説明

ピン装置を用いた既存建物の補強方法及び補強構造

【課題】 既存建物の補強のために、所定の耐震部材を付加し、この耐震部材を接続材で接続することで、既存建物の耐震性能を高めるようにする。
【解決手段】 既存建物1の柱梁接合部2に、PC鋼棒5を、その一端を突出させて固定する。その軸線が法線方向に設定された軸ピン12を一面に固着した取付プレート11を、躯体と所定の間隔をあけて配する。取付プレート11と躯体とから形成された隙間に無収縮モルタルを充填し、モルタルの固化後、締結材を締結して、躯体と、取付プレート11と、モルタル固化体とを一体化する。軸ピン12を軸として回動するピン外筒14で、既存建物1を補強する制振装置20が両端に備えられた外筒部を、軸ピン12に嵌合し、異なる軸ピン12間を制振装置20でピン接続する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は既存建物の補強方法及び補強構造に係り、一対のピン装置を建物の躯体に取付けて、このピン装置間を接続材で接続することで、既存建物の耐震性能を高めるようにしたピン装置を用いた既存建物の補強方法、及び補強構造に関する。
【背景技術】
【0002】
既存建物の耐震性能を向上させるための耐震補強工法が種々提案されている。大別すると、建物内部において、構造体である耐震壁の増設や、柱、梁の補強等の内装の変更を必要とする耐震補強工法と、建物の構造体の外殻面に鉄骨フレームからなる補強構造体を新設する耐震補強工法とがある。前者については、建物内部での工事を必要とするため、建物を使用しながらの工事は困難である。一方、後者の外殻に補強構造体を付加する耐震補強工法では、既存建物の脆弱性を補う補強構造体を、建物を使用しながら適宜付加することができる。また、耐震壁等の増設によって、空間や開口が遮られることを防止するため、代替策として、ブレース材を建物の柱梁架構の内側や外側面に取付ける建物の補強方法も一般に知られている。出願人も数件の公知先行技術を確認している(特許文献1,特許文献2)。
【0003】
特許文献1は、建物の外殻にH型鋼からなる補強構造体を付加し、この補強構造体の枠組み内にガセットを介してV字状のブレースを組み込む耐震補強工法を例示している。この耐震補強工法は、補強構造体に溶植されたスタッドと、建物の表面に打ち込まれたアンカとに、スパイラル筋を介挿した後モルタルを充填して、建物に補強構造体を取付ける点に特徴がある。
【0004】
特許文献2は、H型鋼からなる鉄骨周辺枠と、鉄骨ブレースとからなる枠付き鉄骨ブレースを、既存建物の柱梁架構の内周面及び外側面に増設する耐震補強工法を例示している。この耐震補強工法は、鉄骨周辺枠を形成するH型鋼の両フランジにボルトを練通させて鋼板を取付け、この鋼板を型枠として形成した空間に建物の表面に打ち込まれたアンカを収容して、モルタル等を充填する点に特徴がある。
【0005】
【特許文献1】特開平11−193639号公報
【特許文献2】特開2002−47808号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1及び特許文献2に開示した発明は、建物表面に多数のアンカ等の定着材を打ち込む必要があり、施工に多大な労力が発生し、コストアップの要因となっていた。また、定着材の打ち込み時に発生する騒音、振動が、無視できない問題となっていた。
また、特許文献1及び特許文献2に開示した発明によると、既存の建物にブレース材を付加する場合、構成枠体とブレース材との連結にガセット等を介さなければならない。ブレース材を付加することによる二次応力の発生を小さくするため、ガセットの構造に配慮し、ブレース材の図心を柱梁部材の交点である格点に交差させたとしても、二次応力の発生は少なからず発生する。
【0007】
本発明は、このような問題点を解決するためになされたものであり、従来工法に比べ、補強構造体を少ない定着材で取付けることにより、施工費用の低減と、施工時に発生する騒音と振動とを抑えた、ピン装置を用いた既存建物の補強方法、及び補強構造を提供することにある。
また、補強構造体の設置に伴って発生する二次応力をできる限り小さくすることができる、ピン装置を用いた既存建物の補強方法、及び補強構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係るピン装置を用いた既存建物の補強方法は、既存の建物の躯体に、定着材の一端を突出させて前記定着材を固定し、軸線が法線方向に設定された軸ピンを一面に固着したベース板を、前記躯体と所定の間隔をあけて配し、前記ベース板に形成された定着材挿通孔に前記定着材を挿通し、前記ベース板と前記躯体との隙間にモルタル等の固化材を充填し、前記固化材の固化後、前記締結材を締結して、前記躯体と前記ベース板と前記モルタル等の固化体とを一体化し、前記既存の建物を補強する接続材が両端に備えた、前記軸ピンを軸として回動する外筒部を、前記軸ピンに嵌合し、異なる前記軸ピン間を前記接続材でピン接続したことを特徴とする。
【0009】
前記接続材は、制振装置、あるいは鋼ブレース材からなることが好ましい。
【0010】
また、前記ベース板は,前記建物の柱部材と梁部材との柱梁接合部に取付けられることが好ましい。
【0011】
また、上記目的を達成するために、本発明に係るピン装置を用いた既存建物の補強構造は、既存の建物の躯体の外側面に取付けられるベース板と、前記躯体と前記ベース板との隙間に形成されるモルタル等からなる固化体と、前記ベース板の一面に固着され、軸線が前記ベース板の法線方向に設定された軸ピンと、前記軸ピンと嵌合され、該軸ピンを軸として回動する外筒部と、両端に前記外筒部を備えた前記建物を補強する接続材と、を備え、前記軸ピンに、前記接続材が備えた前記外筒部を嵌合して、異なる前記軸ピン間を前記接続材でピン接続したことを特徴とする。
【0012】
前記接続材は、制振装置あるいは鋼ブレース材からなることが好ましい。
【0013】
また、前記ベース板は,前記建物の柱部材と梁部材との柱梁接合部に取付けられることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来工法に比べ、ブレース材等の接続材を、少ない締結材で既存の建物に取付けることができる。そのため、施工費用を低減し、施工時に発生する騒音と振動とを抑えることができるという効果を奏する。
また、既存建物の柱梁接合部にピン装置を取付けることができるため、接続材の付加に伴って発生する二次応力を、従来の工法と比べて小さく抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の接続材を用いた既存建物の補強方法、及び補強構造を実施するための最良の形態を、図面を参照して説明する。
【0016】
図1は、本発明の実施形態に係るピンを用いた既存建物の補強構造が取付けられた、一例としての既存建物の斜視図である。この既存建物1は、4階建て鉄筋コンクリート造からなり、柱部材3と梁部材4との交差部のうち、所定の柱梁接合部2の外側面に、外殻補強構造の一部としてのピン装置10が固着されている。ピン装置10は、その軸線が柱部材3および梁部材4を含む平面骨組の軸線の格点に直交するように設定され、各交点位置に配されている。ピン装置10は、既存建物1の外面において、縦横格子状をなす柱梁架構の所定区画の対角交点において、一対をなすように配されている。本実施形態では、6組(計12個)のピン装置10が、柱梁接合部2に取り付けられている。
【0017】
一対をなしたピン装置10間には、本実施形態では、シリンダータイプの制振装置20が配されている。そして、制振装置20の両端が既存建物1の側面において、ピン装置10を介してピン接合された状態にある。ここで、シリンダータイプの制振装置20とは、円筒形の容器に充填材を密閉し、容器内部のピストンが往復運動することにより受ける充填材の抵抗力を利用した減衰装置の総称をいう。例えば制振装置20としては、充填材として所定の粘度を有した油を用いた公知のオイルダンパー等が好適である。
【0018】
図2は、図1中破線で囲んで記したII部を拡大して示した、既存建物の柱梁接合部に取付けられたピン装置の分解斜視図である。図2に示すように、柱梁接合部2には、PC鋼棒5を介して無収縮モルタル6と取付プレート11とが取付けられている。取付プレート11の中央には、軸ピン12が溶接付けされている。軸ピン12は、外径の異なる三種類の円筒部から構成され、取付プレート11に固着する側から先端に向けて、外径の小さな円筒部が形成されている。そして、中径部(三段状をなした円筒部の中間外径部)の円筒部には、外周面上に2本の角溝が形成され、それら角溝内にOリング18が装着されている。また、取付プレート11の中央付近には、4つのネジ切り孔(図示せず)に螺合した調整ボルト25が取付けられている。調整ボルト25の先端は、柱部材3と接触している。また、無収縮モルタル6と取付プレート11との下端には、L型鋼からなる仮受け材22が、取付アンカ23により柱部材3に取付けられている。
【0019】
取付プレート11に溶接付けされた軸ピン12には、ポリテトラフルオロエチレン製のパッド13(以下、PTFEパッド13と記す)、ピン外筒14、外筒取合部15、PTFEパッド16、2つの固定ナット17が装着されて、ピン装置10が構成される。ピン外筒14は、円筒形の円筒部と、円筒部外周に取付いたフランジ部とから構成され、フランジ部は外筒取合部15とボルト連結されている。これにより、ピン外筒14と外筒取合部15とは、軸ピン12回りに回動することができる。なお、図1に示した制振装置20の両端は外筒取合部15とボルト連結されることにより、制振装置20の両端は既存建物1(図1)にピン接合されている。また、制振装置20と外筒取合部15とが一体となった制振装置20を取付けることも可能である。
【0020】
図3各図は、図2中の矢視III−IIIで示した断面図で、取付プレートの構造物への取付手順を示したものである。
図3(a)に示すように、梁部材4には、梁部材4内部に配された鉄筋との干渉を避けた位置に、梁部材4を貫通するPC鋼棒挿通孔19を穿孔する。次に、一端にナットを取付けたPC鋼棒5を挿入する。続いて、PC鋼棒5とPC鋼棒挿通孔19との隙間にグラウト材21を注入し、PC鋼棒5を梁部材4に固定する。PC鋼棒5にはアンボンドPC鋼棒が用いられ、PC鋼棒5とグラウト材21との付着が断たれている。
【0021】
次に、図3(b)に示すように、仮受け材取付アンカ23を柱部材3に打ち込み、仮受け材22を水平に柱部材3に取付ける。続いて、仮受け材22の上面に必要に応じて高さ調整プレート24を載置する。調整プレート24は、仮受け材22の上面、あるいは調整プレート24の上面に取付プレート11を載置した際に、調整プレート24が所定の高さ位置となるように、その厚さが決定されている。
【0022】
次に、図3(c)に示すように、取付プレート11を高さ調整プレート24の上面に載置しつつ、取付プレート11のPC鋼棒用の貫通孔(図示せず)にPC鋼棒5を挿通する。続いて、PC鋼棒5のナットを仮締めして、取付プレート11を柱部材3に固定する。この際、取付プレート11から突出した調整ボルト25の長さを調整することにより、取付プレート11と柱部材3の表面とに所望の離間距離Lを設定することができる。離間距離Lは、後述する無収縮モルタル6を確実に充填するため、50mm程度以上とするのが好ましい。また、離間距離Lが大きい場合には、無収縮モルタル6の剥落防止を目的に、無収縮モルタル6の充填空間に補強筋を配筋するのが好ましい。このように、仮受け材22は、取付プレート11を取付ける際に仮置き場所として利用することができるため、取付プレート11を特別に保持しておく必要はない。そのため、取付プレート11取付け時の施工性の向上を図ることができる。
【0023】
次に、図3(d)に示すように、取付プレート11との側面に型枠(図示せず)を配し、形成された空間に無収縮モルタル6を充填する。そして、無収縮モルタル6の固化後にPC鋼棒5のナットの本締めを行い、取付けプレート11と既存建物1の柱梁接合部2(図1)との一体化が図られる。このようにして取付プレート11を柱梁接合部2に取付けた後、前述したように、軸ピン12に、各ピン装置部材を装着する。
【0024】
上述の実施形態によれば、一対をなしたピン装置10を柱梁接合部2に取付け、1つの制振装置20を設置するために必要なPC鋼棒15は、計8本である。これは、既存建物1の外殻に補強鋼製枠を取付けてからブレース材を設置する従来の工法と比べて、アンカ等の定着材の施工数を格段に少なくすることができる。これにより、定着材の施工の手間を大幅に削減することができ、また、定着材の施工に伴う騒音、振動の発生を少なくすることができる。
【0025】
また従来、上述した制振装置20等の接続材を取付けるためには、既存建物1の柱梁架構の内周面及び外側面に、補強鋼製枠を設置する必要があった。しかし、上述の実施形態によれば、ピン装置10を直接既存建物1の躯体に取付けることができるため、補強鋼製枠を設置する必要がなく、製作費、施工費を低減することができる。
【0026】
また、制振装置20の両端はピン接合であるため、制振装置20には軸力のみが作用する。そのため既存建物1は、ピン装置10から付加的な曲げ応力を受けることがない。
【0027】
また、上述したピン装置10の取付けにより、既存建物1の柱部材3と梁部材4との交差した格点上にピン装置10を設置することが可能である。そのため、従来工法とは異なり、制振装置20等の接続材を、ガセット等を介することなく既存建物1に取り付けることができるため、二次応力の発生を小さく抑えることが可能となる。
【0028】
また、ピン装置10を既存建物1の外側面に取付け、取付けられたピン装置10間を制振装置20で接続するため、既存建物1の内部での作業がない。そのため、既存建物1を使用しながら補強工事を施工することが可能である。さらに、図1から分かるように、制振装置20以外で窓等の開口部を狭めるものはないため、窓等の開口部を大きく遮断することなく制振装置20等の接続材を取付けることが可能である。
【0029】
ところで、上述の実施形態では、制振装置20を、外殻補強構造として、既存建物1の外面に格子状に形成された柱梁架構の区画の対角に配した場合について説明したが、制振装置20の取付け位置は限定されるものではない。例えば、図4(a)に示すように、制振装置20の一端を、梁部材4の固定点間中央に取付けて、逆V字状に配してもよいし、図4(b)に示すようにV字状に取付けてもよい。このとき、梁部材4の固定点間中央に取付けられた取付プレート31は、2つの軸ピン12(図2)が溶接付けされている。また、取付プレート31は、既存建物1に対して取付プレート11と同じ離間距離をあけて配されることにより、制振装置20の接続を容易にしている。
【0030】
また、上述の実施形態では、ピン装置10間に配される接続材にシリンダータイプの制振装置20を用いたが、接続材の種類を限定するものではない。例えば、他の制振装置の形式として摩擦ダンパーが挙げられる。また、接続材に鋼材からなるブレース材を採用してもよく、例えば、外管と内管(軸力管)との二重管構造をなし、外管により内管の全体座屈の防止を図った二重鋼管ブレースを配してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施形態に係るピン装置を用いた既存建物の補強構造を示した斜視図。
【図2】既存建物の柱梁接合部に取付けられたピン装置の分解斜視図。
【図3】図2中の矢視III−IIIで示した柱梁接合部の断面で、ピン装置の取付プレートを柱梁接合部に取付ける手順(a)〜(d)を示した断面図。
【図4】ピン装置を用いた制振装置の他の配置例を示した正面図。
【符号の説明】
【0032】
1 既存建物
2 柱梁接合部
3 柱部材
4 梁部材
5 PC鋼棒
6 無収縮モルタル
10 ピン装置
11 取付プレート
12 軸ピン
14 ピン外筒
20 制振装置
21 グラウト材
22 仮受け材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
既存の建物の躯体に、定着材の一端を突出させて前記定着材を固定し、
軸線が法線方向に設定された軸ピンを一面に固着したベース板を、前記躯体と所定の間隔をあけて配し、
前記ベース板に形成された定着材挿通孔に前記定着材を挿通し、
前記ベース板と前記躯体との隙間にモルタル等の固化材を充填し、
前記固化材の固化後、前記締結材を締結して、前記躯体と前記ベース板と前記モルタル等の固化体とを一体化し、
前記既存の建物を補強する接続材が両端に備えた、前記軸ピンを軸として回動する外筒部を、前記軸ピンに嵌合し、
異なる前記軸ピン間を前記接続材でピン接続したことを特徴とするピン装置を用いた既存建物の補強方法。
【請求項2】
前記接続材は、制振装置、あるいは鋼ブレース材からなることを特徴とする請求項1に記載のピン装置を用いた既存建物の補強方法。
【請求項3】
前記ベース板は,前記建物の柱部材と梁部材との柱梁接合部の外側面に取付けられたことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のピン装置を用いた既存建物の補強方法。
【請求項4】
既存の建物の躯体の外側面に取付けられるベース板と、前記躯体と前記ベース板との隙間に形成されるモルタル等からなる固化体と、前記ベース板に固着され、軸線が前記ベース板の法線方向に設定された軸ピンと、前記軸ピンと嵌合され、該軸ピンを軸として回動する外筒部と、両端に前記外筒部を備えた前記建物を補強する接続材と、を備え、
前記軸ピンに、前記接続材が備えた前記外筒部を嵌合して、一対の軸ピン間を前記接続材でピン接続したことを特徴とするピン装置を用いた既存建物の補強構造。
【請求項5】
前記接続材は、制振装置あるいは鋼ブレース材からなることを特徴とする請求項4に記載のピン装置を用いた既存建物の補強構造。
【請求項6】
前記ベース板は,前記建物の柱部材と梁部材との柱梁接合部に取付けられたことを特徴とする請求項4又は請求項5に記載のピン装置を用いた既存建物の補強構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−203764(P2009−203764A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−49565(P2008−49565)
【出願日】平成20年2月29日(2008.2.29)
【出願人】(591028108)安藤建設株式会社 (46)
【出願人】(000219406)東亜建設工業株式会社 (177)
【Fターム(参考)】