説明

フィルターチップ及びそれを用いた細胞及び粒子の流れ特性観察方法

【課題】 吸引圧力又は加圧下で、基板上に設けられた微細加工流路を通過する試料液に含まれる細胞及び/又は浮遊粒子の形状を観察するために使用するフィルターチップであって、前記微細加工流路内の影が小さく、流路内を通過する細胞や浮遊粒子の形状が明瞭に観察できるフィルターチップ、及びこれら細胞等の破壊が少ないフィルターチップを提供する。
【解決手段】 微細流路を形成する凸部の、流路に直交する方向の断面の上及び下における幅の差が約4μm以下であるフィルターチップ、及び試料液の流れに対向する面に鋭角形状を持たないフィルターチップ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞及び粒子の流れ特性の測定に使用するフィルターチップ、そのフィルターチップを用いた流れ特性の観察方法及び測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、血液の一成分である赤血球は、血液中で外力を受けて、種々の形に変形しながら毛細血管のような微小循環領域を流れている。特に、赤血球の直径(7〜8μm)の半分以下の直径を持つ末梢血管中を流れる際には、赤血球の変形が不可欠である。従って、赤血球の変形し易さ(以下、変形能という)は、健康維持にとって非常に重要であり、循環器系の疾患の診断等において、変形能の迅速かつ的確な測定が望まれている。
【0003】
特許文献1には、吸引圧力下あるいは加圧下で、微細加工流路例えばフィルタないし回路を通過する細胞および粒子浮遊液の通過速度によって、細胞および粒子の流れ特性を測定するにあたり、測定すべき試料浮遊液の通過前に前記微細加工流路に試料浮遊液の媒体または粒子を浮遊させるのに用いた液体を通過させ、その後連続して試料浮遊液を通過させることで媒体と試料浮遊液の通過速度をそれぞれ連続して測定する細胞および粒子の流れ特性測定方法、及びこの方法に基づく流れ特性測定装置が開示されている。
【0004】
上記明細書において、微細加工流路としては、例えばシリコンや水晶基板上に流路部(V溝)を設けたフィルターチップが開示されている。圧力差により、例えば赤血球を含む試料液をフィルターチップ上に流し、赤血球がV溝を流れるときの様子を反射型の顕微鏡を用いて観察している。この方法によれば、血液細胞および微粒子の通過速度観察によって赤血球変形能、白血球活性度、血小板凝集能、リポゾームの流動性および微小粒体の流動性の測定が可能である。
【0005】
しかしながら、上記明細書に開示されたV溝を有するフィルターチップを使用すると、顕微鏡による観察時に、V溝を形成する凸部の周囲に影が形成され、観察の障害となる場合がある。また、この凸部の両端が鋭い角度を有するため、試料液内の細胞や粒子がここに衝突して破壊される恐れがある。
【0006】
【特許文献1】特開平11−118819号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、反射型の顕微鏡で観察したときに、微細加工流路内に影を生じない微細加工流路を有するフィルターチップ提供することを課題とする。また、本発明は、試料液を流したときに、試料液内の細胞や粒子が破壊される恐れの少ない微細加工流路を有するフィルターチップ提供することを課題とする。更に、本発明は、前記フィルターチップを使用した、細胞及び粒子の流れ特性を観察する方法及び測定装置に関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意研究の結果、観察の障害となる影は、フィルターチップ上の流路の断面形状の改良により防止できること、および、流路を形成するための凸部との衝突による試料液内の細胞や粒子の破壊は、凸部の形状の改良により防止できることを見いだし、本発明を完成した。
【0009】
更に本発明者等は、血液等の流れ特性の観察と、血液中の成分の測定を並行して行うことにより、臨床検査の分野において従来得られなかった知見を得ることができることを見いだした。
【0010】
即ち、本発明の課題は、1)吸引圧力あるいは加圧下で、微細加工流路を通過する試料液中の細胞や浮遊粒子の形状を反射型の顕微鏡で観察するために使用するフィルターチップにおいて、前記微細加工流路を形成する凸部の上部と下部の幅の差が約4μm以下であることを特徴とするフィルターチップ、及びそのフィルターチップを用いた細胞及び/又は粒子の流れ特性の観察方法、2)前記微細加工流路を形成するための凸部の、流路に対向する、少なくとも流路入り口側の辺が、平面視ほぼ二等辺鈍角三角形又は直線からなることを特徴とするフィルターチップ、およびそのフィルターチップを用いた細胞及び/又は粒子の流れ特性の観察方法、3)一台の中に、前記微細加工流路が形成されたフィルターチップを使用する細胞及び/又は粒子の流れ特性の観察と、血液中の成分の測定を並行して行うことができる機能を持つ測定装置、により達成された。
【発明の効果】
【0011】
本発明の微細加工流路が形成されたフィルターチップを用いると、流路を形成する凸部の、観察の障害となるような影が流路内に生じることがないので、反射型の顕微鏡により、流路を通過する際の細胞及び/又は粒子の形状まで明瞭に観察することができる。
【0012】
また、流路を形成する凸部の、少なくとも細胞及び/又は粒子が流入する側の辺を、平面視ほぼ鈍角二等辺三角形よりも平らに形成してあるので、細胞及び/又は粒子がこの辺に衝突して破壊される危険性が大幅に低減される。
【0013】
本発明のフィターチップによる細胞及び/又は粒子の流れ特性と、血液中の特定成分の定量を並行して実施することが可能な本発明の測定装置を用いると、これらのデータの相関から、従来得られなかった臨床検査における新たな知見を得ることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明になるフィルターチップは、図1に示すような平面基本形状を有する。即ち基板上に、微細加工により、ほぼ一定の形状を有し、かつほぼ等間隔に配置された一群の凸部が形成されている。吸引または加圧により、細胞及び/又は粒子を含む試料液はこの凸部の間の隙間を通過する。微細加工をするには、例えば半導体チップの製造分野で公知の方法を使用できる。基板としては、ガラス、水晶、シリコン等、微細加工が可能な任意の材料を使用できる。
【0015】
凸部の大きさ、及び間隔は、観察対象とする細胞及び/又は粒子の性状に応じて、種々選択することができる。例えば、図1において、3個のフィルターチップの流路の幅は、左からそれぞれ2μm、6μm及び10μmに形成されている。
【0016】
本発明のフィルターチップは、上記凸部の形状に特徴を有し、凸部の、微細流路に直交する方向の断面形状において、上部の幅と下部の幅の差が約4μm以下になるように、即ち、微細流路に平行な壁面が基板から垂直に近い角度で立ち上がっている。
【0017】
図2に、従来本分野において使用されているフィルターチップ及び本発明になるフィルターチップにおいて、微細流路を形成する凸部の、微細流路に直交する方向の断面形状を模式的に示す。本発明になるフィルターチップでは、凸部の上底と下底の幅の差が小さい。
【0018】
図3に、従来本分野において使用されているフィルターチップ及び本発明になるフィルターチップを用いて全血を流動させたときの顕微鏡写真を示す。凸部の頂上において測定した流路の幅は同じである。これから明らかな通り、本発明になるフィルターチップにおいては、流路に落ちる凸部の影が小さいので、流路内にある細胞及び/又は粒子を容易に、かつ明瞭に観察できる。
【0019】
また、図3は、2種のフィルターチップにおける凸部の平面形状の相違を表している。図3から明らかな通り、従来のフィルターチップにおける凸部は、試料液の流れに対向する辺に鋭い角があり、試料液中の細胞及び/又は粒子がこれに衝突して破損される恐れがある。これに対して本発明になるフィルターチップでは、試料液の流れに対向する辺がほぼ直線状であるため、この恐れが大きく低減される。
【0020】
ただし、上記試料液の流れに対向する辺は直線状である必要はなく、平面視で、この辺を斜辺とするほぼ鈍角二等辺三角形の形状まで、凸部の外側に突出していてもよい。前記鈍角二等辺三角形の頂点は丸められていることが好ましい。
【0021】
試料液の流れに沿う凸部の辺は直線状である必要はなく、目的に応じて、凸部の平面形状がほぼ菱形、ほぼ鼓形等になるように形成してもよい。
【0022】
また、試料液の入り口と出口を区別せずにフィルターチップを使用できるためには、凸部の、上記試料液の流れに対向する面の反対側の面も、同様の形状を有することが好ましい。
【0023】
いずれの形状においても、凸部は、平面視で角がないように丸められていることが好ましい。
【0024】
本発明になるフィルターチップにおいて、凸部の間隔、即ち微細流路の幅及び凸部の高さ、即ち微細流路の深さは、測定する対象に応じて適宜選択できるが、一般的には、微細流路の幅が約1〜20μm、深さが約1〜20μmの範囲にあるように、凸部を形成する。更に、これらは一枚のフィルターチップ上で一定である必要はなく、変化させてもよい。これにより、一枚のフィルターチップを用いて、細胞及び/又は粒子の流れ特性に関する多くの情報を得ることができる。
【0025】
凸部の横幅、即ち微細流路が形成されるピッチは、微細加工が可能な範囲において、特に制限はない。
【0026】
本発明になる装置、即ち本発明になるフィルターチップを使用した流体の流れ特性の測定と、血液中の成分の測定を並行して実施できる装置により、臨床検査分野において従来得られなかった知見が得られるが、これについては、実施例において詳述する。
【0027】
以下実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0028】
血液の流れを観察して計測する装置MC−FAN(日立原町電子工業株式会社製)を用いて、赤血球などの細胞が微細流路を通過する際の変形を観察し、全血,血漿,血清などの液体の流れを計測した。この際、本発明になる、微細流路を形成する凸部の上下の幅の差が約4μm以下のフィルターチップ(以下、カスタムチップという)を使用した。カスタムチップは、以下の仕様で作成した。
【0029】
【表1】

【0030】
表1に示したチップ6及び従来のフィルターチップを用いて、全血の流速を測定し、赤血球の変形を画像として観察した結果を図3に示す。この図から明らかな通り、本発明のチップを用いると、凸部により流路に形成される影が少なくなり、流路を通過する赤血球の形状を明瞭に観察できることが判る。
【0031】
なお、カスタムチップと従来のフィルターチップの平面視凸部形状の違いは、上記図3に示した通りである。
【実施例2】
【0032】
表1に示したチップ2からチップ10を用い、実施例1で使用したMC−FANを用いて、ヘパリンリチウムを抗凝固剤として健常人の男性から採血した全血,それを遠心分離して得た血漿,および生理的食塩水(生食)の流れを計測した。計測結果を図4に示す。
【0033】
図4から、流路の幅が広いほど全血,血漿,生食共通過速度が大きくなるが、血漿の通過速度と全血の通過速度の比をとると、驚くべきことに、流路幅4μm以上のときは比が約2と一定であり、流路幅が3μm以下になると比が急激に大きくなることがわかる。
【0034】
これらチップの流路の深さは4.5μmだから、通常8μmの大きさの赤血球がこのような断面の小さい流路を通過する場合には、変形する必要がある。この方法によれば、赤血球が通過できる微細流路の幅を明確に定めることができ、これに基づき、試料液中の赤血球の変形し易さを、赤血球の通過速度を単独に測定した場合よりも、明確に比較することができる。
【実施例3】
【0035】
表1に示したチップ6を用い、実施例1で使用したMC−FANを用いて、ヘパリンリチウムを抗凝固剤として健常人の男性12名から採血した全血,それを遠心分離して得た血漿,および生理的食塩水の流れを計測した。全血については、ヘマトクリット管でヘマトクリット値(Hct値)を求めた。計測結果の一例を図5に示す。
【0036】
図5から、全血の通過速度はHct値依存が大きく、Hct値が高いほど通過速度が遅くなること、Hct値が0の血漿でも通過速度に検体差があり、Hct値が変わってもこの差が維持されること、及び、血漿と全血の速度比をとると検体差がなくなり、全血の通過速度はHct値が0の血漿の速度とHct値で決まることがわかった。これから、本発明の方法を用いることにより、全血の流れがどのような因子で決定されるのかを明確に計測することができることがわかる。
【実施例4】
【0037】
実施例3で用いた血漿について、更に、臨床自動分析装置7170(日立製作所)を用いて成分量を測定し、その値と血漿の通過速度とを比較をした。結果を図6に示す。図6の横軸において、TCHOは総コレステロール,LDLは低密度コレステロール,HDLは高密度コレステロール,TPは総タンパク,ALBはアルブミン,TGは中性脂肪を示す。低密度コレステロールの値は、総コレステロール濃度,高密度コレステロール濃度,中性脂肪濃度からフリードワルド式によって求めた。
【0038】
図6から、血漿の通過速度は、総コレステロール濃度,低密度コレステロール濃度,総タンパク濃度と負の相関があること、及び高密度コレステロール濃度,アルブミン濃度,中性脂肪濃度とは相関が見られないことが判る。
【0039】
図5の結果と図6の結果を合わせて考えると、全血が微細流路を通過する速度がHct値と総コレステロール濃度,低密度コレステロール濃度,総タンパク濃度で決まる可能性があることを明らかにすることができた。図6の結果から明らかなように、本発明の方法を用いることにより、全血、血漿、血清などが微細流路を通過する際の速度を決める因子を明確にすることができることがわかる。
【0040】
更に、図6に示した血漿中の成分量と血漿の流速の相関および図5に示した全血の流速のHct依存をもとに、全血中のHct値、総コレステロール濃度、総タンパク濃度から全血の流速を推定する。この推定した全血の流速と実際に測定した全血の流速を比較して、実際に測定した全血の流速が有意に遅い場合には、ケガ,血液の凝固に関する疾患などで全血中の血小板の活性,赤血球の活性が高くなり、血液の流れが悪くなったなどの、今までの臨床検査の情報では考えることのできなかった臨床的な知見を得ることができる。
【0041】
この相関は、全血の流速と血漿中の成分量を比較するだけに限定する必要はなく、血小板数と血漿中の成分量などを組み合わせるなど、幅広い臨床検査に応用することが可能である。
【0042】
このように、本発明の装置、即ち、一台の中に、本発明になるフィルターチップを用いた流体の流れ特性と血液中成分の測定を並行して実施できる機能を持つ装置により、臨床検査分野で新たな知見を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明になるフィルターチップを使用して、全血、血漿等の液体試料がフィルターチップを通過する速度を測定することにより、これら試料に含まれる成分を求めることができる。また、赤血球の変形のし易さを比較することができ、これらの結果は、臨床検査に適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明になるフィルターチップ(カスタムチップ)の凸部形状を示す平面図。
【図2】カスタムチップと従来のフィルターチップの凸部形状の違いを示す模式図。
【図3】カスタムチップと従来のフィルターチップの凸部形状を示す平面図。左側が従来のフィルターチップ、右側がカスタムチップ。
【図4】流路幅の異なるカスタムチップを用いて測定した全血、血漿及び生理食塩水の流路通過速度。
【図5】流路幅が6.0±0.5のカスタムチップ(表1のチップ6)を用いて測定した全血、血漿及び生理食塩水の流路通過速度。
【図6】表1のチップ6を用いて測定した血漿の流路通過速度と血漿内成分量との相関の有無。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に設けられた微細加工流路を通過する試料液に含まれる細胞及び/又は浮遊粒子の形状を観察するために使用するフィルターチップにおいて、前記微細加工流路が基板上に設けられた複数の凸部により形成され、前記凸部の、前記微細加工流路に直交する方向の断面の上部と下部の幅の差が約4μm以下であり、かつ試料液の流れ方向に対向する前記凸部の平面視の辺が、ほぼ鈍角二等辺三角形もしくはそれより平らに形成されているか又は前記流れ方向に直角な直線であって、前記ほぼ鈍角二等辺三角形の頂角、又は鈍角二等辺三角形が形成されていない多角形である凸部においてはその角の少なくとも一つが、前記流れ方向に直角な直線の場合には両端の角部が、平面視で丸められていることを特徴とするフィルターチップを用い、吸引圧力又は加圧下で、血液が前記フィルターチップの微細加工流路を通過する速度を測定することを特徴とする血液の通過速度の測定方法
【請求項2】
前記の凸部が、ほぼ一定の形状を有し、横一列にほぼ等間隔に配置されていて、該凸部の、微細加工流路に平行な壁面が基板から垂直に近い角度で立ち上がっているものである、請求項1記載の血液の通過速度の測定方法
【請求項3】
血液が全血、血漿又は血清である請求項1又は2記載の血液の通過速度の測定方法

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−64766(P2008−64766A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−271951(P2007−271951)
【出願日】平成19年10月19日(2007.10.19)
【分割の表示】特願2003−344388(P2003−344388)の分割
【原出願日】平成15年10月2日(2003.10.2)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】