1000〜200m/sである。なお、メルトブロー法により前駆体繊維を形成する場合、不織布とすることもできる。
【0030】
熱可塑性樹脂とピッチとの混合物を溶融混練して、その後ダイより吐出する際、溶融混練した後溶融状態のままで配管内を送液し吐出ダイまで連続的に送液してもよい。このとき、溶融混練から紡糸口金吐出までの移送時間は10分間以内である事が好ましい。
【0031】
(iv−2)ヨウ素を0.01〜30質量%含有する溶液にて該前駆体繊維を処理することにより、該前駆体繊維中の熱可塑性樹脂を除去してピッチ繊維を得る工程。
本発明の製造方法では、上記の前駆体繊維を、ヨウ素を0.01〜30質量%含有する溶液で処理することにより、上記の前駆体繊維中の熱可塑性樹脂を除去してピッチ繊維を得ることが必要である。ヨウ素と前駆体繊維またはピッチ繊維との接触処理と、熱可塑性樹脂の除去処理を別々に行うと、ピッチ繊維の不融化の効果は得られる場合があるが、本発明の効果を得ることはできない。
【0032】
なお、本発明における、ヨウ素を0.01〜30質量%含有する溶液にて行う処理とは、上記の前駆体繊維を該ヨウ素含有溶液と接触させることである。このとき、溶液中にヨウ素が0.01〜30質量%含有していると、ピッチの溶解を抑制しながら熱可塑性樹脂だけを除去することが出来る。ヨウ素の含有量が0.01質量%以下では、ピッチの溶解抑制効果が不十分でピッチ繊維の折損が起こり、繊維長が長いピッチ繊維を得ることができず、好ましくない。また30質量%以上のときは、それ以上ヨウ素含有量が大きくても効果に影響はなく、製造コストが高くなるため好ましくない。好ましいヨウ素の含有量は0.1〜2質量%である。
【0033】
本発明にて用いるヨウ素としては、市販されているヨウ素単体(I)の粉末、フレーク、粒状体、結晶品を使用できる。また、ヨウ化物塩を、後述するような溶媒に加え、そこに酸性物質や酸化剤を加えることにより、ヨウ素単体を遊離させて熱可塑性樹脂の除去に用いること等もできるが、副反応や分解物が少ないことや、安価で操作が簡便なことから、前記のようなヨウ素単体を、後述するような溶媒に溶解して用いる態様が好ましい。
【0034】
本発明にて用いる、ヨウ素を含有する溶液を形成する溶媒としては、ヨウ素が溶解する種々の溶媒、具体的には水、ヨウ化ナトリウム水溶液、ベンゼン、ヘキサン、エタノール、メタノール、ジエチルエーテル、アセトン、四塩化炭素、クロロホルム、酢酸、二硫化炭素、ペンタン、シクロヘキサン、ヘプタン、リグロイン、石油エーテル、ベンゼン、トルエン、キシレン、グリセリン、ピリジン、デカリンなど種々の有機溶媒、およびこれら2種類以上の混合溶媒などから、用いる熱可塑性樹脂の溶解性、取り扱い容易性などを考慮して適宜選択することができる。
【0035】
熱可塑性樹脂として、ポリエチレン等のポリオレフィン樹脂類を採用する際は、それらの溶解性が優れているという点で、シクロヘキサン、ヘキサン、トルエン、キシレン、デカリンからなる群から選ばれることが好ましく、ポリオレフィン樹脂類除去後の操作容易性から、特にシクロヘキサン、ヘキサン、トルエンが好ましい。
【0036】
溶液の使用量は、繊維100質量部に対し、1000〜30,000質量部が好ましい。1000質量部以下のときは、熱可塑性樹脂の除去が困難となり、好ましくない。また、30,000質量部より多いときは生産性が低下して好ましくない。より好ましい使用量は、2,000〜10,000質量部である。
【0037】
溶液で処理を行う温度は、熱可塑性樹脂が除去できれば特に限定されないが、通常は50℃から250℃で行う。50℃より低いと熱可塑性樹脂の除去に長時間を要するため好ましくない。また、250℃より高いと得られるピッチ繊維が短くなり、好ましくない。より好ましい温度は60〜210℃である。
【0038】
本発明の製造方法では、ヨウ素を含有する溶液で処理を行い、熱可塑性樹脂を除去した後、凍結乾燥を用いて溶液を除去すると、得られるピッチ繊維が嵩高くなり炭素繊維を作製する際の不融化処理が容易となるため、非常に好ましい。また、溶媒として凍結乾燥が困難な溶媒を使用したときは、凍結乾燥が容易な溶媒に置換した後、凍結乾燥を行っても良い。凍結乾燥を行う温度、圧力は、使用する溶媒によって異なるが、通常は−20〜0℃、30〜100Paで行う。
【0039】
本発明によって得られるピッチ繊維は、不融化処理に付して繊維状炭素前駆体(ピッチ繊維不融化物)を形成した後、炭素化もしくは黒鉛化する工程を経ることによって、極細炭素繊維を得ることが出来る。不融化処理としては空気、酸素などのガス気流処理、酸性水溶液などの溶液処理など公知の方法で行う事ができるが、生産性の面からガス気流下での不融化が好ましい。使用するガス成分としては、ピッチ繊維を低温で速やかに不融化させうるという点から空気、酸素および/ またはハロゲンガスを含む混合ガスである事が好ましい。ハロゲンガスとしては、フッ素ガス、塩素ガス、臭素ガス、ヨウ素ガスを挙げることができるが、これらの中でもヨウ素ガスが特に好ましい。使用するガス成分のうち、操作容易性や特殊な装置を必要としないことから、空気が特に好ましい。ガス気流下での不融化の具体的な方法としては、温度50〜350℃、好ましくは80〜300℃ で、5時間以下、好ましくは3時間以下で所望のガス雰囲気中で処理する事が好ましい。また上記不融化によりピッチ繊維の軟化点は著しく上昇するが、所望の炭素繊維を得るという目的から軟化点が400℃以上となる事が好ましく、500℃ 以上である事がさらに好ましい。
【0040】
こうして得られた繊維状炭素前駆体(ピッチ繊維不融化物とも言う)は不活性ガス雰囲気下での高温処理により炭素化もしくは黒鉛化することで、繊維径が0.001μm〜5μm、より好ましくは0.001μm〜1μm、繊維長が最大で500μm以上の極細炭素繊維となる。 本発明のものではないピッチ繊維を用いて得られる極細炭素繊維は、繊維長が50μm以下のものが殆どで最大のものでも100μm以下である。炭素化または黒鉛化は公知の方法で行うことができる。使用される不活性ガスとしては窒素、アルゴン等があげられ、温度は500℃〜3500℃、好ましくは800℃〜3000℃である。なお、炭素化もしくは黒鉛化する際の、酸素濃度は20ppm以下、さらには10ppm以下であることが好ましい。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はこれにより何等限定を受けるものでは無い。
本実施例において、熱可塑性樹脂中のピッチの分散粒子径は、走査型電子顕微鏡S−2400(株式会社日立製作所製)にて測定した。ピッチ繊維の繊維径、およびピッチ繊維は走査型電子顕微鏡S−2400(株式会社日立製作所製)ならびに光学顕微鏡・デジタルマイクロスコ−プVHX−900にて測定した。
【0042】
[実施例1]
熱可塑性樹脂としてポリ−4−メチルペンテン−1(TPX:グレードRT−18[三井化学株式会社製]90質量部とピッチとしてメソフェーズピッチAR−MPH(三菱ガス化学株式会社製)10質量部を同方向二軸押出機(東芝機械株式会社製TEM−26SS、バレル温度310℃、窒素気流下)で溶融混練して混合物を作製した。この条件で得られた混合物の、ピッチの熱可塑性樹脂中への分散径は0.05〜2μmであった。また、この混合物を300℃で10分間保持したが、ピッチの凝集は認められず、分散径は0.05〜2μmであった。次いで、上記混合物をシリンダー式単孔紡糸機により、紡糸温度360℃の条件により、繊維径100μmの長繊維として前駆体繊維を作製した。次に、この長繊維2gをヨウ素0.2g溶解した60℃のシクロヘキサン100g(ヨウ素0.2質量%)に溶解させた。この溶液を熱ろ過によりピッチ繊維を回収した。熱ろ過時の洗浄は0.04gのヨウ素を溶解したシクロヘキサン200g(100℃)でおこなった。これをビーカー中、シクロヘキサン100gに分散させた後、凍結乾燥機(東京器械株式会社製FDU−1100、−20℃、70Pa)を用いて凍結乾燥を行った。得られたピッチ繊維の光学顕微鏡写真を図1に示す。平均繊維径は330nmであり、平均繊維長200μmであった。
【0043】
次に、得られたピッチ繊維を目開き1mmの金網上に乗せて熱風乾燥器(ヤマト科学社製)にて1℃/分の昇温速度にて215℃まで昇温して、同温度で3時間保持して空気不融化処理を行い、繊維状炭素前駆体(ピッチ繊維不融化物)を得た。この繊維状炭素前駆体に対して、真空置換炉(デンケン社製)を用いて5℃/分の昇温速度にて1000℃まで昇温して、更に同温度で30分間保持することにより炭素化処理を行い、炭素繊維を得た。
得られた炭素繊維の形態写真を図2に示す。この炭素繊維の平均繊維径は250nmであり、折損は見受けられず、繊維長は最長のもので500μm以上あった。
【0044】
[比較例1]
ヨウ素を使用しなかった以外は、実施例1と同様の条件にて、ピッチ繊維を作成し、更に実施例1と同様の条件で、該ピッチ繊維に不融化処理、炭素化処理を行い、炭素繊維を作製した。
得られたピッチ繊維を図3に示す。ピッチの約1質量%がシクロヘキサンに溶解してしまっており、平均繊維長が20μmとなり、粒子状のものも観測された。
また、得られた炭素繊維の形態写真を図4に示す。この炭素繊維の平均繊維径は250nmであり、ピッチ繊維の折損が認められ、繊維長は多くが50μm以下であり、最長のものでも100μm以下であった。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】実施例1の操作で得られたピッチ繊維を光学顕微鏡・デジタルマイクロスコ−プVHX−900(株式会社キ−エンス)により撮影した写真図(撮影倍率500倍)である。
【図2】実施例1の操作で得られた炭素化繊維を走査型電子顕微鏡S−2400(株式会社日立製作所製)により撮影した写真図(撮影倍率1万倍)である。
【図3】比較例1の操作で得られたピッチ繊維を光学顕微鏡・デジタルマイクロスコ−プVHX−900(株式会社キ−エンス)により撮影した写真図(撮影倍率500倍)である。
【図4】比較例1の操作で得られた炭素化繊維を走査型電子顕微鏡S−2400(株式会社日立製作所製)により撮影した写真図(撮影倍率1万倍)である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下(1)〜(2)の工程を含むピッチ繊維の製造方法。
(1)熱可塑性樹脂100質量部と、ピッチ1〜150質量部からなる混合物から前駆体繊維を形成する工程
(2)ヨウ素を0.01〜30質量%含有する溶液にて該前駆体繊維を処理することにより、該前駆体繊維中の熱可塑性樹脂を除去してピッチ繊維を得る工程
【請求項2】
下記式(I)で表される熱可塑性樹脂を用いることを特徴とする請求項1記載のピッチ繊維の製造方法。
【化1】

【請求項3】
請求項1記載の工程(2)の処理を、50〜250℃で行うことを特徴とする、請求項1または2記載のピッチ繊維の製造方法。
【請求項4】
請求項2記載の式(I)で表される熱可塑性樹脂が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ−4−メチルペンテン−1からなる群から選ばれる少なくとも1種以上である、請求項2または3に記載のピッチ繊維の製造方法。
【請求項5】
ヨウ素を含有する溶液が、シクロヘキサン、ヘキサン、トルエン、キシレン、デカリンから選ばれる1種類以上の溶媒にヨウ素を溶解したものである、請求項1〜4のいずれか1項に記載のピッチ繊維の製造方法。
【請求項6】
ヨウ素を含有する溶液で処理を行い、熱可塑性樹脂を除去した後、凍結乾燥を用いて溶液を除去することを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載のピッチ繊維の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法によって得られるピッチ繊維。
【請求項8】
請求項7記載のピッチ繊維を更に不融化処理に付して繊維状炭素前駆体を形成した後、該繊維状炭素前駆体を炭素化または黒鉛化する工程を経る、炭素繊維の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−126863(P2010−126863A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−306111(P2008−306111)
【出願日】平成20年12月1日(2008.12.1)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術開発機構「革新的部材産業創出プログラム/新産業創造高度部材基盤技術開発/先端機能発現型構造繊維部材基盤技術の開発」にかかる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003001)帝人株式会社 (1,209)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】